† 海潮音 U †
†このお話は日本・江戸時代を舞台にしたD.Gray−manパラレルです† D.Gray−manの原作とは、ほとんど関係ありません。 時代考証はしていませんので、頭空っぽにして読んで下さいね |
「さぁさぁ火盗改めがお手柄さ! 江戸の夜を恐怖に陥れていた盗賊の一味が捕まったよ! 悪行の限りを尽くした盗賊共と火盗改めの、死闘の全てはこれに書いてある! さぁ買った買った!!」 威勢のいい呼び込みに集まった江戸っ子達が、手にした小銭を渡しては、奪い合うように瓦版をもぎ取っていく。 あっさりと完売御礼し、得意げに手を払う彼はまだ若いが優秀な読売で、彼の口上にかかれば『隣のタマが仔猫を生んだ』と言うつまらない出来事さえ、江戸っ子達の関心を集めるとまで言われていた。 「今日は特にいい手応えだったさ! 時事もいいケドやっぱ、こういうネタは盛り上がるさね♪」 嬉しげに笑ってお立ち台から飛び降りた彼は、見世物小屋の宣伝に引かれる気を押し留め、難しい顔で瓦版を見つめる若侍に駆け寄る。 「どうさ、ユウ? 中々いいネタだろ?」 得意げな声をかけると、彼は凛と顔をあげた。 途端、大通りを行き交う老若男女が足を止め、ため息をついてその美貌を見つめる。 だが、真夏の暑気よりも熱い視線を軽く無視して、彼は手にした瓦版を示した。 「ラビ、これは火盗改めに直接取材したのか?」 庶民向けの読み物にしては、あまりにも詳しく書かれた記事を指す彼に、ラビは大きく頷く。 「もちろんそうさ! ウチは真っ当な瓦版屋だかんね!」 ラビが自慢げに胸を張ると、ユウは小首を傾げた。 艶やかな黒髪が肩を滑り落ちる様に、黄色い歓声が上がるがそれも冷たく無視する。 「こないだ、お前ンとこのジジィに言いそびれた件なんだが・・・」 「あぁ、ユウの家出騒ぎン時さね! あの後はウチもバタバタしちまったから、相手できんですまんかったさ」 申し訳なさそうに眉根を寄せるラビに、ユウは首を振った。 実際、あの日から数日は多くのことが起きすぎて、市中だけでなく城中までもが大騒ぎになったものだ。 「それでなんの用だったんさ?」 改めて問うと、ユウは辺りをはばかるように声を潜めた。 「お前ンとこのジジィに、火盗改めのお頭を紹介してもらいたい」 「・・・・・・は?」 意外な申し出に、ラビは呆気に取られる。 「えーっと・・・なんでさ?」 大きく首を傾げた弾みに通行人にぶつかってしまい、慌てて謝ったラビは、ユウに向き直ると彼以上に声を潜めた。 「とりあえず、場所替えね?」 静かに話が出来る所へ、と言う彼に、ユウも頷く。 こんな大通りにいては、彼の秀麗すぎる容姿が人目を集めて、誰に聞かれるかもわからなかった。 「やれやれ、美人なのも大変さね」 二人が歩き出すと、特に女達の目が名残惜しそうに追ってくる。 「いっつも誰かに見られてて、疲れねぇ?」 ラビが苦笑するが、ユウはあっさりと首を振った。 「慣れている」 「・・・・・・そうでしょうとも」 別世界だ、と、ラビは苦笑を深めた。 「ところでユウはあの日、なんで家出したんさ?どこに泊まってたん?」 彼の用件よりも気になっていたことを問うと、彼はムッと眉根を寄せた。 「家出じゃない。引越しだ」 「ふーん・・・ってどこにさ?!」 突然の大声に耳を貫かれたユウが、恐ろしい目でラビを睨みつける。 「〜〜〜〜関係ねぇだろ!!」 「関係大ありさね!! 単に引っ越したんなら、なんで隠居が俺んち乗り込んで来たんさ! 危うく読売全員で、お前の大捜索するトコだったんさね!」 今後のためにも言え、と迫るラビに、ユウは忌々しげに舌打ちした。 「・・・道場の師範に頼んで、裏山の庵を貸してもらった。 師範の他には、この事を知ってる奴はいないからな。 親父もエミリアも、たまたま師範が留守の時に駆け込んで来たんで、俺の居場所が掴めなかったらしい」 「掴めなかったらしい、じゃないさ!」 あまりにも淡々とした彼の言いように、ラビが呆れる。 「お前がそんな勝手をしたもんだから、周りが大騒ぎになったんさ! ちったぁ自分の身分を自覚するさね!」 叱られて憮然とするユウに、ラビは肩をすくめた。 ユウは譜代大名の次男だが、幼い頃は市井で暮らしていたせいか、妙に庶民との距離が近い。 生まれながらの高貴さは纏いつつ、どんな身分の者にも公平に接する性分は嫌いではなかったが、たまにこんな無茶をやらかすことがあった。 「引越しするんならそれでもいいさ! でも、そゆことはちゃんと家族に言ってから・・・」 「言ったらぜってぇ許さねぇだろが」 ・・・そう言われては、ラビも頷くしかない。 なにしろ彼の父親は、傍から見ても呆れるほどに息子達を溺愛していた。 常に鬱陶しいほど愛情を注ぎ、いつまでも子離れできない彼が、愛息子の独立を許すわけがない。 「・・・兄貴には言ったんだ」 眉根を寄せて考え込んでしまったラビに、ユウは言い訳じみた声で言った。 「いくら次男だからって、家で無為に過ごすのは嫌だって。 せめて独り立ちしたいっつったんだが・・・・・・」 反対された、とぼやく彼に、ラビは尤もだと頷く。 父親ほどでないにしろ、寺社奉行である彼の兄もまた、弟を可愛がっていた。 だが本来なら、父親と違って常識人・・・いや、他人と共有できる感覚の持ち主である兄は、弟の気概を喜んだだろう。 しかし今は時期が悪かった。 現在、彼が関わっている普請の件で、邸には多くの幕臣や商人から、賂だけでなく脅しまでもが来ている状況だ。 そんな時期に家族思いの彼が、可愛い弟を邸の外へ出すわけがないと、容易に予測できた。 「・・・なのになんで今なんさ」 呆れ声で言いながら、ラビは馴染みの店に入る。 「ちょめ助! ちょっと奥貸して!」 店の売り子に声をかけると、彼女はにこやかに頷いた。 「まだ開店前だから、ゆっくりしていくといいっちょ!」 後で茶を持って行く、と言う申し出は断って、ラビは店の奥へ続く暖簾をくぐる。 そこは表の飲食スペースと同じ造りではあるが、店の者の休憩専用で、客が入ってくることのない場所だった。 「なんでお前は入れるんだよ」 ユウが不思議に思って問うと、ラビはぺろりと舌を出す。 「この店は、上は名門旗本のお姫様から下は庶民の子供まで買いに来る人気店さね。 一見菓子を食わないような奴でも、手土産に買うことだってあるから、誰が入ったって不思議じゃないだろ?」 そう言われてユウは、事情を察した。 「・・・つまり、内々に取材したい奴と待ち合わせする場所ってことか」 「そ 年かさの読売は飲み屋を使うこともあるけどさ、そこは女子供の入りにくい場所さね。 でもここなら、老若男女等しくウェルカムだしー? 茶菓子つきでゆっくり話すにゃいい所さ ま、俺は取材帰りに帳面まとめる時とかにも使ってっけどね」 にこりと笑って、ラビは卓の上に置いてあった茶を勝手に注ぐ。 「ここなら誰も聞かないから安心してさ ちょめが信用できる奴ってのは、ユウも知ってんだろ?」 くすりと笑ったラビに、ユウも頷いた。 彼女もまた、幼い頃は同じ寺子屋にいた仲だ。 可愛い容姿と明るい性格で人気の看板娘だが、実は相当な頑固者で、人の信頼を裏切るような真似は決してしないと断言できた。 ためにユウも安心して、思っていたことを口にする。 「実は・・・」 潜められた声をよく聞こうと、ラビは額を突き出した。 「火盗改めのお頭が、もうじき引退するんじゃないかって話を聞いた。 そこで、その座を譲ってもらえないかと考えている」 ユウの言葉に息を呑んだラビは、難しい顔で深く考え込む。 しばらくして、 「無茶言うんじゃないさ」 ひそやかに、彼は呟いた。 「確かに、その噂は俺も聞いた。 元々、火盗改めのお頭は、任期一年の加役だかんね。 頻繁に変わるのが当然なんけど、本来、別に仕事のある奴らが交代で勤めてたのを、何年も何年も勤めて、加役から専任にしちまったのが今のお頭なんさ。 あのお頭、うちのジジィに負けないくらいジジィだけど、悪党共にゃ心底怖がられてんだぜ? 一度栄転して、お城勤めになったことがあるそうなんけど、悪党追っかける権限失くした途端に押し込みや急ぎ働きや辻斬りが横行して、あっという間に治安が悪化したそうさ! それでご老中は、元々そんなに高い身分じゃなかったお頭の座を上げてまで、あの爺さんを据えたままにしなきゃいけなかったくらいさね。 そんな役目を、まだ十代のお前が継げるだなんて、誰も思わんさ!」 「・・・なんでそんな、生まれる前のこと知ってんだよ」 憮然とするユウにラビは鼻を鳴らす。 「瓦版屋の読売なら、このくらい知ってて当たり前さね!」 それに、と、ラビは思いっきり眉根を寄せた。 「ちったぁ自分の身分を自覚するさ!」 また同じことを言われ、ユウは忌々しげに舌打ちする。 「俺が火盗改めを望んじゃ、そんなに悪ィかよ!」 「悪いさね! 奉行のトップ、寺社奉行も出せる家に生まれた奴が、うんと格下の火盗改めに行きたいなんて、聞いたこともないさ! 俺、ユウの身分を気にしないトコはすっげぇ好きだけど、もういい年なんから、この国には身分制度があることくらい知っとくさ!」 今のお頭の功績で少々身分は上がったとはいえ、火盗改めの長官は、先手組頭級の旗本が勤める役目だ。 彼のような大名家出身者が就くような役では、絶対にない。 だが、頑固にも頷こうとしないユウに、ラビはため息をついた。 「・・・なんで火盗改めなんかに行きたいのか、聞いてもいいさ?」 ダメ元で聞くと、意外なことにきつく引き結んでいた彼の口が開く。 「お前は俺の『母』のことを覚えているか?」 更に予想外なことを問われて、唖然としたラビは慌てて頷いた。 「えっと・・・超絶美人!ってワケじゃないけど、可愛くて優しい雰囲気の人だったよな。 お前があんまり美少女・・・あ!いやいや!美形だったから、おばさん連中に『似てないね』って言われて苦笑してたのを覚えてるさ」 睨まれて慌てて言い直したラビは、ふと気づいて声を潜める。 「もしかして・・・探してんさ?」 おずおずと問うと、ユウは大きく頷いた。 「だって・・・もう10年も前に行方知れずになった人だろ? あん時はお前の家の連中だけじゃなく、ウチのジジィだって八方手を尽くしたのに見つかんなかったんさ・・・。 悪ィけど・・・」 「だから! 俺が、この江戸の隅々まで探さなきゃならねぇんだ!」 声こそ潜めていたものの、彼の強い想いが覇気となって放たれる。 その気に圧倒されて、ラビは声を失った。 と、ユウは悔しげに秀麗な顔を歪める。 「俺は・・・あの人がいなかったらさらわれて、殺されていたかもしれない・・・! あの人が俺を娘だと言い張って・・・自分の息子を・・・・・・」 声を詰まらせたユウを、ラビは痛ましげに見つめた。 10年前・・・。 攘夷運動が激しかった中、外国使節との応対役を任された彼の父は、家族に災厄が及ぶことを恐れ、まだ幼かった彼を女中頭の娘としてかくまった。 女中頭、とは言うが、彼女はユウの乳母だった人だ。 当然、乳兄弟もいて、二人は邸の中で、本当の兄弟のように仲が良かった。 だが幕臣を狙った天誅騒ぎが身近で起こるようになり、幕臣が次々と惨殺される事件が起こったことをきっかけに、側用人だった父は乳母や乳兄弟と共に、ユウを市井へ逃がしたのだ。 しかし、いずれから情報が漏れたものか、彼らの居場所は側用人の役目を阻止しようとした攘夷派によって突き止められ、彼らは乳母と『若君』をさらっていった。 『娘』一人をその場に残して・・・・・・。 「・・・・・・ユウの・・・・・・気持ちはわかる・・・つもりさ・・・」 息苦しい思いをしながら、ラビは俯いた。 「俺もあん時の事は・・・よく覚えてるから・・・・・・」 今でも、鮮明に蘇る。 祖父から騒ぎを聞くや駆けつけた家は酷く荒らされていて、その真ん中でユウが、呆然と座り込んでいた。 いつも凛として、他を寄せ付けなかった彼がその時は、酷く小さく、弱々しく見えたことを覚えている。 「誰もが諦めても・・・俺が探さなきゃいけない! それが・・・俺の役目だ!!」 苦しげに顔を歪める彼を、ラビは観察するように見つめた。 やがて、 「・・・わかった。 ジジィには口を利いてやる」 低く呟くと、ユウの目に希望の光が灯る。 しかし、ラビは過度の期待を防ぐように首を振った。 「でもウチのジジィだって、幕府のお役目にまで口を出せると思って欲しくないさ。 そりゃむしろ、お前の親父さんの方が適任だと思うけど・・・」 「親父には、頭ごなしに反対された」 「だろうともさ」 それも家出の原因か、と、ラビはそっとため息をつく。 「だったら余計にウチのジジィじゃ、紹介は出来ても斡旋はできんさね。 元側用人と寺社奉行が反対してんのに、なんで一介の瓦版屋が・・・」 「だから、紹介してくれるだけでいい。 後は自分で何とかする!」 きっぱりと言った彼に気圧され、ラビは思わず頷いた。 「よし、じゃあ早速瓦版屋に行くぜ!」 「へ?!もうさ?!」 既に立ち上がったユウに驚き、ラビも席を立つ。 「善は急げ、っつーだろうがよ!」 「善・・・かなぁ・・・・・・?」 隠居に怨まれる羽目にならなければいいが、と、悩むラビの襟首を掴んで、ユウは暖簾を払った。 その頃、老中の一人である千歳の邸に、大奥からの美々しい行列が着いた。 お中臈として奉公する娘が、宿下がりを許されて戻ってきたのだ。 凍りついたように無表情の娘が駕籠から降りると、主自ら迎えに出て、邸の奥へと導いた。 そこには既に兄弟達も揃っていて、その内の一人と目が合った彼女は、びくりと震えて目を逸らす。 「さァさ、ルル ゆっくりなさイ 上座へ導こうとする手を固辞し、ルル=ベルは父の下座に着いた。 途端、 「申し訳ありません・・・・・・!」 今の今まで気を張っていたものの、堪えきれずにとうとう顔を覆って泣き出す。 「私・・・私のせいで、お父上にまで危機が・・・・・・!」 「大したことでハありマセン 大丈夫ですカラ、泣かないデ、ルル 「お父上・・・」 泣き濡れた顔をあげると、長い髪を後ろから引かれて倒された。 「ホンット!お前ってドジだよねェルル!」 「コレッ!ロード!!」 父の叱声にも構わず、ルル=ベルの傍らに立ったロードは、ぐいぐいと彼女の髪を引く。 ルル=ベルが痛みに悲鳴をあげると、呆気に取られていた兄弟達が立ち上がった。 「コラコラ、ロード! そんなにお痛しないでおくれ!」 「ルル! ホラ、こっち来い! 髪引きちぎられるぞ!」 ロードに駆け寄ったシェリルが彼女を抱き上げ、ティキがルル=ベルを抱き寄せてその髪をロードの手から引き抜く。 「放してぇ! お仕置きするんだからぁ!」 じたじたと暴れるロードが落ちないように必死に抱きしめて、シェリルは父を見遣った。 「も・・・申し訳ない、父上! ボクはこの子を別室に・・・ちょっ・・・ロード! 痛い痛い! ボクの髪を引っ張らないでおくれ!」 「大丈夫か、ルル? そんなに痛かったのか?」 泣きじゃくる妹の頭を撫でてやりながら、ティキはため息をつく。 「ったく、末っ子だからって甘やかすから・・・」 「ぷぅ・・・。 兄弟達ハ仲がいいノに、なんデ姉妹ハ仲が悪いンでしょうねェ・・・」 大きくため息をついて、主は両手を広げた。 「おいデ、ルル もう痛クないでスカ?」 「お父上ええええええええええええ!!!!」 ティキの手から離れたルル=ベルが、父に縋って大声で泣く。 普段、取り澄ましている彼女からは想像もできない取り乱しぶりに、大奥でよほどのことがあったのだろうと誰もが察した。 「安心シテ、ルル 我輩がアナタを守っテあげマスかラ 娘の震える背中を撫でてやると、彼女も段々落ち着いてくる。 「サ、お茶でも頂きナサイ、ルル アナタは我輩のカワイイ娘 誰にモ手出しハさせマセン 「はい・・・ 涙に濡れた顔をあげると、ようやく彼女に安堵の笑みが浮かんだ。 ―――― だが、その邸からさほど離れていない、もう一人の老中の邸では、 「・・・なるほどな、お中臈殿か」 未だ病床のルベリエが、ルル=ベルの顔を思い浮かべ、忌々しげに呟いた。 「千歳めが、諮りおったか・・・!」 上掛けの上で握ったこぶしが震える様を見つめながら、枕元に控えたハワードは報告を続ける。 「なんでも件の薬は、英吉利では女王が出産する際に用いられたそうで、千歳老中はご出産間近のご側室に献納しただけだとおっしゃっています。 使用方法については、ご老中自ら処方を訳されたそうで、医師達に読ませましても、稀に見る名訳だと感嘆するばかりで、怪しい点は見当たりませんでした。 また、それを大奥に持ち込んだお中臈殿も、ご側室に献納した後はどうしたか知る由もないとおっしゃるばかりで・・・。 とうとう御台所御自ら尤もだと仰せでしたので、これ以上の探索は無理のようです」 「そうか・・・・・・!」 優秀な目付けである彼が『無理』と言うからには本当に無理なのだと納得して、ルベリエは大きなため息をついた。 「ご老中、横になられては・・・」 気遣わしげに差し伸べられた手を断ったルベリエは、『それより』と、目を険しくする。 「姉上様のご容態はいかがなのだ?!」 身を乗り出して問う老中に、ハワードは頷いた。 「おかげさまで、十分な治療を受けております」 「だが不逞の輩にさらわれた上に、この薬を使われてしまって・・・やはりまだ起き上がれなくていらっしゃるのだろう?! 繊細なあの方のことだ、不浄の輩に触れられただけでも大変なショックであられただろうに、今、お一人で寝所にいらっしゃるとはお気の毒なことだ・・・!」 老中が彼の姉に対して最上級の敬語を使うことをもはや、不思議にも思わず、ハワードは難しい顔で頷く。 「薬も・・・姉の身体には合わなかったようで、随分苦しんではおりますが、ご老中も仰るとおり、さらわれたこと自体がショックだったようで、眠っている間もいつもうなされております・・・」 きつく眉根を寄せ、涙を堪えているような様子のハワードを気遣わしげに見つめて、ルベリエは彼の肩を掴んだ。 「報告はもういい。 ご不安をお紛らわせするためにも、君は姉上様の看病につきなさい」 「いえ・・・ですが、ご病床のご老中を置いては・・・・・・」 「私のことなんかどうでもいい!」 突き飛ばすように肩を掴んでいた手を放し、照れ隠しのように邪険に払う。 「そっ・・・そもそも、姉上様がお傍にいてくださらなければ、治るものも治らないのだ! 姉上様には一刻も早くご回復いただいて、またお傍にご来臨いただきたい!」 来臨とは、この国でもトップクラスの身分であるルベリエが、格下の旗本の娘などに使う言葉では絶対にないが、彼の中では既に、当然のこととして認識されていた。 傍から見れば異様な光景だったが、元々姉を崇拝しているハワードは早々に慣れてしまい、今では違和感すら感じない。 「はい、では失礼を・・・」 一礼して立ち上がったハワードは、部屋を出る前にもう一度老中を見遣った。 と、病床に半身を起こした彼は、大勢の奥女中達に恭しく世話を焼かれている。 本人はうるさげではあったが、あれだけ人数がいれば任せて大丈夫だろうと、ハワードは広い坪庭を巡る回廊を渡って、同じ邸内にある部屋の障子を開けた。 「姉上様・・・!」 ルベリエの好意で、この邸での静養を許されたミランダはしかし、未だ青白い顔をして眠っている。 「・・・いかがですか、お医師殿」 今はうなされていないようだと、安堵しつつ病床のミランダの傍らにいるリーバーに尋ねると、彼は頼もしげな笑みを浮かべて頷いた。 「つい先ほどまで起きてらっしゃいましたよ。 お目付殿のおいでを待っておられましたが、まだショックも癒えていないようですから、またお休みいただきました。 原因はわかっていますので、ご安心を」 はきはきとした口調で言った彼は今、身分の高い女性を診察する時の常で、周りを多くの奥女中らに囲まれ、厳しく監視されている。 「・・・無理を言って申し訳ない」 低い声で詫びたハワードに、リーバーはにこやかに笑って首を振った。 彼は来月から小石川養生所に赴任が決定しているとは言え、今はまだ将軍直下の幕医だ。 いかに名門であれ、本来ならば旗本の娘を診るようなことはないのだが、ルベリエの好意を気さくに受けて、ミランダの治療にあたってくれていた。 「まぁ、原因が原因だけに、大した治療も出来ないんですけどね。 この暑さで悪化しないようには、処置させて頂きます」 「よろしくお願いします」 深々とこうべを垂れたハワードに、リーバーもまた、頼もしげに頷く。 が、市井の女性ならともかく、旗本の姫ともなれば、リーバーが出来ることは限られていた。 「奥女中殿方にお世話をお願いしていますので、本日はこれで失礼を。 ハワード殿も、お役目お忙しいことでしょうが、今は姉上のご不安を取り除くことが一番の治療ですから、できるだけついていてください」 「えぇ、もちろんです!」 意気込んで身を乗り出す彼にリーバーは、一礼して立ち上がる。 「では」 見送りを断って邸を出ると、日はまだ中天に差し掛かってさえいなかった。 「じゃあ次は・・・そろそろ北町が戻って来る頃かな」 今月月番である北町奉行は、夏の日が昇る前から登城し、皆が朝食を食べ終えた頃に奉行所へ戻って来る。 部下の与力や同心達よりも早くから働いている彼のことを思い、リーバーは眉根を寄せた。 「本人に言っても聞きゃしないだろうから、お嬢さんにも一言言っておくか」 低く呟きながらリーバーは、きれいに掃き清められた道をさくさくと踏んで、北町奉行所へ向かう。 その途中、遠目にも無駄に目立つ二人を見つけて声をかけた。 「よ! 朝早くからご苦労だな!」 「あれ!リーバー! こんな早くから往診してんさ?」 「お前・・・幕医のくせになんで一人で歩いてんだ?」 寄って来たラビとユウの問いに、リーバーは頷く。 「ご老中が、朝一番に来て姫の診察しろって、激しく催促してくれてな。 だからって別に、駕籠を呼ぶのが面倒だったんじゃないぞ。 体力つけるためにも、毎日歩くようにしてんだよ」 「あぁ・・・すっげ丈夫なんだってな、お前! アレンが言ってたさ!」 感心するラビに苦笑し、リーバーはユウを見遣った。 「俺はともかく、お前は家出やめたのか?」 「・・・なんでお前まで知ってんだよ」 忌々しげなユウに、リーバーは肩をすくめる。 「北町の裏奉行が、すごい剣幕だったそうじゃないか。 お前、彼女に捕まらなくてよかったな。 下手すりゃ今頃、奉行所に監禁されてたかも知れないぜ?」 冗談ではない口調で言うや、舌打ちしたユウにリーバーは笑い出した。 「あんまり親に心配かけんなよ」 手を振って踵を返すと、なぜか二人がついてくる。 「ん?同じ方向か?」 「火盗改めに行くんだよ」 「俺はリーバーと同じ北町奉行所。 裏奉行にこないだのお礼しに行くんさ」 「ふーん・・・殊勝なことだな」 ラビはともかく、ユウのことを気にしつつ、リーバーは歩を進めた。 「神田は? 火盗改めなんかになんの用だ?」 奉行所ならばともかく、火盗改めは用があって行くような場所ではない。 「まさか、本気で『お頭の座を寄越せ』なんて言いに行くつもりじゃ・・・」 「悪ィかよ!」 「悪ィだろ!!」 まさか正解だとは思っていなかったリーバーの声が裏返った。 「無茶言うんじゃねぇよ! 今のお頭はもう、だいぶいい年だが悪党に心底怖がられてて、一度あの人が栄転した時は・・・」 「ンなこたとっくに聞いてんだよ!」 ラビと全く同じことを言おうとするリーバーを、ユウがイライラと遮る。 「俺だって、あっさり譲り渡してもらえるなんて思ってねぇよ! こいつのジジィに紹介状を書いてもらったから、まずは見知ってもらおうと・・・」 「それで二人して、松福堂の菓子折り持ってんのか?」 意外と律儀だな、と、呟くリーバーをユウが、真っ赤な顔で睨んだ。 「関係ねぇだろがよ!」 「確かにお前自身とは関係ないが、俺はまだ幕医だからなぁ・・・。 お前をここで止めなかったことで、寺社奉行に怨まれるのは面倒だ」 にやりと笑って、リーバーは手にした薬箱をユウに渡す。 「・・・なんだよ」 「さっきお前も言った通り、供の一人もいないんじゃカッコつかないか、って、唐突に思ったんだ。 それ持ってついてきな」 「なんでだよ!! 俺は用があるっつってんだろ!」 つき返そうと薬箱を差し出すが、リーバーは手を袖の中に入れて受け取ろうとせず、肩をすくめた。 「放っておいたら、なにをやらかすかわからないからな。 お前らから目を離さないことにする」 「俺もっ?!」 なんで、と目を丸くするトラブルメーカーには、懐から出した紙を渡す。 「ラビ、それ訳してくれ」 「また?!自分でやればいいだろ!」 「お前の名訳がいいんだよ」 バレバレの口実をつけて、リーバーは二人が自分の傍から離れないようにした。 「まぁ・・・俺は行き先一緒だからいいけど、ユウは・・・・・・」 逃げる隙をうかがっている風の彼をそっと見遣ると、リーバーは意地悪く笑う。 「おい、神田。 火盗改めが忙しいのは、火事の多い秋から冬にかけてだ。 夏の今はそれほど忙しくないだろうから、まだ寝てるかもしれないぜ? 約束もしてないのに、こんな早朝に押しかけるのは迷惑だと思うがな?」 言われてみれば尤もだと、ユウは仕方なくリーバーの後に従った。 「そうそう、素直でよろしい」 くすくすと笑って、リーバーはユウの肩を叩く。 「俺が奉行所を出た後は、自由にしていいぜ? さすがにここまで引き止めておけば、寺社奉行のクレームもないだろ」 「うっわ! 大人の計算、汚いさ!」 舌を出したラビの額を、リーバーが笑って弾いた。 「お前も、令嬢への用事は俺の診察が終わってからにしてくれ。 北のお奉行にはこないだ、まだ本調子じゃないんだからしばらく登城をやめろっつったのに、仕事だからって聞いてくれなくてな。 令嬢も交えて、少々脅しをかけておくから」 「いい加減にしねーと過労死するぞって脅すんさ?!」 どこか楽しそうに、ラビが破顔する。 「ちょう激務だから、多いんだよな、町奉行には!」 「年寄りがいつまでも居座っていい役じゃねェな」 「おいおい・・・口が過ぎるだろ」 少年達の容赦ない言葉に、リーバーは呆れた。 「ガルマー殿はまだ、年寄りって年じゃないぞ。 ただ、あんまり無理しすぎなんでな。 今後のためにもちょっと忠告しておこうかと思ってるだけだ」 「ふーん」 途端につまらなそうな顔をしたラビの額を、リーバーがまた指で弾く。 「なんだ、その顔は。 人の不幸を待ってるように見えるぜ?」 「・・・まさかそんなことはないさ、モチロン」 妙に上ずった声の応えに、リーバーが眉根を寄せた。 「お前・・・人を呪わば穴二つって言葉、知ってるよな?! 今あの人まで使いもんにならなくなったら江戸は・・・」 言いかけて、リーバーは咳払いする。 「・・・ともかく、まだ治りきっていない患者を悪化させるようなことをしたら、例の薬の実験台にしてやるからそのつもりでな」 「ちっ・・・! なら解放すりゃあいいだろ!」 ユウの不満声は聞こえなかった振りをして、リーバーは先に立って歩き出した。 そうするうちに着いた奉行所は、月番のせいだけでなくざわついているように見える。 「どうかしたかな?」 気になって門の中を覗き込むと、中から飛び出してきた少年が、リーバーの目前で急停止した。 「リーバー先生! いい所に来てくれました! 一緒に役宅に来てください!!」 ぐいぐいと腕を引かれて中へ連れ込まれたリーバーに、荷物持ちのユウと通訳のラビがついて行く。 誰も止める者がいないまま奉行の役宅にまで入ると、顔を蒼白にしたガルマーが、裃姿のまま倒れていた。 「ままま・・・まさかまた毒ですか?!黒・・・なんとかの!!」 「それは・・・わからないが・・・・・・」 手を取ると、随分と脈が速い。 「ラビ、さっき訳してもらった処方だが・・・」 「あ・・・うん、使い方を間違えると、深刻な不整脈が出るとも書いてあったさ」 さすがに不安げな声の答えに、リーバーが頷いた。 「神田、薬箱を。 処置に邪魔だから、お前らは部屋を出てろ。 アレン、エミリア殿を呼んで来るんだ」 「はいっ!!」 くるりと踵を返したアレンが、ばたばたと大きな足音を立てて奥へと走っていく。 「・・・あれが、お前の言ってた『アレン』か?」 問われてラビは頷いた。 「まだガキだけど、結構いい根性してんだぜ」 「ふん。 騒がしいだけに見えるがな」 「ま、確かに騒がしいさね」 でも、と、ラビは思わず笑い出す。 「ここのお嬢さんほどじゃなくね?」 その言葉にユウが頷く間もなく、奥から怒涛の勢いでエミリアが駆けて来た。 「パパ!!」 大声をあげて部屋に飛び込むと、畳の上に横たわった奉行の傍らで、リーバーが微笑む。 「とりあえずは大丈夫です」 ユウとラビ、そして後から駆けて来たアレンも室内を覗き込むと、ついさっきまで土気色だったガルマーの顔色が元に戻りつつあった。 「お奉行・・・よかったです!!」 ほっと吐息したアレンの声で、彼が目を開ける。 「ウォーカー・・・あのクソガキを・・・・・・!」 「え?ガキ?」 なんのこと、と、首を傾げたアレンの目の端に、なにかするすると動く物が写った。 「え?なに・・・わああ!!!!」 悲鳴をあげて飛びあがったアレンの足元に、波線を描いて蛇が寄ってくる。 「きゃああああああああ!!!!」 「いやああああああああ!!!!」 エミリアだけでなく、ラビも悲鳴をあげて逃げ惑う中で、リーバーが落ち着くよう言った。 「安心しろ、これは毒のない蛇・・・」 「ピーピーうっせぇよ!」 リーバーの声を遮り、鮮やかに抜刀したユウが、刀を一閃させる。 次の瞬間、首を落とされた蛇が、自身になにが起こったか悟る間もなく身体だけ這い進み、やがて動かなくなった。 「いやあああああああ!!!!神田えんがちょ――――!!!!」 「ユウこええええええ!!!!」 「でもありがとうございます!!!!」 騒々しい連中に舌打ちして、ユウは畳の上の奉行の傍らに跪く。 「お加減はいかがか」 問うと、奉行は苦しげな吐息を漏らした。 「お恥ずかしいところを見せてしまったな」 「いえ。 ご子息の仕業ですか」 奉行が『クソガキ』と呼んだことに察して問えば、彼は大きく頷く。 「まったく、いたずらばかりでほとほと手を焼いているんだ・・・! 先日の虫もそうだが、今日は庭で蛇を見つけたからと持ってきて・・・」 見せるだけならまだしも、突然投げつけられて驚いた瞬間、心臓を締め付けられるような痛みに襲われて、倒れてしまった。 「・・・そういうわけでウォーカー! あのガキ捕まえて、また牢に放り込んでおきなさい」 「あ・・・はい!」 奉行の命令に頷き、またくるりと踵を返したアレンが出て行く。 「それで・・・今日は何用だ?」 リーバーはともかく、譜代大名の息子と瓦版屋と言う珍しい組み合わせに、彼は首を傾げた。 だが、 「それは後でいいでしょう。 ガルマー殿、ちょっと説教聞いてもらいましょうか」 しかつめらしく咳払いしたリーバーに、奉行はぴちぴちと目を泳がせる。 「今日は一切の執務を取りやめ、安静にすることを命じます。 エミリア殿、寝所は・・・」 「用意するように言って来たわ!」 「さすがです」 大きく頷いて、リーバーは再び奉行に向かった。 「回復するまで登城は控えるように、と言っておいたはずですが、忘れてしまいましたかね? 俺の言ったことを無視して仕事するからこんなことになるんですよ」 「あ、いや・・・! 今のは蛇に驚いて・・・!」 「例の薬は、正しく使われれば便利な麻酔ですが、扱いを知らない素人が使えば猛毒にもなりかねないものです。 ましてや今回は・・・まだ真偽のほどは明らかにはなっていないものの、誤って膳に混入したと思われるため、皆様がどの程度の量を摂取したのかさえわかりません。 ご老中などは未だに病床を出られないと言うのに、同程度摂取したと思われるあなたがいつも通りの職務をこなせるはずがないでしょう。 この際、はっきり言わせてもらえば・・・」 一旦言葉を切ったリーバーが、大きく息を吸い込む。 「死にたくなきゃあ、おとなしく寝てろ!!」 「う・・・!」 最早ぐうの音も出ず、固まってしまった父の姿にエミリアは、にんまりと笑った。 「後のことはあたしがやっておくから、奥で安静にしてなさいよ、パパ! 先生、引き続き診察お願いできる?」 「あぁ、任せておけ」 リーバーにじっとりと睨まれ、奉行はまた苦しくなった気がする胸を押さえる。 「じゃ、奥の寝所に用意が出来てると思うから、使用人を・・・」 「いいよ、俺が運ぶから」 「手伝おう」 リーバーが奉行に肩を貸すと、意外にもユウが、反対側を支えた。 「あら・・・ありがと」 エミリアも意外そうに礼を言うと、彼はふるりと首を振る。 「ついでだ」 そう言ってリーバーと二人、父を奥へと運んでいく彼を不思議そうに見送り、エミリアは奉行所へ続く回廊に歩を進めた。 と、後ろからなぜか、ラビがついてくる。 「なによ? 用部屋は部外者立ち入り禁止よ?」 肩越しに睨みつけると、ラビは懐こい笑みを浮かべた。 「イヤイヤ、用部屋にまではついて行かんからさー あ、これ皆さんでどうぞさ 差し出された菓子折りを受け取ったエミリアは、疑わしげに眉根を寄せる。 「何のつもり? 賄賂なら、即刻牢にぶち込むわよ?」 「やだなぁ そんなつもりじゃないさ クスクスと笑って、ラビは声を潜めた。 「こないだの事件、解決したんは俺の情報と、ウチのジジィのおかげだろ?」 「・・・版元の使いってこと?」 合わせて声を低くすると、ラビは少し考えて首を振る。 「もしかしたらそのうち、ジジィも裏とって来いって言うかも知れんけど、今は俺の独断さね」 でも、と、ラビはエミリアの耳元に口を寄せた。 「今後のためにも、俺と情報共有すんのは損にはならねぇんじゃね?」 「今後・・・ねぇ・・・・・・」 少し考えたエミリアは、手近の部屋に入り、四方の障子や襖を全て開け放つ。 すると日本家屋の常として、一目で周りが見渡せるようになった。 「さ。 これで誰かが盗み聞きしようっても無理だし、若い男と二人っきりでも、変な疑いを持たれることはないわ」 死角のなくなった部屋の中央に小さな卓を置くと、エミリアは早速土産を開ける。 「松福堂のわらび餅だわ 思わず歓声をあげたエミリアは、慌ててしかつめらしい表情を作った。 「ま・・・まぁ、悪くはないチョイスね。 嫌いじゃないわよ」 「そか?よかったさ にこりと笑って、ラビは卓に頬杖をつく。 わざわざ指摘はしないが、エミリアが松福堂のわらび餅を嫌うどころか、夏には常備するほどの好物であることはとっくに調査済みだった。 「食べるだろ?お茶もらってくるさ?」 その言葉には奉行所の勝手まで覗こうとする魂胆が見えて、エミリアは首を振る。 「お茶なら、さっきの休憩部屋に瓶ごと置いてあるから持って来ればいいわ」 つまりは取って来いと言うことかと理解して、ラビは一旦座を立ち、水の入った桶ごと運んで来た。 「で? なにが聞きたいのよ」 もふもふとわらび餅を頬張りながら問うと、ラビはにこにこと笑って冷たい茶を差し出す。 「そりゃもちろん、その後の展開さ 今のところ掴んでるのは・・・」 と、ラビは懐に大事にしまっていた帳面を取り出した。 「リーバーとお姫さんの件は、鮮やかにもみ消されたさね。 ま、ウチは元々、そんなスキャンダラスなネタは扱わんから、薬害事件と心中事件の捏造、誘拐事件の追っかけ記事で、十分売れたんけどね」 自慢げに言うラビに、お茶を飲みながらエミリアが頷く。 「読んだわよ、全部。 あんたのおじいさんが、江戸で発行されてる全部の瓦版を読んでるって言うから、出来るだけ読み比べるようにしているもの」 「一々買いに来るのが面倒なら、月々の定期購読コースもあるさね! 今なら洗剤もつけて・・・!」 「いいから話を進めなさいよ」 またもふもふとわらび餅を頬張ると、ラビは笑って帳面を開いた。 「表向きの犯人だった容喙屋一味は今、北町でお調べの真っ最中だけど、その裏で糸を引いていた黒幕のことは、目付がものすごい勢いで調べてるって、知ってるさ?」 「もちろん、知ってるわよ。 南町は今、大変だそうね。 容喙屋に目こぼししていた与力や同心達が次々に引っ張られて、先月の訴訟処理どころじゃないらしいわ。 ・・・だけど、おかしいのよね」 指先で黒文字を弄びながら、エミリアは首を傾げる。 「人が足りなくて処理が大変なら、月をまたがった案件とか、早急に処理しなきゃいけないもののいくつかはウチに来そうなものなのに、なんの要請もないの。 こっちは、受け入れの覚悟も準備もとっくにやってんのに、パパに聞いても『その予定はない』の一点張りよ」 どうしてだろうか、と、聞くともなしに聞いたエミリアは、にんまりと笑ったラビにムッと眉根を寄せた。 「・・・その顔は、事情を知ってるわね?」 「もちろんさ そっと辺りを窺ったラビは、近くに誰もいないことを確認してなお、声を潜める。 「・・・ご老中の仕返し、だってさ」 口の動きさえ万が一にも見られないよう、手を添えたラビに、エミリアも倣った。 「つまり、証拠を残さなかった奉行の周りをこれ見よがしに探らせた上、彼の側近をことごとく捕らえて負担を増やした、ってこと?」 さすがに察しのいい彼女に、ラビが頷く。 「ただでさえ激務の町奉行の負担が倍に・・・いや、何十倍にもなったってことさね。 でも、今月の月番は北町だから、市中にはまだバレてない。 今のうちに疲労困憊させて・・・来月の月番になったらどうなると思う?」 含みを持たせた問いに、エミリアは餅を喉に詰まらせそうになった。 「・・・冗談でもなんでもなく、死ぬわよ」 長年奉行所の役宅に住んでいるだけあって、エミリアはここの仕事内容を熟知している。 ただでさえ過労死率ナンバーワンと言われる激務なのに、その負担が増すと言うことは、奈落への坂を転がり落ちていくようなものだ。 「しかもさ、激務だけが問題じゃないんだな、これが。 お嬢さんも長年、奉行所にいるからわかると思うケド、仕事を捌けない奉行所がどんな目に遭うか・・・」 途中で切られた言葉の続きを想像して、エミリアは震え上がる。 警察権や裁判権だけでなく、この江戸の行政全てを司る町奉行所において、無能は最大の悪だ。 前の月番の案件を処理できてないと知られれば、奉行はどんな非難にさらされるだろうか・・・。 彼がどんなにうまく『犯罪』の証拠を消し去ったとしても、無能が過ぎれば切腹を命じられるかも知れない・・・いや、ルベリエは確実に命じるだろうと、確信があった。 「南の役宅に、枝振りのいい木がないことを願うさね」 意味深に言ってラビが見遣った坪庭には、太平の世に伸び伸びと育った大樹が葉を茂らせている。 「後味、悪っ!! どんだけ陰湿なのよ!」 つい大声をあげてしまったエミリアが、慌てて口を覆った。 「あ・・・あれー?まずかったさ、わらび餅ー?」 ラビがすかさずフォローを入れ、エミリアも素早く応じる。 「違うわ、お茶よ! 出すぎじゃなの、これ?!」 「俺がいれたんじゃねーもん。文句なら、茶を煮出した奴に言って欲しいさねー」 大声で話しながら、二人は注意深く辺りを見回した。 誰もいない、と確信するや、ほっと吐息したエミリアが礼の代わりに軽く頷くと、ラビは笑って首を振る。 「・・・ま、お楽しみは来月だな。 人数の増員を申請しても、今のお奉行がいる間は絶対に許可されないだろうから、お奉行自ら罪人の吟味をすることにもなりかねないさ」 「ちょっと、『お楽しみ』なんて悪趣味よ!」 ラビの軽口に抗議したエミリアは、『それに・・・』と囁いた。 「あちらのお奉行は自業自得でも、無関係な与力や同心達が気の毒よ! 南町の木に、何人もぶら下がったらどうすんの!」 「うわー・・・見たくないさー・・・・・・!」 気味悪げに眉根を寄せるラビに、エミリアは吐息する。 「その辺を・・・考えてくれてはいないでしょうねぇ、ご老中は」 飲み干した茶器を置いて、すっと立ち上がったエミリアを、ラビが座ったまま見あげた。 「どうかするんさ?」 「どうもしないわよ、今はね。 八月中は北の月番だから、やることをいつも通りやるだけ。 でもこのことはパパから、一言言っておくように口添えするわ。 南のお奉行の、内与力は仕方ないにしても、奉行所付の与力や同心まで巻き込んだ挙句に江戸を無政府状態にするのは、ご老中も本意ではないでしょうからね」 そう言うことで、と、エミリアが振った袖をラビが掴む。 「・・・なによ」 「ギブ・アンド・テイク 「・・・・・・ちっ」 ごまかせなかったか、と、エミリアは忌々しげに舌打ちした。 「なによ、何が聞きたいの」 再び座り直したエミリアが、きゅっと眉根を寄せる。 「言っておくけど、全部は話せな・・・」 「お嬢さまー! ティモシーを牢にぶち込んできましたよ・・・って! また一人で食べてる!!」 騒々しい声をあげて駆けて来たアレンが、遠慮なしに卓上のわらび餅へ手を伸ばした。 「これっ!」 「あいてっ!」 手をはたかれたアレンの目の前から、菓子折りが遠ざけられる。 「ちゃんと手を洗ってきたの?!」 「す・・・すぐ戻ってきますから、全部食べないでくださいね!」 「あんたじゃあるまいし!」 早く行け、と追い払って、エミリアも立ち上がった。 「じゃ、あたしもそろそろ・・・」 「まだ話聞いてないケド?」 「・・・・・・ちっ」 また袖を掴まれて、舌打ちするエミリアに、ラビがにんまりと笑う。 「なんだったら、餌付けしたアレンに洗いざらい喋ってもらおうかな 「・・・わかったわよ」 仕方なしに戻ったエミリアが、憮然と頬杖をついた。 アレンも早々と戻ってきて、不機嫌なエミリアを不思議そうに見る。 「で?」 「かどわかし事件の続報、教えてさ」 ラビが身を乗り出すと、エミリアはしばらく無言で考えてから頷いた。 「・・・容喙屋がかどわかしたと思われる人は、8人ね。 潜入記事を書いてた瓦版屋は大げさに善男善女なんて言ってたけど、実際は女だけよ。 奴らの供述と、行方不明の届出があった件を照合して、合致したものしか数字に出してないから、実際はもっといるかもしれない」 「あぁ・・・。 身寄りのない子や、出稼ぎの子は届けが出されないこともあるもんな」 「あと・・・言いにくいですけど、吉原とかにいる人達もですね。 お見世は体面を大事にしますから、足抜けは自分達で処理しますし、かどわかしだってわかりきってても、内々に出されたお届けなら、南は北に渡す義理はありません」 口の周りを黄粉で汚したアレンが、もふもふと言う。 「そうね。 罪を軽くするために、あいつらが本当の数を言っていない可能性だってあるんだし」 「まぁ、数も大事だけどさ、さらった子達をどこに隠したかは吐いたんさ?!」 うずうずと先を促すラビに、エミリアとアレンは揃って首を振った。 「吐かないわ」 「知らないって言うんです」 「でもそれで、納得して終わりじゃないだろ?」 なおも食い下がるラビに、二人は頷く。 「でもあれは・・・本当だと思うわ。 実行役だった奴らは、夜に一人歩きしていた女を適当に物色してさらっただけで、その後どこに連れて行かれたかは知らないって言ってるし、版元も、人買いに仲介はしたけどその後どうなったか知らないって」 「だったらその、人買いの男を指名手配に・・・」 「いや、それがね、女なんですよ。 人買いなのに、女」 しかも、と、エミリアとアレンが、困惑げな顔を見合わせた。 「あの馬鹿、『年増には興味ない』って、顔も覚えてないって言うのよ!」 仕事だから男の顔は覚えるが、年を取った女の顔を覚える気力はない、などと、生意気なことを言っているらしい。 「キモイですよねー・・・。 さらった子達のことも、10代半ば以下の子達の容姿はものすごく細かく覚えてるのに、それ以上は『目と鼻と口がついてた』とかですよ・・・! 悪党ビビらせる吟味方の先輩達が、逆にビビってました。 気持ち悪いから、もう取調べしたくないって」 「だからってあたしに持ってこないでよ! あいつ、『おばさんには興味ないんだよね』って、失礼ったらありゃしない! あたしはまだ19だっつの!!」 憤然と鼻息を荒くするエミリアに、アレンが苦笑する。 「まぁ、怒ったお嬢様の一本背負いのおかげで、少しはまともな口を利くようになったんでしょ?」 「あれはショックで一時的に口が軽くなっただけよ。 支離滅裂なことしか話してないから、参考にもなんないわ」 「・・・ちょっと二人して雑談に切り替えようとすんの、やめてくんないさ?! 俺一応、仕事で来てんだし!」 ラビが苦情申し立てると、エミリアは唇を尖らせた。 「ちぇっ。 ごまかせなかったか」 「・・・お嬢さん、俺、有益な情報持って来たよな?あと、わらび餅」 「はいはい。 全く、恩着せがましいんだから」 「違うさ!ギブ・アンド・テイクさね!」 「もらいっぱなしが好きなんだけどなぁ」 とんでもないことを言いながら、エミリアは待っているよう言い置いて、用部屋に向かう。 ややして戻って来た彼女の手には、容喙屋が女に娘達を受け渡した日時、場所のメモともう一枚、福笑いのようにのっぺらぼうな絵を描いた紙があった。 「メモはいいけど・・・なんさこの絵? これで遊んでろってか」 ラビがじっとりと睨んだエミリアは、『違う』と首を振る。 「これ、あいつの証言を元にした人相書き」 「人相がねェじゃんか!」 「全くそのまま突っ込んでやったわよ!」 こぶしを握るエミリアの傍らで、アレンも頷いた。 「その時の裏拳ツッコミをまともに受けて、あいつは昨日から目を覚ましません」 淡々としたアレンの声に、珍しいことではないのだと悟って、ラビが震え上がる。 「ご・・・拷問は禁止されてるんじゃ・・・」 おどおどとした上目遣いで自分を見るラビを、エミリアが睨み返した。 「人聞きの悪い。 女のか弱いこぶしくらいで目を回す方が惰弱なのよ」 か弱い女とは誰のことだろうかと、尋ねたくはあったが実行すればきっと、恐怖の裏拳ツッコミを食らわされる。 ぶるぶると小動物のように震えるラビに、エミリアは忌々しげな舌打ちをした。 「もういいでしょ。 あたし、パパの代わりに書類捌かなきゃだから、忙しいの! アレンも!休憩終わり!」 卓を叩いて立ち上がったエミリアに、アレンが縋る。 「あ!待ってくださいもう一つ・・・!」 わらび餅をねだるアレンの口に放り込んで、エミリアは肩越し、ラビを見遣った。 「あんたも、奥にいる神田を連れて、とっとと出て行きなさいよ」 顎をしゃくると、 「かんだ? 寺社奉行様の弟君でしたらさっき、出て行きましたよ?」 きょとん、として、アレンが小首を傾げる。 「ティモシーを牢にぶち込んだ後、奉行所の中ですれ違いました」 「は?!先に言えよ!」 「とっくに知ってると思ったもん!」 ラビに鼻をつままれて、アレンが甲高い悲鳴をあげた。 「じゃあ、もう用は済んだでしょ。お帰り」 パタパタと手を払われて、ラビが唇を尖らせる。 その不満顔に、エミリアはにんまりと笑った。 「それとも、ティモシーと一緒に泊まってく? 今、仮牢には容喙屋一味の他に、火盗改めが捕まえた盗賊も入れてるけど?」 「いやっ!!遠慮するさ!!」 格子越しならともかく、彼女の様子では一緒にぶち込まれかねない。 「じゃあ俺! 帰って記事まとめなきゃだから!」 「あ!さっきのこと、まだ書くんじゃないわよ!」 「わかってるさー!」 陽気に手を振って回廊を渡ったラビは、奉行所から出て大きく深呼吸した。 「さて・・・と。 ユウはもう、火盗改めに行っちまったんかね?」 雲ひとつない青空を見上げて、しばらく考え込んだラビは、にんまりと笑う。 「見物にいこーっと♪」 あの彼がどんな顔をして江戸の守護神と対峙するのか、好奇心に目を輝かせながらラビは大路を駆け出した。 火付け盗賊改め方、通称火盗改めは、奉行所のように役所を構えているわけではない。 元々が加役であるため、長官の任を与えられた者の役宅などが臨時の役所となっていた。 ために、譜代大名の子息であるユウの訪問を、阻む者も特にない。 あっさりと中に通された彼は、想像とは違って物腰柔らかな老人と対峙した。 「お初にお目にかかる」 上座を固辞して下座に着いたユウに、彼はゆったりと微笑む。 「よく参られた。 寺社奉行の弟御の噂は聞いていたが、確かに稀に見る美形ですな」 「恐れ入ります」 容姿への賞賛に慣れきった者特有の気負いなさで、あっさりと言ったユウに彼が笑い出した。 「さて、本日は何用かな?」 「これを、イェーガー殿に」 ユウが懐から出した書簡を差し出され、彼は不思議そうな顔をする。 「瓦版屋の版元殿か。 まさか、そなたが取材に参られたわけじゃあるまいな?」 冗談交じりに言った彼は、開いた書簡を読むうちに気難しく眉根を寄せていった。 やがて、 「・・・版元がわかりやすく書いてくれたので、言いたいことは理解した」 眉根を開いた彼は、苦笑して書簡を巻き戻す。 「さて・・・。 いくら腕に覚えありといえど、それは道場でのこと。 悪党共が正々堂々と渡り合うわけもなく、奴らを捕まえるには、こちらもずるい手や手荒な真似をせねばならない。 このケビン・イェーガー、次の世代に座を譲ることはやぶさかではないが、長年このようなことに関わっていると、非道が常態化して配下も荒くれが多い。 そんな彼らをまとめ、苛烈にして鬼とも呼ばれるこの役目を、そなたが継げるものかな?」 他の者が言えば嫌味にしか聞こえなかっただろうが、幾多の危地を踏み越えてきた老人の口から出ると、血気盛んな若者への忠告だと素直に受け止めることができた。 しかし、ここで退くユウでもない。 「継げるかどうか、試して頂きたい」 「断る」 きっぱりと言われて、ユウの目が鋭く尖った。 「理由をお聞かせ願いたい」 きかん気な彼に、イェーガーは鼻を鳴らす。 「譜代大名の子息に怪我でもされたら、ようやく専任にまで格上げさせたこの役職が、お取りあげになるやもしれぬからだ」 何か嫌なことでも思い出したのか、彼の眉根がムッと寄った。 「私一人の身分なら惜しくもないが、この役職が元の加役に落ちればまた、江戸は盗賊の跋扈する無法地帯となりかねん」 「・・・つまり、親の権力を笠に着た馬鹿息子の道楽なんぞに付き合ってられるか、ということですね」 「そこまでは言っていないが、その通り」 にこりと笑って頷いた彼の表情も口調も穏やかだったが、その目は決して笑っていない。 だがユウは、彼の目をまっすぐに睨み返した。 「仰せのこと、もっともだと思います。 しかし俺も、道楽でここに来たわけではない。 ご配下の方全員を打ち据えれば、せめて試すことをお許しいただけますか?」 「配下を・・・?」 目を見開いたイェーガーは、ややして笑みを深める。 「譜代大名の若君だからと、容赦のできる連中ではないぞ? 大怪我をして、親兄弟に泣きつきはせんだろうな?」 クスクスと笑い出したイェーガーに、ユウは口の端を歪めた。 「なんなら血判でも押しましょうか」 是非にと迫るユウに、とうとうイェーガーも頷く。 「ではぜひとも、吠え面かかせてやろうぞ」 「その言葉、そっくり返しましょう」 獰猛な笑みを浮かべて、二人は同時に立ち上がった。 一方、邸の外では、中に入れてもらえなかったラビが門の前でうろうろしていた。 中天に昇りつつある夏の日差しの下で、目立つにも程がある長身と赤毛を暑苦しそうに見遣る門番に目で訴えかけるが、また無視される。 「ちぇっ! ユウの奴、一緒に連れてってくれてもいいのにさ!」 市中ではつるんでいても、こういう場所ではいつも身分の違いを思い知らされて、正直面白くはなかった。 「どっか覗くだけでも・・・」 門番に睨まれながら塀に沿って歩くラビの背後に、そっと迫る者がいる。 足音をしのばせ、すぐ傍まで近寄ると、 「わっ!!」 耳元で突然大声をあげた上、膝裏を蹴ってラビにたたらを踏ませた。 「びっくりした? ねぇ、びっくりした??」 転げそうになったラビが何とかこらえ、肩越しに背後を見遣ると、涼しげな絽の小紋を着た少女が、目をきらきらさせている。 「リ・・・リナ・・・! なんつーくだらないいたずらするんさ!」 本気で驚いたことをごまかすように声を荒げるが、彼女はお見通しとばかり、にんまりと笑った。 「正直に言ったら、ここに入れてあげるよ?」 「ちょうびびった!」 目的のためなら手段を選ばないラビがあっさりと言うと、彼女はつまらなそうに唇を尖らせた。 「なんか、誠意が感じられなーい!」 「こんないたずらにどんな誠意を求めてるんさ、お前は! 約束守るさね!」 長い髪をひと房、引っ張りながら言ってやると、彼女は手にした荷物をラビに押し付ける。 「はい! じゃあラビ、荷物持ちね!」 「ハイハイ、お姫様 顔パスで門をくぐる彼女に続いて、ラビも門番に舌を出しながらくぐった。 「ところでリナ、お前は何しに火盗改めに来たんさ?」 まだ16の娘が来るような場所ではないのに、と不思議に思って問うと、彼女はふるふると首を振る。 「用なんかないよ。 お使いの途中で通りかかったら、ラビがうろうろしてたから声かけただけ」 あの強烈ないたずらをして、『声をかけただけ』と言うお転婆はあえて指摘せず、ラビはただ目を丸くした。 「じゃ、俺を入れるためにわざわざ一緒に来てくれたんさ?」 「うん。 だって入りたかったんでしょ?」 こともなげに言って、名門旗本の姫君は楽しげに笑う。 その愛らしい笑顔に、ラビも嬉しくなった。 「いい子さ、リナリー それに今日も、すんごく可愛いさね 「えへへ 神田もほめてくれるかな?」 頬を染めて照れるリナリーの頭を撫でてやりながら、ラビは首を傾げる。 「ユウは・・・そういう事言わないもんなぁ・・・」 でも、と、ラビは邸の奥へ顎をしゃくった。 「ついでだし、聞いてみればいいさ」 「あ、ここにいるんだ?!」 ぱっと顔をあげたリナリーは、くるりと踵を返して奥へと向かう。 途中、行き会った者にユウの居場所を聞いた二人は、自然と足を速めた。 「いっくらなんでも、火盗改め相手に無茶だろ!!」 「そうだね。 さすがに負けちゃうだろうけど、どこまでやれるかは見てみたいよ!」 言うや駆け出したリナリーにあっという間に引き離され、ラビは慌てて追いかける。 間もなく邸内の修練場前に至った二人は、引き戸を細く開けて、しんと静まり返った中の様子をそっと窺った。 途端、リナリーがぎょっと身を引き、ラビも目を見開く。 彼らの目の前では、火盗改め配下の者らしい男達が、ぎょろりと目を剥いてこちらを睨んでいた。 だが、その視線はぴくりともせず、開いたままの目が血走っていく。 似たような姿で修練場の四方八方を睨む男達の中心で、ユウは一人、凛と立って彼らを見下ろしていた。 「・・・さて」 ぽつりと呟いた声が、静まり返った場に響く。 「残るはお頭一人だ」 鋭く睨まれたイェーガーの目が、楽しげに輝いた。 「なんと見事な・・・いや!美しい剣技であった! 私も手合わせ願っていいだろうか!」 遊び仲間の元へ駆けて行く子供のようなはしゃぎぶりで立ち上がったイェーガーに、ユウが笑みを深める。 「吠え面かかせてやるぜ」 「その言葉、そっくり返すぞ!」 楽しげな笑声を上げて、イェーガーが木刀を握り締めた。 「神田ー 引き戸を開け放って歓声をあげたリナリーに、二人とも不敵に笑う―――― 次の瞬間、合図もなしに剣戟が始まった。 「・・・・・・見えんかった」 音は確かに複数回鳴り響いたのに、二人の間にあるはずの刃が見えない。 ただ、二人がじりじりと、あるいは瞬間的に身体を入れ替える様が、能の二人舞のようだった。 ユウが頭の後ろで括った黒髪と、イェーガーの白い総髪が流れて宙を踊る様さえ美しく、ため息しか出ない。 「ユウがすげー使い手だってのは聞いてたけど、ここまでとはね」 鬼神が相手では敵うわけがないと、ラビは足元で白目を剥く配下達を気の毒げに見下ろした。 「せめて踏まれんようにしてやるかね」 ラビは二人の動きに用心しながら、ぴくりとも動かない彼らを端へ引きずっていく。 あらかた片付け終わって振り向いた瞬間、自分に向かって飛んできた刃を慌てて避けた。 「なんさ、びっくりし・・・ひいいいいいいいいい!!!!」 刃とは言っても単なる木刀であるはずなのに、半ばで折れたその切っ先が深々と壁に刺さっている。 とっさに避けなければこれが自分の身体を貫いていたのかと思うと、腰が抜けてしまった。 「なんだ、情けねぇな」 折れた木刀を手にしたユウが、へたりこんだラビを冷たく見下ろす。 「あの中に入ってくるから、この程度の覚悟はあると思ってたぜ」 「気づいてたんなら一旦止めるさー! お頭も! こいつらあんたの配下だろうが!!」 大声で怒鳴ったラビに、イェーガーは気まずげな笑みを浮かべた。 「・・・まぁ、彼らなら多少踏んだり蹴ったりしても大丈夫だろう」 「・・・・・・こんな上司の下に就く仕事じゃなくて、本当に幸せさ、俺」 思いっきり皮肉を言ってやると、リナリーが笑って間に入ってくる。 「ねぇねぇ! すっごく楽しそうだったよね! 私もやっていいでしょ?」 ユウとイェーガーの袖を引いてねだるリナリーに、二人とも渋い顔をした。 「お前の実力は知っているが、彼が相手では・・・」 「怪我しねぇうちにとっとと帰れ」 冷たいユウの言葉に、リナリーがムッと頬を膨らませた。 「なんだよ! そんなに負けるのが怖いの?!」 挑発的な言葉と共に繰り出されたこぶしを、ユウは軽々と避ける。 が、 「油断大敵だよっ!」 続いて放たれた強烈な膝蹴りに腹をえぐられ、たまらず片膝をついた。 「ほほぅ・・・! 大振りのこぶしで油断させておいて、本命の足で止めを刺したか。 リナリー、成長したな。もう私から教えることは、何もない」 「えへへ 師匠からの賞賛に、大喜びで飛び跳ねるリナリーをユウが睨むが、彼女はちっとも堪えた様子がない。 「ふむ・・・。 その度胸、すばらしい。 お頭の位はリナリーに譲るべきかな。 リナリー、どうだ? 火盗改めの長官になるか?」 「なっ?!」 慌てるユウの傍らで、リナリーが歓声をあげた。 「いいんですか?やったぁ!」 「やった、じゃねぇよ! その地位は俺が望んでるんだ!」 苦しげに顔を歪めて立ち上がった彼に、リナリーが小首を傾げる。 「じゃあ、二人でわけっこ 「できるか!!!!」 大声で怒鳴り、ユウはイェーガーに詰め寄った。 「お頭! 俺がこいつら全員ブッ倒したんだぞ! 譲るなら当然俺だろうが!」 「ふむ、それは違うな。 そなたは『配下を全員倒したら試す機会をくれ』と言ったのだ。 しかし私は、小さな頃から武術の指導をしてきたリナリーの実力を知っている。 彼女だってこのくらいの人数、わけないぞ」 なぁ?と問われて、リナリーが得意げに笑った。 「三河以来の直参の娘だもん このくらい、当然なんだよ!」 「ウチだって譜代だ! 横から掻っ攫われて黙ってられっか!」 リナリーに詰め寄ろうとするユウの目前に、イェーガーが折れた木刀を突き出す。 「だが負けたのは事実だ。 言い訳はするでないぞ。最初から、狡い真似も辞さぬと言っておいたのだから、油断する方が悪いのだ。 神田、出直してくるがいい」 「・・・っ!」 無言で踵を返し、修練場を出て行ったユウを、ラビが慌てて追いかけた。 「おい、ユウ! あの爺さんとどんな約束したんさ?!」 役宅を出てなお、足を緩めないユウに駆け寄って問うと、彼は低い声でボソボソとイェーガーとの約束を話した。 「・・・つまり、あの配下達を全員倒したら、改めてお頭にふさわしいかどうかのテストをしてくれ、って頼んだわけか。 お前にしちゃ、随分まだるっこしい手を使ったもんさね」 「人が下手に出てりゃつけあがりぁがって、クソジジィが!」 忌々しげに吐き捨てたユウにラビが苦笑する。 「っつーより、まだ10代の若造にあの地位は譲れねーなって思ったんじゃね? リナはきっと、渡りに舟だったんさ。 多分、あそこでリナが入ってこなかったらお前・・・」 きらりと、ラビの目が猫のように光った。 「本気で叩きのめされたと思うさ」 「・・・まだジジィには一歩を譲るな」 傍から見ていたラビにさえわかったことだ。 実際に刃を交えたユウは、彼との実力差を痛いほどに感じていた。 無言になってしまった彼に、ラビが苦笑する。 「一応腕、診てもらった方がいいんじゃね? 木刀折られた衝撃で今、握力がなくなってんだろ?」 修練場でラビに歩み寄った時、ユウは折れた木刀をただ持っているだけだったが、イェーガーはしっかりと握って彼へ突き出して見せた。 「・・・怪我はしてない。 ちょっと痺れただけだ」 とは言いつつ、ユウは徐々に熱を持って来た手首から、いつも着けている数珠を外す。 「ナニ?打たれたんさ?」 「いや、かすって紐が切れ掛かっているだけだ」 憮然として外した数珠を懐に入れ、未だ痺れる手を振った。 「やれやれ。 ワガママ若様に怪我させることなく実力差を見せ付けるなんて、さすがにジジィは老獪さ。 吠え面かかせるにゃ、よっぽどのことやんないとな」 「あぁ・・・。 何か、火盗改め自体に見せ付けてやれるようなことでもあれば・・・」 呟いたユウの隣で、ラビはふと瞬く。 「・・・それって大手柄ってことだよな? だったらいい事件があるさね!」 弾んだ声をあげて、ラビは奉行所でもらった人相書きを取り出した。 「・・・福笑いか?」 のっぺらぼうの図に戸惑う彼に、ラビはふるふると首を振る。 「人相書きさね!」 「人相がねぇじゃねぇか!」 先ほどの彼と全く同じことを言ったユウに、ラビは苦笑した。 「ペックのアホが、顔全然覚えてないってぬかしやがったんだそうさ! 他にもあんまりとぼけたことぬかすもんだから、お嬢さんの鉄拳制裁受けて寝てるってさ」 「・・・エミリアに逆らったのかよ。 よほど命がいらねェらしいな」 「ま、ヘタすりゃ死罪だと思うケドね、あいつら」 死体を盗んだり掘り返したりして、相対死事件を捏造していただけならば、重くとも死罪になることはなかったかもしれないが、彼らには幕医の殺人未遂と旗本家の姫に対する傷害未遂の件もある。 更には、市中の婦女行方不明事件にも関わっている疑いが濃くなり、彼女達の行方と生死次第では、さらし首の可能性さえあった。 そう言うと、 「・・・は? 善男善女じゃなかったのか? 男はどうした」 ラビが『彼女達』と断定したことに気づいて、ユウが眉根を寄せる。 「あれは瓦版を売るための口上さ。 まぁ、奉行所には男の捜索願も来るし? 混同しちまってもしょうがないさね」 「適当な仕事してんじゃねぇよ! 瓦版屋だろうが!」 「ウチじゃないさ! ウチは真っ当な瓦版屋さね!」 ユウに詰め寄られたラビが、慌てて首を振った。 「ともかく、その行方不明事件を追って娘達を救い出せば、あのジジィも若君の道楽じゃないってことは理解してくれるんじゃねェさ?」 早口で提案すると、ユウの顔から険が取れる。 「そう・・・だな。 ラビ、もっと詳しい情報を・・・」 「リナリーもやるっ!!」 突然背中に飛び掛られて、二人が凍りついた。 「な・・・」 「なにを・・・・・・?」 必死にとぼけようとするが、リナリーは許さず、彼らの腕をしっかりと掴んで向き直らせる。 「かどわかし事件って、こないだ瓦版に載ってた事件でしょ? イェーガーのおじさまがそれ読んで、犯人は捕まっても被害者が戻らないのじゃ意味がないって怒ってたよ! それを神田が解決しちゃったら、さすがのおじさまも見直すと思うんだー 声を潜めていた彼らの話を一言二言、漏れ聞いただけだろうに、根本的な目的を押さえて推理してのけたリナリーに、ラビは感心した。 「・・・すごいさね、リナ! よくわかったもんさ!」 「えへへっ 頭を撫でられて、リナリーが嬉しげに笑う。 「ね、神田 リナリーも一緒にやっていいでしょ?」 「お前の兄貴がいいって言ったらな」 簡潔にして最も効果的な一言を放つと、リナリーが黙り込んだ。 「とても、危険なことをするんだぜ?」 にやりと笑うユウから目をそらして、リナリーは困惑げに眉根を寄せる。 「ちゃんと許可を取って、兄貴から俺に『よろしく』って挨拶が来たら連れてってやるよ」 言うや、リナリーの手を振り解き、ユウはすたすたと歩き出した。 「あ!待ってさ、ユウ! じゃ・・・じゃあな、リナ!」 ラビもまた、リナリーの手を振り解いてユウの後を追う。 今にも泣きそうな顔で彼らを見送るリナリーに後ろ髪を引かれながら、ラビは追いついたユウに囁いた。 「よかったんさ?」 「もちろんだ。 万が一にもあいつがさらわれたら、大変なことになる」 低い声音で呟かれた可能性に、初めて気づいたラビが気まずげな顔をする。 「そう・・・だよな。 一応、下手人は捕まえたけど、売った先はどんな奴かわかんねぇんだし、こんなことにリナを巻き込んだら大変なことになっちまうよな・・・」 リナリーはとんでもないお転婆だが、見た目は素晴らしい美少女で、現大目付を兄とする名門旗本の姫だった。 「身代金誘拐なんてことになった挙句、怪我したり殺されたりしたら、取り返しがつかない」 リナリーに対してそこまで気を使うユウに、ラビはにんまりと笑った。 「いつの間にか、ユウも二番目の兄ちゃんさね♪」 「好きでなったわけじゃねぇよ」 殊更憮然と言っても、照れ隠しであることは明らかだ。 思わず笑ってしまったラビは、ユウに睨まれて慌てて咳払いした。 「じゃ・・・じゃあ、姫に万が一にも危険が及ばないようにするため、兄ちゃんsが一肌脱ぐさ 「お前も兄貴なのかよ!」 何人いるんだ、と、呆れるユウの背中を、ラビが笑って叩く。 「いいから行こうぜ!」 まずは情報集め、と、実に瓦版屋らしいことを言って、ラビはユウの腕を引いた。 一方、楽しげに去って行った二人を見送ったリナリーは、頬をぱんぱんに膨らませていた。 「なんだよ・・・!」 振り返りもせずに消えた二人に向かって、リナリーは足元の石を蹴飛ばす。 「なんだよナンダヨ!」 次々と小さな石を蹴飛ばしては、塀に当てていたリナリーは、砂利の上に落ちた紫水晶の数珠に目を留め、拾い上げた。 「あれ、これ・・・神田のだよね?」 いつも手首に巻いているものだと気づいて、彼を追いかけようと数歩駆ける。 ・・・が、つい先程の意地悪な顔を思い出すと、ムッと眉根を寄せて足を止め、やや大きな石に狙いを定めた。 「ちぇー!!」 思いっきり蹴った石は予想以上に飛んで、ちょうど角を曲がってやってきた少年の額にクリーンヒットする。 「きゃうんっ!!」 甲高い悲鳴をあげて倒れた彼に、リナリーもまた、悲鳴をあげて駆け寄った。 「ごめんなさい!! ごめんなさい、私ったら・・・きゃあ!!血が!!!!」 よほど強く蹴ったものか、石は少年の額を割って、だくだくと血を溢れさせている。 「いいいいい・・・今すぐ手当てをするからね!!」 言うやリナリーは、可愛い見た目に似合わぬ膂力で白目を剥いた少年を抱き上げ、出てきたばかりの火盗改めへ駆け込んだ。 「おじさま!! イェーガーのおじさま!! 通りがかりの人に怪我させちゃったの!!」 大声で呼ばわると、主が出てくる前に荒事処理に慣れた救護の者達がわらわらと寄って来て、リナリーから少年を受け取る。 「死んじゃってないよね?!大丈夫だよね?!」 大騒ぎするリナリーは丁重に治療室から追い出され、閉ざされた戸の前でうろうろと歩き回った。 ややして奥からイェーガーもやって来て、事情を聞くや、深々とため息をつく。 「まったく・・・お前はもう、いくつになったのだね? すぐに子供っぽく拗ねて、なんの咎もない子供に怪我をさせるとは!」 「ご・・・ごめんなさい・・・・・・」 しゅん、とうな垂れたリナリーにため息をつき、イェーガーは治療室の戸を開けた。 「どうだ?」 「はい、出血は止まりました。 目を回しているのは、倒れた時に後頭部をぶつけたからだと・・・」 そう言って指された所には、見事なたんこぶが出来ている。 「そうか。 見るに、奉行所の与力のようだ。 よくよく世話をしてやりなさい」 「はい」 「じゃ・・・じゃあ、私が!!」 リナリーが進み出ると、 皆が不安そうな顔をした。 「・・・できるのか? 止めを刺すんじゃないのだよ?」 「さっ・・・刺しませんよ!!」 リナリーは真っ赤になってイェーガーに詰め寄る。 「私が怪我させちゃったから、せめてものお詫びにと思って・・・!」 「それもそうだな・・・。 では、責任を持ってやりなさい」 「はい!」 イェーガーに大きく頷き、リナリーは彼の枕元に座った。 その様に軽く頷いたイェーガーは、修練場で未だ伸びている配下達のために治療役達を率いて奥へ行ってしまう。 未だ白目を剥いている少年と二人になったリナリーは、布をたらいに浸して固く絞った。 「けど、ホントに見事なたんこぶ・・・」 苦笑しながらリナリーは、枕をどけて彼の頭を膝の上に乗せる。 たんこぶを冷たい布で冷やしてやると、しばらくして彼が身じろぎをした。 リナリーが彼の頭を抱くようにしてたんこぶを冷やしつつ、身体を傾げて顔を覗き込むと、うっすらと目が開く。 「んぁ・・・?」 「あ、目が覚めた?」 声をかけた途端、まん丸に目を見開いた少年の顔が、みるみる赤くなって行った。 「? えーっと、おでこと頭に怪我をしているんだけど、他に痛いところはない?」 その問いには答えがなく、リナリーは苦笑する。 「えーっと・・・お名前は?」 「アアア・・・アレンです!! 北町奉行所の与力です!!」 慌てて起き上がったアレンがふらついて、リナリーは咄嗟に肩を支えた。 「だ・・・ダメだよ、まだ起きちゃ! 私はリナリーだよ。 あの・・・ごめんね、実は・・・・・・」 加害者であることを打ち明けようと口を濁したリナリーに、アレンはにこりと笑う。 「助けてくれて、ありがとうございます」 「え?! あ・・・うん、それはもちろん、当然なんだけど・・・」 私がやったんだから・・・と、小さな声で呟いた。 「ご・・・ごめんなさい、本当に・・・。 塀に当てるつもりだったのに、蹴り損ねちゃって・・・・・・」 罪滅ぼしとばかり、リナリーはアレンのたんこぶに改めて冷たい布を当て、頭を撫でてやる。 するとまた赤くなったアレンの顔を、リナリーは気遣わしげに覗きこんだ。 「やっぱり他に、どこか痛いんじゃない? 顔が赤くなってるよ?」 「いっ・・・いえ!大丈夫ですよ!!」 顔を赤くしている原因が、リナリーの容姿だとはさすがに言えず、アレンは恥ずかしげに俯く。 「あっ・・・あの、僕、お役目の途中ですからそろそろ・・・」 「あ、そうだよね。 どちらに御用だったの?」 ようやく手を下ろしてくれたリナリーにほっとして、アレンは顔をあげた。 「火付け盗賊改め方に・・・」 「だったらここだよ。 お頭に御用なら呼んでこようか?」 「・・・・・・なんですってー・・・・・・」 では間抜けにも、火盗改めの役人達に手当てされたのかと気づき、また気が遠くなりそうになる。 「お・・・お嬢さんはここの人なんですか・・・?」 一目で武家の娘だとわかるリナリーの身なりに気づいて問うと、彼女は首を振った。 「お使いのついでに寄っただけだったんだけど、ア・・・アレン君に怪我させちゃったから、お願いして看病させてもらったの。 ・・・迷惑だった?」 その問いには首が外れるほど横に振ったアレンがふらついて、リナリーが慌てて受け止める。 「ねぇ、もうちょっと休んでた方がいいよ。 こんな状態じゃ、御用も大変でしょ?」 「はぁ・・・でも・・・」 荒く息をつきながら、アレンは何とか起き上がった。 「僕ががんばらないと、お奉行が・・・」 大変だから、と言いかけてアレンは、慌てて口をつぐむ。 奉行所がしっかり機能していると信用されているからこそ治安は守られているのだ。 なのに与力である彼が妙なことを口走れば、市中を不安に陥れてしまうかもしれない。 だがリナリーは、にこりと笑って頷いた。 「エミリアのお父さんが大変だってことは、兄さんに聞いたよ。 ティモシーの悪戯で倒れちゃったんでしょ?」 「・・・・・・は?! えっと・・・エミリアお嬢様とお知り合いなんですか?!」 「うん、実家がご近所さんなんだよ」 奉行も務める名門旗本の近所と言うことは、武家は武家でも名家の出身と言うことになる。 「え?! じゃあリナリー・・・様って、もしかして大目付様の・・・!」 「うん、妹だよ 「きゃあ!!」 座ったまま飛び上がったアレンは、ずさずさと後ずさった。 現大目付が溺愛する妹のリナリーは大変な美少女で、彼女に近づく男は社会的に・・・いや、下手をすると本当の意味で抹殺されるとラビに教えてもらったことがある。 「な・・・なに、その反応・・・?」 彼女と離れた所で固まってしまったアレンに、リナリーが呆然とした。 「ととと・・・とんだご無礼を!!」 裏返った声をあげると、『あぁ』と、リナリーの顔が和む。 「身分とか気にしなくていいよ。 悪いのは私なんだから」 「お・・・おそれいります・・・・・・」 身分は・・・確かにこの国では重要なファクターだが、町奉行所の与力のくせに旗本のバカ息子だって牢にぶち込むアレンは正直、あまり気にしたことがなかった。 問題はそこではなく、ラビが巧みな話術で何度も語ってくれた大目付の怖ろしい制裁を、自分が受けそうな予感がしたからだ。 ―――― これは、近づくなって言う方が無理なんじゃ・・・! そう考えただけで、蒼くなった顔に汗が伝った。 「? 大丈夫?顔が青いよ?」 不思議そうな顔をしたリナリーが、手にしたままの冷たい布で汗を拭ってくれて、またアレンの顔が赤くなる。 「あれ、また赤くなったね」 わざとやっているのかと疑いたくなるが、彼女の表情から悪意は読み取れなかった。 それゆえに悪質だ、と思ってしまう。 どんな美少女でも、お高くとまって近づきがたいならこんなにも動揺しないだろうに、気さくな彼女にはほだされるなと言う方が無理だ。 なのに近づいた男は即抹殺だなんて、だったら邸の奥にでも閉じ込めておいてくれと、アレンは会ったこともない大目付を心の底から恨む。 と、 「アーレンくーん? どうしたのー?」 リナリーが顔を近づけて来て、アレンが固まった。 何も言えずにいると、部屋の外から足音が近づいてくる。 はっとしたアレンはさかさかとリナリーから離れ、座り直した。 ギリギリで疑わしい場面の目撃を避けたアレンが顔をあげると、総髪の老人が顔を覗かせる。 「おぉ、目を覚ましたか」 「はい、お世話をおかけしまして」 誰だかはわからないが、いかにも上に立つ者と思わせる雰囲気を纏う彼に対してアレンが姿勢を正すと、老人は微笑んで頷いた。 「いや、この子がとんでもないお転婆をしてしまったようで、申し訳なかった。 よくよく叱っておくから、許してくれ」 じろりと睨まれて、リナリーが気まずげに目を逸らす。 「いえ、ご親切感謝しております。 僕は北町奉行所の与力で、アレン・ウォーカーと申します。 お教えいただきたいことがあり、参りました」 「ふむ・・・。 ここの頭は私だが、北町の与力殿が知りたい件となると、吟味方の方がよいだろうか」 だが、と、彼は苦笑した。 「今、吟味方は全員、打ちのめされて目を回していてな。 私で役に立てるかどうかはわからないが、ひとまず話を聞こう。 補足があれば、彼らが目を覚ました後に行かせることにしようか」 その親切に感謝して、アレンは上座に座った彼に向き直る。 口を開こうとして、アレンはリナリーに微笑んだ。 「・・・申し訳ありません、お役目ですので・・・」 「あ、ごめんなさい。 席を外さなきゃだよね」 慌てて立ち上がったリナリーは、部屋を出る際、にんまりと笑みを浮かべて戸を閉める。 立ち去る足音を聞かせてからそっと戻り、聞き耳を立てた。 と、隙間から二人の声が聞こえてくる。 「・・・そういう経緯で下手人は捕らえましたが、さらわれた娘達の行方がわからないのです。 売った相手は珍しくも女だったそうなので、もしかしたらこの者にお心当たりがないかと思いまして」 火盗改めはその名の通り、窃盗や強盗、放火犯を専門に追う部署であるため、奉行所よりよほど犯罪者の動向に詳しかった。 盗品などの行方を追うルートにも精通している彼らへの問い合わせは至極当然と言えたが、何しろ町奉行所の者は火盗改めの苛烈さと強引なやり方を嫌っている。 奉行所では実は余所者である奉行が表立って情報提供を願ったりすれば、配下達の反発を招きかねないからと、一番下っ端のアレンが寄越されたのだ。 そんな事情などはとっく悟って、イェーガーは笑い出す。 「・・・いや、失礼した。 ではまずは、その女の人相とやらを教えてくれるか」 笑声を収めて言った彼に、アレンは気まずげな顔で懐から人相書きを取り出した。 「・・・・・・人相がないではないか」 「す・・・すみません・・・・・・」 顔を真っ赤にして、しどろもどろにこんなことになった事情を語ると、イェーガーは呆れ顔になる。 「では、年恰好などはどうなのだ。 いくら盗賊に精通した我らとて、こんなもので探せるはずがないぞ」 「そっ・・・そうですよね! えっと、年恰好なんですが、女にしてはとても大きかったそうです」 言いながら、アレンは人相書きと一緒に取り出した帳面を読み上げた。 「いつも頭巾を目深にかぶって、羽織で体型を隠しているから、最初は男だと思っていたそうなんですが、声は女で間違いないそうです。 取引は毎回違う場所で、人気のない寺や神社の境内で、夜に行っていたとか。 ・・・まぁ、言うのも胸が悪くなる話ですが、彼女から『女の補充をしたい』って連絡があった夜に女性をさらって、そのまま待ち合わせ場所に連れてって売りつけてたそうなんですよ。 女性達は一目でさらって来たってわかる人達なので、相手が知らずに買った、なんてことはありません。 売買は版元とその女の二人で、極秘にやっていたそうです。 版元が吐いた指定場所に聞き込みかけましたけど、有益な情報はありませんでした」 「なるほど・・・手がかりはその女の女衒(ぜげん)だけか」 あごに手を当て、考え込んでいたイェーガーは、ふと顔をあげて閉まった戸を見やる。 「リナリー、地図を持ってきなさい」 「はひっ?!」 盗み聞きをしていることなど、とっくに知っていたと言わんばかりのイェーガーに声をかけられ、リナリーが飛び上がった。 ぶつかって大きな音を立てた戸を慌てて押さえ、そっと開けた隙間から赤くなった顔を覗かせる。 「ち・・・地図・・・ですか・・・?」 「あぁ、祐筆詰所にあるだろう。 もっておいで」 「は・・・はい・・・」 戸は開けっ放しで、リナリーがばたばたと走って行くと、イェーガーが吹きだした。 「まったく、いつまでも子供ですまない。 あれで旗本の姫だと言うのだから、威厳も何もあったものじゃないな」 なぁ?と、同意を求められてアレンは、困惑げに俯く。 「ぼ・・・僕は、可愛い姫さまだと思います・・・」 「・・・ふぅむ。お前の額を割ったのはあの子なんだがね」 珍しい生き物を見るかのように、不思議そうな顔をしていたイェーガーは、くすりと笑った。 「まぁいい。 ところでもちろん、その女が指定した待ち合わせ場所は聞き取っているのだろうな?」 「はい。ただしうちのお嬢様・・・いえ、お奉行が申しますには、白状した人数より多いこともあり得るので、正確ではないかもしれないということでした」 「ふむ・・・やはり町奉行所ではぬるいな。 こちらに寄越すか?」 全て吐かせるが、と言った彼の声音がひどく冷たくて、アレンはびくっと震える。 「そ・・・れは僕が判断することではありませんので」 「それでは、いつでも引き受けると伝えておいてくれ。お嬢様にな」 くすくすと笑って、イェーガーは走って戻って来たリナリーが差し出す地図を受け取った。 「さてさて、待ち合わせ場所はどこかな? ついでに、奴らがどこで娘をかどわかしたかを指しなさい」 イェーガーに言われてアレンは、当然のように居座るリナリーを気にしながらも次々に地図の上を指す。 と、イェーガーがそれぞれに印をつけて、俯瞰した。 「・・・・・・なるほどな」 ―――― 同じ頃。 座敷で地図を見下ろしていた老人が、煙管を口から離した。 「ふぅむ」 コン、と、煙草盆を叩いて灰を落とし、頷く。 「どぉ?」 身を乗り出したエミリアに、老人は積み上げられた瓦版の中から一枚を引き抜いて差し出した。 「・・・見世物小屋の宣伝ね」 数日前から立っている小屋だが、江戸ではいつもどこかで何かの興行が行われているため、珍しくもなんともない。 だが、老人が示したからには何か意味があるのだろうと、エミリアはよくよく読んで見た。 やがて、 「・・・おじいちゃん、この一座って確か、以前はここで興行してなかったっけ?」 そう言ってエミリアが指したのは、4番目のかどわかしで版元が女に娘を受け渡した寺の境内だ。 「気づいたか」 満足げに目を細め、老人は瓦版をまた数枚、差し出した。 それはどれも同じ一座の宣伝文で、同じ見世物が興行場所だけ替えて書いてある。 それを目で追いながら、エミリアは地図の印をなぞった。 「日付と場所、全部合致するわ・・・! じゃあここが?!」 「まだ早い」 静かにたしなめると、エミリアはハッと目を見開く。 「そう・・・よ! これが寺や神社の縁日を狙った興行なら、他の一座だって来ているはずね?!」 「そうだ。 そして同じ日、同じ場所で興行していた一座はこれだけある」 「ぎゃふっ・・・!」 積み上げられていた瓦版をどすんっと叩いた老人に、エミリアが鼻白んだ。 「こっ・・・これ全部だったの?!」 「あぁ。 それについでだから教えてやるが、この日、この場で商売するのは興行だけではない。 縁日を狙った出店や、小屋を建てない興行もあり、さすがにそれら全てを把握するのは不可能だ」 「そ・・・うよねー・・・・・・!」 顔を引き攣らせて、エミリアは頭を抱える。 「ど・・・どうやって調べれば・・・・・・」 「簡単だ」 「はいっ?!」 あっさりと言われて、エミリアはつい、大声をあげてしまった。 「あ・・・ごめんなさい。 えっと・・・それ、ホント?」 目を丸くした彼女に、老人は得意げに目を細める。 「人相はわからなくとも、そんなに大柄で、度胸も据わった女がそうそういるものではない。 そしてこんな女がいる小屋、もしくは見世が、評判にならないわけがあるかな?」 「そっか・・・!」 頷くやエミリアは、老人が積み上げた山を崩して、畳の上に瓦版を広げた。 「これか――――!!!!」 間もなく拾い上げた瓦版には『女金太郎』の文字と共に大げさな呼び込みが書いてある。 「でしょ?!」 頬を紅潮させて得意げに差し出したエミリアに、老人は軽く手を叩いた。 「さすがだな、裏奉行。 私の孫も、おぬしくらい覇気にあふれておればよいのに、どうにものんびりしていてな」 「育った環境の違いじゃない? あたしは昔っからこういうことばっかりやってきたからさ」 照れ笑いしてエミリアは、改めて手にした瓦版を見つめる。 「で、もう一つ聞きたいわ。 この一座は今日、どこで興行してるの?」 「今日・・・は」 ここだ、と、地図を指す指先を見て、エミリアは頷いた。 「だが、わかっているだろう?」 「えぇ。 容喙屋の一味が捕まって、娘が手に入らないどころか、奴らが吐けば、自分達も危ないことはわかっている。 早々に立ち退くかもしれないってことね!」 「その通り」 「じゃあ急がなきゃ!」 エミリアがこぶしを握って立ち上がった―――― と、ほぼ同時に、火盗改めでもリナリーがこぶしを握っていた。 「急がなきゃだよ!!」 「その通り。 だが、お前が行く必要はない」 静かにたしなめられて、リナリーは思いっきり頬を膨らませる。 「なんで!」 「だって・・・姫様は町奉行所とは関係がないんですから、逮捕権どころか捜査権もありません」 アレンにも遠慮がちに言われ、リナリーは不満げに腕を組んだ。 「私の兄さんは、大名を監視する大目付だよ! なのになんで私が、町人を捜査しちゃいけないの?!」 無茶苦茶なことを言うリナリーに、アレンは困ってイェーガーを見つめる。 と、彼は呆れ顔で肩をすくめた。 「お前は、自分とエミリア殿の立場を混同していないか? 彼女は身分こそただの令嬢だが、長年奉行所にいて、その間に与力らとの信頼関係を築いたのだ。 彼女と違って、彼らと面識すらないお前が現場に出張っていいわけがないだろう」 「う・・・」 「邪魔をするんじゃない」 きっぱりと言われて、リナリーは黙り込む。 「では、ウォーカー。 我が配下もそろそろ目を覚ましただろう。 案内をさせるので、奉行所も捕縛の準備を整えるといい」 「はい!ありがとうございました!」 瓦版の情報で『女』を見つけ出した版元に対し、イェーガーは『犬』と呼ばれる元犯罪者達の情報網から既に、件の一座に目をつけていた。 犬達は江戸中に散らばり、普通の生活をしながら元仲間達の動向を探っては情報を提供している。 様々な人間の集まる場所はかっこうの情報収集場所で、中には見世物小屋で働く者達もいた。 そんな犬の一人が、妙な動きのある一座のことを随分前から報告していたのだ。 「けど、また薬だなんて・・・! こないだだって、ホントに大変だったのに!」 アレンはブツブツとぼやきながら立ち上がり、もう一度イェーガーに礼を言おうと振り向くと、なぜかリナリーが傍にいた。 「あの・・・姫様?」 理解してくれたと思っていたのに、未練がましい目で訴えられて、アレンが困り果てる。 「・・・すまない、行ってくれ」 気づいたイェーガーがリナリーの襟首を掴んで引き止めると、彼女はじたじたと暴れた。 「やだー!!行くー!! 一緒に行くんだぁい!!!!」 「いいから行ってくれ」 「は・・・はい・・・! ありがとうございました・・・」 リナリーが叱られて泣き喚く声を聞きながら、アレンは後ろ髪を引かれる思いで部屋を出、詰所となった一室へ入る。 「あ・・・あの、すみませんが案内を・・・」 凶悪犯ばかりを追う怖ろしい与力達に一斉に睨まれ、アレンが怯えた声をあげた。 が、後からイェーガーがやって来て指示を出すと、嘘のように覇気も敵意も収まる。 その上で、 「―――― あの界隈なら私の担当ですから、私が行きましょう」 と、素早く町人に化けた与力の一人が同行してくれることになった。 「ご親切にありがとうございました。失礼します」 丁寧に礼を言って火盗改めを出たアレンは、門前で邸を振り返る。 「姫様は・・・諦めてくれたかな?」 納得してくれてればいいけど、とため息をついて、アレンは高くなった日の下を早足に奉行所へ戻った。 「・・・なんだ、また来たっちょか」 今日二度目の来店に、松福堂の売り子は呆れ顔で二人を迎えた。 「どうせなら、奥じゃなくて店先にいて欲しいっちょ。 お前ら二人がいてくれたら、いい呼び込みになるっちょよ」 クスクスと笑って、二人を外の縁台へ追い出したちょめ助は、すぐに冷たい茶を持って戻ってくる。 「そんでお前ら、今日はなにやってるっちょか」 興味を惹かれて問うと、ラビがいつも大事に持ち歩いている帳面を広げた。 「いつも興行の宣伝やってる読売達がいるだろ? そいつらに最近宣伝した小屋とか一座のこと、聞いて回ってたんさ」 「へぇー・・・。 ラビが、宣伝読売に変わるんだっちょか?」 意外そうに言うと、ラビは笑って手を振る。 「それ、あいつらにも言われたけど、ウチは時事がメインの瓦版屋だからさ! まぁ、あれも面白そうなんけど、孫の俺が版元の方針変えるわけにもいかんさね」 「ラビ」 「あぁ、はいはい」 ユウに不機嫌な声で呼ばれ、ラビは彼にも見えるよう、帳面を二人の間に差し出した。 「まぁ、いくらでかくっても、人一人運んでくってのは結構な力仕事さ。 だから、例の女は取引場所のすぐ近くに、一時的にでも娘を隠せる場所を確保してたんだと思う」 「女が指定してきたって言う受け渡しの日が、縁日の最終日と合致する、って気づいたのはさすがだな。 だが、寺や神社の境内・・・特にこんな、人で賑わうような場所は、真夜中はともかく、朝は日が昇らないうちから人がうろつき始めるぜ? その後はどうやって移すんだ?」 「もちろん、荷物ごとさ。 けど、人一人隠せるような荷物を持って移動する一座なんてそうはいないさ。 だって・・・」 「そんなおっきくて重いもの持ってちゃ、移動が大変だっちょ!」 いきなり間に入って来たちょめ助を、ユウが睨む。 「仕事しろよ!」 「客が来ればするっちょよ!」 そう言って彼女は、ラビに続きを促した。 「あぁ・・・うん。 つまり、縁日の最終日、しかも夜なら、移動のための荷物はとっくにまとめて、朝の移動を待つだけさ。 この女は可哀想な娘を荷物の中に隠して運んだんだろうけど、そんな大荷物・・・いや、大道具を使う興行はどれかって聞きまわったところでは・・・」 「女金太郎! こいつ、すごいんだっちょ! 石の入った重〜〜〜〜い長持を軽々持つんだっちょ!」 また割って入って来たちょめ助にユウが舌打ちし、ラビが苦笑する。 「うんうん、そうそう正解さ。 偉いな、ちょめ助!」 「えへへー!」 得意げに胸をそらす彼女に、ラビが笑って店内を指した。 「偉いちょめはお客優先だよな? 接客するさ」 「へぁ?!あー!いらっしゃい!!」 慌てて店に戻った彼女にため息をつき、ラビは宣伝読売達から仕入れた情報を元に、件の一座の予定表を書き付ける。 「・・・うん、じゃあ今日はこの寺か。 ユウ、女金太郎だけでも探しに行こうぜ。 早くしないと、逃げられちまうかも!」 「あぁ」 茶をそのままに立ち上がったユウを、茶を飲み干したラビが慌てて追った。 ―――― だがその頃。 イェーガーによって邸の一室に閉じ込められたリナリーは、アレンを追いかけることも出来ず、不満げに戸を蹴っていた。 「・・・ちぇっ!!」 一向に開く気配のない戸を蹴ることを諦め、リナリーは部屋を見回す。 やや高い所にある窓には木の格子がはめられていて、そう簡単には出られそうになかった。 だが、 「甘いんだよ!」 にこりと笑ったリナリーは、抱え帯と飾り帯揚げを解いて硬く結び合わせ、格子に渡す。 窓に背を向け、後ろ手にしっかりと持って幾度か引っ張り、強度を確かめるや一気に床を蹴った。 「えいやっ!」 お転婆にも程があるオーバーヘッドキックを受けて、格子は驚愕の悲鳴に似た音を立てて砕ける。 「よし、開いた!」 リナリー一人くらい余裕で通れるようになった窓をくぐり、地面に降りた彼女は、そっとお勝手に忍びこむと、草履を無断拝借して邸を出た。 「えへへ 誰にも見つからずに出られたと、青い空へ向かって快哉をあげる。 「私だって、江戸の平和を守るんだもん♪」 クスクスと笑いながら、リナリーはイェーガーが示した場所へと向かった。 「阿片?! それは本当か、ウォーカー!」 奉行所に急ぎ戻ったアレンは、何とか用部屋まで出てきた奉行に頷いた。 「火盗改めの情報ですから、正確です。 詳しくはこちらから・・・」 そう言ってアレンは、傍らの町人を顧みる。 「お初にお目にかかります、お奉行。 私は火盗改めのマオサと申す。 興行の一座を密かに監視する役に就いております」 言われて見ると、いかにも目立たない風貌ではあったが、その目は何物も見逃さない鋭さがあった。 「件の一座は地方からの巡業とうってはおりますが逆で、江戸から地方に・・・主に、下田の方へと巡業しております」 「・・・異人の居留地か」 忌々しげに舌打ちした奉行に、マオサは頷く。 「どうやら娘達は、そこで阿片と交換されているようです。 本邦は御定法で阿片の輸入を厳しく禁じておりますし、阿蘭陀もまた、本邦の法を理解して禁輸には積極的に協力しておりました。 しかし今、下田にいる輩にそのような節度はなく、また、本邦にも幕府の専売制を快く思わぬ不届き者がおり、その二者が結んだかと」 「そうか・・・。 人買いを捕らえ、阿片の密輸を防ぐのが先決だが・・・」 迷う風の奉行に、アレンが身を乗り出した時、 「下田にはあたしが行くわ!」 急ぎ戻って来たエミリアが、早口に言った。 「お嬢様、でも・・・!」 「居留地の異人に奉行所は手を出せないわ、アレン! だからあたしは、それ以上の身分・・・旗本の娘として、娘たちを返してもらうよう、交渉に行くのよ! パパ! すぐに登城して、ご老中に許可をもらって! ルベリエ様はまだご病床だけど、千歳様に許可をもらえばいいわ! この件に関しては文句を言わないはずよ!」 前回の薬の件をにおわせれば、と、エミリアは脅迫を推奨する。 「・・・わかった」 悩んでいる暇はないと、奉行はよろめきながらも立ち上がった。 「ウォーカー、お前は興行の一座を捕らえろ」 「は・・・はい!」 意外としっかりした足取りで一旦奥へ行ってしまった奉行に、アレンは頷く。 すぐに詰所に向かおうとして、ふと、エミリアを見やった。 「なんで・・・娘さん達の居場所まで?」 「あのおじいちゃんからよ 地方から来る振りをして、実は江戸を拠点にして地方に行ってる一座がいるって」 「はぁ・・・でもなんでそれが、瓦版屋の版元にわかったんです?」 更に問うと、アレンの隣でマオサも、興味深げに耳を傾ける。 と、 「関所はごまかせても、瓦版屋はごまかせないそうよ」 楽しげに笑って、エミリアは続けた。 「彼らって、興行の宣伝文を刷るでしょう? でもそれって費用がかかるから、よほど大きな一座でもない限り、興行ごとに一々瓦版を刷ることはしないし、版木ですら自分達で彫る所が多いんですって。 なのにここはまるで『江戸は不案内だから』ってことを見せ付けるみたいに毎回宣伝を依頼してたそうなのね。 なんだかわざとらしいね、っていうのは版元同士の集まりで囁かれてたみたい。 だからあの、突撃取材の瓦版屋がつけてったことがあって、下田に行くまでは確かめたんだけどね、その後居留地に入ってしまって、それ以上は追えなかったって」 「そりゃ・・・そうでしょうねぇ・・・」 よくやるものだと、アレンが呆れる。 居留地は、今や日本であって日本ではない場所だった。 特別な許可がない限り、日本人が居留地に入ることも、異人が居留地から出ることも許されない。 「でも怪しいって思ったんならなんで知らせてくれなかったんでしょう?」 早く知らせてくれたら、こんなに走り回ることはなかったのに、と不満げなアレンに、エミリアが肩をすくめた。 「こんな情報、記事にも出来ないし、奉行所に報告も出来ないわよ。彼らの立場的にね」 呆れ口調の彼女に納得しがたいアレンに代わり、マオサが頷く。 「そうですね・・・。 異人が関わっているとなると、うっかり手をつけて大火傷することにもなりませんし、こんなあやふやな情報だけを奉行所に訴えても、咎は居留地に入ろうとした彼らにふりかかることでしょう」 「へ?彼らは別に、居留地に入ろうとしたわけじゃないでしょ? 追えなかったって・・・・ねぇ?」 言ううちにマオサが段々呆れ顔になって行き、不安になったアレンはエミリアに同意を求めたが、彼女も同じような呆れ顔をしていた。 「アレン・・・。 相手の言うことを素直に信じてたら、吟味方になんか一生なれないわよ?」 「人は、悪意がなくても嘘をつくのです。 まず疑ってかかるのが、我々の常識ですよ」 「えー・・・・・・」 二人から詰め寄られ、困惑したアレンが目を泳がせる。 「やれやれ。 未熟者のアレンは、さっさと捕り物に行っておいで! あたしは下田に行く準備しなきゃ。 パパはもう用意できたかしらね!」 早口に言うや、せかせかと奥へ行ってしまったエミリアを悲しげな目で見送るアレンに、マオサが苦笑した。 「我々も急がなければ」 「はい・・・。 案内、よろしくお願いします」 ちんまりと一礼したアレンに、マオサは思わず吹き出す。 「・・・いや、失礼。 参りましょう」 クスクスと笑う彼からは、冷酷非情の鬼神とも呼ばれる火盗改めの苛烈さは感じられず、アレンはほっとして詰所へ走った。 奉行所が慌しく捕り物の準備をしていた頃、一番最後に出たにもかかわらず、最も身軽なリナリーは既に、件の一座が興行していると言う寺の境内にいた。 だが、 「う・・・わぁ・・・」 人でごった返すそこで、リナリーはため息交じりの声をあげる。 「そう・・・だよね、いつもこんなものだった」 縁日に来るのは初めてじゃないのに、捕り物と聞いてすっかり失念していた。 そこでは小屋を持つ一座から一人で大道芸を行う者まで、多種雑多な興行が行われている。 「どうりで・・・おじさまがアレン君に案内をつけたはずだよ」 よほど詳しい者でもない限り、人でごった返した中をすんなりと目的地まで導くことは難しそうだった。 しかも今回は逃げられないよう、奉行所の捕り方は慎重に周りを囲むだろうし、そのためにはこの辺りを熟知した者のアドバイスが必須だ。 「んー・・・。 配置が終わっちゃったら、私が活躍する場がなくなっちゃうな・・・」 早く見つけなきゃ、と、焦って辺りを見回していると、彼女の愛らしい容姿のおかげもあってか、通りすがりの家族連れが声をかけてくれた。 「あぁ、その一座なら・・・」 リナリーが言った名前に心当たりのある様子で、おかみさんが奥を指す。 「あそこに甘酒屋があるだろう? そこを右に曲がってね、しばらく行ったら奥が広場になってるんだ。 見世物小屋や芝居小屋が並んでて、その一番左端だよ」 「ありがとう!」 礼を言って、リナリーは人ごみの中を駆け抜けた。 一目で身分高い武家娘だとわかる彼女が疾走する姿を、皆が何事かと見遣る。 そしてその中には、ラビの長身もあった。 「っユウ! 今、リナが・・・!」 「は?!」 肩を掴まれ、引き止められたユウが目を吊り上げる。 「どこだ?!」 「そこ・・・あれ?!消えた!!」 人で賑わう参道は視界が悪く、ラビほどの長身でなければ近くでも見透かすことは困難だった。 「まさかあいつ・・・一人で捕まえようってんじゃ!」 「まさかっ?!」 ユウの予想にラビが蒼ざめる。 「急ぐぞ! あいつのことだ、どんな無茶をやらかすか・・・!」 「あいつ、本当にお姫様なんさー?!」 絶対野生の子猿だ、と嘆くラビを、ユウは否定できなかった。 「場所はわかるんだろうな?!」 「もちろんさ! 場所も言わないんじゃ、宣伝読売失格さね!」 こっち!と、ラビは先に立って走り出す。 人ごみを掻き分け、何とか小屋の並ぶ広場まで出るが、ここもまたかなりの人出で、見渡すことなど出来なかった。 「どうだ?!」 「んー・・・見当たらないさ!」 背伸びして人々の頭の上から探すが、ここにはいないのか、もしくは人波に埋もれてしまったのか、リナリーの姿は見当たらない。 「とりあえず、例の小屋に行ってみっか!」 再び人を掻き分けて近寄った小屋に、しかし、二人は入らずに裏へ回った。 表の混雑とは逆に、林に面したそこは意外なほど静かで、見世物に使うらしき大道具が整然と出番を待ってはいるものの、そこにちょめ助が言っていた長持ちはない。 「今、使ってんのかね?」 そう言ってラビは、地面の様子を注意深く見つめた。 「・・・なぁ、ユウ。 これ、見てみ」 呼ばれてラビが指す場所を、彼も見下ろす。 「引きずった跡だな」 「ん。 なんで林に繋がってんさ?」 腰を屈めたまま跡を追ったラビが、林の中を覗き込んで、背後のユウを手招いた。 「ここから『荷物』を降ろしてたみてぇさ」 見れば、鬱蒼と茂る葉のせいで深いと思いこんでいた林は奥行きがほとんどなく、単に地滑りを防ぐため、斜面に植えられているだけのようだ。 木の間には荷運び用にか、舗装された細く短い階段が、下の道まで続いていた。 「きっと、寺に物資を運ぶために作ったんだろうな。 一々参道通って運び入れるのは大変だろうし、ここに小屋を立てる奴らも便利だからって使ってんじゃね?」 「じゃあこの跡は、道具を運んだ時のか?」 やや落胆したような声に、ラビは首を振る。 「ここんとこ毎日夕立が来てんだから、この程度の跡はすぐに流されちまうさ。 だから、この跡は確実に昨日の夕立から後についたもんだけど、この陽気じゃ土なんてすぐ乾いちまう」 しかし、と、ラビはまた地面の跡を示した。 「この土は、まだ湿ってる。 ついさっき、ここを引きずったんさね」 「・・・そりゃつまり、俺らがもたもたしている間に、ってことか」 「リナは信じらんないくらい素早いから・・・ってユウ!!どこ行くんさ!!」 まっすぐに小屋へ入ろうとする彼の肩を、ラビが慌てて掴む。 「放せよ! 中の奴に問いただして・・・」 「そんな、何の証拠もないのになんて聞くんさ?!」 「あ?! 痛めつけりゃあ話すだろ!」 「そんなことしたら、奉行所にひっ捕らえられんのは俺らさね!!」 揉み合いながら二人は、小屋の裏口に足を踏み入れた。 「ユウ! 見つかる前に一旦出て・・・!」 「るっせ! 一人捕まえて吐かせて・・・」 気炎を上げていたユウが、不意に言葉を切って足元を見下ろす。 「どうし・・・?」 「これは・・・!」 目を見開いて彼は、自分の爪先に当たった物を拾い上げた。 「なに?数珠玉さ?」 ラビが覗き込んだそれは、数珠の中心に来る飾り玉らしく、紫に透き通る珠の表面には真言が彫られている。 そこまではありきたりな仕様だが、長年の使用で何箇所か欠け、切子のようになっている部分があり、それはラビもよく見知った傷だった。 「ユウ、これって・・・!」 ラビがユウを見ると、懐を探って『ない』と呟く。 彼がいつも手首に巻いている数珠は今朝、イェーガーとの手合わせ中に切れかかったため、外して懐に入れたはずだった。 「お・・・俺は拾ってねぇから、拾ったとすればリナ・・・!」 はっとした二人は同時に踵を返し、辺りを探し回る。 「ユウ!見っけた!!」 林の中にある細い階段の途中で手を振るラビに、ユウが駆け寄った。 同じ紫水晶の数珠玉を、ラビが拾い上げて彼に渡す。 「まだ遠くには行ってないはずだ!追うぜ!!」 「あいさ!!」 二人はもどかしげに階段を降り、地面にぽつぽつと落ちた数珠玉の跡を辿って行った。 一方、捕り方を集めたアレンは、マオサのアドバイスに従って、目立たない場所に同心達を配置した。 「本人を確認するために、一緒に来てもらえますか?」 「もちろんです」 頼もしく頷いた彼と二人、アレンは小屋の裏口へ回る。 鬱蒼と茂った林の隙間に、ラビの赤い髪を見たような気がしたが、確かめる間もなくマオサに呼ばれて小屋に入った。 「すみませーん! 町奉行所の者ですけど! ごめんくださーい!」 捕り物に来たとは思えない礼儀正しさに、マオサが呆れた。 と、 「静かに! 今、舞台中なんだ!」 声を潜めて、一座の者が忍び寄ってくる。 だが暗い小屋の中は、明るい場所から入って来たアレンには全く見えなかった。 ためにアレンは声のした方へ、当たりをつけて向き直る。 「僕、北町奉行所の者です」 「与力様が何の用です?!」 早く帰れと言わんばかりの、ぴりぴりした声が更に近くに来た。 自分の頭上、はるか上にあるらしい顔の輪郭を見つけて、アレンはにこりと笑う。 「座長さんはどちらですか?」 「あたしだけど?!」 「あぁ、座長さんでしたか・・・あ?」 「なに?!」 ようやく目が慣れたアレンは、唖然と口を開けた。 「え・・・まさか、女金太郎さん・・・?」 背後のマオサを肩越しに見ると、今後のために深く頭巾をかぶった彼が、こくりと頷く。 「なんだ、あたしの芸を見に来たのか? 与力だからって、タダ見しようって了見は・・・」 「いえ!違います!」 きっぱりと言って、アレンは両手で彼女の手を取った。 「お仕事中申し訳ありませんが、奉行所までご同行願います」 「無理だね!今は舞台中・・・」 「ご同行いただけないと、この舞台自体、中止してもらうことになります。 既にこの小屋は同心が囲んでいますので、早く来てくれないと、今すぐにも乗り込んじゃいますよ?」 にこりと笑って小首を傾げたアレンを、彼女は忌々しげに見下ろす。 「僕・・・女性に手荒な真似はしたくないんです。 お願いします とどめの笑顔で、アレンは彼女の怒気を殺いでしまった。 渋々ながら同行を了承した彼女を小屋から連れ出し、同心達には舞台が終わった後の調べを任せて奉行所まで連行する。 その途中、 「ウォ・・・ウォーカー殿、すごいですね・・・! あんな交渉、初めて見ました」 ひそひそと話しかけて来たマオサに、アレンは不思議そうな顔をした。 「別に・・・すごいことないと思いますけど?」 「いや、画期的にもほどがありますよ! 俺らなんて、有無を言わせず引っ張ってくるのが当然なのに!」 なんだかすごいことを当然だと言われて、アレンは困惑する。 「はぁ・・・まぁ、現行犯や男ならそうしますけど、今回は女性ですから」 「じょせい・・・・・」 唖然として傍らの大女を見上げたマオサは、睨み返されて慌てて下を向いた。 今、彼女はアレンやマオサの他、数人の同心に囲まれているが、縄は打たれずにおとなしく同行している。 その様に、マオサは深く頷いた。 「ウォーカー殿は・・・いい吟味方になれると思いますよ」 「えっ?!そっ・・・そうですか?!」 ついさっき未熟者と言われたばかりなのに、凶悪犯ばかりを相手にする火盗改めの役人にそんなことを言われて、アレンが真っ赤になる。 「そうですとも。 ぜひ、年番方筆頭与力を目指して精進してください」 「は・・・はい!! ありがとうございます!!」 奉行所前までついて来てくれたマオサは、アレンの礼に手を振って火盗改めへ戻って行った。 「ひ・・・筆頭与力かぁ・・・・・・」 嬉しさにボーっとしたまま吟味方に女を引き渡したアレンは、詰所の奥で次々に書類を捌き、与力に指示を出す男達を見てにんまりする。 「なれるかなぁ・・・ 「おい、アレン!!」 ぼんやりしていると、突然現れた与力に肩を掴まれ、アレンは飛び上がった。 「ごめんなさい僕別に下克上しようって言ってんじゃ・・・!」 「は?!妙なこと言ってないで話聞け!」 厳しく言われて、アレンはついさっき女を引き渡した吟味方の与力に向き直る。 吟味方とは奉行所において、取り調べを専門に行う役人達であり、特に有能な者しかなれない役職だ。 『地獄の沙汰も金次第。だが、吟味方には通用しない』と、皮肉交じりに言われる者達で、その一人である彼が妙に慌てている様子に、アレンは不安になる。 「な・・・なにか不備でもありましたか?」 「い・・・いや、不備じゃない!不備じゃないんだが・・・!」 そう口を濁した彼は、挙動不審気味に辺りを見回した。 「あの女・・・本当に見世物小屋で捕らえて来たのか?」 ヒソヒソと囁かれ、アレンはこくりと頷いた。 「はい。座長さんを出してください、って言ったら彼女が『あたしだ』って。 しかも、例の女金太郎さんだったので一緒に来てもらって・・・」 「じゃあ、天青楼とはどういう関係だ?!」 早口で遮られて、アレンはきょとんとする。 「てん・・・? なんでしたっけ、そこ? 前に聞いたような・・・?」 「お前、天青楼って言ったら有名な吉原の・・・」 言いかけて彼は、ぱたりと口に手を当てた。 「え?なんですか?吉原??」 「なんでもない!子供はまだ知らなくていいことだ!」 一息に言って踵を返した彼の袖を、アレンはすかさず掴む。 「あの、同席させてもらっていいですか?」 連れて来たのは僕だし、と、小首を傾げるアレンに彼は、酷く困った顔をした。 「お前はまだ、吟味方に入るのは早・・・」 「天青楼って確か、先輩がこないだ・・・」 「いつか吟味方に来るつもりなら今から勉強しておいた方がいいよなっ! 今日は特別に見せてやるぞーぅ!」 騒がしい二人を睨んだ筆頭与力から逃げるように、彼はアレンを連れて戻る。 「あ、あー・・・待たせたな。 詮議を再開する」 気まずげに咳払いして彼が名前を聞くと、彼女は素直に『マホジャ』と答えた。 「そっ・・・それであの、お前・・・! 先日の相対死捏造事件の時、遊女の死体を盗まれたと訴えてきた天青楼の楼主に・・・同行していたよな?」 「あ・・・あぁ、あの時の吟味方か」 瞬いたマホジャは、にやりと笑う。 「すっかり女将さんの色香に惑わされて・・・」 「それは今は関係ないだろう! 天青楼とはどういう関係だ?!」 「スポンサー」 すんなりと言った彼女に、アレンが首を傾げた。 「見世物小屋にスポンサーがつくんですか? 芝居小屋の役者にならよく聞きますけど」 「アレン! 吟味方じゃないのに口を出すな!」 叱られて首をすくめたアレンにくすりと笑い、マホジャは頷く。 「もちろん、女将さんは役者の支援もしているよ。 ただ、ウチの一座は力自慢の女が多くてね。 遊郭じゃ、どうしても男に任せられないところがあるから、そんな時の助っ人としてよく呼ばれるんだ。 その時は小屋を休まざるを得ないんでね、女将さんがスポンサーになってくれて、不自由がないようにしてくれてる」 時折付き人も頼まれる、と付け加えた彼女の話に齟齬はなかった。 「ところでそこの少年与力。 舞台が終わったら、小屋を同心に調べさせるつもりなんだろ? なんの疑いなんだい?」 「それは・・・」 ちらりと見遣った先輩に思いっきり睨まれ、アレンはまた首をすくめる。 「・・・こちらのご詮議でいずれわかると思います」 「まだるっこしいねぇ! 何も出なかったらさっさと帰しておくれよ!」 笑みすら浮かべて、マホジャは胡坐をかいた足に頬杖をついた。 妙に自信ありげな様子にアレンは動揺したが、さすがに吟味方は動じない。 「もちろん、そうしよう。 ではまず・・・」 詮議が始まってしばらくすると、アレンは詰所に呼び戻された。 すると、小屋のお調べに残っていたはずの同心達が次々に戻って来る。 「小屋は客を出し、一座の者を監視して隅々まで調べましたが、不審なものはありませんでした」 その報告に、アレンは目を見開いた。 「そんな・・・!」 火盗改めに協力を求め、老中を動かして異人の居留地にまで既に向かっているのに、ここで何もないでは済まされない。 頼みの綱はもう、マホジャの証言だけだが、先程の様子ではうまく行くとは思えなかった。 指示を仰ごうにも、奉行は城中にあり、エミリアは下田へ向かっている。 「ど・・・どうしよ・・・!」 思い悩んでも、ここで一番の下っ端であるアレンに奉行所を動かす力などなかった。 奉行所の中で、吟味方がうまくやってくれることを願うしかないアレンとは逆に、数珠を追っていた二人は怪しげな場所へと近づきつつあった。 夏の日差しの下で見るそこは、夜ほどの妖しさこそないものの、若者には近づきがたい雰囲気を纏っている。 吉原―――― この江戸最大の花街だった。 その門の傍に、紫水晶の珠が転がっている。 「まさか・・・!」 蒼ざめたラビの傍らで、ユウも固唾を飲んだ。 「大門をくぐったんさ?!」 この大門を一度くぐった女は、身請けされない限り一生吉原から出ることは許されない。 見世に縛り付けられ、商品として並べられるのだ。 「ユウ!早く連れ出さなきゃさ!!」 「あぁ!!」 数珠を探して追っている内は足も鈍ったが、この中にいるとわかれば早いのは彼らの方だ。 思い切って大門の中に踏み込んだ二人は、通りを駆けて怪しい荷を探した。 と、不意にユウが足を止め、耳を澄ます。 昼の遊郭が硬く戸を閉め、死んだように寝静まる中、近くで荷車がからからと砂利を踏む音が聞こえた。 「ユウ?!」 声を潜めたラビには答えず、彼は路地へと入る。 抜けた先は大きな遊郭の裏口で、空の大八車が置いてあった。 「リナ・・!」 駆け寄った裏口には、脱ぎっぱなしの草履が散らばるだけで人影はない。 「・・・入るしか、ないんじゃね?」 幸い開いていることだし、と、提案したラビにユウは、迷いもせず頷いた。 「・・・あら、可愛い」 マホジャからの預かり物だと知らされて、長持ちの蓋を開けた楼主は紅い唇に笑みを浮かべた。 猿轡をかまされ、両手足を縛られたリナリーの頭を撫でてやると、彼女は獰猛な獣のように暴れる。 「あらあら・・・反抗的な子ねぇ。 ちゃんと躾をしてあげないと、お客に怪我でもさせたら大変だわ」 クスクスと笑って、楼主は美しい指を閃かせた。 と、桃色縮緬を纏った可愛らしいお禿が、香炉を持ってやってくる。 「アニタさま。おくすりのかげんはどうしましょうか」 「よいあんばいに」 可愛らしい声に微笑んで、楼主はまた、リナリーの頭を撫でてやった。 「大丈夫、怖くなんかないわ。 気持ちよく眠って・・・目を覚ましたらお客様にまた、お薬をいただきなさい。 夢のような幸せな気分でいられてよ」 香炉に火を入れた彼女は、煙を燻らせるそれを長持ちの中に入れ、リナリーの猿轡を外す。 「さ、深く息を吸って、ゆっくりお眠りなさい」 「やだ!!やめて!!出してよ!!!!」 また蓋を閉めようとする楼主に、リナリーが大声をあげた。 その時、 「ここか!!!!」 ふすまを蹴り開けて、ユウとラビが飛び込んで来る。 「ま・・・!何者ですか、無礼な!!」 「悪党に無礼呼ばわりされる覚えはねぇよ!!」 怒鳴り返したユウが、刀を抜き放って楼主を捕らえる間に、ラビが長持ちに駆け寄って蓋を開けた。 「リナ!!」 途端、もうもうと白い煙が立ち昇って、ラビは顔をしかめる。 「子供に妙なモン使いやがって・・・!」 香炉を掴むや外へ投げ捨て、咳き込むリナリーを抱き起こした。 「リナ!平気さ?!」 急いで長持ちから出し、煙の届かない所で縄を解いてやると、まだほとんど煙を吸っていなかったらしい彼女は、思ったより元気に頷く。 「ちょっと・・・運ばれてる時に暴れて頭ぶつけたりしたけど、平気だよ!」 空気穴もあったし、と、リナリーは握っていた数珠を見つめた。 「二人ならきっと・・・見つけてくれると思ったよ!」 にこっと笑った途端、頬をぶたれて呆然とする。 「え・・・?」 なにが起こったか理解する前に、じわ・・・と、痛みと熱が頬に広がった。 「ユウは危険なことだ、って言ったよな? 兄貴の許可がない限り、ついてくんなって」 初めて見る、ラビの怖い顔にリナリーは、ビクッと震える。 「案の定、こんな危険なことになって・・・吉原の大門をくぐった女がどうなるか、わからないほどバカなんか、お前は!」 ユウも驚くほどのきつい口調で叱られて、リナリーはようやく、自分が大変なことをしでかしたことに気づいた。 「・・・ご・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・!!」 大きな目からぽろぽろと涙が零れて、ラビが気まずげな顔をする。 「こ・・・今後は、こんな無茶すんじゃないぜ!」 詫びの代わりか、くしゃくしゃと頭を撫でるラビの手の下で、リナリーが小さく頷いた。 「じゃ、そろそろ俺ら失礼して・・・」 リナリーの手を取って立ち上がったラビを、ユウがきつく睨む。 「なんでだ! こいつ捕まえに来たんだろうが!」 「あ、そっか」 「・・・大丈夫か、お前」 あまりに間の抜けた答えに、ユウの気まで殺がれた。 「暑さでやられたんじゃねぇのか」 「んにゃ、やられたのはリナの心配しすぎたせい」 「ごめんなさい・・・・・・・・・」 うな垂れてしまったリナリーに、ユウとラビの二人からため息が漏れる。 「でも、ま、楼主さんは捕まえたんだし、このまま奉行所に・・・」 言いかけたラビを、楼主の艶やかな笑声が遮った。 「なにがおかしい」 「あら、だって・・・」 憮然とするユウに、楼主はなまめかしく微笑む。 「私を奉行所に連れて行って、なにか解決するとでも?」 「なんだと・・・?!」 楼主の自信に満ちた言い様に、ユウが眉根を寄せた。 「どういうことだ!」 「教えてほしかったら腕・・・もう少し優しく握ってほしいわ・・・ 後ろ手に捻りあげられた左手で、楼主は彼の手をそっと撫で、背後に身を委ねる。 「ね? 優しくして頂戴・・・ ため息交じりの声で甘えつつ、更にしな垂れかかる彼女の色気には、ラビやリナリーまでもが圧倒された。 が、 「うっせぇ」 「きゃあ!」 無情にも更に力を加えられて、楼主が本気の悲鳴をあげる。 「ひ・・・酷いわ・・・!」 「まだるっこしいこと言ってねぇで、なんで無駄か言ってみろ」 「あら・・・だって・・・・・・」 にぃ・・・と、楼主の紅い唇が妖艶に吊り上がった。 「この件には、奉行所は関われない。 あなた達がどこまで知っているかは知らないけど、私は町方の権限なんかじゃ裁けないの。 これがどういう意味か、おわかり?」 にんまりと笑う楼主に、ラビが眉根を寄せる。 「さっきの薬・・・もしかして、阿片さ? 阿蘭陀は阿片の売買には関わらねぇから・・・下田の奴らと取引したってことか」 「まぁ・・・賢い子がいたものね。 偉いわ じゃあ、町方なんかじゃ裁けないって意味もおわかりね?」 だから放せと、楼主は勝ち誇ったように笑い出した。 が、その笑声は見世の表から聞こえる破壊音にたちまち消し去られる。 「な・・・なんの音?! 私の見世で何をやっているの?!」 慌ててユウの手を振りほどこうとするが、彼は楼主の腕をしっかり握って、決して放そうとはしなかった。 そうするうちに、一際高い破壊音が響いて、大勢の足音が床板を踏む音がする。 その音は見世の四方に散らばり、廓の各所で女達の悲鳴があがった。 「いい加減にしなさい、あなた! どこの若君か知らないけど、私が一言お願いすればあなたなんて・・・!」 「いや、もうお前に力はない」 焦った楼主のヒステリックな声を目当てに、大勢の配下を従えて、イェーガーが乗り込んで来る。 「天青楼楼主、アニタ。 諸々の咎により、火盗改めが捕らえる」 「なんですって?! わ・・・私は火盗に捕らえられる罪なんかないわ!」 火付けも盗みもしていないと、慌てるアニタの前に、ラビが外へ投げ出した香炉が突き出された。 「これはなんだ?」 「こ・・・これは・・・」 口ごもったアニタを、イェーガーが睨みつける。 「見るに阿片のようだが・・・お前が密輸し、密売したものか?!」 厳しく問われ、ものも言えない彼女にしかし、イェーガーは鼻を鳴らした。 「まぁ、もしもこれが密輸、密売の類であったとしても、その取り締まりは町奉行所の管轄であり、私達には関係ない」 「あ・・・」 ほっとして頬を緩めた彼女に、しかし、と、イェーガーが笑みを浮かべる。 「だがこの阿片、お前が盗んだ可能性が高い」 「なんですって?!」 あまりの言いがかりに、アニタは悲鳴じみた声をあげた。 「わ・・・私は盗んだりは・・・!」 「ならば証書を出せ! この阿片が医療用に処方されたものであるなら、お上の発行した証書を持っているはずだ。 それがないにもかかわらず、ここに品があり、しかも使用しているということは、お前が盗んだに違いない」 「えぇー・・・・・・」 どんな強引な論法だろうかと、呆れるラビの目の前で、美しい楼主は苛烈な老人に追い詰められていく。 「証拠の品が、また出てきたようだな」 配下の者達が見つけ出した大量の阿片を目の前に並べられ、アニタの膝が崩れた。 「引っ立ィ!!」 ユウの手から奪われた彼女は、両脇を屈強な役人達に固められ、引きずられるように出て行く。 その様を呆然と見送る少年達に向き直り、イェーガーはいつもの穏やかな笑みを浮かべた。 「お手柄だったな。 あの女は、以前から火盗改めで目をつけていたのだ」 「だ・・・だったら最初から言ってくれれば、アレン君達は・・・」 恐る恐る言ったリナリーに、イェーガーはクスリと笑みを漏らす。 「我々が長い内偵の末にようやく掴んだのだよ。 あんな昼行灯のなまくら役人共にむざむざ手柄をやるものか」 「ひっでー・・・・・・」 穏やかな顔をしているが、やはり火盗改めのお頭なのだと思い知らされて、ラビは眉根を寄せた。 「はは!奉行所の者達にはまた恨まれるかな?」 愉快げな笑声をあげた老人は、ふと笑みを消して、気遣わしげに眉根を寄せる。 「・・・ところでお前達は、怪我なんかしていないだろうな? 特にリナリー・・・。 お前、せっかく閉じ込めていたのに、格子を蹴破って逃げるなんて、さすがの私も予想外だったよ」 そんなことをしたのかと、ラビとユウからじっとりと睨まれて、リナリーは気まずげに目を逸らした。 「だ・・・大丈夫だったよ、二人のおかげで・・・・・・」 ごめんなさい、と、もう一度小さな声で詫びて、リナリーは握りしめたままの手を開く。 「神田・・・ありがとう」 リナリーが残った数珠を差し出すと、ユウは受け取ったそれを、手元の珠と合わせた。 が、 「足りない・・・」 彼の呟きにリナリーがうろたえ、その目からまた涙が溢れだす。 「ご・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい、神田の大事な数珠を・・・!」 しゃくりあげるリナリーに、ユウは首を振った。 「かまわねぇよ。 願掛けでつけてただけで、数珠は何でもいいんだ」 バラバラになった玉を袂に収め、彼はリナリーの頭をくしゃりと撫でる。 「帰るぞ」 「う・・・うん・・・!」 涙を拭って頷いたリナリーの口元に、ほっとした笑みが浮かんだ。 「ただし」 ついて来る彼女を肩越しに見遣り、ユウは邪悪に微笑む。 「このことは全部、兄貴に報告する」 「ひっ?!」 喉を引きつらせ、悲鳴すら出ないリナリーに、彼は笑みを深めた。 「ラビ、今回のこいつの悪行全て、一つ残らず書き上げろ。 代金は弾むぜ」 「マジで?! ユウ、気前がいいさー!」 「ウソッ!!やめて!!」 慌てて止めるが、今回はラビですら怒らせてしまったため、強く言えない。 その上、 「では、うちの格子の修繕費も書いておいてくれ。 ・・・奉行所と違って、こっちは自分の役宅でやっているのだから、資金繰りが大変だって言うのに全く」 と、イェーガーにまでぼやかれて、リナリーの逃げ道は全て塞がれてしまった。 ―――― 数日後。 「・・・あの女、殺してやりたい」 ポツリと呟いたエミリアに、お茶を持って行ったアレンはびくりと震えた。 「ど・・・どのひとですか・・・?」 恐る恐る問うと、エミリアは一気に茶を飲み干し、積みあがった書類を示す。 「あの楼主と女金太郎よっ! さらった子達ヤク漬けにしやがって、おかげで療養所が大迷惑よ!! そもそもこないだの遊女の死体だって、死因は性病だとか言っときながら実は阿片中毒だったんだから! ペックのアホが、マホジャの売った先を知らなかったもんだから天青楼から盗んじゃって、楼主自ら慌てて引き取りに来たってことらしいわ! あぁムカツク!! 今すぐにでも殺してやりたいのに、獄吏まで色香に惑わされて手を抜いちゃって、あぁムカツク!!」 ダンダンと激しく叩かれた卓の上で、重要書類が跳ね回った。 「あ・・・あの、墨が飛び散りますからどうか落ち着いて・・・!」 言われて我に返ったエミリアは、気まずげに目を泳がせる。 「あ・・・あー・・・えーっと・・・。 そうだ!お奉行のお加減はいかがですか? 明日くらいにはもう、ご復帰なさるんでしょうか!」 悪くなった空気を換えようと話題を変えると、エミリアは重々しく首を振った。 「え? でも・・・ルベリエ老中はご復帰なさったそうですよ? ガルマー様だってそろそろ・・・」 「パパ、今月で奉行を辞めるから」 「あ、そうなん・・・えええええええええええええええええええええええ!!!!」 なんで!!と、驚愕するアレンに、エミリアはため息をつく。 「こないだ、あたしが居留地に入る許可をもらいにお城へ行ったでしょ。 そこでね、また・・・発作起こしちゃったんだって」 幸い、城中には多くの御典医が詰めているため、すぐに治療を施されて大事には至らなかったが、よりによって多くの高位顕職の目前で倒れてしまった。 「奉行が激務だってのは、みんな知ってるしね。 もうずいぶん長いことやってたし・・・そろそろ退いてはどうかって、打診があったらしい」 「だ・・・打診ってことは、まだ決定じゃないんでしょ?!」 必死に縋るアレンに、エミリアは苦笑する。 「城中の『打診』ってのはね、もう決定ってことなのよ。 本人に伝えられる時点で、とっくに上じゃ決まったことなの」 だから、と、彼女はまたため息をついた。 「あたしも・・・出て行く準備、しなきゃね」 「そんな・・・!」 エミリアよりもうな垂れてしまったアレンに、彼女は手を伸ばす。 「がんばってね。 あんたなら・・・いい吟味方になれるわよ」 マオサと同じことを言われ、アレンは頭を撫でてくれるエミリアの手の下で、小さく頷いた。 同じ頃、読売の仕事をとっくに終えて、ちょめ助とおしゃべりしながら水饅頭を食べていたラビの元へ、ユウがやって来た。 「ジジィに聞いたらここだって言われた」 「はれ? わざわざ来るなんて、なんか用さ?」 憮然としたユウに首を傾げると、彼は眉根を寄せて頷く。 「お前が書いた報告書・・・リナリーの悪行の数々と、ついでに俺らの手柄も書いたあれをあいつの兄貴に渡したんだが」 「あ、あれ、いい出来だったろ! 火盗改めのお頭のトコにも被害状況調べに行って、詳細に書いたんさ! ユウ、リナリーが蹴り壊したって格子、見たさ? すんげーの! あいつ絶対女の子じゃねぇさ!」 「それはともかく」 ラビのはしゃいだ声を、ユウの陰鬱な声が遮った。 「それを読んだ大目付に、直々に呼ばれたんだ。 俺だけでなく、火盗のジジィと、ぶっ倒れた北町奉行の名代として、エミリアも」 「ん? こないだの事件に関わったメンバーさね。 エミリアも、かなりの活躍だったそうじゃないさ」 褒賞でももらったか、と笑うラビを、ユウは否定も肯定もしない。 「? なんさ、えらい反応が鈍いさね」 常に即断即決の彼が珍しいことに、悩んでいるようだと察して、ラビは彼が再び口を開くまで待った。 と、彼は長い時間をかけて、重苦しく口を開ける。 「北町奉行に、打診された」 「っ!!!!」 驚きのあまり、ラビは水饅頭を丸のまま飲み込み、危うく祖父より先に死ぬところだった。 ―――― ラビが書き上げた報告書という名の苦情文を彼女の兄に届けてから間もなく、丁重な招待があって、ユウは彼の邸に赴いた。 主のコムイはユウも既知の仲で、身分差はあれど幼馴染の気安さがあり、特に重苦しい挨拶もなく座に着く。 と、間もなくイェーガーがやって来て、その後、エミリアも奉行の名代として駆け込んで来た。 「・・・っ遅くなりまして申し訳ありません」 「イヤイヤ、町奉行って大変だもんねぇ! その名代を務めるなんて、すごいよエミリア殿っ!」 大目付という重い身分とは逆に軽い口調の彼は、気軽に言ってエミリアに座を勧める。 「さ! じゃあみんな揃ったんで、一気にカタつけよう!」 「は・・・」 なんの、と、この集まりの趣旨を知らされていない三人が、不思議そうな顔をした。 「はい、つまりですねー」 と、妙にハイテンションな声をあげて、コムイがユウを指す。 「まずは神田くーん いやこの子ったらホント根性あるって言うかしつこいって言うか、誰から聞いたかしらないけど、火盗改めのお頭が引退するかも、って噂聞きつけて以来、その地位寄越せって運動激しくて、はっきり言ってボク、ちょー迷惑してまーす★」 「あ?!」 コムイの茶化した言い様に、ユウがこめかみを引きつらせたが、彼は構わず続けた。 「でもっ! お頭はまだまだ引退なんかしないよってことで、こないだ大手柄立ててくれましたー★ イヤァ!阿片の密売ルート潰してくれてありがとほ・・・ やーっぱ、お頭の人望と情報網はサイコーだよねー よっ!江戸の守護神!!」 「は・・・はは・・・・・・」 太鼓持ちの様な持ち上げように、イェーガーは苦笑するしかない。 「そしてエミリア殿! お奉行の・・・いえ、父上の名代で、居留地にさらわれた娘さん達の解放、ありがとうございました! これでちょーっとは、幕府も彼らに強く言えるようになったかも」 「恐れ入ります」 「でも」 一礼したエミリアに、コムイの声が低くなった。 「お父上は、残念なことです。 長年がんばってくださいましたが、本日、評定所に隠居願いが出され、受理されました」 「なんっ・・・?!」 息を呑んだ二人の前で、エミリアは落ち着いて頷く。 「ありがとうございます。 これで父も、ゆっくり出来ると思います」 静かに微笑む彼女を呆然と見つめるユウに、コムイは再び向き直った。 「そう言うわけで神田くぅん 北町奉行の職はキミのものだ! これからガンバッテ!」 「はぁ?! なにがどうしてこうなった?!」 身分も忘れて怒鳴り返したユウに、イェーガーが吹き出し、エミリアが苦笑する。 「・・・いや、おめでとう、新奉行殿。 そなたのように男気あふれる若者なら、江戸を任せて安心だ」 「だったらその地位寄越せよ、ジジィ! 俺は火盗の方が・・・!」 「それはならん。 先日、リナリーが我が家を破壊してくれた件を内密にする代わりに、大目付殿に火盗改めの予算を上げてもらったのだ。 これからもっと捜査がしやすくなるというのに、そなたのようなぽっと出にやらせてなるものか」 きっぱりと首を振ったイェーガーに、ユウが目を吊り上げた。 「恐喝じゃねぇか! テメェでテメェひっ捕らえろクソジジィが!」 「ちょっとあんた、黙んなさいよ! 町奉行がそんなに不満だってんなら、なってくんなくていいのよ?! こっちは別に、伏してお願い申し上げているわけじゃないんだからね!」 激昂するユウを横から怒鳴り、エミリアは鼻を鳴らす。 「まぁ一度や二度、ちょっとした手柄立てたくらいで調子に乗って、お頭の位を寄越せなんて言ってるバカには、どうせ勤まらないでしょうけどね」 「なんだとテメェ!!」 「まぁまぁ」 落ち着いて、と、コムイが興奮した場に水を差した。 「ま、なんの前触れもなしに、いきなり言われて驚いただろうけど、実はこれ、キミのお兄さんの推薦なんだよね」 「兄貴の・・・?」 途端に険の取れたユウに、コムイは頷く。 「ガルマー殿が隠居願いを出された時、後継者は決まってるか、って聞いたんだけど、それは評定所で決めてほしいって言われたの。 そしたら寺社奉行が・・・いつもはこんなこと、絶対に口を出さない人なんだけど、その役目、弟にくれないだろうか、って」 苦笑したコムイに、イェーガーが眉根を寄せた。 「それは・・・よいのだろうか、大目付殿。 兄弟で評定所に入るなど、今まで・・・」 「あ、その点はクリアです、お頭。 今まで何度か前例もあったことですから。 ただ、兄弟の推薦ってのがアレだったんですけどね、寺社奉行ってのはホント堅物で、今、彼が関わってる大普請の入札でも、賄賂を一切受け取らないもんだから、逆に脅迫が来ているくらいなんですよ。 なので、彼が国政を兄弟でわたくししようってワケじゃないんだろうなぁってのはわかってるんですが、そのまんま通すとお頭みたいに穿った見方する人も出て来るでしょうから、今回特別にご老中からの推薦ってことになりました★イェイ!」 「ふざけんなてめぇ!!!!」 「待って! イラつくのはわかるけどマッテ!!」 今にも抜刀しそうなユウを、エミリアが制す。 「あんた、ただ火盗改めのお頭の地位がほしくて今回、奔走したの?!」 「は?! あったりめぇだろが!」 「じゃあなんで、見世物小屋の捕り物は奉行所に丸投げして、リナリーの行方を追ったのよ!」 「そりゃ・・・見過ごせねぇだろ!」 言葉に詰まったユウに、エミリアはにんまりと笑った。 「この時点ではまだ、リナリーを追うことで手柄になるかどうかはわかんなかったはずよ! なのにあんたはあっさりと手柄を捨てて、リナリーを助けに行ったそうね」 ラビに聞いた、と言う彼女に、ユウは言葉を失う。 「目先のことに惑わされた、って言ってしまえばそれまでだけど、あそこはあんたが勝手に奉行所と手柄競争してた場所なんだから、あんた達が去っても奉行所の者が捕らえに来る。 そんな状況判断したんじゃないの?」 あの時は自分の思いだけで動いていたが、こうやって整理されると確かに、そんな判断をした気がした。 「あたしは奉行所暮らしが長いから経験でわかるんだけど・・・臨機応変って、すごく大切よ。 なんたって町奉行の仕事はたくさんあるんだから。 だからこの件のあんたみたいに、捨てるところと拾うところを素早く判断できる奴は・・・まぁ、向いてると思うわ」 クスリと笑ったエミリアに、イェーガーも頷く。 「お前は私に地位を譲れと言うが、血気盛んな若造にこの地位は無理だ。 我々は悪党のみを相手にするため、町方と違って真剣で捕り物をする。 だが先日、お前が我が配下達を叩きのめしたように、向かってくる敵全てを斬っていたのでは、ただの人斬りだ。 お前の友人の筆を味方につければ、庶民も最初は喝采するかもしれんが、その苛烈さが仇となり、すぐに憎まれるようになる。 お前ほどの器量がありながら、それではもったいないと言うもの。 火盗よりもお前は、北町奉行がふさわしい。 お裁きの権限を持てば、今よりも多くの悪を懲らしめ、市中に平安をもたらすことができる」 イェーガーの言葉は、未だ納得できるものではなかったが、妙にユウの胸に沁みた。 「俺は・・・!」 イェーガーとエミリアと、何よりコムイの期待の目を受けて、ユウは言葉を詰まらせる。 「・・・・・・・・・考えさせてくれ」 低く呟いて、彼は大目付の邸を後にした。 ――――・・・そうして数日思い悩んだ末に、彼は ラビの元にやってきたのだ。 「な・・・なんで俺なんさ」 ジジィの間違いじゃ、と、茶で饅頭を飲み下したラビが言うと、ユウは眉根を寄せて首を振った。 「今回は・・・お前に聞きたかったんだ」 同じ年だから、と、彼は低く呟く。 二人は同年の上、行く末に明確な目的を持っていることも同じだった。 が、そこへ辿り着くための手段を持ちあぐねているユウと違い、ラビは真っ直ぐに目的へ向かって進んでいる。 もちろんそれは、祖父と言う力強い牽引役がいてのことだが、敷かれた道を迷いなく進む彼の姿は、迷ってばかりのユウには羨ましく思えた。 「んー・・・そうさな・・・・・・」 少し考えて、ラビは湯飲みを置く。 「・・・そうだ。 ユウ、町奉行だってさ、火盗改めと同じ・・・いや、それ以上の捜査機関だぜ?」 「あぁ、それはわかっているが・・・」 頷いたのち、ユウは首を振った。 「町奉行は、武士や坊主には手出しできねぇだろ。 浪人が多いとはいえ、攘夷派のほとんどは武士だからな。 そんな生ぬるいこと・・・」 「けど、権限ははるかに上さ」 クスリと笑って、ラビは身を乗り出す。 「あんな苛烈な捕り物見ちまったらそりゃ、火盗ってスゲーって思うのも無理はないさね。 でも町奉行にはお前にとって、たくさんのメリットがあんだぜ? 兄貴の推薦だから親父さんも就任に反対しないだろうし、そしたら・・・」 にこりと、ラビは笑みを浮かべた。 「奉行所の役宅に入れる」 「・・・家を出られるってことか」 はっと瞬いたユウに、ラビは頷く。 「そ 堂々とな 言うやクスクスと笑い出したラビは、いたずらを企む時にのように口に手を当て、ユウの耳を引き寄せた。 「・・・人探しなら、町奉行の方が多くの同心や目明しを使えるさ。 役目で犯人を捕らえることはできなくったって、探し人を見つけることは出来るだろ」 どっちが本来の目的だ、と、改めて問われて、ユウが黙り込む。 「目的は一つさ、ユウ。 そこを見誤っちゃいけねーよ?」 筋のない記事は見苦しい、と、妙に偉そうなことを言ったラビに、ユウは珍しく笑みをこぼした。 ―――― 8月の月番が終わり、南町に月が変わるとすぐに、閉ざされた北町奉行所の表門に家紋入りの高張提灯が掲げられた。 「へぇ・・・次の奉行は神田様らしいぞ」 「ガルマー様・・・長かったのにねぇ・・・・・・」 そんな囁きを交わしながら、江戸っ子達が門の前を通り過ぎて行く。 不安そうな顔をしているのは、南町奉行所が機能不全を起こしていると、既に噂になっているからだ。 南町奉行所の大門は開かれているが、行き交う与力、同心の姿は激減し、お裁きも7月のものが未だ処理されずに溜まっていると言う。 「有能だと思ったのに」 「やっぱり北町に任せればよかった」 と、奉行の裁きに不満顔の町人達が、江戸の町へ散っていった。 明日には機能不全の噂は事実として、江戸中に知れ渡るだろう。 「老中が手を下したも同然・・・ってのは、本当みたいだな」 礼儀として、南町に就任の挨拶に来た神田は、やつれきったバロウズの顔を見て眉根を寄せた。 が、バロウズはそれでも威儀を正して、彼と対峙する。 「これはまた、美しい奉行だな。 仕事は顔でやるものではないのだが」 あからさまな皮肉に、神田は口の端を曲げた。 切れ者だと聞いていたが、老中の嫌がらせがよほど堪えているらしい。 この程度の皮肉しか言えないとは気の毒なことだと、神田は冷笑を浮かべた。 「恐れ入ります。 ついでに年も史上最年少だそうで、すぐにへばりはしないだろうと、評定所のご判断です」 お前みたいに、と、彼よりも上手に皮肉を利かせた神田が、にやりと笑う。 「あぁ、そうだな。 今は・・・人が足りずに苦労しているが、そのうち解消されるだろう」 「そうなることを願っています」 絶対にそうはならないだろうと知っていながら、白々しくも言ってのけた彼にバロウズがムッとした。 「・・・なるほど、前例をことごとく無視してきたようだが、前例通りに裁くのは奉行所の決まりだ。 決して恣意的な振る舞いは・・・」 「恣意的な振る舞い? それは例えば、瓦版屋を抱きこんで、自分に都合の悪い存在を失脚させ、あるいは貶めて懐を肥やそうとすることですか」 ぎくりと顔を強張らせたバロウズに、神田は鮮やかに笑う。 「くだらねぇ・・・! どいつもこいつも前例ばかりぬかしやがって! だったら俺が、その前例とやらを変えてやんよ!」 無礼にも程があることを言い放って座を立った神田を、しかし、バロウズは咎めることさえ出来なかった。 呆然とする彼を肩越しに見遣り、南町奉行所を出た神田は、駕籠を無視してすたすたと歩いて行く。 「・・・えっ?!お奉行!」 あまりに意外な出来事に驚き、慌てて追ってくる供には先に帰るよう無茶を言って、神田はいつもの店に向かった。 「なんだ、またここで駄弁ってんのかよ」 暖簾をくぐると、いつものようにラビと、今日はエミリアが一緒に団子を食べている。 「俺は、今日取材したことを早くまとめようって来たんけどね、そしたらお嬢さんがいて、暇だからお茶しよーって誘われたんさ」 「そうなのよー・・・。 今まであたし、ずっとパパの手伝いしてたじゃない? 月番の時は朝から晩まで、休む間もなく働いてたのに、急に暇になるんだもん。 つまんなくて・・・・・・」 きなこを散らしながらわらび餅を食べるエミリアが妙に寂しそうに見えて、神田は気まずげに目を泳がせた。 「別に・・・来たけりゃいつでも来りゃいいだろ」 「え?!ホント?!」 目を輝かせたエミリアに、神田は頷いて席に座る。 と、いつものメンバーが揃ったことが嬉しいとばかり、すぐにちょめ助が冷たい茶を運んできてくれた。 「俺のお目付け役にって、リナリーが内与力としてついて来てんだ。 筆頭与力の身分分捕って、張り切って仕事してるんだが、まだよくわかんねぇこともあるだろうから、色々教えてやってくれ」 「うん!喜んで!!」 大きく頷いたエミリアは、しかし、すぐに苦笑して首を振る。 「・・・と思ったけど、やっぱりやめとくわ。 前の奉行のやり方なんか無視して、あんたはあんたのやり方でやんなさいよ」 本当に困った時は呼んで、と言う彼女に、ラビは吹き出した。 「なんつー潔い姫さんだろうな! なぁなぁ、今度、取材させてくんね?! 北町奉行所24時って、以前の奉行所を仕切っていた姫さんの奮闘記! 絶対女の子に人気出ると思うぜ!」 そして、と、ラビは神田の肩を抱く。 「ユウも!! 馬上の市中練り歩き、やるんだろ?! お前の顔見たら、ぜってぇみんな惚れこむからさ、独占インタビューよろしくな! なんたって、お前と言う町奉行が誕生した裏には、俺のすんばらしいアドバイスがあったためで・・・」 「うるせぇよ!」 力いっぱい殴られ、口上を遮られたラビが神田の襟を掴んだ。 「なんさ!本当のこったろ!!」 「本当だがムカツク!!」 「ちょっとぉ・・・。 あんた達、やるんなら外でやんなさいよ」 茶が零れる、とエミリアが文句を言ってやると、エキサイトした二人は本当に出て行く。 「・・・ありゃ、面白いことになったわ」 見物に行こう、と、跳ねるような足取りでついて行くと、外に出た二人は殴りあうどころか、仲良く並んでしゃがみこんでいた。 「なにしてんの?」 二人の頭上から覗き込むと、小さな柴犬がくるんと巻いた尻尾を愛想よく振っている。 「タマー 抱き上げて、まふまふの毛に頬ずりするラビを、神田が不思議そうに見た。 「・・・なんでこいつはオス犬なのにタマなんだ?」 「え?! この子がタマなの?!」 あの有名な、と、エミリアが声を失う。 が、ラビはこともなげに頷いた。 「ここの親父、変わりもんだから。 他と一緒はヤなんだってさ」 「・・・そりゃあ、オス犬が仔猫を産めば・・・・・・」 「事件だろうな・・・・・・」 呆れ口調で呟いたエミリアと神田が、松福堂から菓子折りを提げて出て来た親父を見遣る。 「あ、ラビ、見ててくれたのか。 ほれ、行くぞタマ。 お前の好きな蒸し羊羹買って来たぞ」 その声に、嬉しげに尻尾を振ってついていく犬を見送る三人は、なんとなく笑みを浮かべた。 「お前も、変わりもんの奉行って呼ばれんのかね?」 にんまりと笑うラビに神田がムッと笑みを収めると、エミリアがクスクスと笑い出す。 「そりゃ、とびっきりの変わり者でしょうよ!」 「来月が楽しみさね♪」 お手並み拝見、とこぶしを突き出した二人に、神田は再び笑みを浮かべ、軽くこぶしをぶつけた。 Fin. |
| 2011年ラビお誕生日SSです;;; 出来上がったのが8/15の正午とかね;;;←完徹;;;; ちなみにこれは、リクエストNo.64『ラビ&神田が活躍する話』を使わせてもらっています。 ラビの誕生日なのに、なんか神田さんの方が活躍してて実にすみません;; それ以上にエミリア嬢が活躍してて本当にすみません; これを書くために、『名奉行!大岡越前』とか『江戸を斬る』とか『鬼平犯科帳』とか見まくりました(笑) 特にユウさんお奉行に、のシーンは、里見先生版『江戸を斬る』の第1話ですよ(笑) ちなみに黒船が来る前に、遠山の金さんは60代で隠居して、黒船が来た3年後?くらいに亡くなってます。 なので、彼が子供の頃に攘夷派が暴れてるわけがありません(笑) ・・・だから、時代考証しないっつったじゃん(・ω・)>『していない』ではなく『しない』(笑)←確信犯 そして、こんなに麻酔って影響長引くものか?!と思われたでしょうが、私はクロロホルムよりも安全なはずの麻酔で9日寝込みました・・・。 おっさん達の苦しむ模様はそのまま、私が経験したことですよ(笑) |