† The New Year’s Party
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空を覆う灰色の雲から、しきりに雪の降り注ぐ寒い朝。 窓越しに見える景色は夜のうちに全て白く塗り替えられ、更に厚みを増していた。 風こそないものの、冷気は部屋の中にまで入り込み、水差しの中には薄く氷が張っている。 「・・・今日も寒いですねぇ」 それでも空気の入れ替えをと、窓を開けたリンクは、吐く息を白く染めた。 「ウォーカー。いい加減に起きなさい」 振り返り、声をかけたアレンは、いつも通り頭の上まですっぽりと毛布を被って、決して起きようとしない。 「ウォーカー! 毎朝毎朝いい加減にしなさい! たまには一人で起きてはどうですか!ウォーカー!!」 つかつかとベッドに歩み寄り、毛布に手をかけると、いつもアレンがしがみついて放さないそれがあっさりとめくれた。 「ウォー・・・?」 目を丸くしてベッドの上を見れば、枕やクッション、湯たんぽを繋げて人の形を偽っている。 「ウォーカァァァァァァァァァァ!!!!」 リンクの怒号が、早朝の城内に響き渡った。 ―――― リンクの声が聞こえたわけではないが、食堂の壁にかかった時計を見上げたアレンは、にんまりと笑みを浮かべた。 「なに悪い顔してやがんだ」 積み上げた皿の向こうから声をかけられて、アレンはクスクスと笑い出す。 「もうリンクが起きた頃かなぁって」 そう言ってフォークの先で指した時計は、午後2時を回ったところだった。 「今頃、空のベッドを見て驚いてるのかと思うと・・・!」 クスクスと邪悪な笑声をあげるアレンの頭を、小さなこぶしがぽかりと叩く。 「保護者にはちゃんと言ってから来いよ!未成年だろ!」 「見た目は君の方がちっちゃいけどね、フォー」 「見た目若くっても、あたしゃ100歳超えてんだ。 生意気ぬかすともう食わせてやんねーぞ!」 早速皿を取り上げられそうになって、アレンは慌てて謝った。 その必死さに溜飲を下げたフォーは、にやりと笑って皿を戻してやる。 「・・・にしても、鼻がよくなったもんだ。 呼ぶ前からご馳走の匂いを嗅ぎつけてきやがって」 クスクスと笑う彼女に、アレンはいたずらっぽくウィンクした。 「コムイさんが使ってるカレンダーを見せてもらったんですよ 執務室に報告に行った時なんですけどね、普通の日付と一緒に、陰暦も載ってる不思議なカレンダーを見つけたんです。 そこに『NewYear』って書き込んであったから、今日を狙って作戦を立ててました!」 大成功!と、こぶしを握るアレンの頭の上で、ティムキャンピーもガッツポーズをする。 「ま、遠方からの客人は大歓迎だ! 特に、お前みたいによく食べる客はな!」 福を呼び込むからと、フォーは機嫌よく笑った。 「3日までいるだろ?」 「いちお、コムイさんには行き先を告げてきましたから、任務が入れば途中で帰らなきゃです・・・」 入らなきゃいいな、と、眉根を寄せて餅を頬張るアレンに、フォーがまた笑い出す。 「お前にも福が来りゃいいんだけどな!」 「来ますよぉー きっと、と、目を輝かせた蝋花が、新しい皿を運んで来た。 「福を呼ぶ餃子をたくさん食べて、今年は幸せいっぱいにしなきゃ 「はいっ 蝋花以上に目を輝かせたアレンが皿へと手を伸ばす。 幸せいっぱいで彼が餃子を頬張っていた頃、英国の教団本部では、リンクの襲撃を受けたラビが悲鳴をあげていた。 「隠すとためになりませんよっ!!!!」 「なんのことさあああああああああ?!」 暖かい毛布に包まって、すやすやと眠っていたところを叩き起こされ、胸倉を掴まれたラビがぴるぴると震える。 が、そんなか弱げな姿にほだされることもなく、リンクは火を吐かんばかりの勢いでラビへ詰め寄った。 「ウォーカーはどこです?! どうせまた、二人でくだらない計画でも立てて、あのクソガキを逃がしたか匿ったかしているのでしょう?! ブックマンにはある程度の行動の自由があることは知っていますが、私の仕事を邪魔するようなら容赦はしませんよ?!」 「ほっ・・・ホントに知らないさっ! アレン、どっか行ったンか?!」 「白々しい!!」 「信じてさああああああああああああ!!!!」 ぎゃあぎゃあと泣き叫ぶラビに舌打ちし、なおも責め立てようとリンクが口を開いた時。 「ィやっっっっかましいっ!!!!」 ベッドから飛び出たパンダの鮮やかな蹴りを受け、二人は開け放たれたままのドアから廊下へと吹っ飛ばされた。 「年寄りの安眠を邪魔するでないわっ!!」 怒号を放つや、乱暴に閉められたドアの鍵が高い音を立てて閉まる。 「ジ・・・ジジィー!!!!」 締め出されたラビがドアへ向かって悲鳴をあげるが、部屋の中はしんとして、答える者もいない。 「リンクこのやろー!! 着替えもしないうちに追い出されちゃったじゃないさっ!!」 「あなたがさっさとウォーカーの居場所を吐かないからでしょうが!!」 「だから知らんってゆってるさあああああああああ!!!!」 うりゃっとリンクを蹴飛ばしたラビは、ようやく立ち上がって、石床の冷たさに震え上がった。 「さむっ!! 修行僧じゃあるまいし、なんでこんな寒い日に裸足でいなきゃいけないんさっ!!」 ガタガタと歯を鳴らしながら、ラビはリンクの腕を引いて立たせ、その背に負ぶさる。 「・・・何をしているのか、聞いても?」 きつく眉根を寄せたリンクの頭越しに、ラビが回廊の先を示した。 「レッツゴー被服室! 服と靴をもらわんと!」 「だからってなぜ私があなたをおんぶしなけりゃならないんですかっ!!」 しがみつくラビの腕を振り解こうとするが、彼は放されまいとますますしがみついて来る。 「お前のせいで部屋を追い出されたんさ! 追い剥いでやったっていいところを、紳士の情けでおぶってけっつってんさね! さっさと行くさ、わんこ!!」 「くっ・・・! 何が紳士の情け・・・!」 「ま、追い剥いでも、お前の服はちっさくて俺には着れんケド」 「自分で歩けええええええええええええええ!!!!」 「びゃふっ!!」 激怒したリンクが背後に倒れ、ラビは無残に潰された。 「なにすんさ、チビ!! チビの癖に重量級!! お前、甘いもんばっか食ってるから太るんさね!!」 「おっ・・・おだまりなさい!! 私は脳の活動に必要な量を摂取しているに過ぎません!!」 「だったらなんで、アレンに身長で負けて体重で勝ってんさ!! 見た目にわかんねーなら内臓についてるに決まってるさ!この隠れメタボ!!」 「失礼な!! 私はメタボなんかじゃありませんっ!!」 ぎゃあぎゃあと喚きながら廊下で取っ組み合う二人を、起きてきた、あるいは起こされた団員達が迷惑そうに眺める。 「おい、他でやれよー」 「そんだけ動いたんだから、もう身体あったまったろ」 「さっさと行けばいいじゃんー!!」 不機嫌な声を次々かけられ、ふてくされたラビが再びリンクの背に負ぶさった。 「じゃ! 俺があったかいうちに運んデ!」 「はあああああああああっ?!」 「ほれ、早く! 言うこときかねーとお前、無辜の俺に無体を働いたって、ミランダに告げ口すんぞ」 ミランダの名を出した途端、おとなしくなったリンクににんまりと笑い、早く早くと肩を叩く。 「こっ・・・このっ・・・・・・っ!!」 怒りに顔を赤くしながら集まった団員達を押しのけ、回廊を抜けたリンクは、被服室のドアを蹴り開けるやラビを一本背負いで床に叩きつけた。 「ぎゃふんっ!!」 「さっさと服を着なさい! その後、じっくり尋問しましょう!!」 まだ誰もいない部屋の床は冷たく、飛び起きたラビが試着室へ駆け寄る。 「さささっ・・・先に足足っ!!」 姿見の前に置いてあったスリッパを爪先に引っ掛け、ようやく裸足でなくなると、ほっと吐息した。 「ぅあー・・・寒かったさ!今も寒いんけど!」 ぺたぺたとスリッパを鳴らしながらハンガーに掛けられた服を物色し、厚手のセーターを選んで着たラビは、その色に合うボトムズを並べて考え込む。 「んーっと・・・。 形はこっちが好きだけど、サイズがないっぽいさ。 こっちはサイズはいいんケド、形がいまいちなぁ・・・あ、ブーツとあわせれば問題ねーかな。 でもなー・・・」 「・・・っ早く着てはどうですか!!」 イライラと声を荒げるリンクを無視して、ラビはまたハンガーに戻った。 「お、いいのめっけー こっちにしよ えーっと、今日はマフラーにすっか、ショールにすっか・・・雪降ってるからマフラーかねぇ? でもなー・・・色がさー・・・」 「Jr.!!!!」 ヒステリックに裏返った声をあげて、リンクが足を踏み鳴らす。 「そうやって時間稼ぎをしようという魂胆ですか?!」 「こんなん、時間稼ぎなワケないさ。普通だろ」 ムッと眉根を寄せたラビに、リンクもまた、きつく眉根を寄せた。 「服装は、仕事するにふさわしいものであるべきです! そのようにちゃらちゃらと・・・少しは聖職者としての自覚を持ってはどうですか?!」 「俺、ブックマンの後継者であって、今は仮の姿だから」 「たとえ仮の姿でも、教団の品位を貶めるような真似をすべきではないと言っているのですよっ!!」 血管が切れるのではないかと思うほど太い青筋を浮かべるリンクに、ラビが肩をすくめる。 「お前さ、俺と一個しか違わんのに、そんなにかたっ苦しくてどーするさ? 今、この歳でしか出来ないおしゃれだってあるんさね」 やれやれと首を振ったラビは、またハンガーへと足を伸ばし、何着か取り出した。 「んー・・・これとこれ。あと、これかね」 作業机に並べて確認すると、まとめてリンクに押し付ける。 「なんですか・・・!」 「着てみ。 似合うから」 「はぁっ?!」 目を吊り上げるリンクににんまりと笑い、ラビは彼の肩を抱いた。 「ま、騙されたと思って・・・さ 「きゅっ!!」 一気に首を絞められ、落とされたリンクが冷たい床に伸びる。 「教団のファッションリーダーたる俺にコーディネートしてもらえるなんて、ありがたいと思うンさね クスクスと笑いながらラビは、自分の無線を開いて被服室の責任者を呼んだ。 華やかに囀る声に囲まれて、リンクはうっすらと目を開けた。 頬の下には柔らかいクッションがあり、まだベッドにいたのだろうかと錯覚させる。 が、段々鮮明になっていく視界の中に、笑いさざめきながら行き交う女達の姿を見るや、目を見開いた。 「アラ、起きたのね、監査官 楽しげな声に頭を上げると、被服係の係長が、掛けていたメガネを外して笑いかけてくる。 「私・・・は・・・?」 なぜ被服室のソファで寝ているのだろうと困惑する彼に、係長はにこりと笑った。 「カッコよくなってるわよ 「は?」 起き上がった彼は、彼女の指し示す姿身を見て、目を丸くする。 「なんですかこれはー!!!!」 鏡に写った彼は今、黒いジーンズにざっくりと編んだグレーのセーターと言う、仕事中にあるまじき格好をしていた。 しかもそのジーンズは、色が抜けた上にあちこちが傷んで破れ、セーターは襟元がだらしなく広がって、肩が半分も見えている。 更に軽く巻いた黒い薄手のマフラーの下からは、ゴシックな百合の紋章のペンダントが、控えめに銀の光を放っていた。 「あ、ジャケットはこれねー 鏡に詰め寄ったリンクの手を取り、係長がいそいそと着せたそれは、街角の少年達が着ていそうな厚手のジャケットで、あちこちに飾りなのか、安っぽいバッジが光っている。 「このような格好で教団内をうろつけると思いますか!!!!」 凄まじい怒号を笑って聞き流した係長は、リンクの髪にポケットから取り出した櫛を当てた。 「監査官、キレイな金髪だものねぇ なのに銀の飾りはどうかしら、って言ったら、ラビが光り具合を抑えておけば似合うはずだって。 ホントにそうね!」 髪を整え、いつもよりはやや上で結んだ髪に黒い髪飾りを留め、そこから伸ばした細い銀のチェーンを無線のイヤーカフスに繋げた。 「よっし! みんなに見せていらっしゃいよ 「い・・・いえ!! あの、係長のご好意は嬉しいのですが、私はまだ仕事中ですから! 服を返して頂きたい!!」 慌ててジャケットを脱ごうとする手を、係長は笑って制した。 「無理よ。 だってもう、ラビが持ってっちゃったもの」 「はぁ?!」 目を剥くリンクに、彼女はクスクスといたずら好きな少女のように笑う。 「きっとそう言うだろうからって、持ってったの。 今頃、ランドリーに放り込まれてると思うわ」 「あんのクソガキがああああああああああああああ!!!!」 怒号をあげて部屋を駆け出て行ったリンクの背に手を振った係長は、ふと、小鳥のように小首を傾げた。 「監査官って、大人っぽく見えるけど確か、ラビとひとつ違いじゃなかったかしら?」 ラビを捕まえて仕置きするにしても着替えてからだと、被服室を出たリンクはまず、自室へ戻った。 行き交う団員達の好奇の目に顔を赤くしながらドアに鍵を差し込むと、それは無情に跳ね返される。 「なん・・・っ?!」 よくよくドアノブを見れば、以前、アレンが寝ぼけて握りつぶした跡が消えていた。 「鍵を付け替えたのですか?! よくもここまで・・・!!」 忌々しげに吐き捨てたリンクはドアを蹴破ろうとするが、鴉である彼の足を跳ね返したそれは、鋼の硬さで振動すらしない。 「ド・・・ドアごと換えたですって・・・?!」 どこまで用意周到なのかと呆れつつも、リンクは一旦外へ出て、窓を見上げた。 「雨戸が・・・」 今朝、彼が開けたはずの雨戸をぴったりと閉ざした窓に嫌な予感を覚えながらも、立木伝いに窓辺に寄り、思いっきり蹴りつける。 が、嫌な予感は当たり、蹴破った雨戸の向こうに貼られた鋼の板が、リンクの足をまたもや跳ね返した。 「あんの・・・赤ウサギがああああああああああああああああああああ!!!!」 激痛と激怒に顔を赤く染めて、リンクは木を飛び降りる。 「シメてぶつ切りにして煮込んでくれるわあああああああああああああ!!!!」 恐ろしい絶叫を上げながら、リンクは回廊を駆けて食堂へ向かった。 いたずらを終えたラビは、そこでのんびり朝食を摂っているだろうと思ったのだが、 「ラビ? あの子ならとっくに出てったわよん」 あっさりと料理長に言われ、血走った目でテーブルを見回す。 と、やはりリナリーがのんびりと朝食を摂っていて、リンクは彼女へ駆け寄った。 「リナリー・リー! ブックマンJr.と、ついでにウォーカーはどこですか?!」 主従が逆転していることにリンク自身気づいていないのか、唖然としたリナリーに更に詰め寄る。 「さっさと答えなさい! 隠すとためになりませんよ?!」 高圧的なリンクの態度に、アレンによって反骨精神を植え付けられたリナリーはムッと口をつぐんだ。 「答えなさいっ!!」 「知らないっ!知ってても教えない!」 拗ねた口調の彼女に、リンクのこめかみが引き攣る。 「隠すとためにならないと言ったでしょう!!正直に答えなさい!!」 「ふんっ!! 深々と頭を下げてお願いするまでは、ぜえええええええええええええっっったい教えない!!」 思いっきり舌を出したリナリーを、リンクが殺しそうな目で睨むが、彼女は怯むどころか挑戦的に立ち上がって、踵を返した。 「どこへ行くのですか!」 「朝ごはん終わったからお仕事するの! 邪魔しないで!!」 「どうせ趣味のお茶汲みでしょう! 任務でないのなら、私の仕事を優先させなさい!」 「ぜえええええええええええええええええええっっったい!イヤ!!ついてこないで!!」 目にも止まらぬ回し蹴りを勘だけで受け止めたものの、防ぎきれずにリンクが食堂の端まで吹っ飛ぶ。 「まだ付きまとうなら、今度は警告じゃ済まないんだからね!」 これで警告なのか、とは、食堂中の誰もが思っていながら口には出来なかった。 「ふんっ!」 盛大に鼻を鳴らして行ってしまったリナリーを皆が無言で見送る中、冷たく濡らしたタオルを持って、ジェリーがリンクへ駆け寄る。 「大丈夫ぅ? 腕、折られたんじゃない?」 言いながら袖をめくって見ると、紅く腫れてはいたが、折れた様子はなかった。 「手加減はしたみたいねん、あの子 苦笑してタオルを当ててやったリンクが、悔しげに呻く。 「ホホホ リンクちゃんが強い子でよかったわぁ でなけりゃ、アタシじゃなくてドクターが飛んで来たところよん 「料理長・・・! 彼女はもう、年相応のしとやかさや恥じらいを持ってもいい頃だと思いますが?! その点、どういう教育をなさったのですか!」 既にここにはいないリナリーの代わりにジェリーへと怒りをぶつけると、彼女は何度も頷いて同意した。 「ホントにお恥ずかしい限りよん・・・。 お城の中ではできる限りのことをしたんだけどねぇん・・・。 なにしろ、ここにいるより戦場を渡り歩いていることの方が多い子でしょぉん? しっかり言い聞かせても、帰還した時には元通りで・・・あれでも随分マシになったのよん?」 「素地の問題ですか・・・!」 ミランダとは大違いだと、ぼやくリンクにジェリーは苦笑する。 「ねぇん、ところでアンタ? ラビとおっかけっこしてるのん?」 尋ねると、リンクは眉根をきつく寄せて頷いた。 「私をはめて、このようにだらしのない格好をさせた挙句に部屋を締め出したのです! このままでは仕事に戻ることも出来ません!」 生真面目に言ったリンクは、きつく眉根を寄せた顔をジェリーへ向ける。 「料理長、Jr.の居場所を教えて下さい!!」 詰め寄るが、彼女は苦笑して首を横へ振った。 「アンタじゃ、絶対ラビを捕まえらんないわ。他の人にお願いしなさいよん」 「それは・・・なぜですか?」 教えない、ではなく、無理だと言われたことに驚いて尋ねると、ジェリーは苦笑して肩をすくめる。 「だってあの子、いつもアレンちゃんとつるんでるんだから当然、アンタとも一緒にいたでしょぉ? しかも、かなーり長い間」 「えぇ・・・それはもちろんですが・・・・・・」 それがどうしたのかと、未だわからないリンクの鼻先を、ジェリーが笑ってつついた。 「つまりね、一緒にいる間にラビは、アンタの行動パターンを全部収集してたってコト そんなアンタからあの子が本気で逃げようって思ったらもう、先手先手を打って逃げきるでしょうねん やれば出来る子だから、と、どこか自慢げに笑うジェリーの前で、リンクは悔しげに歯噛みする。 考えてみれば、服を奪われたことも部屋を閉め出されたことも、更には逃げられたことも、随分と手回しのいいことだった。 「アンタ鴉なんだから、同僚に頼めばいいじゃない」 無言になってしまったリンクの肩を叩いてやれば、彼は苦しげに声を絞り出す。 「それは・・・できません・・・・・・!」 「アラン?なんでぇ?」 頼ればいいのに、と、あっさり言った彼女に、リンクは頑固に首を振った。 「他のことでしたらともかく、服を盗まれ、部屋を閉め出されたからJr.を捕まえるのを手伝って欲しいなどと、元同僚には口が裂けても言えませんよ!」 「はぁ・・・そう言うもんなのねぇん・・・」 プライドが高いのね、と、苦笑したジェリーはもう一度彼の肩を叩く。 「じゃ、がんばって ラビも、遊び飽きたらドアを開けてくれるでしょうからん 「は・・・はぁ・・・」 遊んでいるわけではないのだが、と、不満げな顔をして、リンクは食堂を後にした。 一方、リンクから逃げるラビは、朝食後に図書室へ入り、お気に入りの一角で新着本をめくっていた。 積み上げられた本の全ページを記憶してしまうと、机に突っ伏して目を閉じる。 窓の外は一面の雪景色だが、部屋の中は暖かく、ラビは機嫌のいい猫のように寝息を立て始めた。 ―――― それから正確に、30分後。 ぱちりと目を開けたラビは、積み上げていた本を抱えて、書棚に戻しはじめた。 整然と並ぶ書架の間を縫うように移動していると、何列か先で『走るな!』と、司書の厳しい声があがる。 にんまりと笑ったラビは更に書架の間を縫い、全ての本を元通り収めてから、悠々と図書室を出て行った。 その足取りに焦りはなく、行き交う団員達は誰も、彼が逃亡者だとは気づかない。 暢気な歩調で修練場へ行くと、その中央ではようやく起きたらしい師が、神田と組み手の最中だった。 「今日もこてんぱんにのしてやろうかの、小童! おとなしゅう、科学班の連中にサンプルを提供するのぢゃ!」 「るっせぇんだよ、クソジジィが!! 人を拘束して何本も髪抜きやがって! いくら俺がサンプル提供したって、テメェの死んだ毛根が復活するわきゃねぇだろ! いい加減、諦めろィ!!」 目を吊り上げた神田が、獣のようにブックマンへと襲い掛かる。 老人の小柄な身体が、俊敏な獣の腕に捕らえられようとした瞬間、 「甘いわっ!!」 ギリギリで避けたブックマンが神田の背後に回り、その背に強烈な蹴りを食らわせた。 「ジ・・・ジジィ――――!!!!」 吹っ飛んだ神田が、なぜか頭をおさえているのを不思議に思って見れば、ブックマンの指の間にちぎられた漆黒の髪が何本も握られている。 「ふぅむ・・・。 もうちっとくれ」 「やるか!!!!」 いけしゃあしゃあともう一方の手を差し出したブックマンに神田が吠え掛かり、再び掴みかかった。 が、ひょいと飛び上がったブックマンは彼の肩を踏み台に、背後へと逃げてしまう。 「うむ、これだけあれば、サンプルには十分かの」 「いってぇつってんだよ、クッソジジィが!!!!」 またもや髪を抜かれて吼える神田を、見守るエクソシスト達は苦笑し、ファインダー達はブックマンへと歓声を送った。 「これじゃあ、誰も俺の相手なんかしてくれそうにないさねー 表情はそれぞれだが、観戦に夢中な彼らに組み手を申し込むことなどできず、ラビはとことこと外縁を回って、別のドアから回廊へ出る。 「お。雪がやんださ」 空を見上げれば、厚い雲が所々薄くなり、薄明光線が地上の雪を淡く照らしていた。 「そいやアレン、どこ行っちまったんだろうなぁ?」 雪の色にそもそもの原因を思い出し、ラビは科学班へと向かう。 「リナ、俺もコーヒー♪」 ちょうどコーヒーを配っていたリナリーに声をかけると、彼女はすぐにマグカップを渡してくれた。 「なぁ?アレン、どこ行ったんさ?」 「アジア支部だよ」 小声の問いに、あっさりと答えが返る。 「アジア支部・・・って、そっか。春節か」 カレンダーを見遣ったラビに、リナリーは笑って頷いた。 「夜明け前に起き出して、こそこそ行っちゃたって、兄さんが言ってた。 私達も後で行こうよ きらきらと目を輝かせるリナリーに、ラビも頷く。 「そうさね。 昼飯時に行ったら・・・夕飯には遅いくらいかねぇ?」 「いいんじゃないかな! アレン君はきっと、食堂から動いてないよ!」 クスクスと笑うリナリーの声に、どこか意地の悪い響きがあるのを聞き取って、ラビはにんまりと笑った。 「リンクが鬼の形相で探してっけど?」 「・・・ぜーったい、教えなーい ぺろりと舌を出したリナリーに吹き出し、ラビは空になったカップを置く。 「女神へは対処済みなんか?」 「魔女は、異国のお祭りになんか興味ないよ」 同じ人間を全く逆の異称で呼んだ二人は、クスクスと笑いあった。 「ほんじゃ、そろそろあいつが駆け込んで来るから 「来てないよ、って言えばいいの?」 「うんにゃ」 リナリーに軽く手を振り、ラビが悪い笑みを浮かべる。 「今出てった、って、そのまま言やぁいいさね」 そう言ってラビは、別段急ぐ様子もなく科学班を出て行った。 ラビが出て行ってから間もなく、駆け込んできたリンクをリナリーはムッと睨んだ。 「なによ、まだなにか?!」 「Jr.はどこです?!」 いきなり詰め寄られて、リナリーは『今出て行った』と、口を尖らせる。 「どこへ行ったか・・・」 「知らない」 思いっきり舌を出してやると、物凄い目で睨まれた。 が、リナリーは気にせず、顎で出口を示す。 「走れば間に合うんじゃないですか?」 「ちっ!!」 思いっきり舌打ちして、踵を返したリンクが出て行くと、その背を見送ったリナリーが、ぱふん、と手を叩いた。 「ん?どした?」 その音に振り返ったジジへ、リナリーはにんまりと悪い笑みを浮かべる。 「監査官、お城中走らされて、すっごい疲れてるみたい」 広大な敷地内を全力で走らされていることはもちろん、ゴールが見えないことがリンクの気力をも奪っているようだ。 『今出て行ったと言え』と言い残したラビの思惑に気づき、リナリーの笑みが深くなる。 「ふふふ・・・ 力尽きるまで走るがいいよ。ふふふふふにょんっ!!」 いきなり鼻をつままれて、リナリーは必死に抵抗した。 「なにすんの、ジジ!!」 ようやく引き剥がし、赤くなった鼻をさするリナリーに、ジジがにんまりと笑う。 「百年の恋も覚める悪相を直してやったんだよ」 途端、真っ赤になったリナリーの頭を、ジジは乱暴に撫でてやった。 「ま、お前があいつのこと、大嫌いなのはわかるけどな。 だからってお前まで悪い顔になるこたねぇだろ」 「うー・・・!」 もっともなことを言われ、リナリーはジジの大きな手の下で、不承不承頷く。 「オラ! そんなブサイクな顔してるとモテねーぞー?」 またガシガシと乱暴に撫でられて、科学班にリナリーの笑声が響き渡った。 「ラービー!!」 回廊を渡っていたラビは、庭を挟んだ向こう側から声をかけられ、足を止めた。 「なんさ、ティモシー?」 「アレンどこー?!」 大声で聞いてきた子供に、ラビはにんまりと笑う。 「なんでさ?」 「今日の訓練終わったから、遊ぼうと思って!」 庭に下りたティモシーが、降り積もった雪の上に小さな足跡をつけながら駆け寄ってきた。 「雪合戦しようぜ! ここは狭いけど、庭ならみんなで遊べるだろ?!」 ティモシーの言う『みんな』には、当然ラビも含まれているらしい。 ぐいぐいと彼の手を引く子供を、ラビは肩に担ぎ上げた。 「訓練終わっても、お前にゃ勉強があるだろ。 昼飯時にはいいトコつれてってやっからさ、ちゃんと勉強しな」 「いいトコって?!」 じたじたと暴れていたティモシーが途端におとなしくなって、目を輝かせる。 「ヒミツさ でもきっと楽しいさね♪ だからお前は、急いで今日の課題やっちまいな。エミリア先生には俺から言っといてやるからさ」 「うんっ!!」 そうと決まれば急げと、足をばたつかせるティモシーに急かされて、ラビが笑い出した。 「ホント現金さね、お前は! あんまエミリアを困らせんなよ」 「こっ・・・困らせてなんかねーよ! ただあいつがいっつもヒステリーだから・・・!」 「・・・ほほぅ。 勉強嫌いでいつも逃げ出すクソガキが言ってくれるじゃない」 ビクッと、ラビの肩の上で震えたティモシーが、背後から足を掴まれて逆さに吊るされる。 「誰がヒステリーですって?! あんたがイイコなら、あたしだって怒ったりしないのよ!!」 ぶらぶらと振り回されたティモシーが悲鳴をあげても、エミリアはお構いなしに連続鼻ピンを食らわせた。 「今日と言う今日は許さないからね! 椅子に縛り付けて、昨日やったトコ全部テストするからね! 全問正解しなかったらお昼抜きだからね!!」 「ま・・・まぁまぁ、エミリア・・・!」 鼻を弾かれすぎて、くしゃみが止まらないティモシーの代わりにラビがとりなしに入る。 「今日はコイツ、素直に授業受けるつもりだったんからさ、もう許してやって・・・」 「きょ・お・は?」 冷え冷えとした声が、ラビをも震え上がらせた。 「いつも素直に勉強しなさいよ、このクソガキ!!ガキンチョ!!」 「ぴえええええええええええええええええ!!!!」 更に激昂したエミリアに鼻を弾かれ、ティモシーが憐れな泣き声をあげる。 「あぁー!!ちょい待ち、エミリア!!」 ラビは逆さ吊りにされ、顔を真っ赤にしたティモシーを彼女から取りあげた。 「せっかく勉強しよって気になった奴のやる気をそいじゃダメさね! 今日は俺も付き合うからさ、さっさとコイツのちっさな脳ミソに叩き込んでやろうさ 「ちっ・・・ちっさいってなんだよ!」 「ちっさいでしょ!」 抗議したティモシーの鼻を、エミリアがまた弾いて泣かせる。 「ちょ・・・ちょいちょい、エミリア! お仕置きはそのくらいでいいだろ!」 エミリアからティモシーを引き離したラビが、彼女の耳に口を寄せた。 「さっさと済ませて、昼から・・・」 こっそりと囁くと、エミリアが目を輝かせる。 「本当に?!」 「あぁ ケド、まだコイツとリンクにゃ秘密な クスクスと笑うラビに頷いたエミリアが、彼の腕を掴んだ。 「ね! 今日のお勉強はあんたに任せていい?! あたし・・・!」 「いいぜ。 準備があるんだろ?」 理解のあるラビににこりと笑い、エミリアが踵を返す。 「よろしくね!!」 「任せてさー 軽く手を振って、エミリアを見送るラビに抱えられたティモシーが、憮然と足をばたつかせた。 「なんだよ、エミリアの奴! 俺には勉強勉強って言うくせに、自分のコト優先で放置かよ!」 放り出されたことがよほど不満らしく、フグのように膨らんだティモシーの頬を、ラビが笑ってつつく。 「ま、物事はいい方に考えるもんさね。 エミリアのテストがなくなってよかったじゃん」 「あ・・・そっか」 全問正解しないとお昼抜き、と言われたことを思い出して、ティモシーがほっとした。 「ところでお前・・・ムチ使う?」 エミリアはともかく、クラウドの授業での恐怖を思い出したティモシーが恐る恐る聞けば、ラビはあっさり首を振る。 「そんなもんなくても、俺の授業は楽しいぞーぅ♪」 「ホントにぃ・・・?」 疑わしそうな目でため息をついたティモシーは、意気揚々と歩を進めるラビに抱えられたまま連行された。 その後間もなく回廊に到達したリンクは、向こうから駆けて来るエミリアにすれ違い様、ラビの行方を聞いた。 「ティモシーの授業を代わってもらったの! だからきっと、勉強部屋に行くと思うわ!」 「ありがとうございます!」 回廊を駆け抜けた彼女の背に声を張り上げ、リンクはティモシーが勉強部屋として使っている一室へ駆け込む。 日当たりのいいそこは、こんな天気の日でも明るく、子供用の本や教材がきれいに並べられていた。 しかし、 「Jr.はどこへ・・・?!」 隠れる場所などないそこには、ラビもティモシーもいない。 誰に尋ねることもできず、リンクは困惑げに室内を見回した。 「なぁなぁ!どこに行くんだ?」 てっきり『教室』に行くと思ったラビは、全く違う方向へ歩を進めていた。 ティモシーがキョロキョロと辺りを見回しながらついて行くと、突然止まったラビの足に思いっきりぶつかる。 「イテッ! 止まるなら止まるって・・・!」 「ホレ、入んな」 ラビが開けたドアの向こうは、科学班が所有している実験室の一つだ。 「入っていいの?」 子供は入るなと、いつも邪険にされているティモシーが期待と好奇心に頬を染めると、ラビは笑って頷く。 「ヤッホー!!」 薬品の臭いが満ちた部屋に飛び込んだティモシーが、わくわくと棚を見上げた。 「初めて入った! なんだ、あれ?なんに使うんだ?!」 不思議な形をした器具や外国語のラベルが貼られた瓶を次々に指すティモシーに、ラビは一つ一つ用途を教えてやる。 「せっかく世界最先端の技術を持った団体に所属してるんさ。 子供だからって関係ねーよ。 俺だってお前よりちっさい頃から、色んなもん見て聞いて触ってたんからさ 危ないからと、今までは遠ざけられてきた物を目の前に並べられて、ティモシーが目を輝かせた。 早速手を伸ばすと、それはさすがに横合いから掴まれる。 「言ったろ。 触んのは、見て聞いてからさ。 ワケもわからず無闇に触ると、大怪我することで危険を知ることになるぜ」 「あ・・・!」 その言葉はただ『危ない!』と言い張るエミリアや、『子供は触るな』と邪険にする科学者達のものとは違い、妙に納得させられた。 「触るのは、ちゃんと理解してからさ」 「う・・・うん!」 素直に手を引いたティモシーに笑い、ラビは意外なほど几帳面に並べた器具や薬品の名前や使用目的などを講義していく。 「ほんじゃ、電池作るぜー★」 「おおーう!!!!」 気合の入った雄叫びが、小さな部屋の中で大きく反響した。 「・・・今、なにか?!」 聞こえた気がする、と、足を止めたリンクが耳をすませる。 が、それは行き交う団員達の声にあっさりとかき消され、舌打ちした彼は再び歩き出した。 「すみませんが、Jr.かティモシーを見ませんでしたか?!」 ラビが確実にいたはずの回廊に戻り、あらゆる方向からやってくる団員達に聞いていると、リンクの珍しい格好を興味深げに見ながら一人が背後を指した。 「どこに行ったかは知らないけど、ラビがティモシーを抱えて運んでたぞ」 お仕置きかも、と、笑い出した彼に礼を言って廊下を駆けたリンクは、こちらに背を向けた赤毛に掴みかかる。 「Jr.!!!!」 「へっ?!」 振り返った顔は見知らぬ青年で、リンクは慌てて謝った。 「申し訳ありません、てっきりブックマンJr.かと・・・!」 「あ・・・あぁ、ラビならティモシーを抱えてあっちに行ったよ」 彼が指差した方向に頷き、リンクはもう一度詫びを言って踵を返す。 「しかし・・・」 よくよく見れば、さっきの青年だけでなく、白衣の下や制服の下に、ラビと同じような服を着ている若者は多かった。 「服装の乱れは心の乱れです! これは長官に報告して、規律を正さなければ!」 きつく眉根を寄せた彼自身が、彼らと同じような格好をしていることはこの際、棚に上げることにする。 とにかく一刻も早くラビを確保し、部屋を開けさせなければと、リンクは実験室の並ぶ一角へ入った。 大小さまざまな部屋の中からは、時折危険な爆発音や悲鳴があがる。 「相変わらず騒々しいことですね」 呟きながらリンクが最も手近のドアに手をかけた途端、目の前の窓が爆風と共に割れ、彼は吹っ飛んで来た科学者達の下敷きになって目を回した。 「光ったー!!!!」 スイッチを押すと電球に光が灯り、ティモシーが歓声をあげる。 「よっしゃ 仕上げをティモシーに任せたラビは、使用した器具を元通り棚に戻し、彼らがここにいた痕跡を残らず消してしまった。 最終確認で部屋中を眺め回したラビは、満足げに頷く。 「んじゃ、その明りがどの程度役に立つか、実験して見よーぜー♪」 「暗いところに行くのか?!冒険?!冒険?!」 目をキラキラさせて畳み掛けるティモシーに頷き、ラビは出入り口とは別に、配線工事用に設けられた床下への戸を開けた。 「ホレ、入ってみ」 「おう! ・・・おおおおおおおおおおおお!!!!」 興奮した声を響かせて、ティモシーがあちこちへ光を向ける。 「今は何の覆いもしてないから光は拡散している状態さ」 続いて降りてきたラビが戸を締めると、そこは真の暗闇となり、ただティモシーの持つ小さな明りだけがぼんやりと辺りを照らしていた。 「覆いをしてやると、光は一定方向に集約される」 腰を屈めて歩み寄って来たラビが手作りの覆いを被せると、光は丸く前へと伸びる。 「すげー!!!!」 こんなこと、エミリアは教えてくれなかったと、興奮したティモシーが駆け出した。 「おい!ちゃんと足元照らさねーと危ないさ。下には配線が渡ってんだからさ」 「うん!!」 束になって床に這う配線を器用に避けつつ、ティモシーがちょろちょろと駆け回る。 「これ、どこに繋がってんの?!」 「どこにでも。 このフロアを網羅してるんさね」 「へええええええええ!!!!」 電灯を振り回しながら駆けていたティモシーは、通気孔らしき穴から光が漏れていることに気づいて、近寄った。 「科学班だ!!」 第一班の面々が忙しく働く様を見下ろし、ティモシーはまた電灯を振り回す。 「なぁ、ラビ! 科学班の奴らはみんな、こんなのが作れるのか?!」 頬を紅潮させるティモシーに、ラビは笑って頷いた。 「あいつらはもっとすごいもん作ってんだぜ」 「ホントに?!」 通気孔に渡された格子に手をかけ、ティモシーが白衣のスタッフ達を目で追う。 「ラビ・・・俺さ、俺もさ、科学者になれっかな?!」 「もちろん」 くしゃりとティモシーの頭を撫でて、ラビは頷いた。 「今からなら、なんにだってなれるさ。 お前はこんなスゲー環境にいるんだからさ、興味のあることは全部知る努力をすればいい。 それが・・・」 言葉を切ったラビを見上げると、にんまりと笑う。 「本当の『勉強』さ」 「っ!!!!」 電灯よりもなお目を輝かせ、ティモシーは大きく頷いた。 「じゃ、ちょっとこっから下ろしてもらうかね」 ティモシーをどかせたラビが、通りがかったリーバーに通気孔から声を掛ける。 「・・・お前また、なんてトコにいるんだよ」 呆れて歩み寄ってきた彼ににこりと笑い、ラビが『開けテ 「ったく・・・」 苦笑したリーバーが格子を留めるネジを外してやると、ぽっかりと開いたそこからまずティモシーを渡され、続いてラビが降りてくる。 「リーバー! 見てくれよ、これ!俺が作ったんだぜ!!」 得意げに電灯を振り回すティモシーに、リーバーの目が和んだ。 「そっか!うまく出来たなー! ラビに教えてもらったのか?」 ガシガシと乱暴に撫でる手の下で、ティモシーが笑って頷く。 「床下に潜ったらすっげ明るかったんだ!! 俺、自分で作った電灯でここまで来たんだぜ!!」 得意げに胸を張ったティモシーが、小さな手を伸ばしてリーバーの白衣を掴んだ。 「科学っておもしれーな!! なぁ! こんな戦争終わって、俺がエクソシストじゃなくなったら、科学班に入れてくれるか?!」 「あぁ、大歓迎だ!」 高く抱き上げられたティモシーがはしゃいだ声をあげる。 「ラビ! これ、アレンにも見せたい!!」 「あぁ、そうさね」 時計を見ると、午前11時を回ったところだ。 「ちょうどいい時間かもしんねーさ」 リーバーへ小首を傾げると、彼が頷いてティモシーを下ろす。 「ジョニー。 今からラビとティモシーが行くから、発行してやれ」 インカムを引き下ろしたリーバーがもう一度頷くと、ラビはティモシーの背を押して科学班を出た。 「どこに行くんだ?!」 「方舟の間 ジョニーが暗証番号を発行してくれる、と、ラビが笑う。 「きっとあいつも誉めてくれると思うぜ?」 「あぁ!!」 先に立ったラビの後ろに、ティモシーは人懐こい仔犬のようについて行った。 「・・・酷い目に遭いました!」 実験に失敗した科学者達と共に病棟に運ばれたリンクは1時間ほどで目を覚まし、異常なしの検査結果と共に城内へ戻った。 「まったく、ここは戦場よりも危険ですよ・・・!」 再び実験室の並ぶフロアに入った彼は、戦場にいる時の緊張感をもって、改めて部屋を一つずつ確認していく。 やがて到達した小さな部屋には、確かに人の姿はなかったが、 「・・・誰か、いたはずなのですが」 薬品の臭いに混じって、何か甘い匂いが残っていた。 「バニラ・・・ですね」 くんくんと、犬らしく鼻をひくつかせながら入ったリンクは、じっくりと部屋の中を眺め回す。 しかし、整然と棚に並んだ薬品や実験器具に、誰かが使ったような形跡はなかった。 「・・・実験が目的ではなかったのかもしれませんね」 ラビの罠を無視したリンクは、更に部屋を嗅ぎまわるうちに配線工事用らしき戸を床に見つけ、開けてみる。 覗き込んだ床下は思った通り、電話や無線などの配線が走るスペースになっていた。 「・・・結構余裕があるのですね」 わずかに腰を屈めただけで歩ける高さのあるそこで、リンクがまた鼻をひくつかせる。 「・・・ここに降りたのは間違いないようです」 バニラの匂いを辿っていくと、通気孔から科学班の様子が見えた。 「失礼」 「ぎゃあっ!!!!」 にょっと顔を出したリンクに、たまたま通りかかったキャッシュが巨体とは思えない敏捷さで飛び上がる。 「あああ・・・あんたなんてとこから顔出すんだよ!!!!」 「驚かせて申し訳ないのですが」 ちっとも申し訳なさそうな素振りを見せず、リンクは室内を見回した。 「ブックマンJr.をご存知ありませんか?」 「ラビ? あたしは見てないけど?」 嘘をついている様子のないことを確認したリンクは、頷いてまた視線を巡らせる。 「そうですか、誰か・・・」 言いかけて、こちらを見ていたリーバーと目が合った。 途端に目を泳がせた彼にこめかみを引き攣らせたリンクは、通気孔から飛び出るやリーバーへ詰め寄る。 「Jr.の行方を言いなさい!!」 「さぁ?」 白々しく言った声が、かすかに上擦っていた。 「とぼけても無駄ですよ! その泳ぐ目が!ぴっちぴち泳いでいる目が何よりの証拠です!!」 「お・・・泳いでなんか・・・」 と言うリーバーの目は、リンクの言う通りぴちぴちと泳いでいる。 「ちゃんとこちらを見なさい!!」 ヒステリックな声に、仕方なく視線を戻したリーバーが、いきなり吹き出した。 「なっ・・・なんですか、失礼な!」 「イヤ・・・よく似合ってるぜ・・・?」 肩を揺すって笑いながらリンクの背を叩くリーバーに、彼の顔がみるみる紅くなる。 「すっ・・・好きでこのような格好をしているわけではありませんっ!!」 「そうか? たまにはいいと思うぜ、年相応・・・でっ!!!!」 とうとう爆笑しだしたリーバーが言っても、説得力などあるわけがなかった。 苦しげに喘ぐ彼を殺しそうな目で睨むリンクの背に、キャッシュの大きな手が添えられる。 「ま、そう落ち込むなよ」 慰めるつもりの彼女に悪気なくとどめを刺され、リンクは立ったまま白目を剥いた。 「お、いたいたー!」 「アレンー!!」 アジア支部の食堂に顔を出したラビとティモシーは、うずたかく積みあがった皿の塔へ向かって手を振った。 「あえ?おあよ」 「おはよって、もう昼さね!」 口いっぱい料理を詰め込んで、発音の不明瞭なアレンへラビが苦笑する。 そんな彼にはお構いなしに、駆け寄ったティモシーがアレンの服を引いた。 「アレン! これ見て!!俺が作った!!」 「へぇ!すごいじゃん!」 手にした電灯を振り回すティモシーに、ご馳走を飲み込んだアレンが笑いかける。 「なに?ラビに教えてもらったの?」 エミリアではないだろうと思って問えば、ティモシーは大きく頷いた。 「電池作ったんだぜ! そんでこれをリーバーに見せたら、俺がエクソシストじゃなくなったら科学班に入れてくれるってゆったんだ!」 白衣を纏った自分の姿を想像し、目を輝かせるティモシーに、フォーが意地の悪い笑みを向ける。 「リーバーは厳しいぞぉ? お前みたいな泣き虫は、毎日泣かされるかもな♪」 「きっ・・・!」 見た目は自分とそう変わらない歳に見えるフォーにからかわれ、ティモシーが目を尖らせた。 「誰が泣き虫だよ!!」 「お前だよお前お前お前♪」 言いながら、リズムを取るようにピシピシと鼻を弾いてやると、ティモシーがたまらず泣き声をあげる。 「ホントお前、よく泣くなぁ しかも面白い泣き声 「フォー・・・。 悪い顔になってますよ」 楽器を演奏するように、ティモシーを泣かせて遊ぶフォーを、アレンが呆れて眺めた。 「その前に止めてやれよ」 ちゃっかり料理を取りに行っていたラビが皿をテーブルの上に置くと、真っ先にアレンが手を伸ばす。 「お前はもう、たんまり食ってんだろ! 俺ら今から昼なんから、食わせるさね!」 口を尖らせたアレンの鼻をつつき、ラビはティモシーを座らせた。 「ホレ、泣いてねぇで食べ・・・」 「じゃあ、あたしが食べさせてやるよ!」 おもちゃを取り上げられたフォーが、更に悪い顔をしてティモシーの隣に座る。 「さぁ!たんと食えや 「ピーマンンンンンンンン!!!!」 上手に肉を避けて、ピーマンだけをティモシーの口に押し込んだフォーが、その泣き声に満足げに頷いた。 「あぁ・・・バクも早く、子供作ってくんねーかなー そしたらあたしが、こうやって世話してやんのに 「にんじんんんんんんんん!!!!」 次々に苦い野菜を口へ押し込まれてティモシーが泣き叫ぶが、それもフォーを喜ばせる音楽でしかない。 「さぁさ 「ぴえええええええええええええ!!!!」 泣き声ばかりが大きくなるティモシーの受難を最早止めることもできず、ラビは苦笑した口に饅頭を咥えた。 と、 「あ!やっぱりここだった!」 「お昼食べに来たよーン リナリーとコムイが手を振って寄って来る。 「リナはともかく、コムイはよく出られたさね」 手を振り返したラビに、コムイはいかにも苦しげな面持ちで頷いて見せた。 「・・・ボクがここに至るまでに支払った犠牲と多大なる努力を全て語ろうと思えば、本が一冊出来上がるくらいだよ! ミス・フェイへのご機嫌取りから始まって、去年のうちからコツコツコツコツ努力を積み重ねた上、一週間前からほとんど寝ずにお仕事を捌いた結果、ようやく今日午後からの休みを勝ち取ったんだ! も、今日は食べて飲んで遊んで爆竹鳴らして楽しむから! 絶対邪魔しないでおくれね!!」 「俺は邪魔なんかしないけどさ・・・」 「爆竹はやめろと言ってるだろが!!」 リナリー目当てに駆けつけたバクが、すかさずコムイを怒鳴りつける。 「そんなにやりたければ外へ行け! 街にでも行けば、旅人だって歓迎してくれる! さぁ行け!すぐ行け!!」 ぐいぐいとコムイの背を押して食堂の外に出してしまったバクは、すぐに駆け戻ってリナリーの手を両手で握った。 「よっ・・・ようこそ、リナリーさん! ぜひゆっくりして・・・たっ・・・楽しんで行ってください!!」 真っ赤になって声を詰まらせるバクの背後に、一旦は追い出されたコムイが迫る。 「ちょっと冷たいんじゃないかなぁ、バクちゃあん? ボクも歓迎してよぉ タコのように絡み付いてくるコムイに、バクのこめかみが引き攣った。 「お前は勝手に餅でも食ってろ!そしてできれば喉に詰まらせて死んでくれ!」 冷たく言い放ったバクの手は未だリナリーの手を握ったままで、苦笑したリナリーは無言でアレンに救いを求める。 その目にアレンは、こくりと頷いた。 「バクさん!リナリーがおなかすいたって!」 「そっ・・・そんなことは言ってないよ!!」 リナリーが赤面して否定するが、タイミングよくお腹が鳴ってますます赤くなる。 「ボクもお腹すいたなー。 リナリー バクを突き飛ばしてリナリーを奪い返したコムイが、嬉しげに妹を連行した。 「・・・大丈夫ですか、バクさん?」 コムイが声の届かない場所まで行ったことを確認して、そっと問えば、アレンが積み重ねていた皿の中に突っ込んで血塗れのバクが、弱々しく呻く。 「コムイさん、あれで結構力持ちなんですよねー」 「身長にふさわしい腕力があるだけじゃね?」 なぜか感心するアレンの隣で、ラビが止血すべく立ち上がった。 「皿を目がけて突き飛ばしたのは、いいコントロールだな」 じっとりとコムイの背を睨むフォーの攻撃からようやく解放されたティモシーが、アレンの差し出したお菓子で急いで口直しする。 「ボスのおかげで助かったぜ・・・!」 目に浮かんだ涙を拭って、ティモシーはフォーの目からこそこそと逃げ出した。 飛んで来たウォンがバクを運び、フォーも付き添って行ってしまうと、アレンの周りはまるで、教団本部のようになってしまった。 「――――・・・っつーわけで、見事リンクをまいて来ました 得意げに言ったラビに、リナリーが惜しみない拍手を送る。 「監査官、ラビを追っかけて全力疾走させられて、かなり疲れてたよ! ・・・・・・いい気味」 クスクスと笑うリナリーが悪い顔になって、ティモシーを震えさせた。 だがコムイは、そんな顔も可愛いとばかりにリナリーに寄り添う。 「もーリンク監査官ってば、リナリーに意地悪だもんねぇ リナリーが怒るのも無理ナイナイ だから構わないのだと、本部室長のくせに不公平にも程がある裁定を下して、コムイが餃子を頬張った。 「それにしてもこれ、おいしーね! さすが本場!」 「でしょ! さっきから蝋花さんが一所懸命茹でてくれてるんですよ アレンが悪気なく指した厨房の壁からは、しかし、蝋花が恨みがましい視線を送っている。 アレンが一人の間は堂々と纏わりついていたものの、本部室長やエクソシストが何人も揃っている席に、まだ見習いでしかない蝋花が同席するわけにはいかなかった。 コムイ自身は『無礼講』だと言っていても、それを真に受けないのがアジア人の礼儀というものだ。 ためにただ、じっとりと見つめてくる彼女に、ラビが苦笑した。 「・・・あんなに睨むんなら、こっちに来りゃあいいのにさ」 思わず言って、リナリーに睨まれたラビがぱふんと口を覆う。 だが彼女の視線は外れず、気まずくなったラビは、慌ててポケットを探った。 「アレン、これ!」 いきなり見覚えのない鍵を差し出され、アレンは不思議そうに取り上げる。 「鍵?なんの鍵?」 「お前の部屋の鍵」 うまく会話に乗ってくれたことにほっとして、ラビはアレンの手にある鍵を指した。 「お前、自分の部屋のドアノブを握り潰しちまって、開けにくいっつってたじゃん。 取り替えてもらったぜ」 「あぁ・・・! ありがと!」 随分と前に言ったことを覚えていた上に、わざわざ取り替えてくれたのかと、アレンが顔をほころばせる。 「・・・あれ? でもなんでラビが?」 そんなことをする義理はないのに、と不思議そうに問えば、ラビはにんまりと笑った。 「さっきの冒険譚の一端さ。 リンクが部屋に戻れないようにすんのに、普通のドアじゃ鍵がなくても蹴破られるからさ、対リナリー用の鋼鉄に変えてもらった」 怒って我を忘れたリナリーの攻撃を防ぐため、城にはいくつか、鋼鉄のドアが設えてある。 「あれねー・・・。 丈夫なんだけど、重いんだよねー・・・」 頬を膨らませたリナリーの隣で、真っ先に執務室のドアを取り替えられてしまったコムイがぼやいた。 「ボクなんて非力じゃない? だから、いつもドアを開けるのに苦労してさー・・・」 寝不足で疲れ果てている時などは辛いと、泣き言を言うコムイにティモシーが感嘆の声をあげる。 「じゃあ、あの怖いねーちゃんはボスより力持ちなんだな!」 クラウドやエミリア、リナリーという例が間近にいるため、『女性=非力』という概念を持たずに育ってしまったティモシーが感心すると、コムイは力なく首を振った。 「違うよ。 ミス・フェイが出入りしたい時は、監査官達に『開けろ』って命令するんだよ。 自分じゃ開けないの。 ホントに女王様みたいでしょ、あのひと!」 怖い、と震え上がったコムイをティモシーが、哀れみの目で見上げる。 「・・・黒の教団ってさ、院長先生みたいな優しい女の人っていないよな」 「はぁ?!」 聞き捨てならないと目を吊り上げたリナリーが立ち上がるより先に、ティモシーの頭にゲンコツが落ちた。 「いっっってえええええええええ!!!!」 「あんたらが弱っちすぎんのよ!!」 憤然とした声に恐々振り向けば、怖い女の代表格と言うべきエミリアが背後に立っている。 「おっ・・・お前、いつ・・・!」 「今。 旦那の捕獲に手間取っちゃって」 くい、と、手にした綱を引いたエミリアの足元には、ミノムシのように縄で全身を巻かれた神田が転がっていた。 「ユウちゃん?!」 「なにやってんだよ、エミリア!!」 驚いて立ち上がったラビとリナリーに、エミリアは深々と吐息する。 「一緒に行こうって言ったのに、無駄な抵抗をするから麻酔を撃ち込んで、眠ってる間に捕縛したの。 避けるもんだから結構時間かかったわぁ」 「・・・・・・そこに愛はあるのかい?」 さすがのコムイも乾いた声をあげるが、エミリアはなんでもないことのように頷いた。 「海より深い愛がね!」 「今にも海の底に沈みそうですね」 クスクスと意地悪く笑うアレンが、未だ白目を剥いた神田の上に屈みこむ。 「今のうちに、おでこに『肉』って・・・」 書いてやれ、と、ペンを取り出したアレンの額に、突如跳ね起きた神田の頭突きが決まり、ひっくり返った。 「なめた事ぬかしてんじゃねぇ!このクソモヤシが!!!!」 「あら ダーリンおはよー 「・・・言うことはそれなんだ」 なぜこの状況を無視できるのかと、心底不思議そうなリナリーをも無視して、エミリアは神田の上に屈みこむ。 「ね あんたここの出身なんだって?お勧めとか見所があるんなら案内してよー 今までの一切をなかったこととして話しかけた彼女に、さすがの神田が唖然と声を失った。 「・・・やっぱエミリアって、すげー」 関わるのはよそうと、再び座ったラビが苦笑する。 「このユウを仕留めたのもだけどさ・・・」 「アラ、仕留めたのはあんたのおじいちゃんよ」 「・・・は?」 笑顔のまま固まったラビに、エミリアがにんまりと笑った。 「あたしじゃとても捕まえられそうになかったからさ、ブックマンに頼んで捕まえてもらったの! 麻酔鍼って言うの? 大きな縫い針みたいなのを投げて、こいつを突き刺してくれて、そしたらコロッと」 「・・・道理で頭がひりひりすると思ったぜ!」 また髪を抜かれたと、神田が忌々しげに舌打ちする。 「あんたがおとなしくついてくるって言えば、こんなことにはならなかったのに」 「俺か?!俺だけのせいか?!」 縄でぐるぐる巻きにされたまま、びちびちと跳ねる神田をリナリーがはらはらと見つめた。 「ね・・・ねぇ、解いてあげようよぉ・・・」 「やめた方がいいんじゃない? 解いた途端に噛みつきそうだよ?」 クスクスと笑うコムイを、本当に噛み殺しそうな目で神田が睨む。 「オヤ、怖い怖い。 噛みつくなら先に、こっちをお願いねー 白々しく言いながらコムイは、未だ白目を剥いて転がるアレンを蹴飛ばして神田と並べた。 「いつも騒々しい二人がおとなしく転がってる図って、珍しいねぇ。 記念写真撮っとこうか!」 「兄さん!そうじゃないでしょ!」 たまりかねて歩み寄ったリナリーが、手を伸ばして・・・止める。 「・・・・・・ラビ」 「ん?あぁ、そうさね」 困り果てた目を向けられたラビが、苦笑して立ち上がった。 コムイのいない場所であればともかく、彼の目の前でリナリーがアレンを介抱しようものなら、次に目覚めた時アレンはもう、元の姿ではないかもしれない。 気を回してラビにアレンの介抱を頼んだリナリーは、神田を見下ろしてしばし考え込んだ。 「・・・・・・なんだよ」 「縄を解いても噛みついたりしない?」 「お前にはな!」 じゃあ誰に噛みつくのかと、獰猛な唸りをあげる神田を見つめていた目を、エミリアへ向ける。 が、彼女は平然と笑って、テーブルのナイフを取った。 「いいわよ、解いてあげる そう言ったエミリアが、神田の縄を切った途端。 「きゃうんっ!!!!」 ラビの介抱で目を覚ましたばかりのアレンに噛みついた。 「ア・・・アレン君!!!!」 「なにすんさ、ユウ!!」 首から血を流し、再び倒れたアレンにリナリーが駆け寄る。 「ラビが咄嗟にアレン君を引き寄せてなきゃ、正確に頚動脈だったねぇ、神田君。 惜し・・・じゃない、アブナイヨー」 白々しく言うばかりで治療に手を貸そうともしないコムイを、リナリーが睨んだ。 「兄さん!!面白がってないで治療して!! 神田も!なんで噛みつくの!!」 リナリーが怒鳴りつけると、神田は指で彼女の視線を導く。 「え?なに?」 彼が指したアレンの左手には、性懲りもなくペンが握られていた。 「・・・いっ・・・いたずらされそうになったからって、殺人未遂はダメでしょ!」 やや動揺しつつも言ったリナリーに、神田は不思議そうに首を傾げる。 「ダメなのか?」 「ダメよ、普通はね」 傍らのエミリアが頷き、神田の腕に抱きついた。 「というわけであんたはあたしが拘束するから 「ちょっ・・・エミリア!そういうのは・・・!」 「俺の前でいちゃつくんじゃねー!!」 詰め寄ろうとしたリナリーを押しのけて飛び掛ったティモシーは、一瞬で神田の足元に踏みつけられ、動かなくなる。 「あぁ、神田君。潰さないでおくれね。 ボクの手間が増えるからさ」 とんでもないことを平然と言ったコムイが、止血したアレンを抱き起こした。 「ハイ、アレン君。これを飲むんだよー」 「ちょっっっと待つさ、コムイ!!なに飲ませようとして・・・!」 コムイがポケットから取り出した、いかにも怪しげな薬瓶を取り上げようとするが、彼はラビの手をかいくぐってアレンの口を開ける。 「さぁさ、一気 楽しげに言うやコムイは瓶ごとアレンの口に突っ込み、目を回した彼の意思など無視で全て流し込んでしまった。 「きゃー!!!!アレンどうなるんさー!!!!」 きっと悪いことが起こるに違いないと予測したラビが、ぐったりとしたアレンを見つめていると、彼の身体がみるみる縮んでいく。 「・・・あ、子供薬か?」 それならラビも試したことはあるが、今のところ健康に害はなかった。 ややほっとして身を起こした瞬間、ぽふん、と、馬鹿にしたような音がしてアレンの姿が更に変わる。 「おい・・・・・・・・・・・・!」 にまにまと悪い笑みを浮かべて見守るコムイに、ラビが乾いた声をあげた。 「なんさ・・・これ・・・・・・」 震える指で指した先には、一匹の白猫が伸びている。 「アレン君、かーわいー 「イヤそうじゃないさね!!!!」 猫の首根っこを掴んで楽しそうなコムイに、ラビの裏拳が炸裂した。 「稀少なエクソシストに何してくれてんさ、このマッドサイエンティストが!!!!」 ラビの怒号に驚いたリナリーが振り向き、関心なさげだった神田やエミリアもコムイの手元を見遣る。 「え?!なに?!」 「あら、その仔猫、室長の?可愛いわねー 神田の腕を引いて寄って来たエミリアが、伸びた仔猫の顔に傷が走っているのを見て、訝しげに眉根を寄せた。 「あれ?これ・・・」 「・・・・・・モヤシ?」 さすがに驚いた神田の声に、猫の目がぱちりと開く。 「に゛ゃ――――っ!!」 コムイの手を振りほどくや、猫は神田に飛び掛って噛みついた。 「イテェだろ」 「に゛ゃんっ!!」 あっさりと叩き落とされた猫はしかし、すかさず起き上がって神田を威嚇する。 「・・・うるせぇクソ猫が」 「ちょっ・・・待って待って!!!!」 ようやく我に返ったリナリーが、今にも猫を踏み潰そうとする神田を止めた。 「今のアレン君を潰したら、ホントに死んじゃうよ!!」 「あ?なんか問題か?」 「問題に決まってるでしょ!!」 強烈な膝蹴りを神田の腹に打ち込み、沈ませたリナリーが白猫を抱き上げる。 「よしよし、いい子だねー・・・って、違うか。 災難だったね、アレン君」 途端におとなしくなり、リナリーに頭をすり寄せる猫の首根っこを、背後からコムイがつまんで取り上げた。 「・・・まったく、どんな状況になっても懲りない子だねぇ、キミは」 呆れるコムイに吊るされた途端、仔猫はびくびくと震えだす。 その様ににんまりと笑ったコムイは、エミリアが切った縄の端を仔猫の白い首に巻きつけた。 「それ、アレン君 キミはこのテーブルの上にしか関心はないんだからさ、ご馳走さえ運んでくれば文句はないよね?」 短めに切った縄のもう一方の端を椅子の背に結びつけて、コムイは仔猫をテーブルの上に乗せてやる。 「この縄の届く範囲以上に行こうと思わないことだよ。 さもないと・・・・・・」 屈み込んだコムイが、白い耳に囁いた。 「キミ、一生このままだからね 14番目も封じ込めて一石二鳥、と笑うコムイの目に本気を感じて、猫は一所懸命頷く。 「よーし それじゃあお正月を続けようじゃないか、みんな!」 テーブルの上で未だびくびくと震える仔猫にコムイがなにを言ったのか気にしつつも、リナリーは手を差し伸べた。 「アレン君、震えちゃって大丈・・・」 びくっと飛び上がり、リナリーの手を避けた仔猫に唖然とする彼女の背を、コムイが笑って押す。 「リナリー、今アレン君は神経質になってるから、うかつに触ると引っかかれるよ あんな風に、と、指した先ではうかつに触ったラビが思いっきり引っかかれた手から血を迸らせ、悲鳴をあげていた。 「・・・誰があんな風にしちゃったんだよ」 「誰だろぉ 都合の悪いことは全て忘れる特技を持つコムイは白々しく笑い、リナリーを元の席へと座らせる。 「うん、ちょうどいい長さだね」 仔猫が精一杯這っても、尻尾の先すら届かない場所にリナリーがいることを確認して、コムイは彼女の隣に座った。 「ホラホラ、神田君も吐血を拭いてさー。 あ、エミリアは神田君の隣にどうぞ ティモシーはラビが引き取るよ」 さっさとメンバーの席を決めて、コムイはリナリーを確実な安全圏へ置いてしまう。 「あ、ラビ。お薬いるぅ?」 「いらないさ!!」 なにを渡されるかわかったもんじゃないと、疑いの目を向けつつラビは、小さな猛獣から受けた傷に持参の包帯を巻いた。 「アレン、いい加減にしねーとご馳走持ってきてやんねーぞ!」 言うや、渋々ながらおとなしくなった仔猫を、同じくらいの大きさのティムキャンピーが興味深げにつつく。 「あらぁ なんだか可愛い光景だわね エミリアが皿から取り上げたチキンを差し出すと、仔猫とティムキャンピーが嬉しげにかじりついた。 「これ、アレンじゃなきゃ飼うのにー 「うぅー・・・! リナリーもアレン君に構いたいよう!!」 楽しげなエミリアを見て、リナリーが頬を紅潮させるが、間にいる兄が許してくれない。 「あらあら、可哀想に 意地悪なことに、エミリアがこれ見よがしに仔猫を撫でて、もっととねだる彼にまたチキンを差し出した。 「リナリーもアレン君をもふもふしたいのにぃー!!!!」 だが差し出した手は、他ならぬ仔猫によけられ、逃げられて、リナリーが涙目になる。 そしてやや離れた厨房でも、 「ちっ・・・近づきたい・・・! 近づいてウォーカーさんを思う存分もふもふしたい・・・!!」 事のあらましをじっと見つめていた蝋花が、息を荒くして目を潤ませていた。 ―――― その後、ようやく人間に戻れたアレンは、三日ぶりに教団側の『扉』をくぐった。 「あー・・・もう。 フォーには遊ばれるし、バクさんにはもふもふされるし、身体がちっちゃかった分、元に戻ったらいきなりお腹すくし、散々だったよ」 ぶつぶつとぼやく彼の隣で、結局三日間世話係としてつきあわされたラビが舌打ちする。 「三日間ほとんど食堂から出らんかったくせに、人間に戻ったらまたお腹すいたって、散々食ってたんはどこの猫さ!」 わしゃわしゃと髪を掻きまわされたアレンが、ムッと頬を膨らませた。 「猫って言わないでよ! しばらく猫だったんだから、もう・・・」 「ほーぅ・・・? では、あえて言ってやりましょうか、この野良猫!どこほっつき歩いていたのですか!!」 階段を降りた途端、物凄い形相のリンクに詰め寄られ、アレンが声を失う。 「・・・あ、久しぶり」 「言うことはそれだけですか!!!!」 ようやく言ったアレンの胸倉を掴み、揺さぶるリンクの肩を、『まぁまぁ』とラビが苦笑して叩いた。 「ちょっと色々あって、連絡忘れてたんさ。 謝るから許して・・・」 「きいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!」 問答無用のアッパーカットを食らい、ラビが背後へ吹っ飛ぶ。 「あなたもですよ、Jr.!!!! 人を締め出しておいて、どこに行っていたのですか!!!!」 「あ、リンク部屋に入れなかったんだー。 道理で珍しいカッコしてると思った」 自分の胸倉を掴むリンクがいつもの制服ではなく、ドクロ柄のTシャツに黒のスリムジーンズ、やたら飾りのついたダウンジャケットという、年相応の服装でいることを不思議に思っていた。 「けっこ似合うじゃないですか。 誰に借りたんです?」 ご機嫌取りとばかりににこにこ笑うアレンの胸倉は掴んだまま、リンクは床に這うラビを睨み下ろす。 「Jr.が被服係の係長に余計なことを言いまして。 おかげで部屋に入れなかった間、彼女のコーディネートで着せ替え人形にされた上、恥ずかしくも様々な写真を撮られてしまいましたよ!」 「あ、それは見たい」 「余計な興味は持たなくてよろしい!!」 アレンを乱暴に突き放したリンクは、未だ床に這うラビに歩み寄り、意外な膂力で彼を吊るし上げた。 「Jr.!!部屋を開けなさい!! あなたが余計なことをしてくれたせいで、私はこの三日、寒々しい空き部屋で寝起きするはめになったのですよ!」 「あ、部屋の鍵なら僕がもらったよ」 「先に言いなさい!!」 ヒステリックなリンクの裏返った声で怒鳴られて、アレンが首をすくめる。 「そんなに怒んなくてもさぁ・・・。 コムイさんとリナリー・・・神田達だって初日に帰っちゃったんだから、僕の事情は聞いたでしょ?」 「聞いてませんよ! 誰も私には一言も言いませんでしたよ!!」 「えぇー・・・・・・」 それではリンクが怒るのも当然かと、アレンは目を泳がせた。 「さすがにもうバレてると思ったのになぁ・・・」 言いつつ、頭を高速回転させたアレンはこくりと頷く。 「勝手にアジア支部に出かけたのは僕が悪かったです。ごめんなさい。 でも、そこでコムイさんに猫に変えられて、帰宅困難になったのは僕のせいじゃないからそんなに怒んないで!」 「怒るわああああああああああああああああああ!!!!」 「ぎゃんっ!」 怒号と共に容赦ないげんこつを落とされたアレンが目を回した。 「この・・・クソガキどもっ!!!!」 エクソシスト二人を倒したリンクは、炎を吹かんばかりの勢いで吐き捨てる。 「中央庁の鴉をナメるとどうなるか・・・じっくり教えてあげましょう!!」 両手にアレンとラビの襟首を掴み、引きずって行くリンクの形相に怯えた団員達は、無言で彼の前に道を開けた。 Fin. |
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8年目!ですか! 2012年旧正月SSはとうとう8番目の『The New Year’s Party』となりました。 『The New Year’s Party』はD.グレ創作を書き始めた年に1作目を書いているので、これが8作目ということはD.グレを8年間書いているということです(笑)>サイト自体はもうちょっと長くやってます。 飽きっぽい私がよくもまぁこんなに続いたもんだ(笑) しかも、まだ愛が衰えないと来たもんだ(笑) すごいな、D.グレ! これからもますますがんばって欲しいものです。 さて、旧年中の出来事ではありますが、長年共に暮らしていた祖母が他界しましたので、今回はお休みしようかと思っていました。 しかし上記のように、これがないと年数数えられないし、あんまりお正月色を出さなければいいかな、と思って、『正月』とは名ばかりのSSになってます(^^;) メインは、年相応のカッコさせられたリンク君とびみょうにかっこいいラビですから。 もふりたいアレン君じゃないですよ(笑)>もふらせろー(´д`*)← |