† the silver shining U †
†このお話はヴァンパイア・パラレルです† D.Gray−manの原作とは、ほとんど関係ありません。 頭を空っぽにして読んで下さいね |
―――― 白夜の頃。 短い夜は、濃い闇で街を覆っていた。 ヴァンパイアに誘惑され、いずこかへ連れ出されてしまった弟子を気にして眠れずにいるティエドールとは逆に、コムイはソファに寝転がって暢気な寝息を立てている。 「・・・まったく!」 人の気も知らずになんて奴だと、歯噛みしつつ彼はまた、窓辺に寄った。 「ユー君・・・どこ行っちゃったんだよぅ・・・・・・」 すぐにでも探しに行きたくはあったが、闇雲に歩き回るにはこの街は広すぎる。 ともかく夜明けまでは待とうと、そわそわと窓の外に顔を出した時、エントランスを歩く人影が見えた。 「ユー君?!」 窓から落ちそうなほど身を乗り出し、大声をあげた彼を、エントランスに立ち止まった人影が見遣る。 「師匠、遅くなって・・・」 その声を聞くや、 「無事でよかったよおおおおおおおおおおおおおおお!!!! どこ行ってたの!! パパンすっごく心配したんだからねっ!!!!」 寝静まった町中を叩き起こさんばかりの大声に慌て、神田は急いで屋内に入った。 「師匠! 近所迷惑だろが!!」 部屋に駆け込んだ途端、涙で顔をぐしゃぐしゃにした師に抱きつかれる。 「ユ゛ー君!! パパンがどんなに心配しだと思っでるのっ!! あんな化け物女についてっちゃうなんて、パパンはユー君をそんな浅はかな子に育てた覚えはありませんっ!!」 「育てられた覚えもねぇよ!!放せ!!」 ぎゅうぎゅうと抱きしめられて呼吸困難になりながら、神田はなんとか師を引き剥がした。 「あいつの条件を呑んで、人質交換してきただけだ!!」 「人質交換?」 目を丸くしてドアを見遣ったティエドールが息を呑む。 「リナリー・・・!」 「た・・・ただいま戻りました・・・・・・」 おずおずと進み出て、一礼した彼女にティエドールが目を和ませた。 「よかった・・・! 無事で本当によかった!」 何度も頷いて、彼はソファに寝そべったコムイを見遣る。 「起こしてやりなさいよ」 「は・・・はい・・・!」 そっと近づき、ソファの前に跪いたリナリーは、兄の寝顔をしばらく見つめた。 「兄さん・・・」 耳元に囁くと、コムイが身動ぎする。 「リナ・・・・・・」 寝言で名前を呼ばれ、リナリーは嬉しげに頬を染めた。 「兄さん、起きて・・・帰ってきたよ・・・!」 今度は少し大きな声で言えば、兄の目が細く開く。 「リ・・・」 「兄さん!」 間近に妹の顔を見た途端、飛び起きたコムイがリナリーを抱きしめた。 「リナリー!!!!」 先ほどの神田のように、ぎゅうぎゅうと泣きじゃくるコムイに抱きしめられたリナリーが苦笑する。 「兄さ・・・苦しいよ・・・!」 目尻に涙を浮かべて、しかし、嬉しそうに笑うリナリーを抱きしめる腕からはやや力を抜いたものの、コムイは決して妹を放そうとしなかった。 「リナリー・・・!よく戻ってきてくれたね・・・!」 「うん・・・! 神田が見つけてくれたんだよ」 ね?と、見遣った神田は無愛想に頷く。 「ほとんど偶然だったがな。 実際に見つけたのはあのババァだし」 エミリアが聞けば、凄まじい暴力行為が繰り出されそうなことを言う神田の手を、コムイが強く握った。 「ありがとう!! ありがとう、神田君!! リナリーを助けてくれて、本当にありがとう!!」 高身長の彼にぶんぶんと振り回されて、よろけてしまった神田が素っ気無く手を振り払う。 「うっぜぇな!一々大げさなんだよ!」 照れ隠しか、殊更不機嫌そうな顔で踵を返した神田を、リナリーが呼び止めた。 「あ・・・ありがとう・・・!」 「・・・・・・・・・ふん」 肩越しに向けた顔をわずかに染めて、出て行った彼にティエドールがクスクスと笑う。 「ユー君たら照れちゃって ごめんね、リナリー。 あの子、お礼とか言われるのに慣れてないんだよ」 「はい、わかっています」 にこりと笑ったリナリーが兄にしがみついた。 「いつも、助けてくれるってことも・・・!」 「ホントにね!」 優しくリナリーの頭を撫でながら、コムイも頷く。 「今度、神田君にはボクが発明した強力栄養剤を進呈しよう! 背が伸びるときっと、喜ぶぞーぅ♪」 「・・・うん、それはユー君のためにも、考え直した方がいいと思うけどね」 確実に嫌がりそうなことを礼だと言い張るコムイに苦笑して、ティエドールは戻ってきたリナリーをまじまじと見つめた。 ・・・その頃、ヴァンパイアの一家が住まう邸宅では。 「エミリアさん酷いいいいいいいいいいいいいい!!!! なんでリナリーをあんな犯罪者に渡しちゃったんですかああああああああああああああ!!!!」 町中に響きそうな大声でぎゃあぎゃあと泣き喚くアレンに、エミリアはうんざりと吐息した。 「じゃあなによ。 あんたはあんな眷属一人の方が、純血のあたしより価値があるってぇの?」 「そっ・・・それはっ・・・違いますけど・・・・・・」 以前、アレイスターが誘拐されてしまった時もそうだったが、ヴァンパイア・ハンターが純血のヴァンパイアとの交換に、眷属になったばかりの元人間ただ一人を望むなど稀有なことだ。 一族は純血の主一人のために、全財産だけでなく、眷属全員の命さえ差し出すことを厭わなかった。 それほどに、純血のヴァンパイアは希少だ。 「あの子自体に価値があるってのなら、あたしも攫っちゃおうかなーって思うんだけど、あの子、ただハンターの家の子ってだけでしょ? 特に能力があるわけでなし、単にお兄ちゃんが妹返せって言ってるだけみたいだから、興味もなくなっちゃった」 そう言って、包帯が巻かれた首を撫でながら、エミリアはグラスに入った血を飲み干した。 「・・・あぁもう。 人間の血って、酔うからあまり欲しくないのよね。 でも、傷の治りを早くするにはこれが一番だし・・・」 人間のように頬を染めて、エミリアは立ち上がる。 「エミリアさん・・・?」 「寝る。 メイドに言っておいてあげるから、あんたも適当な部屋で寝ておきなさいよ。 クロウリー家には、夕方になってから帰ればいいわ」 「・・・・・・・・・はい」 しょんぼりと肩を落としたアレンを肩越しに見遣り、エミリアは苦笑した。 「あんたの術がしっかり効いてりゃ、また戻ってくるわよ。 そうじゃなくても、あの子はもう眷属なんだから。 30年もすれば、行き場所がなくなって頼ってくるわ」 「の・・・暢気ですね・・・・・・」 うっかり呆れ口調で言ってしまったアレンは、慌てて口を塞ぐ。 純血の彼女を怒らせでもしたら、眷族になったばかりのアレンなど、簡単に日の下に捨てられかねなかった。 両手で口を覆ったまま、上目遣いで恐る恐る見遣った彼女は、くすくすと笑う。 「どうせ長い時間を生きるのよ。 だったら長い時間の過ごし方を学びなさいな」 そう言うと、彼女は軽く手を振って出て行ってしまった。 「・・・・・・さすがだな」 ヴァンパイアの一族の中でも、彼女の家は特に長寿の家系だと言う。 それは銀や日光への耐性だけでなく、ハンターの罠を掻い潜る狡猾さや、ヴァンパイアの家同士の争いを勝ち抜くしたたかさゆえだと聞いた。 『悪魔が悪魔でいるためには、それなりに覚悟がいるもんだ』 と、アレンを眷属にしてくれた師にも言われたことがある。 つい先ほど、エミリアにも『まだ人間が抜けてない』と笑われたが、きっと眷属になると言うことは、人としての考え方を一切捨ててしまわなければならないということなのだ。 「・・・・・・まだまだだなぁ・・・」 ふぅ、と吐息して、アレンはようやく立ち上がる。 「とりあえず、寝よ。 リナリー・・・帰って来てくれるかなぁ・・・・・・」 部屋を出るとエミリアに命じられたメイドが待っていて、アレンを部屋に案内してくれた。 「・・・なんでこいつがいんの?」 翌『朝』、人がいないはずの客間が使われていることに気づいたティモシーがドアを開けると、ベッドではアレンがすやすやと眠っていた。 そっと近づき、鼻をつまんでやるが当然、ヴァンパイアがこんなことで起きるわけがない。 「・・・・・・!」 ぽふんっと小さな手を叩いて、彼は客間の書き物机から、インク瓶を取り上げた。 「ぷひっ・・・ぷひひっ・・・!!」 爆笑しそうになる口を懸命に引き結んで、インク瓶をアレンの額に向けて傾ける。 トクトクと小気味いい音を立てて流れたインクが、アレンの白い髪を黒く染めた。 「ひゃはっ・・・ぷふふっ!!」 わずかに身動ぎしたものの、眠り続ける彼に吹き出したティモシーは、必死に口を押さえてベッドを降りる。 「んっ・・・しょ!!」 小柄な彼にはやや高い所にある洗面台のタオルを引き剥ぎ、急いでベッドに戻ると、アレンの頭にタオルを被せ、がしゃがしゃと髪を掻き回した。 「ぎゃっ!!なにっ?!」 驚いて飛び上がったアレンの上から、ティモシーが転がり落ちる。 「いってぇだろ!! 急に起きんじゃねぇ!!」 非常に身勝手なことを言う子供に唖然としつつも、アレンは頭を濡らす物に気づいて鏡に駆け寄った。 「なにしてんのおおおおおおおおおおおおお!!!!」 インクで汚れた髪に驚いて絶叫すると、ティモシーは床に胡坐をかいて鼻を鳴らす。 「そんなに若いのに髪が白いのは可哀想だと思ってさ、俺様自ら染めてやったんだ!ありがたく思え!」 インクを流しただけでなく、ご丁寧にタオルでかき混ぜてくれたため、全体がきれいに染まっていた。 「もうっ・・・! 大きなお世話だよ!!」 ありがたくも何も、イタズラ以外のなにものでもないことをあっさり見抜いて、アレンはバスルームに入る。 「なぁ、お前! クロウリー家おん出されて、俺んちの従者になったのか? だったらご主人様の遊び相手しろ!」 ガンガンとバスルームのドアを叩いて勝手なことを言うティモシーに、アレンがこめかみを引き攣らせた。 「違うよ! エミリアさんのご親切で、一晩泊めてもらっただけ!」 怒鳴り返しながら熱いシャワーで洗い流すが、高級なインクは定着力が強かったようで、ほんのわずかしか色が落ちてくれない。 諦めてバスルームを出たアレンは、鏡を見てがっくりと肩を落とした。 「うう・・・! ダークブラウンなんて・・・師匠が見たら、指差して笑うよ・・・・・・」 イカスミを材料にしたインクは、時間が経てばセピア色に変わってしまう。 その色はかつて、アレンが生まれながらに持っていた髪の色だった。 「落ちてきたら金髪っぽくなるんじゃねーの?」 暢気に言って、ティモシーはアレンにまとわりつく。 「それより、なにして遊ぶ?! 俺、おもちゃたくさん持ってるぞ!」 はしゃいだ声をあげる彼に、アレンは苦笑した。 「ティモシー・・・君って確かに見た目10歳くらいだけど、実年齢は50歳じゃ・・・」 「だっ・・・だから、お前と遊んでやろうって言ってんだよ!!」 言われたくないことを言われてしまい、ティモシーは顔を真っ赤にする。 「おっ・・・俺に遊んでもらえるなんて、とても光栄なことなんだぞっ! わかっているのか、お前?!」 「あぁ、そうだろうね・・・・・・」 一見、その辺を走り回っている子供のような彼だが、実は純血のヴァンパイアで、あのエミリアの弟だ。 眷属でしかないアレンが逆らっていい相手ではない。 が、 「朝ごはんいただいたら遊んであげるから、ちょっと外に出てなよ。 邪魔邪魔」 素っ気無く言って、アレンはティモシーを部屋の外へ摘み出した。 「てんめー!!!! 俺様にそんなことしていいと思ってんのかよ!!」 案の定、激昂したティモシーがドアを蹴ってくるが、アレンは構わず身支度を始める。 「あのクソガキ・・・。 純血じゃなかったら、一発殴ってるところだよ」 一応遠慮はしたのだとぼやいて、アレンは鏡に写った顔に向けてため息を漏らした。 「まぁ・・・奇異な目で見られることは減るかな・・・」 しかし、故郷に戻ればかつての知人から声をかけられる心配もある。 「なるだけ・・・ロンドンには戻らない方がいいかな」 呟いて、アレンはもう一度ため息を漏らした。 不安な夢を見て目を開けると、間近に兄の顔があった。 「兄さん・・・!」 ずっと着いていてくれたのか、握ってくれる手が冷え切っている。 だが、コムイは気にする様子もなく、にこりと微笑んだ。 「おはよう。 よく眠れたかい?」 「うん・・・」 頷いたリナリーは、兄の体温を吸い取るばかりで、決して暖め返しはしない自身の手に涙を浮かべる。 それはまるで、ヴァンパイアの性そのもののようだった。 「あの・・・冷たいでしょ・・・? もう放してくれていいから・・・」 身を起こしたリナリーが手を振りほどこうとするが、逆にしっかりと握り返される。 「気にしないでいいよ。 それより・・・」 抱き寄せられ、優しく頭を撫でてくれた。 「一人で怖かったよね・・・」 夢にうなされる姿を見つめていたコムイの、苦しげな声にリナリーは首を振る。 「へ・・・平気だよ! 私は、勇敢なハンターの家の娘なんだもん! ヴァンパイアに捕まってたって、全然平気だったよ!怖くなんか・・・・・・」 不意に、リナリーが声を詰まらせる。 「怖く・・・なんか・・・・・・!」 懸命に虚勢を張ろうとしても、それ以上、声が出なかった。 「無理しなくていいよ」 子供をなだめるように背中を軽く叩かれて、リナリーは兄の胸に顔をうずめる。 一旦泣き出すともう止まらなくて、声が嗄れるほどに泣き続けた。 「・・・落ち着いたかい?」 ようやく泣き止んだリナリーを抱きしめたまま、頭を撫でてやるとかすかに頷く。 「もう大丈夫だよ。 あんな化け物達になんか、リナリーは渡さないからね」 その為に、と、コムイはリナリーの目を正面から見つめた。 「リナリーにかけられた暗示を解かないと・・・。 また、自分の足で彼らの元に行ってしまわないとも限らないからね」 「うん・・・」 その言葉にリナリーは、固い表情で頷く。 「アレン君はきっと・・・また私に暗示をかけてるはずだよ」 その証拠に、街を歩いていた時の記憶が所々抜けていた。 「・・・本当に忌々しい子だね、彼は! 神田君、さっさとブッた斬ってくれていいのに!!」 ブツブツと言いながらコムイは、ポケットから銀色のコインを取り出す。 アレンの瞳の色に似た・・・いやそれよりも、触れれば彼女の肌を焼くだろう輝きにリナリーは後ずさった。 「・・・あ、ごめんね! 大丈夫、キミに触れさせたりしないから!」 リナリーが怯える理由に気づいて、コムイはコインを仕舞う。 「アレン君の目の色に似た物がいいと思ったんだけど・・・他に何か持っていたかな?」 ごそごそとポケットをまさぐりながら身を離そうとしたコムイを、リナリーが慌てて引きとめた。 「だ・・・大丈夫だよ、リナリー。 ボクはどこにも行かないよ」 再び抱きしめたリナリーは、震えながら不安げな顔で見上げてくる。 「大丈夫だから」 にこりと笑うと、かすかに頷いて・・・しかし、離れようとはしなかった。 「えっと・・・じゃあ、なにか銀色の物は・・・あ、あったあった!」 動きにくい姿勢で服をまさぐっていたコムイは、袖のボタンが銀メッキであることに気づいて引きちぎる。 「・・・っよっと! 重さが足りないけど・・・まぁいいか」 紐の長さを調整して、一定の振り幅で動くことを確認してからリナリーに揺れるボタンを見つめさせた。 「さぁ、リラックスしてね。 このボタンが揺れるのを、じっと見つめてて」 兄にしがみついたまま、じっとボタンの軌跡を目で追うリナリーのまぶたが、うとうとと閉じていく。 「リナリー・・・そのまま、ボクの声を聞いて。 ボクの質問に答えてね」 「うん・・・・・・」 寝ぼけたような声に頷き、コムイはリナリーに話しかけた。 「この色を見て・・・なにを思い出す?」 「・・・・・・・・・目・・・銀色の・・・・・・」 「誰の目かわかる?」 「・・・・・・アレン君・・・」 期待通りの答えに、コムイはまた頷く。 「アレン君はリナリーの目を見ていたの?」 「うん・・・」 「なにか、言われた?」 その問いには、考え込むように沈黙が返った。 焦らずにじっくり待っていると、リナリーが呟く。 「・・・夜が明ける前には・・・『ここ』に『帰ってこなきゃいけない』けど・・・・・・それまでは街歩きを・・・楽しみましょう・・・・・・」 「ここ? ここって、どこだい?」 重ねて尋ねると、リナリーはまた沈黙した。 しばらく経って、 「・・・お兄さんの・・・いる・・・場所・・・・・・」 「え?ボク?」 呟かれた言葉に、コムイが目を丸くする。 「えっと・・・兄さんのいる場所って、ここのこと?」 アレンはなぜそんなことを言ったのだろうと、コムイは首を傾げた。 「・・・ボク達のアジトを突き止めようって魂胆かなぁ・・・? でも、この家はあの吸血鬼一家を追っかけて来た街で、彼らの居場所を突き止めるために一時期借りただけだから・・・リナリーは知らないはずだよね?」 なのになぜ、と、更に首を傾げたコムイが、突然押しのけられる。 「リナ・・・?」 「私、帰らなきゃ・・・『兄さん』が待ってるの」 すっと立ち上がり、わけのわからないことを言い出した妹に、コムイが慌てた。 「なに言ってんの?! キミのお兄ちゃんはボクでしょぉ?!」 とっさに腕を掴んで引き止めるが、リナリーはものすごい力で彼の手を振り解く。 「帰らなきゃ・・・『兄さん』のところに・・・・・・」 「リ・・・リナリー! だから、お兄ちゃんはボク・・・!」 「帰るの・・・!」 我を失ったリナリーに突き飛ばされたコムイが、大声でティエドールと神田を呼んだ。 「リナリーが!!」 すぐにドアが開いて、事情を察した二人がリナリーへ駆け寄る。 「コムイ、怒っちゃやだよ?」 一声かけて、ティエドールがリナリーの首筋に手刀を浴びせた。 途端、糸の切れた人形のように倒れ込んだリナリーを神田が受け止める。 「あ・・・ありがとうございます・・・・・・」 額に浮いた汗を拭いながら言ったコムイに、ティエドールが頷いた。 「一体、なにがあったんだい?」 「それが・・・・・・」 コムイが、今起こったことをそのまま話すと、ティエドールは難しい顔で顎髭を撫でる。 「・・・兄さん・・・ねぇ・・・・・・。 ねぇコムイ? 君の代わりに『兄さん』と認識される人間で、しかもヴァンパイア側にいる人間が、一人いるよね?」 その問いに、コムイははっと目を見開いた。 「リーバー君・・・!」 「うん。 彼を『兄さん』と誤認させてるんじゃないの、その生意気な子供は」 そう言われると、尤もなことに思える。 「リーバー君・・・! こうなったら彼も奪還して、あの吸血鬼一家全滅させてやる!」 忌々しげに舌打ちしたコムイの怨念は、遠く離れた場所にいるリーバーに悪寒を走らせた。 「どうかしましたか?」 突然、ぶるりと震え上がったリーバーに驚き、ミランダが歩み寄ってきた。 「寒いですか? 火を入れさせましょうか・・・?」 気遣わしげに問う彼女に、リーバーは首を振る。 「きっとそういうのじゃないから」 苦笑した彼に、ミランダは首を傾げた。 「あの・・・それじゃあ、何か温かい飲み物でも持って来てもらいましょうか。 お姉様は今日もパーティだって張り切ってらっしゃるけど、疲れたようでしたら参加しなくてもいいんですよ?」 「いや、そんなことは・・・」 と言いかけて、リーバーはくすりと笑う。 「・・・そうだな。 今日は家で、パーティが苦手なミランダの相手をしてるよ」 「あ・・・いえ、その・・・・・・!」 リーバーが行かないのなら、自分も家でゆっくりしていようと思っていたことを見抜かれて、ミランダが真っ赤になった。 「・・・本当に不思議だよな、ミランダは。 酷い貧血のはずなのに、なんで赤くなるんだ?」 「し・・・知りません!」 恥ずかしげに顔を背けた彼女に笑い出し、リーバーは手にしていたネクタイをクローゼットに戻す。 「・・・じゃ、今夜は不参加だって、奥方に言ってくるよ」 「はい・・・あ! 弟には、ちゃんと参加するように言ってくださいね! 私が参加しないって言うと、ハワードさんも残るって言い出すでしょうけど・・・あの子はお兄様の代理ですから。 パーティの参加はお仕事なんです」 「わかってるよ」 ただそれを自分の口から伝えても、ハワードは納得しないだろうとは思った。 「奥方に言っておく」 それが一番無難だろうと、部屋を出たリーバーがエントランスに下りた時、ドアが開いて見慣れぬ髪色の少年が入ってくる。 自分が知らない眷族か、新しい使用人だろうかと思って顔を見れば、アレンだった。 「アレン・・・どうしたんだ、その髪?」 雪のように白かった髪がダークブラウンに染まって、まるで普通の子供のように見える。 「リーバーさん・・・」 気まずげに呟いた彼の隣に、一緒にいたはずのリナリーがいないことに気づいた。 「おい・・・! リナリーはどうしたんだ?!」 詰め寄ると、アレンは寂しげな顔で俯く。 「あの・・・目つきの悪いハンターに奪われました・・・・・・」 「ハンター・・・神田って奴か?」 リーバーはよく知らないが、コムイの古い知り合いで、リナリーの幼馴染だと聞いた。 頷いたアレンの頭をくしゃりと撫でて、リーバーは考え込む。 望んでこの一家と共にいる彼と違い、リナリーは兄の元へ戻りたがっていた。 ならばこの状況は、彼女にとってよいことには違いないのだが・・・。 「彼は・・・リナリーを生かしておけるのか・・・?」 ヴァンパイアと化してしまった彼女が無事でいられたのは、この一家が彼女の『健康』に気遣っていてくれたためだ。 日の光を避けなければいけない身体は、とても常人と一緒に生活できるものではない。 下手をすればリナリーは、この『朝』を迎えられなかったかもしれなかった。 しかし、 「それは多分・・・大丈夫だと思います。 僕もラビに聞いただけだけど、ハンターはヴァンパイアを『効率的に殺す』ために、ヴァンパイアの性質を研究してるんだそうです。 どんなことをすればヴァンパイアに危害が及ぶか、よく知ってるって」 「・・・つまり逆に言えば、どうすればヴァンパイアが生きていられるかも知ってるってことか」 「はい」 こくりと頷いて、アレンは大きなため息をつく。 「だから・・・待ってればいいって。 そのうち、頼るものがなくなったら帰ってくるって、エミリアさんが・・・・・・」 「そうか・・・」 まだ人間の世界へ戻ることのできる彼と違って、リナリーはもう戻れないのだと思うと、彼女が不憫に思えた。 が、 「僕としては悠長に構えてたくないんですよね。 できるだけ早く子供欲しいし!」 アレンの早熟すぎる言葉には呆れてしまう。 「そりゃ・・・いくらなんでも気が早すぎやしないか? お前確か、こないだ17になったばかりだろ?」 「全然早くないですよ! 僕の年で結婚してる人なんて、たくさんいます!」 「そりゃそうだけどさ・・・」 「それに!」 リーバーの言葉を遮って、アレンは嬉しげに頬を染めた。 「ブックマンのおじいちゃんから聞いたんです! 両親が元人間でも、眷属になった後に生まれた子供は『純血』だって! だから、新しく家門を名乗ることができるんですって!」 「へぇ・・・そうなのか」 ではなぜ、クロウリー家は跡継ぎを作らなかったのだろうかと不思議そうな彼に、アレンが小声で囁く。 「・・・古い家は広大な領地と莫大な財産、特殊な能力を持ってるもんですよ。 新興の家なんかには想像もつかないことがあるって話です」 「あぁ・・・そうだよな」 骨肉の争いが容易に想像できて、リーバーはぶるりと震え上がった。 「奥方も大変だな・・・」 「私がなにか?」 突然声を掛けられて、リーバーがぎくりと振り向く。 「あ・・・今日は準備早かったんすね」 愛想笑いでごまかそうとしたが、エリアーデは使用人の前だからか、殊更傲慢に鼻を鳴らした。 「とんでもない。 ラベンダー色のドレスに合わせようとアメジストのネックレスを用意していたのに、銀の留め金が汚れていたのよ! 最初から選びなおしだわ!」 ブツブツと文句を言いながら通り過ぎるエリアーデの後を、目にいっぱい涙を浮かべたメイド達がついて行く。 「あのー・・・あんまりいじめないであげてくだ」 「おだまり!」 「はいっ」 怒声で口を封じられたアレンが、びくびくとリーバーの背に隠れた。 「急いでいるの! 特に用がないなら行くわよ!」 「あ、いえ、奥方・・・俺とミランダは今夜、欠席でいいでしょうか」 申し出ると、一旦立ち止まって考えたエリアーデが頷く。 「いいわ。 でもそのこと、ハワードには言わないでちょうだい。 あの子が行かないってぐずったら面倒だから」 「はい」 それはもちろん、と、リーバーがにんまり笑った。 「・・・リーバーさん、ミランダさんと二人っきりでなにする気なんだか。やらしい」 「おいっ!」 肩越しにとんでもないことを言い出したアレンを振り返るが、既に彼はエントランスの端へと退避している。 「若いメイドさん達だっていることを忘れないでよね」 「汚い物を見る目で見るなっ!!」 ちょろろっと奥へ逃げてしまったアレンの背に怒鳴るが、聞こえたかどうかも怪しかった。 「ま・・・まったく、最近の子供はっ!!」 自分もまだ若いくせに年寄りじみたことを言って、リーバーは部屋に戻る。 「どうかしました?」 明らかに様子が違うリーバーに驚いてミランダが問うと、彼は真っ赤な顔を懸命に振った。 「お・・・奥方には、不参加だって伝えたから! ただ、ハワードがぐずったら面倒だから、奴には言うなとさ」 「はい」 こくりと頷き、ミランダは嬉しそうに笑う。 「今夜はなにをしてましょうか?」 無邪気な笑顔にアレンの言葉を思い出してしまい、リーバーはますます赤くなっ てしまった。 その頃、ヴァンパイア一家のように暢気ではいられないハンター側は、リナリーの暗示を解こうと躍起になっていた。 しかし、子供とは言えヴァンパイアの暗示は思ったより強く、催眠状態になった途端に家を出ようとする彼女には手を焼かされる。 「こうなったら神田君! あのガキンチョに縄掛けて引っ張ってきて!」 「あ?どうやってだ?」 訝しげな神田に、コムイはこぶしを握った。 「色仕掛け!!!!」 「気色悪ィことぬかすな!」 一瞬で足下に踏みしめられ、コムイが亀のようにもがく。 「ちっ・・・チガウヨ! アレン君にじゃなくてね、エミリア嬢に色仕掛けして、あのクソガキの居所教えてもらってよ!」 「面倒くせ・・・」 「リナリーのためだよっ!!!!」 神田の足を力ずくで押しのけたコムイが、そのままの勢いで迫った。 「可愛いリナリーのために身を粉にして働きなさいよっ!それがお兄ちゃんとして当然の役目でしょおおおおおおお!!!!」 「いつ俺があいつの兄貴に・・・」 「お兄ちゃんみたいなもんじゃない」 さすがに気を呑まれた神田へ、ティエドールがクスクスと笑う。 「助けてあげなさいよ。 エミリア君相手なら、君も慣れてるでしょ、色仕掛け」 「・・・・・・それが師匠の言うことかよ」 うんざりとして、居間を出た神田は自室に戻った。 「色仕掛けも何も、あいつが勝手に来てるだけで、俺はあいつの居場所も・・・」 「ハァイ 「って、来んなよ何度も!!」 別れたのはつい今朝方のはずなのに、窓辺には何事もなかったかのようにエミリアがいる。 「何しに来やがった!」 怒鳴りつけると、エミリアは拗ねたように唇を尖らせた。 「なによーぅ。 心配して来てあげたのよ?あの子が無事に生きてるかしらってね」 昨日とはデザインの違う日傘をくるくると回しながら言うエミリアに、神田はため息をついた。 「・・・まぁ、いいところに来てくれた。 お前、あのクソモヤシがリナリーに掛けた暗示を解けるか?」 問えば、エミリアは陽気に笑い出す。 「本人じゃないと無理に決まってるじゃなーィ 「・・・あぁ、そうだろうと思った」 予想通りのことを言われて、ため息をついた神田がエミリアに歩み寄った。 「あの馬鹿白髪の居場所を教えろ」 「あんたがあたしのものになるならいいわよ 「ふざけんな」 「じゃあ教えなーい けらけらと笑うエミリアにこめかみを引き攣らせ、腰を抱いて引き寄せる。 「また繋いでやろうか?」 「あれ痛かったんだから、やめてよ」 むぅ、と頬を膨らませたエミリアは、神田に軽くキスした。 「クロウリー家なら今夜は、侯爵家のパーティに行くはずよ。 アレンもついてくって言ってたわ」 「そうか」 素っ気無く身を離した神田に、エミリアがまた頬を膨らませる。 「なによ、冷たいわね!」 「代金はやったろうが」 「んまぁ! 色仕掛けくらい、真面目にやったらどうなの!」 憤然として神田に歩み寄ったエミリアが、乱暴に彼の腕を掴んだ。 「ちゃんと払えっ!」 キスすると見せかけて、牙を剥いた彼女の顎を、神田が素早く捕らえる。 「そうは行くかってんだ」 追加料金、と、頬にキスされたエミリアが、不満げに吐息した。 「フェイントが効かないなんて、可愛くない!」 「可愛くなくて結構だ」 冷たく鼻を鳴らし、部屋を出て行こうとする彼を慌てて引き止める。 「どこ行くのよ!」 「決まってんだろ。モヤシ狩りだ」 「じゃああたしも行く! デートしよう、デート!!」 「あのな・・・!」 また邪魔する気かと、言いかけて口をつぐんだ彼に、エミリアはくすくすと笑い出した。 「あたし、随分役に立ったでしょう? 連れて行って損はないわよ 言うや問答無用で腕を組み、共に階下へ降りて行く。 「パパン あたし達出かけて来るから、その子のことはちゃんと面倒見るのよー 「は?!」 「エ・・・エミリア君・・・?!」 唖然とする二人を尻目に、エミリアは白夜の街へと再び神田を引きずり出した。 街に出かけた二人とは逆に、家族を見送って邸に残った二人は、サンルームで薄ぼんやりと明るい庭を眺めていた。 「嬉しい・・・ いつも、日が落ちる直前しか見られないから、こんなに明るい庭が見られるのは・・・・」 うっとりと頬を染めたミランダを、リーバーが微笑ましく見つめる。 「この時期は、眷属もたくさん来ているって聞いたが・・・」 「えぇ。 白夜の頃でしたらヴァンパイアでも日の下に出られますから。 私は・・・このくらいでも長く当たれば火傷してしまうんですけど・・・・・・」 恥ずかしげに言って、ミランダは目を伏せた。 ヴァンパイアでありながら長年血を飲むことを拒んできた彼女は、他の眷属達と比べてあまりにも弱い。 眷属達が当たり前のように持つ人外の膂力さえ持たず、普通の人間と比べても、か弱い女でしかなかった。 「でも、手袋もベールせずに明るい空を見られるなんて、久しぶりです 彼女が嬉しそうに日の下へ伸ばした両手には、惨い傷が残っている。 ・・・ハンターに銀の刃で貫かれた傷が、まだ治りきってはいなかった。 「痛みは・・・まだ?」 気遣わしげに問うと、ミランダは苦笑して首を振る。 「もうほとんどないんです。 ハワードさんが大げさなだけなんですよ」 異常なほど姉想いの弟は、ミランダが傷を負ったと知るや、自分の方が死にそうに蒼褪めて、過保護に彼女の世話を焼いていた。 それこそ、彼女が何一つ持たずに済むよう、重病人に対するような介護を続けている。 それがさすがに煩わしくなったのか、近頃のミランダは、弟に止められても自分で物を持つようになっていた。 「・・・あの子がいると、こうして自分でお茶も飲めないんですもの」 やれやれと、ミランダは自身の手で持ち上げたティーカップにため息を落とす。 「心配してくれるのは嬉しいんですけど、私の方が年下みたいで・・・」 自分が不甲斐ないことは十分承知しているが、ここまで心配されてしまうと、本当に何もできない赤子になった気分だ。 「だから今日は、ちょっとほっとしているんです。 あの子は泣かせてしまったけど」 くすくすと笑うミランダにつられて、リーバーも笑い出した。 エリアーデの命令通り、彼にはミランダが今日のパーティに参加しないことを黙っていたのだが・・・。 何も知らずに馬車に乗せられた彼が、手を振って見送る二人を窓越しに見るや、泣きながら遠ざかっていく様はちょっとした喜劇だった。 「とても可哀想だったな!」 本心ではいい気味だと思いつつ、リーバーがいけしゃあしゃあと言う。 「えぇ、とても可哀想でした」 とは言いながら、ミランダも笑いを止められなかった。 「・・・あぁ、可哀想といえば」 くすくすとまだ笑いながら、ミランダはティーカップのふちをなぞる。 「アレン君は、イタズラで髪を染められてしまって・・・似合ってましたけどね」 「普通の子供みたいだったな。 あれなら、パーティ会場にも溶け込むんじゃないか?」 大貴族のパーティともなれば、未だに白髪のかつらを着けて来る者もいるため、アレンの髪色が特別目立つわけではなかった。 が、やはり年相応の髪色がいいことには違いない。 「アレン君の髪って、昔はどんな色をしていたのかしら。 あの色だったのかもしれませんね」 「そうだな。 よく似合っていたし、そうかもしれない」 「今の髪も、あの銀色の目にはよく似合っていると思いますけど」 薄く雲の覆った空を見上げて、ミランダは頷いた。 「ちょうどこんな色・・・。 つい見入ってしまうような色をしているのだから、きっと彼の能力は魅了ね」 「え?なんだ、それ?」 初めて聞く情報に引き付けられた彼へ、ミランダはもう一度頷く。 「眷属になった者は、何らかの能力が芽生えることがあるんですよ。 お姉様は触れた物を枯死させる能力、ハワードさんは・・・実は、炎を使えます」 「そっ・・・そうなのか?!」 そっと囁かれた衝撃の事実に、リーバーが驚いて身を寄せた。 「今まで見たこと・・・」 「えぇ、滅多なことでは使いません。 とても消耗が激しくて・・・誰か仲間が一緒の時でないと、動けなくなって、ハンターから逃げることもできなくなるんです」 そんな究極の能力なのだと言われて、リーバーは今まで、彼を散々怒らせて来たにもかかわらず、丸焼きにされずに済んだのだと思い至る。 「ブックマン達は代々素晴らしい記憶力を持っていて、エミリアさんの一族は・・・ハンターの家系だとおっしゃってましたけど、どうやら嗅覚に優れた能力らしいですね」 「きゅうかく・・・って、においを嗅ぎつける嗅覚のことか?」 犬か、と呟いてしまった彼に、ミランダは小首を傾げた。 「その程度の嗅覚でしたら多分、眷属は誰でも持っています。 彼女達はもっとすごい・・・一度獲物と狙い定めたら、本当に地の果てまでも追って行くそうですよ」 「・・・・・・サメか」 呆れ口調で言ったリーバーに、ミランダは吹き出してしまう。 「あ・・・あらやだ・・・! エミリアさんに叱られてしまいます・・・!」 慌てて口を塞いだミランダが、苦笑して手を離した。 「だからアレン君も・・・魅了は、ヴァンパイアなら誰でも持っている能力なんですけどね。 あの時はお姉様の助けを借りたとはいえ、リナリーちゃん自身の足で自分の元に呼び寄せるなんて、並みの才能じゃありません。 あの銀の瞳で見つめられて命じられれば、言うことを聞かずにいられない・・・そんな能力を持ったんじゃないかと思います」 「・・・そりゃ厄介だな」 獲物が自分からやって来る分、エミリアの能力よりも始末が悪い。 「リナリーは・・・また戻ってくるのかな」 「・・・・・・かもしれませんねぇ」 リーバーの複雑な心情を慮ったミランダは、遠慮がちな口調で頷いた。 しかし、ハンター側はアレンの強力な暗示をなんとか押し留めて、一旦リナリーを目覚めさせた。 「・・・あれ?私・・・・・・」 ぼんやりとしたリナリーは、きょろきょろと辺りを見回す。 部屋で寝ていたはずなのに、いつの間に薄明るい庭に出てしまったのだろうと思い、ふと気づけば、背後から兄に抱きしめられていた。 「兄さん?」 「よかった・・・! 行っちゃう前に目が覚めたね!」 ほっとした顔の兄に首を傾げると、彼の肩越し、踏み潰された風に倒れたティエドールが見える。 「え?!どうしちゃったの?! まさか、ヴァンパイアに襲われて・・・?!」 慌てるリナリーに、苦笑したコムイが首を振った。 「イヤ・・・キミが暴れて踏んづけちゃっただけだよ」 「えー・・・・・・」 気まずげに目を泳がせていると、ティエドールがよっこらせと立ち上がる。 「・・・酷い目に遭った」 「ご・・・ごめんなさい・・・・・・」 ヒビの入ったメガネを外してぼやく彼に、リナリーが身を縮めた。 「なんの。 正気に戻ってよかった」 ティエドールはぽふぽふと服をはたいて、にこりと笑う。 「・・・しかし、無理に暗示を解こうとしない方がいいみたいだなぁ。 コムイ、彼女が起きている間はついててあげなさいよ。 私は・・・そろそろ寝かせてもらっていいかな」 暢気に寝ていたコムイと違い、ティエドールは昨夜から、神田を案じて一晩中起きていた。 「ど・・・どうぞどうぞ!」 じっとりと見つめる目に怨みを感じ取ったコムイが慌てて頷く。 「ユー君が帰ってきたら起こしておくれ。 ・・・・・・まったくあの子は、パパンの心配なんか全然わかってくれないんだから」 しょんぼりと肩を落として背を向けたティエドールに、リナリーが苦笑した。 「お・・・おやすみなさい」 「あぁ、おやすみ」 軽く手を振って行ってしまった彼を見送り、リナリーは兄を見上げる。 「兄さんは寝なくていいの?」 「寝たよ。君が寝ている間に少しね」 とは言うが、兄の目の下にはくっきりとクマができていた。 「・・・兄さん、あの・・・」 「気にしないでいいから! これからはリナリーに合わせるから!」 リナリーの言葉を遮るように言って、コムイは彼女の背を押す。 「さ、入って。 久しぶりに会えたんだし、お兄ちゃんとゆっくりしようよ 「うん・・・!」 ようやく笑ってくれたリナリーにほっとして、コムイは共に家に入った。 「リナリーを取り返したことだし、ここはそろそろ引き払おうと思ってるんだ! 一緒に国にかえろーね! 国境を越えちゃえば、さすがにあのクソ生意気なガキンチョの暗示も消えるでしょ 「うん」 あえて楽観的なことを言いながら、リナリーを居間に座らせたコムイに頷く。 「・・・でも、こんなに肌が白い子なんて、あの国には・・・・・・」 「だいじょーぶ!!」 蒼褪めた自身の肌を見下ろすリナリーの言葉を遮り、コムイはきっぱりと首を振った。 「お年頃になったお嬢さんなんて、みーんな白粉はたいてリナリーより真っ白なんだから! だーれも気にしないよ!」 「そ・・・そっか・・・・・・」 言われてみれば国にいた頃、道行く年上の女性達は皆、白く塗った肌に赤い紅をさしていたように思う。 「それに、色の白さは七難隠すってゆーじゃない! ただでさえ難のないリナリーなら、きっとモッテモテ・・・あ、それはダメ。 お兄ちゃんは悪い虫がつくのなんて許しません!」 相変わらずの兄に、リナリーは思わず吹き出した。 ようやく緊張を解いてくれたリナリーに内心ホッとして、コムイはテーブルにティーセットを並べる。 「とりあえず、普通の食べ物を用意しちゃったけど・・・どうかな?」 できるだけさりげなく問うと、リナリーはこくりと頷いた。 「大丈夫だよ。 ヴァンパイアの一家でも、ミランダは何百年も血を飲んでないんだって。 飲むのが嫌なら、輸血でもいいんだって言われたし」 「そっ・・・そうなの?!」 初めて聞いた情報に、コムイが身を乗り出す。 「だったら、リナリーはほとんど普通の人間と同じに暮らせるじゃないか! よかった・・・!」 ティーカップを押しのけて抱きしめたコムイの腕の中で、リナリーも目を見開いた。 「そっか・・・! 私、兄さん達と暮らせるんだね・・・!」 もう人間ではないのだと・・・兄達とは暮らせないのだと諦めていた彼女にようやく、希望の光が射す。 「そうだよ・・・! そうと決まったら、こんな国さっさと出て行こう! そして、あんな忌々しいクソガキの暗示から抜け出そうね! あぁ神田君、早く帰ってこないかな!」 彼が帰ってきたらすぐにでも出発しようと、コムイは深夜を指す時計を見上げた。 深夜になってもまだ明るい空の下、着飾った人々が美しい庭に散らばり、楽しげに笑いさざめいている。 ここに来る前に、エミリアによって洋装店に引きずりこまれた神田は、東洋の貴族という触れ込みを疑われることもなく、女達に囲まれていた。 が、目的の『彼』も一家も、一向に見当たらない。 「おい! 本当に来るんだろうな?!」 エミリアの耳元に厳しく囁くと、彼女は自信ありげに頷いた。 「あたしの情報は確かよ。 だって今日、うちに泊まってたアレン本人から聞いたんだもの」 「それにしたって遅ェだろ!」 イライラと時計を睨んでいるうちに、針はゆっくりと日付を越える。 その間にも、エミリアは神田を引きずりまわしては勝手なことを言って、苛立たしいことこの上なかった。 「〜〜〜〜だから! 誰が愛人だ恋人だ婚約者だ!! さっきから適当なこと言ってんじゃねぇよ!」 「あら、どれかにはなるかもしれないじゃんー 固いこと言わないのよ 「るっせぇ! 奴らがこねぇんなら、もう帰・・・」 「やっほー!ハワードー!」 踵を返そうとする神田の腕を強引に引いて、エミリアが声を張り上げる。 「ハワード?」 忌々しい一家の一員である彼の名に視線を巡らせれば、いつも姿勢正しくいたはずの彼がなぜかどんよりとして、テーブルに突っ伏していた。 「見つからないはずよねぇ! どうしたの、そんなにどんよりして」 神田の手を引いて歩み寄ると、彼は生気のない涙目でエミリアを見上げる。 「私は・・・姉上に捨てられてしまいました・・・・・・! 姉上から、いらない子だと思われてしまったのです・・・!」 わずかに離れただけでここまで落ち込んでいるなどと思わず、事情を知らないエミリアは気遣わしげに彼の頭を撫でてやった。 「ミランダになにを言われたか知らないけど、彼女のことだから悪気なんか全然なかったと思うわよ? そんなに落ち込むもんじゃないわ」 「しかし・・・・・・」 馬車の外でリーバーと二人、にこやかに彼を見送った姉の顔を思い出した途端、また涙が溢れてくる。 「私より、あんなホーキ頭を選ばれるなんて・・・・・・姉上ぇ・・・・・・・・・!」 湿地のカビのようにじめじめと泣き出した彼に、神田が舌打ちした。 「うぜぇ奴だな。 そんなんだから姉貴に捨てられたんじゃねぇのか?」 「ちょっとあんた、言いすぎでしょ!」 エミリアがたしなめるが、落ち込みきったハワードには反駁する気力もない。 「あなたは・・・なぜここに?」 今にも溶けてなくなりそうにぐったりとした声に、さすがの神田も気を殺がれてしまった。 「俺は・・・」 「愛人にしたの 「なってねぇよ!」 茶々を入れるエミリアに怒鳴り、気を取り直した神田がハワードに歩み寄る。 「あのクソガキの居場所を教えろ。 あいつを狩っ・・・」 「さっきからそこにいますよ勝手に連れて行けばいいでしょう」 全くやる気のないハワードが力なく指した先に、しかし、アレンの姿はなかった。 「おい、しゃんとしろ! 見当違いの所指してんじゃねぇよ!」 襟首を掴まれ、無理矢理引き起こされたハワードは、どんよりとした目で料理の並んだテーブルを見遣る。 「だからそこにいるじゃありませんか。 教えてあげたんですから、私のことは放っておいてください・・・・・・私のことをわかってくれるのはもう、このテーブルだけです・・・・・・・・・」 しくしくと愛しのテーブルの上に涙の池を作るハワードへ、神田は舌打ちした。 「なんなんだ、こいつ・・・!」 「傷心なのよ。慮ってやんなさいよ」 「あ?化け物が傷心って、何の冗談だ?」 「あんたみたいな朴念仁には一生わかんないことよ!」 ぐいぐいと神田の手を引いてハワードから引き離したエミリアは、テーブルの周りにたむろする人々を指す。 「ホラ、そこにいるじゃない」 「は?!お前まで適当なこと言いやがって・・・!」 言いつつも、たむろした客の陰に隠れているのだろうかと、神田はテーブルに歩み寄った。 が、着飾った貴婦人達のドレスの陰にも、それらしき姿はない。 いるのはテーブルに向かって一所懸命料理を貪っている、ダークブラウンの髪をした少年だけだった。 彼はテーブルの料理を平らげてしまうと、次の料理を求めてちょろちょろと移動する。 「テメェか!」 「きゃうんっ!!」 すれ違い様、襟首を引っつかんでやると、仔犬のような声をあげた。 「なっ・・・なにすん・・・!」 「ようやく見つけたぜ、このクソモヤシが! 髪を染めてたばかろうなんざ、いい度胸じゃねぇか!」 「た・・・たばかるって、人聞きの悪い! 僕は被害者・・・!」 「加害者がいけしゃあしゃあとほざくんじゃねぇ!!」 「きゅうううううう!!!!」 首に腕を回され、思いっきり締め上げられて、可哀想な泣き声をあげるアレンを客達が驚いて見つめる。 「お騒がせしてすみません この子が粗相しちゃったので、お仕置き中です エミリアがにこやかに言うと、年配の貴族が『隅でやりたまえ』と木陰を指した。 「はぁい ホラ、あんた達こっちおいで!」 神田の襟首を掴んだエミリアが、アレンごと木陰に引きずって行く。 たくましい背中を呆然と見送る客達の視線を振り切ってしまうと、エミリアはようやく手を放した。 「エ・・・エミリアさん酷いッ! なんでこんな奴連れてくるんですかっ!!」 未だ首を絞められたまま、ぴぃぴぃと泣くアレンにエミリアは肩をすくめる。 「惚れた弱味?」 「色仕掛けサイテー!!」 「うっせクソガキ!」 「きゅうんっ!!」 常人なら即死だったろう勢いで締めあげられ、アレンが白目を剥いた。 「あーぁ、アレン可哀想。 ね、この子どうすんの?」 ずりずりと引きずって行く神田に声を掛けると、彼は憮然と振り返る。 「拷問に掛けてでも、リナリーにかけた術を解かせる」 「ふぅん・・・。 この子意地っ張りだから、ちょっとやそっとじゃ言うこと聞かないと思うわよ?」 顎に指を当て、クスクスと笑うエミリアを、神田は睨みつけた。 「だったらブッた斬る。 いくらなんでも術者が死ねば・・・」 「んなわけないでしょ。 この子が術を解かずに死んだら、あの子はずっと解放されないわよ」 さぁどうする、と、エミリアは黙り込んだ神田を面白そうに見つめる。 「・・・やっぱり拷問だな。 一思いに殺してくれって言わせてやる」 「わぁ!サディスティックねぇ 歓声をあげて、エミリアはアレンを引きずって行く神田の後を追った。 「・・・なんでついて来るんだよ」 「ホントに殺しちゃったら可哀想だから、監視よ監視。 いいでしょ、もう知らない仲じゃないんだし」 「また勝手なことを・・・!」 怒鳴りかけた神田は、アレンが目を覚ましかけたのに気づいてまた首を絞める。 「邪魔すんなよ」 「それは約束できないなぁ」 いけしゃあしゃあと言いながらもついて来る彼女を、彼はもう追い払おうとはしなかった。 「神田君、お帰り! あのね・・・」 戻って来た神田を出迎えたコムイは、彼が引きずる子供を見て、唖然とした。 「さすがだねぇ・・・! 本当にアレン君を狩って来ちゃうなんてさ!」 感心しながらも、彼らに歩み寄ったコムイは慣れた手つきでアレンの首に銀のチョーカーをはめ、後ろ手に銀の手錠をかけた。 「さぁさ、運んで神田君 拷問はボクがやるからー♪」 「・・・楽しそうね、お兄さん」 サディスティックは彼の方だったかと、呆れるエミリアをコムイが振り返る。 「キミはなんでついて来てんの?」 「子供を殺しちゃわないように、監視よ」 「えぇー! こんな犯罪者、生かして帰すわけないじゃない!」 酷いことを当たり前のように言った彼に、エミリアが苦笑する。 「帰してもらいますとも、あたしのせいで死なせちゃったら後味悪いもの」 「邪魔は・・・」 「約束できないわ」 ハンターは皆同じことを言うのかと呆れながら、エミリアは勝手知ったる他人の家にずかずかと入り込んだ。 と、 「あれ、なんで君が・・・」 「省略していいかな、パパン? もうダーリンとお兄さんと、二人におんなじこと言ったから」 「えー・・・・・・」 省略されてしまったティエドールが悲しげに眉尻を落とす。 「ユー君、パパン仲間はずれなの?仲間はずれなの?」 「うぜぇ」 涙目で縋ってくる師に冷たく言って、神田はアレンを椅子に縛り付けた。 「おい。 起きろバカモヤシ!」 「ぎゃんっ!!」 強烈なゲンコツで起こされたアレンが、涙目で辺りを見回す。 「こ・・・ここどこ?! なんでエミリアさんまでいるの?!」 「省略」 「えぇっ?!きゃっ!!」 身動ぎした途端、銀のチョーカーと手錠が肌を焼いて、痛みが走った。 「痛・・・! いたいけな子供になんてことすんですかっ!!」 「いたいけな子供は誘拐なんかしませんっ!!」 コムイに怒鳴り返されて、アレンは気まずげに身を縮める。 「さーぁアレン君?! さっさとリナリーに掛けた術を解いちゃいなさい! さもないと・・・!」 怖い顔をして近づいてきたコムイが、アレンの両頬をつまんだ。 「こうだよ!!」 「ひゃああああああああああああああんっ!!!!」 すごい力で思いっきり引き伸ばされて、アレンが泣き声をあげる。 「やめれええええええええ!!!!いひゃいいいいいいいいいいいい!!!!」 「ど・・・どうしたの?!」 アレンの大声に驚いて居間に駆け込んできたリナリーが、目の前の光景に唖然とした。 「自業自得だけど・・・大人が寄ってたかって子供をいじめてるようにしか見えないな」 「リ・・・リナリー!助けて!! お兄さんがいぢめるよぅ!!」 「キミにお兄さんなんて呼ばれる筋合いないないんだよっ!!もっと痛い目に遭うかい?!」 「ひゃああああああああああああああんっ!!!!」 エミリアさえ助けてくれず、四面楚歌のアレンが可哀想な泣き声をあげる。 「さぁ!リナリーに掛けた術を解きなよ! そうしたら放してあげてもいいよ!」 ぐいぐいと容赦なくアレンの頬を引き伸ばしながらコムイが言うと、アレンは涙声で『無理』と呟いた。 「よし、じゃあもっと痛い目に・・・」 「ちっ・・・違いますよ!! 僕は意地張ってこんなこと言ってんじゃなくて、解き方がわからな・・・」 「そんっな言い訳が通じると思ってるのっ?!」 「ぴぎゃっ!!!!」 コムイの強烈なゲンコツに、アレンは目を回しそうになる。 「ほ・・・ホントですもんー・・・!」 えぐえぐとしゃくりあげるアレンを興味深げに見つめていたティエドールが、不意に手を打った。 「コムイ、ちょっとどいてどいて。 ユー君もそこあけて」 アレンの座った椅子ごと、ずりずりと引きずって窓辺に寄せたティエドールが、ごそごそとポケットを探って虫メガネを取り出す。 「さぁさぁ化け物君、これがなにかわかるかな?」 分厚いレンズの向こうから覗いて来る中年男を、アレンは訝しげに見返した。 「虫眼鏡・・・ですよね・・・」 なにやら胸騒ぎを覚えつつ、ぽつりと言った彼に、ティエドールは大げさなほど頷く。 「そして、外の風景が見えるかな、君?」 「はぁ・・・」 パーティの最中は明るかった空も、アレンが目を回している間に暮れてしまったらしく、短い夜の帳が下りていた。 「この時期、君達にとって安全な『夜』は3時間くらいしかないよね。 なのにこの窓は東向きで、朝日が最初に差し込んでくる場所なんだ 意地悪く笑った彼の言わんとするところを理解して、アレンが椅子を揺すって暴れ出す。 「このレンズでピンポイントに照射してやれば、君の魅惑の目なんか、あっという間に焼け落ちるんじゃないかな?」 「やっ・・・やだああああああああああ!!!!」 硬く目をつぶって暴れる彼を、ティエドールは軽々と押さえつけた。 「さぁ、言うこと聞くよね?」 「う・・・で・・・でも・・・・・・」 つぶった目から涙をこぼしながら、アレンが首を振る。 「本当に知らないんです! 僕、成体になったばかりだし、魅了もみんながやってるのを見よう見まねでやってるだけなんで・・・!」 「・・・ってことは」 ぽつりと呟いた神田が、傍らのエミリアの腰を抱いて引き寄せた。 「やっぱりお前ならやり方知ってんだろ。 この馬鹿に教えやがれ!」 「いいわよ あんたがあたしのものになるんならね 「しつけぇよ!!」 何度も繰り返される交換条件に、神田がイライラと吐き捨てる。 「俺はお前の愛人なんかにならねぇっつってんだろ!」 「え?!そんな要求されてたの、神田くん?!」 後ずさったコムイの背後から、リナリーが汚い物を見る目でじっとりと彼を睨んだ。 「やらしい!神田やらしい!」 「だからならねぇっつってんだ、このボケ兄妹!」 「いや、でもさ・・・。 いくら逃がしちゃまずいからって、その体勢は若い子にとって目の毒じゃないかなぁ」 ティエドールに指摘され、エミリアとほとんど抱き合っていた神田が舌打ちする。 「じゃあこいつにも首に縄掛けて・・・」 「そんなことしたら教えなーい 優位にいるエミリアは神田の首に両腕を回し、じゃれ付いた。 「ねぇパパン この子もらっていいでしょう? そうしたらなんでも教えてあげるわよ、あたし 「そんなこと・・・」 「喜んで!!」 ティエドールを押しのけたコムイがエミリアに迫る。 「神田君の一人や二人、キミにあげちゃうからリナリーに掛けられた術を解かせておくれ、エミリア君!」 思わぬ裏切りに、神田が目を剥いた。 「おまっ・・・! リナリーのために俺を生贄にするってか、この鬼畜!!」 「なんとでもー! ボクはリナリーさえ無事ならどんな犠牲も厭わないんだよ!」 とんでもないことを当たり前のように言って、コムイはあっけらかんと笑う。 「だったらテメェで払えよ!! なんで俺が犠牲になるんだ!」 「えー・・・だってぇ・・・・・・」 眉根を寄せたコムイが、エミリアに向かって小首を傾げた。 「エミリア君、ボク欲しい?」 「いらなーい 「だよねー 「おいいいいいいいいいいい!!!!」 和やかに笑い合う二人の間で、神田が絶叫する。 と、コムイの背後から、頬を染めたリナリーがじっと彼を見つめていた。 「神田もヴァンパイアになってくれたら・・・心強いな・・・!」 「ユー君・・・! ユー君が望むんならパパンは・・・パパンは・・・!」 懸命に涙を拭いつつ訴えるティエドールに、神田がこめかみを引き攣らせる。 「だからなんでだ!! 師匠まで俺を売ろうとすんなよっ!!」 アレンと同じく四面楚歌になってしまった神田が絶叫すると、援軍は意外なところから現れた。 「断固反対!! こんな顔も性格も凶悪なのが眷属になったら、僕の安らぎはどうなっちゃうんですか!! 僕の幸せを邪魔する輩は徹底排除ですよ!」 「おだまり」 「きゃうんっ!!」 じゅっと、音を立ててアレンの髪が焦げる。 「なっ・・・なに?!」 驚いて見れば、ティエドールが手にしたレンズを掲げていた。 「ななな・・・なんですか、そのレンズ?! まだ明るくもなってないのにどうしてここまで光を集められるの?!」 真っ青になって怯えるアレンに、コムイが胸を張る。 「ハンターの技術力をなめてもらっちゃ困るね! 僕の手にかかれば太陽を操ることだって・・・」 「日は昇ってなくてもライトはあるんだよーん」 「ちょっ・・・!ネタばらししちゃダメでしょ!」 かちかちと、ティエドールが窓辺の強力ライトを点滅させる度に、光を集めたレンズがアレンに迫った。 「きゃっ!きゃっ!!きゃあ!!」 椅子に縛られた不自由な体勢のまま、アレンが懸命に逃げる。 「マァちょろちょろと! 生意気な子供だね!」 「きゃうんっ!!」 コムイに思いっきりデコピンされて、アレンがひっくり返った。 「い・・・いたいけな子供を虐待するなんて、法が許さないんですからぁっ!」 「どの口が法なんて言うかね、この人外!人外!!」 襟首を掴んで引き起こしたアレンを、コムイが怖い顔で睨む。 「大人しく言うことを聞いて、リナリーの術を解きなさい! さもないと・・・!」 ティエドールからレンズを奪い取ったコムイは、大仰な仕草で高く掲げた。 「頭のてっぺんにハゲ作るよ!」 「きゃああああああああああああああっ!!!!」 ティーンの男の子にとって、絶対に避けたい不名誉な傷をつけると宣告され、アレンが震え上がる。 「うう・・・わかりました・・・・・・! やりますから・・・エミリアさん・・・・・・!」 「えー。負けちゃうの? あんたがもうちょっとがんばれば、あたしは彼を愛人に出来るのよ。 ハゲの一個や二個、我慢しなさいよ」 「愛人の一人や二人より、僕の頭の方が大切でふっ!!!!」 今にもライトを点けようとするコムイの手に怯え、アレンが絶叫した。 「お願いします・・・!」 簡単に拷問に屈してしまったアレンに肩をすくめ、エミリアは神田から身を離す。 「ちぇーっ。 また最初からやり直しかぁ」 「いい加減に諦めろ!」 忌々しげに睨んでくる神田に唇を尖らせ、エミリアは仕方なくアレンに歩み寄った。 「あんた術を掛ける時、なんて言ったの?」 「え・・・えっとー・・・・・・」 目を泳がせながら、アレンはあの時言ったことを思い浮かべる。 「確か・・・夜が明ける前に『ここ』に『帰ってこなきゃいけない』よって・・・」 「それだけじゃないでしょ! リーバー君を『兄さん』と誤認させたって、リナリーから聞いたよ!」 いきなり口を挟まれて、アレンは気まずげに首をすくめた。 「そんなこと・・・なんで・・・・・・」 「ハンターの技術力をなめんなって言ったでしょ!」 黙っていようなんてずるい子だと、散々罵られながらアレンは正直にリナリーへ言ったことを答える。 「わかった。 じゃあお嬢さん、近くに来て、アレンの目をじっと見つめて」 「え・・・でも・・・・・・」 また新たに術を掛けられるのではないかと、不安げなリナリーの背をエミリアが押した。 「疑うのはわかるけど、そうしないとあんたの術が解けることはないわよ」 言われて仕方なく、リナリーはアレンへ歩み寄る。 銀色の目をじっと見つめていると、頭の奥が痺れるような感覚がした。 「アレン、『おかえり』って言ってあげなさいよ」 「へ?なんですか、それ?」 きょとんとして、エミリアを見遣ったアレンに、にこりと笑う。 「暗示完了の言葉でしょ。 この『夜明け前』の時間に『ここ』に帰ってきたことにすればいいのよ」 「あ・・・はい・・・・・・」 エミリアの言葉を理解したアレンは、真っ直ぐに見つめてくるリナリーからきょときょとと目を逸らしつつ、不満げに『おかえり』と呟いた。 不承不承といった様子ではあったが、その言葉を聞いた途端、リナリーの頭の中で耳鳴りのように繰り返されていた、『ここへ帰って来い』と言う声が消える。 「あ・・・・・・!」 今までと違い、周りの音がよく聞こえるようになって、リナリーはほっと吐息した。 「解けたみたい!」 歓声をあげたリナリーを、コムイが抱きしめてくれる。 「よかった・・・! このっ忌々しいっクソガキのっせいでっ酷い目に遭ったねっ!!」 「一言ごとに蹴るのヤメテー!!」 コムイの長い足で蹂躙されたアレンが、泣き声をあげた。 「エミリアさんー!!」 「はいはい」 涙目で縋るアレンに肩をすくめ、歩み寄ったエミリアが手錠とチョーカーの鍵を外してやる。 「え?! エミリア君、キミ・・・いつの間に?!」 「さっきダーリンに抱きついた時ー けらけらと笑って、エミリアは手袋をはめた指の間に銀の鍵を弄んだ。 「あたしが拘束されたのと同じ型のチョーカーだったからさ、もしかしたら鍵も同じかしらねーって試してみたんだけど、まさか手錠まで外れるなんてね。 セキュリティ的にどうかと思うわよ?」 「それ君が言うかなぁ?!」 ティエドールが珍しく憤りを含んだ声をあげると、エミリアは楽しげに笑う。 「今度はもっと手強い罠でよろしくー あんた達と遊ぶの、結構おもしろいわ ハンター達にとっては甚だ心外なことを言い放って、エミリアはアレンを小脇に抱えた。 「じゃ、また来るわね、ダーリン 「来るなっ!!」 頬にキスされた神田が、忌々しげに口紅を拭う。 「ホンット、つれないわねぇ。 でもまぁ、飽きが来なくていいわ じゃあそろそろ夜明けだから、と、エミリアは自分勝手に外に出た。 「アデュー 「この・・・っ!」 忌々しげなハンター達の視線に見送られながら、彼女は夜明け前の町へと消えていく。 「今度は・・・仕留める!」 「逆に仕留められないようにね」 自由気ままな彼女に弄ばれる弟子に、ティエドールは深々とため息をついた。 「・・・ようやく夜が明けたねぇ。 なんだか・・・長い一日だったなぁ・・・・・・」 東の空に昇り始めた日を見上げて、ぼんやりと呟いたティエドールに神田が鼻を鳴らした。 「師匠は別に、なんにも・・・」 「パパンがどんだけユー君の心配したと思ってるの!! パパンが不眠で死んじゃったらユー君のせいだからね!!!!」 大声で泣きながら縋られて、神田が舌打ちする。 「とにかく、これで安心して眠れるねー・・・! ボク、寝てる間にリナリーがどっか行っちゃうんじゃないかって、気が気じゃなかったからさ!」 ほっとした顔でコムイが抱き寄せたリナリーは、既にうとうとと目を閉じかけていた。 「・・・今日はもう、みんな寝ちゃっていいんじゃないかな。 この家を引き払うのは、起きてからでもいいよね?」 ティエドールの提案に、神田さえも頷く。 「あの化け物女のせいで、すっかり昼夜逆転だぜ」 「神田君、まんざらでもなさそうだけどね」 くすくすと笑うコムイを、殺気に満ち満ちた目が睨んだ。 「俺を売ろうとしたこと、一生忘れねぇ」 「そんなっ!!」 悲鳴をあげたコムイの腕の中で、リナリーがはっと目を覚ます。 「神田・・・仲間だねぇ・・・」 寝惚け声に本気で反駁するのも馬鹿馬鹿しくて、神田はふいっと居間を出て行った。 ―――― それから数日、ハンター一同は未だに同じ家に居続けていた。 「・・・一体いつになったらここ引き払えるんだよ!」 キッチンで料理をしながら談笑する兄妹へ神田が声を荒げると、コムイが困ったように眉根を寄せる。 「そんなこと言ってもさ、本家が報告書確認するまでここにいろってゆーんだもん! もうとっくに届いてるはずなんだけどねぇ」 カレンダーを見ると、あれから4日・・・6月12日の夕方になっていた。 コムイの言う『本家』は中国ではなく中欧にあるため、2日もあれば届いているはずだ。 「だったら電話ででも確認しろよ! 毎晩毎晩寝床襲われる俺の身にもなってみやがれ!!」 神田にとっては不本意ながら、今回の事件で非常に協力的だったエミリアは、コムイとリナリーから多大な感謝と信頼を寄せられ、とうに狩の対象ではなくなっていた。 「あんなに好かれてるんだから、ちょっとは応えてあげてもいいと思うよー?」 「そうだよ。いいヴァンパイアだよ、彼女」 助けてくれたし、と、当然のように言うリナリーが腹立たしい。 「お前は自分が助かれば俺のことなんかどうでもいいんだな?」 「そっ・・・そんなこと言ってないよ?!」 「白々しいんだよ!」 両頬をつまんで引き伸ばしてやると、リナリーが泣き声をあげた。 「兄貴と一緒になって、俺を売り渡そうとしただろうが!」 「ひゃんー!!いひゃいー!!!!」 「ちょっ・・・ちょっとちょっと神田君!寝不足だからってリナリーに八つ当たりしないで!」 慌てて二人を引き離したコムイが、背にリナリーを庇う。 「そんなに眠いんなら、もう一回寝てくればいいじゃないー!」 「もう化け物の活動時間だろが!寝られるか!!」 イライラと怒鳴ると、リナリーが哀しげに俯いた。 「そうだよね・・・私、もう神田から見れば化け物なんだ・・・・・・」 「は?!いや、そんなこと言って・・・」 「酷いよ神田君!リナリーが可哀想でしょ!!」 「う・・・!」 泣き落としと難詰のダブル攻撃で迫られた神田が、低く侘びを言う。 しかし、 「とっても傷ついた・・・」 「リナリー・・・可哀想に! 神田君、その程度の侘びで許されると思わないでよね!」 見るからにわざとらしい兄妹の態度に、神田は声を失った。 「・・・・・・どうしろってんだ」 ようやく呟くと、二人がにんまり笑う。 「リナリーの作ったケーキ試食して!」 「明日、ボクのお誕生日じゃなーぃ? それでリナリーがずっと練習していたんだ! すっごく上手になったんだよーん ねー?と、向かいあって首を傾げる二人にはめられたと気づいたのは、目の前に甘い匂いを発するチョコレートケーキを置かれた後のことだった。 「・・・・・・ものすごい臭いがする」 おぞましげに顔をしかめた神田に、リナリーが頬を膨らませる。 「おいしいんだってば!ちゃんと食べてよ!」 更に勧められて、ケーキを前にしばらく考え込んでいた神田は、意を決して口に入れた。 「まずい」 「ふもー!!!!」 個人的感想を述べた途端、リナリーが拳を振り上げる。 「ま・・・まぁまぁリナリー! 神田君は甘いもの嫌いなんだからしょうがないよ! ボクも味見していいかな?!」 背後からリナリーの両手を掴んで暴力行為を未然に防いだコムイが、チョコレートケーキを切り分けて口に含んだ。 「おいしーぃ チョコレートとリキュールの風味がなんとも言えないね 「・・・あぁ、全くなんとも言いがたかった」 コーヒーで無理やり飲み下した神田が、憎まれ口を叩く。 「なんだよもー! おいしいもん!!」 怒ったリナリーが、神田の皿を取り上げた。 「もう神田になんかあげないんだから・・・・・・甘すぎた・・・!」 「ほら見ろ」 頭痛がするほど甘い上、一瞬で酔っ払いそうなほどアルコールの効いたケーキに、既に人間ではないリナリーの味覚でさえも焼ききれそうだ。 「に・・・兄さん、平気なの?」 無理してるんじゃ、と見上げた兄は、不思議そうな顔でリナリーを見下ろした。 「普通に美味しいけど? 甘いの好きだし、お酒好きだし、ボクにはなんの問題もないよ?」 それは本心か、二切れ目を取った兄にホッとする。 「じゃ・・・じゃあ、ティエドール様にも・・・」 「俺の師匠殺す気か」 「きっ・・・!」 悔しげに頬を染めて睨んでくるリナリーの頭に、神田はぽんと手を置いた。 「どうせなら、殺してもいい奴に食わせろよ」 「え?誰・・・」 「ダーリーン!ここにいたのねん 「こいつ」 キッチンに飛び込んできたエミリアを、神田が冷たく指す。 「な・・・なんで来るってわかったの・・・?」 リナリーが唖然とすると、彼は忌々しげに舌打ちした。 「それだけ何度も襲われてるってこった」 「結構時間に正確なのよ、あたし たまにフェイントかけると効果的だから、という、狩りのコツは言わずにおく。 「それより、あたしがどうかした?」 自分を指す神田の手を取って笑うエミリアに、リナリーがケーキを差し出した。 「食べる?私が作ったの・・・まだ練習なんだけど」 口の肥えた彼女にどんなことを言われるだろうかと、どきどきしながら渡すと、エミリアは気軽に口に入れる。 「・・・うん、リキュールがちょっと強いかしらね。 チョコレートはそのまま使いすぎよ。チョコレートの味しかしなくなってる。 これなら砂糖を入れないホイップクリームを絞って添えた方がいいわね。 じゃないと、かなりの甘党でお酒に強い人じゃないと、完食は辛いわ」 「ふぅん・・・。ボクはこのままでおいしいけどね」 と、かなりの甘党で酒に強いコムイが三切れ目を取った。 「あ。ティエドール様にも残してあげてた方がいいかな?」 問うと、神田は首を振る。 「一般人の味覚に合うもんができたら、分けてやりゃいいさ」 「一般向け・・・じゃないかぁ・・・・・・」 がっくりと肩を落としたリナリーの背を、エミリアが笑って叩く。 「うまく出来るまで付き合ってあげるわ 次行ってみよー!」 こぶしを振り上げて鼓舞するエミリアに、リナリーも笑顔になった。 「あ・・・でも、エミリアって料理できるの?お姫様なんでしょ?」 あまりの気さくさに忘れがちだが、彼女はれっきとした純血で、欧州各地に広大な領地と城を持つ一族の跡継ぎだ。 そんな彼女が、キッチンに入ったことがあるとは思えなかった。 そう言うと、 「誰が作るって言ったのよ。 味見してあげるって言ったのよ」 と、堂々と胸を張る。 「さ!がんばって!」 「う・・・うん・・・!」 昼夜が逆転しているリナリーにとって、タイムリミットは0時を回った瞬間だ。 なのに、 「あ・・・もう9時じゃないか! 明るいから気づかなかった・・・!」 白夜の空はいつまでも明るく、時間の感覚を容易に失わせる。 「慌てないでいいよ。 0時ちょうどじゃなくてもさ、明日起きてからでもいいんだし」 暢気に笑ってケーキを平らげたコムイに、神田が鼻を鳴らした。 「いつ本家から移動の命令が来るかわからないから、いつでも出発できる準備をしておこうっつったのはお前だろ。 向こうは俺らと違って昼に動いてんだ。 明日のんびりできるかなんて、わからねぇよ」 「そう・・・だね。 じゃあ、本家が寝静まってる頃にちゃっちゃとやっちゃおうか 「うんっ!」 嬉しげに頷いたリナリーの傍らで、エミリアが首を傾げる。 「なぁに?お疲れ様会でもするの?」 リナリーを取り返したから、と聞く彼女にコムイが首を振った。 「明日、ボクのお誕生日なんだ 「へ?そうなの?一週間違い?」 神田を指すと、彼も頷く。 「へぇ!そうなんだ! じゃあケーキ作りがんばらないとね!」 「うんっ!」 すっかり打ち解けた二人は、改めて調理台に立った。 当の兄に手伝ってもらいながら、ケーキを作っていくリナリーに、エミリアが感心する。 「そうやって作るんだぁ。初めて見たな」 「キッチンに入るのも初めてじゃないの、エミリア君は?」 やや意地悪く言ってやると、彼女はけらけらと笑い出した。 「使用人達の領域を侵さないのは、主人として当然のマナーよ!」 「し・・・使用人・・・ね・・・」 じゃあここに立つ自分はなんだろうと、モヤモヤした気分になりながら兄妹はボウルの中身をかき混ぜる。 それがオーブンに入れられて、ケーキとなって出てきた途端、エミリアが歓声をあげた。 「すごい! あのどろどろがケーキになったわ!」 「・・・お前、何年生きてるんだったか」 呆れる神田に、いけしゃあしゃあと『17年 「出来たてって熱いのね!なんで?!」 「そりゃ・・・焼いたからだよ」 苦笑したコムイが、漂う香りを満足げに吸い込んだ。 「上手に焼けたね!きっと美味しいよ 「うんっ!」 同じく香りを吸い込んだリナリーが、嬉しげに頷く。 「じゃあ、冷まして・・・ううーん、0時までに冷めるかな・・・」 エミリアが色々質問したせいでかなり手間取り、時刻は既に11時を回っていた。 「冷めるまで他のお料理作ってればいいよ。 なにつくろっかなー♪」 そう言って食材を眺めるコムイに、エミリアがパタパタと手を振る。 「どうせなら、この国の名物料理を届けさせればいいじゃないの。 あたし、お祝いにご馳走するわよ?」 気前のいいエミリアに、コムイが盛大な拍手を送った。 「うれしー 喜んでご馳走になるよ 「まーかせてー 電話電話♪」 いそいそとキッチンを出て行くエミリアを、神田がうんざりと見遣る。 「あの店じゃないだろうな?」 「普通の料理も美味しかったでしょ?」 くすくすと笑って、エミリアは神田も引き入れた、例の店へと電話した。 「日付が変わる前には来るそうよ。 それまで・・・」 不意に、エミリアが言葉を切る。 人外の耳が、ただ事ではない足音を捉えたのだ。 「ねぇ、すごく慌てて、誰かが来るわ。 ハンターじゃないわね、全然息を殺してないもの・・・ううん、一人はちゃんと息を殺しているけど、二人は全然なってない。 そう言えばダーリン、今日はパパンは?」 「あぁ、本家の連中を迎えに・・・ってことは、着いたのか」 神田の耳にも届くようになった足音は、確かに慌てた様子で乱れている。 「コムイ、客が・・・」 言われるまでもなく玄関に出たコムイは、ドアを開けるや飛び込んで来た小柄な男と大柄な老人に道を開けた。 「どーしたの、バクちゃん。ウォンさんも、そんなに慌てて」 本家の跡継ぎたる身なりのいい男と、そのじいやに呆れ声をかけると、彼らは真っ赤な顔で必死に息を整えながらコムイに縋る。 「リッ・・・リナリーさんはっ・・・!どこだっ・・・!!」 汗だくになって、なんとか言い切ったバクに嫌な予感がして、コムイは不安げにこちらを覗くリナリーを指した。 と、バクはよろよろと彼女に歩み寄り、外を指す。 「逃げて・・・っ! すぐに・・・っ! うちの連中が・・・ヴァチカンにリークした・・・!」 「っ!!」 愕然と凍りついたリナリーの手を、エミリアが素早く取った。 「行くわよ、お嬢さん! お兄さんの誕生日は残念だけど、『今年は』諦めて」 言い聞かせるや、玄関とは反対の裏口へ向かう。 「エ・・・エミリア君!」 コムイが声をかけると、エミリアは肩越しに頷いた。 「彼女はあたしが預かる! ハンターなんかには渡さないから、安心して!」 コムイに言い放ったエミリアは、すれ違いざま、神田に視線を送る。 「・・・頼んだ」 ぽつりと言った彼に頷き、頬にキスした。 「またね、ダーリン 軽く手を振ったエミリアは、リナリーの手を引いて風の様に駆け抜けていく。 「兄さん・・・!」 哀しげに振り返った頃にはもう、兄の姿は見えなかった。 「・・・ありがとう、バクちゃん。 助かったよ」 ようやく息を整えたバクに礼を言うと、彼は汗をぬぐいながら首を振った。 「リナリーさんは今でも一族だと思っている。 どんな姿になっても、一族の者を守るのは僕の役目だ」 少し照れながら言った彼に、コムイは深々とこうべを垂れる。 「はぁ・・・しかし、困ったねぇ。 ヴァチカンにはもう知られちゃったし、どうやってこの場をごまかすかなぁ」 「それなら・・・」 首を傾げるティエドールを見遣ると、その背後に気配もなく、ウェイター姿の男が立っていた。 「失礼致します。 お料理のお届けでございます」 さすがに驚いたティエドールに、彼は品良く微笑む。 「どちらにお運びいたしましょう?」 「うん・・・そうだね・・・!」 コムイの目がいたずらっぽく輝き、彼を居間に案内した。 ――――・・・その後、音もなく家を取り囲んだヴァチカンのハンター達が、そっと中の様子を伺う。 なにやら賑やかに談笑しているらしき声が聞こえ、不思議に思って中を覗き込むと、楽しげな酒盛りの最中だった。 「・・・なんだ、これは!」 話と違う、と、家を取り囲んだ部下達はそのままに、幾人か引き連れて玄関のベルを鳴らす。 と、 「ハァイー 馬鹿馬鹿しいほどに陽気な声があがって、あっけなくドアが開いた。 「・・・失礼、コムイ・リー。 私達はヴァチカンの・・・」 「えぇー?!びっくりー! まさか、ヴァチカンがボクのお誕生日にお祝いに来てくれるなんて!!」 「は・・・?!」 耳を劈く頓狂な声に唖然とする彼らを、コムイは無理矢理引き入れる。 「今ね、本家のバクちゃんも来てくれて! みんなでパーティやってたんですよ! さぁさぁ皆さんもどうぞー!」 居間のテーブルには食い散らかされた料理の皿が並び、床には数えるのも苦痛なほどの酒瓶が転がっていた。 「お酒、皆さんの分残ってたっけ? ねぇ、バクちゃん! もう潰れるなんて、だらしないぞーぅ!」 酒臭い息を撒き散らしながら、ケタケタと甲高い声で笑うコムイの様子に無駄足を悟り、彼は部下達と共に踵を返す。 「あれぇ?!もうお帰り?! あの、ゴメンなさいね!お酒残ってないから怒っちゃいました?!」 「いいえ!」 見当違いな気遣いをするコムイに、苛立った声が尖った。 「お邪魔してすまなかった!失礼!」 家を取り囲んだ部下達も呼び集めて、来た道を憤然と戻る。 「またのお越しをー・・・」 窓越しに彼らを見送りながら、コムイはにんまりと笑った。 「うまくごまかせたみたいだよ、みんな。 もう寝た振りしなくても・・・・・・アレ?」 見回した仲間達はみな無言で、苦しげに眉根を寄せて床に転がっている。 「えぇー・・・? ホントに酔っ払っちゃってたの、キミタチ?」 呆れて肩をすくめたコムイは、ゆっくりとテーブルに歩み寄った。 「じゃあ、メインは僕一人で食べちゃうよ?」 テーブルの中央には、まだ手付かずのケーキが残っている。 「・・・・・・どうか無事で」 呟いて摘んだケーキは、味見した時よりもずいぶんとほろ苦かった。 ・・・同じ頃。 クロウリー家が入っていた屋敷に戻ったリナリーは、明かりの消えたそこに愕然とした。 「なんで・・・」 どうやらそこにはもう、誰もいないようだ。 せっかく『ここ』へ『帰って来た』のに・・・まだ『夜明け前』なのにと、再び耳の奥で囁きだした声に訴えても、誰も答えてはくれなかった。 「どうして・・・!」 頬にポロポロと涙をこぼす彼女の背を、エミリアが撫でる。 「だから言ったでしょ。 クロウリー家はアレンが戻ると同時にこの屋敷を引き払ったの。 ヴァンパイアは逃げ足が速いのよ」 言っても聞かないから見せたけど、と、エミリアは吐息した。 「泣かないでよ。 ここじゃなくても、あんたはあたしの家に来ればいいじゃない」 「でも・・・」 帰って来るべきはここだったのにと、強情なリナリーにエミリアはまたため息をつく。 「アレンめ・・・。 全然術が解けてなじゃないの!」 どうすべきか困り果て、舌打ちしたエミリアの耳が、こちらへ歩いてくる足音を捉えた。 一瞬緊張した彼女だったが、くすりと笑って一人、白夜の日が沈んだ闇の中へと姿を消す。 「エ・・・エミリアさん?!」 一人にされてしまったことに気づいたリナリーが慌てて周りを見回すと、人外の目に少年の姿が映った。 「リナリー?!」 「ア・・・アレン君・・・?!」 駆け寄って来るアレンを、リナリーは呆然と見つめる。 「帰ってきてくれたんですね!」 歓声をあげて、アレンはリナリーを抱きしめた。 「アレン君・・・私・・・・・・!」 「ごめんなさい、僕・・・初めてだったから、うまく術が解けなかったみたい」 そう言ってぺろりと舌を出したアレンは、どう見ても確信的だったが、抱きしめられたリナリーには見えない。 「私・・・兄さんと一緒にいられなくなったの・・・」 アレンに縋り、リナリーは身を振り絞るようにして泣き出した。 「私・・・もう帰れないんだよ・・・!」 切なく声を震わせる彼女の背を、アレンは優しく撫でる。 「じゃあ、僕と一緒にいればいいんですよ。 大丈夫! エミリアさんはいつも神田の所に遊びに行ってるんだから、リナリーだってお兄さんに会いに行けます」 でも・・・と、アレンはわずかに身を離して、リナリーに微笑んだ。 『帰ってくるのは、僕のところですよ?』 銀色の目が命じる呪縛に、リナリーはただ頷く。 「約束ですよ?」 笑みを深めて、アレンは誓いのように彼女へ口付けた。 夏至に近づくにつれ、闇の支配する時間は短くなっていく。 だが例えほんのわずかな時間でも、愛しい人に会いたいと思うのは、人間とヴァンパイアに共通する感情のようだった。 今夜もおしゃれを凝らして神田の部屋を訪れたエミリアは、引き払う直前の何もない部屋でくるくると日傘を回す。 「・・・ってわけで、あの子は無事よ。 今頃はルーマニアの本宅じゃないかしら。 あそこは1000年以上前から敵の侵入を許さない要塞だから、危害が及ぶことは絶対にないわ」 「そうか・・・」 ホッとして、神田は頷いた。 「あいつからの伝言はないのか?」 「あたしは伝書鳩か!」 ぶつぶつとぼやきながらも、エミリアはおしゃれアイテム以外の何物でもない小さなバッグから手紙を取り出す。 「・・・手紙だけのためにそのバッグかよ。無駄だな」 「無駄もおしゃれのうちよ、無粋ね!」 ちっとも誉めてくれない彼に、エミリアは頬を膨らませて歩み寄った。 「それよりあんた、ここを引き払ってどこへ行くの?」 「誰が言うか」 冷たく言った彼の手から、エミリアは渡したばかりの手紙を引き抜く。 「いいの? 手紙がこれっきりになるわよ?」 クスクスと笑う彼女に神田は渋々、『ドイツ』と呟いた。 「ドイツかぁ・・・バイエルンにお城を持ってるけど、遊びに来る?」 「いかねぇよ!返せ!」 手紙を奪い返した彼に、エミリアは舌を出す。 「まぁいいわ。 いつか絶対、あんたをあたしのものにする 自信満々に宣言した彼女にしかし、リナリーとの連絡手段という人質をとられた神田は反駁できず、無言でため息をついた。 Fin. |
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2012年コムイさんお誕生日SSです! アーンド!! 我が家のD.グレSS200作目です!! ・・・200作もよく書いたな私。よっぽどヒマなんだな。>おい。 いやいや、これも読んでくださる皆さんの応援があってのことです!本当にありがとうございます! さて、今回コムイさんというよりエミ嬢大活躍ですみません(^^;) 彼女はとっても動かしやすくって、気づけばすごい大役を担ってくれました(笑) ぜひ伝書鳩になって、神田さん追っかけてください応援してます。>お前がかよ。 白夜の記述は実は、現実的ではないのですけど(笑)、雰囲気を味わっていただければなぁと思って書きました! アップが1日遅れてしまって申し訳ありませんでしたが、お楽しみいただけると幸いです(^▽^) |