† 瞳に映るもの †







 9月上旬といえばまだ夏のうち、と言えるかもしれないが、欧州北部に位置する国では既に、秋の気配が濃い。
 朝夕が冷え込む土地で、しかし、更に北方から引っ越したばかりの団員達は平然とそれぞれの仕事に従事していた。
 だが、
 「さっむい!
 寒くないの、あんたら!!」
 と、彼らとは逆に、南米支部から越してきたばかりのキャッシュは悲鳴をあげる。
 「このくらい、まだあったかい方だよ。
 旧本部は古くて、隙間風も酷かったしね・・・」
 とは言いつつ、ジョニーは冷たくなった水に手を赤くしていた。
 「イテテ・・・!
 ねぇロブ、これってお湯が出るようになんないかなぁ?
 実験器具洗う度にあか切れしそうになるんだけど・・・!」
 情けない声に振り返ったロブは、眉根を寄せて首を振る。
 「前にそれで、酷い目に遭ったんだ。もうこりごりだよ」
 深いため息と共に吐き出された声に、キャッシュが眉根を寄せた。
 「なんだよ、酷い目って」
 これ以上酷いことがあるのかと、震える彼女にロブは肩をすくめる。
 「前にやっぱり同じ理由でね、室長がお湯の出るように器具を取り付けたことがあったんだけど・・・ホラ、あの人ってすごい発明はするけど、微妙な加減ってのが出来ない人だろ。
 研究室どころか、本部の全蛇口から温度調整の利かない熱湯が出るようになってしまって。
 水だと思って使った奴らが大勢火傷しちゃって、婦長の特大雷が落ちたのさ」
 だからもう取り付けない、と言った彼に、キャッシュは盛大にむくれた。
 「だったら自分でやるよ!
 ボイラーを作って取り付けりゃいいんだろ?
 ちょっとの手間を惜しんで、凍え死にたくない!」
 言うや猛然と器械を組み立て始めたキャッシュに、ジョニーは唖然とする。
 「・・・最初に設計図描かないんだ。
 タップとは真逆だね」
 大らかな見た目と違って繊細な仕事をした彼女の兄と比べるジョニーを、キャッシュが肩越し、睨みつけた。
 「いつまでもあたしに兄貴を重ねんなっつってんだろ!」
 「ご・・・ごめん・・・」
 しょんぼりと眉尻を落としたジョニーにキャッシュは鼻を鳴らす。
 「班長はとっくにあたしを別物だって認めてくれてんのに、あんたときたらいつまでも・・・あれ?
 そういや今日、班長は?」
 今朝はまだ見てない、と呟きながら、メンバーの出勤表を見遣ったキャッシュは、意外そうに目を見開いた。
 「エクソシストに同行?
 班長が珍しいね」
 移動に方舟を使用するようになって以降、エクソシストの任務に科学班のメンバーが同行するようにはなったものの、彼のような役職付の者が行くことは珍しい。
 「なんだよ、またジジが捕まったの?」
 「またとはなんだ、小娘っ!!」
 不意に伸びて来た手に頬をつままれ、思いっきり引き伸ばされたキャッシュが悲鳴をあげた。
 「あれはクソガキが俺らに憑いたから起こったことで、俺がなんかやらかしたわけじゃねーんだよ!!」
 「ちょっ・・・わかってるから!
 わかってるから放してあげて、ジジ!!」
 「キャッシュの顔が変わってるよっ!!」
 誰に対しても容赦のないジジを、ロブとジョニーが必死に止める。
 「じゃ・・・じゃあなんで班長がわざわざ行ってんの?
 誰も行けなかったの?」
 少なくとも自分には声がかからなかった、と、訝しげなキャッシュにロブが、微妙な笑みを浮かべた。
 「今日の班長は、女王陛下と姫の従者だよ」
 「は・・・?」
 ナニソレ、と、更に不思議そうな顔をしたキャッシュに、ロブは苦笑して手を振る。
 「クラウド元帥のご指名だ。
 断れるわけがない」
 「ご指名・・・。
 なんで?」
 だったら余計に自分じゃないのか、と言う問いには誰もが笑うばかりで答えてはくれなかった。


 ロンドンと違い、まだ夏の気配の濃いパリは明るく、開放的な風が流れていた。
 特にフランスで・・・いや、世界で最も美しい通りだと、市民らが自負するシャンゼリゼ通りには、色とりどりの衣装を纏った老若男女が賑やかに行き交っている。
 その中で、黒衣を纏っていながら一際人目を集めるクラウドが、満足げに頷いた。
 「やはり、このように美しい通りを連れ歩くなら、若くて見栄えのいい男がいいな」
 長い金髪をなびかせ、肩越しに囁いた彼女に、リーバーが苦笑する。
 「お褒めいただいてどうも。
 神田級の美少年を用意できなくてすみませんね」
 通訳に来い、と、無理やり同行させられた時は何事かと思ったが、ロンドンの曇天と違って明るい日差しの下にいると、自然と冗談も出るようになった。
 いや、気分がほぐれたのはなにも、日差しのせいだけではない。
 リーバーは、傍らで俯くもう一人のエクソシストに笑みを向けた。
 と、
 「すみません・・・。
 私が、フランス語を理解できればよかったんですけど・・・」
 リーバーの視線に何を勘違いしたのか、ミランダがしおしおとうな垂れる。
 「隣国なのに・・・私、全然わからなくて・・・・・・」
 そう言う問題ではないのに、ミランダが申し訳なさそうに呟くと、クラウドがまるで、女王のような威厳をもって鼻を鳴らした。
 「科学班の誰かがついてくるのは既に決まっていたことだ。
 お前がいちいち気にすることじゃない」
 「はぁ・・・でも・・・・・・」
 「その通り。
 気にするな」
 ミランダの気遣わしげな上目遣いに笑みを返し、リーバーは彼女の背中を軽く叩く。
 「それよりも、はぐれないでくれよ。
 人が多いからな」
 「えぇ、はい・・・あ!」
 顔をあげると、既にクラウドの背中が遠く、ミランダは慌てて追いかけた。
 「げ・・・元帥、すみません・・・!」
 「いちいち謝るな!
 そのようにおどおどしていては、ノアに付け入られるぞ!」
 「す・・・すみません・・・・・・」
 真っ赤になってまた俯いたミランダに苦笑し、リーバーが手を取る。
 「ホラ、急がないとまた怒られるぞ」
 「は・・・はい・・・!」
 さっさと先に行ってしまうクラウドを追いかけ、ミランダも足を速める ―――― その光景を、遠い場所から監視する者達がいた。
 丸みを帯びた大きな身体は揃いのコートで覆われているが、その頭部は皮膚も頭髪もない、むき出しのしゃれこうべだ。
 黒い眼窩はぽっかりと空いて、そこにはない眼球で薄明るいホログラムをじっと見つめていた。
 「・・・以前、のがした奴だな」
 「あぁ、間違いない」
 舌のない口から漏れる声は、口腔内でカラカラと響きあい、妙にくぐもって聞こえる。
 「ようやく出てきおった・・・」
 「待ちかねたぞ・・・」
 「教団に置いておくには惜しい人材・・・」
 「ぜひ、守化縷に加えたい」
 エクソシストの女二人に挟まれ、颯爽と通りを行く男にしゃれこうべ達の視線が集まった。
 「きっと・・・ノア様もお喜びになる」
 「千年公の覚えもめでたく・・・」
 「わしらの仕事もはかどると言うもの」
 カタカタと、奥歯を打ち鳴らす音が笑声だと気づく者は少ない。
 「いかにして捕らえるか・・・」
 「力ずくでよかろう・・・」
 「しかし、エクソシストが二人もいる・・・」
 「あぁ。しかも一人は元帥じゃ・・・・・・」
 しばし、無言になった場にカタリと、首を傾げる音が響いた。
 「人間が・・・人間でいることを馬鹿らしいと思う・・・あの罠を使うか」
 カタカタとまた、奥歯が打ち鳴らされる。
 「よい・・・」
 「よいな・・・」
 「よいとも・・・」
 カタカタ、カタカタ・・・と、奥歯を打ち鳴らす音は、闇の中で幾重にも響いた。


 賑やかな街の空気を楽しむような足取りで、颯爽と先に行くクラウドの背を追っているうちに、ミランダはいつしか古い教会の前に立っていた。
 朝のミサは終わったらしく、扉は開かれたまま、礼拝堂の奥にあるキリスト像がよく見える。
 「・・・開放的過ぎるな」
 足を止めたクラウドの肩で、白い小猿が答えるように不満げに鳴いた。
 「そうですね、人通りも多いし・・・ここで戦闘にでもなったら厄介です」
 教会は広い公園に面して、通りは夏の陽射しを楽しむ散策の人々で溢れている。
 「ふむ・・・。
 中央庁が手を回して、付近の目を遠ざける手はずになっていたのだがな」
 間に合わなかったのか、と、彼女は未だ絡み付いてくる視線を振り払うように首を振った。
 「ファインダーはまだ戻らないのか?
 早く作業に入れと命じろ」
 「はい」
 苛立たしげなクラウドに頷き、リーバーは早速ファインダーと連絡を取る。
 その素直な態度に肩透かしを食らって、クラウドはわざとらしくため息をついた。
 「それにしても、人はいつか必ず死ぬと言うのに、なぜ妻を亡くした夫はアクマに付け入られ易いのか。
 この逆の展開は、非常に少ないんだがな。
 知っているか、リーバー?
 夫に先立たれた妻の寿命は、目に見えて伸びるらしいぞ」
 意地悪く笑う彼女へ、通信を終えたリーバーは深々とため息をつく。
 「・・・あのですね、元帥。
 まだ夢も希望も持ってる若者いじめるの、やめてくれませんか」
 「いや、だがそれは真実だぞ。
 俺の女房なんか、家を飛び出してったきり俺には何の連絡もよこさないが、娘が言うには南欧でのびのび暮らしているそうだ」
 肩を落とすリーバーに、追い討ちのように声がかかった。
 「死体安置所じゃあ、旦那が死んで清々したって笑う女だっているんだから、まだマシな方だとは思うが・・・」
 「ガルマー警部!
 お呼び立てしてすみませんね!」
 余計なことを言う口を塞ぐようにリーバーが声を張り上げると、既知の警部はムッと眉根を寄せる。
 「悪いと思うなら、一々呼び出して欲しくないもんだな。
 警察は警察でも、俺は窃盗犯を追う係で、殺人事件は別に担当がいるんだ」
 「だが、事情を知らない者に最初から説明するのは時間がかかる。
 事件解決は迅速に・・・そう思わないか、警部?」
 堂々とした物言いをする女に、ガルマーはつかつかと歩み寄った。
 「これは美しいマドモアゼル。
 あなたに呼ばれたのであれば、私に断る理由などありません。
 てっきりこの無礼な男の都合につき合わされたのかと勘違いしまして、不愉快な思いをさせてしまったのでしたら心よりお詫びしましょう」
 差し出された手を両手で恭しく握り、身を寄せつつ手の甲にキスした彼の、滑らかな一連の動作にリーバーは唖然とする。
 「あ・・・あの、俺とは態度が全然・・・・・・」
 「あ?あんたと違うのは当たり前だろう。
 美女へ礼儀を尽くすのは最早、条件反射だ。
 ―――― マドモアゼル、私はガルマー。パリ市警の警部です。どうぞあなたのお名もお聞かせください」
 顔を向ける方向が変わっただけで、別人のように人格も変わるガルマーに、クラウドが笑い出した。
 「よろしく、警部。
 私はクラウド・ナイン。黒の教団のエクソシストで、元帥だ。
 こちらはミランダ・ロットー。
 彼女もエクソシストだ」
 紹介されて、状況を唖然と見つめていたミランダが、慌てて手を差し出す。
 「よっ・・・よろしくお願いします!!」
 「よろしく、可愛らしいマドモアゼル・・・!
 お噂は、いつも娘から聞いていますよ。
 とてもお優し・・・くぁっ?!」
 ミランダの手を握り、身を寄せようとした途端、背後から襟首を引かれたガルマーが奇妙な声をあげた。
 「なっ・・・なにをするんだ!
 暴行の現行犯で逮捕するぞ!!」
 「だったらアンタは風紀紊乱の現行犯だろが!
 一々近いんだよ!!」
 思わず大声をあげたリーバーに、道行く人々の視線が集まる。
 途端、慌てだした彼に、ガルマーはにんまりと笑った。
 「このくらいのことで嫉妬するのはみっともないぞ、若者よ。
 異性が寄って来るのは魅力的な証拠なのだから、少々の浮気は笑って許すのが度量・・・」
 「余計なこと喋ってないでとっとと仕事しましょうか、警部!!!!」
 胸倉を掴んで迫るリーバーに、ガルマーは渋々頷く。
 「ではマドモアゼル方、私が神父様と話をつけてまいりますので、どうぞお先に!」
 気障ったらしく教会の裏手へと手を差し伸べるガルマーに、クラウドがクスクスと笑い出した。
 「よろしく頼む、警部」
 「お任せをv
 リーバーを振り払うや、気取って一礼した彼は、一行と別れて教会の中へ入っていく。
 軽く手を振ってガルマーを見送ったクラウドは、軽やかに踵を返した。
 「ふふ・・・楽しい男だな」
 「本当に・・・。
 エミリアさんのお父様って、厳しい方だと聞いていましたけど・・・」
 ミランダもクスクスと笑って、クラウドの後に従う。
 「調子がいいだけでしょ!
 ったく、いい年してちったぁ落ち着けってんだ、子持ちが!」
 ブツブツと文句を垂れるリーバーに、顔を見合わせた女達がクスリと笑った。
 「なにか?!」
 「別に。
 若くて見栄えがいいのも好きだが、あんな気取った男も悪くはないな、と思っただけだ」
 そう言ってクラウドは、意地悪く笑う。
 「若さは取り柄ではない、とはよく言ったものだ。
 精進しろよ」
 その言葉に声を失ったリーバーを見て、ミランダが吹き出した。
 「っだからなんでだよ!」
 ショックを隠せない風の彼に、ミランダは笑いが止まらない。
 「き・・・期待しています・・・!」
 「俺もあんなおっさんになれってか!」
 「誰がおっさんだ、若造!」
 背後から鋭いチョップを喰らって、リーバーは涙目で振り返った。
 「おい、神父様に話はつけたぞ。
 人員はお前らで用意してるんだろ?さっさと呼べ」
 暇じゃないんだ、と、強面を寄せてくるガルマーに、リーバーは舌打ちする。
 「それがまだ到着してな・・・」
 言いかけた時、バタバタと騒々しい足音を立てて、幾人ものファインダー達が駆け寄ってきた。
 「すっ・・・すみません、元帥!
 通行止めの申請が、予想外に時間を食いまして・・・!」
 「ここの警察、のんびりにも程がありますよっ!!」
 じっとりと恨みがましい目で睨まれて、ガルマーはやや居心地悪げに目を泳がせる。
 「ではもう、この付近から人は遠ざけたのか?」
 「はい、道路工事の名目で、付近にフェンスを設置しています。
 結界装置も取り付けていますので、完了すればアクマは出ることも入ることもできません」
 「わかった。
 では調査を開始・・・神父殿には、避難を推奨するが?」
 クラウドが声をかけると、初老の神父は頑迷に首を振った。
 「墓を暴くと聞いて、立ち会わないわけがないでしょう!
 私は常々、黒の教団のやり方にはだな・・・!」
 「あぁ、わかったわかった。
 では、立会いを許可するが、邪魔するなよ」
 神父の怒声をうるさげに遮ったクラウドが顎をしゃくり、ファインダー達が目当ての墓に駆け寄る。
 墓石をどけ、土にショベルを入れる彼らを見て、神父が忌々しげにガルマーを睨んだ。
 「警部、本当に盗品が埋まっているんでしょうな?!
 私は、泥棒が墓を暴いて死体を遺棄した挙句、盗品を隠したと言うあなたの言葉を信じてここを掘り返す許可を与えたのですよ!
 もし何も出なかったら、死者を冒涜した罪であなたを訴えることにしますが、よろしいか?!」
 その言葉にうろたえたガルマーの肩を、クラウドが軽く叩く。
 「その点は安心してくれ、警部。
 あなたは我々の要請に従って協力してくれたのだ。
 あなたの努力はヴァチカンが、法王の名の下に祝福することだろう」
 「くっ・・・!!」
 悔しげな神父が、口の中でまた教団への悪態をつくが、クラウドが聞こえない振りで作業を見守った。
 と、
 「・・・マドモアゼル、保証はありがたいが、このまま彼がここにいれば、墓の中を見られることになりますぞ」
 ひそひそと囁いたガルマーに、クラウドはにんまりと笑って頷く。
 「それはそれで、反応を見てみたい気がするな」
 「いや・・・しかし、一般人を危険にさらすわけにはですな・・・!」
 個人的にはいけ好かない人間でも、一般人を守るのは警察の役目だと言外に言う彼に、クラウドは再び笑って頷いた。
 「そこまで言うのなら対処しよう。
 ミランダ」
 「はい!!」
 呼ばれて進み出たミランダが、緊張気味に返事をする。
 「非戦闘員を保護しろ」
 「はっ・・はい!!
 あ・・・あの、神父様と警部・・・リーバーさんも、私の近くに来てくれますか・・・?」
 肩に掛けていたタイム・レコードを下ろし、構えたミランダにまずリーバーが歩み寄り、次にガルマーが訝しげに、最後に神父が疑わしげに寄った。
 「あの・・・私の傍にいる限り、皆さんに危害が及ぶことはありませんので、できるだけ離れないでください。
 離れたら・・・その・・・」
 「命の保証はしませんから、そのつもりで」
 言いよどんだミランダの代わりに、リーバーがきっぱりと言ってやると、神父が目を剥く。
 「けっ・・・警部!!
 あんた盗品の確認だと言ったはずだが・・・!!」
 甲高い怒声を受けて、ガルマーはぴちぴちと目を泳がせた。
 「あー・・・盗んだ犯人が近くにいる可能性がありましてな、我々が掘り返すのを見て、襲ってこないとも限らないので念のためって事ですよ。
 そうだろう、リーバー班長?」
 「えぇ、その通り。
 相手は凶悪犯ですから」
 あからさまに口裏を合わせている風の二人に、神父はますます疑いを強くする。
 「それで?!
 その犯罪者達が襲って来たとして、このか弱げなマドモアゼルを盾にしろと?!
 あんたら鬼か!!」
 至極当然の非難を受けて、一斉に目を逸らした男達に代わり、ミランダが進み出た。
 「はい、盾になりますので、どうか私の後ろにいてください」
 「はぁっ?!
 あのな、マドモアゼル!
 そんなことが・・・!」
 「開けるぞ!発動しろ!!」
 「はいっ」
 掘り起こした棺の、蓋に手をかけたファインダー達を見下ろすクラウドが命じ、自身もラウを巨大化させる。
 「なっ・・・なんだあのバケモノはッ!!」
 失礼なことを言う神父を、ラウがムッと睨んだ。
 「こらっ!
 ラウ、よそ見するんじゃ・・・」
 不意に言葉を切ったクラウドが飛び退る。
 代わりに前へ出たラウが、棺から飛び出してきたものへ腕を振り下ろした。
 「ひいいいいいいいいいいいい!!!!」
 背後で沸き起こった悲鳴に、驚いたミランダが飛び上がる。
 「・・・ちょっとおっさん達!
 大声あげて、うちの繊細な姫を脅かさないでくれますか!」
 リーバーがよろめきそうなミランダの背を支え、背後を睨みつけた。
 「だっ・・・だって君、今の見たろう?!」
 「干からびた死体が起き上がれば、誰だって悲鳴くらいあげるだろうが!!」
 硬く抱き合って、引き攣った声をあげる中年男達に、リーバーは舌打ちする。
 「このくらいでビビってちゃ、この先・・・」
 「ひいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!」
 更に湧き上がった悲鳴に驚いて、彼らが指す方を見れば、ミランダの発動した時の壁に弾かれて、干からびた死体が地面に落ちたところだった。
 落ち窪んだ目は閉じられていたが、眠りを脅かすものを怨むかのように首があらぬ方へ向いている。
 つい、その見つめる方向を見遣ると、
 「ぅわ・・・」
 退避したファインダー達が掲げる結界装置の光に囲まれて、巨大な白猿が墓穴から次々と湧き出し、飛び掛ってくるものを迎撃していた。
 人の頭ほどもある大きさのそれは黒く、粘液に包まれた姿はナメクジに似て、生理的な嫌悪感をもたらす。
 「あー・・・嫌だ嫌だ。可愛くない」
 ラウの背後で眉根をひそめたクラウドが、ブツブツとぼやいた。
 「一体、どれだけいるのだ、この気色の悪い生き物は。
 まるでパンドラの箱だな」
 開けた途端に災厄が飛び出したという、神話の箱のような棺を、クラウドは忌々しげに見下ろす。
 「最後に希望は残っているんだろうな」
 ラウが討ち漏らしたそれを鞭で叩き伏せると、鋭い牙を剥いて暴れた。
 「・・・そんな上等なものは持っていそうにないな」
 ラウがその大きな足で、容赦なく踏み潰した残骸を見下ろし、冷たく呟く。
 と、また背後が騒ぎ出した。
 「うるさい中年どもだ。
 少しは静かに見てられんのか」
 肩越しに見遣ると、最初に棺から弾き飛ばされた死体にラウの手から逃れたナメクジが這い寄り、ぽかんと開かれた口から次々と体内に入っていく。
 そのおぞましい光景とは逆に、干からびた死体は段々と瑞々しさを増し、乾いて皺の寄った肌に張りが出て、やがて、白濁の取れた目をカッと開いた。
 「いやあああああああああああああああああああああああああ!!!!」
 乙女のような悲鳴をあげる中年男達の目の前で、再び動き出した死体は、長い髪を振り乱してクラウドに襲い掛かる。
 「・・・なるほどな、これが『生き返る死体』の正体か」
 鞭で叩き伏せ、踏みつけた死体を冷たく見下ろして、クラウドが呟いた。
 「いっ・・・いっ・・・生き返るだって?!
 そんな神の摂理に反したことが、この教会で起こるわけが・・・!!」
 「実際に目の前で起きてんでしょーが。
 認めてくださいよ」
 引き攣って甲高くなった声で抗議する神父を、リーバーがうるさげに睨む。
 と、
 「確かに・・・認めざるを・・・得ない・・・な・・・・・・!」
 神父にしがみついていたガルマーが、ガタガタと震えながら目をさまよわせた。
 地震でもないのに、地面に並ぶ墓石ががたがたと揺れ、地面が火にかけたシチューのようにぐつぐつと盛り上がる。
 泡が弾ける様に土くれが飛び散り、枯れ枝のような手が墓穴を広げ、干からびた頭部が異形の芽のように出てきた。
 「きゃあああああああああああああああああああああああああ!!!!」
 絹を裂くような中年男達の悲鳴を聞いてか、まぶたの落ち窪んだ顔が、一斉に向けられる。
 「ひっ・・・!」
 さすがに怯え、歩を引こうとするミランダの背を支えたリーバーは、銃を取り出してガルマーを振り返る。
 「警部、あんたも持ってるでしょ。
 倒すことは出来なくても、一時的に追い払うことは出来ますから用意を」
 「あ・・・あぁ・・・!」
 しがみつく神父を引き剥がして、ガルマーも銃を構えた。
 クラウドの足元で、未だびくびくと身体を痙攣させる死体へ銃口を向けた瞬間、墓穴を広げて這い出た死体が飛び掛ってくる。
 「ぅわああああああああああああああああ!!!!」
 絶叫した神父が再びガルマーにしがみつき、体勢を崩してしまった彼の銃弾がミランダの足元で弾けた。
 「きゃあ!!」
 驚いて飛び上がったミランダの手からタイム・レコードが落ち、発動が解除される。
 「すみませ・・・きゃあああ!!!!」
 タイム・レコードへ伸ばしたミランダの腕を、地面から飛び出した手が掴んだ。
 「ミランダ!!」
 抱き寄せた彼女と立ち位置を替え、リーバーは地面から出てきた死体に銃弾を喰らわせる。
 「大丈夫か?!」
 「は・・・はい!
 でも・・・タイム・レコードが!!」
 ミランダの悲鳴じみた声に見遣れば、地面から生えた幾本もの手が、タイム・レコードを遠くへ運ぼうとしていた。
 「元帥!!
 時間稼ぎをお願いできますか!」
 「ああ!」
 頷いた彼女がラウの背にミランダを乗せると、リーバーは一瞬、背後を振り返る。
 「援護、頼みます!」
 「了解した!行け!!」
 神父を蹴飛ばして自由になったガルマーが、リーバーに迫ろうとする死体に銃弾を撃ち込んだ。
 痛覚はなくとも、関節を撃ち抜かれ、骨を砕かれては動くことが出来ない。
 タイム・レコードを取り落とした手から奪い取ったリーバーは振り向き様、ラウに向けて放った。
 「キッ!」
 「ナイスキャッチ!」
 上手に受け止めた大猿に親指を立てた彼の背に、冷たい手がかかる。
 「リーバーさん!!」
 ものすごい力で引き倒されたリーバーに、死体の口から覗くナメクジの鋭い牙が喰らい付こうとした。
 「ちっ!!」
 黒い口腔へ向けて銃弾を撃ち込むと、仰け反って離れた死体が、不気味な笑みを浮かべる。
 「なん・・・っ?!」
 突然踵を返し、駆け出したそれは結界装置を持つファインダーへと襲い掛かった。
 「うわあああああああああああ!!!!」
 結界装置に両手を塞がれ、防戦もままならない彼らは簡単に弾き飛ばされ、結界が解ける。
 だが、襲った方もただでは済まず、動かなくなった四肢をあらぬ方へ曲げ、びくびくと痙攣していた。
 「なんで・・・しまった!結界か!!」
 彼らを囲むように結界を張っていたファインダー達が次々に襲われ、相討ちにとなって地面に倒れる。
 その隙に、新たに地中から這い出した死体が、墓地の外へ逃げ出そうとしていた。
 「ファインダー!
 結界を戻せ!」
 クラウドの命令に、なんとか起き上がったファインダー達が再び結界装置を発動させるが、既に彼らの背後へ逃げたものもいる。
 「追いかけます!!」
 動きだけでも封じなければと、リーバーが先頭をきって駆け出した。
 と、道路工事の名目でこの教会の周りに張り巡らせたフェンスに、死体が次々と体当たりしては、結界装置ごと壊そうとしている。
 「させるか!!」
 結界に焼かれながらも装置を破壊する死体の両肩に銃弾を撃ち込み、マガジンを入替えて別の死体の両膝を撃ち抜いた。
 が、いくら射撃に優れていても、未だ援護のない状態では全ての破壊を防ぐことは出来ず、細く開けられたフェンスの隙間から一体が飛び出す。
 「そっちは・・!」
 少女の死体に取り憑いたそれは、細い足で懸命に走り、公園へと向かった。
 楽しげに散策する家族連れの、子供へと駆け寄るそれに向けて、リーバーが引き金を引く。
 「きゃあ!!」
 意外なことに、悲鳴をあげたそれは背中から鮮血を流し、恐怖に目を見開いて倒れた。
 途端、傍にいた家族連れから、続いて付近にいた人々から悲鳴が沸き、ヒステリックな声に呼ばれて駆けつけた警官達がリーバーを拘束する。
 「待て!!俺は・・・!」
 「黙れ殺人犯が!!」
 「こんな街中でよくも凶行を!!」
 屈強な警官達に両脇を固められ、人々の嫌悪と恐怖の目に囲まれた彼に、ガルマーが駆け寄った。
 「待ってくれ!
 彼は殺人犯じゃない!
 それは私が証言する!」
 大声で言うが、訝しげな警官達の周りで、凶行を目の当たりにした人々が口々に非難の声をあげる。
 「わ・・・私は見たのよ!この男が、この女の子を背後から撃って・・・!」
 「このような少女を、むごたらしい・・・!」
 「なんて残酷なの!」
 「この、殺人者!!」
 それまでの恐怖を怒りに変えて、激しく喚き立てる人々に、さすがのガルマーも気圧された。
 「・・・警部、ここは連行されますから、後ほど手配してもらえますか」
 熱くなった場の中心で、リーバー一人が冷静に囁く。
 「・・・わかった。
 では、彼を馬車へ!警察へは私が付き添う!」
 警官達へ命じたガルマーは、共に駆け出てきたファインダーに頷き、クラウドへの報告を命じた。
 「・・・俺に任せておけ」
 「よろしく」
 苦笑したリーバーを、人々が激しく睨みつける。
 エクソシスト達からは、このような状況は珍しくないとは聞いていたが、体験するのは初めてだった。
 「まったく・・・激務だよ」
 彼らを助けるためにやったことであるのに、非難されるとは報われないにもほどがある。
 ぼやいたリーバーは、初めての汚名に居心地の悪さを感じながら、警察用馬車に乗せられた。


 「黒の教団?あぁ、あの・・・・・・」
 と、苦虫を噛み潰したような顔をして、尋問役の刑事がリーバーを睨みつけた。
 「不可解な死人が出る度に、ヴァチカンの権威を利用して揉み消す怪しい集団だな」
 ガルマーと違い、殺人犯を追う係に属する彼は、教団の名を忌々しいものとして記憶しているらしい。
 「ふぅん・・・で?あんたもあの、エクソシストって奴か?」
 再び放った『あの』と言う単語に、彼は忌々しさの他、怒りや苛立ち、悔しさや嫌悪までも滲ませた。
 うまいな、と感心しつつ、リーバーはその問いに首を振る。
 「俺はリーバー・ウェンハム。
 教団に属する科学者です」
 差し出したIDカードを手にした刑事は、むっつりと口を曲げ、眉根を寄せた。
 「若いのに班長とはね。
 教団はそんなに人手不足なのか?」
 言われ慣れた嫌味は、笑って聞き流す。
 と、その態度が気に入らなかったのか、舌打ちした彼はIDカードを放って返した。
 「今日はサイアクの誕生日だな、班長殿?
 つかあんた、おとめ座って顔か!」
 「・・・あげつらう隙がなかったからって、人の星座にまでケチつけないでくれますか」
 それよりも、と、リーバーは肩をすくめる。
 「早く事情聴取を済ませましょう。
 俺は論理的に説明を・・・」
 「いいからとっとと釈放せんか!!」
 言いかけた所で、ドアを蹴り開けたガルマーに邪魔をされた。
 「おい、説明なら俺がしただろうが!
 教団からも正式に通達が来たそうだし、すぐに釈放しろよ!」
 「窃盗犯係の奴に四の五の言われたくない!!」
 ヒステリックな声で怒鳴られたガルマーは、ムッとして同僚を睨みつける。
 「それはもっともだが、無実の人間を処刑するわけにはいかんだろがっ!」
 「正体が人間じゃないとは言え、こいつは衆人環視の中で少女を撃ち殺したんだぞ!
 なのに数時間もせずホイホイ出て行かれたら、警察の面目丸つぶれじゃないか!」
 「そ・・・それは・・・そうだが・・・・・・」
 常識から考えて、無茶を言っているのはガルマーの方だ。
 強気になれずにいる彼に、刑事は鼻を鳴らす。
 「・・・とりあえず、留置する」
 「えぇっ?!」
 なぜ、と、目を剥くリーバーを、刑事は忌々しげに睨んだ。
 「夜になったら・・・こっそり出してやる。
 誰にも見つからなければ、警察の面目も保てるからな」
 よくよく耳をすまさなければ聞こえないほど小さな声で、ボソボソと言った彼に、ガルマーも難しい顔で頷く。
 「まぁ・・・こんなことの処理はお前の方が慣れてるんだろうから・・・任せよう・・・・・・」
 いいだろう、と、目線で尋ねられて、リーバーも渋々頷いた。


 「さぁて・・・」
 「さぁてうまく行った・・・!」
 遠い場所から警察署内の光景を眺めていた骸骨達が、厚い手袋に覆われた手をぽとぽとと叩く。
 「獲物は籠に・・・」
 「厄介なエクソシストも離れた・・・」
 空の口腔内でくぐもった声が、愉快げに暗い室内に響いた。
 「さぁて・・・!」
 「さぁて狩ろうぞ・・・!」
 カタカタ、カタカタと奥歯を鳴らして、守化縷達は笑う。
 眼球のない、暗い眼窩に熱い光を灯して、彼らはもうじき仲間になるべき人間をひたすらに見つめた。


 その頃、同じ警察署の一室で、
 「夜・・・にならないと、出していただけないんですか・・・・・・」
 切れた唇に指を当て、喋りにくそうなミランダにガルマーは、渋い顔で頷いた。
 「状況が状況なんで、強く言えなくてな・・・」
 「だろうな。
 揉み消す前に拘束されたのはまずかった」
 窓の下に集まる警察用馬車を見下ろし、クラウドもため息をつく。
 「すまなかったな、ミランダ。
 あのナメクジどもの大元を、とっとと壊せればよかったんだが」
 「いえ!
 わ・・・私こそ、いつも戦闘の役に立たなくて、すみません・・・・・・」
 俯いてしまったミランダに歩み寄ったクラウドは、彼女の顎に指を掛け、上向かせた。
 「いや、犠牲者が出なかったのはお前のおかげだ。
 お前がいると、背後を気にせずに戦える」
 にこりと笑ってクラウドは、ミランダの傷に膏薬を貼ってやる。
 そんな彼女はまったくの無傷で、付き従うファインダーを振り返った。
 「神父の様子は?」
 「は・・・はぁ・・・。
 アクマの巣食っていた教会にいるのは嫌だと、何度もうわごとで言うので病院に運びましたが、まだ・・・意識は戻らないそうです」
 神父はナメクジを操っていたアクマを見た途端、泡を吹いて倒れたが、その醜態を笑う者は誰一人としていない。
 「・・・あれは・・・気色悪かったからなぁ・・・・・・」
 思い出しただけで食欲がなくなる、と、ぼやくクラウドにミランダも蒼い顔で頷いた。
 「死体の方が・・・全然マシだと思ったのは今日が初めてです・・・」
 彼女の言葉には、ファインダーやガルマーまでもが頷く。
 ナメクジの大元にふさわしい姿をしていたアクマは、地中深くに隠れて中々出てこなかったが、ラウによって引きずり出された瞬間、クラウドでさえも悲鳴をあげたほどだった。
 「私は、今日ほどラウがイノセンスだったことに感謝したことはない・・・!
 あんなぬめぬめどろどろしたものと向かい合うなんてできるもんか・・・!」
 ふかふかの白い毛皮にクラウドが頬ずりすると、今は小さなラウが嬉しげに目を細める。
 「今日の夢に出てきそうだな・・・」
 げっそりとしたガルマーにはファインダー達も頷き、重いため息をついた。
 「・・・あんなのと戦っているのか、あのクソガキは」
 ふと呟いた彼に、クラウドはちらりと笑う。
 「一人前になるにはまだまだだがな。
 子供にしては根性があるぞ」
 「そうか・・・。
 その・・・扱いづらいクソガキだろうが、見捨てないでやってください」
 「もちろん」
 照れくさそうに言うガルマーに、クラウドは笑みを深めた。
 「・・・反抗的な動物を、叩きのめして従順にさせることは得意だ」
 「イヤそう言うことじゃなくてな!!」
 邪悪な雰囲気を纏う彼女にガルマーが慌てると、周りから笑声が沸く。
 が、一人難しい顔をしたままのミランダは、何度も開け放たれたままのドアを見ては、重くため息をついた。
 「そんなに気になるなら、面会して来ればいいだろう」
 いい加減、呆れた風のクラウドに言われて、ミランダが顔をあげる。
 「い・・・いいんですか?!」
 「いいんじゃないか?
 警部、留置中の面会は禁止されているのか?」
 クラウドに問われて、ガルマーは肩をすくめた。
 「あっちは私の権限が及ぶ所じゃないんだが、まぁ、あいつも事情は理解しているようだから、申請すれば通してくれるんじゃないか?」
 「じゃ・・・じゃあ私、お願いしてきます!!」
 甲高い声をあげて部屋を飛び出したミランダを、皆が唖然と見送る。
 「意外と・・・積極的なんだな・・・」
 ガルマーがそんな呟きを漏らしたとも知らず、ミランダは迷いながらもなんとか殺人犯係に辿り着き、面会を求めた。
 「まぁ・・・取調べも終わったし、会ってもかまわんが・・・」
 「ぜひ!!」
 詰め寄ったミランダの必死の形相に、殺人犯を追い詰める刑事達が歩を引く。
 「だ・・・だが、彼は現行犯逮捕なんだから、人目があるうちはあまり自由にはできないぞ」
 「え・・・えぇ!
 少しでもいいんです、無事であることが確認できれば!」
 両手を組み合わせ、懇願するミランダの前で同僚達と気まずげな顔を見合わせた彼は、渋々頷いて彼女を留置場の面会室へ案内した。
 「決まりだから、私が立ち会うことになるが、いいかな?」
 「え・・・えぇ、もちろん・・・・・・・・・リーバーさん!」
 透明なガラスで仕切られた隣室に、やはり警官に伴われたリーバーが現れて、ミランダが声をあげる。
 「お怪我はありませんか?!
 その・・・いじめられたりしていませんか?!」
 「いじめって・・・」
 駆け寄ったミランダに苦笑して、リーバーは頷いた。
 「俺は大丈夫。
 余計な手間をかけて悪かったな」
 「いえ・・・!
 私は・・・その・・・心配することしか出来なくて・・・・・・」
 悲しげに俯くミランダへ伸ばした手は、冷たいガラスに弾かれる。
 「とっくに話はついているそうだから、ちょっと待っててくれな」
 「はい・・・!」
 リーバーがガラスに当てた手に自分の手を重ね、ミランダは頷いた。
 「早く・・・帰りましょうね。
 本部ではジェリーさんがケーキを焼いて待ってくれてますから、必ず今日中に帰らないと」
 「あぁ、わかってる」
 にこりと、笑って頷いたリーバーの腕が、背後から掴まれる。
 「・・・あ、まずかったですか?」
 付き添いの警官を気まずげに振り返ったリーバーの目の前で、彼の顔が激しく震えた。
 「これは・・・!」
 それはリーバーでさえも、何度か見たことのある光景。
 「リーバーさん!!逃げて!!」
 悲鳴をあげたミランダが、唖然とする刑事を押しのけ、椅子を振り上げた。
 ぎゅっと目を閉じたまま、椅子を思いっきりガラスに叩きつけるが、彼女の力では厚いそれにヒビを入れることしか出来ない。
 「ミランダ!離れろ!」
 警官の手を振り解いたリーバーが、ガラスの向こう側からヒビの中心へ蹴りを入れ、なんとか彼が通れるほどの穴を開けた。
 「なっ・・・なにをやって・・・!」
 潜り抜けて来たリーバーは、動揺する刑事に背後を示す。
 「アクマだ!
 あの警官はもう・・・」
 言う間に、人の皮を裂いて口を銃口に変えたアクマが、彼らへ向かって銃弾を浴びせた。
 「きゃあああああああああ!!!!」
 悲鳴をあげつつミランダが掲げたイノセンスが間一髪、時の壁を作る。
 「ぶぶ・・・無事ですか、お二人ともっ・・・?!
 お怪我は・・・!」
 かすっただけでもアクマの毒に侵される銃弾を防げただろうかと、ミランダは震えながら背後を見遣った。
 と、リーバーがほっとした顔で頷く。
 「俺も、この刑事さんも無事だ。
 ありがとう」
 軽く背中を叩かれて、ミランダが安堵の吐息をついた。
 しかし目の前にはまだ、アクマと化した警官が立ち塞がり、ミランダの作る壁に間断なく銃弾を叩きつけてくる。
 「リ・・・リーバーさん、無線機は・・・?!」
 「取り上げられた。
 お前のを使うぜ」
 そう言ってリーバーは、背後からミランダの髪をかきあげ、彼女の耳に口を寄せる。
 「元帥、アクマが出現しました。
 至急、留置場の面会室までおいで願えますか」
 両手を塞がれたミランダに代わって連絡を取ると、すぐに了承の声が返った。
 「よし、もう少しがんばってくれ、ミランダ!」
 「は・・・はい!」
 頷いた時、
 「いや、もうがんばらないでくれるか、マドモアゼル」
 背後に庇っていた刑事が、ミランダの頭に銃口を突きつける。
 「何するんだ、あんた!!」
 リーバーが手を伸ばすや、彼はミランダに突きつけた銃の撃鉄を起こした。
 「黙っていろ。このマドモアゼルの頭を、ザクロの様にしたくなければな」
 低く呟いた彼の額に浮かんだペンタクルに、リーバーは息を呑む。
 「あんたも・・・!」
 声を引き攣らせたリーバーとは逆に、彼は愉快げに笑った。
 「守化縷は千年公の優秀な頭脳だ。
 お前一人捕らえるなど、造作もないことよ」
 言うや銃把でミランダを殴りつけ、昏倒させる。
 「ミランダ!!」
 思わず屈みこんだリーバーの額に銃口を当て、彼はにやりと笑った。
 「さぁ・・・共にきてもらおうか、リーバー・ウェンハム。
 守化縷は、お前の頭脳を望んでいる」
 ミランダの昏倒と共に時の壁が消え、攻撃をやめたアクマがリーバーを羽交い絞めにする。
 「千年公の期待に添えるよう、励むのだぞ」
 にぃ・・・と、凄絶な笑みを浮かべたアクマは、自身の胸に銃口を当てるや引き金を引き、まるで人間のような苦悶の表情を浮かべてミランダの隣に倒れた。


 「ミランダ!!
 ミランダ、なにがあった?!」
 破壊された室内に倒れたミランダに駆け寄り、抱き起こすが、彼女はクラウドの声に応えられなかった。
 代わりに、胸を血に染めた刑事が、病院へ運ぼうとする警官達に弱々しく首を振る。
 「俺はもう無理だ・・・!
 あいつを・・・!
 俺を撃って逃げたリーバー・ウェンハムを追ってくれ・・・!」
 言うや彼が血泡を吐いて動かなくなると、警官達は悔しげな顔で黙祷を捧げた。
 「元帥!
 これは一体、どういうことだ?!」
 声を潜めたガルマーに囁かれ、クラウドは厳しい顔で首を振る。
 「とにかくミランダの治療を・・・!
 彼女が目を覚ませば、事情が・・・」
 言う間にも、仲間の死にいきり立った警官達が、怒りの声をあげて部屋を出て行った。
 「・・・あいつはどこに行っちまったんだ」
 クラウドからミランダを受け取り、抱き上げたガルマーが、困惑げに呟く。
 「元帥にはなにか、心当たりはないのか?」
 医務室へと早足で向かいながら問うと、クラウドはきつく眉根を寄せた。
 「・・・アクマの襲撃だと、連絡があったのだ。
 おそらく連れ去られたのだと思うが・・・」
 「なんのために?
 私には、このマドモアゼルを放って、あんな普通の男をさらう理由がわからないんだがね」
 訝しげなガルマーに、しかし、クラウドはすぐさま首を振る。
 「いや、普通ではない。
 あいつはイノセンスこそ扱えないが、優秀な科学者で、以前も・・・」
 はっとして、クラウドは言葉を切った。
 「まさか・・・あいつらが・・・・・・!」
 旧教団本部がノアに襲われた際、方舟を通ってやって来た守化縷とか言う者達が、幾人もの科学者をさらって行ったことがある。
 「もしかすると、リーバーも・・・」
 優秀な頭脳を求める彼らによって、リーバーの部下達がさらわれたのだ。
 より優秀な者を守化縷が求めたとしても、不思議ではない。
 しかし、
 「だったらなぜ、彼は死の間際にあんなことを・・・?」
 同僚の死に様を思い出し、ガルマーは眉根を寄せた。
 途端、
 「警部!
 ミランダを任せる!!」
 クラウドが踵を返し、警官達が運んで行った死体を追いかける。
 「謀りおったか・・・!」
 ドアが半開きになったままの霊安室に飛び込むと、既に白い壁は一面、紅く染まっていた。
 「・・・おや。
 みっともない所をお見せして申し訳ない、マドモアゼル」
 簡素なベッドの上に起き上がった刑事・・・いや、アクマは、赤黒い死臭(ガス)の漂う中で、にんまりと笑う。
 「食事をしてから出て行こうと思ったのだが、少々時間を食ってしまった」
 言う間に人の皮を捨て、アクマの姿に変わった彼を、クラウドが睨みつけた。
 「生け捕りにして、リーバーの無実を吐かせるわけには行かないようだな」
 「その通り。
 彼は罪に濡れ、守って来た人々に嫌悪されながら人の世を捨てるのだ。
 ・・・千年公に忠誠を尽くす者に、現世の栄誉など邪魔だからな」
 くつくつと笑う彼の口から、砲門が突き出される。
 「飛び散れ!」
 「貴様がな!!」
 クラウドの身体をひき肉に変えるべく、放たれた砲弾は巨大化したラウの手に、軽々と握りつぶされた。
 「ラウ、殺さない程度に動きを封じろ」
 冷たい声の命令を受けて、ラウはアクマの腕を引きちぎる。
 「ぐあぁっ!!」
 人間のような悲鳴をあげても、クラウドの目にはひとかけらの同情も浮かばなかった。
 「お前の魂へ告ぐ」
 淡々と放たれた声に、ラウにのしかかられ、床に押さえ込まれたアクマが目を見開く。
 「人形の中に取り込まれ、囚われた魂よ。
 解放を願うなら、我が足元にひれ伏せ」
 「何を馬鹿なことを・・・!」
 既にアクマとして自我の芽生えた人形に、しかし、クラウドは静かに語りかけた。
 「このまま地に堕ちるか、我が力にかかって天へ昇るか・・・・・・選べ」
 悪魔を踏みつけるミカエルのような冷酷で美しい目に見据えられ、声を失ったアクマの体内で、何かが激しく暴れだす。
 「馬鹿な・・・!
 レベル3になったアクマの魂は・・・既に・・・・・・!」
 ただのエネルギー源と化し、意志などないはずの魂に体内を揺さぶられ、動揺するアクマにクラウドは、にやりと笑った。
 「人間を舐めるな、アクマよ。
 私達はそう簡単に屈しはしない」
 言う間にも、アクマの痙攣は激しさを増し、押さえつけているラウまでもが揺さぶられる。
 「ラウ。
 解放しておやり」
 「キッ!」
 ラウの巨大な手がアクマの首にかかり、軽々と捻って破壊した。
 死臭(ガス)も出さずに壊れた人形から、囚われの魂がぼんやりと浮かび上がる。
 クラウドには見えないが、イノセンスであるラウはその存在を感じ取り、じっと虚空を見つめた。
 「問う。
 リーバーは守化縷に囚われたのか?」
 ラウの見つめる方向へ問えば、魂の見えるラウが、その姿を真似て頷く。
 「どこに連れ去られた?」
 更に問うと、ラウが魂の描く通りに指で『ark』の文字をなぞった。
 「方舟か・・・。
 厄介だな」
 教団が奪った方舟は、ノアが棄てた古いものだ。
 彼らは既に新しい方舟を使って、世界各地へと現れていた。
 「どうやって取り戻すか・・・いや」
 きつく眉根を寄せて、クラウドは呟く。
 「もう・・・守化縷にされているかもしれないのだな」
 天へ昇る魂を見送ったのち、小猿へと戻ったラウの毛皮を撫でながら、クラウドはしばし考え込んだ。


 その後しばらくして、人声に目を覚ましたミランダは、枕元でぼそぼそと話すクラウドを見上げた。
 「元帥・・・」
 かすれた声をあげると、無線を使っていたらしい彼女は肩越しに頷き、話を続ける。
 「・・・そうか、ならば追跡を。
 我々は帰還する」
 痛む頭をおさえながら起き上がったミランダは、辺りを見回した。
 「あの・・・元帥、リーバーさんはまだ、留置場ですか・・・?
 あの・・・面会室のアクマはもう・・・?」
 クラウドが通信を切るや問いかけると、振り返った彼女は無表情のまま、ミランダを見下ろす。
 「元帥・・・?」
 「動けるならば帰還するぞ、ミランダ」
 急かすような早口で言われて、ミランダはなんとか頷いた。
 「わかりました。
 でも・・・あの・・・」
 ふらふらと揺れる視界の中でなんとか立ち上がったものの、よろけたミランダをクラウドが支える。
 「リーバーは・・・守化縷にさらわれたらしい」
 「すかる・・・守化縷・・・って・・・あの・・・?!」
 息を呑んだミランダに、クラウドは頷いた。
 「あいつを捕らえるため、奴らは罠を仕掛けたらしい。
 あいつが教団を出るまで待ってから発動するという、根気の要る罠だがな。
 用意周到に張られたそれに、まんまとかかってしまった」
 「そんな・・・!」
 ベッドに座り込んでしまったミランダが、震える手で顔を覆う。
 「私が・・・倒れたりしなければ・・・・・・!」
 嗚咽を漏らす彼女を見下ろし、クラウドは震える肩に手を置いた。
 「いくらお前が、この世で唯一時間を操ることを許された者でも、出来ることとできないことがある。
 全てを背負うな」
 そうは言われても、あのアクマはミランダを人質にして、リーバーの動きを封じたのだ。
 責任を感じるなと言う方が無理だった。
 「元帥・・・私、帰還なんて出来ません・・・!
 リーバーさんを助けないと・・・!」
 蒼褪めた顔をあげた彼女に、クラウドは首を振る。
 「あいつはノアが操る方舟にさらわれたのだ。
 こちらからでは追跡のしようが・・・」
 「追跡をと、先ほどおっしゃったのは、誰のことですか?」
 きっと睨まれて、クラウドは口を噤んだ。
 「リーバーさんのことではないんですか・・・?
 無線は取り上げられたと言ってましたけど、科学班の皆さんのことだもの、リーバーさんの行方を追えるようななにかを、仕込んでいたんじゃありませんか?!」
 か弱げな風情をかなぐり捨て、必死の形相で迫るミランダに、クラウドがため息をつく。
 「・・・その通りだ。
 本部に連絡した所、リーバーの衣服には普通の検査方法では見つからないような発信機を仕込んでいたらしい・・・コムイがな」
 リーバーから逃げ切るためのそれが今は、彼を探す役に立っていた。
 「それによると、方舟からは既に出たと思われるそうだ。
 ただ・・・」
 「見つけても・・・リーバーさんはもう、守化縷にされているかもしれないんですね・・・」
 声を震わせるミランダに、クラウドは重く頷く。
 「・・・ゆえに、我々にできることはもうないのだ。
 追跡は科学班に任せ、我々は本部へ帰還する。
 次の任務を待ち・・・」
 「いいえ、帰りません!」
 きっぱりとした声に、クラウドは目を見開いた。
 いつもおどおどとして、遠慮がちにしか声を出さないミランダの、初めて聞くしっかりした声を、意外に思う。
 が、だからと言って気圧されるクラウドでもなかった。
 「命令だ。
 私に従わなければ、命令違反で処分する」
 冷淡な声に、怯えて従うと思ったミランダはしかし、頑強に首を振る。
 「リーバーさんを追いかけます・・・!
 私のせいでさらわれてしまったんだもの・・・!
 絶対に、私の手で取り返さなければ・・・!」
 ベッドサイドに置かれたイノセンスを手に取り、ミランダは決意漲る目でクラウドを見上げた。
 「どうか元帥、ご協力を!」
 ひた、と見つめられても、クラウドは揺るがない。
 「だめだ。
 我々は本部に帰還する」
 「元帥・・・!
 言うこと聞いてくださらないと、私・・・!」
 低く呟いたミランダの手の中で、イノセンスが光を帯びた。
 が、クラウドはその様を鼻で笑う。
 「なんだ?
 私はお前の能力の恩恵なんか受けていないぞ」
 今日だけで二度の戦闘を制した彼女にはしかし、かすり傷ひとつなかった。
 そうと知りながら、ミランダはタイム・レコードをクラウドへ向ける。
 「そんなことは知っています。
 だから私は今から、元帥を脅迫します!」
 「は?
 何を馬鹿なことを」
 思わず笑みを浮かべたクラウドを、ミランダが睨みつけた。
 「私、本気です・・・!」
 立ち上がったミランダが、クラウドに迫る。
 「元帥、私・・・この時計で50年、元帥の時を進めます!
 いくらお美しい元帥でも、80代になればさすがに衰えますよね?!」
 「んなっ・・・?!そんなことが・・・!」
 さすがに顔を引き攣らせたクラウドに、ミランダは更に迫った。
 「さぁ・・・!
 私の言うことを、聞いてくれるでしょう?!」
 「お前・・・!
 そんな女だったのか?!」
 まさしく脅迫にクラウドがたじろぐと、ミランダはきつく眉根を寄せて頷く。
 「リーバーさんを助けるためなら私、どんなことだってします!
 さぁ!元帥!!」
 「くっ・・・!
 ルル=ベルも言っていたが、本当に厄介な能力だな・・・!」
 いつしか壁際まで追い詰められていたクラウドの頬に、汗が伝った。
 「元帥!!」
 「・・・・・・・・・・・・ぅわかった」
 ようやく絞り出された声に、ミランダが喜色を浮かべる。
 「でしたら早く!!
 すぐに追いましょう!!」
 椅子にかけてあったジャケットを身にまとったミランダに手を引かれ、クラウドは忌々しい思いで病室を出ることになった。


 一方、アクマによって守化縷の元へと引き立てられたリーバーは、目の前に並ぶ骸骨達を激しく睨んだ。
 だが彼らは気にも留めず、カタカタと奥歯を鳴らして愉快げに笑う。
 「待っていたぞ、リーバー・・・ウェンハム!」
 「先だってお前を仲間にし損ねたことが、どうにも惜しくなってな・・・」
 「お前が本部から出る日を待っておった」
 カタカタ、カタカタと、耳障りな笑声にリーバーは舌打ちした。
 「・・・確かにあの時、部下の代わりに俺をとは言ったが、好きでお前達の仲間になりたかったわけじゃない!」
 と、守化縷達は不思議そうに顔を見合わせる。
 「お前も研究者なら、思う存分研究に打ち込みたいと思うはず」
 「人間よりも長い寿命と丈夫な身体は、それを行うに適したものだ」
 「しかも、守化縷達は優秀な脳の集まり」
 「お前の部下達などとは比べ物にならない、濃密な意見を取り交わせるのだぞ?」
 諭すような口調の誘惑に、思わず傾きかけた意識を、リーバーは首を振って紛らわせた。
 「・・・だが、その研究は千年伯爵とノアのために行うんだろう?!
 俺は・・・!」
 「世のため人のため、か?」
 カタカタと、奥歯を鳴らして守化縷が笑う。
 「それは、建前に過ぎぬのだ、若き研究者よ」
 カタカタ、カタカタと、笑声が鳴り続けた。
 「我らは常に、高みを目指しておる。
 より優れた機械、より強力な武器、より効果のある薬・・・」
 「人倫のくびきがあっては、目の前にあっても届かぬものだ」
 「だが、守化縷は違う。守化縷なら届く」
 笑うしゃれこうべが、リーバーへ迫る。
 「それに・・・それにだ、『殺人犯』よ」
 「ヒトゴロシの罪に濡れた者よ」
 「人間共は、お前の罪を責め、追い詰め、なんの釈明も聞かずに吊るすだろう」
 「せっかくの脳が、もったいないことだ」
 「さぁもはや・・・お前に逃げ場はないぞ?」
 厚い手袋に覆われた手が、リーバーへ伸びた。
 「我らの・・・仲間に」
 カタ・・・と、笑声が不意に途切れる。
 「そうはさせないわ!!」
 その口から出るには意外すぎる怒号と共に、黒衣の裾が翻った。
 「あなた達に渡すものですか!!」
 「ミ・・・ミラ・・・!」
 呆然と目を見開くリーバーを、時の壁が包みこむ。
 動きを止めた守化縷達の間を縫って駆け寄ったミランダは、リーバーの額へ手をかざす守化縷を体当たりで突き飛ばし、彼の胸に額を当てた。
 「間に合ってよかった・・・!」
 搾り出すような声で呟くと、ミランダは二人を囲む守化縷達を睨みつける。
 「元帥!!
 早く壊してしまってください!!」
 いつも気弱な彼女でも、これほどの大声を出すことがあるのかと驚くリーバーの前に、うんざりとした顔のクラウドが現れた。
 「いちエクソシストの分際で、私をこき使いおって・・・。
 後で覚えてろよ」
 ぶつぶつとぼやきながらクラウドが鳴らした鞭に従い、ラウが巨大化する。
 「こんなことができるなら、いつもやってくれればいいものを」
 時を止められ、動けない守化縷達をラウは、野菜でも潰すように壊して行った。
 間もなく破壊を終えたクラウドは、舌打ちして背後を振り返る。
 「おい、終わったぞ、ミランダ王子。
 リーバー姫をお連れしろ」
 「姫って・・・」
 クラウドの冗談口に、リーバーは詰めていた息をようやく吐いた。
 「柄じゃないと思うんすけどね」
 苦笑しつつミランダの背を支えてやると、案の定、ぐらりと傾いだ彼女は意識をなくしてリーバーにもたれかかる。
 「ね?
 姫はミランダで不動でしょ」
 クスクスと笑ってミランダを抱き上げたリーバーに、クラウドがまた舌打ちした。
 「場をわきまえろ!
 所構わずいちゃいちゃしおって!」
 「すみません」
 とは言いながら、悪びれもせず笑うリーバーに、クラウドは鼻を鳴らす。
 「帰還するぞ!」
 不機嫌に踵を返した彼女の背に、リーバーは深々と頭を下げた。
 「ありがとうございました」
 「・・・それは、お前の衣服に発信機を仕込んでいたコムイに言ってやれ」
 肩越しに、意地の悪い笑みを向けると、顔をあげたリーバーの表情が忌々しげに変わる。
 「それと礼は、私を脅迫してまでお前を助けに来たミランダにも言ってやるんだな」
 クスクスと楽しげに笑ったクラウドは、軽やかな足取りで先に立った。


 「お帰りなさい班長!
 なんか・・・大変だったんすね・・・!」
 方舟を出るや駆け寄ってきた部下達に、リーバーは苦笑した。
 「まったく、まだ狙われてたなんて、思いもしなかったぜ」
 医療スタッフが運んで来たストレッチャーに、まだ目を回したままのミランダを乗せ、共に行こうとするリーバーの腕をジジが引く。
 「お前、怪我とかしてるのか?」
 「いや?
 ミランダが助けてくれたおかげで、全然無傷・・・」
 「じゃ、あそこにプレゼントがあるんだが・・・新鮮なうちにシメないか?」
 ジジが指した先では、猛獣を入れるような檻の中で膝を抱えたコムイが、ガクガクと震えていた。
 「室長・・・!
 今回はおかげさまで助かりましたよ・・・・・・!」
 邪悪な笑みを浮かべて見下ろすと、飛びあがったコムイが檻の天井に頭をぶつけて悶える。
 「最近、あんたが捕まらないと思ったらこういう仕掛けですか・・・!
 よくもまぁ、こんな悪知恵を働かせて・・・!」
 格子の間から手を入れ、胸倉を掴んで引き寄せると、コムイが引き攣った悲鳴をあげた。
 「ごごごご・・・ゴメンよ、リーバー君!
 でっ・・・でもね!ボクの言い分も聞いてよ!
 毎日毎日鬼のような補佐官にしばかれて、心身ともに大ダメージなんだよ!!
 そんな可哀想なボクが、すこーしの安らぎを求めてお散歩に出たっていいじゃないか!
 なのにキミったら、補佐官と共謀してボクを捕まえてぇぇぇぇっ!!
 ついカッとなって、発信機を仕込んだだけなんだ!
 出来心なんだよ、出来心っ!!
 わかるでしょぉぉぉぉぉぉぉぉ?!」
 ぎゃあぎゃあと泣き喚くコムイに忌々しげな舌打ちをしたリーバーは、乱暴に彼を突き放す。
 「仕込んだのはこれだけでしょうね?」
 「ウン!モチロンッ!」
 「嘘つけええええええええええええええええええ!!!!」
 即答したコムイの髪を掴んで、リーバーは怒号をあげた。
 「見え透いてんですよ、あんたっ!!
 どうせ俺のクローゼットの中身、全部に仕込んだんだろっ!!」
 「なんでわかっ・・・イヤイヤイヤイヤイヤ!!そんなことしてない!してないとも!!」
 捕まれた髪を乱暴に揺さぶられて、コムイが悲鳴をあげる。
 「じゃあなんで私服にまで仕込まれてんだよっ!
 ご丁寧に表地と裏地の間に縫いこみやがって・・・いつの間にやりゃあがったー!!!!」
 再び引き寄せると、目を回したコムイがふらふらと口を開いた。
 「リーバー君がお仕事してる間に夜なべして・・・」
 「くだらねェことで夜なべしてないで、仕事で夜なべしろ!!」
 ごぅんっ!と、ものすごい音を立てて鉄格子に頭をぶつけられたコムイが、だくだくと鮮血を吹き上げながら床に這う。
 「ったく、忌々しい!
 おい、こいつの作った発信機の発見器は出来てんだろうな?!」
 「こ・・・ここに・・・!」
 王に献上するかのように、捧げ持ったロブからそれを受け取ると、リーバーは何気なくスイッチを入れた。
 途端、アラームがけたたましく鳴り響く。
 「なんっ・・・?!」
 「・・・あ!まさか!」
 どこへ向けても鳴り響くアラームに、はっとした科学者達がパタパタと自分の衣服をはたき出した。
 と、
 「あっ!俺にもつけてやがる!」
 「俺もだ!!」
 「あたしにまで・・・!」
 唖然として、皆が服に縫いこまれた発信機を取り外す。
 「・・・コノヤロウ、プライバシーの侵害にも程があるぞ」
 低く呟いたジジに、ジョニーも眉根を寄せて頷いた。
 「リーバー班長のサポート全員につけてたとはね!
 そこまで逃げたいかよ!!」
 キャッシュが大きな足で檻を蹴りつけると、ガタガタと揺れる檻の中でコムイが悲鳴をあげる。
 「ごっ・・・誤解だよ、キミタチッ!!
 ボ・・・ボクは、今回のリーバー君みたいにキミ達がさらわれちゃった時のことを考えて、用心のために仕込んだんだよ・・・!
 これはいわば、親心だよ!親切心だよ!なのにキミタチったら・・・!」
 「いけしゃあしゃあと・・・!」
 「見え透いてんだよこの巻き毛メガネっ!!」
 「アンタが親切心でここまでやるわけないっ!」
 「檻蹴るのヤメテエエエエエエエエエエエエ!!!!」
 今にもひっくり返りそうなほど揺れる檻の中で、コムイが絶叫した。
 「ボク繊細なんだらっ・・・酔っちゃ・・・うぇっ・・・!」
 ほとんど揺れない船でも船酔いするコムイが、真っ青な顔に脂汗を浮かべてえずく様を、リーバーは冷たく見下ろす。
 「室長」
 片足をあげて檻を踏みしめ、揺れを止めたリーバーを、コムイがおどおどと見あげた。
 「・・・まぁ、おかげで助かりました」
 「リーバー君・・・っ!」
 ようやくわかってくれたかと、喜色を浮かべたのも一瞬、冷酷に笑うリーバーに、コムイが凍りつく。
 「俺らにつけてた発信機、全部アンタの衣服につけましょう」
 「いっ・・・いや、そんな手間をかけるのは悪いよ、みんな忙しいんだし・・・!」
 ぴちぴちと目を泳がせるコムイに屈みこみ、リーバーはにんまりと笑みを深めた。
 「・・・そんなの、造作もありませんよ。
 逃げたアンタを追う手間に比べればね!」
 その言葉に、リーバーの部下達が一斉に頷く。
 「追跡機は、ミス・フェイに献上しましょう。
 あぁ、もちろん、これを外したり電源を切ったりしたら・・・」
 どがんっと、蹴られた檻がひっくり返った。
 「―――― 命の電源、切ってやる」
 「ひぃっ・・・・・・!」
 悪魔の形相で見下ろされたコムイが、恐怖のあまり白目を剥く。
 「ふんっ」
 やや気が晴れたリーバーは、後のことを部下達に任せ、改めて病棟へと向かった。


 この日二度目の昏倒から目を覚ましたミランダは、彼女を見下ろす優しい顔を見るや、涙を浮かべた。
 「無事で・・・よかった・・・・・・!」
 「お前のおかげだ」
 白い包帯が厚く巻かれた頭を撫でる手に、涙が零れる。
 「私・・・あなたを失うんじゃないかって思ったら怖くて・・・!」
 「あぁ、クラウド元帥を脅迫したんだって?」
 リーバーがクスクスと笑うと、ミランダは首まで真っ赤になった。
 「お・・・怒ってらっしゃるかしら・・・!
 私、元帥に対してなんて僭越な・・・・・・!」
 震え声と共に今度は蒼くなるミランダに笑い、リーバーは彼女の半身を抱き起こす。
 「いつも気弱なお前があんなにも必死になってくれて、嬉しかったよ。
 ありがとうな」
 ぎゅっと抱きしめてくれるのが嬉しくて、ミランダも彼の背に手を回した。
 「どこにも行かないで・・・!
 ずっと・・・ここにいてくださいね・・・!」
 人間の側に、と言う幻聴が聞こえた気がして、リーバーは苦笑する。
 守化縷達に迫られ、彼らの誘惑に揺らぎそうになったことを思い出して、リーバーはそれを阻んでくれたミランダを更に抱き寄せた。
 「あぁ、絶対に」
 囁くと、顔をあげたミランダが微笑む。
 ねだるような涙目にリーバーも、笑みを浮かべた唇を重ねた。


 その日のうちに科学班の仕事に戻ったリーバーは、何の気なしにシンクの蛇口を開けて、悲鳴をあげた。
 「なんっで熱湯だ!!!!」
 危うく火傷する所だったと、怒鳴る彼の前に大きな身体を縮こまらせたキャッシュが進み出る。
 「班長・・・ごめんなさい。
 あたし・・・実験器具洗うのに、ちょっとお湯が出ればいいなって思っただけなんだけど・・・・・・」
 ボイラーの設置に失敗した、と言う彼女に、嫌な思い出をフラッシュバックさせたリーバーが舌打ちした。
 「至急、改善しろ!
 今日中にやんねぇと、排除するからな!!」
 「あ!で・・・でもですね、班長!」
 「キャッシュは大本をいじったわけじゃないんで、熱湯が出るのはここだけなんすよ!!」
 だから注意書きを貼っておけば大丈夫、と、キャッシュを庇うスタッフをリーバーは睨みつける。
 「明らかに沸騰してる湯が出て、なんかいいことあんのかよ!」
 温度調整が利かないのでは、使うにしても不便すぎると、ごく当然のことを指摘したリーバーに、目をさまよわせていたジョニーが頷いた。
 「・・・そうだ!
 これでいつでもお茶が入れられます!」
 「・・・あんまり俺に対して無体すっと、マジで教団辞めるぞ」
 リーバーが最強にして最大の切り札を放つや、部下達は真っ青になって泣き縋る。
 その声をうるさげに聞きながら、リーバーはいつもと変わらない光景に、ふと笑みを漏らした。



Fin.


 










2011年班長お誕生日SSでした!
これはリクエストNO.51『負傷したミランダと班長』を使わせてもらってますよv
今回、『なんかネタくれ!』って頼んだら、ニコさんが『料理なんかで、班長だけは特別扱いな感じ』って提案してくれたので、あらゆる意味で特別扱いな班長を書いてみました(笑)
いつもは『姫』のミランダさんも、班長のためなら王子になります!
クラウド元帥だって脅迫しちゃうぞ!
でもリナリーと違うのは、最後まで『王子』ではいられないって所ですね(笑)
彼女が本当に、その場の時間を止めてしまう事ができるかは謎なんですけどね。
守化縷ちゃん達フルボッコで実に可哀想でした。>書いたのは誰だろうか。
守化縷ちゃん達の罠は、JC4巻でラビが『人殺し』呼ばわりされても余裕かましてたシーンとか、旧本部襲撃の時に、守化縷ちゃん達が班長を欲しがっていたことを元に書いてみました。
ので、完全に捏造ってわけでもないよ(笑)>更に、第207夜を見て書いたわけでもないよ!(笑)
諸事情により、アップは1日遅れましたが、お楽しみいただけたら幸いです(^^)












ShortStorys