† ANGEL TRIP W †







 「やだやだやだやだっ!!
 離れないったら離れないー!!!!」
 病棟に着いても相変わらず駄々をこねるリナリーに、ナース達は揃って苦笑した。
 「どうしちゃったの、この子?」
 「お姉ちゃんなのにウォーカー君に甘えちゃって・・・」
 「リナリー、何かあったの?ちゃんと言わないとわかんないよ?」
 アレンに横抱きにされたまま、ナース達の指でつつかれて、リナリーがまさに駄々っ子の泣き声をあげる。
 と、
 「いい加減にしなさい!!」
 イライラと状況を見つめていたリンクが、ヒステリックな怒号をあげた。
 「聖職者ともあろう者がみっともない!!」
 元々怒りの沸点が低いリンクは、とうに激昂して乱暴にリナリーの肩を掴む。
 「君が素直に離れさえすれば、私の仕事が増えることも・・・」
 「だって!!
 離れちゃったら他の子に取られるでしょぉ!!!!」
 絶叫するや、ナース達が失笑した。
 「そうね、ウォーカー君、人気者だし」
 「あなたがさっさとリナリー一人に決めてくれないから、この子が拗ねちゃったんだわ」
 ナース達にからかわれて、既に染まっていたアレンの顔が、更に真っ赤になる。
 「ホラ、いっそ今決めちゃいなさいよ、ウォーカー君。
 そうすれば解放されるかもよ?」
 「でもそんなことをすれば、アレンの命はないでしょうね」
 凛とした声が室内に響いた途端、楽しげに囀っていたナース達が黙り込み、歩を引いて目線を落とした。
 「ふ・・・婦長・・・!」
 影の権力者登場に、ほっとしたアレンの腕の中で、リナリーが身を硬くする。
 「どうしたの、リナリー?
 随分甘えん坊ね」
 意外にも優しい声音で問われて、叱られると思っていたリナリーが顔を紅くした。
 「このままじゃアレンが大変でしょ。降りてあげなさいよ」
 「で・・・でもぉ・・・!」
 ぎゅう、と、アレンにしがみついたリナリーの目線を辿って、婦長は軽く吐息する。
 「完全に駄々っ子ね。
 後は私が引き受けますから、あなた達は仕事に戻りなさい。
 監査官も、今は遠慮してくれる?」
 「は?!
 私はウォーカーの監視と言う任務が・・・!」
 「あなたがいると、リナリーが殺気立つのよ」
 反駁しようするリンクをきっぱりと遮って、婦長が肩をすくめた。
 「アレンが他の女の子に取られるのも嫌でしょうけど、リナリーは何より、あなたがこの子から離れないのが気に入らないの。
 あなたが傍にいる限りこの状態でしょうけど、いいの?」
 「しかし・・・私も仕事ですから!
 こんなワガママ娘になんか、つきあってられませんよ!」
 思いっきり睨んでやると、リナリーも思いっきり舌を出す。
 その様にまた、婦長が肩をすくめた。
 「やれやれ、北風と太陽だわ。
 監査官、どうしても心配だと言うのなら、私の首をかけましょう。
 この二人が逃げたら私を免職にでもなんにでもしなさい」
 「えぇっ?!婦長・・・!」
 「そんなのダメだよ!!」
 慌てたアレンとリナリーに、婦長が微笑む。
 「私を辞めさせたくなければ、ここでおとなしくしてなさい。
 監査官、いかが?」
 婦長の案に、リンクは渋々頷いた。
 「・・・わかりました。
 では、何かありましたらすぐに呼んでください」
 「了解しました。
 さ、とりあえずあなた達、お座りなさい」
 病室ではなく、面会室のドアを開けて、婦長がソファを指す。
 「まずは私が問診して、場合によってはドクターにお願いしましょ」
 ベテランナースの采配にそれぞれが頷き、この場を婦長に託した。


 一方、パーティ会場から別室に連行されたリーバーとミランダは、相変わらず険悪な雰囲気で言い争っていた。
 聞いていると、物凄くつまらないことでケンカしている二人の間で、ジェリーがため息をつく。
 「ねェ、アンタ達。
 今、お茶を持ってきてあげるから、このままここにいるのよん?」
 声をかけるが、聞こえていないのか、聞こえていても答えるどころではないのか、二人は無視して言い争いを続けた。
 「とにかく!
 アンタ達、お互いに手は出さないのよ?!いいわねん?!」
 そこだけは厳しく言い置いて、ジェリーは一旦席を外す。
 ややして彼女が蜂蜜とミルクのたっぷり入った暖かいお茶を持って戻った時も、二人は相変わらずつまらないことで言い争っていた。
 「ハイハイ、とりあえず座って。お茶飲んで」
 小さなテーブルにトレイを置いたジェリーが二人の間に割って入ると、両側から物凄い目で睨まれる。
 「料理長は口を挟まないでください!」
 「ジェリーさんは黙っててもらえますか?!」
 二人してヒステリックな声をあげた途端、
 「いいから黙ってお座り!そしてお飲み!!」
 城中に響き渡るような声で怒鳴られ、驚いた二人が反射的に座った。
 「さぁ!!」
 「はい・・・」
 「い・・・いただきます・・・」
 飲み頃に冷めたお茶を一気に飲み干し、ほっと吐息した二人は突然、頭を抱えて俯く。
 「ど・・・どうしたのん?」
 「なんで俺・・・こんな・・・!」
 「わ・・・私、皆さんの前であんな大声を出してしまって・・・!」
 突然我に返ったらしい二人は、顔を真っ赤にして、気まずげな目を見交わした。
 「その・・・すまなかった。
 俺、なんだかやたら苛立って、お前を怒鳴ったりして・・・」
 「わ・・・私こそ、すみません・・・!
 本当に、どうしてあんなことで怒ってしまったのか・・・!
 キャッシュさんにも、申し訳ないことをしました・・・・・・」
 「アラアラ。憑き物が落ちたみたいねェん」
 ジェリーの言う通り、まるで取り憑かれでもしていたかのようだ。
 「ねぇん。アタシ思うんだけどぉん。
 アンタ達、明らかに変だったわよん?
 なにか妙に興奮したり、イライラするようなことでもあったのん?」
 尋ねるジェリーの対面で、二人はそれぞれに首を傾げた。
 「いや・・・確かにここずっと忙しくて、寝られなかったんすけど・・・」
 「私も・・・連戦で寝てないことは寝ていないんですが・・・」
 いつものことだし、と、二人とも更に首をひねる。
 「じゃ、強いお酒でも飲んじゃった?
 まるで酔っ払ってるみたいだったもんねぇ」
 「強い酒・・・?」
 「いいえ?
 確かにカクテルは飲みましたけど、ノンアルコールだったし・・・」
 たとえ何かの間違いで強い酒が入っていたとしても、リーバーはともかく、ミランダが一瞬で酔うとは思えなかった。
 「あれ?でも・・・」
 「確かに、同じ物を飲みましたよね」
 その言葉に、ジェリーが身を乗り出す。
 「なにを?」
 「リナリーが作ったグラスホッパーですよ」
 「ミントチョコレートみたいな味の、ショートカクテルです。
 でもお酒が入っていれば、さすがにわかるはずなんですが・・・」
 いくらなんでもそこまで味音痴じゃない、と言い切ったミランダに頷いたジェリーは、頬に手を当てた。
 「あら・・・?
 じゃあまさかあのコ、何か盛ったんじゃ・・・?」
 「何かって、何をです?」
 すかさず問うたリーバーには、小さく首を振る。
 「それはアタシにはわかんないけど・・・あの子自身もね、さっきちょっと変だったのよん」
 「変って・・・どんな風にですか?」
 まさか、と、ミランダが自身の胸に手を当てた。
 「私達と同じ・・・ですか?」
 「えぇ、そうねん。
 メロンシロップと間違えて、きついミントソーダを飲んじゃってからだと思うんだけど、あの子ったらとんでもないヤキモチヤキになって。
 アレンちゃんがアタシやラビと一緒にいるのが気に入らないって、物凄いヒステリーだったわん!」
 「やきもち・・・」
 途端に険しい顔になったリーバーの隣で、ふと、ミランダが瞬く。
 「ミントといえば・・・リナリーちゃん、私がグラスホッパーを先に飲んだら、とても慌てて・・・」
 ねぇ?と、小首を傾げたミランダに、リーバーも頷いた。
 「ごまかしてはいたが・・・今思うと、本当は俺だけに飲ませたかったみたいだな」
 考え深げに顎を引いたリーバーが、記憶を探るように宙を見つめる。
 「・・・そうだ。
 あいつがグラスホッパーを作るために入れたミントは、結構濃い緑色だったよな?」
 確認すると、ジェリーもミランダも大きく頷いた。
 「あの子がメロンシロップと間違えるくらい濃かったわね」
 「きれいな緑色で・・・確かに、ラベルを見なければメロンシロップだと思ったかもしれません」
 「そっか・・・あいつ・・・・・・!」
 忌々しげに舌打ちしたリーバーは、眉根を寄せてジェリーを見遣る。
 「テーブルの上には他に、紫とオレンジの液体がありませんでしたか?
 あいつが挙動不審に出したりしまったりしてりゃ確実なんですが」
 問うと、ジェリーは両手を打ち合わせた。
 「えぇえぇ!なんだか出し惜しみしてるオレンジと、ラビを見た途端にいそいそと出した紫があったわよん!
 あの子、オレンジはリキュールで、紫はブルーベリーシロップだって言ってたケド!」
 オレンジはアレンがうっかり飲んでしまって、紫はラビが飲まされていた、と言う目撃情報を寄せると、リーバーは思いっきり舌打ちする。
 「確定だ!
 あいつ、どっかからタップの合成した薬を見つけ出して、俺達に盛りやがったんだ!」
 「タップさんの・・・?」
 「へ?なにソレ?」
 リーバーの言葉にミランダが目を丸くし、ジェリーが首を傾げた。
 「リナリーが以前、タップに調合させた薬があるんすよ!
 それぞれは無害な液体なんだが、合成してできる緑の薬液は自律神経を通して脳に作用し、主に独占欲なんかの支配欲を高める動きをするんだ。
 これが、俺らが飲まされたものの正体!」
 と、リーバーは苛立たしげに頭を掻きながら、早口にまくし立てる。
 「そして・・・信じられないだろうけど、紫は惚れ薬で、オレンジは人を純粋にしてしまう薬なんだ。
 薬も本も取り上げて隠してたのに、どうやって見つけやがったんだ、あいつ・・・!」
 「そんな薬があるなんて・・・」
 「んまぁ・・・!あのバー、やめさせなきゃねん!」
 不思議そうなミランダとは逆に、一瞬で危険を察したジェリーが歯噛みした。
 「お酒はまだダメって言ったのに、クラウドちゃんに凄まれて出しちゃうし、それをエミリアが神田に飲ませて酔っ払わせるし!
 一旦撤収させましょ!」
 既にマスター不在であることを知らずにジェリーが立ち上がると、不意にミランダが笑い出す。
 「アラン?なに?」
 「すみませ・・・まだ未成年だから慣れてないだけかも知れませんけど、神田君って下戸だったんですねェ」
 クスクスと笑声を止められないミランダに、リーバーも苦笑した。
 「あいつ、酒には弱いらしくて、前も室長に飲まされていいように遊ばれてたんだぜ」
 思考力が鈍るらしい、と言うと、ミランダが頷く。
 「今回はコムイさんじゃなくて、エミリアさんに懐いてしまったんですね。
 神田君ってば、お酒を飲ませた人に懐いちゃうのかしら?」
 言った途端、ミランダの顔から笑みが消えた。 
 「・・・そうだわ、私・・・。
 珍しく仲良しな二人を見たから、あんな場所で私以外の女と話すあなたに腹が立って・・・!」
 また剣呑な表情になりつつあるミランダに、ジェリーが慌てて口を挟む。
 「コムたんの時はともかく、今回はまるで惚れ薬ねん!
 神田も紫の薬を飲まされちゃったのかしらん?!」
 何気なく出た言葉だったが、ジェリー自身を始め、ミランダやリーバーの動きを止めるには十分だった。
 「あのシャンパン・・・・・・」
 「エ・・・エミリアがやることだものねぇん・・・!」
 「神田の奴・・・惚れ薬盛られやがったな!」
 一斉に息を呑んだ三人は、続いて深々とため息をつく。
 「神田君っていつも怖い顔をしているのに、あの時は険・・・っていうんですか?怖いものが全部流れて、丸くなったカンジで・・・」
 年相応に見えた、と言うミランダに、ジェリーも頷いた。
 「皆の前でエミリアを抱きしめたりしてねぇ・・・。
 あの時は、酔っ払うとあぁなっちゃうのねってびっくりしたんだけど、まさか・・・」
 「薬を盛られてたのか・・・。
 我に返ったらあいつ、荒れるだろうなぁ・・・・・・」
 先のことを考えてしまって、頭を抱えたリーバーにジェリーが首を傾げる。
 「ねぇ、その薬って、お茶で効果が消えるものなのん?アンタ達みたいに?」
 問うと、リーバーは大真面目な顔で首を振った。
 「俺達は多分・・・ミルクや糖分、暖かいお茶のリラックス効果で、一時的に薬害が弱まっているだけっすね。
 飲んだ薬の量はわずかだったし」
 「なるほどぉん・・・」
 大きく頷いたジェリーは、頬に手を当てて眉根を寄せる。
 「ねぇん・・・じゃあそれ、早く解毒剤作った方がいいんじゃない?
 あと、リナリーが食堂に持ち込んだ分の回収と処分」
 「はい!
 じゃあ俺、早速科学班に戻って・・・」
 すかさず立ち上がったリーバーが、じっとミランダを見つめた。
 「あぁミランダ!
 アンタも行って、傍でお茶淹れてなさいな。
 またアンタ達が荒れると面倒だわ」
 「あ・・・はい・・・!」
 共に部屋を出て行った二人にジェリーは、ほっと吐息する。
 「あのコ・・・後でしっかりお仕置きしないとね!」
 組み合わせた指を鳴らすジェリーの不穏な気配は、病棟にいたリナリーを震え上がらせた。


 「どうしました?」
 突然飛び上がったリナリーに驚いたアレンが、婦長の淹れてくれたお茶をテーブルに戻す。
 「具合でも?」
 「うっ・・・ううん!!
 なんか今、ジェリーが怒ってる気配がしたの!!」
 「つまりあなた、料理長に怒られるような事をしたのね?」
 あっさりと問われて、リナリーがここへ来て何度目か、気まずげに目を泳がせた。
 「見え透いているわ、リナリー。
 いい加減、正直におっしゃい」
 婦長の声は落ち着いて、責める気配はなかったが、アレンの前で『みんなに薬を盛っていた』などと言えるわけがない。
 しかし、アレンと引き離されるのも嫌で、リナリーは甘いお茶をゆっくりと飲むふりをした。
 「強情ねェ」
 肩をすくめながらも、リナリーの様子を観察していた婦長は軽く頷く。
 「・・・でも、さっきより少しは落ち着いたみたいね。
 原因はなんだったのかしら。ヒステリーの一種みたいだったけど」
 婦長の呟きに『薬害です』とも言えず、リナリーはまた目を泳がせた。
 「どうにもこの患者は、心当たりを話そうとしないわね。
 このままじゃパーティに参加できなくなるわよ?」
 「えっ?!
 そ・・・それは困るな・・・!」
 今日のために色々準備して来たのに、参加できないのは残念で仕方ない。
 が、アレンに対しては相変わらず離れたくない気持ちが強くて、このままだと兄と大変なことになるのは目に見えていた。
 かなりの時間、頭を抱えて苦悩するリナリーを、アレンが気遣わしげに見つめる。
 「あの・・・リナリー?
 そんなに悩むくらいなら、僕がパーティに出なければいいんじゃないかな?」
 「なっ・・・なんでそうなっちゃうの?!
 そんなのダメだよっ!!」
 アレンだって楽しみにしていたパーティなのに、いくら『純粋』になったからと言って、譲らせるわけには行かなかった。
 「ア・・・アレン君を不参加にするくらいならいっそ・・・」
 言いかけて、リナリーは瞬く。
 「・・・そーだ!
 兄さんに遭遇しなければいいんだよ!」
 ブリジットの邪魔が入るようになってからは、中々甘えられないコムイだが、今のリナリーは妙に開き直っていた。
 「・・・補佐官はパーティの後に監禁でもして、その間に兄さんに甘えればいいし」
 「・・・それ、聞かなかったことにした方がいいのかしら」
 婦長の呆れ声に、リナリーは大きく頷く。
 「婦長v
 黙っててくれたら私達、すぐにここから出て行くんですけど・・・?」
 お願いv と、上目遣いで言うリナリーに、婦長は苦笑した。
 「それはありがたいこと。
 ただし、怪我をさせるような真似はしないのよ」
 「もちろんだよ!
 リナリー、悪い子じゃないもんっ!」
 監禁しよう、と言う発想が既に『悪い子』だという認識はないらしい。
 「そうと決まれば早速、細工しよう!
 アレン君、いこ!!」
 「は・・・はぁ・・・」
 リナリーに手を引かれ、共に出て行くアレンが肩越し、婦長にぺこりと一礼した。
 「怪我しないようにね」
 微笑んで、軽く振った手をそのまま、自身の頬へ当てる。
 「・・・今夜の救急搬送はどのくらいになるかしら」
 人数を確保しておかねば、と、婦長は表情をきつく引き締めた。


 「よ・・・ようやく終わった・・・よね・・・?!」
 恐る恐る見遣ったブリジットが頷いた瞬間、コムイは晴れやかに笑った。
 「よかったー!
 今日はボク、このまま缶詰かと思ったもん!」
 勢いよく席を立つやコムイは室長のコートを脱いで、ハンガーにかけていた派手なコートを羽織る。
 「室長?
 それはなんの仮装ですの?」
 オレンジと紫の組み合わせはハロウィン色なのだろうと予想できたが、こぶし大の髑髏や十字架などの呪術アイテムをいくつも施した姿がなんの仮装なのかがわからなかった。
 訝しげなブリジットにコムイはにんまりと笑い、手にした短剣をもてあそぶ。
 「ネクロマンシーv
 新鮮な死体に霊を呼び寄せる呪術師だよv
 「・・・英国は幽霊好きだと聞いていますが、そのような行為には呆れますわね」
 ブリジットがため息混じりに言うように、英国ではもう何年も前から交霊会などという怪しい集まりが流行していた。
 死体を使った降霊術はその一つだが、さすがに倫理的に問題があるとして、公には行われていないことになっている。
 「冗談でも、本部室長ともあろう方がそのような浅ましい格好をなさるのはいかがなものかと思いますが」
 堅苦しいことを言うブリジットに、コムイは口を尖らせた。
 「大丈夫だよぅー!
 この短剣はおもちゃだし、血は会場で赤ワインを調達するだけだもん!
 それにね、ボクだって色々考えたんだよ?
 どんな格好したら、ワイン確保し続けても文句言われないかって・・・あ!」
 一番聞かれてはいけない人間にうっかり漏らしてしまったコムイが凍りつく。
 「・・・室長。
 最初に申し上げておきますが、お仕事は『きりのいいところで休憩』しているだけであって、パーティが終わった後、残業があることをお忘れなく。
 飲むなとは申しませんが、飲みすぎてお仕事にならないようであれば・・・」
 不吉に言葉を切ったブリジットの目が、恐ろしく光った。
 「今後、室長がパーティにお出になることはないと思ってください」
 「そんなぁっ!!!!」
 せっかくのパーティで酒量制限とは酷い、盛り上がらない、悲しくなると、思いの丈をすべてぶちまけ、懇願するコムイをしかし、ブリジットは少しも心動かされた様子なく見返す。
 「では」
 僧侶の扮装をしたブリジットが、裁判官のような冷酷さで口を開いた。
 「禁酒なさいますか?」
 「・・・・・・・・・・・・・・・自重します」
 死刑宣告を回避する手立てはそれしかなく、コムイは溢れる涙を懸命に拭う。
 「うっうっうっ・・・!
 キリスト教徒にとって、ワインは血じゃなかったのぉ・・・?
 主要栄養素を断たれたらボク、病気になっちゃうよぅ・・・!」
 「お酒を飲んで病気になった人の話はよく聞きますが、その逆は聞いたことがありません。
 どうぞご健康にお過ごしくださいな」
 正義の女神だってこんな残酷な判定は下さないだろうと思いつつも、これ以上口を開けば本当に禁酒させられそうな気がして、コムイは泣きながら執務室のドアを開けた。
 途端、各所で怪しい煙の上がる科学班第一班の実験テーブルの一つに、彼の目が釘付けになる。
 「な・・・なにやってんの、二人とも・・・」
 黒のキングとクイーンの扮装をしたリーバーとミランダにかけた声が、思った以上に引き攣っていた。
 だがそれも無理はない。
 今、コムイの目の前では、薬物の精製をしているらしきリーバーの背にミランダが、しっかりと抱きついていた。
 大人の分別も恥じらいも持っているはずの彼女の、あまりにも意外な姿に呆気に取られたコムイを、リーバーが平然と見遣る。
 「リナリーが怪しい薬を撒き散らしたんで、解毒剤作ってます」
 「私は・・・」
 リーバーに続いて口を開いたものの、上手く説明できずにミランダは、紅くなった顔を彼の背に埋めた。
 その様にブリジットが眉根を寄せる。
 「ミランダ・ロットー!
 そのような行為は人前で行うものではありませんわ、みっともない!
 離れてはいかが?!」
 厳しい口調に怯えたミランダは、しかし、ますますリーバーにしがみついた。
 「ミランダ・ロットー!」
 再び怒鳴られて、ミランダが恐々と顔をあげる。
 「ご・・・ごめんなさい・・・!
 でも私・・・その・・・!」
 彼女の気弱な態度に苛立ったのか、歩を踏み出そうとしたブリジットをリーバーが手を突き出して止めた。
 「すいません、これ、薬の症状なんで、見逃してくれますか。
 解毒剤が出来たら離れますんで」
 「は・・・?
 リーバー班長、それは一体・・・?」
 訝しげな彼女を見もせずに、リーバーは手を戻す。
 「それは解毒剤が出来上がったら話します。
 この状態で俺らが会話を続けたら、今度はミランダが補佐官に噛み付きかねないんで」
 益々きつくしがみついてくるミランダの手を落ち着かせるように軽く撫でて、リーバーは精製に専念した。
 「ミ・・・ミス・フェイ。
 なんだか大変そうだし、ここは任せておかない?」
 「そう・・・ですわね」
 未だ納得しがたい表情ながら、ブリジットが頷く。
 「では室長、お先にどうぞ。
 私は出来上がった書類を各支部へ送る手続きをしてから参ります」
 「あ!うん!
 よろしくねー!」
 ブリジットが背を向けた途端、喜色を浮かべたコムイが忙しく手を振った。
 「じゃ、リーバー君!
 ボク、先に行くよ!」
 「はい。
 リナリーに会ったら、後でしばくと伝えておいてください」
 「い・・・言うわけないでしょ、そんなこと!!」
 こちらも見ずに酷いことを言うリーバーへ、コムイが大声をあげる。
 「じゃ、言わなくていいです。会ったらしばきます」
 「ちょっ・・・しばかないでよ!
 リナリーが泣いちゃうよっ!!」
 お願いだからと懇願するが、リーバーは聞く耳持たず、うるさげに手を払った。
 「も・・・もう!!
 ハロウィンの悪戯でしょ?!
 そのくらいで怒るなんて、心狭いよ、リーバー君は!
 リナリーを許してあげなよ!!」
 騒々しく喚くコムイを一瞬、リーバーが睨む。
 「邪魔すんな。さっさと行け」
 低い声音にビクッと飛び上がったコムイは、地面に降りるやわたわたと駆け出した。
 「ほ・・・本気だよ、リーバー君!!
 今日はリナリーをリーバー君に会わせないようにしなきゃ!」
 慌ててパーティ会場へ向かう彼の姿を、天井付近に放たれた監視ゴーレムが追う。
 「・・・よし!兄さんの行動、捕捉!!」
 監視モニターの並んだ部屋で、リナリーは拳を握った。
 「あの・・・なんで?」
 不思議そうに問うアレンには、ぷくっと頬を膨らませる。
 「アレン君を守るためだよ!」
 そして安全に一緒にいるため、という一番の目的は、言わずに留めた。
 「しかし、室長の行動をゴーレムで追ってどうするのですか?」
 婦長を免職させないために、ちゃんと声をかけて同行させたリンクが、訝しげにモニターを見つめる。
 「どうやら室長は、慌てて君を探しているようですが、リナリー・リー?」
 「うん・・・。
 まぁ、いつものことだと思うケド・・・」
 その割りには必死だな、とは思いながら、リナリーはコムイを捕捉するゴーレムの映像を携帯モニターに転送させた。
 「じゃ、これ借りていくね!
 さ!パーティにいこ、アレン君v
 「はぁ・・・」
 リナリーに手を引かれたアレンが、わけもわからずついて行く。
 が、アレンと違って問いたださずにいられない性格のリンクは、二人の後について走りながらリナリーに尋ねた。
 「ウォーカーに危害を加えないための作戦でしょうね?」
 それがまるで、アレンの身を案じているような口調だったため、たちまちリナリーの機嫌が悪くなる。
 「リ・・・」
 「言われなくったってそのつもりだよ!
 私の方が監査官より、アレン君の心配してるんだからねっ!!」
 万が一にもアレンの関心がリンクへ向かないように、リナリーはがっしりとアレンの腕を抱きしめた。
 「なんだよ監査官ったらいつも意地悪なくせに、なんでこんな時だけアレン君の味方面するの?!
 リナリーの邪魔するなっ!!」
 きゃんきゃんと吠え立てられて、リンクがわけもわからず眉根を寄せる。
 「私は仕事中なのです!
 その邪魔をしているのは君の方ですよ、リナリー・リー!!」
 「うるさいわんこっ!
 これ以上アレン君の傍に寄らないでよっ!リナリーのなんだからっ!!」
 「え・・・えぇーっと・・・・・・」
 堂々と所有物発言されて、真っ赤になったアレンの頬を、ティムキャンピーがからかうように尾の先でつついた。
 するとそれすら気に入らないとばかり、リナリーがティムキャンピーの尾を叩き落とす。
 「っ?!」
 「リ・・・?!」
 「触るなって言ってるでしょ!
 アレン君も!
 あちこち浮気しちゃダメッ!!」
 「浮気?!」
 あまりにも意外な非難に驚くアレンの周りを、ティムキャンピーもおろおろと飛び回った。
 とにかくアレンに触ってはいけないらしいと理解して、リンクの頭に止まったティムキャンピーが、落ち着けとばかり、尻尾でリナリーを扇ぐ。
 が、リナリーは獰猛な肉食獣のように唸って、ますますアレンを引き寄せた。
 「監視のお仕事なら、見えてさえいればいいんでしょぉ?!
 手が届く位置に来ちゃダメッ!」
 ダンッと、リナリーが激しく叩きつけた踵が床を打ち砕き、同心円状にひびを走らせる。
 「このっ半径にっ入るなッ!!」
 「城を壊す気か、小娘――――!!!!」
 一歩ごとに円を刻むリナリーへ、リンクが悲鳴じみた声をあげた。
 だがリナリーは聞く耳持たず、唖然としてされるがままのアレンの腕を引いてパーティ会場へ向かう。
 しかし会場に乗り込む寸前、廊下脇にある備品室にアレンを押し込めた。
 「リナ・・・?」
 なぜ、と問う前にリナリーの顔が迫って、アレンは声を失う。
 「いい?!
 私が来るまで、絶対出てっちゃダメだからね?!
 監査官が呼んでも、ティムが泣いても開けちゃダメだよ?!」
 その迫力に気圧され、頷いたアレンにリナリーはにこりと笑い、閉ざしたドアに外から鍵をかけた。
 「リナリー・リー!
 ウォーカーをどうしようと・・・がふっ!!」
 抗議の声をあげたリンクは、目にも止まらぬ速さで繰り出されたこぶしにみぞおちを抉られ、前のめりになった瞬間、延髄を打ち据えられて床に沈む。
 「・・・ちょっとここで寝てて」
 一瞬で監査官を沈めたリナリーは、怯えて逃げようとするティムキャンピーの尾を捕らえ、ぶるぶると震える球体をリンクの上に置いた。
 「ティム?
 彼と同じ目に遭いたくなかったら、ちゃんと見張ってるんだよ?」
 にこりと笑った顔がまた恐ろしく、ティムキャンピーは小さな四肢と長い尻尾でリンクにしがみついたまま、ガクガクと頷く。
 「よし!
 じゃあ、兄さん対策してくるよ!
 すぐ戻るからね!」
 部屋の中にも聞こえるように言って、リナリーはパーティ会場となった食堂に入った。
 「兄さーんv
 「リナリー!!」
 真っ直ぐに駆け寄ると、ほっとした顔のコムイが両手を広げて受け止める。
 「ね・・・ねぇっ?!リーバー君に何かしたの?!ものっすごく怒ってて、会ったらしばくとか言ってたんだよ?!」
 「あ・・・あちゃー・・・」
 それで必死に探されていたのか、と、リナリーは気まずげに笑った。
 「ちょっと、イタズラが過ぎちゃったかな・・・」
 「どんなイタズラ?」
 問われて口ごもったリナリーは、ふと、いい考えが閃いて、兄の耳に口を寄せる。
 「実はね・・・」
 タップに作ってもらった薬のことを、ほぼ洗いざらい話してしまうと、コムイは納得して大きく頷いた。
 「そりゃあ・・・惚れ薬と嫉妬薬なんてものがあったら、あの二人に使ってみたくなるよねェ!」
 トラブルメーカーと言う点では教団最大の存在である兄が、心底同意した隙を突いて、リナリーは甘え声をあげる。
 「リナリーは、ハロウィンのイタズラをしただけなんだよぉ?
 それなのにお仕置きとか、班長酷いよぉ・・・!」
 涙目の上目遣いで見上げた兄はコロリと落ちて、リナリーを愛しげに抱きしめた。
 「その通りだよ、リナリー!
 お兄ちゃんが、なんとしても守ってあげるからね!」
 「さすが兄さんv 頼りになるなぁv
 ぎゅっと抱きついたリナリーは、兄の胸にうずめた顔を邪悪な笑みに歪めた。
 「ねぇ・・・v
 今回のパーティでは、ハロウィンのゲームにリビング・チェス(人間チェス)をするんでしょ?
 兄さん、白のキングをラビに譲ったんなら・・・」
 顔をあげたリナリーは、天使のような笑みを浮かべる。
 「プレイヤーになって、黒のキングとクイーンを倒しちゃってv
 可愛い顔をして邪悪な『お願いv』をする妹に、コムイの顔が蕩けた。
 「イイヨイイヨvv
 ボクが勝ったらリナリーのお仕置きをやめてね、って、リーバー君に言ってあげるよv
 「やったぁvv
 快哉をあげたリナリーは、またもやコムイにぎゅっと抱きつく。
 「兄さん、大好きvvvv
 「ボクもだよーんvvvv
 妹の策略にはまったなどとは露も思わず、コムイは嬉しげにリナリーを抱きしめた。


 「ふぉっふぉっふぉっ・・・v
 兄さんを拉致監禁する手間が省けたぞよv
 リビング・チェスのプレイヤーとして、準備と作戦立案に走って行った兄を見送ったリナリーが、奇妙な笑声をあげる。
 「よっし!
 これで安心して、アレン君を独り占めできるよ!」
 「アァラv
 それは一体、どういった企みの結果かしらぁん?」
 「ぴっ!」
 背後からがしりと頭を掴まれて、リナリーが凍りついた。
 「アンタ、いくらハロウィンだからってイタズラが過ぎるわよねェ?!」
 「ぴぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!!」
 頭を鷲掴みにされたまま吊るされたリナリーが、可哀想な泣き声をあげる。
 「よくもアタシの聖域に毒物を持ち込んでくれたもんだわ!
 アンタ、こんなことしてただで済むと思ってんの?!」
 「ごっ・・・ごめんなさいっ!!
 ほんのイタズラだったんだよ!!」
 助けを求めて涙目を開けるが、自分で追い立てたコムイの姿はここにはなく、団員達は陰の実力者であるジェリーに逆らうことを恐れて遠巻きにしていた。
 「ちょっとした出来心だったんだよ!!
 兄さんだってわかってくれたもんっ!!」
 「アンタ達兄妹の常識を世間一般の常識に当てはめるんじゃないわよっ!!」
 頭を掴む手に力を込められ、リナリーが悲鳴をあげる。
 「もぉしないからぁ!!!!」
 ぎゃあんっと、凄まじい泣き声がさすがに可哀想で、ここで唯一ジェリーに物申せるジジがまた、押し出された。
 「っお前ら、なんで俺にばっかり!」
 忌々しげにぼやきながらも進み出たジジは、まぁまぁとジェリーをなだめにかかる。
 「何をやったかはしらねぇが、ハロウィンに子供がイタズラするのは決まりごとみたいなもんだし、なんたって今日のリナリーは、イタズラ好きの妖精だ。
 そんなに泣かすことないだろ?」
 それに、と、彼は辺りを見回した。
 「どこも破壊はされてねェし」
 ジジが肩をすくめると、ジェリーも辺りを見回し、軽く頷く。
 「まぁそりゃ・・・そうだけどねぇん・・・」
 納得しかけた彼女にリナリーは、既に廊下を破壊寸前にしたことを一生黙っておくことにした。
 きつく口を引き結び、ぴすぴすと鼻を鳴らして泣いていると、ようやくジェリーの手が外れる。
 「えぇーんっ!!」
 「あぁ、ヨシヨシ」
 ジジに泣きついたリナリーは、ぐりぐりと乱暴に頭を撫でられた。
 「今度はジェリー姐さんを怒らせないイタズラしろよ♪」
 「うんっ・・・!」
 ぐしぐしとしゃくりあげながら肩越し、涙目で見遣ったジェリーは、呆れ気味に肩をすくめている。
 「ごめんなさいっ!」
 ダメ押しでジェリーにも抱きつくと、ようやく笑ってくれた。
 「まったく、いたずらっ子なんだからん。
 ところでアンタ、アレンちゃんはぁ?」
 一緒にいたんじゃ、と、辺りを見回す彼女に、リナリーは涙を拭った顔で笑う。
 「兄さんがアレン君いじめるかもって思ったから、一旦避難してもらったの!」
 「あぁ、まぁ、確かにねん・・・」
 「危機的状況だったからなぁ・・・」
 複雑な顔で頷いた二人ににこりと笑い、リナリーはくるりと踵を返した。
 「兄さんがチェスに夢中になってる間に連れてくるよ!」
 そう言って食堂を出たリナリーは、アレンを隠している部屋に駆けつける。
 「アレン君、もういいよ!」
 ドア前に横たわるリンクを無情に蹴りどけて、リナリーは姫を閉じ込めた鍵を開けた。
 「お待たせしました、アレン姫!
 パーティにいこv
 ドアを開けると、薄暗い部屋にぽつんと佇むアレンが置いてけぼりにされた仔犬のように不安げで、リナリーは思わず駆け寄って抱きしめる。
 「よしよし、一人にしてごめんねー。寂しかったでしょ?」
 「え・・・あの・・・」
 そんなに頼りなげだったろうかと戸惑うアレンに、リナリーはにこりと微笑んだ。
 「兄さん対策はしてきたからね!
 安心してパーティに参加できるよ!」
 「はぁ・・・あれ?リナリー・・・」
 やけに乱れたリナリーの髪を見下ろして、アレンは手ぐしで整えてやる。
 「すごく走ったんですか?」
 ずれてしまった髪飾りの位置を直してやりながら問うと、リナリーは『ううん』と口を尖らせた。
 「ジェリーに頭掴まれて、ジジにぐしゃぐしゃにされちゃったの!」
 詳しい事情は語ろうとせず、リナリーは髪の間を滑っていくアレンの手に頬を寄せる。
 「もう大丈夫だよ!早くいこ!」
 「はい」
 リナリーに手を取られて廊下に出たアレンは、なにかぶにっとしたものを踏んでしまって驚いた。
 「ごっ・・・ごめん、ティム!
 なんでこんなところに転がって・・・リンクも」
 リナリーに頭を踏まれて動けずにいるリンクを、アレンが目を丸くして見下ろす。
 「わぁびっくり!
 監査官ったら、なんでこんなところで寝ちゃってるの?」
 わざとらしいにも程があるリナリーの反応を、しかし、アレンはすんなりと信じてリンクを揺すった。
 「リンクー?
 リンク、こんな所で寝ちゃうと風邪引きますよ?」
 あまりにも暢気な呼びかけに、リナリーは気まずげに足を下ろし、転がったままのティムキャンピーを抱き上げる。
 「・・・ティム。
 今のうちにここでの映像、消去しておこうか」
 こっそりと囁くと、リナリーの眼光に怯えたティムキャンピーがガクガクと頷いた。
 「・・・よし。
 アレン君v
 監査官はきっと、寝不足なんだよ!
 もうすぐリビング・チェスも始まるし、ビショップの位置に椅子でも置いて、座らせてあげてればいいよ!」
 リナリーが自分に都合のいい解釈をしてみせると、これも信じたアレンがあっさりと頷く。
 「そうですね。
 リンクってば、いつも忙しそうですし。
 今日くらいは寝かせてあげた方がいいよね」
 白目を剥いた姿はとても安眠しているようには見えなかったが、アレンは疑いもせずにリンクを小脇に抱えた。
 「じゃあ、行きましょうか。
 そろそろおなかもすいたし・・・」
 「うんっ!」
 大喜びでアレンと腕を組んだリナリーが、スキップせんばかりに軽やかな足取りで会場に入る。
 「兄さんの動きは、まだ捕捉してるからねv
 近づいたら逃げようね!」
 にこにこと無邪気に笑うリナリーに頷き、アレンは抱えていたリンクを手近の椅子に座らせた。
 「えぇーっと、黒の駒は・・・」
 様々な仮装姿が入り混じる会場を見渡したアレンは、黒い『プレイヤー』のたすきをかけたジョニーに手を振る。
 「ジョニー!
 黒のビショップはここだよー!」
 アレンの大声に寄って来たジョニーは、相変わらず離れないリナリーに苦笑した。
 「室長対策は終わったのか?」
 「もちろんv
 これで思う存分独り占めだよv
 ぎゅう、と、アレンの腕を抱きしめるリナリーに苦笑を深めたジョニーは、白目を剥いているリンクを見た途端、ぎょっと身を引く。
 「リ・・・リナリー、なにしたの、これ?」
 「知らない。
 睡魔に負けて寝てるだけだよ、きっと」
 負かしたのはお前の蹴りじゃないのか、と言う疑いは賢くも飲み込んで、ジョニーはため息をついた。
 「このままじゃスムーズに動けないから、後で車椅子でも持ってくるよ。
 白のクイーンがやる気満々だから、滞ったりしたらすごく怒られそうだし」
 「ふぅん。
 結局、駒は集まったの?」
 クラウドが朝から駒集めに奔走していたことを思い出し、リナリーが小首を傾げる。
 「うん。
 ポーンはティモシーとファインダー達で、キングは結局、ラビってことで諦めたみたい」
 「あは・・・。
 執念の勝利だね」
 そう言うリナリーも、未だ執念深くアレンの腕を抱きしめていて、ジョニーは呆れたように肩をすくめた。
 「ホントにね。
 で、ルークはソカロ元帥とティエドール元帥で、ビショップはフェイ補佐官と呼び出されたバク支部長、ナイトは神田とエミリアだってさ」
 「元帥が全員白の陣営なんだ!
 ・・・って、あれ?
 神田ってば結局、参加するの?」
 嫌がってたのに、と呟くリナリーに、ジョニーが頷く。
 「取引だよ。
 二人の手錠をティモシーごと外すって交換条件でナイトになったんだ。
 でも・・・エミリアはともかく、神田が離れたがらなかったのは意外だったな」
 途端、リナリーはぎくりと顔を強張らせたが、アレンは気づかずに小首を傾げた。
 「白の陣営は錚々たるメンバーですけど、黒の陣営は?
 ジョニーがプレイヤーで、キングがリーバーさん、クイーンがミランダさんなんだよね?」
 「うん。
 クラウド元帥に次々取られちゃって困ってたんだけど、キャッシュがさっき、急にプレイヤーを下ろされちゃったからね。
 暇なら助けてよって、彼女にはもう一つのビショップになってもらって、ルークはジジとロブ、ナイトはクロウリーとチャオジーだよ。
 チャオジー、師匠と兄弟子が敵なもんだから、もうビビッてる」
 くすくすとジョニーは笑うが、チャオジーが怯えているのは師と兄弟子だけではない。
 少しでも逆らえば本当に噛みつきかねない女吸血鬼の迫力にこそ、最も怯えていた。
 「あれ?
 じゃあ、ナイトは吸血鬼対決?」
 神田もヴァンパイアだし、と呟いたリナリーに、ジョニーが頷く。
 「もっとも、今日のクロウリーはかぼちゃオバケだけどね」
 時間なかったらしくて、と、ジョニーは口を尖らせた。
 「?
 なんでジョニーが不満げなんですか?」
 アレンが不思議に思って問うと、ジョニーはますます不機嫌そうに顔をしかめる。
 「だって、それなら一言言ってほしかったよ!
 そしたら俺、はりきってあいつに似合う仮装考えたのにさ!」
 水臭い、と、ぶつぶつぼやくジョニーに、アレンは吹き出した。
 「クロウリー、ずっと一人で過ごしてたから、そう言うことで誰かに頼るって頭がないんですよ、きっと」
 「そうだよ。
 来年はジョニーが声をかけてあげればいいじゃない」
 言われて初めて思い至ったらしく、ジョニーは恥ずかしげに頭を掻く。
 「そっか・・・!
 そうだよな・・・!
 うっかりしてた」
 同じ新人でも、チャオジーは師のティエドールが色々と世話を焼いて、古代中国の武将のように立派な鎧を着ているし、ティモシーはクラウドがわざわざ作ってやった、ふわふわのかぼちゃ着ぐるみを着せられて、とても可愛くなっていた。
 「クロウリーは決まった師匠もいないもんなぁ・・・。
 声、かけてやればよかった」
 しおしおとうな垂れたジョニーに苦笑し、リナリーは彼の背を軽く叩く。
 「そんなに気にすることないよ!
 仮装はいまいちでも、みんなとゲームできるのは嬉しいと思うよ?」
 ね?と、同意を求めれたアレンが、大きく頷いた。
 「ジョニーがプレイヤーなら、きっといい勝負になるでしょうからね。
 コムイさんも強いんでしょ?」
 何気ない問いに、しかし、ジョニーは難しげな顔で腕を組む。
 「それがねぇ・・・。
 俺、室長とはやったことないんだよね、チェス。
 あの人いっつも忙しいし、暇があれば変な発明品作ってるしで、チェスやってるところなんか見たことないんだけど・・・強いの?」
 大きく首を傾げて見遣ったリナリーは、笑って肩をすくめた。
 「兄さん、チェスは今日が初めてだよ」
 「はぁっ?!」
 驚いて目を剥いたジョニーに、リナリーは小さく舌を出す。
 「中国の将棋や碁は知ってるけど、チェスはジョニー達がやってるのを見てただけで、実際にやったことは一度もないんだ。
 だから今頃、ルールを読みこんでるんじゃないかなぁ?」
 クスクスと笑うリナリーに、ジョニーが唖然とした。
 「そ・・・そんな初心者がキャッシュを押しのけて、俺と対戦すんの・・・?」
 教団本部のグランドマスターと、その彼を打ち負かした新王者をなめてくれたことに段々怒りがわいてくる。
 「バカにすんのもいい加減にしろー!!
 一瞬でこてんぱんにのして、改めてキャッシュと勝負だ!!」
 目に炎を宿すジョニーに、しかし、リナリーはにんまりと笑った。
 「そう、思い通りになればいいケドね?」
 「え?それってどういう・・・?」
 アレンの問いを遮って、ベルの音が響く。
 「あ!チェスが始まるよ!
 ジョニー!急いで!」
 「ああ!!」
 意気込んで駆けていく彼の背を、リナリーは笑って見送った。
 「よし!
 じゃあ、今のうちに隠れちゃおう!」
 ここは危険だから、と、アレンの腕を引くリナリーの頭が、背後からがしりと掴まれる。
 「・・・・・・ジェリーまたなんでリナリーの頭掴むのさっきものすごく謝ったのに」
 額に汗を浮かべ、カタカタと歯を鳴らしながら一息に言ったリナリーの頭が、物凄い握力でギリギリと締め付けられた。
 「いっ・・・痛いよ、ジェリー!!!!」
 「え?
 アタシなんにもしてないわよん?」
 リナリーの悲鳴に振り返った団員達の向こうから、配膳中のジェリーが声をかける。
 「えぇっ?!じゃあ・・・・・・」
 後ろの正面誰だ、と、呟くリナリーの体感温度は、氷点下にまで下がっていった。
 「・・・おい、イタズラ妖精」
 「ひぃっ!!!!」
 最悪の予想が当たった上に、予想以上に怒りのこもった声をかけられて、リナリーが縮み上がる。
 「よくもはめやがったな、ゴラ!」
 「は・・・はんっ・・・はんちょ・・・!」
 ガタガタと震えつつ振り返ろうとするが、しっかりと頭を掴まれたリナリーは身動きすることさえ出来なかった。
 代わりに間に入ったアレンが、リナリーを掴むリーバーの手を軽く叩く。
 「あ・・・あのですね、リーバーさん。
 リナリーは別に、悪気があったんじゃないと思いますよ・・・!
 ハロウィンだし、ほんのイタズラで・・・」
 「そっ・・・そうだよ!ちょっとしたイタズラなんだよ!!」
 急いでアレンの尻馬についたリナリーが、自分を掴むリーバーの手を懸命に引き剥がそうとするが、そう簡単には放してくれなかった。
 「班長!先に兄さんの話聞いてよぉ!
 兄さんがチェスで勝ったら、リナリーのお仕置きなしってことで進むはずなんだ!!」
 必死に言い募ったリナリーの背後で、リーバーのこめかみが引き攣る。
 「なに寝惚けてんだ、この悪ガキ!!
 今仕置きしねぇでいつすんだよっ!!」
 「ぎゃぴいいいいいいいいい!!!!」
 「リッ・・・リーバーさん!泣いてますから!!」
 慌てたアレンがリーバーの腕を掴んで引き剥がすと、ようやく解放されたリナリーがアレンに泣きついた。
 「ひどいー!!
 ちゃんとルールは守ってよっ!」
 「そんな勝手なルール、知るかっ!!」
 アレンの手を振り解き、ゲンコツしようとしたリーバーを一際鳴り響くベルの音が阻む。
 「黒のキングー!!どこですかー?!
 早く位置についてください!!」
 「よ・・・呼んでますよ・・・?」
 リナリーを庇うように抱きかかえたアレンに指されて、リーバーは舌打ちした。
 「覚えてろよ!
 兄貴ブッ倒して、絶対ゲンコツしてやる!」
 「ひぃーん・・・!!!!」
 ぶるぶると震えてしがみついてくるリナリーを、アレンが懸命になだめる。
 「だ・・・大丈夫ですよ、きっと!
 初心者でもコムイさんなら、リナリーのために一所懸命戦うでしょうし・・・!」
 「うん・・・っ!」
 しゃくりあげながら頷いたリナリーは、コムイの行動を映す携帯モニターに涙目を向けた。
 「は・・・班長にも見つからない場所で観戦してよぅよ・・・!」
 次に見つかれば本当にゲンコツされかねないと、震えて腕を引くリナリーに、アレンも従う。
 「あ、もちろん、ご馳走は確保できる場所にね!」
 振り返ったリナリーにアレンが嬉しそうに笑い、そのせいでまた彼女の鼓動が跳ね上がった。


 パーティ会場の中心には今、正方形のマットが白黒交互に敷き詰められて、チェス模様を描き出していた。
 白の陣営の中心には、キングとクイーンの扮装をしたラビとクラウドが居座り、その周りを白の軍団が固める。
 対する黒の陣営では、同じくキングの扮装をしたリーバーの隣にクイーンのミランダが立っていたが、彼女は白の陣営になど目もくれず、隣に立ったビショップ姿のキャッシュにずっと謝っていた。
 「あの・・・もういいってば、ミランダ・・・!
 薬のせいだってのは、十分にわかったから!」
 あまりにも長い間謝られ続けて、さすがにキャッシュも辟易する。
 「で・・・でも私、キャッシュさんにとても乱暴なことをしてしまったんですもの・・・!
 いくら薬のせいだからって・・・!」
 「ちょっ・・・また最初から謝るの?!
 もういいよ、ホント・・・!ゲームも始まるし!」
 「で・・・でも・・・!」
 「いいって、いいって!
 あんたの細腕に突き飛ばされたくらいじゃびくともしないんだから、あたし!
 ちょっとびっくりしただけだし!」
 「あぁ・・・!びっくりさせて、本当にごめんなさ・・・」
 「だからそれもいいってば!!」
 何を言っても謝罪に繋がる会話にうんざりして、目線で周りに助けを求めるが、皆ニヤニヤと笑うばかりで助け舟を出す気はないようだった。
 「あぁ!そうだ、ミランダ!
 そんなにお詫びしたいならいつか任務のついでにでも、クリスマス市で可愛い飾りを買って来てよ!
 それでチャラにするから!」
 ね?!と、必死の形相で迫ると、ミランダはようやく頷く。
 「わ・・・わかりました・・・!
 一所懸命選んできますね!」
 こぶしを握った彼女の決死の表情に、まずいことを言ったかもしれない、とは思ったが、今は勝負に集中することにした。
 「さ!始まるよ!」
 見遣ったチェス台の外では、チェステーブルにプレイヤーの二人が対面している。
 彼らはそのチェステーブルで勝負を行い、その駒の動きに合わせて人間の駒が動いて行くのだ。
 しかし、
 「・・・大丈夫なの、あいつ?」
 キャッシュが眉をひそめたように、黒の側のジョニーは妙に意気込んで・・・と言うより興奮していて、余裕たっぷりのコムイに既に呑まれている様に見えた。
 顔を真っ赤にして怒っている彼に、対面したコムイは笑ってワイングラスを傾ける。
 「なんだよー。
 ゲームなんだから、ワインくらい飲んでてもいいでしょー?
 ここんところ忙しくって、全然飲めなかったんだからサ!固いこと言うんじゃないよ」
 機嫌よくワインを干したコムイを、ジョニーはきつく睨みつけた。
 「俺!!
 初心者の酔っ払いなんかに負けませんから!!」
 「そう?がんばってーv
 「きぃっ・・・!!!!」
 今にも掴みかからんばかりのジョニーを審判役のジェリーがなだめ、ゲームの開始を宣言する。
 「じゃ、ボクからねーv
 グラスに再びワインを満たしたコムイが、最初の駒を動かした。
 「いっくわよーんv
 白のポーン!ティモシーちゃぁん!一マス前へ!」
 コムイが動かした位置をジェリーがマイク越しに伝え、ティモシーが進む。
 「負けるもんかっ!」
 ジョニーも駒を進め、序盤は定跡どおりに始まった。


 「そろそろ序盤が終わるな」
 プレイヤーの手元だけを映す映像が、パーティ会場の広い壁に貼られたスクリーンに映写されていた。
 「形としては、ジョニーが手堅く中央支配だな」
 「室長の陣って・・・変わってるな。
 なんか、思惑はありそうだけど」
 手に手にグラスを持った団員達が、映像を見ながらそれぞれに評価を述べる。
 「いよいよ中盤だな。
 どんな奇術が見られるか」
 皆がじっと見つめる先で、コムイの手が白のナイトを動かした。
 途端、
 「ぶぎゃあああああああああ!!!!」
 カエルが踏まれでもしたかと思う甲高い声があがり、皆、驚いてリビング・チェスの方を見る。
 そこでは、
 「おい。
 これ、外に放っていいんだろ?」
 マスを飛び越えて降り立った神田が、足下に踏み潰したチャオジーを顎で指していた。
 誰もが無言になってしまった中、ルークのティエドールが役目とばかりに声をかける。
 「ユー君・・・。
 いくらリビング・チェスだからって、本当に倒さなくていいんだよ・・・?」
 しかし神田は訝しげに眉をひそめ、首を傾げた。
 「なんでだ?
 復活できねェように、潰しとく必要があんだろ?」
 「ここにもいたよ、チェス知らない奴!!」
 驚きすぎて上ずった声をあげるジョニーの対面で、コムイが暢気に笑う。
 「チェスは将棋と違って駒が復活しないんだってさーって言ったから、勘違いしちゃったんだねーv
 「あんたわざとじゃないっすよね?!」
 「そんなまさかーv
 言いがかりもハナハダシイよ?」
 クスクスと笑うコムイを忌々しげに睨んだジョニーが、苛立たしげに駒を進めた。
 「そう来たかv
 とは言いつつ既に手を読んでいたかのように、コムイはあっさりと駒を進める。
 途端、またもや悲鳴があがって、ロブが女吸血鬼の下敷きになっていた。
 「おい、エミリア!そんな奴の上に乗ってねぇで、とっとと蹴りだせ!」
 ジェラシーなのか、苛立たしげな神田にエミリアがにんまりと笑う。
 「突き飛ばしたら一緒にコケちゃっただけでしょ。そんなにヤキモチ焼かないで、ダーリンv
 「きいいいいいいいいいいいいい!!!!
 お前ら!俺の頭ン上で話しすんなっ!!」
 ナイト達に挟まれたティモシーが、ぴょこぴょこと飛び上がって存在を主張するが、二人は完全に無視して、盤上から白目を剥いたロブを追い出した。
 「さぁて、次はーっとv
 ワイングラスを揺らしながら、黒の手を待つコムイを、ジョニーが対面からじっと睨む。
 「室長・・・!
 ホントに初心者なんすか?」
 序盤では、やや変則的ではあったがほぼ定跡通りに駒を操り、中盤に入ってからはトリッキーな手でジョニーを動揺させる彼に問えば、コムイはにんまりと笑った。
 「初心者だよ?
 少なくとも、チェスをやるのは今日が初めてだね。
 ま、細かいルールは違うけど、駒の動きは将棋とほぼ一緒だからさ、完全な初心者かって言われれば違うかもしんないケド」
 クスクスと笑いながら、コムイはグラスを傾ける。
 「さっき、定跡一通りと基本ルールを叩き込んだんだけど、おもしろいね、これ。
 一撃必殺だから余計なこと考えなくていいし、相手を撹乱してキングを追い詰めればいいんでしょ?」
 ジョニーが震える手で進めた駒ににんまりと笑い、コムイは手にしたルークで黒いビショップを叩き落した。
 「っ!!」
 未だ白目を剥いたままのリンクが、車椅子ごと盤外に落とされた音がして、ジョニーが飛び上がる。
 そんな彼にコムイは笑みを深めた。
 「簡単だよ、ゲームなんて。
 ボクはいつも、彼らの命を賭けた本物の『戦争』をしてるんだからね。
 戦略も戦術も、常にこの頭の中さ」
 目を細めたコムイの眼光にぞくりと震え、ジョニーの手が止まる。
 額に汗を浮かべ、じっと盤上を見つめる彼の上に、コムイの笑声が降りかかった。
 「さぁ、早く進めなよ、ジョニー。
 いよいよ本番だ」
 唇を噛んだジョニーが駒を進めた次の瞬間には、王冠を戴いた白の駒が進む。
 「女王陛下のお出ましだよ」
 前線に降り立った女王の一撃に、ポーンが長い悲鳴をあげながら吹っ飛んでいった。


 「我こそは白の女王!
 ものども、覚悟せよ!!」
 クラウドに吹っ飛ばされ、パーティ会場に見事な放物線を描いたファインダーを目で追っていた団員達は、その声にびくりと飛び上がった。
 だが、
 「きゃーvvv 俺のクイーンvvv かっこいいさー!vvv
 白の陣営の奥から聞こえる歓声に、一瞬にして皆の頬が緩む。
 「あいつに犬の尻尾がついてたら面白かったろうに」
 「きっと振りすぎて、すぐに千切れるぜ」
 クスクスと各所であがる笑声にムッとしたキャッシュが、プレイヤーのチェステーブルを睨んだ。
 「なにやってんの、あんた!!
 さっさと斬りこみなよっ!!」
 大声で怒鳴られ、慌てたジョニーがもう一つのナイトを進める。
 ジェリーの声に従い、歩を進めたクロウリーは、白い法衣を纏う補佐官へ恭しく腰を折った。
 「あー・・・申し訳ないのだが補佐官、どいてもらえるであるか?」
 乱暴な白い駒達に比べ、ひどく紳士的に申し出たクロウリーへ、ブリジットは鷹揚に頷く。
 「承りました、クロウリー。
 室長!
 私は先に戻っておりますので、終わりましたらすぐに執務室へいらしてくださいませ!」
 盤の外に出るや、厳しく言った彼女にコムイは首をすくめた。
 「そんな・・・もっと楽しんでいたいのにさぁ・・・!」
 「い・い・で・す・ね?!」
 小声の呟きをしっかり聞いたブリジットに睨まれ、コムイはコクコクと何度も頷く。
 「す・・・すごい地獄耳だと思わない?」
 キリッと踵を返してパーティ会場を出て行くブリジットの背を見送ったコムイがこっそりと囁くと、ジェリーが手にしたマイクを指した。
 「いくらなんでも、あの声が普通に聞こえるわけないでしょ。
 アンタの声がコレに入っちゃったのよん」
 「あ、そうかー!」
 びっくりした、と、ほっとした表情でコムイはキングの駒を逃がす。
 が、ブリジットの抜けた穴を見過ごすジョニーではなかった。
 「クロウリー!
 支部長をゲット!」
 「了解!」
 ブリジットに対した時とは逆に、攻撃的に襲い掛かって来たクロウリーから、バクが悲鳴をあげて逃げ惑う。
 「キッ・・・キサマッ!!
 補佐官の時とは全然態度が違うじゃないか!!」
 「当然である。
 復活できぬように潰せと神田が・・・」
 「それ、ルールじゃないだろがっ!
 おっ・・・俺様に近づくなああああああああああああ!!!!」
 升目を無視して盤上を逃げ惑うバクはしかし、間もなく捕らえられ、盤外に放り出された。
 「げふんっ!!」
 床に叩きつけられ、血を吐いて白目を剥いたバクを、駆けつけたウォンが横抱きにして病棟へ走り去っていく。
 「あーぁ。
 ビショップがどっちもやられちゃったよ」
 やや呆れ気味にアジア支部の主従を見送ったコムイは、ルークで黒のナイトを叩き落した。
 「ぅおらっ!」
 「だばっ!!」
 ソカロの重い一撃を受けて、クロウリーが盤上に沈む。
 「はっ!
 馬のくせに俺より動きが制限されるとは、ザマァねぇな!」
 クロウリーの襟首を掴んでぶら下げたソカロが、大笑しながら彼を盤外に放り捨てた。
 「ぅおーい!
 こりゃ勝ってんのか?!」
 盤上にいては戦況が見えないと呼びかけるソカロに、コムイは親指を立ててみせる。
 「楽勝コース!」
 自信満々で言ってやると、
 「ジョニー!!」
 駒の動きを睨むように見つめていたキャッシュが、突然大声をあげた。
 「次はあたしを動かしなよっ!!」
 「えぇっ?!でも・・・!」
 キャッシュが進む先には、剣呑な雰囲気を纏った神田が立ち塞がっている。
 「だっ・・・ダメだよ!
 次はジジを動かさなきゃ、ティエドール元帥が攻めてくる!」
 「ちっ!じゃあ、その次の手はあたしだ!
 今ならまだ・・・!」
 間に合う、と言いかけたキャッシュの胸に、ティモシーが飛び込んできた。
 「やったぜ!!
 これで俺もクイーンだ!」
 「ぎゃー!!!!なにすんの、あんたっ!!!!」
 胸を揉まれて悲鳴をあげた彼女が突然、白目を剥いたティモシーを大事そうに抱え、黒い法冠を脱ぐ。
 「師匠ー!
 俺にも白い王冠!!」
 「あぁ」
 黒い法衣を脱ぎ捨てたキャッシュに、クラウドが自分の王冠を投げ与えた。
 「へっへー!
 どうだよ!
 これで白の陣営にはクイーンが二人だぜ!」
 ティモシーを抱っこしたキャッシュは得意げに胸をそらし、頭上に王冠を戴く。
 「・・・っあ!ティモシーか!」
 「キャッシュさんに乗り移ったんだわ・・・!」
 忌々しげに叫んだジジの隣で、ミランダも眉根を寄せた。
 「へへーんv
 次は、ミランダねーちゃんのおっぱいを狙ってやるぜ!」
 調子に乗ったティモシーの宣言に、リーバーがこめかみを引き攣らせる。
 「ジョニー。
 あいつ、全力で潰せ」
 「は?!
 班長!中身ティモシーでもガワはキャッシュなんすよ?!」
 「本体殴りゃいいだろ」
 無茶な注文をされたジョニーの頬に汗が流れた。
 「え・・・えぇーっと・・・!」
 落ち着け、と、自身に言い聞かせながら盤上を睨み、震える手でルークを進める。
 「オラ、クソガキッ!
 どけっ!どけっ!!」
 「ぎゃあっ!!イタイケな俺の身体にデコピンすんなおっさんっ!」
 執拗にティモシーの額の玉を狙うジジから、キャッシュが慌てて逃げた。
 「これでクイーンを一つ・・・」
 盤外へ出たティモシー憑きキャッシュをほっと見遣ったジョニーは、視線を戻した途端、満足げな笑みを浮かべるコムイとまともに目が合って凍りつく。
 「転化したクイーンなんて、捨て駒だよ。
 ボクが一番困ってたのはね、キャッシュがキミにアドバイスすること」
 コムイの手にした白いナイトが、黒のルークを倒した。
 「キミ以上の実力者である彼女に、岡目八目のアドバイスなんかされたら不利だからねェ。
 隙を狙っていたんだ♪」
 「ちっさい頃は可愛かったのにいいいいいいいいいいいいいい!!!!」
 ジジの絶叫に、盤上の神田が鼻を鳴らす。
 「いつまでも昔のことを言ってんじゃねぇよ、ジジィ!」
 「そうそう、いつまでも昔の栄光に縋るんじゃないよ・・・元、グランドマスター?」
 にんまりと笑ったコムイの前で、ジョニーは震えながらうな垂れた。
 既に彼の陣営には、キングとクイーンの他にはいくつかのポーンしかなく、強大な敵に周りを囲まれている。
 「ち・・・ちくしょー・・・!」
 膝にぼとぼとと大粒の涙をこぼす彼に、その時、王の言葉がかけられた。
 「諦めるな。まだクイーンがいる」
 「は・・・班長、でも・・・!」
 「陣容の厚さで負けてるなら、無理に勝ちに行かなくてもいいだろ」
 その言葉にはっとして、ジョニーは黒のクイーンを取る。
 「ミランダ・・・頼む!!」
 「はい・・・!」
 黒い扇を抜いたミランダが進み出て、ポーン役のファインダーに凄みを利かせていたソカロの肩を打った。
 「元帥、どいてください」
 「ちっ!
 こいつを思いっきり吹っ飛ばしてやりたかったんだがなぁーあ!」
 肩をすくめて盤を下りたソカロの向こうで、ティエドールもまた、肩をすくめる。
 「次の狙いは私かな」
 「動けませんでしょ?」
 ソカロが抜けた穴を早急に埋めなければ、黒のポーンが転化してしまう、と、ミランダが微笑んだ。
 「やれやれ」
 思った通り、次の手で肩を打たれたティエドールが盤を去り、その次の手では転化したばかりの駒を潰した神田が、更に次の手でエミリアが去り、盤上に黒と白のクイーンが対峙する。
 「・・・ふん。
 王がプレイヤーに口出しするとは、ルール違反ではないのか?」
 「でしたら無効試合にしますか?」
 小首を傾げるミランダに、クラウドは鼻を鳴らした。
 「せっかくのいい勝負だ。
 コムイのビギナーズラックが続いている間に勝利を決める」
 「できるでしょうか」
 にこりと笑ったミランダが、いつもの彼女と違って自信ありげで、クラウドは片眉をあげる。
 「・・・何か入れ知恵でもしたのか、黒の王よ?」
 白の女王の問いに、陣営の最奥で腕組みした黒の王が口の端を曲げた。
 「クラウド元帥、そこを動かないでいてくれますか?」
 「は?
 何を馬鹿な」
 訝しげなクラウドに、リーバーが笑みを深める。
 「言うことを聞いてくれたら今、準備進行中の0時イベントをやめさせますけど?」
 0時、と聞いた途端、クラウドの顔から血の気が引いた。
 「まっ・・・さか・・・っやるのか?!」
 かろうじて声を絞り出すと、リーバーはあっさりと頷く。
 「張り切ってる奴らはいます」
 「なんと言うことを!!」
 本日の0時を越えた11月1日―――― その日はハロウィン当日と言うだけでなく、クラウドの誕生日でもあった。
 だが、妙齢の女性の常として、それをおおっぴらに祝われることを彼女は嫌がっている。
 「どうします?
 今なら間に合うと思いますが?」
 リーバーが、仮装してもつけたままだったインカムを口元に引き下ろすと、クラウドは唇を噛んで頷いた。
 「え?!ちょっと元帥!!
 なんで動いてくれないんですか!」
 既に駒は進み、ジェリーは指示を出しているのに、クラウドは一向に動こうとしない。
 「プレイヤーに逆らう駒って・・・」
 リーバーとの会話は聞こえなかったため、コムイは何がなんだかわからず、呆れるしかなかった。
 「仕方ないな・・・他の駒を」
 ぶつぶつとぼやきながらコムイが進めた手は、最善と言うには程遠いものだ。
 「よっし!!!!」
 元、とは呼ばれても、長年、教団のグランドマスターの地位にいたジョニーが、この隙を逃すわけがなかった。
 「行って、ミランダ!!」
 ジョニーの指示に頷き、ミランダが盤上を進む。
 「ラビ君、チェック・・・あら?」
 「チェックさ、リーバーv
 背後で上がった快哉に、ミランダが驚いて振り返った。
 「なんで・・・ラビ君がそこに?!」
 ミランダの進行方向にいるはずの白のキングは今、黒の陣営深く斬り込み、リーバーへ向けて白い王錫を突き出している。
 皆が唖然とする中、突然コムイがたまりかねたように笑い出した。
 「ルール本を読んでる時に思いついた戦略だったんだけど、見事にハマったね、ジョニー!
 序盤でボクを、初心者だなんて侮るからだよv
 なかなか収まらない笑いに涙を浮かべながら、コムイは手元の盤を指す。
 「キミが仕掛けて、ボクが逃げた様に見せた手も、ミランダの快進撃で次々と大駒が取られた手も全部!
 ラビが敵陣に入って行くのをカムフラージュするための作戦だったんだv
 派手な動きで目くらましをかけ、更にはジョニーに攻め入る隙を見せたその裏で、コムイはラビを動かしていたのだ―――― キングを安全な場所へ逃がす振りをして。
 結果、いつの間にか傍に来ていたラビに、リーバーはチェックされてしまった。
 「こ・・・このやろー・・・!」
 王錫を突きつけられたリーバーが悔しげに唸ると、扇を広げたクラウドがほっと吐息する。
 「言っておくが私はただの駒で、お前をはめてなんかいないからな。
 約束は守れよ」
 勝利を収めた上、更に要求を突きつける彼女にはしかし、リーバーは苦々しく頷いた。
 「よし!
 コムイ、よくやった!」
 拍手でプレイヤーを讃えるクラウドに同調し、盤外からも惜しみない拍手が送られる。
 「いい試合だったわん、コムたん!
 こんなに面白いゲームは初めてよん!」
 最も間近で見ていたジェリーの賞賛に、立ち上がったコムイは大仰な仕草で一礼して見せた。
 「せっかくのイベントだもんv
 ショーにふさわしい演出をするのが、プレゼンターの役目ってもんでしょ♪」
 得意げに笑って、コムイはうな垂れるジョニーの背を叩く。
 「ホラ、顔あげて!
 上司の顔を立ててやったんだ、くらいの態度見せてやんなよ!」
 「は・・・はぁ・・・・・・」
 ジョニーが涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔をあげると、コムイだけでなく、周り中が吹き出した。
 「ひっどい顔だね!
 このゲームのもう一人の主役なんだからさ、しゃんとしなよっ!」
 ばしばしと思いっきり背を叩かれて、ジョニーが慌てて立ち上がる。
 「ハイ、お客さんに礼!」
 帽子を脱いだコムイがギャラリーに向かって一礼すると、拍手もますます大きくなった。
 「演者のみんなにも!」
 コムイが長い腕を伸ばすと、盤上のクイーンとキングが一礼し、盤外でも駒達が楽しげにギャラリーへ手を振る。
 「さぁて!
 リナリーはどこかな?!
 お兄ちゃん勝ったよー!」
 両手を挙げて手を振るコムイの姿は、監視ゴーレムを通じてパーティ会場の隅、目立たない場所にあるテーブルを占拠したリナリーの携帯モニターにも転送されていた。
 「さすが兄さんだよ!!」
 歓声をあげたリナリーは、両手でアレンの手を取って振り回す。
 「よかったー!
 これで班長にげんこつされることもないよ!」
 何よりも恐ろしかったリーバーの脅威から逃れて、リナリーは胸を撫で下ろした。
 「それにしても・・・すごかったですね、コムイさん。
 本当にこれが初めてのゲームなんですか?」
 「うん、そうだよ」
 モニターから目が離せないアレンに、リナリーがあっさりと頷く。
 「こういうこと・・・自慢になるからあんまり言いたくないんだけど、リー家の一族はみんな頭がよくって!
 兄さんはその血を一番受け継いでるんだ。
 だから、チェスみたいに戦略や戦術で戦うゲームは得意中の得意だよ!
 ルールさえ一通り覚えれば、必ず勝てるって信じていたよ!」
 「へぇー・・・!」
 感心してアレンは、何度も頷いた。
 「僕、ジョニーとは何度か対戦したことありますけど、全然敵わなかったのになぁ・・・。
 やっぱりコムイさんって天才なんだ」
 普段は単なる奇人だけど、と呟いた途端、アレンがしおしおとうな垂れる。
 「?
 アレン君、どうかした?」
 リナリーが問うと、眉尻を下げたアレンは申し訳なさそうな上目遣いで彼女を見つめた。
 「僕・・・悪い子ですみません」
 「え?何が?」
 今にも泣きそうな声に、リナリーが目を丸くする。
 「リナリーの大事なお兄さんのこと、奇人なんて言っちゃって・・・」
 「えぇっ?!
 みんなもっと酷いことゆってるよ?!事実だし!」
 自分が最も酷いことを言っているとは思わず、リナリーが甲高い声をあげた。
 「でも・・・」
 「奇人変人も始末に負えないが、そのワガママな妹もとんだ跳ねっ返りで困ってるぞ」
 言いかけたアレンを遮った声に、リナリーは座ったままびくりと飛び上がる。
 「班っ・・・長は盤上にいなくていいのかなぁっ?!」
 上擦った声を蒼白にして、振り返ることも出来ないリナリーの背後でリーバーは鼻を鳴らした。
 「敗残の王はとっととシツレイしたよ。
 今は白の軍とプレイヤーのヒーローインタビュー中だ」
 リナリーの持つモニターを指したリーバーの手には、黒っぽい液体の入った小瓶がある。
 「料理長から、お前の様子も変だったって聞いたぜ?
 飲んじまったんだろ、嫉妬薬?」
 解毒剤、と差し出されたそれに、リナリーはほっと吐息した。
 「あ・・・ありがとう、班長〜!!
 もう、ずっと苦しくて苦しくて・・・!」
 両手で薬瓶を受け取ったリナリーが涙を浮かべると、アレンがおろおろと屈みこむ。
 「どこか悪かったんですか?
 また病棟に行きますか?」
 その気遣わしげな顔にまた鼓動が跳ね上がり、リナリーの顔がみるみる紅くなった。
 「あぁ、熱があったんですか?
 そんな薄着で、寒くないですか?」
 言いつつ、自分のジャケットを脱いで着せ掛けてくれたアレンにリナリーが抱きつく。
 「リナリー?」
 「なんだかこのままでもいい気がしてきたよ!!」
 「やめてくれ。
 俺らの寿命が縮んで、アレンの命が消える」
 深刻な声で言ったリーバーは、リナリーの頭を掴んでアレンから引き剥がすや、彼女の鼻をつまんで上向かせた。
 「にゃにふんっ・・・はぅっ!!」
 リナリーの手から取り上げた薬瓶を素早く開け、液体を流し込んで無理矢理飲ませる。
 まるで獣医のような手際に、アレンはただ呆然とした。
 「飲んだか?」
 「う・・・うん・・・!」
 よほど苦かったのか、顔をしかめて涙を滲ませるリナリーの頭を、リーバーがやや乱暴に撫でる。
 「ったく人騒がせなガキだな!
 あんな薬、とっとと処分しときゃ良かったぜ!」
 鼻を鳴らしたリーバーは、未だ唖然とするアレンに微笑んだ。
 「お前はこのままがいいのかな」
 「え?なにがですか?」
 不思議そうに瞬くアレンに笑い、彼の頭を撫でてやる。
 「このままでいた方が、ラビ達が喜びそうだ」
 どうせいつかは薬効もなくなるし、と、リーバーはアレンの放置を決めた。
 「リナリー、ラビと神田の他に、惚れ薬使った奴は?」
 すっかりばれていることに、リナリーがぎくりとする。
 「リナ」
 「かっ・・・神田とラビにしか使ってないよっ!
 嫉妬薬は・・・班長とミランダだけだし、純粋薬は・・・」
 と、こっそりアレンを見遣った。
 「とっ・・・とにかく、他には使ってないもん!」
 断言したリナリーに肩をすくめ、リーバーはまた乱暴にリナリーの頭を撫でる。
 「監査官が目を覚ます前に、あいつの視界に入ってろよ。
 さもないと容赦ないゲンコツが来るぜ」
 「う・・・そうだね・・・」
 兄のおかげでリーバーの脅威からは逃れられたが、リンクは融通もごまかしも利かない人間だ。
 「今日はアレン君が素直だから・・・監査官の毒気も少しは抜けてるといいケド」
 ため息をついて、リナリーはアレンの手を取る。
 「仕方ないね。
 監査官の所にいこ」
 「はい」
 にこりと微笑んだアレンにまたもや鼓動が跳ねて、リナリーは紅い顔でリーバーを睨んだ。
 「こっ・・・この解毒剤、効いてないよっ?!」
 「そんなワケあるか」
 自信満々に言って、リーバーはにんまりと笑う。
 「俺が解毒したのは独占欲や嫉妬の感情だ。
 アレンにドキドキしてんのは、お前の勝手な感情だよ」
 頬をつつかれたリナリーの顔が、真っ赤に染まった。
 「リナリー?
 本当に病棟へ行かなくて大丈夫ですか?」
 「だ・・・大丈夫・・・・・・!」
 声を詰まらせると、ますます気遣わしげな顔で見つめられて、リナリーの動悸が治まらない。
 ―――― 解毒剤飲んでなきゃ、薬のせいに出来たのに!
 ついさっきまでは恥ずかしげもなく抱きついていたのに、今はそれが難しかった。
 「班長なんか馬に蹴られろー!」
 「蹴ンな乱暴者!!」
 足を振り上げたリナリーから慌てて離れたリーバーが、会場に響くマイク越しの声に耳を澄ませる。
 「おい、そろそろ兄貴のところに行ってやれよ」
 ヒーローインタビューなのに、盛んに妹の名を連呼するコムイに苦笑すると、リナリーは未だ頬を染めたまま頷いた。
 「あーぁ・・・。
 離れなきゃかぁ・・・・・・」
 もっとくっついていたかった、と言いかけた言葉を慌てて飲み込み、リナリーは気まずげにアレンを見遣る。
 「い・・・いこっか?」
 「はい」
 アレンがにこりと笑った瞬間、リナリーが真っ赤に茹で上がり、リーバーは思わず吹き出した。



To be continued.


 







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