† TROUBLE U †






 「・・・そろそろか」
 猫をかたどった時計を見上げて、彼はにんまりと笑った。
 「さーぁ、クソガキv
 姉ちゃんが帰ってなかったら、テメェをチョコでコーティングだぜぇ!」
 怖ろしい顔を近づけて哄笑する彼を、しかしティモシーは恐れ気なく見上げる。
 「なぁなぁ、おっさん!
 これ可愛い!これくれ!」
 部屋に溢れる猫の人形の中でも一際大きな、自分の身長ほどもあるぬいぐるみを抱きしめたティモシーを、彼はじろりと見下ろした。
 「おぃ、クソガキィ!
 てめぇはクラウドに口の利き方を教わってねぇのかぁん?」
 大きな手で頭をぐりぐりと撫で回すと、恐れを知らない少年ははしゃいだ声をあげる。
 「あぃ、ソカロ元帥!
 これくれ!!」
 「これをください、だ!」
 またもぐりぐりと撫でられて、ティモシーが笑い声を上げた。
 「このライオンのぬいぐるみを俺にください、ソカロ元帥!」
 「おう、いいぜ♪」
 ただし、と、ソカロが指を鳴らす。
 「そりゃあ、メインクーンって品種の猫だ。
 でけぇがおとなしい猫だぜ」
 「へぇー!!!!」
 長い毛皮にもふもふと頬を埋めて、ぬいぐるみを抱きしめるティモシーをソカロがつまみあげた。
 「そんなに気に入ったんなら、フロワにもそう言っときな。
 あいつは色んな猫グッズを作っちゃあ、神田に受け取りを拒否られてここに置いてくからな。
 お前が欲しいっつったら他にも喜んで作ってくれるだろうよ」
 「そうなんだ!!!!」
 歓声をあげて、ティモシーは部屋に溢れた猫の人形や猫柄パッチワークのベッドカバー、猫の刺繍がされたピローケースや猫柄のカーテンを眺め回した。
 「おっさ・・・じゃない、ソカロ元帥が猫のぬいぐるみスリッパ履いてんの見た時はびっくりしたけど、そう言うことならしょうがねーよな!」
 「・・・っあぁ、しょうがねぇんだ!」
 完全に自分の趣味だとは言えず、ソカロはとっさにごまかす。
 「フ・・・フロワがせっかく作ったのに、捨てるなんて可哀想だからな!
 仕方なくもらってやってんだよ!」
 『もったいない』ってやつだ、と、しかつめらしく言ってやると、素直な少年は感心して頷いた。
 「じゃあ俺も、こないだコケて破れちまったズボンにあのアップリケをつけてもらお!!」
 無邪気に指した椅子には、ソカロの着替えが無造作にかけてある。
 その膝部分には、可愛らしい猫のアップリケが縫い付けられていた。
 「あっ・・・あれはっ・・・・・・!
 フ・・・フロワが勝手につけたもんで、決して俺の趣味ではなはっ!!!!」
 「わかってるよ。なに赤くなってんの?」
 大慌てで否定するソカロを不思議そうに見上げて、ティモシーはパタパタと足をばたつかせる。
 「ティエドール元帥もいたずら好きなんだろ!
 ソカロ元帥にあーんな可愛いアップリケしちゃっても、喜ぶわけないもんな!」
 「あ・・・あぁ、そうだ!!
 俺がお願いしてつけてもらったわけじゃ決してないからな!!!!」
 真っ赤な顔に幾筋も汗を流して、早口に言ったソカロがティモシーを摘んだまま部屋を出た。
 「さ・・・さぁ!
 そろそろフロワが、チョコを煮込む準備をしているはずだ!」
 「エミリア、ちゃんと材料買えたかなぁ・・・」
 煮込まれるのはイヤだと、ティモシーがぬいぐるみを抱きしめる。
 「は!
 ビビってやがんのかぁん?!」
 少し余裕を取り戻したソカロが大声をあげると、ティモシーは眉根を寄せてぬいぐるみに頬を埋めた。
 「ソカロ元帥とティエドール元帥の人質になっちまったからしょうがないとしてもさぁ・・・俺のせいで、師匠へのイタズラが進行しちまうんだろ?
 俺、あとでしばかれるんじゃないかな・・・」
 美しい師の怖ろしい形相を思い浮かべて、ティモシーはぶるりと震える。
 「俺は関係ないって言ってくれよな!!」
 「さぁて、どうすっかねぇ?」
 意地悪く笑ったソカロは、ぴくりと耳をそばだてて、ティモシーを放り出した。
 「いてっ!
 乱暴にすんなよ、おっさん!!」
 「ちょっと静かにしろぃ」
 回廊の窓から身を乗り出し、海風に乗って来る音に耳をすませていたソカロが、ひょいと窓を越えて外に出る。
 「おっさーん?」
 人質を放置していいのかと、不満げなティモシーに舌打ちして、その襟首を掴んだソカロがぶらぶらと揺らしながら音の方へ歩み寄った。
 「まぁたサボってやがる!」
 にんまりと笑った彼の意地悪い声に、潅木の陰にしゃがみ込んでいた白衣の背が、びくりと震える。
 「な・・・なんで見つけちゃうかなぁ・・・・・・」
 そろそろと振り返ったコムイは、その膝下に数匹の猫を隠していた。
 「あ!猫!!」
 ティモシーが声を張り上げると、コムイが慌てて口の前に指を立てる。
 「静かにしてよ、ティモシー君!!
 こっそりご飯あげてるんだからさ!」
 そう言ってコムイは、まだ大人になりきっていない猫達のために、ミルクで柔らかくしたキャットフードを入れたボウルを指した。
 「まったく・・・わざわざこんな遠くまで来てごはんあげてたのに、なんでニャン達の鳴き声を聞きつけて来るかなぁ・・・!」
 コムイが恨みがましい目でソカロを睨むと、彼は愉快そうに笑う。
 「お前だけ楽しむのはずるいんじゃねぇかぁ?」
 言うやティモシーを放り捨てて、ソカロは食事を終えた猫達に手を伸ばした。
 「そーれ、こっち・・・」
 「にゃんっ!!」
 思いっきり爪を立てた猫パンチで拒否されて、ソカロが凍りつく。
 「・・・・・・・・・まだ人に慣れてねぇんだな。きっとそうだ」
 死にそうな呟きをもらす横で、ティモシーがちょこちょこと寄って来た猫たちからぬいぐるみを守るように抱えあげた。
 「おい!これは俺んだぞ!!お前らになんかやらねーから・・やらねーってばぁぁぁぁ!!!!」
 ふらふらと揺れる尻尾に引かれて、更に寄って来た猫達がティモシーにたかり、思う様じゃれついて来る。
 「もぉ!!
 ソカロ元帥とこ行けよ!お前らに構って欲しいっつってんじゃんか!!」
 「べっ・・・別に俺は、構って欲しいとか・・・・・・!」
 拒否されたショックのあまり、地面に『の』の字を書いていたソカロが真っ赤な顔をあげると、コムイがにやにやと悪い笑みを浮かべていた。
 「なっ・・・なんだ!」
 「べっつにぃ?
 元帥、嫌われちゃって!ニャンコ達に嫌われちゃって!嫌われちゃって可哀想だなって思ってただけですよーぅ?」
 3回も言ったコムイをじっとりと睨み、ソカロが歯を剥く。
 「てめぇ、そんな余裕かましてていいのかぁン?
 そろそろ補佐官がツノ生やして探しに来る頃じゃねぇのかよぉ!」
 「っだからそんな大声出さないでって言ってるじゃないですか!
 ボクがどれだけ必死こいて逃げて来たと・・・!」
 必死に抗議するコムイの傍らで、身を隠していた潅木が踏みつけられた。
 「〜〜〜〜見つけましたわァ!!!!」
 「ひぃっ!!ミス・フェイ!!!!」
 1日早くお化けを見たといわんばかりの怯えように、ブリジットが顔を歪める。
 「まぁたこっそり猫を飼っていらしたのね!
 室長といいソカロ元帥といい!
 雨の中で震えていただの溝にはまって動けなくなっていただのと、勝手な理由で次々に猫を拾ってきて!!
 これ以上、ここでは飼えないと申し上げているでしょう!!」
 自分にまでとばっちりが来て、ソカロが気まずげに首をすくめた。
 「か・・・可哀想じゃねぇか・・・。
 腹すかせて鳴いてんだぞ・・・?」
 「お黙りいただけますか、元帥!!
 教団はニャンコハウスではありませんのよ!!!」
 「にゃんこはうす!!」
 ブリジットの口から出た愛らしい名称に、ソカロとコムイだけでなく、ティモシーまでもがときめく。
 「実にいい!!実にいいぜぇ、補佐官!!
 ぜひともこの城をにゃんこはうすに!!」
 「ボク、ニャンコ達のごはん代稼ぐためなら一所懸命働くよぉvvvv
 「俺も!がんばって世話するぜ!!!!」
 いい大人二人が子供と一緒になってはしゃぐ様に、ブリジットの目が吊り上がった。
 「お黙り、野郎共!!!!」
 海も割れんばかりの怒声に男達が飛び上がり、猫と一緒になって縮こまる。
 「教団の予算は限られているのです!
 これ以上、負担をかけるようならあなた方の食費と旅費を削りますわよ!
 泳いで大陸に渡りますか、エクソシスト共!!」
 今にも崖から海へ蹴落とさんばかりの迫力で怒鳴られて、震え上がったソカロとティモシーがぶるぶると首を振った。
 「それに室長!!!!
 猫のためではなく、世のため人のために一所懸命お働きなさい!!!!」
 「えー・・・ボク、リナリー以外の人間のためになんて働きたくな・・・」
 「お返事は!!」
 「はいっ!!」
 食い殺さんばかりに歯を剥かれて、コムイが直立不動の姿勢になる。
 「よろしい、では早速!
 世のため人のために働いて頂きましょう!
 ソカロ元帥!!」
 「なっ・・・なんだっ?!」
 屈みこんでいたソカロが、びくっと背筋を伸ばした。
 「その猫達、城へ入れることは禁じますわ!」
 「可哀想じゃねぇか!!!」
 ソカロが思わず反駁すると、ブリジットは覇気に満ちた目で彼を睨みつける。
 「・・・そう言って、無理矢理城内に入れた猫がもう、何匹いるとお思い?!」
 「うっ・・・!」
 「何匹ですの?!
 さぁ!お答えあそばせ!!!!」
 ずいずいと詰め寄られて、ソカロの巨体が後ずさった。
 「ま・・・まだ4〜5匹程度だろ・・・」
 「その10倍ですわ!!
 いいえ、この猫達を加えれば、60か70に届くかもしれませんわね!」
 更に詰め寄られたソカロが、崖際まで追い詰められる。
 「さぁどうなさるの!
 その猫達を飼うために、これからは泳いで大陸に渡られますか?!歩いて大陸横断しますか?!命がけで餌代稼ぐ甲斐性はあるのですかコノヤロウ!!!!」
 「・・・・・・・・・ごめんなさい」
 ブリジットの怒号を受けているうちに、生きていることすら悲しくなって、ソカロはしおしおとうな垂れた。
 「わかったなら!
 さっさと里親探して渡してらっしゃい!
 そして!
 今、城内にいる60匹の猫達の餌代稼いでらっしゃいませ!」
 「はい・・・・・・」
 すっかり小さくなってしまったソカロに鼻を鳴らし、ブリジットが踵を返す。
 「さぁ室長!
 60匹の猫達のために、身を粉にして働くのですよ!」
 「はい・・・・・・」
 こちらも大きな身体を小さく丸めて、コムイがとぼとぼと連行されていった。
 消沈してしまった男達をじっと見つめていたティモシーは、ブリジットの背中が見えなくなると、慰めるようにソカロの手を握る。
 「落ち込むなよ、おっさん。
 フランシスのかーちゃんもあんなカンジだったよ。
 ポールんとこも、マシューのとこもそうだったし、父ちゃんはみーんな、こわーい母ちゃんに怒られて怒鳴られて無理矢理働かされるんだって言ってたぞ。
 こわーい母ちゃんがいない家は、父ちゃんが働かなくて貧乏になるんだから・・・女がこわいのは、男のためなんだよ」
 「うん・・・そうだな・・・・・・」
 少年の優しさに涙ぐみそうになりながら、ソカロはティモシーの頭をぐりぐりと撫でてやった。


 「おや、どうしたんだい、そんなにしょげ返って?」
 ティモシーに手を引かれて、とぼとぼとやって来たソカロにティエドールが首を傾げた。
 「補佐官のねーちゃんにすごく叱られたんだ!
 しつちょーがこっそり飼ってた猫の里親探せって」
 これ、と、ティモシーが差し出した大きなぬいぐるみには、実のように仔猫達がしがみついている。
 「こりゃまた大漁だね」
 「親だと思ってるみたい」
 よいしょ、とぬいぐるみごとソファに置いても離れようとしない猫達に、ティエドールがクスクスと笑い出した。
 「ソカロが際限なく拾ってくるから、すっかり猫の城になってしまったものね、ここは。
 これ以上はやめろと怒られるのも仕方ないよ」
 むしろ今までよく許してもらえたものだと言う彼に、ソカロが力なく首を振る。
 「拾ってくる度にすげぇ嫌味言われてた・・・・・・」
 「じゃあ、とうとう堪忍袋の緒が切れたってことだろう」
 頷いて、ティエドールは無線を開いた。
 「ジェリーかい?
 今日、酒屋は来るかな?
 仔猫が4匹いるんだが、引き取ってもらえないか、聞いてみてくれるかい?」
 と、回線の向こうから了承の声があがり、ソカロが肩を落とす。
 その隣で、ティモシーは首を傾げた。
 「なんで酒屋なんだ?」
 「ここに酒を入れてるのは造り酒屋なんだよ。
 フランスと違って英国の酒はモルトで作るんでね、ネズミが材料を食い散らかさないように、猫を欲しがる酒屋は多いんだ」
 「へぇー!!!!」
 だったら貰い手は簡単に見つかりそうだと、ティモシーがぬいぐるみごと猫達を抱きしめる。
 「よかったな、お前らーv
 「じゃあ、猫達の処遇は決まったわけだけど」
 しょんぼりと肩を落としたままのソカロにぬいぐるみごと猫達をまとわりつかせて、ティエドールはティモシーをつまみあげた。
 「エミリア君が帰ってこなかったら君、チョコでコーティングしてあげないとねv
 「なぁそれ、ホントにやんの?
 面白そうだけど俺、内側からチョコを食い破っちゃうと思うぜ?」
 おいしそうだし、と笑う彼に、ティエドールが目を見開く。
 「・・・あぁ!
 なんだかいいモチーフが浮かんだよ!
 ティモシー君、キミ、殻を破って出てきたヒヨコやんなさい!
 私が衣装を作ってあげるから!ね!」
 ヒゲ面を寄せてくるティエドールを必死に押しのけつつ、ティモシーが口を尖らせた。
 「やだよ!なんかそれ、だっせぇもん!!!!」
 「ダサくなんかないよ!芸術だよ芸術!!
 さぁ!チョコでコーティングされたくなければ私の言うことをお聞きーv
 きっとかーわいいぞーぅvvv
 「だが!断るうううううううう!!!!」
 必死に抵抗するも、エクソシストになりたての子供が元帥に敵うわけもない。
 簡単に拘束されたティモシーは憮然としたまま、はしゃぐティエドールに飾り立てられていった。


 ―――― その後、正午近く。
 「間に合ったわよね?!」
 勢いよくドアを開けたエミリアは、目の前に立つチョコレートの像を見るや悲鳴をあげた。
 「ティモシーがチョココーティングされちゃったあああああああああ!!!!」
 艶のあるチョコレートの像は、天へ向けて差し伸べた手にリンゴを捧げ持ち、頭には月桂樹の冠を被って、まるで神話の少年神のように優雅な姿勢を保っている。
 「なんで!!
 まだ12時には5分あるじゃない!!!!」
 ティエドールに詰め寄ると、彼はクスクスと笑って奥のソファを指した。
 そこでは、ソカロと共に猫と戯れるティモシーが、目を丸くしてエミリアを見つめている。
 「あんた・・・無事だったのね!!!!」
 「うん。
 アレ、本物のチョコレートだし」
 アート・オブ・ティモシーだと、彼はチョコレートの像を指して嬉しげに笑った。
 「元帥が作ってるとこ、すげー面白かったんだぜ!
 元帥!俺にもやらせてよ!」
 「キミのイノセンスじゃ無理だよ。
 まだ私に憑けるほど、レベルも高くないしね」
 「ちぇー!!!!」
 ばたばたとばたつかせた足に大きな水かきがついていて、歩み寄ったエミリアはまじまじと見下ろす。
 「・・・・・・殻を破ったアヒル?」
 「うん」
 こくりと頷いたティモシーは、黄色いアヒルの着ぐるみの上に卵の殻を履いて、頭にも殻を模した帽子を被っている。
 「チョコレートでコーティングされたって食い破って出てくるぞって言ったら、こんなカッコさせられた」
 お尻がクッションのように大きいためか、ごろごろと転がりながらようやく立ち上がったティモシーに、エミリアが笑い出した。
 「可愛くしてもらったじゃない!
 お腹と殻の隙間は、猫のベッドになっちゃってるわね!」
 「こいつら、出しても出しても入ってくるんだ」
 ティモシーがつまみあげた猫をソカロが受け取って、大きな手の中で転がす。
 「・・・なんて似合わないのかしら!」
 「うん、そう言うことを面と向かって言っちゃうのがエミリア君だよね」
 団員達から恐れられるソカロを前にしても臆さないエミリアに、ティエドールがクスクスと笑った。
 「今、落ち込んでるんだから優しくしてあげてよ」
 「あら、どうかしたんですか?」
 無言で猫達をあやすソカロに問うと、代わりにティモシーが頷く。
 「補佐官のねーちゃんにすごく叱られたんだ!
 もうこれ以上猫は飼えないから、こいつらは里子に出しちまえって。
 さっきジェリーねーちゃんから『酒屋が欲しいってゆってるー』って連絡あったから、名残を惜しんでるとこ」
 「ふぅん。
 確かに猫だらけだもんね、この城」
 無理もない、と頷いた彼女に、ティエドールが首を傾げた。
 「ところでエミリアくぅん、頼んでいた材料は?
 荷物持ちが持って来てくれているのかな?」
 「えぇ。
 あんまり重かったから、運んでる間にティモシーがコーティングされちゃったら困ると思って、先に来たの」
 そう言ってティモシーの頬をつつくエミリアに、ティエドールがまたクスクスと笑う。
 「冗談だったのに」
 「とてもそうは見えませんでしたけどね!」
 鼻を鳴らして、エミリアはドアを開けた。
 廊下を見遣ると、からからと台車の音が聞こえてきて、積み上げられた荷物がゆらゆらと揺れながら角を曲がってくる。
 「あぁ、ようやく来たわ。
 蝋花!こっちよ!!」
 声をかけると、荷物の影からひょこんと顔を出した蝋花が頷いて、からからと運んで来た。
 「元帥、これだけあったら足りるかしら!」
 とてもドアからは入りそうのない高さと幅に積み上げられたお菓子の山に、ティエドールが唖然とする。
 「うん、まぁ・・・十分だよ。
 まさかこんなに仕入れてくれるなんて思わなかったから、びっくりしたなぁ・・・」
 「請求書はティエドール元帥とソカロ元帥に回しますって、ミス・フェイからの伝言よ」
 「補佐官っ!!」
 びくっと飛び上がったソカロから、猫達が逃げ出した。
 「あ!外に行っちゃ・・・ねーちゃん!捕まえてくれ!!」
 荷物の向こう側からおさげだけが見える蝋花へティモシーが声をかけると、彼女は台車の隙間から出てきた猫達を次々に捕まえる。
 「どっ・・・どうですか!!」
 荷物の隙間からティモシーに猫を渡し、蝋花は懸命に中の様子を窺った。
 「わっ・・・私、アジア支部科学班の見習いで、蝋花と言います!
 本部科学班に異動を希望していますので、ぜひお見知りおきをー!!」
 「あぁ、そうなの。
 でも私達、科学班に影響力なんかないよ?」
 あっさりと言われて、蝋花は荷物の隙間から、怪しく光る目でエミリアを睨む。
 「・・・そうなんだー。知らなかったー」
 気まずげに目を逸らしながら白々しく声をあげたエミリアが、未だ消沈するソカロの腕を叩いた。
 「ホラ、いつまでしょげてんですか、元帥!
 らしくないわよ!
 猫ちゃん達はさっさと里親に渡して、作業しちゃいましょ!
 あたしも手伝ってあげるからさ!」
 言ってソカロに荷物を運ばせたエミリアが、空になった台車をティモシーに渡す。
 「あんた、殻の中に猫ちゃん達入れて、ジェリー姐さんのとこに連れて行きなよ。
 ついでに台車を返しておいで」
 「はぁい!」
 ジェリーの元へ行けばお菓子をもらえるだろうと期待に目を輝かせ、ティモシーは嬉しげに走っていった。


 食堂では既に甘いお菓子の焼ける匂いが漂っていて、ティモシーはからからと台車を押しながらカウンターへ駆け寄った。
 「ジェリーねーちゃーん!
 猫持って来たぞ!!」
 声をかけると、厨房から出てきたジェリーが歓声をあげる。
 「んまぁティモシーちゃん!
 可愛くしてもらっちゃってぇんv
 殻がついたままのアヒルの仔に、ジェリーが頬を染めた。
 「アラアランv
 猫ちゃん達はすっかりアンタのお腹が気に入っちゃったみたいねぇんv
 「出ていかねぇんだ、こいつら」
 不満げに言って猫達をつまみあげると、ジェリーが受け取ってくれる。
 「お酒屋さんには裏口で待ってもらってるからぁん、あげてくるわねんv
 ティモシーちゃん、お使いのご褒美にお菓子食べて行きなさいよぉんv
 「うんっ!!」
 キラキラと目を輝かせるティモシーの頭を撫でて、勝手口から外へ行ってしまったジェリーの代わりに、シェフ達がわらわらと寄って来てお菓子の皿を差し出した。
 「おい、これ食って見ろよ」
 「俺の新作も食え食え。そんで感想言え」
 「なんでお前らそんなにえらそーなのっ?!」
 ずいずいと突きつけられる皿に及び腰になりながら、ティモシーは色とりどりのクッキーを掴んで口に入れる。
 「にんじんっ!!」
 ぶふっと吹き出したティモシーに、製作者がため息をついた。
 「バレたかー・・・これならリナリーも食べると思ったんだが」
 「こっちはどうだ?ホレ、さっさと食えよ」
 「ビーマンンン!!」
 苦々しく顔をしかめて吐き出したティモシーに、製作者が舌打ちする。
 「仕方ねぇなぁ・・・これならどうだ?!」
 「見た目からしてゴボウのフライじゃねぇか!!!!」
 「・・・チップスだよ。うまいぞ?」
 「うまいもんか!!!!」
 まともな菓子はないのかと、泣き声をあげるティモシーに、シェフ達は仕方なくパンプキンパイと焼きリンゴを差し出した。
 「っ最初から・・・これ出してりゃ・・・いいのにっ・・・うまいっ!!」
 もごもごと口に詰め込んで頬を染めるティモシーを、シェフ達が邪悪な目で見下ろす。
 「騙されやがった!
 パンプキンパイと見せかけて、ニンジンをたっぷりすりおろしてあるんだぜぇ!」
 「焼リンゴと見せかけた玉ねぎだよーんv バーカ♪」
 「むぎゃー!!!!」
 酷いシェフ達に囲まれて、ティモシーが絶叫した。
 「うまかったんだろ?
 もっと食えよ俺のパイv
 「玉ねぎもこうすればうまいってわかったろ?
 これからも作ってやっから、もう残すんじゃねーぞ!」
 泣き喚くティモシーを楽しげにつつくシェフ達の背後で、他のシェフ達が首を傾げる。
 「あとはピーマンだなー・・・」
 「ピーマンどうすっかなー・・・・・・」
 「もっ・・・もう、二度とお前らなんか信用するかっ!!!!」
 泣いて踵を返したティモシーの襟首が、がしりと捕らえられた。
 「いいから協力しろよ」
 「俺らのピーマン料理、全部食ってけ」
 「イヤだああああああああああ!!!!」
 絶叫しても、自身らの仕事に対して妥協のない彼らが許してくれるはずもない。
 ティモシーは椅子に縛り付けられ、次々と運ばれてくる野菜料理を無理矢理詰め込まれていった。


 「あいつ、いつまでおやつの時間かしら!」
 蝋花と一緒に元帥達の手伝いをしながら、エミリアは時計を見上げた。
 「さっさと帰ってくればいいのに!」
 「いえ、でもぉ・・・ちょうどお昼時ですもんー。
 おやつのつもりがランチになってるんじゃないですかぁ?」
 くぅくぅと切なく鳴るお腹をさすりながら蝋花は、手近のクッキーをつまむ。
 「とてもじゃないけど、お菓子なんかじゃ満たされないでふ」
 などと言いながら、彼女の手は中々止まらなかった。
 「ちょ・・・ちょっとちょっと!
 それ、食べ尽くさないでおくれよ!!」
 慌てたティエドールがクッキーの箱を取り上げ、花形に抜かれたそれをチョコレートの像に飾って行った。
 「あぁ、なるほど!
 それはドレスの裾飾りなんですね!」
 「うん、赤いアンゼリカがアクセントになっていいでしょv
 歓声をあげたエミリアに頷いたティエドールが、様々な形のクッキーやキャンディーを組み合わせ、ドレスやアクセサリーを作っていく。
 その傍らでは、ソカロが巨体にふさわしい膂力で、大鍋に溶かしたチョコレートをかき混ぜていた。
 「おい、そろそろいいんじゃねぇか?」
 声をかけると、ティエドールは持っていたクッキーの箱をエミリアに渡し、鍋に歩み寄る。
 「じゃあ、もう一体いっくよー!」
 ティエドールの手の中でイノセンスのノミが華麗に回転し、巻き起こった風が艶やかな褐色の液体を鍋から立ち昇らせた。
 ティエドールが熟練の陶芸職人のような手を褐色の流れに差し伸べると、それはたちまち人の形となり、顔に笑みすら浮かべて鍋の中に立ち上がる。
 「あ・・・これって・・・!」
 思わず笑顔になったエミリアに、ティエドールもにこりと笑った。
 「まだ黒いのに、よくわかったね。
 これから白くコーティングして、飾ってくよんv
 ソカロが鍋から出し、作業台に乗せた人形に、ティエドールが白くて細かい糖の粉末をスプレーし、ギリシャ彫刻のような美しい像にする。
 「神田v
 「アート・オブ・ユー君だよんv
 出来上がった像を、ソカロが綿菓子で出来た雲の上の神殿に置いた。
 すると、女神姿のクラウドを挟んで、イタズラ天使のティモシー、青年神の神田が配置される。
 「・・・この構図はちょっと面白くないかな」
 捧げ持ったリンゴをクラウドへ渡そうとする格好のティモシーはともかく、今にも動き出して彼女をエスコートしそうな神田の姿には妬けてしまった。
 「そうですかぁ?
 素敵だと思いますぅ!」
 事情を知らない蝋花は、クラウドを自分に、神田をアレンに投影して、うっとりと頬を染める。
 「こんなに素敵なのに、なんで堂々とやらないんですかぁ?」
 何気ない一言に、三人の動きが止まった。
 「こんなの作ってるってバレたら・・・破壊されるからよ」
 ぼそりと言ったエミリアに、蝋花は小首を傾げた。
 「なんでですかぁ?嬉しいと思いますよぉ?」
 こんなに手をかけてもらって、と、うっとり見上げた女神像は、キャンディーの宝石を照明にキラキラと輝かせ、クッキーの裾を長く引いて、鞭を片手に堂々と騎乗している。
 「・・・なんで馬じゃなくて猿なのかなぁとは思いますけど」
 どこかの国の神話だろうかと、蝋花は反対側へ首を傾げた。
 すると苦虫を噛み潰したような顔のソカロが、大きな手で蝋花を指す。
 「なんでこんな疎い奴連れて来たんだぁ?!
 クラウドにバレたら台無しだろぉがよ!!」
 「そんなことあたしに言われたって知らないわよ!
 ティモシーを人質にされて、大量の買出しに行かなきゃいけなかったんだから、荷物持ちを選んでる暇なんかなかったの!!」
 ソカロ相手に堂々と言い返したエミリアに、ティエドールが吹き出した。
 「さすがにウチの国の女の子は強いね。
 ソカロ、口で敵うわけないんだから、君はまた鍋でもかき回してなさいよ。
 えぇと・・・蝋花くんだっけ?
 これをプレゼントしようと思っているクラウドは、11月1日が誕生日なんだけど、三十路越えちゃってるからこういう派手な演出は嫌がるんだよねー。
 それをあえてやろうと言う、私達の心意気ってゆーか、嫌がらせ・・・ごほんっ!
 ううん、仲間へ対する思いやりをね、サプライズという形で見せつけてやりたいから、当日まで秘密なんだよーんv
 「・・・今、三十路越えとか嫌がらせとか」
 「言ってないよ?」
 こほん、と、またわざとらしい咳払いをして、ティエドールは蝋花へ笑いかける。
 「サプライズなんだから、黙っててくれるよね?
 イヤだって言ったら、無理矢理黙らせちゃうことになるけどv
 優しい顔をして物騒なことを言うティエドールに、蝋花が震え上がった。
 「そっ・・・それは一体どういう意味でありましょーかぁ!!!!」
 「そのままの意味だとも」
 クスクスと笑って、ティエドールは手の中でイノセンスを弄ぶ。
 「科学班に影響力はないんだけど、私達は元帥だもの。
 気に入らない団員の一人や二人、追い出すのは簡単だよん♪」
 意地悪く舌を出した彼に蝋花は、がくがくと頷いて沈黙を誓った。


 「エミリアアアアアアアアアア!!!!」
 泣きながら戻って来たティモシーに抱きつかれて、エミリアは持っていたお菓子をぶちまけそうになった。
 「ちょっとあんた!
 突撃すんのやめなさいって言ってるでしょ!どうしたの!!」
 なんとか姿勢を保ったまま叱りつけると、ティモシーは涙でぐしゃぐしゃになった顔をあげる。
 「ジェリーねーちゃんがいなくなった途端、シェフの奴ら・・・俺に苦い野菜ばっか食わせたああああああああ!!!!」
 「ふうん・・・にんじんとかピーマンとか?
 あの人達、あんたがいっつも残すからって、ムキになってたみたいだもんねぇ」
 とうとう食べさせられたのかと、エミリアがにんまりと笑った。
 「じゃあなに?
 今、あんたのお腹の中は、お野菜でいっぱいなワケ?」
 「う・・・うん・・・・・・」
 シェフ相手に逃げられなかったことが悔しいのか、顔を真っ赤にして頷いたティモシーに、エミリアが笑い出す。
 「アヒルのおなかに野菜がぎっしり詰まってるなんて!
 このままオーブンで丸焼きにしたらきっとおいしいわね!」
 「んなっ!!!!」
 怒り出したティモシーとは逆に、ティエドールやソカロ、蝋花まで笑い出した。
 「ぷにぷにの肉だから、さぞかしうまいだろうぜぇ!」
 「ジェリーは豚だって丸ごと焼いてしまうからねぇ。
 アヒルの仔くらい、簡単に焼いてしまうよ」
 「私ぃ!北京ダックが食べたいですぅ!」
 「うるせええええええええええええ!!!!」
 食べる気満々の彼らに怯えたティモシーが、震えながらエミリアの影に隠れる。
 「近寄るんじゃねぇよ肉食獣ども!!
 お・・・俺なんかうまくないんだからな!!」
 「十分おいしそうよv
 ぷにぷにとした頬をつまんで、エミリアが笑った。
 「ホラ、冗談なんだからあんたも手伝いなよ。
 お師匠様飾ってあげなさい」
 ぽんぽんと背中を叩かれ、押し出された先にはほぼ出来上がった像がある。
 しかし、ティモシーは眉間にしわを寄せ、思いっきり首を傾げた。
 「これ、変だよ。
 神田がこんなに笑うわけねぇもん」
 本物ではありえない笑顔を指摘されて、ティエドールが首をすくめる。
 「うっ・・・そ・・・そこは私の願いと言うか・・・!」
 「いいのよ、素敵なんだから!」
 きっぱりと言ったエミリアが、真っ直ぐにティモシーの像を指した。
 「あんただって、こんなに可愛くないじゃん!」
 「ばかやろー!俺はもっと男前だッ!!」
 きゃんきゃんと喚き合う二人を、蝋花が微笑ましく見つめる。
 「仲良し姉弟なんですねぇv
 ねぇ、ティエドール元帥ぃv
 私も、仲良しのウォーカーさんと並んで飾って欲しいですぅv
 おとなしそうな顔をしてやることは打算的な蝋花に、知らず頷こうとしたティエドールの首を、ソカロが掴んで止めた。
 「やめとけやめとけ、フロワ!
 そんなもんリナリーに見られたら、一瞬で粉々だぜぇv
 「え?そうなのかい?
 じゃあ、リナリーとウォーカーを並べようか?」
 「そんなあああああああああああ!!!!」
 なんのために手伝っているのかわからないと、不満を漏らす蝋花をエミリアが押しのける。
 「だから、神田の横にあたしを飾れってゆってんのにv
 「だから、そんなことしたらクラウドが、キミの像の首を切ってしまうよ?」
 わかりきった光景を幻視して、ティエドールが苦笑した。
 「この3人がちょうどいいんだよ。
 ユー君が壊す可能性があるけど・・・この配置なら、クラウドが止めるだろうしね」
 「このプレートは粉々にされるだろうけどな」
 にやにやと笑いながら、ソカロは分厚いチョコレートのプレートに、大きく書かれた『HappyBirthday!』の文字を見下ろす。
 「なぁ、やっぱカラフルな菓子で、33歳って加えてやった方がよくねぇか?嫌がらせ的に」
 「やってもいいよ。
 キミの首が胴から離れる瞬間を、私も見てみたいし」
 くすくすと笑うティエドールの前で、ソカロは沈黙した。
 「さぁさぁ、祝いと嫌がらせの際どいラインを綱渡りしようって企画なんだから!
 用心深くやろうじゃないか!」
 「俺は関係ないからな!!」
 すかさず言ったティモシーに、皆が悪い笑みを浮かべる。
 「そうは問屋がおろさねぇんだよぅ、クソガキィ!」
 「あんた、あたしに買出しに行かせときながら逃げようなんて、許さないんだからね!」
 「荷物持ち重かったんですからぁ!!」
 「もうキミは共犯なんだよぅ、ティモシーくぅんv
 「ふぎゃ――――!!!!」
 邪悪な大人達に迫られて、小さなティモシーは逃げ場を塞がれてしまった。



To be continued.


 










2012年ハロウィンSS第2弾ですv
別名、和みのソカロ元帥SS(笑)
以前、使おうとして使わなかったネタを一気に消費してみました!
あんな顔して猫と子供には懐かれるソカロ元帥が書きたかったのですよ(笑)
捏造だなんて、わかっているさ!
別次元のことだとでも思って読んで下さいな(^^)
そう!仮想だと!!!!←うまいこと言ったって顔。












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