† Pampered Children †
†このお話はシャーロック・ホームズシリーズを元にしたパラレルです† 舞台は19世紀ですが、D.Gray−manの原作とは、ほとんど関係ありません。 頭を空っぽにして読んで下さいね |
19世紀ロンドン―――― 女王陛下のしろしめす大英帝国の首都として、世界有数の大都市となった地には、繁栄と退廃が同居している。 華やかな街の裏側では不可思議な事件も多く・・・ゆえに、『諮問探偵』を趣味とする彼を楽しませる依頼の、絶えることはなかった。 しかし、その日の朝は――――・・・。 「んもう!コムたん!!」 間近で突如上がった大声に驚き、居眠りをしていたコムイは肘掛け椅子から転がり落ちた。 「んなっ・・・なにジェリぽん・・・?! なんかあったの・・・?」 まだ寝ぼけているコムイは、口の中でもごもごと言って辺りを見回す。 だが、目に映るのはいつもの散らかった部屋で、特に変わった様子もなかった。 コムイがぼんやりと首を傾げると、怒り心頭とばかりにどかどかと歩み寄った大家は、ずいっと彼にほうきを手渡す。 「いい加減、お掃除なさいっ!!」 「あ、それかー・・・」 ようやく納得したコムイが、ぽふ、と両手を打ち合わせた。 「でもお掃除すると、どこに何をしまったかわからなくなるんだよぅ・・・」 「わかるように整理整頓すればいい話でしょ!! とにかく! アタシは大家として、この部屋のお片づけを命じます!! 怪しい化合物とか散らかった本とか怪しい薬とか散らかった新聞とか怪しい機械とか散らかった地図とか怪しい武器とか散らかった手紙とか!! 全っっっ部お片づけしないと、家賃上げるわよんっ!!!!」 「えぇー・・・!」 とても悲しそうな顔をしたコムイは、ついついと彼女のエプロンを引く。 「あのー・・・。 ちょっと手伝って・・・」 「アタシは大家であって、家政婦じゃないのよんっ!! お食事の面倒は見ますけど、お掃除は自分でやんなさいっ!」 第一、と、ジェリーは指を立てた。 「こんな怪しいもので溢れてる部屋の物なんか、うかつに触れるもんですか!」 「そ・・・そんな危険なものはもう置いてないよう・・・! リナリーが触っちゃ危ないからって、あの子が来てすぐに処分したもんー・・・!」 だから手伝ってくれ、と、泣き声をあげるコムイに、ジェリーは吐息する。 「しょうがないわねぇ・・・!」 眉根を寄せて、ジェリーはコムイに渡したほうきを取り返した。 「じゃあ、コムたんは机の上で怪しいケムリをあげてる怪しいものを片付けてちょうだい!」 「あー・・・ダメ。 これ今、実験中だから」 「・・・じゃあ、その周りに散らばってる空き瓶や、使い終わった実験器具をお片付けなさい! アタシは床に散らばった本や書類をまとめてるから!」 「うん・・・」 大事なものを捨てられたりしないだろうかと、不安げな彼にジェリーは鼻を鳴らした。 「なんなら一人でやるぅ?!」 「いっ・・・いえ! 手伝ってくださいお願いします・・・!」 ようやく頭を下げたコムイに頷き、ジェリーは床に散らばった本を拾い集める。 「とりあえず、種類ごとにまとめて置いておくからん! 本の整理なんかはリナリーが戻ってきたらやらせるのねん!」 「あ・・・うん。 そう言えばリナリーは?」 きょろきょろと辺りを見回すが、名探偵も可愛い妹の姿は見つけられなかった。 と、ジェリーが大げさなまでに大きなため息をつく。 「あの子は今日もアレンちゃんのところよん。 初冬のバラが咲くから摘んでくるって言ってたけどん、また夕食の時間まで遊んでくるんでしょうねぇん」 呆れ口調の彼女のエプロンを、コムイがまたついついと引いた。 「ね・・・ねぇ、ジェリぽん・・・? あのお年頃の女の子って、こんなに毎日男の子の家に入り浸るもんなの・・・?」 さすがに気になって問うと、ジェリーは書類を束ねながら肩をすくめる。 「リーバーも言ってたけどん、年頃の娘がそんなことするのは、感心できたもんじゃないわねん」 「やっぱり!!!!」 清国で生まれ育ったコムイは英国の風習にいまいち馴染みがないため、そういうものだろうかと思っていたが、やはり世間一般として歓迎される行為ではなかった。 「でもん・・・あの子、王宮に仕えていたんですものねぇん。 殿下のお使いで色んな所に行ってたんだって言ってたし、あの子自身にはこういうことへの抵抗感がないんでしょうねん」 いつも神田と一緒だったそうだし、と言われて、コムイが口ごもる。 妹とはいえ、リナリーとは長く離れて暮らしていたために、いまいち彼女の性質を掴みかねていた。 そう言うと、 「あの子、特殊な環境で育ったんだし・・・まぁ、それも無理はないんじゃないん?」 と、ジェリーは慰めているのか放置しているのか、よくわからない答えを返す。 「そんなに一気に距離を詰めようったって無理よん。 アンタと同じように、あの子だって戸惑ってるんだわ、きっと。 それでもこの国に慣れようって、同年代のアレンちゃんやラビのいる黒薔薇館に行ってるんでしょうからん、無理やり止めようって気にもなれないのよねぇん」 「そっかぁ・・・・・・」 ジェリーでも無理なら、自分に止めようがないと、コムイは深いため息をついた。 「ふふ・・・ 名探偵も、この問題には頭を悩ませちゃうみたいねん」 「これだけじゃないよ・・・。 リーバー君が結婚する時だって、ボクは役立たずだったし。 こういう家庭内のことって、ジェリぽんに任せた方がうまく行く気がするよ・・・」 「アラン? じゃあ、ほっとくのん?」 「ほっとくわけにも行かないから・・・・・・」 お願い、と、目で請うコムイに、ジェリーはウィンクする。 「アタシ流でいいんなら、ね?」 「もちろんだよぉ!」 ほっとしたコムイの表情が緩んだ。 「じゃ、まずはお掃除終わらせちゃいましょ! 今日中にここを人間の住むにふさわしい場所にしないと・・・!」 「た・・・頼みごと聞いてくれない・・・とか・・・?」 おどおどと不安げなコムイに、ジェリーがにんまりと笑う。 「家賃を倍にします!」 「そんなぁ!!!!」 飛び上がったコムイは、猛然とデスクの器具を片付け始めた。 その頃、『黒薔薇館』と呼ばれるアレンの邸では、彼のほか、なぜかいつもいるラビと押しかけてきたリナリーが、額をつき合わせてカタログを睨んでいた。 「こ・・・これはどうさ・・・?」 「新製品だから同じじゃないけど、似たようなものを持ってたよ。 ・・・ううん、あれは自分で作ったのかなぁ? お玉に穴が開いてると、水切りも出来て便利だってイースターのゆで卵作る時に言ってた」 「くぅぅ・・・! 新製品だから絶対持ってないと思ったのに・・・!」 カタログの上に突っ伏して、アレンが悔しがる。 「ねぇ・・・。 もう、台所用品諦めない? 全部持ってるんだもん・・・!」 「そうさねー・・・。 じゃあ、おしゃれな品物にするさ? 身を飾るもんでもいいけど、部屋を飾るもんでも」 「部屋!!!!」 「なにっ?!」 突然大声をあげたアレンに、リナリーが飛び上がった。 「日本の工芸品とかなら、絶対持ってませんよね、ジェリーさん!!!! ちょめ助さんに何かいいものお勧めしてもらえばいいじゃん!!!!」 グッドアイディア!と、アレンが立てた親指に、ラビとリナリーも親指をくっつける。 「行く?呼び出す?」 小首を傾げたリナリーに、時計を見遣ったラビが頷いた。 「今から行けば、帰ってくる時間もぴったりさ! いちお電話して、お勧めのもんを揃えてもらってから行こうぜ!」 「賛成!!」 「せっかくだから、ちょめ助さんも誘いましょうよ!」 諸手を挙げた二人にまた頷き、ラビが立ち上がる。 「じゃ、俺、ちょめに電話してくるから、先に馬車用意して待ってな」 「うんっ!いこ、リナリー!」 「うんっ!!」 アレンが差し出した手を握り、リナリーは共に邸を飛び出した。 「私、ちょめ助さんのお店に行くの初めてだよ!」 「そうなんですか? まぁ、僕も・・・お店を引っ越してからは今回で3回目?くらいかな? ラビは珍しい物好きですから、結構頻繁に行ってるらしいけど。 おじいちゃんも気に入って、あっちの屋敷は今、日本部屋が出来つつあるそうです」 「へー・・・! それは見てみたいかも」 ラビの祖父は有名な識者で、リナリーが仕えていた王家を無事に亡命させ、その後の処理まで引き受けてくれた人物だ。 その彼の目に適った品なのだから、よほど質がいいものだと思われた。 「行きたいって言えばきっと、歓迎してもらえますよ」 でも、と、アレンはほんの少し笑う。 「今度はそっちに入り浸って、僕の所に来てくれなくなるのは寂しいです・・・」 「えっ・・・?! あ・・・そう?!」 「はい」 真っ赤になったリナリーに、素直なのか計算なのか、よくわからない表情でアレンは頷いた。 「我が家には、いつでも来てくれていいんですからね」 ダメ押しのように言えば、リナリーがコクコクと頷く。 なんのかんのと理由をつけて入り浸り、勝手に庭へ入り込んでは色とりどりのバラを植えて、弔いの色を薄くしていった彼女を、表面上は歓迎しつつも迷惑がっているのではないかと思っていた。 そう言うと、アレンは笑って首を振る。 「ラビも感心してました。 僕をあの中から引きずり出すのは、多少強引じゃないと無理だったって」 そしてそれは、ラビには少し、難しいことだった。 「だから、いつも来てくれて本当に嬉しいんですよ」 「だ・・・だったら、嬉しいな・・・」 リナリーが照れ笑いしながらもじもじと指を弄っていると、辻馬車を止めたアレンに背を押される。 「さ、お先にどうぞ。 ラビー!!早く!!」 リナリーを馬車に乗せたアレンは、振り返ってラビを手招いた。 「わりわり! ちょっと電話が長引いたさ!」 アレンに続いて飛び乗ったラビが、天井をノックして出発を促す。 「長引いたって、なんで? また無駄話ですか?」 「んなわけねぇさ」 アレンの皮肉に手を振って、ラビはやや真面目な顔つきで顎を引いた。 「ちょめのヤツ・・・なんかまた面倒なことになったそうなんさ」 「また・・・?」 ロンドンのとある大通りに店を構えた日本娘は以前、ある事件に巻き込まれて引越しを余儀なくされたことがある。 余儀なく、とは言え、かなり有利な条件のもとでの移転願いだったため、彼女は以前よりも大きな店を構えて、結構繁盛していた。 「それで、今度はなんですか?」 小首を傾げたアレンに、ラビは首を振る。 「ちらっと聞いたんけど、長くなりそうだったんで、直接聞くって事にしたんさ」 「えぇー! そんなことしてて、ジェリーのサプライズパーティに間に合う?!」 思わず言ってしまったリナリーに、ラビが口を尖らせた。 「お前だってちょめとは知り合いだろ! 友達が困ってるのに、見過ごせないさね!」 姐さんだってわかってくれる、と言われて、リナリーは赤らんだ顔を俯ける。 「そ・・・そうだね・・・・・・」 個人的事情より役目を優先に、と教えられて育ったリナリーは、侍女だった頃の習性が未だに抜けきっていなかった。 そのせいで、自分が酷く冷たい事を言ってしまった気がして、無言になった彼女の肩を、アレンが軽く叩く。 「出来るだけ間に合うようにしましょ。 そして僕達で解決できそうになかったら、コムイさんにお願いすればいいし!」 にこりと、アレンの笑顔が間近にあった。 「その時は、リナリーからお願いしてくださいね! そしたらコムイさんも断らないもん!」 「う・・・うん!」 ほっとした顔をあげたリナリーに頷き、アレンは反対側に座るラビに舌を出す。 「な・・・なんさ! 別に責めたわけじゃ・・・!」 今度はラビが気まずげになって、馬車は妙に静かなまま、目的地へと向かった。 「あ、いらっしゃーい!」 ちょめ助の店は、普段と特に、変わりがないように見えた。 主人である彼女もいつも通り元気で、何か悩み事があるようには見えない。 どころか、少し浮かれているようにさえ見えた。 「なんか・・・面倒な事が起きたんじゃ?」 まだ店の外にいるラビを窓越し、ちらりと見遣ってアレンが聞くと、彼女は苦笑して頷く。 「なんか・・・奇妙な話が来て、どうしようか困ってるんだっちょ。 近所の連中は、いい儲け話じゃないかって言うんだっちょが・・・おいらロンドンに来てすぐ、あの妙な事件に巻き込まれたっちょ? だからなんか信用できなくって」 「儲け話?それが本当なら、嬉しいでしょうけどねぇ」 だから浮かれて見えるのか、と、アレンは頷いた。 「でも怪しいの?どんな風に?」 リナリーが問うと、苦笑を深めたちょめ助は、ふるりと首を振る。 「先に、お前らの用事を済ませるっちょよ! ジェリーのプレゼントだっちょ? ママンにはおいらもたくさん世話になったから、サービスするっちょ!」 そう言って彼女は、用意していたという工芸品の数々をテーブルに広げた。 「お勧めはこの茶器だっちょ。 これは欧州に輸出するために作られたティーカップで、伊万里焼の良品だっちょよ。 友達を呼んでお茶会でもする時に、持ってると自慢できるもんだっちょね。 こっちのグラスは薩摩切子。 パリ万博に出品した、日本の地方領主ンとこの工芸品だっちょ。 普通にグラスとして使ってもいいけど、ジェリーなら料理を入れてセンスよく飾れそうだっちょね! あと、寝室に飾る絵とか・・・」 次々と勧めてくれる品はどれも珍しく、目移りしてしまう。 「で・・・でも、高いよね・・・・・・?」 お小遣いで足りるかな、と、心配そうなリナリーに、ちょめ助は頼もしくウィンクした。 「サービスするって言ったっちょ? お前らの払える値段で売ってやるっちょよ!」 「ホントに?!」 「ちょめ助さん、太っ腹!!」 リナリーとアレンが盛大な拍手を送っていると、ずっと外でうろうろしていたラビが、ようやく店に入ってくる。 「ちょめ。 この辺りの奴らに『幸運の運び屋』って奴の話聞いてきたんけど・・・」 「さすが、仕事早いっちょな。 けど、先にプレゼントを選んだらどうだっちょ? おいら茶でも淹れてやるっちょよ」 そそくさと奥へ行ってしまった彼女の背を不満げに見送るラビを、リナリーがそっとつついた。 「あぁいう顔、以前たくさん見たよ。 いい話か悪い話かはっきりとはわからないけど、どうにも悪い予感がするって時に、その結果を聞くことを先延ばしにするの。 よく、あんな顔した大臣達が、召使達に八つ当たりしてた」 だから今はそっとしておいた方がいい、と言うリナリーに、ラビは肩をすくめる。 「じゃ、先に選んじまうか。 なんかいいのはあったんさ?」 問うと、アレンとリナリーはそれぞれに違う品を指した。 「・・・どれにすんさ」 呆れ顔のラビに、二人は悩ましげに眉根を寄せる。 「どれもいいんだもん・・・!」 「どれも欲しいよう・・・!」 「お前が欲しいのかよ、リナ」 また肩をすくめて、ラビは色鮮やかな絵を指した。 「これがいんじゃね?」 「あうぅー・・・!」 「また候補が増えたよ・・・!」 頭を抱えていると、茶を運んで来たちょめ助が楽しげな笑声を上げる。 「お前らどいつも華やかなもん選ぶんだっちょな! ま、こっちの人間はしょうがないけど・・・おいらなんかは、こういうしっとりしたのが好きだっちょ」 そう言って彼女が指した絵は、灰色の空の下、真っ白な雪が山村を覆っている風景だった。 異国の服を着た人々が、雪に足跡を残しつつ家へと帰っていく様は、妙に静かで気分を落ち着かせてくれる。 「ジェリーがどう思うかはわかんないけど、寝室に飾るんならそんな派手なのより、こっちの方が落ち着いて寝られるっちょよ」 言われてみればそうか、と、納得しかけた彼らに、ちょめ助はちょっと意地の悪い笑みを浮かべる。 「ってことで、これはおいらからママンへのプレゼント! お前ら、絵以外のものを選ぶっちょ」 「は?!ずるい!!」 その絵でほぼ固まりかけていたところにそんなことを言われて、突然はしごをはずされた気分になった。 「あ、じゃあ私、このカップがいいと思うよ! とってもきれいだし!」 「でも・・・自慢するならグラスの方が、お料理にも使えますし・・・」 「寝室がダメなら居間にこの派手な絵を飾ればいいさ!」 「絵は被っちゃうじゃん!!」 「そうだよ!絶対カップだって!!」 わいわいと騒ぐ三人がとうとう、じゃんけんでの勝負を持ち出し、リナリーが勝利を収めて飛び跳ねる。 「じゃあこれね!!」 嬉しそうなリナリーに頷き、ちょめ助はカップのセットを箱に詰めて包装してやった。 「じゃ、次はちょめ助さんの相談事ですよ! 少年探偵が解決して見せます!」 胸を張ったアレンに微笑み、ちょめ助は三人に席を勧める。 自分で淹れた茶を真っ先にすすった彼女は、ほっと吐息して肩をすくめた。 「その『幸運の運び屋』が来たのは、11月の最初の日だったっちょ」 「殿下のお誕生日よ!」 「そうなんさ?!なんで早く言わんかったさね!!」 騒がしい二人を見遣って黙らせたアレンが、ちょめ助に先を促す。 「・・・なんだか妙に人懐っこい顔した奴で、おいらを見るなり『ようやく見つけた!』って、うれしそーに握手したんだっちょ」 ――――・・・その日は『ハロウィン』と言う、西洋の祭日だった。 昨晩は妙な格好をした連中が夜中まで騒いでいて、ちょめ助は呆れ気味に喧騒の去った町を眺めていた。 「・・・ったく、掃除くらい、するっちょよ」 店の前にほうきをかけていたちょめ助は、なんだか嬉しげに駆け寄って来た男を見ても、祭に浮かれているのだと思っていた。 だが彼はいきなり彼女の手を取って、『おめでとう!』と連呼しながら振り回した。 「は・・・はぁ・・・。 あ、ハロウィンおめでとさん」 そういう風習だと思ったちょめ助が苦笑しつつ言うと、彼は笑顔のまま大きく首を振った。 「違うのだ! ようやくおぬしを見つけて、嬉しかったのだよ! あぁ、ようやく会えたぞ、サチコ!!」 久しく呼ばれていなかった本名を呼ばれて、彼女はぱちくりと瞬いた。 「えぇと・・・どこかで会ったっちょか?」 困惑気味に問うと、彼はまた、大きく首を振る。 「今日が初めてだ!」 「だ・・・だったらなぜ、おいらの名前を知ってるっちょ・・・?」 至極当然の戸惑いを口にすると、彼はポケットから封書を取り出した。 「英語は堪能かの?」 「堪能かと聞かれればまだまだっちょが、一通りは読めるっちょよ」 勉強したし、と言う彼女に満足げに頷いた彼は、中の書類を取り出して、彼女へ見せた。 「えぇと・・・will?なんだっちょ??」 表題となっている言葉の意味からわからず、困惑する彼女に彼は、ゆっくりと話した。 「ある財産家が、自分の死後、その財産をどうすべきか書いたものだ。これはその写しだがな」 「遺言状の写し・・・?」 ではもしや、日本にいる身内が亡くなったかと蒼褪めた彼女が見たサインは、『Sachiko』と言うアルファベット表記だった。 「な・・・なんだっちょか・・・?」 わけがわからず困惑する彼女に、彼はにこりと笑って自身を指した。 「私も、名前ではなく姓だが、Sachikoと言う」 「は?」 ますますわけがわからなくなって、首を傾げた彼女に、彼は楽しげに笑い出した。 「驚くのも無理はないのだ。 少々詳しく話せば、この名を姓に持つ人物がアメリカに居てな。 英国からの入植者だったが、アメリカで才覚を発揮し、次々と事業を成功させては莫大な財産を築いたのだ。 だが彼には身寄りがなく、死ぬ前にこの珍しい姓を持つ若者を養子に迎え、財産を継がせようとしたのだよ」 それが私、と、彼はまた自身を指した。 「同国出身の入植者で、同じ姓となれば親戚である可能性が高いからな。 祖先は同じ血筋だろうと言う理由で私が養子になったのだが、それだけでは彼の全財産を継ぐ事はできないのだ」 「はぁ・・・・・・」 ますます何のことやらと戸惑うちょめ助に、彼は再び遺言書を示した。 「ここを見るがいい。 ―――― この名を持つ家が少ないのは、皆が家名を残す努力をしなかったためである。 私もまた、生涯独身を通し、この家名を失わせるに至った責任を痛感する。 ゆえに養子は男女二人迎え、女子の場合は出来れば、姓ではなくその名でこの家名を継いで欲しい。 私の死後、その二人で財産を分けること。 また、遺言執行者には、養子と故国在住の弁護士の二人を任命する。 努々家名を絶やさぬよう、精進すべし」 「あー・・・つまり、この国でサチコって名前の女を見つけろってことだっちょか」 わけがわからないながらも聞いた彼女に、彼は大きく頷く。 「その通りだ! そして、ようやく見つけた!!」 はしゃいで迫り来る笑顔を、しかし、ちょめ助は困って押しのけた。 「け・・・けどおいら、英国人じゃないし・・・。 日本にならサチコなんて名前、溢れるほどいるし・・・!」 「なんと!日本にはそんなにもたくさん居るのか!」 目を輝かせた彼は、しかし、と、笑みを深めた。 「この国に居る者でなければいけないのだ! と言うのも、弁護士は英国といってもロンドンではなく、遠方にいてな。 日本にどれだけわんさか『サチコ』がいようと、手続きできるのはお前くらいしかいないのだ!」 「そりゃそうだろうけど・・・英国人じゃないってのは?おいらたちの先祖が一緒なんて、ありえないっちょよ」 至極当然の疑問を口にした彼女に、彼は内緒話をするように声を潜める。 「そんなことはわかっている。 だが英国中探しても、こんな名前のおなごはおらなんだのだ。 そこで・・・」 ますます声を潜めた彼に、ちょめ助もつい、耳を寄せた。 「おぬしには、バーミンガムにいるもう一人の遺言執行人に会ってほしい。 弁護士だが、彼も『サチコ』と言う女性を見つけなければ、報酬が支払われないのだ。 そして、ここが一番大事なのだが・・・」 にこりと、彼はいたずらっぽく笑った。 「当の老人は既に亡くなっておる。 英国在住の『サチコ』が英国人ではない、とわかっても、最早文句は言えぬのだ」 「えぇー・・・?! そんなことすると、バチがあたるっちょよ!」 とっさに身を引いた彼女の手を、彼は両手で握る。 「頼むのだー・・・! もう何年も探し続けて、いい加減、嫌になったのだ・・・! いっそ、幼子でも引き取って名づけてやろうかと思っていた所へ、おぬしの店の広告を見つけて! これが天恵でなくてなんであろう! 人助けだと思うのだー!!」 泣き縋られて困惑するちょめ助を、行き交う人々が興味深げに見て行った。 付近の店の者達もちらほらと寄って来ては、小耳にした話を羨ましげに囁きあっている。 とうとう、 「この不景気にいい話じゃないか! もらえるもんならもらっとけよ!」 と言い出す者まで現れ、彼は『幸運の運び屋』と呼ばれるようになった。 「・・・ってことで、今日の昼からバーミンガムに行って来いって。 おいらだって、今日は誘われる前からジェリーに誕生日プレゼントを届けようと思ってたっちょに・・・」 むぅ、と、頬を膨らませはしたものの、それは聞き手に『うまい話に飛びついたりはしない』と思わせるためのポーズで、彼女自身は割りと乗り気のように見えた。 「バーミンガムかぁ・・・。 汽車なら2時間くらいで着きますね。 それから弁護士さんと会って諸々の手続きをして、帰ってくるのは夕方?」 「遅くなったら泊まってくるかも知れないっちょケドね」 遠出することも嬉しいのか、少し声を弾ませたちょめ助に、ラビが苦笑する。 「お前、店員雇わないから、ずっと店を出られなかったもんなぁ。 今日は昼で閉めちまうの?」 「そりゃそうだっちょ。 他に店員いないし」 以前に比べて規模が大きくなったとは言え、居住スペースもついた店はそう広々としたものではなかった。 彼女一人で十分切り回せるものを、わざわざ雇う気にはなれない。 「それに、以前雇って酷い目にあったもんなぁ・・・」 ほぅ、と吐息する彼女に、ラビとアレンが苦笑して頷いた。 「じゃあさ、姐さんのパーティは夜からだから、俺が夕方まで店番してやるさね」 「えぇっ?!準備は?!」 またうっかり言ってしまったリナリーは、睨まれる前に自分の口を塞ぐ。 「あー・・・準備は、私がやっておくよ。 ア・・・アレン君はどうする?」 ちらりと見遣ると、アレンは首を傾げてラビを見遣った。 「僕、いる?」 「いてくれたらすげー助かる」 「わかった。いる」 こくりと頷いたアレンに、リナリーがぷくっと頬を膨らませる。 「いやあの・・・別に一日くらい閉めてたって問題ないんだっちょよ? 先月、妙な祭に参加するんだって連中がお面とか雑貨をたくさん買ってくれて、売上的には問題ないんだっちょ。 むしろ輸入が間に合わなくて、入荷を待ってもらってるお客さんもたくさん・・・」 「だったら好都合さ。 客も少ないだろうし、アレンに店番させて、俺はあちこち調べっからさ」 「はぁ・・・」 押しかけ少年探偵の強引さに呆れたちょめ助が生返事をすると、アレンがにこりと笑いかけた。 「念のための用心ですよ。 何もなければそれでいいじゃないですか」 「そう・・・だっちょね・・・」 でも、と、ちょめ助が遠慮がちにリナリーを見遣る。 「迷惑じゃないっちょか?」 「え?! ううん!全然!!」 慌てて手を振るリナリーに苦笑するちょめ助の肩を、ラビが笑って叩いた。 「出来るだけ早く帰って来いよ! ちょめも、姐さん驚かせんの手伝って欲しーさ 「そう・・・だっちょね! じゃあ急いで行って、帰って来るっちょ!」 早速立ち上がったちょめ助は、一旦居住スペースに引っ込むと、荷物を持って戻ってくる。 「後は任せたっちょ!」 「オケー 帰りの汽車に乗る前に電話するさ!」 頷いて出て行ったちょめ助を見送ると、ラビはアレンとリナリーを振り返った。 「さて。 例の『幸運の運び屋』が何を企んでるか、調べようぜ! 俺はちょっと伝手を探ってくっから、アレンは店番。リナはパーティの準備な!」 「あいさ!」 「はぁい」 はりきって敬礼したアレンとは逆に、やや不満げなリナリーの鼻を、ラビが弾く。 「ふにゃんっ!!」 「サプライズの成功は、お前のがんばりにかかってんだからしっかり働けよ!」 「わ・・・わかってるよ・・・!」 鼻の頭を紅くしたリナリーは、ぷいっと踵を返して店を出て行った。 「ありがとうございましたー!またどうぞ!」 大きな箱を嬉しそうに抱えて出て行く客をにこやかに見送ると、アレンは店の掛け時計を見上げた。 「3時・・・。 ちょめ助さん、そろそろ戻って来るかな」 ティータイムのお湯はどのくらい沸かせばいいだろう、と考えながら、アレンはケトルにたっぷりと水を入れる。 今はどこの店もティータイムか、大きい割りに人通りの減った道を眺めながらお湯が沸くのを待っていると、ケトルが蒸気を上げると同時にラビが帰ってきた。 「お茶菓子は?」 「買って来たさね、もちろん」 ラビがテーブルに乗せた紙袋を開けると、焼き菓子の甘い匂いが立ち昇る。 「ちょめは?」 「まだ。 いちお、お湯は三人分沸かしてるけど」 淹れて、と、背後を指すアレンの頭を通りすがりにはたいて、ラビはポットに茶葉を入れた。 「ちょめには帰りの汽車に乗る前に電話するよう言っといたけど、それもないんか?」 「うん、まだ来ないよ。 向こうでの手続きに手間取ってるのかな?」 ティーカップにミルクを注いだアレンは、お茶が蒸れるのを待つ。 「連絡あったら、駅から直接ベーカー街に行くように言うさ。 ここに戻ってくるんは危なそうだかんね」 「え?!そうなんだ?!」 思わず大声をあげたアレンに、ラビは菓子袋の下敷きになった書類を指した。 「見てみ。 リンクんとこ行って、近所で聞き込んだ容姿を元に情報もらって来たんさ」 スコットランド・ヤードの厳格な刑事の名前を聞いて、一瞬顔をしかめたアレンが、菓子袋の下から書類を引き出す。 「手配書? 通称・ワイズリー。英国人。詐欺、贋金製造、殺人の罪で指名手配。 ふーん・・・なんか、暢気そうな顔してるのにね」 どこか陽気さを感じさせる若い笑顔を見つめるアレンのカップに、ラビがお茶を注いだ。 「そんで、手配書って事を隠して近所の連中にその写真を見せたら、例の『幸福の運び屋』で間違いないそうさ」 口に含んだお茶を飲み損ねて、アレンがむせ返る。 「なんっ・・・でちょめ助さんがそんな奴に狙われるの?!」 顔を真っ赤にして咳き込むアレンの背中を撫でてやりながら、ラビはため息をついた。 「それを調べるためにこの店を管理してる不動産屋に行って、ちょめが来る前はどんな奴が借りてたか、聞いてみたんさ。 そしたら・・・」 ラビの話によると、不動産屋は前の住人が、家賃も払わずに逃げたのだと激怒していたと言う。 付近の店の広告などを刷る印刷業だったと言う話だが、機械もなにもかも置いて、ただ私物だけが消えていた。 「夜逃げだよ、あれは!」 と、不動産屋は忌々しげに鼻を鳴らしたという。 「そんなことがあったから、本当は外国人なんかに貸したくなかったけどね、銀行の勧めだったし、なんかあったら銀行に家賃を立て替えてもらおうと思ったから、仕方なく貸したんだよ! でも・・・まぁ・・・。 毎月家賃は納めてくれるし、店の表はいつもきれいに掃いてあるし・・・あの子になら、もうちょっとくらい貸してやってもいいとは思ってるよ」 そう、素直じゃない不動産屋は、少し照れながら言った。 「・・・で。 素敵に賢い俺は、前に借りてた奴の名前も『ついでに』ケーサツで調べてみたんさ。 そしたら・・・」 めくれ、と促されて、アレンは砂糖でべたついた手で手配書をめくる。 「贋金製造で逮捕歴あり、のおっさん発見さ」 「えー・・・でも・・・」 手配書は手配書でも、その写真には『死亡』のスタンプが押してあった。 「夜逃げじゃなくて死亡だよ、って教えてあげたの?」 「わざわざ戻ってまで知らせる義理はないさね」 アレンの問いにあっさりと言って、ラビは焼き菓子をかじる。 「俺が追ってんのはあくまで『幸運の運び屋』の素性と目的さ。 あいつがちょめに・・・って言うか、ちょめをこの日の昼から外に出したがる理由はなんかなーってさ」 ラビがちらりと通りへと視線を流した瞬間、アレンも理解して手を打った。 「赤毛連盟の時と同じだ! ちょめ助さんを店から出しておいて、その間にこの店の中で・・・!」 何をする気なんだろう、と、アレンは床を見下ろす。 以前の事件では、店の地下にトンネルを掘って、向かいの銀行まで繋げると言う手段だったが、またトンネルでも掘られているのだろうか。 しかし、それにはラビが首を振った。 「以前は実行前に犯人が店員として入り込んでて、長い時間かけてせっせと掘ってたんさ。 今回はそんな時間なかったろ。 だからきっと、前の住人が何かをここに隠してるんさね!」 「何かって、何?」 私物がなくなっていた、と言うことと関係があるのだろうか、と首を捻るアレンに、ラビも笑って首を傾げる。 「それは確信が持てねェケド・・・不動産屋が『夜逃げ』って言うくらいだから、金や持ち運べる程度の貴重品、身の回りのもんや服くらいだろうな。 夜逃げした先で殺されたのもありだけど、そいつの死体が見つかったのはロンドンなんさ。 だからもしかしたら、外国に商売にでも行こうかと、身の回りのもんを詰め込んだまま殺されたのかもな」 「商売?なんの商売?」 「そりゃあ・・・」 ラビは、アレンが持つ手配書を並べさせ、二人に共通する犯罪に丸をつけた。 「贋金製造・・・!」 「そ。 幸運の運び屋・・・あぁもう、いいさね、通称の『ワイズリー』で。 そのワイズリーが、こっちの殺された奴と一緒に『仕事』していたのかどうかはわかんねーけど、そいつが贋金造りだってことは知ってたんだろうな。 リンクがゆってたけど、殺された奴が造ってた贋金ってのは銀行でも見抜けないくらい精巧で、こいつのせいで財務大臣の首が何人分か飛んだらしーぜ」 「そりゃまた迷惑な人ですね。 亡くなった時は、シャンパンで祝杯をあげた人もいるんじゃないですか」 「大勢いたろうさ。 不動産屋が『残ってた』つってた印刷機は、引き取り業者に化けたヤードの連中が全部引き取って処分したって言うし。 でも肝心の原版がなくて、未だに戦々恐々としてる連中も多いって話さ」 「じゃあ・・・そのワイズリーはここに、原版が隠されてるって思ってんですね」 「だろうな」 もしかしたら、と、ラビは辺りを見回す。 「どこに隠されてるか、知ってんのかも。 アレン、思い出してみるさ。 赤毛連盟の事件の時は、長い間ちょめを遠ざけようって、大掛かりな仕掛けをしてたろ。 けど今回は、ほんの4〜5時間の旅さね。 それだけの時間で回収できるって踏んでるんなら・・・」 「隠されている場所を知ってる、ってことですよね」 「ん。 だからちょめから電話がかかって来たら・・・」 言いかけた時、店中に電話のベルが響き渡った。 「ちょめ?」 『うん!おいらだっちょ! 遅くなってすまんかったっちょ・・・あいつに教えてもらった住所がでたらめで、捜し歩いてたら迷子になっちまって・・・!』 ようやく駅に戻って来れた、と、涙声のちょめ助に、ラビは苦笑する。 「無事でよかったさ。 こっちは戸締りして行くから、お前はベーカー街に直接行けよ。 詳しいことはそこで話すからさ」 『うん・・・じゃあ、頼むっちょ』 やや不安げな声を最後に電話を切ると、ラビはアレンを振り返ってにんまり笑った。 「一旦、出た振りしてこっそり裏から戻るさね」 「待ち伏せするんですね」 焼き菓子をミルクティーで流し込んで、アレンもにんまりと笑う。 「少年探偵の活躍を、見せてやるさ!」 「うん!」 わくわくと目を輝かせた二人は、こぶしをぶつけ合って楽しそうに笑った。 ―――― 一方、ベーカー街では。 先に戻らされたリナリーは、階上の喧騒を不思議そうに聞きながら地下室へと忍び込んだ。 いつもは使われていない、納戸代わりの部屋に彼女達と、ちょめ助からのプレゼントを隠すと、何気ない風を装って階段を上る。 「ただいまー!」 ドアを開けると、ジェリーと兄が大掃除の真っ最中だった。 「なんで大掃除してるの?」 問うと、ジェリーが憤然と鼻を鳴らす。 「あんまり散らかってるから、優しいアタシの堪忍袋の緒も、とうとう切れちゃったのよん!」 「あー・・・。 兄さんの部屋以外は、とてもきれいだもんね」 特に厨房の美しさは英国一と言っても間違いはなかった。 「王宮よりおいしいご飯が出てくるし、こんなにいい下宿、ほかにはないんだから、兄さんはジェリーの言うこと聞かなきゃダメだよ」 「あらま、この子ったら! そんなお世辞言っちゃってん とは言いつつ、まんざらではない様子のジェリーの腕を取り、リナリーは甘えるように頬を摺り寄せる。 「ねぇねぇ、明日、アレン君ちにチョコレートケーキ持っていこうと思ってるの! ラビとサチコさんも来るから、おっきいの作りたいんだ! 作り方教えてぇ 「いいわよん アレンちゃんはお酒のにおいがどうしてもダメだって言ってたから、リキュールは入れずに作りましょうねん 「うんっ!!」 大きく頷いて、ジェリーの腕を引いたリナリーは、ひらひらと掃除中のコムイに手を振った。 「じゃあ兄さん、お掃除がんばってね 「え・・・えぇー・・・! お兄ちゃん、一人は寂しいよぅ!」 情けない泣き声をあげると、先にジェリーを行かせてリナリーが駆け寄ってくる。 「・・・今夜、アレン君達とジェリーのサプライズパーティ企んでるの。 兄さんも協力して 途端に、にんまりと笑って頷いたコムイにリナリーは、にこりと笑った。 「じゃ、早くお掃除終わらせて、一緒にケーキ作ろうね!」 階下にも聞こえるくらいの大声で言ったリナリーは、狭い階段を厨房まで一気に駆け下りる。 「アラン コムたんはついてこなかったのねん くすくすと笑うジェリーに、リナリーは大きく頷いた。 「お掃除を終わらせたら、一緒にケーキつくろって言ってきたの! 猛スピードでやるって!」 そう言うと、ジェリーは大きな手でリナリーの頭を撫でてくれる。 「偉いわん 今度からコムたんに何かして欲しい時は、アンタを通しましょ 「うんっ!!」 そうやって兄妹の接点を増やして行こうと諮られているとは思わずに、リナリーは嬉しげに頷いた。 「あ、でも、ジェリーはお夕飯の支度があるよね? それまでにケーキ焼ける?」 不安げに問うと、彼女は頼もしく頷く。 「大丈夫よん ローストビーフはとっくに焼いて冷ましてるし、付け合せはすぐに出来るものん 「そっか ねぇジェリー リナリー今日は、パスタ食べたいー これってリナリーにも作れる?」 「アラン?アンタが作るのん?」 意外そうに聞き返したジェリーに、リナリーはコクコクと頷いた。 「私、いっつもアレン君のおうちに入り浸ってるでしょ? だからたまにはリナリーがお昼ごはん作って『お料理も出来るんだよ!』って所見せたいんだよねー 「アラアラアラ!」 リナリーの言葉に嬉しげに頬を染めたジェリーは、またリナリーの頭をぐりぐりと撫でる。 「いい心がけよんっ! じゃあ、今日のお夕飯はリナリーに任せようかしらん 「うんっ!がんばるっ!!」 「お兄ちゃんも手伝うよーん!!」 厨房のドアを壊さんばかりの勢いで開けたコムイに、ジェリーが目を丸くした。 「アラン、アンタ! お掃除終わったのん?!」 信じられない、と、疑わしげな彼女に、コムイは得意げに胸を張る。 「ボクが本気を出したら、あの程度の整理整頓はすぐだよ!」 「だったらいつもやんなさいよ、いつも!」 「ふみゅう!」 お玉でつつかれて、コムイが奇妙な鳴き声をあげた。 「あはは じゃあ兄さんも、一緒につくろっ お料理得意なの?」 「ううん、苦手。 どういう化学式を立てればいいのか、わかんないんだもん」 「お料理は科学じゃなくて愛よんっ!!」 わいわいと騒ぎながらも楽しげに、三人が材料を置くテーブルに並ぶ。 包丁でチョコレートの塊を削るリナリーの、危なっかしい手つきにハラハラしながらコムイが鮮やかな手つきで粉を振るい、ジェリーがメレンゲをあわ立てた。 リナリーが湯煎して、力任せにかき混ぜたチョコレートが分離の危機に瀕し、その補修とばかりにコムイがチョコレートを継ぎ足したために、ボウルから溢れたソースが付近に撒き散らされ、慌てたリナリーがふるいにかけた粉までぶちまけようとするのをジェリーが慌てて止め・・・。 時折、ジェリーの叱声が飛びながらも賑やかなそこに、チョコレートの焼ける甘い匂いが漂い始めた頃、玄関のベルが鳴った。 「アラン、誰かしらん?」 パタパタと走って行ったジェリーがドアを開けると、ちょめ助が立っている。 「アラン、サチコちゃぁん! いらっしゃい 機嫌よく迎えてくれたジェリーに日本式の礼をして、ちょめ助は持っていた菓子箱を差し出した。 「久しぶりだっちょ、ジェリーママン 今日はちょっと遠出したんで、ママンにお土産をと思って」 「ンマァ!それでわざわざ?! ありがとーん 嬉しげに受け取ったジェリーは、脇にどいてちょめ助を中に入れる。 「お茶でも飲んでってん あ、それとも、もうお店は閉めたのん? なら、お夕食も一緒にどう?」 「えぇー 出来るだけわざとらしく聞こえないよう、普段通りにと心がけた甲斐あって、ジェリーはなんの疑問も抱かずに彼女を奥へと通してくれた。 「お台所、いい匂いだっちょねー 温かい湯気と共に香ってくる色んな匂いに鼻をひくつかせると、ジェリーがはたと手をたたく。 「サチコちゃん、お料理していかない? 今、リナリーが覚えようってがんばってるんだけど、なかなか覚束なくて! 同じ年頃の子が一緒にやってくれたら、なんとなく感覚が掴めるんじゃないかしらん!」 「あぁ!まかせとけ!」 頼もしく請け負ったちょめ助は厨房のドアを開け、野菜の皮むきに悪戦苦闘しているリナリーに笑い出した。 「リナリー! 包丁はそんな持ち方すると、危ないっちょよ!」 きれいに砥がれ、並べられた包丁の中から野菜包丁を取り上げたちょめ助が、ニンジンのヘタを切って、するすると皮を剥いていく。 「アラマァ!上手ねぇん!」 ピラーで剥いたのかと思うほどに薄く剥かれた皮を手に取り、ジェリーが感心した。 「へへっ おいら、こういうのは得意なんだっちょ 次々に野菜を剥いていくちょめ助を、リナリーが悔しげに睨む。 「う・・・!まっ・・・負けないもんっ!!」 「あぁー・・・! あんまり無理しないで、リナリー! ホラ、包丁はそんな握り方しちゃ危ないって!」 火加減や味の配合は苦手でも、持ち前の器用さで既に包丁捌きを会得したコムイが、手取り足取り教えてなんとか、リナリーは包丁をまともに握れるようになった。 「うん、そのままね、しっかり野菜を掴んで・・・」 「ふぬっ!!」 「握りつぶしちゃダメだって・・・」 可愛い外見に似合わず怪力の妹に呆れつつ、コムイはまた、一から手つきを教える。 「ありゃまぁ、大変だっちょね」 クスクスと笑うちょめ助の耳元に、ジェリーはそっと囁いた。 「あの二人、血の繋がった兄妹なんだけどん、長い間離れ離れで、ようやく会えたのがつい最近でしょおん? あぁやって失った時間を回復してるのよん」 「へぇ・・・なるほど・・・」 だったらお邪魔しちゃ悪いと、ちょめ助はぱちりとウィンクする。 「ジェリー。 今夜の夕食に、一品増やしてもいいっちょか?」 「アラン もしかして、日本料理を作ってくれるのん?」 嬉しげに声を弾ませるジェリーに、ちょめ助は得意げに頷いた。 「日本では、冬至にカボチャを食べて風邪封じするんだっちょよ いいカボチャもあるし、いとこ煮でも作るっちょ そう言ってすいすいと硬いカボチャを切っていくちょめ助を、リナリーが唖然と見つめる。 「ま・・・負けないもんー・・・!」 ほとんど泣きながら、リナリーはジェリーと兄に見守られ、拙いながらも料理をこしらえていった。 ちょめ助の店を一旦出たラビとアレンは、こそこそと裏口に回って再び店に入った。 どっしりとした桐箪笥の後ろに隠れ、彼が来るのを待っていると、裏口の鍵をこじ開ける、高い音がする。 「あんなに大きな音を立てて平気なんて、大胆だね」 アレンがそっと囁くと、ラビはふるりと首を振った。 「もうそろそろ5時・・・外はどんどん暗くなってってるし、仕事帰りの人間を狙った辻馬車がひっきりなしに行き来してる。 この音はきっと、中にいる俺らにしか聞こえてねーんだ。 人目も今は表通りに集中してるし、一番目立たない時間に素早く侵入しやがったんさ」 さすがは指名手配犯、と、ラビは妙な感心をする。 間もなく裏口のドアが開き、無遠慮に侵入したワイズリーは、すたすたと居住スペースへと入った。 真っ直ぐに目的の場所へ行ったらしい彼をこっそりとつけた二人は、壁に背をつけて、ポケットから取り出した小さな鏡越しに彼の様子を窺う。 と、彼はちょめ助が引っ越す前からあったらしい、古めかしい絨毯をめくりあげ、隅に寄せているところだった。 その下の床を探っていたが、すぐに目印を探り当てたらしく、持参の金てこを当てて板をずらしていく。 やがて、人一人が余裕で潜り込める程度の穴が床に開くと、彼は身軽に中へと入って行った。 「あんなとこにあったんさ・・・!」 足音を忍ばせて部屋に入った二人は、穴を輪にした縄で縁取るように、二重にして置く。 そうっと暗い穴の中を覗くと、下ではマッチだろうか、小さな灯りがうろうろしていた。 そこは思っていた以上に広いようで、灯りはあちこちへさまよっていたが、やがて吹き消されて床に手が伸びてくる。 そして彼の頭部が床上に現れた瞬間、 「とりゃ!!」 ラビが引いた縄が輪を縮め、ワイズリーの首を絞めた。 「ぎゃあああああ!!!!」 驚きと苦しさに悲鳴をあげたワイズリーが、穴から引きずり出されながら持っていた金てこを振り回そうとする。 その瞬間を狙い、 「それっ!!」 背後側から縄を引いたアレンが、ワイズリーの腕ごと身体を締め付け、引きずり出した彼にぐるぐると巻きつけた。 「よっしゃー!!」 「ひっ捕らえたりぃ!!」 床の上でイモムシのようにもがくワイズリーを見下ろして、二人は手を打ち合わせる。 「なんっ・・・なんなんだおぬしらっ!!!!」 「少年探偵さ!」 「あなたを逮捕します!」 得意げに胸を張った二人に、ワイズリーは呆気に取られた。 その隙に、ラビは彼がしっかりと掴んでいた原版を引き剥がす。 「へー。 これが贋金の原版かぁ・・・初めて見たさ」 「これで何人もの財務大臣の首が飛んじゃったんですねぇ・・・」 興味津々と見つめる二人に、ようやく我に返ったワイズリーがにたりと笑った。 「のう、おぬしたち。 私を解放すれば、それを進呈しよう。 それだけではないぞ。 この穴の中にある、既に刷り終わった偽札もおぬしらのものだ。 悪い話ではなかろう?」 悪魔のように囁くと、きょとんとした目で二人は彼を見下ろす。 「お前、バカじゃないさ? こんなん、使っても一時的なもんだろ」 「使ったら逮捕されるお金より、使っても怒られないお小遣いもらった方がいいもん」 ねー?と、笑いあった二人をワイズリーが睨みつけた。 「小遣いって・・・まさかおぬしら・・・!」 声を引き攣らせる彼の目の前に、アレンはポケットから取り出した手配書を広げる。 「ワイズリー、懸賞金200ギニー これを見てから僕、本気になりました お小遣いー 「それに、お偉いさんからすごく誉められるかも、俺たち 「リンクの鼻をあかすチャンスですよねー クスクスと笑いながら、二人がかりでワイズリーを抱える。 「さ とっとと売っちゃいましょう、これ 「表彰表彰♪」 「じ・・・人身売買だあああああああああ!!!!」 街中に響き渡るような悲鳴も、電話で呼びつけられた警官達に囲まれては消えざるを得ず、長い間逃れ続けた犯罪者は厳重な牢に収監されることとなった。 「いやー爽快爽快♪」 「コムイさんにも自慢できますね!」 並んでスキップしながらベーカー・ストリートをコムイの下宿へ向かっていた二人は、しかし、どちらからともなく口に指を当てた。 「姐さんには秘密な!」 「また、危ないことしちゃダメ!って、叱られますもんね」 しかし、なぜか悪い気はしない。 母親を知らない二人には、そうやって叱ってくれる存在がなく、ジェリーは唯一、彼らを本気で心配してくれる『ママン』だった。 「それより、100ギニー何に使うさ? 俺は希少本たくさん買ってー・・・って、そんなに買えねーか、100ギニーぽっちじゃ」 2〜3冊かな、と、欲しい本の吟味を始めたラビの隣で、『僕は・・・』と、小さく呟く。 その続きが出てこないうちに、ベーカー街の下宿・・・いや、ジェリーの家に着いた。 ベルを鳴らすとすぐにドアが開き、ジェリーの笑顔が迎えてくれる。 「こんばんは、ジェリーさん 「探偵は在宅さ?」 コムイに用があるふりをした二人に、ジェリーは大きく頷いた。 「ねぇねぇ、ちょうど今、サチコちゃんも来てお料理作ってくれたのよん! アンタ達も食べて行きなさいよぉ 「わーぃ 「いただくさー 思惑通り、と、悪い顔にならないように気をつけて、二人は笑顔を浮かべる。 家に入ると、いつもなら真っ直ぐに階上の探偵の部屋に通される二人は、1階のジェリーの居間に入った。 乱雑でいつも変な薬品の臭いがする階上とは違い、塵一つない清潔な部屋は明るくて、とてもいい匂いがする。 「さ、お座んなさいな コムたんもすぐに来るからねぇ リナリーの提案で、今日はここで食事をするのだと言って厨房へ戻った彼女の背に、二人はにんまりと笑った。 座るとテーブルには既においしそうな料理が並んで、湯気を立てている。 「なんか見たことないのがある」 「不思議な匂いがするさ」 並んだ皿の一つを興味津々と見つめていると、両手にプレゼントの包みを抱えてパタパタと入って来たちょめ助が、二人の間に屈みこんだ。 「おいらが作ったいとこ煮だっちょ かぼちゃと豆を煮てるんだっちょよ 「ふーん・・・じゃあ僕、豆だね。かぼちゃみたいに黄色くないし」 「って、俺がかぼちゃかよ! なんかイジワル言われてる気がすんだけど!」 仲の良いいとこ達に笑って、ちょめ助は持っていた包みをテーブルの下に隠す。 「・・・そんで、どうだったんだっちょ?」 起き上がったついでにヒソヒソと囁くと、 「あいつは捕まえて、ケーサツに突き出したさ」 「ちょめ助さんのおうちの地下にね、贋金の印刷工場があったんですよ。 事後報告で申し訳ないですけど、今、ヤードの刑事さん達が入って調べてます」 「げちょっ」 また地下に、と、ちょめ助が顔を引き攣らせた。 「え・・・英国って、地下にどんだけ犯罪が埋もれてるんだっちょか・・・! おいらが遭っただけでも2回目だっちょ! 縁起悪いって、追い出されるんじゃ・・・」 せっかく固定客もついたのに、と、蒼褪めるちょめ助に二人は手を振る。 「だいじょぶだいじょぶ」 「追い出されるどころか、後でいいお話が来るそうですから、楽しみにしててくださいって」 「・・・楽しい強制送還じゃなきゃいいけどな」 困り果てて、一旦家に帰るべきかと悩む彼女の袖を、両脇から二人が掴んだ。 「帰ってもやることないですから、ゆっくりしてていいですよ」 「リンクも、ちょめの事情聴取は明日にするってゆってたさ」 「・・・事情聴取があるんだっちょか」 はぁ・・・と、深いため息をついたちょめ助が力なく椅子に座る。 と、出来たばかりの料理を運んで来たジェリーが、彼女の様子に気づいて首を傾げた。 「アラン? サチコちゃん、どうかしたぁん?」 「あー・・・ううん。 こいつらに出先でのこと話したら、迷子になったことを思い出して、なんか疲れちまって。 なんで英国には温泉がないかねぇ・・・」 ふぅ、と、またため息をついたちょめ助の前に、おいしそうな料理が並ぶ。 「マァ、温泉はないけどん、おいしいお料理で元気を出しなさいよん 彩り豊かな皿を、三人のキラキラした目が見つめた。 「ホントに・・・ここは英国じゃないみたいだっちょねぇ! この国の奴らときたら、なんだかわけのわかんないもんのぶつ切りだとか煮込みだとか・・・野菜一つ満足に茹でらんないのを見た時はテーブル叩きそうになったっちょ!」 「あー・・・まー・・・食えりゃいいじゃん、ってお国柄ですからねー・・・」 「こうなったのには、原生の植物の種類が少ないって、辛い歴史があるんさ」 気まずげに目をそらすアレンを、ラビがクスクスと笑いながらつつく。 「食べ物が少ないなら、せめて大事に食べようって思うもんだっちょ」 やれやれ、と、ちょめ助がすくめた肩を、厨房から出てきたコムイが叩いた。 「まぁまぁ、ここではそんな不満を忘れられるからさ 後でキミが巻き込まれた事件の話をしておくれよ」 「そりゃおいらより、こいつらの方が詳しいっちょ」 指差した先に並ぶ得意満面顔に、コムイが吹き出す。 「それは、ジェリぽんの前で話せることかい?」 こっそりと囁けば、途端にしおしおと萎れてしまって、コムイが笑い出した。 「アラン?なぁにぃ?」 急に人数が増えたため、あちこちの部屋から椅子を持って来たジェリーが、萎れた子供達と彼らを前に笑い転げるコムイを、不思議そうに見比べる。 「なんでもないよ。 それよりジェリぽん、もう座ったら? 後はリナリーが持って来るでしょ?」 「えぇ、そうねん。 じゃあ、リナリーが来たらお食事を・・・」 始めましょう、と言いかけた時、室内の灯りが落ちた。 「アラッ!!停電かしら!!」 驚いて腰を浮かせた彼女の肩を叩いて座らせると、席を立ったコムイが厨房へ続くドアを開ける。 すると、 「ジェリー ハッピーバースデー リナリーが、大きなチョコレートケーキに明かりの灯ったロウソクを立てて運んで来た。 「え・・・えぇー?!」 驚くジェリーの周りで拍手が沸き、ケーキがテーブルに置かれる。 「ま・・・まぁあ!!!!」 一緒に作ったはずのケーキには、彼女が知らない間に『HappyBirthdayDear.Jerry』の文字が書かれていた。 「ジェリぽんの目を盗んで準備するの、大変だったんだよー 「おめでとうだっちょ、ママン これ、おいらからのプレゼント 「こっちはおれらからさー 「選んだのはリナリーですよ」 テーブルの下から取り出した包みを差し出した三人に、ジェリーはまた歓声をあげる。 「嬉しいわん もうずっと、誕生日なんて祝ってなかったものん!」 彼女自身もだが、コムイもリーバーもいい大人で、こういうイベントには無関心だったため、この家で誕生日を祝うことは今までに一度もなかった。 「本当に嬉しいわん 見事に企てたリナリーを抱きしめ、頬にキスするとくすぐったげに笑う。 続いてコムイやアレン、ラビ、ちょめ助にもキスすると、皆きゃあきゃあとはしゃいだ声をあげた。 「ちなみに」 と、撫でられてくしゃくしゃになった髪もそのままに、ちょめ助がテーブルの皿を指す。 「いとこ煮はお祝いの時の料理なんだっちょ おいら江戸っ子だから、由来はよくしらねーんけどね」 食べてみ、と言う前に、既にアレンとラビが頬張っていた。 「おいひい! カボチャなのに、ちゃんと味がついてる!」 「カボチャって、煮込んでもうまかったんさね! お湯にかけらが浮いて、塩コショウでめっさ辛くしたスープもどきしか知らんかったけど」 もふもふと全て腹に収めそうな二人の前から皿を取りあげて、ジェリーの前に置く。 「・・・つくづく気の毒な人種だっちょね、お前らは。 そんなんだから、外国に行っても故郷が懐かしくならないんだっちょよ」 きっとお袋の味なんてないんだろうと、ちょめ助は嘆かわしげに首を振った。 と、 「お袋じゃあないけどん、アタシの味を懐かしく思ってくれれば嬉しいわん にこりと笑って料理を取り分けてくれる彼女に、アレンとラビだけでなく、リナリーまでもが尻尾を振って待つ仔犬のような顔をする。 「ジェリぽんはとっくに皆のママンじゃないかなぁ」 ねぇ?と、小首を傾げたコムイに全員が大きく頷き、ジェリーは華やかな笑声をあげた。 ―――― 後日。 事情聴取や室内の捜査に協力的だったちょめ助は、大英帝国国防委員会のお偉方に安眠を与えた功績によって、博物館に展示する日本の工芸品等の取り寄せを一手に引き受ける権利を得た。 ワイズリーを警察に引き渡し、懸賞金を得た二人のうち、ラビは大英図書館の禁書を閲覧する権利を勝ち取り、アレンは上流の人々から紹介してもらった庭師を招いて庭の手入れをすることにした。 「庭、どうするの?」 今日も今日とて朝早くから遊びに来ていたリナリーが、大勢の庭師達がうろつく庭を見ていると、アレンは少し恥ずかしそうに笑う。 「バラの植え替え・・・しようかなって」 「ふーん・・・」 リナリーの植えた花はそのままに、黒バラで埋め尽くされた庭を明るく変えようとする彼に、彼女はにこりと笑った。 「おはよう、いばらのお姫様 頬にキスされたアレンが、真っ赤になって『姫じゃない』と呟く。 「姫だよ。 ジェリーも言ってたもん」 「ウソッ?!」 「ホントー」 イタズラっぽく舌を出したリナリーの意地悪が聞こえたわけではあるまいが、自宅にいたジェリーはくしゃみをしてはたきを持つ手を止めた。 「やぁねぇ。 ホコリを立てちゃったかしら」 それとも、と、階段を上れば思った通り、実験テーブルに並べられたビーカーや試験管が怪しい煙をあげて、異臭を放っていた。 「コームーたーん!!!!」 「ひいっ!!」 いたずらがばれた子供のように飛び上がったコムイが、おそるおそる振り返る。 「ジェリぽん・・・! あの・・・この薬が出来上がったらお片づけするからさぁ・・・!」 一度は片付いたものの、すぐさま元通り乱雑に散らかった部屋で、コムイは長身を縮めた。 「ウチは普通の民家なのよん! 危険な実験はちゃんとした実験室のある場所でやんなさいって、いつも言ってるでしょぉん!」 「きっ・・・危険じゃないよ!むしろ、危険を遠ざける薬を作ってるんだよ!!」 早口に言ったコムイが、庇うように実験テーブルの前に立ち塞がる。 「危険を遠ざける?それってどんな?」 至極当然の興味を惹かれて問えば、彼は得意満面に胸を張った。 「リナリーってば、いくら言ってもアレン君ちに入り浸るのをやめないからさ! リナリーに危険が及ばないように・・・」 ぼふっと、試験管から黒い煙が上がる。 「アレン君を殺す薬!」 「危険よ――――――――っ!!!!」 上段から振り下ろされたはたきに頭を割られ、コムイが床に沈んだ。 「一刻も早く処分なさいっ!!」 「あい・・・・・・」 だくだくと頭から流れる血に涙を混ぜ合わせながら、コムイはアレン排除の方法を真剣に考え始めた。 Fin. |
| 一日遅れですみません、2011年ジェリー姐さんお誕生日SSですよー 原作が中々新展開に行ってくれないので(笑)、原作沿いではなくパラレルでやってみました! 元ネタは、シャーロック・ホームズの『三人ガリデブ』です。 これ、赤毛連盟と混同してた話なんで、混同ついでにちょめ助に登場してもらいましたよ(笑) 題名は・・・全然思いつかなくてつけたものなので、『甘えんぼの子供達』とでも意訳して下さい(笑)>コムたん含む。 かるーくサクサク読めるカンジにしましたがどうでしょう。 お楽しみいただければ幸いです |