† Shout at the Devil †







 「ウフフ・・・ウフフフフ・・・!」
 夏至前のある日。
 薄明かりを未だ残した夜の教団本部に、壊れた笑声が響いた。
 「フホホホ・・・ホーッホホホ!!!!
 それほど言うなら20代最後のイタズラをしてやろうじゃないか!!
 ボクをからかったことを死ぬほど後悔するといいよ、キミタチ!!!!」
 ヒステリックな声の宣戦布告を受け、科学班第一班に戦慄が走る。
 「止めても無駄だからねっ!!!!」
 怪鳥のような笑声が駆け去った彼の後に響いた――――。
 ・・・翌朝。
 黒の教団本部科学班に、またもや被害者の悲鳴が響き渡った。


 「なんっなんさああああああああ!!!!」
 毒霧から命からがら生還したラビは、慌てて自分の身体を見回した。
 「一体、今日はなんの毒を盛られたんさ?!」
 自身で取った脈に異常はなく、身長もいつも通りなら耳や尻尾が生えたわけでもない。
 声も、自分で聞く限りは変わってないようだ。
 「じゃあ、寿命が縮んだ?!」
 「いや、髪が伸びた」
 科学班のスタッフが、冷静な声で示した鏡には、真っ赤な髪が腰まで伸びた自分が写っている。
 「本当にこれだけさ?!」
 エラ呼吸になってるんじゃ、と、ありえない心配をして、鏡に自身を写すラビを、しかし、笑う者は誰一人としていなかった。
 「よかったな、それだけで」
 リーバーにくしゃくしゃと頭を撫でられて、安堵したラビが頷く。
 「も・・・あいつに余計なもん作らせないで欲しーさ!
 なんであいつ、鬼の補佐官の目まで盗んでわざわざ嫌がらせするんさ?!」
 地雷式噴霧器を仕込まれた科学班では昨夜から、被害者が続出していた。
 噴射される毒霧は、ラビが受けたような育毛剤だったり、子供に戻る薬だったり、獣耳や尻尾が生える薬だったり、害は・・・少なくとも、命に別状はないものだが、迷惑極まりない。
 「今日のあの人はスッゲー機嫌悪いからな。
 このくらいで済んでよかったと言うべきかな」
 ガスマスク越し、ため息混じりに呟いたリーバーは、今にもコムイを殺しに行きそうな神田の、小さな身体を抱え直した。
 「暴れるなよ。
 仕事ができないだろ」
 「だったら放せよ!!
 あのヤロウ、今日こそブッた斬る!!!!」
 きぃきぃと、子供特有の甲高い声で怒鳴る神田に、リーバーはまたため息を漏らす。
 「今のお前じゃ返り討ちにされるって」
 諦めきった目で執務室のドアを見ると、閉ざされたそこからはまるで、瘴気のように負のオーラが漏れ出ていた。
 「ミス・フェイも失言だったな・・・」
 昨夜、彼女の放った一言・・・。
 それが、今のこの惨状をもたらしていた。
 「ミス・フェイは別に、悪いこと言ったんじゃねーさ!
 コムイも今日で三十路なんだから、いい加減落ち着いて仕事に集中しろ、つっただけなんだろ?!」
 赤い髪を振り乱したラビが、憤然と執務室のドアに向かって言い放つ。
 だが昨夜、ラビと同じく彼女に同調した科学班スタッフ達が、完徹続きのナチュラルハイ状態で囃し立てたことが事態を悪化させた。
 『それほど言うなら20代最後のイタズラをしてやろうじゃないか!!』と、怒り心頭に発したコムイが、今までに作った怪しい薬の数々を地雷式噴霧器に仕込み、それを科学班のあちこちに隠してしまったのだ。
 おかげで、ただ報告書を持ってきただけの彼らまでもが被害に遭っていた。
 「20代最後って、もうとっくに最後の日は過ぎてんだろが!!
 いつまでやってんだあの巻き毛メガネっ!!!!」
 じたじたと暴れる神田をまた抱え直し、リーバーは肩をすくめる。
 「あの人も・・・悪い人じゃないだがなぁ・・・。
 高確率で悪い結果をもたらすのは、なんとかして欲しいもんだ」
 不本意にも長い付き合いだけに、コムイが本気でキレた時の対処をよく知るリーバーが、またもやため息をついた。
 「リナリー・・・早く帰って来ないかね」


 その頃、久しぶりの自室で安眠していたアレンを、忌々しげに見下ろす目があった。
 「ウォーカー!!!!
 いつまで寝ているのですか!
 いい加減に起きなさい!!!!」
 怒鳴っても怒鳴っても全く目覚める気配のないアレンのせいで、リンクの声もいい加減嗄れている。
 「コラッ!!」
 苛立ち最高潮でこぶしを繰り出すと、忌々しいことにアレンは転がって避けた。
 「この・・・っ!
 本当は起きているでしょう!!」
 胸倉を掴んでがくがくと揺さぶるが、アレンは目を開けようとしない。
 息を切らしたリンクはこめかみに青筋を浮かび上がらせ、我関せずとベッドに転がるティムキャンピーを鷲掴みにした。
 「窒息死する前に起きろおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
 弾力のあるティムキャンピーの身体で鼻と口を塞ぐが、アレンも意地なのか、顔を赤黒く染めながらも目を開けようとはしない。
 命を懸けた根競べを繰り広げる中、コンコン、と、ドアがノックされた。
 「どちら様ですっ?!」
 今まさに息の根を止めようとした所を邪魔され、リンクが不機嫌に言い放つ。
 と、ドアが細く開き、にんまりと笑う口元に、指を当ててラビが入って来た。
 そっとベッド脇に歩み寄ったラビは、こふこふと小さな咳払いをしてから大きく息を吸う。
 次の瞬間、
 「馬ッ鹿弟子いいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!」
 「ひぃっ?!」
 響き渡った声にアレンが飛び上がり、真ん丸くなった目に写る真っ赤な長髪に悲鳴をあげた。
 「師匠おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
 飛び退った勢いでベッドから落下し、ごきっと嫌な音が響く。
 「・・・ウォーカー?
 今、すごい音が・・・」
 「きゃあああああああああああああああああああああああ!!!!」
 リンクが歩み寄ると、アレンは悲鳴をあげてベッドの下に潜り込んだ。
 「・・・っ猫ですか!」
 毛を逆立て、ベッドの下で威嚇するアレンをリンクが呆れて覗き込む。
 「ウォーカー、出てきなさい。
 クロス元帥ではありませんよ」
 「そうそう、オッレーv
 続いてベッドを覗き込んだラビは、アレンの怒りの爪を受けて吹っ飛んだ。
 「なっ・・・なにすんさ、凶暴猫!!!!」
 だくだくと顔から血を流しながら抗議すると、ベッドの下から出てきたアレンが、馬乗りになってラビの胸倉を掴む。
 「やっていいことと悪いことがあるんですよ、あんたっ!!!!」
 よほど怖かったのか、アレンは涙目でラビをがくがくと揺さぶった。
 「僕のトラウマを弄ぶなんてええええええええええええ!!!!」
 ぎゃあん!と、アレンは長くなったラビの赤毛を掴んで泣き叫ぶ。
 「ちょっ・・・痛いっ!!
 痛いさ、アレン!!髪抜けるっ!!
 ごめんって!!泣くなー!!!!」
 「・・・なにをやっているのですか」
 呆れ声をあげて歩み寄ったリンクがアレンを羽交い絞めにし、ラビから引き離した。
 「ウォーカーを起こしてくれてありがとうございます、Jr.
 全くこの子供は、嫌がらせに命までかけるのですから、手を焼きますよ」
 ふぅ、と、ため息をついたリンクが、アレンをずりずりとクローゼットまで引きずって行く。
 「さっさと着替えなさい。
 私は、君を起こす作業に時間を取られてかまわないほど暇ではないのですよ」
 冷たく言ってやると、アレンはむくれながらもクローゼットを開けて、服を取り出した。
 「それでJr.
 ウォーカーにいたずらするためだけに来てくれたのですか?」
 振り返ったリンクの横から、アレンにまですごい目で睨まれて、ラビは慌てて手を振る。
 「違う違う!
 コムイの罠で髪が伸びちまったから、リンクに髪括るものもらおうと思って!」
 「はぁ・・・構いませんが」
 なぜ自分に、と、不思議そうな彼に、ラビは苦笑した。
 「ユウちゃんは今、ご機嫌絶不調で近づいただけで噛み付かれそうだし、リナとミランダはまだ帰って来てないからさ。
 ・・・科学班の奴に言えば、なに渡されるかわかったもんじゃないし、ひとまず安全なのはお前くらいかなって」
 「なるほど、妥当な線ですね」
 頷いたリンクが、デスクの引き出しからヘアゴムを取り出す。
 「お好きなだけどうぞ」
 「サンキュv
 早速伸ばしたラビの手を、アレンが横合いから掴んだ。
 「ラビおにいたんv
 「・・・ハイハイ、なんさねー?」
 激しく嫌な予感を覚えつつ、ラビは横目でアレンの笑顔を見遣る。
 「せっかくだから、僕が可愛くしてあげるv
 「嫌さ!
 お前、超絶不器用じゃん!!」
 大抵のことは器用にこなすくせに、こと芸術やファッション方面において、アレンの才能のなさは涙が出てくるほどだった。
 「教団のファッションリーダーたる俺が、妙なカッコはできんさね!」
 そう思っているのは自分だけだろ、とは、悔しいが言えない。
 事実、ラビのファッションを真似する団員は多かった。
 「・・・だから、新境地を目指しましょーよっつってんでしょ。
 おとなしくしろ馬鹿ウサギ」
 「へっ?!
 お前なに発ど・・・イヤアアアアアアアアアアア!!!!」
 クラウンベルトで椅子に縛り付けられたラビに、嬉しげなアレンが迫る。
 「可愛くしてあげますからねv
 いずこかへお使いに出ていたティムキャンピーが、提げて戻って来たバスケットを受け取り、アレンは楽しげに準備を始めた。


 ・・・一時間後。
 「うん、いいカンジv
 満足げに頷いたアレンを、ラビとリンクが睨んだ。
 「これのどこがっ!!」
 「ほとんど私がやったのではありませんか!」
 長くなったラビの髪は、細いヘアアイロンでクルクルと巻かれ、ふわふわと波打っている。
 「テワクよりずっとドーリーカラーでしょv
 イメージ通りだ、と嬉しそうなアレンがようやく拘束を解くと、ラビは焼け焦げたひと房を取って顔をしかめた。
 「なにがイメージ通りさ!
 お前が全部やってたら、俺の髪は焦げ焦げだったさね!」
 アレンが触った所は髪だけでなく、地肌まで焦がされてヒリヒリと痛む。
 「リンクに代わってもらってよかったさ・・・!
 お前、自分の不器用さにいい加減、気づくさね!」
 ブツブツと言いながら、ドーリーカラーをひと括りにしようとする手をアレンが止めた。
 「なんさ、まだ・・・!」
 「リボンリボン♪」
 嬉しそうに笑いながら、アレンは長いリボンをカチューシャのように渡し、両端を細い三つ編みに編みこんでいく。
 「可愛いですよ、ラビv
 このままお城中を歩き回って、大恥をさらすがいいv
 邪悪な本音を隠そうともせず、アレンは楽しげな笑声をあげた。
 「あぁ、ラビで遊んでたら、もうお昼ですよ!
 おなかすいたー!」
 散々蹂躙したら興味をなくしたとばかり、アレンはさっさと踵を返す。
 「君が早く起きないから、こんな時間になったんでしょうが!
 待ちなさい!!」
 「そうさ!
 俺に今日これで過ごせってか!!」
 追いかけてくる二人を振り返ったアレンは、後ろ向きに走りながら笑った。
 「いいじゃん、眠たかったんだから!
 それにラビ、安眠妨害した仕返しですよ!
 君だって、僕が安眠妨害したらすごく怒るじゃん!」
 至極もっともなことを言われて、むくれたラビが黙り込む。
 「あははっ!
 ラビ、ごはん食べたら女の子の服借りに行きましょーよv
 「嫌さ!
 なんでそこまでやんなきゃいけないんさ!」
 忌々しげに怒鳴ると、アレンがにんまりと笑った。
 「どうせなら極めた方がおもしろいじゃんv
 「このっ・・・!」
 こめかみを引き攣らせて駆け寄ったラビは、アレンに足払いをかけて小脇に抱える。
 「え?!なに?!」
 「お前もちったぁ、思い知るがいいさねっ!」
 そのまま一気に科学班まで走り抜けたラビは、ドアを蹴り開けるやアレンを室内に放り込んだ。
 「なにすんだー!!!!」
 宙を舞うアレンを、皆が唖然と見上げる。
 次の瞬間、アレンの落下とともに、毒霧がもうもうと上がった。
 「なにが出るかな♪なにが出るかな♪」
 ドアに背を預け、にやにやと毒霧の晴れる様を見守っていたラビは、やがて立ち上がったアレンの姿に快哉をあげる。
 「やっほーv アレーナv
 Allenの女性名を呼んだラビに、彼女の鋭い蹴りが入った。


 「よりによってこれに当たるなんて・・・・・・!」
 悔しげに歯噛みするアレンに、ティムキャンピーが嬉しげにまとわりついた。
 「・・・なんだよ、ティム。
 最近はずっとリンクの頭がお気に入りだったのに、ホントに女の子好きだよね、お前」
 ぷにぷにと胸に丸い身体を押し付けてくるティムキャンピーを、アレンは呆れて見下ろす。
 「いいじゃん、ちょっとくらいv
 オンナノコ触ったらセクハラだけど、お前触ってもセクハラになんないもんさv
 にやにやと笑いながらティムキャンピーを払いのけたラビが、ぽふ、と、アレンの胸に手を当てた。
 「おぉv 本物さーv
 「イタイー!!揉むなー!!」
 「・・・なにをやっているのですか、全く」
 彼らの正体を知るリンクにとっては見苦しい限りだが、ラビもヘアスタイルだけ見れば女性に見えるため、彼の背後から見れば女同士じゃれあっているようにしか見えない。
 「さぁさv
 せっかくだから、着替えようじゃないさ、アレーナちゃんv
 俺が素敵なドレスを選んであげてよーんv
 「余計なお世話だよっ!
 別にこのままでもいいもん!!」
 しつこく胸を触ってくるラビを押しのけつつ、アレンが庇った胸元はしかし、ボタンとボタンの間が広がって、豊かな谷間を覗かせていた。
 「そのままでいいなら俺は嬉しいけどv
 お前、襲われても知んねーよ?」
 にんまりと笑うラビを、アレンは忌々しげに睨みつける。
 「くっ・・・!
 じゃあ、ラビも女装してよね!!」
 「いやいや、カンペキ女になっちまったお前と違って、俺にゃ無理があるからv
 クスクスと笑って、ラビはアレンが結いつけたリボンを取った。
 「エスコートしてやんよ♪」
 ほどいたリボンで髪をひと括りにしてしまうと、もう女性には見えない。
 「ばーか!
 ラビのバーカ!!」
 げしげしとアレンがラビに蹴りを入れていると、ガスマスクの白衣が歩み寄って来た。
 「おい。
 服を借りに行くんなら、ついでにこれも連れてってくれ」
 リーバーの声で差し出された神田は、気の強い小動物のように暴れている。
 「うっわ、可愛くない。
 相変わらず、子供になっても可愛くない」
 「てめぇに言われたかねぇんだよ、ブス!!」
 言い放った次の瞬間、容赦なく頭をはたかれた神田が目を回した。
 「アレン!
 なにやってんさ、子供に!!」
 「あぁ・・・なんだか、つい」
 身体の女性化に伴い、心まで女性化してしまったのかと、アレンが蒼褪める。
 「まぁまぁ、おとなしくなったんだからとりあえず連れてけよ」
 リーバーに神田を押し付けられたアレンは、すぐにそれをラビに渡してさっさと科学班を出た。


 「お前、ついでに髪も伸ばしてもらえばよかったのに。
 そしたら俺が、可愛くセットしてやったんさv
 笑いながら追いかけてきたラビを振り返り、アレンは顔をしかめた。
 「ヤですよ!
 ただでさえ屈辱なのに!!」
 「とか言って、うれしそーに自分のムネ触ってるくせにv
 「ふぇっ?!あっ・・・そのっ・・・!!」
 ラビに指摘されて初めて、自分の両手のありかに気づいたアレンが真っ赤になる。
 「うんうん。
 オトコノコとしちゃ、うれしくてしょーがない感触だよなv
 神田を小脇に抱えたラビが、また伸ばして来た手をアレンは乱暴に払いのけた。
 「気安く触ってんじゃないですよ、あんた!」
 「ムネ庇う振りしてまた触ってんじゃないデスヨ、アレン君v
 またクスクスと笑われて、アレンが耳まで赤くなる。
 そんな二人の背後に従うリンクが、深々とため息をついた。
 「これが聖職者を名乗るのですから、確かに世紀末です」
 いつもながらの嫌味を受けて、アレンとラビが振り返る。
 「なんさお前、かてーこと言ってないで、触りたけりゃ触りゃいいじゃん」
 「よし!来い!!」
 「誰がそんなこと言いましたかっ!!!!」
 ラビに掴まれた腕を、両手を広げたアレンに向けて引かれたリンクが必死に抵抗した。
 「私はそんな、背徳的なっ・・・!」
 「背徳なんて、ひどーぃv
 ボクは被害者なのにーぃv
 いつもより高い、甘えた声をあげたアレンが、ラビに捕まったままのリンクに歩み寄り、彼の頬を胸に押し付ける。
 「ホラv
 ぷにぷにーv
 「なんっ・・・!!!!」
 一瞬で真っ赤に茹で上がり、白目を剥いたリンクが倒れると、アレンは邪悪な笑みを浮かべた。
 「あーっはっはv
 このっくらいで倒れるなんて!
 他の人もこれで倒せるかなっ?!」
 「・・・お前、今すぐにでも悪女になれるさね」
 得意げに胸を張るアレンに、ラビが呆れ声をあげる。
 と、周りの騒ぎに神田が、ようやく目を覚ました。
 「っ!
 神田ーvvvv
 企む目をしたアレンが、ラビの手から彼を奪い取る。
 「うりゃっ!!
 鼻血を吹いて、みっともない姿をさらすがいい!!」
 邪悪な本音を隠しもせず、アレンは自身の胸に神田の顔を押し付けた。
 が、
 「・・・なんのつもりだ、てめェ?」
 もぞもぞともがいて顔をあげた神田の、鼻血を吹くどころか冷静そのものの顔に、アレンの笑みが消える。
 「え?!なんで?!」
 慌てるアレンの胸に、無造作に手を突いて彼を押しのけた神田は、馬鹿にしきった顔で鼻を鳴らした。
 「放せよ、貧乳ガ」
 その暴言はブスよりも更に胸に刺さって、アレンの手から力が抜ける。
 「ひ・・・ひんぬー・・・?
 これが・・・・・・?」
 自分で触ってみても、そんなに小さいとは思えないのに・・・その証拠にリンクは易々と倒したのに・・・全く効果がないどころか、平然と馬鹿にする神田をアレンが睨んだ。
 「いい加減なこと言うんじゃないですよ、あんた!
 これのどこが貧乳だってんだ!!」
 「あ?
 貧乳じゃねぇか」
 ヒステリックに喚くアレンを見上げた神田が、鼻で笑う。
 「クラウド元帥もレニーもでかいし、婦長だってお前より数段でかいぜ」
 あっさりと言われ、気死寸前のアレンの傍らでラビが手を打った。
 「そっか!
 エミリアも巨乳だもんなー・・・!」
 神田を囲む女性のほとんどが見事なボディラインを持っていることに気づき、ラビは納得して頷く。
 「ミランダですら、おとなしい顔してかなりの巨乳だもんさ。
 アレン、ユウちゃんを誘惑するなら、もっと胸でかくせんと!」
 「誰が誘惑するかこんなクソガキ!!!!」
 慰めるように肩に置かれたラビの手を振り払い、アレンは自分の周りを飛び回るティムキャンピーを抱きしめた。
 「僕、イケてるよね?!」
 こくこく、と、嬉しげに頷くティムキャンピーに照れ笑いしたアレンは、じゃあ、と、小首を傾げる。
 「エミリアさんと僕と、どっちがイケてる?」
 かぱっと開いたティムキャンピーの口が、一瞬の迷いもなくエミリアの映像を浮かび上がらせた。
 「きいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!」
 ティムキャンピーをぼよんっと床に叩きつけたアレンが、どすどすと足音も荒く回廊を行く。
 「いや・・・ここでアレンって言われて、嬉しかったんかよ・・・・・・」
 どういう心境だろうかと興味を引かれたラビは、神田とティムキャンピーを両脇に抱えてアレンを追いかけた。


 一方、教団中に様々な悲喜劇を巻き起こしている張本人は、つい先ほどまで放っていた濃い負のオーラを収め、鬼の補佐官の前にちんまりと正座していた。
 仁王立ちになった彼女に睨まれつつ、震えながら書類にハンコを捺していたが、
 「し・つ・ちょう!
 それは決裁印でなく、不可で差し戻してくださいませっ!!」
 突如、鞭のように響いた声に飛び上がり、コムイはおどおどとした上目遣いでブリジットの鬼の形相―――― 喩えでもなんでもなく、長く鋭い角の生えた彼女の恐ろしい顔を見あげる。
 「あ・・・あの、ミス・フェイ・・・・・・」
 「な・ん・で・す・か?!」
 一言一言、強調して言う彼女の紅い唇から、白く鋭い牙がこぼれて、コムイは更に縮み上がった。
 「あのっ・・・ホントーに申し訳ありません!
 まさかキミがあの地雷を踏み抜くとは思わなくて・・・!
 あれはリーバー君用にですね、その・・・!」
 小さくなって、しどもどと言い訳するコムイを遥か上から見下ろしたブリジットが、獰猛な肉食獣のように牙を剥く。
 「構いませんわよ」
 「へ?!」
 その容姿とかけ離れた寛容な言葉に、思わず顔をあげたコムイは、金色に光る目に睨まれてすくみあがった。
 蛇に睨まれたカエルとはこういう状況か、と、身をもって知らされた彼の目に映る自身の姿に、ブリジットはますます目を吊り上げる。
 「・・・私のこの容姿のおかげで、室長が素直にお仕事をしてくださるなら構わないと申し上げているのですわ!」
 「あ・・・あうあうあう・・・!!」
 最早言葉もないコムイの前で、ブリジットは苛立たしげに踵を鳴らした。
 「言い訳は結構ですから!
 早く処理してくださいませ!!」
 「はいっ!!!!」
 正座したまま飛び上がったコムイが、ものすごい速さでハンコを捺していく。
 「・・・今日は・・・ここを出られると思わないでくださいませね・・・・・・!」
 「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」
 地獄の獄卒のような声に、コムイは引き攣った悲鳴をあげた。


 「すみませーん!
 誰か服を貸してくれませんかー!」
 アレンが被服室のドアを開けると、小鳥のように囀っていたお針子達が一斉に彼へと目を向けた。
 ややして、
 「ま・・・まああ!!可愛くなっちゃって!!」
 しんと静まり返った室内に係長の声が響くや、お針子達の囀りも大きくなる。
 「なぁになぁに?!
 室長のイタズラ?!」
 興味津々と寄って来た係長は、遠慮なくアレンの胸に手を当てた。
 「あらーv
 結構大きいじゃない!
 サイズ測りましょうか!」
 アレンに答える隙を与えず、彼女はポケットから取り出したメジャーをアレンに巻きつけて行く。
 「聞いて喜べーv
 アレンは自然のままでCカップよv
 寄せて上げればDまでイケるわv
 ぐいっと親指を立てて断言した係長に、とうとうラビが笑い出した。
 「じゃあもしかして、リナは寄せてあげてようやくCってコトさ?」
 その問いには、にこりと笑って首を振る。
 「乙女のプライベートを公表したりしないわよんv
 クスクスと笑いながら、係長はラビが小脇に抱えた神田を抱き上げた。
 「まー!懐かしい!
 ユウがまたちっさくなってくれたわーv
 ぎゅうっと抱きしめられた神田は、憮然とした顔を係長の豊満な胸に埋めている。
 「あー・・・あーゆーことされ慣れてたんじゃ、ユウがアレンのムネごときで動じるわけないさね」
 乾いた笑みを浮かべるラビを、アレンが真っ赤な顔で睨んだ。
 「ふ・・・ふんっ!
 神田のムッツリスケベ!!」
 悔し紛れに言ってやると、その声を聞いた係長が華やかな笑声をあげる。
 「アレンもハグして欲しいの?
 おいでおいでーv
 小さな神田を部下に預けた係長が、両手を広げて歩み寄り、アレンを抱きしめた。
 「よしよしv
 どんなお洋服着せましょうかねーv
 真っ赤に茹で上がったアレンの頭を楽しげに撫でて、ラビを見遣る。
 「おそろいにする?」
 「あぁ、いいけど?」
 にこりと笑ったラビは、アレンと神田を放って、係長とともに服を物色し始めた。
 「せっかくキレイな足をしてるんだから、スカートは短いほうがいいけど、あんまり短すぎるとリナリーとかぶっちゃうわよねー」
 「そもそもこいつ、オンナノコになっても田舎くさいお上品面だからさ、あんまり派手なのも似合わねんじゃね?」
 「・・・今、なんか聞こえた!」
 アレンがラビに向けて顔をしかめると、彼は意地悪く鼻を鳴らす。
 「本当のことじゃんさ、子豚!」
 「きいいいいいいいい!!!!」
 ヒステリックな声をあげたアレンの隣では、勝手に服を物色していた神田が、ティモシー用に作られていた団服を取り出して勝手に着ていた。
 「ちっ!
 あのガキと同じサイズかよ!」
 ブツブツと文句を垂れつつ、さっさと出て行こうとする神田が目の前を通った瞬間、アレンは足を出して引っ掛ける。
 「〜〜〜〜なにすんだクソモヤシッ!!」
 ぶつけて赤くなった鼻をさすりながら起き上がった神田を、アレンは上から睨みつけた。
 「なに一人で逃げようとしてんですか、クソガキ!
 あんたも着せ替え人形になるといい!」
 「興味ねぇよ!!」
 「興味ないからこそ、やらせる価値があるんですよ!
 マザーv
 これ着飾ってやってくださいv
 神田の襟首を掴んで振ってやると、係長が振り返る間もなくお針子達がわらわらと押し寄せて、騒がしく囀りながら神田をさらって行く。
 「モテモテねv
 「・・・・・・ふんっ」
 僕の時はあんなに寄ってこなかったのに、と、愚痴るアレンにラビが笑い出した。
 「その分、俺らが構ってやるさねーv
 ホレ、まずはこれ着てみv
 ラビから渡されたワンピースは、胸元から膝下の裾までが徐々に広がって行くAラインの白いフリルだ。
 清楚な印象のそれを持ったままアレンが困っていると、係長が手を引いてくれた。
 「女の子になったのに、そのまま着るわけには行かないわよねv
 まずは寄せて上げなくちゃv
 クスクスと笑いながら連れて行かれた更衣室で、アレンはビスチェとパニエを着せられる。
 「初めてなのに、締めつけちゃ可哀想だから、ちょっと緩くしてましょうねv
 大丈夫!
 このままでもCはあるから!」
 なにが大丈夫なのか、よくわからないままに下着姿の自分を鏡に写したアレンは、ビスチェの上で盛り上がった胸に目を輝かせた。
 「こうやって上げてたんですね!!」
 師を囲んでいた色っぽい女性達は多く、襟の大きく開いた服を着て胸を強調していたが、こうやって調整していたのかと妙に納得する。
 「ほっそいのになんで胸だけはあんなにあるんだろ、って思う人もいたしなぁ・・・。
 あ。じゃあもしかして、ミランダさんも・・・?」
 「ううん、彼女のは本物よ。
 むしろ、目立たないように必死に押さえつけているのよねぇ」
 もったいない、とため息をつきながら係長はワンピースをたくし上げた。
 「ハイ、アレンv
 バンザーィv
 「はい」
 両手を挙げたアレンの身体を滑らかな生地が滑り落ちて、フリルの裾がふわりと広がる。
 「ふふv 可愛いわv
 背後のリボンで軽くウエストを絞った係長は、鏡越しに満足げに頷いた。
 「ラビー!
 次持って来てv
 彼女が声をかけると更衣室のドアが開いて、ラビがコーンフラワー色のワンピースと、同色の靴を持ってくる。
 「もう一着着るんですか?」
 ラビが係長に渡したワンピースを見て小首を傾げると、彼女は笑って頷いた。
 「重ね着のワンピースなのよ。二つを合わせて一着なの。
 白い方はノースリーブだから、邪魔にはならないでしょ?」
 そう言って彼女が着せ掛けたワンピースは一見、白いワンピースと丈の合ったハーフロングコートのようだ。
 しかし、胸元のリボンをはしごレースに結んで、袖を膨らませながら腕の数箇所にあるリボンを結んでしまうと、確かに一着のワンピースに見えるようになった。
 「あぁー・・・!
 あるレディが、服は一人で着られない、って言ってた理由がようやくわかりました!」
 胸元のはしごレースはともかく、袖を膨らませながら結ぶ腕のリボンは、一人で結ぶには無理がある。
 「だから脱がすなって?
 そりゃあ、いい断り方さねv
 にまにまと笑いながら、ラビはアレンの髪を整え、両端にコーンフラワーの造花がついたヘッドドレスを着けてやった。
 「よっし!
 かわいーぜ、アレーナv
 底の厚い靴のストラップを留めているアレンの上に屈みこんだラビは、バネのように起き上がった彼の頭突きをまともに顎で受ける。
 「いっでええええええええええ!!!!」
 「アレーナっつーな!!」
 ノリノリで女装しても、そこは譲れないらしいアレンが握ったこぶしを、横合いから係長が掴んだ。
 「じゃあ次はお化粧しましょうね、アレン!
 傷を隠してあげるわ!」
 いかにも楽しげな彼女に腕を引かれ、アレンは困惑げについて行く。
 「ラビは適当に着替えててーv
 じゃあ後でねーv
 二人のケンカなどなかったことにして、彼女はアレンを別室に連行した。


 アレン達が被服室で着せ替え人形になっていた頃、任地から帰ってきたリナリーは、方舟の間にコムイの迎えがないことに気づいて、思いっきり頬を膨らませた。
 「兄さんは?!」
 『扉』に続く階段から飛び降りたリナリーが近くのスタッフに聞くと、彼は苦笑して肩をすくめる。
 「イタズラが過ぎて、執務室に缶詰中」
 「またあの意地悪魔女の仕業ね!!」
 憤然とこぶしを握ると、その場の全員が首を振った。
 「今の彼女は魔女じゃなくて鬼」
 「ツノ生えてこえーのなんの!」
 「・・・は?」
 いつも、ブリジットへの暴言を諌める彼らが進んで暴言を吐いていることを不思議に思いながらも、喩えだと思い込んだリナリーはきゅっと眉根を寄せる。
 「とにかく!
 姫は私が奪い返して見せーる!
 ミランダ!科学班に行・・・」
 勇ましくこぶしを振り上げたリナリーの目の前で、階段を踏み外したミランダが転がり落ちた。
 「ミランダ・・・。
 戦闘では怪我しなかったのに・・・・・・」
 常駐のナース達と共に駆け寄ったリナリーが、くらくらと目を回しながら起き上がったミランダに呆れる。
 「ご・・・ごめんなさい・・・。
 無事に帰還できたってホッとしたら、足の力が抜けてしまって・・・・・・」
 「結構高い所から落ちちゃったわねぇ・・・」
 「念のために検査しましょ。
 リナリー、科学班への報告は一人で行ってらっしゃいよ」
 「はーい」
 ナース達にミランダを任せたリナリーは一瞬で回廊を駆け抜け、科学班第一班に飛び込んだ。
 「姫はいずこじゃ!!」
 「いつまで王子なんだ、お前は」
 ガスマスク越しのくぐもった声をかけられたリナリーが、びくりと飛び退る。
 「は・・・班長?!
 みんなも・・・どうしたの・・・?
 ガスマスクパーティ?!」
 大勢の、分厚いゴーグルに覆われた目を向けられたリナリーが気味悪そうに言うと、リーバーが肩をすくめた。
 「仕方ねぇだろ。
 ここがどんな危険地帯になろうとも、実験放り出して別室に避難する訳にゃいかねェ奴が多いんだ」
 避難できる奴はとっくに出て行った、と愚痴るリーバーに、リナリーが首を傾げる。
 「なにがあったの?
 方舟の間じゃあ、兄さんのイタズラが過ぎて、鬼になった補佐官が兄さん閉じ込めてるって聞いたけど」
 「そのままの意味だよ」
 「うん、だから、どんなイタズラしたんだよ」
 傾げた首を反対側へと倒したリナリーに、リーバーがまた肩をすくめた。
 「この部屋に、ヤバイ薬仕込んだ地雷が大量に仕掛けてあるんだ。
 神田が子供になって、ラビの髪が伸びて、アレンが女の子になった後、いい加減地雷処理も終わっただろうって出て来たミス・フェイが、俺のデスク近くに仕掛けられてた地雷踏み抜いて、ツノと牙が生えちまった」
 「・・・ぷっ!」
 その様を想像したリナリーが、遠慮なく吹き出す。
 「ナニソレ!見たーぃ!!!!」
 大嫌いな補佐官の不幸を大声で笑ってやると、呆れたリーバーに頬を潰された。
 「みゅふっ!」
 「悪い顔になってるぞ、お前」
 「いいにゃにゃいきゃ!いちゅもいぢめりゃれてりゅ仕返しにゃ!」
 「・・・ホント、根暗だよな、お前」
 呆れ返ったリーバーの手を振り解いたリナリーは、思いっきり彼に舌を出す。
 「みゃっ!」
 「ミランダは一緒じゃないのか?」
 デコピンされた額を涙目でさすりながら、リナリーが頷いた。
 「戦闘では怪我しなかったんだけど、方舟の間の階段から落ちちゃって、今病棟に連れてかれてると思う」
 「ふーん・・・。
 じゃあ、ここには来ないように言っとかなきゃな」
 なにが起こるかわからない、と、内線を取ったリーバーにもう一度舌を出し、リナリーは軽やかな足取りで執務室へ向かう。
 「にーさー・・・んきゃああああああああ?!」
 足元には十分注意していたのに、足を下ろした床石がいきなり割れて、毒霧が噴出した。
 「リナリー!!」
 声まで蒼褪めたスタッフ達の見守る中、徐々に毒霧が晴れていく。
 「一体どんな・・・!」
 恐ろしい変化が、と、固唾を呑んだ彼らは、やがて現れた姿に唖然と顎を落とした。


 「・・・もういいですか?」
 係長の手が止まった気配を感じてアレンが目を開けると、鏡の中にはアンティークドールのように愛らしい少女が写っていた。
 「っ可愛いvvv
 僕可愛いvvvv
 最初は嫌がっていたくせに、プロの手で飾られていくうちに段々乗り気になって来たアレンが、鏡の中の自分に頬を染める。
 「どうだよ、ティム!
 イケてるでしょ?!」
 パタパタと周りを飛び回っていたティムキャンピーの尾を掴んで引き寄せると、金色のゴーレムはこくこくと何度も頷いた。
 「えへへーv
 じゃあもう一回聞くけど、エミリアさ・・・」
 一瞬の迷いもなくエミリアの映像を浮かび上がらせたティムキャンピーを、アレンは忌々しげに床へ叩きつける。
 「この巨乳好き!!」
 ぽよんっと跳ね返るティムキャンピーを踏みつけ、怖い顔で睨み下ろした。
 「じゃあ、あのパッツンとだったらどっちが可愛い?!」
 全然可愛くない顔で問われて、震えるティムキャンピーが長い尻尾でアレンを指す。
 「よしっ!」
 「無理矢理言わせといて、なにが『よしっ!』さ」
 呆れ声に振り向けば、ラビがコーンフラワー色のスーツを着崩して立っていた。
 「・・・まともに着ようって思わないんだ?」
 鼻の頭にシワを寄せたアレンに、ラビはにんまりと笑う。
 「まともにしか着れない奴の嫉妬が気持ちいいんさv
 意地悪く言ってやると、憮然と黙り込むアレンの顔が面白くて、ラビが笑い出した。
 「なぁなぁ、ユウちゃんがスゲーことになってっから、見に行こうぜ♪」
 「えー・・・!」
 「きっと可愛くなってるわv 行きましょ!」
 「はぁ・・・・・・」
 ラビには不満の声をあげても、係長には逆らえず、アレンは渋々部屋を出る。
 と、きゃあきゃあと騒々しく囀るお針子達の中心に、やたら不機嫌な顔をした日本人形が置かれていた。
 腰まである長い黒髪の上だけを結われ、きれいなかんざしを何本も挿した人形は、本紋を織り込み、金糸銀糸の刺繍で飾られた紅色の振袖を着せられている。
 黒地に色とりどりの刺繍を施した丸帯は膝裏までのだらりに結び、若草色をした総絞りの帯揚げで飾られた上、吹き綿を豊かに含んだ裾が、足元に優雅な流れを作っていた。
 「んまぁ・・・!かわいーぃvvvv
 歓声をあげた係長が、駆け寄って人形を抱き上げる。
 「よくこんな素敵な衣装があったわねぇ!
 とっても似合っているわよ、ユウv
 「けっ!!」
 紅い化粧を施された目元を凶悪に吊り上げ、忌々しげに吐き捨てた神田の頬は、しかし、チークの色以上に紅く染まっていた。
 「アラマァ、ユウちゃんたら照れちゃってかわいーさv
 ティムー?
 これならアレンと、どっちが可愛いだろうな?」
 問われて考え込んでしまったティムキャンピーを、アレンは自分の胸に押し付ける。
 「アレにはコレがないけど?」
 「vvv
 すりすりと胸に擦り寄ってくるティムキャンピーに、勝利を確信したアレンは大きく頷いてこぶしを握った。
 「僕の方が可愛い!!」
 「なんの勝負?」
 笑みを含んだ声をかけられて、アレンは勢いよく振り返る。
 「おかえりなさい、リナリー!
 今ね・・・・・・」
 言いかけて、アレンは唖然と口を開けた。
 「リ・・・リナリー・・・・・・?」
 開けっ放しの口で不明瞭な声をあげると、彼女は大人びた表情でくすり、と、笑みを漏らす。
 「どうかした?」
 「ど・・・どうしたもなんも・・・・・・!」
 アレンを蹴飛ばして飛び立ったティムキャンピーに続き、ラビも彼女へ駆け寄った。
 「どしたんさ、このグラマーは!!」
 「ふふv
 頬を染めて笑ったリナリーは今、団服の襟を大きくはだけて、豊かな胸の谷間を覗かせている。
 その上、艶やかな黒髪が腰まで伸びて、色っぽい身体に絡み付いていた。
 「私も、アレン君と同じガスを浴びちゃったみたいなのv
 おかげで、元々女だったリナリーの女性ホルモンが増加し、髪や胸などの女性らしさが強調されたということのようだ。
 「すっごく嬉しかったから、兄さんにお礼のキスをしてきたんだよv
 「はあ・・・。
 こんな色っぽい妹に迫られて、コムイも困ったろうさ・・・」
 思わず手を伸ばしたラビは、慌てて両手をあげた。
 「危ない危ない!
 危うく、崖下に死体を捨てられるとこだったさ!」
 アレンに触ってもセクハラにはならないが、リナリーに触れば命はない。
 「マザー!
 これ、早くなんとかして欲しいさ!」
 ラビの冗談口に、いつもなら膨れて『これってなんだよ!』と怒り出すリナリーが微笑んだ。
 「うっ・・・!」
 迂闊にも赤くなってしまったラビに笑みを深めたリナリーは、胸の下できゅっと腕を組んで、その豊かさを強調する。
 「さっきの執務室で・・・ミス・フェイのあの、悔しそうな顔ったら・・・v
 くっくっく・・・と、喉を鳴らして笑う彼女は最早、悪女そのものだった。
 「悪い顔になっているわよ」
 リナリーに苦笑した係長が、衣装棚へと向かう。
 「あなた、せっかくだからセクシーな衣装を着たいと思っているでしょ」
 あっさりと見透かされたリナリーは、目を輝かせて頷いた。
 「じゃあクラウド元帥用に作ったドレスで、お気に召さなかったものがあるから、あなた用に直してあげるわ」
 「ホントッ?!」
 セクシー&グラマーの代名詞とも言うべきクラウド元帥のドレスと聞いて、リナリーの目がますます輝く。
 「で・・・でもっ!!」
 ようやく我に返ったアレンが、遠慮がちに口を挟んだ。
 「あ・・・あんまりセクシーすぎると、コムイさんが怒っちゃうんじゃあ・・・・・・」
 リナリーへ向けた目のやり場に困って、俯いてしまったアレンの視界の端に、紅い袖が入ってくる。
 「まだ17のくせに、無理して色気づくんじゃねぇよ!」
 「なっ・・・!」
 小さな指で容赦なく指され、リナリーが真っ赤になった。
 「なっ・・・なによ!!
 そんなこと、ちびな神田に言われたくないもんっ!!」
 容姿はわずかに変わっても、いつもの口調に戻ってしまったリナリーに神田が鼻を鳴らす。
 「早速素が出やがって!
 お前が本物なら、ほっといたって色気は出てくるもんだ!」
 「そうそう!
 いつも通りが一番ですよ、リナリー!」
 ほっとしたアレンがすかさず同調し、二人してリナリーに迫った。
 「無理しない方がいいって!」
 「はしたないカッコして、品位を落とすんじゃねぇよ小娘ガ!」
 「・・・なんで意見が一致してんさ、お前ら」
 珍しいこともあるもんだと、呆れるラビの隣で係長も苦笑する。
 「ホントにあの子達、似たもの同士だわ」
 クスクスと笑いながら、彼女は膨れてしまったリナリーの肩を叩いた。
 「二番目のお兄ちゃんと、独り占めしたいボーイフレンドが嫉妬しているだけよ。
 可愛くしてあげるからいらっしゃいv
 「・・・そゆことを平然と言っちまうのはさすがさね」
 笑い出したラビにウィンクし、彼女はリナリーを更衣室に連れて行く。
 「ハイ、これ着て」
 彼女から渡されたのは、クリーム色の柔らかい布地で作った膝丈のワンピースだった。
 チューブトップから流れるドレープが幾重にも重なって、身体の線を上品に覆っている。
 「きれい・・・!
 なんでクラウド元帥は気に入らなかったの?」
 リナリーが不思議に思って問うと、係長は苦笑して肩をすくめた。
 「膝丈のワンピースは自分には若すぎるって。
 十分美人なんだから、似合うって言ったんだけどねぇ。
 何年も前から、彼女はパンツスーツかロングドレスしか着なくなったわね」
 ため息混じりに言うと、リナリーが眉根を寄せる。
 「もしかして・・・傷を気にしているのかなぁ・・・・・・」
 美貌の元帥は、その地位を得るまでに受けた大小の傷で、身体中を覆われていた。
 特に無残な顔の半面は長い髪で隠し、全身の傷は露出の少ない服でさりげなく隠している。
 「ミランダも・・・滅多に手袋を外さないし・・・・・・」
 教団に入る前、ロードによって両手に治りようのない傷痕を残されたミランダは、好奇の目を避けるためか、人前では絶対に手袋を外さなかった。
 「そう思うと私・・・ずいぶん運がいいんだね」
 常に戦場へ赴くリナリーは、任務の度に傷を負い、時に大怪我をすることもあるが、未だ大きな痕は残っていない。
 「そうね、ラッキーだわ。
 この幸運がいつまでも続けばいいけど、元帥みたいなこともあるから、今のうちにおしゃれを楽しんでおきなさいね」
 リナリーの前にしゃがみこんで針を使っていた係長は、笑いながら立ち上がって、ワンピースの裾を整えた。
 すると、膝丈だったそれが腿の上ですぼまり、ミニのバルーンスカートに変わる。
 「えぇっ?!すごい!一瞬で!!」
 驚くリナリーに、係長は得意げに笑った。
 「プロをなめちゃダメよv
 それと胸元は、このままじゃセクシーすぎるから、年相応にしましょうね」
 そう言って彼女は、服と一緒に持ってきていたアクセサリー箱の中から、リボンのように編んだビーズを取り出す。
 「なぁに?」
 「ストラップ代わりよ」
 4cmほどの幅がある、ビーズ製のリボンをリナリーの首にかけると、胸元で交差させて両端の留め金でチューブトップを留めた。
 「〜〜〜〜せっかくの谷間がぁ!」
 ビーズのリボンでほとんど見えなくなった谷間を惜しむリナリーの額を、係長が笑ってつつく。
 「露出は本当のセクシーじゃないわ。
 見えそうで見えないのがそそるのよv
 クスクスと笑いながら、彼女はワンピースの裾を処理した際に出た余り布を手早く縫った。
 瞬く間に彼女の手の中で咲いた花に、リナリーが目を輝かせる。
 「可愛い!!」
 「でしょv
 ストラップの留め金を、出来たばかりのコサージュが可愛らしく飾った。
 「うふふv
 妖精みたいよ、リナリーv
 満足げに頷いた係長は、大きな鏡の前にリナリーを座らせ、以前のように長くなった髪を梳いてやる。
 「ユウやアレンより、断然可愛いわv
 「それは・・・比べる対象として喜んでいいのかな・・・・・・?」
 「いいのよ」
 鏡越しに微笑んで、彼女はリナリーの髪にビーズとコサージュの花飾りをつけてやった。
 「男の子達なんかに負けちゃダメよv
 再び満足げに頷いた彼女に、リナリーが苦笑を返す。
 「さ・・・さすがにこれで負けちゃ、プライドが・・・!」
 「アラ?
 危機的状況だから言ってるんだけどねぇ?」
 「それはないんじゃないかな?!」
 ぷっくりと頬を膨らませたリナリーに、係長は華やかな笑声をあげた。


 係長がリナリーと出て行ってしまったため、被服室に放置されたアレンは大きな椅子に深く腰掛け、足をぶらぶらさせては、パニエで膨らんだ裾がふわふわと揺れるさまを珍しそうに見つめていた。
 「可愛いなぁ・・・これ・・・」
 裾がめくれる度に、ちらちらと覗く白いひざ頭がまた可愛くて、我ながら見惚れてしまう。
 その様をずっと見ていたラビが、とうとう笑い出した。
 「オンナノコのアレーナちゃんが、とんだナルシストだってことがわかったさ」
 「そうじゃなくて、こんなに間近で見るのが珍しいんだよ」
 またぶらぶらと足を振って、アレンは視線を落とす。
 「こんな角度から谷間を見るのも初めてだし」
 滅多にあることじゃないからよく見ておこうと、恥ずかしげもなく言った彼にまたラビが笑い出した。
 「お前ってホント、逆境に負けないさね!
 なにがあってもすぐに慣れるんだもんさ!」
 「まぁね。
 この程度で動じてたら、師匠の弟子なんてやってらんないし」
 ピンク色の唇を尖らせたアレンは、しかし、不意に顔をしかめる。
 「でもやっぱりお化粧は、ベタベタして気持ち悪い・・・。
 女の人って、よく我慢してるよね」
 「美は執念だって聞いたさね。
 思い込んだら試練の道なんじゃね?」
 「へー・・・」
 ラビの言葉に感心したのか呆れたのか、アレンが間延びした声をあげた。
 「じゃあ、リナリーも今は試練の時なのかな」
 小首を傾げた時。
 「お待たせーv
 ドアが開いて、リナリーを連れた係長が戻って来た。
 「おかえ・・・可愛いいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!」
 顔をあげた途端、目に飛び込んで来た美少女の姿にアレンが大声をあげる。
 「へぇ・・・!
 セクシーなんに清純さを失わせないなんて、さすがは縫製係の妖精さんさ、マザー!」
 大きな拍手で功労者を称えつつ、ラビは足元の神田を見下ろした。
 「あれならお前も納得なんじゃね?」
 問うと、神田は憮然とした顔のまま頷く。
 「悪くはないな」
 「可愛いって言えばいいのに、素直じゃないなぁ!」
 呆れ声をあげたアレンは、勢いをつけて椅子から立ち上がると、リナリーに駆け寄った。
 「すごく似合ってますよ!!」
 「ホント?!」
 「はいv
 とっても可愛いですvv
 「お前もなー」
 神田を抱っこして歩み寄って来たラビが、笑ってアレンの肩を抱く。
 「マザーマザーv
 花園の中の幸せな俺の写真撮ってv
 「花園って・・・」
 ラビの言い様に、リナリーが呆れた。
 「私以外、男の子じゃない」
 「見た目は全員オンナノコさねv
 反抗的にじたじたと暴れだした神田を必死に押さえつけながら、ラビがクスクスと笑う。
 「早く早くーv
 「ハイハイv
 急かされて駆け寄った係長がカメラを構えた。
 「ユウ!ちゃんと笑って!」
 ぷいっとそっぽを向いてしまった神田の頭をリナリーが背後から掴み、ギリギリと無理矢理正面を向かせる。
 「んなっ・・・にすんだっ・・・テメェ!!」
 「ちゃんと正面向かないと、首がもげちゃうよ、神田v
 クスクスと楽しげに笑う顔がコムイによく似ていて、確かに兄妹なのだと思わずにはいられなかった。
 首をもがれるのはさすがにまずいと、神田が正面を向いた瞬間、フラッシュが焚かれる。
 「じゃあリナリーv
 今度は二人で撮りましょv
 ラビを押しのけたアレンは、今のうちにとばかり、リナリーと頬をくっつけた。
 「・・・アレンの策士っぷりがよくわかる写真集になるさね」
 呆れるラビの前で、二人はきゃあきゃあとはしゃぎながら密着したポーズの写真ばかり撮っている。
 そのうちに、
 「ねぇねぇ!
 このカッコ、兄さんに見せに行こうよ!」
 リナリーがはしゃいだ声をあげると、テンションのあがったアレンも大きく頷いた。
 「こんなに可愛くしてくれてありがとーv って、キスしちゃおうかなv
 「あははっv
 兄さん、びっくりするよね!」
 小鳥のように笑いさざめきながら、既に駆け出した二人をラビが慌てて追いかける。
 「ホレ!ユウちゃんも!!」
 言うやラビは、長く重い裾が邪魔で、もたもたする神田を抱えた。
 「かんざし落とさないでよー!」
 「オケー!」
 慌てて声をかけた係長に肩越し、返事をしたラビが足を早める。
 「コムイ、どんな顔するかね?」
 クスクスと笑いながら追いかけていると、とっくに行ってしまったと思っていた二人が回廊の先に立ち止まり、角の向こうをそっと覗いていた。
 「どしたんさ?」
 不思議に思って声をかけると、振り返った二人が慌てて口に指を当てる。
 「静かに!」
 「ヤな人がいるの!」
 「ヤな人?」
 顔を強張らせたリナリーの肩越し、そっと向こう側を覗き込むと、科学班第一班のドア付近で、第二班のペック班長が部下達となにやら話しこんでいた。
 「変態か」
 神田の容赦ない言葉に、アレンがすかさず頷く。
 「きっと待ち伏せしてんですよ!
 こんなカッコのリナリーを見たら、しつこく迫ってくるに決まってます!」
 苛立たしげに言ったアレンの背後で、リナリーはがくりと肩を落とした。
 「・・・あんな所にいられちゃ、こっそり通り過ぎることも出来ないし」
 ダークブーツを発動させれば可能だろうが、その時は科学班の大部分が破壊される可能性がある。
 「あの人のせいで、リーバーさんに怒られたくないですもんねぇ・・・・・・」
 「しゃーないさね」
 吐息したラビが、抱えていた神田をアレンに渡し、ジャケットを脱いだ。
 「せっかくのセクシーボディを隠すなんて、もったいないにも程があるけどさ、ドア閉めるまでの我慢さね」
 「・・・そだね」
 渋々頷いたリナリーは、ラビが差し出したジャケットに袖を通す。
 「せっかく驚かせてやろうと思ったのに・・・」
 憮然とむくれたリナリーは、長い袖をぶらぶらと振りながら、更にラビの影に隠れた。
 「いこ!」
 「あいよ」
 リナリーの緊張した声を受け、ラビが歩を進める。
 アレンもラビの後に従い、できるだけペックの視界からリナリーを隠そうとした。
 しかし、
 「おや、奇遇だね」
 わざとらしいにも程がある声をかけて、ペックが歩み寄って来る。
 「っ!!」
 ぎくっと顔を強張らせたリナリーが、止まりそうになった足を慌ててさかさかと進めた。
 「あれ?
 ねぇねぇ、待ちなよ、リナリーv
 君、室長が仕掛けた罠にはまったって聞いたんだけど、体調はどうなんだ?
 ボクが診てあげていいよ?」
 わざとらしいだけでなく、恩着せがましい言い様に、リナリーだけでなくラビ達の顔も引き攣る。
 「おい、アンタ!
 いい年してコドモに言い寄るなんて、恥ずかしくないんさ?!」
 珍しく憤ったラビが向き直るが、ペックは平然と彼を押しのけた。
 「17はもう、子供じゃな・・・」
 言いかけて絶句したペックの目が、無遠慮にリナリーを見つめる。
 その視線が豊かな胸元で止まったまま動かなくなったことに、アレンもカッとなった。
 「ちょっと!!
 レディをそんなにじろじろ見て、失礼にも程がありますよ!!」
 神田をラビに放り渡すや、リナリーを庇うように立ったアレンがペックの視線を遮ると、真剣に引き締まっていた彼の顔が途端に蕩ける。
 「キミ、可愛いじゃないv
 いくつ?
 名前は?」
 「・・・・・・・・・へ?」
 両手で手を握られ、迫られたアレンが唖然と口を開けた。
 「お嬢ちゃん、お人形みたいだねェv
 ボクとお茶でもどうだい?」
 「え・・・?あの・・・・・・?」
 わけがわからず困惑するアレンの背後で、ラビに背中を押されたリナリーが慌てて科学班に入る。
 「な・・・なんだったの・・・?!」
 ジャケットを胸元でかき合わせ、鳥肌の収まらない自身を抱くリナリーの背を、ラビがあやすように撫でた。
 すると彼の腕から下りた神田が、
 「まさか・・・とは思うんだが・・・・・・」
 と、低く呟く。
 「あいつ・・・大人の女には興味がないんじゃないか?」
 「え・・・?!」
 「マジ?!キモッ!!」
 絶句したリナリーとそっくりに鳥肌の収まらない身体を抱いたラビの背に、どすんと何かがぶつかった。
 「ひゃっ?!」
 「ぅあああああああああああん!!!!」
 驚いて返り見ると、彼の背中に抱きついたアレンがものすごい声で泣き出す。
 「なんで一人にしたんだよっ!!
 怖かったよおおおおおおおおおお!!!!」
 ぎゃあん!!と、また泣き出したアレンを慌てて振り返ったラビは、子供をあやすように屈みこんで、彼の背中を撫でてやった。
 「ホ・・・ホラ、アレン!しっかりしろって!
 お前ホントは男の子なんから、これ以上の被害があるわけないし、今も実害はなかったんだろ?!」
 なんとかなだめようとするが、顔をあげたアレンはラビを涙目で睨む。
 「実害なんて大ありだよ!!
 じろじろ見られて気持ち悪い顔寄せられてベタベタ触られて・・・ふぇ・・・えええええええええええええええええええええん!!!!」
 よほど怖かったのだろう、ぶるぶると震えながら大声で泣くアレンの声を聞きつけて、科学班のスタッフ達が寄って来た。
 「どうした、アレン?いじめられたのか?」
 「あれ、お前!可愛くしてもらったなぁ!」
 「なんだ?
 可愛くされちゃって怒ってるのか?」
 見当違いな予想を述べる彼らにぶんぶんと首を振り、ひたすら泣き続けるアレンにしがみつかれたラビが苦笑する。
 「違うさねー。
 可愛くしてもらったら、ペックのド変態に迫られて怯えちゃったんさ!」
 「あ・・・」
 「あー・・・」
 「それは気の毒に・・・・・・」
 今まで味わったことのない、未知の恐怖だったろうと想像して、スタッフ達が憐れみの目を向けた。
 「神田は?
 神田も可愛くしてもらってんのに、お前は大丈夫だったのか?」
 ふと気づいた一人に問われた神田は、人形のように美しい顔でこくりと頷く。
 「俺はラビに抱えられていたから・・・」
 「人形だと思ったか、幼女には興味がないか、どっちかだろうさ」
 「・・・これ以上、あの人の不快な嗜好を見たくないんだが・・・・・・」
 幼女趣味は嫌だな・・・と、真剣に呟くスタッフ達が、慰めるようにアレンの頭を撫でてくれて、彼もようやく落ち着いた。
 「・・・よっぽど怖かったんだね」
 苦笑したリナリーに、アレンは見栄も何もなく頷く。
 「あんな変態、今後絶対にリナリーには近づけませんよ!」
 「今は自分の貞操を守ったらどうだ?」
 こぶしを握って断言したアレンに、神田が意地悪く笑った。
 「なっ・・・なんだよ!!
 神田だって女の子になって襲われれば僕の気持ち・・・!」
 「今のリナリーがあいつの好みから外れるんなら、俺らが女の子になっても興味ナシだと思うさ。
 もう19だもん」
 悪気なく遮ったラビの腹に、アレンは悔し紛れに頭突きする。
 「いって!!
 なにすんさ、慰めてやってんのに!」
 「ラビに僕の気持ちなんかわかるもんかあああああああああああああ!!!!」
 アレンが一際高い泣き声を上げた途端、
 「何事ですか、騒々しい!!」
 執務室のドアが開いて、鬼の補佐官が現れた。
 「ひっ!!」
 真に鬼の姿をしたブリジットに怯え、アレンが一瞬で泣き止む。
 その様が不快とばかりに、ブリジットが恐ろしく顔を歪めた。
 「なんですか、ウォーカー!その格好は!!」
 みっともない、と吐き捨てたブリジットは、視線を横へずらす。
 どうせはしたない格好をしているのだろうと思って見たリナリーは、清純さを失わない艶やかさで、彼女の機嫌を更に悪くした。
 「・・・さすがに縫製係のスタッフは優秀だこと。
 いいコーディネイトですね」
 リナリー本人ではなく、係長を褒めることでほんの少し矜持を保ったブリジットが鼻を鳴らす。
 「ともあれ、室長も科学班も忙しいのですから、用がないなら出て行きなさい!」
 リナリー達がとてつもない覚悟入って来たとも知らず、ブリジットはまっすぐにドアを指した。
 「なっ・・・なによ、意地悪!!
 せっかく来たんだから、兄さんに会わせてくれてもいいじゃないか!」
 「不可です」
 「なんでっ!!」
 反抗的な声をあげたリナリーを、金色の目がぎろりと睨む。
 「きゃっ!」
 その目もさることながら、その迫力に怯えて、アレンが小さく悲鳴をあげた。
 途端、ブリジットは今にも舌打ちしそうに顔を歪める。
 「室長はただ今、お仕置き中です。
 本日は執務室から出ることを許しませんので、そのつもりで」
 「そんなっ!!」
 リナリーが抗議の声をあげたが、しかし、その両脇で神田とラビは大きく頷いた。
 「当然の処置だな」
 「これでちったぁ懲りてくれるといいんけどねぇ」
 「え?!裏切り者!!」
 驚いたリナリーが二人をなじるが、彼らはムッと眉根を寄せる。
 「お前と違って俺は大被害なんだ」
 「俺は今回、まだ被害はマシな方だけど、アレンや他の奴らなんか、まだまだ甘いって思ってるだろうさ」
 なぁ?と、ラビが同意を求めたアレンは目を泳がせて返答を避けたが、この部屋にいる全員が大きく頷いてラビに賛同した。
 「俺らの境遇を知れば、ジェリー料理長も室長のバースデーパーティ中止に文句はいわねぇだろ」
 冷酷なリーバーの言葉には、アレンでさえも残念そうに頷く。
 「そういうことです。
 よろしいですね、リナリー・リー」
 にやりと勝利の笑みを浮かべたブリジットを、リナリーは悔しげに睨んだ。


 「姫救出するよ!!」
 ブリジットが再び執務室に消えるや、こぶしを振り回して大声をあげたリナリーにはしかし、誰も賛同してくれなかった。
 「なっ・・・どうして?!」
 「だってあいつにゃマジ懲りて欲しいし」
 「こんな被害に遭ってんのに祝ってやる気になんねぇし」
 「・・・・・・ブリジットさん怖いし」
 しらけた目をするラビと神田に挟まれて、しゃくりあげるアレンには、リナリーもなんだか同情できる。
 だが、
 「こんなの、いつものことじゃないか!
 今更四の五の言って、人間が小さいよっ!!」
 強行に言い募ったリナリーは、更なる白眼視にさらされた。
 「今回はお前が望む方向に変化したから、そんなことが言えるんだろうが」
 「そうだそうだ!
 こいつらの方がまだマシだって思える変身して、病棟で泣いてる奴もいるんだぞっ!」
 「それにこの初夏に、暑苦しい防護服着て作業する俺らの身にもなれよっ!」
 「う・・・・・・!」
 科学班のスタッフ達に次々となじられて、さすがのリナリーも言葉を失う。
 「あ・・・でも・・・・・・」
 窮地のリナリーへ、アレンは反射的にフォローを入れた。
 「せっかく準備したのが無駄になるのは残念ですよね!」
 その言葉には誰もが黙り込んで、それぞれに考え込んでしまう。
 「・・・昨日一晩の俺のがんばりはなかったことにされるんか」
 まず声をあげたのはやはりラビで、とてつもなく大きなため息をついた。
 「すんげーがんばってかき集めたんけどね、アレ」
 げっそりとした目で見渡された科学者達が、気まずげに目を逸らす。
 「リーバー・・・・・・」
 「・・・なんだよ」
 重い空気の中、無関心を装って仕事を続けていたリーバーが、気まずげに応じた。
 「ミス・フェイを説得して欲しーさ!!
 俺がどんだけがんばってパーティ会場の演出したかとか、科学班の奴らが室内花火や花びらの射出装置作るのにどんだけ苦労したかとか、大雨の中アレン達がすげー苦労してクロちゃんとバラを集めたかとか!!
 今の容姿は鬼でも、話せばわかる人なんさ、ミス・フェイは!!」
 「だが、今のあの人は鬼だからな。
 よほど彼女自身の溜飲を下げることでもなきゃ、承知しねぇよ」
 あっさりと切り返したリーバーを憮然と睨み、ラビは腕を組む。
 その隣で、
 「溜飲か・・・・・・」
 ソファに沈み込んだアレンが、またも足をばたつかせてフリルを揺らしながら、自分の膝頭を見つめた。
 「溜飲な・・・」
 神田もその言葉に引っかかり、さらさらと流れる黒髪をまとわりつかせながら、紅い袖をひらめかせる。
 「溜飲・・・」
 同時に呟いたアレンと神田が、そっくりに手を打った。
 「リーバーさん!!」
 「これってキメラは可能なんだよな?!」
 「へっ?!キメラ?!」
 突然なにを言い出すのかと、目を丸くして二人を見たラビは、すぐにさっきの彼らと同じく手を打つ。
 「ジジィと同じか。
 なるほどなー・・・・・・」
 さすがに効果的な報復に関しては、アレンと神田に一歩を譲ると、ラビは妙に感心した。
 「なにを考え付いたんだ、なにを」
 嫌な予感を覚えつつリーバーが問うと、三人はわさわさと駆け寄って、リーバーを囲む。
 「あ!
 私もー!!」
 リナリーも加わると、邪悪な魔法陣を思わせる輪ができた。
 「あのね・・・!」
 まずアレンが口火を切ると、珍しくも同意した神田が
 「そこでな・・・」
 と続け、
 「材料はー・・・」
 と、ラビがまとめる。
 「・・・お前ら、もうちょっとマシなことで協力とかしないのか?」
 呆れ口調のリーバーに、しかし、止めとばかりリナリーがこぶしを握った。
 「立派な共同戦線だよ!!」
 「・・・兄貴がどんな姿になっても愛せるって言う、その自信は評価するけどな」
 ため息をついたリーバーは、しぶしぶ持っていたペンを置いて内線を取る。
 「爆発物処理班、今からガキ共がそっち行くから、作業はちょっと待て」
 それだけ言って内線を切ると、リーバーは再びペンを取った。
 「素人が触ると危ないから、作業は向こうにいるジジとジョニーに任せろ。
 目標以外に被害をもたらしたら、全員塔から吊るす。
 その覚悟があるなら行け」
 カリカリとペンを走らせつつ、手厳しいことを言うリーバーにしかし、4人は大きく頷く。
 「戦いの火蓋は切って落とされたよ!!」
 リナリーの宣言に、
 「焼き豚?!おいしそう!!」
 と、アレンが目を輝かせた。
 「・・・馬鹿か、お前」
 アレンの隣で神田がため息をつき、
 「ともあれ、戦闘開始さ!」
 と、ラビが嬉しそうにこぶしを振り上げる。
 「・・・お祭り好きどもめ」
 リーバーの呆れ声に見送られて、4人は科学班を飛び出して行った。


 「・・・アラヤダ、アレーナちゃんたらやるじゃない」
 科学班を駆け出た4人が回廊を曲がった途端、ラビがクスクスと笑い出した。
 「どうやって逃げてきたのかと思ったら・・・!」
 皆と歩調を合わせて走りながらリナリーも、頬が緩んでいくのを止められない。
 「まぁ、効果的だな」
 重い裾をからげ、意外な速さでてとてとと駆けながら、神田も頷いた。
 共に駆ける中で一人、忌々しげな顔をしたアレンは、フン、と鼻を鳴らす。
 「サカったアホに容赦はいりませんよ」
 科学班第一班のドアの前で、泡を吹いて悶絶していたペックの姿を思い出し、アレンは意地悪く舌を出した。
 「リナもあんくらいやらんと!」
 「俺が許す」
 「みんな許しますよ!」
 三人から推奨されて、リナリーは大きく頷く。
 「そうだね!
 変に邪険にしたら、兄さんや科学班のみんなに迷惑かかるかもって我慢してたけど、あの人の趣味がわかった以上、容赦はしないよ!」
 「・・・まさか本物のロリコンだったとはなぁ」
 張り切るリナリーの背中を叩いて励ましたラビは、アレンを見遣って眉根を寄せた。
 「お前、薬の効果が切れるまでは、むやみに近づくなよ」
 「・・・またせまって来たら、一生使い物にならないようにしてやりますよ」
 冷え冷えとした声で言ったアレンに、皆がなんとなく黙り込む。
 ややして、
 「そうだ!
 僕、ジェリーさんに話しつけてきますね!」
 廊下の向こうから漂ってきたいい匂いに足を止め、アレンが別の角を指した。
 「あー・・・そういやお前、起きてからなんも食ってなかったんだっけ」
 よく倒れなかったもんだと、アレンの目的を見透かしたラビが頷く。
 「ぞろぞろ行ってもやることねーし、お前は食堂で待ってな」
 「うん!!」
 大きく頷き、ラビ達と別れたアレンは、食堂へと駆け込んだ。
 「ジェリーさーん!」
 「ハァイ、アレンちゃ・・・アレンちゃあああああああああああああん?!」
 すっかり女の子になってしまったアレンを見るや、ジェリーがものすごい声をあげる。
 「どっ・・・どうしちゃったの?!」
 「コ・・・コムイさんのイタズラにやられちゃいました」
 苦笑したアレンに、ジェリーが大きく頷いた。
 「なんだか大変だったんですってね。
 フェイ補佐官から怒りのお電話があって、今日のパーティは中止だって言われちゃったわん」
 その時には既に、逃げて来た科学班の面々から事情を聞いていたため、さもありなんと納得したのだ。
 「残念だったわねぇん。
 アレンちゃん、ご馳走を楽しみにしてたんでしょぉん?」
 ジェリーが小首を傾げると、アレンはそっとカウンターに身を乗り出した。
 「そのことなんですけど・・・」
 「アラン・・・・・・」
 アレンがその後の事情を説明すると、ジェリーは大きく頷く。
 「なるほどねぇん・・・v
 じゃ、進めちゃっていいのねん?」
 「ハイv ゴーですv
 「了解ぃンv
 じゃ、アレンちゃんはなに食べるぅ?」
 快く応じてくれたジェリーに喜び勇んだアレンは、次々と大量の料理を注文した。


 ―――― 企む子供達が大人達をも巻き込んでイタズラの準備を整えた頃。
 「はい?」
 執務室でコムイの監視を続けていたブリジットが内線を取った。
 「は?
 それは中止だと命じましたが。
 えぇ、変更する気なんてありません。
 ですが・・・・・・なるほど、そうですか。
 えぇ、そう言うことでしたら、料理長のお顔を立てましょう。
 いえ、こちらこそいつもお世話になっております。
 どうぞよろしく」
 静かに受話器を置いたブリジットは、踵をキリッと返してコムイを振り返る。
 「室長」
 「ハヒッ!!!!」
 正座したまま飛び上がったコムイは、自分の震える指先を見つめたまま、動けなかった。
 と、カツカツと威圧的な音を立てて、コムイの背後にブリジットが歩み寄る。
 「お疲れ様でした。
 本日はここまでで結構ですわ」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・へ?」
 急に英語がわからなくなったのかと思うほどに、彼女の言葉の意味を図りかねたコムイが間の抜けた声をあげた。
 呆然として声もない彼へ屈みこむと、ブリジットは金色に光る目でぎろりと彼を睨む。
 「ぴっ!!」
 またもや飛び上がった彼を忌々しげに睨みながら、ブリジットは肉食獣のように鋭く尖った爪を持つ手で、コムイの手から室長印を引き剥がした。
 「本日は、ここまでで、結構、と、申し上げましたわ」
 一言一句をはっきりと発音したブリジットは身を起こし、両手を腰に当てる。
 「ジェリー料理長が、とりなしてくださったのです。
 室長の誕生日パーティは、団員との交流を深めるものでもあるし、食材の調達は既に済んでいたのだから、急に中止されても困るとおっしゃるので、いつもお世話になっている料理長のお顔を立てることにいたしました」
 「そ・・・そう、ジェリぽんの・・・・・・!」
 土気色だった顔にようやく生気が戻り、コムイが頷いた。
 「あ・・・ありがとう、ミス・フェイ!
 ボク・・・ボク・・・・・・!」
 理解があることを示しても、鬼の形相は変わらないブリジットを正視することが出来ず、コムイはピチピチと目を泳がせながら言葉を探す。
 と、
 「謝罪はのちほどに」
 小気味よく言い切ったブリジットに大きく頷き、コムイはすっかり痺れてしまった足で、よろよろと立ち上がった。
 「あ・・・ありがとほ・・・・・・!」
 一刻も早くこの場から逃げたい一心で足を進め、執務室を出た途端。
 「兄さん!」
 すっかり色っぽくなってしまったリナリーに抱きつかれて、コムイは慌てふためいた。
 「リリリ・・・リナリー!!」
 痺れた足では支えきれず、もろともに転んで豊かな胸が押し付けられる。
 「きゃあああああああああああああああ!!!!」
 コムイの方が乙女のような声をあげて後ずさると、手を突いた先の床石が突然割れた。
 「ぎゃふっ!!」
 たちまち毒霧に包まれたコムイのベレー帽が吹き飛び、頭頂に長い耳が生える。
 「ちょっとおおおおお!!!
 ボクが仕掛けた地雷くらい、片付けときなさいよおおおお!!!!」
 自分勝手にも程がある絶叫を放ったコムイを指差し、リナリーが笑い転げた。
 「兄さん!!
 ウサギさんになってるよ!ウサギさん!!!!」
 ヨッシーみたい、と、大笑いしながら、先に立ち上がったリナリーがコムイに手を差し伸べる。
 「立てる?」
 「う・・・うん・・・・・・」
 いつものリナリーとは違いすぎる雰囲気に圧倒されながらも、コムイは妹の手を取り、立ち上がった。
 「あぁ、びっくりした・・・」
 ぼそぼそと言いながら、視線をさまよわせるコムイの視界に、リナリーがちょろちょろと入ってくる。
 「ちゃんと見てよ、兄さんv
 綺麗にしてもらったんだよ?」
 兄の両手を取り、正面を向かせたリナリーが、にっこりと微笑んだ。
 「ね?綺麗でしょv
 「う・・・うん・・・・・・」
 団服の胸元をくつろげていた時よりは、だいぶしどけなさが減ったことに安堵して、コムイが頷く。
 「すごく・・・可愛いよ」
 「ふふv
 嬉しげに笑ったリナリーが、ひらりと踵を返してコムイの手を引いた。
 「リ・・・!」
 「ジェリーのトコいこ!
 兄さんを解放してくれたんだから、お礼言わなきゃ!」
 「そ・・・そうだね」
 容姿は少し変わっても、様子はいつもと変わらないリナリーにようやくホッとして、コムイは共に歩を進める。
 「ふふv
 兄さんがウサギさんになったから、なんだか不思議の国のアリスになった気分だよv
 「アリスにしては、大人っぽいけどねv
 クスクスと笑いあいながら歩を進めていると、唐突にリナリーが立ち止まった。
 「どうしたの?」
 と、問う間にリナリーの身体が沈み、彼女の影から投げつけられた薬ビンがコムイの額を直撃する。
 「ぎゃあああああああああああ!!!!」
 再び毒霧に包まれたコムイの背が、ぐんぐんぐんぐんと伸びて行った。
 「ちょっとぉぉぉ!!
 これって、身長を気にしていたバクちゃんに作ったげた背伸び薬じゃない!!
 どこから出して来たの!!!!」
 高い天井にさえつっかえた身体を屈め、苦しげに言うコムイの遥か下で、犯人のラビがにんまりと笑う。
 「どこから出したもなんも、お前が地雷に仕込んでたやつを、ジジとジョニーが取り出しただけさねv
 自業自得!と、高笑いする彼を、コムイが苦々しく睨みつけた。
 「ねえっ!!
 これ、小さくなる薬も作ってたでしょ!
 ちゃんと持ってきてるだろうね?!」
 大きくなりすぎたコムイが、地を揺るがすような大声で喚くと、忌々しげな顔をした神田がちょろちょろと足元に駆け寄ってくる。
 「うっわ、可愛い!
 神田君、日本人形みたいだねぇ!」
 余計なことを言ったコムイには、小さくても鋭い神田の蹴りが入った。
 「イッタ!!
 小さくてもイッタ!!!!
 神田君、やめてよぉ!!」
 「るっせぇ!!
 そんなに小さくなりたきゃ、これでも食らえ!!」
 てててっと、コムイの足の甲に駆け上がった神田が、自分の身長より大きいのじゃないかと思う注射器を振り上げ、思いっきり突き刺す。
 「イッタアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
 悲鳴をあげて更に屈みこんだコムイの身体が、みるみる小さくなっていった。
 それは、元の身長を過ぎてなお止まらず、小さな神田の顔を見上げるくらいにまでなって、ようやく止まる。
 「きゃああああああああああああ!!!!
 ボクったらこれ以上可愛くなってどうすんの!!!!」
 長い耳をぴるぴると震わせながら、コムイはすっかり幼児化した甲高い声で言い放った。
 「ちょ・・・!」
 「自分で言うか、それ・・・・・・」
 コムイの受難を楽しげに見守っていたスタッフ達が脱力する中、神田が苛立ちをぶつけるようにコムイを踏みにじる。
 「痛いってええええええええええええ!!!!」
 「ちったぁ反省しろィっ!!!!」
 「したよ!
 しましたよ!!
 だから・・・内臓出るううううううううううううううううう!!!!」
 ぎゅうぎゅうと踏みつけられて、潰されそうなコムイが必死に神田の足元から逃げ出した。
 「兄さんv
 「うぅ・・・!
 酷いよ、リナリぃー・・・!
 一緒になってはめたでしょ!」
 えぐえぐとしゃくりあげる幼児に、リナリーが笑って頷く。
 「ごめんなさい。
 だって、これが補佐官との交換条件だったからv
 「こ・・・交換・・・・・・?」
 呟いたコムイは、さっきの執務室での内線を思い出し、こくりと頷いた。
 「つまりジェリぽんは、ボクのお仕置きは自分達でやるから、パーティを口実に部屋を出せって言ってきたんだね・・・・・・」
 「細かいところは違うけど、そんなカンジかなv
 クスクスと笑って頭を撫でてくるリナリーの手の下、コムイは小さく吐息する。
 「でも、さ」
 もぞもぞと自分のポケットを探ったコムイは、取り出したスプレーを自分へ吹きかけた。
 「それって、既に解毒剤を持ってるボクには意味ないんだよねー♪」
 立ち上がったコムイはいつもの姿で、目を丸くする神田の頭を撫でてやる。
 「てめ・・・!
 そういうもんがあるんならさっさと出せよ!!!!」
 「ふーんだ!
 ちっちゃい子を踏みにじるような悪い子にはあげませーん」
 自分だけさっさと解毒したコムイはいけしゃあしゃあと言って、元に戻った髪を摘んだ。
 「ボクの帽子、どこ行っちゃったかなー♪」
 わざとらしく探すふりをするコムイの前に、フリルとリボンの塊が立ちふさがる。
 「あれまぁ・・・アレン君?
 可愛くしてもらったじゃないーv
 「・・・おかげさまで」
 引き攣った笑みを浮かべたアレンは、ピンポン玉ほどの大きさの球体を、問答無用でコムイの口に詰め込んだ。
 「今日一日缶詰で、お腹すいたでしょう?!
 これでもどうぞ!!」
 無理やり飲み込ませると、今のリナリーを更に大人っぽくしたような美女が現れる。
 「んー・・・まぁ、悪くはないんだけどね」
 この姿なら、みんなにいじめられることもないし、と、平然と呟くコムイをアレンが忌々しげに睨んだ。
 「だったら一生このままでいます?!」
 「さすがにそれはイヤだなぁ」
 クスクスと笑ったコムイは手近なソファに腰掛け、余裕綽々に足を組む。
 「それにこれ、知ってるでしょ?
 元に戻る方法があるよ?」
 にこりと笑った彼・・・いや、今は彼女の前で、アレンは真っ赤になった。
 「し・・・知ってますけど・・・・・・!」
 コムイが作った女性化薬は、生まれながらの女性とキスをすれば薬効を失う。
 「だったら、さっさと元に戻ればいいじゃない。
 それとも気に入っちゃった、その格好?」
 にやにやと笑う顔が憎らしく、アレンは悔しげに唇を噛んだ。
 「だ・・・だって・・・!
 あ・・・相手が・・・・・・!」
 リナリーとキスすれば、コムイ他、彼女の兄達に嬲り殺しにされ、他の女性とキスすればリナリーに嫌われる。
 だったらこのままいようと悲壮な決意をしたというのに、目の前のコムイはアレンの葛藤まで丸ごと知って、あざ笑っていた。
 「ふっふっふv
 なんならアレン君、ボクとキスするー?」
 「えぇっ?!それはヤダッ!!!!」
 悲鳴をあげて逃げ出し、ラビの後ろに隠れて震えるアレンに、またコムイが笑い出す。
 「そっかーv
 それで元に戻ったら、また解毒のパターンの可能性を見出せたのに、残念だよ」
 うんうん、と、ちっとも惜しげなく頷いたコムイは、ポケットを探ってさっきとは別のスプレーを取り出し、自分に吹き付けた。
 「ま、とっくに出来てたんだけどね、解毒薬v
 「なにいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい?!」
 慌てて駆け戻り、未だ漂う薬液を浴びようとするが、それは既に薄れてアレンを元に戻す程の濃度はない。
 「ちょっ・・・もう残ってないんですか?!」
 「そんなにたくさん持ち歩くわけないじゃない。
 使いきりサイズだよん♪」
 酷いことをあっさりと言ったコムイは、泣きじゃくるアレンの顎をつまみ、顔をあげさせた。
 「ホラホラ、泣くんじゃないよ。
 せっかくのお化粧が台無しじゃあないか。
 ちゃんと直しておいで、アレーナちゃんv
 「きっ・・・きいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!」
 アレンのヒステリックな声を心地よさげに聞いて、コムイがリナリーに歩み寄る。
 「どぉv
 お兄ちゃんの反撃はv
 「・・・性格悪いなぁ、もう・・・・・・」
 そうは言いながらも、苦笑するリナリーにコムイを本気でなじる気配はなかった。
 むしろ、彼らの攻撃を鮮やかにかわして行くさまは、誇らしくさえ思える。
 「えへへーv
 じゃ、ジェリぽんのとこいこっかーv
 彼女もなにか、企んでるかもだけどv
 「そうですわね。
 でも、その前に・・・!」
 地獄の門のように重苦しい音を立てて、執務室のドアが開いた。
 漆黒の闇が覆いかぶさってきたかと思うほどに、どす黒い負のオーラが押し寄せて、コムイ達を包む。
 「私に差し出すものがあるのではありませんか、し・つ・ちょ・う?」
 闇の中で金色に光る目に射すくめられ、コムイはガタガタと震えだした。
 「あのっ・・・なにを・・・・・・?!」
 怯えきった震え声を何とか発すると、肉食獣の爪を持つ手が、まっすぐに差し伸べられる。
 「解毒剤を・・・お持ちでは・・・・・・?」
 紅い唇が割れ、白い牙が皓々と覗く度に、捕食される小動物の気持ちが痛いほどに伝わってきた。
 「そっ・・・それはっ・・・それはですねっ!!!!」
 小動物の最後の抵抗とばかり、コムイが声を振り絞る。
 「リーバー君用に作ったばかりだったんで、まだ解毒剤が出来てないんです・・・っ!
 持っていたならとっくに進呈しましたとも!!本当です、ミス・フェイッ!!!!」
 悲鳴じみた声のコムイを、ブリジットが鬼の形相で睨んだ。
 「では・・・すぐに解毒剤を!!!!」
 「ひゃいっ!!!!」
 鬼の咆哮に飛び上がったコムイが、くるりと踵を返して実験台に駆け寄る。
 「ちょちょちょちょ・・・ちょっと貸しておくれ!!
 あと、材料持ってきて!!」
 実験を行っていたスタッフたちを押しのけ、自分勝手に命じたコムイがガチャガチャと器具を使い出した。
 「室長!!
 その実験、3ヶ月前からやってんすよ!邪魔すんな!!」
 「ちょっとくらいいいじゃん!
 それともキミは、ボクがミス・フェイに食い殺されてもいいっての?!」
 こちらを睨み続けるブリジットには聞こえないよう、小声で囁くと、興味津々と寄ってきたラビがコムイの手元を覗き込む。
 「お前がどうなろうと自業自得だけど、どうやって作るのかは興味あるさv
 「ここにも鬼がいたよ!!!!」
 悲鳴をあげたコムイに、とてとてと神田も駆け寄って来た。
 「じゃあ俺は、出来たそばから壊してやる」
 「キミは賽の河原の鬼かいっ?!
 可愛い顔して呪いの人形ガ!!!!」
 「じゃあ僕はー・・・・・・」
 ひくひくと未だしゃくりあげながら、アレンがコムイの背中に抱きつく。
 「作業を邪魔してあ・げ・るv
 「サイアク――――!!!!
 偽物のムネで誘惑しないでよっ!
 ってか、ホントに動けないんだけど!!」
 子泣きジジィか!と、酷いことを言いながら、コムイはスタッフが渋々運んできた材料を調合していった。
 「ただいまっ!!
 ただいま作りますからね、ミス・フェイ!!
 だからその・・・今にも食い殺さんばかりの形相で睨むのやめてくださいいいいいいいいいいいいいいい!!!!」
 悲鳴をあげたコムイは、調合途中の薬剤を宣言通り神田に割られ、また悲鳴をあげる。
 「・・・・・・もう!」
 ついさっきまで誇らしく思っていた兄の醜態に、リナリーは憮然と頬を膨らませた。
 「さすがの兄さんも意地悪魔女・・・ううん、鬼には勝てなかったね!」
 思いっきり睨んでやると、それ以上に強烈な目で睨み返されて、ビクッと飛び上がる。
 「・・・・・・・・・ちぇっ!」
 怯えてしまったことが悔しくて、リナリーはアレンと共にコムイの背中にしがみついた。
 「ちょっ・・・リナリーまでええええええええええ!!!!」
 偽物とは言い切れないムネでまで誘惑されて、コムイが真っ赤になる。
 「なんか中途半端だけど・・・復讐完了かねぇ?」
 小首を傾げたラビの目の前で、またもや調合途中の解毒剤を神田が割り、コムイの悲鳴が城中に響き渡った。


 ――――・・・その後。
 なんとかブリジットのための解毒剤を調合し終わり、献上して科学班を逃げ出たコムイは、自分を祝ってくれるはずのパーティ会場に虚ろな目をさまよわせていた。
 「あ・・・あの・・・・・・」
 賑やかに談笑し、並べられた美々しい料理の数々を囲む面々に、弱々しい声を掛ける。
 だが、彼を返り見てくれる者は誰一人としていなかった。
 「ね・・・ねぇ、あの・・・!」
 今度はもう少し大きな声をあげて、自分を捕らえる檻の柵を握り締める。
 が、やはり誰も応えてはくれなかった。
 「ねぇってばああああああああああああ!!!!」
 大声で泣き叫んでも誰も、檻の中にいる彼を見ようとはしない。
 「ホントごめんなさい!
 やりすぎました!
 反省しています!!」
 涙の溢れる目で壁を見やると、『Happy Birthday Dear.Komui!』の幕の上には『お誕生会中止』のテープが貼り渡してあった。 
 しかし、コムイのために作ったパーティ料理を無駄にしてはいけないと、ジェリーの計らいでそれは、コムイ以外の団員達に饗されている。
 おいしそうな料理の匂いに包まれながら、水しか与えられない檻の中で、コムイが泣き叫んだ。
 「今日ボクなんにも食べてないのにィィィィィィィィィ!!!!」
 「自業自得ですよv
 コムイの絶叫を心地よく聞きながら、パーティドレスに着替えさせられたアレンが、皿一杯の料理を見せびらかしにやってくる。
 「僕にも解毒剤くれたら・・・出してあげてもいいんだけどなぁ?」
 小首を傾げたアレンに、コムイはコクコクと頷いた。
 「そんなのすぐにでも・・・!!」
 「ま、作る端から壊すけどな」
 唯一、解毒剤がないことを知らされた神田が、また賽の河原の鬼のようなことを言う。
 「だ・・・だってね、神田君・・・!
 子供薬は僕が作ったんじゃないから、解毒剤はもう辞めちゃったスタッフがくれた、あれっきりだったんだよぅ・・・!
 レシピはこないだの襲撃で燃えちゃったし、作るのにはちょっと時間が・・・!」
 しどもどと言い訳するコムイを、二人について来たラビが面白そうに見下ろした。
 「こいつらが元に戻るまでは、三食水だけかもしんないさね。
 ま、人間、水さえあれば1週間は大丈夫だから!
 生き延びろよ、コムイ!」
 そう言ってラビはグッと親指を立てる。
 「ここにも鬼がああああああああああああああああ!!!!」
 コムイがまたもや絶叫すると、兄を遠くから眺めていたリナリーが苦笑した。
 「あんな目に遭っても・・・どうせ懲りないだろうけど」
 クスリと笑った横で、ジェリーも肩をすくめる。
 「ま、それがコムたんだものねぇv
 この日最大の『意地悪』をしておきながら、愛情深い目で兄を見つめるジェリーに、リナリーは笑い出した。
 「ママンの愛は無限だなぁv
 「そうよんv
 だから、こっそりお祝いしましょv
 クスクスと笑って、ジェリーはシャンパンのグラスを、リナリーはジュースのグラスを重ねあう。
 「Happy Birthday Dear・・・」
 二人がこっそりと囁いた声は、コムイ自身の絶叫に掻き消された。



Fin.


 










2011年、コムイ兄さんお誕生日SSでしたー!
これはリクエストNo.73『コムイvsアレン&神田&ラビ』を使わせてもらっていますv
始めは兄さんに勝たせるつもりで書いていたんですが、ティーンズも結構強くなったことだし、1対3ならそろそろ勝ってもいいんじゃないかと途中で思いなおし、ティーンズ勝利でやってみました(笑)
まぁ、完全にティーンズ勝利かというと、多大に外部要因があるわけですけど(笑)
ともあれ、お楽しみいただけたら幸いですv












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