† ANGEL TRIP U †







 「あー・・・・・・あらかた片付いたかねぇー・・・・・・」
 四面楚歌の中、ラビは八つ当たり気味に壊し続けたアクマの残骸を眺めた。
 「ったく、俺のせいでノアを逃がしたとか、言いがかりも甚だしいさね!
 そんなに言うなら、俺らが来る前にとっとと片付けてりゃあ・・・」
 「おい!眼帯!!」
 「ひょあっ?!」
 突然背後から声をかけられ、ラビが飛び上がる。
 「なんさこのビン底・・・いやあああああああああ!!!!」
 首に腕を回されたラビは、今にも死にそうな悲鳴をあげた。
 それもそのはず、ティキは素手で簡単に人を殺すことのできるノアだ。
 彼に捕まると言うことは、死に一歩どころでなく近づく行為だった。
 が、彼は暴れるラビの動きを封じると、その目の前に薄い箱を差し出す。
 「あ・・・あれ?
 これ・・・・・・」
 瞬いたラビの耳元で、ティキが忌々しげに舌打ちした。
 「これお前ンだろ!
 これ見よがしに落としてくもんだから酷い目に遭ったぜ!!」
 「どんなさ?」
 「そっ・・・それは・・・・・・!」
 好奇心旺盛なラビにあっさりと問われて、ティキの顔が見る見る紅くなって行く。
 「おっ・・・お前に言えるわけないだろっ!!」
 「紅くなるような事態に陥ったんさ?
 それってどんなことさ?
 まさか、人倫にもとるよーな破廉恥な行為でもやったんさ、この変態!」
 「うるっっっっせーよ、このピーピング野郎!!
 とにかく!
 これはとっとと教団で処分しろ!!
 今後絶っっっっ対にノアに持ち込むなよ!!!!」
 ラビの手に箱を押し付けたティキは、念押しして彼の背を突き飛ばした。
 「ちょっ・・・この!!」
 たたらを踏みつつラビが振り返ると、もうそこにティキの姿はない。
 「・・・なんだったんさ」
 不思議そうな顔をして、ラビは押し返された箱を見下ろした。


 「ただいまさー」
 真っ先に方舟の扉をくぐったラビは、ハロウィンに浮かれた格好の団員達が行き交う様に口を尖らせた。
 「なんさなんさ、俺らが命がけで働いてきたってーのにみんな浮かれて!」
 「あぁン?!
 お前、どの口でそんなことぬかしてンだぁ?!」
 後ろからソカロに小突かれて、ラビは危うく階段を転がり落ちそうになる。
 「げっ・・・元帥!
 だからそれはさ・・・!」
 「さっさと降りろ!」
 「後がつかえとんのじゃい!!」
 機嫌の悪いクロウリーやブックマンにまで怒鳴られ、ラビはむくれて階段を下りた。
 と、彼を目がけてアレンとリナリーが、パタパタと駆けて来る。
 「お、出迎えごくろーさん・・・」
 「ラビ!!耳つけて!耳!!」
 「羽根!!
 羽根がうまくつけらんないの!!」
 早口にまくし立てながら差し出された獣耳と羽根を前に、ラビが唖然と声を失った。
 「あ・・・あのな、お前ら・・・」
 「つけてもらおうと思って探したのに、いないんだもんっ!」
 「パーティに間に合わないかと思ったよ!!」
 口々に勝手なことをぬかす弟妹に、ラビは深々と吐息する。
 「その前になんか、言うことはないんさ?」
 不機嫌に口を尖らせる彼の前で二人は、気まずげに笑った。
 「おかえりなさーいv
 「無事でよかったよv
 今更だが、ようやく言った二人に苦笑し、ラビはリナリーの羽根を取りあげる。
 「なんさこれ、フェアリー?」
 透き通った羽根を眺めるラビに背を向け、リナリーが頷いた。
 「可愛いでしょ!
 昨日、がんばって布貼ったんだよ!」
 早くつけろと跳ねるリナリーの頭を押さえつけ、おとなしくさせたラビは、アレンが差し出した小物入れからリボンやピンを取り出して、羽根をリナリーの衣装に固定する。
 「ったく、自分で着けらんねーもんを作るんじゃないさ」
 ぽん、と背中を押して完了を告げると、リナリーはくるりと振り返った。
 「いいじゃない!
 ラビに頼んだ方がうまく出来るって思ったんだもん♪」
 甘え上手な彼女ににこにこと言われ、苦笑したラビは、アレンが差し出した耳を受け取る。
 「なんさ、また猫なんか?」
 ワンパターン・・・と、呟いたラビにアレンは、ぶんぶんと首を振った。
 「今年は僕、狼少年です!」
 頬を紅潮させて言ったアレンに、ラビは不思議そうな顔をする。
 「狼少年?狼が来るぞー!ってさ?
 アレは人間だから、耳は・・・」
 「そっちじゃなくて、満月で変身する方!」
 ぷんっと頬を膨らませ、アレンはラビの眼前にまん丸のティムキャンピーを突き出した。
 「今日はまだ三日月だから、まん丸のティムを見て狼男になるんだってゆってたら、リーバーさんがまだ少年だろ、って・・・」
 「だから狼少年?
 ・・・ま、どっちでも間違いではないと思うケド」
 「どーゆー意味だよ、それっ!」
 「子供の癖に小賢しい嘘つきだってことですよっ!!」
 突然、背後から伸ばされた手に両頬を引き伸ばされて、アレンが悲鳴をあげる。
 「まったく!!
 無断で消えるなといつも言っているでしょう!!!!」
 「まかれるリンクがトロいんじゃんっ!!」
 魔の手を引き剥がしたアレンは、真っ赤になった頬をさすって泣き声をあげた。
 「リンクがいぢめるよー!!」
 「あぁ、よしよし・・・!
 ホントに酷いわんこだよねっ!
 人の恋路に平気で踏み込んでくるし、忌々しいったらありゃしないよっ!!」
 ここぞとばかりにリナリーに泣きついたアレンに呆れつつ、ラビは彼女の言葉が引っかかって首を傾げる。
 「恋路の邪魔って、こいつ、またなんかしたんさ?」
 今にも噛み付きそうなリンクを指して問えば、リナリーも吠えたてんばかりの勢いで頷いた。
 「さっき帰ってきたミランダがクラウド元帥に誘われて、班長と一緒にチェスのクイーンとキングになったの!
 そしたら監査官がいきなりビショップになって、ミランダの横についたんだよ!
 ありえないでしょ!」
 言われて見れば今、リンクは黒い僧衣を纏って、頭に大きな法冠を載せている。
 が、ラビの興味を引いたのはそんなことではなかった。
 「クラウド元帥に誘われて、って・・・元帥はもしかして、白のクイーンなんさ?!」
 リンクが黒のビショップであるなら当然、ミランダは黒のクイーンだろう。
 ならばクラウドは、その身分から言っても美貌から言っても白のクイーンに間違いない、というラビの推理は見事に当たっていた。
 「白のキングは俺がもらったさー!!!!」
 突如駆け出したラビに、三人が目を剥く。
 「あ!僕の耳!!」
 「ちょっ・・・ラビ!!」
 「白のキングはもう・・・!」
 それぞれに声をあげるが、ラビの姿はとっくに方舟の間から消えていた。


 その頃、自室で化粧を終えたエミリアは、鏡に向かってウィンクした。
 「よし、完璧v
 鏡の中で妖艶に笑う自身に満足げに頷き、豪華なドレスを翻す。
 「さぁて・・・v
 獲物を狩りに行くわよ!」
 にぃ・・・と、妖しく吊りあがった紅い唇から、白い牙がこぼれた。
 勢いよくドアを開け、踵を鳴らして石の回廊を渡り、真っ直ぐに目的地へと向かう。
 「神田ーv おっかえりーんv
 方舟の間に歩を踏み入れるや大声をあげると、帰ったばかりでまだ、暗証番号の認証中だった神田のこめかみが引きつった。
 「なんっ・・・だよお前!」
 嫌な予感しかせず、声まで引きつらせるが、エミリアは構わずつかつかと歩み寄ってくる。
 「神田、ハロウィンよ、ハロウィンv
 あんたもやりなさいよ、ヴァンパイアv
 白い牙に舌を這わせ、はしゃいだ声をあげるエミリアを、神田はうるさげに押しのけた。
 「まだ報告も終わってねぇだろ!邪魔すんじゃねぇ!」
 「あぁら、それって・・・」
 ぎろりと、ものすごい目で睨まれて、神田の背後にいたチャオジーが飛び上がる。
 「やってくれるわよ・・・ね?」
 にんまりと笑った女吸血鬼の迫力に気おされ、チャオジーはガクガクと頷いた。
 「ハイ!解決!
 さぁさぁ我が獲物よ!共に久遠を生きましょうぞv
 強引に手を引くエミリアから、しかし、神田は身を引こうとする。
 「なんで俺が・・・!」
 言いかけた彼にエミリアが抱きつき、その首筋に音を立ててキスをした。
 「なにすんっ・・・!」
 「ホーラv
 これであんたもヴァンパイアの仲間入りよ!
 さぁ!あたしをエスコートしなさい!」
 楽しげに笑いながらエミリアは、取り出した手鏡に神田の首筋を映し出す。
 「こんなに口紅つけやがって!」
 拭おうとする手を両手で掴んで、エミリアはにこりと笑った。
 「キスマークv って言うのよんv
 さぁさv
 もうあんたはあたしの獲物で虜なんだから、言うこと聞きなよv
 更に腕を引き、エミリアは神田を被服室へと引きずっていく。
 「もう、係長にはあんたの衣装も頼んでるんだから!
 きっと似合うわよーv
 楽しげな笑声を回廊中に響き渡らせていると、その声を聞きつけてクラウドが顔を出した。
 「あぁ、連行中か」
 随分と襟ぐりの下がったセクシーな白い衣装を纏った元帥は、女吸血鬼に捕まった気の毒な美少年に微笑みかける。
 「いいカッコだな、ユウv
 こんな吸血鬼の獲物なんかより、私のナイトになればよかったのに」
 美脚を見せ付けるように歩を進め、二人に歩み寄ったクラウドが、白い扇子の先で神田の顎を持ち上げた。
 「今からでも遅くはないぞ?
 私のナイトにおなり」
 腰から薄い布を幾枚か垂らしただけのドレスは、それを膨らませるクリノリンがほとんど丸見えで、鳥籠のようなそれがカシャカシャと金属的な音を立てる様までもが見える。
 が、普通の男ならこれだけで悩殺出来たものを、神田は眉根を寄せただけで顔をそむけた。
 「あんたのペットにされるのはゴメンだ」
 ふん、と、鼻を鳴らすと、神田にしがみついたまま、獰猛に唸っていたエミリアも吠え立てる。
 「そうよ!
 それにあたし、じゃんけんに勝ったじゃないですか、元帥!!
 今日はあたしのものって、とっくに決めたでしょぉ!!
 約束破んないでよ!!」
 身分差をものともせず言ってのけたエミリアに、クラウドはむっと眉根を寄せた。
 「私はユウの自由意志を尊重しようとだな・・・」
 「獲物に自由意志なんかあるかッ!
 今日はあたしのものよ!!!!」
 今にも噛み付かんばかりに牙を剥かれて、さすがの神田が身を竦める。
 と、ようやく諦めたか、クラウドがため息をついて歩を引いた。
 「・・・戦闘だったら負けなかったのに」
 「そんな勝負受けられるかっ!
 潔くしてください、元帥!!」
 頬をぱんぱんに膨らませて神田の首に腕を回し、床を踏み抜かんばかりの勢いで引きずっていくエミリアのたくましい背中を、クラウドが憮然と見送る。
 「女王の命令を聞かないとは生意気な奴め。
 首を斬ってしまうぞ!」
 首に当てた扇子を横へ滑らせたクラウドの背後に、その時、にょきっと巨大な影が生えた。
 「お前が白のクイーンって柄か?腹ン中は真っ黒じゃねぇか!」
 哄笑は、喉から出る前にみぞおちを抉られて無理矢理止められる。
 「ふむ。このドレスは足が自由になって、実にいい」
 床の上でぴくぴくと痙攣するソカロを踏みつけ、クラウドは恐ろしい笑みを浮かべた。
 「お前は塔でもやってろ、ソカロ!
 砲弾を浴びるにふさわしい体格だからな!」
 くつくつと、喉の奥にこもった笑声が不吉に響く。
 「さぁて・・・!
 そろそろ我がキングを迎えに行くか・・・!」
 楽しい祭のはずなのに、臨戦態勢とも言うべきオーラを纏った彼女に、誰もが怯えて近づこうとはしなかった。


 クラウドが目指す室長執務室では、白い王冠を被らされたコムイが、不機嫌な顔をデスクに押し付けていた。
 「おーわんないー・・・・・・!」
 サインしてもサインしても、減るどころか増えていく書類にうんざりして、白い法衣姿のブリジットを見遣る。
 「ね・・・ねぇ、ミス・フェイ?
 ものは相談・・・」
 「決裁が終わるまで、部屋から出ることは許しません」
 「・・・・・・ですよねー」
 僧侶と言うよりは裁判官と言うべき厳格な答えに、コムイはがっくりと肩を落とした。
 「はぁーあ・・・。
 それにしても、なんでボクが白のキングなの・・・?」
 カリカリとペンを走らせながら愚痴ると、同じく書類の整理をしながらブリジットが肩をすくめる。
 「たまたまお近くにいらっしゃったからでしょう。
 お仕事から逃げようとなさったことが仇になりましたわね」
 つんっと、冷たく言われてコムイが身を縮めた。
 「べ・・・別に、逃げようなんてボクは・・・!
 た・・・たまたまですね、リナリーの衣装を持って行ったら元帥がいて、任命されちゃっただけで・・・・・・!」
 しどもどと言い訳するコムイを冷たく睨んで、ブリジットは身振りで仕事を続けるよう促す。
 「たまたまでも嬉しいのではありませんか?
 元帥のキングになら、誰もがなりたかったことでしょうに」
 意地悪く言ってやると、コムイは不満げに口を尖らせた。
 「やだよ、絶対尻に敷かれるもんー・・・!
 代わってくれるんならすぐにこの王冠を・・・そうだ!
 バクちゃん来てないかな、バクちゃん・・・!」
 喜色を浮かべてあげた顔は、しかし、ペットのゴリラを従えた女王の前に凍りつく。
 「迎えに来たぞ、我がキングよ!!」
 「えええええええええええ!!!!」
 コムイの悲鳴ににやりと笑ったクラウドは、つかつかと歩み寄って彼に扇子を突きつけた。
 「さぁ!
 共に黒の軍を倒そうぞv
 「あっ・・・あのっ・・・!
 そうしたいのはやまやまなんですけどッ!
 ボクまだお仕事が終わってなくてですねっ!!」
 わざとらしくも仕事を言い訳に使うコムイに舌打ちしたクラウドは、傍らのブリジットへ視線を流す。
 「未だ終わらないとは、お前の不手際ではないのか?」
 「・・・返す言葉もございませんわ、女王陛下」
 口では殊勝なことを言いつつ、物凄い目でコムイを睨むブリジットに、怯えきった彼はデスクの下に沈んだ。
 「あ・・・あのですね、元帥・・・!
 ボク、もうしばらくお仕事終わりそうにないんで・・・よかったら誰か、他の人にキングを代わってもらっちゃどうかなって・・・!
 えと・・・バク支部長とか・・・!
 血統いいですし、彼の方がふさわしいと思・・・」
 「だが身長が足りんのだ」
 見下ろしてしまう、と断言されて、コムイはデスクに突っ伏した。
 「そ・・・そうですよねー・・・。
 他に、ヒールを履いた元帥に釣り合う身長って言えば・・・そのペットさんとか?」
 「これは既に、塔を下命している」
 そう言って、クラウドは白目を剥いたソカロの鎖を引く。
 「そら、四の五の言わんとさっさと・・・」
 「元帥!!
 見つけたさー!!!!」
 歓声と共に飛び掛って来たウサギは、一瞬で巨大化した白猿に捕らわれ、踏み潰された。
 「げんずいっ!!
 キングなら俺ぐあああああああああああああああっ!!!!」
 内臓を吐けとばかりに踏みつけられて、ラビが濁った悲鳴をあげる。
 「お前はカボチャお化けでも被っていろ。
 さぁコム・・・イ?」
 だが視線を戻したデスクには既にコムイの姿はなく、きょろきょろと部屋を見回すと、ラウの影に白衣の裾が見えた。
 「おい・・・」
 「ラビ、戴冠たいかーんv
 ボクの代わりに白のキングになるんだよーv
 「あ!こら!!」
 「ごぶい―――――vv
 ありがどーざーvvvv
 吐血しながらも、白の王冠を戴いたラビが、嬉しげに笑う。
 「げんずいっ!!
 げんずいおれ、ぎんぐになっだざー!!」
 ラウに踏まれても懲りず、パタパタと手足をばたつかせるラビに、クラウドは深々とため息をついた。


 ―――― 一方、黒の陣営では。
 「わ・・・私がクイーンだなんて、厚かましいっていうか・・・!」
 クラウドの衣装より、ややセクシーさでは劣るものの、より可憐さは増した黒の衣装を纏って、ミランダが頬を染めた。
 「確かに、イメージ的には白のクイーンだよな」
 いつもの白衣とは違い、珍しくも黒い衣装のリーバーが、笑って黒い王冠の位置を直す。
 「・・・さて。
 おい、お前ら!
 浮かれてねぇでとっとと仕事しろ!」
 王錫を振り振り、研究室に集まったお化け達に言い放ったリーバーを、皆が恨みがましい目で睨んだ。
 「いいじゃないですか、今日くらいー!」
 「そうだそうだ!自分だけいい目見やがって!」
 「明日できることを今日やるなって、諺でも言うしさー」
 「今日できることを明日やろうとすんじゃねぇよ、ゴルァッ!!」
 恐ろしい目で睨まれて、お化け達がわたわたと逃げ惑う。
 更に、
 「今日の分の仕事を終わらせられなかった奴、パーティの参加禁止!」
 と宣告され、各所から悲鳴が上がった。
 「鬼!!鬼班長!!」
 「あんたなんか悪魔の扮装がお似合いだっ!!」
 「だったら俺のことはパイモンとでも呼びやーがれぃ!
 オラオラ!!働けぇぇぇぇい!!!!」
 「ひいいいいいいいいいいいい!!!!」
 チェスのキングから地獄の王へと名を変えたリーバーの王錫に追われて、お化け達はそれぞれの仕事に戻る。
 その様をにこにこと眺めていたミランダは、ふとドアを見遣って手を振った。
 「リナリーちゃん!羽根、着けてもらったのねv
 「あ!
 ミランダみっけーv
 柔らかい布を幾枚も重ねた可愛らしいドレスをふわふわと揺らしながら、リナリーが駆け寄ってくる。
 「ねぇ、ラビ知らない?
 私の羽根を着けた後、アレン君の耳を持ってどっか行っちゃったんだよ!」
 リナリーが小首を傾げると、彼女の後ろから駆けて来たアレンが、頬をぱんぱんに膨らませた。
 「このままじゃ僕、狼少年じゃなくてただの少年ですよ!」
 「本当にね。
 ラビ君ならさっき、コムイさんの執務室に・・・」
 ミランダが指差した先から、不満顔のクラウドと、彼女の腰にしがみついたラビが出てくる。
 「・・・なにあれ」
 「よく許してるなぁ・・・」
 不思議な物を見る目で追っていると、案の定、やや広い場所で一本背負いされたラビが笑顔のまま床に叩きつけられた。
 「うん、予想通りの展開」
 大きく頷いたアレンは、笑顔のまま伸びたラビに駆け寄り、わしゃわしゃと彼の服を探る。
 「もー!
 僕の耳、どこに・・・あれ?これ・・・」
 見覚えのある箱を見つけたアレンは、既に封の剥がされたそれに呆れた。
 「触んない方がいいって言ったのに・・・」
 ため息をついたアレンは箱を、積み上げられた書類の隙間に隠す。
 「ここに隠しとけば、見つからないか、見つかっても処分してくれるよね」
 うん、と頷いて、再びラビの服を探っていると、くすぐったかったのか、ラビがいきなり笑い声をあげた。
 「んなっ・・・なにすんさ、アレンっ!
 あれっ?!元帥は?!」
 起き上がるやキョロキョロと辺りを見回すが、彼の視界からは既に、白の女王の姿は消えている。
 「俺のクイーンがあああああああああああ!!!!」
 「それより僕の耳は?!」
 ぶぅ、と、口を尖らせたアレンに問われて、ラビはズボンのポケットから耳を取り出した。
 「・・・ったく、耳くらい自分で着けられるだろ!」
 「着けるだけならね。
 でも、ピンや自分の耳を隠すのが難しくてさ」
 小物入れを開けて座り込んだアレンに吐息し、ラビは手ぐしで髪を整えてやりながら白い耳を着けてやる。
 「ホレ。
 人耳は隠してやってっから、あんま髪にさわんなよ」
 「あいっ!」
 アレンが嬉しげに敬礼すると、その背後からまた手が伸びてきた。
 「逃げるなと何度言えばわかるのですか、この鳥頭っ!!!!」
 「ぶにいいいいいいいい!!!!」
 おもいっきり頬を引き伸ばされて、アレンがかわいそうな泣き声をあげる。
 と、その声を聞きつけたミランダが、リナリーに手を引かれて駆け寄ってきた。
 「まぁまぁ、ハワードさんたらダメよ、いじめちゃ・・・!
 アレン君、大丈夫?」
 屈み込むと、アレンがミランダのドレスに縋る。
 「ミランダさんっ!リンクがいぢめるっ!
 めっ!してやって!!!!」
 わざとらしくも大げさな泣き声をあげるアレンに、リンクがこめかみを引き攣らせた。
 「お黙りなさい、クソガキ!!」
 思わず手をあげようとすると、
 「ハワードさん、めっ!」
 「え・・・えぇー・・・・・・!」
 ミランダに叱られて、しおしおと手を下ろす。
 「小さい子をいじめちゃダメですよ、って、いつも言っているのに・・・」
 その言葉にはアレンまでもが複雑な顔をしたが、縋られているミランダは気づかなかった。
 しかし、傍らで見ていたリナリーはさすがに気づいて苦笑する。
 「アレン君、お姉さんに泣きついてちゃ、いつまでも・・・」
 言いかけて、リナリーは書類の隙間に押し込まれた箱に目を留めた。
 「リナリー?」
 「あ!えっと・・・そう、そんなことじゃいつまでも『小さい子』扱いだよ!」
 クスクスと笑ってやると、アレンは気まずげに頬を赤らめて立ち上がる。
 と、頭の上にぴょこんと生えた白い耳が、ぴるぴると震えた。
 「・・・んまぁ!!
 アレン君、可愛いわんこvv
 途端、歓声をあげたミランダに、アレンは慌てて首を振る。
 「いや!犬じゃなくて狼・・・!」
 「お手v
 「わんっ!
 ・・・じゃなくてぇ!!」
 差し出された手に思わず手を乗せてしまったアレンが懸命に首を振る後ろで、リンクが今にも噛み付かんばかりに獰猛な唸り声を上げた。
 「ひっ!
 えと・・・!」
 どうにか逃れる手はないかと、アレンは部屋中を見渡す。
 と、ヒステリックに王錫を振り回すリーバーから、お化け達が必死に逃げ惑う様を見つけた。
 「ミランダさん、リーバーさんを止めてあげた方がいいんじゃないかな?!
 お化けさん達が可哀そ・・・あぁ!!毒ガスが!!」
 追い立てられて躓いたメフィストフェレスがファウスト博士の実験器具に突撃し、いかにも怪しげな煙が上がる。
 「み・・・みなさん!下がって!!」
 わたわたと時計を掲げ、発動するミランダの背後に、アレンは素早く逃げ込んだ。
 「あー・・・危なかった。
 僕までミランダさんのわんこにされるところだった」
 ほっと胸を撫で下ろすアレンの背を、同じく逃げてきたラビが笑って叩く。
 「そうなったらお前も、ちょっとはイイコになったかもしんねーのになv
 「この性悪猫の腐った性根が、そうそう矯正されるものですか!」
 辛うじて愛犬の座を守ったリンクが忌々しげに吐き捨て、ふんっと鼻を鳴らした。
 「リンクの曲がった根性も直りようがないけどね!」
 べーっと、アレンも負けじと舌を出し、二人が睨み合う傍ら、リナリーはさっき見つけた箱をそっと手にする。
 「わ・・・私、ちょっとジェリーの所行って来る!」
 言うや駆け出し、一瞬で駆け抜けた回廊の先にある自室に飛び込んだリナリーは、ベッドに腰を下ろして、ドキドキしながら手にした箱を開けた。
 「やっぱり・・・あの時のだ!!」
 箱に収まった試験管には三色の薬液。
 ラベルも何もないが、リナリーはそれが、今は亡きタップがこっそり作ってくれた薬だと確信した。
 ―――― 惚れ薬なんて、お前には要らないんじゃないか?
 そう言って笑った彼の顔を、今でも鮮明に思い出すことができる。
 ―――― でも欲しいんだよ!
 と、反駁したリナリーが、図書室の奥から見つけてきた古文書の通りに、彼は『魔女の秘薬』を調合してくれた。
 「えぇと・・・確か、青と赤を混ぜたら惚れ薬で・・・青と黄色でグリーン・アイド・モンスター(嫉妬)になるんだよね。
 赤と黄色はなんだったかな・・・?
 全部混ぜたら危ないよ、ってのは覚えているんだけど・・・オレンジの効果を忘れちゃったな・・・・・・」
 使う前にリーバーに見つかり、取りあげられてしまったので、実際にその効能を試したことはまだない。
 「あの本、どこにしまったかなぁ・・・・・・」
 本棚を探そうとして、それもリーバーに取りあげられたことを思い出した。
 「・・・ちぇっ。
 まさか班長、自分で使ったりしてないよね」
 量が減ってるし、と呟いたリナリーは、きっと彼なら『そんなもの必要ない』と断言するだろうと思い至り、頬を膨らませる。
 「なんだよ、班長の自信家!
 一度くらいミランダに浮気されて、慌てふためくがいいよ!」
 言ってからリナリーは、はっと目を見開いた。
 「浮気・・・かぁ・・・v
 にんまりと悪い笑みを浮かべ、三色の薬液を日に透かす。
 「ふふv
 今日はハロウィンだもん♪
 イタズラしてもいい日だよねv
 Trick&Trick!と、リナリーはやる気満々にこぶしを握って立ち上がった。
 「妖精はイタズラ好きだって、相場は決まっているんだよ!」
 背中の羽根を揺らして、リナリーはくるくると嬉しげに回る。
 「パンジー作戦、開始ーv
 イタズラを企む妖精ははしゃいだ声をあげて、意気揚々と部屋を飛び出した。



To be continued.


 







ShortStorys