† SHINE ON THE BEACH †






 「そんじゃ、行って来るさv
 大荷物を抱えて笑うラビに、リナリーが頬を膨らませる。
 「なんでラビまで・・・!」
 「エクソシストチームが負けた原因のクセに!!!!」
 げしげしと蹴ってくる小さな足に笑って、ラビはティモシーの頭を撫でてやった。
 「お土産買って来るからさーv
 機嫌のいい声に、ますます不機嫌になったリナリーがじっとりと隣を睨む。
 「なんでアレン君まで・・・。
 なんでリナリーはダメなのに、アレン君は・・・・・・!」
 「だ・・・だって、ブックマンが誘ってくれたから・・・・・・」
 リナリーから顔ごと目を逸らしたアレンの頭上で、ティムキャンピーまでもが気まずげにあらぬ方を見遣った。
 5日に開催された教団内サッカー大会で見事優勝した上、フェイ補佐官が教団の予算確保のために開いた賭けで儲けたブックマンが、優勝賞品の南の島ツアーになぜか、アレンも誘ってくれたのだ。
 「通信班は全員行くわけには行かないから交代で休暇取っていいってことになったけど、アレン君はエクソシストで、負けちゃったチームじゃないか!
 リナリーがいれば勝ったのに!審判には何もなしだよ?!
 一番走って一番大変なポジションだったのに、ずるいよ!!」
 「え・・・うん・・・だけど・・・・・・」
 「リナリーねーちゃんはあの怖いねーちゃんにおこづかいもらったじゃんか!
 他の審判も!」
 アレンが言えなかったことをずばりと言って、ティモシーが鼻を鳴らした。
 しかし、
 「南の島に行けるほどもらってないもんっ!!」
 せいぜい街でスイーツ三昧できる程度だと怒鳴り返して頬を膨らませるリナリーの傍らを、とことことすり抜けたブックマンが笑い出す。
 「すまんの、リナ嬢。
 次は招待するゆえ、今回は許せ」
 穏やかに言われてはそれ以上怒るのもみっともない気がして、リナリーは仕方なく頷いた。
 「・・・いってらっしゃい」
 むぅ、と膨らんだ頬を潰し、ラビが手を振る。
 「行ってくるさーv
 近隣の国までの移動が楽だからと、呆れるような理由で方舟の私的利用をする彼らを憮然と見送り、リナリーは思いっきり舌を出した。


 「も・・・ものすごく怒ってたね・・・!」
 教団側の扉が閉まった後も、さかんに背後を気にするアレンにラビが笑う。
 「気にすんな!
 気にしたってリナの気が治まるわけじゃないさ!」
 「いや、そういう問題じゃ・・・・・・」
 困惑したアレンは、先に行くブックマンの背を見遣った。
 「あの・・・ブックマン、なんで僕だったんですか?」
 声をかけると、老人は歩を緩めてアレンと並ぶ。
 「おぬし、以前行ったことのある場所へなら『扉』が開けるのだろう?
 ならば、おぬしを同行させておけば気が変わった時に『扉』で方舟に入り、別の国にいけると思ってな」
 「ジジィはけっこ、気まぐれだからさぁ。
 南の島があんまり暑けりゃ、ちょっと涼しい南半球まで行きたいなんて言い出しかねねぇし。
 その度にいちいちルート変更してたら、休みがいくらあっても足りねーかんね」
 「なんて人達だ・・・」
 好意でもなんでもなく、鉄道代わりに利用されただけなのだと知って、アレンは呆れた。
 「そんなことでリナリーの恨みを買うなんて、やってらんないですよ」
 深々とため息をつく彼に、ブックマンがクスクスと笑う。
 「よいではないか。
 たまの休みくらい、羽を伸ばすがいい」
 「はぁ・・・」
 そう言われれば、滅多に休めない仕事だけに、アレンの頬もほころんだ。
 「じゃあ、お言葉に甘えて!」
 ようやく笑顔になった彼が扉を開いた先は、まだ目的地ですらないのに、雲ひとつない青空と水平線の見える海が広がっている。
 呆然と空を見上げたまま、無言になってしまったアレンにラビが首を傾げた。
 「なんさ?」
 「空って・・・こんなに青くていいんだっけ・・・・・・?」
 幼い頃から各国を旅したとは言っても、当然、行ったことのない場所は多い。
 アクマを追い、追われる旅ではリゾート地などに行くはずもなく、名前しか聞いたことのない『南の島』の風景を目の当たりにしたアレンは、ただ呆然とした。
 「空ってさ・・・灰色がかって、雲が垂れ込めてて・・・・・・いや、それはまぁ、欧州の北の方だとしても、インドだってこんなに青くなかったし、海だってここまで青くないし、水平線ってこんなに大きいの・・・・・・?」
 ありえない、と呟くアレンの頭をくしゃくしゃと撫でて、ラビが笑う。
 「写真が色つきだったらよかったな。
 この景色だけで、ティモシーには何よりの土産だったろうに・・・って、そうさ!
 ティム、しっかりこの風景見とけよー♪」
 ぱたぱたと飛びながら丸い身体ごと頷いたゴーレムに笑ったラビは、無言のアレンの背を押して、先に行くブックマンに続いた。
 「ジジィ、船の手配してんの?」
 「もちろんだとも。
 通信班の手腕を舐めるなよ」
 今回、彼らに勝利をもたらしたブックマンの休暇には、通信班が総力を挙げて協力したらしい。
 「快適な旅を約束してくれておる」
 「だってさ、アレン!
 せっかくだからたのしもーぜ!」
 「・・・うん!」
 ようやく首を前に戻したアレンが、嬉しげに頷いた。


 一方、城に残された教団のエクソシスト達は。
 「リナリーも行きたかったよぉう!!!!
 青い空に青い海!白い砂浜ー!!!!」
 食堂のテーブルに突っ伏し、大声で泣き喚くリナリーにミランダがおろおろとして、声をかけかねていた。
 「なんでリナリーはこんな曇り空の暗いお城で暗い監査官なんかと一緒に・・・あれ?なんでいるの、暗い監査官?」
 「・・・暗いは余計です」
 ようやく彼の存在に気づいたリナリーに舌打ちし、リンクは手にした愛読書へ目を戻す。
 「私もいずれ行くことになりますが、暑い中、船に揺られるのも馬鹿馬鹿しいので、彼らが目的地に着くまでは・・・」
 「なにそれ?!
 もしかして方舟を使うってこと?!」
 がばっと顔をあげた彼女に、リンクは冷たく鼻を鳴らした。
 「連れて行きませんよ」
 「なんでだよ!!
 いいもん、アレン君にお願いするから!!」
 その前に、と、リナリーはミランダの手を取る。
 「兄さんに『行っていい?』っておねだりして来よう!
 水着の用意もしなきゃね!
 ミランダ、セクシーなの持ってる?!」
 「セ・・・はぁっ?!」
 「なにを馬鹿げたことを言っているのですか!!!!」
 真っ赤になったミランダ以上に紅くなったリンクが、悲鳴じみた声をあげた。
 「いいじゃないか、せっかくの夏だよ?!
 こんな湿っぽい、夏だか冬だかわかんない場所にいたらカビが生えちゃうんだよ!
 ミランダにも抜けるような青空を見せてあげるよv
 そして病的に白い肌が少しは健康的に焼けるといいと、リナリーは無理矢理ミランダを立たせる。
 「あ・・・あの、でも・・・海に入ると病気になるって、母が・・・・・・」
 「ならないよ!
 むしろ、健康のためには入った方がいいってゆってるもん!」
 だから海水浴場が賑わっているのだと説き伏せ、リナリーは無言になってしまったミランダの手を引いた。
 「あーそうだ、監査官。
 ミランダの水着見たければ、説得に協力して!」
 「んなっ・・・なにを馬鹿なことを!!!!」
 ひきつけを起こした鶏のように甲高い声をあげて、今にも卒倒しそうなリンクへリナリーがにんまりと笑う。
 「無理ならせめて、邪魔はしないでよねー」
 他に協力者を募ろうと駆け出したリナリーに引きずられ、ミランダはたたらを踏みつつついて行った。


 ぽこぽこと妙に可愛らしいエンジン音をあげて海を渡る小船に乗ったアレンは、海と空とが一体化する美しい風景に目を奪われた。
 向かう先は白い砂浜で、本来、こんな南の島にあるはずのない、白い欧風のホテルが建っている。
 「・・・ブックマン、一体いくら稼いだんですか?」
 うめき声を上げたアレンにブックマンはにんまりと笑って答えなかったが、超大穴を当てたのだ、アレンも当てていたならクロスの借金が少しは減ったはずだった。
 「くぅぅ・・・!!
 リンクのアホ真面目が妙なスポーツマンシップなんか持ち出さなきゃ、なんとしても勝ったのに!!」
 「エクソシストチームは優勝候補だったんから、勝っても大した額になんねぇだろ」
 悔しがるアレンにラビが呆れ声をあげる。
 と、アレンはさも馬鹿にしたような顔で彼を見上げた。
 「なんで君、そんなに頭が悪いの?」
 「はぁっ?!」
 聞き捨てならない罵言にラビが目を剥くが、アレンは生意気に鼻を鳴らしてブックマンを見遣る。
 「大穴があるってわかってんだから、それとなーくブックマンに協力して、通信班を勝たせたに決まってるじゃん。
 そして僕も一攫千金!だったのにぃ・・・!」
 なんで教えてくれなかったんだと、なおも言うアレンにブックマンが笑い出した。
 「それを予想したがゆえ、監査官は決して口外しないよう、勘付かれもしないようにと皆に釘をさしたのだ。
 室長も、科学班とエクソシストに賭けておったでな。
 お前に邪魔をされてはかなわんと、徹底的に緘口令を敷いたようだの」
 「あの二人か・・・・・・」
 最高の頭脳を誇る二人がタッグを組んだのでは敵うわけないと、アレンがむくれる。
 「フェイ補佐官も、普段ならこんなことをする人ではないが、中央庁から降りてくる資金が少ないと近頃、ぼやいていたのだ。
 セキュリティを高めるためにも資金が必要だからと今回、胴元を買って出たそうなのだが・・・」
 「あっさり潜入されてちゃ世話ないさ」
 気安く遊びに来たノア達のことを思い、ラビがため息をついた。
 「アレン、あいつらどうにかなんねーの?
 お前と遊びたがってんだろ?」
 「ティキはともかく、ルル=ベルは違うでしょ!
 隙あらば殺そうって、いつも狙ってるじゃないですか!」
 心外だと、怒るアレンの身体が不意に揺れる。
 「ひゃっ?!なに?!」
 「なにって、着いただけさね」
 ひょい、とラビが指した先には桟橋があり、ホテルの従業員らしき男がにこやかに綱を結んでいた。
 「あ・・・えっと、お世話になります」
 ちんまりと会釈したアレンにニコニコと笑って一礼した彼が、拙い英語で挨拶したのち、三人の荷物を持ってくれる。
 「コチラへドウゾ」
 案内に立った彼に続き、入ったホテルは意外なほど涼しい風が吹き抜けて、とても快適だった。
 「すごい・・・!日差しを避けただけで、こんなに涼しいんだ・・・!」
 目を丸くしたアレンの隣を、葉巻をくゆらせながらブックマンが悠然と通り過ぎる。
 その姿はまるで、大店の隠居のようだった。
 「さて。
 私はのんびりしておるから、お前達は遊んでくるがいい」
 「あいさー♪
 アレン!いこ!!」
 「うんっ!!」
 歓声をあげた二人は、着替えのために部屋へ走って行く。
 「騒々しい奴らだ」
 笑って二人を見送ったブックマンは、海の見えるデッキチェアに悠然と腰を沈めた。


 無人島を買い取ってホテルを建てたと言う島は、当然ながら全てがプライベートビーチで、そこにいるのは宿泊客のみだ。
 見るからに上流階級に属する人々は大声で騒ぐこともなく、それぞれに海を楽しんでいた。
 「アレン、あんまり遠くに行くと潮の流れが速くて流されっかんね。
 気をつけるさ」
 「一番に流されそうなのはラビだけどねー!」
 生意気に笑ったアレンが、追いかけられてはしゃいだ声をあげる。
 「ねぇ!
 まだリンク呼ばなくていいよね?!
 せっかくだから、監視なしで遊びたいもん!」
 「そうさなー。
 後でげんこつと説教をもらうだろケド、お前がそれでいいってんなら俺ァ止めねーさ」
 「う・・・うん・・・・・・」
 確実に来るだろうそれら暗い予想に顔を引き攣らせながら、アレンはぎこちなく頷いた。
 「ホレ、今は気にせず泳ごーぜv
 クスクスと笑ってアレンの頭を撫でたラビが、先に海に入る。
 「ひゃーv 気持ちいいさ!」
 「わぁいv ここサイコーvv
 ブックマンの気がすぐに変わらないといいね!」
 帰りたくないと、嬉しそうにはしゃぐアレンの隣で、ティムキャンピーも満足げに浮かんでいた。
 「こいつ、なんで浮くんさ?石なのに」
 「空を飛ぶんだから、水にくらい浮きますよ」
 何を当たり前のことをと、馬鹿にしたように言われてムッとしたが、言われてみればそうかと思い直す。
 「ティムって一度、分解して中覗いてみたいよな」
 「噛み付かれるよー」
 既に歯を剥いたティムキャンピーにけらけらと笑って、アレンが楽しげに泳ぎだした。
 サンゴ礁の島は辺りに無人島が多く、危険だと言われる沖に出なくとも、少年達の冒険心を十分満足させてくれる。
 散々遊びまわった二人は、昼近くになるとさすがに冷えて、砂浜で遊びだした。
 「・・・満喫しているな」
 呆れ顔のブックマンに声をかけられ、こんがりと焼けた二人はコクコクと頷く。
 「見て見て、ジジィv
 万里の長城v
 ラビが自慢げに指した砂像をちらりと見るや、ブックマンは鼻を鳴らした。
 「これが八達嶺(はったつれい)長城なら、傾斜角が違っておる」
 「くっ・・・!
 相変わらず細かいさね・・・!」
 容赦ない指摘に悔しげに唸ったラビが、スコップで微調整していく。
 「遊びなんだから、そんなに細かいこと言わなくったって・・・」
 呆れ顔のアレンが呟くと、ブックマンに呼ばれた。
 「はい?」
 「そろそろ監査官を呼ばねば、ひどく説教されるのではないか?」
 「・・・・・・はぁ」
 あからさまにテンションの下がったアレンに、ブックマンがにんまりと笑う。
 「今なら私がとりなしてやる。
 さっさと呼ぶがいい」
 「・・・・・・はい」
 しょんぼりと肩を落として、アレンは他の客が寄り付きそうにない岩場へ歩いて行った。
 と、その後をブックマンもついて来る。
 「げ・・・げんこつされる前に助けてくださいね・・・?」
 「よかろう」
 重々しく頷いてくれたブックマンに安堵し、大岩に『扉』を開いた。
 「リ・・・リンクー・・・?
 お待たせ・・・」
 「すっごい待ったよ!!!!」
 怯えた顔を覗かせるや、リナリーに両頬を叩かれたアレンが泣き顔になる。
 「リ・・・リナリー?!なんで?!」
 「もうそんなにこんがり焼けちゃって!!
 私達、ずっと待ってたんだからね!!」
 言うやロングパーカーを脱いだリナリーの水着姿に、19世紀少年の繊細な粘膜が破れた。
 「ア・・・アレン君?!大丈夫?!」
 鼻血を吹き上げて倒れたアレンにミランダが駆け寄・・・ろうとしたが、寸前でリンクに止められる。
 「服が汚れてしまいますよ、マンマ。
 ウォーカー、情けなく鼻血を吹いていないで、自分の足で立ちなさい」
 「だ・・・だって・・・・・・」
 ぐすぐすと鼻を鳴らすばかりで顔をあげられないアレンに、リンクが冷たく鼻を鳴らした。
 「恥じらいのない小娘など、幼児と同じです。
 後で料理長にお説教されるがいいですよ」
 「うるさいなぁ!
 私は団服だってミニなんだもん!
 脚を見せるくらい、今更どうってことないんだよ!」
 ふんっと強気に鼻を鳴らしたリナリーをうっかり見てしまい、アレンはまた俯いてしまう。
 「血止めの鍼を打ってやろうかの」
 「お・・・お願いします・・・・・・」
 リナリーを止められなかった罪滅ぼしか、やけに優しいブックマンに血止めしてもらって、アレンは何とか顔をあげられるようになった。
 「なぁに?そんなに刺激的?」
 少し嬉しそうに言うリナリーから目を逸らしたまま、真っ赤な顔のアレンは頷けもしない。
 それも当然で、海水浴場のレディ達は普通、人目がある場所では今のミランダのように、涼しげな出かけ着で散策するだけだった。
 泳ぐ時も、水着は襟から手首、ふくらはぎまでを全て覆う軽装の服で、決して肌を見せたりはしないものだ。
 その上で更に、人目につかないよう海まで伸びたトンネルを通るか、馬車を使って水に入るのが当然だった。
 そんな彼女らを紳士達は決して見ないのが礼儀だと言うのに、こんなにあからさまにされては、アレンが顔をあげられないのも無理はない。
 「なんだよー。
 せっかく可愛いの着たのに、見てもくれないなんてさ!」
 胸元と腰元が幾重ものフリルで覆われたワンピースの水着は確かに可愛らしいが、ほとんど付け根から見える太ももが眩しすぎて、とても直視出来なかった。
 「お・・・お願いですからパーカーを・・・ううん、ガウンを着てもらえませんか・・・?!
 このまま外に出たら大騒ぎになりますよ・・・!」
 「高級リゾート地だからの」
 こくりと頷いたブックマンにも頬を膨らませたリナリーに、すかさずミランダがガウンを着せ掛ける。
 「やっぱり持って来て良かったわ・・・。
 リナリーちゃんがどうしてもって言うからパーカーだけだったけど・・・さすがにはしたないもの」
 「まったく、年相応の恥じらいも持たず、情けない小娘です」
 「なんだよ、みんなして!
 せっかく南の島なんだから、もっと開放的になればいいのに!」
 ぷんぷんと怒るリナリーに慌て、とりなそうと顔をあげたアレンは、彼女と目が合った途端、さっきの姿を思い出して首まで赤くなった。
 「リナ嬢、アレンを失血死させぬためにも、人目がある時はガウンを着ておくのだな」
 「・・・仕方ないなぁ」
 とは言いながら、アレンには十分刺激的だったらしいことに気を良くしたリナリーが、機嫌を直して『扉』を出る。
 「すごい青空!
 海も青いー!!!!」
 歓声をあげて走り出したリナリーを、アレンとミランダが慌てて追いかけた。
 「リ・・・リナリー!
 そっちは人がたくさん・・・!」
 「裾がはだけてはしたないわ!!」
 大人しくしろと、口を揃える二人に舌を出して、リナリーは砂像を作るラビの元に走る。
 「万里の長城だ!すごい!」
 素直に感心した彼女に、ラビが満足げに頷いた。
 「いい子だなぁ、リナは!
 うちのジジィなんか、傾斜角が違うとかぬかして全然誉めてくれねーさ!」
 わしわしと頭を撫でてやった彼女を見下ろし、ラビが小首を傾げる。
 「せっかく南の島に来てんのに、いつもより厚着じゃんか。
 脱がねーの?」
 「やっぱりそう思うよね!
 えへへv 実はすっごく可愛い水着を・・・」
 「だめええええええええええええええええ!!!!」
 リナリーがガウンのベルトに手をかけるや、追いついたアレンとミランダが絶叫して、海に入っていた何人かが溺れかけた。
 「びっくりしたさ・・・!
 お前らナニ大声出してんの?」
 死人は出なかったかと、見回した海からじっとりと恨みがましい目で睨まれて、ラビは慌てて向き直る。
 「な・・・なにがあったんさ?」
 「リ・・・リナリーちゃんの水着が、人目をはばかるものですから・・・こんな男性の目がある所では特に・・・」
 「そりゃぜひ見たいもんさね」
 言い難そうなミランダににんまりと笑ったラビは、アレンに思いっきりむこうずねを蹴られた。
 「いってぇぇぇ!!!!」
 「やらしいこと言ってると、コムイさんにチクリますよ!
 ラビがリナリーにセクハラしたって!」
 「してねーさ!
 だって、リナが見せたがったんだもん!なぁ?!」
 そんな風に同意を求められては、リナリーも頷きかねる。
 「ホラッ!ホラッ!!
 エロウサギなんかに見せるもんじゃないんですよ!
 ラビはおとなしくシェーンブルンの窓でも数えてりゃいい!」
 「作れってか!」
 砂像を壊そうとするアレンの足を阻みながらラビが、憮然と歩み寄って来たリンクに手を振った。
 「リンクリンク!
 俺の芸術作品からこの乱暴者を遠ざけて欲しいさ!!」
 「いいでしょう」
 ひょい、と、アレンの襟首を掴んだリンクが、不満顔で彼を屋内へと引きずって行く。
 「ちょ・・・なんで?!僕まだ遊びたい!!」
 「お黙りなさい。
 いつまでもこんな強い日差しの中にいると、病気になります」
 じたじたと暴れるアレンを無理矢理引きずって行ったリンクは、日陰に入った途端、ほっと息をついた。
 「馬鹿馬鹿しいくらい暑い土地ですね。
 やはり、現地に直接入ったのは正解でした」
 「こんな赤道直下でそんなにきっちり着こんでりゃ、暑いに決まってるよ!!」
 いつも通り、監査官の制服を隙なく着込んだリンクに、アレンが頬を膨らませる。
 「リンクはホテルでぼんやりしてればいいよ!
 僕はリナリーと遊ぶんだい!!」
 「やめておきなさい。
 海岸でならともかく、海の中で大出血しては、命の保証はありませんよ」
 そう言われては、繊細な粘膜を損傷した直後だけに、黙り込むしかなかった。
 「で・・・でも・・・!
 リナリーがラビと一緒に行ったらどうするんだよ!
 リナリーのあんな姿をエロウサギに見られるなんてヤダ!!!!」
 ぶんぶんと首を振ると、続いてホテルに入って来たミランダが、日傘を閉じて首を振る。
 「私達は女性専用の海に行きますから、心配しないで。
 リナリーちゃんには、コムイさんが『なんとしても着せて!』と言っていた、普通の水着を着せますし」
 「よ・・・用意してたんだ・・・!
 さすがコムイさん・・・・・・!」
 ホッとして、アレンはようやく胸を撫で下ろした。
 「じゃあミランダさん、今から泳ぎに行きますか?」
 表情も明るく問うと、空を見上げたミランダは困惑げに首を傾げる。
 「そうしたいのだけど・・・今はちょうどお昼でしょう?
 太陽が真上にある間は、水に入らない方がいいと思うの・・・」
 真夏の昼に、日陰もない海で泳ぐことは意外と危険な行為だ。
 真上から照りつける太陽が水面に反射して、陽光に慣れない西洋人は火傷することもある。
 出かける前にそう言われたと不安そうなミランダに、今にも湯気をあげそうに暑苦しいリンクが重々しく頷いた。
 「その通りです。
 こんなに暑いと熱中症にもなりかねませんから、もう少し日が落ちてからでも遅くはないでしょう」
 「今にも倒れそうなのはリンクだけどね」
 生意気に舌を出したアレンは、ミランダとリンクに休んでいるよう言い置いて、ラビ達の元へ駆け戻る。
 「リナリー!
 ミランダさんが、日の高いうちは泳ぐのやめようって!」
 「えぇー!!」
 案の定、不満を漏らしたリナリーにミランダの言葉を伝えると、彼女も渋々頷いた。
 「・・・海で意識を失って、溺れるのもヤだしね」
 「うん!
 日が翳るまでは、砂浜で遊んでましょ!」
 岩場の近くなら日陰もあって、日中でも過ごしやすい。
 「早く泳ぎたいようー・・・」
 歩き難いガウンを引きずりつつ、リナリーは砂の上にしゃがみこんだ。


 ―――― その後、『お腹がすいた』とぐずりだしたアレンに付き合ってホテルのテラスで昼食を摂っている内に、雲が出て日が翳り始めた。
 「ねぇ!
 もういいんじゃない?!いいんじゃないかな?!」
 太陽が傾くまではとても待っていられないと、はしゃぐリナリーに手を引かれて、ミランダが苦笑する。
 「そうね・・・そろそろ行って見ましょうか」
 「わぁい!!!!」
 歓声をあげて更にミランダの手を引いたリナリーは、口やかましいことを言うリンクを無視して海へ続く通路に急いだ。
 「ねぇ・・・水着、これじゃなきゃダメなの?」
 しつこく言われて着替えざるを得なかったリナリーが憮然と問うと、ミランダは断固として頷く。
 「人目があるんですから、絶対です。
 はしたないって言われて、恥をかくのはリナリーちゃんなのよ?」
 「私は気にしないのにぃ・・・・・・」
 子供のようにむくれて、リナリーは脱いだガウンをメイドに渡した。
 「・・・まぁ、泳げるだけいっか!」
 言うや、ミランダを置いて海へ走ったリナリーが、冷たい水の中へ飛び込む。
 「気持ちいいーvv
 日を避けてか、他に客はなく、青い空と海を独り占めだった。
 「も・・・走っちゃダメでしょ!」
 ようやく追いついたミランダが、恐る恐る爪先を濡らす。
 「ね・・・ねぇ、大丈夫かしら・・・?
 毒のある生き物とか・・・いないわよね・・・?」
 「大丈夫だよぉ!」
 自信満々に請け負って、リナリーはミランダの裾を引いた。
 「そんなのがいたら、今頃あのホテルはなくなってるよ!」
 「そ・・・そうよね・・・・・・」
 上流の客達がわざわざやってくるのだから、そのくらいの対策はしているだろうと安堵し、ようやく水に入る。
 「・・・・・・気持ちいい」
 ここに来て初めて頬をほころばせたミランダに、リナリーも笑って頷いた。
 「暗ーいロンドンから、明るい南の島に来たんだもん!
 思いっきり楽しまなきゃ!」
 「そうねv
 大きく頷いたミランダに、リナリーの目が光る。
 「じゃあここは思いっきり開放的になって、あの可愛い水着を・・・」
 「それはダメ」
 きっぱりと言われ、リナリーは不満顔を海に沈めた。


 同じ頃、ビーチではラビとアレン、そして、無理矢理引きずり込まれたリンクも海に入っていた。
 「女性専用の海って、どんなんだろうなー・・・」
 呟いたラビを、アレンが思いっきり睨む。
 「覗きに行こうなんて、破廉恥なことは考えてないでしょうね?!」
 「お前じゃあるまいし。
 俺は純粋な興味で言ってんさ」
 「どーゆー意味だよっ!!」
 怒ったアレンがラビを水の中に沈め、もがく彼を上から押さえつけた。
 「ウォーカー。
 殺してしまう前にやめなさい」
 リンクの冷静な声にたしなめられ、手を離すと、浮かび上がってきたラビに胸倉を掴まれる。
 「死ぬかと思ったさ!!!!」
 「これくらいで死んでて、ブックマンになれるんですか?」
 ふんっと、生意気に鳴らしたアレンの鼻を、ラビは思いっきりつまんでやった。
 「なにふんがっ!」
 「俺は!
 ぜってーブックマンになって見せるさね!」
 「はいはい。
 海で暴れないのですよ、君達。
 足でも攣らせたら溺れます」
 言うだけで助けてはくれそうにないリンクにまたたしなめられ、二人は渋々離れる。
 「・・・お前さ、そんなつまんなそーな顔して、嬉しくないんか、海?」
 「バチカンはイタリアだから海も空もきれいだろうケド、ここまでじゃないでしょ?」
 白けた顔で問うと、リンクはいかにもつまらなそうに眉根を寄せた。
 「私は監視任務の一環として、仕事でもないのに海に入らされているのですよ。
 嬉しいなど、別次元の感情です」
 「あぁそうですか・・・」
 つまんない奴、と、アレンが頬を膨らませる。
 「どこへ?」
 背を向けてすいすいと泳ぎだしたアレンに声をかけると、彼は『無人島』と、目の前の島を指した。
 「さっきラビと一緒に果物持ってって、日陰の水場に浸けておいたんだ。そろそろ食べ頃に冷えてるよ」
 「お前、まだ食うの?!」
 さっき食べたばっかなのに、と呆れるラビに、アレンは当然のように頷く。
 「せっかく冷やしたのに、食べないの?」
 「あんまり食ったら、泳いで岸に戻れなくなるさ」
 今回は遠慮する、と言うラビに頷き、すいすいと無人島へ向かうアレンをリンクが追いかけて行った。
 「子供は元気さねぇ」
 二人に手を振って岸に戻ったラビが、ぶるりと震える。
 「さすがに朝から泳いでっと冷えるさね。
 着替えよ」
 ぺたぺたと裸足でホテルに戻ったラビが、海水浴客用のシャワールームに行こうと敷地の裏に回った時、猫の幼い声が聞こえた。
 「うんわ!ちっさ!!」
 ミァミァと小さな声で鳴きながら、屋内へ続く階段の下からぴょこぴょこ出てきた白い仔猫が、身体をすり寄せてくる。
 「腹減ってんのか?
 でも俺、海から上がったばっかでなんも持ってないさ・・・あ、お兄さーん!」
 ランチの入ったバスケットを持って、ホテルから出てきた男をラビが呼び止めた。
 「サンドウィッチ入ってんなら、一つもらって・・・ぅえっ?!」
 振り返った彼の顔を見るや頓狂な声をあげたラビを、仔猫が不思議そうに見上げる。
 「なんでお前がここにいるんさ、ティキ!!!!」
 ビシィ!と指差されて、ティキも顔を引き攣らせた。
 「眼帯君・・・!
 なんでお前が千年公のホテルにいんの?!」
 「は?!ここ、伯爵のホテルなんか?!」
 大声で聞き返すと、ティキは厚く包帯の巻かれた頭を気まずげにかく。
 「まぁ・・・あの人が出資している一つってだけだけど・・・」
 余計なことを言ってしまったと、悔やみながらティキはラビへ歩み寄った。
 「なに?こいつに餌やるの?」
 拾い上げた仔猫は食べ物の匂いに釣られてか、ティキに甘えるようにじゃれつく。
 「かんわいいーv
 こいつ、支配人が飼ってる猫の子供だな。
 ハム食うか、ハム?」
 下りて来たばかりの階段に腰をおろしたティキが、膝に乗せた仔猫にサンドウィッチから抜き取ったハムを差し出すと、嬉しそうにかじりついた。
 「見ろよーv 嬉しそーに食ってるぜv
 なんかこいつ、少年に似てない?」
 「アレンに?
 ・・・うん、まぁ・・・白いとことか、食い意地がはってるとことか?」
 なんとなくティキの隣に腰をおろし、夢中でハムを食べる仔猫を見るラビに、ティキがにこにこと笑う。
 「可愛いとこもだよ!
 少年も生意気できかん気だけど、いじめたらすぐに泣いちゃうとことか、弄りすぎたら怒って拗ねるとことか、すげー可愛いじゃんv
 「・・・・・・お前、ホントにアレンのこと好きだなぁ」
 近所の悪ガキが年下を弄って遊んでいるような言い様に、ラビが呆れた。
 「アレンは嬉しくないだろうケド」
 「それは残念だな・・・俺もロードも千年公も、少年のことが大好きでたまらないのに」
 「ぜってー嬉しくないさ、それ」
 アレンをいじめすぎて殺してしまったことは当に忘却の彼方か、暢気に笑う彼にラビは、ため息を漏らす。
 「そゆとこがアレンに嫌われてるって、わかんね?」
 「えぇー・・・?
 嫌われてんの、俺?」
 「いや、そこは気づけよ!」
 悲しげに言ったティキに、ラビの裏拳ツッコミが炸裂した。
 「・・・あれ、当たった。
 透過せんの?」
 「この程度で一々能力使ってたら疲れるだろ」
 目を丸くしたラビになんでもないことのように言って、ティキは膝の上の仔猫を撫でる。
 「まだ食うか?
 わかったわかった、ちょっとマッテv
 肩に登って頬に身体をすり寄せてくる仔猫に、ティキがくすぐったそうに笑った。
 「ちょ、眼帯君、こいつ抱っこしてて!
 くすぐった・・・アヒャヒャ!!」
 ふかふかの尻尾で首筋を撫でられ、嬉しいのか困っているのか、判断しがたいティキの肩からラビは仔猫を抱き上げる。
 「ほらアレン、おとなしくするさね。
 今やるから・・・ちょっと待てって!」
 ミァミァと盛んに鳴きながら身をくねらせ、ラビの手から出ようとする仔猫をなんとか手の中に収めていると、ハムを差し出したティキが笑い出した。
 「こいつの名前、アレンにしちまうの?」
 面白がる彼に、ラビは苦笑する。
 「あー・・・つい。
 もう名前ついてっかな?」
 「いんじゃないか?少年は怒るだろう・・・ケド・・・」
 言いかけて、ティキは目を見開いた。
 「・・・もしかして、少年もここに来てんの?」
 そのことにようやく思い至ったらしい彼に、ラビが頷く。
 「さっき、無人島に泳いで行っちまったさ。
 冷やしてた果物食い尽くしたら戻ってくんじゃね?」
 「う・・・そうか・・・・・・」
 途端にそわそわと辺りを気にしだしたティキを、ラビが訝しげに見つめた。
 「なに?気まずいんさ?」
 「そりゃ気まずいだろう!敵なんだし!」
 何を今更と、反駁したティキにラビが目を眇める。
 「それ一応、俺もなんけど・・・」
 「は?
 お前はブックマンの血筋なんだろ?
 だったら教団側じゃないだろうに」
 彼らとは仲間じゃないと、よりによって敵から言われてしまい、ラビは憮然と口を尖らせた。
 「そんなことより少年だよ!
 鉢合わせたらまた、ロードに酷い目に遭わされちまう!」
 わたわたと落ち着かない彼に、ラビが肩をすくめる。
 「こないだ勝手にアレンと遊んだことがお宅のお嬢さんにばれて、酷い目に遭ったとか?」
 意地悪く言ってティキが厚く巻いた包帯を指してやると、図星を指された彼は目を逸らして頷いた。
 「ルルに喰われたのも重傷だったんだけどさ、そうなった原因を知った後のロードと来たら・・・!」
 鬼の所業とはああいうことを言うのだと、ティキが震え上がる。
 「そりゃあ怖ろしいもんだったぜ!」
 心身ともに傷つき、冷え切ったティキの手を、身を乗り出した子猫が慰めるようになめた。
 「お前、イイコだなー・・・!
 支配人に頼んでこいつ、もらっちゃおうかなー・・・・・・!」
 アレンと名づけていれば、ロードも意地悪はしないだろうと一人頷き、また差し出してやったハムを仔猫が嬉しそうにかじる。
 「すっかり懐いたさね。
 ・・・・・・アレンも、このくらい素直ならいいのにさ」
 思わずため息をつくと、ティキがぶんぶんと首を振った。
 「だから、あいつは生意気できかん気なのが可愛いんだって!
 少年がこいつみたいにべったり甘えて来る子供だったらきっと、俺もロードも千年公も、あっさり殺してたぜ?」
 「・・・・・・酷いことをさらっと言うのヤメテ」
 ムッとして仔猫を引き離すと、ティキが寂しそうに手をわきわきさせる。
 お腹がいっぱいになって満足したのか、とろとろとまぶたを閉じようとする仔猫を膝に乗せて、ラビはすっかり乾いてしまった赤毛をかきあげた。
 「そりゃ・・・俺は教団の人間じゃないし、アレンの我が侭にはいつも酷い目に遭ってっけど・・・死なれるのはイヤなんさ」
 「せっかくの観察対象だからか?」
 意地悪く言うティキをムッと睨んだラビへ、彼は笑って手を振る。
 「ゴメンゴメンv
 俺だって別に、好きで少年を殺ったワケじゃないんだよ。
 千年公の命令だったから、仕方なくさー」
 「本当かね」
 憮然として膝の仔猫を撫でると、寝惚けているのか、指に吸い付いてきた。
 「か・・・可愛い・・・!
 やっぱこいつ、連れて帰る!
 ロードやルルやシェリルや千年公にいぢめられて、つらくて涙が止まらない夜に一緒に寝るんだ!!!!」
 起こさないようにそっと仔猫を抱き上げ、優しく抱きしめて目尻に涙を浮かべたティキから、ラビが気持ち悪そうに身を引く。
 「お前・・・ノアのくせにホント可哀想なんさね・・・!」
 「お前も同じなんじゃないの、眼帯君?
 少年も意地悪だけど、あの冷酷そーなサムライに酷い目に遭わされてんじゃ・・・」
 あっさりと図星を指されて、ラビが目を彷徨わせた。
 そんな彼の背を、ティキが慰めるように叩く。
 「まぁ・・・元気出せよ。
 生きてりゃきっと、いつかいいことあるんだからさ」
 「そうさねぇ・・・きっと、明日は明るい日さね・・・・・・」
 妙に親近感を覚えつつ、いぢめられっ子の二人は互いの背中を叩いた。
 「ところで教団の奴らって、お前と少年の他にも来てんの?
 今日はホリデーなのか?」
 またもや不安げに辺りを見回したティキに、ラビが頷く。
 「とっとと帰った方がいいぜ。
 うちのジジィがいるし、なにより・・・」
 思わせぶりに言葉を切ったラビが、にんまりと笑った。
 「リナリーが大はしゃぎで遊んでる」
 「俺、帰るわ」
 思惑通り、ティキがそそくさと立ち上がる。
 「うちの女どもといい、そっちのお嬢さん達といい、お転婆に関わっちゃろくなことがない」
 この上アレンに鉢合わせでもしたら、どれ程ロードの機嫌を損ねるか、わかったものではなかった。
 「静養は他の別荘でやることにする。
 お前、俺がいなくなるまで、会ったこと黙っててよ」
 にんまりと笑うティキに、ラビが不満げに鼻を鳴らす。
 「そんなこと頼まれる筋合いはねーんケド!」
 「でも黙っててくれるさ、お前はね」
 クスクスと笑って、白い仔猫を抱いたティキが肩越しに手を振った。
 「じゃあまた、今度は・・・」
 戦場で、と言いかけたティキに、駆けて来た子供がぶつかる。
 「あ!ごめんなさ・・・」
 白い頭が上を向く前に、ティキは慌てて頭の包帯を引き下ろし、顔を覆った。
 「ご・・・ごめんなさい・・・・・・」
 異様な姿に唖然とするアレンに無言で首を振ったティキは、じっと見つめられてうろたえる。
 「あの・・・お怪我はありませんでしたか?」
 無言で頷き、そそくさと立ち去ろうとするティキの手を、アレンがとっさに掴んだ。
 「なんだっ?!あっ!」
 うっかり声を出してしまったティキは、包帯でくぐもっただろうかと不安になりながらわざとらしく咳き込む。
 「あのう・・・もしお怪我があった時のために、お名前をうかがっていいですか?」
 礼儀正しく尋ねているように見せて、疑り深い目で見つめられたティキが、必死に声を繕った。
 「い・・・イヌガミ・・・スケキヨだ・・・!」
 ぶふっと、背後でラビが吹き出す気配を聞きながら、ティキはアレンの手を振り解く。
 「オ・・・オレ、もう帰るところだから・・・!
 船が出てしまう」
 急いでいるのだと態度で示して通り過ぎた彼の背に、ラビがにんまりと笑った。
 「じゃーな、アレンーv
 幸せになれよー♪」
 「てめっ・・・あ!」
 「ミァ!」
 肩越しに睨むティキの頭に飛び乗った白い仔猫が、機嫌よく返事する。
 「ホラ、落ちちまうぞ!」
 不安定によろめく仔猫を大事そうに抱え、さかさかと砂を蹴立てて行ってしまった彼をまだ疑わしげに見送ったアレンは、振り返ってラビを見上げた。
 「・・・アレンって、あの猫?」
 じっとりと睨むと、ラビは笑ってアレンの頭を撫でる。
 「お前にそっくりだから、仮名な♪
 支配人の猫だってーから、もう名前あんのかもしんねーケド」
 「ふぅん・・・」
 ラビが持つ自分へのイメージは、あんなにやんちゃそうなのかと、少し意外に思いながらアレンは頷いた。
 「それより、なんで一人で走って来たんさ?リンクは?」
 早急に話題を変更する必要性を感じて問えば、アレンはようやく思いだしたとばかりに手を打つ。
 「無人島で熱中症になって、倒れたんですよ!
 あんな暑いカッコでいつまでもいたせいだと思うけど!
 だから僕、海に入る前に水飲んだ方がいいよって言ったのに、あの強情っぱりったら聞かないから!」
 「・・・それはいいから、水持って助けに行かんと!」
 早速ホテルに入ろうとして、ラビは足を止めた。
 「そうか、ボートがいるさね。
 お前先に行って、借りて来いよ!
 ちゃんと日陰に寝かせてはいんだろ?」
 問うと、アレンは挙動不審に目を彷徨わせる。
 「・・・・・・・・・今頃は・・・多分、日陰になってんじゃないかなぁ」
 「お馬鹿!このお馬鹿!!お馬鹿さんっ!!」
 「イテッイテッイテッ!」
 連続デコピンされて、アレンが泣き声をあげた。
 「痛いよ、ラビ!!」
 「熱中症で倒れたヤツを、日差しの中においてくるヤツがあるさ?!
 可哀想に今頃、火傷して火膨れしてるかもしんねーさ!」
 急がないと、と、大声で言われて初めてアレンも慌て出す。
 「リンク、こんがり焼けておいしそうな匂いとかしてないかな?!」
 「ホントどこまでも食い意地のはった・・・いいからボート出しとけ!!」
 背中を押されたアレンが駆け出し、ボートを借りてラビを待った。
 「おまっとさん!」
 水と氷とタオルを抱え、走ってきたラビが飛び乗るや、オールを漕ぐ。
 「大火傷してたらげんこつされるかなぁ・・・」
 この期に及んで自分の被害を考えるアレンの頬に、呆れ顔のラビが氷を押し付けた。
 「つめっ・・・冷たい!!」
 「いいからさっさと漕ぐさね!」
 「ぅあいっ!!」
 ぴすぴすと鼻を鳴らしながらボートを無人島に寄せたアレンの背後を、ラビが驚いたように見る。
 「焦げてた?!」
 焦って振り返ったアレンもまた、目を丸くした。
 「・・・人魚かと思った」
 白い水着を着たリナリーとミランダが、その声に振り返る。
 「あ、助けを呼びに行ってたんだ、アレン君」
 「たまたまここに来たらハワードさんが真っ赤になって唸っていたから・・・何事かしらって思ったわ」
 ほっと吐息したミランダに頷いたラビが、日陰に入れられたリンクの傍らにしゃがみこんだ。
 「あんな暑苦しいカッコでいたくせに、水も飲まずにこんな太陽の下に出てくるなんて、無茶もいいとこさ。
 一人でいる時にぶっ倒れてたら大変だったさね」
 タオルで包んだ氷を首の下や両脇の間に挟んで身体を冷やしてやりながら、真っ赤な顔で呻くリンクの頬を叩く。
 「リンク、目ェ開けられるさ?
 水飲め、水!」
 アレンにも手伝わせ、半身を起こしてやると、リンクがうっすらと目を開けた。
 「ホレ、塩と砂糖で吸収をよくした水持って来たからさ。
 とりあえず飲みな」
 意識がぼんやりとして、ラビの言っている事はよくわからないながらも、わずかに頷いたリンクがボトルから水を飲む。
 「ホイ、じゃあボートに乗せっから。
 アレン、手伝うさね」
 しばらく日陰で休ませた後、リンクの腕を肩にかけたラビがアレンにも声をかけた。
 「リナ達は?
 自分達だけで帰れるんか?」
 問うと、二人は大きく頷く。
 「泳ぐまでもなく、浅瀬にトンネルが設置してあるんだよ」
 「私達、さんご礁の上を歩いてきたんです」
 「へぇ・・・。
 ちょっと探検したいかも、それ」
 にんまりと笑ったラビは、頬を染めたミランダに睨まれて、慌ててボートに向かった。
 「じゃあ俺ら、先に帰ってっから!
 まだ遊んでるんなら、日差しに気をつけろよ!」
 「うんっ!」
 手を振って見送るリナリー達に手を振り返してボートに乗ったラビは、俯き加減のアレンに小首を傾げる。
 「アレン、リンクは大丈夫だから、そんなに落ち込まんでも・・・」
 「いえ・・・あの・・・・・・」
 俯いたまま、アレンは手で顔を覆った。
 「ブックマンの鍼の効果が切れたみたいで・・・」
 「鍼?
 なんの・・・」
 「止血っ!!」
 ぶふっと紅い血を吹き散らしたアレンに、ラビが唖然とする。
 「なんさ、いきなり?!
 お前も熱中症か?!」
 鼻血を吹くような症状があっただろうかと、記憶を探るラビにアレンが首を振った。
 「み・・・水に濡れて、ボディラインが・・・・・・」
 「あぁ・・・。
 でもあんなの、団服着てる時より見えねぇし、露出も少ねぇじゃん」
 ミランダがいつも着ている団服は身体にぴったり合ってボディラインをくっきりと見せていたし、リナリーの団服は以前からほっそりとした足が露わになっている。
 「団服の方がむしろさー・・・」
 「そ・・・そうだけど・・・」
 19世紀少年の繊細な粘膜には刺激が強すぎたと、アレンが顔を真っ赤にした。
 「やれやれ・・・。
 お前も熱中症ってことにしといてやるから、さっさと血を拭くさ」
 タオルを投げてやったラビは急いでオールを漕いで、リンクをホテルへ運ぶ。
 その後の処置はホテルの従業員達に任せて、再び海に入ろうとした。
 「もう上がるんじゃなかったの?」
 「イヤ、まだリナ達いるかなーってv
 欲望駄々漏れの彼にムッとして、アレンがラビの襟首を掴む。
 「そうは行きませんよ!
 朝から泳いでたんだから、さっさと上がってテラスでまったりしましょう!」
 「・・・お前だけまったりすりゃいいじゃん」
 「いいから!
 僕の目の届く範囲から出て行くな!!」
 全く信用していない目で睨まれて、ラビは渋々従った。


 その頃、一旦家族の元に戻ったティキは、黒猫姿のルル=ベルにじっとりと睨まれて、仔猫を背に隠した。
 「や・・・やぁ、ルル・・・!
 日向ぼっこか?」
 引き攣った愛想笑いを浮かべると、ルル=ベルは不機嫌に尻尾を振る。
 「仔猫ですか・・・」
 ティキが必死に隠そうとしても、ミァミァと幼い声が存在を知らせていた。
 「しかも白い・・・私への嫌がらせでしょうか」
 「まさか!!!!」
 そんなつもりはないと必死に弁明するも、ルル=ベルの機嫌は治りそうにない。
 「主に見せることは許しませ・・・」
 「アラv 可愛いvv
 言いかけたルル=ベルの傍から突然現れた千年伯爵に、ティキまでもが飛び上がった。
 「せ・・・千年公、いつの間に・・・!」
 「可愛らしい鳴き声が聞こえたものですからv
 ンマァv
 キレイな白猫ですねぇv
 きっと美人になりますよv
 大きな手で抱き上げた仔猫が、嬉しげにミァミァと鳴く。
 「ウフフv
 人懐っこいですねぇv
 お名前はなんですか?」
 仔猫に頬をすり寄せながら問う伯爵に、ティキが目を彷徨わせた。
 「ミ・・・ミア・・・」
 「アラマァ、鳴き声と同じじゃありませんかv
 クスクスと笑う伯爵に、やはり鳴き声に惹かれたらしいロードが駆け寄ってくる。
 「白いーvv
 アレンみたいだね!」
 「ミァ」
 その名に仔猫が振り向き、差し出されたロードの指をなめた。
 「あれ?こいつの名前、アレンなのぉ?」
 「へっ?!
 イヤ違うヨ?!
 こいつは・・・ミアだよ!そうだよな、ミア?!」
 噴き出す汗を拭いもせず、迫るティキは無視して、仔猫は伯爵に擦り寄る。
 「ミア?」
 伯爵に呼ばれても、なんの反応も見せないが、
 「アレン?」
 と呼ぶと、返事をした。
 「・・・アレンなんじゃない」
 「生意気な!」
 伯爵の丸い肩に飛び乗った黒猫が、威嚇するように長い声をあげて、仔猫を脅す。
 「主から離れなさい!」
 仔猫から見れば大きな爪で引っ掻こうとするルル=ベルから、伯爵が慌てて『アレン』を遠ざけた。
 「・・・ルル!
 お姉さんなんですから、小さな子をいじめてはいけませんよ」
 たしなめられ、憮然とした黒猫の光る目が、ティキを睨みつける。
 「あなたが連れてくるからです・・・!」
 仔猫に伯爵の愛情を取られた怨みが、真っ直ぐにティキへと向かった。
 「いつもいつも余計なことを・・・!」
 「え?!待って!!
 ちょっと待ってルル!!
 なんでそんなでっかく・・・!!」
 豹よりも更に大きな猛獣へと姿を変えたルル=ベルが、牙の並んだ口を開けて、ティキへ襲い掛かる。
 「イヤッ!やめてっ!!」
 慌てて避けると、ルル=ベルの牙が室内の調度を噛み砕いた。
 「本気――――っ?!」
 「よくも・・・よくも私から主を・・・・・・!」
 泣きながら牙を剥く彼女に同情する余裕もあらばこそ、ティキは伯爵の手から仔猫を奪い、部屋を駆け出る。
 「あぁー!!!!ティッキィー!!
 僕まだ抱っこしてないよぉ!!!!」
 ロードの不満げな声は無視して、仔猫を抱いたまま屋敷を出たティキは、ルル=ベルがそれ以上追いかけてくる様子のないことにホッとした。
 「やっぱり・・・千年公に仔猫なんか見せちゃいけなかったな」
 今頃、いつもの黒猫よりも幼い身体つきになったルル=ベルが伯爵に甘えているのだろうと予想し、手の中の仔猫を撫でる。
 「ヨシヨシ、怖かったよなー。
 もうあのねーちゃんには会わせないからな、ミア」
 話しかけるが、仔猫は鮮やかに無視した。
 「ア・・・アレン・・・・・・」
 「ミァ」
 呼びなおすとちゃんと返事をする仔猫に、ティキががっくりと肩を落とす。
 「これでもう・・・こいつを連れて帰れなくなったな」
 ルル=ベルだけでなく、シェリルにまでいじめられかねないと、ティキは自ら受難の名を背負った仔猫を優しく撫でてやった。


 一方、
 「へくちっ!!」
 と、いきなりクシャミしたアレンに、驚いたラビが目を丸くした。
 「なんさ、冷えちまったんか?」
 長い間水に浸かっていたから、と呆れるラビに、アレンは小首を傾げる。
 「そうなのかなぁ?
 なんだか噂されてる気も・・・へぶしっ!!」
 ぶるっと震えたアレンに笑って、ラビは真昼ほど苛烈さのなくなった陽射しを指した。
 「日向ぼっこでもしてろよ。
 もう火傷することもないだろ」
 「僕は火傷しないって。
 インドにいたんだから、平気だよ」
 そう言って、日陰から出たアレンが日光浴用に出されたデッキチェアに寝転ぶ。
 「こんがり赤くなってっけどね」
 無理しないよう言い置いたラビは、日陰でのんびりと葉巻をくゆらす師に歩み寄った。
 「ジジィ、あのさ・・・」
 声を潜めると、ちらりと彼を見上げたブックマンが葉巻を灰皿に置く。
 「ティキ・ミックは去ったようだの。
 人気の高級リゾート地だからと通信班が手配してくれたが、ここが伯爵の持ち物だったとはな」
 「気づいてたんか」
 さすが・・・と感嘆したラビが、更に声を潜めた。
 「気が変わったってことにして、出てった方が良くないさ?」
 今ならまだ、教団にもバチカンにも知られることなく、通信班が罰せられることもないだろうと言うと、ブックマンが微かに頷く。
 「んじゃ・・・」
 「まぁ、もう少し待て」
 早速移動の準備をしようとするラビを、ブックマンが止めた。
 「慌てて出て行っては、何事かと詮索される。
 リナ嬢達が戻って来たのち・・・そうだな、暗くなった頃に、この緯度ではせっかくの夏の大三角が見えぬとごねてみるか」
 「そりゃいいさ!」
 南の島に来た意味自体がなくなるけど、と、ラビが手を叩いて笑う。
 「偏屈なジジィらしいさねー!」
 「誰が偏屈だ!」
 憮然として取りあげた葉巻を再び咥えて、ブックマンは傾きつつある空を眺めた。
 「ふむ・・・リナ嬢辺りに『大三角がダメなら南十字星を見ればいいじゃない』などと言われるのも面倒だ。
 お前、アレンと沖に出て、適当な無人島を探して来い。
 夜はそこに集まって、キャンプファイヤーもよかろうて」
 「無人島クルーズか・・・面白そうさ!」
 正直、日が暮れるまで甲羅干しするのもつまらないと思っていたところだ。
 アレンがいれば、適当に見繕った島からここへ『扉』をあけることも出来るし、リナリー達も喜びそうだった。
 「アレン!
 無人島探検に行くぞ!」
 デッキチェアで日干しになっていたアレンに声を掛けると、ぴょこんと起き上がる。
 「メイドにリナ達呼んでもらって、船出そうぜ!
 ジジィ達は後で呼んでやってくれ」
 「うんっ!行く!!」
 喜んでデッキチェアを下りたアレンが、近くにいたメイドに声をかけた。
 「海にいる連れのレディ達を呼んできてもらえますか?
 着替えたらクルーズに行こうよ、って伝えてください!」
 使用人に対しても礼儀正しいアレンに彼女は快く頷き、すぐさま女性用の海へと走って行く。
 ややして、着替えたリナリーとミランダが走って来て、4人はブックマンと寝込んだままのリンクをホテルに置き、無人島クルーズに出かけて行った。


 「無人島でキャンプファイヤーかぁ・・・!
 バーベキューの道具や食材は、アレン君が『扉』を開いてくれたら簡単に調達できるね!」
 便利便利とはしゃぐリナリーに、アレンが得意げに頷いた。
 「だから、できるだけ広い海岸のある島にしましょう!
 夜になってもあんまり潮が満ちて来ない方がいいよね。
 あと、怖い生き物がいない所!」
 最後の条件にミランダが激しく頷く。
 「ラビ君、できるだけ最後の条件を優先して探してくれるかしら・・・?!」
 懇願するように言うと、笑って頷いたラビは近海の島々が描かれた地図を広げた。
 「ホテル出る前に客を運んでくる船長捕まえて、色々聞いてきたさ!
 お勧めの島ってのがあってさー・・・」
 ここ!と指した先を、全員が覗き込む。
 「けっこおっきな島なんさ!
 今日は引き潮だから、バーベキューの最中に逃げなきゃなんないこともないし、鳥が多い島だからあんま虫もいねぇってさ!」
 「虫がいないのは助かるな・・・!」
 ぽりぽりと二の腕を掻きながら大真面目に頷いたリナリーが、舵に伸ばそうとするアレンの手をはたいた。
 「イテッ!」
 「アレン君は触っちゃダメ!
 こんな目印のない所で漂流することになったら大変だよ!」
 「で・・・でも、僕だって船の操縦してみたいし・・・・・・」
 叱られて、気まずげなアレンがそれでも反駁を試みるが、
 「アレン君・・・リナリーちゃんの言うこと聞いて!
 こんな所で漂流なんて怖いわ!」
 と、ミランダに懇願されて、渋々頷く。
 「そんなに触りたきゃ、係留してる時に操縦ごっこさせてもらえばいいさね!」
 「それじゃあ面白くないのにぃ・・・」
 ラビに頬を膨らませたアレンは、船の端に座って丸い水平線を眺めた。
 「海って、夕暮れが遅いんだね」
 「ここは遮るもんがないからな」
 あっさりと言ったラビに、ミランダが感心する。
 「本当にラビ君は、色々知っているのねぇ・・・」
 「まぁなーv
 得意顔でアレンに舌を出すと、彼はむっとしてそっぽを向いた。
 「さ、行こうぜ!
 きっと楽しいさ♪」
 「うんっ!!」
 声を弾ませたリナリーだけでなく、ミランダも目を輝かせる。
 「アレンも、いつまでも拗ねてねーでv
 「・・・・・・はぁい」
 頷いて、アレンは上空を飛ぶティムキャンピーを見上げた。
 「島が見えたら教えて!」
 声を掛けると、ティムキャンピーは身体に対してあまりに小さな手の親指を立てる。
 「よっしゃ!いっくぜぇ!!!!」
 ラビが大きく舵を切り、船は目的地へと向かった。


 ラビ達が無人島へ向けて出発した頃。
 教団本部では、ジェリーが電話だと呼ばれて受話器を取った。
 「ハイハイー?なぁにん?」
 明るく話しかけると、笑みを含んだブックマンの声が応じる。
 『少々、頼みがあるのだ』
 「なにかしらぁ?」
 とは言いつつ、ある程度予想していたジェリーは、ブックマンの依頼に驚きもせず、快く応じた。
 『リンクちゃんはじゃあ、こっちで引き取りましょv
 医療班に待機してもらうから、方舟まで運んでもらえばいいんだけど・・・おじいちゃん一人で大丈夫ぅ?』
 「なんの、軽いものよ」
 ジェリーの問いに気負いなく頷いて、ブックマンは電話を切る。
 「さてと、後は・・・」
 楽しげに手をすり合わせつつ、彼は寝込んだままのリンクの元へと足を早めた。


 「ようやく夕暮れだぁ!」
 1時間ほど船に乗っていただろうか、視界の端に、ぽつぽつと岩場が見えてきた頃、西の海に金色の太陽が沈みだした。
 「光が海面に反射して、きれいねぇ・・・・・・」
 うっとりと眺めるミランダの肌も、金色に染まっている。
 「アレン君、髪が金色に染まって見えるよv
 リナリーが両手でくしゃくしゃと髪をかき回すと、アレンがはしゃいだ笑声をあげた。
 「ラビは赤いまんまだね!」
 「そりゃリナもだろ。
 黒いまんまだぜ?」
 言い返されて、リナリーがむっと口を尖らせる。
 「つまんないなぁ!」
 「ちょ・・・リナリ・・・!くすぐるのやめてぇ!!」
 腹いせにくすぐってやったアレンがきゃあきゃあと声をあげて、船の上は途端に賑やかになった。
 はしゃぐ二人を楽しげに見つめていたミランダが、上空から降りてきたティムキャンピーの指す水平線へと視線を向けると、大きな島影が浮かび上がってくる。
 「ラビ君、もうすぐなんですか?」
 「ん。
 あの島に向かってかんねv
 段々と大きくなって行く島を顎で指した彼に、ミランダは頷いた。
 と、リナリーとアレンも彼女に並んで手をかざす。
 「桟橋があるの?」
 「それとも、砂地に直接止めるんですか?」
 どうやって上陸するのか、興味津々の彼らに笑って、ラビは進行方向を少しずらした。
 「リナが正解。
 無人島っつっても、あのホテルの客が遊びに来る範囲内だからさ、上陸できるように桟橋作ってんだってさ」
 当たった、と歓声をあげるリナリーに拍手して、アレンは迫ってくる島を見つめる。
 「ホントだ!
 鳥が多いんですね!」
 「この辺りは他に大きな島がないから、巣がたくさんあるんでしょうね」
 危険はなさそうだとホッとして、ミランダが日傘を閉じた。
 「ハワードさんも来れたら良かったんですけどね」
 「いや、寝ててくれた方が楽しいです」
 残念そうな声をすかさず否定し、アレンはワクワクと目を輝かせる。
 「どこに『扉』を開きましょうか!
 いちお、目立たない所がいいよね!」
 さすがにこの時間から後に他の客がやって来ることはないだろうが、念のためだ。
 ひっそりと隠れられる場所はないだろうかと目で探すアレンにラビが笑う。
 「そりゃ着いてからでいいだろ。
 アレン、桟橋に寄せっから、先に下りて係留しな」
 「うんっ!」
 早く寄せろと、せっついてくるアレンを宥めながら、ラビは夕陽が沈む前に船を島へ入れた。
 「すごい!!
 砂浜から見る夕陽もきれいだねぇ!」
 「本当に・・・!」
 うっとりと夕陽を眺める二人に頷いたラビは、アレンに『扉』を開きに行かせ、自分は持って来たカンテラに火を入れて、砂浜にいくつも置いて行く。
 「何をしているの?」
 まだ明るいのに、どうして明りを点けるのかと不思議そうなミランダに、ラビが笑った。
 「明るいのは今のうちだけさ。
 すぐに暗くなるぜ」
 「そうなの・・・?」
 半信半疑のミランダだったが、本当にあっという間に日が沈んでしまい、暗くなった砂浜を照らす明りに感心する。
 「きれいねぇ・・・!」
 空に瞬く星と、砂浜を照らす明りに囲まれて、ミランダがうっとりと声をあげた。
 「ねぇねぇ!
 寝転ぶともっとすごいよ!」
 砂を蹴立てて背後に倒れたリナリーに驚きつつも、ミランダはそろそろと座り込み、背後へ倒れる。
 「本当に」
 星空が覆いかぶさってくるようだと、感嘆するミランダをラビが笑って見下ろした。
 「これからジジィ達来んのに、踏まれてもしらねーぞ」
 「大丈夫だよー!」
 よけるもん、と、余裕のリナリーとは逆に、ミランダは慌てて身を起こす。
 「は・・・はしたないですよね・・・!」
 パタパタと背中の砂をはたいたところで暗くなった砂浜を、アレンの他、数人の声が近づいてきた。
 「・・・あれ。
 兄さんも来たんだ」
 「来たとも来たともーvvvv
 寝転んだまま兄を迎えたリナリーに、コムイが駆け寄って来る。
 「連続徹夜で疲れ果てた頭じゃ、いい考えも浮かばないからね!
 逃げて来・・・ううん、休憩に来たんだよ!」
 言うや、リナリーの隣にコムイが寝転んだ。
 「キレイだねぇ!」
 「でしょー!」
 足をばたつかせながらはしゃぐ二人に、ジェリーの影が覆いかぶさる。
 「これっ!はしたないわよんっ!」
 「ひゃっ!!」
 教育係登場に慌てて起き上がったリナリーが、恐々と彼女を見上げた。
 「・・・南の島なんだし、ちょっとくらい開放的でもいいと思うんだよ・・・?」
 言い訳がましく言うが、ジェリーは肩をすくめて首を振る。
 「周りを見なさいよん。
 団員がこんなに来ちゃってるのよん?
 場所は南の島でも面子は変わらないんだから、後で笑われたくなかったらちゃんとしてなさい」
 叱られてしまい、頬を膨らませたリナリーが渋々立ち上がった。
 「それにしても、ずいぶん来たさねぇ・・・。
 なんさ、みんなして南の島旅行、狙ってたんさ?」
 「もちろん」
 にんまりと笑って歩み寄って来たリーバーが、ミランダに手を貸して立たせる。
 「こんな機会、逃すわけないだろ。
 昼は仕事があったから遠慮したけどな」
 「それで・・・時差のない島を選んだんですね、ブックマン?」
 ようやく気づいたと、笑いかけるミランダにブックマンも頷いた。
 「せっかくじゃ、皆でキャンプファイヤーもよかろうと思ってな」
 にこりと笑い、アレンを見遣る。
 「ほんに、小僧の能力は便利だの」
 「僕も・・・戦争で使うよりは、遊びで使う方が気が楽です」
 照れ笑いしたアレンは、道具や食材を運んで来たシェフ達に賑やかに押しのけられた。
 「ここに炉を作るよ!炭運んでー!」
 「もう出来上がってる料理もあるから、誰か先にテーブル置いてくれ!」
 「科学班ー!
 テーブルが砂で傾かないように設置してくれよ!」
 「俺ら便利屋じゃないんだけどな」
 苦笑しながら率先して動くリーバーが、ミランダを振り返る。
 「リンクは病棟で寝てるから、心配いらないぜ」
 「そうですか・・・」
 ホッと胸を撫で下ろしたミランダは、リーバーの後に続いた。
 「お手伝いしま・・・きゃああ!!」
 たくさんのカンテラが照らしているとは言え、夜の砂浜は足元によほど気をつけていないと危険な場所だ。
 案の定、砂に埋もれていた枝に足を取られたミランダが、設置されたばかりのテーブルに盛大にダイブした。
 「料理は無事かー?!」
 ミランダよりも料理を心配したシェフを睨んだリーバーは、彼女を抱き起こして近くの岩に座らせる。
 「ここから動かないのが何よりの手伝いだ。
 俺が来るまで絶対に動くんじゃないぞ!」
 「・・・・・・はい」
 肩を落とし、こくりと頷いたミランダは、ちんまりと座ったまま忠犬のようにリーバーの姿を目で追った。
 「・・・かえってやりにくくねぇの、これ?」
 「目を離した隙に怪我されるよりは、全然気が楽だ」
 そう言われればそうかと、頷いたラビがじっと料理を狙っているアレンの襟首を掴む。
 「こうやってふらふらされるより全然楽だな♪」
 「ちょ・・・なにすんだよ!
 僕まだなにもやってないよ?!」
 慌てるアレンの頭の上で、ティムキャンピーが犯行現場を押さえた映像を映し出した。
 「お前、ミランダと一緒にじっとしてろ!」
 リーバーが大声で叱りつけると、
 「じゃあ、こっちで引き取るわよーんv
 と、ジェリーが手を振る。
 「アレンちゃーん!
 こっち手伝ってぇんv
 「はーい!」
 ラビの手を振りほどき、駆けつけたアレンの前に「ハイ、酒樽っ!」と、大きな樽がいくつも積み上げられた。
 「これ、運んでくれるぅ?」
 海に不慣れなシェフ達が、足場の悪い夜の砂浜を歩くのは危険だからと、彼女らしい気遣いにアレンが頷く。
 「左手使っちゃえば楽勝ですよ、こんなのv
 「うふん、イイコっv
 帰ったら、ご褒美に好きなケーキをいくつでも焼いてあげるわぁんv
 「わーい!」
 素敵な申し出に、アレンが歓声をあげた。
 ただ叱るだけの他の大人達と違って、ジェリーはアレンの使い方を十分心得てくれている。
 「じゃあ僕、ちゃっちゃと運んじゃいますね!」
 機嫌よく歩を踏み出した彼の前に、しかし、突然悪魔が立ち塞がった。
 「そんな偉いキミに!
 新生コムビタン!」
 「いらないでしょ、コムビタンは!」
 ジェリーとは逆に、迷惑の押し付けをするコムイをリナリーが阻む。
 「もぉ!
 こんな無人島でゾンビ量産してどうするんだよ!」
 「中々スリリングな怪談話が出来上がるんじゃないかな!」
 ホテルの目玉になるかも!と、よからぬことを画策するコムイにリナリーが舌打ちした。
 「そんな危険物はさっさと・・・」
 苛立たしげに兄へと手を伸ばした時、カンテラとカンテラの間に生まれた闇の中から黒い刃が現れ、コムイの首筋に冷たく触れる。
 「・・・今すぐそれを捨てろ。
 さもなきゃテメェは明日の晩から、この島に来た霊感持ちにだけ視える存在になるぜ」
 とんでもない殺人予告をされたコムイの手から、薬瓶が落ちて砂に埋もれた。
 「神田!
 いい所に来てくれたよ!」
 すかさず薬瓶を踏みつけ、二度と日の目を見ないよう地中に埋めてしまったリナリーが、グッドタイミングで来てくれた神田に拍手する。
 すると照れ隠しか、殊更憮然とした彼が、肩に担いだ大きな箱を顎で指した。
 「俺は来るつもりはなかったんだが・・・ジェリーに荷物運び命じられた」
 「ジェリーさんたら余計なことをぉ・・・」
 忌々しげな声は地獄耳にしっかり聞かれて、剣呑な目で睨まれる。
 「なんか言ったか、モヤシ?」
 「いいえ、なんでも!
 あんたヒマなら酒樽運ぶの手伝ってくださいよ!」
 「この荷物が見えねぇのか、馬鹿」
 「馬鹿に馬鹿って言われたー!!」
 いつも仲の悪い二人がいつも通りのケンカを始めても、最早止めに入ってくれる大人達はいなかった。
 「ホラ、アンタ達!
 ケンカしてる暇があったら働くのよん!」
 本格的な取っ組み合いになる前にジェリーが声をかけて、二人は憮然と離れる。
 「あーぁ。
 誰も構ってくんなくて、寂しいさね♪」
 「そんなんじゃないよ!」
 からかい口調のラビに口を尖らせて、アレンは次々と酒樽を運んだ。
 「それにしても一体、いくつ運ぶんですか、これ。
 もしかして全団員が来ちゃうの?」
 城の酒蔵が空になったんじゃ、と呆れるアレンの声を聞きつけて、既にショックから立ち直ったコムイが手を振る。
 「まさか!
 ボクらで飲むんだよ、これ。
 南の島に行くって聞いた時からテンションあがりまくってるんだから!
 もう仕事なんかしないんだからー!!!!」
 晴れ渡った星空へ向かって吼えたコムイを、部下達の猛獣のような目が睨むが、今は何も言わず、ただ舌打ちをして宴の仕度を終えた。
 「うふふv
 ブックマンのおじいちゃんに続いて、野外パーティねんv
 「あ、やっぱりさ?」
 さすがにこの時には予想をつけていたラビが、わくわくと頬を染める。
 「まぁ、バレてるとは思いますけど、ブックマンの仕込みですよ」
 背中に突撃して来たアレンが、そう言っていたずらっぽく笑った。
 「みんなを迎えに方舟に入った時、ようやく教えてくれましたv
 「それはそれは、協力さんきゅv
 わしわしと頭を撫でてやると、アレンがはしゃいだ笑声をあげる。
 「さぁさv
 ケーキは神田が運んでくれたからんv
 主役は前へドウゾv
 くすくすと笑う彼女にハイタッチして進み出たラビに、先日ブックマンにも渡されたシャンパンのボトルが渡された。
 「また花火仕込まれてねぇよな?」
 今日で20歳―――― 『0』の形をした火柱に囲まれるのではないかと、苦笑したラビにコムイが笑いだす。
 「囲んで欲しかったら5分でやるよ?」
 「遠慮するさね!」
 すかさず言った彼に、周りから笑声が湧いた。 
 彼を囲む、賑やかで温かい団員達・・・だがラビは、彼らの仲間ではない。
 それが・・・ティキにまで『教団の人間じゃない』と言われたことが、改めて胸に刺さった。
 ―――― 仲間じゃないけど、今は・・・!
 屈託を笑顔で覆って、ラビは派手にシャンパンボトルを振る。
 「いっくぜー♪」
 海に向かってコルクを抜くと、軽快な音に続いてカンテラの灯りに照らされた金色の飛沫があがった。
 歓声と共に『HappyBirthday!』が唱和され、次々と差し出されたグラスに泡立つ酒を注ぐ。
 「ありがとーさ、みんなv
 今だけは『仲間』であってもいいか、と、ラビは嬉しげに笑った。



Fin.

 










2012年ラビお誕生日SSはリクエストNo.67『ラビとティキの不幸同盟』でした!
・・・なんで誕生日に不幸同盟持ってくるかなぁってのは、ちょっといい思いさせてあげたんで許したってください(笑)
今回ちょっぴり不幸だったのはティモシーですね。
冒頭であんなに来たがってたんだから、呼んであげればよかったです(笑)
うん、でも、子供が大人の宴会に参加するのは教育上よろしくありませんから。>特に教団のは激しそうだしw
行きたいと泣き喚くティモシーをエミ嬢が阻んで寝かせて、自分だけ遅れて参加していればいいですよ(笑)
ちなみに19世紀の水着って、これ。(お嬢さんメインの写真でおっさん海の中ですが(笑)
もっと詳しく見たい人は画像探してみてくださいv
今とは全然違って、男子用もつなぎですから、ちゃんと胸倉つかめますよ(笑)
タイトルはポルノの『社員 on the beach』から。
サッカーはよく知らないけど、海水浴ならよく知ってるんだぜ!(笑)
そんな私から言わせてもらうと、真夏の真昼に泳ぐなんて自殺行為ですから。
私は朝早くか、夕方の日が沈む直前にしか泳ぎません。
水の事故も多いので、皆さん海は十分気をつけて楽しんでくださいね(^^)












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