† STAY AWAY †






†このお話はシャーロック・ホームズシリーズを元にしたパラレルです†

  舞台は19世紀ですが、D.Gray−manの原作とは、ほとんど関係ありません。
  頭を空っぽにして読んで下さいねv


 19世紀ロンドン―――― 女王陛下のしろしめす大英帝国の首都として、世界有数の大都市となった地には、繁栄と退廃が同居している。
 華やかな街の裏側では不可思議な事件も多く・・・ゆえに、『諮問探偵』を趣味とする彼を楽しませる依頼の、絶えることはなかった。
 そう、その日の朝も――――・・・。


 昨夜から続けていた実験が爆音と共に失敗に終わり、部屋中にとてつもない臭気が満ちたため、コムイはたまらず窓を開けた。
 咳き込みながら通りを見下ろしていると、家の前に馬車が止まり、きちんとした身なりの小柄な男が降りてくる。
 「げ」
 彼を見た途端に嫌な顔をしたコムイは、さっさと窓を閉め、部屋を出て3階の寝室へ駆け上がった。
 「あれ?
 兄さん、おはよー・・・」
 ちょうど自室から出て来たリナリーに頷くと、コムイは自分の部屋へ飛び込む。
 「リナリー!
 お兄ちゃん、まだ一睡もしてないから、今から寝るよ!
 お客さんが来たらいないって・・・」
 言っておいて、と言おうとして、コムイは慌てて首を振った。
 「ダメダメ!!
 リナリーは部屋に戻って!
 お兄ちゃんがいいって言うまで、絶対出てこないで!!」
 「なんでー!」
 出てきたばかりの部屋に押し戻されて、リナリーが不満の声をあげる。
 「私、今からアレン君ちに行こうと思ったのに!
 今日、バラの植え替えが終わるんだよ!」
 「リナリー!
 みんなも言ってるけど、お年頃の女の子が男の子の家に入り浸っちゃいけません!
 今日は・・・あぁもう!
 とりあえず、今だけでいいから部屋でおとなしくしてて!いいね?!」
 酷く慌てた様子でまくし立てられたリナリーは、必死の形相に気圧されて頷いた。
 「絶対だよ!!」
 リナリーの部屋のドアを閉めると、コムイは急いで自室に戻り、薬品の飛び散った服を着替えて2階に戻る。
 と、階下から軽やかな足音がして、ノックの後にドアが開いた。
 「コムたんv
 珍しいお客さんだけど、お通ししていいかしらん?」
 「あぁ、もちろんだよ」
 暖炉横の肘掛け椅子にゆったりと座ったコムイは、余裕に満ちた表情を作って彼を待つ。
 すると間もなく、ぺたぺたと偏平足な足音がして、ドアの前に例の小柄な男が現れた。
 「久しぶりだな、コムイ・リー!」
 身体は小さいくせに態度は大きな彼が、座ったままのコムイを見下ろす。
 「この僕がわざわざお前の所に来てやったのはほかでもない!
 お前に調査を依頼するためだ!」
 「あー・・・そう」
 ありがたく思えと言わんばかりの彼の訪問を、迷惑がっていることを隠そうともせず、コムイが生返事をした。
 「ボク、忙しいからさー。
 話だけ聞いて、興味なかったらお断りするよ、バクちゃん」
 「ちゃんって言うな!!
 俺様はバク・チャンだ!!」
 一言一言区切るように言った彼に、コムイは『ハイハイ』と頷く。
 「それで?どんな依頼なんだい?
 ボク本当に忙しくてさー・・・」
 「ふん!
 今、お前がなんの調査に関わっているかなど知らないが、話せばきっとそっちからやらせて欲しいと頼んでくる仕事だぞ!」
 「あー・・・それはもしかしてチャン家の存続、もしくはバクちゃんの相続問題に絡んでくることかな?」
 言い様がいちいち大げさな彼にうんざりして、出来るだけ興味なさげに言ってやると、バクはぎくりと顔をこわばらせた。
 「キサマ・・・!
 何か聞いたのか?!」
 「知らないし、興味ないよ。
 でも、やっぱりそうなんだ?」
 面倒そうにため息をついたコムイの前で、バクは目に見えてうろたえる。
 「ぼ・・・僕の、相続問題に関わることだ!」
 「やっぱり」
 長い足を組み替えて、コムイは軽く頷いた。
 「清国の奥深くにこもって、滅多に出てこないバクちゃんがさ、英国まで来て調査を依頼しようなんて、家のこと以外ないもんね」
 お見通し、と言われたバクの顔が、みるみる赤くなる。
 「あ。
 ここで蕁麻疹起こさないでよね。
 処置が面倒だからさ」
 「くっ・・・!」
 「それで?
 話だけは聞くよ」
 もう一度言われて、バクはコムイの対面にどっかりと腰を下ろした。
 「我が家に伝わる財宝を見つけるのだ」
 「財宝・・・ふーん」
 やや興味を引かれたコムイは、続きを、と、身振りで促した。
 「簡単に言えば、在り処を示した問答を頼りに、我が家に伝わる財宝を入手しなければ、僕に相続権は与えられないと言われたのだ」
 だがそれは、大変困難な問題なのだという。
 「何しろ、隠し場所がどこかさえわからなかったのだからな!」
 「あ、そう。じゃあパス。
 ボク、今はロンドンから離れらんないしー」
 だから帰れ、と、手を払った彼にバクは舌打ちした。
 「最後まで聞け!!
 僕の優秀な頭脳で、我が家と深い繋がりがあり、財宝を隠すにふさわしい場所は見つけ出したのだ!
 だからお前はそこへ行って財宝の隠し場所を割り出し、見つけ出すんだ!」
 あまりに横柄な態度に、拗ねたコムイが頬を膨らませる。
 「そこまでわかってんなら、自分でやればいいじゃんー!」
 「そっ・・・それは・・・・・・!」
 途端に口ごもり、また紅くなっていく顔を見て、コムイは彼が既に捜索はしたものの、見つけられなかったのだと察した。
 「・・・っ僕は育ちがいいのでな!
 地面にはいつくばって物を探すなんて真似は不慣れなのだ!」
 「ナニソレ。
 ボクは育ちが悪いから、そう言うの得意だろうって言いたいワケー?」
 失礼にも程がある、と、むくれたコムイは邪険に手を払う。
 「さっさと国へお帰り!」
 「帰るとも!
 だがそれは、財宝を見つけてからだ!
 お前が見つけたものを僕が見つけ出したことにして・・・」
 言いかけて、はっと口を覆ったバクに、コムイが呆れた。
 「バクちゃん、そういうの、カンニングって言うんだよ?」
 「うっ・・・うるさい!!
 僕は人の上に立つ者として、適材適所を行っているだけだ!」
 「ごまかすんじゃないよ、まったく・・・」
 真っ赤になって開き直るバクに、コムイは大げさなほどに肩をすくめる。
 「そんなことより!
 引き受けるだろう?!」
 「ロンドンから出たくないってゆったじゃんー」
 忙しいんだってば、と、ごねるコムイにこめかみを引き攣らせたバクは、唐突に手を叩いた。
 「はい、バク様!!」
 次の瞬間、ランプの精かと思う素早さで彼のじいやが部屋に入ってくる。
 「ウォン。
 今、コムイが抱えている仕事を片付けてやれ。
 いくらかかっても構わん」
 「はい、かしこまりました!」
 深々と一礼したじいやは、部屋の電話機をテーブルに置くや、コムイがボードに貼っていたメモを元に猛烈な勢いで各方面に電話をかけだした。
 「技師誘拐事件、身代金を支払って解決しました。
 宝石盗難事件、流通経路を追って買い戻しに成功しました。
 国家機密漏洩未遂事件、相手国スパイを買収いたしました。
 外交官行方不明事件、阿片窟で保護しました」
 他には、と、目で尋ねてくるウォンに、コムイは舌打ちする。
 「お金持ちめ!」
 他国の個人であるために、英国警察の面子も国家の威信もお構いなしに淡々と金で解決した彼らのやり方が美しく思えず、コムイはふくれっ面になった。
 「さぁ、これでお前は自由だ。
 僕の言うこと聞け!」
 「いくら積まれてもやだねっ!」
 むきになったコムイをバクが睨み、二人はそのまま睨みあいになる。
 「ま・・・まぁまぁ、お二人とも・・・!
 どうぞ落ち着いて。
 お茶でもいかがですかな?」
 「ここ、一応ボクんちなんだけど!」
 既に我が物顔のウォンに八つ当たりすると、彼は大げさなまでに恐縮した。
 「大変失礼いたしました。
 ではコムイ様、お話の方をどうか前向きに」
 「だからやだってば・・・」
 「なん・・・」
 「なんでー!!!!」
 突然ドアが開き、同時にあがった甲高い声に、皆が目を丸くする。
 「楽しそうじゃない、宝探し!
 リナリーもやりたい!!」
 「ちょ・・・出てきちゃダメって言ったでしょ!!」
 慌てて立ち上がったコムイが追い出そうとしたリナリーはしかし、頑強に抵抗した。
 「兄さんが行かないならリナリーが行くー!!」
 「絶対ダメ!!
 可愛い妹をこんなロリ変態に近づけるわけにはいかないよっ!!」
 「ロッ・・・ロリ変態とはなんだ!!」
 酷い言われようにバクは抗議したが、大きな身体でリナリーの姿を隠したコムイは肩越し、キッと彼を睨みつける。
 「言葉の通りだよ!
 ボクはキミの嗜好を知ってんだからねっ!」
 コムイの言葉の意味を理解して、兄の腕の隙間から蔑む目でバクを見遣ったリナリーが、じりじりと部屋を出た。
 「ちょっ・・・誤解だ!!」
 「お黙りっ!
 ボクと同い年のクセに、まだ17の妹をやらしい目で見んなっ!!」
 ヒステリックな声をあげる兄に背を押されて、リナリーは自室に逃げ戻る。
 勢いはそのままに窓を開けると、いつでも使えるように用意していたロープを垂らし、外壁を蹴りながら裏庭に下りた。
 「さてとー・・・」
 手を払ったリナリーは辺りを見回し、ジェリーがいないことを確認してから裏庭を出る。
 「ボディガードがいれば、同行オッケーだよねー♪」
 裏道を通ってリージェンツパーク前の通りまで出たリナリーは、辻馬車に乗っていつもの道を辿った。


 「財宝?なんのさ?」
 アレンの邸に着くと、やっぱりそこにいたラビが話を聞いて目を輝かせた。
 「それは多分、はっきりとは言ってなかったよ。
 ドアに耳をくっつけて聞いてたから、聞き逃しはあるかもしれないけど」
 「盗み聞きしてたんですか・・・」
 苦笑したアレンに、リナリーは悪びれず頷く。
 「情報収集だよ」
 「うんv
 よくやったさ、リナーv
 嬉しそうなラビに頭を撫でられ、リナリーも嬉しげな笑声をあげた。
 「でもね」
 と、突然リナリーは眉根を寄せる。
 「その依頼をしてきた人・・・どうも兄さんの知り合いみたいなんだけど、兄さんと同い年なのに、私くらいの年齢の子が好きなんだって」
 「ロリコンかよ!!」
 「うん。兄さんもそう言ってた」
 大声をあげたラビに頷き、リナリーは思い出すように小首を傾げた。
 「・・・あーあと、変態だって」
 「リナリーは絶対近づいちゃダメですよっ!!」
 慌てたアレンに両手を取られたリナリーは、にこりと笑って頷く。
 「だけど、宝探しには行きたいんだ!
 だから、二人も一緒に行こうよ!」
 「でも・・・コムイさん、引き受けないんじゃ?」
 「ん。
 嫌われてるのに気づいてないのは本人だけ的な?」
 リナリーから伝え聞くだけでも、コムイがその依頼人にいい感情を持っていないことは明白だった。
 しかしリナリーは、自信満々に胸を張る。
 「こんな面白いこと、兄さんがやらないわけないもんっ!
 嫌がる振りして報酬吊り上げてるんだよv
 「え・・・」
 「えぇー・・・そう言う思惑なんさ・・・?」
 唖然とする二人に、リナリーは大きく頷いた。
 「それで?
 来るでしょ?」
 こちらも断られるだなんで思いもせずに、自信満々に聞く彼女に二人はにんまりと笑う。
 「姫の、お供をしますよ」
 「同じくさv
 姫、と言う言葉を強調したアレンにラビも笑って頷き、企む三人は悪い笑みを浮かべた。


 三人がベーカー街の探偵の下宿へ行くと、そこには既に、依頼人の姿はなかった。
 「帰ったの?」
 リナリーが問うと、探偵は肘掛け椅子にぐったりと座ったまま頷く。
 「そんで?引き受けるんさ、宝探し?」
 わくわくと目を輝かせたラビに迫られて、コムイはまた、無言で頷いた。
 「一緒に連れてってください!!」
 アレンにまで迫られたが、しかし、コムイはあっさりと手を払う。
 「少年探偵団は来なくてよろしい」
 「なんでー!」
 「一緒に行きたいさ!!」
 「連れてってくださいよぅ!!!!」
 わいわいと騒ぎ立ててねだる三人に、コムイはきっぱりと首を振った。
 「キミ達、学校があるでしょ!
 ドイツまで行かなきゃいけないんだから、お留守番に決まってます!」
 「ドイツ・・・」
 ポカン・・・と口を開けた彼らに、コムイが頷く。
 「バクちゃん・・・依頼人は清国で生まれ育って、今もそこに住んでいるんだけどね。
 彼の曽祖父はドイツの有名な錬金術師で、父親はその分家に当たる家のドイツ人なんだ。
 だから、彼はハーフよりも更に濃くドイツの血が入ってるんだけど、両親共に古い家の出身だからか、奇妙なしきたりがあって。
 家を継ぐためには、前当主が一族ゆかりの場所に隠した秘宝を探し出さなきゃいけないんだってさ」
 「それが・・・ドイツなの?」
 小首を傾げたリナリーに、しかし、コムイは肩をすくめた。
 「わかんない」
 「は?!」
 「なんですか、それ・・・」
 三つの呆れ顔の前で、コムイはまた、くにゃりと肘掛け椅子に伸びる。
 「バクちゃんが言うには、清国のゆかりの土地は全部探したんだってさー。
 でも見つからないから、きっと父親の実家の方だろうって、あの引きこもり坊ちゃんが珍しくも海外に行く気になったんだと。
 で、ドイツの家にはもう、誰も住んでなくて別荘状態なんだけど、とてつもなく広くって探し出すのに苦労しそうだから、むかーし『ご学友』だったボクに手伝わせようって魂胆なのさ」
 さすがにはっきりとは言わなかったがそういうことだと、コムイは鼻の頭にしわを寄せた。
 「ふーん。友達なんさね」
 「トモダチ?」
 『ご学友』の意味を素直に受け止めたラビを、コムイがものすごい目で睨む。
 「友達なもんかい、あんなヤツ!
 ちっさいくせにいつも傲慢で上から目線で!
 毎回ボクに試験で負けるもんだから、試験前日に下剤盛ろうとする奴だよ!
 モチロン飲まずに捨ててやったけど、目的のためなら手段を選ばない、酷い奴なんだ!
 なのに年下の可愛い子大好きで、あちこちに隠れて盗撮とかしてんだよっ?!キモイでしょ!!」
 一気にまくし立てたコムイの前で、三人が三人とも硬直した。
 「そ・・・それは・・・!」
 「確かにキモイ・・・です・・・!」
 「ロリコンの変態って、そういうことだったんだね・・・!」
 想像していた以上に近寄りがたい人物なのだと知らされて、それぞれに引き攣った声をあげる。
 「だから、たとえ護衛がいたとしてもリナリーは!リナリーだけは来ちゃダメ!!
 さもないと、全然気づかない間にたくさん写真撮られて、アルバムに貼られて、人のいないところでニヤニヤされちゃうよっ?!」
 「ひぃっ・・・・・・!」
 想像しただけで倒れそうなほど真っ青になったリナリーを、両側からアレンとラビが支えた。
 「いいね?!
 今回はボクの言うこと聞いて!」
 念を押されるまでもなく、コクコクと頷くリナリーの頭を、コムイが優しく撫でる。
 「財宝なんかとっとと見つけてさっさと帰国させるから。
 お留守番、頼んだよ?」
 「・・・・・・・・・はぁい」
 不満げながらも頷いたリナリーに続き、アレンとラビも、渋々頷いた。


 「さぁ!行くぞ!!」
 翌朝早く、ドーバーの港町から対岸を望み、陽気な声をあげるバクとは逆に、コムイはうんざりとした思いを隠そうともしなかった。
 「なんだ?
 船に乗る前からもう船酔いか?」
 相手の弱みを見つけることにおいては天才的なバクの嫌味に、コムイは嫌そうな顔をする。
 「これって、船酔いしてまでボクが関わる事件なの?」
 一人でやれば、とまた言われて、バクがうろたえた。
 すると、
 「まぁまぁ」
 と、バクの忠実なじいやがすかさずフォローに入る。
 「ご足労まことに恐れ入ります、コムイ様。
 ご不自由をおかけして申し訳ありません」
 すっと差し出されたトレイには、水の入ったグラスと酔い止め薬が載っていた。
 「さ、よく効きますので」
 さすがに今は危害を及ぼすようなことはしないだろうと、コムイはウォンから薬を受け取る。
 「ボク、船の中では出来るだけ寝てることにするから、着いたら起こしてよ」
 「ハァ?!
 キサマ、僕に雇われている自覚はあるのか?!」
 「気に入らないならボクもう帰ってい?」
 「くっ・・・!」
 そうなっては困るバクが、言葉を詰まらせた。
 「さっ・・・さぁ!
 そろそろ船に乗らねば!!」
 気まずい場を和ませようと、大げさな笑顔のウォンが割って入り、機嫌の悪いバクの背を押す。
 「ささ!
 コムイ様もお早く!」
 もたもたしているコムイをも急かし、無事に船に乗り込むや。ウォンは早速寝込んだコムイに毛布をかけてやった。
 「ふんっ!
 なんでこんな奴の力なんか・・・!」
 「無事にお家を相続されるためでございますよ、バク様!」
 これ以上コムイの機嫌を損ねないようにと慌てて言えば、更に機嫌を損ねたバクがぷいっと船室を出て行く。
 「バク様!どちらへー!!」
 「こんな奴の寝顔なんか見ててもつまらんからな!
 せっかく来たのだし、あちこちうろついてくる!」
 と、対岸に着くまで珍しげに船内を見回った彼だったが、何とか試練を寝て乗り越えたコムイとは逆に、ドイツ行きの列車でぐったりし、父の実家へと至る馬車の中では今にも死にそうに蒼褪めていた。
 「バク様ー!!
 バク様、ファイトですぞー!!
 もう既に、お父上のご実家に入っておりますからなー!!」
 「・・・いや、確かに門?門内?には入ったけどさー・・・」
 馬車の中から外を眺めて、コムイは呆れ声をあげる。
 「門からお城まで、どんだけかかるの?」
 窓から身を乗り出して見ても、地平線の見える道の果てには何も見えなかった。
 「これ、どっかで曲がったりするのかなぁ・・・」
 でなければさすがにもう、屋根くらいは見えていいはずだとコムイが呟く。
 が、ウォンは平然と首を振った。
 「確かに少々、上り坂ではございますが、真っ直ぐな一本道でございますよ。
 あと30分もすればお城に着くでしょう」
 「・・・・・・1時間前に門をくぐった気がするんだけど?」
 王宮だってこんなに広くはないだろうと呟けば、ウォンはあっさりと首を振った。
 「都市部であればともかく、田舎であればこのくらい普通でございますよ。
 右に見えます森は狩場ですし、左の池は敷地内にある果樹園や麦畑に水を引いております」
 昔の城が多くそうであったように、ここも戦に巻き込まれた領民が逃げ込む場であり、篭城しても自給自足が出来るようになっているのだと物知り顔のじいやが言う。
 「まぁ・・・こんだけ広けりゃ、領民が全員引っ越してきても平気そうだよね」
 アレン君の家なら庭ごと100個は入る、と呟くコムイを、馬車酔いで座席に寝転んでいたバクが目だけで見あげた。
 「英国の家はそんなに狭いのか?」
 「・・・キミが生まれ育った場所がバカみたいに広いんだってことに、いい加減気づいたらどうだい?」
 ここも驚くほどの広さだが、おそらく総面積ではバクの生まれ育った家の方が勝るだろう。
 「あぁーもう、同じ景色に飽きちゃった。
 牛とか羊とかいないの?」
 再び窓の外を眺めるが、既に人の住んでいない城には時折、野鳥が羽根を休める程度のようだった。
 「廃墟に泊まるなんてやだよー」
 コムイがぼやくと、ウォンはあっさりと手を振る。
 「それはご心配なく。
 管理者と使用人がおりまして、いつでもお泊まりいただけるようになっております」
 「・・・・・・お金持ちめっ」
 忌々しげに呟き、ふて腐れたコムイが代わり映えのしない景色を眺めていると、ようやく道の向こうに屋根が見えてきた。
 「あー・・・こりゃすごいやー・・・・・・」
 きっと中世には既にこの場所に建っていたに違いない城が、徐々に姿を現していく様に、コムイは間の抜けた声をあげる。
 ただの客人として招かれた彼でさえ圧倒されるのだから、かつてこの城へ攻め込んだ兵達の心理的圧迫感はいかほどだったろうかと思わせる佇まいだった。
 「バク様ー!着きましたぞー!!」
 じいやに支えられながら、バクがよろよろと起き上がる。
 「あぁ・・・遠かった・・・」
 「ホントにね・・・」
 しみじみと呟いたバクに頷き、コムイは今来た道を振り返ったが、正面にあるはずの門扉は完全に視界から消えていた。
 「・・・消失点で完全消失」
 唖然と呟いた彼にメイド達が駆け寄って、荷物を運んでくれる。
 「さ、コムイ様!
 まずはお部屋にご案内しますぞ!」
 正面玄関前に立ったウォンに呼ばれ、中に入ったコムイは、その壁の厚さにまた呆れた。
 「この壁、大柄な男が余裕で埋められるじゃない!」
 「戦の多かった土地でございますからなぁ。
 砲弾も跳ね返せる壁でなければ、とても住めたものではございませんよ」
 「・・・・・・・・・・・・だよねー」
 ウォンの返答に魂まで飛ばしそうになりながら、コムイが頷く。
 「・・・こんなに広くて隠し場所豊富なんて、聞いてなかったよ」
 ブツブツとぼやいたコムイは、居間の大きな長椅子にぐったりと伸びてしまったバクに舌打ちした。
 「ちょっとバクちゃん!
 まさか全部ボクに探させて、君はここで寝てるつもりじゃないだろうね!」
 「・・・できればそうし・・・」
 「怒るよ?」
 がぅんっと、容赦なく椅子を蹴ったコムイをウォンが慌てて止める。
 「その椅子はサンスーシ宮殿にあるものと同じ、ロココ時代のものでございますっ!!」
 「・・・バクちゃん、そんなだらけた顔乗せてると、作った人に怒られるよ?」
 「・・・僕が僕のものをどう使おうと僕の勝手だ!」
 狡猾にも論点を摩り替えようとしたコムイに歯を剥き、バクはクッションに顔をうずめた。
 「ふんっ。いいケドね、別に」
 もらうものさえもらえば、と、コムイはうつ伏せに寝転んだバクの背中に腰を下ろす。
 「ぐはぁああああああああ!!」
 「バク様ー!!!!」
 潰されかけた主をコムイの下から引きずり出したウォンが、泡を吹くバクを揺さぶった。
 「まったくか弱いねェ。
 そんなことでチャン家を継げるワケー?」
 にやにやと笑う顔がとても邪悪で、ウォンはコムイに依頼したことを早くも後悔する。
 だが彼の主は意外に打たれ強く、意識を取り戻すやコムイに掴みかかった。
 「キサマよくも俺様を潰してくれたな!!」
 「あの程度で潰れてちゃあ、家も潰れちゃうよーン♪」
 「そうはさせるか!
 俺様は立派に家を継いで見せるのだ!
 さっさと帰りたければとっとと財宝の在り処を突き止めろ!!!!」
 ガクガクと揺さぶられたコムイは、不満げに頬を膨らませる。
 「じゃあ、早く手がかりを教えなよー。
 なにかここだって示すもんがあったから、この城に目星をつけたんでしょ!」
 ぎゅう、と鼻をつままれたバクが、顔を真っ赤にしてもがいた。
 「話すから・・・放せ無礼者!!」
 コムイの手を引き剥がそうと、身体ごと仰け反ったバクは突然手を放されて背後に転げる。
 「バッ・・・バクさまあああああああ!!!!」
 お怪我は、と、すかさず駆け寄り、抱えあげようとするウォンの手を振り払って、バクは憤然と肘掛け椅子に腰を下ろした。
 「先代が俺様に遺した言葉だ!
 ありがたく拝聴しろ!!」
 傲慢にも程がある態度で、バクは足を組んだ。

 『太陽はどこにあるか?』
 『楢の木の上に』
 『影はどこにあるか?』
 『楡の木の下に』
 『どのように歩むか?』
 『北へ10歩、そして10歩、東へ5歩、そして5歩、南へ2歩、そして2歩、西へ1歩、そして1歩、そして下へ』

 「・・・なにそれ」
 バクが声を張り上げて言った問答らしき言葉に、コムイが眉根を寄せる。
 「一人問答?
 バクちゃん、傲慢が過ぎてお友達がいないからって、そんなに寂しかったの?」
 「誰が友達いないだコノヤロオオオオオオオオオ!!!!」
 猛々しく吼えたバクの傍らで、ウォンがそっと涙を拭った。
 「コムイ様、そのことはどうか、指摘せずにおいてくださいませ・・・!
 バク様は可哀想なお子様でいらっしゃいますので・・・!」
 「お前までナニ貶めているのだああああああああああ!!!!」
 誰が可哀想なお子様だと、キーキー喚きながら蹴りを繰り出そうとするバクをコムイが羽交い絞めにして止める。
 「まぁまぁ、本当のこと言われたからって怒らないで、さっさとこの一人問答がなにか言いなよ」
 「ンキッ!!!!」
 肩越しに殺しそうな目でコムイを見遣ったバクはしばらくじたじたと暴れていたが、敵わないと見るやくたりとおとなしくなった。
 「・・・財宝の隠し場所を示した問答だ。
 この中に楢と楡という言葉があるだろう。
 我が一族ゆかりの場所で、この樹がある場所を探したのだ」
 再び肘掛椅子に座ったバクが、憮然と口を尖らせる。
 「しかし清にそのような場所はなく、困っていたら・・・大伯父が言ったのだ、父の実家に確認してみてはどうかと」
 「あぁ、ジェリぽんの料理のお師匠様。お元気ぃ?」
 「はい、大変お元気でいらっしゃいます」
 「・・・話の腰を折るな」
 ムッとして、バクは二人を睨みつけた。
 「ゴメンゴメンそれでぇ?」
 コムイのからかい口調にこめかみを引き攣らせつつ、バクは肩越しに部屋の外を指す。
 「そこでここの管理人に電話して聞いたのだ。
 この城に楢と楡はあるかと」
 「ふんふん。
 あったんだね?」
 でなければここまで来ないだろうと、あっさりと言ったコムイにバクは頷いた。
 「どちらも古くて大きな木だ。
 この辺の森はブナ帯になっていて、他の木が生えにくい環境になっているから、わざわざよそから持って来て植えたものだろうと言っていた」
 「なるほどぉ・・・」
 ポケットから手帳を取り出したコムイは、先ほどのバクの問答を全て書き留め、じっくりと眺める。
 「・・・ねぇ、楡の木の側に立って、楢の木の上に太陽が来たように見えるのって、何時?」
 「3時ごろだな。
 この問答が渡されたのは両親の死の直後、10月はじめのことなので、今探すのなら影の長さは少々変わっていると考えなければいけない。
 1歩の歩幅は当然、ボクの歩幅だから、確かめさせた管理人には、自分の歩幅ではなく、ボクの歩幅の長さに歩数をかけた長さで測らせた。
 ちなみに管理人に調べさせたのは、まだ両親の喪があけない10月中旬のことで、今日計るより、より正確だったろうと思う」
 論理的な回答に、コムイは大きく頷いた。
 「古い木なら、1ヶ月で問答を覆すほど成長することもないか。
 ・・・なのに君がわざわざ来て、しかもボクを連れて来たってことは、管理人が到達した場所にそれらしきものはなかった。
 どころか、隠し場所らしくも見えなかった、ってことじゃない?」
 「・・・その通りだ」
 次々に当てられることが面白くないのか、バクは不機嫌そうに顔をしかめる。
 だが、コムイは構わずに懐中時計を見つめた。
 「バクちゃん、今日中に見つけたいなら、お茶の時間を取る暇はなさそうだ。
 この辺じゃ4時過ぎには日が沈むから、もう日は傾きかけてるよ」
 言われて見遣った窓の外は、既に夕暮れの色合いを帯びている。
 「・・・なんと忙しない国だ。
 父は随分のんびりした人だったが、こんな環境でよくあんな風に育ったもんだな」
 変な感心をするバクを急かして、コムイは管理人に楡の木がある場所へと案内させた。
 「・・・ま、既に管理人さんが場所は見つけてくれてるんだから、辿ることになると思うケド」
 バクを楡の木の前に立たせたコムイが、嫌がらせのように長身を屈める。
 「うんわ、バクちゃんの目線、低っ!
 腰屈めてるの痛いから、楢の木の上に太陽が来たように見えたらゆってよ」
 「馬鹿にしているのかキサマアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
 真っ赤になって吼えるバクの顔を無理矢理楢の木へと戻して、コムイは彼の頭の上に顎を乗せた。
 「まーだー?」
 「顎をどけんか、無礼者!!!!」
 キーキーと喚く声を意地悪な喜びをもって聞きつつ、コムイは太陽が楢の木の先端にかかる時を待つ。
 やがて、
 「かかったぞ!」
 不機嫌なバクの声に頷き、ようやく顎をどけた。
 「さ!始めよう!」
 楽しげな声をあげて、コムイは影の先端にバクを立たせる。
 「あ、ちょっと待って」
 「なんだ?
 なにしとるかあああああああああああああ!!!!」
 管理人から受け取ったロープをバクの腰に繋いだコムイが、悪魔の笑みを浮かべた。
 「そーれそれそれv
 まずは北へ10歩、そして10歩、遭わせて20歩だよん♪」
 「俺様は犬かああああああああああああああ!!!!」
 ロープをリードのように握って振り回すコムイに怒鳴ると、彼はパタパタと手を振る。
 「トリュフを探せるわんこもいるかもしんないけどさ、普通、それを見つけるのは」
 「豚でございますな!」
 うっかりと言ったウォンが、射殺さんばかりの目で睨まれた。
 「ふざけるのも大概にせんか!!!!」
 「まぁまぁ、ボクらの故郷じゃ、豚は富の象徴じゃない。
 財宝を探すバクちゃんが豚さんでも構わないでしょv
 「構うわ!!
 とっととこの忌々しいロープを外し・・・はず・・・外せええええええええええええ!!!!」
 結び目が解けずにヒステリックな声をあげるバクを、コムイが指差して笑う。
 「ホラホラ、諦めて進みなよ!
 日が暮れるよ?」
 大げさではなく、本当に翳ってきた空を指したコムイへ忌々しげに舌打ちしたバクは、怒りを込めた歩調でどかどかと20歩進んだ。
 「次は東へ5歩、そして5歩、合わせて10歩だね。
 ・・・なんだか語感はいいんだけど、面倒だなぁ」
 最初から合わせていればいいのに、と呟くコムイに鼻を鳴らして、バクは城の壁伝いに10歩進む。
 「ハイ、次ー。
 南へ2歩、そして2歩、合わせて4歩行ってー」
 「行ってるだろが!!引っ張るな!!」
 背後で方位磁針を見つつロープを引くコムイを、バクが怒鳴りつけながらも進む。
 「そんで、西へ1歩、そして1歩、合わせて2歩!」
 「・・・・・・壁だな」
 管理人が辿り着いた時につけたらしいチョークの印を見つめて、バクが呟いた。
 「確かに壁だ。
 なんの変哲もない壁だ。
 隠し扉なんかありそうもない壁だ」
 ぺたぺたと叩いた石の壁は、おそらく他の壁と同じ厚さを持ち、向こうに空洞がありそうな音もしない。
 「でもここなんだよね。
 そして下へ、って言うからには、掘るのかなぁ?」
 「いや、掘ると言われましても・・・」
 ウォンが困惑気味に見つめた足元は、中世の城らしく巨大な岩がいくつも埋められ、均されて、見事な石畳が作られていた。
 「・・・下へ、と言う言葉は地下室のことかと思ったのですが・・・」
 遠慮がちな管理人の声に振り返ると、彼は申し訳なさそうに肩をすぼめ、かすかに首を振る。
 「この壁の向こうは昔の厩舎でして。
 地下室などはございませんでした」
 「そりゃ残念・・・」
 ため息をついたコムイは、いきなりバクの頭を掴んで壁に押し付けた。
 「じゃあもしかしてこの壁は、バクちゃんだけがすり抜けられるとか?」
 「そんっっっっなアホなことがあるかアアアアアアア!!!!
 キサマ俺様をいたぶりたいだけだろうが!!!!」
 「ヤダナァ。
 ボクはあらゆる可能性を冷静に考えた上で行動してるんだよ?
 キミのひいおじいさんは有名な錬金術師で、この城だって代々、そんな一族が所有してたんでそ?
 だったら不思議なことの一つや二つ起こったって、別に驚かないよ、ボカァv
 ニヤニヤと悪魔の笑みを浮かべながらバクの顔を潰そうとするコムイに、善意など欠片も見当たらない。
 「コッ・・・コムイ様おやめをおおおおおおおお!!!!」
 声まで真っ青にしたウォンが止めに入り、引き剥がした瞬間、
 「おっと」
 わざとらしいにも程があるよろけ方で投げ出されたコムイの足が、バクの背を蹴飛ばした。
 「キサ・・・マアアアアアアアアアアアアアアアアアアア?!」
 「えっ?!」
 「うっそーん・・・」
 「ほ・・・本当に?!」
 長い悲鳴をあげて壁の向こうへ『落ちて』行ったバクの姿に、ウォンが驚き、コムイが呆れ、管理人が唖然とする。
 「・・・あ、ロープロープ」
 するすると肩を滑っていくロープをとっさに掴むと、がくんと落下が止まる感触がした。
 「・・・とりあえず、底に激突するのは防いだっぽいよ?」
 じっとりと剣呑な目で睨んでくるウォンと管理人に愛想笑いをしたコムイが、壁の向こうに吸い込まれるロープを辿る。
 ためしに引いて見れば手繰ることは出来るが、ロープの周りに隙間らしきものはなく、周りの壁を叩いても、音が跳ね返されるばかりで空洞があるような感触はなかった。
 「・・・さっきボク、驚かないってゆったけど」
 妙に表情を無くしたコムイの目が、ウォンと管理人を見比べる。
 「・・・今、ものっっっっすっごいびっくりしてる」
 目をまん丸に見開いたまま閉じられない二人が、ぎこちなく頷いて同意した。


 辺りを見渡しても、一筋の光すら見えない闇の中だった。
 腰に結び付けられたロープ一本で吊るされたバクが、恐る恐る足元を探るが、空を蹴るばかりで降り立てそうな場所は見つからない。
 「な・・・なんなんだ、ここは!」
 ついさっきまで城の外にいて、あの忌々しいコムイに蹴られたことは確かだった。
 厚い壁に額をしたたかぶつけ、悲鳴をあげた瞬間、ここへ落下したのだ。
 「・・・っつ〜〜〜!!
 あんの巻き毛メガネめ!!
 よくも俺様を壁にぶつけおって!」
 まだずきずきと痛む額に当てた手が、ぬるっとした感触と共に滑った。
 「んなっ?!」
 驚いてポケットを探り、マッチを取り出して点けてみると、オレンジ色の灯りに照らされた掌が真っ赤に濡れている。
 「血いいいいいいいいいいいいいいい!!!!」
 今にもひきつけを起こさんばかりに甲高い声が、闇の中に響いた。
 パニックを起こしてじたじたと暴れると、ロープが揺れて壁にぶつかる。
 「ぎゃ!!
 また壁か・・・!」
 手を伸ばしてみれば、伸びきる前にざらりとした石に触れた。
 「・・・意外と狭いのか?」
 壁に手をついたまま、対面にもう一方の手を伸ばせば、指先がかすかに壁を掻く。
 「ふむ・・・。
 城の壁の厚さとほぼ同じ・・・かな」
 大柄な男が横になれるほどの厚さの壁は、両手を広げたバクが掌をつけられる程度の幅だった。
 「・・・なんとか上に登るか下に降りるか出来ないものか」
 彼を挟む壁に両手を突いたまま困っていると、正面に薄ぼんやりと明かりが見えてくる。
 はじめは残像かと思ったが、それは段々明るさを増していくようだった。
 「な・・・んだっ?!」
 目を凝らしていると、段々人の形を取っていく。
 ぎこちない動きでこちらに歩み寄って来るものに、普通であればパニックを起こしただろうが、それが何かを理解したバクは落ち着いて目の前に止まるまで待った。
 『・・・確かにチャン家の血だ』
 足場などないはずの宙に立ち止まったそれが、ぱかりと黒い口腔を開く。
 『契約・・・だ・・・』
 かくん、と、横に首を倒したそれが、黒い双眸でバクの目を見つめた。
 『お前は・・・なにを我に与えるか?』
 「我のもの全てを」
 問いに答えた声は、自分でも不思議なほどに落ち着いている。
 思わずほっとしたバクの心中を察したか、黒い口腔が笑みの形に曲がった。
 『なぜ我に与えるのか?』
 『信頼のためである』
 強く言った声音が気に入ったと、それは大きく頷く。
 『契約成立だ』
 奇妙に膨張して聞こえていた声が、はっきりとバクの耳に届いた。
 「名乗れ、新しい主よ」
 「バク・チャン」
 「与えよ、我が名を」
 「フォー」
 いまやはっきりと姿を現したものは、少女の顔で笑う。
 「いいだろう。
 我が力、お前に与える」
 両手を広げたフォーが、バクの両の二の腕を掴んだ。
 「っ!!!!」
 痺れが走り、バクが苦痛に顔を歪める。
 「契約印だ。
 これでお前は、いつでもあたしを呼び出せる」
 にんまりと笑ったフォーは、バクの腰を抱えるやロープを切り、彼を軽々と肩に担いだ。
 「お・・・おいっ!!」
 落ちはしないかと慌てるバクを無視して、フォーは宙を蹴る。
 ふわりと舞い上がった次の瞬間、彼らは夕陽に紅く染まった庭の中に立っていた。


 「・・・〜〜〜〜ちょっとなにこれバクちゃん、どういうこと?!」
 突然背後に現れたバクと見知らぬ少女を見るや、コムイが猛然と迫ってきた。
 「なにがあったのこれ?!
 ロープ切れてるし!!
 ってか壁!!壁元通り!!なんのマジック?!」
 バクに結んでいたロープを振り回しつつ、彼らと壁を行ったり来たりするコムイを、少女が呆れ顔で見あげる。
 「本物の魔術だよ。
 あたしはこいつのひいじじに封じられた土地神の分身さ」
 そう言って彼女は、西洋風にも東洋風にも見えない服の、到底収納場所などなさそうなぴったりとした服のどこからか、黒っぽい珠を取り出した。
 「ほい、精霊石。
 出かける時は身に着けてろ」
 「あ・・・あぁ・・・」
 頷いて受け取ったバクの手を、コムイががっしりと掴む。
 「なにその石?!
 どんな効果があるの?!お守り?!」
 「清国にあるチャン家の敷地内から掘り出した、ただの石だよ」
 今にも奪い取りそうなコムイに、フォーは肩をすくめた。
 「あたしの本体は土地神だから、本当はその土地から離れられないんだ。
 けど、こいつを守るにはそうも言ってらんないだろ。
 だから、護る土地にあった石を通じて分身を送ってんだ」
 「へぇええええええええええ!!!!」
 たいそう感心したとばかり、大声をあげたコムイがフォーの両手を握る。
 「分身って言うから幻燈みたいなものかと思ったけど、ちゃんと感触があるよ!
 すごいねぇ!すごいねぇ!!」
 こうまで感心されると、フォーも少し・・・悪い気はしなかった。
 「でも前のご当主は、ご夫君ともども事故で亡くなったって聞いたけど・・・」
 バクを気にしながらコムイは、フォーに小首を傾げる。
 「いつの間にキミの・・・精霊石?を、ここに隠したんだい?
 あのお二人だって、まさか亡くなるとは思ってなかったでしょ?」
 「それは・・・」
 答えようとして口ごもったフォーに代わり、ようやく我に返ったウォンが進み出た。
 「前のご当主が隠された、と言うのには少々語弊がございます。
 このフォーは・・・チャン家の当主が亡くなると、後継者が見つけ出すまで一旦、ゆかりの地へ隠れるのでございますよ」
 バクが最初に言った場所を示す問答も、母が遺したというよりは、母が亡くなった後にいずこからか現れたものだという。
 「はぁ・・・。
 随分遠くまで隠れんぼしに来たもんだねェ。
 バクちゃんのパパのことが好きだったの?」
 何気なく言った途端、フォーの顔がみるみる紅くなっていった。
 「え?!図星?!ホントに?!」
 「うっ・・・うるさいっ!そんなんじゃねぇよっ!!」
 とは言うが、彼女の様子は図星を指されて恥ずかしがっているようにしか見えない。
 その様をニヤニヤと見ていたコムイは、ずっと無言のバクに目を向けた。
 「どしたの、バクちゃん?静かだね?」
 「あ?!いや・・・」
 慌てて首を振ったバクの目が潤んでいて、コムイは首を傾げる。
 「無事に家を継げてよかったーって、感涙?」
 「あ・・・あぁそうだ!
 ホッとしただけだ!!」
 ぐいっと乱暴に涙を拭ったバクが、くるりと踵を返した。
 「中に入るぞ!
 長旅だったのに、まだお茶もしてないんだからな!」
 「あぁ、うん・・・」
 不思議そうに頷いたコムイの傍らを、ウォンが物凄い勢いで追い越していく。
 「ただいまご用意いたしますので!!」
 お茶の仕度は自分の役目とばかり、駆け去っていったウォンを厨房に案内すべく、管理人も走って行った。
 「・・・賑やかな人達だねェ」
 呟いたコムイが、早足にバクとフォーを追う。
 「なーんか、ボクいなくてもよかった気がしない?
 結局問答通りの場所に『入り口』はあったわけだし、本物のマジックでバクちゃん一人が入っちゃったし?」
 ねぇ?と、ちょこまかと歩くフォーを見下ろすと、彼女は少し意地悪な笑みを浮かべてコムイを見あげた。
 「いいや?
 お前が意地の悪い奴だったおかげで、あたしはバクの血をもらうことが出来たんだ。
 あんな酷いこと、ウォンや召使いどもにはできねーよ」
 「血?」
 そういえば蹴ったな、と見遣ったバクが、ぴたりと立ち止まる。
 「バクちゃん?」
 「ぐはっ!!」
 突然、額から噴水のように血が吹き上がり、目を回したバクがフォーへ倒れ掛かった。
 「あれ?!怪我してたんだ!」
 「あぁ。おでこぱっくり割れてる」
 バクの血を心地よさげに浴びて、フォーはにやりと笑う。
 「これをもらわなきゃ、さすがのあたしも具現化できないんだよな」
 「はぁ・・・それはいいんだけどさ」
 ハンカチで額を押さえてやりながら、コムイはバクを支える少女を見下ろした。
 「早く止めたげないと、またご主人亡くしちゃうよ?」
 「ありゃ」
 身に浴びた血を嬉しそうに舐め取っていたフォーは、残念そうに手を彼の額に当てる。
 「もうちっと欲しかったんだけどな」
 「・・・キミ、化け猫の化身じゃないよね?」
 神は神でも悪い神ではなかろうかと、コムイは背筋を寒くした。


 すっかり日が暮れて、弱々しい灯り一つがぼんやりと室内を照らす中、バクはうっすらと目を開けた。
 ついさっきまでやたらと周りが騒がしかった気がしたが、今はしんとして、なんの音も聞こえない。
 と、
 「目が覚めたか?」
 にょきっと、突然視界に現れた少女の顔に、バクは驚いて仰け反った。
 しかし、背はふかふかのベッドに支えられて、ぽふんと身体を押し戻す。
 「お前、失血死するかも知れなかったってさー」
 「・・・そんなわけあるか」
 意外と冷静な声をあげて起き上がったバクを、フォーは眉根を寄せて見あげた。
 「・・・悪かったな」
 「なにがだ?
 僕の血を嬉しそうに舐め取っていたことか?」
 せいぜい嫌味ったらしく言ってやると、フォーはほふ、と吐息する。
 「違う。
 あたしがお前を『主』と認めたことだ」
 言われて、バクはぎくりと顔を強張らせた。
 「トゥイとエドガーが死んだこと・・・半信半疑だったんだろ?
 爆発事故で研究所が倒壊して・・・死体は見つからなかったもんな」
 しかし、いずこからかあの『問答』が現れたため、バクの大伯父が二人の死を確信し、葬儀を出したのだ。
 「・・・助けらんなくて、ごめんな」
 そのための土地神であったはずなのに、人が神域へと伸ばした手は存外深く、その反発もまた、予想以上に大きかった。
 「あたし程度の神じゃ、防げなかったんだ・・・」
 今にも泣きそうに顔を歪めたフォーの頭を、バクが無言で撫でる。
 「・・・両親とは・・・数年前から、滅多に会えなかったからな。
 死んだといわれても実感がわかなくて・・・でも・・・」
 名家ともなれば葬儀は呆れるほど大々的に行われ、喪中のひと月はなにも考えることができなかった。
 そのままひと月近くがたち、ようやく落ち着いた頃、大伯父にフォーと契約しなければ家は継げないと言われたのだ。
 「探したぞ。
 清国中のゆかりの地を、一つ残らず」
 だが、一族の総力を挙げても見つからず、ゆえにバクは無駄に希望を持ってしまった。
 前当主が・・・母が亡くなったというのは、酷い誤解ではなかったのかと。
 「・・・ごめん。
 エドガーが生まれた場所に、一度来てみたかったんだ」
 ベッドに顎を乗せたフォーは、猫のように目を閉じた。
 「あいつはあたしのこと、普通の子供みたいに扱ってくれたから」
 あんなにも暢気な人間を育てたのはどんな地だろうかと・・・『土地神として』気になったのだと、フォーは慌てて言う。
 「僕も、ここには初めて来た。
 ・・・いい土地だな」
 土地神の前で別の土地を誉めていいものかとは思ったが、フォーはあっさりと頷いた。
 「心地いい土地だ。
 この広い場所と、石の城はこの土地の民を守って来た歴史があるんだ。
 古い土地にしては珍しく怨みが少ない・・・いい土地だ」
 今にも眠りそうに呟くフォーの頭を撫でながら、バクも頷く。
 「お前が護る土地も、きっと同じなんだろう。
 だから親父殿は、お前に生まれ育ったこの地を感じて、優しくしたんだ」
 「そうかな・・・」
 くしゃりと歪んだ頬に、涙が伝った。
 「きっとな」
 呟くバクの頬にも、涙が伝う。
 フォーが自分と契約したことで、ようやく両親が死んだのだと実感できるようになった。
 「僕はそう簡単に死ぬつもりはないから・・・しっかり守れよ」
 バクからの初めての命令を受けたフォーは顔をあげ、大きく頷く。
 「必ず!」
 拭った涙で濡れた手が、バクの腕に刻まれた契約印に、そっと触れた。


 ―――― 翌日。
 来た時と同様に慌しく城を出たバクは、この辺りの地図を叩き込んだコムイによって最寄り駅へ連れ込まれた。
 「はいこれ!
 ボクからバクちゃんに、心を込めたプレゼント!!」
 早口に言うコムイから受け取った紙を、バクは不思議そうな顔で広げる。
 「・・・なんだこれは」
 大きな紙には子供でもわかりそうな路線図と汽車名、発着駅や時刻表まで載っていた。
 と、コムイは訝しげなバクの肩を馴れ馴れしく抱く。
 「無事に清国へ帰っておくれね!
 ボカァ、キミが道に迷ってまたロンドンに来ちゃわないか、そりゃあ心配で心配で!
 各国の観光スポットも書いてあげたからさ、この道程表を参考に、真っ直ぐ清に帰んなさい、そうしなさい!
 幸いにも同じユーラシア大陸だもの!
 お船に乗ることもなく、安全安心な旅だよ、バイッバーイ!!」
 まくし立てるコムイに背中を突き飛ばされ、よろけたバクは出発直前の列車に転がり込んだ。
 「バッ・・・バク様!!!!」
 慌てて続いたウォンの傍らを、欧州旅行中の少女らしい服を来たフォーが猫のようにすり抜ける。
 「キッ・・・キサマなんのつもりだ、コムイー!!!!」
 せっかくだからもう一度英国へ渡り、その後欧州旅行を、と考えていたのに、乗り込んだのは東欧行きの特急列車だった。
 「英国にはもう来なくていいからね!
 ボクの可愛い妹の、1000km圏内には入らないでね!」
 「なんだそれは・・・そういえばキサマ!!
 俺様のことをロリコンの変態とか言いふらすのやめんかー!!!!」
 動き出した列車の窓から身を乗り出し、掴みかからんばかりに手を伸ばすバクを、ウォンが必死に支える。
 「なーんだよぅ!
 本当のことじゃないー!」
 徐々に離れて行くバクににんまりと笑い、コムイは彼らへ手を振った。
 「バイバイ、フォー!
 キミとはまた会いたいね」
 「会いたきゃお前が来な」
 そっけない少女に楽しげな笑声をあげ、コムイは奇妙な一行を見送る。
 「・・・・・・朋、遠方より来たる」
 未だきぃきぃと風に乗って届く、バクのヒステリックな声にコムイは笑みを深めた。
 列車は駅を出て、更に速度をあげていく。
 「また、楽しからずや」
 その声に答える様に、汽笛が高らかに鳴り響いた。



Fin.


 










2011年バクちゃんお誕生日SSですv
知っている人は『あれか』って気づかれたでしょうが、ホームズシリーズの『マスグレーヴ家の儀式』を元ネタにしています!
まるで\|宣|/の人みたいな繰り返しの問答はマジですよ(笑)
このお話は結構、批評家(?)から『イヤイヤイヤ!ムリだし!!』的突っ込みもらってる作品ですが、私はとても好きです(笑)
ちなみにその突っ込み部分は、このお話ではクリアしていますよ(笑)
名探偵コムイさんシリーズ(そんなシリーズだったんかよ)は、今まで結構真面目に不可思議な存在を排してきたので、たまにはこんな、人知を超えることがあってもいいかな、と思って書きました。
お楽しみいただければ幸いです(^^)












ShortStorys