† ULTRA SOUL †
夏の陽射しがカーテンの隙間から暑気をもたらす頃。 「ラビー!!ラビラビー!!!!」 朝っぱらから激しくドアを叩かれて、夢の国をさまよっていたラビは目を開けた。 「〜〜〜〜うるさい」 暑さにはだけた寝具を引き上げて頭を覆うが、それでは防げない振動が二段ベッドの上から響く。 「・・・あぁもう!」 低血圧で気難しい老人に寝台を蹴られ、無言の圧力に屈したラビは仕方なく起き上がった。 「なんっさ朝っぱらから!!!!」 「なにが朝っぱらだよ!もう11時だよ!!」 ドアを開けて怒鳴ったラビに怯みもせず、『起きてない方がおかしい!』と反駁して膨らんだアレンの頬を両手で潰す。 「俺が朝っぱらっつったら朝っぱらなんさ! たまの休みくらい、しっかり寝らんと背が伸びんさね!」 「なにそれ嫌味?!」 ラビに見下ろされて、きぃきぃと喚く口が乱暴に塞がれた。 「あんま騒ぐと、激怒したジジィに殺られっさね!なんの用さ?」 声を潜めたラビを不満げに睨み、アレンは手にしたボールを押し付ける。 「サッカーボール?」 これがなんだ、と不思議そうなラビの手を振り解き、アレンはボールを掲げた。 「孤児院の院長先生がティモシーに送ってくれたんだよ! サッカーやろ、サッカー!!」 はしゃいだ声をあげるアレンの口を再び塞いで、ラビが頷く。 「わかったから、ジジィ怒らせる前に黙るさ。 俺、着替えてメシ食ったら行くし、それまでティモシーと遊んでな」 「うん!早く来てよね!!」 パタパタと走って行ったアレンを見送り、部屋に戻ろうと振り返ったラビは、いつの間にか背後にいた師に飛び上がった。 「ジ・・・ジジィ!! 脅かすんじゃねぇさ!!!!」 寝てたんじゃないのかと喚く弟子に鼻を鳴らし、老人は寝癖で四方に伸びた髪を大事そうに撫でる。 「興味深い名を聞いたのでな」 「名?ティモシーのことさ?」 最年少のエクソシストは珍しいイノセンスを持っているため、師の興味を引いたのかと思ったが、彼は寝癖頭をふるふると振った。 「サッカーの方じゃよ。 やるのか?」 「あぁ・・・なんさ、ジジィもやりてぇの?」 そんなに好きだったろうかと不思議そうな弟子に、彼はまた頭を振る。 「そうではない。 お前達が・・・いや、はっきり言おう。 リナ嬢が加わったら、ここは戦場よりも地獄になろう」 「・・・・・・あ!!」 そのことにようやく思い至って、ラビが青ざめた。 サッカーなんて人気スポーツ、教団内のリクリエーションとして盛んに行われても不思議はないはずなのに、なぜ今までここにはサッカーボール一つ転がっていなかったのかと。 「せっかく引っ越したんに、また城が破壊されるさ!!!!」 わたわたとパジャマを脱ぎ、手近にあった服をコーディネートも考えず着る弟子に、ブックマンも頷く。 「お前だけでは止められそうにないの。 仕方ない、私も行くか・・・」 今後の安眠のためだと、老人は大きなため息をついた。 「えっ?!早っ!!」 息せき切って食堂に飛び込んで来たラビに、アレンが目を丸くした。 「どーしたの?! いつもはブックマンと一緒に服がどーの髪がこーのって仕度遅いくせに!!」 「そりゃ、城が破壊される前に止めなきゃって思ったらさ・・・!」 荒く息をつきながら、ラビはアレンと並んで彼を見上げるリナリーの肩に手を置く。 「ぜってぇ加わるんじゃねぇぞ、サッカー!」 「へ?」 一瞬、きょとんとしたリナリーは、ラビの言わんとすることに気づいて頬を膨らませた。 「なんだよなんだよ!! リナリーだってやりたいもん!!!!」 「不可さ!! イノセンス使わないって言いながらいっつも、負けそうになると使っちまうだろうが、この負けず嫌い!! 城の破壊を防いで、なにより!!」 ビシィッ!と、いきなり指差されたティモシーが、驚いてミルクを噴く。 「は・・・鼻に入ったっ・・・!」 ぐすぐすと鼻を鳴らす彼の背を撫でてやりながら、ラビはリナリーを睨んだ。 「ティモシーが、大好きな院長先生からもらった大事なサッカーボールを一瞬で破裂させるわけにはいかねーさ!」 「え・・・?!」 ナプキンで顔を拭いたティモシーが、テーブルに転がしていたボールを慌てて取って、大事そうに抱える。 「そうそう、ティモシー! あのねーちゃんには絶対触らせんなよ? レベル4アクマだって蹴り壊すねーちゃんに蹴られたら、こんなボールなんて粉々になっちまうぞ!」 「う・・・なんだよ、その目は・・・!」 「もうこのボールには絶対触らせねーからな!」 余計な情報を吹き込まれたティモシーに疑り深い目で睨まれて、リナリーは気まずげに目を逸らした。 その様にようやくホッとしたラビが、椅子を引いて座る。 「・・・で。 お前らなんでここにいんの? ボール蹴って遊んでんだと思って俺、城中探し回ったさ」 やれやれと、手で顔を仰ぐラビに頷き、アレンが手にしたペンをくるくると回した。 「遊んでたよ。 ティモシーと二人でボール蹴ってたらリナリーが遊びに来て、それを見たコムイさんが『たのしそーだねー』って声かけてきて・・・」 「面白そうだから、明日は朝からサッカーで親睦会しようよって話になって、今、班ごとにチーム分けしてるんだよ!」 ね?と、小首を傾げたリナリーに頷いたアレンが、テーブルに乗せた紙に書いたチームから彼女の名を消す。 「えええええええええええ!!!!」 「・・・そりゃ僕も、確実に点が取れるフォワードを外したくはないですけど、仕方ないでしょ」 「フォワードがだめならゴールキーパーでもいいよ! ゴールキックからゴール奪って見せるよ!!」 「やめろ!俺のボールが破裂する!!!!」 金切り声で絶叫されて、リナリーは頬を膨らませた。 「じゃあ、代わりのフォワードはどうするんだよ!」 そんなにすぐ見つかるもんかとふてくされると、椅子から下りたティモシーが食堂の入口へ走って行く。 「おい神田! お前、俺のチームに入れてやってもいいぞ!!」 カウンターに並ぼうとしていた彼の服の裾を握るティモシーを、剣呑な目が見下ろした。 「・・・あ?なんだ、そりゃ?」 少し早い昼食に来ただけなのに、いきなりわけのわからないことを言われて神田が問い返すと、ティモシーは小さな胸を張る。 「サッカーだよ! 院長先生が、ボールをくれたんだ! 俺がキャプテンでお前がフォワードな!」 「サッカー?ボールってぇと、球技なのか? 野球なら聞いたことあるが・・・」 「野球?なにそれ?」 きょとん、としたティモシーの背後で、寄って来たアレンが口の端を曲げた。 「そんな田舎のスポーツ、欧州じゃ誰も知りませんよ。 それよりサッカーサッカー 「うん!サッカーサッカー きゃっきゃとはしゃぐ二人に鼻を鳴らし、神田はカウンターにもたれかかる。 「蕎・・・」 「なぁ!!やろーぜ、サッカー!!」 「ルール知らないなら、僕が!教えて!あ・げ・て・も・いいよ!」 ねだるティモシーと上から目線のアレンに挟まれて、神田のこめかみが引き攣った。 「るっせぇよ! 俺ァそんなもんに興味は・・・!」 「興味がなくてもやってえええええええええええ!!!! リナリーの無念を晴らすんだよ!!!!」 背中に追突したリナリーに泣き縋られ、神田は忌々しげに舌打ちする。 「・・・どう言う状況なんだ?」 振り返った神田にリナリーは喜色を浮かべ、アレンは面白くなさそうに口を尖らせた。 「―――― ってことでぇ、エクソシストチームは全員入っちまうと相手チームとのバランスが悪ィから、俺とアレンとラビと、リナリー姉ちゃんの代わりに神田だな! 他はファインダーが埋めてくれるって。 師匠達元帥は勝つために手段を選ばないからって理由で失格ー!」 声を弾ませて説明するティモシーに、少し早い昼食を取りながら神田が頷く。 「で?誰と戦うんだ?」 「他のチームは、科学班とファインダーだけの探索班、警備班と通信班もやるって!」 合計5チームでの総当たり戦、とはしゃぐアレンに神田は鼻を鳴らした。 「他の連中は任務か? 俺じゃなくても、マリやチャオジー・・・そうだ、ブックマンのジジィはどうしたんだよ。 寝てんのか?」 何とか外れようとする思惑を隠さないままラビに問うと、彼は苦笑して首を振る。 「部屋を出る前に、ジジィに通信班から連絡があってさ・・・」 ブックマンは世界各地の情報を得るために、常日頃から通信班とは懇意にしていた。 「あの時は新しい情報でも来たんかな、って思って先に出て来たんけど、多分、通信班に引き抜かれたんさね。 他のチームを見る限り、一番不利なんは通信班だもんな」 「ふぅん・・・。 言われて見ればあんまり、スポーツ得意そうにも見えませんもんね、通信班は」 特殊能力を持つエクソシストチームは別格にしても、ファインダー達探索班は多くが戦場へ赴く兵士であり、城を守る警備班も軍出身者が多い。 科学班は、自身らの身体能力はともかく、どんな手を使ってくるかわからない怪しさがあるし、一般人寄りの通信班から見れば、どのチームとも当たりたくはないに違いなかった。 「だったらやんなきゃいいだろ」 「・・・イヤ、そこはさ、奴らの勇気を称えるべきじゃねーの?」 きっぱりと言った神田をたしなめたラビが、テーブルに突っ伏して拗ねるリナリーの頭を撫でてやる。 「お前もいつまでふてくされてんさ」 「ふーんだ。 リナリー、仲間はずれだもん。 そんな話聞いたって面白くもなんともないもん」 いっそやめちゃえ、と、頬を膨らませたリナリーに神田も同意した。 「そもそも、なんでそんな大事になってんだ。 ボール蹴りてぇんなら2チームでいいだろ」 「そこはそれ、最初はリナリーが参加予定だったから、コムイさんがサボ・・・ううん、親睦会も兼ねて、みんなでやろーよってことになったんですよ」 「リナリーがいないのに親睦会なんて!!」 遠慮がちに言ったアレンに金切り声をあげて、リナリーがテーブルを蹴る。 「こんなっ!ことならっ!任務にっ!行けばっ!良かったよっ!!」 一言ごとに蹴られるテーブルの振動が、食器を跳ね回らせた。 「おい・・・!」 「テーブル蹴るんじゃありませんっ!!」 神田が止めるより早く、厨房から飛び出して来たジェリーがテーブルに突っ伏したリナリーの頭にげんこつを落とす。 「いぎゃいいいいいいいいいいい!!!!」 げんこつされた頭だけでなく、額や鼻まで打ち付けて、リナリーが悲鳴をあげた。 「酷いよ、ジェリー!」 「お黙りっ! アンタもうお姉ちゃんでしょっ! アレンちゃんやティモシーちゃんの前で、恥ずかしいわよん!」 「だっ・・・だからって、思いっきりげんこつする?! 鼻が潰れちゃったらどうするんだよう!!」 真っ赤になった鼻を押さえるリナリーの、たんこぶができた頭をアレンが『よしよし』と撫でる。 「躾です! まったくアンタはいつまでもお転婆で、困ったもんだわ!」 大声で叱られて、しょんぼりと黙り込んだリナリーとは逆に、ジェリーの叱声を聞きつけたリンクが実に嬉しそうな顔で寄って来た。 「ごもっともです、料理長! 私も常々、彼女には年相応の礼儀を身につけてほしいものだと思ってました!」 「う・・・うるさいなぁ、監査官! 組み合わせ決まったの?!」 「監督と呼びなさい!」 カッと眼光鋭く睨み返したリンクが、手にした紙をテーブルに置く。 「Jr.、ブックマンは通信班に参加されるそうですよ」 通信班の項目に師の名があるのを見て、ラビが頷いた。 「ジジィ、監督兼選手か。 途端に強敵になったさねー」 優勝候補はエクソシストチームで不動だろうが、他はともかく、コムイを監督とする科学班はかなり危険な臭いがする。 「・・・リナ、お前選手として参加できねぇんだからさ、審判やれよ」 「えー・・・?私がー・・・?」 不満げに言ったリナリーの、たんこぶをつついてやるとまた泣き出した。 「このままだと、お前が参加するより危険さ。 なんとしてもルールを守らせて、『まともな』試合をさせるさね!」 「わかったからっ・・・!たんこぶつつかないでよっ!!」 選手から外された上に、なんでこんな目に遭わなきゃならないんだと、涙目のリナリーを眺めていた神田が、ふと瞬く。 「・・・審判は一人なのか?」 5チームの試合を順番にやっていては時間ばかりがかかると気づき、また棄権しようとする神田には、リンクが首を振った。 「まさか。 審判は他にも、ファインダーや警備班から公正な方を選んでお願いしています。 しかしそうですね・・・室長対策のために、小娘には科学班の監視についてもらいましょうか」 「小娘ってゆーな!!」 ムッとして睨んだものの、リンクはあっさりと無視して組分け表を指す。 「私達が最初に当たるのは科学班です・・・。 おそらく、事実上の優勝決定戦となるでしょう! 全員、気を抜かないように!そしてなにより!!!!」 ビシィッ!と、指差された全員が息を飲んだ。 「明日の試合開始まで、飲食物にはくれぐれも気をつけてください! 決して、科学班のスタッフから怪しい物をもらったりしないように!」 その命令には誰もが表情を引き締めて頷く。 「では各自、準備をしてグラウンドへ! 既にボールは複数入手しましたので、明日までに最低限のチームワークを身につけて頂きます!」 監督になりきった監査官は手を叩いて、選手達を急かした。 一方、『監督会議』から執務室に戻ったコムイは、仁王立ちになった補佐官の冷たい目に迎えられ、蛇に睨まれたカエルのように飛び上がった。 「ミ・・・ミス・・・フェイ・・・!」 「伺いましたわよ」 震え声のコムイに、ブリジットの刃のような声が刺さる。 「なぜ突然、教団内親睦会が開かれることになったのです? それも、『私に』無断で?」 冷え冷えとした声で問われて、コムイは猫の仔のようにぷるぷると震えた。 「し・つ・ちょう? 簡潔かつ速やかにお答えください」 大声で怒鳴られたわけではないのに、コムイは怯えきって目を泳がせる。 「ぅあ・・・の・・・っ! 新しい城に引っ越してだいぶ経つけど、みんなで集まってなにかやるってこと、まだやってないなぁって思って・・・・・・。 人が増えると知らない顔も増えるし、それで敵の潜入を許すこともあったわけじゃない・・・? だから、そう言うことを防ぐためにもね、ここはみんなに顔見知りになってもらおうかと愚考した次第でして・・・」 「ご立派なお考えですこと!」 皮肉をたっぷり含んだ声に、コムイはまたびくりと飛び上がった。 「本当にそんなご立派なお考えなのでしたら、私に隠れてこそこそと準備する必要などなかったのでは? 何を企んでいらっしゃいますの?」 「たっ・・・企むなんてそんなっ!!!!」 滅相もない!と、大慌てするコムイをブリジットは冷たく睨む。 「でしたらぜひとも、審判には中央庁の者を使ってくださいませ。 また!室長に本部を破壊されては困りますので!」 「い・・・いや、ボクは本部を破壊したりなんてことは決して・・・!」 「なにか?!」 強い口調で反論を塞がれて、コムイはおどおどと目をさまよわせた。 「審判の件、よろしいですわね?」 「は・・・はい・・・・・・」 どんな展開になるのか怖ろしくはあったが、中止させられるよりはマシだと、コムイは渋々頷く。 「科学班専属の審判として、リナリー・リーが主審につくそうですから、中央庁は副審と、その他の試合を監視・・・いえ、審判をしましょう」 「今、監視って・・・」 「言っておりません」 いけしゃあしゃあと言い切って、ブリジットは中央庁の参加を無理矢理認めさせた。 翌朝は早くから団員達がグラウンドに集まり、二面並べて設置された芝生を感心して眺めた。 「・・・どうやったら一晩で芝生が出来上がるんですか?」 昨日までは確かに、地面の見えるグラウンドだったはずと、ミランダが唖然とする。 「そりゃあ、科学班が本気になればこんなもんでしょおねぇ」 クスクスと笑って観客席に着いたジェリーが、監督になりきってベンチに座るコムイに手を振った。 「コムたーん!がんばってぇーん!」 声援に両手を振って応えるコムイに笑ったジェリーは、その対面、エクソシストチームのベンチにも手を振る。 「アレンちゃーん 試合終わったらおべんとあるわよーん!」 その声に、コムイよりも激しく手を振って応えたアレンに笑って、ジェリーはワクワクと隣の芝を見遣った。 「あっちは警備班と探索班ねん こっちよりもギャラリーは少ないけどん、盛り上がってるみたいだわん 事実上の優勝決定戦と目される科学班対エクソシストチームに、より関心が集まるのは無理もないが、警備班と探索班は本部でも大人数を抱える班だ。 応援には暑苦しいほど熱がこもっていた。 「あの・・・通信班はどこですか? 参加するんですよね?」 ブックマンはどこへ行ってしまったのかと、ミランダがキョロキョロとグラウンドを見回す。 と、各チームから少し離れた場所で、ブックマンが選手らに何事か言い聞かせていた。 「・・・よいか、他チームに比べると、通信班は身体能力で格段に劣る。 これはまぎれもない事実じゃ」 低い声で厳しい言葉を突きつけられ、選手達の顔が引き締まった。 「しかし! 情報収集力において、おぬし達はどのチームよりも勝っておる!」 各選手の能力は高くとも、チームワークに致命的な欠陥を抱えるエクソシストチームはもとより、作戦に身体が対応できるか怪しい科学班、身体能力と結束力は高くても、サッカー選手としての経験者が少ない警備班と探索班に対し、通信班は選手経験者だけを厳選して揃えている。 更には監督兼選手のブックマンの強運も加わり、第一試合から逃れた彼らは、試合終了直後の各チームと対戦することになっていた。 「私に従えば、必ず勝てる! おぬしらの中のジャイアント・キリングを起こすのだ!」 「・・・作品ちげーよ」 にょきっと、突然現れたラビに選手達が飛び上がったが、ブックマンは落ち着いて弟子に蹴りをいれる。 「盗み聞きするでないわ!」 「だってジジィがでけぇ声で話してっからさ!!」 地に転がったラビがきゃんきゃんと喚くのを無視して、ブックマンは選手達に向き直った。 「狙うは優勝じゃ!」 「おおー!!!!」 「もう! 試合前にどこ行ってたんだよ!」 なぜかボロボロになって戻って来たラビにアレンがヒステリックな声をあげた。 「まさか怪我なんかしてないでしょうね?!」 ラビ本人へではなく、試合に支障をきたさないかを心配するアレンに彼は口を尖らせる。 「ジジィに熱中症にならないよーに言いに行っただけなんに、蹴られたさ・・・」 ロンドンには珍しく、朝から燦々と輝く太陽を指すと、アレンは空とブックマンの後頭部を見比べた。 「8月だもん。 いくら英国ったって、さすがに暑いよねー・・・って、あれ? 今日って何日だっけ?」 引っ掛かりを感じて問うと、ラビが『5日』と、吐息混じりに言う。 「5日・・・5日ってー・・・あれ? ブックマンの誕生日じゃなかったかな、今日?」 科学班専任の主審であるはずのリナリーが、なぜか寄って来て話に加わると、ラビがブックマンの耳を気にしながら頷いた。 「あのジジィ、いくつになるんだ?」 最高の訓練相手にはさすがに無関心でいられず、珍しくも問うた神田にラビが『90』と肩をすくめる。 「大台?!ブックマン、大台じゃないですか?!」 「それゆーと怒るから、黙ってるさ」 大げさに声をあげたアレンの口を塞ぐラビに、神田が小首を傾げた。 「なんでだ、めでてぇじゃねぇか」 「そうだよ!お祝いしなきゃだよ!」 途端にはしゃぎだしたリナリーに慌てて首を振り、ラビは声を潜める。 「だから、それはこっそりやらんと他ならぬジジィが邪魔しに来るさ」 「えぇー・・・おめでたいのにぃ・・・・・・」 不満げに言ったリナリーは、次の瞬間には目を輝かせ、観客席のジェリーを見上げた。 「じゃあさ、ジェリーにこっそり頼んで、この後のお疲れ様会でブックマンのお祝いしてもらおうよ!」 「あ、それはもう頼んでっから。ついでにコムイにもナシ通してるさ」 手際のいいラビに感心し、神田がリナリーの背を押す。 「おい、そろそろ行かねぇと・・・」 「そこ!さっさと試合開始しなさい!!」 リンクのヒステリックな声に怒鳴られて、リナリーが頬を膨らませた。 「言われなくったってやるよ!」 首にかけていたホイッスルを咥え、リナリーが中央に走っていく。 続いてエクソシストチームと科学班の選手達が並んだ。 「正々堂々と! お互い、正々堂々と勝負してください。 卑怯な手を使ったらすぐに笛を吹くからね!」 疑わしげな目で睨まれて、科学班の幾人かが不自然に目を泳がせる。 「・・・おい、持ち物検査した方がいいんじゃねぇか?」 神田に鋭く睨まれた幾人かが、びくりと飛び上がった。 「・・・隠し持ってるもの、すぐに出して!」 試合開始前だというのに、レッドカードに指をかけたリナリーに睨まれ、科学班の選手達が渋々怪しげな道具や薬剤の数々を渡す。 「・・・どこに隠してたんさ、こんなに」 呆れ返ったラビの隣で、ティモシーがぱんぱんに頬を膨らませた。 「もぉ!! 早く始めようぜ!!」 「まぁ、待ちなよ。 安全確保してからじゃないと、危ないよ」 アレンがたしなめ、リナリーが更に交代要員からも隠し持っていた物を取りあげてしまってから、再び笛を咥える。 科学班への罰則として、ボールはエクソシストチームが取り、笛の音と共に試合が始まった。 「あらら! もう始まっちゃったのね!」 観客席にエミリアが駆け込んで来ると、ジェリーが隣の席に置いていたバスケットをどけた。 「席、取っといたわん 「まだ始まったばかりですよ」 「ありがと! フェイ補佐官と話してたら、笛鳴っちゃって・・・二人ともこれ使うよね?!」 慌しく席に着いたエミリアが、ジェリーとミランダにオペラグラスを渡す。 「あら・・・前の席なんですから、なくったって・・・」 「そんなことないわよ! ティモシーってばちっちゃいから、こんなのでもなきゃ見えな・・・ダーリーンー ティモシー用と言いながら、しっかりと神田を追っている様子のエミリアにミランダが笑い出した。 「特定の人を追うためのものなんですね」 クスクスと笑いながらオペラグラスを当てたミランダは、グラウンドを通り越して、ベンチで声援を送っているリーバーを見つめる。 そしてジェリーも、 「アレンちゃーん!後ろ!後ろジジちゃんが来てるわよん! 逃げてー!!」 と、お気に入りの子供に声援を送っていた。 「・・・背後がうるさいですね」 ミランダもいるはずなのに、彼女の声だけが聞こえないことを不満に思いつつ、リンクはグラウンドを睨む。 「ウォーカー!ノーコンもいい加減にしなさい! パスくらいまともに通してはどうですか!!」 威力はあるのに見当違いの方へ飛んで行くボールは、またもや科学班に奪われてしまった。 各人の身体能力は高くても、まったくチームワークのなっていないエクソシストチームはすんなりとパスで抜かれて、敵はあっという間にシュートコースに入って来る。 「Jr.!!全力で止めなさい!!」 「あいさーっ!」 苛立たしいほど暢気な声をあげて、飛んだラビの足元でゴールネットが揺れた。 「反対側に飛んでどうするのですか!!!!」 誰もが言いたかったことを、リンクが真っ先に怒鳴る。 「まったく! Jr.もウォーカーも頼りになりません! ファインダー達! 神田にボールを集めなさい!!」 アレンにはボールの奪取を命じたリンクに、走るだけでちっともボールに触れないティモシーが頬を膨らませた。 「なんで俺がのけ者なんだよ! 俺が言い出したのにさ!」 ぶぅぶぅと不満を漏らす彼に、しかし、リンクは鼻を鳴らす。 「だったらもっと走って、パスが出せるような位置にいなさい! こんな後方でウロウロしていても役になんか立ちませんよ!」 「はぁーい」 口を尖らせて前方へ走っていったティモシーは、鋭い声で名前を呼ばれて振り返った。 途端、 「ふぎゃんっ!!!!」 強烈な弾丸を半面に受けた彼の軽い身体が宙に舞う。 そのままボールと共にゴールへ突っ込んで行く彼に、科学班のゴールキーパーが目を丸くした。 「ど・・・どっちだ?!」 ボールと共にくるくるときりもみしながら飛んで来たティモシーが、ゴールネットを揺らす。 「同点さ!」 ぱふぱふと拍手するラビを、一瞬唖然としていたエミリアが観客席から睨んだ。 「ちょっと神田!! あんたわざとやったんじゃないの?!」 ティモシーにボールをぶつけ、ゴールを決めた神田に怒鳴ると、彼は無言でそっぽを向く。 「審判!! これってアリなの?!反則じゃないの?!」 話にならない神田を放ってリナリーに怒鳴れば、彼女は困り顔で首を傾げた。 「相手チームにやったんならそれもあるかもだけど・・・同じチームだしねぇ? ここは、神田アシストのティモシーゴールってことでいいんじゃない?」 ねぇ?と、呼びかけた副審達も頷き、ゴール内で目を回したティモシーがベンチに引き取られていく。 「後で覚えときなさいよっ!!!!」 怒号にはリナリーだけでなく、神田までもがびくっと震えたが、気を取り直して試合は続行された。 「同点かぁ・・・。 リーバー君は後半まで温存しておこうかと思ったけど、意外とジジの体力がもたなかったね」 眉根を寄せたコムイの見つめる先で、ジジがよろめいている。 「ま、エクソシストチームへのハンデとして、彼らと対戦する試合は人数制限なしで交代できるってことにしてるし、さくさく代えていこうか!」 パン!と手を打ったコムイが、リナリーに選手交代のサインを送った。 「一人欠けてるうちに攻めるよ! 他のメンバーはアシストに回って、リーバー君は点取ることだけを考えてね!」 「ういっす」 頼もしく頷いたリーバーがグラウンドに入ると、ミランダが嬉しげに拍手する。 「リーバーさーん ようやく聞こえた彼女の声がリーバーへの声援で、リンクの機嫌はますます悪くなった。 「多少当たりが激しくても構いませんッ! なんとしてもボールを奪取、及びゴールを決めなさい!!!!」 徹底的にやれ!との監督命令が下り、アレンが嬉しげに走り出す。 「リナリー、しばらくあっち向いててね 「コラー!! コムリンは参加禁止でしょ!!」 いけしゃあしゃあとグラウンドを走るコムリンをリナリーが止めに入った隙に、アレンはボールを奪った。 「ぅわっ!!!!」 凄まじい当たりに吹っ飛んだ科学者が、芝生に転がってアレンを睨む。 「今のファウルだろ!!」 「ギリギリおっけーですよ その証拠に、笛吹かれてないじゃん リナリーだけでなく、副審達の目すら盗んだアレンが、邪悪に笑って走り出した。 「パスはノーコンでも、自分で切り込んじゃえばいいんでしょ 元ピエロのリフティング、ナメんじゃないですよー 怒りに燃えて襲い掛かってくる敵から上手に身をかわし、アレンはゴールへ近づいていく。 「アレンちゃーん!!行っちゃえー ジェリーの声援にも背中を押され、シュートを打とうとしたアレンは、ふと気づいて足を戻した。 「これでまたバーを越えたら、リンクに殺されるよ」 ドリブルでゴール内に駆け込んでしまおうと言う作戦は見事に功を奏し、ゴールキーパーを押しのけたアレンがゴールを決める。 「やったー 「・・・なんとも面白みのない点の取り方さねぇ」 シュートくらい打てよ、と、バンザイするアレンにラビが呆れた。 「俺らとしてはアレンに華麗なシュートを放ってもらって、ゴール上を越えてもらった方が嬉しいんだけどな」 リーバーが愉快げに笑い、ラビは肩をすくめる。 「やるからには勝つのが俺らの信条さね。 お前らがどんな卑怯な手を使っても!俺らは!勝つさ!」 「人聞きの悪い」 こぶしを握って力説するラビに苦笑したリーバーが、唐突に踵を返した。 「俺らはできるだけ堂々とやってるよ」 「ほえっ?!」 再び振り返ったリーバーの足元にいつしかボールが渡り、ラビの右足元をすり抜けてゴールネットを揺らす。 「これでまた同点だな♪」 リーバーがにんまりと笑った背後で、 「なにやってんだ馬鹿ウサギ!!!!」 普段仲の悪い神田とアレンが、共通の攻撃目標へ向けて怒号を放った。 「またアホらしい点の取られ方して、やる気あんの?!」 「敵と暢気にくっちゃべりやがって、ブッた斬るぞ!!!!」 「ご・・・ごめんさ・・・・・・」 ぷるぷると震えるラビの背をリーバーが笑って叩く。 「なんならウサギと亀のウサギみたいに寝てていいんだぞ?」 「んなことしたら永眠させられっさ!!」 ラビが真っ青になって悲鳴をあげた頃、もう一面のグラウンドでは、警備班が探索班を完膚なきまでに倒しつつあった。 「これは・・・後半戦を戦う必要があるのか・・・?」 40対0と言う、バスケットボールの試合ではないかと疑うような点差をつけられて、早くも探索班は意気消沈している。 「確かに警備班は、体力自慢が多いことだろうが・・・」 しかしそれは探索班も同じで、戦場に赴く彼らが運動能力で警備班に劣っているとは思えなかった。 「なにか変だの・・・」 試合を見守るブックマンが首を傾げる前で、41点目が入る。 呆然とするファインダー達へ、殊更愉快げに笑う警備班の選手に違和感を感じた。 「はて・・・?」 教団内の人間は当然、全員の顔と名前を認識している。 新しく補充された人員も、写真ではあるが既に記憶していた。 だが彼に関しては・・・いや、警備班の選手のうち、彼ともう一人に関しては、ブックマンの記憶にない顔だ。 ありえない事態に眉をひそめた彼は、盛り上がる警備班のギャラリーに歩み寄り、選手達へ拍手を送る班長の腕を取った。 「どういうことだ?」 その一言で問いの意味を察した班長が、ぴちぴちと目を泳がせる。 「えぇと・・・それは、7番のこと・・・ですよね?」 「10番もだ!」 この試合で主に点を取っている2人を次々に指すと、班長は汗顔に愛想笑いを浮かべた。 「そ・・・それが、選手になる予定だった二人が昨夜、神田とウォーカーのケンカを止めに入って重傷を負いまして・・・。 新しく入った奴らだったんで、エクソシストのケンカに割って入ることの危険性をよくわかってなかったみたいで・・・」 困っていると、本日付で中央庁から配属されたメンバーのうち、二人が選手経験者だと聞いて、渡りに舟と入ってもらったのだと言う。 「では、彼らは団員で間違いないのだな?」 「はい!もちろんですよ! 中央庁との照会も済ませてますし、単に教団内への連絡が後回しになってるってだけで・・・」 早めにやりますから今は・・・と、懇願する目で見られて、ブックマンは吐息した。 「あれほど圧倒的な力を持つ者が二人も配属されたとは、運が良かったの」 「はい!本当に!」 ようやく手を放してくれたブックマンに喜色を浮かべ、班長は大きく頷く。 「通信班にも勝って見せますから!」 「・・・・・・ふん」 自信満々の彼に鼻を鳴らして、ブックマンは自分のチームへと帰っていった。 「・・・え?! 隣、試合終了のホイッスル鳴った?!」 こちらは今、前半が終了したと言うのに、あまりに早すぎる終了の合図に、リナリーは目を見開いた。 「私、時間間違えたっけ?!」 焦って時計を見るが、ルールが変わったのではない限り、ハーフタイムに入る時間だ。 「・・・ってことは、笛の吹き間違いかな?」 「いや、本当に終わった」 不意に声をかけられて、リナリーが飛び上がった。 「ブ・・・ブックマン、びっくりした・・・!」 「スマンの」 悪びれずに言った老人に、リナリーは小首を傾げる。 「なんで?大量に怪我人が出たとか?」 「いいや。 ただ、前半だけで53点もの差がつけば、戦意喪失してもしょうがないと言えばしょうがないの」 「53点? なぁに、隣じゃバスケットの試合してたの?」 背伸びして隣のスコアボードを覗いたリナリーは、大きな目を丸くした。 「53−0?!ホントにサッカーの試合?!」 「うむ」 頷いた老人の頭越し、各チームを見れば、お祭り騒ぎの警備班に対して探索班は葬式のように沈んでいる。 「う・・・わぁ・・・・・・」 むごたらしい有様に唖然としたリナリーへ、ブックマンがひらひらと手を振った。 「そちらが後半を戦っておる時間、ぼーっとしとるのも惜しいでな。 こっちは第2試合を始めてよいかの?」 「え?! あ・・・うん、私はいいけど・・・」 「ではそうさせてもらおう」 リナリーが頷くや、そそくさと踵を返したブックマンが、ハーフタイムを挟んだ後の試合開始を宣言する。 「・・・あ!!」 これから通信班が戦うのは、意気消沈した探索班だ。 そのことに気づいたリナリーが今更止めようにも、老獪な老人はさっさと話を決めてしまい、魂が抜けたような探索班と対峙する。 「うんわー。 さっすがジジィ、やることがえげつねーさ!」 リナリーとの話を聞いていたらしいラビが、隣の様子を見遣って呆れた。 「探索班は2連敗確実さね。 こっちのファインダー達、せめて仇とってやろうぜ!」 ラビがこぶしを振り上げた途端、 「お前が言うな!!」 「このザルキーパー!!!!」 神田とアレンに蹴飛ばされて吹っ飛ぶ。 「んなっ・・・なにすんさっ!!」 赤毛を血で更に赤く染めながら抗議すると、剣呑な顔の二人が凄まじい目で睨みつけて来た。 「思いっきり死角突かれやがって、なんでテメェがキーパーなんだよ!」 「伊達眼帯なんて取ればいいでしょ!バッカじゃないの?!」 「ちょ・・・ヤメッ・・・審判! 暴力行為が行われてるさ!止めてくれぇぇぇぇ!!」 「・・・あ! こらこら、チームメイト蹴っちゃだめでしょ!」 ラビに言われて審判の役目を思い出したリナリーが止めに入る。 「チームプレイがなってないから科学班相手に負けそうなんだよ!」 更に言ってやると、神田とアレンが気まずげにそっぽを向いた。 この期に及んで尚、仲の悪い二人にリナリーが肩をすくめる。 「んもう! 今は亡きティモシーの遺志を継いでだね・・・」 「死んでねー!!!!」 絶叫と共に飛んで来た子供爆弾をリナリーが軽やかに避けると、地に這ったラビに着弾した。 「ちっ!」 「舌打ちしてんじゃないさ、クソガキ! お前、コムイの前でリナにセクハラなんかして、またシメられても知らんさねっ!!」 払いのけた途端、アレンの背に隠れたティモシーを、他ならぬアレンが追い出しにかかる。 「やめてよ、コムイさんにだけは関わりたくない!」 「薄情なこと言うなよ! 俺とお前の仲じゃんか!!」 「クソガキに仲間呼ばわりされる筋合いないし! リンクの背中にでも隠れろよ!!」 足元を逃げ回るティモシーを引っ掴んだアレンが、リンクに向けて放り投げた。 観客席に向かっていたリンクは、悲鳴をあげたエミリアに背後を指されて振り返り・・・思いっきり額を打たれる。 「ハ・・・ハワードさん?!」 「アララァン・・・倒れちゃったわねん」 気遣わしげなミランダ達の前で白目を剥いていたのも一瞬、すぐにむくりと起き上がったリンクが、目を回したティモシーの身体を大事そうにベンチへ横たえた。 「選手こうたーい!」 「・・・あ!ティモシーの奴!」 「また鴉ヤロウに憑きやがった・・・」 「後ですっごく怒られても知らないよ」 ニコニコと駆けて来たリンクにそれぞれがため息をつき、しかし、選手交代には異議を唱えない。 「ティモシーは体格差があるから、イノセンス使用可ってことでよかったよな?」 「うん。 みんなが憑かれるのを嫌がっただけだからね」 ラビの確認にリナリーもあっさり頷き、後半戦の笛を吹くために中央へ走って行った。 「後半、始めるよー・・・ってコラ! コムリンは禁止だってゆったでしょ!!!!」 言うや宙に舞ったリナリーがコムリンの動力部分を蹴り壊し、強制退場させると、ようやく後半戦が始まる。 「きゃはっ このスペックなら思いっきりボール蹴られるぜ!」 「・・・ちょっとティモシー、リンクの顔で『きゃはっ 寒かった!今、すっごく寒かった!」 鳥肌を立てたアレンの隣を、どすどすとキャッシュが逆行した。 「こっちー!」 軽く手を挙げた彼女の足元にボールが落ち、そのまま敵陣に突っ込んで行く。 「止めて!!」 自分が戻るべきかと迷った間に、ディフェンスを任せたファインダー達が戦車のような彼女に弾き飛ばされた。 「ひっ・・・!」 怯えたラビをきつく睨みつけて、キャッシュは前半アレンがしたように、ボールごとゴールに飛び込む。 「馬鹿が!! また点取られやがって!!!!」 「だ・・・だってさ・・・・・・!」 どさくさ紛れの張り手で突き飛ばされたラビが、絡みついたゴールネットからなんとか抜け出した。 「キャッシュこえええええええ!!!!」 「失礼な!」 腰に手を当てたキャッシュが、鼻を鳴らす。 「自分のヘタレを人のせいにすんな!」 「そうだそうだヘタレー!」 「この試合はもらったぜー!」 キャッシュの陰に隠れて囃し立てる科学班に、ラビのこめかみが引き攣った。 「もーぉ怒っちゃったさ、俺!!」 びしぃっと、ラビはグローブに覆われた手でキャッシュ及び敵軍を指す。 「これ以上、ゴールは割らせないさ!」 気合をこめて叫んだラビに、味方達からは『本気になるのがおせーよ!』と不満の声があがった。 一方、探索班対通信班の試合では。 未だ惨敗のショックから立ち直れない探索班を、ブックマン率いる通信班がいいようにいたぶっていた。 いや、いたぶると言うには語弊があるか。 集中できていない探索班の隙を突き、つい先ほど、警備班が大差をつけたフォーメーションで攻めていった。 と、早速トラウマを植えつけられていた探索班は面白いように動揺し、崩れ、前半も半ばで大差をつけられる。 そのことが更に惨敗の記憶をフラッシュバックさせ、本来なら互角以上に戦えるはずの通信班相手に勝利を献上しようとしていた。 「・・・ふむ。 これを前半だけで終了させれば、次の試合を有利に戦えるの」 にんまりと悪い笑みを浮かべたブックマンは、自分にボールを集めるように命じる。 老人とは言え、神田も易々とは勝てない体術の達人に探索班はいいように翻弄され、またもやバスケットボールの試合かと疑う点差をつけられてしまった。 「よし、前半で終わらせるぞぃ」 思惑通りと笑う老人を頼もしげに見つめ、彼に心酔した通信班の選手達は従順な羊のようにブックマンの指示に従う。 そうなると、既に気力を失くした探索班など敵ではなく、完膚なきまでに叩きのめし、これもまた、前半で試合終了した。 「んぁっ?! また前半だけで試合終了?!」 ロスタイムに入っていたエクソシスト対科学班の試合中、隣から長い笛の音が聞こえて、リナリーは唖然とした。 「あーぁ。 やっぱりブックマンの策略勝ちかぁ・・・」 とても『作戦』とは言えないえげつない勝ち方に呆れ、目を戻した試合では、神田が執念の同点ゴールを決める。 その数秒後、時計を見ながらリナリーが、試合終了の笛を吹いた。 途端、両チームが試合結果も放ってわらわらと集まってくる。 「なぁ、隣・・・また前半で終了しただろ? そんなに弱ェんかね、探索班てさ?」 そうは見えなかったが、と、不思議そうなラビに皆が頷いた。 「まぁ、今回の試合はブックマンが何か仕掛けたんだろうなぁと思いましたけど、警備班がすごかったですよね。 そんなに強い人がいるんですか?」 アレンがコムイを見上げると、彼も不思議そうに首を傾げる。 「今日付けで赴任して来たメンバーが何人かいたはずだから、その中に選手経験者がいたのかもねぇ。 だってボクの知る限り、警備班に選手の経歴を持った人っていなかったよ。 昨日、チーム分けの時に全員のプロフィールには目を通したもん」 「そうっすか・・・じゃあ」 組んでいた腕を解いたリーバーが、コムイの背を叩いた。 「今のうちに潰しましょう、探索班」 「ダヨネー 敵の隙を突くことに対して、なんら良心の呵責を覚えない室長と班長が邪悪に笑う。 「じゃ、キミ達は波に乗ってる警備班を出来るだけ弱らせておいてよねー 「ひどっ!!」 「お前ら次は通信班と当たる予定だろ!」 アレンと神田の抗議にはにんまりと笑い、コムイがブックマンへ手を振った。 「ブックマーン! そちら、今の試合で『怪我人が出た』みたいですけど、大丈夫ですかぁ?! なんなら次の試合、『休んでもらって構いません』よー! 『ボクらが先にやります』からー!」 「うんわ!きったね!!!!」 わざとらしく気遣う振りをしているが、当然この試合で通信班に怪我人など出てはいない。 しかし、総力で他チームに劣る通信班は今回、前半しか戦わなかったとは言え、他チームが消耗するのを待ちたいはずだった。 そこをうまく突いて交渉したコムイに、ラビが眉根を寄せる。 が、ブックマンはもちろん、コムイの提案を受けて、気の毒な探索班は科学班と3戦目を戦うことになった。 「抵抗する気力もないみたいだねぇ・・・」 呆れ顔のリナリーが隣の芝へ走って行く様を見送ったラビは、こちらへやって来る警備班の選手達に視線を移し、首を傾げる。 「7番と10番、初めて見る顔さ。 どっから来たんさ?」 「本日付で配属されたんだけど、いきなり『選手足りなくなった』って言われてさ」 「サッカーと聞いちゃあ、ラテンの血が黙ってなかったんだよ」 楽しげに言う彼らをまだ訝しげに見ながら、ラビは一応頷いた。 「ジジィ・・・」 案の定、次なる敵との試合を見に来ていたブックマンに呼びかけると、彼も訝しげな顔をしながら頷く。 「いちお、確認は取れてるってことかね」 それでも怪しさは残るが、師が静観することに決めたのなら、ラビは逆らうつもりもなかった。 「ほんじゃ! 俺の勇姿を見してやるかね!」 試合開始の笛が鳴るや、手を打ち合わせて見遣った先では、神田とアレン、そしてティモシーの憑いたリンクが猛然と敵ゴールを攻めている。 「よーっし! お前ら、いっけー!!」 ラビが歓声をあげた途端、パスを受け損ねたアレンが10番にボールを奪われ、猛然と攻め寄られた。 「んげ?!」 一体どれほど有名な選手だったのか、止めようと襲い掛かるエクソシストチームを次々かわし、あっという間にゴール前へ迫って来る。 「ちょ・・・早っ!!」 シュート体勢に入ったと見えた瞬間には、背後のゴールネットが揺れていた。 「ええええええええええ?!」 「えーじゃないですよザルキーパー!!!!」 「お前どこに目ェつけてんだよ!」 「ゴメ・・・ってか、お前らもあっさり抜かれてたじゃん!」 謝りかけたラビが反駁すると、リンクの顔をしたティモシーが憤然と駆け寄ってくる。 「最後が守ってりゃ点は入らないんだよっ!!」 「そうだそうだー!」 「もうテメェキーパー代われ!!!!」 アレンに囃し立てられ、神田に舌打ちされて、首をすくめたラビが憮然と審判を指した。 「仕方ねぇじゃん!俺がキーパーってのも、ハンデの一つなんからさ!」 身体能力がずば抜けているエクソシストチームと戦うためには必要条件だと飲まされたが、 「ここまで役に立たないなんて、さすがに思ってませんでしたよ!」 アレンが心底軽蔑した目で睨んでくる。 「死角を補う何かとか、持ってないんですか、あんた!」 「今までよく生きてこられたよな!」 「くぅ・・・!」 言うだけ言って反駁を封じてしまった二人は、妙にすっきりした顔でセンターラインに戻って行った。 「悔しくねーの?」 「悔しいに決まってるさね!」 憤然として手を打ち合わせたラビが、ティモシーに口を尖らせる。 「でもさ・・・」 「ああっ?!」 「へっ?!」 ラビとティモシーの間をすり抜けたボールが、嫌がらせのようにゴールネットを揺らした。 「いつの間に?!」 「試合くらい見てろ馬鹿!!!!」 「そうですよ! 神田が鮮やかに抜かれて呆然としたとこ、ちゃんと見とけばよかったのに!」 「てめぇもあっさり抜かれただろうがああああああああああ!!!!」 掴み合いのケンカを始めた二人は審判に引き離され、憮然としてセンターラインに戻って行く。 「ティモシー、お前も前に行くさ。 そんで・・・お前は7番についてろよ、俺は10番見張るから!」 「うんっ!!」 真剣な顔で頷いたティモシーを送り出し、ラビは他の選手を無視して10番だけを注視した。 「・・・気づいたようだの」 観客席からその様を見たブックマンが、にんまりと笑う。 「なにをぉ?」 不思議そうなジェリーに、彼はわずかに頷いた。 「警備班の攻撃は、実はごく単純だ。 全員で敵の攻撃を防ぎ、ボールを取りに行ったら、7番か10番に渡せばいい。 後はどちらかが決めるだけだ」 「・・・そうね。 あの二人はパスを受けるだけで、自分はほとんどパスをせずに切り込んでってるわ」 すごい体力だと、エミリアも感心する。 「えぇと・・・それじゃあ、あの二人にさえボールが行かなければいいのかしら・・・あ! ご・・・ごめんなさい、私ったら!とんだ素人考えですよね!」 真っ赤になって口を覆ったミランダに、ブックマンは首を振った。 「その通りだ。 あの二人の他は、エクソシストを抜いて得点できるような者は・・・いや、キーパーが頼りないゆえ、いないとは言えんが、対処できんことはない。 だからこそ・・・」 にんまりと笑ったブックマンが、言葉を切って試合を指す。 「アレンちゃーん!行っちゃえー 強引にボールを奪ったアレンが、7番と10番を避けて敵ゴールを目指した。 「あれはシュートは決まらんが、得点の仕方は知っておる」 ブックマンの言う通り、アレンはゴール近くまで自力で運び、キーパーを抜いてボールごとゴールに入る。 「ホホホ 華麗とは言えないけどん、確実ねぇん 盛大な拍手を送るジェリー達を振り返ったアレンが、嬉しげに手を振り返してきた。 「有効な手段がわかればあやつらのこと、もう負けはせんよ」 ボールを神田とアレンに集めると言う作戦はエクソシストも同じだが、ティモシーがリンクに憑いた上に、チームの総合力として、戦場で共に行動するファインダーと組んだことは大きい。 本日付で配属されたばかりの主力選手はろくに警備班のメンバーも知らず、後半はいいように撹乱されてほとんどボールを持たせてもらえず、初めての敗北を喫した。 「ヤター!!!!」 強豪チームを負かしたエクソシストチームが沸き返る。 「おめでとー さすがだねぇ!」 既に探索班を叩きのめしていた科学班からも、盛大な拍手が沸いた。 「よしよし、じゃあショックが癒えない今のうちに、警備班を叩いちゃおうか コムイがクスクスと邪悪な笑い声をあげると、科学班のメンバーが同じような笑みを浮かべて頷く。 「ずっこい!!」 眉根を寄せるティモシーには、しかし、エクソシスト全員が首を振った。 「正しいな」 「正しいです」 「戦場の論理さね」 「そ・・・そうなのか・・・?」 断言されては納得せざるを得ず、ティモシーはそれ以上の文句を飲み込む。 「じゃ、こっちは通信班とですかね?」 「さすがに休ませないと、可哀想さね」 アレンに苦笑したラビが、意気消沈して墓場のようになった探索班を指した。 「今にも死にそうだな」 冷酷な神田ですら、さすがに気の毒に思って吐息するが、 「ジジィ、手強いと思うさー! 気ィしめてこーぜ!」 と、こぶしを挙げたラビには鼻を鳴らす。 「師弟対決だな」 「えぇー・・・!僕ら負けちゃうんだー」 「なんで決めつけるんさ!」 わざとらしいほどにうな垂れたアレンの頭をはたいて、ラビが芝を指した。 「絶対! 勝つさねー!!!!」 「軽々と勝つぞ」 弟子に背を指されたブックマンの堂々たる声に、通信班の面々が頷いた。 次なる相手は強敵ではあるが、探索班を大差で下した彼らの顔は、自信に満ちている。 「とにかく全員でボールを前へ運べ。 キーパーの死角を狙えば、誰であれ面白いように得点できるだろう」 容赦なく弟子の弱点を突こうとする彼に、選手達から笑いが起こった。 「では行くぞい」 飄々と言った彼を先頭に配置につくと、試合開始の笛が鳴る。 猛然と向かって来たエクソシスト達を軽々とかわして敵陣へ攻め込むブックマンへ、全員が続いた。 一方、警備班と対峙した科学班は、エクソシストチームと同じ作戦で7番と10番をこれでもかと固めていた。 「な・・・なめやがって!!」 たった二人を6人がかりでガードし、実際の攻撃は4人だけという状況に、激怒した警備班の選手達がそれぞれ動こうとするが、そこは小賢しい上にチームワークではダントツの科学班。 うまく隙を突いては敵陣に切り込んで行った。 「面白い試合をするか、勝つためには手段を選ばないかのどちらかだとすると、思いっきり後者だね、お前ら」 呆れ顔の10番を固めていたキャッシュが、にんまりと笑う。 「いいや、あたしらはすごく面白いよ」 「ただ固めてるだけじゃないからね」 ロブの言った通り、彼らは7番と10番を両サイドに追いやって動きを封じるだけでなく、攻めに転じるや頻繁に役目を交代していた。 「なんですか、これは?ローテーション?」 まるで歯車が回るように科学班の選手達は役目を変えていくが、7番と10番には必ず3人が張り付くようになっている。 おかげで、どこに走ろうともその場の誰かに囲まれて、ボールを受け取ることができなかった。 「これがインテリゲンチャの実力だよ! ただ・・・」 「体力があんまりないんでな。 休み休みだけど」 交代で入ったばかりのジジが、既に息をあげながら汗を拭う。 「この暑いのに、あのじいさんは元気だよな。 なに食ってりゃああなるんだ?」 不思議そうに見遣った隣の芝ではブックマンが華麗にシュートを決めて、通信班が沸きあがっていた。 「また取られやがって! 俺が何点取ろうが、テメェのせいで台無しだ!!」 城中に響き渡るような声で神田が怒鳴ると、珍しくもアレンが同調する。 「ホントだよ! こんなにがんばってるのに、無駄じゃないですか!」 「テメェもだ!このノーコンが!!!!」 ヒステリックに怒鳴った神田に思いっきりゲンコツされ、アレンがいきり立った。 「なにすんだよ! 僕、ちゃんとパスしてんじゃん!!」 「明後日の方向にばっか飛ばしやがって! 俺が阻みに行かなきゃ、何度自殺点入れたと思ってんだ!!!!」 反駁しようと口を開いたアレンは、何も言い返せないままそっぽを向く。 と、上機嫌のブックマンが、軽やかな足取りで彼らの間をすり抜けた。 「おぬしらの仲の悪さはこちらに有利だの♪」 「あ?」 二人が同時に見遣った先でブックマンがあっさりとパスを受け取り、そのまま鮮やかなロングシュートを決める。 「あー!!!!」 「ふぅむ、このまま行けそうだの♪」 師として弟子の弱点をよく知るブックマンのシュートに、ラビはいいように翻弄された。 「おぬしら、ゴールキーパー不在のうちに決めてしまえ」 「存在ごと否定すんじゃないさー!!!!」 師の酷い言い様に激昂したラビがボールを投げつける。 が、軽々と受け止められて、センターラインに蹴り返された。 「さぁ!ジャイアント・キリングを起こすのだ!」 「おおー!!!!」 あがった歓声は妙に滑舌がよく、エクソシストチームが苛立つ。 「なんとかぎゃふんと言わせたいですよね、あのイイ声で!」 「テメェが場外ホームランばっか打たなきゃとっくに言わせてんだよ!」 神田の嫌味に口を尖らせたアレンが、隣の試合を指した。 「それだけじゃないでしょ。 どうせ決定機を生み出せるのはブックマンだけなんだから、ああして固めちゃえばいいんだよ。 ティモシー!」 呼ぶと、リンクの顔をした彼が駆け寄ってくる。 「ファインダーと一緒にブックマンを固めちゃって!」 「わかった!」 既に前線にいる老人の元に走っていくと、今は見下ろせる彼が不敵に笑った。 「それで固めたつもりかの?」 「へへんっ! でっかい奴らで固めてりゃ、じいちゃんにボールは渡らないぜ!」 自信満々に言ってやった彼の頭上を、ボールが越えていく。 その瞬間、ひょい、と飛び上がったブックマンがティモシーの頭を踏み台に宙に舞い、鮮やかなオーバーヘッドシュートでゴールネットを揺らした。 「ふっ・・・! だから言うたのだ、それで固めたつもりか、とな」 「んあ・・・・・・!」 唖然として口も利けないティモシーに、ブックマンが珍しく大笑する。 「打てば決まるというのは、楽しいもんだの♪」 「ジジイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!」 悔しげな弟子の絶叫を背に聞きながら、ブックマンは軽やかな足取りで芝の上を駆けて行った。 「連勝じゃ!!」 両のこぶしを挙げたブックマンに、歓喜した選手達が次々と抱きつき、胴上げを始めた。 「なーに優勝したみたいになってんさ! まだ2勝じゃんか!!」 ラビは忌々しげに言ったものの、今の所、最も優勝に近いのが最も優勝に遠いと思われていた通信班であることに舌を巻く。 「さすがはジジィだな。老獪だぜ」 敵の実力を認めることに潔い神田が感心すると、往生際の悪いアレンも渋々頷いた。 「ティモシーが全然役に立たなかったね!」 「場外パスばっかするアレンに言われたくねーよ!!」 すかさず反駁したものの、今やティモシーには『ブックマンの踏み台』と言う、カッコ悪い異名がついてしまっている。 「毎回いい所にいたよね、踏み台」 「まさかあんないい所にあるなんてな、踏み台」 「踏み台があっちゃ、さすがの俺も止めらんねーさ」 「踏み台ゆーな!!!!」 真っ赤になって怒るティモシーに舌を出し、アレンは不満げに隣を見遣った。 「科学班はまんまと警備班に勝っちゃいましたね。 あぁいうのはうまいよなぁ」 「コムイだもんな」 憮然としたラビは、審判に追い立てられて自陣に歩いていく。 「次は前半で終了だろ。 さっさと終わらせっぞ」 よろよろと入って来た探索班にひどいことを言う神田を、味方に振り分けられたファインダー達までもが睨んだ。 剣呑な雰囲気が満ちた所へ、 「まぁ・・・今日は散々な目に遭ったことだし、休ませてあげたいよね」 と、アレンがわかりづらいフォローを入れて、辛うじて衝突は防がれる。 「ギャラリーもいねぇことだし、ちゃっちゃと終わらせて、お茶でもするさね」 ラビの言う通り、消化試合になってしまったこちらは見ていてもつまらないのか、観客はほとんどが通信班対警備班の試合に行ってしまった。 注目を集めて気を良くしたブックマンは、思わぬ連敗で苛立つ警備班の選手達へにんまりと笑う。 「さぁて、こちらも決めさせてもらうかの」 7番と10番をマーク、と指示したが、さすがに選手経験者達と言うべきか、むざむざ3敗目を喫するわけがなかった。 「あなたに仕事をさせなければいいだけの話です」 攻撃の主力であるはずの7番が自らブックマンにつく。 「こちらの攻撃は、もう一人いますから」 妙に冷たい口調で言った彼を見上げ、ブックマンはにんまりと笑った。 「私を止められればよいの」 「止めますとも」 静かな声は自信に満ちていて、しかも実力を伴っている。 脇だけでなく、頭上をも抜いて攻撃に向かおうとするブックマンを、彼とチームメイト達は見事に止めて見せた。 「くっ・・・!」 そうなると、10番という強力な攻撃力を有する警備班の前に通信班は成すすべもなく、点差はどんどん開いていく。 「あらぁん・・・一方的になっちゃったわねぇ」 ジェリーが思わずため息をつくが、 「うん・・・だけどさ」 と、スコアボードを見つめていたエミリアが、くるくると指を回した。 「勝ち点3で、引き分けは1でしょ? 計算したら、この試合負けても、科学班に勝てば通信班が優勝よ?」 「えぇっ?!そうなんですか?!」 言われてスコアボードを見たミランダが、同じく計算して何度も頷く。 「エクソシストと科学班が、引き分けてしまいましたもんねぇ・・・」 「大穴が来るかもしれないわねぇん それでブックマンともあろう者が、今回は大した打開策も打たずに戦況を見ているのかと、ジェリーは苦笑した。 「うふん じゃあ、面白くないのはエクソシストチームねん がんばったのに、優勝は逃しちゃったものねぇん 「それでふてくされて、あの状況でしょ」 苦笑してエミリアが指した隣では、仏頂面の神田とアレンが、面白くもなさそうにシュートを打っては点を決めている。 「アレンちゃん、気負わなければちゃんと打てるのねん 「それでも明後日の方向ばっか行ってるけどね」 なのになぜ、ティモシー憑きリンクにパスする時だけは正確に顔面に当たるのだろうと、エミリアが苦笑を深めた。 「あっち見てた方が面白かったかなぁ」 クスクスと笑うエミリアの隣で、ミランダが小首を傾げる。 「でもこっちも・・・」 いくら負けてもいい試合とは言え、黙っているはずがなかったブックマンがとうとう7番を抜き、攻撃に打って出た。 「いっけー 途端に湧き上がった観客席の中で、ミランダが楽しそうに笑う。 「ギャラリーが盛り上がりますよね 「そうねん 前半が終了する頃には、早々に試合を終えたエクソシスト達も加わって、賑やかさは更に増した。 「ジェリーさぁん! 勝ったけど負けちゃった!!」 むくれ顔で駆け寄って来たアレンを温かく迎えたジェリーが、バスケットを開けて冷やしていたお茶や軽食を振舞ってくれる。 「はい、ご苦労様ん 「わぁい はむはむと嬉しげにサンドウィッチを頬張るアレンを撫でてやりながらジェリーが試合を見遣ると、通信班が今試合初得点を決めた。 「ホホホ こう言うのもたまにはいいわねぇん そうする内に、残念ながら初の敗北を喫した通信班と、待ち構えていた科学班との決戦が・・・! 通信班はこの試合を勝てば優勝、科学班も、この試合を勝てば負けなしで優勝だった。 「ここまで来たんだ!絶対勝つよ!!!!」 誰よりも気合の入ったコムイの喝に、選手達も雄々しい雄叫びをあげる。 そして通信班も、 「順調だ。 我ら、最も優勝に遠いと目されていたが、勝利は手の届く所にあるぞ! こうなったらもう、勝つのみじゃ!!」 名将の声に、こちらも雄叫びで答えた。 盛り上がる優勝決定戦を、しかし、最有力候補から転落してしまったエクソシスト達はつまらなそうに眺める。 「あーぁ。 キーパーがザルじゃなきゃ、あそこにいたのは僕達だったのに」 「ったく、やる気がねぇんなら最初ッからやんなきゃよかったんだよ!」 「ぜーんぶ!ラビのせいだよな!」 「・・・まったく・・・役に立たない・・・!」 「・・・俺の隣で俺の悪口大会ヤメテ」 観客席にちんまりと座り、四面楚歌に泣きながら茶をすするラビの背を、ジェリーが慰めるように軽く叩いた。 「仕方ないじゃないのん、ハンデの一つだったんだから それをクリアできなかったのはチームの問題よねん?」 クスクスと笑われて、文句を垂れていた口がむっつりと引き結ばれる。 「それよりハワードさん、大丈夫ですか? ティモシー君が憑いている間、ブックマンの踏み台にされたり、パスをぶつけられたり・・・」 気遣わしげなミランダの声に、リンクが濡らしたタオルに埋めていた顔をあげた。 「おかげさまで痣だらけですよ、このクソガキ!ガキ共!!」 殺しそうな目で睨む彼を全員が鮮やかに無視して、わざとらしく試合を見つめる。 「科学班、限界ですねー。 リーバーさん以外、動ける人がもういないや」 「他の奴らがパス回しで科学班を走らせて、バテさせてんだろ。 底意地の悪いジジィらしい作戦だぜ」 「あーぁ! 俺らだったらあんな作戦で来られても負けなかったのに!」 「って、直接対決で負けたくせに、文句言うんじゃないのよ」 ぐちぐちと文句を垂れるティモシーを強烈なツッコミで黙らせて、エミリアが頬杖をついた。 「・・・ホント、大穴だったわよねー。 あたし、あんた達に賭けてたのに、損しちゃったわ」 「・・・へ? なんさ、それ?」 驚いて顔をあげたラビに、エミリアはいたずらっぽく舌を出す。 「ミス・フェイが胴元になって、これで賭けやってたの。 あたし、たまたまオッズ出してる所に行き会って、今月のお小遣い賭けちゃった」 「それでアンタ遅れてきたのね」 呆れ顔のジェリーに頷き、エミリアはポケットからオッズ表を取り出した。 「通信班、ホントに大穴よ。 通信班とブックマン以外の誰も賭けてないもの。 逆に、室長は科学班とエクソシストの両方に結構な額かけてたから、今必死ってワケね」 「あいつらも賭けてたんか!!」 道理でコムイが必死のはずだと、ラビがむくれる。 「それ知ってりゃ、俺も賭けたんに!」 「僕も。 賭けてればがんばって勝ちに行ったんですけど・・・知らなかったら割りと正々堂々やっちゃった」 不満げに口を尖らせたアレンに、リンクが鼻を鳴らした。 「君ならそう言うと思って、皆さんには決して賭けのことを漏らさないよう、お願いしたのですよ! スポーツに金銭を絡めるなど、あってはならないことです!」 「この生真面目君が・・・!」 悔しげなアレンとラビに睨まれながらも、涼しい顔のリンクにミランダが何度も頷く。 「とても正しいことだと思います。 偉かったですね 「は・・・はい!光栄です!!」 敬愛するマンマに誉められ、頬を紅潮させたリンクに鼻を鳴らしたアレンは、更につまらなそうな顔で後半戦に入った試合を眺めた。 「早く終わんないかなー」 呟くと、 「まだやり足りないんなら、もう一試合するか?」 警備班の10番が、陽気に声をかけてくる。 「あぁ・・・いえ、それは遠慮しますけど・・・?」 訝しげに彼を見上げて、アレンは小首を傾げた。 「あの、今日から配属されたってのは聞きましたけど・・・どこかで・・・?」 なんとなく聞き覚えのある声だと、不思議そうなアレンに、彼はクスクスと笑い出す。 「いや、俺も半信半疑だったんだよ。 ホントにバレないのかなーって」 暢気に伸ばされた両手に寒気を覚え、ジェリーの手を引いて飛び退ったアレンに彼が拍手した。 「さっすが! 勘がいいな、少〜年 「ティキ?!マジで?!」 その口調で彼の正体に気づいたラビも、ティモシーを小脇に飛び退る。 エミリアは神田が、ミランダはリンクがそれぞれに背に庇い、不穏な空気を察した団員達は既に彼らを遠巻きにしていた。 「ここの連中って、ホント逃げ足速いよなぁ!」 感心したティキは、自分をきつく睨むアレンへいたずらっぽく舌を出す。 「そーんな睨むなって。 今日は別に、戦いに来たんじゃないし ・・・ってあれ? 試合したってことは、やっぱり戦ったのかな?」 肩越しに見遣った7番は、ふるりと首を振った。 「ノアではなく、教団の警備班の一員として参加したのですから、少し違うと思います」 「だよなー 暢気に笑った彼は、暑い暑いと耳の下を掴む素振りを見せる。 「見て見てー ・・・よくぞ見破ったな、明智君! そうだ、私が怪じ・・・のがっ!!」 せっかくの見せ場はティキの後頭部にボールがぶつかり、台無しになった。 「ちょっと!不意打ちやめてくんない?! せっかく俺がかっこよく決めようと思ったのに・・・あーぁ、剥げちまった!」 手に面の皮らしき物を掴んで肩を落とす彼に、こちらは身体ごと女性の姿に戻ったルル=ベルが鼻を鳴らす。 「私の能力は下らない遊びをさせるためにあるわけではないのです」 グッドタイミングで飛んで来たボールを投げ返して、ルル=ベルは傲然と胸をそらした。 「いつ何時寝首をかかれるかと、怯え暮らすがいい、エクソシストども!」 「相変わらず、性格悪いですねぇ・・・」 ルル=ベルに舌打ちしたアレンは、憮然とティキを睨む。 「戦いに来たんじゃないなら、何しに来たんです? まさか、遊びに来たとか言いませんよね?」 せいぜい嫌味ったらしく言ってやると、ティキは陽気に手を振った。 「それよ、それそれ ヒマだったから遊びに来たら、サッカーやるって言うからさー ちょっとラテンの血が黙っていられなくて 「って、マジで遊びに来たんかよ!!!!」 「ひぶっ!!」 ラビが放った強烈な裏拳ツッコミが、抱えていたティモシーを直撃する。 「あ!ゴメンさ、ティモシー! お前らよくも!」 「あんたがやったんでしょ!!」 「ごぶっ!!」 エミリアの強烈な蹴りを背中に受けて沈んだラビを、ルル=ベルが冷たく見下ろした。 「私はティキの監視でついてきたのですが、サッカーと聞いたからにはフランスの実力を見せ付けてやるべきかと」 「お前もサッカー好きか!!!!」 忌々しげに怒鳴った神田に、しかし、ティキはニコニコと頷く。 「いいじゃんか、大人気だよ、サッカー それに国際試合じゃあ、サッカーは国の代理戦争ってくらいだからさ、今度俺らとお前らで試合しねぇ?」 「しねぇよ!!今死ね!!!!」 おっとり刀でティキに襲いかかろうとした神田の前に、手を刃に変えたルル=ベルが立ち塞がった。 「おやめなさい、こちらには戦う気は・・・」 「どけよ、この厚化粧ガ!」 神田の暴言に、彼女の顔色が変わる。 「誰が・・・」 刃が巨大なハンマーに変化した瞬間、ごいんっと、すごい音がした。 「厚化粧ですか、失礼な!!」 「・・・今のは神田が悪いわね」 女に言っていいことと悪いことがある、と、理解を示したエミリアの目の前で、血みどろの神田がにょきっと起き上がる。 「頭割れたじゃねぇか!!」 「なんで平気なのよあんたは!!普通死ぬでしょ!!」 信じがたい光景にはある程度慣れたものの、心臓に悪い見た目であることには間違いなかった。 エミリアの絶叫に、試合中のチームもようやく異変に気づき、ゲームを中断・・・するわけもない。 リナリーが観客席を見つめている隙にと、コムイはベンチに集めたメンバーへ、劇薬を噴霧した。 「ふぬっ!卑怯な!!」 スタミナ切れで息も絶え絶えだった科学班の選手達が一瞬で蘇生し、どころか目を爛々と光らせて獣じみた咆哮をあげる様に、ブックマンが目を尖らせる。 「おぬしら、用心せい! 奴ら、ゾンビ薬を使ってきおった!!」 旧本部を崩壊させた劇薬に、腰の引けた選手達をブックマンが叱咤した。 更に、 「リナ嬢! あれは反則であろう?!」 レッドカードを出せと迫るブックマンに、リナリーが困惑する。 と、 「ダメですよ、ブックマーン! だってボクがコムビタンを使ったなんて証拠、どこにもないもの 審判は見てなかったし、と、いけしゃあしゃあと言い放ったコムイを、ブックマンが睨んだ。 「おのれ・・・!」 「ヤッター ゾンビと化した科学班の選手らに吹っ飛ばされ、ほぼ無人と化した通信班のゴールネットが揺れる。 「さぁ! とっとと同点に追いついて、逆転するよ、みんな! ボクを勝利へと導きたまへ!!!!」 一攫千金を目の前にして、邪悪に笑うコムイが采配を振るった。 「そうは行くか!!!! おぬしがその気なら・・・!」 ボールを受けたブックマンは、それを観客席のティキへと蹴りつけた。 「っと! なにすんの、じいさ・・・ひあああああああああああああああああっ?!」 うっかりボールを受け取ったティキが、ありえない光景に悲鳴をあげる。 理性を失くし、ラインの内外の区別がなくなったゾンビ達が、一斉にボールを追いかけて観客席になだれ込んで来たのだ。 「なにこれえええええええええええええええ!!!!」 初めて見る異様な光景に怯えたティキが逃げ出し、ルル=ベルも猫と化して混乱を避ける。 「・・・ボールを放せばいいのに」 標的を抱えたまま逃げるティキの背に、アレンがぽつりと呟いた。 が、ゾンビの咆哮に囲まれた彼に聞こえるはずもない。 「なんなのお前らっ?! イヤ!!怖い!!助けてルル!!!!」 泣き喚いて逃げ惑うティキをしかし、ルル=ベルは遠い場所から眺めた。 「・・・あんな気持ち悪い人間達に捕まえられて、もふもふされるのはイヤです」 冷たい言い様だが、妙に納得させられる。 「ってわけでティッキー、がんばって逃げるさねー」 「誰も助けてくれないのねっ?!」 敵地であるまじき泣き言を言い放って逃げ続けるティキを、ラビが笑って見送った。 「そんじゃジジィ、とっとと決めちまえー♪」 振り返った芝では、ブックマンがコムイを交えてリナリー達審判を説得し、科学班の『試合放棄により』通信班の勝利をもぎ取ろうとしていた。 当然、コムイは断固反対しているが、確たる証拠はなくても状況証拠がドーピングを示している。 「勝者!通信班!!」 とうとうリナリーが宣言し、愕然と地に這うコムイの頭上で、ブックマンが胴上げされた。 「おめっとさん、じじー!」 悲鳴をあげるティキを尻目に歓声をあげる通信班へラビが拍手を送ると、数人がかりで抱えあげられたブックマンが快哉をあげる。 「王の凱旋ぢゃ!」 「・・・サッカーって、単に強いだけじゃ勝てねぇんだな」 皮肉を言う神田は存在ごと無視して、観客席に乗り込んだブックマンが、彼らより騒がしいティキとゾンビ達に鼻を鳴らした。 「これ以上騒動を起こさずに帰ると言うのなら、助けてやらんこともないが?」 「ホントにっ?! お願い、じいさん!助けて!!」 遊びに来ただけなんだと、泣き縋るティキにもう一度鼻を鳴らしたブックマンが、取り出した鍼をゾンビ化した面々に放ち、昏倒させる。 「ようやく静かになったわい」 肩越し、じろりと睨んだコムイは、わざとらしくそっぽを向いた。 「さぁ、約束じゃ! とっとと出て行くがいい、ノア共よ!」 堂々たる声に命じられ、ほっとしたティキは涙を拭う。 「ありがとう、じいさんー! も、ルルは助けてくれないし、こいつらは高見の見物してるし、ルルは真っ先に逃げるし・・・」 恨み言の半分は、大きな黒豹と化したルル=ベルの口内でくぐもった。 「・・・・・・でも、楽しかったぜ!」 「・・・頭半分食われた血みどろの顔で言われても説得力ないんですよ」 アレンに蔑みとおぞましさの混じった顔で呟かれ、ティキが悲しげな顔をする。 「そんなこと言うなよ、少年〜! 可哀想な俺を慰めてやろうとか思わない?!」 「・・・なんでそんなに馴れ馴れしいんですか、あんた! 寄らないでよ!血がつく!!」 しっしっと、冷たく手を払われて、ティキがますます悲しそうな顔になった。 「なんだよー・・・。 一緒に遊んで仲良くなって、快くノアに来てもらおうって作戦だったのに!」 「なんだよ! やっぱりアレン君を連れて行こうとしてたんだね!」 憤然と観客席に乗り込んで来たリナリーが怒鳴ると、ティキを咥えたままルル=ベルが首を振る。 「うーわー・・・ルルー・・・首がもげるー・・・・・・」 今にも死にそうなティキを放り出し、ルル=ベルはじっとリナリーを睨んだ。 「いりません、こんな生意気な子供」 「・・・嬉しいんだか嬉しくないんだか」 複雑な顔をしたアレンは、背後から抱きしめられて、頭上を見上げる。 「ジェリーさん・・・」 「アンタ達っ! アレンちゃんはうちの子なんだから、勝手に連れてっちゃダメよん! アレンちゃんも、うちがいいわよねぇ?!」 バニラエッセンスのいい香りがする手で抱きしめられたアレンは、頬を染めて何度も頷いた。 「ジェリーさんがいるおうちがいいです!」 「そうよねぇん ラブラブの二人に、リナリーが舌打ちする。 「・・・わかったでしょ。 アレン君はここがいいって!」 「でもさー」 流れる血を拭いながら、ティキはなおも説得を試みた。 「千年公だって、お菓子作り得意よ? ここの連中みたいに、少年を閉じ込めていぢめたりしないし、いい所だよー?」 真っ直ぐに見つめられたリンクが、忌々しげに眉根を寄せる。 「移籍しちゃいなよ、少年〜! きっと千年公は、クロスの借金くらい払ってくれるよー?」 「え・・・そうなの・・・?」 一瞬、ぐらりと気持ちが傾いだものの、「アレン君!」と、リナリーの鋭い声に呼ばれてはっとした。 「ぼぼぼ・・・僕はそんなことで揺れたりしませんよ!」 気丈に言いながら、思いっきりぐらつくアレンをジェリーがしっかり支える。 そんな二人にリナリーはますます激昂した。 「兄さん!なんか言ってやって!」 リナリーの厳しい目と、アレンの期待に満ちた目に見つめられ、コムイの視線がさ迷う。 「いや・・・それはだって・・・クロスの借金でしょぉ・・・?」 脳裏にソロバンを弾いた途端、表れた巨額にコムイは首を振った。 「ムリムリ!絶対無理!」 「えー・・・」 「ホラッ! ホラ、少年! 俺と一緒にノアへ帰ろう! 借金からもクロスからも解放されて、おいしいお菓子と優しい兄弟に囲まれて、幸せに暮らそうぜ!」 ティキがとても魅惑的な誘惑を並べるが、 「お前がノアに来るのなら、私とシェリルがこの世の地獄を味わわせてやります」 ルル=ベルの冷たい言葉ですべてが台無しになる。 「・・・やっぱりやめときます」 「そんなっ!!」 愕然として、ティキは足元に転がって来たボールを抱きしめた。 「ノアに来ればサッカーだって、思いっきり遊ばせてやるのにぃ・・・!」 なおも誘惑しようとするティキに噛み付こうとしたルル=ベルが、はっとして離れる。 「ルル?」 振り返れば、鍼を抜かれて復活したゾンビ達が背後に迫っていた。 「んぎゃあああああああああああああああ!!!!」 「とっとと出て行けと言うただろうが!!」 怒号をあげたブックマンにじろりと睨まれ、ルル=ベルが身を低くする。 「色のノアよ、あれを連れて帰るのだな。 さもなければ・・・」 ブックマンの指に、銀の鍼が光った。 「おぬしの動きを封じ、ゾンビ共にもふらせるぞ」 「っ!!!!」 恐怖のあまり、ハリネズミのように全身の毛を逆立てたルル=ベルがティキに駆け寄り、その頭を咥えてゾンビの群れから脱出する。 「・・・なんであそこを咥えるかねぇ」 またもや血みどろのティキを、ラビが気の毒そうに見やった。 「次は戦場で」 「そうだな・・・」 話した弾みでティキの頭を噛み砕いたことに気づかないのか、ピクリとも動かなくなった彼を重たげに引きずって去る黒豹に、皆が唖然とする。 「さぁて」 静まり返った場に、ブックマンの声が響いた。 「祝勝会でもするかの」 一瞬遅れて歓声があがり、ご馳走の予感に喜んだアレンがジェリーに抱きつく。 「いい加減、離れなさい!!」 その様が面白くないリナリーに無理矢理引き剥がされるまで、アレンはジェリーにごろごろと甘え続けた。 「祝勝会だ祝勝会♪」 「なにがめでてぇんだ! 俺ら負けてんだぞ!」 芝の上でスキップするアレンに、神田が舌打ちした。 「まぁまぁ、お疲れ様会でバーベキューして飲んで盛り上がろうってのが、大人達の真の目的だったんからさ 勝とうが負けようが関係ないんさね、ホントは 「でも勝ちたかった!!」 ラビのとりなしに、首を振ったティモシーが不満げに頬を膨らませると、彼以上にリナリーも頬を膨らませる。 「今度は私も参加できるのがいいよー!」 審判つまらない、とぼやく彼女の頭を、コムイが撫でた。 「でも、リナリーが参加したチームは必ず勝っちゃうでしょお? 勝利の女神よりご利益があるんだから、取り合いになっちゃうよ?」 試合が始まる前に戦争が起こると、笑う兄にリナリーがため息をつく。 「仕方ないなぁ・・・」 「そか? 科学班の不正見抜いたり、けっこ面白かったんじゃね?」 ラビがにんまりと笑うと、コムイがあからさまに目を逸らした。 その様に笑い出したラビが、軽く手を叩く。 「さてさて、それよりさ・・・!」 準備はいいのかと目で問えば、コムイがウィンクして親指を立てた。 「準備万端だよん♪」 「お前が企んだのかよ・・・!」 何か良くないことが起こるに違いないと確信した神田が離れようとした途端、エミリアに腕を掴まれて引き戻される。 「逃げないの! あんたも準優勝チームなんだから!」 本来なら2位を決める試合が行われたはずだが、ノアの出現に邪魔をされたため、科学班とエクソシストチームは同率2位と判定された。 「それに、ブックマンは好敵手なんでしょ? お祝いしてあげなよー」 そう言われては無碍にもできず、渋々従った神田にリナリーが目を丸くする。 「・・・なんだよ」 無言の彼女に問えば、リナリーはむっと頬を膨らませた。 「リナリーの言うことはあんまり聞いてくれないのに、エミリアの言うことは聞くんだね!」 「お前がとんでもねぇ我侭ばっかほざくからだろ!」 ぐりぐりと頭を小突かれて、リナリーがますます頬を膨らませる。 「兄さん!神田がいぢめる!」 「ちょっとぉー! 神田君、リナリーいぢめないでぇ!」 そっくりに頬を膨らませた兄妹に鼻を鳴らし、神田はさくさくと芝を踏んでバーベキューの準備をするジェリーに歩み寄った。 「なぁにぃ?お手伝いしてくれるのん?」 にこりと笑った彼女には頷かず、神田は顎でコムイを指す。 「お前の傍にいれば、あいつが危害を加えることもないだろ」 「そうかしらねぇ?」 クスクスと笑って、ジェリーはレンガを重ねただけの簡単な炉を見遣った。 「火加減はもう大丈夫かしらぁ?」 「こっち大丈夫ですー!」 「こっちもいけますー!」 芝の各所に散らばった部下達の返事を心地よく聞いて、ジェリーは手を鳴らす。 「じゃあ! 主役達に来てもらいましょうか!」 OKのサインを出すと、芝の端でわいわいと盛り上がっていた通信班が、ブックマンを担いだ。 「我らが王に!」 妙に滑舌のいい美声が響き、なにやら国際大会の選手入場でもアナウンスされた気分になる。 「これからスピーチでもするのかな」 早く食べたいと、既に炉の脇に控えているアレンを、ラビが笑ってはたいた。 「主役はお前じゃないんから、大人しくしてるさ」 「でも俺も、長いスピーチは飽きる」 芝の上にちょこんと座り込んでしまったティモシーを、エミリアが摘み上げる。 「ちゃんと立ってなさい! 最後まで参加しないなら、次は出してあげないわよ!」 厳しい女教師に叱られ、渋々立った彼をリナリーが笑った。 「ねぇねぇ、兄さん? 何が始まるの?」 わくわくと目を輝かせる妹に、コムイがクスクス笑う。 「とっても素敵な事に決まってるじゃない 「素敵なこと・・・」 なぜかその言葉に戦慄を覚えたアレンが、そっとコムイから離れた。 じりじりと移動して、別の炉の近くに立つと同時に、中央に陣取った優勝者達とその王にシャンパンが瓶ごと渡される。 「これはよいの!」 珍しくもはしゃいだ声をあげたブックマンが、派手に瓶を振った。 「行くぞい!」 彼の指がコルクにかかり、軽やかな音と共にそれが弾け飛んだ瞬間。 彼らが立つ場を囲むように花火が上がり、何人か吹っ飛ばされた。 「・・・アレ? ちょっと火薬の量が多すぎたかな?」 てへ 呆然とする負傷者達へ医療班が駆け寄り、戦勝の宴は戦傷の野戦病院へと一瞬で形態を変えた。 「なにをしてくれるのだ!!!!」 華麗に宙を舞ったブックマンが、鋭い蹴りをコムイへ落とす。 「ごっ・・・ごめんなさいっ! ちょっと火薬の量がデスネっ!!」 派手にしたかっただけなのだと、踏みつけられたままコムイが苦しげに呻いた。 「ちょ・・・ラビ・・・・・・!」 「へ?!俺?!」 手招かれたラビが顔をしかめるが、なおも呼ばれて仕方なく歩み寄る。 「なんさ?」 「ブックマン、ラビの頭でも踏み台にしてください・・・!」 「なんでさっ!!」 抗議の声をあげたものの、残酷な師は自身の好奇心を優先させて、ラビの頭に飛び乗った。 「ジ・・・ジジィー・・・!!!!」 首が折れると、呻く声は文字通り踏みつけて、ブックマンは未だ火のくすぶる芝を見下ろす。 「ほぉ・・・・・・」 ちょうど優勝者達を囲んでいた円は数字の『0』で、その左側に『9』、上には『HAPPY BIRTHDAY』の文字が芝を焦がして煙をあげていた。 更には各所に配置された炉からも盛大に花火が上がって、知らず近くにいたアレンが転がっている。 が、怪我をした様子はなく、驚いた猫のように毛を逆立てて丸まっているだけのようだった。 「・・・やめいと言うておったのだがな」 「ジジィー!!踏むんじゃないさ!!!!」 ごりごりと踏みつけにされたラビが、ブックマンの足下で悲鳴をあげる。 「・・・ま、よいか」 せっかくの好意だと、ブックマンは肩をすくめた。 「怪我人が出てしまったがな」 じろりと睨まれたコムイはしかし、『軽傷でしょ』と悪びれない。 「呑めば治りますって!」 ドクター達にも睨まれながら言った彼に、負傷者達が苦笑した。 「では改めて、我らが王の勝利と90歳の祝いに!」 他ならぬ通信班の面々がシャンパンを掲げたため、団員達も続く。 「HAPPY BIRTHDAY!」 美声に唱和した祝辞に苦笑し、ブックマンはやや照れくさそうに頷いた。 Fin. |
| 2012年ブックマンお誕生日SSは、リクエストNo.75『教団内スポーツ大会』でした! スポーツ大会と言えばB'zの『ULTRA SOUL』だよね?←と言うイメージが強い(笑) 別に、ロンドンオリンピック開催中だから書いたわけではなく、面白く書けそうなネタを思いついたのがたまたまこのリクだったんですよ(笑) 実は元々、何年も前に考えた漫画ネタだったりしますから。 ここではわかりやすいように『サッカー』と言ってますけど、本当は『フットボール』だそうです。 フットボールのことをサッカーと呼ぶのはアメリカや日本なんかの、少数の国らしい。 しかし私、サッカーと言えばC翼かジャイアント・キリングしか知らないし、19世紀当時のルールなんて更に知らないので(笑)この辺違う所見つけてもスルー推奨ですよ!←開き直った。 他のスポーツでもよかったのかもしれませんが、更に知らないしな。←これでもホークスの地元w ・・・いいんですよ、私みたいに『死ぬ気で勝て!!勝てないなら死ね!!』って人間はスポーツ見ない方が。 みんなの平和のためだ。 『不正は取り締まるように』と言うリクだったので、できるだけ取り締まりました(笑)>これでも! お楽しみいただければ幸いです |