† the silver shining T †
†このお話はヴァンパイア・パラレルです† D.Gray−manの原作とは、ほとんど関係ありません。 頭を空っぽにして読んで下さいね |
―――― 月のない夜。 吹き寄せた風に揺れるカーテンの向こうで、夜の生き物達がそっと息を殺す。 絶対的な捕食者の出現に怯え、その目に止まらぬよう、震える様が見えるかのようだった。 葉音さえも鎮まる静寂の中、常に軋みをあげる窓が、気配もなく開く。 「・・・・・・来やがったな、化け物め」 舌打ちと共に吐き捨てると、中世の絵画から抜け出たように豪奢なドレスを纏った女が、くすりと笑った。 「起きて待っていてくれたの?案外優しい所があるのね」 「テメェみたいな化物に狙われてるってぇのに、おちおち寝てなんざいられるか」 闇の中、互いの姿を見つめたまま、対峙する。 全身に緊張を漲らせていたのはしかし、ベッドに腰掛けた男だけで、女は彼の鋭い眼差しを惚れ惚れと見つめ返した。 「あぁ・・・やっぱりきれいだわ、あんた。 あたしのコレクションに、ぜひとも加えなきゃね」 笑みを深めた女の紅い唇から、獣のように長く鋭い牙が覗く。 「さぁ・・・おいで」 白い手をたおやかに伸ばし、招いた男は糸に操られるように立ち上がった。 「ふふ・・・ 歩み寄って来た彼へ両手を伸ばし、肩にかかる長い黒髪を指先で掻き分ける。 「さぁ・・・あたしたちの仲間にしてあげる」 紅い舌が脈打つ首筋を探り、白い牙が突きたてられる・・・・・・瞬間、 「ごめんだな」 冷笑と共に突き出された銀の刃を、女は飛び退ってかわした。 「ちっ!あたしの魅了が効かないなんて、あんたホントに男?!」 忌々しげに吐き捨てた女へ、彼も舌打ちする。 「ババァに興味なんかねぇっつってんだろ、この若作りが! 俺を魅了しようなんざ、60年遅ぇんだよ!」 銀の刃よりも胸を抉る言葉に、女の顔が引き攣った。 「あんっ・・・た失礼ね!!!! あたしはヴァンパイアなんだから、77だってぴっちぴちなのよ!!!!」 ヒステリックに喚きたてると、憎らしいほどきれいな男の顔に冷笑が浮かぶ。 「はっ! 堂々と死語ぬかしてる時点でジェネレーション・ギャップにも程があんぜ、ババァ!」 「えっ?!ぴ・・・ぴちぴちって死語なの?! 今の若い子はなんて言うのよ?!」 「あの世で聞きな、ババァ!!」 再び突き出された刃に服を裂かれながらもかわし、彼の背後へ回って首に腕を回した。 「あんた、いい加減名前くらい覚えなさいよ! エミリアよ、エ・ミ・リ・ア!」 「もうすぐくたばる奴の名前なんか、一々覚えねぇよ! それとも・・・」 首に回った腕を掴み、腰を落として背負った軽い身体をベッドに叩きつける。 「墓石に刻んで欲しいのか?」 「・・・っ!」 豊かな胸の谷間に突きつけられた銀の刃が、薄く肌を裂くだけで焼けるような痛みが走った。 悔しげに顔を歪めていた女の息が徐々に上がり、ぐったりとベッドに身を投げ出す。 「観念しやがったか」 「えぇ・・・そうね・・・」 苦しげな吐息と共に、女が呟いた。 「ヴァンパイアにしては短い命だったけど・・・気に入ったあんたに殺されるんならマシかしらね」 自嘲気味に笑った顔が妙に憐れで、彼は思わず息を呑む。 「ねぇ・・・最期にキスしてくれない? そのくらいはいいでしょ?」 潤んだ目を冷たく見下ろしながら、しかし、否とは言わない彼に笑みを深めた。 「さぁ・・・」 無粋な刃を握る手にそっと手を当て、半身をわずかに起こした彼女の目が、きらりと光る。 「それっ!!」 「このっ・・・!!」 刃を持つ手首を人外の力で押さえつけられた上、身体を返されて、彼はあっという間にベッドに押し付けられた。 「さぁ・・・ 今日こそあたしのものにするわ、坊や 舌なめずりする獣の唇が、彼の首筋に寄せられる。 「痛くないわ、気持ちよくなるだけ・・・大丈夫よ」 脈を探り当てた唇が大きく裂け、牙が露わになった。 「お前に永遠をあげるわ」 鋭い牙が肌に触れると同時にドアが開き、燦、と強い光が向けられる。 「ちっ!!」 近頃発明されたと言う電灯は、作り物でありながらヴァンパイアが苦手とする紫外線を豊富に含んでいた。 身を起こすや、光を避けて窓の外へ逃げた彼女を、人間の動きでは追うことが出来ない。 「・・・また逃がしたか。 しつこい女に好かれちゃったねぇ、ユー君」 肩をすくめた師に、彼は忌々しげに頷いて頬を拭った。 手の甲に女の唇を染めていた口紅が移って、思わず眉を寄せる。 「ここまで引き寄せたんだから、今日こそ駆除できると思ったけど・・・やっぱりしぶといねぇ」 苦笑した師に再び頷き、彼は音の戻った夜闇を鋭く睨みつけた。 「さすがにしぶといわねぇ・・・!」 部屋の中で同じ言葉を向けられているとは知らず、女は教会の尖塔に腰を下ろした。 「・・・あいつ、よくもあたしの柔肌に傷をつけてくれて! 銀の傷は中々治らないのよ!」 ブツブツとぼやきながら、高価なドレスをためらいなく引き裂き、血の滲んだ傷に当てる。 「今度はこっちから誘い出してみるかなぁ・・・」 餌はあることだし、と、女はクスクスと笑いながら闇を透かし、既に遠く離れた彼の部屋を眺めた。 ―――― 欧州の北、いわゆる北欧にある街は、人が多過ぎず少な過ぎず、隠れ住むには丁度良い場所だった。 6月ともなればさすがに昼は暑熱に覆われるが、夜になれば体温を持たない彼らにとって、過ごしやすい気温となる。 そんな街のはずれにある屋敷に、つい先日入ったばかりの一家の主は、忙しげに夜会の仕度をする妻へ目を細めた。 「そう慌てずとも、まだ時間に余裕があるのである。 じっくり選んではどうであるか」 ドレスの色とアクセサリーの色が合わないと、召使いに次々と替えを持ってこさせる妻に笑い出すと、彼女は真剣な顔で首を振った。 「この街に来て、最初のパーティですのよ! こういうのは最初が肝心なんですから、一番『ふさわしい』ドレスでないと!!」 華美であれば良いというものではなく、羨望されつつ妬まれないように、気を使う必要がある。 「妙な反感を買って、私達のことを探られては迷惑ですものね。 でもあんまり地味なのは嫌だし・・・」 『人間の』召使いが部屋を出た隙に囁くと、夫は妻の用心深さに感心して頷いた。 「本当に、我が家はお前が支えているようなものである。 私はどうも注意が足りないと言うか・・・長老会でも散々叱られたのである」 苦笑した夫に歩み寄った彼女は、不安げな顔で座る彼に抱きついた。 「・・・もう二度と、家族のためにヴァンパイア・ハンターに捕らわれるなどやめてくださいな・・・! アレイスター様に何かあれば、私達は生きていられません・・・・・・」 「エリアーデ・・・・・・」 仲睦まじい夫婦の姿に、戻って来た召使いが真っ赤になって立ち竦む。 召使い達に対しては酷く厳しい奥方の意外な姿に戸惑っていると、美しい目でじろりと睨まれた。 「なにをボーっとしているの! 早く持ってらっしゃい!!」 「は・・・はいっ!!」 大声で怒鳴られ、慌てて駆け寄る。 「これも・・・いまいちねぇ・・・・・・。 いっそパニエを使わないものにしようかしら。 持ってらっしゃい」 「はいっ!!」 ・・・結局、奥方が衣装を決めるまでに寝室と衣裳部屋を何往復もさせられた彼女は、ここより給金が安くても優しい主人のいる家へ転職しようと、ため息混じりに決意した。 その頃、同じ屋敷の別の部屋では、主一家とは別の一族の長と跡継ぎが、一人の人間と向かい合っていた。 好奇心に目を輝かせ、きょろきょろと視線を巡らせる孫とは逆に、長は座り心地の良い椅子に小柄な身を沈め、熱心にメモを取る青年を見つめた。 ややして、今までの話を書き留め終えた青年が顔をあげ、続きを促すと、彼はゆったりと頷く。 「・・・では次に、今のお前と直接関わることだ」 手にした葉巻に口をつけ、ゆっくりと吸った老人は、ため息のように長く煙を吐いた。 「ヴァンパイアに血を吸われた者の中でも、ヴァンパイア化する者としない者がいることは昔、不思議なことだと考えられて来た。 だが今では、なぜそうなるかがわかっている」 思わず身を乗り出した青年に頷き、老人は続ける。 「ヴァンパイアは仲間、もしくはしもべを得ようとする時、相手の血を吸うだけでなく、自身の血をもわずかに与えるのだ。 我らの血は人間とは違う・・・非常に特殊なものでな、それ自体が微生物と言っていい」 「微生物・・・? 血が生きているってことですか?」 驚く彼に、老人はゆったりと頷いた。 「見せた方が早いかの。 ラビ」 孫に声を掛けた老人は、書き物机からペーパーナイフを取るように命じる。 「見ているがいい」 老人は空になったティーカップをどけると、指を裂いてソーサーの上に血を滴り落とした。 それは一見、普通の血に見える・・・が。 「まずは私の指を見よ」 言われるままに視線を移せば、裂いたばかりの傷がみるみる塞がって、跡すら残らなかった。 「脅威の治癒力と思うだろうが、少々違う。 今言ったように、我らの中にある血は微生物なのでな。 危険な体外に出たがらぬのと、動物のそれよりも細かい有形成分が引き寄せあい、傷が見えない程に修復するというだけのことだ」 「つまり、俺らのそれよりも強力な血小板ってことですか」 「そうだな」 くすりと笑った老人が指したソーサーを見ると、点々と落ちていたはずの血はいつしか一ヶ所に集まり、小さく固まっている。 それはまるで、弱い者同士が身を寄せ合い、外敵に立ち向かっているかのようだった。 更に老人はマッチを取り出し、火をつけて血に近づける。 途端、それらは沸騰したかのように活性化し、目に見えて火から遠ざかって行った。 「本当に・・・生きているのか・・・・・・!」 信じられないものを見る思いで見つめる彼に、老人は深く頷く。 「人間のヴァンパイア化とは・・・病気で例えるならば白血病とでも言うべきか。 この血は人間の血を喰って増殖し、元の血と入れ替わる」 「喰う・・・・・・」 思わず怖気た彼に、老人はにこりと笑った。 「そうだ。 人間にとっては非常に怖ろしいものだろうが・・・お前も医者ならわかるだろう。 たとえウィルスに感染したとしても、病を発症する人間と発症しない人間がいるように、免疫力の高い人間に入り込んだ血は、人間の免疫力によって駆逐されるのだ。 運良く潜伏したとしても、それはいつ発症するかわからない。 その人間が死んでしまうまで発症しないこともある」 「そうか、それが・・・ヴァンパイア化する人間としない人間の違いか・・・」 マッチが燃え尽きた途端、再び大人しくなった血を見つめたまま、青年は頷く。 「そうだ。 お前は年齢的にも心身の充実した頃だろうし、お前の血は瀕死のアレイスターらにただ『与えた』ものだ。 弱ったヴァンパイアが、そんな極限状態で自身の血を分け与えることができたとは思えぬし、そもそもそのような状況では、この生ける血自身が体外に出ることを拒んだろう」 「・・・じゃあ俺にはまだ、彼らの血が与えられなかったってことなんだな」 自身の両手を見つめ、流れる血に思いを馳せる彼に、老人は満足げな笑みを浮かべた。 「その通り。 それとは逆にあの娘は、まだ幼いとは言え、加減を知らないアレンの血を存分に与えられたのだろう。 アレンは我を忘れていたと言うし、いくら若くとも一気に大量の『血』を注がれれば、人間の血などひとたまりもなかったろうな。 ただでさえ女は男に比べて、血液中の有形成分が少なく、ヴァンパイア化しやすいのだ」 「そうか・・・・・・」 老人の言葉に、彼は別室に囚われた少女を想う。 ヴァンパイア・ハンターの家に生まれ、勇敢な狩人となるはずだった彼女は今、憎むべきヴァンパイアの仲間にされてしまっていた。 「・・・ちなみに我らの血は、侵入した人間の血を喰い尽くすことでもわかるように、鉄とたんぱく質をバランスよく含んだ血液を餌とする」 老人の声にはっとした彼は、指の間を滑り落ちていたペンを握り直す。 「宿主の血を食い尽くすと体内に餌がなくなるが、彼らはそれ以上肉体を蝕もうとはしない。 宿主に死なれると彼ら自身も死滅するために、できるだけ長生きさせるべく、餌の調達を命じるのだ。 これがヴァンパイアの血へ対する『飢え』で、経口摂取であれ輸血によるものであれ、体内に血液を取り入れれば解消される。 ―――― が、このヴァンパイアの血はどうしても最初に宿主の・・・つまりは『人間の血』を喰らうために、人間の血を与えれば異常な興奮状態になる。 人間で言う『酒酔い』と同じだな。 ゆえにまだ完全なヴァンパイアになりきれていない間は、人間の血を摂取することは避けた方がいい。 アレンのように、理性を失くして人を襲うことがあるからな」 「なるほど・・・じゃあ、ミランダがクロス殿からもらったって薬は?」 「これか・・・」 懐から薬瓶を取り出した老人が、じゃらりと錠剤を鳴らした。 「人間の血を見事に凝縮しおった。 これほどの濃度であれば、ヴァンパイアの血を満足させるに十分な餌を与えることになるな」 だが、と、薬瓶をテーブルに置いた老人は、きつく眉根を寄せる。 「いくら血の経口摂取に抵抗があるとは言え、このようなものに頼ることは良いとは言えん。 これは劇薬だ」 現に、これを盗み飲んだアレンは我を失い、少女を襲ってしまった。 その言葉には頷きつつ、青年はテーブルに膝を寄せる。 「しかし、ミランダを『健康な』身体にするには役に立ったのでしょう? 以前は繊弱だった彼女も、今ではだいぶ・・・」 「過信は禁物だ。 薬害はどんな薬にもある」 と、老人は彼の言葉を遮るように断言した。 「食事をしない人間が、薬物だけで健康に生きることができると思うか?」 首を振った彼に何度も頷き、老人はソーサーの上の血を見遣る。 「ミランダは血の経口摂取を拒んでいたため、これまでは彼女の眠っている間に、家族が密かに輸血をして補っていたそうだ。 いくら宿主に長生きをさせたいとしても、ヴァンパイアの血は飢えれば身体を蝕むこともある。 あの娘がこれまで生きてこられたのは非常に運がよかった。 それだけのことだ」 真似てもらっては困ると言いたげな早口に、彼は頷きつつ手の中のメモを見下ろした。 「なるほど・・・。 では次にこの『血』の性質ですが、一旦は宿主の血を喰らうものの、その後は宿主を長生きさせるため、身体中を巡って寿命を縮めるものも喰らい尽くす、ってことなんでしょうか」 ヴァンパイアの長寿の秘密を問う彼に、老人はにやりと笑う。 「まったく飲み込みのいい男だな。 ヴァンパイア化のシステムだけでなく、そこまで問うか」 クスクスと愉快げに笑った老人は、久しぶりに話すに値する相手を見つけたと言わんばかりに身を乗り出した。 そんな老人に彼も身を乗り出し、メモの中身を素早く脳内にまとめる。 「・・・この『血』は、銀や紫外線にダメージを受けると聞きました。 激しいアレルギー反応が出ると言うことは・・・もしやこれは、『殺菌』されるということじゃないですか?」 その問いに目を見開いた老人は、満足げに吐息すると、手にした葉巻を灰皿に放り出して両手を組み合わせた。 「そう、その通りだ。 銀はこの血の動きを鈍化させ、傷を塞がりにくくする。 そして紫外線は、強力なものであれば人間すら害を受けるものであるが、この微生物は太陽光ほどの微弱な紫外線であっても容易に破壊される。 ゆえに陽光を浴びたヴァンパイアは、先ほど火を近づけた血が沸騰したように、身体中の血が沸騰し、肉が裂ける程の衝撃を受ける。 すると、この期に及んでなお生きながらえようとする『血』は宿主の身体を一斉に喰らい、結果、共に果てることになるのだ」 「それは・・・凄まじい最期ですね・・・・・・」 息を呑んだ彼に、老人はどこかいたずらっぽく笑った。 「怖ろしくなったかの、我らの仲間になることが?」 意地の悪い問いに苦笑し、彼は首を振る。 「そんなことはありません。 むしろ、詳しく聞けたおかげで覚悟が出来ました」 「そうか」 楽しげに目を細めた老人は、顎でドアを指した。 「それを聞けば喜ぶだろう」 「は?」 彼が訝しげに見遣ったドアへとラビがそっと近づき、一気に開ける。 「きゃっ!!」 悲鳴をあげて転がり出てきたミランダに、彼は唖然とした。 「い・・・いつから・・・・・・」 「ほとんど最初からさ。な、ミランダ?」 クスクスと笑って、ラビが真っ赤になったミランダの手を取って立たせる。 「よっぽどリーバーのことが心配だったんさね。 ちゃんと仲間になれるのか、ってさ」 「う・・・あ・・・あの・・・・・・」 顔を覆った手の隙間から、消え入りそうな声があがった。 「も・・・申し訳ありません・・・! わ・・・私ったら、はしたない・・・・・・!」 「気になったのなら、入ってくればよかったのだ。 ついでに説教も出来た」 老人の意地悪な言葉を真に受けてしまい、ミランダがしおしおとうな垂れる。 「本当に・・・私、知らないうちに家族に迷惑を掛けて・・・・・・」 「んなっ?!い・・・いや、私は別に、そのようにの・・・」 したたかな女ばかりを見てきた老人が珍しくうろたえる様を、ラビがニヤニヤと眺めた。 「うちのジジィがこんなに慌てんの、初めて見たさ♪ ミランダ、しばらくジジィの傍にいてさ、このひねくれきった根性をちったぁ教育しなおしてくんねーかな!」 「そっ・・・そんなまさか!!!!」 ラビの軽口さえ真に受けてしまい、おろおろするミランダの肩にリーバーが手を乗せる。 「それより、聞いてたんなら話が早い。 どうせならお前にやって欲しいんだ・・・俺のヴァンパイア化」 その言葉に、ミランダは目を見開いた。 「で・・・でも私、まだやったことがなくて・・・・・・」 失敗して、リーバーを苦しめるようなことになってはと怯える彼女に老人が首を振る。 「人間は少々血を失ったからと言って、すぐに死ぬことはない。 できるまで練習するには、丁度いい素材だと思うぞ」 「・・・俺は実験台っすか」 苦笑したリーバーの傍らで、ミランダが生真面目に頷いた。 「わ・・・私、がんばります!!」 「だったら、先に血が飲めるようになんないとな からかい口調でラビに言われた途端、ミランダが泣きそうな顔になる。 が、目尻に浮いた涙を拭い、 「や・・・やってみます・・・・・・!」 数百年の時を経てようやく、彼女は決意した。 ―――― しかし、捕食される側としては、ヴァンパイアの増加は忌むべき事態だった。 「・・・まずは、あの女吸血鬼を捕獲したいもんだねぇ」 神田と彼の師のティエドールに、エミリアを逃したことを知らされたコムイは、苦虫を噛み潰したような顔で呻く。 「彼女はヴァンパイアの古い家系で、次期当主だそうじゃない? 奴らってさ、当主を殺されると案外脆いんだよね。 純血はわずかで、他は彼らが眷属にした元人間だからさ。 主人を失うと、途端に統制が取れなくなって、自滅するんだ。 それを痛いほどにわかってるだろうから、彼女の命を担保にすればきっと、どんな要求も聞いてくれるはずなんだよ」 その言葉に何度も頷いて、ティエドールは愛弟子を見遣った。 「主もそこはわかってるから、普通は純血が自ら人間を襲いに来るなんてないことなんだけどねぇ・・・。 ウチのユー君は美人だから、どうも好き好んで襲いに来てるみたいなんだよ。 ね、ユー君 「魅了を武器にするヴァンパイアを魅了しちゃうなんて、神田君、おっとこまえー!」 「るっせぇよ!」 囃し立てる二人を睨み、神田が舌打ちする。 「迷惑だってんのに、あいつは毎晩来やがるし、師匠は俺を餌にするし・・・!」 ぶつぶつとぼやく神田に、ティエドールがわざとらしく擦り寄ってきた。 「ごめんね、ユー君! 怖かったよねー!」 「べっ・・・別に、怖かなんかねぇよ!! あのババァが鬱陶しいっつってるだけだろ!」 神田の暴言に、コムイが思わず笑い出す。 「確かにヴァンパイアとしては若い方だろうケド、神田君から見れば、おばあちゃんより歳上かもね」 でも、と、彼は諭す目で神田を見つめた。 「今のところ、彼女が唯一の突破口だ。 なんとしても彼女を捕らえて、リナリーを取り返すよ!!」 こぶしを握ったコムイに、神田が吐息する。 「いっそ、殺せって命令だったら楽だったんだがな」 「灰になった彼女を持ってって、リナリー返してなんて言えないからね。 そのために・・・」 いやに真剣な目をしたコムイが、神田の手を両手で掴んだ。 「がんばって彼女誘惑してね、神田君!」 「できっか!!」 コムイの手を冷たく振り払い、神田が舌打ちする。 「俺は愛想振りまくような真似は・・・」 「えー? 結構、来る者拒まずじゃない、ユー君は!」 神田の言葉を遮って、ティエドールの頓狂な声があがった。 「パパン、知ってるよー? 最高で8股くらいかけて・・・」 「かけてねぇよ! 勝手に寄って来ただけだろあれは!!」 忌々しげに怒鳴った神田にコムイが苦笑する。 「・・・男としては羨ましいやら爆発しろやら思うケド、その魅力で彼女落としちゃおう!ねっ!」 がんばれと、また手を取られて神田は渋々頷いた。 ――――・・・その夜、夏の長い日もようやく沈んだ頃。 開け放たれた窓の外から生き物の気配が消え、夜の支配者が現れた。 「アラアラ・・・今日も待っていてくれただなんて、嬉しいわ 窓枠に腰掛けたエミリアが、部屋の真ん中に腕を組んで立つ神田へくすくすと笑う。 「ねぇ、今日のドレスも素敵でしょ? パリで人気のデザインなのよ ハイヒールをコツンと響かせ、部屋に降り立ったエミリアが、その場でくるりと回った。 今夜のドレスは昨夜の中世的なそれとは違い、現代的なデザインのクリノリンドレスだ。 しかし、もう明け方に近い闇の中だと言うのに、わざとらしく日傘を差す彼女に神田は呆れた。 「どこに日光があるんだよ。 雨だって降ってねぇだろ」 「やぁねぇ。おしゃれアイテムよ」 白いレースの手袋に覆われた手をパタパタと振って、エミリアは紅い唇を歪める。 「ねぇ。 いい加減にあたしのものになりなさいよ。 こっちにはあんたの『お友達』もいることだし、その美貌を永遠にできるなんて、いい話だと思うわよ?」 殊更に意地悪く言ってやれば、案の定、神田は忌々しげに眉根を寄せた。 「ふふ・・・ 元ヴァンパイア・ハンターの眷属なんて悪趣味だって思ってたけど・・・あんたみたいにキレイな男をいじめて楽しめるなら、最高ね くるくると日傘を回しながら、エミリアが歩み寄ってくる。 「十分悪趣味だろ。 俺ァいたぶられて喜ぶような趣味はねぇよ」 「そうよねぇ・・・」 ふぅ、と吐息したエミリアは、腕組みしたままの彼を、上目遣いに見上げた。 「むしろ、スリルを楽しんでるのはあたしの方かも。 今日はどんな罠を張ってるのかしら?」 いたずらっぽく目を細めたエミリアの顎を、神田が軽く摘む。 「味わってみろよ」 「・・・っ?!」 いきなりキスされて、エミリアが目を見開いた。 その隙に腕組みを解いた神田は、隠し持っていた銀製のチョーカーを彼女の首にはめる。 「痛・・・っ!!」 肌に触れた途端、火傷のような痛みが走り、身を離そうとしたエミリアの腰を神田が抱き寄せた。 「つれねぇじゃねぇか。 お前が誘ってきたんだろ」 冷笑を浮かべた顔で見下ろされ、エミリアは痛みに耐えながら睨み返す。 「あんっ・・・た・・・!よくも・・・・・・っ!!」 「はっ! 年食ってるくせに、キスくらいで動揺するなんざ、意外と単純なんだな」 嘲弄に、エミリアが頬を紅潮させた。 「そこは純情って言いなさいよ! 可憐な乙女になんてことすんのっ!!」 「乙女って呼んでいいのは10代までだろ、この77歳ガ」 怒って喰らいつこうとするエミリアのチョーカーに同じく銀製の鎖をかけ、背後へ引くと、剥き出しの牙が彼から遠ざかる。 「暴れると火傷が広がるぜ?」 神田が容赦なく鎖を引いたため、銀のチョーカーが食い込んだエミリアの首には紅い蚯蚓腫れがいくつも走り、所々血が滲んでいた。 「ふん・・・これがヴァンパイアの血って奴か」 よく見えるように、エミリアの顎をつまんで上向かせた神田が、まじまじと見つめる。 「出来るならこの首掻っ切って、本当に血だけでも動くのか見てみてぇが・・・・・・」 彼ならやりかねないと、身動ぎしたエミリアに、神田がにやりと笑った。 「お前は大事な人質だからな。 これ以上は傷つけねぇよ」 言ってから、神田はふと、首を振る。 「違うな。 もう一つ、復讐しなきゃなんねぇことがあった」 突然頬にキスされて、エミリアが目を丸くした。 「昨日は口紅つけていきやがって。 迷惑なんだよ!」 言っていることとやっていることの違いに、エミリアは唖然とする。 「・・・・・・・・・。 あんたも素直じゃないわねぇ・・・」 呆れ声をあげると神田は殊更不機嫌な顔になり、エミリアは囚われの身であるにもかかわらず、笑い出してしまった。 「・・・なんだろうね、この和やかな雰囲気」 「・・・なんでしょうね、あのラブラブな二人」 部屋の外で様子を窺っていたティエドールとコムイは、室内のただならぬ雰囲気に呆れた。 「色仕掛けはやだって言ってたくせに神田君・・・まさか、まんざらでもないんじゃ!」 「イヤイヤ! あの子はホントに来る者拒まずの困った子だけど、化物に誘惑されたりなんかしないから!」 疑い始めたコムイを、ティエドールが慌てて否定する。 「きっと、今すぐあの化物の首を刎ねてしまえって言ったら、その通りにするよ! ユー君はそう言う子だよ!!」 「はぁ・・・そうですよねぇ・・・・・・」 それはそれで、手段を選ばないにも程があると、コムイはため息をついた。 「とにかく、目的は達したわけだからさ、次なる交渉の準備をしようよ! ユー君が彼女の相手に飽きない内にやんないと・・・」 「面倒だから殺っていいか、なんて言い出しかねませんもんね!」 ティエドールが言いよどんだ言葉を継いで、コムイが頷く。 「こうなったら手持ちの札を徹底利用ですよ! 絶対リナリーを取り返してやる!!」 こぶしを握ったコムイは、可愛い妹を奪った化物達への憎しみを燃え立たせた。 一方、ヴァンパイア・ハンターの策略が巡らされているなどとは知らないクロウリー家は、毎晩のように催される上流階級のパーティに出かけては好意的に迎えられ、その土地に馴染んでいった。 その最大の功労者はやはり社交好きの奥方で、その美貌と共にある悪い噂のおかげで、嫉妬深い貴族達からの干渉さえ防いでいる。 ために人付き合いの苦手なアレイスターも、『美しいが性格の悪い妻を持った気の毒な男』という同情を集め、世間の意地悪さに触れることもなかった。 今夜ものんびりと、パーティ会場の隅で着飾った人々を眺めていると、東洋人の少女の手を引いた少年が駆け寄ってくる。 「アレイスターさーん!」 「あぁ、アレン・・・」 呼ばれて見遣った彼は、にこりと笑って傍らのテーブルに置かれた皿を指した。 「これを狙ってきたのであるか?」 特別な客にだけ出される最高級のオードブルは、未だ手付かずで置いてある。 「それもですけど!」 アレイスターの前で急停止したアレンは、手を引いた少女を彼の前に立たせた。 「可愛いでしょう エリアーデさんがコーディネートしてくれたんです!」 深いブルーのシルクに銀糸で東洋的紋様が刺繍された清の衣装は、西洋風にアレンジされている。 それはこちらの常識からしてみれば随分と丈が短く、少女のほっそりとした足をきれいに見せていた。 しかしさすがに、上流のパーティに素足はふさわしくない。 ために刺繍の靴を履く足は白いストッキングで覆われ、実際の年よりも幾分か幼く見えた。 「人形のように可愛いであるな」 微笑んだアレイスターに、少女は無言のまま、人形の笑みを浮かべる。 その、意思を感じられない表情に、アレイスターが苦笑した。 「今夜はまた、しっかりと『術』をかけたのであるな」 「はい。 この隙に、『婚約者です オードブルをつまみながら自分勝手なことを言うアレンに、アレイスターは首を振る。 「無理強いはよくないと、いつも言っているのである。 操られている間はよくとも、いずれきっと破綻するであるよ。 それに・・・」 微笑んだまま、瞬きもしない少女を見つめて、彼はため息をついた。 「こんな、物言わぬリナリーが傍にいても、虚しいだけではないのか?」 「そ・・・それは・・・・・・」 口ごもったアレンが、気まずげに目を泳がせる。 「いずれ・・・リナリーもエリアーデさんみたいになってくれますもん・・・・・・」 「エリアーデは少なくとも、自分の意思で私の妻になったであるよ」 「うぐ・・・・・・」 反論を封じられて、今度こそ言葉を失ったアレンに笑ったアレイスターが、見開かれたままのリナリーの目の前で指を鳴らした。 途端、 「・・・・・・あれ?」 息を吹き返したように瞬きをしたリナリーが、白いリボンで飾った長いツインテールを振りつつ、きょろきょろと辺りを見回す。 「ここは・・・あ!また術を掛けたんだね!!」 見覚えのないドレスと傍らのアレンを睨んで、リナリーが乱暴に彼の頬をつねった。 「余計なこと言いふらしたんじゃないでしょうね!」 「いっ・・・痛いでふリナリー!! 僕、まだなんにも言ってな・・・!!」 「やっぱりなんかしようとしたんだ!もうっ!!」 「ひいいいいいいいいいいいんっ!!」 ぎゅうぎゅうと頬を引き伸ばされて、アレンが泣き声をあげる。 「ア・・・アレイスターさん、酷いっ!!」 「酷いのはどっちだよっ! まさか、着替え見てたんじゃないよねっ?!」 「みっ・・・見てませんっ!!それは信じて!!」 「じゃあ他にどんな信じらんないことやったの?!サイテー!!」 途端に賑やかになった場を、アレイスターがにこにこと眺めた。 「やはり私は、元気なリナリーの方が好きであるよ」 「そっ・・・そうですけど・・・!元気すぎると僕が大変で・・・!!」 「アレン君が余計なことばっかりするからでしょぉ!!」 みぞおちに鉄拳を喰らって床に沈んだアレンを見下ろし、リナリーが鼻を鳴らす。 「おぉ!いつもながら見事である!」 アレイスターが拍手すると、リナリーはムッと口を尖らせた。 「・・・こんな身体にされちゃっても、ハンターとしての矜持はまだ持ってるんだから! あなた達になんか、屈しないんだからね!」 「それでこそリナリーであるな」 にこにこと悪気なく言われて、さすがのリナリーも気が殺がれてしまう。 憮然と黙り込むと、アレイスターが手を伸ばし、床に這ったままのアレンを揺すった。 「これ、こんな所で寝ては迷惑である。 起きるであるよ」 「う・・・・・・!」 呻き声をあげて目を開けたアレンは、リナリーに睨まれてびくっと飛び上がった。 「あ・・・あの・・・! 術を掛けちゃってごめんなさい・・・。 でも僕、可愛く着飾ったリナリーをみんなに自慢したくて・・・・・・」 「私はアレン君のものじゃないって、何度言ったらわかるかなぁ!!」 「きゃっ!!」 リナリーが伸ばした手に怯え、身を縮めたアレンを背後から押しのける者がいる。 「人のお屋敷で騒ぐんじゃありません! 礼儀を知らない子供達ですね!」 「ハ・・・ハワード・・・・・・」 「放しなさいよ、シスコンッ!!」 気まずげに声を詰まらせたアレンとは逆に、腕を掴まれたリナリーが暴れるが、抵抗はあっさりと封じられた。 「これ以上の暴力行為は看過できませんので。 兄上」 「ん?」 このような事態になっても、のんびりとしたアレイスターに、ハワードがため息をつく。 「せっかく義姉上が大人しくさせてくださったのに、術を解かないで頂きたい。 責任を持って掛けなおしてください」 「あぁ・・・そうであるか」 やや残念そうに頷いて、アレイスターはもう一度リナリーの目の前で指を鳴らした。 途端に大人しくなったリナリーに、アレンがほっと吐息する。 「・・・いつか本当にラブラブできるようになるのかなぁ」 「一生無理なのじゃありませんか?」 冷たく言ったハワードを睨んで、アレンは皿に残ったオードブルを口の中に詰め込んだ。 ―――― その、翌『朝』。 意外にも『牢獄』では、パーティ会場よりよほど和やかにヴァンパイアの『尋問』が行われていた。 「・・・ってわけでぇ、あたしの家はこの時ナイン家から分家して、今の流れになったのね。 まぁ、長生きの家系がこうして残っていくのは当然としても、メデューサの能力はクラウドお姉様以外に引き継がれなかったのよ。 だからあの人、今まで散々結婚を勧められて、とうとう結婚しなくていいから子供だけでも生んでくれって泣き落としされたそうなんだけど、さっき話した相続争いね。 あれがお姉様には酷いトラウマになっちゃって、誰が親戚の言うことなんか聞くもんかって、意固地になってんの。 そこでみんなの期待は、あたしに集まっちゃって? あたし自身は大した能力ないんだけど、子供にはきっと能力が現れるからって、早く生めって急かされててー。 今あたし、超モテモテなのよ こんなあたしに誘われてんだから、ありがたいと思いなさいよね、あんた!」 びしぃっ!と指差されて、神田が顔を引き攣らせる。 が、エミリアは構わず、また早口に続けた。 「ともかく、あたしが子供生んだら本家の相続権はあたしの子供ってことになるから、パパも超乗り気なのね。 ナイン家って言ったらそりゃ名門で・・・」 「・・・いつまで続くんだ、その血筋自慢は!!!!」 息もつかずに話し続けるエミリアにうんざりして、とうとう神田が怒鳴り声をあげる。 「なによ! あんた達が『知ってること全部話せ』って言うから、由緒から話してあげてんじゃないの! あんたらどっかの馬の骨と違って、こちとら長い歴史があるのよ!」 「だからって、なんで1000年以上前の話から始まんだよ!どこまでババァだテメェ! ババァはとっとと墓入って干からびてろ!!」 「だからババァって言うんじゃないっつってんでしょクソガキ!! どこまで覚え悪いのよ!!」 ぎゃあぎゃあと喚き合う二人の間で、ティエドールがティーカップにため息を吹きかけた。 「・・・君が非常に協力的なヴァンパイアだってのはわかるけどね、エミリア君。 それにしても話が長いでしょ。 今日の明け方に『寝るっ!』って宣言して勝手に寝ちゃったかと思ったら、夕方にようやく起きて来て、その後ひたすら喋り続けてもう10時だよ? 時間稼ぎしてんじゃないのって、我慢強い私だって思っちゃうよ」 「ンマァ失礼ね! あたしは人間のあんた達にも理解できるよう、最初ッから説明してあげてんじゃないの! こんなに親切なヴァンパイア、他にいないわよ?!」 「うん・・・それは理解するけど・・・・・・」 ティエドールの対面で、ぐったりとテーブルに突っ伏していたコムイが死にそうな声をあげる。 「なんかもう・・・上流階級のおばさんが一所懸命自慢話してるみたいなんだもん・・・。 昨日もほとんど寝てなくてボク、疲れちゃっ・・・」 「誰がおばさんよ!! あんまり無礼だと食い殺すわよっ!!」 獰猛に牙を剥いたエミリアから慌てて離れたコムイが、恐々と彼女の首に巻きついたチョーカーを見つめた。 「ね・・・ねぇ・・・? それ、ちゃんと効いてるよね・・・? なんでキミ、そんなに元気なの・・・?」 「だーかーら! 言ったでしょ、ウチは長生きの家系だって! 長生きするにはそれだけの理由があんのよ! ちょっと考えりゃわかるでしょ、こんなにか弱い種族が、どうすれば長生きできるのか!」 「か弱い・・・か?」 「どうも・・・エミリア君を見ていると、か弱いイメージからは遠いんだけどなぁ・・・・・・」 「ホンット失礼しちゃうわね!」 呆れ顔の神田とティエドールに、エミリアは頬を膨らませる。 が、コムイだけは妙に真剣な顔をして、考え深げに顎を引いた。 「・・・・・・ちょっと、考えてみた。 ねぇ、エミリア君。 キミ達が長生きの家系ってことはもしかして、他の一族に比べて、銀や紫外線への耐性が強いってコト?」 「そうそう、そゆこと」 あっさりと頷いたエミリアを囲む面々が、表情を厳しくする。 「なぁに、怖い顔して?」 「つまり・・・殺虫剤も使い続けると効かなくなるようなもんか」 「あたしは家庭内害虫か!!!!」 神田の失礼きわまる発言に、エミリアが激昂した。 「そう言えばあのクラウドって女吸血鬼もクロスのアホも、昼日中にのこのこ出てきたからねぇ。 なんか使ってんだろうと思ってたけど、そもそもの耐性が強くなってたってことか・・・」 ティエドールの苦々しい声に、エミリアはあっさりと頷く。 「あぁ、お姉様は強力な抗紫外線ジェルを使ってるからなんだけど、クロス様は特別よ。 どう言うカラダしてるのか、殺しても死なないって言ってたわ、何十・・・いえ、何年か前に襲ってきたヴァンパイア・ハンターが」 「今、十年単位でサバ読んだろ、ババァ」 「ババァ言うな!!」 図星を指されたエミリアがテーブルを叩き、ティーカップが跳ね回った。 「あら、失礼」 わざとらしく咳払いして、エミリアは面々を見回す。 「ねぇ。 一応聞かれたことには答えたけど、紳士方はお二人で話し合いがしたいのじゃなくて? あたし、ここで彼と待っているから、あなた方はご自由にどうぞ 対面に伸ばした手は冷たく振り払われたが、苦笑したティエドールが未だ考え込んだコムイを促して出て行ってくれた。 「さ これで二人っきりだわ、ダーリン 「・・・ババァに興味ないって、何度言ったら理解すんだ、その干からびた頭は」 うんざりとした口調に、エミリアが再びテーブルを叩く。 「ホンット失礼よね、アンタ! あのね、人間とヴァンパイアじゃ生きてる時間が違うってコト、いい加減理解しなさいよ! 相互理解しないことには、いつまでもあたし達は捕食者と被捕食者よ!」 「どっちがどっちだ?」 跳ね回るティーカップを眺めながら、神田が鼻を鳴らした。 「普通の人間相手なら、確かにお前らは捕食者だろうよ。 だが、俺達から見ればお前らは獲物だ。 狩りを知っているハンターにとって、お前らは脅威じゃない」 きっぱりと言われて、エミリアはムッと口を尖らせる。 「・・・じゃあ、あんたはあの可愛い『お友達』でさえ、再びまみえれば『獲物』と見なして狩るわけ? 人間とヴァンパイア、残酷なのはどっちかしらね」 黙りこんでしまった神田に吐息して、エミリアは首を締め付けるチョーカーの隙間にレースのハンカチを挟み込んだ。 「おい・・・!」 思わず席を立った彼に、エミリアはひらひらと手を振る。 「いいでしょ。 別に、外せって言ってるわけじゃないんだから。 これ以上の火傷を防ぐ対策くらいさせなさいよ」 白いハンカチに紅く血が滲む様を見て、神田は座り直した。 「それで、どうなの? そもそも、あんた達が今のヴァンパイアを狩る意義って何よ」 ティーポットからお茶を注いだエミリアは、カップを神田へ差し出す。 動揺のためか、素直に受け取った彼の手を取り、揺れる瞳をじっと見つめた。 「ねぇ、どうしてあんた達は、あたし達を狩るの?」 「お前らが・・・人間を襲うからだろ!」 無理矢理、強い口調で言い放った神田に、エミリアは苦笑する。 「昔は・・・そりゃ、今みたいな売血があったわけじゃないから、人を襲うヴァンパイアもいたでしょうし、あんた達人間が生き残るためにヴァンパイアを狩ったってのはわかる。 でも・・・」 言葉を切って、エミリアは神田の手を握り締めた。 「今は違うでしょう? あたし達は人間を襲ったりしない。 どころか、人間から血を売ってもらう代わりに、医療機関への資金提供や研究協力をしているのよ。 あんた達が『害獣』と呼ぶあたし達は、今はあんた達よりよほど人間の役に立ってるんじゃなくて? なのに、なぜ狩るの? もう・・・害なんてないのに」 潤んだ目に見つめられて、神田がますます動揺する。 元々口下手な彼にとって、言葉で戦うことは難しかった。 それを察した上で、エミリアは更に攻めてかかる。 神田の手を両手で握り、鎖が伸びるぎりぎりまで身を乗り出して彼に迫った。 「暖かい手・・・あたしは生まれた時から体温なんてなかったから、とても不思議な感じだわ。 ずっとこうしていたい・・・」 彼の手に頬を寄せ、にこりと微笑むと、頑なな彼の警戒も解けたように見える。 が、油断はせずに一旦身を離した。 「ね? あんたのお友達・・・取り戻す手伝いをしてあげましょうか?」 「・・・・・・なんのつもりだ?」 今までのような警戒心からではなく、意外そうな顔の彼に、エミリアはこみ上げてくる笑いを何とか抑えて微笑む。 「そのためにあたしを捕らえたんでしょう? あたしは自分の一族を守らなきゃいけないし、生きて戻らなきゃいけない。 元人間の眷属一人とあたしじゃあ、そもそも秤にすら掛からないのよ。 だから・・・・・・いいえ、そうじゃないわね」 苦笑して、エミリアは神田の手に軽くキスした。 「あんたに協力したくなった。 それだけよ」 いたずらっぽく笑う彼女を見つめた神田が、殊更に不機嫌そうな顔で目を逸らす。 それが照れ隠しだと見抜いたエミリアは、彼の手の陰でにんまりと笑った。 同じ頃、別室ではティエドールとコムイが、難しい顔で額を突き合わせていた。 「・・・彼らの中に日中でも動ける者がいる以上、今までの狩りの方法を考え直さなきゃいけないね」 低く呟いたティエドールに、コムイが頷く。 「道理で・・・近頃は昼に襲っても捕まりにくいと思ってたんですよ。 随分逃げ足が速くなったもんだってね」 とは言うが、コムイも実際に狩りを行ったことは数えるほどしかなかった。 今時、ハンターの仕事は少ない。 ヴァンパイア達が人を襲わなくなってしまったため、狩りを依頼する人間が激減してしまったのだ。 おかげで今では、『敵』を知るためのハンターによる実験体捕獲という意味合いが強い。 「昔に比べて、ハンターの経験値が低くなったのはしょうがないけど、奴らがまた人を襲うようになった時のために、技術研鑽はしなきゃいけないし・・・。 君の妹が、日光や銀への耐性が強いヴァンパイアになっててくれたらねぇ。 実験に便利・・・あ、いや・・・」 コムイにきつく睨まれて、ティエドールは慌てて口を塞いだ。 「うん・・・とにかく、君の妹を取り返すことからはじめようか。 幸い、エミリア君は非常に協力的なヴァンパイアだ。 眷属になったばかりの元人間くらい、快く返してくれるよ」 できれば耐性があるとわかっているエミリアを実験体として確保して置きたいが、今回の目的がリナリー奪還である以上、有力な取引材料である彼女を使わないわけには行かない。 「・・・ま。 ユー君がいれば、彼女を捕まえる機会なんかいくらでもあるか」 ティエドールが満足げに思い浮かべた自慢の弟子はしかし、この時既に、ヴァンパイアによって連れ出されていた。 「・・・どこに行くんだよ」 既に深夜とは言え、夏至に近い6月の北欧では中々日が沈まない。 ぼんやりと明るい街にはしかし、人影は少なく、異国人の彼にはとても不思議な光景に見えた。 「この時期は、ある程度耐性があれば、ヴァンパイアでも日の下を歩けるのよ。 だから北欧の夏はとても好きなの」 そう言って、日傘を嬉しげにくるくると回しながら足を弾ませる彼女は、ごく普通の人間に見える。 夜には見えなかった明るい色の髪を淡い陽射しにきらきらとなびかせて、エミリアは神田の腕に腕を絡めた。 「あたしだけじゃないわ。この時期の北欧には、日を懐かしく思う眷族がたくさん集まるの。 特に、眷属になったばかりの元人間はとても日を恋しがるから・・・優しい主人なら、最初の夏はここに連れてくるものよ」 彼女の言わんとすることを察して、神田は息を呑む。 「じゃあ・・・あいつはここに・・・?!」 「とっくに知ってて、この国に来たんだと思ってたわ」 クスクスと笑うエミリアの手を引き寄せると、彼女のコートの袖に隠れた鎖が音を立てた。 「あいつの居場所を知ってるのか?」 「そうねぇ・・・。 はっきりと知っているわけじゃないけど、クロウリー家の別邸はいくつか知ってるわよ」 「案内しろ!!」 袖口の鎖を引かれて、エミリアが眉根を寄せる。 「・・・家を出る前に言ったでしょ。 デートしてくれたら、帰りに教えてあげるって」 言われて神田は、渋々鎖を引く手を緩めた。 「やれやれ・・・。 私だってね、別の一族の屋敷をリークするなんて気が進まないのよ。 後々の付き合いに響いて来るんだもの。 それだけの危険を冒してあげようってんだから、報酬はきっちりもらうわよ」 にこりと笑ったエミリアは、神田の腕を引いて薄明かりの中を歩く。 一見、ゴーストタウンのような景色にぽつぽつと現れる人影は他国の人間だろうか、夫婦や友人同士といった風の身なりのよい人々が、エミリアもするように嬉しげに空を見上げ、すれ違いざまに機嫌よく会釈して行った。 「ふふ・・・ 皆様、『普通の人間』みたいだわ 「なんだと・・・?!」 驚き、振り返った神田の視界からは既に、すれ違ったばかりの紳士の姿は消えていた。 「さっきのは・・・」 「えぇと・・・確か、チェレッティの伯父様じゃなかったかしら。 あれ?テッセンだったっけ? まぁ・・・お仲間よ」 表情を厳しくする神田にクスクスと笑って、エミリアは歩を進める。 「大丈夫よ、襲ってきたりなんかしないから。 みんな、日の下を歩くのが嬉しいのよ。 元人間の眷属はともかく、さっきの伯父様みたいに純血のヴァンパイアは、機会がなければ何百年も日の光なんか見ないで過ごすんだもの」 明るい空をまた、嬉しげに見上げたエミリアは、そっと吐息した。 「きれいねぇ・・・。 あんた達はいいわね、月だけでなく、太陽も見られるなんて」 「見れねぇよ」 憮然と呟いた彼を、エミリアが意外そうに見る。 「見られないの?日の下を歩くのに?」 「太陽なんか直視したら、目を傷める」 不機嫌な口調ながら、彼が律儀に答えてやると、エミリアは感心したように何度も頷いた。 「人間も、案外強くないのねぇ・・・。 私はてっきり、月を眺めるみたいに太陽を眺めているんだと思っていたわ」 知らないことが多いな、と、呟いた彼女に思わず、神田が笑みを漏らす。 「なぁに?」 「いや・・・」 不思議そうな顔をするエミリアへ、彼は首を振った。 「確かに相互理解がなってねぇな、って思っただけだ」 「あら」 エミリアも笑みを漏らし、彼の腕に縋る。 「ようやくわかってくれたのね デートに誘った甲斐があったわ 華やかな笑声をあげる彼女を、振り向いた人々が様々な表情で見ていた。 「・・・囲まれてんのか」 「やぁねぇ。襲ったりなんかしないってば!」 警戒する神田の腕をエミリアは強く引く。 「いいから行きましょ! この時間ならまだ開いてる店を知ってるわ!」 そう言って彼女が導いた大通りには、他国の夜と同じく、一晩中開いている店が少なくなかった。 「ここ!ここね、上流階級が集まる店だから、未成年が入っても安心よ 一目で高級店とわかる店に案内されて、神田はげんなりとため息をつく。 「こういう店は・・・」 「だいじょーぶ! 子供に飲ませたりしないから安心しなさい!」 支払いも任せろと、豊満な胸を叩いたエミリアを神田がムッと睨んだ。 「今日で二十歳だ、馬鹿」 子供扱いされたことが忌々しくて吐き捨てると、エミリアが目を丸くする。 「二十歳?あんたが?」 「あぁ。 昨日までは十代だったが、今日で・・・」 「んまぁ!!東洋人って、若く見えるのねぇ!」 大声で神田の声を遮ったエミリアが、まじまじと彼の秀麗な顔を見つめた。 「・・・うん。やっぱり若く見える。 てっきり15、6の子供だと思ってたから!」 「・・・・・・テメェの目は干からびてんのか」 きつく眉根を寄せた彼ににこりと笑い、エミリアは小首を傾げる。 「今日だったんだぁ・・・。 せっかくの誕生日に、あたしの尋問だなんてお仕事が入って残念だったわね」 意地悪く言ってやると、神田は鼻を鳴らした。 「それならお前がぐーすか寝てる間に、師匠が暑っ苦しく祝ってくれたから問題ねぇよ」 「なにぃっ?!」 甲高い怒声が、神田の耳を貫く。 「なんで起こしてくれなかったのよ!!あたしもパーティやりたかった!!」 「なんで起こさなきゃなんねぇんだよ! 第一、パーティなんて大げさなもんじゃねぇよ!!」 負けじと怒鳴り返すが、エミリアは普通の女のように怯えるどころか、嬉しげに目を輝かせた。 「そうなの?!じゃあまだちゃんとお祝いしてないのね?!」 歓声をあげて、エミリアはぐいぐいと神田の腕を引く。 「なにすんだ!!」 「決まってるでしょ!二十歳のお祝いするの!」 自分勝手に決めて、エミリアは輝くような笑みを浮かべた。 「誕生日をヴァンパイアに祝ってもらうなんて、滅多にないことよ! 帰ったらパパン以上にお祝いしてもらったって、自慢しなさいよ!」 「・・・・・・・・・師匠か」 なぜ黙って出てきてしまったのだろうと、今更ながら後悔したが、もう遅い。 「なんでこんな・・・」 「ほら早くっ!!」 神田に考える隙を与えず、エミリアは彼の腕を引いて店内へ引きずり込んだ。 「こんばんはー 彼女が声を掛けると、よほどの上客なのだろう、支配人が自ら出てきて、テーブルへと案内する。 「既にお着きでございます」 「誰が?」 支配人が恭しく促した方へ視線を流せば、ラビとその祖父が、目を丸くしてこちらを見つめていた。 「エミリア・・・なんでさ?!」 「アラ・・・まずいとこ見られちゃったな」 気まずげな雰囲気に気づいた支配人が、別の席を用意すると言うのを断って、エミリアはテーブルに着く。 「な・・・なにしてんさ、そいつと!」 他の客をはばかり、声を潜めたラビにエミリアがにんまりと笑った。 「見てわかんない?デート その自慢げな声に反駁したくはあったが、交換条件とあってはそれも出来ず、神田は憮然と黙り込む。 と、初めて見る老人が彼をじっと見つめていた。 「・・・なんだ?」 訝しげに問うと、老人は微かに笑う。 「お初にお目にかかるな、若きハンターよ。 私はブックマン。 古き血族の長で・・・長老だ」 その一言にピクリと反応した彼へ、老人は愉快げに頷いた。 「なるほど。 若いが、ハンターとしては十分な修練を積んでいるようだな。 ラビから聞いた通りだ」 ちらりと見遣った孫は、腰を浮かして緊張気味に神田を見つめている。 「座れ、ラビ。 この御仁は今、我らと戦う気はないらしい」 血に似た紅い酒を飲み干した老人は、懐からシガレットケースを取り出し、葉巻に火をつけた。 「エミリア嬢が、何かしら条件をつけて連れまわしておるのであろうよ」 「あ・・・あら・・・・・・」 見事見抜かれてしまい、エミリアは気まずげに目を泳がせる。 そんな彼女に、老人は苦笑した。 「老婆心ながら・・・古き血族の次期当主ともあろう者が、ハンターを追い掛け回すのはどうかと思うぞ。 確かに類稀なる美形だが、他にいないわけでもあるまい。 わざわざ危険を冒すなど、あるまじきことぞ」 「え・・・えぇ・・・そうです・・・ね・・・・・・」 そんなことは言われなくてもわかっているが、だからと言って簡単に諦めることは出来なかった。 「・・・まぁ、おなごが美しい宝石を身につけたがるのは当然か」 苦笑した老人は、葉巻を灰皿に放って椅子を降りる。 立てば意外なほど小柄だった彼から目を逸らせずにいる神田を、老人が見上げた。 「邪魔したの。 おぬしらはゆっくりして行くといい」 すたすたと歩き出した祖父を、ラビが慌てて追いかける。 「そうじゃ」 ふと振り返った老人は、にこりと神田に微笑んだ。 「願わくは、再びまみえたくないものだな。 息子夫婦を殺した者共に、二度も容赦できると思わぬゆえ」 微笑んでいながら、笑っていない目に気を呑まれ、神田は黙って見送ってしまう。 悔しげにこぶしを握り締めた彼が、気配に気づいて周りを見ると、食事中の客達が立ち上がり、老人とその孫を見送っていた。 「・・・・・・まさか」 彼らの姿が見えなくなるや、再び席について歓談を始めた彼らに、神田が呟く。 「この店は・・・」 「食前酒でございます」 気配を感じさせず、いつの間にか傍にいたウェイターが小さなグラスをテーブルに置いた。 赤い液体はとろりとして、まるで・・・・・・。 「あら、気づかなくてごめんなさい。 彼はまだ血が飲めないから、他のにしてあげて」 白い指にグラスを絡めたエミリアが、にこりと笑った。 「普通のお酒なら飲めるのかしら、ダーリン?」 まんまとヴァンパイアの罠にかかったと気づき、忌々しげに眉根を寄せる。 「嵌めやがったな・・・!」 「やぁね、人聞きの悪い」 ぷくっと頬を膨らませ、エミリアは赤い液体を飲み干した。 「あたしの話をちゃんと聞かないあんたが悪いのよ。 言ったでしょ、この時期のこの国には仲間がたくさん来るんだって。 そして、見ればわかるでしょ? あたしはこの店の常連。 周りの皆様もね」 ヴァンパイアの長老を恭しく見送った面々を、エミリアが眺め回す。 「あたし達のために夜だけ営業する店・・・それがここよ 「・・・・・・っ!」 きつく睨んでくる神田に苦笑し、エミリアはグラスを置いた。 「いたずらが過ぎたみたいね。 あんたを怒らせるつもりじゃなかったんだけど」 血のグラスを下げさせ、改めて人間が飲むような食前酒を持って来させる。 「きれいな街を歩いて、お気に入りの店に連れて来た・・・本当にそれだけだったのよ。 長老がいるなんて思わなかったから、予定が狂っちゃった」 ため息と共に神田へグラスを渡し、自分のグラスと軽く触れ合わせた。 が、無言のままエミリアを睨みつける彼に、またため息が出る。 「・・・ねぇ、お祝いさせてよ。 この店を出たら、ちゃんとクロウリー家の別邸に案内してあげるから」 その条件でようやくグラスを重ねてくれた神田に微笑んだエミリアは、せっかくのデートを邪魔してくれた長老達を恨みながらグラスを空けた。 「や・・・ヤバイって、ジジィ! なんでエミリアが一緒にいたんかはわかんねーケド、あいつ、めっちゃ手強いハンターなんさ! みんなに知らせて・・・」 「余計なことはせんでいい」 乗り込んだ馬車の天井を叩いて出発を促すと、老人は葉巻に火をつけた。 「エミリア嬢は・・・テーブルに着いてもコートを脱ごうとはせなんだ。 と言うことは、コートの下に人目をはばかるものを着けていると言うわけかな」 「は?なんさ、それ?」 動き出した馬車の中で、よろけつつ座ったラビが問うと、老人はのんびりと煙を吐く。 「わずかに金属の擦れあう音もしたようだの。 どうやらエミリア嬢は、あのハンターに囚われたらしい」 「えぇっ?!あいたっ!!」 驚いて立ち上がったラビが、天井に頭をぶつけてうずくまった。 「なにをしとるのだ」 「〜〜〜〜そりゃこっちの台詞さ、ジジィ! なんで助けてやんなかったんさ!」 今からでも戻ろうと言う孫に首を振り、老人は愉快げに笑う。 「必要ない。彼女は狩りの最中だ」 「狩り・・・?」 それはあのハンターの方ではないのかと、訝しげな孫に首を振った。 「彼女にはガルマー家の血が顕著に現れておる・・・奴もハンターだろうが、ガルマー家こそ真にハンターの血筋。 昔は逃げる人間共を追いかけて、いたぶりつつ喰らう、残酷な当主が続いたものだ」 「うわ・・・!」 思わず顔をしかめたラビはしかし、ふと瞬く。 言われて見れば、エミリアと神田が初めて見えた時、彼女の昂奮ぶりはただならぬものがあった。 「うん・・・。 エミリアなら・・・あいつと対等に戦えると思うさ」 「もちろんだ。 ガルマー家の者達は、自身では大した能力を持たぬと思っているようだが・・・なんの。 長年ハンター共と餌を巡って渡り合ってきた家だ。 狡猾な狐のように、時には弱った所を見せて油断を誘い、常に獲物の喉笛に喰いつく瞬間を狙っている。 一旦囚われたのも、最後に勝利を得んがための作戦だろうよ。 あの擬態と執念には、ささやかな能力など及びもつかん」 「・・・はぁ」 祖父の言葉に、ラビは気が抜けたようなため息をつく。 「確かに・・・弟をクロウリー家の養子に出して、自分は本家を狙ってるらしいけど・・・・・・」 「彼女なら、必ず両家とも手に入れるだろうとも。 ・・・そうじゃお前、彼女の婿に立候補してみんか? 我が家の血が入った子を何人かこさえておけば、ナイン家だけでなく、古い家をいくつも手に入れることができるぞ」 楽しげに言った祖父にしかし、ラビはきっぱりと手を振った。 「イヤ、狙うんだったら直でナイン家だから!」 長官ゲット 「まぁ・・・それも良いかの」 がんばれ、とエールを送ってくれた祖父に、ラビは大きく頷いた。 ・・・しかし長老の評価は、もしかしたら過大評価だったかもしれない。 ―――― どうも・・・効きが悪いなぁ・・・・・・。 他愛のない話をしつつ、神田の様子を窺うエミリアが心中に呟いた。 外に連れ出した時には確かに『魅了』の力が効いていたはずなのだが、彼は時折我に返ったように冷たくなる。 ・・・かと思えば、素っ気無いながらも彼女の話に乗ってきたり、どうにも違和感が拭えなかった。 ―――― おかしい・・・。 「なにがだ?」 あまりにタイミングのいい返事に、エミリアは声に出してしまったかと息を呑む。 「なにがって・・・なにが?」 思わず表情を固くした彼女に、神田が薄く笑った。 その笑みに見惚れていると、彼が笑みを深める。 「なにかおかしいって、そんな顔してたぜ。 魅了だかなんだか・・・怪しい術が効かないことが、そんなに変か?」 図星を指されて、ぎくりと顔を強張らせた彼女を神田は鼻で笑った。 「狡猾な割りに、すぐに顔に出るんだな、お前は」 「・・・術にかかってもないのに、なぜついてきたの?」 「なにが目的かと思って」 悔しげに眉根を寄せるエミリアに、神田はあっさりと言う。 「それに、何の目的であれ、リナリーの居場所の目処が立つんならいいかと思ってな」 「なぁに、それ! 随分と大きな賭けに出たものね! あたしに誘い出された挙句、喰い殺されるかもしれないとは思わなかったの?」 エミリアが憮然とワインを呷ると、神田は憎らしいほど自信に満ちた表情で頷いた。 「お前は俺を気に入っているからな。 できるだけ傷をつけずに攫いたいと思ってんだろ」 美形だから、と、臆面もなく言ってのけた彼にエミリアが唖然とする。 「じ・・・自分で言うのね・・・」 「言われ慣れてっからな」 そんなことを至極自然に言ってしまう彼に呆れ、エミリアは首を振った。 「誘惑したつもりが逆にハメられちゃうなんてね。 精進しなきゃなぁ・・・・・・」 切なく呟いたエミリアが空になったグラスを倒すと、神田もグラスを置く。 「約束だ、案内しろ」 「わかってるわよーぅ」 渋々席を立って、神田の腕に腕を絡めた。 「あーぁ! せっかく二十歳の誕生日に『永遠』をプレゼントしてあげようと思ったのに!」 「いらねぇよ」 冷たく鼻を鳴らした彼に、エミリアが口を尖らせる。 「おじいちゃんになってから後悔しても遅いわよ!」 「しねぇからとっとと歩け!」 口では喧嘩しながらもなぜか仲良く寄り添って、二人はようやく日の沈んだ街へ戻っていった。 ―――― 二人が店を出る、しばらく前。 「ねぇ、ラビどこ行っちゃったんですか?」 屋敷中を巡って、見慣れた赤毛を見つけられなかったアレンが問うと、アレイスターが広げていた新聞を畳んで外を示した。 「ブックマンと帰ったであるよ。 いい加減、家に戻れと叱られていたである」 「えぇー!! それならそうと、一言言ってくれればいいのに!!」 不満げに頬を膨らませたアレンに、アレイスターが微笑む。 「お前がまだ寝ていたから、遠慮したのであろうよ。 何か用だったのであるか?」 「いや、用ってほどのことじゃないんですけど・・・」 そう言ってアレンは、未だ明るい窓の外を見つめた。 「出かけたいな、と思って。 ラビを誘ったら楽しいでしょ?」 「そうであろうな」 頷くや、アレイスターがクスクスと笑い出す。 「な・・・なんですか?!」 頬を染めたアレンを、アレイスターが横目で見遣った。 「道案内がいなくては、初めての街は不安であるよな」 「う・・・っ!」 図星を指されて、アレンの顔がますます紅くなる。 「トマをつけてやりたいが・・・これからまたパーティに出かけるので、馬車を出してもらわねばならぬのである。 今夜はミランダとリーバーも参加するそうであるから・・・リナリーと二人では不安であるか?」 「不安・・・ですねぇ。逃げちゃわないか・・・」 がっくりと肩を落とすアレンに、アレイスターがまた笑い出した。 「そっ・・・そんなに笑わなくったって・・・!」 アレンが真っ赤になった頬をぱんぱんに膨らませると、なんとか笑いを治めたアレイスターが、アレンの肩を叩く。 「自分の『魅了』の力に自信を持つであるよ」 「自信・・・ですか・・・・・・」 スムーズに『餌』を得るため、ヴァンパイアであれば誰もが持つ能力だが、成体になったばかりの彼はまだ、『大人』の手伝いが必要だった。 しかし、 「リナリーはお前の術で、兄の元からわざわざお前の元にやって来たのであろう? 帰る場所はここだと、出かける前にしっかり術を掛けておけば大丈夫であるよ」 楽観的なことを言う彼に励まされ、アレンが大きく頷く。 「僕!がんばります!!」 くるりと踵を返したアレンは、そのままリナリーが軟禁される部屋へ駆け込んだ。 「リナリー!」 「ノックくらいしなさい!!」 鋭い蹴りをみぞおちに受けて、再び廊下に蹴り出されたアレンが呻き声をあげる。 「ご・・・ごめんなさい・・・!」 腹を押さえてうずくまったまま、起き上がれないアレンにリナリーが歩み寄った。 「なんの用?」 冷たく見下ろすと、顔をあげたアレンが、上目遣いで彼女を見上げる。 「・・・・・・う」 悲しげな仔犬のような目で見つめられて、リナリーの表情から険が取れた。 「そっ・・・そんな目で見ないでよっ・・・!」 頬を染めて、顔ごと目を逸らしたリナリーに、アレンが小首を傾げる。 「ごめんなさい・・・。 僕、リナリーに喜んで欲しかったから、早く言おうと思って・・・」 「なにを?」 うっかり視線を戻した途端、潤んだ目と目が合って、頬がますます熱くなった。 「あのね?」 気づかない振りでにこりと笑い、アレンはリナリーの手を取る。 「明るい街に、出かけませんか? 白夜なら、ヴァンパイアでも日の下を歩けるんですよ」 「ホントに?!」 途端に輝きだしたリナリーの目を見つめたまま、アレンは頷いた。 「夜が明ける前には『ここ』に『帰ってこなきゃいけない』けど、それまでは街歩きを楽しみましょう リナリーの目から視線を外さず暗示をかけると、彼女は嬉しそうに頷く。 「じゃ、早速行きましょう エリアーデさんがまだドレス選んでるから、今ならトマが大通りまで送ってくれますよ 「うんっ つい先程までの嫌悪はどこへ捨ててしまったのか、リナリーはアレンに手を引かれるまま、歩を弾ませてついて行った。 空はまだ薄ぼんやりと明るいが、時刻は既に深夜近い。 時折見かける人影は旅人だろうか、嬉しげに空を見上げては、同行者達とはしゃいだ声をあげていた。 「民家が集まる場所だと、皆さん寝ちゃってるから何もないんですけど、大通りは観光客相手の店が一晩中開いているそうですよ!」 行こう、と、手を引かれて馬車を降りたリナリーは、久しぶりに見る明るい街並みに頬を染める。 「きれい・・・!」 日の下に出られない身体になってから、まだ数ヶ月しか経っていないのに、ひどく懐かしい気がした。 「ちょっと熱いけど、耐えられないほどじゃないね。 だけど、あんまり空を眺めてると目を傷めるかもしれないから気をつけてくださいね」 「うん・・・」 頷いたものの、リナリーは空から目を離すことができない。 「ね! ゆっくり空を眺められるお店に行こうよ! テラス席のあるカフェがいいですか?」 「そうだね・・・!」 頷いたリナリーの、久しぶりに屈託のない笑顔にアレンも嬉しくなった。 手を引いて大通りに並ぶ店を見渡すと、すぐ近くにカフェがある。 「見つけた! 行きましょ!」 人通りの少ない道に彼の声は意外に響いて、ウェイターを微笑ませた。 「いらっしゃい。旅行かな?」 可愛らしいカップルに席を勧めると、アレンが大きく頷く。 「白夜を見に来たんです!すごいですね!」 興奮に声を弾ませた彼の隣で、リナリーはうっとりと空を見上げた。 その可愛らしい横顔にウェイターは笑みを深める。 「6月は毎年こんなもんだよ。 夏至までいるのかい? 今日は6日・・・いや、さっき7日になったのか。 22日にはまだ間があるけど、夏至祭は賑やかだから、ぜひ・・・」 「え?!」 突然大声をあげたリナリーに、ウェイターが目を丸くした。 「い・・・今なんて・・・?!」 「今? えっと・・・夏至祭は賑やかだよって・・・」 「違う!!今日は何日なの?!」 物凄い勢いで詰め寄られたウェイターが、店内の時計を見遣る。 「0時を回ったから・・・6月7日だね」 「そんな・・・・・・!」 愕然と目を見開き、椅子にへたり込んだリナリーの、俯いた顔をアレンが覗きこんだ。 「どうかしたんですか?今日がなにか?」 問う間に、リナリーの目からポロポロと涙が零れる。 「リッ・・・リナリー?!どうしたの?!」 スカートを握り締めた彼女の手が、ぽつぽつと落ちる涙で濡れた。 「あ・・・あの・・・!」 「もう・・・6月だったなんて・・・・・・!」 「ろっ・・・6月が何か?!」 気を利かせて店内に去ってしまったウェイターを困惑げに見送ったアレンが、リナリーの手を握り締めると、彼の手にも彼女の涙が降り注ぐ。 「いつの間に・・・こんなに時間が経っちゃったの・・・?!」 アレンに操られ、ヴァンパイアの屋敷に来て以降、外の見えない部屋に軟禁され続けていたリナリーは、日の感覚がすっかりなくなっていた。 冬はとうに終わり、春も足早に過ぎて、夏が訪れる季節になったのだと、感じていてもそれをカレンダーと結びつけることは困難だ。 「今日・・・ううん、昨日は神田の誕生日で、来週の13日は兄さんの・・・・・・。 毎年・・・お祝いしてたのに・・・・・・!」 その日が来たことすら知らなかったのだと、リナリーは泣きじゃくった。 「リナ・・・」 アレンが、気遣わしげにリナリーへ顔を寄せた瞬間。 「私、帰る!!」 突然彼女が立ち上がり、アレンはきつい頭突きを食らってひっくり返った。 「ひっ・・・酷いよ、リナリー!」 「あ、ごめんなさい。 でもアレン君は強い子だから、平気だよね!」 全く悪びれずに言い放ち、リナリーはカフェを出る。 「え?! リ・・・リナリー待って!どこ行くんですか!!」 何とか立ち上がったアレンは慌ててリナリーの腕を掴み、引きとめた。 が、強情な彼女はアレンの手を振りほどいて歩を進める。 「言ったでしょ、帰るって!」 「どこに?! この街にコムイさんのおうちがあるわけじゃないでしょう?!リナリーが帰るのは・・・」 不意に言葉を切って、アレンは再び彼女の腕を掴んだ。 「リナリーが帰る場所は、どこ?」 銀の瞳でじっと見つめると、リナリーの黒い瞳が揺らめく。 「わ・・・私が帰るのは・・・・・・」 『ここ』だと、脳裏にアレンの声が強く命じた。 「私・・・」 くらくらと眩む目で、明るい街並みを見つめる。 「わたし・・・は・・・・・・」 『夜が明ける前』に『ここ』に『帰らなければいけない』と、抗いがたい声が命じた。 「帰るのなら・・・この街にある君の『家』でしょ? アレイスターさんとエリアーデさんがいて、口うるさいハワードや、優しいミランダさん・・・そして何より、リーバーさんがいますよ。 君の、『お兄さん』ですよね?」 「兄さん・・・・・・」 抵抗を失くした腕を、アレンがそっと引く。 「そう、お兄さんは今夜、パーティに行っちゃってますから、今すぐ家に帰っても会えないかもしれないけど、明日の朝にはいつも通り、朝食の席で会えますよ」 にこりと笑ったアレンに、リナリーが訝しげな顔をしつつも頷いた。 「そう・・・だね・・・。 私、なんでいきなり帰るなんて言っちゃったんだろ」 せっかく外に出たのにと、涙の浮かんだ目で空を見上げる。 「あぁ・・・もう日が翳ってきちゃった・・・。 ここよりもっと北に行けば、一日中日が暮れない空が見られるのかな」 「そうですね・・・。 さすがにそこまで日が暮れないと、僕らには危険そうですけどね」 名残惜しそうに空を見つめるリナリーの手を引き、再びテラス席に座らせると、心得たウェイターがココアを運んできてくれた。 「ホームシックかい?」 「ちょっと・・・寂しくなっただけ」 涙を拭って、にこりと笑ったリナリーの頭を、ウェイターが優しく撫でてくれる。 「ゆっくりしておいき」 頷いて口に含んだココアは温かく、とても甘かった。 「・・・すっかり暮れちゃいましたね」 明け方近くになってようやく日が沈んだかと思えば、短い夜が濃い闇で街を覆う。 「なんだか・・・さっきまで明るかった分、一際暗く感じるな」 その上、初夏と言っても北欧の夜は冷え込んで、冷たい風が数少ない歩行者の足を早くさせていた。 「そろそろ戻りましょうか。 みんなも帰った頃じゃないかな」 店内を振り返ると、店じまいの準備を始めたウェイターの向こうに時計が見える。 「今日のパーティは主催が普通の人達だったはずだから、とっくに終わってますね。 帰りましょ」 どこかで馬車を拾おうと、リナリーの手を引いて大通りを歩くアレンが、向かいから来る二人連れに目を凝らした。 「エミリアさん・・・?」 人外の目で闇を透かしたアレンが、はっと息を呑む。 「君は・・・!」 思わず声をあげると、エミリアの傍らにいた男もアレンに気づいた。 「てめぇ・・・!」 一言、呟きが聞こえた次の瞬間には銀の刃が迫っている。 「なっ・・・?!」 人間のくせにどういう身体能力だと、驚いたアレンがあわてて飛び退った。 「エミリアさん! なんでこんな奴と・・・!」 「ごめんねぇアレン あたし、捕まっちゃってぇ」 とても悲劇的な状況とは思えない暢気な声で言ったエミリアが襟をくつろげ、首にはめられた銀のチョーカーを見せる。 「えっと・・・これは、助けなきゃいけない状況ですか? それとも・・・」 胴を真っ二つにせんと薙ぎ払われた刃は何とか避けたものの、返す刀をうまくかわせず、無様に転がったアレンが悲鳴をあげた。 「た・・・助けてええええええええええ!!!!」 「んまぁ!情けないわねぇ、アレン!」 肩をすくめたエミリアがふと見やった先に、ぼんやりと状況を見つめるリナリーがいる。 「あの子・・・」 苦笑して、エミリアはリナリーに歩み寄った。 「ダーリン!」 声をかけると、『ダーリンって言うな!』と不機嫌な声があがる。 だが気にせず、エミリアはリナリーの手を引いて彼らに歩み寄った。 「あんたの探し物、ここにいるんだけど」 「なにっ?!」 ヴァンパイア達と違って、人間である神田に闇を透かす目はない。 ためにエミリアに言われるまで、リナリーの存在にすら気づけなかった。 神田はアレンを殴り飛ばすや踵を返し、顔が見える位置まで駆け寄って、リナリーの腕を取る。 「リナリー!!」 大声で呼びかけると、リナリーがぼんやりした目をはっと開いて、まじまじと神田を見つめた。 「俺がわかるか?!」 問えば、こくりと頷く。 ほっと吐息したのも一瞬、神田は背後に迫ったアレンを銀の刃で退けた。 「リナリーを放せ、人攫い!!」 「それをテメェが言うのかよ!!」 大声で反駁されて、アレンはぴちぴちと目を泳がせる。 「えーっと・・・じゃあ、痴漢!」 「それもテメェに言われる筋合いねぇ!」 またもや反撃されて、困惑げに目をさまよわせるアレンにエミリアが苦笑した。 「あんたもまだ、人間が抜けてないみたいねぇ。 別にいいじゃない、人攫いで! そうやってあたし達は殖えてってんだからさ!」 堂々と胸を張ったエミリアに勇気づけられ、アレンは大きく頷く。 「手段はどうあれ、リナリーはもう僕のものです!返せ!!」 エミリアの教え通り、堂々と手を伸ばしてリナリーの腕を掴んだ手は、他ならぬ彼女に捻りあげられた。 「いっ・・・痛い痛い!! リナリー放して!!!!」 「ふんっ!!」 お望み通り、突き飛ばして解放してやったリナリーは、憤然と手を払う。 「また私に術をかけたわね! いつもいつも・・・こんなことばっかりするからアレン君なんか嫌いなんだよ!!」 その言葉に地が崩れるほどの衝撃を受けたアレンが、へなへなと地にへたり込んだ。 「そん・・・な・・・! ぼ・・・僕、リナリーと何百年も仲睦まじく過ごしたいと思ってるのに・・・!」 顔を覆ってしくしくと泣き出した彼に、リナリーが思いっきり舌を出す。 「お断りよ!!」 「どうして?!」 「怪しい術を使った無理強いなんかでこいつが納得するかよ!」 アレンよりもよほどリナリーのことを知る神田が、冷たく鼻を鳴らした。 「こいつは優秀なハンターになるはずだった。 ・・・・・・いや」 ふるりと首を振り、神田はリナリーの背に手を回す。 「今からでも遅くねぇな。 ヴァンパイアがヴァンパイアを狩るってのも、アリだろ」 「は?!」 「神田っ・・・!」 怒りの声をあげたアレンとは逆に、リナリーが目を輝かせた。 「本当に?! 私・・・兄さんの所に戻っていいの?!」 わずかな不安をはらんだ問いに、神田は頼もしく頷く。 「どんな姿になろうが、お前がハンターであることには違いない。 血は争えない・・・そうだろ?」 その問いはなぜか、やや離れた場所で状況を眺めるエミリアに向かって放たれた。 と、彼女は笑みを浮かべて頷く。 「姑息な手はもうナシよ、ダーリン。 次からは正々堂々と迫って・・・あんたの口から一緒にいたいって言わせてやる 「できねぇよ」 だが、と、神田はリナリーの背を押してエミリアに歩み寄る途中、アレンの首筋を鞘で打って沈めた。 「約束を守ってくれたことには、礼を言う」 軽く一礼した彼は、エミリアの首筋に手を伸ばし、チョーカーの留め金を外す。 「・・・・・・ふぅ」 ほっと吐息したエミリアは、ようやく楽になった首筋を撫で、不快な鎖を放り捨てた。 「人質交換終了ね。 お嬢さん、人間の家に戻っても、自分がヴァンパイアだってことは忘れないことよ。 さもないと、命を縮めることになるわ」 「老婆心か」 「親切心よ!」 意地悪く笑った神田へ舌を出し、エミリアは地に這ったまま動けないアレンを小脇に抱える。 「ねぇダーリン?」 「ダーリンっつーなってんだろ!」 またも怒鳴るが、エミリアは気にせずにこりと笑った。 「もう日は過ぎちゃったけど、その子がいいお誕生日プレゼントになったかしら?」 パーティは楽しめなかったようだからと、苦笑する彼女に神田は呆れる。 「なんだ、化け物のくせにそんなこと気にしてたのかよ」 「うら若き乙女に化け物っつーな!」 ムッと言い返したエミリアに、神田が珍しい笑みを見せた。 唖然とするリナリーの頭をくしゃりと撫で、神田は首を振る。 「俺よりコムイの・・・こいつの兄への、何よりの贈り物だな」 「あぁ、あのお兄さん」 彼女を尋問した一人であるコムイの顔を思い浮かべて、エミリアは笑い出した。 「じゃあ、あんたにはまた別の贈り物をしなきゃね。 また近々、遊びに行くわ 「来んな」 素っ気ない返事は聞こえなかった振りをして、エミリアはアレンを抱え、闇の中へと消えていく。 その背を見送ってから、神田はもう一度、リナリーの頭を撫でた。 「帰るぞ」 「うん・・・」 不安げに彼の手に触れたリナリーの手を、強く握ってやる。 「離れんなよ」 「うんっ!」 頼りがいのある声に大きく頷き、リナリーはヴァンパイア達とは別の道へと歩いていった。 To be continued. |
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2012年神田さんお誕生日SSです。 これはコムイさんのお誕生日SSに続きますので、完結は来週ですよ(^^) しかし、今回私の体調不良やらルーターの不具合でネット繋がらなかったりやらで、1日遅れてしまってすみません;;;; コムイさん版は間に合えばいいなぁ・・・; そして今回は、白夜の街でヴァンパイアに襲われる神田さんと、ここでのヴァンパイアがどんな生き物かって話を書きたかったんですよ。 善と悪をきっぱり分けることは出来ないと思っているので、それぞれの視点の『善』と『悪』を書ければいいなぁと・・・思ってるから時間ばかりかかるんだよね! ともあれ、お楽しみいただければ幸いです |