† birth! †







 「はい、これ。
 無線ゴーレムだよーんv
 師から渡されたコウモリ人形のようなそれを、神田はまじまじと見つめた。
 「ほら、ちゃんとユー君のものにするために、声紋覚えさせて」
 頷いた神田は、ボディの目立たない場所にある、小さなボタンを押して『あー』と、できるだけ長く声をあげる。
 すると起動したゴーレムの目がぎょろりと開き、パタパタと羽ばたいて彼の周りを飛び回った。
 「ウザイ」
 「ちょっ・・・ユー君!!」
 神田が容赦なく叩き落としたゴーレムを、ティエドールが慌てて拾う。
 「ダメだよ、大事にしなきゃ!
 これはお仕事する時にだって必要なものなんだからねっ!」
 神田の手を取り、再び乗せてやると、目を回したゴーレムは生き物のような動きでびくびくと震えた。
 「ホラ、怯えちゃってるじゃないか。
 優しくしてあげるんだよ」
 ぐりぐりと頭を撫でられ、むくれた神田は不承不承頷く。
 「じゃあね、道案内も出来た所で、私のお使いに行っておくれv
 「おつかい?」
 小首を傾げて見上げた師は、大きな笑みを浮かべて頷いた。
 「街まで絵の具を買いに行っておくれv
 本当は私が行きたいのだけど・・・中央庁から幹部が来ちゃって、会議に出席しなきゃなんないんだよぅ・・・・・・!」
 がっかりと肩を落とした師に無言で頷くと、また笑顔になった彼が小さな袋を差し出す。
 「これ、代金だよv
 なにを買うかは、この中に入っているメモをお店の人に渡せばいいからねv
 そしてこれがお店の地図」
 続いて差し出された紙には、子供の目にもわかりやすいように店までの地図が描いてあった。
 「道がわかんなくなったら、ゴーレムに話しかけるんだよv
 私に繋がるからねv
 「はい」
 こくん、と頷いて受け取った神田の頭を、ティエドールが派手に撫でてやる。
 「いい子だね、ユー君ーvv
 パパン自慢の子だよーんvv
 「師しょ・・・!もげる!!!!」
 大きな手に撫で回され、千切れそうになった頭を抱えて神田が飛びすさった。
 と、
 「きゃんっ!!」
 背中にぶつかったぷにぷにしたものが、踏まれた仔犬のような声をあげる。
 「・・・なんだよ、トロいな!」
 ぶつけて赤くなった鼻を押さえ、うずくまったリナリーの涙目を、神田は冷たく見下ろした。
 「神田、どこ行くの?!」
 一緒に行く、と、甲高い声をあげるリナリーから、彼はうるさげに顔をそむける。
 「一人で行くんだ。ついてくんな」
 「行くったら行く――――!!!!」
 ぎゃあん!と、大声で泣かれても動じず、つんっとそっぽを向いた神田に、ティエドールが苦笑した。
 「まぁまぁ、一緒に行っておいでよー」
 「こんなのと一緒に行ったら、迷子になる」
 容赦なく斬り捨て、さっさと踵を返した神田の服の裾が、がっしりと掴まれる。
 「放せよ」
 「やあああああああああ!!!!」
 一緒に行く、と、また甲高い声で泣き喚くリナリーに、神田の手が伸びた。
 「ちょ・・・ちょっと待ちなさい、ユー君!!
 女の子いじめちゃだめだよ!!」
 リナリーを突き飛ばそうとした手を慌てて掴み、ティエドールは二人の小さな手を繋がせる。
 「一緒に行っておいでv
 「やだ」
 「うんっ!!」
 正反対の返事があがり、ティエドールはまた苦笑した。
 「じゃ・・・じゃあね、こうしよう、ユー君!
 これは修行の一環だよ!」
 「修行・・・?」
 子供のくせに、甚だ訝しげな顔をした神田に、ティエドールは大きく頷く。
 「そうそう、エクソシストの大きな目的の一つは、イノセンスを無事に回収することだよ。
 時には数人の仲間と行動をともにすることもあるから、この際、連携方法や連絡方法、迷った時の検索方法をお勉強しておいでv
 「・・・つまり、絵の具をイノセンスにたとえて、それを無事に回収できるか、の訓練なんだな」
 ぽつりと呟いた神田に、ティエドールはまた大きく頷いた。
 「エクソシストって、この戦争に全く関係のない生活をしていたのに、突然適合が認められて引き抜かれる人も多いでしょ。
 時にはそんな、不慣れな仲間と行動することもあるんだよ。
 どんな時にも臨機応変に対処できるよう、ユー君も訓練しておかないとね!」
 「・・・つまり、このグズでトロい足手まといを連れて、絵の具を買いに行くのが訓練なのか?」
 「・・・・・・言い方はとっても悪いケド、そうだね」
 「わかった」
 ほふ、とため息をついて、神田はリナリーの手を引く。
 ティエドールの話がわからず、ぽやん、としていたリナリーは、突然手を引かれてたたらを踏んだ。
 「グズグズすんな!行くぞ!!」
 「う・・・うん・・・・・・!」
 怖い顔をした神田に言われ、やっぱりやめようかと思ったものの、既に彼は歩き出している。
 「絶対、成功させるぞ!」
 なにを、と、わけもわからないまま、リナリーは神田に手を引かれ、教団の外へと連れ出された。


 しかし教団関係者が、適合者の二人をただ外に出すわけがなかった。
 地下水路で二人を見送ったティエドールはすかさず踵を返し、科学班の監視室に飛び込む。
 「どうだい?!」
 「感度良好ですよーんv
 ホログラフィーに写された映像の前で、コムイがにんまりと笑った。
 「はじめてのお使い幼馴染編、撮影開始です!!」


 やたら顔の周りをパタパタと飛び回るゴーレムを、神田はうるさげに睨んだ。
 と、叩き落とされたことを学習したそれは、恐る恐る離れてリナリーの頭の上に着地する。
 「コウモリがとまったー!」
 小さな手が伸びてくると、危険を察したゴーレムはまた飛び立ち、ゴンドラを操るファインダーの頭に止まった。
 「へんなのー!!」
 白いフードの上で、奇妙な冠のように鎮座するゴーレムを指して、リナリーが笑う。
 が、神田は相変わらず仏頂面で、師から渡された地図を眺めていた。
 「これ、どこまで連れてってくれるんだ?」
 ファインダーに問うと、神田の持つ地図を覗き込んだ彼は、軽く頷く。
 「路地が入り組んで狭いので、馬車は店の前にまで行けません。
 大通りに馬車を止めて、お待ちしております」
 子供に対しても丁寧に言った彼に頷き、神田は地図をポケットにしまった。
 間もなくゴンドラを降り、馬車に乗り込むと、いつもより断然軽い荷に気を良くした馬が、颯爽と道を駆ける。
 「・・・いつもこんなに早いのか?」
 師と一緒だった時は、ここまで早く着かなかった気がする、と不思議そうな神田を御者席から見下ろしたファインダーは、思わず微笑んだ。
 私用のため、教団の団服を脱いだ彼とリナリーは今、初夏向きの私服を涼しげに翻している。
 いかにも良家の子女然としたいでたちは、二人の容姿の愛らしさも相俟って、大人達の微笑を誘わずにはいられなかった。
 「道はわかりますか?」
 幹部達からは止められていたものの、つい、声をかけたファインダーに、振り返った神田が頷く。
 「平気だ」
 気丈に言い返し、きょろきょろと辺りを見回すリナリーの手を引いた。
 「グズグズすんな!」
 強引に引かれて、たたらを踏んだものの転びはせずに、ぽてぽてとついて行くリナリーを、ファインダーが気遣わしげに見送る。
 「気をつけて・・・」
 呟いた彼は、小さな背中が見えなくなるまで、じっと二人を見つめていた。


 「なーにやってんのさ、トマ!!
 わかんないって言われたらついてく気だったよ、彼!!!!」
 監視モニターの前でコムイがバンバンとテーブルを叩くと、マグカップが飛び跳ねてコーヒーの飛沫を散らした。
 「ちょっ・・・コムイ、かかったよ・・・・・・」
 コーヒーで汚れてしまった服を、ティエドールが悲しげに見下ろす。
 「まぁ・・・彼は優しい子だからさ、ちっちゃい子達が二人でお使いだなんて、心配でしょうがないんだよ」
 「そうですけど!!
 これは、はじめてのお使いでリナリーが、どんな愛らしい活躍をするかが主眼の撮影なんですよ!
 ハードスケジュールで今にも死にそうなボクの癒しビデオにする予定なんですよ!!
 これで萌え死ぬならいっそ本望と思えるくらい、愛らしい画を作ろうと思ってリナリーを行かせてんのに、サポートの大人がいちゃあ台無しなんですよ!!!!」
 神田の存在をまるっきり無視して力説するコムイを、ティエドールが憮然と睨んだ。
 「なんだよ、やっぱり君は、リナリーが目当てなんだね!
 ユー君の愛らしい活躍を撮影するって言うから協力したのに!」
 「ボカァ言ってませんよ、そんなこと。
 第一、あの目つきの悪い我がままっ子の、どこに愛らしさを感じ取れるんですか。
 リナリーと並んだ時点で、エーデルワイスとオニアザミくらいの差が開いてますよ!」
 酷い言われように、ティエドールが口を尖らせる。
 「ユー君ほど可愛い子が他にいるもんか!
 10年後を見てなさい、きっとあの子は・・・」
 「絶世の美女になっているぞ!!!!」
 蹴破ったドアを足下に、こぶしを握ったクラウドの大声が部屋中に轟いた。
 「ク・・・クラウド元帥・・・・・・!」
 「君・・・地球の裏側に行ってたんじゃ・・・・・・」
 「帰って来たに決まっている!」
 こともなげに言って、クラウドは呆然とする二人を押しのける。
 「最近のカメラは高感度なのだな!
 よく撮れているじゃないか」
 監視モニターに映った二人のホログラフィーに満足げに頷くと、勝手に引き寄せた椅子にどっかりと座った。
 「茶を持て」
 「君は一体、どこの女王様だい?!」
 すかさず突っ込んだティエドールには供されなかったお茶一式が、瞬く間にクラウドの前に並ぶ。
 「欲しけりゃ頼めばよかったのだ。
 お前だって元帥なのだから」
 ごく当然のように言った彼女の隣で、ペットの熊かと思った巨体がコクコクと頷いた。
 「やっぱ欧州の菓子は違うな」
 「ソカロ元帥までっ!!」
 ここにいるはずのない存在に、目を剥いたコムイがばちばちと彼の肩を叩く。
 「ホログラフィーじゃない!!」
 「当たり前だ」
 一振りされたこぶしで簡単に吹っ飛んだコムイが、軟体動物めいた動きで立ち上がった。
 「当たり前だ、じゃないでしょぉぉ!!!!
 なんでここにいるんですか、お二人!!
 任務はどうしたんですか、任務はぁ!!!!」
 大元帥に怒られる、と、慌てるコムイの前で、二人はそっくりに鼻を鳴らす。
 「一時保留だ」
 「ナニ勝手なことしてんですかっ!!」
 コムイが苛立たしげに怒鳴るが、二人はそ知らぬ顔で肩をすくめた。
 「私達だけが叱られるのは納得いかんな」
 「そうだそうだ。
 そもそも俺らにこのイベントを自慢してきたのはフロワだし、どうせなら参加しようっつったのはジジィだぜ」
 「ジ・・・ジジィ・・・・・・?」
 大きな笑みを浮かべたソカロが指す先を、コムイが恐る恐る見遣る。
 と、画面の子供達の前に、いかにも怪しげな老人が立っていた。
 「ま・・・まさか・・・・・・!」
 長い白髪を後ろで括り、まんまるい黒メガネで顔の大部分を隠して変装してはいても、年の割には機敏な動作と伸びた背筋でただの老人でないことは明らかだ。
 「イェーガー元帥いいいいいいいいいい!!!!」
 城中に響き渡ったコムイの絶叫を聞きながら、両元帥は楽しげに手を打ち合わせた。


 「ヤァヤァ、坊ちゃん、お嬢ちゃん、道を聞きたいのだがね?」
 わざとらしく咳払いして寄って来た老人を訝しげに見上げた神田は、辺りを行き交う大人達を指した。
 「ここは初めてだから道なんか知らない。
 他に聞けよ」
 愛想なく言ってリナリーの手を引くと、意外な力で引き戻される。
 「ダメだよ、神田!!
 おとしよりにはしんせつにしなさい、って、イェーガー元帥がいってたもん!!」
 甲高い声で呼ばれた名に、老人がぎくりとしたことには、二人とも気づかなかった。
 「おじいちゃん、どこいくの?」
 大きな目でまっすぐに見あげられ、老人の顔がほころぶ。
 「こりゃこりゃ親切なお嬢ちゃんだv
 大げさな動きでリナリーの頭を撫でた老人は、路地の奥を指差した。
 「この先にある画材店に行こうと思ったんだが、道が複雑でわからなくなってねぇ。
 君達なら知っているんじゃないかなぁっと」


 「・・・わっざとらしい・・・!」
 教団本部で監視モニターを睨むコムイとティエドールが、忌々しげに呟いた。
 「私がお使いを頼むんなら絵の具だって、見越して言ってるよ、この人!」
 ティエドールにしては珍しく、ギリギリと歯噛みしながら言うと、クラウドが心底馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
 「なにが見越して、だ」
 「お前が元帥専用の回線で、うれしそーに全計画しゃべったんじゃねぇか」
 クロスだって知ってる、とソカロに言われ、ティエドールが身を縮めた。
 「そ・・・そうだった・・・かな・・・・・・?」
 「元帥いいいいいいいいいいいいいいいい!!」
 コムイにまで睨まれて、更に身を縮める。
 ティエドールが上目遣いで見遣ったモニターには、変装したイェーガー元帥が両手を子供達と繋いで歩く、実に羨ましい光景が映っていた。


 「イヤァ二人がちょうど私と同じ店を探していたとはねェ」
 コムイ達の言う『わざとらしい』口調も、人慣れない子供達にはまだ見抜けなかった。
 すっかり信じてしまったリナリーは、嬉しそうに老人と繋いだ手を振り回し、その反対側で神田は憮然と歩を進める。
 こんな手、さっさと振り解いて先に行ってしまいたかったが、老人にしては体格のいい彼の手は大きく、強く、しっかりと彼の手を握っていた。
 「こっちだ」
 仕方なく、神田は地図を片手に道を辿る。
 するとやたら込み入った小道の先、小さな店がひしめく中に埋もれるようにして、その画材店は現れた。
 「・・・ここか」
 まだ昼だというのに、高い建物に囲まれた店は日を遮られ、中はひどく暗い。
 その暗さにしり込みしたリナリーとは逆に、老人の手を振り解いた神田が歩を進めた。
 「これをくれ」
 師に渡されたメモをカウンターの店主に見せると、彼は小さく頷いて細々とした画材を袋に入れていく。
 「後は・・・シルバーホワイトか。
 悪いが昨日、近所の画家が買い占めて行ってね。
 卸元が持ってくるのが今日の夕方なんだが・・・待つかい?」
 その言葉に、少し考えて神田は首を振った。
 「この近くに別の画材店はあるか?」
 問われて首を傾げた店主は、カウンターに戻って紙を取り出す。
 「画材店じゃないんだがね、さっき言った画家の家が近所だから、行ってみな。
 一缶くらいなら分けてもらって問題ないだろう。
 彼には、夕方にまた届くからと伝えてくれ」
 「わかった。ありがとう」
 代金を渡して商品を受け取った神田は、ぺこりと頭を下げて踵を返した。
 が、店を出るとそこにいたはずのリナリーと老人がいない。
 「どこ行った?!」
 慌てて辺りを見回すと、数軒先の店の前で、老人に抱えられたリナリーがショーウィンドウに貼り付いていた。
 「勝手にいなくなるなよ!」
 老人にも向けて怒鳴ると、二人はいやにキラキラした目で振り返る。
 「見て見て!!
 かわいい!!かわいい!!かわいい!!!!」
 パタパタと手を振るリナリーが指す方を見ると、窓の向こうには様々な色や姿の鳥が並んでいた。
 「そうか?」
 「かわいいよっ!」
 眉根を寄せて首を傾げた神田に、リナリーがムッとする。
 「色がいっぱいだよ!
 リナリー、あの黄色いのがすき!!」
 小さな指で指したカナリアが、不思議そうな顔をしてこちらを見つめていた。
 「ふーん・・・次行くぞ」
 無関心を隠そうともせず、神田は背伸びして、頭上にあるリナリーの手を掴む。
 「じいさんはあの絵の具屋に用があんだろ?
 俺たちは他に行くとこできたから、ここでお別れだ」
 ぐいっと手を引かれ、仕方なく老人の手から下りたリナリーが、ぱんぱんに頬を膨らませた。
 「・・・そんなにいそがなくっていいじゃないか!」
 「うるせぇ。
 買うもん買ったらとっとと帰るぞ」
 不満げなリナリーを叱りつけ、さっさと行こうとする神田を老人が呼び止める。
 「なんだよ」
 「イヤイヤ、ここまで連れてきてもらったお礼に、何かごちそうさせて欲しいと思ってね!
 君達はなにが・・・」
 好きかな、と問う前に、二人は老人の前からさかさかと後退した。
 「・・・・・・へ?」
 「しらないひとから食べものもらっちゃダメって、ジェリーがゆってたもん!」
 「お前、誘拐犯か?!」
 「え?!
 いや、私はただ・・・・・・!」
 遠ざかって行く子供達へ手を差し伸べた彼に、神田が思いっきり舌を出す。
 「騙されないからな!」
 言うや踵を返して駆け去った二人を、老人は呆然と見送った。


 「ざまーごらんあそばせーv
 「ユー君エラーィvv
 教団の監視モニターに浮かび上がる、おいてけぼりの老人の姿に、コムイとティエドールが歓声をあげた。
 「ジェリぽんに教育を任せててよかったーv
 リナリーったら、とってもイイ子ッvvv
 帰ったら誉めてあげなきゃ、とはしゃぐコムイの隣で、ティエドールも大きく頷く。
 「ユー君たら立派になったねェ!
 ちゃんと妹を守るなんて、偉いお兄ちゃんだ!」
 大声ではしゃぐ二人を、クラウドがつまらなそうに見遣った。
 「イェーガー元帥について行けば、もっと楽しい画が撮れたはずなんだが、惜しいことしたな」
 ぽつりと言ってやると、はしゃいでいた二人がぴたりと動きを止める。
 「せっかく仕込んだのに、無駄になっちまったなーぁ」
 可愛かったろうに、と、大げさに肩をすくめたソカロの前で、二人は不安げに顔を見合わせた。
 「な・・・なにを仕込んでいたんですか・・・?」
 コムイが恐る恐る聞くと、クラウドは冷たくそっぽを向く。
 「教えるもんか」
 「意地悪しないでおくれよっ!!」
 ティエドールの絶叫にも心動かされず、淡々と茶を飲む彼女の隣で、ソカロが太い笑みを浮かべた。
 「ジジィは親や子供の信頼厚い元教師だぜ?
 あの街には・・・たまたまだそうだが元教え子が教師として赴任しててな、普通のガキ共とあいつらを遊ばせようって計画してたんだが・・・」
 「なんですってー・・・・・・・・・・・・!」
 教団では絶対に見られない、ほのぼのとした光景を撮り損ねたのかと、コムイが床に沈む。
 「い・・・今からでも戻ってくれないかな・・・!」
 ゴーレムで呼びかけてみるか、と、迷うティエドールに、クラウドが冷たく鼻を鳴らした。
 「もう遅い」
 彼女が指したモニターの中では、あっという間に別の通りに移動した二人が、困惑げに手書きの地図を見つめている。
 「迷子の出来上がり、だな」
 クスクスと楽しげに笑う彼女に、男達は揃って顔をしかめた。


 「かんだー・・・ここどこー・・・・・・?」
 きゅっと眉根を寄せ、リナリーは彼の持つ地図を覗き込んだ。
 だが神田もその問いには答えられず、顔をしかめて紙面を睨む。
 画材店の店主が書いた簡単な地図は当然、通りの名など省略されて、いくつかの店の名前と、画家が住んでいると言うアパートメントの場所が書いてあるだけだった。
 「とりあえず一旦・・・」
 戻るか、と言いかけて、まだあの老人がいるかもしれないと思い至る。
 「どうしよう・・・?」
 黙りこんだ神田を見上げ、リナリーが首を傾げた。
 と、神田は周りを飛び回るゴーレムをはしっと捕まえ、回線を開く。
 「師匠」


 突然ベルが鳴り、びくっと飛び上がったティエドールは、周りに静かにしているようジェスチャーしながら無線ゴーレムの回線を開いた。
 「ユー君?
 どうしたの、お店わかんなくなった?」
 目をさまよわせ、咳払いをしつつ言う彼は、挙動不審以外の何ものでもなかったが、回線の向こうの神田にはわからない。
 『他のは入手できたんですが、白い絵の具が売り切れです。
 店主が、買い占めて行った画家の家を教えてくれたのですが、付近を不審者がうろついているので、リナリーを連れたままでは戻れません。
 どうしますか』
 子供とは思えない正確な報告に、周りの大人達は感心して何度も頷いた。
 「そうだねぇ・・・。
 そう言う状況なら仕方ないから、もう戻っておいで」
 ここはこう言うしかないだろうと、冒険の切り上げを指示したティエドールに、神田が『はい』と応える。
 が、
 『リナリーは平気だよ!!』
 甲高い声が、突然割って入って来た。
 『だから、白い絵の具もわけてもらおうよ!』
 可愛らしい容姿に反して、向こう意気の強いリナリーが小さなこぶしを振り上げる。
 その、次の瞬間には踵を返して駆け去った彼女を、神田が慌てて追った。


 「勝手にちょろちょろすんな、てめぇ!!」
 一人で元の通りへ戻ろうとするリナリーの首根っこを掴み、神田が怒鳴った。
 「だってぇ・・・」
 「はぐれちまったら一人で馬車まで戻れんのか?!」
 また怒鳴られて、リナリーはふくれっ面を俯ける。
 「師匠はもう、戻ってこいっつってんだ。
 とっとと戻るぞ!」
 「・・・ふんっ!」
 ぷいっと顔をそむけたリナリーに、神田のげんこつが落ちた。
 「ぴいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!」
 「いいな?!」
 激しい泣き声をあげるリナリーを引きずりながら、神田は周りの建物の壁に打ち付けられたプレートを見あげた。
 こんなに狭い道でも、それには律儀に通りの名が記されている。
 「えぇと・・・・・・」
 ポケットから取り出した地図の中に、神田は同じ名を探した。
 画材店の店主が書いた地図とは違い、師の書いた地図にはちゃんと通りの名も記されている。
 「ここか。
 だったらこの道を左に行けば、馬車の待ってる大通りに出るな」
 うん、と頷いた神田は、しっかりとリナリーの襟首を掴んだまま、ずりずりと大通りへと引きずって行った。


 「神田君!!帰ってきたらゲンコツだからっ!!!!」
 監視モニターに縋りついたコムイが、ものすごい目でホログラフの神田を睨む。
 映像の中の彼はまだ、泣きじゃくるリナリーの襟首を掴んで引きずっていた。
 しかし、
 「引き際を心得ていることはよいことだ。
 ユウは『生き残る』エクソシストになれるな」
 「あぁ、意外と冷静だ」
 「ウチのユー君が優秀なのは当然として、心配なのは意外と無謀なリナリーだねェ」
 と、元帥達の評価は神田へと傾いている。
 「コムイ、リナリーを躾けるならまず、引き際を心得させることだ。
 さもないとあの子は、早いうちに死ぬぞ」
 クラウドに指摘され、コムイは気まずげに口をつぐんだ。
 「ユー君にげんこつはなしだよ、コムイv
 得意げに笑うティエドールを横目で睨んでいると、我関せずとモニターを見つめていたソカロが声をあげる。
 「そろそろ次の罠だぞ」
 その声に、クラウドが目を輝かせた。


 来た時とは違う路地を抜けて大通りに出ると、行き交う馬車や背の高い大人達の隙間に遠く、教団の紋章が見えた。
 「いい加減、泣き止めよ!」
 未だぐずるリナリーにイライラと怒鳴ると、彼女はぷいっとそっぽを向いて、自分の襟首を掴む神田の手を振り解く。
 「あっ!!てめぇ!!」
 「べー!!!!」
 一瞬振り返るや、思いっきり舌を出してリナリーは、大人達の足元をちょろちょろと駆け抜けた。
 「このっ・・・!」
 追おうにも、リナリーより大きく、彼女ほど素早くもない神田は、行き交う大人達にぶつからないようにするのが精一杯で、二人の距離はどんどん開いていく。
 それでも、同じ場所を目指しているのならいいのだが、教団の紋章がついた馬車の傍に、リナリーの姿はなかった。
 「どこ行った?!」
 慌てて辺りを見回し、道を戻りながら小さな姿を探していると、郵便馬車の集荷場らしき場所に、リナリーがちょこんと立っている。
 「いた・・・!」
 ほっとして駆け寄る途中、荷運びの大男が郵便馬車に乗せたゲージを興味津々と見あげていたリナリーが、彼が離れるやそっと荷台にのぼった。
 「おい!!!!」
 急いで駆け寄ると、振り返ったリナリーは、目をキラキラさせて荷台のゲージを指す。
 「神田っ!
 神田みてみて!
 かわいい!!ウサギさんかわいい!!」
 興奮したリナリーが指したゲージの中では、数羽のウサギがもそもそと葉をかじっていた。
 「ふかふかだぁ・・・!
 ねぇ、これってシチューになるのかなっ?!」
 可愛いことと食欲は関係ないらしく、ジェリーの作るウサギのシチューを思い浮かべたリナリーは、嬉しそうに頬を染める。
 その様に呆れ返った神田は、軽々と荷台に飛び乗った。
 「ンなことどうでもいいから降りろ、馬鹿!
 帰るぞ!」
 イライラと怒鳴りながら、神田はゲージの前にしゃがみこんだリナリーの手を取る。
 だが、
 「やだー!!
 おじさんが、馬車を出す時は声をかけるから、見てていいってゆったもん!!」
 リナリーはじたじたと暴れて神田の手を振り解き、馬車の奥へと逃げた。
 「あっ!てめえ!!」
 大きな荷馬車は、小さな二人が駆け回ってもほとんど揺れず、荷物もしっかりと固定されているため雪崩れてくることはない。
 しかしそれゆえに、リナリーの隠れる場所には事欠かなかった。
 ちょろちょろと荷物の隙間を抜け、神田の手をかいくぐるリナリーに苛立ちが増して行く。
 「なに逃げてんだゴラァッ!!!!」
 「だって!神田の顔こわいっ!!」
 「るっせえ!いいからとっとと馬車を降りろィ!!」
 「いーやーだー!!!!」
 またも神田の手をすり抜け、リナリーが荷物の影へ隠れてしまうと同時に、堪忍袋の緒が切れた。
 「いい加減にしろ!!!!」
 「ぴっ?!」
 壁から伸びて、荷物を固定していた革のベルトを切り裂いた神田は、積み上げられていた木箱を押して、リナリーを閉じ込める。
 荷台奥の隅に追い詰められたリナリーは、天井に迫ってほとんど隙間のない箱を見あげ、唖然とした。
 「か・・・神田ー!狭いよー!!!!」
 べしべしと自分を囲む木箱を叩くが、一体なにが詰まっているのかそれはとても重くて、小さなリナリーには押しのけることも出来ない。
 「かんだー!!」
 「よっ・・・ようやく捕まえたぞ、このやろー・・・!」
 いくら、戦うために作られたセカンドエクソシストとは言え、重い箱をニ柱も一気に運ぶのは大変だった。
 さすがに息を切らして木箱に背を預けていると、くぐもった男の声がする。
 「ここにいた女の子を知らないか?」
 「あぁ、いたけど・・・後から男の子が来て、帰るとかなんとか聞こえたよ。
 嫌がってたみたいだけど、連れ戻されたんじゃないかな」
 「そうか」
 まずい、と思ったが、駆け出ようにも自ら動かした荷物に足を邪魔され、声をあげる前に荷台の扉が閉まった。
 「じゃあ、またな」
 「気をつけてなー」
 暢気な会話ののち、馬車はゆっくりと走り出す。
 「か・・・神田ー?
 神田、どうしたの?
 馬車、動いてない?」
 不安げなリナリーの声を聞きながら、神田は頭を抱えた。


 「ど・・・どこ行っちゃうの、この馬車・・・・・・」
 神田が木箱の檻から出してやったリナリーは、事情を理解すると、不安げに膝を抱えた。
 「さぁな。
 無線ゴーレムに呼びかけても師匠は応答しねェし・・・止まったら事情を話して、戻ってもらうしかねぇだろ」
 リナリーと並んで座り込んだ神田は、彼女とは逆に冷静な顔で言う。
 「戻るのが遅くなるのはお前のせいだからな。
 怒られるのはお前だけにしろよ」
 とは言いつつ、リナリーが叱られる時はなぜか自分も一緒に叱られる時だと、神田は憮然とした。
 いつも彼女のわがままに振り回され、一番の被害をこうむっているのは自分だと言うのに、一緒に責任を取らされることが理不尽に思えてならない。
 ムッとして黙り込んだ神田の服を、リナリーが涙目で引いた。
 「ね・・・ねぇ・・・!
 これって・・・ピノキオが乗せられた馬車じゃないよね・・・・・・?」
 「あ?なんだそれ」
 突然なにを言い出すのかと、訝しげな神田の隣で、リナリーがしゃくりあげる。
 「あそんでばかりのわるい子は、わるい大人にさらわれて、あそびの国に連れていかれるんだよ・・・!」
 「そりゃよかったな。
 一人でいつまでも遊んでろ」
 冷たく言い放った神田に、リナリーが泣き縋った。
 「だめだよ!!
 あそんでばかりいる子は、そこでドレイにされたりロバにされたりするんだ」
 「へー・・・」
 ドレイってなんだろうか、と思ったが、聞いてもリナリーだって知らないだろう。
 ゆえに、
 「ロバにゃなりたくねぇな」
 と呟いた彼に、またリナリーが泣き縋った。
 「神田!
 リナリーのせいで・・・ごめんね・・・!ごめんね・・・!!」
 えぐえぐとしゃくりあげるリナリーがさすがに可哀想に思えて、少しだけ頭を撫でてやる。
 と、彼女は涙でぐしゃぐしゃになった顔をあげた。
 「神田がロバになっても・・・ずっとともだちだからね!」
 「・・・って俺だけロバになんのかよ!!」
 どういう理屈だと、神田は今まで撫でていた頭をはたく。
 「いたいっ!!
 神田なんかカエルになっちゃえ!!」
 「お前がなれええええええ!!!!」
 にょーんと頬を引き伸ばされたリナリーが、可哀想な泣き声をあげた。


 「神田くうううううううううん!!」
 監視モニターに映る薄暗い映像の前で、コムイが絶叫した。
 「リナリーになんてことすんのさっ!
 容赦ないにもほどがあるよっ!!!!」
 獰猛な獣のように唸り声をあげる彼へ、背後からクラウドが蹴りを入れる。
 「うるさい。
 この程度のことでガタガタ言うな」
 「で・・・でもぉ・・・・・・!」
 軽く入った蹴りだけで、ボールのように吹っ飛んだコムイが、壁面に血の尾をひいて振り返った。
 「小さな女の子にあの仕打ちはないでしょぉ?!」
 「ま、確かにちぃせぇが、エクソシストになるんだろぉがよぉ。
 あの程度で泣いてちゃ、こんな毒女にゃなれねぇぜぃ?」
 と、クラウドを指したソカロの笑顔が、巨大化したサルの口内に消える。
 「・・・・・・クラウド。
 ラウの毛皮が血に染まってるんだけどね・・・・・・」
 ちょうどサルの歯が当たる頚動脈から、噴水のように迸る血が辺りを紅く染めていた。
 「後で洗うから大丈夫だ」
 「・・・・・・そうかい。
 でも、その時にはソカロが取り返しのつかない状態になっているんじゃないかと、私は想像するよ・・・・・・?」
 遠慮がちすぎるティエドールの指摘を無視して、クラウドは映像に目を細める。
 「そろそろ見つけないだろうか」
 クスクスと笑う彼女の期待に応えるかのように、映像の中の二人がびくりと飛び上がった。


 「なっ・・・なんの音?!」
 びくびくと震えるリナリーに縋られた神田は、自分も驚いて飛び上がってしまったことをごまかすように辺りを見回した。
 「・・・ウサギじゃねぇか?」
 「ちがうよ!
 バサバサってゆったもん!
 ウサギはそんな音しないよ!!」
 「・・・じゃあ、馬車の屋根にカラスでも止まったんだろ」
 とは言いつつ、神田は訝しげに荷物を見回す。
 その多くは木箱だったが、ウサギの入ったゲージの傍に、布で覆われたドーム状の筒があった。
 「これか?」
 薄暗い中を歩み寄り、布をめくってみると、中では黄色っぽい羽根がはためいている。
 「カナリア?!」
 パタパタと寄って来たリナリーは、鳥籠を覗き込むや、悲鳴をあげてしりもちをついた。


 「ク・・・クラウド元帥、あれって・・・・・・」
 唖然とモニターを指すコムイには答えず、クラウドはリナリーの驚き顔がおかしくてたまらないとばかりに爆笑している。
 「やーい!おどろいたー!」
 「・・・子供かい」
 手を叩いて喜ぶクラウドに呆れ声をあげ、ティエドールはモニターに眉根を寄せた。
 「・・・ホントに、あいつまで関わっていたなんてねェ・・・・・・」


 「・・・鳥じゃないみたいだな」
 金色の羽根を持つそれは、真ん丸い身体の真ん中に割れた口から鮫のように鋭い歯を剥き、大人の腕ほどもある太い柵に噛み付いている。
 あちこちにある噛み跡を見れば、よほど強靭な歯と凶暴性を併せ持つ動物だと予想できた。
 「にっ・・・『にくしょくじゅう』なのかなっ・・・?!」
 「かもな」
 怯えるリナリーの目から隠すように、再び布で覆ったゲージからは、羽音だけでなくゴリゴリと鋼鉄をかじる音や、鞭のようなもので石を叩く音までする。
 「やっ・・・やだよう!!
 でてきたりしないよね?!」
 「出てくるかもな」
 意地悪く言ってやると、更に怯えたリナリーが神田に縋りついた。
 「ふえぇぇ・・・!
 おろしてもらおうよぅ!
 大声あげたら、おじさんが気づいてくれるよぅ!!」
 「それはどうだかな」
 小首を傾げて、神田は御者席側の壁を叩く。
 と、やはりこれほどの荷物を運ぶ馬車の壁が薄いはずがなく、音はこちら側へ跳ね返されるだけだった。
 その上、整備された道を走る馬車は当然、かなりの騒音をあげているため、御者には外からの音ばかりが聞こえて、荷台の中からの音は届かないだろう。
 「止まるまで待てよ」
 「いつだよぉ・・・・・・!」
 神田の背に隠れ、びくびくとゲージの様子を窺うリナリーが、弱々しい声をあげた。
 その時、外に銃声が響き、驚いたリナリーが飛び上がる。
 「かん・・・!いま・・・・・・!」
 「強盗か・・・?!」
 馬車は既に街を抜けていたのか、銃声の後には馬のいななきと御者の悲鳴以外、聞こえなかった。
 「箱の影に隠れろ!」
 神田は再び木箱の柱を移動させて、壁と扉に密着させる。
 こうしておけば、万が一銃弾が荷台の壁を貫通しても、彼らが負傷することはない、という判断だった。
 「いいか・・・?
 銃声がおさまって、強盗が扉を開けたら、一気に攻撃すんぞ」
 「・・・うん!」
 攻撃と聞くや、表情を改めたリナリーが、小さなこぶしでぐいっと涙を拭く。
 気を引き締め、集中して外の様子を窺っていると、足を止めた馬達の不安げな気配以外の音が消え、ややしてかたん、と、扉のかんぬきを外す音がした。
 その音に、子供たちの目は野生の獣じみた鋭さを帯び、脚に力がこもる。
 扉が、開いた。
 「はっ!!」
 「やぁ!!」
 鋭く繰り出されたこぶしと蹴りが空を切る。
 次の瞬間、
 「仔猫二匹、ゲットだぜ♪」
 楽しげな声がして、両の手にそれぞれ神田の腕とリナリーの脚を掴んだ大男が、にやりと笑った。
 その、眩しいほどに鮮やかな赤毛は・・・!
 「ク・・・!」
 「クロス元帥?!」
 ぶら下げられたまま、大きな目を丸くする子供達にクロスは笑みを深めた。
 「久しぶりだな、ガキ共!
 ちょっとは強くなったか?」
 「う・・・」
 「まだ・・・・・・」
 強がろうにも、最大の攻撃を片手で軽々と防がれた後ではできるはずもなく、二人は気まずげに目を逸らす。
 「はんっ!
 お前らがイノセンスを持ってたら、さすがに片手じゃ防げねぇからそう落ち込むなよ」
 「いててててっ!!」
 「くあああ・・・!」
 ぶんぶんと振り回されて、腕を掴まれた神田は悲鳴をあげ、脚を掴まれたリナリーは目を回した。
 「おっと」
 「ぅおっ!!」
 頭に血がのぼって、真っ赤になったリナリーを抱っこしたクロスが、神田を無情に放り捨てる。
 再び荷台の中へ放り込まれた神田は、上がドーム状になったゲージにうまく着地できず、もろともに転がった。
 「いってぇな!!」
 「男ならそのくらい、我慢しろ。
 ティム」
 クロスが呼びかけると、鳥籠の中でひっくり返っていた金色のゴーレムが、ごろりと転がって起き上がる。
 鞭のように長い尻尾を籠の隙間から出すと、炎に似た形の先端を器用に操り、かんぬきを開けた。
 「ぅわっ!!」
 ばささっと飛び出たメロンほどの球体が、神田の頭に止まる。
 「な・・・なんだよ、これ・・・!」
 「見りゃわかるだろ。ゴーレムだ」
 どう見てもゴーレムに見えないから聞いたのに、クロスは馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
 「驚いたか?」
 神田が憮然とすると、クロスはニヤニヤと笑う。
 「クラウドがな、お前らで初めてのお使いビデオを撮るから、ティムを籠に入れて脅かしてやろうって持ちかけてきたんだ。
 最初はびっくり箱みたいに飛び出させて、荷台の中を追い掛け回せとか言ってたんだが・・・」
 「クッソババ・・ぐはァ!!!!」
 「ソカロが、可哀想だからやめとけって止めたんだよ。
 でも、こっちの方が怖かったろ」
 クロスのデコピンに吹っ飛ばされ、暴言を塞がれた神田が、楽しげに笑い続けるクロスを睨んだ。
 「御者はどうしたんだよ!!あの銃声は?!」
 じんじんと痛む額を押さえて怒鳴ると、ひょい、と、荷台の影から知っている顔が出てくる。
 「マリ・・・!」
 「もちろん、芝居だとも」
 クスクスと笑う兄弟子を、神田は愕然と見上げた。
 「じゃあ・・・リナリーは知ってたのか?!」
 「あぁ、この子と話していた時は・・・」
 そう言ってマリは、カツラのついたつば広の帽子を目深にかぶる。
 「こうして、鼻眼鏡をかけてしまえば全然気づかれなかったぞ」
 間抜けな団子鼻のついた黒縁メガネをかけてしまうと、神田でも彼がマリだとはわからなくなった。
 身近な神田でさえそうなのだから、リナリーは全く気づかなかっただろうと思っていると、目を覚ました彼女が、彼の姿に目を丸くする。
 「おじさん!
 ぶじだったんだね!!」
 歓声をあげるリナリーに頷き、声色を変えたマリが楽しげに笑った。
 「お嬢ちゃんがいい子だったからだよ★」
 「えへへ・・・そうかなぁ・・・!」
 どこからどう突っ込めばいいのかわからず、神田はため息をつく。
 「じゃあ、馬車を出す前の会話は・・・」
 「あれはトマだな。
 お前たちに聞こえるように、わざと大きな声で話したんだよ」
 でなければ、壁の厚い荷台の中にまで届くものかと、マリがまた笑い出した。
 「あとで殴るっ!!」
 「あぁ、相手をしてやろう」
 余裕綽々で言われて、神田のこめかみに青筋が浮かぶ。
 「おい、そろそろ行くぜ」
 いつまでも話の終わらない兄弟弟子に肩をすくめ、クロスが道の先を示した。
 そこは教団本部へ続く水路が隠された、秘密の船着場だ。
 「・・・・・・最初っから罠だったのかよ」
 「人聞きの悪い。
 演出と言ってくれ」
 大きな肩をすくめて、マリは荷台にしゃがみこんだままの神田を抱き上げた。
 「さぁ、凱旋だ!」
 笑い声をあげて、マリはとっとと行ってしまったクロスを追う。
 ため息をついた神田は、マリに抱っこされたまま、憮然と水路へと連行された。


 帰還後は正直、神田にとってサイアクだった。
 諸手を挙げて迎えた元帥達にもみくちゃにされたかと思うと、いきなりコムイにげんこつされて、理不尽極まりない。
 「なにすんだよっ!!」
 「リナリーを泣かせた罰ですぅ!!」
 憤然と言われ、神田は憮然と黙り込んだ。
 「酷い男だね!
 ユー君はがんばったじゃないか!」
 神田を抱き上げたティエドールは、ぷっくりと膨らんだたんこぶを撫でてやる。
 「この記録は、ユー君の成長記として永久保存しておくからねv
 来年もなにかイベント考えて撮ろうねっv
 「来年もって・・・なんでだ?」
 楽しげにはしゃぐ師を訝しげに見上げると、傍らでマリまがでも首を傾げた。
 「なんでって・・・子供の成長記録だろう?
 誕生日ごとに身長を測ったり、冒険させたりして思い出を・・・」
 「誕生日ってなんだ?」
 心底訝しげに問うた神田に、全員の視線が集まる。
 続いて困惑げな目を向けられたティエドールが、一同を代表して神田に微笑んだ。
 「・・・誕生日って言うのは、生まれた日のことだよ。
 ユー君は・・・記録上、6月6日が誕生日ってことになってる」
 「二年前の・・・今日・・・・・・?」
 瞬いた神田の脳裏に、ふっと浮かぶ顔がある。
 じっと自分を見つめていた瞳は、身動きするごとに水面で揺れていた。
 「今日・・・・・・!」
 あの、閉ざされた世界で目覚めた日・・・。
 あの声に、呼ばれた・・・・・・。
 「今日が俺の・・・・・・」
 初めて『外』の空気に触れた日・・・。
 それはとても冷たくて、だけど、水の中から引き上げてくれた手はとても温かかった。
 「か・・・神田、どうしたの?!」
 神田の頬に涙がこぼれ、驚いたリナリーがうろたえる。
 「い・・・いたいの?!いたいの、神田?!
 兄さん!
 神田、げんこつがいたかったんだよ!!」
 慌てふためいて甲高い声をあげるリナリーに、コムイが苦笑した。
 「イヤ、それは・・・」
 「ごめんなさいしなきゃめー!!」
 小さなこぶしでぽてぽてと叩かれて、観念したコムイが神田に歩み寄る。
 「ごめんね、そんなに痛かった?」
 こぶになった所を優しく撫でてやると、我に返った神田はぐいっと涙を拭った。
 「・・・っなんでもない!」
 気丈に言ったものの、神田の声は涙に震え、耳は真っ赤に染まっている。
 「よしよし、強い子だねv
 そのことに誰もが気づいていながら指摘はせず、あの事件を生き延びた少年の頭を撫でてやった。
 「よっし!
 じゃあジェリーんトコ行くか、仔猫ちゃァん♪」
 ティエドールの手から神田を取り上げたソカロが、脚に絡み付いてきたリナリーも抱き上げる。
 「お前らちょっと丸まれv
 謎の言葉に子供達は素直に従った。
 「よぉし!
 仔猫手玉だぜぇ♪」
 「きゃーvvvv
 膝を抱えた子供達を威勢よく宙へ放り投げ、ソカロは楽しげにジャグリングする。
 「ちょっ・・・ちょっとちょっと!!ソカロ元帥!!!!」
 「子供達に何するんだい!!」
 高笑いしながらお子様手玉をするソカロを、コムイとティエドールが追いかけた。
 しかし、続こうにもクラウドは、紅い疫病神に取り憑かれて動けない。
 「はーなーせー!!!!」
 背後から抱きついたクロスが、茹で上がったタコの足を思わせる赤毛を彼女に絡めていた。
 「せっかく邪魔者がいなくなったんだ。
 とっととフケようぜ♪」
 「断る!!」
 断言したクラウドの頬に、クロスのにやけた頬が触れて、鳥肌が立つ。
 「なにをするかこのセクハラがー!!!!」
 「ティム、貸してやったじゃねぇか」
 肘鉄と踵落としの複合技は、その言葉で寸止めされた。
 「お前が、どうしても貸してほしいっつったから、わざわざこの大っ嫌いな教団にまで来てやったんだぜ?」
 「う・・・・・・!」
 クラウドが気まずげに黙りこむと、クロスは邪悪な笑みを深める。
 「ティムのメモリー、いらねぇのか?
 ガキ共のびっくりした顔が、正面から映ってるだろうになぁ?」
 「うう・・・!」
 「すごく可愛いぞ、きっとv
 「うううっ・・・!」
 悪魔の囁きに屈したクラウドの身体から力が抜けた。
 「じゃv
 二人で酒でも飲みながら鑑賞会しよーぜv
 「ラウー!!
 こいつが私に不埒なことをしたら、容赦なく首をもぎ取れよっ!」
 肩に乗ったままのイノセンスに涙ながらに命じたクラウドは、クロスのいやらしい手を払いのける。
 「おのれどこへなりと連れて行くがいい!!」
 投げやりな言い様に、クロスが笑い出した。
 「もうちょっと色っぽい誘われ方が好みなんだがな」
 くつくつと意地悪く笑う彼を、クラウドが涙目で睨む。
 「文句言うなら行かんぞ!!」
 「へいへい・・・」
 笑みの止まらない口元を手で覆い、クロスはクラウドをいずこかへと連れ去っていった。


 「・・・てことがあったから、気をつけろ」
 ―――― そのイベントから数ヵ月後。
 神田が話している間中、笑い続けていたデイシャは、今や過呼吸で死にそうにぴくぴく震えていた。
 「おい、生きてっか?」
 「わっ・・・笑いすぎて死ぬかと思ったじゃん!!!!」
 「・・・そんなことで死ぬのか」
 つまらなそうに言った神田に、デイシャは呆れて笑いを収める。
 「お前・・・冗談とかわかんねーの?」
 「冗談・・・?」
 心底不思議そうに呟いた彼に、デイシャは呆れて肩をすくめた。
 「そんなこっちゃ、人生つまんねーじゃん!」
 「お前は面白いのか?」
 大真面目に問い返されて、デイシャが言葉に詰まる。
 「俺は・・・そうだな、人生を面白くすんのもつまんなくすんのも自分の捉え方一つだって思ってんじゃん」
 そう言って、つい最近入団した年上の弟弟子は笑った。
 「師匠がそんな面白いイベントしてくれんなら、もっと早く弟子になっときゃよかったって思うじゃん♪」
 「別に、嬉しかねぇけどな」
 ため息混じりに呟くと、
 「アァラ!
 そんなこと言ったら、ティエドール元帥が泣いちゃうわよぉん!」
 神田の前に蕎麦を運んできたジェリーが、大げさな声で言う。
 「また来年、楽しいことしましょおねって、張り切ってんだからぁん!
 デイシャちゃんも、来年のお誕生日までは生き残ってよぉん?
 ここで一回もパーティしないで死んじゃったらもったいないものんv
 くすくすと笑って、ジェリーはデイシャの前にもランチのトレイを置いた。
 「パーティでは、アタシも腕によりをかけるからねんv
 ホカホカと湯気をあげる故郷の料理に目を輝かせたデイシャが、コクコクと何度も頷く。
 その対面では神田が、夢中で蕎麦をすすっていた。
 「ウフフv
 アタシが料理長になったからには、食事に文句は言わせないわよんv
 リナリーの礼儀作法にもね!」
 途端、彼らとは少し離れた席に座っていたリナリーが、びくりと震える。
 「さーぁ子供達v
 元気におっきくなるのよんv
 ジェリーの大きくて温かい手に頭を撫でられて、神田はことさら憮然とした顔で・・・しかし内心、心浮き立たせて頷いた。



Fin.


 










2011年、神田さんお誕生日SSでしたー!
これはリクエストNo.69『神田とティエドール部隊の過去』を使わせてもらっていますv
とは言いつつ、思いっきり神田さんとリナリーの『初めてのおつかい』で、デイシャなんて最後にちょっと出てきたきりなんですけどね;>すみません;;
これを書くに当たって、公式FBの神田さん&リナリーの略歴見てたんですけど、デイシャってコムイさんと入団の時期がほぼ一緒なんですよね。
んで、コムイさんが来た時は神田さん12歳、リナリー10歳なのです。
小学生で言えば6年生と4年生だし、幼すぎたかな、と思ったんですが、あんまりその辺こだわってたら出来上がりそうになかったので、あえてやや幼く書いています(笑)
リナリーは思いっきり世間知らずな上に、神田さんの実年齢は2歳だしな。>それ言っちゃダメ;
入団するまではまともな人生送ってきたデイシャに、色々不思議がられながら教えられればいいと思いますv












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