† ANGEL TRIP T †







 引越しは、梱包よりも荷解きの方が手間がかかる。
 旧本部から運び込まれた荷物の中には、未だ箱に入ったまま開封されていない物も多く、『いつかやる』とは言いながら忙しさにかまけて、倉庫の隅で埃をかぶっているものも多くあった。
 だが、さすがに放置後半年も過ぎれば、清掃班がいい加減にしろとせっついてくる。
 そんな倉庫の中で、ラビは積み重ねられた箱の一つに目を留めた。
 「・・・なんさこれ?」
 大きな箱の隙間に紛れ込んだそれは薄く、掌ほどの大きさの箱で、蓋には科学班の封印がしてある。
 「また妙な薬じゃないですか?
 触んない方がいいよ」
 そう言ってアレンは、紐で括られた本の束を持ち上げた。
 「・・・っねぇ!
 こんなにたくさん、どこに運ぶの?!
 もうラビ達の部屋には入んないよ?!」
 手伝いに飽きて不満をぶちまけると、ラビは未だ謎の箱に未練を残しながらアレンの手元を見る。
 「あ、それは図書室に寄贈。
 希少本もあるから喜ばれるだろってジジィが」
 希少、と言う言葉に、アレンが耳をそばだてた。
 「・・・高く売れる?」
 「売るな。
 金持ちのコレクションになって世に出なくなるくらいなら、大英図書館にでも寄贈するさ」
 「そう言う考え方、理解できない」
 肩をすくめて、アレンは本の束をラビへ渡す。
 「考え方も価値観も人それぞれだろ。
 お前が金に執着するように、俺らは情報に執着してる。それだけさ」
 無理にわからなくていい、と言う彼に、アレンは不満げに鼻を鳴らした。
 「神田もだけどさ、ラビも個人主義なとこあるよね。
 自分は自分、人は人、って」
 「俺はユウみたいに、他人に無関心ってわけじゃないけどな」
 クスクスと笑って、ラビは自分の前に並んだ本の束を眺める。
 「ん。
 ここにあった分はこれで終わりだな。
 アレン、図書室に寄贈する分は俺が持ってくから、こっちのは俺らの部屋に運んどいて」
 「自分の本なら自分で運べばいいじゃん!!」
 疲れた、とむくれるアレンの頭を、ラビはくしゃくしゃとかき回した。
 「ジジィにバイト代もらうんだろ?
 しっかり働くさね」
 「・・・・・・ちぇっ!
 ティム!かたっぽ持って!」
 ティムキャンピーにも手伝わせながら、両手に本の束を提げて出て行くアレンを見送ったラビは、また例の箱に目を戻す。
 「・・・ま、見るだけならいいだろ」
 念のため、鼻と口をマフラーで塞いで箱を手に取ると、科学班の封印を引き剥いでそろそろと蓋を開けた。
 「・・・怪しいさ」
 等間隔に並んで納まった3つの試験管は、それぞれ色の違う薬液で満たされている。
 だが、それに対して説明の書かれたラベル類はなく、きっと個人的な理由でこっそり隠されたものだと直感した。
 「どんな劇薬隠したんさ、あいつら・・・」
 蓋を閉めようとして、ふと、ラビの脳裏にかつての記憶がよぎる。
 「まさかこれ・・・コムイの?」
 科学班の面々が、コムイの作り出す、危険すぎる薬物などをせっせと隠していた事を思い出し、ラビは一旦閉めた蓋を再び開いた。
 「・・・ちょっと・・・調べてみよっかなv
 にんまりと笑って、ラビは箱をポケットに押し込む。
 「俺だってそれなりに知識はあるんだぜ♪」
 スキップしながらラビは、寄贈する書物を持って図書室へ向かった。


 お菓子の焼ける甘い匂いが家中に漂い、誰もがウキウキと心弾ませる中、既に胃もたれを起こしたような顔をしてソファに伸びたティキを、シェリルが呆れて見下ろした。
 「・・・あのね、ティキ。
 快楽のノアともあろう者が、まだ起こってもいないことに対して悲観的に考えるのはどうかと思うのだけど」
 言ってやると、ティキは死んだ魚のような目を虚空に目を漂わせたまま、魂の抜け落ちた声をあげる。
 「・・・・・・経験に裏打ちされた予測だろ・・・。
 あんたも毎年毎年死ぬ目に遭ってみれば、俺の気持ちが少しはわかるだろうよ・・・・・・」
 そのまま死んでしまいそうな気配に、シェリルは苦笑した。
 「やれやれ、せっかくの美青年が、踏み潰されたナマコのようになって気の毒なことだよ。
 そんなに気が滅入るならいっそ、外に出てはどうだい?」
 「いいのかっ?!」
 喜色を浮かべて起き上がったティキにシェリルは頷き、懐中時計を取り出す。
 「まぁ、パーティが始まる時間には戻って欲しいのだけど・・・ルルがね、意地悪なエクソシストにひきとめられているらしいんだよ。
 お出かけ先が戦場じゃ気に食わないだろうが、キミ、あの子を助けに・・・」
 「行く行く行く行く!!
 あいつ、千年公のお菓子楽しみにしてたもんなぁ!
 可愛い妹のために、にーちゃんが戦争代わってやるよ!!」
 「いや、代われなんてボクは一言も・・・」
 むしろ一緒に帰って来い、と言う彼の前で、ティキは既にドアを開けていた。
 「行ってくるよ、兄さんv
 ルルを先に帰すから、なんなら先にパーティ始めててくれなv
 俺はあいつら叩きのめしてからゆっくり帰ってくるからーv
 みんなにヨロシクーvvv
 にこにこと手を振って出て行くティキへ、シェリルも軽く手を振る。
 「・・・思惑通りになればいいケドねぇ」
 ティキを見送った彼はクスクスと、意地の悪い笑みを漏らした。


 図書室に本を寄贈したラビは、そのまま科学書の詰まった本棚に立ち寄った。
 世界中から優秀な科学者が集まる本部の図書室だけあって、その蔵書は充実している。
 「んーと・・・薬学か、化学か・・・」
 呟きながらラビは、最先端の技術が記された本をパラパラとめくった。
 次々に取り上げた本の文字や写真、挿絵を全て脳内にコピーしてしまうと、くるりと踵を返して科学班へ向かう。
 こっそり実験器具を借りようと言う腹積もりだったが、彼が室内に入った途端、リーバーに声をかけられた。
 「いいタイミングだな!
 今、呼ぼうとしてたんだぜ」
 そう言って彼は、インカムを引き下ろす。
 「え・・・もしかして、お仕事さ?」
 顔を引き攣らせたラビに、リーバーはあっさりと頷いた。
 「もちろん、お仕事だ。
 今、ソカロ元帥とクロウリーがノアを追い詰めてるそうなんだが、邪魔するアクマの数が多すぎて、とどめを刺せずにいるそうだ。
 掃討要員として行って来い」
 「掃討って・・・」
 不満げに口を尖らせたラビの頭を、リーバーが笑って撫でる。
 「お前のイノセンス、対集団戦に有効だからな。
 頼りにされてんだぜ?」
 そう言われると断りにくくて、ラビはしょんぼりと眉根を下げた。
 「ジジィも一緒さ?」
 「もちろん」
 大きく頷いたリーバーは、先に立って方舟の間へと向かう。
 「今、待機してるエクソシストはお前らとアレン、リナリーだけだろ。
 アレンとリナリーはまぁ・・できないこともないが、集団戦に使うと消耗が激しいからな。
 限られた戦力をうまく切り回すには、できるだけ負担のないようにしないと」
 「はぁ・・・そうさね・・・・・・」
 ご馳走を食べ損ねたような顔をして、とぼとぼとついて来るラビに肩越し、リーバーは苦笑した。
 「もう戦闘は終盤に入ってんだし、急いで帰って来いよ。
 夜はパーティだぜ」
 ラビの消沈を、ハロウィンパーティに参加できないと思っているせいだと勘違いしたリーバーが、見当外れの慰めを言う。
 「まぁ、お前準備好きだし、最初から関われないのは残念だろうけど・・・あ、ブックマン!
 待たせました?」
 方舟の間で、既に待機していた老人にリーバーが駆け寄ると、彼はふるりと首を振った。
 「いや、今来た所だ。
 ラビ、なにをふてくされておるのだ」
 「だーってさぁあああああああ!
 せっかく・・・」
 面白いものを見つけたのに、と言いかけて、ラビは頬を膨らませる。
 「・・・こんな日に任務なんて、迷惑もいいところさ!
 大体、毎年ハロウィンはあいつらも勝手に休戦してなかったっけか!
 なんで今年に限ってフツーに戦争してんさ?!」
 ぶぅぶぅと不満をぶちまけると、ブックマンは軽く肩をすくめた。
 「あちらは休戦する気でいたものを、ソカロ元帥が仕掛け、追いかけて追い詰めているそうな」
 「鬼か!!」
 余計なことを、と憤るラビの肩を、リーバーがなだめるように叩く。
 「その鬼のとばっちりを受けないように、しっかり働いて来いよ」
 「なんでお楽しみを取りあげられた上に、鬼の下で働かなきゃなんないんさ・・・」
 ブツブツとぼやきながら、それでも素直にブックマンについて行くラビに、リーバーが笑い出した。
 「気ィつけてな!」
 にこやかに手を振るリーバーに振り返ったラビは、ぱんぱんに頬を膨らませる。
 「手伝いだけしたらすぐに戻ってくっから!
 パーティ先に始めんなよ!!」
 遠い地でティキが言ったこととは正反対のことを叫んで、ラビは方舟の中に入った。


 彼らが向かった先では、巨大な刃に追い詰められたルル=ベルが、逃げ場を失って硬く目を閉じた。
 「主・・・!」
 呟いた瞬間、背後の壁から伸びた腕がルル=ベルを捉え、引きずり込む。
 「!!」
 目を開くと既に別の場所で、背後には見知った顔があった。
 「よv
 がんばってんな、ルル♪」
 「ティキ・・・!」
 涙をためた目で見あげると、彼はルル=ベルの頭を撫でてくれる。
 「よしよし、怖かったなー。
 お前の仇はにーちゃんが取ってやるから、先に帰んな」
 「え・・・?
 ですが・・・・・・」
 「千年公が、帰って来いってさ。
 こっちから休戦してやるっつってんのに、勝手に仕掛けてきたあいつらの相手なんか、お前がすることないよ」
 それはまったくのでまかせだったが、ルル=ベルには何よりの効果を発した。
 「主が・・・」
 嬉しそうに頬を染めた妹の肩を、ティキが軽く叩く。
 「ハイv
 じゃあ、早く帰って風呂でも入れよ。
 パーティに可愛い娘がいないんじゃ、千年公もがっかりだろうからなv
 「はいっ!」
 声を弾ませ、くるりと踵を返したルル=ベルの姿が地中に消えると、ティキはにんまりと笑った。
 「ほんじゃv
 後はアクマ共に任せて俺は・・・」
 ずらかろう、と、踵を返した後頭部に何かが噛み付く。
 「血いいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!」
 「まっず!!!!」
 頭から噴水のように血を迸らせるティキの背後で、失礼な声があがった。
 「ノアの血は、アクマほど美味くはないのだな・・・!」
 「それがいきなり人の頭にかぶりついといて言うことか!!!!」
 だくだくと流れる血と共に意識を失いそうになりつつも、ティキは大きく跳び退る。
 「ちっ!娘っ子がヤローに代わっちまったのかよ。
 いたぶるのもつまんねーから死ねや!」
 「ウチの娘をいじめやがってこの悪党が!!」
 ソカロの刃を辛うじて避けつつ、再び襲って来たクロウリーをなんとか凌いだ。
 「アクマ共!!
 俺を助けてっ!」
 本当にノアかと思うようなか弱い声に、それでも忠実なアクマ達は飛んできて、ティキとエクソシスト達の間に立ち塞がる。
 「ちっ!!」
 「このっ・・・!」
 いくら神がかった戦闘力を有していても、膨大な戦力差に行く手を阻まれるエクソシスト達をアクマの間に透かし見たティキは、ほっとして踵を返した。
 「ほんじゃ、今度こそとんず・・・らあああああああっ?!」
 鼻先を掠めて振り下ろされた巨大な槌を仰け反って避けたティキへ、舌打ちの音がする。
 「ちょっ・・・眼帯君!!
 いきなりなにすんのっ!」
 「手伝いに来たつもりだったんけど、ちょうど目の前に飛んできたから潰しとこうかなってv
 てへv と笑うラビを、ティキは思いっきり睨みつけた。
 「俺はハエですかッ!!」
 「あんたに比べりゃ、ハエの方が全然無害さね」
 「ちょっ・・・こんなイケメン捕まえて、それって酷くない?!」
 「俺だってイケメンだもんさーv
 両手を頬に当てて抗議するティキへラビが、生意気に舌を出す。
 「ぅわ・・・!
 なんかイラッとした、お前!」
 笑みを引き攣らせたティキの身体から、無数の蝶が湧き出した。
 「こっちはいつもイラッとしてるさね!」
 ラビの槌が炎を纏う。
 「喰らい尽くせ!」
 「焼き尽くすさ!」
 黒い蝶と紅い炎が交錯し、互いの身に喰らいつく前に相殺された。
 「もういっちょさ!」
 「やなこった!」
 再び槌を振り上げたラビの目の前に、いつの間にかティキの顔がある。
 「俺ら、ハロウィンはオフだって言ってんだろ。
 殺すのは後日にしてやんよ♪」
 からかうように鼻を弾かれて、ラビの目が吊り上がった。
 「こんにゃろっ・・・!」
 無理矢理槌を振り回すが、ティキはするりとかわしてラビの背後に立つ。
 「ホレ、おいたはおよし、眼帯君♪」
 背中を思いっきり突き飛ばされて、アクマの群れへと突っ込んだラビを、四方八方から伸びた手が掴む。
 「ぎゃーす!!!!」
 「じゃーなーv
 陽気に手を振るティキの姿がアクマの影に消えた。
 「ひぃぃぃぃっ!
 助けてさー!!」
 最早外聞もなく叫ぶラビの周りで、鍼を突き立てられたアクマ達が次々と破壊される。
 「ジ・・・ジジィー!!!!」
 「まったく情けない奴じゃの!!
 せっかくノアを追い詰めたと言うに、取り逃がすとは!」
 「だ・・・だっていくらなんでも多勢に無勢・・・!」
 「その掃討に呼んだんだろぉがよぉ!」
 怒号と共に一閃した刃が、一瞬にしてアクマを屠った。
 「せっかくここまで追い詰めたのに逃がすたぁ・・・!
 覚悟は出来てんだろうな、クソガキィィィィ!!!!」
 「きゃー!!!!」
 恐ろしい顔のソカロに迫られて、ラビがか弱げな悲鳴をあげる。
 しかし、助けを求めてしがみついたクロウリーもまた、アクマの血に滾った状態で、紅い瞳でラビを睨み下ろした。
 「なんさこの四面楚歌っ!!」
 「自業自得じゃい!!」
 震え上がるラビに、ブックマンの容赦ない蹴りが放たれる。
 「しょうがない、アクマ共の掃除だけでも済ませるか・・・元帥、クロウリー、役に立てずにすまなんだな」
 忌々しげなブックマンに二人は頷き、ラビを見て舌打ちした。
 「ちょっ・・・全部が俺のせいってわけじゃないだろ?!」
 慌てて反論すると、クロウリーが鼻を鳴らす。
 「全部ではないが、大半お前のせいだな」
 「クロちゃん酷いさっ!!」
 「本当のことだろうが!」
 「まったく、これが後継者とは、不安でしょうがないわい!」
 ソカロだけでなくブックマンからも責められて、ラビは盛大にむくれた。


 「・・・なんだろな、これ」
 戦場をアクマに任せて一人、戦場を離脱したティキは、あの場で拾った箱をまじまじと見つめた。
 おそらくラビが落としたものだろうとは察したが、開けても試験管が3本入っているだけで、それに満たされた薬液が何かは見当もつかない。
 「・・・ジジィならなんか、わかるかね」
 少なくとも、千年公やロードに聞くよりは彼の方が安全だろうと、ティキはノアの『賢者』の顔を思い浮かべた。
 「シェリルに見つかったら面倒なことになりそうだし、やっぱジジィでいいか」
 放っておけばよさそうなものだが、わざわざ『科学班』の封印を破って開けられたらしいそれが気になってしょうがない。
 「それか守化縷・・・そっか。
 守化縷達なら、俺に危害を加えることもねーじゃんか!」
 とてもいいことに気がついたと、ティキは嬉しげに手を叩いた。
 「そうだそうだ、パーティが終わるまで匿ってもらおうv
 方舟に引きこもっていれば、いかな兄弟達とは言え、引きずり出すのは難しいはずだ。
 「捕まったらかくれんぼしてたって言おう♪そうしよう♪」
 言い訳まで考えて、ティキは足取りも軽く方舟に入った。
 「よぉ、守化縷達!
 ちょっと頼みが・・・」
 言いかけたティキは、笑みを引き攣らせて回れ右する。
 そのまま駆け去ろうとしたものの、長い髪をはっしと捕まれて、それ以上歩を進めることが出来なくなった。
 「なぁーに逃げてんのぉ〜?ティィィィッキィィィィィィ〜?」
 「なんでお前がここにいるんだよ、ロード・・・!!!!」
 最悪の兄弟に見つかってしまったティキの顔が、青を通り越して土気色になる。
 と、ロードは掴んだ髪をロープ代わりにティキの背を登り、彼の肩に取り付いた。
 「宿題を守化縷達にやってもらうことにしたんだよぉv
 せっかくのパーティなのにさ、たまってちゃ参加できないじゃん〜?」
 「宿題くらい自力でやれよ・・・!」
 嫌なことを思い出し、げんなりと言ったティキの肩で、ロードが甲高い笑声をあげる。
 「いいじゃんかぁ!
 こいつら、頭だけはいいんだしさぁ、使えるものを有効利用してるだけだよぉv
 そう言われて、彼女と同じく彼らの頭脳を利用しようとしていたティキは何も言えなくなった。
 「それでぇ?
 ティッキーはなんで、守化縷に用事なのぉ?」
 やはり聞かれた、と、ティキは額に汗を浮かべる。
 「べ・・・別に、大した用じゃないんだけどさ・・・」
 「これが何か知りたいとかぁ?」
 「ぅあっ?!いつの間に?!」
 ロードが目の前に差し出した箱に、ティキは目を見開いた。
 「ポケットから端っこが見えてたよぉv
 これ、教団の科学班の封印でしょぉ?
 興味湧くよねぇ」
 既に破られた封印をしげしげと見つめたロードは、ためらいもなく蓋を開ける。
 「試験管の中身・・・なんだろぉねぇ?」
 呟くと、ロードはティキが何か言う前に彼の背を蹴って飛び降り、守化縷達に駆け寄った。
 「実験器具貸しなよぉ!」
 「お・・・おい、ロード!
 なにかわかんねぇのに・・・!」
 「だから、調べればいいんでしょぉ」
 くすくすと笑いながら、ロードは用意されたビーカーに少しずつ、試験管の中身を入れる。
 「んー?変な臭いはしないなぁ。
 色は透き通ってて、とてもきれいだねぇ・・・v
 赤に青に黄色・・・僕はこの、真っ赤な色が好きだなv
 ロードが小さな指で指した液体は、ルビーのように透き通って、彼女の顔を映し出していた。
 「ねぇ、守化縷!
 これ、なんの薬だよぉ!」
 問われて、既に調査に入っていた守化縷達は首を振る。
 「それが・・・あらゆる試薬を使ってみましたが、なんの薬か判然としません。
 万が一と言うこともありますので、ロード様は決して触れられ・・・なああああああああああ!!!!」
 いきなり上がった声を驚いて見遣ると、頭を抱えた守化縷の前で、ロードが青と黄色の薬を混ぜていた。
 「うん、赤はこのままがいいけど、青と黄色は混ぜた方がきれいな緑になるよね!
 ティッキー!そう思わないぃ?」
 クスクスと楽しそうに笑いながらロードが差し出した液体は、確かにきれいな緑色になっている。
 が、
 「・・・・・・めっちゃ怪しいガスが発生しているわけだが」
 ニコニコと笑うロードの手の中で、混ぜられた薬液はボコボコと気泡をあげていた。
 「劇物処理――――!!!!」
 「ラジャー!!!!」
 ティキの声を受けて、完全防備の守化縷達がロードを囲む。
 「さぁ、ロード様!!」
 「そのお手にあるものを守化縷へ!」
 「危険ですからどうぞ・・・!」
 「どうかこちらへ!!」
 ロードへ向けて手を差し出す守化縷達へ、彼女は頬を膨らませた。
 「なんだよ、いいじゃんこのくらい!」
 「明らかに混ぜるな危険だろうが、ソレ!!
 俺が被害に遭う前に、処理させろ!!!!」
 思わず本音の漏れたティキへ、ロードの怪しげな目が向けられる。
 「ひっ!!」
 「ねーえぇーv ティーッキィィィィーv
 「甘え声出すな!怖い!!」
 思わず後ずさったティキを追って、ロードは軽々と飛んだ。
 自分を囲む守化縷達の頭や肩を飛び石代わりにティキへ迫り、とうとう彼の背に着地する。
 「さv 一杯v
 「イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
 背を踏みつけられて、床に這ったティキが甲高い悲鳴をあげた。
 「なんだよぉv
 長子の酒が飲めないってぇ?」
 「酒じゃねぇし!!明らかに毒物なんか飲めるか!!」
 「大丈夫だよぉv
 ヤなら、透過すればいいじゃんv
 「あ、そう・・・きゃああああああああああああああああああああああ!!!!」
 つい、口を開けてしまったティキの口内に、怪しい薬液が流し込まれる。
 「ふふん♪
 透過する間もなかったねぇv
 「お前俺を殺す気だろおおおおおおおおおお!!!!」
 がばぁっと起き上がったティキは、ニコニコと笑うロードが退いた距離を一気に詰めた。
 「お・・・俺が死んだらお前・・・!」
 「?」
 ひょい、と、ティキに抱えられ、ロードは不思議そうな顔をする。
 「今度は少年と遊ぶ気だろ!
 そうはさせないからな!」
 ぎゅう、と抱きしめられて、ロードの目がまん丸になった。
 「・・・へ?
 ティッキー・・・どうしちゃったの?」
 いつもならロードのいたずらに散々困った挙句、ふてくされて引きこもってしまうのに、今日の反応はまるで逆だ。
 「まさか・・・もっといぢめて欲しいとか?」
 もちろん冗談のつもりで言ったのだが、それが図星とばかり頬を染められて、ロードは声を詰まらせた。
 「・・・・・・どうしたのさ、ティッキー。
 へ・・・変だよ・・・?」
 苦しいくらいに抱きしめられて、もがきながらロードは周りの守化縷達を見遣る。
 「お・・・お前ら、なんとかしろよぉ・・・・・・!」
 呆気にとられていた彼らは、その声で我に返り、ロードがティキに飲ませた薬液の調査を急いだ。
 しばらくして、
 「・・・どうやらこれは、自律神経を通して脳に作用し、主に独占欲などの支配欲を高める動きをするようですな」
 ため息混じりでもたらされた報告に、ロードは眉根を寄せる。
 「・・・はぁ?
 独占欲って・・・それ、『デザイアス』のお父様一人で手一杯なんだけど、僕・・・」
 『欲望』のノアであるシェリルは、特にロードへの独占欲が強く、彼の過剰な愛情には時折、辟易していた。
 なのに、ティキまで同じ欲望に取り憑かれたのでは、相手をするだけで疲れそうだ。
 「・・・こんなの、やんなきゃよかった。
 ・・・・・・そうだ!ねぇ、他の薬でこれ、帳消しに出来ないかな!」
 「いや、それは・・・」
 そんな単純なことで解消できるはずがないと、科学技術に関してはプロフェッショナルである守化縷達は困惑したが、ロードはむしろ楽しげに赤と青の薬液を混ぜ合わせた。
 「へへっv
 きれいな紫ー・・・v
 ね、ティッキー?これ飲んでみなよ!」
 自分にべったりとくっついたままのティキに紫の薬液を差し出すと、彼は今までのような抵抗をせずに、あっさりと飲み干す。
 「・・・なんかつまんないや。
 ティッキーは抵抗して、嫌がって、泣きながら逃げ回るのが面白かったのに、こんなに素直じゃさぁ・・・」
 そんな我がままにも程がある言い分に、いつもなら怒り出すティキがいきなり泣き出した。
 「えぇっ?!
 ティッ・・・ティッキィー?!」
 あまりにもありえない展開に、ロードが普段の彼女からはありえないほど慌てる。
 「どっ・・・どうし・・・・・・?!」
 「お・・・俺は・・・!
 こんなにお前を愛しているのに、つまんないだなんて・・・!
 お前を喜ばせることも出来ない俺なんて死ねばいいー!!」
 「悪化してるぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!」
 声まで蒼くして、ロードは更にきつく自分を抱きしめるティキを引き剥がしにかかった。
 が、体格差がありすぎて、ロードはティキの腕の中でぷるぷると震えることしか出来ない。
 「守化縷ー!!
 ティッキーにお薬を!!
 黄色と赤を混ぜるんだー!!!!」
 だから言わんこっちゃないのに、と、呆れる思いを骸骨の無表情に隠して、守化縷達はティキの口をこじ開け、橙色になった薬液を流し込んだ。
 途端、ティキの腕が緩み、ロードはほっとして彼の抱擁から抜け出す。
 「ティッキー!
 全くお前ってば・・・・・・えー・・・・・・」
 なんだかとてもキラキラした目で熱く見つめられて、ロードは声を失った。
 「こ・・・今度は・・・どうなちゃったんだ・・・・・・?」
 いつもの余裕に満ちた笑みを浮かべることも出来ず、じりじりと後ずさるロードの手が、ティキの両手にしっかりと捕まれる。
 「ひっ!!」
 「ロード・・・v
 なんて可愛いんだ、俺の天使・・・v
 「ひゃああああああああああああ!!!!」
 潤んだ瞳をずいっと寄せられ、ロードが本気の悲鳴をあげた。
 「ティッキー!!
 ティッキー気持ち悪い!!
 どうしちゃったの、お前!!!!」
 涙目になって身を離そうとするロードを、しかし、ティキは離そうとしない。
 「そんな意地悪を言わないでくれ・・・!
 俺・・・悲しくなってしまう・・・!」
 「お前が変になっちゃって、僕は今まさに悲しいよ!!!!」
 涙目を更に寄せられ、ロードは必死に顔を背けた。
 「守化縷ー!!!!
 守化縷!!その薬全部混ぜろ!!!!」
 最後の手段だと、ロードが声を限りに叫ぶ。
 守化縷達は彼女のヒステリックな命令に、慌てて従う振りをしながら、わがまま姫の困り果てた姿をほんの少し、楽しんでもいた。
 笑みを骸骨の中へ完全に封じ込めた彼らは、間もなく出来上がった黒い薬液をティキに飲ませる。
 ―――― 途端、ティキの身体に変化が起きた。
 「・・・なにこれ!おもしろーいv
 ようやく解放され、しばし呆然としていたロードが、その変化に手を叩く。
 ノアの能力が覚醒し、発動したティキの身体は黒い鎧で覆われたように変化し、更にその周りを蛇のように蠢くものが囲んでいた。
 「わーv ウナギウナギv
 ティキの放つ冷気に息を白くしながら、ロードがはしゃいだ声をあげる。
 「あははv
 なーんだ、ティッキーてば薬で発動できるんだねぇ!
 困った時はこれを使えばいいんだよ!」
 ついさっきまで怯えていたとは思えないはしゃぎぶりで、ロードがティキを遠巻きに眺めた。
 「おい、守化縷達ぃ!
 この薬の成分、至急解析して、増産しなぁv
 ティッキーだけでなく、他の兄弟も、覚醒の助けになるかもしれないからさぁ・・・v
 大きな目をきらりと光らせ、命じたノアの長子に、守化縷達は恭しくこうべを垂れる。
 「ふふ・・・v
 今度こそ、戦争は僕らの勝利だねぇv
 クスクスと笑う彼女に、守化縷達は更に恭しく膝を折った。



To be continued.


 










2011年ハロウィンパーティ開始SSですv
これはリクエストNO.66『教団&ノアの薬害事件』を使わせてもらってますよv
シリーズを通じて使っていきますのでよろしくです★
そして、今年も彼がなんだか不幸な前兆ですが、これは我が家でのお決まりごとなのであまり気にしないでください(キリッ)>気にするなと言われても。
だって、ハロウィンで不幸にしなかったら苦情が来るのだもの(・▽・)>苦情じゃねぇだろ(笑)
需要と供給の関係で、不幸な彼のハロウィンをお楽しみくださいな
v












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