† GOOD LUCK MY WAY U †






 クリスマス・イブの朝は、夜のうちに降り積もった雪で全てが白く覆われていた。
 灰色の雲は未だ厚く空を覆い、時折ちらちらと雪が落ちては、粉砂糖のように更に白く降りかかって行く。
 美しい景色とは裏腹に、すっかり冷え切った室内で唯一、温かいベッドの中からは出ようにも出られず、リナリーが頭まで被った毛布はしかし、容赦なく剥ぎ取られた。
 「リナリー!!
 起きなさーい!!!!」
 「ひいいいいいいいいいい!!!!」
 突如降り注いだ大声を凌駕する悲鳴をあげて、リナリーが震え上がる。
 「寒いっ!!寒いいいいいいいいいい!!!!」
 叫びながら毛布を奪い返したリナリーは、まだ温かいそれを巻きつけて縮こまり、ぶるぶると震えた。
 「ちょっと!二度寝しないのよ!」
 また毛布を引き剥がそうとする手に抗い、リナリーが懸命に首を振る。
 「起きたから!
 起きたから剥がすのやめてええええ!!寒いよぉぉぉぉ!!!!」
 甲高い泣き声をあげる彼女に呆れ、エミリアは両手を腰に当てた。
 「じゃあ、早く着替えて厨房においで!
 お料理するからあんたも手伝いなよ」
 「お料理・・・?」
 毛布の奥からそっと顔を覗かせたリナリーが、涙を拭う。
 「なに作るの?」
 「出来るものを大量に、よ!
 あんたも好きなの作りなよ!」
 ウィンクしたエミリアに、リナリーは目を輝かせて頷いた。
 「大皿料理なら私にも出来るよ!
 ケーキみたいに細かく計らなくていいし!」
 「・・・だからって、毒物は作らないでよね。
 子供が食べるんだからさ」
 「毒物ってなんだよ!」
 ぷく、っと膨らんだ頬を笑って潰し、エミリアは踵を返す。
 「早くおいで!
 今日はやることがいっぱいあるんだから!」
 「うん」
 頷くと同時に閉ざされたドアを見つめて、リナリーは首を傾げた。
 「なにが作れるかなぁ・・・?」
 出来るとは言ったものの、いつも実際に作るのはジェリーで、リナリーはちょっとだけその手伝いをしているだけだ。
 神業のような手際を近くで見ていると、なんだか自分にも出来そうな気がしてくるが、物事はそう簡単には行かないものだった。
 「・・・ま。
 いざとなったら厨房のお料理を分けてもらえばいいよね!」
 とても楽観的なことを言って、リナリーは大きく頷く。
 「ジェリーはきっと、助けてくれるよーv
 途端に気が楽になって、リナリーは毛布の中に着替えを引きずり込んだ。
 暖かい場所から出ずに着替えを終えたものの、毛布を脱いだ途端にまた震え上がる。
 「うう・・・寒い・・・!
 リナリーの部屋も、あったかくしてくれたっていいじゃないか・・・!」
 ぶつぶつと文句を言いながらカーテンを開けたリナリーは、真っ白な外の景色を喜ぶべきか忌々しく思うべきか、複雑な顔をした。
 「・・・こんなに寒い国なんだし、暖炉とは言わないから、セントラルヒーティングくらい入れてくれたってさぁ・・・」
 その点、北欧にあった旧本部はしっかりしていたと、思わず愚痴が漏れる。
 「なんだよ、兄さんたちばっかりぬくぬくと・・・あ!そうだ!!」
 いいことを思いついて、リナリーは手を打った。
 無線ゴーレムを取り出し、兄との回線を開くと、思いっきり甘えた声をあげる。
 「にいさぁんv
 リナリー、クリスマスプレゼントに暖房が欲しいのぉーv
 明日とは言わないから、今年中にでも欲しいなv
 いいでしょぉ?」
 猫なで声の『お願いv』にはしかし、冷たい声の応答があった。
 『そのようなくだらない用件で教団の回線を使うことを禁じます、リナリー・リー。
 なお、室長はお忙しいのですから、クリスマスプレゼントは既に用意のもの以上を望まないように』
 早口で言うや、無情に切られた無線にリナリーは唖然とする。
 ややして、
 「い・・・意地悪魔女め!!
 なんでリナリーと兄さんの直通回線にまで割って入るんだよ!!」
 ぎりぎりと悔しげに歯噛みしたリナリーは、続いてリーバーへと回線を開いた。
 だがこれもブリジットの冷たい妨害に遭って、リナリーはヒステリックな悲鳴をあげる。
 「せっかくのクリスマスにまで意地悪して!!
 あの魔女、絶対倒してやるんだから!!!!」
 憤然とこぶしを握ったリナリーは、決意と共に冷え切った廊下へと飛び出して行った。


 一方、既に廊下にいたアレンは、中庭に面した回廊を早足で渡っていた。
 「さっ・・・寒い!!!!」
 冷たい風と共に粉雪が吹きかけられて、アレンの白い髪に氷の粒が絡まる。
 「ティ・・・ティム、凍ってない?!なんか痛いよ?!」
 頭上のティムキャンピーに声をかけるが、ゴーレムは最近の柔らかさを失って、以前の石に戻ったかのように硬くなっていた。
 「ちょ・・・そのまま落ちないでよね!
 足なんかに落ちてきたら、大怪我するんだから!」
 片手でティムキャンピーを押さえながら回廊を駆けて行くと、途中からラビも合流する。
 「おはよーさん!
 もうツリーは見たさ?」
 震え声のラビに、アレンは首を振った。
 「まだだけど、全部飾り終えたんだろうなってことは知ってるよ」
 苦笑するアレンの頭上で、ティムキャンピーも妙に引き攣った笑みを浮かべる。
 「あぁ、リンクに聞いたんか?
 ・・・あれ?あいつは?」
 いつもアレンの傍にいる番犬の姿が見えないことを不思議に思って問うと、アレンがいきなり吹き出した。
 「明け方までツリーにてこずってたみたい。
 僕が起きた時、リンクがベッドの下に白目剥いて転がってて、びっくりしました」
 クスクスと笑うアレンの雪に濡れた頭を、ラビが呆れてかき回す。
 「そういう時は、ベッドに寝かせて差し上げるもんさ。
 どうせお前、転がったあいつを踏んづけちまったんだろ」
 アレンの寝起きの悪さを知るラビの指摘は正確で、途端に彼の目が泳ぎだした。
 「と・・・吐血は拭いて証拠隠滅したから、起きた時にお腹痛くっても、筋肉痛だと思うんじゃないかな・・・?」
 「・・・ホント、隠蔽工作に余念がないさね、お前は」
 またアレンの頭をかき回そうと手を差し伸べた時、ティムキャンピーがごとりと落ちて、床にヒビを入れる。
 「うんわっ!!
 なんさ、ティム!凍ったんか?!」
 「さっきから変だったんですよ、ティム!
 早くあったかいところいこ!!」
 慌ててティムキャンピーを抱えたアレンは、寒い回廊を駆け抜けて、暖かい食堂へと飛び込んだ。
 「姐さん!!
 お湯お湯!!」
 共に駆け込んだラビが厨房に向けて声をあげると、ジェリーと一緒にエミリアも振り返る。
 「お湯?熱湯?」
 「ティムが柔らかくなる程度で!」
 「・・・どの程度よ、それ・・・」
 眉根を寄せたエミリアが、ぐつぐつと湧いていた熱湯をたらいに入れ、水でぬるめて運んでくれた。
 「このくらいでいい?」
 触ってみるとちょうどいい湯加減で、アレンは安堵してティムキャンピーを湯に浮かべる。
 「・・・このままほっといたらそのうち溶けるかな」
 「溶けんじゃね?
 エミリア、ありがとさー!」
 「どういたしまして」
 にこりと笑ったエミリアは、ラビとアレンの腕をしっかりと掴んだ。
 「なんですか?」
 不思議そうな顔をするアレンに笑みを深め、エミリアは二人の腕を引く。
 「ティムが元に戻るまで、お手伝いしていきなさいよ、あんた達!」
 「ちょっ・・・!俺らメシ食いに来たんに!!」
 「ごはん食べないと死んじゃいますっ!!」
 慌てて引き剥がそうとした腕はしかし、がっしりと掴まれてびくともしなかった。
 「朝食ならキッチンで適当につまめばいいでしょ!
 ホラ!
 四の五の言わないでさっさと来る!」
 ずりずりと厨房内に引きずり込まれた二人は、困惑げに目を見交わす。
 「なんで・・・外れないんさ、この手?!」
 「ぼ・・・僕達エクソシストなのに・・・・・・!」
 戦闘員としての自信を失くしそうになりながら、二人はそれぞれ、調理台の前に立たされた。
 「え?!俺らが作るんさ?!」
 「食べるのは得意ですけど、料理は僕、あまり・・・」
 「違うわよ!
 出来上がったのをお皿に移したり、保温鍋に入れてくの!」
 言う間にもエミリアは、煮立った大鍋を彼らの見つめる調理台へ移し、蓋を開けていい匂いを漂わせる。
 「ブイヤベースよ。味見する?」
 二人が頷く前にエミリアは、魚介類がたっぷり入ったスープを一食分ずつ皿に盛って、パンまでつけてくれた。
 「おいしーさv
 「おかわり!!」
 「ダメーv
 皿を突き出したアレンの手を笑って弾き、エミリアは大鍋の中身を保温鍋に移す。
 「これはパリの孤児院に持って行くんだから、あんた達の分はそれだけよ」
 「孤児院?
 料理も持っていくんですか?」
 「準備はぬいぐるみを包装するだけっつってなかったさ?」
 唖然とする二人に、エミリアは呆れたように両手を腰に当てた。
 「プレゼントの包装は昨日終わらせたでしょ!
 料理とそれは別!
 たっくさん作って、料理の腕を競うのがクリスマスってもんよ!」
 気合のこもった笑声を上げるエミリアに、もはや何も言えない二人は、そっとジェリーを伺う。
 と、彼女はそんなエミリアに感心しているのか満足しているのか、何度も嬉しげに頷いた。
 「あ!
 エミリアちゃんv
 アタシのお勧めも焼けたわよんv
 いそいそとオーブンに歩み寄ったジェリーが、手袋をしていくつもの金型を取り出す。
 「ミートローフv
 子供達が喜ぶと思うのんv
 子供達より先に喜んだアレンが歓声をあげると、ジェリーが早速切り分けてくれた。
 「おいひいれふっ!!」
 まだ熱いミートローフを頬張って、アレンがニコニコと笑う。
 「へー。ゆで卵とか入ってんさね。
 彩り的にもよさそうさv
 アレンの隣で同じく頬張ったラビが、うんうんと何度も頷いた。
 「こうやってたくさん持ち寄ったら、食べ比べも出来て楽しいでしょv
 「はいっv 幸せですvv
 キラキラと目を輝かせたアレンが、次は何が出てくるのかと厨房を見回す。
 甘い匂いがする方向へ鼻をひくつかせる彼に、ジェリーが笑い出した。
 「ホントにアレンちゃんは鼻がいいわねぇん!
 とっくに焼きあがって、今は冷ましてるとこなのに見つかっちゃったわんv
 「そろそろいいかしら?」
 ジェリーが肩越しに示したバットを、エミリアも見遣る。
 「ね!
 材料はあるからあんた達、ブッシュ・ド・ノエル作ってみる?」
 きらきらと輝く目で振り返ったエミリアとは逆に、二人は不安げに顔を見合わせた。
 「俺はいいけど、アレンは・・・」
 「難しそうです・・・・・・」
 およそ創作と呼ばれるものに対して、哀しいほど才能のないアレンが、がっくりと肩を落とす。
 「せっかくの材料を無駄にしたくなかったら、アレンには触らせん方がいいさねー」
 「そっか、残念。
 じゃあリナリーにやらせよ・・・って、まだ起きて来ないの、あの子?!」
 二度寝したんじゃ、と、眉を吊り上げたエミリアの傍らで、ジェリーが肩をすくめた。
 「一旦起きたんなら二度寝はしない子よん。
 多分・・・別の理由でうろついているんだわん」
 言いながら自分の無線を開いたジェリーが小首を傾げる。
 「リナリー?今どこにいるのん?
 エミリアお姉さんが怒ってるわよん?」
 苦笑交じりの声を無線越しに聞いて、科学班にいたリナリーは一気に蒼ざめた。
 「そうだった!!
 お手伝い命令されてたんだよ!!」
 「・・・じゃあとっと行けよ。
 エミリアが怒るとこえぇぞ?」
 ため息混じりに言ったリーバーの背にしかし、リナリーは再び抱きつく。
 「そうだけど!!
 班長がいいってゆーまで離れないって、ゆったもん!!!!」
 がすがすと背中に頭突きされたリーバーのこめかみに、青筋が浮いた。
 「おまっ・・・いい加減にしろ!邪魔なんだよ!!」
 不自由な姿勢で、背中に貼りついたリナリーを剥がそうとするが、彼女は余計にしがみついてくる。
 「ひどいー!!!!
 リナリーはこの厳しい冬をあったかく過ごしたいだけなのに!!
 前のお城くらいお部屋があったかければいいなってゆってるだけなのに!!
 ここはこんなにあったかいのに、なんでリナリーの部屋はあんな冷蔵庫なんだよっ!
 大事なエクソシストが風邪ひいて戦えないなんてことになったらどうすんのっ!」
 甲高い声でまくし立てるが、リナリーの我侭に慣れきったリーバーは、この程度では落ちなかった。
 「お前はお願いしてんのか脅してんのかはっきりしろっ!!」
 「じゃあ脅迫でいいから!
 ボクの言うこと聞きたまえよ、リーバーくぅん!!」
 「兄貴の真似すんな!鬱陶しい!!」
 ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる二人に辟易して、とうとう周りのスタッフ達が根負けした。
 「宿舎にも暖房回せばいいだけのこったろ?
 工事にちょっとかかるかもしんねーけど、できないこたないんだから、やってやりゃあいいじゃねぇか!」
 ジジがうんざりとした口調で言うと、目を輝かせたリナリーにしがみつかれたままのリーバーが、彼以上にうんざりとした顔で見返す。
 「・・・お前はアジア支部暮らしが長くて、本部の状況忘れてんだろ。
 ウチのどこに工事に回せる人員があるんだ?
 お前が行くのかよ?」
 「無理だな!
 ・・・ってことで諦めろ、リナリー」
 「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
 あっさりと前言撤回されてしまい、リナリーが不満げに絶叫した。
 「宿舎に暖房を回せばいいだけなんでしょぉ!!
 自分達ばっかぬくぬくするのはずるいよぉ!!!!」
 「しゃーねぇだろ!
 人手不足なんだよ、こっちは!」
 リーバーの背からリナリーを引き剥がしたジジは、彼女の襟首を掴んでドアの外へ放り出す。
 「俺達にゃクリスマスも正月もないんだ。
 邪魔すんなら入ってくんな!」
 目の前で非情に閉ざされたドアに回し蹴りを入れたが遅く、鉄製のバリケードが彼女の足を阻んだ。
 「くぅっ・・・!!
 イノセンスを使えばこんなドア・・・!」
 破壊できないことはないが、それをやればクリスマスどころか正月返上で説教されかねない。
 「なんだよなんだよ!
 そんなに言うなら今日は、帰って来てあげないんだからね!」
 意地悪な大人達と過ごすより、子供達と一緒にいた方が楽しいに違いないと、リナリーはドアの向こうへ声を張り上げた。
 しかしその声に返事はなく、リナリーは頬を膨らませる。
 「帰っておいでってゆったってもう遅いからねー!!」
 念押ししたにもかかわらず、誰も答えてはくれず、リナリーは憤然と踵を返した。


 その後入った厨房で散々こき使われたリナリーは、急かされながらランチを終えるや、エミリアに連行された。
 「お茶くらい、ゆっくり飲ませてくれたっていいと思うよ?!」
 「そんなのいつでも飲めるでしょ!
 こっちのイブと違って、子供用のイブは早く済ませて寝かせるんだから、昼からやるのよ!」
 抱えられるようにして食堂を出されたリナリーは、不満顔のまま方舟の間に引きずりこまれる。
 途端、
 「遅ぇぞ!!」
 不機嫌な声で怒鳴られて、リナリーはムッと声の主を睨んだ。
 「なんだよ!
 神田なんてお料理のお手伝いしなかったくせに!!」
 「あんただってブッシュ・ド・ノエルの形成の他は、お皿に移しただけでしょ!」
 エミリアに小突かれて、リナリーが大げさな泣き声をあげる。
 その様に、ラビが呆れ返って肩をすくめた。
 「今日はまた、派手に拗ねてるさねぇ!
 リーバーの時以上じゃね?」
 「そんだけ神田を取られたくないのかと思うと複雑ですけど、僕には絶好のチャンスかも」
 こっそりと呟いて、アレンがこぶしを握る。
 「今度こそ、姫のポジション返上です!」
 「・・・お前はまず、そこからなんさね」
 苦笑するラビに、アレンは決然と頷いた。
 「いつまでも姫の僕じゃないんですよ!」
 「ま、それをリナが許すかどうかはわかんねーけど・・・あ、もう行くみたいさ」
 早く来いと怒鳴る神田へラビが頷く。
 「しかしまぁ・・・こんなことに方舟の使用許可が下りるとは思わんかったさ。
 昨日もだけど、よく使わせてもらえたもんさね」
 保温鍋をいくつも乗せたワゴンをガラガラと押しつつラビが『扉』の前へ行くと、神田が珍しくも諦め顔でため息をついた。
 「こいつらとミランダが、我侭と脅迫とお願いで猛烈に攻め立てた上に、クラウド元帥の命令で25日までは自由に使わせてもらえるようになったんだ」
 「ほえー・・・。
 しかもユウに荷物持ちさせるなんて、さすが女は強いさねー・・・」
 感心しているのか呆れているのか、苦笑したラビが先へ行く神田達に続く。
 「アレン!早く来るさ!」
 「わかってるけど・・・ねえこれ、なに入れたの?!すっごく重いよ?!」
 二台目のワゴンが中々動かず、苦労するアレンを振り返って、エミリアが小首を傾げた。
 「確か・・・そっちは下段に飲み物の瓶が2ダースくらい入ってるんじゃないかしら?
 あと、姐さんが蜂蜜に漬けてくれたジンジャーとか」
 「振り分けてくださいよ・・・っ!」
 歯を食いしばって押しても中々進まないワゴンに業を煮やし、アレンは左手を発動する。
 「これなら重さを感じないもんね」
 軽々と肩に担ぎ上げ、扉をくぐったアレンにリナリーが惜しみない拍手を送った。
 「すごいよ、アレン君!
 さすが力持ちだね!」
 「えへv
 嬉しげに頬を染めるが、
 「その程度の重さでイノセンス使うなんざ、どんだけひ弱なんだよ、ノロモヤシ」
 神田のその一言に、笑顔も引き攣る。
 「・・・じゃあ持ってみろってんだ、凶悪面!
 根を上げたら散々嘲笑ってやりますよ!」
 「あぁん?!
 上等だってんだクソモヤシが!
 その代わりてめぇ、これを粗末にしたら叩っ斬ってやるからな!」
 売り言葉に買い言葉で、持っていたぬいぐるみの袋をアレンに押し付けた神田が、ワゴンの取っ手を握った。
 「ふんっ!
 やれるもんなら・・・」
 「・・・っ軽ィじゃねぇか貧弱野郎が!!」
 「くぅっ!!」
 なんてことのない顔でするすると押されて、アレンが悔しげに顔を歪める。
 しかし、
 「ユウー。
 腕に青筋浮いてんぞー」
 ラビのからかい口調に、神田の顔も引き攣った。
 「るっせぇんだよっ!!何ならてめぇもやるか?!あぁ?!」
 「イヤ俺、こう見えて頭脳派だしぃーv
 ひらひらと手を振って、軽い方のワゴンを押すラビはリナリーとエミリアの間に入る。
 「さぁさ、早く行っちまおうぜv
 重いもんはあいつらが持つってさーv
 「あ!おい!!」
 「待てー!!!!」
 慌てて追ってくる二人から笑って逃げるラビが、パリ行きの『扉』を開けた。
 「あれ?ロンドンより寒くないんだねぇ・・・」
 「そぉ?
 十分寒いと思うけど!」
 ぶるっと震えて襟元をかき合わせたエミリアが、先に立って道案内する。
 ややして着いた孤児院の階段を駆け上がったエミリアが、ドアに手をかけたまま振り返った。
 「ティモシーは昨日から泊まってるから、先に院長先生にご挨拶を・・・」
 「スッキありいいいいいいいいいい!!!!」
 「んぎゃあああああああああああ!!!!」
 胸目がけて飛び掛って来た子供を叩き落とし、踏みつけて、エミリアが目を吊り上げる。
 「こンのエロガキ!!
 クラウド元帥に躾けられて、ちょっとはマシになったと思ったのに!!」
 師匠の前でだけおとなしくしていたのかと、エミリアはティモシーを踏みつける足に力を込めた。
 「今日こそ地獄を見せてやるわよ・・・!」
 「ぷぎいいいいいいいいいいい!!!!」
 子供の口から断末魔の悲鳴があがるが、日頃の行いが悪いために、誰も助けに入ろうとはしない。
 どころか、リナリーなどは「いいぞ!もっとやれーv」とはやし立てた。
 「ひっ・・・ひどっ・・・!
 助けろ兄ちゃん達!!」
 涙目を必死に向けても、彼女達より更に非情な彼らは無視し、苦笑し、手を振るばかりだ。
 「薄情なふぇっ!!」
 胃の中身を空にしそうなほどみぞおちを踏まれて悶える子供の悲鳴にも、彼らが心動かされる様子はなかった。
 「第一、助けて欲しいって誠意が見えねぇな」
 「ま、日頃の行いがあんまり悪いと、いつも優しいお姉さん達だってキレちゃうよ、って、身をもって勉強したよね?」
 「怒らせるとこわーぃ姉さん達なんて、俺だって敵に回したくないさ」
 クスクスと笑いあう声が、意識と共に遠くなっていく。
 と、
 「エミリア!
 また子供にそんな・・・!」
 ようやく救いの天使が現れて、エミリアの足元からティモシーを抱き上げてくれた。
 ふくよかな胸に抱かれたティモシーは、いい匂いのする尼僧服に顔をうずめて泣き出す。
 「院長先生ぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
 「あぁ、よしよし」
 教団ではエクソシストとして扱われても、ここでは年相応の子供として扱ってもらえることが嬉しくて、ティモシーは殊更に甘えた。
 「あなた達も・・・。
 こんなにいて、誰も止めないなんて」
 声音は柔らかいものの、明らかに責める口調に皆、気まずげに目を逸らす。
 しかしその中で一人だけ、エミリアが憤然と反駁した。
 「だって院長先生!
 この子ったらまたセクハラしたんですよ!
 教団でもちっとも悪い癖が直らなくて、このリナリーだって迷惑してるんです!」
 「あ・・・あら、そうなの・・・?」
 初対面の院長に申し訳なさげな目を向けられ、リナリーは苦笑する。
 「えぇと・・・はい」
 ここで取り繕ってもしょうがないと頷くと、院長はやや厳しい目でティモシーを見つめた。
 「いけませんよ。
 いくら女の人が好きだからって、嫌がることをするのはとても罪深いことです」
 「ラビ、一緒に聞いた方がいいんじゃないですか?」
 「へっ?!なんで俺さ?!」
 アレンにいきなり水を向けられ、驚くラビに神田が鼻を鳴らす。
 「クラウド元帥がここにいたら、全く同じこと言ったと思うぜ?」
 「なんでお前ら普段仲悪いくせに、俺を貶める時だけタッグ組むんさ?!」
 抗議の声をあげるラビに、院長が吹き出した。
 「仲良さん達ねv
 外は寒いでしょう?中にお入りなさいな」
 穏やかに促されては逆らう理由もなく、エミリアに続いて四人が孤児院へ入る。
 「散らかっていてごめんなさいね。
 手伝いのシスターが、今日は別のチャリティーに行かなきゃならなくなったの・・・」
 以前ここにいたシスターは、伯爵のブローカーとしてアクマを手引きし、そのアクマの能力によって殺されてしまった。
 以来、この孤児院に専属のシスターは院長だけなのだとは、既にエミリアから聞いている。
 「大丈夫ですよ!
 こんなの、ラビの部屋に比べたら全然たいしたことないです!」
 「あ!
 さり気にばらすんじゃないさ!」
 「気まずいんなら、ちったぁ片付けようって思わねぇのかよ!」
 わいわいと騒ぐ三人を院長が、嬉しげに見つめた。
 「うふふv
 楽しいクリスマス・イブになりそうだわv
 ・・・あぁ、着替える場所がいるのだったわね」
 エミリアからの連絡で、彼らがペール・ノエルに扮すると聞いていた院長が、ティモシーを抱いたままいそいそと歩を進める。
 「さ、男性はこちらを使ってね。
 ティモシーもお願いできる?」
 「えぇっ?!院長先生、俺も一緒に行く!!」
 腕の中でじたじたと暴れるティモシーに困りながらも、院長は首を振った。
 「ダメよ。
 女性は女性、男性は男性で着替えるの。
 しばらくお兄さん達と一緒にいなさい」
 すぐに戻るから、と言い置いて行ってしまった院長の背を、ティモシーが涙目で見送る。
 と、
 「なんさ、まーだママが恋しいんさ?」
 からかい口調のラビを、ティモシーはきっと睨みつけた。 
 「なんだよ!
 お前だって子供の頃は・・・」
 「俺、お前よりちっさい頃からジジィと二人で世界回ってたもんさ。
 恋しいなんて思う暇もなかったさね」
 くしゃくしゃと髪をかき回されて、ティモシーが悔しそうな顔をする。
 「ま、俺が特殊な事例だってことは知ってっから、そのことで馬鹿にしたりはしねーけど、お前はこの孤児院と院長先生を支えるためにエクソシストになるって決めたんだろ?
 なら、いつまでも甘えてんじゃないさね」
 クスクスと笑うラビに、顔を赤らめたティモシーが小さく頷いた。
 「おっし!
 じゃあ、とっとと着替えるさね!
 お前にはエミリアが、特別なもん用意してるってさ!」
 神田に代わってアレンが運んで来た袋を指すと、既に自分の衣装を取り出したアレンが、他の衣装をほいほいと投げ散らしている。
 「モヤシ!!
 人の衣装散らかしてんじゃねぇ!!」
 「うるさいなぁ!
 ペール・ノエルって、サンタのことでしょ?
 なんで神田は紫の衣装なんだよ!」
 しかも、やたらパーツが多いとこぼすアレンにラビが笑った。
 「そりゃ、せっかくユウがサンタをやるって言ってくれたんさ!
 衣装作りのプロフェッショナル達が大いにはりきって、世界一カッコイイサンタにしてくれたに決まってるさね!」
 「・・・・・・僕は普通の赤い衣装だけど?」
 じっとりと睨んできたアレンに苦笑し、ラビが手を振る。
 「イヤイヤ、きっと世界一可愛いサンタにしてくれたはずさ!
 似合うと思うさv
 うまいことを言って納得させたラビは、床に散らばる衣装を眺めた。
 「あ、これさね、子供用は!
 ホレ、ティモシー!
 靴脱いでこれはいて・・・バンザーイ!」
 反射的に両手を挙げると、ラビがティモシーーの身体をすっぽりと布で覆う。
 「な・・・なんだよ、これ!」
 てけてけと鏡の前に走って行ったティモシーは、ふかふかの布で作られたトナカイの着ぐるみに不満を漏らした。
 「かっこわるー!!!!」
 「イヤイヤ!すっげー似合うさねー!」
 フードを被せてやると、布製の角もぴんと立って、かわいらしい仔トナカイが現れる。
 「鼻、赤く塗ってやろうか?」
 「いいよ!!」
 両手で鼻を押さえてぶんぶんと首を振ると、ラビが笑ってティモシーを抱き上げた。
 「ホント、サイズがぴったりさ!
 さすがエミリアさね!」
 「おっ・・・下ろせよ!!
 子ども扱いすんなっ!!」
 ぎゃいぎゃいと喚くティモシーにまた笑い、ラビは部屋の隅にティモシーを放る。
 「ホラ、アレン!
 やっぱ可愛いーさ!
 ユウちゃんもさすが、なに着ても似合うさねー」
 それぞれにうまいことを言いつつラビは、自分の衣装を目で探した。
 「あれ?
 俺、自分でデザインしたカッケー衣装入れてたはずだけど・・・?」
 首を傾げるラビに、アレンがにんまりと笑う。
 「それならこれでしょ」
 アレンが指した白い円形のものに、ラビは首を振った。
 「違うさ。
 俺はもっとカラフルな・・・」
 「だから、これの中に入ってんでしょ?」
 もう一度言うと、ラビが『あぁ』と頷く。
 「これ、袋だったんさね。
 てっきり衣装かと思っ・・・」
 「衣装ですとも!キミのね!!!!」
 アレンの笑みが邪悪に歪み、持ち上げた円形の底をラビの頭に叩きつけた。
 「なにすっ・・・なんさこれえええええええ?!」
 厚い布の内側をラビの手がなぞるうち、左手が、そして、右手が布の外に飛び出す。
 「え?!
 これってどういう・・・?!」
 布越しのくぐもった声が困惑し、きょろきょろと巡っていた目が小さな光の点を捉えた。
 「あ・・・穴・・・っつーか・・・・・」
 嫌な予感を覚えたラビの手が、不意に引かれて鏡の前へと導かれる。
 「スノォ――――マァアアアアアアアアアアアアアン!!!!」
 「すごいでしょ!ジョニーに作ってもらったんだ!」
 三段階に折りたたまれた円を引き下ろすと、雪だるまの着ぐるみになる仕掛けだった。
 「これでリナリーにちょっかいかけられないし、僕の邪魔も出来ないよね」
 クスクスと笑い、囁くアレンにラビは、着ぐるみの中で舌打ちする。
 「お前・・・冗談が通じないにも程があるさ!」
 「僕はいつだって本気なんですよ」
 クスクスと耳障りな笑声がまた囁きかけられ、ラビは憮然とした。
 「それにしたって視界が悪いさ!
 改良を要求する!!」
 「あ?
 風穴開けんのか?」
 言うや、神田が抜き放った刃が雪だるまの頭部に突き刺さり、ラビの目前で止まる。
 呼吸すら止まった彼の前でそれは回転し、さっきよりはほんの少し、視界が広がった。
 「まだ小せぇか?」
 「もっ・・・もう十分さ・・・!!!!」
 ガタガタと震えながら、ラビは唯一自由になる腕を懸命に振る。
 「そうか。
 視界が悪かったらいつでも言えよ」
 親切ごかしの声に、しかし、ラビは騙されなかった。
 恐ろしい予測と共に次の言葉を待てば案の定、
 「その頭、吹っ飛ばしてやっから」
 と、とんでもない殺害予告がなされる。
 「俺ユウちゃんになんかしたさ――――――――?!」
 ボディだけでなく、声までも蒼白になったラビに神田は、なんてことない風に肩をすくめた。
 「親切で言ったんだがな」
 「斬首のどこが親切さね!
 介錯頼んだ覚えなんか、これっっっっっぽっちもないさ!!!!」
 興奮のあまり裏返った声でまくし立てると、アレンがわざとらしく両手で耳を覆う。
 「あーうるさい。
 子供よりうるさい」
 「知らん顔すんじゃねぇさ、元凶が――――――――!!!!」
 だむだむと足を踏み鳴らすと、ある程度は足元の自由が利くことに気づいた。
 「よっしゃ!
 こんなんすぐ脱いで・・・脱いで・・・・・・ぬい・・・・・・・・・!」
 もごもごとうごめくものの、肝心の腕が両方ともすっぽりはまってどうにも脱げない。
 「うふふv
 それ、袖の所が強力な弁みたいになってて、一人じゃ脱げないんだってーv
 「こンのクソガキイイイイイイイイイイイイイ!!!!」
 嬉しそうなアレンの顔は見えないが、声で表情を察してラビが絶叫した。
 「俺がなぶり殺しに遭う前に助けるさー!!!!」
 「おおげさだなぁ!
 サンタじゃなくなったら酷い目に遭うなんて、被害妄想にしても誇大でしょ!」
 「お前、それでも元ピエロかぁぁぁぁぁ!!!!
 こんなカッコで子供らの前に出てみろ!
 ピラニアの群れに放り込まれた子羊のように・・・」
 言う間にドアが開かれ、ピンクのケープと同色のミニワンピースを着たリナリーが駆け込んでくる。
 「みんな着替え終わったー?!
 あれ?!スノーマンだぁー!!」
 はしゃいだ声をあげて、リナリーが飛び込んできた勢いのまま、ラビに飛びついた。
 「あはははは!
 ビームとか出ないの?!」
 「出るわけないさ!!!!」
 リナリーの突撃を受け止めきれず、床に転がったラビがもがもがと足掻く。
 「ちょっ・・・起こすさー!!!!」
 絶叫と共に両手を泳がせるが、助けが来ないどころかなぜか二重三重のボディアタックを食らわされた。
 「アレン・・・と、ティモシーか?!
 起き上がれねぇっつってんさね!!」
 「ティムもいるよv
 「聞いてねぇえええええええええ!!!!」
 白いボディの上に乗っては、散々蹂躙して蹴りまで入れてくる狼藉者達に、ラビのこめかみが引き攣る。
 「いー加減にするさああああああああああ!!!!」
 ばたばたと足をばたつかせ、狼藉者達を退かせると、勢いをつけて立ち上がった。
 「このピラニアどもっ!
 さっさと俺を解放するさ!!」
 「えーやだ」
 「面白いし」
 「絶対みんな喜ぶぜ!」
 「俺がよろこばねぇんさ!!!!」
 手探りで捕まえたティモシーの頭にぐりぐりとこぶしを押し付けると、横合いから捻り上げられる。
 「子供をいじめちゃダメですよv
 「どの口が言うさ――――――――!!!!」
 「ちょっとあんた達!まだぁ?!」
 アレンの頭をはたこうとした手が空を切ると同時に、開け放たれたドアからエミリアが顔を出した。
 「子供達が待って・・・あら!スノーマンね!」
 駆け寄ったエミリアが、まんまるのボディに抱きつく。
 「へーえ!ふかふかじゃない!
 これは離れたくなくなるわね!」
 すりすりと頬ずりされるボディの中で、せっかくの感触を味わえないラビが憮然とした。
 「お前まで抱きついてくんなよ!
 俺もう、ダメージ半端ねぇから!!」
 ぜいぜいと肩で息をするラビの、既に疲れきった様子になにがあったのかを察して、エミリアが笑い出す。
 「きっとみんなにモテモテよ、ラビ!」
 「・・・今日ばかりはモテたくないもんさね」
 既にうんざりとした顔をしたものの、残念ながら誰にも見えなかった。
 「神田はもう、準備・・・あら、片づけまでしてくれたの?」
 「このバカモヤシが散らかした分をな!!」
 じっとりと睨まれたアレンは、舌を出してそっぽを向く。
 「着替え終わったらやろうと思ってたんですよ?」
 「嘘つけ、この似非紳士が!!
 テメェはリンクがいなきゃ、ろくに部屋の片付けも出来ねぇじゃねぇか!」
 「ちょっ・・・レディ達の前でそういうこと言わないでくれます?!
 ぼ・・・僕だって、ちゃんと時間が取れた時は・・・」
 気まずげに口を濁すアレンに苦笑し、リナリーが彼の手を引いた。
 「ホラ、行こうよ!
 みんな待ってるよ!」
 「神田もv
 ティモシー、衣装ぴったりね!よかったわ!」
 エミリアが神田と腕を組み、ティモシーと手を繋いで部屋を出て行く。
 その後を、
 「まっ・・・待ってさ!!
 これ着てちゃ、一人で歩くの難しいんから・・・誰か手を引くさー!!!!」
 懸命に伸ばしたラビの手を、誰かがしっかりと掴んでくれた。
 「あ・・・ありがとうさ・・・って、ティム?!」
 狭い視界の中に入って来た金色のゴーレムは、長い尻尾をしっかりとラビの腕に巻きつけ、任せろとばかりに白い歯を剥く。
 「ま・・・任せていいんさね・・・?」
 やや不安げなラビに、小さな手で『OK!』と答え、ティムキャンピーは子供達のもとへと彼を導いていった。


 わいわいと甲高い歓声が飛び交う部屋で、院長は軽く手を叩いた。
 「さぁさぁ、みんな!
 みんながいい子にしていたから、ペール・ノエルが来てくれましたよ!」
 わぁっと湧き上がった歓声に迎えられて、それぞれサンタの扮装・・・と、別の仮装をした一行が、気恥ずかしげに部屋に入る。
 と、子供の一人が小さな指でトナカイを指した。
 「あれ、ティモシーじゃない!」
 「なんでティモシーはトナカイなの?」
 「いい子じゃなかったから、トナカイにされちゃったんだね!」
 きゃいきゃいと笑声をあげる子供達を、ティモシーが真っ赤になって睨む。
 「うっせーマシュー!!どつくぞ!!」
 既に蹴りを繰り出そうとしているティモシーは背後からアレンが抱えて、院長に続けるよう促した。
 「はい、では、今日はペール・ノエルがみんなと遊んでくれますよ。
 いい子にしていたら、プレゼントももらえるかもしれないわね」
 歓声をあげて駆け寄って来た子供達の中にティモシーを放牧したアレンは、大仰に一礼すると、開いた指の間に挟んだいくつものボールを宙に放り、ジャグリングを披露しする。
 「さぁさ!
 あんた達、あたし達ががんばって作ったお料理もあるんだから、あったかいうちに食べてよね!」
 リナリーと一緒にテーブルへ皿や鍋を広げたエミリアも、得意げに胸を張った。
 「リナリー!
 小さい子はうまく食べられないから、お手伝いしてあげて」
 「うん、わかったよ!」
 スプーンを持つ手のおぼつかない、小さな少女の隣に座って食事の世話をするリナリーが、嬉しげに頬を紅潮させる。
 「うふふv
 ままごとみたいv
 子供用の小さな食器が珍しくて、リナリーまで楽しくなってきた。
 その傍では子供達の中でも年長の少女が、ジャグリングも食事もそっちのけで神田にまとわりついている。
 「素敵ー・・・v
 ねぇ、紫のペール・ノエル!お嫁さんはいる?
 いないなら私がなってあげるよ!」
 はしゃいだ声をあげて抱きつく少女を、エミリアが背後から抱き上げて引き離した。
 「ごめんね、ソフィアv 
 このペール・ノエルはあたしの旦那なのよv 諦めてv
 「えぇ?!エミリア、結婚したの?!」
 少女が目を丸くして大声をあげると、それを聞きつけた少年がムッとして駆け寄ってくる。
 「なんでだよ!エミリアは僕のお嫁さんになるって約束したじゃん!!」
 「してないわよ。あんたが勘違いしただけ」
 あっさりと言って手を振るエミリアに頬を膨らませた少年が、リナリーの腕に抱きついた。
 「じゃあ、ピンクのお姉さん!僕と結婚しよv
 「え・・・うーん・・・」
 はっきりお断りしていいものか困っていると、食事の世話をしていた少女がぷるぷると首を振る。
 「マリーのママンになるんだから、だめ!」
 「じゃあ、僕がお姉さんと結婚して、マリーのパパンになればいいじゃんか!」
 「やだ。
 フランはマリーのパパンじゃないもん」
 「あぁ、うん。そうだね。
 そう言うことだからごめんね」
 「じゃあ、俺ならいいー?!」
 振られたと見るやすかさず二人目の求婚者が背中に抱きついて来た。
 「どけよ!俺の嫁にするんだ!」
 「いや!僕の方がふさわしいと思うよ!」
 次々と寄って来る求婚者達に、リナリーが苦笑する。
 「なぁ!誰を選ぶんだ?!」
 「そ・・・そうだねー・・・」
 困り果ててエミリアを見遣るが、彼女は次々に寄って来る少女達相手に神田防衛線を繰り広げていた。
 「こ・・・ここの子達って、なんでこんなにおませさんなのー・・・!」
 いっそのこと、はっきり断った方がいいのかと迷うリナリーの腕を、小さな手が引く。
 「俺の嫁になれよ!マリーもまとめて幸せにするぜ!」
 実に男気溢れたプロポーズの主はしかし、飛んできたトマトを口で受けてひっくり返った。
 「ナイスキャッチ!」
 ジャグリングの演出だと言わんばかりのアレンへ、子供達の惜しみない拍手が送られる。
 「じゃあ次はナイフを使ってのジャグリングですよーv
 テーブルの上のナイフをまとめて取りあげたアレンが、鮮やかな手さばきでナイフを宙に舞わせた。
 「おおおー!!!!」
 「すげえええええ!!!!」
 どんどんスピードアップして、キラキラと光を弾くナイフに子供達の目が奪われる。
 「さぁ!
 今度はこのナイフをー!」
 きらりと、アレンの目が邪悪に光った。
 「シューティングスター★」
 明らかな悪意をもって放たれたナイフは、獲物を捉える前に弾き落とされる。
 「おおおおおおお!!!!」
 剣の一閃で全てを叩き落した神田にも、子供達の惜しみない拍手が送られた。
 「すごい!サムライだー!!」
 「かっこいいー!!!!」
 「・・・一本くらい掠ると思ったのに」
 舌打ち交じりの呟きを、神田の耳はしっかりと捉える。
 「ザケんじゃねぇぞ、クソモヤシが!!」
 「イヤイヤおみごとですネーさすがサムライー」
 全く感情のこもらない目で、賛辞を棒読みするアレンを神田が睨みつけた。
 「てめぇがそのつもりなら殺ってやんよ!
 オモテ出ろゴラ!」
 「ウフフv せっかくのイブに物騒だなぁーあv
 「誰のせいだコノヤロウ!!」
 「もう!やめなさいよ!!」
 剣呑な二人の間に割って入ったリナリーが、両手に腰を当てて大声をあげる。
 「子供達に当たるところだったじゃないか!」
 見れば、神田が払いのけたナイフはどれも深々と床に刺さって、その傍では硬直した少年達が泣き声も上げられずに震えていた。
 「あららー。
 子供を怯えさせるなんて、酷いサンタもいたもんですねー」
 「アレン君もだよ!
 なんで子供がいるのにナイフなんか投げたの!」
 叱られて、舌を出したアレンは白々しくそっぽを向く。
 「ちゃんとこっち見なさいっ!」
 両手で頬を挟まれたアレンは、にんまりと笑った。
 「求婚者たち一掃ですねv
 「へ・・・?」
 言われてよくよく見れば、倒れ、硬直する少年達は皆、リナリーに求婚してきたおませさん達だ。
 すぐ近くにいたにもかかわらず、少女達には一人の被害者もいなかった。
 「ア・・・アレン君ったら・・・!」
 「だから最終的にやったのは神田ですってば」
 楽しげに笑うアレンの鼻を弾いて、肩をすくめたリナリーは少年達へ向き直る。
 「・・・みんな、私のお婿さんには不足だよ!
 私にはこわーぃお兄ちゃんやお友達がたくさんいるんだから、倒せるくらい強くないとダメなの!」
 最大の難関は言うまでもなく、ここにはいないコムイだが、少年達は難関に達する前に既にへこたれてしまった。
 一気に消沈した彼らに笑って、アレンが床に刺さったナイフを抜いていく。
 「あーぁ。
 床の修理代は神田が払うんですよ?」
 「だぁら!
 誰のせいだってんだよ!」
 「僕はここまでやって欲しいなんて思ってなかったもん」
 いけしゃあしゃあと言ってのけたアレンの服が、背後から引かれた。
 「ねぇねぇ!またやって!」
 「ナイフが『めっ』されちゃうなら、ボールでいいから!」
 キラキラと目を輝かせた子供達のお願いに、アレンは快く頷く。
 「もちろんですよ、お姫様達v
 小さな手の甲にキスしてやると、歓声をあげた子を押しのけて、我も我もと少女達が寄って来た。
 「・・・アレン君だってモテモテじゃないか!」
 ムッと口を尖らせたリナリーが、硬直して動けない子供達の襟首を掴んでテーブルの椅子に座らせていく。
 その数はテーブル一つを占拠できるほどだったが、アレンに懐く少女達の数は更に多かった。
 「かっ・・・神田に振られた子達があっちに流れちゃったんだね!」
 正しくは、エミリアに追い払われた少女達だが、彼に寄ってたかる人数は確実にリナリーの求婚者数を超えている。
 「負けたああああああああああ!!!!」
 「なんの勝負してるのよ」
 小さな子供達の食事の世話をしてやりながら、エミリアが苦笑した。
 「あたしはてっきり、女の子達に嫉妬してるのかと思ってたけど、アレンに負けたのが悔しいの?」
 「そっ・・・そんなんじゃないよ!」
 だが、アレンが誰にでも・・・特に女の子に対して愛想よくする様を見るのが面白くないのは事実だ。
 「なんだよ自分は八方美人のクセに、ナンダヨ!」
 口の中でブツブツとぼやきながら、リナリーは不機嫌な目をアレンへ向けた。
 だがアレンはその視線に気づかず、また大仰な一礼をしてジャグリングを始める。
 目を輝かせた子供達の口から何度も歓声が上がり、その度にアレンが嬉しそうに笑った。
 「・・・あぁしてる時が、一番生き生きしてるんだよねぇ」
 きっと彼にとってあの芸は、日々のたつきと言うだけでなく、養父とのいい思い出にも繋がっているのだろう。
 「・・・・・・ちぇっ」
 物心ついた時から戦うことしか知らないリナリーにあんな技はなく、居場所は戦場にしかないことを思い知らされるようで、ため息が出た。
 と、
 「なにむくれてんだ」
 くしゃりと髪をかき回されて、リナリーは傍らの神田を見上げる。
 彼も同じく、戦場にしか居場所を持たない人間なのに、リナリーのような悩みを持っている様子はなかった。
 「考えたってしょうがないことは考えねぇこった」
 まるでリナリーの心の内を見透かしたような言い方に、どきりと鼓動が跳ねる。
 「お前が泣くと、本当に鬱陶しいからな」
 「きっ・・・!!!!」
 他に言い様もあるだろうに、殊更に憎まれ口を叩く神田には、わかっていても腹が立った。
 「なんだよ意地悪っ!!」
 「それがどうした」
 「エミリアに神田の悪行の数々を密告してやるんだから!!」
 「ここで言ってる時点でもう密告じゃねぇだろが」
 「あらーv
 なになに?神田の秘密?聞かせてよーv
 暢気な顔をしたエミリアが二人の間に割って入って、室内は更に騒がしくなる。
 そんな中、白い雪だるまは部屋の隅に無言で佇んでいた。
 子供達の関心はまだ彼の上にはなく、代わりに部屋中を飛び回っていたティムキャンピーが羽根を休めにやって来る。
 小さな両の手に、クリスマスツリーから拝借したらしい金のベルを持ったティムキャンピーは、ちりんちりんと鳴らしだした。
 しかしその音はまだ小さく、近くの子供すら振り向かない。
 ややしてアレンが、ジャグリングを終えて一礼した途端、その音は意外に大きく子供達の耳に響いた。
 なんだろうと振り返った頃を見計らって、それまで沈黙を守っていた雪だるまがリズムを取りつつ歌いだす。
 「この雪だるま、生きてる!!」
 子供の歓声に、別の子供達も集まってきた。
 ティムキャンピーが鳴らすベルでリズムを取り、雪だるまはクリスマスソングのメドレーを歌う。
 よほどレパートリーが広いのか、ティムキャンピーのベルが奏でる一音を掬い取って別の曲へと繋げて行く様に、子供達の口がぽかんと開いた。
 「すごいー・・・!」
 リズムに乗って横揺れする雪だるまにあわせ、横揺れしていた子供達が目を輝かせる。
 「おうた、たくさんしってるんだね!」
 丸い胴体から生えた腕を引くと、もう一方の手で頭を撫でられた。
 「きゃーv
 我も我もと子供達が寄ってたかり、雪だるまを囲んで次々に変化する歌を知っているだけ合唱する。
 その一方で、
 「・・・やられた」
 一瞬で雪だるまに人気を取られたアレンは、不満げに口を尖らせた。
 「子供達のなぶりものにされればいいと思って着せたのに、予想外だよ」
 「うふふv
 作戦負けねv
 独り言に穏やかな声で答えが返って、アレンはぎくりと顔を引き攣らせる。
 「彼、どうして黙ってるのかしらと思ったら、この瞬間を狙っていたんだわ。
 きっと、あなたの意地悪を知り尽くしてるのね」
 「えっ?!いやそのっ!!僕は別にいっ・・・意地悪なんて・・・!」
 慌てて言い訳しようとするが、全てを見透かした上で院長は、また穏やかな笑声をあげた。
 「わかってましたよ、あなたが前に来た時からね。
 同じような子を、何人も見てきたのだもの」
 真っ赤になったアレンは口をつぐみ、何か話題を変えるものはないかと挙動不審気味に部屋を見回す。
 「あっ・・・あのツリーって変わってますね!
 ジンジャークッキーやキャンディケーンはお城のツリーにも飾りますけど、本物のリンゴは初めて見ました!」
 話題変換にしては苦しかっただろうか、と、恐る恐る見遣った院長は、アレンの心情を察して話に乗ってきてくれた。
 「昔は本物のリンゴを飾ったものよ。あなたが生まれる前までは普通にね。
 でも一時期、リンゴの不作が続いてねぇ・・・それで今みたいなリンゴのオーナメントが出来たのだけど、あるのならこっちの方がいいでしょ?」
 「はい!
 いい匂いがします!」
 小振りなリンゴは紅く熟れていて、とても甘そうだ。
 「おひとついかが?
 あなたには英国のリンゴの方がおいしいかもしれないけど、フランスのリンゴも中々よ?」
 「頂きますv
 院長が手に乗せてくれたリンゴをかじってみると、小さなそれは柔らかく、たっぷりと果汁が沁みて、とても甘かった。
 しかし、
 「・・・あれ?」
 「ふふv ばれちゃった?」
 目を丸くしたアレンにいたずらっぽく笑って、院長がウィンクする。
 「英国のリンゴよv
 昨日、ティモシーがお土産だって、持って来てくれたの」
 「・・・あぁ!
 そういえばティモシー、クラウド元帥に何か持たされてましたね」
 これだったのかと、アレンが笑みを浮かべた。
 「英国では、生垣代わりにリンゴの木を植える家が多いんですよ。
 だから実がなる季節には、自分の家で食べ切れなかった分を箱に入れて、門の外に置いておくんです。
 好きに食べて、ってことなんですけど、家ごとにちょっとずつ味が違ってて、楽しかったなぁ」
 「まぁv 本当に楽しそうねぇv
 院長は何度も頷いて、ツリーに下がったリンゴに目を細める。
 「じゃあこれは、教団に植わってた木のリンゴなのかしら?」
 「かも知れませんね。
 冬でも果物や野菜が食べられるように、育ててる菜園がありますから」
 もしくはクラウドが、方舟を使って英国産のリンゴを育てる国にまで採りに行ったのかもしれなかった。
 「・・・なるほど、それで『命令』か」
 彼女が方舟の私的使用に協力してくれた理由に思い至って、アレンはしゃくしゃくとリンゴをかじりながら頷く。
 「・・・ん?」
 ふと、『元帥命令』と言う言葉が頭に引っかかって、アレンは小首を傾げた。
 「元帥の・・・命令・・・?」
 別段珍しくもない、教団では今までに何度も聞いた言葉だ。
 臨界者とは言え、まだ一般エクソシストであるアレンにはクラウドだけでなく、ソカロやティエドールも、状況は違え、色んな『命令』をした。
 中でもクラウドは時に意地悪に、『元帥命令だ』と言って笑うものだ。
 ためにその言葉自体に特別な思い入れはないはずなのに、なぜ引っかかったのだろうかとまたリンゴをかじって、ふと瞬いた。
 「赤い・・・元・・・ごほっ!ごほごほっ!!」
 「あらあら!大丈夫?!」
 いきなりむせ返ったアレンの背を、院長が慌てて撫でてくれる。
 「だ・・・大丈夫です・・・!」
 気遣わしげな院長へ頷き、アレンはテーブルへ飲み物を取りに行った。
 そこではリナリーに群がっていた少年達が、まだ青い顔をしておとなしくしている。
 くすりと笑ったアレンは、エミリアが差し出してくれた水を受け取り、こくりと飲んだ。
 「あぁ・・・まだこのくらいの時だ」
 11歳くらいの少年の頭を撫でて、アレンが苦笑する。
 彼と同じ年の頃、師と共にマザーの教会を出たアレンは、子供連れであることを全く配慮しない彼に必死について行った。
 師と弟子とはいえ、クロスが特にアレンを教え導くことなどはない。
 小さなアレンの目には、クロスが好き勝手にやっているようにしか見えなかった。
 ・・・事実、好き勝手にやっていたのだろう。
 師の後について入った店々で、カウンターの向こうの大人が驚き、呆れ、たしなめるように眉根を寄せたことは一度や二度ではなかった。
 だがそれも大都市でのことで、荒んだ街ではそんな『真っ当な』大人も少ない。
 クロスのように、いかにも威風堂々とした大男には道を開ける連中も、その後をついていく小さな子供から荷物を巻き上げることに対し、罪悪感など持ってはいなかった。
 ―――― その日、クロスに外で待っているように言われたアレンは、店の薄暗い裏口で、おとなしく師を待っていた。
 日陰ではあったが、背の高い建物は冷たい風を防ぎ、更に各店の厨房から漏れる湯気が辺りを暖めている。
 重い荷物を持ち直したアレンは、ほふ、とため息をついた。
 「・・・またずいぶんかかっちゃうのかなぁ?」
 金色のゴーレムに話しかけると、アレンの頭ほどもあるそれはパタパタと飛んできて、丸い身体ごと傾ぐ。
 「こないだなんか、日が暮れるまで戻ってこなかったもんね・・・。
 今日は早いといいなぁ・・・・・・」
 呟いて、不安げに空を見上げるアレンの傍らから、不意にティムキャンピーが消えた。
 「ティムっ?!」
 振り返る前に、アレンの小さな身体が浮き上がる。
 「ふーん・・・。
 子供にしちゃ、奇妙な髪色に変な傷もあるが、丈夫そうだな」
 自分をつまみあげた男にじろじろと値踏みされ、アレンは怯えた目をした。
 「荷物と一緒にコイツも連れて行こうぜ。
 下働き用に売れるだろ」
 「あぁ、こっちも珍しい鳥だ。
 金持ちが喜んで買うだろうさ」
 羽根をまとめて掴まれたティムキャンピーが、もう一人の男の手の中で必死に暴れる。
 「おい、鳥は早く袋に詰めちまいな」
 あんまり暴れて、死なれては困ると、更に一人が麻袋を放った。
 「こっちも縛り上げて、袋に入れとくか」
 怯えて声も出ないアレンの口に猿轡をかませ、腕を縛ろうとするが、それはさすがに抵抗される。
 「おとなしくしろ、クソガキ!!」
 苛立たしげな声と共に強く殴られて、身を固くした隙に両手を縛り上げられた。
 その手際のよさは、彼らが熟練の人攫いであることを証明している。
 「コイツくらいの大きさなら、このサイズでよさそうだな」
 麻袋の口を広げると、アレンを抱えあげた男が乱暴に放り込み、袋を閉じた。
 ―――― その時。
 突然裏口の戸が開き、彼らがはっとした瞬間には、一番近くにいた男が中から出てきた大男の足に踏みつけられていた。
 「てめぇっ・・・!」
 大男の足元でピクリとも動かない仲間に動揺しながらも、殴りかかった一人は自分でもわからないままひっくり返り、頭から石畳に着地して、そのまま意識を失くす。
 「ひっ・・・!」
 あっという間に仲間を沈められ、逃げるか戦うか、選択を迫られた男の額に、冷たい銃口が突きつけられた。
 「ウチの弟子に何しやがる、馬鹿野郎ども!!」
 低い声の怒号が腹の底にまで響き、銃口を突きつけられた男は諸手をあげて石畳にへたり込む。
 「開けろ!!」
 「はっ・・・はひっ!!」
 銃口を向けられたまま、汗で滑る手を必死に動かして麻袋の口を開けると、ティムキャンピーが飛び出して怒りのボディアタックを食らわせた。
 「ひいいいいいいいい!!!!」
 鮫のように尖った歯に食いつかれた男は、悲鳴をあげながらも銃口に脅されてもう一つの麻袋を開け、急いでアレンの縄と猿轡を解く。
 「スッ・・・スミマセンスミマセン!!
 も・・・もう二度と手出しはしねぇから、殺さないでくれ!!!!」
 脂汗の浮いた額を地面にこすりつけた男は、無情な足に石畳を割るほど蹴りつけられ、そのままの姿勢で動かなくなった。
 「し・・・師匠・・・!」
 涙目で見上げた師はとても恐ろしい顔でアレンを見下ろしていて、怯えた彼は慌てて頭を下げる。
 「あっ・・・あのっ・・・!
 た・・・助けてくれて、ありがとうござ・・・ぎゃんっ!!!!」
 さっき殴られたよりも強烈なゲンコツをされて、アレンはたまらずしゃがみこんだ。
 「アレン」
 低く、怒りを含んだ声を恐る恐る見上げると、師は相変わらず恐ろしい顔をしている。
 びくっと震えたアレンの、たんこぶの出来た頭に彼の手が伸びた。
 「次からは自分でやれ。
 自分の身も守れねぇで、エクソシストになれるか!」
 「はい・・・」
 大きな手の下で頷き、立ち上がったアレンは涙を拭う。
 と、鮮明になった視界に紅い物が飛んできた。
 「店のマダムからだ。
 食っていいぞ」
 アレンの手に収まるほどの小振りのリンゴは、部屋の中にあったためか、少し暖かく、かじると甘さが口いっぱいに広がる。
 「おいしいです・・・v
 「ふん」
 つまらなそうに言って、先に立った師の後を、アレンは慌ててついて行った。
 「・・・・・・あれからちょっとは強くなったのかなぁ?」
 確かに戦闘力は上がったが、師の前では未だ小さな子供のように怯えるばかりで、成長など実感できもしない。
 「まずは師匠のトラウマを克服しない限りは、王子になんかなれそうにないな・・・」
 「アレン?
 どうしたの、顔色悪いわよ?」
 師のことを思い出すだけで、エミリアにまで悟られるほど顔色を失う彼が、師を超える日はまだまだ遠そうだった。


 一方、アレン達のいなくなった教団本部でも、大人達のパーティが華やかに開催されようとしている。
 リーバーの止める手を振り切り、キャッシュを連れて自室にこもっていたミランダが彼女と共に戻ってくると、科学班は様々な意味でどよめいた。
 「見てくださいなv
 キャッシュさん、素敵でしょv
 そう言ってミランダが腕を引いたキャッシュは、なぜか魂の抜けたような顔をして、よろよろと同僚達の前に立つ。
 結局自分が着たと言う、クリスマスツリーのような緑のドレスを身に纏ったミランダの隣で、白いドレスを着せられたキャッシュはある意味、圧倒的な存在感を見せていた。
 その姿に、色々と言葉を考えていたジョニーが頷く。
 「デ・・・デラックスだね、キャッシュ」
 「うん・・・ケーキみたいだよ・・・」
 「あぁ・・・雪だるまみたいだな・・・」
 うまい誉め言葉を思いつけなかったロブとリーバーが頷くと、ミランダが不満げに頬を膨らませた。
 「ケーキや雪だるまじゃありません!天使です!」
 くるんと回らせたキャッシュの背には、確かに翼の飾りがある。
 だがそれは正面から見ると、彼女の立派な体格で見事に隠されていた。
 「ね?可愛いでしょう?」
 キラキラと目を輝かせ、キャッシュへの賞賛を待ち望むミランダから、誰もが目を逸らす。
 「あら?」
 どうして何も言ってくれないのだろうと、不思議そうなミランダは傍らのキャッシュを見上げた。
 「私、変な着せ方をしてしまったでしょうか・・・?」
 それで評価しかねているのかと、斜め上の勘違いをしたミランダの見つめる先で、キャッシュがぐらぐらと揺れだす。
 「あら?キャッシュさん?
 さっきよりも顔が白いですよ?」
 どうしたのかと腕に触れた瞬間、キャッシュの身体が大木のように倒れかかって来た。
 「きゃあ!!」
 「ミランダ?!」
 彼女の悲鳴に、リーバーがさまよわせていた目を戻すがもう遅い。
 彼が駆け寄る間もなく、ミランダはキャッシュの巨体を支えかね、諸共に倒れた挙句に潰されて、目を回した。
 「ミランダ!!」
 リーバーが慌てて引きずり出そうとするが、キャッシュの身体は予想以上に重くて、びくともしない。
 「ちっ!どうにか・・・!」
 早く救い出さなければと、焦るリーバーの肩を背後からジジが掴んだ。
 「ミランダを引きずり出すより、キャッシュ転がしてどかせた方が早いだろ!」
 「重機いる?!」
 「いらねーよ!!」
 外へ駆け出していこうとするジョニーの襟首を掴み、周りを睨みまわす。
 「男ども、手伝え――――!!!!」
 その号令に馳せ参じたスタッフ達が、大騒ぎして白目を剥いたキャッシュをどかせると、すかさず駆け寄ったリーバーがミランダを抱き上げた。
 「おい!ミランダ!
 しっかりしろ!!」
 揺すりあげた途端、
 「いっ・・・痛いいいいいいいいいい!!!!動かさないでっ・・・いた・・・痛いの・・・っ!」
 目を見開いたミランダが、苦しげな悲鳴をあげてリーバーにしがみつく。
 一瞬、呆気に取られたリーバーは深々とため息をついて、ミランダをソファに横たえた。
 「だから言ったんだ!
 時計なんか使わず安静にしてろって!」
 意識を失ったことでイノセンスの能力が解除されたミランダは、説教も耳に入らないほどの苦痛に身を固くしている。
 「医療班が来るまでじっとしてろ!
 キャッシュの方はどうだ?」
 振り返ると、白目を剥いて倒れたキャッシュの傍らで、スタッフ達が七人の小人のようにおろおろしていた。
 「どうした?」
 「いや、それが・・・」
 「原因は多分、コルセットの締めすぎによる窒息だと思うんだが・・・」
 全員の目が、ぴちぴちと泳ぎだす。
 「お・・・女の子のコルセットなんて、無断で外したら殺されるよ・・・!」
 ガクガクと震えるジョニーの言葉に、全員が一斉に頷いた。
 「ナースが来るのを待とう!それが確実だ!!」
 ジジの提案にまた大きく頷き、応急措置としてキャッシュに酸素マスクを装着させる。
 「張り切りすぎだ・・・」
 間もなくやって来た医療班がミランダを運び、キャッシュの救命措置をする様を眺めて、リーバーはもう一度、深々とため息をついた。


 ―――― その後、夜も更けて。
 子供達が寝静まるのを待って、サンタ達はそれぞれ、各寝室へと散らばっていった。
 「ぅわっ!!」
 暗闇の中、転がったボールに足を取られたアレンが思わず声をあげる。
 「しー!静かに!」
 口に指を当てたリナリーに叱られて、アレンは自分の口を覆った。
 そろそろと足元を探りながら子供達のベッドに近づき、枕元にプレゼントを置いていく。
 その中で、
 「この子、リナリーにプロポーズした子でしたね」
 アレンがトマトを食らわせてやった少年を見つけて、安らかな寝息をあげる鼻を摘んだ。
 「こらっ!いたずらしないの!」
 苦笑交じりで叱るリナリーにぺろりと舌を出し、アレンはまた、足元を探りながら部屋を出る。
 「えぇと、僕が持ってたのは配り終えましたけど、リナリーは?」
 「私も終わったよv
 空になった袋を逆さに振って、リナリーがにこりと笑った。
 「みんな、喜んでくれるかなぁ?」
 わくわくと目を輝かせるリナリーに、アレンは大きく頷く。
 「有名な職人さんのぬいぐるみなんでしょ?
 きっとみんな、大喜びです!」
 「ふふv そうだよね!」
 子供達の喜ぶ顔を思い浮かべて、リナリーが嬉しげに笑った。
 「ぬいぐるみといえばね、私とエミリアもぬいぐるみになるんだよ!
 ハンスおじさんが私達をモデルに作ってくれるんだって!」
 「へぇ・・・それはきっと可愛いでしょうね。
 早く見て見たいな」
 アレンがにこりと笑った時、
 「じゃあ、見せてあげるよぉーv
 闇の中に声が響き、何もなかった場所に現れた『扉』がゆっくりと開く。
 「ロード!!」
 一瞬で臨戦体制になった二人に、中から現れたロードがにこりと笑った。
 「さーぁv
 お望み通りの魔法だよぉv
 ロードがリナリーへ手を伸ばすや、軽い破裂音と共に彼女の姿がぬいぐるみへと変わる。
 「アレンーv みてみてぇーv かーわいーいvvvv
 ぽとりと落ちたそれを拾い上げ、嬉しげに抱きしめたロードを、アレンがきつく睨んだ。
 「ロード・・・!リナリーになにを!!」
 「ふふv そんなに怖い顔しないでぇv
 ちょーっと、僕の夢の中に来てもらっただけだよぉv
 クスクスと笑うロードの目が、強張ったアレンの顔をじっと見つめる。
 「アレンーv
 これ、欲しいー?」
 「欲しいって・・・!なんだよ、それ!!」
 仲間を物扱いされ、怒るアレンにロードはまた、クスクスと笑い出した。
 「ねv
 リナリーが欲しかったら、僕と一緒においでよぉv
 今、千年公が、兄弟の誕生会やるんだって張り切ってるんだぁv
 無言で睨みつけてくるアレンへ見せ付けるように、ロードはひらひらとリナリーの人形を振る。
 「さ!ついておいでぇv
 「・・・っ!」
 くるりと踵を返し、闇の中へと駆けて行ったロードの後を追って、アレンもまた、扉の奥へと消えて行った。


 「あれ?アレンとリナリーは?」
 プレゼントを配るには動きにくいからと、ようやく雪だるまの着ぐるみを脱がせてもらったラビが、空になった袋を振り回しながら問うと、神田もエミリアも、揃って首を振る。
 「知らねぇ」
 「二人でどっか行っちゃったんじゃない?」
 「どっかって・・・どこさ?」
 首を傾げたラビに、エミリアはにんまりと笑った。
 「そりゃあお外でしょ。
 パリはこれからの時間がきれいなんだものv
 「は?!」
 途端に神田のこめかみが引き攣り、手が鞘にかかる。
 「あんのクソモヤシ!!
 こんな夜更けになんのつもりだ!!」
 「いやそれはさすがにないと思うさね!!」
 今にも抜刀しそうな神田を、ラビが必死になだめた。
 「ユウちゃん、よっく考えてみ?!
 ノアや俺らには強気でも、コムイとリナリーにはてんで弱気なアレンに、そんな度胸があるわけないさ!」
 ・・・言われてみればその通りかと、神田が鞘から手を放す。
 「じゃあ・・・どこに行っちゃったのかしらねぇ・・・?」
 エミリアが見遣った窓の外には何事もなかったように電飾が煌めき、この一夜を家族と過ごす人々の楽しげなざわめきが街中に満ち溢れていた。



To be continued.


 










20011年アレン君お誕生日SS第二弾は、リクエストNo.80『弟子思いのクロス』でした★
これ、りえるさんからのリクだったんですが、その内容が
『マジ切れクロス元帥が敵を倒して、最後に足蹴にしながら、「ウチの弟子に何しやがる、バカ野郎ども!!」って見得を切る夢を見たんですよ。それがすごく面白かったんで書くがいいよ。
どんなストーリーが展開されてそんなことになったのかは思い出せないけどw』(要約)
だったんですよ(笑)←非常に誤解を招く要約をした!
なので、無理矢理ぐりぐりと師匠を混ぜ込んでみました(笑)
りえるさん、今度は全部覚えておきたまえ(笑)←無茶を言う。
次回は『王子、姫の奪還なるか?!』です。
・・・・・・王子って、どっちのことだろ。>おい!!
ちなみに、英国のリンゴは本当においしいです。
日本でリンゴ飴に使う、姫リンゴよりは大きいけど、普通のリンゴよりはちいさいです。
でも果肉が柔らかくて果汁がたっぷりあって、とても甘いのだ(=▽=)
旅行に行くと大体朝食のテーブルにありますので、行ったらデザートに一個かじるといいですよ。←切らない(笑)












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