† Glitter †






 「な・・・なんてトコなの・・・・・・」
 再就職先に到着したミランダは、その場の、あまりのおどろおどろしさに息をのんで立ちすくんだ。
 「お荷物を運ばせていただきます」
 怪しいエクソシスト本部に見入っていた彼女は、いきなり声をかけられ、びくっと肩を震わせる。
 振り返れば、数人の白い服を着た男達が、小船から彼女の時計を降ろそうとしているところだった。
 「あ・・・あの・・・っ!気をつけてくださいね!!」
 イノセンスの発動が停まった今、その時計は彼女以外の者でも触れられるようになった。
 が、その分、壊れてしまう危険もあるのだ。
 長い旅を経て、小さな船に乗せられた時計が濡れやしないか、また、川の中に落ちやしないかと、ハラハラと落ち着かない彼女の声に、白服達は気を悪くする風もなく、深く頷いた。
 「もちろんです。大切なイノセンスですから」
 目深にかぶったフードの下の、和んだ目に、ミランダはほっと吐息して肩の力を抜く。
 と、闇に包まれた船着場に、新たな白衣の男が現れた。
 「あんたがミランダ・ロットーさん?」
 「え・・・はい・・・」
 「どうも、科学班班長のリーバー・ウェンハムっす。
 ホントだったら室長が迎えるんすけど、あの人、リナリーとアレンのとこに行っちまったんで、俺が代理。
 すんませんね、初めてなのに」
 「はぁ・・・・・・」
 どこの訛りだろう。ロンドンの人間ではないようだ、と、思いつつ、ミランダは不安げな上目遣いで彼を見た。
 「あの・・・室長かどうかは知りませんけど、リナリーちゃんのお兄さんにはお会いしました」
 「あー・・・そりゃ、怖かったでしょ?」
 引きつった笑みを浮かべて言うリーバーに、ミランダは頷きかけた姿勢のまま硬直した。
 重体のリナリーとアレン、そして、ミランダが運ばれた病院に錯乱状態で飛び込んで来るや、昏睡状態のリナリーの傍らで号泣していた中国人・・・。
 医者や看護婦達が総出で押さえつけようとするのを振り切って・・・まるで、猛獣のようだった。
 結局、共に現れた老人に吹き矢のようなもので倒されて、ようやく彼が落ち着きを取り戻すまで、一体、何時間かかったのだろう。
 「その・・・彼に、ここに来るように言われたんです。
 私が・・・その・・・・・・」
 「エクソシスト」
 「・・・・・・はい・・・・・・」
 ミランダは、顔を真っ赤にして俯いてしまった。
 彼女が奇怪を引き起こした街を出る時は、認められたことが嬉しくて、受け容れられる場所があることが嬉しくて、足取りも軽くなったものだが、ここへ至る旅をしているうちに、段々恐ろしくなってきたのだ。
 エクソシストになると言うことは、アレンやリナリーのように、恐ろしい化け物達に立ち向かい、命がけで戦って、勝たなくてはならないのだ。
 そんなことが、自分にできるものだろうか・・・。
 「あの・・・リーバーさん。
 私、不器用で、なにをやってもうまく行かない人間なんです・・・・・・。
 こんな私でも、エクソシストって・・・なれるものなんでしょうか・・・・・・?」
 「あー・・・うぅーん・・・?」
 曖昧な笑みを浮かべ、リーバーはうなだれたミランダを見下ろした。
 「まぁ・・・俺はエクソシストじゃなくて、単なる科学班の一員なものっすから、エクソシスト達の大変さも、実感しているわけじゃないんすけどね」
 でも、と、リーバーは笑みを深めた。
 「エクソシストは、イノセンスに選ばれた神の使徒っす。
 そして、あんたは選ばれた。これだけは間違いない」
 それに、と、リーバーは、真っ赤な顔を上げられずにいるミランダに続けた。
 「あんたはアレンとリナリーを助けてくれたんでしょ?
 礼を言わせてください―――― ありがとう」
 俯けていた額のすぐ側に、明るい色の髪が触れて、ミランダは驚いた。
 「いっ・・・いえっ!!助けただなんて、私っ・・・!!」
 慌ててパタパタと手を振る彼女に、リーバーは顔を上げてにこりと笑う。
 「いいっすよ、照れなくて。
 そんじゃ、行きましょうか」
 「え・・・?」
 どこへ、と、問う彼女の先に立って、リーバーは顔だけ振り向いた。
 「この城の案内と、大元帥達への謁見、あと、ちょっと顔が怖い奴とも会って貰います。
 大丈夫。危害を加えるようなことはないっすから。
 あ、ファインダー!」
 そう言って、リーバーは指示待ち顔の白服たちに声をかけた。
 「その時計、先にヘブラスカのとこに持ってってくれっかな?」
 「と・・・時計を?!」
 「大丈夫、絶対傷はつけませんから!」
 悲鳴じみた声を上げて、蒼ざめるミランダに、リーバーが慌てて言った。
 「大事なイノセンスっすから、大切に扱わせてもらいますよ」
 「え・・・えぇ・・・・・・」
 それは、白服たちからも、何度も聞いた言葉だった。
 「じゃ、行きましょうか。俺なんかのエスコートで、申し訳ないっすけど」
 「いえ・・・そんな・・・・・・」
 リーバーのおどけた言い様に、ほんのちょっと笑って、ミランダは彼の後ろについて行った。


 「・・・・・・っなんなの、アレ!!!」
 与えられた部屋に入るや、ミランダはベッドに突っ伏して号泣した。
 シンクロ率の検査だとか何とか・・・ものすごく巨大で恐ろしい化け物に掴まれて、大絶叫してしまったのだ。
 ただでさえ、威圧感を漂わせた大元帥達の前であがっていた彼女は、完全にパニックを起してしまい、もう何が起こったのか、なにを言われたのかさえ、全く覚えてなかった。
 「もしもし?ミランダさん?」
 ノックと共に、ぴったりと閉ざしたドアの向こうから声をかけられ、ミランダはびくりと息を潜めた。
 「リーバーっすけど・・・。大丈夫っすか?」
 気遣わしげな声に、ミランダはほっと吐息して起き上がると、そっとドアを開けた。
 「あぁ、大丈夫みたいっすね」
 リーバーは、そう言うと、安心したようににっこりと笑う。
 「すみませんね、ミランダさん。
 オレ・・・ちゃんと説明したつもりだったんすけど、怖がらせたみたいで・・・ほんと、スミマセン」
 頭を掻きながら、困ったように何度も謝るリーバーに、
 「わ・・・私こそ、取り乱してしまって・・・ごめんなさい・・・・・・」
 俯いたまま、怯えた小動物のように細い肩を震わせる彼女に、リーバーが苦笑する。
 「えっと・・・気分が悪いとかじゃないなら、食堂行きませんか?うちの料理長が、あんたを見て張り切ってるんすけど」
 「はぁ・・・・・・」
 訳がわからないままに、ミランダは頷いた。
 ―――― そう言えば、今日は色々あって、まだ何も食べてなかったわ・・・。
 「じゃあ・・・」
 と、部屋から出てきたミランダに、彼はにっこり笑って頷く。
 「じゃあ、行きましょうか。あ、うちの料理長、見た目は男ですけど、ハートは乙女っすから。びっくりしないで下さいね」
 「はぁ・・・って、えぇっ?!」
 ―――― ホントに、なんて所なの・・・・・・・・・。
 ミランダは、力尽きたように、その場にへたり込んだ。


 教団本部内食堂の朝は早い。
 いや、この場にはそもそも、『営業終了』と言う言葉がない。
 昼夜なく任務を与えられる教団構成員のために、食堂は24時間営業である。
 その上、この場には英国人に限らず、多くの国から違う人種が集まるため、『食事は栄養が補給できれば十分』等と言う、英国式甘えはまかり通らない。
 更には、この場を統括する料理長、ジェリーの情熱も相俟って、厨房にはかなり腕のいい料理人が揃っていた。
 そんな食堂で、
 「・・・僕!ここに来るたびに、入団してよかったなぁって、思うんですよ・・・・・・!」
 みたらし団子を口にした途端、嬉し涙を浮かべたアレンに、テーブルを挟んで座るラビが笑う。
 「お前、昨日も同じコト言ってたさ!まだ、色気より食い気なんだなぁ」
 「そんなこと・・・・・・」
 ない、と言おうとして、アレンは二本目の串を口に運んだ。
 「うーん・・・そうかも・・・。
 エプロンの似合う人が、毎日おいしいお料理と、おいしいみたらし団子を作ってくれたら、惚れちゃうでしょうしね」
 その答えに、ラビは爆笑し、アレンの隣に座っていたリナリーもクスクスと笑声を上げる。
 「そんなに笑わなくったって・・・・・・」
 ぷぅ、と、頬を膨らませるアレンに、リナリーが『ゴメン』と、目じりに浮いた涙を拭った。
 と、
 「でも、ラビみたいに色気づいてるよりいいでしょ」
 アレンとリナリーの間から、声と共に、たくましい腕が現れる。
 「ハイ、アレンちゃん。みたらし団子、追加よぉん♪」
 「わぁい!!」
 ジェリーが、大皿に盛った大量のみたらし団子をアレンの前に置くと、彼は嬉しそうな声を上げた――――・・・アレンの前にあった皿は、いつの間にか空になっている。
 「ジェリーさんって、ホントにお料理上手ですよね!!なんでもおいしい!!」
 まだ暖かい団子を、早速頬張りながら言うと、空になった皿を下げていたジェリーが、嬉しそうに頬を赤らめた。
 「んもう!そんなに手放しで喜ばれちゃったら、アタシ、嬉しくてはりきっちゃうわぁ!!お団子、まだ欲しい?!」
 「はい!!」
 「ウフフ!じゃあ、できるだけゆっくり食べててねん♪すーぐ作ったげるからぁ!!」
 スキップでも踏みそうな勢いで、厨房に戻って行ったジェリーを見送り、ラビは、アレンの皿から団子を一本、取り上げた。
 「アレンは、ジェリー姐さんのお気に入りだな」
 苦笑するラビに、アレンは大きく頷く。
 「僕も、ジェリーさん大好きですよ!優しいし、料理うまいし。
 僕、料理の上手な人って、大好きです!!」
 「そっかー。アレンの好みのタイプは、料理上手で優しいオンナノコかぁー。
 がんばれ、リナ!」
 にっ!と、笑って親指を立てたラビに、リナリーが真っ赤になった。
 「なっ!!!なに言ってるの、ラビ!!私、別にっ・・・・・・!!」
 「?
 リナリー、なんで赤くなってるの?」
 不思議そうにリナリーを見るアレンに、彼女は更に赤くなる。
 「なっ・・・なんでもないのっ!!えっと・・・そう!紅茶が熱くって!!」
 言いつつ、指し示したティーカップをひっくり返しそうになって、リナリーが更に慌てた。
 彼女の混乱振りに、ラビは苦笑して話を変える。
 「けど、お前の食事作るのって、絶対大変だって。
 今まで質より量だったんだろうけどさ、ここの料理のせいで、質にまでこだわり出したんだろ?
 俺、お前の嫁さんになる子に同情すんな」
 「う・・・」
 アレンは、喉に詰まった団子を、慌ててお茶で飲み下した。
 「そうなんですか?!僕のお嫁さん、かわいそうなの?!」
 未だ具体的な予定などはないものの、ラビの言葉に不安を持ったらしく、アレンが急き込んで問う。
 と、ラビは何度も頷いた。
 「料理上手がみんな、ジェリー姐さんみたいに手早く大量の料理が作れると思ったら、大間違いさ。
 なんたって姐さんは、この教団の料理長だかんな。
 何人もスタッフがいて、ようやくお前の注文を満たしてんのに、一人でお前の世話すんの、絶対大変だぜ?」
 「え・・・僕、問題児だったんだ・・・!」
 言いながら、目を潤ませるアレンに、リナリーが慌てて首を振る。
 「そんなことないわよ!ジェリーだって、アレン君がとってもおいしそうに食べるから、すごく喜んでたじゃない?」
 「リナリー・・・・・・」
 彼女のフォローに、アレンは、ぱぁ、と、顔を輝かせたが、
 「でも、料理は嫁さんに要求しない方がいいって。
 毎日の献立を考えるだけでもストレスなのに、量まで要求されちゃあ、料理するだけで一日終わるぜ?」
 ラビに言われて、再びしゅん、とうなだれた。
 「もう、ラビ!仕方ないじゃない、アレン君は寄生型のエクソシストなんだから!」
 「別に悪いとは言ってねーよー?」
 反駁するリナリーに、ニヤニヤと笑いながら、ラビは、団子の串を弄ぶ。
 「ただ、リナリーみたいに理解ある子じゃないと、嫁さんに逃げられても仕方ないって言ってるダケ。
 いっそ、嫁さんもらった後もココで暮らして、食事はこの食堂で世話してもらったら、理想的だよな?」
 「・・・・・・全然」
 突如、地獄から湧き上がってきたような低い声と共に、ゴッ!と、背後から固い陶器の底を頭にぶつけられて、ラビの目から火が出た。
 「・・・全くもって、面白くもなんともない未来予想図だねぇ、ラビ?」
 「兄さん・・・・・・」
 エクソシストの背後を取る、と言う、超人技を成し遂げた兄に、リナリーが目を丸くする。
 「・・・これ以上余計なコト言うと、殺すよ?」
 手にしたマグカップを、ラビの頭にぐりぐりと押し付けたコムイが、彼の耳にそっと囁くと、その冗談ではない口調に、ラビは真っ青になって、何度も頷いた。
 「リナリー♪お茶が終わったら、ボクにコーヒーを持ってきてくれるかい?――――・・・こーんな悪ガキと、いつまでも話してないで」
 にこやかに言いつつ、コムイはゴンゴンと、ラビに激しくマグカップを叩きつけている。
 「も・・・もう、終わったから、すぐ行くわ!」
 このままだとラビが殺されてしまう、と直感したリナリーが、席を立ったのを見て、コムイは満足げに笑った。
 「じゃあ、一緒にいこーねっ♪リナリーがいるなら、執務室も辛くないよっ!」
 言うや、素早くテーブルの反対側に回り込むと、コムイはリナリーの肩を抱き、上機嫌で食堂を後にした。
 そんな二人を見送ったアレンは、頭から大出血してテーブルに突っ伏すラビを見下ろした。
 「コムイさん・・・どうしたんだろ・・・・・・?」
 ただ事ではない様子に、アレンが呆然と問うと、自身の血の海に浸かったラビは、忌々しげな声を上げた。
 「・・・色気より食い気の小僧には・・・ぜってぇわかんないことさ・・・・・・!」
 「・・・言われたことにはムカつくけど、療養所に行くなら、連れてってあげていいよ?」
 「頼む・・・・・・」
 血の海に、数滴の涙が加わった。


 「料理上手・・・か。みたらし団子ねぇ・・・」
 兄の助手として与えられたデスクに頬杖をつき、ペンをくるくると回しながら、リナリーが呟く。
 と、
 「なにが?」
 不意に背後から声を掛けられ、リナリーはビクッと振り向いた。
 「ミッ・・・ミランダさんっ!!!」
 「ご・・・ごめんなさい、脅かすつもりはなかったの!
 呼んだんだけど、聞こえなかったみたいだから・・・!!」
 驚いたリナリーよりも、更にうろたえて、ミランダが言い訳する。
 「う・・・ううんっ!私こそごめんなさい!・・・考え事してて・・・・・・」
 「あら?」
 真っ赤になって俯いたリナリーに、ミランダが、口元をほころばせた。
 「・・・もしかして、お兄さんには言えない考え事?」
 コムイの目を盗んで、こっそりとミランダが耳元に囁いた言葉に、リナリーは更に顔を赤くする。
 「・・・・・・お茶でもする?」
 クスクスと、明るい笑声を上げるミランダに、リナリーは、こくりと頷いた。


 「ミランダさん、もう、ここには慣れた?」
 「うん・・・まぁまぁ・・・かしら・・・」
 食堂で出してもらったティーセットを持って、二人は中庭のベンチに座った―――― 建物内にはコムイの放った通信用ゴーレムがひしめいていて、油断も隙もない。
 が、見通しのよいこの場所なら、ゴーレムが近づけばわかるし、聞かれないよう、声を潜めることもできた。
 「無理しなくていいわ。
 今まで、普通の生活してたんですものね・・・ここって、やっぱり異常でしょ?」
 リナリーの言葉に、ミランダは入団当日の事を思い出す。
 「そうね・・・でも、私なんかでも、必要とされるのは嬉しいわ」
 そう言って、控えめに笑ったミランダは、いつもきつく引き詰めていた髪を解いていて、初めて会った時よりも、随分と柔らかい雰囲気をまとっていた。
 「ミランダさん、ジェリーに目をつけられちゃったんだね」
 クスクスと笑うリナリーに、ミランダも頷く。
 「そうなの。
 ここに来た途端、ジェリーさんに『痩せすぎよ!』って怒られちゃって・・・。
 彼・・・女・・・が、出してくれるものを食べていたら、太っちゃったのよ」
 「ちょうどいいくらいだよ。ミランダさん、ホントに細かったもの」
 他愛のない話をしながら、リナリーは、パタパタと飛ぶ黒いゴーレムが、二人の周りから消えるのを待った。
 と、女同士、特に深刻な話題でもないことを見て取ったか、二人の見える範囲から、ゴーレムは姿を消してしまった。
 「・・・・・・やっと行ったわ」
 「リナリーちゃんも、苦労するわね」
 深く吐息したリナリーに、紅茶を淹れてやりながら、ミランダが苦笑する。
 「嫌なわけじゃないの。ただ・・・ちょっと、困る時もあるの」
 「当たり前よ。年頃なんだから」
 さらりと言ったミランダに、リナリーがくすりと笑みを漏らした。
 「ミランダさん、お姉さんみたいだわ」
 「一応、年上だもの」
 クスクスと笑って、ミランダは紅茶を口にする。
 「――――・・・で?アレン君のこと?」
 「なぁっ?!なんでっ!?」
 顔を真っ赤にして叫んだリナリーに、ミランダがクスクスと声を上げた。
 「お料理上手とみたらし団子なんて、珍しい独り言じゃない?
 その二つを繋いで、更にリナリーちゃんを悩ませることなんて、私、アレン君しか思いつかないわ」
 「〜〜〜〜・・・誰にも言わない?」
 「言うわけないでしょ」
 俯いて、か細い声を上げるリナリーに、ミランダがまた笑う。
 「それで?なんて言われたの?」
 ミランダに問われて、リナリーは先ほど、ラビとアレンの間で交わされた会話を話した。
 「なんと言うか・・・すごく、アレン君らしいわ」
 色気より食い気ね、と、笑声を上げるミランダに、リナリーも釣られて笑う。
 「じゃあ、作ってあげたら?
 毎日は無理でしょうけど、リナリーちゃんが作ってあげたら、アレン君も喜ぶんじゃない?」
 「でも・・・・・・」
 逡巡するリナリーに、ミランダは首を傾げた。
 「どうしたの?」
 「私・・・料理できないもん・・・・・・」
 「うーん・・・力になってあげたいけど、私も不器用だから、みたらし団子の作り方なんて・・・」
 「・・・違うの」
 「何が?」
 「私・・・料理って、やったことがないの・・・・・・!」
 「・・・・・・あらま」
 意外な言葉に、ミランダは目を丸くして呟く。
 「・・・だって私、物心つかないうちにここに連れて来られて、やらされたことと言えば、勉強と訓練だけで、お料理どころかお裁縫もお洗濯も―――― お嫁さんに必要なこと、何もできないんだもん!!」
 このままじゃお嫁に行けないよ・・・と、顔を覆って泣き出したリナリーの背を、ミランダはなだめるように撫でてやる。
 「そうなの・・・。それはちょっと・・・困ったわね・・・・・・」
 「兄さんは私が結婚するの、すごく嫌がってるけど、そんな心配しなくったって絶対無理・・・・・・!!お嫁のもらい手なんて、ないもん!!」
 とうとう泣き出してしまったリナリーの背を叩きながら、ミランダはぽつりと呟いた。
 「・・・・・・コムイさん・・・まさか、わざとじゃないわよね・・・・・・?」
 妹を手放すのが嫌なあまり、花嫁修業の一切を、彼女から遠ざけているのではないか―――― それはミランダの勘だったが、どうも、当たっている気がする。
 「全く・・・悪い人ねぇ・・・・・・」
 苦笑して、ミランダは、リナリーの頭をぽんぽん、と叩いて、上げさせる。
 「そんなに泣かなくても大丈夫よ。
 あなたはまだ若いんだし、今から練習したって、全然遅くないでしょ?練習すれば少なくとも、不器用な私よりは上手になるわよ」
 「そ・・・そうかな・・・・・・?」
 「そうよ。
 それに、今すぐアレン君のお嫁さんになって、今日から彼の全生活をお世話しようって訳じゃないでしょ?」
 「だぁっ!!だから!!お嫁さんとかそんなんじゃなくて・・・!!!」
 絶叫したリナリーに、ミランダは楽しげに笑った。
 「そんなに大きな声を出したら、ゴーレムに声を拾われちゃうわよ」
 「えっ・・・・・・!!」
 慌てて辺りを見回すリナリーの傍らで、ミランダは、時計のネジと一緒に首に下げていた、懐中時計を取り上げた。
 「お昼も終わったし、今なら厨房はすいているんじゃないかしら?
 もし、ジェリーさんの都合がいいようなら、みたらし団子の作り方、教えてもらわない?」
 「え・・・えぇっ!?」
 「うまくすれば、お茶の時間には間に合うかもよ?」


 「あんらー・・・リナリーが、お料理!!」
 まぁまぁ、と、頬に手を当て、ジェリーは嬉しそうに笑った。
 「え・・・と・・・。教えてくれる?」
 ミランダに付き添われ、真っ赤になって俯くリナリーを、ジェリーは慈愛に満ちた目で見下ろす。
 「もちろんよ!―――― コムイには内緒ね?」
 くすくすと、乙女のような笑声を上げるジェリーに、リナリーは、赤い顔で頷いた。


 「ホラ!初心者なのに、勘に頼らない!ちゃんと量って入れなさい!」
 ジェリーの指導の下、リナリーは懸命に粉や水の量を量り、ボウルに入れる。
 「ただ入れりゃいいってもんじゃないのよ、リナリー!お団子は、粉がダマになったらおいしくないの!」
 「えぇっ・・・でも・・・っ」
 「一気にお水を入れちゃダメでしょ!!少しずつよ!」
 「でも、早く作らなきゃ・・・・・・」
 「手順をきちんと覚えるまでは、早くやろうだなんて考えないの!丁寧にやりなさい!!」
 ビシビシと、厳しく叱り付けながら、ジェリーはリナリーに指導する。
 その傍らで、
 「ジェリーさん、このクランベリー、いただいていいですか?あ、ナッツもある!」
 ミランダが、嬉しそうに、スコーン生地を作っていた。
 「色々入れたいんなら、乾物類はあの棚にしまってあるから、好きに使っていいわよ」
 「ありがとう!」
 足取りも軽く取りに行ったミランダを見遣って、リナリーが首を傾げる。
 「ミランダさん、なんであんなに楽しそうなのかしら」
 「さぁねぇ。
 ほら!アンタ、またダマになってるわよ!よそ見してないで、丁寧に混ぜなさい、丁寧に!!」
 「はぁい・・・・・・」
 こんなことなら、アクマと戦っていた方が楽だった・・・そんなことを思いながら、リナリーは、ひたすら粉と水を混ぜ合わせた。


 「何とか出来上がったわね。形は悪いけど・・・」
 苦笑するジェリーの前には、彼女がお手本で作った、見目麗しい団子と、初心者リナリーが作った、どう贔屓目に見てもおいしくはなさそうな団子が並んでいた。
 「ジェリーさんのお団子の隣にあったら、どんなものだって見劣りしますよ。リナリーちゃん、がんばったわよね」
 「う・・・うん!!」
 以前のミランダだったら、決して言えなかっただろう、そつのない評価に、リナリーが感動して頷く。
 「じゃあ、お団子が固くならない内に、持ってってあげなさいな・・・・・・コムイに見つからないように行くのよ!」
 ぐっ!と拳を握り、耳打ちしたジェリーに、リナリーが深く頷いた。
 「が・・・がんばる!!」
 食堂からアレンの部屋まで、コムイにもゴーレムにも見つからずに行くには・・・!
 「イノセンス発っ・・・きゃんっ!!」
 「なにをおバカやっちゃってるの、この子は!」
 「ジェ・・・ジェリー・・・なんでぶつのぉ・・・?!」
 ぶたれた頭を撫でつつ、リナリーが涙目で見上げると、彼女はたくましい両腕を組んで、リナリーを見下ろした。
 「こんなとこでイノセンスを使う子がいますか!」
 「だってぇ・・・!」
 「え・・・とね、リナリーちゃん・・・。
 気持ちはわかるんだけど、イノセンスを発動した状態で移動したら、お皿の上はどうなるのかしら・・・?」
 「あ・・・・・・」
 ミランダの指摘に、リナリーが笑みを引きつらせる。
 「そうじゃなくてもね、そんなケータリングされたら、普通、引くわよ。
 アレンちゃんは紳士だから、顔には出さなくても、内心どん引きよ。
 フツーに持って行きなさい、フツーに!」
 「フツーに・・・見つからないように・・・・・・?」
 「そうそう。要は、アレンちゃんの部屋に行くって、コムイにばれなきゃいいのよ!」
 改めて拳を握るジェリーに、リナリーが、そんな無茶な・・・と、小さく呟いた。
 と、ミランダが、スコーンを山盛り積んだバスケットを掲げる。
 「私と一緒に行きましょ、リナリーちゃん。そのためのスコーンよ」
 「え・・・!ミランダさん、アレン君のためにスコーンを焼いてたの?!」
 やや慌てて問い返したリナリーに、ミランダが、リナリーに劣らず慌てて手を振った。
 「ちっ・・・違うの!そうじゃなくて!!」
 「あぁ、アンタは科学班に行くのね」
 さらっと言ったジェリーに、ミランダが更に慌てる。
 「えええっ?!なっ・・・なんでそう思うんですかっ?!」
 「まぁ、リーバーは胃痛のあまり、固形物が食べられないことで有名だから。ナッツ入りのは無理に勧めないようにね」
 「あら・・・そうなんですか・・・」
 「えぇ、そうなのよ」
 ほほほほほ・・・と、高らかに笑うジェリーに、ミランダはかまをかけられたことに気づき、赤くなった顔を俯けた。
 「さぁさ、行ってらっしゃい、お嬢ちゃん達!健闘を祈るわぁ♪」
 満面に笑みを浮かべたジェリーに見送られ、ミランダと二人、並んで廊下を歩きながら、リナリーは、クスクスと笑声をもらした。
 「そっかぁー。だからミランダさん、さっき、科学班に来てたんだぁ」
 「ちっ・・・違うってば!!あ・・・あれはねっ・・・」
 「私、班長はお勧めするわ!
 優しいし、頼りになるし、将来性あるし、何より今、コイビトいないから!」
 「だからっ!!そんなんじゃないんですってば!!」
 耳まで真っ赤になって、ミランダが首を振る。
 「た・・・ただ、私が入団した時、とても親切にしてもらったし・・・いつも大変そうだなぁって思って・・・それで、何かお手伝いできたらって・・・。
 ・・・でも私、不器用だから、とてもあの中でお手伝いなんかできないし、それで・・・・・・」
 「ふふ・・・きっと、喜ぶと思うよ?
 班長、忙しすぎて、食事する暇もないって、いつも愚痴っているから」
 「えぇ、そうみたいね・・・。
 だから、スコーンだったら、お仕事しながらでも食べやすいかしらと思って・・・・・・。
 あの部屋、大切な書類が多いみたいだから・・・・・・」
 「・・・っわぁぁ!」
 「え?なに、リナリーちゃん?」
 突然、歓声を上げたリナリーに、ミランダは驚いて足を止めた。
 「すごい、ミランダさん!そんなことまでちゃんと考えてあげてるんだ!!」
 「え・・・?すごいって・・・そんなことないわよ・・・・・・」
 消え入るような声で呟く彼女に、リナリーは思い切り首を振る。
 「えらいよ!コムイ兄さんなんか、よく機密書類にコーヒーをこぼしちゃって、怒られるのよ!」
 「・・・・・・そうなの?」
 「うん。それで、いつもリーバー班長に怒鳴られてるの。
 班長、かわいそうなの。
 科学班って、サポーターの中でも1、2を争う激務の班なのに、コムイ兄さんの直属だから、一番苦労させられて。
 私がいない時は、助手の仕事も兼務しちゃうから、万年寝不足の、万年胃痛持ちの、万年虚弱体質なの!」
 「まぁ・・・・・・!」
 リナリーの、やや大げさな言葉を、真面目なドイツ人であるミランダは真に受けて、眉をひそめてしまった。
 「だから、労わってあげてね、ミランダさん!
 私が関わると、コムイ兄さんたら、班長に余計意地悪しちゃうから、労わってあげられるのはミランダさんだけなのよ!」
 「そ・・・そうなの・・・?」
 リナリーの、熱気溢れる言葉に、気圧されたミランダが、数歩退く。
 が、リナリーは開いた距離をあっさりと詰めて、更に言い募った。
 「そうよ!だって、ここって、極端に女の人が少ないし!
 ミランダさん!班長は、私にとって、お兄さんみたいな人なの!班長のことを、よろしくお願いします!」
 リナリーに手を取られ、潤んだ目で迫られたミランダは、もはや頷くしかない。
 「ありがとう!がんばってねっ!!」
 いやにきらきらと目を輝かせて、リナリーは拳を握った―――― 気がつけば、もう、科学班の研究室は、すぐそこだった。


 「――――・・・こんにちは。
 あの・・・スコーンを焼いてみたんですけど、よかったらどうぞ・・・」
 ミランダが、入口付近で呼びかけると、近くにいたメンバー達が、顔を輝かせた。
 「わぁっ!ありがとうございます!!
 はんちょー!!休憩いいっすかぁー!?」
 「んぁー?効率落とさないならヨーシ!!」
 「くっ・・・!鬼の班長め・・・・・・!」
 振り向きもせず、机に向かったまま声を上げたリーバーの背中に、メンバー達が忌々しげに毒づいた。
 「えっと・・・お茶・・・お淹れしましょうか・・・?」
 焼きたてのスコーンが、山盛り入ったバスケットを渡しながらミランダが申し出ると、メンバー達は笑みほころんで何度も頷く。
 「すみませんねぇ、ミランダさん。エクソシストなのに、こんなことさせちゃって」
 「いえ・・・好きでやってますから・・・・・・」
 「ところでミランダさん?リナリーはどこに行っちゃったんです?さっきまで、一緒にいたでしょう?」
 不意に、部屋の奥から声をかけられて、ミランダはびくっと振り向いた。
 凄まじく散らかったデスクの奥で、宝を守るドラゴンのように鋭く目を光らせるコムイに、思わず冷や汗をかいてしまう。
 それでもなんとか笑みを浮かべ、
 「・・・リナリーちゃんなら、お部屋に着替えに戻りましたよ、コムイさん」
 と、できるだけ自然な口調で言うと、彼は訝しげに眉をひそめた。
 「着替え?なぜ?」
 「え・・・えぇ・・・。さっき、一緒にスコーンを作っている時に、小麦粉をかぶってしまって・・・。
 がんばっているお兄さんや、皆さんのためにって、張り切っちゃったんですね」
 転送されている画像はモノクロだ・・・この言い訳なら通じるはず、と、そっと様子を伺っていると、どうやら信じてくれたらしく、コムイは熱くなった目頭を押さえる。
 そんな彼に、ダメ押し、とばかり、ミランダはスコーンをいくつか皿に盛り、コーヒーと一緒に運んだ。
 「どうぞ、コムイさん。
 リナリーちゃん、お料理は初めてだったんですってね。だけど、ジェリーさんに教わって、がんばっていましたよ。上手にできているでしょう?」
 そう言って、彼の前に置くと、彼は嬉しそうに、ミランダが作ったスコーンを頬張る。
 「リナリーが戻ったら、誉めてあげなきゃ!!」
 にこにこと、満足そうな笑みを浮かべて言うコムイに、良心の呵責を感じつつも、ミランダはにっこり笑って頷いた。そして、
 「あ・・・あの・・・は・・・班長さんも・・・どうぞ・・・・・・!」
 できる限りさりげなく―――― しかし、はたから見れば異様なほど緊張して、スコーンの乗った皿とハーブティーのカップをリーバーに差し出す。
 「あ、ども」
 皿を受け取ろうと、デスクから顔をあげたリーバーは、ミランダの背後で、爛々と目を輝かせる科学班メンバー達に驚き、出しかけた手を思わず引いてしまった。
 「な・・・?!どうかしたか、おまえら・・・?」
 声を詰まらせるリーバーから、メンバー達は不自然なくらい、さっと目を逸らす。
 「いや、別に・・・」
 「リーバー班長のスコーンは何味かなぁって思って・・・」
 「俺、このクランベリー入り好きだなぁー・・・」
 「おいしいですぅ、ミランダさぁん!」
 「あ・・・ありがとうございます・・・・・・」
 なんだか、異様に盛り上がっている雰囲気に引きながらも、ミランダはリーバーの傍らにスコーンの皿とティーカップを置いた。
 「あれ?ハーブティー?」
 なんで俺だけ、と、不思議そうな顔をするリーバーに、ミランダが真っ赤になる。
 「あっ・・・あのっ・・・ジェリーさんが言ってらしたんです、班長さんが、胃を痛めてらっしゃるって・・・!!
 そ・・・それで、昔、母に教わったお茶なんですけど・・・・・・。
 カモミールやミントが入っていて、とても胃にいいんです・・・あ!でも!!お嫌いだったら、別のにしますからっ・・・!!」
 「え?!いやっ!別に、キライじゃないっすから!すいません、気ぃつかってもらっちゃって!」
 「は・・・班長さんこそ、気を遣っていただかなくても・・・・・・」
 「そんなことないですって!マジで!いただくっす!」
 そんな二人のやり取りに、周りは異様なほど静かに、ただ、聴覚を研ぎ澄ましてニヤついている。
 「あ・・・それと、ミランダさん」
 「はい?!」
 ティーカップを手にしたリーバーの視線を受けて、ミランダが、トレイを抱きしめた。
 「班長さん、じゃなくて、リーバーでいいっすよ?」
 「あ・・・はっ・・・はいっ・・・!リ・・・リーバーさん・・・・・・」
 消え入るような声で呟くミランダに、照れたような笑みを浮かべたリーバーだったが、
 「―――― で?お前らはナニ耳澄ましてんだ?」
 ギロリと目を光らせて部屋を見渡すと、室長以下、科学班メンバー全員が、慌ててスコーンを頬張る。
 「いやー・・・クロコダイル・ダンディーが、すっかり垢抜けて・・・」
 「今まで、お友達はカンガルーで、恋人はコアラだった人が、進化しましたよねぇ・・・・・・」
 「有袋類から霊長類だなんて、ずいぶんと進化したもんだね!」
 「うるせ――――!!オーストラリアをバカにすんな――――――――!!!」
 絶叫するリーバーに、ミランダは、目を見開いた。
 「えぇっ?!オーストラリアの人って、コアラが恋人なんですか?!」
 「そんなわけないっしょ、ミランダさん!!」
 天然ボケのミランダに、いつものノリで、リーバーが突っ込む。
 と、
 「ナイス呼吸!」
 「夫婦漫才いけるじゃないっすか!!」
 「新コンビ結成だねぇ、リーバーくん!」
 コムイまで加わって、科学班は異様な熱気に満たされた。
 が、
 「リナリー?!」
 次の瞬間湧いた、コムイの悲鳴に、ミランダは凍りつく。
 彼が食い入るように見つめるモニターには、アレンの部屋のドアをノックする、リナリーが映っていた。
 「一体誰の・・・?!」
 各部屋のドアは、どれも似たようなもので、さすがのコムイも、見分けはつかないらしい。
 ―――― アレン君、出てこないで・・・!!
 ミランダは願いつつ、自分もモニターに興味がある振りをして、コムイの側に寄った―――― モニターの中で、ドアが開き、一人の少年が現れる。
 「〜〜〜〜あぁぁのぉぉ・・・マセガキぃぃぃぃぃぃぃぃっっ!!!!」
 「えぃっ!」
 背中にコムイの絶叫を聞きながら、ミランダは配線に足を絡めて、無理矢理モニターの電源を落とした。


 ミランダが科学班で奮闘している最中、通信ゴーレムに見られていることにも気づかず、リナリーはアレンの部屋のドアをノックした。
 が、ドアを開けて出てきた人物を見て、目を丸くする。
 「なんでラビがいるの?!」
 「え・・・いちゃ悪かったさ・・・?」
 リナリーの甲高い声に圧倒されて、ラビが思わず身を引いた。
 「・・・悪くはないけど・・・何してるの?」
 じっ、と、上目遣いで見られて、ラビが更に引く。
 「だ・・・だって・・・任務はないし、ユウもいないし、暇だし・・・。
 カードだとカモられても、チェスだったらアレン相手でも対等な勝負できるし・・・・・・」
 珍しく、しどろもどろになりながら言い訳するラビを不思議に思ったのか、
 「どうしたんですか?」
 と、ドアの隙間から、アレンもひょい、と、顔をのぞかせた。
 「あ、リナリー!どうしました?」
 「べ・・・別に、たいした用事じゃないんだけど・・・・・・」
 乾いた笑声を上げつつ、リナリーは、つい、ラビを睨みつけてしまう。
 「ぅあっ・・・俺、邪魔みたいだから・・・!」
 ラビが思わず目を逸らすと、
 「・・・あら?邪魔だなんて私、一言も言ってないわよ?」
 そう言って、リナリーはにっこりと笑う。
 ―――― 口では言ってなくても、目が思いっきり言ってるさ・・・!!
 アレンが見ていない時に発せられる、リナリーのオーラに圧倒されて、ラビはとうとう降伏した。
 「お・・・俺、ありもしない急用を思い出したんで、ちょっと行って来るさ・・・!」
 「はぁ?ありもしない急用って、なんですか、ラビ?」
 「・・・そう言う訳で、勝負は後日さ、アレン!!盤上をいじるなよ!」
 「はぁ・・・・・・」
 不審そうに眉をひそめるアレンを背に、ラビは、あっという間に姿を消した。
 「なんなんでしょうね、一体?訳のわかんないこと言っちゃって・・・」
 「さあ?でも、ラビにはよくあることよ」
 ある意味、名誉毀損な発言をしつつ、リナリーは、手にした皿を差し出す。
 「あ・・・あのね、アレン君・・・!
 こ・・・・・・・・・これ・・・・・・・・・・・・・・・っ!!」
 「なんですか?・・・あ!お団子ー!!」
 歓声を上げるアレンに、リナリーは、真っ赤になった顔を俯けた。
 「え・・・っとね、ジェリーに教わって、作ったの・・・。
 初めてだから、見た目も悪いし、おいしくないかもしれないけど・・・・・・・・・」
 「リナリーが作ってくれたんですか?!わぁぁ!ありがとうございます!!」
 直球で放たれた歓声に、リナリーはますます赤くなる。
 「ほ・・・本当に、自信はないのよ・・・?」
 「でも!僕に作ってくれたんでしょ?とっても嬉しいですよ!
 あ、入りますか?さっきまでラビとゲームしていたんで、散らかってますけど!お礼にお茶くらい、淹れますよ!」
 「う・・・うん・・・」
 ―――― ア・・・アレン君って、誰にでもこうなのかしら・・・?
 誘われるがまま、アレンの部屋に入ったリナリーの胸に、不意に不安がよぎった。
 ―――― 気づかずにやってるんだとしたら・・・問題よね・・・?
 こんな風に満面の笑みで誘われたら、女の子なら、意識しないわけには行かない。
 だが、この笑みや言葉が、他の女性たちにも向けられているとしたら―――― リナリーは、胸の中にざらりと、落胆と怒りと嫉妬の入り混じった砂粒が散らばる感触を得て、ため息をつく。
 彼女の兄が度々、アレンのことを『マセガキ』と呼ぶ気持ちが、少しわかった気がした。
 ―――― でも!ここには私の他に、年の近い女の子はいないもの!大丈夫よ・・・ね・・・?
 自身にそう言い聞かせ、リナリーは皿の上の、見目麗しいとは言いがたい団子から目を逸らす。
 ―――― もっと・・・がんばれば・・・ね・・・・・・。
 「あ、適当に座ってください」
 言われて部屋の中を見ると、入団して日の浅いアレンの部屋は、まだ彼の私物が少なかった。
 なのに『散らかっている』と言ったのは、主に、ラビのせいだろう。
 彼が持ち込んだらしいチェス盤が、小さなテーブルの上に置かれ、盤の周りにはマグカップやお菓子の乗った皿が、たくさん放置してあった。
 「・・・白優勢ね」
 盤上に目を落とし、リナリーが呟くと、アレンが乾いた笑声を上げる。
 「ラビってば酷いんですよ。カードでちょっと勝ち過ぎちゃったんで、チェスでリベンジされている最中なんです」
 「確かに、これは惨敗気味」
 くすりと笑声を漏らすと、アレンはにっこりと笑って振り向いた。
 「リナリーが来てくれて、ホントに助かりましたよ!あと何手かで、僕、完膚なきまでに叩き潰されていましたから―――― ハイ、どうぞ」
 差し出されたマグカップを受け取って、リナリーはつい先ほどまでラビが座っていたらしい、テーブル前の椅子に座る。
 「じゃ、早速いただきます」
 「ど・・・どうぞ・・・!」
 皿を差し出し、緊張して見つめていると、みたらし団子を口に入れたアレンは、嬉しそうに笑った。
 「リナリー、ホントに初めてなんですか?すごくおいしいですよ」
 「えぇっ?!ホントに?!き・・・気を使ってくれてるんじゃ・・・ないわよね・・・?」
 眉間に深く皺を刻み、『嘘は許さない』とばかり、迫るリナリーに、アレンはにっこりと笑って頷く。
 「本当ですよ。とてもおいしいです。さすが、ジェリーさん直伝ですね。同じ味がします」
 「そ・・・そう?!」
 よかった・・・と、脱力して、リナリーは安心したように笑った。
 「わ・・・私ね、お料理したの、これが初めてなの・・・。
 作っている間中、ジェリーには怒られ続けるし、手順は覚えられないし、こんなことなら、アクマと戦っている方がマシだって思っていたんだけど、がんばってよかった」
 そう言って、嬉しそうに両手を合わせるリナリーに、アレンは感嘆の声を上げる。
 「初めてだったんですか?
 ジェリーさんの教え方がいいのもあるでしょうけど、器用なんですね、リナリーは!」
 そつなく二人を誉めるアレンから、リナリーは恥ずかしそうに視線を逸らすと、ぽつりと呟いた。
 「私、ちゃんとお嫁に行けるかしら?」
 「初めてでこれなら、きっと、いいお嫁さんになれますよ。僕だったら、大満足です」
 「ホントに?!」
 ぱぁっと、顔を輝かせたリナリーに頷いたアレンは、はっとして、頬を赤らめる。
 「って、ごめんなさい!なに言ってるんですかね、僕・・・!!」
 「え・・・?あ!え・・・っと・・・・・・」
 照れるアレンに、リナリーも、真っ赤になって俯いた。
 「で・・・でも・・・私・・・アレン君がいいなら・・・・・・・・・」
 「え・・・?」
 互いに、赤らんだ顔を上げ、目が合った瞬間―――― 爆音が響いた。


 「な・・・何事さ?!」
 間近に響いた爆音に、ラビは、自室の窓からそっと外を窺った。
 と、大砲を構え、拡声器を持ったコムイが、窓の下の中庭に、仁王立ちに立っている。
 『ラビ!!君は、完全に包囲されている!!命が惜しければ、すぐにリナリーを解放しなさい!!』
 「何のことさー?!」
 拡声器によってひび割れたコムイの声に、誤解だと絶叫を放つと、返事の代わりに再び大砲が放たれた。
 「ぎゃー!!!!」
 『とぼけるなら、こっちも容赦しないよ!死にたいのかい?!』
 「死にたくないさ!!」
 『だったら、意地を張ってないで、リナリーを返しなさい!!君の部屋をノックしていたのを、ボクはこの目で見たんだよ?!』
 「ホントにいないってば・・・!」
 『なんて強情な!!インテリを敵に回して、ただで済むと思っているのかい?!実弾装填!!』
 「きゃああああああ!!!タスケテ―――――!!!」
 床に伏せたラビは、ただひたすら悲鳴を上げ続けた。


 「・・・・・・リナリー。一瞬で、この部屋出られますか?」
 ここまで聞こえてくる爆音とラビの悲鳴に、アレンは引きつった声を出す。
 と、リナリーも、真剣な顔で頷いた。
 「イノセンスを使うしかないみたいね・・・全く、兄さんったら・・・!!」
 せっかくいいところだったのに、と、心中に呟きながら、リナリーは吐息する。
 「リナリー・・・コムイさんを説得して、ラビを助けてあげてください」
 「わかったわ」
 引きつった笑みを浮かべるアレンに、にこりと笑い返し、リナリーは手近にあるチェスの黒い駒を取り上げた。
 「お茶をごちそうさま。お礼に・・・ハイ」
 彼女が勧めた一手で、白優勢はたちまち覆され、黒に活路が開かれる。
 「リナリー・・・!ありがとう!チェスも、お団子も!」
 歓声を上げるアレンに、照れたように笑って、リナリーはダークブーツを発動させた。
 「また、作ってくれますか?」
 部屋のドアを開けたアレンの言葉に、すれ違いざま、リナリーは笑みほころんで頷く。
 「もちろん、喜んで!・・・その時は、ダークブーツでケータリングに来た方がいいかしら?」
 いたずらっぽい言い様に、アレンも笑みほころんだ。
 「ここの流儀らしくて、素敵です」
 「ホントにね!
 ・・・じゃ、兄さんを止めてくるわ」
 クスクスと、明るい笑声を残すと、リナリーは一瞬にしてその姿を掻き消した。
 「・・・さて」
 今なお響く、爆音とラビの悲鳴に、アレンはきつく眉根を寄せる。
 「僕の身の安全のためにも、ラビを助けてあげた方が賢明ですね」
 幸い、コムイは誤解しているようだが、リナリーが本当は誰の部屋をノックしたか・・・それがラビの口から漏れたら、あの大砲は、間違いなくアレンの部屋へ向く。
 「恩を売っておけば、口止めもしやすくなりますし・・・」
 ぽつりと呟き、アレンは爆音の中、ラビ救出へと向かった。



Fin.

 










これは、25000HITを踏んでくれたかいんさんのリクエストですv
リク内容は、
『ミランダ&リナリーほのぼのSS』でしたが、ちゃんとほのぼのしてますかー?(^^;)
現在(第52夜時点)、原作が非常に辛く悲しく、未来に希望なんてないんじゃないか的展開なものですから、ひたすら前向きなラブコメを書きたかったのです(笑)
特にリナとアレン君、純粋に将来の心配とか、お嫁に行けないかもとか、ナチュラルに語って欲しかったのです・・・!
『死ぬ時は老衰。ベッドの上で、孫に囲まれて永眠』くらいの、激しく前向きな未来予想図を思い描いていて欲しいですね。
それにしても女子達、激しくシャイだわ、男子達、とんでもねぇニブチンだわ、おかげで話はやたらと長くなるわ、大変でした;;(書いている間中、痒いわこっぱづかしいわ、大変;)
そして最後の最後で、またもやアレン君が黒いのが悔しいったら・・・!
もう私には、ピュアアレン君は書けないのか・・・!
コムイ兄さんは、既に恐怖の対象ではなく、アレン君たらリナリーを奪う気満々ですよ!!
もう、怖いものは何もない状態ですよ!!
代わりに、ラビがいいカンジにいじめられていますな・・・;
そのまま純真な天使でいてくれ、ラビット・・・・・・!(さり気に『弱者』と言うとるがな;)












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