† EASTER EGG †
「あら・・・!いい月 久しぶりに戻った自室でカーテンを開けるや、明るく差し込んできた月光にミランダは顔をほころばせた。 「次の日曜日はいよいよイースターですね 今年はなにがあるのかと、わくわくしながらミランダはベッドに寝転がる。 「きっと楽しいわ・・・ 月が空を渡る様を眺めながら、彼女はいつしか眠りに落ちて行った。 「・・・絶対やだ」 いつも付き合いのいいアレンだが、こればかりはときっぱり断る。 と、不満げに口を尖らせたラビが、テーブルの下で足を蹴って来た。 「いいじゃんか! お前の画力が悲しいくらい破壊的なのはもう、みんな知ってんだからさ! 誰も高度な技術なんて期待してねーよ!」 「・・・いちいちムカツク」 テーブルの下でラビの足を蹴り返しながら、アレンは巨大なバゲットに噛み付く。 「卵の絵付けなら、神田にやらせればいいじゃん。 あの人、馬鹿みたいに器用なんだからさ、器用馬鹿。器用貧乏は・・・ラビか」 「誰が器用貧乏さ、誰が!!」 げしげしとテーブル下の攻撃を激しくしながら、ラビが空になったグラスを横にどけた。 「お前、手伝わないんならイースターのゲーム、参加権ナシだからな!」 「うっ・・・!」 びしぃ!と指差されて、アレンが声をなくす。 黙りこんでしまった彼に気を良くして、ラビはにんまりと笑った。 「ほんじゃ、今日のノルマは卵500個・・・」 「だから無理っつってんじゃん!! なんで神田と二人、黙々と卵に絵付けなんかしなきゃなんないんだよ!それなんて拷問?!」 きぃきぃと甲高い声をあげて抵抗するアレンが激しく首を振ったために、彼の頭の上で寝ていたティムキャンピーが転がり落ちる。 「ちょっ・・・イテッ!!なにすんだよ、ティム!!」 安眠を邪魔されたティムキャンピーの尻尾で何度もはたかれたアレンが、尻尾を掴んで逆さ吊りにした。 「ティムも、尻尾を引っ張ったら起動終了すればいいのに!」 「ドラ●もんかよ!」 ラビの突っ込みと同時に、尻尾を掴まれたままぐいんっと起き上がったティムキャンピーが、アレンの頭に噛み付く。 「いで――――――――っ!!!!」 アレンが悲鳴をあげるや、カウンターに張り付いていたリンクが厳しい目で睨んできた。 「なにを騒いでいるのですか!やかましい子供ですね!!」 「だってティムが噛み付いた――――!!!!」 ぎゃあん!と大声で泣くアレンにこめかみを引き攣らせ、つかつかと歩み寄ったリンクは、噛み付いたままのティムキャンピーを無理矢理引き剥がす。 「ぎゃあああああああああああああん!!!!」 白い頭を紅く染めて、更に泣き喚くアレンは容赦なくはたかれた。 「静かになさい! 皆さんの迷惑です!」 「ちょ・・・リンクちゃん! アレンちゃんいじめちゃメッ!!」 慌てて厨房から出てきたジェリーに叱られて、リンクが不満げに黙り込む。 「あぁ、よしよし、アレンちゃん! そんなに泣かないでぇん!」 ほれほれと、大皿に乗せた巨大なカスタードパイを一切れ切りわけ、その芳香でアレンをなだめるジェリーを、リンクが憮然と睨んだ。 「料理長! それは私のパイなのですが!」 「いいじゃないのよん、一切れくらいぃ! アンタには他にもスイーツがあるでしょぉん!」 イースター前には大量の卵を消費してしまわなければならないため、手っ取り早くお菓子を作ってしまおうと、今日の厨房からは常に甘い香りが漂っている。 おかげでリンクは朝から尻尾を振る犬のように、カウンターから離れられずにいた。 そんな彼を放って、アレンにばかり構うジェリーを不満げに睨んでいると、リンクの手の中でティムキャンピーがピチピチと暴れる。 「噛み付いてきなさい」 「ぎゃああああああああああああ!!!!」 またもティムキャンピーに噛み付かれたアレンが悲鳴をあげた。 「なんっ・・・なんなんだよ、ティム!! いつも寝てんだから、ちょっと振り落としちゃったくらいでそんなに怒ることないじゃん!!」 べりっと引き剥がし、仕返しとばかり口を引き伸ばしてやると、長い尻尾の先でまたはたかれる。 「・・・なーんであんなに怒ってんのかねぇ?」 さすがにやりすぎだろうと呆れるラビに、リンクが鼻を鳴らした。 「近頃、ウォーカーの生意気振りは目に余るものがありますから! 私のパイを盗るなんて、許せません!!」 「いや、お前じゃなくてさ・・・」 「見てないで助けろー!!!!」 テーブルの下の足をげしげしと蹴られて、ラビのこめかみが引き攣る。 「いてーだろさ!」 「僕の方が痛いっ!!」 げしげしと蹴り返されたアレンが、ティムキャンピーにまた食いつかれて悲鳴をあげた。 「んもぅ・・・なんなの、アンタ達っ!ケンカやめなさいっ!!」 ジェリーに無理矢理引き剥がされたティムキャンピーは、未だ歯を剥いて唸っている。 「ティムちゃんっ! アレンちゃんいじめちゃダメでしょ!!」 大声で叱られたティムキャンピーが、不満げに黙り込んでそっぽを向く様に、ラビが手を打った。 「あー!そっか!」 「へ?」 なにをいきなり、と不思議そうなアレンに、ラビがにんまりと笑う。 「ティムって、14番目が作ったんだろ? だったら、お前なんかよりずーっとずーっと年上なんさ!」 「は?」 アレンが訝しげに眉を寄せると、ティムキャンピーはぶんぶんと頷いた。 「つまり、俺やリンクと同じさね!」 またも頷いたティムキャンピーをちらりと見遣り、ラビはアレンへ手を伸ばす。 「生意気な弟にお仕置き!」 「いたっ!!」 鼻先を弾かれて、アレンが悲鳴をあげた。 「なにすんだよ!!」 「目上を敬えっつってんさ、クソガキ!」 「なるほど!」 舌を出したラビに頷き、リンクはアレンの首根っこを掴む。 「言われて見れば、ティムキャンピーは私達よりも年上なのでした!」 意地悪く笑って、リンクはジェリーに捕まったままのティムキャンピーの前にアレンを差し出した。 「どうぞ、お仕置きを」 「いたっ!あいたっ!!」 ティムキャンピーの長い尻尾でバシバシと叩かれて、アレンが悲鳴をあげる。 「なんだよ!みんなで年下いじめしないでよ!!」 「都合のいい時だけ年下ぶりやがって、ホントお前、腹黒いさねー」 「だってそれくらいしかいいことないじゃん! リンクは子供扱いするし、神田は見下すし、ラビは上から見下ろすしっ!!」 ぱんぱんに頬を膨らませたアレンがジェリーに抱きつくと、優しく頭を撫でてくれた。 「大丈夫大丈夫 アレンちゃん、あんなにたくさん食べてるんだものぉ きっと大きくなるわん 「はいっ 「・・・出たさ、甘えんぼ」 「そう言うところが子供だというのですよ!」 呆れるラビと苛立たしげなリンクにアレンが舌を出す。 「ったく、姐さんが甘やかすから、生意気な子供が更に生意気になってるさね!」 ラビが不満げに言うと、ジェリーは心外そうに口を尖らせた。 「アラン! アタシは甘やかしてなんかないわよん!ねぇ、アレンちゃん? アタシ、ちゃんとお野菜やお魚も食べるように、きびしーく言ってるもんねぇ?」 「はい キラキラと輝く目で見上げられて、ジェリーの顔がとろとろに蕩ける。 「ウフン ご褒美に今日は、ぶたさんを丸ごと焼いてあげましょうねぇーん 「わーぃ 「・・・甘やかしています。非常に甘やかしていますよ、料理長」 それともたらしこまれているのだろうかと、リンクがこめかみを引き攣らせた。 「・・・あーもう! 姐さんとアレンが相思相愛なのはわかったからさ、話戻すぜ! 卵の絵付け・・・」 言いかけたラビは、背後で食器が割れた音に驚いて振り向く。 「リナ・・・」 「そっ・・・相思相愛って、ホントに?!」 声を詰まらせる彼女に彼が何か言う前に、ジェリーが大きく頷いた。 「アタシたち、ラブな関係よねん 「はい 「そんなっ・・・!!」 ジェリーの腕の中で、猫のようにごろごろと甘えるアレンにリナリーの声が震える。 「・・・あのさ、リナ? お前、なんか激しく勘違・・・」 とりなそうとするラビの声も聞かず、リナリーはくるりと踵を返した。 「裏切り者ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」 「あ!コラ! 片づけて行きなさいよん!!」 叱声をあげたジェリーから離れないまま、アレンが首を傾げる。 「リナリー、僕がジェリーさんにくっついてるから、ママン取られたって思っちゃったんですね」 「・・・・・・お前、今の状況でそう言う解釈するか?」 呆れ顔のラビの頭に止まって、ティムキャンピーも羽根をすくめた。 「違うの?」 「私に聞かれても知りませんよ」 意地悪く鼻を鳴らしたリンクに舌を出して、アレンは食堂を見回す。 「僕、リナリーにママン独り占めにしたりしないよって言ってくるから・・・ねぇ、ミランダさん知りませんか?」 見る限り、食堂にはいないようだとジェリーを見上げると、彼女は頷いて天井を指した。 「昨日の夜遅くに帰って来たから、まだ寝てると思うわよん。 なぁに?ミランダに卵の絵付け頼むのん?」 あっさりと見抜いたジェリーに頷き、アレンはラビを見遣る。 「いいよね?」 「まぁ・・・お前がどうしてもやだって言うんなら、身代わりを差し出すことで許してやるさ」 「身代わりですって?!」 渋い顔のラビを、リンクが睨んだ。 「マンマに重労働をさせるなど、それが紳士のやることですか! 到底許しがたい行為です!!」 「だったらリンクがやりなよ。得意でしょ、こういう細かい仕事」 生意気に言って、アレンはようやくジェリーから離れる。 「リナリーと話つけたら僕、ジェリーさんと一緒にチョコのイースターエッグ作ってるし。 同じ場所にいるんだから、いいでしょ?」 自分勝手に決めて、さっさと食堂を出て行こうとするアレンの首根っこをリンクがすかさず掴んだ。 「だからと言って、今すぐ勝手にうろついていいなんて、一言も言ってませんよ!」 「・・・ホントに融通利かないんだから。モテませんよ」 「余計なお世話ですよっ!!」 ヒステリックなリンクにまた舌を出して、アレンは構わず歩き出す。 「あ!こら!!」 手を振り解かれたリンクが慌てて追いかけ、ティムキャンピーも後について行った。 「・・・大丈夫なんかねぇ」 不安げなラビに、割れた食器の片づけをしていたジェリーが振り返る。 「なんでアンタがやんないのよ? アレンちゃん、そりゃあお絵かきが苦手なんだから、やりたがらないってことは予想してたでしょおん?」 不思議そうに言うと、ラビは途端に頬を膨らませた。 「俺が好きでご辞退したとでも?! 俺だって仕事さえ入んなきゃあ、率先してやったともさ!」 「アラン?任務? 今日はアンタ、待機のはずじゃあ・・・?」 食堂にいながら、全団員の行動を知るジェリーがますます不思議そうに言うと、ラビは不満顔を横に振る。 「そっちは副業。今日は本業」 「あぁ、ブックマンのお仕事なのねん!」 ぽん、と手を打ち、ジェリーはようやく納得した。 「二足のわらじで大変ね、アンタ」 「まぁ・・・好きでやってることだかんねー・・・」 とは言え、せっかくのお祭りを企画できないことが残念なのか、肩を落とすラビの頭をジェリーは撫でてやる。 「そう言うことなら、みんな手伝うに決まってるわよん アタシも卵の殻をたっくさん用意してあげるからねん 「・・・ん」 ジェリーの大きな手の下で頷き、ラビは立ち上がった。 「じゃ、ユウと・・・ミランダ来るかな? ミランダが来ればリンクも手伝うだろうし、アレンの説得が成功すればリナもやるだろ。 後はー・・・ユウちゃん餌に、ティエドール元帥でも誘うかね」 ようやく笑顔になったラビに、ジェリーもくすくすと笑う。 「ティエドール元帥なら今、厨房でバイトしてるわよん?呼んでくるぅ?」 「マジで・・・?」 「絵の具代がまた足りなくなったんですってぇ 元帥なのに絵の具代もないのかと、教団の緊縮財政にラビは思わずため息を漏らした。 「リナリー、どこに行っちゃったかな?」 リンクとティムキャンピーをお供にアレンがうろうろしていると、回廊の向こうからぼんやりとミランダが歩いて来た。 「マンマ 「ミランダさーん!おはよーございます!」 尻尾を振る犬のように目を輝かせたリンクの隣で手を振ると、ミランダが寝ぼけ眼を擦りながら寄って来る。 「おはよう・・・」 と言いつつ、あくびをした彼女に、アレンは小首を傾げた。 「昨日、遅かったんでしょ? まだ寝ていればよかったのに」 「そうなんだけど・・・なんだか、寝ていられなくて。 今日、イースターの準備するんでしょう?」 赤い目を輝かせるミランダに、アレンがしめたとばかり、笑みを浮かべる。 「そうなんです! ジェリーさんにたくさん卵の殻をもらって、絵付けするんですよ! ミランダさん、好きですよね?」 言うと、ミランダが照れくさそうに笑った。 「全然上手じゃないんだけど・・・すごく好きなの クリスマスでもイースターでも、祭になるとわくわくしてしまうと言う彼女に、リンクがうっとりと見惚れる。 「生き生きとしてらっしゃるマンマを見られて、私も幸せです 「それはよかった。 じゃあぜひ、ママと一緒に絵付けしてなよ。 僕はリナリーを探すから、先に行ってればいいよ!」 軽く手を振り、駆け出したアレンを追おうとして、リンクがためらった。 「ハワードさん?」 「う・・・えっと・・・・・・」 どちらを優先すべきか、困り果てた顔のリンクに、ミランダがにこりと笑う。 「行きましょうか 「はいっ アレンのことなど一瞬で忘れて、リンクは尻尾を振る犬のように嬉しげにミランダにつき従った。 「やれやれ、鬱陶しいのがようやく離れた」 リンクがミランダと行ってしまったと見るや、歩調を緩めたアレンの頭にティムキャンピーがずしりと乗った。 「ちょっ・・・重い!重いよ、ティム!首がめり込む!!」 アレンが悲鳴をあげても構わず、ティムキャンピーは彼の頭からどこうとしない。 「もうっ! なんでそんな、すくすく育っちゃってんだよ! せめて僕の成長を待って・・・あ!リナリー!!」 ようやく見つけたリナリーに駆け寄ると、彼女はムッとした顔でアレンを見返した。 「・・・なんだよ。 私なんかより、ジェリーと一緒にいれば!」 むくれるリナリーに、アレンは笑って手を振る。 「もちろん食事時は傍にいたいですけど、ジェリーさんを独り占めになんかしませんよ、僕は!」 「は・・・?」 訝しげなリナリーに、アレンはにこにこと笑った。 「だから、相思相愛って言っても、ジェリーさんはちゃーんとリナリーのことだって好きですよ、ってことです 「あ・・・うん・・・・・・」 リナリーがショックだったのはジェリーを取られたからではなく、アレンがジェリーに懐きすぎていることだったのだが、本人はまったく気づいていないらしい。 リナリーの屈託など知らず、勝手に説得終了と思い込んだアレンは、リナリーの手を取った。 「じゃ、誤解も解けたことですし、ママの所に戻りましょ 「え?なんで?」 目を丸くしたリナリーに、アレンの輝くような笑顔が向けられる。 不意に跳ねた鼓動を慌てて抑えようと、顔を赤くしたリナリーの手をアレンが引いた。 「イースターエッグの絵付けするんですよ! 僕は・・・その、絵付けはご辞退しますけど、ジェリーさんとチョコレートの卵を作るんです 「・・・・・・ジェリーとね」 本当に仲良しだと、口を尖らせたリナリーにアレンが慌てる。 「え・・・えっと、なんならリナリーも一緒に作りますか?チョコレートの卵・・・」 「・・・・・・そうだね」 厨房で二人が仲良くしているのを横目で見るより、その間に割って入ってやった方がリナリーの精神安定上いいような気がした。 「アレン君がつまみ食いしないように、見張ってないとね!」 「それはどうかお目こぼしを・・・!」 大げさなほど憐れっぽく言ったアレンに、リナリーが笑い出す。 「ふふふ がんばろうね!」 「はい」 にこりと笑って、アレンはリナリーと二人、食堂へ戻って行った。 そこには既に神田が来ていて、熱心に手元を見つめている。 「ふわぁ・・・! 相変わらず、細かい仕事するねぇ!」 リナリーが感心して話しかけるが、神田は聞こえないのか、無言で卵へ彩色を続けた。 「ダメだ。 ここまで集中しちゃうと、もう何も聞こえないよ」 苦笑して顔をあげると、嬉しそうに卵に絵付けするミランダの隣で、わんこが尻尾を振っている。 「・・・リンク監査官め、私にはいっつもツンケンしてるくせに、ミランダにはあんな蕩けそうな顔して!」 忌々しげに言うと、隣でアレンが笑い出した。 「今に始まったことじゃないですよ。 リンクはミランダさんと長官以外の誰にでもツンケンしてます」 それに、と、アレンが肩をすくめる。 「ミランダさん、年上だけどほっとけないカンジが・・・」 「きゃあ!!」 悲鳴に言葉を遮られて見やれば、ミランダが倒してしまったらしい筆洗い用の水入れが転がり、テーブル中を水浸しにしてしまった。 「ごめんなさい!すぐに拭いて・・・きゃああ!!!!」 慌てて席を立ったミランダが自分の椅子に蹴躓き、よりによって積み上げられた卵の上にダイブする。 「あーあ、卵が・・・」 大量にあった卵の殻は、ミランダの下敷きになって全て粉々になってしまった。 「ごごごごご・・・ごめんなさいいいいいいいいい!!!!」 慌てふためき、惨事を大惨事へと拡大しようとするミランダを、神田の舌打ちが止める。 「じっとしてろ、てめぇは!」 「口に気をつけろ、バ神田」 笑顔のまま、すかさず言ったアレンに神田が鼻を鳴らした。 「敵前逃亡のヘタレになに言われても痛くもかゆくもねぇよ」 「だっ・・・誰が敵前逃亡だよ!僕はちゃんと、チョコレートをだね・・・!」 「はっ! 壊滅的な下手クソが何か言ってやがる」 「なんだよちょっと器用だからってさー!!!!」 「テメェと俺の差がちょっとなわけあるか!天地だろうが!現実を見ろィ!!」 「うぐー!!!!」 「はい、ストップ!」 口で勝てないために掴みかかろうとするアレンをリナリーが止める。 「いいから先に片づけちゃおうよ・・・って、さすがに早いね、監査官」 見れば、テーブルの上は既に片づけられ、倒れた物も全てきちんと並べ直されていた。 「ご・・・ごめんなさい、ハワードさん・・・。 全部お片づけさせてしまって・・・・・・」 悄然とうな垂れるミランダに、リンクは満面の笑みを向ける。 「このくらい、どうってことありませんよ!」 「どうってことねぇなら惨事を防げよ」 「水入れ一つ防御できないなんて、鈍くさいですよねぇ」 「このっ・・・!!!!」 神田とアレンの二人から容赦なく指摘され、得意顔をしかめたリンクにはほくそ笑んだものの、リナリーは不思議そうに首を傾げた。 「・・・なんで二人とも、仲悪いのにいきなりタッグ組むの?」 共通の敵に対しては見事な連携を見せる二人に問えば、 「そりゃもちろん・・・」 「さっさと敵を片づけて、こいつ殴る!」 「同じくですよっ!!」 再びケンカを始めた二人にリナリーが呆れる。 「仲がいいんだか悪いんだか・・・」 「よかねぇよ!!」 「これとどうやって仲良くしろと?!」 ぎゃあぎゃあと喚き合う二人に、彼女は肩をすくめた。 「わかったから、神田は卵にお絵かきすれば?」 「その卵はどこにあんだよ!全部潰されてんだろがッ!」 「ご・・・ごめ・・・ごめんなさい・・・!!!!」 「こらっ!!マンマをいじめるんじゃありませんっ!!!!」 「もううるさい! すごくうるさい!!」 騒々しい仲間達に呆れるリナリーが、いきなり押しのけられる。 「なっ・・・なに・・・?!」 「アンタ邪魔よんっ! 止める気ないならどいてなさいな!」 無理矢理割り込んできたジェリーが抱えた大きな籠には、卵の殻が山と積んであった。 「ミランダが参加するって時点で、この程度のアクシデントは想定済みよんっ!」 「さすがジェリーさんー 得意げに胸を張るジェリーにアレンがじゃれついて、リナリーはまたむくれる。 「さ、神田 これで思いっきり飾り立てていいからねん アレンちゃん 「はぁい リナリーを置いて、さっさと行こうとする二人に彼女は思いっきり頬を膨らませた。 「そんなに気に食わないなら、戻って来なきゃよかったんだ」 自分は早速卵の選別をしながら、神田が呟く。 「修練場で座禅でもしてろ」 「なんだよっ! リナリー仲間はずれにする気?!」 「んなこと言ってねぇだろ。 あの鈍いモヤシが、『言わなくてもわかる』わけねぇだろっつってんだ」 言うや、神田が放り投げた卵の殻を反射的に掴むと、それはリナリーの手の中で粉々になった。 「そうなる前に、手を打っとくんだな」 理想的な卵を見つけたとばかり、座り直して下塗りを始めた神田に舌を出して、リナリーは厨房へ入る。 「アレン君!材料持って、あっちで作業しようよ!」 神田達が絵つけするテーブルを指すと、アレンはあからさまに残念そうな顔をした。 「でも・・・僕・・・・・・」 「これからお昼なんだから、みんな忙しくなるよ! 邪魔したら・・・」 「アラン 邪魔なんかじゃないわよぉ?」 口を挟んできたジェリーに、リナリーは口を尖らせる。 「邪魔だと思うよ? アレン君、どんな手を使っても、つまみ食いするよ?」 ねぇ?と目を向けられた途端、アレンは思いっきりそっぽを向いてしまい、言葉よりも行動で白状してしまった。 「しょうがない子ねぇん・・・」 呆れたジェリーの気が変わらないうちにと、材料や道具をまとめたリナリーがアレンを手招く。 「さ!いこ! みんなでやると楽しいよ!」 「・・・あのパッツンがいる時点で楽しくもなんともないんですけど」 アレンの不満は聞こえなかった振りをして、リナリーは先に厨房を出た。 既に集中して無言の神田の傍で、気を取り直したらしいミランダも作業していて、顔をあげる。 「チョコレートの卵には色んなものを入れるのね。 トフィーとキャンディーとナッツと・・・それは何?」 「刻み唐辛子! イタズラ用だよ!」 目を輝かせたリナリーから驚いて身を引いたミランダとは逆に、アレンが興味津々と唐辛子のボウルに手を伸ばした。 「いいこと聞いた♪ 神田ー 肩を掴んで揺すってやると、筆が滑ってせっかくの絵が滅茶苦茶になる。 「てめぇモヤシ!!!!」 「ホラ、食べてー 怒号をあげた口に唐辛子をぶち込み、にやにやと笑うアレンの胸倉が掴まれた。 「てめぇもな!!」 真っ赤な顔で唐辛子を掴んだ神田が、驚くアレンの口に突っ込む。 「むがあああああああ!!!!」 「ざ・・・ざまぁみろ!!」 顔を真っ赤にして悶え苦しむアレンを見下ろし、神田が息を荒くした。 「ちっ! 塗り直しだぜ!」 忌々しげに呟いた神田は、床に転がるアレンの額に『肉』の字を書いてから座り直す。 「そう言うイタズラ、するようになったんだねぇ・・・」 意外そうなリナリーに鼻を鳴らし、神田は無言の作業に戻った。 「アレン君、神田にちょっかいなんか出すからそんな目に遭うんだよ」 泣きながら水を飲むアレンに呆れて、リナリーはようやく椅子を引く。 「じゃあ、唐辛子卵から作ろうか!」 「・・・そう言うイタズラには目を輝かせるのですね、君は」 怯えるミランダに代わって言ったリンクに、リナリーが舌を出した。 「監査官に当たればいい!」 「自分で食べるがいいですよ!」 鼻を鳴らして、ミランダのサポートに戻った彼は、こちらに近づいて来る者の気配に再び顔をあげる。 司教の服を纏った彼に居住まいを正すと、ミランダも立ち上がって一礼した。 「あぁ、そのまま」 若い顔ににこにこと懐こい笑みを浮かべた彼は、テーブルを嬉しそうに見下ろす。 「ここは戦場だと聞いていましたが、イースターをやるのですね。 とてもいいことです」 フランス訛りの英語は、中央庁から来た司教に珍しいものではなかったが、初めて見る顔だった。 「はじめまして、司教様。 僕、アレン・ウォーカーと言います。 失礼ですが・・・?」 まだ赤い顔をしたアレンを彼は、訝しげに見下ろす。 「ウォーカー? あぁ、ここにいるのはエクソシスト達でしたか」 全員私服であるため、所属がわからなかったと、彼は気さくに笑った。 「私は今日、中央庁から来た・・・あぁ、マドモアゼル!危ないですよ!!」 「え?!えぇっ?!」 突然大声をあげられ、うろたえるミランダの手を、彼が歩み寄って掴む。 「絵の具が垂れそうだ。 せっかくの服が台無しになりますよ」 「あ・・・あら・・・!」 ミランダの手から絵筆を取り上げた司教が、リンクに微笑みかけた。 「ねぇ君。エプロンか何か、借りてきてはどうだろうか」 「そ・・・そうですね。気がつきませんで」 珍しくも素直に従ったリンクをリナリーが不思議そうに見つめる隙に、アレンがトフィーを掴んで口に入れる。 「おや・・・」 目ざとく見つけられ、ぎくりと顔を強張らせたアレンに司教がクスクスと笑った。 「そちらはチョコレートの卵ですか。 楽しそうですね」 「はっ・・・はひっ! 楽しいです!」 じっとりと睨んでくるリナリーからは慌てて顔を背けて、飲み込んでしまう。 「私もご一緒していいかな。 なにしろ今日は、来たばかりでやることがなくて・・・」 「は・・・はい、どうぞ・・・・・・」 ミランダの困惑げな声を不思議に思って見れば、司教は未だに彼女の手を握ったままだった。 「あ、セクハラ!」 「違います 輝くような笑みで言い返されて、アレンが黙り込む。 「実に清楚で可憐でいらっしゃる さすがはエクソシスト、きっと品行方正でいらっしゃるのでしょうね。 その品格が、美しさとなって顕れていますよ 「え・・・そんな・・・あの・・・!」 慣れない美辞麗句を捧げられ、真っ赤になって困り果てるミランダに、エプロンを持ったリンクが駆け戻って来た。 「あ、ハワードさ・・・」 「おっしゃるとおりですよ、司教様!!!! なんと優れた目をお持ちなのでしょう! さすがはヴァチカンの高位聖職者であられます!!」 ミランダ以上に嬉しげに頬を染めたリンクがこぶしを握る。 「とても的確な表現でいらっしゃいました! やはり、知性のある方は違いますね!!」 「おぉ やはり君もそう思いますか! ここで一番の美人は彼女なのでしょう?」 「もっちろんですよ!! こんな反抗的な生意気小娘なんぞ、足元にも及びませんね!」 「えぇ?!そんな・・・!!」 「ふんっ!!!!」 うろたえたミランダは不機嫌になったリナリーに更にうろたえてしまい、目でアレンに救いを求めた。 が、 「比べることなんか出来ませんけど、ミランダさんが美人ってことに関しては異論ありませんよ」 と、あっさり頷かれてしまい、いたたまれなくなって俯いてしまう。 物も言えなくなったミランダに代わって神田の腕を引いたリナリーは、睨まれても怯むことなく彼に詰め寄った。 「リナリー、可愛いよね?美人?!」 邪魔されてムッとした神田は、めんどくさそうに頷く。 「俺には劣るがな」 「ふもー!!!!」 「てっめっ・・・なにしやがる!!」 髪を掴まれて頭を振り回された神田が、わしっとリナリーの頭を掴んだ。 「本当のことだろがっ!!」 「ぶみゃ――――!!!!」 「なにしてんですか凶悪犯っ!!」 神田の手を引き剥がし、どさくさに紛れてリナリーを抱き寄せたアレンの頬が、容赦なく引き伸ばされる。 「てめぇこそナニセクハラしてやがんだ、クソモヤシが!!!!」 「乱暴するよりいいじゃんっ!」 「うっせ!クロス元帥の弟子のクセに、無闇に触んじゃねえ!!」 「差別だ――――!!!!」 クロスの弟子と言うだけで、主に女子の保護者からひどい偏見を持たれるアレンが泣き叫んだ。 「僕だって、好きであんな破戒僧の弟子になったんじゃないのに!!!!」 「事実は事実だろが!認めろィ!!」 リナリーから引き剥がされ、突き飛ばされたアレンを司教が慌てて助け起こす。 「血の気が多いのは仕方ないにしても、無礼はいけませんよ」 いやに忌々しげな顔で神田を睨んだ彼は、アレンへは優しい笑みを浮かべて元通り座らせた。 「さぁさ、気を取り直して。 私も一緒に、卵を作らせてくださいね」 にこにこと笑って材料を引き寄せた彼が、アレンやミランダ、リンクと談笑する。 しかし、リナリーへは一言も声をかけようとはせず、まるで空気のように扱う彼に、彼女はムッと口を尖らせた。 ―――― この人も、東洋人が嫌いな人か。 欧州には珍しくもない人種で、今更なんとも思わない。 だが、そんな扱いをされて面白いわけがなく、リナリーはぷいっと踵を返した。 「あっ・・・あら・・・! リナリーちゃん・・・!」 声をかけたミランダも、腰を浮かせたアレンも司教にやんわりと遮られ、リナリーを見送ってしまう。 「追いかけても来ないなんてッ!」 ぷくっと頬を膨らませ、食堂を出たリナリーの頭に突然、柔らかいものが乗った。 「っうわ!ティム!」 本体ではなく、平べったい尻尾の先を乗せられて、リナリーが目を丸くする。 「びっくりしたー・・・。 でも、来てくれたんだね!」 宙に浮いた身体をぎゅう、と抱きしめると、女の子好きなゴーレムは嬉しげに尻尾を振った。 「あそこでリナリーの味方はティムだけだよ・・・! みんないぢわるだっ!!」 特に、と、リナリーには一言も声をかけなかった司教の顔を思い出し、むくれる。 「ティム!兄さんとこいこ! 新しい司教がいぢわるだって、言いつけてやるんだ!」 憤然と歩を踏み出し、科学班に向かったリナリーはしかし、コムイの執務室の前で門前払いされてしまった。 「邪魔!だと!何度言えばその優秀なおつむは理解してくださるのでしょうね?!」 扉の前に立ちはだかったブリジット・フェイ補佐官の気迫に満ちた声に、さすがのリナリーも後ずさる。 「で・・・でも・・・・・・」 「でも、じゃありません! 室長はとてもお忙しいのです! 身内であればなおのこと、邪魔することは許しません!」 行け、と、犬を追い払うように手を払われて、リナリーはムッとした。 「じゃあせめて、新しく来た司教のことを・・・」 「本日付で中央庁及び各支部から配属された団員は多いのです。 名前もわからずに、調べようがありません」 つんっと、そっぽを向かれてリナリーは悔しげに黙りこむ。 「さぁ!早くお行きなさい! 私も暇ではないのですよ!」 「う・・・・・・!」 ぷいっと踵を返したリナリーは、そのままリーバーに駆け寄って、彼の背に抱きついた。 「なんだよ」 「ミランダがセクハラ司教に迫られて困ってるよっ!」 「はぁっ?!」 実兄がだめならもう一人の兄へと作戦を変えたリナリーは、振り向いたリーバーに頭をはたかれて泣き声をあげる。 「なんで叩くんだよっ! せっかく教えてあげたのに!!」 きゃんきゃんと喚く彼女にリーバーは鼻を鳴らした。 「気にいらねぇ司教が来たからって、誹謗中傷は醜いぞ」 「ほんとだもんー!!!! ミランダの手を握って、美辞麗句並べ立ててたもんっ!!」 憤然として、リナリーは両手を腰に当てる。 「私のことは見向きもしなかったくせに、妙に親切顔でミランダにお世辞言ってんの! リンク監査官も馴れ合っちゃって、アレン君まで懐いちゃったんだよ!!」 「あ?リンクが?」 甲高い声でまくし立てられた中に有益な情報を見つけて、リーバーは肩をすくめた。 「あの忠犬が吼えないんなら、司教はセクハラしてないってことだな。 アレンは食い物くれる人間にはすぐ懐くし、問題ないだろ」 「大問題だよっ!!」 地団太を踏んで悔しがるリナリーが、涙目でリーバーを睨む。 「神田は卵に夢中で気づいてなかったのか、気づいてても気にしない性質だから無視してたんだろうけど・・・!」 一際強く踏み下ろされた踵が、石の床を抉った。 「あんな意地悪する人、大っ嫌いだっ!!!!」 「・・・・・・あぁ」 リナリーが怒る理由にようやく気づいて、リーバーは俯く彼女の頭に手を置く。 「あぁ言う連中はなに言っても無駄だよ。 気にすんな」 「・・・・・・っ」 慰めてくれるだけマシなのかもしれないが、何の対処もしてくれそうにない彼にリナリーは、悔しげに唇を噛んだ。 ぷいっと踵を返した彼女に、リーバーが吐息する。 「どこ行くんだ?」 「もっとちゃんと対処してくれる人のとこだよ!!」 せいぜい嫌味を込めて言ってやると、リナリーは憤然として科学班を出て行った。 しかし、 「・・・兄さんには会えなくて、班長もダメなら、誰がいるんだよ」 仲のいい団員達は多くいるが、兄やリーバーほど発言力のある者はそうそういない。 しかも、教団本部は中央庁の下部組織であるため、中央庁からやって来た者に意見することなど、兄にも難しいことだった。 「誰か・・・・・・」 頼めそうな人間は・・・と、脳裏に次々と思い浮かべた顔の一つに笑みを浮かべる。 「バクさん リナリーは嬉しげに彼の名を呼んだ。 身分こそ一介の支部長でしかないが、この教団創設に深く関わった錬金術師の直系で、中央庁にも発言力を持つ彼なら・・・その上、中華の古い血を受け継ぐ彼なら彼女の気持ちも理解してくれるに違いないと、リナリーは大きく頷く。 「早速アジア支部に・・・! なんだよ、ティム」 張り切って歩を踏み出したところでティムキャンピーの尾に腕を取られ、リナリーは振り返った。 丸い身体ごと傾いたゴーレムが、『そんなことしていいの?』と言ってるように見えて、リナリーはまた大きく頷く。 「仕返ししてやらないと、気が済まないもんっ!」 勇ましくこぶしを握り、方舟の間に入ったものの、私的利用は当然ながら却下され、追い出されてしまった。 「・・・ふんっ! 方舟の『扉』はここだけじゃないんだからね!」 幹部達には内緒だが、叱られても懲りないアレンがこっそり開いた『扉』が城内にいくつかあり、その内の一つがまだバレずに残っていることを知っている。 人気のない回廊を渡り、こっそり入った部屋の壁にかかった古いタペストリーをめくると、裏に隠れていた不思議な扉は日の燦々と降り注ぐ白い街へ通じていた。 「ティムっ!いっしょいこ!」 金色のゴーレムをお供に方舟に踏み込んだが、ティムキャンピーは長い尾をリナリーの腕に絡ませ、『帰ろう』とばかり、くいくいと引く。 「だめっ! 絶対許せないんだからっ!バクさんに言いつけて、苦情言ってもらうまで帰らないんだからっ!!」 言い出したら聞かないリナリーは、ティムキャンピーを引きずるようにしてずんずんと歩を進めたが、広い街の中で、目印もなくアジア支部への扉を見つけることはまず不可能だった。 「う・・・!道、わかんなくなった・・・・・・!」 困り果てて顔を赤くするリナリーに、ティムキャンピーが『言わんこちゃない』とばかり、羽根をすくめる。 「適当に扉を開けて、とんでもない所に出ちゃったら困るしなぁ・・・。どうしよう・・・」 戻ろうかとも思ったが、一矢報いることもなく、すごすごと帰るのは悔しい気がした。 「・・・よし! ティム、一旦戻って、私の部屋からお菓子とお茶を持ってこよう!」 『どうするの?』と、宙で傾ぐティムキャンピーに、リナリーはにこりと笑う。 「みんなが心配して探しに来るまで、ここに隠れてるんだよ! いいお天気だし、ピクニックしよ! 付き合ってくれるよね?!」 まさか断るはずがないと、キラキラ輝く目で見つめられたティムキャンピーは、丸い身体でこくりと頷いた。 「おぉ 大げさな拍手をする司教に首を振ったミランダは、恥ずかしげに俯いた。 「わ・・・私なんかより、神田君の方が・・・・・・」 テーブルの向こうを見遣れば、呼吸しているのかすら怪しいほどに集中して、神田が工芸品と言うべきイースターエッグを次々と作り上げている。 「まぁ、職人ですね」 ミランダへの賛辞とは逆に、つまらなそうに言った彼を、神田の傍らからティエドールが睨んだ。 「ウチのユーくんは天才だよっ!! 素人作品と一緒にしてもらいたくはないものだねっ!!」 ねー?と、蕩けきった顔で見守る愛息子はしかし、彼の存在ごと完璧に無視する。 「無礼者ですね」 「それには心から賛同します!!!!」 こぶしを握ったアレンがうっかりチョコレートの卵を潰してしまい、悲しげな顔をした。 「・・・せっかく作ったのにぃ」 「わざとではないのですか?」 どうせ、甘い香りに辛抱できなくなったのだろうと、リンクが鼻を鳴らす。 「使い物にならなくなったのなら、食べてはどうです?」 「え・・・でも・・・・・・」 普通のチョコレートなら喜んで従っただろうが、唐辛子をたっぷり入れたものとあっては口に入れることもためらわれた。 「も・・・もったいないけど・・・」 「えぇ、もったいないですとも!」 ぐしゃぐしゃになったチョコレートを捨てようとしたアレンに、リンクが邪悪な笑みを浮かべる。 「さぁ!責任を持って食べなさい!」 「はぐっ!!!!」 アレンの腕を取り、唐辛子チョコレートを彼の口に押し込んだリンクが、見る見る赤くなっていく顔を楽しげに見下ろした。 「やかましい子供が、これで少しは静かになればいいのですがね!」 「ひ・・・ひどい・・・!!!!」 涙目になったアレンが、見えにくいテーブルの上を探ってチョコレートの卵を掴む。 「食らえ!唐辛子チョコ!!」 「むぐっ!!」 チョコレートを口に突っ込まれたリンクの頬が、ややして嬉しげに染まった。 「実においしいトフィーでした 「ちっ!!!!」 忌々しげに舌打ちしたアレンに、クスクスと司教が笑う。 「元気ですねぇ」 「元気すぎて困っております」 深々とため息をついたリンクがアレンを睨んだ。 「いつも子供っぽい我侭を言ってばかりで、いい加減、物の道理を理解して欲しいものですよ」 「ふんっ!! リンクこそ、いっつも上から目線で威張ってばっかで、いい加減、思いやりを持って欲しいものですよ!」 生意気に言い返してやると、思いっきり鼻を弾かれてアレンは泣き声をあげる。 「ミランダさんっ!!リンクがいぢめるっ!!」 「なっ・・・マンマに縋るのはおやめなさい!」 どさくさに紛れてミランダに抱きつこうとするアレンの襟首を掴み、猫の仔のように吊るした。 「もうあらかた出来たのでしょう?! 後は料理長にお任せして、さっさと今日のお勉強をしますよ!」 「ええええええええええええ!!!! やだよ!リンクってば、ちょっと綴り間違えただけで辞書で殴るんだもんっ!!」 「英国人のくせに英語の綴り間違えてんじゃありませんよっ!!!!」 ミランダから引き剥がすいい口実だとばかり、リンクは殊更上から目線で吊るしたアレンを見下ろす。 「辞書で殴られたくなければ、一所懸命お勉強するのですよ!」 「・・・・・・ふんっ」 アレンが反抗的にそっぽを向くと、 「・・・できた」 と、我関せずとばかり、作業に集中していた神田が息を漏らした。 「ユウくぅーん すっごく上手だよー 唐突に沸き起こった歓声に、神田がビクッと飛び上がる。 「し・・・師匠!!脅かすな!!」 「えぇー・・・? ずっと傍にいたのに、全然気づいてくれなかったのかい?」 悲しそうな上目遣いで見つめられて、神田は気まずげに目を逸らした。 「・・・あ。もうなくなったな」 テーブルの真ん中に積んであった卵は全て彩色が終わり、ミランダが手にした一個が残るのみだ。 「じゃ、俺は・・・」 あっさりと立ち上がった彼の腕を、座ったままのティエドール元帥が引く。 「もう少しゆっくりしたっていいじゃないか、ユウくぅん! パパーンとお茶しようよー 「うるせぇ」 素っ気無く言って、踵を返した神田の後をティエドール元帥が追って行った。 「待ってよぅ!どこ行くのー?パパンもー 傍から見ても鬱陶しいほどに愛情過多なティエドール元帥を、皆が呆気にとられて見送る。 「・・・ま、いつものことか」 肩をすくめて、リンクの腕を振り解こうとしたアレンは失敗してはたかれた。 「リンクがいぢめるうううううううううううう!!!!」 「お黙りなさい!!!!」 食堂中に響き渡る泣き声に忌々しく舌打ちし、ミランダを振り返る。 「やかましい子供を連行します。 マンマはごゆっくり」 「え・・・えぇ・・・。 あんまりいじめないでね」 「躾けです」 きっぱりと言って、アレンを連行するリンクの背を、ミランダは不安げに見送った。 途端、 「マドモアゼル せっかくのいいお天気です!私とお散歩しませんか? 庭を案内していただけると嬉しいのですが 「は・・・はぁ・・・・・・」 迫り来る司教に両手を握られ、ミランダは困惑しながらも頷く。 「とっても嬉しいです さぁ!早速行きましょう!」 強引な彼に腕を引かれて、断ることの出来ないミランダは、不安げな足取りでついて行った。 「ねぇリンク! 一人で歩けるから、放してよ!!」 未だ襟首を掴んで吊るすリンクから逃れようと、アレンがじたじたと暴れる。 が、怖い顔をしたリンクは許さず、アレンをじろりと睨んだ。 「放せば逃げるのでしょう?」 「そんなまさか!僕を信じてよ!」 この輝く目を!と、わざとらしいほどに真面目な顔をしたアレンを疑わしげに見つめつつ、リンクが手を放す。 「チャンス!」 「なわけあるか!!」 「ぎゃんっ!!!!」 すっかり鴉であることを隠さなくなったリンクの呪符に拘束され、逃げ出そうとしたアレンはみっともなく転がった。 「いたいけなお子様になにすんだっ!!」 「いたいけなお子様は騙して逃げたりしませんっ!!」 絶叫を圧倒する怒号を浴びせられ、アレンがむくれる。 「どうせ、あの小娘を探しに行こうとでも言うのでしょう! 拗ねて役目を放棄した我侭娘のことなんか放っておきなさい!」 「う・・・」 図星を指されて、アレンは黙り込んだ。 「ティ・・・ティムも・・・」 「今頃小娘の愚痴でも聞かされているのでしょう。そのうち戻ってきますよ」 「う・・・・・・」 別件まで封じられて、アレンはまた黙り込む。 その隙に、リンクはミノムシのようになったアレンを再び吊るした。 「課題増量ですね!」 「えええええええええええええええええ!!!!」 泣き声に、リンクの口の端が意地悪く歪む。 「泣いても叫んでも、今日と言う今日は許しはしませんよ!」 今まで許してくれたことなんかないじゃないかと、アレンは更に泣き声をあげた。 「・・・うっせぇな。 またリンクに泣かされてんさ?」 開け放った窓から吹き寄せる風に乗って、アレンの泣き声が図書館にまで届く。 「今度はなにやらかしたんかね」 興味がないわけではなかったが、生憎本業に追われてそれどころではなかった。 「・・・ちぇっ」 聞けばまた興味を惹かれるからと、窓を閉めたラビは椅子に座り直して、積み上げられた本の塔を見上げる。 「新刊が出るのは嬉しーけど、何もこんな短期間に一気に出さんでもさ・・・・・・」 とは言いながら、錬金術から科学へと変わっていく時代に記される書物はどれも興味深く、今日は最先端として世に出た技術が来月にはもう、書き換えられてしまう早さにはわくわくした。 開いた本に目を戻し、リズミカルにページをめくったラビは、ほんの2〜3分で次の本へと手を伸ばす。 まずは表紙をじっくり眺めてからおもむろにページをめくり、分厚い本を数分で読んでしまうと、また次の本へと手を伸ばした。 「ちょっと、ティム! なにキョロキョロしてるの?!」 不機嫌なリナリーに尾を引かれて、アレンの泣き声に耳を傾けていたティムキャンピーが困惑げに羽ばたく。 「そうそう、ちゃんとついておいで!」 ぐいぐいと尾を引かれながら、ぱたぱたと羽ばたいてリナリーについて行ったティムキャンピーは、『扉』をくぐって白い街に入り、家並みの中にある小さな公園にまで連れてこられた。 「うん! ここなら日向ぼっこにちょうどいいよね!」 柔らかい芝生に腰を下ろしたリナリーが、大きく伸びをする。 「ほらほら、ティムも羽根を休めなさいよ」 冗談口調のリナリーに従い、ティムキャンピーは彼女の向かいに下りたものの、やはり気遣わしげに『扉』の方を見つめた。 「・・・なんだよ! そんなにアレン君のことが心配?!」 ピクニック用のバスケットを広げながら不満げに問えば、ティムキャンピーは散々迷った挙句、こくりと頷く。 「大丈夫だよ! きっと、リンク監査官に怒られて、泣いてるだけだよ!」 見てもいないのに正確に状況を言い当てたリナリーは、バスケットから取り出したクッキーをティムキャンピーへ放った。 「ナイスキャッチ!」 ぴょんっと宙に飛び上がったティムキャンピーがクッキーを咥えると、リナリーがはしゃいだ声をあげる。 「ね? 気にせず、ピクニックしよ!」 甘いクッキーを噛み砕くうちに、ティムキャンピーも『まぁいいか』と言う気になって頷いた。 「よし 満足げに笑ったリナリーがようやく尻尾を放してくれて、ティムキャンピーは毛づくろいする猫のように小さな手で尾を撫でさする。 「ホントにティムは、猫みたいだねぇ リナリーの手で優しく撫でられて、嬉しくなったティムキャンピーはすりすりと身体をすり寄せた。 「もふもふだったらもっと嬉しいのになぁ・・・そうだ!」 ティムキャンピーの柔らかい身体をぷにぷにとつつきながら、リナリーがにこりと笑う。 「もう一度部屋に戻って、布とお裁縫道具持ってこよう! ティムにふかふかのお洋服作ってあげるよ!」 その提案が嬉しかったのか、ティムキャンピーはボールのように弾んで、またすりすりとリナリーに身体をすり寄せた。 「ユウくーん!待ってってばー!!」 すたすたと先に行く神田にしつこく纏わりつきながら、ティエドール元帥は肩から下げた大きなバッグを探った。 「ね いいお天気だし、お庭で日向ぼっこしよう!パパンの絵のモデルになって!」 「やなこった」 スケッチブックを取り出した元帥に冷たく言って、神田が更に歩を進めると、不意に身体が浮き上がる。 「そーんなに冷たいこと言うなら、無理強いしちゃうぞーぅ 「てめっ!!なにしやがる!!!!」 ティエドール元帥の人形に鷲掴みにされた神田がじたじたともがいていると、二階の回廊を渡っていたリナリーが目を丸くした。 「な・・・なにしてんの?」 腕に大きな荷物を抱え、不自由そうに向き直った彼女へ、神田が手を伸ばす。 「手ェ貸せ! 師匠の人形から逃げ・・・」 「やだよ!」 言いかけた神田を遮るように、リナリーが舌を出した。 「神田、さっき助けてくれなかったもん!」 「あ?!なんのこった?!」 「やっぱり気づいてなかったんだ!鈍感!!」 ぷいっとそっぽを向いたリナリーが、すたすたと回廊を渡っていく。 「おい!待てよ!!」 「やだってば!待たせてるんだから!」 振り向きもせずに言った彼女に、神田がムッとした。 「モヤシか?」 「知らないよ、アレン君なんて!」 即答したリナリーにほっとしたものの、神田は眉根を寄せる。 「じゃあ誰だよ」 「神田やアレン君なんかより、もっといい人!!」 肩越しに思いっきり舌を出して、リナリーが鼻を鳴らした。 「今日は帰ってあげないんだからね!」 「は?!お前・・・!!」 「ふんっ!!!!」 慌てた神田にもう一度鼻を鳴らして、今度は振り向きもせず回廊の奥へ消えていく。 「・・・・・・・・・誰だよ」 唖然とした神田は、人形に鷲掴みにされたまま、春風に髪を揺らされた。 「・・・・・・なにしてんの、バ神田」 黒山の人だかりに何事かと寄ってみれば、ティエドール元帥の人形に鷲掴みにされた神田が、忌々しげな顔で二階の回廊の外にいた。 「見てんじゃねぇよモヤシ!ブッた斬るぞ!!」 「そりゃあ見るでしょ、面白い見世物なんだから」 にやにやと笑いながら人を掻き分け、近寄ったアレンが、警備班の槍を奪って動けない神田を石突でつつく。 「うはははは 逃げられないんでやんのー 「てめぇ!!後で覚えてろよ!!」 頬をぶにぶにと突かれた神田のこめかみに青筋が浮き、それを見た団員達が一斉に歩を下げた。 「お・・・おい、やめろよウォーカー・・・!」 「後が怖いぞ・・・?」 「槍返せよ!」 警備班の団員達が間に入ると、もう一人の槍が神田に奪われる。 「死ね!馬鹿モヤシ!!」 「やだよっ!!」 槍で激しく打ち合う彼らの間には最早、警備班も入ることが出来ず、遠巻きに見守った。 ―――― 長い激闘の末、さすがに武術の達人だけあって、不自由な体勢ながらも神田がアレンの槍を弾き飛ばす。 「とどめだ!!!!」 「そうは行くかっ!!」 武器を奪われても徒手空拳になることはないアレンがクラウン・クラウンを発動させ、槍の穂先を防いだ。 「てめっ・・・!」 「君に容赦するつもりなんかありませんよ!!」 イノセンスの怪力で神田の槍を掴み、真っ二つに折ったアレンが欄干を蹴って飛び掛る。 「とどめ・・・っ!」 「ユーくーん いい絵が描けたよー 暢気な声と共に神田を鷲掴みにしていた人形の手が消え、アレンの腕が空を切った。 「ひょあっ?!」 バランスを崩したアレンが無様に落ちた所を、既に着地を決めていた神田が歩み寄って踏みつける。 「やってくれんじゃねぇかよ、クソモヤシ!!あぁん?!」 「ふぎゃー!!神田がいぢめるよぅ!!!!」 腹を踏む足を懸命に押しのけようとするが、当然、神田が許してくれるはずもなかった。 「ざっけんじゃねぇぞテメェ!! 仕掛けてきたのはどっちだってんだ!!」 「ぎゃふぅ・・・!」 更にぎゅうぎゅうと容赦なく踏みつけられて、アレンが内臓を吐きそうになる。 「た・・・たしゅけ・・・!」 スケッチブックを放さないティエドール元帥へ向けて震える手を差し出すが、彼はアレンのか細い声など聞いてなかった。 どころか、 「ユー君いいよ、その格好! 悪魔を踏みつける大天使ミカエルのようだ! ううん、不動明王かなぁ? とにかくいい構図だねっ!」 と、嬉しげにその様をスケッチしている。 「ね!次は槍を持ってごらんよ! ねぇ君達!誰か槍を落としておくれー!」 階上へ向かって呼びかけるや、槍が降って来てアレンの顔の傍に刺さった。 「きゃああああああああああああああ!!!!」 苦痛も忘れて悲鳴をあげると、頭上でさも愉快げな笑声が沸く。 「はんっ!いいザマだな、モヤシ!」 邪悪に笑って槍を引き抜いた神田が、穂先をアレンの頬へ添えた。 「どっから刺して欲しい?」 「どこも刺さないで欲しいに決まってんでしょ!!」 じたじたと亀のように足をばたつかせてもがくが、それで逃げられるはずもない。 「ティムー!!ティムどこ行っちゃったんだよー!!助けてー!!!!」 ぎゃあぎゃあと喚くアレンの泣き声を聞きつけて来たのはしかし、金色のゴーレムではなく金髪の監査官だった。 「見つけましたよ、このクソガキ!! 逃げるなと言ったでしょう!!!!」 「リンクごめんなさいっ!悪かったから助けて!!」 必死に助けを求めるアレンに、しかし、リンクは冷たく鼻を鳴らす。 「神田、気が済んだら私にも槍を貸していただけますか?」 「おう」 「なんでええええええええええええええ!!!!」 絶叫するアレンの眼前に槍が振り下ろされ、慌てて避けた穂先が土に深々と刺さった。 「ほ・・・本気でやんないでよっ!!!!」 「あ?冗談なんかじゃねぇよ!」 土くれを散らしながら槍が抜かれ、神田が再び構える。 「きゃあ!ひゃあっ!ひょあっ!!」 海老のようにぴちぴち跳ねて槍を避けるアレンに、神田が舌打ちした。 「避けんじゃねぇっ!!」 「よっ・・・避けるよ!!当たり前でしょ!!」 息を荒くして抗議するが、神田が聞いてくれるはずもない。 「おいリンク、このクソガキしっかり押さえてろ」 「承知しました」 無情に言って、リンクが札を取り出した。 「やーめーてえええええええええええええ!!!!」 封印の呪符がアレンの上に舞い落ち、神田の槍が振り下ろされた瞬間。 「はいはい、その辺にしときなさいよー」 苛立たしいほど暢気な声が、神田の手を止めてくれた。 「ユー君、本気なのはわかるけど、本当に殺っちゃダメだよーン」 曲がりなりにも師に逆らうわけにも行かず、神田は忌々しげに舌打ちする。 「・・・止めるなら、殺ってからにしてくれますか」 「それだと遅いでしょ」 肩をすくめたティエドール元帥が、スケッチブックをバッグにしまいながら横目でリンクを見遣った。 「目を回してる間に連行しちゃどうだい?」 「おっしゃるとおりですね、元帥。 お手を煩わせまして、失礼しました」 丁寧に一礼したリンクに手を振って、ティエドール元帥は目を回して伸びたアレンを見下ろす。 「お兄ちゃん達に逆らいたいお年頃かな」 「反抗期だな」 「万年反抗期ですよ、このクソガキは!」 忌々しげなリンクにティエドール元帥が吹きだした。 「子供のわがままくらい、笑って聞き流すのが大人なんだけどねぇ。 まだまだ君達も子供だなぁ」 二人から不満げに睨まれて、また愉快げに笑い出す。 「やれやれ、クロスの弟子なんか庇って、ユウ君に嫌われちゃあ哀しいね。 あのままミランダが一緒だったら、私がこんなことしなくてもよかったのに。 まだ食堂なのかな?」 「えぇ、まだお手元に卵が残ってましたから・・・」 言いかけたリンクの声が、不意に途切れた。 各自の無線機から鳴り響いた緊急警報に、目を回していたアレンも飛び上がる。 「なにっ・・・?!」 呟いたアレンのイヤーカフに、切羽詰ったミランダの声が届いた。 『助けて・・・!!』 無線に向けた声はすぐに途切れ、どこにいるかも知らされない。 「ミランダさん、どこ行ったか知りませんか?!」 階上の団員達に声を張り上げると、多くは首を振ったが、すぐに通信班から彼女の居場所が知らされた。 「西棟の外・・・って、崖じゃねぇか!!!!」 「マンマ!!!!」 声まで蒼褪めたリンクが、監査官の回線を使って同僚達に連絡する。 「ただ今お助けに参ります!!」 「え?!速っ!!!!」 あっという間に背の見えなくなったリンクに唖然としたのも一瞬、アレンも西棟へと走って行った。 ―――― アレンが神田達によっていたぶられることになった少し前。 司教に手を取られたまま教団内を案内させられたミランダは、いつの間にか西棟を出て崖際に来てしまっていた。 「あ・・・あら・・・! 庭に出ようと思ったのに・・・・・・」 どこで間違えたのだろうと困惑する彼女の背後に、司教が立つ。 「間違えてなんかいませんよ」 後ろからいきなり腕を掴まれたミランダは、彼によって崖際に引きずられた。 「なっ・・・なにを・・・!」 「厄介な女には死んでもらいたいのですよ」 その言葉・・・いや、その口調に、ミランダは目を見開く。 「あなた・・・」 人懐こい笑みを顔に貼り付けたままの司教を見つめて、ミランダはかすれ声をあげた。 「ルル=ベル・・・・・・?」 「・・・おや」 司教の顔のまま、声だけが女のそれに変わる。 「意外と勘がよいのですね」 笑みを浮かべた彼の顔が歪み、瞬く間に冷たい女のそれへと変わった。 「ひっ・・・!」 間近に迫った彼女の顔は何の感情も浮かべず、冷たい殺意を灯した目でミランダを見つめる。 「今日こそ、お前のイノセンスを破壊します。 お前の能力は本当に厄介だもの」 ついでに殺す、と、ミランダの腕を掴む手に力がこもった。 「い・・・嫌!!」 懸命に振り解こうとすれば崖から滑り落ちそうになる。 膝を崩して震えるミランダを冷たく見下ろし、ルル=ベルは彼女が守るように抱えたイノセンスへもう一方の手を伸ばした。 「さぁ、イノセンスを渡すのです」 肩から下げたタイム・レコードを奪おうとする手に抗い、また崖際に追い詰められたミランダが、悲鳴をあげてゴーレムの緊急回線を開く。 「助けて・・・!!」 「無駄なことを」 刃と化したルル=ベルの手が、飛び回るゴーレムを一突きに破壊した。 「さぁ、おとなしくそれを渡すのです!」 「嫌・・・です・・・・・・!!」 必死に抗うミランダの髪が乱暴に掴まれ、半身が崖の外へ乗り出す。 「きっ・・・!!」 恐怖のあまり、声をなくしたミランダの手の中で、タイム・レコードが淡く光を帯びた。 「そうはさせません」 いきなり背後に髪を引かれ、思わず仰け反ったミランダの手が浮いて、タイム・レコードをルル=ベルの前に差し出す形になる。 「あっ!!」 腕を捻られ、懸命に守っていたイノセンスを奪われたミランダは、そのまま突き飛ばされて宙に放り出された。 「きゃあああああああああああああ!!!!」 岩の露出する海へ真っ逆さまに落ちていくミランダは、死を覚悟して硬く目をつぶる。 が、不意に柔らかい何かに包まれ、落下が止まった。 ・・・死んだのかと思ったが、痛みもなく、恐る恐る目を開けると、マントを広げたアレンの顔が間近にある。 「あ・・・ありが・・・とう・・・・・・!」 震える声で、懸命に礼を言ったミランダに微笑み、アレンは崖の上を見上げた。 「ルル=ベルが侵入してたなんて・・・!」 忌々しげな彼に、ミランダも頷く。 「あの司教様が・・・彼女だったんです」 「ホントに?!」 まんまと騙されたと、アレンが悔しげに唸った。 「一気に上がりますから、しっかり掴まっててくださいね!」 「え・・・えぇ・・・!」 改めてミランダがアレンに抱きつくと、彼は崖を蹴って一気に城内へと戻る。 「マンマ!!!!」 崖際で不安げに下を見下ろしていたリンクが、無事な彼女を見て駆け寄って来た。 「お怪我は?! あの忌々しいノアに、酷いことをされたのではありませんか?!」 地面に降りるや、へたり込んでしまったミランダの前に気遣わしげにしゃがみこむと、彼女は真っ青な顔で首を振る。 「私はたいしたことは・・・でも、イノセンスが・・・!!」 ぶるぶると震える彼女の前に、すっと黒いタイム・レコードが差し出された。 「か・・・神田君・・・!!」 「取り返したぜ。 こっちを優先したから、あの女は逃がしちまったが」 「あ・・・ありがとう!! よかった・・・本当によかったわ・・・!!」 無愛想な神田の顔が天使に見えて、ミランダは受け取ったイノセンスを抱きしめる。 「あの司教がルル=ベルだったそうですよ」 未だ動揺するミランダに代わってアレンが言うと、神田は忌々しげに舌打ちし、リンクが愕然と目を見開いた。 「なんと・・・! とても感じのよい方でしたのに、あれが嘘だったとは・・・!」 悔しげに唸るリンクに、しかし、ようやく落ち着いたミランダが小首を傾げる。 「私・・・最初から奇妙だと思っていましたよ。 だって・・・・・・」 苦笑して、ミランダは黒いイノセンスに映る自身を見下ろした。 「あそこにはリナリーちゃんがいたのに、彼女を差し置いて私の方がきれいなんて、絶対嘘ですもの」 「そんなことありませんよ、マンマ! あんな我侭小娘より、マンマの方が絶対魅力的です!!」 すぐさま反駁した愛犬に笑って首を振り、まだ震える足で何とか立ち上がったミランダは、アレンと神田、そして駆けつけた愛犬達にぺこりと頭を下げる。 「助けてくれて、ありがとうございました」 「ふん」 「いえ・・・」 「もったいなく存じます!マンマ!!!!」 大音声の監査官達に、神田とアレンの声はあっさりとかき消された。 「今後は厳戒態勢で怪しい者を近づけないようにいたしますのでご安心を! まずはあのホーキ頭を排除するのでご安心を!」 姿勢よく敬礼したリンクにミランダは、笑いかけてため息をつく。 「リーバーさんの排除はしないでください」 「いえ、一番危険ですから!」 「ダメです。絶対」 「しかし・・・」 「ダメ!」 厳しく叱られた途端、リンクと監査官達は子犬のように悲しげな顔になった。 ―――― 城内が大騒ぎになっていた頃。 リナリーは方舟の白い街の中で、ティムキャンピーと一緒に明るい日差しを浴びていた。 「ほら、ティム! ちょっと着てみて フェイクファーの布地を丸く縫った物に、ティムキャンピーがくるりと収まる。 「牛柄ー 小さな角と両手足、翼と長い尻尾は出るようになっているため、牛というには奇妙だが、可愛らしいぬいぐるみのようになったティムキャンピーにリナリーが拍手した。 「次はウサギにしよう! 白と茶色とピンク、どれがいい?」 リナリーが布を広げると、長い尻尾の先でピンクの布をつつく。 「そうだね! 私もこれがいいと思ってたんだ♪」 とうにティムキャンピーのサイズを覚えたリナリーが、慣れた手つきで布にはさみを入れ、チクチクと縫って行った。 「じゃあまずは着てみて、ウサ耳の位置を決めようね! 角と同じ場所だと傾いちゃいそうだから、ちょっと上の方に・・・」 別に作った二つの長い耳をティムキャンピーの頭の上に乗せ、真剣な顔でバランスを取る。 「動いちゃダメでしょ!じっとしてて!」 言われるや、石のように動かなくなったティムキャンピーの頭の上でバランスを取ったウサ耳をピンで止めて、一旦着ぐるみを脱がせた。 「すーぐ、ウサギにしてあげるからね、ティム!」 嬉しげに尻尾を振るティムキャンピーに言って、リナリーが針を進める。 雲ひとつない青空を白い鳥が飛び交い、穏やかな午後は平和に過ぎて行った。 「いい人と待ち合わせ?それって僕じゃないの?」 意外そうに言った途端、アレンは両側から神田とリンクにはたかれて、不満げに口を尖らせた。 「なにすんだよっ!」 「自分で言うな、腹黒!」 「いい人が聞いて呆れますよ!」 二人して怒鳴られて拗ねたアレンが、ひりひりする頭をこれ見よがしにさする。 「いい人じゃん、君達よかずっと!」 「はっ! 本気でそう思うんなら、コムイの前でアピールしてみろよ!」 意地悪く言われた途端、アレンの目が宙を彷徨った。 「う・・・いや・・・それとこれとは別問題だと思われ・・・・・・」 「ヘタレですね」 「うっさい!! コムイさんにいじめられるくらいなら、アクマ100体と戦ったほうがマシなんですよっ!!」 意地悪なリンクに反駁し、開けた科学班のドアの向こうでは、相変わらず忙しそうなスタッフ達が行き交っている。 「あのー! コムイさんに報告に来たんですけど、いますか?」 声を張り上げると、近くの何人かが奥の執務室を指した。 「ミランダは?」 駆け寄って来たリーバーにアレンが頷き、神田がじろりとリンクを見遣る。 「ミランダさんは過保護な愛犬達が総出で病棟に運んで行きました」 「別に、大きな怪我なんかしてなかったんだがな」 嫌味ったらしく言ってやったものの、リンクは平然として鼻を鳴らした。 「繊細なマンマがノアによって酷い仕打ちを受けたのです。 どれほどお心を乱されたことでしょうか! お気の毒に、ショックが癒えないうちはまともな報告など無理でしょうから私が代わって参りましたがなにか問題でも?」 文句があるなら中央庁へいらっしゃいとばかりの口調に、リーバーも首を振る。 「だったら後でいい。 中で室長が待ってるぜ」 執務室を指したリーバーに頷き、三人は状況報告に行った。 コムイの前に立つと、難しい顔をしていた彼はまず、三人それぞれの話をじっくりと聞いて頷く。 「・・・こうも簡単に侵入を許したんじゃ、危なっかしくてしょうがないね。 アレン君、彼らが来られないようにゲートを塞ぐ方法って、知らないのかい?」 「・・・知ってたらとっくに話してますよ。 僕だって出来ればあの人達とは関わり合いたくないんですから」 まるで自分が呼んでるような言われようにムッとして反駁すると、コムイも苦笑した。 「そうだよねぇ・・・。 結界装置も、アクマには有効だけど、ノアにはいまいち効果が見えないし・・・どうしたもんかなぁ・・・・・・」 「どうしたもこうしたも、出入りを厳しく監視するしかねぇだろ。 今回は、増強にかこつけて侵入されちまったんだ。 新しく入った奴らの把握はトップだけじゃなく、少なくとも俺らにまでは・・・」 「って言うけど神田君、人の顔なんか覚えないじゃない」 すかさず指摘されて、神田がムッと眉根を寄せる。 「そりゃ関係ない場合だ。 今回は仕事なんだから、俺だって覚えるぜ。 こいつは怪しいがな」 「なんでそこで僕を指すかなぁ!!」 頬をぱんぱんに膨らませて、アレンが不満を漏らした。 「言っとくけど僕、最初に名前聞こうとしたよ! なんかごまかされちゃったけど・・・存在すら気づかなかった神田よりマシだもん!!」 ぷんぷんと怒るアレンをコムイが、苦笑してなだめる。 「それにしても、とんだイースターエッグが紛れ込んだものだね」 「あれが悪意のないいたずらなものですか!」 コムイの言葉を遮り、リンクが憤然と声を荒げた。 「マンマは危うく殺されるところだったのです! こちらの危機管理体制に問題があったことには間違いないのですよ! 今後の対策はいかがされるおつもりか?!」 物凄い勢いで詰め寄られたコムイは、また難しい顔をして頷く。 「それはもちろんこっちの責任だし、その点はすぐに対処するんだけど・・・」 眉根を寄せて、コムイが三人を指した。 「キミタチ、一緒にイースターエッグ作ってたんじゃないの? ラビがいれば、見たことのない人間だって、すぐにわかったろうにさ」 言われてアレンが目を丸くする。 「だってラビ、お仕事だって言ってましたよ?任務じゃないんですか?」 「違うよ。少なくともボクは、ラビにお仕事あげてないよ」 不思議そうに言ったコムイに、神田がはっと息を呑んだ。 「・・・もしかして、リナリーの言ってた奴ってのは・・・」 「いい人?!ラビが?!ナイナイ!!」 「へ?なんのこと?」 すぐさま反駁したアレンに驚き、コムイが問うと、神田はあっさりとリナリーの言っていたことを教える。 「か・・・帰ってこないって言ったの?!リナリーが?!」 絶叫したコムイに、神田は頷いた。 「そんなの信じられないよ! まさか、無理矢理ラビが連れ出したんじゃ・・・!」 「イヤ、あの時あいつは一人で大荷物抱えて、自分の足で行っちまったぜ」 「そんなの騙されてるに決まってるでしょおおおおおおおおおおおおおお!!!!」 ヒステリックな絶叫が執務室中に響き、外の科学者達まで飛び上がらせる。 「キミタチ!!すぐにリナリーとラビを探して!! リナリーを至急保護!ラビの生死は問わないから!!!!」 「承知した」 「りょーかいです!!」 ジェリーかブックマンに聞けば、少なくともラビのことは解決したのだが、そうとは知らない彼らは一人乗り気ではないリンクをも無理矢理巻き込んで、リナリーとラビの探索に乗り出した。 「・・・・・・いーい陽気さねー・・・・・・」 自分がデッド・オア・アライブの指名手配犯になったなどとは知らずに、ラビは青く澄み渡る空を見上げた。 「風はまだ冷たいけど、窓辺で昼寝するにゃちょうどいい季節さ・・・」 あくび交じりに言って、読み終わった本の上に頭を乗せる。 「お仕事おーわりー・・・・・・」 すぅすぅと、早くも寝息を立て始めたラビの頬に、何か冷たい物が当たった。 「むにゃ・・・?」 薄目を開けると、鋭い刃が目の前にある。 「のひゃっ?!」 慌てて飛び起き、座ったまま後ずさったラビを、刃より鋭い目が睨んだ。 「ようやく見つけたぜ、馬鹿ウサギ・・・! リナをどこにやりゃあがった!」 「リッ・・・リナッ?!リナがどうかしたんさ?!」 「とぼけんじゃないですよ、この一年中三月ウサギが!! 返答によっちゃ、命はないもんと思うんですよ!!」 アレンにまで鋭い爪を突きつけられ、青を通り越して真っ白になったラビが椅子から転げ落ちる。 「だからなんのことさ?!言ってくんなきゃなにがなんだかわからんさね!!」 後ずさったラビへアレンが左手を突き出し、壁に縫いとめた。 「僕には仕事だって言ったくせに・・・コムイさんは君に任務なんか命じてないって言うじゃないですか! よくも騙してくれましたね!!」 「俺らを出し抜いて、リナリーをどこに誘い出しやがった?」 眼前に突きつけられた切っ先に震えながらも、顔の両脇にアレンの爪が添えられているため、首を振ることもできない。 「だ・・・だから知らんって! し・・・仕事ってのはエクソシストじゃなくて、本業!ブックマンの仕事のことさ!!」 「ブックマンの?」 ようやく冷静な声がして、ラビは二人の背後でそ知らぬ顔をしていたリンクに目で救いを求めた。 「そっ・・・そうさ! 疑うんなら、ジジィやジェリー姐さんに聞いてくれたらいいさね!! 本業の仕事を命じたんはジジィだし、姐さんはこっそり眠気覚ましのコーヒーを差し入れてくれたし!!」 アリバイは証明されるはずだと、必死に積み上げられた本を指すラビに、ようやく凶悪な二人が刃を収めてくれる。 「こっ・・・こっ・・・こわっ・・・・・・!!」 恐怖のあまり、『怖かった』の一言が言えないラビを、皆が冷たい目で見下ろした。 「紛らわしいんだよ!」 「僕に嘘なんかつくからだ!」 「日頃の行いですね」 「おいいい!!!!」 謝るどころか自分のせいにする彼らにラビが絶叫する。 「まずはゴメンナサイだろ!!なんさその態度は!!!!」 ぎゃんぎゃんと喚きたてるが、開き直った彼らはそれぞれ、不遜に鼻を鳴らした。 「謝る必要を感じねぇ」 「疑わしきは抹殺です!」 「李下に冠を正さずですね」 「疑わしきは『罰せず』さボケえええええええええええ!!!!」 怒号と共にアレンをはたいたラビが、その手でリンクを指す。 「それにっ!! おまえらが勝手に勘違いしただけで、俺ァ疑われるようなことさえしてねーさ!」 「うーん・・・。 じゃあ、どこ行っちゃったんでしょうねぇリナリー? ティムもいなくなっちゃって・・・まさか、リナリーもノアに襲われて、さらわれたなんてこと・・・・・・」 真っ青になったアレンの言葉に、全員の顔が引き締まった。 「も、ってなんさ?!また侵入したんか?!」 「えぇ、ルル=ベルが先程、マンマを・・・!」 「侵入したのは一人じゃなかったかもしれねぇってことか・・・!」 呟くや、真っ先に踵を返した神田に全員が続く。 「どこ行くのっ?!」 「こんな時の定番さ」 神田の背に向けて問うたアレンにラビが答えた。 「通信班の監視モニターですか」 しかし、と、リンクが眉根を寄せる。 「Jr.の姿は映っていたのでここに来ましたが、小娘もティムキャンピーも写っては・・・」 不思議そうな彼の問いには、通信班で答えが出た。 「俺と別れた後・・・!」 神田が、自分と会話するリナリーの姿を映像に確認し、その時間帯の全映像を別画面に呼び出す。 「ラビ、この後、不自然に揺れる場所を見つけろ」 神田の言わんとするところを理解し、頷いたラビが全画面を同時に見つめた。 「・・・何をしているのです?」 一人、訝しげなリンクにアレンが頷く。 「イノセンスを発動したリナリーの姿なんて、絶対目では見えません。 でも、彼女が移動した場所はふつうとは別の風が発生してしまうから、そこは背景と違う動きをするんですよ」 言われて目を凝らしてみれば、確かに映像に写る窓の外の木々と団員達の服やカーテンなどが、別々の動きをする場面がある。 その中で、あるタペストリーが最も大きく揺らいだ。 「んが」 気づいた途端、奇妙な声をあげたアレンを全員が睨む。 「・・・・・・ウォーカー?」 リンクの低い呼びかけに、アレンは冷や汗をだらだらと流しながら声も出せなかった。 「君、また無断で『扉』を開きましたね?!」 「にゃっ・・・にゃんのことですか僕はにゃんにもしてにゃっ!!!!」 ぷるぷると震えて舌の回らないアレンを、リンクが今にも殺しそうな目で睨む。 「勝手に開くなと、何度言ったらわかるのですか、このクソガキは!!!」 「説教は後だ」 リンクが振り上げた拳を、神田の冷静な声が止めた。 「行くぜ。 あの我侭、連れ戻す」 「・・・・・・ん」 憮然とした声と表情ながら、わずかにホッとした様子の神田にラビが、こっそりと笑う。 「どうやらノアは関係ないみたいさ。 姫のご機嫌伺いにいこーぜ」 「は・・・はいっ!」 助け舟を出してくれた神田とラビの後ろに慌ててついていくが、 「お仕置きは免れませんからね!」 冷たいリンクの声に震え上がり、アレンはしばらく、流れ落ちる汗を止められそうになかった。 「ティムー 亀も完成だよー まん丸の背に甲羅のアップリケをつけた着ぐるみを着せたティムキャンピーに、リナリーが拍手する。 「可愛いー ティム、ティムはどれが気に入った?」 問うと、ティムキャンピーは長い尻尾でピンクのウサギを指した。 「これかぁ! 耳が可愛いよね!」 じゃあこれを着て、と、リナリーは楽しげにティムキャンピーを着せ替える。 「ねぇねぇティム!記念撮影しようよー リナリーがバスケットから取り出した小型カメラのタイマーをセットし、ティムキャンピーの長い尾に巻きつけた。 「レンズをふさいじゃダメだからね! はい、くっついてー ティムキャンピーと頬をくっつけ、カメラへ向かってにこりと笑ったリナリーの頭が、突然背後から掴まれる。 「・・・・・・ずいぶん楽しそうじゃねぇか。 シャッター押してやろうか?」 怒りを含んだ低い声が降り注いだ途端、リナリーの頭を鷲づかみにする手に力がこもった。 「ぎゃあんっ!!!!」 泣き声をあげたところでシャッターが下りて、決定的瞬間を焼き付ける。 「痛いっ!!痛いよ神田!!放してえええええええええええ!!!!」 「るっせぇ!!!! 勝手にいなくなりやがって、どんだけ心配したと思ってんだ!!!!」 「ぎゃああああ!!ぎゃああああああん!!!!」 放すどころか、ますます力を加えて来る神田にリナリーが泣き叫んだ。 と、 「なにしてんですか、乱暴者!!放せよ!!」 神田の腕を掴んだアレンが、無理矢理リナリーから引き剥がす。 「きゃうんっ!!」 それがまた痛くて、頭を抱えてうずくまってしまったリナリーに、苦笑したラビが歩み寄って軽く頭をはたいた。 「ったく、お前のせいで俺までこいつらに襲われたんだぜ。 家出すんのはいいケド、行き先くらい言って行けよ」 「・・・それは既に家出とは言いませんよ、Jr.」 呆れ口調のリンクも歩み寄って、リナリーを冷たく見下ろす。 「人騒がせな小娘です。 マンマの危機にも駆けつけないとは、エクソシスト失格ですね!」 「いや・・・俺ら別に、ミランダ守るためにエクソシストやってんじゃないんけど・・・・・・」 怒りの核はそこじゃないだろうと、ラビが呆れた。 「でも、無事でよかったですリナリー。 ミランダさんがルル=ベルに襲われちゃったから、リナリーもノアに襲われてさらわれたんじゃないかって、心配したんですよ?」 そう言って優しく頭を撫でてくれるアレンの手の下で、リナリーが気まずげに俯く。 「か・・・勝手にいなくなってごめんなさい・・・・・・。 あの司教にあんまり腹が立ったから・・・・・・」 ぼそぼそと言うと、アレンがにこりと笑った。 「その人ならもういませんよ。 ミランダさんが言うには、彼がルル=ベルだったそうですから」 「そうなの?!」 顔をあげたリナリーに、アレンが頷く。 「だから、安心して戻って来てください。 ティムも!! すっごく探したんだからね!」 怖い顔で睨まれて、ティムキャンピーがおどおどとリナリーの背に隠れた。 「あの・・・アレン君、ティムキャンピーは私が方舟に入るのを止めようとして一緒に来ちゃったんだよ・・・。 その後は私が引き止めたんだから、叱らないで・・・」 そして、と、気まずげな上目遣いでアレンを見上げる。 「か・・・勝手に『扉』を使っちゃってゴメンネ・・・」 「う・・・あ・・・えっと・・・・・・」 途端に目を逸らしたアレンの頭を、リンクががっしりと鷲づかみにした。 「その件に関しては、ウォーカーと共にお仕置きですね、リナリー・リー!」 厳しく宣言されて、リナリーが竦みあがる。 「か・・・神田ぁ・・・・・・!」 最後の頼みと目で縋った彼は冷たく鼻を鳴らした。 「自業自得だな」 「うぅ・・・そうだけどぉ・・・・・・」 一体何をされるのかと、震えるリナリーはラビに腕を引かれ、渋々立ち上がる。 「んじゃ、コムイに確保の報告行こうぜ」 囚人のように肩を落とし、連行されるリナリーの後に神田が続き、アレンもリンクに頭を掴まれたまま、泣き喚きながら連行された。 その後ろで、ティムキャンピーはリナリーが作ってくれた着ぐるみをごそごそとバスケットに詰め込み、長い尾に重たげに下げてついて来る。 方舟の『扉』を抜け、団員達の好奇の目にさらされながら一行が執務室へ入った途端、リナリーは激しく泣き喚く兄に縋りつかれた。 「どご行っでだのっ!! お兄ぢゃんずごぐ心配じだんだがらねっ!!!!」 叱られるよりも効果的な泣き落としに、リナリーが声を詰まらせながら謝る。 「ルル=ベルが化けてたって言う司教に・・・腹が立っちゃって・・・・・・」 しどろもどろに説明すると、ようやく落ち着いた兄が頭を撫でてくれた。 「それじゃあリナリーが怒るのも無理はないけど・・・今度から家出する時は、お兄ちゃんに行き先を教えてからにしてね!」 「・・・だからそれは既に家出とは言いませんよね、室長」 呆れ声のリンクは華麗に無視して、コムイはリナリーを抱きしめたまま彼らを見回す。 「今後こういうことがないように、とりあえずの対策を考えたんだけど」 言葉を切った彼に、全員の目が集まった。 「今、ミス・フェイが最新の団員名簿コピーしてくれてるから、この城内にいる全員の顔と名前覚えちゃってー」 「ええええええええええええええ!!!!」 と、絶叫したのはしかし、アレン一人で、全員があっさりと頷く。 「そんなのとっくに覚えてっし」 「中央庁で見知った顔が多く異動して来ていますので、私も問題はありません」 「んー・・・がんばるよ」 「俺も、仕事なら問題ない」 ラビやリンクはともかく、リナリーや神田までもが承諾し、アレン一人が窮地に立たされた。 「あ・・・あの・・・! 参考までに聞きますけど、ここの団員って何人いるんです・・・?」 それを聞けば落ち着けるかもしれないと言う、儚い望みは『1500人ちょっと』と言う数字にあっけなく砕け散る。 「ま、がんばってよ」 補佐官が持って来た分厚い名簿を前に、アレンはくらくらとめまいを起こした。 「・・・無理だって! なにこの厚さ・・・絶対無理!!」 辞書よりも厚い名簿に突っ伏して泣き声をあげたアレンに、ラビが笑い出す。 「お前、クロス元帥の請求書は店名から金額まできっちり覚えてんじゃん。できるできる♪」 気軽に言うと、恨みがましい目でじっとりと睨まれた。 「あれは・・・恐ろしい顔をした借金取りの皆さんが、恐怖と共に植え付けて行ったからですよ! 記憶って言うよりトラウマなの!わかる?!」 ぴぃぴぃと泣き声をあげると、ラビが『だったら』と指を立てる。 「いい方法があるさ。 物と名前を関連付けるやり方なんけど、試してみるか?」 「それってどんな?!」 ラビから方法を聞いたアレンはその足で食堂に駆け込み、ジェリーが仕上げてくれたチョコレートのイースターエッグを抱えて教団中を走り回った。 ―――― 数時間後、 「・・・・・・なんですか、そのお菓子の山は」 部屋に戻ってきたアレンにリンクが呆れ声をあげると、彼は『もらった!』と、嬉しそうに言う。 「ハロウィンじゃあるまいし、なぜそんな・・・」 「いいから! ねぇ!これを一つずつ出してみてよ!!」 そう言われてリンクは、訝りながらもアレンがベッドの上に置いた箱の中から、『危険物』と書かれた奇妙な袋を取り出した。 「これは・・・サルミアッキ?本物の危険物ですね」 唐辛子のお菓子という、他国では類を見ない怖ろしげな物を恐々持ったリンクに、アレンが得意げに鼻を鳴らす。 「それをくれたのはヤンソンさん、フィンランド人! 金髪の優しいお姉さんです。 元従軍ナースで、先週採用されたんですけど、ここ戦場より怖いって言ってました。特に科学班がね。 唐辛子のお菓子、食べてみる?美味しいよ、ってくれたから、僕も唐辛子入りのチョコレートあげたんですけど、嬉しそうに食べちゃいました。 ちょっと尊敬します」 すらすらと言ったアレンに唖然として、リンクはサルミアッキを箱に戻した。 「あの危険物を女性に差し上げるとは、君も酷い子供ですね・・・」 「だって美味しいって言ったもんー! ねぇ、次出してみてよ!」 言われてリンクは、無難なクッキーを取り出す。 「ペスタロッチさん、スイス人。 中央庁から警備班に補充された人です。 元々ヴァチカンのスイス人傭兵だったんだって! 見た目怖いけど、お菓子くれました! トフィーのチョコあげたら、おいしいって言ってましたよ!」 「・・・さっきから君は一体、何を言ってるのですか」 ますます訝しげなリンクに、アレンは得意げに笑った。 「名簿を全部覚えらんないって言ったら、ラビがやり方を教えてくれたんですよ! 人の名前と何か、覚えやすいものと印象を繋げておくといいって! だから僕、みんなからお菓子をもらって、そのお菓子と人とを繋げて覚えたんです!」 どうだ!と、胸を張るアレンにリンクが呆れ返る。 「また君らしいことを思いついたものですね。 では、このバナナチップスはどなたから?」 「イスモデスさん、ペルー人!白髪混じりの黒髪のおじさんです。 キャッシュさんと同じ時期に異動してきた南米支部の人で、インカ帝国の末裔なんだって!! 薬学が専門で、病棟に勤務してます!」 「なるほど。 では、このアップルパイは?」 「デロリアさん、北米支部でレニーさんの直属の部下だったおじさんです。 アメリカン・インディアンの天文学者で、自然と会話が出来るんだって!すごいよね!! 今度森でお泊り会しよって! ティモシーも一緒に行くって言ってたし、いいでしょ?!」 ねだるアレンに厳しく『保留』と言い渡して、可愛らしくラッピングされた袋を取り出した。 「見たことのない揚げ菓子ですね」 「ココロっていう、とうもろこしのクッキーだって! ナイジェリア人のオラジュワンさんがくれました! アフリカ支部出身の凄腕ファインダーで、アフリカ大陸で発見されたイノセンスはほとんどオラジュワンさんが見つけたんだって!」 「ふむ・・・Jr.のアイディアが役に立ったようですね。 それで?」 呆れると言うよりは冷たく、リンクがアレンを見遣る。 「まさか、団員全員からお菓子をもらうまでやめないとか・・・」 「1500個以上のお菓子かぁ・・・ うっとりするアレンにため息を漏らし、リンクはお菓子交換会となってしまったイースターに、呆れ果てて首を振った。 Fin. |
| 2012年イースターSSはリクエストNo.77『リナリーとティムの家出』でした! 本当はイースターの4/8にアップする予定だったんですが、急に忙しくなったりでずれ込んで1日遅れました;ごめんなさい; 『家出』としてネタをもらい、家出した後の台詞とかは結構決まってたんですが、そのきっかけをなんにするかがちょっと迷いましたね(^^;) 19世紀だし、そういう人もいただろうなぁとは思いつつ、団員にあんまりそういう人がいてほしくはなかったんで、ちょうどいい彼女にご登場願いましたよ(笑) 単に、ミランダから他の人間を遠ざける狙いでした★ そして今回、教団の大体の地図が22巻で出ましたので、崖の設定とかちゃんと書けてよかったよかった ラストの各国団員達の名前は、ムーミンの作者さんだったりスポーツ選手の名前を適当に拾って来ただけなので、あんまり深くは突っ込まないでください(笑) |