† ショコラの魔法 †
―――― 草木も眠る丑三つ時。 教団本部の大半が闇に沈む中、あるフロアにだけは今夜も煌々と明かりが灯っていた。 昼夜を問わず動く機械の間では、白衣を着た科学者達が忙しく立ち働き、時折起こる爆発にも冷静に対処している。 「・・・みんなそのまま、こっち向かないでねー」 怪しい煙が立ち昇る実験台の向こう側で、コムイは厳しく引き締まった顔の部下達へそっと呟いた。 深夜になって執務室からブリジットが消えたことを幸い、ハンコ捺しを新型コムリンに任せた彼はこそこそと科学班に入って、目立たない場所にある作業台に実験器具を並べる。 念のため、その辺にあった本を積み上げて壁を作り、部下達の目を遮ってから薬剤の調合を始めた。 「ふふふ・・・ お子ちゃまリナリーも可愛いけど、大人っぽいあの子も可愛かったんだよねー 以前、コムイが作った女体化薬を浴びてしまい、色っぽくなったリナリーを思い出した顔がだらしなく緩む。 「うふふ 10年くらい進めてあげたらもう、ボクも『若いお父さんねー まったく、ボクは13歳で子供作ったりしませんよっ!」 ブツブツとぼやきながら手早く薬剤の調合を終えたコムイは、にんまりと笑ってビーカーで沸騰させた湯をボウルに移した。 「うふふ プラリネに混ぜてチョコレートで覆っちゃえば、絶対わかんないよねっ 刻みチョコレートを入れたもう一つのボウルを湯に浮かべ、手早くかき混ぜて溶かしてしまうと、型に入れて冷めるのを待つ。 「色んなナッツを入れてー・・・そうだ、キャラメルも入れちゃおう! これでほとんど無味無臭のお薬に気づくことはないよん 不気味に笑いながら、怪しい薬入りのクリームを作ったコムイは、きれいなバラの形に固めたチョコレートの中にそれを仕込み、残ったチョコレートで蓋をした。 「できたー 早速枕元に置いて来ちゃおーっと♪」 きれいにラッピングした箱に頬をすり寄せ、コムイは科学班を忍び出る。 「リナリー、きっと喜ぶぞーぅ 独りよがりにも程があることをほざきながら、コムイは闇に沈んだ城内を嬉しげにスキップして行った。 ―――― 夜が明け、寒々しい部屋にもほのかに暖かい日が射す頃。 バラの香りに鼻腔をくすぐられて、リナリーはゆっくりと目を開けた。 しばらく寝転んだまま、ぼんやりと目に映る光景を眺めていた彼女は、それが何かを理解するや、もそもそと起き上がる。 「えへへ・・・ 兄さんからだぁ リナリーは兄が積み重ねて行ったらしいプレゼントの山を、嬉しげに見上げた。 「よっ・・・と!」 ベッドからは出ずに、最も手近にある箱を取って再び毛布に潜り、開けてみると、粉砂糖のたっぷりかかった焼き菓子が詰まっている。 「うふふふふー 寝惚けた頭では後の惨状など思いもせず、手を粉砂糖まみれにしながら焼き菓子を頬張った彼女は、箱を空にしてしまってようやく毛布から顔を出した。 「お茶・・・はないか、お水か」 胸焼けを治めるべく、ベッドサイドに置いた水差しの水を飲み干したリナリーは、無残に粉砂糖だらけになったパジャマを見下ろして凍りつく。 「・・・しまった。 ベッドの中も粉まみれだね」 ようやくそのことに気づいたものの後の祭りで、急いで着替えた彼女は、朝から寝具一式をランドリーに運ぶはめになった。 「・・・あらぬ疑いを掛けられそうでやだな」 ブツブツとぼやきながら寝具をまとめていると、他のプレゼントとは別に、枕元においてあったらしい箱が転がり落ちる。 「あれ、なんだろ?」 拾い上げたそれにはやはりコムイのメッセージカードがついていて、『HappyValentine』の文字が華麗に綴ってあった。 早速開けようとしたものの、寝具を持ったままでは両手の自由が利かず、リナリーは仕方なくそれをポケットに入れる。 「・・・よし! 今はイノセンス使っていいってことにしよう!」 緊急事態だからと、ダークブーツを発動させて一気に城内を駆け抜け、ランドリーに到達したリナリーは、同じく寝具を抱えた先客に苦笑した。 「ティモシー・・・またやっちゃったの?」 泣きべそをかく子供に声を掛けると、彼はぶんぶんと首を振る。 「おっ・・・俺じゃねぇよ! 寝てる間に師匠のサルが入って来て、おねしょしたんだ!俺じゃないもん!!」 「うん、そんな嘘ついてクラウド元帥にげんこつされたんだってのは見ればわかるよ」 ティモシーの小さな頭には見事なたんこぶが出来ていて、それも彼を泣かせている理由の一つのようだった。 「な・・・なんだよ! リナリーこそ、オンナノコの日か?!」 「違うよ!」 勘繰りを恐れてダークブーツまで発動したのに、あっさりと指摘されたリナリーはむっと眉根を寄せる。 「私はうっかり粉砂糖をこぼしちゃっただけ!」 リナリーが寝具を広げて見せた途端、粉砂糖が舞って、ランドリーの担当者に酷く叱られた。 「・・・ティモシーのせいで怒られちゃったじゃないか!」 たんこぶをつついてやると、物凄い泣き声があがる。 うるさいからとティモシーの連行を命じられたリナリーは、憮然と子供の手を引いてランドリーを出た。 と、 「なんさ、珍しい組み合わせさね。 ティモシーはいつものおねしょだろうケド、リナリーは?せい・・・だぶぁっ!!」 よりによって一番遭いたくなかったラビと遭遇してしまい、リナリーは強烈な回し蹴りを叩き込んで黙らせる。 「単に粉砂糖をこぼしただけだよ! 変な勘繰りしないで!」 だくだくと溢れる血で床を染めるラビを冷たく見下ろし、リナリーは怯えるティモシーの手を引いたまま、くるりと踵を返した。 「・・・んもう! なんであんなトコにいるんだよ!」 ブツブツとぼやきながらリナリーが歩を進めるごとに、石床に深いひびが入る。 「余計なこと言いふらしたらただじゃおかないんだからね!」 既にただじゃおかないことをしたじゃないかと突っ込みたくはあったが、怒れるリナリーに対してティモシーは、あまりに無力だった。 ただ黙って引きずられていると、彼に代わって彼女を呼び止める者がいる。 「朝っぱらから破壊活動を行うのはやめなさい、リナリー・リー。 それとも君が修理するのですか?」 嫌味な口調で言われて、リナリーの顔が引き攣った。 「・・・何か用ですか、監査官?」 無理矢理笑顔を浮かべて振り返ると、リンクは嫌味ったらしく鼻を鳴らす。 「君になど用はありませんよ。 ウォーカーが消えましたので、行方を知らないかと思いまして。 ・・・どうせ、知ってても教えないのでしょうけど」 じっとりと睨まれて、リナリーはむっと眉根を寄せた。 「だったらなんで聞くんですか? 時間の無駄でしょ」 「そうでもありませんとも。 君の不従順な態度のカウントが増えるほど、厳しい処罰を下せますから」 「・・・・・・ムカツク」 小さく呟き、リナリーは冷え冷えとした笑みを浮かべる。 「報告できればいいですね、監査官 ・・・命大事に」 笑顔で脅しをかけてくるリナリーに今度はリンクがむっとして、きつく眉根を寄せた。 「君は・・・!」 叱責しようと口を開いた瞬間。 「ア、イタイタ、リンク」 妙にわざとらしい声が彼の怒号を止めた。 「ウォーカー・・・!」 「ドコニイタノ、探してイタヨ?」 頭上のティムキャンピーと共にちろちろと目を泳がせるアレンに詰め寄り、リンクは彼の胸倉を掴む。 「白々しいことを言うんじゃありませんよ!探していたのは私の方です!!」 「ぼ・・・ボカァずっと食堂にいたとも・・・」 リンクと目を合わせようとせず、ひたすらにとぼけるアレンの視線が、ふとリナリーに止まった。 「あれ?リナリー、何つけてるの?」 するりとリンクの手を振り解き、一足に歩み寄ったアレンが、リナリーの前で首を傾げる。 「え?何かついてる?」 顔を紅くしたリナリーに更に近づき、アレンはティモシーを押しのけて、彼女の顎についた粉をぺろりと舐め取った。 「粉砂糖だ!」 にこりと笑ったアレンの眼前で、リナリーが真っ赤に茹で上がる。 「ア・・・アレンくっ・・・!!!!」 「何をやっているのですか、朝っぱらから!しかも子供の前で!!」 「・・・はっ!しまった!」 怒鳴られて我に返ったアレンが、気まずげな上目遣いでリナリーを見上げた。 「ご・・・ごめんなさい・・・! 猫だった間の習性が、つい・・・」 驚くあまり声も出ず、ただぶんぶんと首を振ったリナリーは、真っ赤な顔を俯ける。 「・・・ウォーカー、君、近頃は寝言でも『ニャー』とか言ってますよ。 もういっそ、猫のままでいた方がよかったのではありませんか?」 「・・・あぁ、そうですねー。 猫の時は、フォーもバクさんも随分可愛がってくれましたから!どっかの意地悪なリンクと違って!」 リンクの嫌味に嫌味で答え、アレンは生意気に鼻を鳴らした。 「フォ・・・フォーとバクさんって、猫好きなんだ・・・」 この機に話を換えてしまおうと入って来たリナリーに、アレンが笑って頷く。 「一番お世話してくれたのはウォンさんでしたけどね。 以前もお世話になったし、ウォンさんには感謝です あーあと、シィフも意外と猫好きなのかも。 あんまり顔に出ないからよくわかんなかったけど、いつも撫でてくれたし」 満足げな猫のように目を細め、頭をすり寄せて来たアレンをリンクが鬱陶しそうに押しのけた。 「そっか・・・ねぇ、ロ・・・蝋花さん・・・は?」 できるだけさりげなくと自身に言い聞かせつつ、一番聞きたかったことを口にすれば、アレンは笑って首を振る。 「それが、なんだかすごい解析作業が本部から来ちゃったとかで、お正月なのに泣きながらお仕事してるって、フォーが言ってました」 「そっか・・・残念だったね」 と、口では言いながら、解析作業をアジア支部へ押し付けた犯人は小さくこぶしを握った。 その様をじっと見つめるティモシーには気づかないふりをして、リナリーはアレンの髪を撫でる。 「私ももふもふしたかったな、アレン君のこと・・・! 兄さんに止められちゃって、残念だったよ」 「あの・・・だからって今、もふもふされても・・・」 頭をかき回されて苦笑するアレンを、リナリーは名残惜しげに解放した。 「アレン君・・・もう一度猫になればいいのに・・・」 「いや・・・それはもう・・・・・・」 思わず腰を引いたアレンに、リナリーはくすりと笑う。 「ところで私、今から食堂に行こうと思ってたんだけど・・・アレン君はもう、朝ごはん済んじゃったんだよね?」 「はっ! 今、何時だと思っているのですか! とっくに朝ごはんなんて時間じゃありませんよ!」 嫌味ったらしく肩をすくめたリンクを、リナリーがムッと睨んだ。 「なんだよ! 午前中のうちはまだ朝だよ!! さっき監査官だって、朝っぱらからって言ったじゃないか!」 「一々人の揚げ足を取るんじゃありませんよ、小娘が!!」 「ま・・・まぁまぁ・・・」 いつもながら仲の悪い二人に苦笑し、アレンが間に入る。 「お昼にはちょっと早いけど、付き合いますよ、食堂 「ウォーカー! 君はそうやっていつも・・・」 「よっし!いこいこ お説教を始めようとするリンクにティモシーを押し付け、リナリーはアレンの手を取った。 「あのね、さっき起きたら、部屋に兄さんからのプレゼントがたくさん積んであったの! お菓子はとてもじゃないけど一人で食べきれないから、みんなで食べようよ!」 「コムイさんの・・・」 一旦言葉を切ったアレンは、彼がリナリーに危害を加えるわけがないと思い至って頷く。 「楽しみです 今年もチョコレートやキャンディーですか?」 「うん、クッキーも。 あ、そうだ」 立ち止まったリナリーが、ポケットから小振りの箱を取り出した。 「これ、持って来たんだった。 溶けちゃったかなぁ・・・?」 ダークブーツを使って移動したため、ポケットに入れていた時間はそう長くはなかったはずだが、リナリーは不安げにリボンを解く。 「あ、大丈夫みたい。 どうぞ」 差し出された箱からチョコレートをつまんだアレンは、警戒気味に匂いをかいだ。 「・・・お酒は入ってないみたいですね。 だったら大丈夫かな」 「俺もー!!」 リンクの手を振り解き、ぴょんぴょんと飛び跳ねるティモシーにも分けてやったリナリーは、意地悪な目でリンクを見遣る。 「監査官は・・・」 「結構です」 つんっとそっぽを向いた彼の、冷たい口調にムッとして、リナリーはチョコレートをつまんだ。 「なんだよ、せっかくあげようかって思ったのに! おいしいよね?」 振り向くと、アレンとティモシーが床に這っている。 「え?!どうしたの?!」 驚いたリナリーが抱き起こそうとしたティモシーは、悲鳴をあげて彼女の手を振り解いた。 「さっ・・・さわんな!!いてええええええ!!!!」 「ご・・・ごめん! ア・・・アレンくん・・・」 ティモシーの反応に困惑してアレンを見遣ると、彼も床に這ったまま、苦痛に耐えているようだ。 「だ・・・大丈夫・・・じゃないよね、病棟に行こうか?!」 リナリーが差し伸べた手は、しかし、やんわりと押しのけられた。 「ごめん、痛いから触らないで・・・! 今、関節がギシギシいってんですよ・・・!」 「い・・・痛いの・・・?」 愚問とわかっていながらも、聞かずにはいられなかったリナリーにアレンは苦しげに頷く。 「これってあれだ・・・こないだも同じ・・・!」 「え?猫?猫になるの?」 ちょっと嬉しそうな顔をしてしまったリナリーは、慌ててしかつめらしく眉根を寄せた。 しかしそれには首を振ったアレンは、苦痛に低く呻きを漏らす。 「これ・・・! 背が伸びる時の、関節痛・・・!!」 急激に身長が伸びる時に味わう痛みで、成長期のアレンには嬉しいが苦しい、複雑な痛みだ。 「せ・・・背が伸びる薬だったの?」 「え?!」 うっかり期待に満ちた声をあげてしまったリンクが、慌てて口を塞いだ。 「・・・あげましょうか?」 にやりと、悪い笑みを浮かべるリナリーを悔しげに睨み、リンクは精一杯の意地を張ってそっぽを向く。 と、その間にも二人の変化は更に進み、ばりっと、布の破れる音がした。 「え?」 うっかり目線を戻したリナリーが、一瞬で真っ赤になる。 「ティモシーの馬鹿っ!!!!」 顔を覆ったリナリーに蹴飛ばされ、窓から放り出されたティモシーが、長い悲鳴をあげながら雪の中へと沈んでいった。 ・・・ややして、 「・・・服、持ってってあげた方がいいんじゃないかな」 今までとはすっかり変わった、低い声で言われたリナリーが頬を紅くする。 「あの子今、ほとんど裸で雪に埋もれてるよ?」 窓の外を見下ろしながら、少し眉根を寄せたアレンがネクタイを緩めて喉元のボタンを開けた。 「僕はまぁ・・・窮屈ではあるけど、ティモシーみたいに服が破れなくてよかったよ。 リナリーに蹴りだされたくないしね」 くすくすと笑われて、リナリーが耳まで紅くなる。 「ね、リンク。 ティモシーに毛布でも持ってってあげてよ。 僕は被服室に服を借りに行くから、そこで合流しましょう」 「は・・・はぁ・・・」 思わず頷いたリンクは、はっとしてアレンを見上げた。 「そんなことを言って、逃げるつもりでは・・・!」 「そんな子供っぽい真似はしませんよ。 君の苦労を察することくらいはできますからね」 くすくすと笑うアレンに声を失い、リンクはきつく眉根を寄せる。 「信じても?」 「もちろん」 穏やかな笑みを浮かべるアレンを、リンクはしばらく睨んでいたが、軽く吐息して踵を返した。 「すぐに合流しますから、余計な寄り道はしないように!」 「はいはい」 手を振ってリンクを見送ってしまうと、アレンは笑みをうかべてリナリーを見下ろす。 「リナリー」 「はっ・・・はいっ?!」 すっかり精悍になったアレンの横顔に見惚れていたリナリーが、裏返った声あげてしまってまた紅くなった。 が、彼は気づかない振りをして小首を傾げる。 「僕、服を借りに行きますけど、先に食堂に行ってますか? リンクを待つから、ちょっと時間がかかるかもしれないけど」 「あっ・・・あの・・・一緒に行ってもいい?!」 自分でも驚く積極性を発揮してアレンの腕を掴むと、彼はにこりと笑って頷いた。 「僕一人じゃ説明難しそうですから、一緒に来てくれると助かります」 「う・・・うん!」 こくこくと何度も頷き、リナリーは改めてアレンを見上げる。 身長はとっくに抜かれていたため、これまでも見上げていた彼だが、今は更に身長が伸びて、コムイとそう変わらないほどになっていた。 その上、 「僕・・・今、何歳くらいに見えます?」 と、低い声で尋ねた彼の、すっかり大人になった顔を、リナリーはまじまじと見つめる。 「リーバー班長と同じくらいかなぁ・・・」 「・・・ということは、プラス10歳くらいか」 くすりと笑う仕草が妙に余裕を感じさせて、リナリーはまた見惚れてしまった。 「でも、コムイさんはなんでリナリーのプレゼントにこんな薬を入れたんでしょうね? 子供薬の反対だから、大人薬とでも言えばいいのかな? まぁ、リナリーが27歳くらいになったら、すごい美人になるでしょうけど、それが狙いとも思えないし。 誰かにあげようとしてたのが、混じったのかな? どう思いますか?」 いきなり聞かれて、ぼーっとしていたリナリーが慌てる。 「ぅ・・・あ、そうだね! これだけ別に置いてあったから、うっかり落としたのかも!」 手にしたままの箱を見下ろし、リナリーはきゅっと眉根を寄せた。 「・・・ごめんね、アレン君。 兄さんったらもう・・・!」 「いいえ。 僕、ティモシーが来るまでずっと最年少だったから、ちょっと嬉しいな」 それは本心か、アレンの声に無理をしている気配はない。 「でも、きっとこの中に入ると小鳥さん達がわらわら寄って来るでしょうから、ちゃんと助けてくださいね」 いたずらっぽく言って、アレンは被服室のドアを開けた。 と、 「アラ、どなた?」 かしましく囀る部下達の中心で縫製の指示をしていた係長が、小鳥のように首を傾げる。 「・・・・・・アレン?」 掛けていたメガネを外した彼女にまじまじと見つめられ、アレンはこくりと頷いた。 「あらまぁ!カッコよくなったわねぇ!」 非戦闘員とは言え、この教団に入って長い係長は、ちょっとやそっとのことでは動じない。 今回も、『理由はわからないけどアレンが大人になった』という、実に直感的な理解力を発揮して、すんなりと受け入れた。 「服がいるのね、どれがいいかしら! あぁ、靴も窮屈なんじゃない? 全部用意してあげないとね! その前に、サイズ測りましょ、サイズ!!」 きゃあきゃあとはしゃぎながら係長自らメジャーを取り、リナリーを押しのけてサイズを測っていく。 「アレン惜しい!! 背は室長に4cm負けちゃった! でも安心して!リーバー班長よりはおっきくなってるわよ!」 「そっ・・・そうなんですか?! あの!僕、いつかは師匠を追い越してやろうと思ってたんですけど、これ以上伸びる方法ってありませんか?!」 今の姿になってから、初めて慌て出したアレンにリナリーが唖然とした。 「・・・それって重要?」 「重要ですよ! 師匠のトラウマを克服するためにも、せめて身長だけは師匠を追い越すんだって僕、一所懸命カルシウム摂取してるんですよ?! なのにエクソシストでもないコムイさんにまで負けるなんて・・・!」 わっと顔を覆ったアレンの背中で、ばりっと布の裂ける音がする。 「うん、とりあえず着替えましょうか」 くすくすと笑いながら、係長がハンガーに掛かった服の中からサイズの合うものを選んでくれた。 「さ、着替えてらっしゃい。 リナリー、今年も室長からたくさん服をもらったんでしょ? 寸法合わないのがあったら持ってらっしゃいよ」 「うん・・・」 係長に生返事をしたリナリーは、試着室に入って行ったアレンが出てくるのを、頬を染めて待つ。 やがてカーテンが開き、黒のパンツにつづれ織風のベストを着たアレンが、ジャケットを肩に掛けて出てきた。 「マザー、ネクタイあります?」 「もちろん 既に用意していた彼女が、何本も腕にかけていたそれを、いきなりリナリーに突きつける。 「あなたが選んであげなさいよ」 「わっ・・・私?!」 押し付けられたネクタイを、リナリーは困惑げに見下ろした。 「やったことないよ・・・兄さんは普段、ネクタイなんかしないし・・・」 「いいから。 こうやって当ててみて、色や柄を見ればいいのよ」 そう言って、アレンの喉元にネクタイを当てて見せた係長の真似をして、リナリーもおずおずと当てて見る。 「ベストが結構地味だから・・・あんまり派手な色って合わないんだね。 あ、でも、この緑のストライプは合いそう!」 腕に掛けた何本ものネクタイから選んで、再度当ててみると、隣で係長が首を傾げた。 「だけど、ベストも基調は深い緑だからねぇ。 あんまり合いすぎても沈んじゃうわよ」 「そっか・・・。 じゃあこの、ブラウンのチェックかなぁ・・・」 「おじいさんじゃないんだから。もうちょっと華やかでもいいと思うわ」 再びダメだしされて、リナリーの目が何度もネクタイとアレンを往復する。 「んー・・・じゃあ、ピンク!!」 薄いピンク色の地に小さな金色の水玉が織り込まれたネクタイを当てると、ようやく係長が頷いた。 「可愛い 金色の水玉がいいアクセントね。ベストがつづれだから、素材的にもいいわよ」 「じゃあこれ!」 リナリーが得意げに差し出したネクタイを、礼を言って受け取ったアレンが襟に滑らせる。 「どうですか?」 「似合うよ ぱちぱちと拍手するリナリーににこりと笑い、アレンが手を差し出した。 「では、お待たせしました。行きましょうか」 貴婦人に対するような仕草で手を取られ、リナリーが首まで紅くなる。 「え・・・えっと、どこに?!」 声がまた上擦ってしまわないように、気をつけて問えば、彼は魅惑的な笑みを深めた。 「朝ごはん、まだなんでしょう?」 「あ・・・そっか」 すっかり忘れていた、と呟いたリナリーは、こくりと頷く。 「じゃあ、ありがとうございました、マザー。 リンクが来たら、食堂に行ったって・・・」 「その必要はありませんよ!」 ドアを乱暴に開けて入って来たリンクが、つかつかとアレンに歩み寄ってリナリーを押しのけた。 「まったく、ここで待つと言ったでしょう、君は!」 「ごめんなさい」 余裕の笑みを浮かべてリンクを見下ろしたアレンが、視線を彼の背後へ向ける。 「ティモシー、寒かったでしょ」 「アラ・・・あなたもなの!」 毛布に包まってぶるぶると震えるティモシー・・・らしき少年へ、係長が目を細めた。 「大きくなったわねぇ! 身長はいつものアレンと同じくらいかしら!」 「・・・と、言うことは、ティモシーにまで身長抜かれたんですね、監査官 「・・・余計なことを言う口は封じますよ、リナリー・リー」 意地悪く笑うリナリーを睨みつけ、リンクはティモシーを係長へ押し付ける。 「後はお願いします」 「任せて 彼女が頷くや、リンクはアレンを睨みつけた。 「君がどんな姿になろうとも、私の監視対象であることは忘れないように!」 「はいはい。 お仕事熱心で、感心しますよ」 いつもなら頬を膨らませてふてくされるアレンの、余裕に満ちた切り返しにリンクの機嫌が悪くなる。 だがアレンは気にも留めず、再びリナリーの手を取った。 「行きましょ」 「うん!」 レディらしい扱いを受けて、リナリーの足が弾む。 その後を、不満顔のリンクが無言でついて行った。 食堂に行く前に寄らせて欲しいと頼まれて、リナリーはアレン達と共に科学班へ入った。 「兄さんに苦情を言うの?」 「いえ、そうじゃなくて・・・リーバーさん!」 白衣の群れを見回し、ようやく目当てを見つけたアレンが声をあげる。 「あ?なん・・・」 「ホントだ!目線が同じ!」 にこにこと駆け寄ってきた男に、リーバーが目を丸くした。 「ア・・・アレン・・・?!」 「はい 10歳くらい歳取ったみたいです」 嬉しげな彼の肩を、リーバーも笑って叩く。 「じゃあ同い年くらいか。 大きくなったな!」 「リーバーさんに4cm勝ったって 得意げに笑って見せると、リーバーはにんまりと意地悪く笑った。 「ってことは、室長に4cm負けて、クロス元帥には更に負けたってことか」 途端にうな垂れたアレンの背を、ティムキャンピーが慰めるように羽根で叩く。 優しいゴーレムを抱きしめたアレンは、切ない顔をティムキャンピーの柔らかなボディに埋めた。 「ねぇ、リーバーさん・・・。 本当にこの歳になった時、せめて身長くらいは師匠に勝ってたいんですけど、何か方法ありませんか・・・?」 「さぁなー。 そんな方法があれば、とっくにジョニーが試してると思うぞ」 「ですよねー・・・」 ふぅ、と、ため息をついたアレンが、ちらりとコムイの執務室を見遣る。 「どうせなら、背が伸びる薬を作ってくれればいいのに」 「必要は発明の母って言うだろ。 あの人にはいらないものだから、そもそも作ろうって発想がないんだよ」 「そっかぁ・・・残念」 と、肩を落としたアレンの背後で、リンクが鼻を鳴らした。 「薬物に頼ろうなど、浅ましいことを考えるものではありませんよ」 「そぉ? ホントは欲しくって、アレン君以上にがっかりしてるんじゃないですか?」 クスクスと笑って、リナリーは再びチョコレートの箱を取り出す。 「試してみます? これからまだ、背が伸びるのか」 悪い笑みを浮かべるリナリーを睨み、リンクはまた鼻を鳴らした。 「君こそ食べてみてはいかがですか、リナリー・リー? 将来貧乳が解消されるのか、確かめることができますよ」 「きっ・・・!!!!」 凄まじい反撃に、リナリーの目が吊りあがる。 「なによ、きっとグラマーになってるんだから!兄さんがゆったもん!!!!」 「その自信があるのなら、今すぐ試せばいいと・・・」 「リナリー?!」 妹の怒号を聞きつけて、執務室のドアを開けたコムイが悪気なくリンクの声を遮った。 「リナリー! あのチョコ食べてくれた・・・アレ?」 いつもとなんら変わりないリナリーの姿に、駆け寄ってきたコムイの声がしぼむ。 「効かなかったのかな?」 「兄さん・・・!」 途端、刃のように尖ったリナリーの目が、コムイに突き刺さった。 「私に盛ろうとしたの?!」 「がふっ!!」 件のチョコレートを口に突っ込まれ、頭を揺さぶられて無理矢理飲みこまされたコムイが、くるくると目を回す。 しかしアレン達と違って、とっくに成長の止まっている彼は苦しむこともなくすぐに顔をあげた。 「ひ・・・酷いじゃないか! ボクのお肌が衰えちゃったっ!!」 ポケットから取り出した鏡に自身を写し、さめざめと泣き崩れたコムイを、リーバーが呆れ顔で見下ろす。 「いや・・・あんまり変わった様子はないっすけど。 ちょっと白髪が増えたかな、ってくらいで」 黒髪にちらほらと白いものが混じる程度で、今と大して変わらない容姿の兄に、リナリーも頷いた。 「何日も完徹した後の方が、よっぽど衰えてるよ」 「嘘だっ! だって指先に感じるお肌の張りが、いつもより断然少ないもんッ!」 「あんた女優か・・・」 男のくせに肌の張りまで気にするのかと、リーバーが呆れる。 「今、40歳くらいでしょ?もっとシワがあってもいいくらいっすよ」 「ふんっ! 東洋人は西洋人より、10年はシワができるのが遅いんだよっ! リーバー君は三十路になった途端、シッワシワになるだろうけど、ボクはいつまでも若々しく美しく、リナリーの自慢のお兄ちゃんでい続けて・・・」 「リナリー、もう一つ食わしてやれ」 「うんっ!」 「やめてえええええええええ!!!!」 リーバーに羽交い絞めにされたコムイが、悲鳴をあげてリナリーの突き出すチョコレートを避けた。 「ボッ・・・ボカァもういいから、リナリーが食べてよっ!!」 「なんでだよっ!」 ぶんぶんと首を振る兄に頬を膨らませると、コムイは羽交い絞めにされたまま、ひくひくとしゃくりあげる。 「だってぇ・・・! 大人っぽくなったリナリーがすっごく可愛かったからぁ・・・! もう一度見たかっただけなんだよぅ!」 えぐえぐと泣き出した兄の前で、リナリーの頬が染まった。 兄の仕掛けた『女性化薬』をうっかり踏み抜いてしまって、異様に艶っぽくなった時のことは今でもいい思い出だ。 しかし、今回は少々事情が違っていた。 アレンやティモシーのように、10年歳を取ってしまえば鏡には、27歳の彼女が写ることだろう。 が、 ―――― 大人になっても貧乳だったらどうしよう・・・! リンクに言われるまでもなく、不安な将来を実像として突きつけられることにはどうしても抵抗があった。 事実、アレンは身長が思ったより伸びてなかったことにショックを受けている。 「ど・・・どうせ嫌でも歳は取るんだから・・・今すぐ見なくったっていいでしょ!!」 「事実を受け止める勇気はないというわけですか」 「貧乳を決定事項みたいに言うなっ!!」 余計なことをさらりと言ったリンクへ怒鳴りつけ、リナリーは怒った牛のように鼻を鳴らした。 「それで? 解毒剤はないの?!」 「うん・・・。 こうなった以上はすぐに作るけどさ・・・!」 確かに必要は発明の母だと、アレンが苦笑する。 「まぁ・・・僕はしばらく、このままでもいいんですけどね」 「アレ?!アレン君が食べたんだ!」 ようやく彼の姿に気づいたコムイが、頓狂な声をあげた。 「ボクの素晴らしい計画を邪魔するなんて、ホントにキミは意地汚・・・」 「何が素晴らしい計画だよ!!」 「ぴぃっ!!」 怒ったリナリーに頬をつねられて、コムイが悲鳴をあげる。 「私に薬を盛ろうだなんて、兄さんサイテー!!」 「ゴメン!!ごめんなさい、リナリー!! もうしないからお兄ちゃんの事キライにならないでええええええ!!!!」 「ふんっ!!」 鼻を鳴らすやリナリーは、大声で泣くコムイの口にもう一個チョコレートを押し込み、無理矢理飲み込ませた。 「元に戻りたかったら、早く解毒剤を・・・」 言いかけて、リナリーはリーバーに羽交い絞めにされたままのコムイをまじまじと見つめる。 「リナ・・・?」 不思議そうに瞬くコムイを見つめたまま、リナリーはぴとりと抱きついた。 「パーパ!!」 「え?!ちょ・・・ボク今、パパにそっくりなの?!」 鏡鏡と喚きながらリーバーの腕を振り解き、コムイは再び鏡を見つめる。 「・・・うんわー・・・ホントにパパそっくりだよ・・・・・・」 「へぇ。 室長の親父さんって、こんなカンジだったんすか」 さっきよりも白髪の数が多くなり、ようやくシワも寄った中年男の顔を、リーバーがまじまじと見つめた。 「確かに・・・東洋人ってのは若く見えるもんすね。 50には見えないな」 「中身は30だけどね!!」 「イヤ、精神年齢って話なら5歳児でしょ」 「そこまで低くありませんー!!!!」 ぎゃあぎゃあと喚きながらも、自分にくっついたままのリナリーをしっかり確保したコムイがふと瞬く。 「そうだ」 よっこらしょ、と、年寄りじみた掛け声を掛けてリナリーを抱き上げたコムイが、いやに渋い笑みを浮かべた。 「リーバー君、キミに任務だ!」 「は?」 嫌な予感がして、眉根を寄せた彼の肩を、コムイが力強く叩く。 「おめでとう、キミが今日の室長だ!」 「はぁっ?!」 目を剥いたリーバーに、コムイがにんまりと笑みを深めた。 「こうなった以上、誰もボクが室長だなんて信じてくれないよ! なんたって、ボクの肩書きは『天才科学者にして若き教団本部室長』だからね!」 歳を取ってもいつものコムイそのままの表情でウィンクした彼に、リンクが眉根を寄せる。 「そう言うことは自分で言うものでは・・・」 「でも本当だもんねぇ」 変人だけど、と、アレンはリンクに笑いかけた。 「じゃ!そういうことで! ボクは病気療養中だとでも言っててくれたまへー! 行くよ、リナリー 高笑いしながら、50代とは思えない速さで駆け去ったコムイをリーバーが唖然と見送る。 「・・・あ! あのやろ、逃げやがっ・・・!」 ようやく我に返り、追おうとした途端、リーバーの白衣がずしりと重くなった。 「なっ?!」 「室長代理・・・!」 「室長代理、決裁印を・・・!」 「俺の申請書にサインを・・・!」 「俺の報告書にもサインを・・・!」 「早く・・・・・・!」 「室長代理ィ・・・・・・!」 冥府から湧き出た亡者のような顔ですがりつき、決して放そうとしない彼らにリーバーが悲鳴をあげる。 「あーあ・・・」 亡者の波に飲まれてしまったリーバーを、アレンが気の毒そうに見つめた。 「がんばってね、リーバーさん 無情に手を振って科学班を出たアレンは、リナリーが連れ去られても当初の予定通り、食堂へ向かう。 「ジェリーさんにも見てもらうんです この身長差を、と、こっそり呟いた声はしっかり聞かれて、リンクの機嫌がますます悪くなった。 「そうだ、神田いますかね、神田。 ラビにも、ぜひともこの姿を見て頂きたいものです」 芝居がかった口調のアレンに、リンクが舌打ちする。 「年を取っても君の腹黒さは消えないようですね!」 「そりゃあ、ずっと意地悪な年上にいびられてきたんですから、復讐の機会を逃すわけには行かないでしょ。 僕を散々見下ろしてきた人達を、上から目線で見下ろしてやるんですよ 「ぷぎゃっ!」 不意に足元で悲鳴があがり、驚いて見下ろすと踏みつけられたラビが、ぴくぴくと痙攣していた。 「・・・早速見下ろしたようですね」 「・・・なんでこんな所で寝てるんですか、ラビ。危ないじゃん」 襟首を掴んで吊り下げてやると、白目を剥いていたラビの目がくるりと戻る。 「リ・・・リナリーに・・・!」 やられた、と言いかけたラビの目が、まん丸に見開かれた。 「アレン?!」 「はい にこりと、アレンが得意げに笑う。 「え?!お前おっきく・・・ってか、年取ってる?!」 「子供じゃないラビを見下ろすなんて、初めてですよ 嬉しいなー ティモシーが来るまでは最年少エクソシストとして、歳も身長も見下ろされてきたアレンは心底嬉しそうに笑った。 「ラビ、今日は僕のこと、お・・・お兄さんって呼んでくれていいんですよ?!」 「誰が呼ぶか」 あっさりと言われたアレンが、今にも泣きそうな顔になる。 「いいじゃないですか!こんな機会、滅多にないんですよ?!」 「だからって、なんで中身年下のクソガキを『お兄さん』なんて呼ばなきゃなんないんさね。身の程を知りゃーがれ」 「うっ・・・!」 きっぱりと言われて反論を封じられたアレンを、リンクが愉快そうに眺めた。 「当てが外れてしまって残念でしたね、ウォーカー。 外見がどう変わろうと、中身が伴わないのであれば君はいつも通りのクソガキです」 嫌味ったらしく言ってやったが、いつもぱんぱんに頬を膨らませるアレンは少しムッとした程度で、ムキになって言い返すこともない。 拍子抜けしたリンクが意外そうに見つめていると、不意にアレンが微笑んだ。 「まぁ、いいや。 それよりラビも、リナリーからチョコレートもらったら? 10年後にどっちが背が高いか、勝負しましょうよ」 「アホか。 俺に決まってんのに、そんなに泣きたいんさ?」 「自信満々だなぁ」 いつもなら簡単に挑発に乗るくせに、余裕で受け流したアレンをラビも、不思議そうに見つめる。 「ね、やることないんなら食堂行きませんか? ジェリーさんに見せたいし、リナリーももしかしたら、そこにいるかもしれない」 「ん・・・いいケド・・・」 「ホントは神田に一番見て欲しいんですけどね 「・・・やはり腹黒いのは変わらないのですね」 にたりと、邪悪に笑ったアレンにため息をつき、リンクはラビと共に彼の後へ従った。 「ね・・・ねぇ、兄さん・・・どこ行くの?」 父の面影が濃い兄を見上げ、尋ねると、コムイは記憶の父そのものの笑みを向けた。 「こんな機会、滅多にないんだ。 お仕事はリーバー君にがんばってもらって、お出かけしよ♪」 「ほ・・・ほんとに?!」 目を輝かせたリナリーに、コムイは大きく頷く。 「さすがに方舟は使えないから近場になるけど、ロンドンなら色々楽しめるでしょ。 今日は兄妹じゃなくて父娘デートしようね 「うんっ!!」 そうと決まれば早速と、コムイの腕から下りたリナリーが自室へ駆け込んだ。 「せっかくだから、今日プレゼントしてもらった服を着ようっと ねぇねぇ、どれがいい?!」 まだリボンも解いてなかった箱を次々に開け、取り出した色とりどりの服をベッドの上に並べていくと、あっという間に花畑のような様相になる。 「そうだねぇ・・・今日は雲が晴れそうにないから、このピンクなんか映えるんじゃないかな!」 フリルとレース、リボンで幾重にも飾られたワンピースを頭から被せてやったコムイが、満足げに頷いた。 「フリルがたっぷりで、可愛いでしょぉ 「うんっ!」 姿見に映った自身の姿に、頬を染めて頷いたリナリーは、ワンピースの下でもぞもぞと着ていた服を脱いで、背中のボタンを留めてもらう。 「靴もかんわいーいのを用意したからね リナリーに似合うと思ってさぁ、たっくさん注文しちゃった 幸い・・・と言うべきか、ダークブーツがアンクレットへと形を変えて以来、靴も自由に選べるようになった。 そのことを、リナリー自身よりコムイの方が喜んでいるようで、彼は何足も並べた中から、服と同色の革に花型のレースがたくさんついた靴を取りあげる。 「さぁ、どうぞ コムイはリナリーを座らせると、恭しく足を取って靴を履かせた。 「ホラ、似合うでしょ 底が厚い靴で立ち上がると、いつもはるか頭上にある兄の顔が、ほんの少し近くなる。 「えへへ また抱きついてきたリナリーに、コムイが顔を蕩けさせた。 「もー そんなにくっついちゃ、せっかくの服が見えないじゃないかー とは言いつつ、引き離すどころか抱きしめてくれる兄にリナリーも小さな子供のように甘えた。 「兄さん、早くいこ 「うん でもその前に、髪飾りをつけてあげなきゃねー 服とお揃いで作ったのがあるんだー バッグはどれにするぅ?」 留めていた髪を解き、櫛を入れる兄に背を預けたリナリーが、にこにこと鏡を見る。 「えへへ 兄さんに髪結んでもらうの、久しぶり 「だいぶ伸びたよねー リナリーの髪はホントにキレイで、触ってて気持ちいいよ リナリーの方こそ、兄の長い指が髪の間を滑っていく感触が気持ちよくて、嬉しげに笑った。 「ねぇねぇ、パーパもリナリーが小さい時、こんな風にしてくれてた?」 「ううん。 パパは女の子のおしゃれのことはよくわかってなかったからねぇ。 変なことして泣かれちゃ困るしって、ママかボクがやってたなぁ」 「そっかぁ・・・」 リナリーが幼い頃に亡くなった両親のことは、おぼろげな記憶があるだけでほとんど覚えていない。 しかし、 「リナリーは段々ママに似てくるねぇ ママもすっごい美人だったから、きっとリナリーも美人になるよ と、何かにつけて話してくれる兄のおかげで、思い出よりも身近に感じられた。 「はい、できたー リナリー、かんわいーい 鏡に映った二人の像が本当の父娘のようで、リナリーが頬を染める。 「では、参りましょうか、お姫様 「うん! ・・・じゃなくて、はい 恭しく手を差し出したコムイに頷き、リナリーは兄の手を取った。 「そうですか・・・神田、任務なんだ・・・・・・」 がっかりと肩を落としたアレンを見つめるジェリーが、うっとりとため息を漏らした。 「でもホント・・・かっこよくなったわぁ、アレンちゃん ・・・アラ、大人の男性に『ちゃん』はいけないわね 「いいですよ、ジェリーさんは僕のママンだし にこりと笑ったアレンを、ジェリーがたくましい腕で抱きしめる。 「息子がカッコよくなって、ママン嬉しーわー 「えへへ いつもは体格が違いすぎてすっぽり覆われてしまうのに、今は彼女の肩から顔を出せた上、はるか頭上にあるはずの顔が間近にあって、アレンは嬉しげに笑った。 しかし、 「ジェリーさん、僕ホントはもっと大きくなりたかったんです。 本当に10年経った頃、師匠を追い抜いてるには何を食べたらいいですか?」 真顔で問うアレンに、ジェリーは首を傾げる。 「そぉねぇ・・・。 アレンちゃんはなんでも好き嫌いなく食べるから、これでもよく伸びた方だと思うわよん? これ以上って言ったらもう、食べ物じゃなくて遺伝とか、努力以前の問題じゃないかしらん」 「そんなっ!!」 愕然としてアレンが、ジェリーに泣き縋った。 「なんとかしてくださいいいい!!!!」 「んー・・・。 何とかできるんなら、もうとっくになんとかしてるのよねぇ・・・」 「・・・そこでなぜ私を見るのか理解しかねますが、料理長」 ムッとしたリンクに睨み返されて、ジェリーがはっとする。 「アラ、そうねん!牛乳飲んでも背が伸びないのはなんで、って相談してきたことは秘密だったわねん!」 「料理長!!」 真っ赤になったリンクの隣で、ティムキャンピーとラビが笑い転げた。 「・・・失礼ですよ、Jr.!ティムまで!!」 ムッと眉根を寄せたリンクは、一瞬でティムキャンピーを踏みしめた上にラビの首を締め、落として床に這わせる。 「料理長、これでウサギ肉のシチューを作っていただけますか?」 「血抜きにしばらくかかるから、すぐには無理よん」 大真面目なリンクに冗談で答えて、ジェリーは目を回したラビを吊り上げた。 「見事に目を回してるわねぇん! アレンちゃん、身長足りなくったってこのくらいは出来るんだから、あんまり気にしなくていいわよん 「・・・一言多いのではありませんか、料理長?!」 「アラン じっとりと睨んでくるリンクに華やかな笑声をあげたジェリーは、手近の椅子に目を回したラビを座らせる。 「そのうち起きるでしょ。 さぁ、アレンちゃん 「そうだなぁ・・・」 途端にキラキラと目を輝かせたアレンは、 「え?!あんたアレンなの?!」 と、不意にあがった大声に驚き、振り向いた。 「あ、エミリアさん。おはようございます」 「おはよー・・・ってまぁ、急に大きくなったわねぇ! なぁに?また室長のイタズラ?」 「そうですけど・・・いつもながらすごいですね、エミリアさん」 教団に来て間もないくせに、真相を的確に突いて来る勘の鋭さには毎度感心する。 そう言うと彼女は笑って食堂内を見回し、肩をすくめた。 「お目当ての彼はいなかったみたいね」 「そうそう、神田に見せつけてやろうと思ってたんですけど、任務に行っちゃったらしくて残念」 見透かされたことがまたおかしくて、くすくすと笑うアレンにエミリアが瞬く。 「カッコだけじゃなくて、中身まで大きくなったのかしら? あんた、いつもだったら慌てて取り繕おうとして、かえって馬脚を現すことになるのにね」 「よ・・・よく見てるんですね」 まさか正面から指摘されるとは思っていなかったアレンが顔を引き攣らせると、エミリアは得意げにウィンクした。 「たくさんの子供達の世話をしてれば、声にならない変化くらい読み取れるようになるもんよ」 「へぇ・・・すごい・・・」 言われて見れば、院長にも簡単に見透かされたのだったと、アレンはまた感心する。 「その能力って、簡単に身につくもんですか?」 興味を惹かれて問えば、彼女は軽く首を傾げた。 「簡単かどうかはわからないけど・・・この能力が欲しいんなら、また孤児院に子供達のお世話しに来るといいわ。 ピエロが来てくれたら、みんなとっても喜ぶし」 「そうですね。 ぜひまた誘ってください にこやかに頷いたアレンへ満足げに笑ったエミリアは、改めて辺りを見回す。 「ところでティモシーを知らないかしら? あの子またおねしょしたもんだから、シーツをランドリーに持って行かせたんだけど、戻ってこないのよねぇ。 ここで遊んでるんじゃないかと思って来たんだけど・・・」 「あぁ、ティモシーでしたら・・・」 言いかけたリンクは、視界の隅に飛び込んで来た影に目を奪われた。 次の瞬間、 「エ・ミ・リ・アアアアアアアアア エミリアの背に飛び掛かった少年が抱きついて、彼女の豊満な胸を掴む。 「ティ・・・!」 「エミリアさん!!」 リンクが止めるより先に、アレンが悲鳴じみた声をあげた。 その見開いた目の前では、エミリアに襲い掛かった少年が彼女のヒールに足の甲を踏まれ、強烈な肘鉄でみぞおちを抉られ、たまらず屈みこんだ首に両腕を絡められてそのまま一本背負いの要領で背中から床に叩きつけられ、仰向けになった腹に全体重をかけた膝蹴りを落とされて、実に効率的に物言わぬ肉塊へと変わる。 止める間もなく硬直したリンクの前で、大きく吐息したエミリアは冷たく痴漢を見下ろした。 「あぁ、びっくりした」 「・・・その割には、見事なコンボ技でしたよ」 乾いた声をあげるアレンに、エミリアは得意げに胸を張る。 「花の乙女たるもの、このくらいできて当然よ! ・・・ところでコイツ、誰?」 吐血して動かなくなった痴漢を踏みつけて問えば、傍らでアレンが、大きなため息をついた。 「・・・ティモシーです」 「え」 唖然として、エミリアは足下の痴漢をまじまじと見つめる。 「・・・そっか、この子も同じイタズラをされたのね」 「はぁ・・・まぁ・・・・・・」 苦笑するアレンの前で、ティモシーを見下ろすエミリアの目が細くなった。 「ふぅん・・・。 アレンは身体が大きくなると中身も伴ったみたいだけど、コイツの頭の中は子供のまま・・・というより、この年になってもこの中身だったってことかしら。 どうしようもないわね」 「ぎゃううううううううううう!!!!」 ヒールでみぞおちを抉られて、ティモシーがまた吐血する。 「はん! 子供の頃は許されても、大きくなったら許されないことってたくさんあるのよ。 身をもって知りなさい、クソガキ」 「もう・・・十分思い知らされていると思いますので、そろそろ・・・」 エミリアの容赦ないお仕置きに、さすがのリンクも止めに入った。 しかし、 「ダメよ」 きっぱりと言われて、リンクが踏み出しかけた歩を戻す。 「あたしだったから良かったものの、これが護身術なんか知らない子だったらどうなったと思うの? ミランダなんか、こんな目に遭えば泣いちゃうかもしれないわ。 そんな彼女の前であなた、許してやってなんて言える?」 「言えませんね。もっとお仕置きしましょう」 アレンまでもがエミリアの味方につき、ジェリーに向き直った。 「縄ありますか?」 「もちろんあるわよん くるりと踵を返したジェリーが、厨房から取って来た縄を受け取り、アレンはにこりと笑う。 「簀巻きにして、塔から逆さ吊りでいいですか?」 「そうね、それで行きましょ とんでもないことを笑いながら言う二人を再び止めようとして、リンクはため息と共に諦めた。 「自業自得ですから、仕方ありませんね。それに・・・」 ミランダが被害に遭う前に処理できてよかったと、彼はそっと吐息する。 「・・・あぁ、ですが。 クラウド元帥にはご報告すべきではありませんか?」 そう言われて、アレンは縄を手繰る手を止めた。 「そうですね。じゃあ・・・」 「いいわよ、あたしが報告しておくから」 続けろ、と促されたアレンが頷き、ティモシーを縛り上げる。 「あはは ミノムシミノムシ 「起きたらいつもみたいにピーピー泣くのかしら 実に楽しげに笑いながら、非道の行いをする二人にリンクは深々とため息をついた。 アレン達が食堂を出てしばらくの後、 「ジェリー、ティモシーを知らないか?」 眉根を寄せてやって来たクラウドに、ジェリーは華やかな笑声をあげた。 「あの子だったら、まぁたエミリアにちょっかいかけてすんごいお仕置きされちゃったわよん 今、アレンちゃんが塔に吊るしに行ってるわん 「まったく・・・! どこをほっつき歩いているのかと思えば!」 ブツブツとぼやくクラウドに、ジェリーがまた笑い出す。 「よかったわねぇ、クラウドちゃん また子供が出来て 「は? いいわけないだろう、あんな馬鹿弟子!」 とんだ迷惑だと言わんばかりに鼻を鳴らすが、ジェリーにはそれが照れ隠しだと、一目でばれてしまった。 「手がかかるほど可愛いのよねぇん アタシも、小さなリナリーや神田のお世話するのはホントに大変だったけど、すごく楽しかったしぃ 今はアレンちゃんのごはん作るのが楽しいのーん はしゃいだ声をあげるジェリーに、クラウドは思わず苦笑する。 「それで、どこの塔に吊るしに行ったんだ?」 「アラン?助けてあげるのん?」 ジェリーのからかい口調には肩をすくめ、クラウドは首を振った。 「場合による。 エミリアの仕置きが妥当だった場合は、そのままにしておくとも」 「だったら妥当ですよ!」 不意に声があがって、クラウドは肩越しに背後を見遣る。 と、憤然と歩み寄って来たエミリアが、クラウドの前で両手を腰に当てた。 「あの子ったらティーンにもなって、いきなり背後からあたしの胸掴んできたんですよ! 立派な痴漢行為だわ!」 金切り声をあげるエミリアに、しかし、クラウドはどこか暢気に手を振る。 「エミリア、英語を使い間違えてるぞ。 ティーンは13歳から19歳までの子供に使うのだ。 あの子はまだ・・・」 「ううん、ティーンになっちゃったのよん、あの子ってば。 アレンちゃんも、コムたんのイタズラで20代半ばくらいになってるのよねぇん カッコよくなったの、と、どこか自慢げなジェリーが指した先に随分と背の伸びたアレンがいて、クラウドは目を見開いた。 「これはまた大きくなったものだな・・・しかし、クロスを追い越せはしなかったようだ」 意地悪く笑うクラウドに歩み寄ったアレンは、がっくりと肩を落とす。 「元帥・・・! 10年後、師匠を追い抜いてるにはどうすればいいと思います?」 いかにも悲しげな声で訴えられて、クラウドは笑い出した。 「そうだな、よく食べるだけでなく、よく寝たらいいのではないか? 現にラビはよく寝ているぞ」 ひょい、と指した先ではラビが、まだ白目を剥いて伸びている。 「・・・そういえばそうですね。 ラビってば、気がついたら寝てますもんね」 猫みたいだ、と呆れて、アレンはラビの頬をつついた。 「ラビ。 いい加減、起きなよ」 「こら、余計なことをするな。 こいつが起きたら面倒・・・」 「元帥みっけー!!!!」 目を開けた瞬間、クラウドに飛び掛って来たラビを、巨大化した彼女の猿が掴んで握り潰す。 「・・・ほら、面倒なことになったじゃないか」 「すみません・・・」 じっとりと睨まれて、アレンが眉尻を落とした。 「やっぱりこれ、血抜きしてもらえますか?」 「おっけー ラビをぶら下げて厨房へ戻るジェリーの背に、エミリアがにこりと笑う。 「あたし、今日の夕飯はウサギ肉のシチューにしよっと♪ 元帥、ティモシーのお仕置きが終わるまでヒマでしょ?お茶してましょー 「ヒマって・・・なんだか不本意な言われようだな。 そもそもお前、いつ許してやるつもりなんだ?」 陽気なエミリアに対し、呆れ口調のクラウドがテーブルに歩み寄ると、アレンが自然な仕草で椅子を引いた。 「うむ」 軽く頷いた彼女が座るや厨房にいたシェフ達が駆けつけて、テーブルにティーセットとお茶菓子を並べる。 ごく当然のように差し出した手でティーカップを受け取ったクラウドが、彼女好みの甘さになったお茶に軽く頷いた。 「お前も相伴するといい」 「相変わらず・・・すごい女王様っぷりですねぇ・・・」 呆れるエミリアに、アレンが笑って手を差し伸べる。 「僕もなんだか執事になった気分です。どうぞ」 エミリアにも椅子を引いて座らせたアレンは、クラウドに向かって軽く一礼した。 「ご一緒してもよろしいでしょうか?」 「あぁ、構わんぞ」 快く承諾したクラウドに礼を言って、アレンは同じテーブルに着く。 「ところでアレン? お前にいつもついている犬が見えないようだが・・・ティモシーの監視をしているのか?」 ティーカップをソーサーに戻したクラウドが問うと、早速お茶菓子に手を伸ばしていたアレンがにこりと笑った。 「はい。 この棟の塔に吊るしたんですけど、今日は風が強くてティモシーが屋根の上を転がるもんですから。 リンクが心配して、落ちないように見てくれるそうです」 「・・・お前よりも監査官の方が優しかったとは、意外だな」 驚いたクラウドに、エミリアがぱたぱたと手を振る。 「そんなことありませんよ。彼って結構、面倒見がいいですよ? アレンだって、監視されてるって言うよりはお世話されてるじゃありませんか」 ねぇ?と笑われて、アレンは苦笑した。 「傍から見ればそうかもしれませんけど、口うるさくってたまったもんじゃないですよ。 彼と同室になってから僕、毎日部屋の掃除させられてるんですから」 「いいことじゃないか」 クスクスと笑うクラウドに、アレンはうんざりと首を振る。 「それに、いつも傍にいるから全然自由がなくて。 今日だって・・・」 はっと口をつぐんだアレンに、クラウドとエミリアが目を光らせた。 「なんだ?なにがあったんだ?」 「言いなさいよ 意地悪く笑う二人に苦笑し、アレンは声を潜める。 「・・・いつももらってばっかりじゃ悪いなぁと思って、ジェリーさんに協力してもらったんですよ」 「ジェリー? なんだ、アレン。ケーキでも焼いたのか?」 いきなり図星を指されて、アレンが無言になった。 「あらまぁ、ホントに?リナリーにあげるの?」 クスクスと笑いながらエミリアが、アレンの真っ赤になった頬をつつく。 「みっ・・・みんなには黙っててくださいよ? 僕、ケーキ作ったのなんて初めてで・・・すごい不恰好ですから、あんまり見られたくないんです!」 「おっけー でも、一所懸命作った初めてのケーキをもらえるなんて、リナリー喜ぶと思うわよ 「ホントに?!」 目を輝かせたアレンに、しかし、クラウドは首を傾げた。 「だがもしお前が、リナリー以上にうまく作っていたら逆効果かもしれないな。 味に自信があるのなら、ここは『ほとんどジェリーにやってもらった』と、一言添えるといい」 「さすが元帥・・・! ありがとうございます!」 「いいや・・・ん?」 鷹揚に笑ったクラウドの顔が、急に引き締まる。 「・・・私のケーキがない」 「あっ!」 じっとりと睨まれたアレンが、気まずげに首をすくめた。 「す・・・すみません! すぐにお代わりを持って来ますから!」 慌てて席を立ち、厨房へ走って行ったアレンの背に、クラウドが吐息する。 「この私の目を盗むとは、あいつの手の早さはクロス以上だな」 「あら。 じゃあ、リナリーに近づけちゃいけないんじゃないですか?」 エミリアが意地悪く言ってやると、クラウドもまた、意地悪な笑みを浮かべた。 「リナリーは、兄に異常なほど守られているからな。 あの子のためにも、悪い虫の一匹くらいつけてやるのは私の役目だろう」 「そうですねぇ。 ラビはちょっと危ないけど、アレンならそうそう悪さもしないでしょうから、安心な悪い虫ってところかな・・・あれ? 今の英語、変でしたよね?」 「そうだな」 ぶつぶつと『悪い虫』、『悪くない虫』と呟いてわけのわからなくなっているエミリアに、クラウドがくすくすと笑う。 「そうだな・・・少々仕掛けるのも楽しいかもな」 ケーキの復讐だ、と、クラウドはいかにも楽しげに笑声をあげた。 その頃、ロンドンでは前夜からの任務を終えた神田が、うんざりとした顔でミランダを見下ろしていた。 「・・・だから、行くなら勝手にいきゃあいいだろ! なんで俺がつきあわなきゃなんねぇんだ!」 イライラと言えば、ミランダはびくりと怯えて首をすくめたものの、両手で掴んだ彼の腕を放そうとはしない。 「おねがい・・・ですから・・・」 泣きそうな声で言われて、舌打ちした神田は頭上にそびえるビッグベンをちらりと見上げた。 「・・・20分だ。 20分経ったら、ゲートの開く教会に移動するからな!」 「は・・・はい!」 大きく頷いたミランダが神田の腕を引いたまま踵を返して、彼は珍しくもたたらを踏む。 「おぃっ・・・なんで俺の腕を引く必要があんだよ!!」 「だ・・・だって神田君、逃げやしないかって・・・!」 「逃げるか!!」 冷たく腕を振り払うと、ミランダは不安げな顔をして、再び走り出した。 「じゃ・・・じゃあ、ちゃんとついて来てくださいね!」 「ちゃんとって・・・馬鹿か!ウェストミンスターは左だろうが!!」 右の道へと走り去ろうとしたミランダの襟首を掴み、神田は国会議事堂の向こうを指す。 「こっちだ馬鹿! そっちこそはぐれんじゃねぇよ!!」 凄まじい怒号を浴びせる神田に、周囲の紳士淑女から白い目が集まった。 その中で、 「あれ・・・神田?ミランダも!」 曇り空の下、華やかに映えるピンクのワンピースを着たリナリーが、目を丸くして二人を指す。 「リ・・・リナリーちゃん・・・なんで? 任務・・・じゃなさそうだし・・・」 リナリーに負けず目を丸くしたミランダが、彼女の傍らに立つ、見知らぬ紳士を不安げに見上げた。 「あ・・・あの・・・どちらさまですか・・・?」 アルカイックスマイルを浮かべる東洋人に、なぜか見覚えがある気がして問うと、リナリーが嬉しげに笑って彼の腕に抱きつく。 「リナリーのパーパだよ 「え?お父様・・・?」 大真面目に信じてしまったミランダは、しかし、すぐさま混乱してしまった。 「リ・・・リナリーちゃんのお父様・・・というか、ご両親は確か、アクマに・・・」 とんでもない聞き違いだったろうかと、うろたえるミランダの隣で、不躾に彼を見つめていた神田が軽く頷く。 「コムイか。 今度はなんの悪さだ?」 あっさりと言われ、目を見開いたミランダの前で、彼は愉快げに笑い出した。 「さっすが神田君! 本当にキミって、騙すのが難しいねぇ!」 大声で笑う彼にミランダが唖然とすると、リナリーがぺろりと舌を出す。 「えへ 兄さんに歳を取っちゃう薬を食べさせたら、パーパそっくりになったの! だから今日は、お仕事を班長に任せて父娘デートしてるんだよ 「え・・・リーバーさんに・・・?」 途端、ミランダががくりと肩を落とし、ぎょっとしたリナリーが慌てて駆け寄った。 「ど・・・どうかした?!」 上ずった声で問うと、ミランダはしくしくと泣き出す。 「リーバーさんと・・・せめてランチは一緒にしましょうね、って約束して・・・がんばって任務を終わらせたのに・・・・・・。 コムイさんのお仕事を押し付けられてたんじゃ、絶対に無理だわ・・・・・・」 「う・・・ご・・・ごめん・・・・・・!」 さすがのふてぶてしいコムイも女性の涙には敵わず、声を引き攣らせて謝った。 そんな彼に、神田が鼻を鳴らす。 「謝るんなら今からでも戻ればいいじゃねぇか。 リーバーと代わってやりゃあ、こいつは約束通りリーバーとランチが出来るって、すぐに泣き止むぜ」 「あ・・・うーん・・・それは・・・・・・」 期待を込めて見つめてくるミランダから、コムイは気まずげに目を逸らした。 「・・・・・・・・・ごめん」 「うううっ・・・!」 また泣き出したミランダに、兄と同じく困ったリナリーは、ふと思いついて、ゴーレムを取り出した。 「もしもし、ジジ? 今、班長ってどんなカンジ?がんばってるの?」 途端に溢れて来た怒号はゴーレムのスピーカーを手で封じて無視する。 彼の息が切れた頃を見計らい、再びゴーレムに向かったリナリーは、 「室長代理の代理をジジにお願いするよ! ランチタイムの間だけ、お願いね!」 と、無理強いにも程があることを早口で言った。 「さもないと・・・」 思わせぶりに言葉を切ると、回線の向こうでジジが息を呑む。 「あの秘密、ばらすからね」 くすくすと意地の悪い笑声と共に言ってやれば、途端に承諾の声が上がった。 「はい、解決だよ、ミランダ すぐに帰って、班長とランチするといいよ 呆れ顔の一同に、リナリーはまたくすくすと笑う。 「お前・・・どんな秘密握ってんだ?」 声を引き攣らせた神田に、リナリーはひらひらと手を振った。 「知らないよ、ジジの秘密なんか。 でもあんな風に言えばきっと、色んな想像をして言うこと聞いてくれるだろうなぁって思ったダケ 「性悪が・・・!」 神田が思いっきり舌打ちすると、リナリーは意地悪な目で彼を見上げる。 「リナリーが知ってるのは、神田の秘密だけだよ 「そっ・・・その手には乗らねぇぞ!!」 すかさず言い放った彼の目の前で、リナリーはにんまりと笑みを深めた。 「小さい頃からずっと一緒だったんだよ? 神田の秘密くらい、いくつだって知ってるよ くすくすと笑うリナリーに、神田が絶句する。 「さ、いこ、兄さん 今コヴェントガーデンでやってる演目、観たかったんだぁ 「そうだね じゃあ神田君、ミランダ、気をつけてお帰りね!」 神田が固まっている隙にと、コムイが止めた辻馬車に乗り込み、二人はさっさと行ってしまった。 「はっ!!」 「もう・・・遅いです」 ようやく意識を取り戻した神田に、ミランダがため息をつく。 「あの・・・神田君が気絶してた時間はなかったことにしていいですよね?」 「あ?」 腕を引かれて、神田は彼らしくもなく間の抜けた声をあげた。 「これから20分、って事でいいですよね? 私・・・じっくり選びたいですし!」 神田が答える前に、ミランダは再び踵を返して走り出す。 「リーバーさんへのプレゼント・・・ウェストミンスターが作ってるお守りを買うのに、この腕がいるんです!」 リーバーがいつも着けているブレスレットと一緒に着けてもらおうと、前々からウェストミンスター寺院が作っているケルトクロスのブレスレットに目をつけていたのだ。 しかしブレスレットのサイズを測るには、やはり男の腕がいる。 「神田君ならリーバーさんとそうサイズが違わないと思うし・・・この機会をずっと狙っていたんですから、つきあってくださいね!」 「なんでお前まで・・・!」 気が弱く、控えめだったミランダはどこの世界に消えてしまったのかと、神田はうんざりしつつも彼女のお供で寺院へと走って行った。 「・・・はっ!煮込まれる夢を見たさ!!」 厨房の隅に吊るされていたラビは、目を開けるや大声をあげた。 「ちょっ・・・なんで俺、吊るされて・・・! ねーさん!ねーさーん!!」 必死にジェリーを呼ぶと、彼女は包丁を手にしたまま歩み寄ってくる。 「さぁて そろそろ血抜きしましょうか 「えぇっ?!なんでさ?! 確かに俺、希少なブックマンの血族だけど、俺の血だけでどうこうなるもんじゃないさね! 俺の生き血をすすっても記憶力よくなったりせんから考え直して!!」 見当違いの抵抗をするラビに、ジェリーが笑い出した。 「生き血をすすったりしないわよん けどアンタさっき、クラウドちゃんに飛び掛ってお猿さんに握りつぶされたでしょぉん。 危険だから、血抜きしてシチューにしましょ、って話 「余計悪いさあああああああああああああ!!!!」 声まで蒼褪めたラビは、吊るされたままぴちぴちと跳ねる。 「助けてさ!誰でもいいから助けてさー!!!!」 ぎゃあぎゃあと喚くと、仕事中のシェフ達が笑い出した。 「活きのいい食材だなぁ」 「でかいから血抜き大変そうだけど、明日には煮込めるかな!」 「おいしくなーれ♪おいしくなーれ♪」 「歌うなああああああああああああ!!!!」 更に泣き喚くラビを、ジェリーが軽く叩いてなだめる。 「冗談に決まってるじゃない 「姐さん・・・!」 涙を振り払って見上げた彼女は、優しく微笑んだ。 「アンタが今後一切、クラウドちゃんに迷惑をかけないって約束するなら・・・」 「迷惑じゃないさ!愛さ!!」 「・・・・・・今日一日は吊るされてなさい、アンタ」 ジェリーが笑みを消し、ため息と共に命じる。 「ま、血抜きは勘弁してあげるわん」 「解放してさああああああああああああ!!!!」 だがこの後、ラビの絶叫は一切無視されて、彼は声を嗄らして力尽きるまで、厨房の隅に吊るされることになった。 「あ、起きたみたい」 厨房から聞こえる絶叫に、アレンが苦笑する。 「ホント騒がしいですよねぇ、あれ。 ウサギってあんなに鳴くもんですっけ」 「鳴くんじゃないの、種類によっては」 くすくすと笑うエミリアが、窓の外を見遣った。 「なのに、上は全然泣かないみたいねぇ。 まだ白目剥いてるのかしら」 「監査官が見ているのなら、落ちても問題ないだろう。 放っておけ」 冷たい女達にアレンも頷いて同調する。 「あの歳であんなセクハラして、反撃されないと思ってる方が悪いんですよ。 痴漢は犯罪です」 だからラビも罪人、と笑ったアレンの後頭部に、 「ダンクシュート!!」 と、鈍器が振り落ろされた。 白い髪を紅く染めてテーブルに突っ伏したアレンの背後で、同じく目を回したティムキャンピーを放り出した少年が鼻を鳴らす。 「よくも逆さ吊りにしてくれたな、アレン! リンクのあんちゃんが助けてくれなかったら俺、目ェまわしたまま落下して天国に行ってたぜ!」 「あんたが落ちるのは地獄でしょ!」 「ごっ!!」 凄まじいゲンコツを落とされて、彼はたまらずしゃがみこんだ。 「〜〜〜〜んなっにすんだエミリアアアアアアアアアアア!!!! 師匠とおんなじ所殴りやがって!たんこぶが余計膨れたろ!!」 「自業自得でしょ、このクソガキ!! あんたちゃんと反省したの?!」 鼻をぎゅうぎゅうとつままれて、泣き声をあげた彼をじっと見つめていたクラウドが、深々とため息をつく。 「ティモシー・・・。 お前は身体の成長に中身が伴わないのか? 我が弟子ながら、なんとも情けない・・・」 師の声にぎくりと怯えたティモシーが、もぎもぎとあがいてエミリアの手を振り解こうとするが、彼女の力は女と思えないほど強く、クラウドが背後に迫るまで決して彼を逃がそうとしなかった。 「ティモシー・・・プラス10歳と言うことは、今は19歳くらいか?」 「ぴっ!!」 奇妙な悲鳴をあげて固まった弟子を、クラウドが冷たく見下ろす。 「案外、背が伸びなかったな」 「っ!!!!」 残酷な一言を突きつけられたティモシーの目から、涙が溢れ出した。 その様をクラウドは楽しそうに・・・実に楽しそうに目を細めて見つめる。 「うん、きっといい子じゃないから背が伸びなかったんだな。 私やラウ、エミリアに、何度も何度も何度もげんこつされたから、伸びなかったに違いない」 「そんなっ!!」 真っ青になってエミリアの手を振り解いたティモシーが、今の自分よりもまだ背の高いクラウドに詰め寄った。 「師匠!! 俺がホントにこの年になった時・・・せめて師匠を追い越すくらい背を伸ばすにはどうしたらいい?!」 アレンとまったく同じその言葉に、クラウドは思わず吹き出す。 「師匠!!笑い事じゃないのに!!」 「いや、しかし・・・・・・!」 ティモシーを怒らせてしまっても、クラウドの笑いは収まりそうになかった。 「師匠!!」 「だってお前・・・アレンと同じことを言うのだもの・・・!」 いつも冷静な彼女らしくもなく、大笑いする声は食堂の外にまで響いて、何事かと団員達の耳目を集める。 「アレンはクロスを追い越そうとしているのに、お前は私か! 随分と志の低いことだな!」 「べっ・・・別に、最終目標とは言ってないじゃんか!! そのクロスって人がどんだけ大きいかしらねーけど、俺はアレンくらい追い越して見せるぜ!!」 「・・・ふぅん。 じゃあ、今のうちに芽を摘んでおこうか」 「ごっ!!」 ゆらりと起き上がったアレンに凄まじいげんこつを落とされて、ティモシーが床に沈んだ。 「自業自得で塔に吊るされたくせに、生意気な反撃してくれるじゃん! ティムをぶつけるなんて、頭割れたらどうすんだよ!!」 「え・・・?割れてないんだ・・・・・・」 白い髪を真っ赤に染めるほどの血を噴き出しながら、病棟へ行くより先にティモシーへ再反撃したアレンを、エミリアが呆れ顔で見る。 「ねぇ・・・。早く病棟に行った方がいいよ?」 「あ、はい。 これをシメたら行きますよ」 「・・・まったく君は、大きくなっても児童虐待に余念がないのですね」 「躾けですとも」 いつの間にか傍にいたリンクに鼻を鳴らし、転がるティモシーを再び縄で簀巻きにしたアレンは、貧血でふらふらしつつも彼を担ぎ上げた。 「塔まで運ぶの面倒だから、庭に捨ててきます」 「あー・・・うん」 制止の言葉が見つからず、エミリアは複雑な顔で頷く。 それでも、 「・・・止めた方が良かったですか?」 と聞いたクラウドは、笑って首を振った。 「当然の権利だ。好きにさせろ」 そう言って再び椅子に座った彼女は、テーブルの下で片足を上げる。 「・・・私の背など、とっくに追い抜いていたのに気づかないなんて。 本当に馬鹿弟子だな」 高い踵で床を叩き、クラウドはまた愉快げに笑い出した。 「・・・元帥の笑い声が聞こえる」 ようやく教団に戻ってこれた神田は、食堂のだいぶ手前で立ち止まり、ミランダを驚かせた。 「え?どこにいらっしゃるんですか?」 そしてどの元帥のことだろうかと、きょろきょろと辺りを見回すミランダを置いて、神田は踵を返す。 「あら?神田君?」 「別に食堂まで付き合わなくていいだろ。 俺は後で・・・」 「あれ?!神田ー!!!!」 嬉しそうな声で話を遮られた神田は肩越し、ムッと睨んだ。 「・・・・・・モヤシか」 10年ほど年を重ねたことで、やや雰囲気は変わったものの、白髪と特徴的な傷は見間違えようがない。 「お前も例の歳を取る薬とかを盛られたのか?」 ちっとも驚かないどころか、彼がこうなった原因まで知っているらしい神田にアレンの方が驚いた。 「情報早いですねぇ・・・! 科学班で聞いたんですか?」 二人が任務帰りだと言うことに思い至って問えば、神田はあっさりと首を振る。 「ロンドンでコムイ達に会ったんだ。 すっかりオヤジになってたな、あいつ」 意地悪く笑う神田にアレンは、にんまりと笑った。 「神田も使ってみればいいですよ コムイさんは例外として、東洋人はそんなに背が伸びないって言うし、29歳になった君をぜひ僕に見下ろさせてください はしゃいだ声で言えば、 「断る」 と、冷たくあしらわれる。 だがそれは、アレンにとって十分予想通りの答えで、彼は却って余裕綽々に笑って見せた。 「なんで?負けるのがヤなんですか?」 あからさまな挑発にミランダがおろおろする前で、神田は鼻を鳴らす。 「ちげぇよ。 29まで生きてるとは思えねぇからな、うっかり灰になるのはごめんだ」 ・・・その言葉に、アレンやミランダだけでなく、リンクまでもが凍りついた。 「・・・・・・・・・」 「ご・・・ごめんなさい・・・」 「神田君・・・死なないで・・・・・・!」 「・・・冗談だろが。 リアルに落ち込むんじゃねぇよ」 大真面目に謝られた上に泣かれてしまって、戸惑った神田はさっさと歩を進める。 「あ・・・あれ? 食堂に行かないんですか?」 てっきりランチに行くのだと思っていたアレンが神田の背に問うと、彼は再び足を止めた。 「食堂に・・・クラウド元帥がいるだろ。 あの人なら、本当にその薬を盛りかねねぇからな。 殺される前に逃げる」 真剣な口調で言われては、もう止めることもできない。 「い・・・生きて会いましょう・・・!」 「・・・・・・アホか」 呆れ口調で言うや、彼はもう振り返りもせずに行ってしまった。 「あの・・・それでティモシー君は、どうするの?」 アレンが担いだままの、ティモシーだという少年を不思議そうに見つめるミランダに、アレンはにこりと笑った。 「雪に埋めてきます 「そんなっ!!」 驚く彼女に、アレンは笑い出す。 「あ・・・冗談・・・なのね」 ほっとしたのも一瞬、 「元帥のお許しは出てますから。 本当に埋めますよ あっさり言ったアレンにミランダは慌てふためいた。 「だっ・・・だめよ!!酷すぎるわ!! ハワードさんも、黙って見てないで止めてくださいな!!」 ミランダに縋られたリンクは困り顔で彼女を見下ろす。 「倫理的にはそうすべきなのでしょうが・・・ティモシーはそうされても仕方がないくらいの悪さをしましたので、躾のためにも少々厳しくしなければいけないとは、私も思うのです」 「でも雪に埋めるなんて・・・死んじゃうわ!!」 悲鳴じみた声は回廊を伝って遠くまで響き、彼女のガーディアンの耳にも届いた。 「なに騒いでんだ?」 呼び寄せられたリーバーに、リンクはムッと眉根を寄せ、ミランダは嬉しげに頬を緩め、アレンは目を丸くする。 「あれ、リーバーさん・・・室長代理で忙しいんじゃ・・・?」 「あぁ、忙しいんだが・・・なんでだかランチタイムの間だけ、ジジが代わってくれた」 首を傾げるリーバーから、事情を知るミランダがそっと目を逸らした。 「今日は一緒にランチする約束だったからな。気を利かせてくれたんだろ、きっと」 「はい これ見よがしにミランダの手を取ったリーバーを、リンクが殺意に滾る目で睨む。 「じゃ、お前らはティモシーが風邪ひく前に雪から出してやれよ」 「・・・あれ、止めないんだ?」 手を振って去ろうとするリーバーに言えば、彼はアレンへ肩をすくめた。 「お前が容赦なく仕置きしようとしてるってことは、こいつがレディに対して無礼を働いたってことだろ。 遠慮なくやってよし!」 ミランダを引き寄せて許可した彼に、アレンが笑い出す。 「なーんか・・・リーバーさんとリンクって、似てるよねぇ」 「誰がこんな・・・っ!」 「俺はこんなに目つき悪くないと思うがなぁ」 互いに心外だといわんばかりの表情がまた似ていて、アレンはまた吹き出した。 リンクに睨まれ、慌てて笑声を押さえ込んだアレンが、逃げるように踵を返す。 「じゃあ僕、これ埋めてきますんで、ごゆっくり 「あぁ」 軽く手を振ったリーバーと共に行ってしまったミランダを、寂しそうに見送るリンクにアレンが苦笑した。 「ご主人様に置いてかれたわんこみたいな顔してますよ、リンク。 君は僕の監視役なんですから、ミランダさんじゃなくて僕についてくるんですよ」 二人の邪魔をするなと、言外に言うアレンにムッとして、リンクは彼の後に従う。 「そんなこと、言われるまでもなくわかっているんですよ!」 とは言ったものの、またもやミランダの去った先を目で追ってしまったリンクはアレンに笑われ、怒りと苛立ちを込めてティモシーを雪に埋めた。 「あらまぁ・・・! それで、そのままにしてきたの?!」 眉を跳ね上げた婦長に非難されて、アレンは首をすくめた。 「だってティモシー・・・ラビよりたちが悪かったんですよ? ラビだって今、厨房で血抜きの刑なんですから、ティモシーを雪に埋めるくらい、優しいもんだと思いますけど」 「だからって・・・凍死でもしたらどうするの!」 手当てされたばかりの頭をはたかれて、アレンが涙目になる。 「だ・・・大丈夫ですよ! 神田じゃないんですから、その辺の手心は加えてあります!」 「そうなの?」 じろりと睨まれたリンクが、軽く頷いた。 「雪に埋めると言っても、さすがに希少なエクソシストを冷凍肉にするわけにはいきませんから。 逃げられないよう、縄を杭に繋いだ上で、かまくらを作ってやってます」 「・・・それってありがたいことなのかしら」 善意にしては斜め上を行っている気がすると、ため息をついた婦長にアレンがぱたぱたと手を振る。 「このくらいでへこたれるほど、可愛い子供じゃないから大丈夫ですよ! それにまだ見てないでしょうけど、今は子供じゃなくて19歳くらいになってますから。 ・・・19になってもいつもの僕と同じくらいの身長で、ショック受けてましたよ」 くすくすと意地悪く笑うアレンを、リンクが忌々しげに睨んだ。 「まぁ・・・監査官も、もう少しは伸びる可能性はあるから」 そう睨むなと婦長に苦笑されて、リンクが顔を赤らめる。 「それで、室長はちゃんと解毒剤を作ってくれたの?」 問うと、アレンはあっさりと首を振った。 「そんなの作る前にリナリーと遊びに行っちゃいましたよ。 どこ行っちゃったのかなぁ・・・今頃きっと、ブリジットさんが鬼の形相になってますよ」 「そうねぇ・・・でもまぁ、リーバーやジジが代理をやっているのなら、彼女も室長のお守りをするよりはやりやすいんじゃないかしら」 「問題児ですもんねぇ、コムイさん!」 ケラケラと笑い出したアレンにつられ、婦長も笑い出す。 だがリンクだけは苦虫を噛み潰したような顔をして、忌々しげに鼻を鳴らした。 「二人とも、彼女を見くびっているのではありませんか。 フェイ補佐官は有能な官吏です。 彼女の支配下から、そう簡単に逃げられるとでも?」 嫌味ったらしく言ってやった途端に笑声が止み、気まずげな沈黙が降りる。 「・・・怪我はしないで欲しいわね」 ぽつりと呟いた婦長に、アレンはぎこちなく頷いた。 ―――― コヴェントガーデンはロンドンの中心、シティ・オブ・ウェストミンスターにあり、ロイヤルオペラハウスがあることで知られる。 むしろ、ロイヤルオペラハウスを指してコヴェントガーデンと呼ぶことが多く、リナリーが楽しみにしていた演目も当然、この舞台で演じられていた。 運よくチケットを入手し、早々と席に着いた二人は、未だ幕の下りた舞台をわくわくと眺める。 オーケストラがそれぞれのパートを確認する中、座席も徐々に埋まっていって、二人の両側にもいかめしい顔つきの男達が座った。 そのただならぬ雰囲気にはっとしたリナリーの腕を、傍らの男が掴む。 「お静かに」 横目で見れば、コムイも既に、隣に座った男に腕を掴まれていた。 「室長、確保しました。 これよりお帰り願います」 無線に向かって低く呟いた男を、リナリーはコムイ越しに睨む。 「あなた達・・・鴉?」 その問いには答えず、彼らはリナリー達の腕を引いて立たせた。 「フェイ補佐官からの伝言です。 勝手に教団を出られては困ります。至急お戻りください、とのことです」 ため息をついて諦めたコムイを悲しげに見上げ、リナリーも頷く。 「短い逃亡劇だったなぁ・・・」 「もう逃げないから放して」 憮然と言うや、リナリーは男の手を振り解いてコムイの腕に抱きついた。 「せっかくパーパとお出かけだったのに・・・!」 「そうだね、またやろうね・・・今度は補佐官のお許しをもらってね!」 じろりと睨まれたコムイが慌てて言い添える。 その様に、リナリーは頬を膨らませた。 「あの魔女・・・絶対追い出してやるんだから・・・!」 ぶつぶつと文句を言うリナリーから目を離さず、男達は二人を馬車に乗せる。 「あーぁ・・・楽しみにしてたのに・・・・・・」 幕が開く前に出てしまったオペラハウスを、リナリーは馬車の窓から悲しげに眺めた。 「兄さん・・・。 今日の公演のレコードが出たら買ってぇ・・・」 「うん、いいとも。 でもその前に、夜の女王のアリアを聞かされそうだけどね・・・」 乾いた声で言ったコムイが、ブリジットの怒声を想像して身を固くする。 が、彼の予想通り、怒号を浴びせようと待ち構えていたブリジットは、執務室に入って来た中年男を見るや、声を失った。 凍りついた表情が、怒りによるものと思ったコムイは先手必勝と彼女に頭を下げる。 「ほ・・・補佐官、ホントーにごめんなさい! キミに迷惑をかけるつもりはなかったんだけど、うっかり理性が飛んじゃって・・・補佐官?」 何の反応もないブリジットを不思議に思い、顔をあげたコムイは、呆然と自分を見つめる彼女に首を傾げた。 「あの・・・どうかした、ミス・フェイ?」 「はっ?!い・・・いえ、別に・・・!」 珍しくもうろたえた彼女を訝しく思いながら、コムイは彼女の前で手を合わせる。 「スミマセン、もうしません! だからその・・・許してとは言えないんで、せめて・・・大目に見て?あ!!」 余計なことを言って更に怒らせただろうかと、コムイが慌てた。 「ゴ・・・ゴメンなさい! イヤ、違うんだよ!大目に見てじゃなくてその・・・なんだっけ、こういう時って! お仕置きは勘弁してください、じゃなくて・・・あぁもちろん、お仕置きはホント勘弁して欲しいんだけどその・・・!」 恐ろしい補佐官の前で緊張し、しどろもどろになったコムイをしかし、ブリジットはただ見つめる。 その静かな様子は、凄まじい怒号を浴びせられた時よりも逆に恐ろしく、怯えたコムイは段々と口数を減らしていった。 「あのー・・・ミス・フェイ・・・?」 黙っているのは、世にも恐ろしいお仕置きを考えているからではないかと勘繰ったコムイが、怯えた上目遣いで見つめると、彼女は小さく吐息する。 「・・・ファーストネームで・・・呼んでいただけますか?」 「へ?」 目を丸くしたコムイに、今度はブリジットがうろたえた。 「あ、いえその・・・わっ・・・私は別に、その・・・」 慌てるあまり、適切な言葉が見つからずに混乱する彼女へ、コムイが首を傾げる。 「えーっと・・・フェイ補佐官のファーストネームって、なんだっけ?」 その言葉に、ブリジットのこめかみが引き攣った。 「お・・・覚えてらっしゃいませんか・・・?」 声も引き攣らせて問えば、コムイは眉間にシワを寄せて頷く。 「ぶ・・・ぶー・・・・・・ブレンダ、だっけ?」 「もう結構!!」 裏返った金切り声で怒鳴られて、コムイがまた震え上がった。 「さっさとお仕事にお戻りあそばせ!!!!」 「はいぃっ!!!!」 飛び上がり、デスクへと駆け戻ったコムイに鼻を鳴らしたブリジットは、自分のデスクに戻ってファイルを眺めるふりをしながら、ハンコを捺すコムイを盗み見る。 ―――― 渋いじゃありませんの!!!! ルベリエとどちらがカッコイイだろうかと言う雑念に悩まされながらも、ブリジットはここへ出向して以来初めて、機嫌よく仕事を進めた。 だが、機嫌がよくないのはリナリーで、たっぷりとお説教された挙句に追い出された執務室のドアに向かい、思いっきり舌を出した。 「なんだよなんだよ!ちぇーっ!!!!」 足元にあった缶を蹴飛ばすと、破裂したそれが謎の霧を噴射しながら科学班を飛び回り、また叱られてしまう。 「ふーんだ! いいもん!今日はもう、コーヒー持って来てあげないもん!!」 それでもいいから出て行けと、科学班をつまみ出されたリナリーは、頬をぱんぱんに膨らませて食堂へ向かった。 そこに行けば誰かいるだろうとのもくろみは当たって、クラウドとエミリアがのんびりとお茶を飲んでいる。 「元帥・・・」 声をかけようとした時、リナリーの視界を白い影が遮った。 そちらを見遣ると、白い頭に白い包帯を巻いたアレンがリナリーより先に彼女達に歩み寄って、楽しげに談笑を始める。 ムッとしてその様を見つめていると、アレンがクラウドへ手を差し伸べ、美しい元帥をエスコートした。 「あ・・・」 立ち上がったクラウドがアレンの耳に何か囁き、くすくすと笑う仕草はとても色っぽくて、リナリーは子供っぽく膨らませていた頬を赤らめる。 アレンはそんな彼女に気づきもせず、クラウドの手を取ったまま、エミリアに何か話しかけていた。 と、アレンがもう一方の手を差し出し、それを取ったエミリアがふわりと優雅に立ち上がる。 「りょ・・・両手に花?!」 リナリーは彼女に背を向けたまま、両手に二人の手を取ってテラスへ行こうとするアレンを、嫉妬に滾る目で睨みつけた。 と、不意にクラウドが振り返り、にんまりとリナリーに笑いかける。 「元帥・・・!」 何のつもりかと詰め寄りたくはあったが、大人の女性二人に挟まれたアレンは、いつもの彼と違ってとても大人っぽく、リナリーが気軽に近づける雰囲気ではなくなっていた。 きゅっと眉根を寄せて立ち止まったままのリナリーに、クラウドはくすくすと笑い出す。 「どうかしましたか、元帥?」 背後になにが、と、振り返ろうとするアレンの頬に手を当て、クラウドは彼の目を自分へ向けた。 「気にするな。 それよりも、ちゃんとエスコートしろ」 「はい」 にこりと笑って、アレンは並ぶテーブルを避けながら、レディ達をテラスへエスコートする。 ぴったりと閉ざされ、白く曇った大窓を開けてテラスへ出ると、そこに面した中庭には小さな雪のドームがこんもりと盛り上がっていた。 「ティモシー、あの中にいるの?」 「まるで犬小屋だな」 くすくすと笑う二人に頷き、アレンはドームの近くにいたリンクに声を掛ける。 「ティモシー、凍っちゃった?」 問うと、リンクが何か言う前にかまくらから顔を出したティモシーがきゃんきゃんと吼えた。 「てんめぇアレン!! 早くこの縄解けよっ!!さぶいいいいいいいいいいいいいい!!!!」 ガタガタと震えるティモシーは、暖を取るつもりだったのか、首にティムキャンピーの尻尾を巻きつけていたが、肝心のゴーレムが寒さで凍ってしまい、逆効果になっているようだ。 「だからさぁ、ちゃんとみんなに謝って、反省したら出してあげるって言ったでしょ。 強情なんだから、まったく」 クスクスと笑うアレンに、リンクが肩をすくめた。 「そろそろ出してやらないと、凍傷くらいにはなるかもしれませんよ」 「そうだな、では・・・」 「あたしに心から詫びて、反省しなさいっ!」 クラウドの言葉を遮って、エミリアが割り込んでくる。 「さもないとあんた、春までそこにいることになるわよ!」 「そ・・・それはさすがに・・・」 厳しすぎやしないかと、本来ならば最も冷酷なはずの監査官が口を濁した。 だが、 「このくらいせんと、馬鹿弟子の曲がった根性は直りそうにないからな」 「そうよ!筋を通しなさいよ、筋を!」 監査官以上に厳しい女達は、テラスから動物の芸でも見物するかのようにティモシーを見下ろし、頑強に言い放つ。 「・・・ティモシー、ここは折れるべきだと思いますよ。 そして心から詫び、反省して今後は正しいキリスト教徒となるのです」 リンクが雪の中で震える少年に言ってやると、ティモシーは子供の時と変わらず、えぐえぐとしゃくりあげながら頷いた。 「ごべんだざいいいいいいいいいいいいいい!!!! もうじまぜんがら・・・ゆるびでええええええええええええええ!!!!」 とうとう大声で泣き出した彼に、テラスから笑声と喝采が沸き起こる。 「・・・本当に残酷な人達ですね」 呆れ顔のリンクが屈みこみ、ティモシーをぐるぐる巻きにする縄を切ってやった。 「ほら、早く暖かい部屋へ・・・」 「ありがどおおおおおおおおおおおお!!!!」 「ちょっ・・・鼻水をつけるんじゃありません!!」 涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を押し付けられて、リンクが必死に引き剥がそうとする。 その様がまたおかしいと、テラスから更に笑声が沸いた。 「あ・・・あなた達は!!」 苛立たしげに舌打ちしたリンクが、ティモシーに足払いをかけて小脇に抱える。 「ほら、行きますよ!ティムキャンピーも!」 雪の上に転がったゴーレムも律儀に拾って、リンクは棟内へと戻った。 「あぁ、おかしかった!」 「ティモシーのあの顔ったら!」 「本当にな」 未だ笑いの止まらない三人が楽しげに食堂に戻ると、リナリーが恨みがましい目で彼らを見つめていた。 「ど・・・どうしたんですか、リナリー?」 「・・・・・・・・・・・・別に」 驚くアレンを、明らかにただ事ではない目でリナリーが睨む。 「え・・・えっとー・・・。 お出かけは楽しかったですか?」 笑みを引き攣らせて問えば、リナリーの眉根がますます寄った。 「・・・意地悪魔女が派遣した鴉に捕まって、連れ戻されたの」 「それは・・・残念でしたね・・・」 それで機嫌が悪いのかと思い、アレンはリナリーに歩み寄る。 「コムイさんが缶詰になったんでしたら、こっちで一緒にお茶しませんか? 僕・・・」 「いいよ!リナリーなんかほっといて、元帥達と楽しくお茶してれば?!」 思わず大声をあげてしまったリナリーは、気まずげな上目遣いでアレンを見上げた。 と、いつもなら簡単にうろたえる彼はなぜか、優しい笑みでリナリーを見下ろす。 「ほっとかないですよ。 せっかく帰ってきたんですから、一緒にお茶しましょう クラウド達と同じく手を差し伸べられて、リナリーはおずおずとアレンの手を取った。 「あのね、僕・・・いつももらってばかりだから、今日はリナリーにケーキを作ってみたんですよ」 「ほ・・・ホントに・・・?」 テーブルへエスコートされるリナリーが目を輝かせると、アレンは照れくさそうに笑って頷く。 「初めてだからすごく不恰好だけど、生地はジェリーさんがつきっきりで教えてくれて・・・というか、ほとんどやってくれたから、味は悪くないと思うんです。 ぜひ食べてくださいね 「う・・・うん!!」 頬を紅潮させたリナリーを椅子に座らせると、アレンはすぐさま踵を返して厨房に走って行った。 「ふん・・・。アレンにケーキを取られた復讐で、ちょっと絡んでいじめてやろうと思ったのに、早々と修復されてしまったか。 さすがにクロスの弟子は侮れんな」 と、対面のクラウドが意地悪く笑う。 「元帥・・・なんだかさっき、やたらアレンにくっついてると思ったら、そんな意地悪やってたんですか」 呆れ顔のエミリアに、クラウドは白々しく肩をすくめた。 「お前達のお仕置きに比べれば、とても優しいじゃないか」 「でも、下手したらリナリーが泣いてましたよ。 ねぇ、リナリー?」 エミリアの意地悪なからかい口調に、リナリーが真っ赤になる。 その様に、 「どうかしました?」 ジェリーと共に、ケーキとリナリーの分のティーセットを持って戻って来たアレンがにこりと笑った。 「ううん。 リナリーも早く来てれば、ティモシーの泣き顔が見れたのに、って話してただけ 白々しく言ったエミリアに頷き、アレンはガトーショコラの皿をリナリーの前に置く。 「ぶ・・・不恰好でしょ?」 恥ずかしげに笑うアレンの言う通り、ガトーショコラは全体が妙に波打って不恰好だったが、ちっとも気にならなかった。 ぶんぶんとリナリーが首を振り、ジェリーがなんてことないと笑い飛ばす。 「飾っちゃえば全然気にならない程度よん さ 言うやジェリーはケーキをきれいに切り分け、皿に盛った周りをフルーツやアイスクリームで囲み、仕上げに粉砂糖を振って美々しく飾り立てた。 「きゃあ 改めて差し出された皿に歓声をあげるリナリーの前で、エミリアとクラウドが羨ましそうにそれを見つめる。 「リナリー、いいなー・・・」 「アレン、私のケーキを食べてしまった罰により・・・」 「ハイハイ アンタ達にもあげるから、ちょっと静かにしてなさいよん 彼女達を遮ったジェリーが、手早く皿を並べて、同じデザートを全員分作ってくれた。 「さ 「あぁ・・・僕の出番なしです・・・」 得意げなジェリーの傍らで縮こまったアレンが、リナリーへ苦笑する。 「でも一応、僕が作ったんですからね。 初めてのケーキはいかがですか?」 小首を傾げたアレンに、早速ケーキを頬張ったリナリーが目を輝かせた。 「おいしい!!すごくおいしいよ、アレン君 「よ・・・よかった・・・!」 ほっと吐息したアレンが、なぜかジェリーに抱きついたことは大目に見ることにする。 だが、 「うむ、確かにうまいな」 「もう一切れもらっていい?」 と、遠慮なく手を出そうとする二人からは皿を遠ざけた。 「なによ、ケチ」 「心が狭いぞ」 あからさまにからかい口調の意地悪な二人に舌を出したリナリーの前に、香りのいいお茶が置かれる。 「どうぞ、お姫様 同じ言葉でも、兄とは違う声で言われたことをくすぐったく思いながら、リナリーはカップを取り上げた。 「あ・・・ありがとう」 クラウドの真似をして、せいぜい大人っぽく言ってみたが、どうがんばっても子供のままごとにしか見えない。 吹き出した二人を真っ赤な顔で睨んでいると、リナリーの手をいつもより大きなアレンの手が取った。 「光栄です」 低く魅惑的な声を囁いた唇がそっと手の甲に押し当てられ、リナリーが一瞬で茹で上がる。 「元帥、見てくださいな。エビがいるわ 「あぁ、本当にエビのように茹で上がったな」 くすくすと笑う意地悪達をもう、睨むこともできず、リナリーは真っ赤になった顔を俯けた。 ―――― 翌朝。 「ほーい! 解毒剤できたよー!アレンくーん!ティモシー!ボクの執務室においでよー!」 コムイが無線に向かって話しかけるや、デスクの椅子を蹴ってブリジットが立ち上がった。 「そ・・・それは本当ですか、室長・・・!」 「へ?! う・・・うん・・・」 コムイが指の間でもてあそんでいた薬瓶を見せると、彼女はかつかつと踵を鳴らして歩み寄る。 「ど・・・どうかした、ミス・フェイ?」 彼女の勢いに面食らったコムイの前で、ブリジットは一瞬ためらったものの、すぐに目を吊り上げてコムイに詰め寄った。 「アレン・ウォーカーとティモシー・ハーストにそれを渡すことは結構だと思いますが、室長はしばし、お待ちいただけませんか?!」 「・・・・・・・・・は?」 なぜ、と、目を丸くしたコムイに、ブリジットはわずかに頬を染めて咳払いする。 「リッ・・・リナリー・リーが・・・がっかりするでしょうから!」 コムイが父親そっくりになったことを喜んでいたのに、たった一日で元に戻るのは惜しいのではないかと、早口にまくし立てたブリジットをコムイは、唖然と見つめた。 「うん・・・まぁ・・・リナリーが喜んでくれるんならボクは別に、構わないんだけどさ・・・・・・」 よりによって、リナリーとは犬猿の仲であるブリジットが申し出たことが不思議で首を傾げると、彼女はまた、ごまかすように咳払いする。 「わ・・・私だって、せっかくの父娘デートを邪魔したことは、悪かったと思っているのです。 せめてこのくらいは・・・温情ですわ!」 自分が見ていたいから、などとは口が裂けても言えない彼女の心情にまったく気づかず、コムイは唖然としたまま頷いた。 「それは・・・お気遣いありがとう。 じゃあ、アレン君とティモシーにだけあげることにするよ」 「そうなさるとよろしいですわ!!」 嬉しさのあまり声が裏返ってしまって、ブリジットが紅くなる。 「うん・・・ありがとうね」 「どういたしまして!」 不思議そうな顔をするコムイに背を向け、自分のデスクへ戻ったブリジットは必死に顔をしかめて、今にもほころびそうになる顔を懸命に引き締めた。 ・・・しかしその後、解毒剤を取りに来たのはアレンだけで、ティモシーは執務室に寄り付こうともしなかった。 代わりにエミリアに纏わりつき、気性の荒い猫のように神田を威嚇している。 「お前と同じ年になった以上は、もう遠慮しないんだからな! エミリアは俺のもんだ!!」 きぃきぃと喚き立てる彼をしかし、神田は鼻で笑った。 「別に俺はそれでもかまわねぇぜ?」 あっさりと言えば、ティモシーを押しのけてエミリアが詰め寄ってくる。 「なにそれ! あたしはモノじゃないのよ! あんた達で勝手にやり取りしないでよね!」 胸倉を掴むエミリアににやりと笑った神田は、これ見よがしに彼女を抱き寄せた。 「あぁ、どっちを選ぶかはこいつ次第だ。 ザマァねぇな、クソガキ」 勝ち誇った笑みで見下ろされ、真っ赤になったティモシーがエミリアの肩を掴む。 「そんな奴にくっついてんじゃねぇよ!!」 「うっさいわね! そんなにあたしが欲しけりゃ、せめてあたしより強くなって、こいつの背を越しなさいよ!」 止めを刺されて絶句したティモシーを、神田が容赦なく嘲笑った。 「勝負あったな。 せいぜい吼えてろ、小犬ガ」 残酷に追い討ちをかけ、この上更に何か言ってやろうと口を開いた神田へ、見かねたアレンが薬瓶を放る。 「もう戻してやんなよ、神田。 ティモシーが憤死しちゃうよ」 苦笑したアレンに鼻を鳴らし、神田は薬瓶の蓋を指で弾いた。 「おい、クソガ・・・」 「絶対!!!!」 突然大声をあげたティモシーに驚き、神田が手を止める。 「絶対強くなるから!そんでっ!!」 ぎりっと、ティモシーは神田を睨みつけた。 「絶対こいつよりでかくなってやるから!だから!!」 「うるせえ」 神田が薬瓶を差し向ける手をかいくぐり、ティモシーはエミリアに詰め寄る。 「こいつを超えたら俺と結婚しろよ!!」 「いたっ!!」 頬に頭突きかと思うキスをされて、エミリアが顔をしかめた。 「キスくらい普通にしなさいよっ!」 口に瓶ごと薬を突っ込まれたティモシーをはたこうとした手は一瞬遅く、宙を切る。 「まったくもう! マセガキなんだから・・・!」 すっかり大きくなった服の中で、もぎもぎともがくティモシーを見下ろしたエミリアの口調は怒ってはいても、その表情はまんざらでもない様子で、傍らの神田を不機嫌にさせてしまった。 Fin. |
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遅れてすみません、2012年バレンタインSSです! これはリクエストNo.83『ティーンズ大人薬』を使わせてもらってますよ いつだったか、バレンタインネタがないからなんか寄越せとチャットで話してて、『だったらあのリク使ったら?』と提案してもらったのでした(笑) せっかくいいネタもらったのに、なかなか面白く書けなくて、時間ばかりがかかりましたよ;ごめんなさいね; そしてこの題名は、クレモンティーヌ×初音ミクの『魔法使いのショコラティエ』を聴いてつけました。 いや、そのまま『魔法使いのショコラティエ』でも良かったんだけど、SS書いてるうちになんか違うように思えてこうなりました(笑) もうちょっと可愛くしたかったんですが、中々思う通りには行きませんね; ともあれ、お楽しみいただけたら幸いです(^^) |