† TROUBLE W †






 闇の中に引きずり込まれた途端、背後から伸びて来たあまたの手に絡めとられ、小さなリナリーは軽々と奥へと運ばれた。
 「やだぁっ!!なにすんのっ!!」
 じたじたと暴れるが、細い腕は蛇のようにくねってリナリーに絡み付いてくる。
 「んぎー!!!!」
 思いっきり噛み付いても、痛覚がないらしいそれは却って好都合とばかり、彼女の口を塞いだ。
 やがて、いくつものジャック・オ・ランタンが明りを灯す、カラフルな部屋に連れ込まれ、宙に浮く透明な球体にぎゅうぎゅうと押しつけられる。
 「ちょ・・・なにすんのっ!」
 風船のように弾力のある球体には切れ目も見えないが、押し付けられているうちに突然、リナリーの身体がころりと中に転がった。
 「だぁぁぁせぇぇぇぇ!!!!」
 一回転して起き上がったリナリーは、透明な球体の内側をばんばんと叩くが、ゴムのような素材は彼女の力も声も吸収して、ぽいんぽいんと宙を跳ねるだけだ。
 「くうっ!!」
 悔しげに目尻を染め、辺りを睨みまわすリナリーの頭上から、ロードが逆さまに顔を出す。
 「ふふふv
 リーナリィーv つーかまーえたっ!」
 「ロード・・・!」
 天井を見上げると後ろに転がってしまい、彼女はロードを睨むことすらできなかった。
 「出してよっ!!」
 「やーだよっ♪」
 にょきっと生やした手を天井に当て、くるりと一回転して球体の傍まで下りてきたロードが、中に閉じ込められたリナリーをにまにまと眺める。
 「ふふv
 子供の白ウサギなんて、可愛いじゃんv
 教団ってば服だけじゃなく、身体ごと仮装しちゃうんだねぇv
 おもしろい、と、はしゃいだ声をあげる彼女にリナリーがむくれると、軽やかに床に降り立ったロードは、部屋にいくつも置かれたプレゼントの箱を開けた。
 「んー・・・こっちは妖精の衣装だったか。
 えーっと・・・魔女はどこだ?」
 次々とリボンを解き、包装紙を破って箱を開けていたロードは、ようやく目的のものを見つけたらしく、黒いワンピースの上に黒いマントを羽織る。
 「可愛いでしょお!」
 大きな黒のとんがり帽子は紫のリボンで飾られ、魔法の杖の先には小さなジャック・オ・ランタンがついていた。
 階段を上るように宙にのぼったロードが、球体の中のリナリーへにんまりと笑う。
 「な・・・なによ・・・!」
 嫌な予感がして顔を引き攣らせた彼女に、ロードは楽しげに杖を向けた。
 「そーいそーいそーい♪」
 ロードが杖を回すのに合わせて、球体がくるくると回転する。
 「きゃあんっ!!きゃんっ!!きゃんっ!!」
 中でころころと転がるリナリーの格好が楽しいのか、ロードがけらけらと笑った。
 「可愛いーv
 もっと転がってよぉv
 「やっ・・・だっ!きゃんっ!!」
 抵抗しようにも球体の中では踏ん張りもきかず、ころころと転がったリナリーはくるくると目を回してしまう。
 「き・・・気持ち悪いぃ・・・!」
 「ありゃ。やりすぎちゃったかなぁ」
 いけしゃあしゃあと言って、ロードは球体を床に下ろした。
 「お前、ちょっとそのまま寝てなよぉv
 お着替えさせてあげるからさv
 「う・・・!」
 球体が弾けて消えても、完全に目を回したリナリーは起き上がることも出来ない。
 「おやすみぃv
 その言葉と共に杖を向けられると、瞼を開けていられなくなって・・・リナリーは床に、ことりと転がった。


 一方、シェリルに連行された一行は、ロードがリナリーで遊んでいる部屋とは別の、いかにも金をかけたと思われる部屋に案内され、ふかふかのソファに並んで腰を下ろしていた。
 目の前のテーブルには、可愛らしいポットカバーをかけられたティーポットときらびやかな茶器が並び、色とりどりのお菓子や軽食が所狭しと並んでいる。
 思わず目を輝かせたアレンとラビに、しかし、シェリルは忌々しげに鼻を鳴らした。
 「ノアは客人をもてなさないなんて、後で言われるのも不愉快だからね。
 好きに飲み食いすればいいが・・・ボクはキミ達に給仕をしてやるほど落ちぶれちゃいない。
 せいぜいティキをこき使いたまえ」
 「なんで俺なんだよ・・・」
 対面のソファに傲然と座るシェリルを上目遣いで見ながら、ティキはティーポットのカバーをはずす。
 「お茶でもいかがかな、子供達?」
 両側に座るエクソシスト達に声をかけるが、
 「け・・・結構ですよ!」
 「て・・・敵に情けは受けないさっ!」
 うっとりと眺めていたテーブルから無理矢理視線を剥がして、二人は懸命に強がりを言った。
 「じゃあ注いでてやるから、冷めないうちに飲めよ。
 シェリルは?」
 尋ねるが、機嫌の悪い彼は無愛想に首を振る。
 「ホスト役がそんな無愛想でいいのかねぇ。
 仕事では愛想振りまいてるんだろ?」
 何気なく言ったティキを、シェリルが物凄い目で睨んだ。
 「・・・仕事は仕事。
 彼らをもてなすことが千年公の命令であるのなら、いくらでも笑って見せるけどねぇ」
 「・・・・・・はいはい、すみません」
 首をすくめて、ティキはクッキーを取り上げる。
 「ホレ、無理すんなって」
 じっとクッキーを見つめていたアレンの口にそれを放り込んで、ティキは自身の首に絡んだままのクラウン・ベルトを指した。
 「うまいクッキーのお礼に、これ解けよ」
 「い・・・嫌ですよ!!」
 「それ解いたら、なにされっかわかんねーさ!」
 「そんなこと言わずにさぁ」
 大声をあげたラビの口にもクッキーを放り込んでやって、ティキはカップを取る。
 「せっかくのご招待だよ?
 楽しく過ごせばいいじゃん」
 「過ごせるかっ!!」
 二人して大声をあげた時、いきなり何かが降ってきて、テーブルの上の茶器が派手な音を立てて割れた。
 「あぁっ!
 それはマイセンの特注品・・・!!」
 シェリルの絶望的な声を聞くや、テーブルに降り立ったそれは彼へ飛び掛る。
 獣のような俊敏な動きにさすがのシェリルが逃げきれず、銀の刃が頬をかすってソファの背もたれに深々と刺さった。
 「ちょっ・・・とキミイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!
 このソファはイタリアの職人に二年がかりで作らせた逸品なんだよ!!
 気安く切り裂いてくれて・・・キミなんかが一生働いたって買える物じゃないんだからね!!!!」
 「うっせぇよ、悪党が!」
 喚声すら斬り捨て、彼はソファから抜いた刀をシェリルへ突きつける。
 「リナリーはどこだ?!」
 「ユ・・・ユウ・・・!」
 「・・・君、どっから降ってきたの?」
 唖然として天井を見上げるが、そこは何の変哲もないただの天井で、穴など見当たらなかった。
 が、
 「あのクソガキに落とされた」
 と、忌々しげな顔で、神田が舌打ちする。
 「うん、今の君もクソガキだけどね」
 「うっせぇよ、モヤシ!!」
 まだ子供薬の効果が消えない神田は、身長もいつもの半分ほどしかなく、テーブルの上に立ってようやくシェリルに刃を突きつけている状況だった。
 「おい、早く言・・・」
 言いかけた神田の腕が、自身の意志によらずシェリルから引き離される。
 「てめぇ!なにを・・・!」
 「ボクの可愛いロードをクソガキ呼ばわりとは失礼な子供だね!
 その上、ボクの大事な食器やソファまでダメにして・・・!
 いい死に方ができると思わないでおくれよ!!」
 手の中の糸を操り、宙に吊り下げた神田へ向かって怒鳴るがしかし、彼は小さな鼻を生意気に鳴らした。
 「俺をテーブルの上に落としたのはその『可愛いロード』で、俺が攻撃するとわかっててお前のいる部屋に落としたのもその『可愛いロード』だぜ。
 文句ならあいつに言いな!」
 「う・・・・・・!」
 外務大臣ともあろうものが簡単に言い負かされてしまって、悔しげに震える。
 「さすがユウ!嫌味合戦では敵ナシさ!」
 「・・・ホントに、なんであの人は人の弱点抉るのが得意なんでしょうね」
 ロードですら唖然とさせたことのある暴言王は、声を失くしたシェリルを傲然と見下ろした。
 「お前がリナリーの場所を吐かないってぇんなら・・・」
 神田の目が部屋を一巡し、シェリルの背後にあるマントルピース上の像に止まる。
 「あの唐三彩が粉々になるぜ!」
 「きっ・・・キミ・・・・・・!
 なぜあれが一番高いものだと・・・・・・!」
 子供だと侮っていたがとんだ目利きだと、驚くシェリルに神田は鼻を鳴らした。
 「す・・・すげぇさ、ユウ!
 あれが本物の唐三彩だって見抜くなんて・・・さすがティエドール元帥の弟子さ!」
 と、素直に感心するラビの隣で、アレンは乾いた笑みを浮かべる。
 ―――― イカサマポーカーと同じじゃん・・・。
 アレンの見た限り、神田は別に目利きと言うわけではなく、シェリルが無意識に庇ったものがこの部屋で最高の物だと察してかまをかけただけだ。
 それにはティキも気づいたらしく、苦笑して何か言おうとした彼を、アレンはベルトを引いて黙らせる。
 「さぁ!
 リナリーの居場所を言いな!」
 「う・・・!
 しかし・・・ロードが・・・!」
 逡巡するシェリルに、気の短い神田はこめかみを引き攣らせ、逆手に持ちかえた刀で彼の糸を切り裂いた。
 「待って待って待ぁぁぁぁぁぁって!!!!」
 一瞬でマントルピースへ飛び掛った神田に、シェリルが彼らしくもなく取り乱して大声をあげる。
 「わかったから・・・!
 わかったからちょっとお待ち! 
 お嬢さんはボクが責任を持って無事にお返しするから、キミ達もさっさと帰っておくれ!!」
 「テメェの口約束だけじゃ信じられねぇな!」
 「だからやめてえええええええええええええええ!!!!」
 像へ向けて刀を振りかぶった神田を、シェリルが必死に止めた。
 「すぐに!
 すぐにロードに連絡するから・・・ちょっと待ってちょっと!ちょっとだから!!」
 言うやロードへ呼びかけるシェリルに、繋がれたままのティキが苦笑する。
 「いやぁ・・・シェリルがあんなに慌てんの、初めて見たなー・・・」
 「あの人のメモリーってなんなんです?」
 ロードと何事か話しながらも、必死に神田から像を守るシェリルの姿に、アレンが呆れた。
 「もしかして、強欲とかそんなの?」
 「正解。
 シェリルは『欲』のノアだよ」
 「どーりで・・・」
 妙に納得できて、ラビは大きなマカロンを頬張る。
 「そんな奴には一番の敵さね、ユウちゃんは」
 歴史的価値のあるものを破壊するなど考えもしない自分や、高額なものに目がないアレンにはとてもできない攻撃手段だと、ラビが呆れた。
 「唐三彩の本物なんて、滅多に見られるもんじゃないからさー・・・素直に言うこと聞いて欲しいもんだね、お嬢さんには」
 「がんばれおじさんー」
 アレンも、あまりに必死な姿についついシェリルを応援してしまう。
 「だったら止めてやろうとか思わないわけ?」
 口だけで動こうとしない二人に、ティキは呆れ声をあげた。
 が、
 「ユウに任しときゃ、順調にことが運ぶさ」
 「あの人、本物の鬼ですからね」
 白々しいほどに信頼の厚いことを言って、二人は神田の破壊から逃れたお菓子を次々に口に運ぶ。
 「・・・お前ら、敵の情けは受けないんじゃ・・・」
 さっきの言動と一致しない、と呆れるティキに、二人は肩をすくめた。
 「なんか、あっさりカタがつきそうだからさ」
 「せっかくだからいただこうかと」
 神田の登場で余裕が生まれたらしい彼らは、傲慢にもカップをティキへ向ける。
 「お茶」
 「はいはい・・・・・・」
 なんだか納得しがたい状況ではあったが、ティキはこれも破壊を免れたティーポットを取って、我侭な客にお茶を注いでやった。


 「リーナリィ!
 リナリー!起きてぇ!
 リーナリィ!」
 何か固いもので頭をコンコンと叩かれて、リナリーは憮然と目を開けた。
 「痛いじゃないか・・・!」
 ムッとして目の前のロードを睨むと、彼女は呆れ顔で肩をすくめる。
 「いつまで寝てるんだよぉ!
 僕、確かに眠れーって暗示はかけたけど、こんなにぐっすり寝ちゃった子は初めてだよ。
 よくもまぁ敵地で、ぐーすか眠れるもんだねぇ!」
 と苦笑され、リナリーは慌てて身を起こした。
 「う・・・うるさいな!!
 そっちのせいでしょぉ!」
 真っ赤になって反駁したリナリーは、椅子に座った自分の足が、ちゃんと床についている様にはっとする。
 「元に戻ってる!」
 「うん。
 散々お子様衣装着せて遊んだから、次は元通りにして遊ぼうと思って」
 元の姿に戻してやったのだと、ロードは得意げに笑った。
 「せっかくだから、うんとセクシーな服を着せてあげたよ!お礼を言いなよ!」
 けらけらと笑って杖を振り回したロードは、大きな姿見をリナリーの傍に寄せる。
 「なによ、その態度・・・」
 傲慢なロードに文句を言いかけたリナリーは、鏡に映った姿を見るや椅子を蹴って立ち上がった。
 「セクシーすぎるでしょこれええええええええええ!!!!」
 ビキニかと思うほど露出の激しい衣装を着せられ、頭に黒いウサミミのついたカチューシャをはめられたリナリーは、全身を真っ赤にして絶叫する。
 「なんて格好させるのよ!!!!」
 悲鳴じみた声をあげて詰め寄ると、リナリーを正面からじっくり見つめていたロードの顔から突然、笑みが消えた。
 「・・・ごめんなさい」
 「はい?!」
 意外にも素直に謝られて、リナリーが戸惑う。
 「な・・・なによ・・・?!なんのつもり?!」
 あのロードがこんなにも素直に謝るはずがなく、きっとなにか悪巧みをしているはずだと勘繰るリナリーに、ロードは小さく吐息した。
 「あのさ・・・それ、ルルに着せようと思って作ってたんだよね。
 だから・・・」
 物凄く嫌な予感がして、顔を引きつらせたリナリーを、ロードは申し訳なさそうに見上げる。
 「ゴメンネ、こんなに胸がないなんて・・・思わなかったんだ。
 パット入れる?」
 「うっ・・・うるさいなぁ!!」
 裏返った怒声を上げて、リナリーは両手で胸を覆った。
 「リ・・・リナリーはまだ成長途中なだけだもん!!
 ま・・・まだ本気出してないだけなんだからね!!!!」
 「泣かないでよぉ・・・」
 うずくまってしまったリナリーの頭を杖の先でポコポコと叩きながら、ロードは小首を傾げる。
 「あのさぁ、成長途中のリナリーに提案なんだけどぉ」
 「なんだよっ!!」
 目にいっぱい涙をためて、凶暴に歯を剥くリナリーにロードは苦笑した。
 「僕の力なら、胸をおっきくしてあげること出来るよぉv
 ただし、そうなると素早く動きにくくなるから、今までみたいな世界最速の動きはできな・・・」
 「ぜひおっきくして!!」
 「・・・即答だねぇ」
 戦力を減退させてまでも欲しいものだろうかと、ロードは呆れ顔で杖を振り回す。
 「後で泣いちゃっても知らないからねぇ?」
 ロードが杖を振り回すと、リナリーの肩が妙に重くなり、衣装の隙間が埋まっていった。
 「ほ・・・ほんとにこんなことが・・・・・・!」
 クラウドやミランダを見る度に憧れた胸の谷間を真下に見ることができて、リナリーが頬を染める。
 「リアルに見えるけどこれ、夢の中の出来事だから、起きてる間だけ有効だよぉ」
 苦笑しつつ言ったロードの言葉を聞いているのかいないのか、じっと自分の胸を見つめるリナリーは、嬉しそうに頷いた。
 「できるだけ寝ないでおくよ!」
 「は?いや、リナリーじゃなくてさぁ・・・」
 『ロードの』夢なのだから、『ロードが』眠るまでは有効だ、と言ったつもりが、リナリーには曲解されたらしい。
 「・・・ま、いいか」
 説明しなおすのもめんどくさいと、吐息したロードをリナリーがキラキラした目で見つめた。
 「な・・・なぁにぃ・・・?」
 未だかつて、こんなにも好意的な目でリナリーから見つめられたことはない。
 思わず歩を引いてしまったロードの手を、彼女は両手で握った。
 「ロード、あなた・・・生まれて初めていいことしたと思うよ!」
 「・・・今、さり気に僕を全否定したってわかってるぅ、この小娘ぇ?」
 いつもの傲慢さすら忘れ、乾いた笑みを浮かべたロードの心情など慮りもせず、リナリーは嬉しげに彼女の手を振り回す。
 「嬉しい嬉しい嬉しい!!!!
 あぁ、ここに神田がいないのが残念だなぁ!
 いつもひんぬーだの発育不全だの好き勝手言ってるから、これ見せてあの暴言塞いでやりたい!!」
 はしゃいだ声をあげるリナリーに振り回されて、ロードは迷惑げな顔で彼女の手を振り解いた。
 「神田ユウなら僕を追っかけて扉に入って来たけど、どうせ本物じゃないんだから見せたって空しいだけ・・・」
 「神田来てるの?!よし!見せに行こう!!」
 「・・・・・・リナリーってば、人の話を聞かない子だねぇ」
 ハイテンションのリナリーにまた手を掴まれ、ロードは引きずられるように部屋を出る。
 「ねぇ!どこにいるの?!」
 早く案内しろと、急かすリナリーにため息をついて、ロードは神田を落とした時と同じく、彼女の足元に穴を開けてやった。


 「プティフールってさ、見た目は可愛いけど、小さいから物足りないよねぇ」
 「お前にとっちゃ、ホールケーキも『プティフール』だろうさ」
 神田とシェリルの攻防を眺めつつ、お菓子を頬張るアレンとラビが、優美に飾られたプティフールの皿に再度手を伸ばした時、
 「きゃんっ!!!!」
 通常ではありえない大きさの黒ウサギが、悲鳴をあげて降ってきた。
 唖然として固まった二人とティキが見つめる前で、黒ウサギは見事なボディラインを惜しげもなくさらしてテーブルの上に立ち上がる。
 「もぉー!!
 落とすんなら、もっと安全な場所に落としてよぉ!」
 着地は決めたものの、足元には割れた食器とお菓子が散乱していた。
 「あーぁ・・・。
 ロード、これ・・・高価なんじゃないの?」
 抱っこしたロードに問いかけると、彼女は平然と首を振る。
 「お父様がマイセンの窯に特注した紋章入りの食器ってだけで、大した金額じゃないよぉ」
 「・・・十分高価そうだね」
 気まずげな顔でテーブルを降りたリナリーは、ソファに座ったアレン達に気づいて喜色を浮かべた。
 「アレン君達も来てくれてたんだ!!」
 神田だけだと思っていただけに感動もひとしおで、リナリーはロードを放り出して彼らに抱きつく。
 「嬉しいよっv
 「ひゃああああああああああ!!!!」
 「リッ・・・リナリッ・・・!!!!」
 いきなり奇妙な悲鳴をあげた二人を訝しげに見ると、どちらも首まで真っ赤になっていた。
 「どぉしたの?」
 「どっどっ・・・どしたもなにもっ!!!!」
 「服っ!!服着て服!!!!」
 裏返った声で喚く二人に、リナリーはますます訝しげに首を傾げる。
 「服?服なら着てる・・・ひゃあっ!!!!」
 自身が着ている服・・・と言うには扇情的過ぎる衣装を見て、リナリーは全身を紅くした。
 「年頃の娘が、下着姿でうろつくんじゃねぇよ!」
 唯一、こんな姿でも苦言を言える神田が、窓辺のカーテンを引きちぎってリナリーへ放る。
 「これでも羽織ってろ!」
 「そのレースはフランドルの逸品んんんんんんんんんんんん!!!!」
 乱暴な扱いに絶叫したシェリルには気まずい思いをしつつも、リナリーはレースのカーテンを羽織らせてもらった。
 「で?
 なんだ、あのカッコは?」
 神田が、犯人に違いないロードへ問いかけると、彼女は意地悪く舌を出す。
 「黒ウサギだよぉv
 リナリーをさらった時さぁ、白いふかふかの仔ウサギだったじゃんー?
 だから元の姿に戻した最初は、黒ウサギの衣装を着せようって決めてたのぉv
 元の姿に、と言う言葉に、未だ子供の姿のままの神田とラビが耳をそばだてた。
 「・・・お前、薬の効力を無視して元に戻せるのか?」
 「僕を誰だと思ってんのぉ?」
 クスクスと笑って、ロードはリナリーの羽織るカーテンを引き剥がす。
 「んぎゃっ!!」
 「見て見てぇ!
 ナイスバディでしょ!
 リナリーが、胸をおっきくして欲しいってゆーから、叶えてあげたんだよぉv
 それは確かにその通りだが、ここで言わなくていいのにと、リナリーはロードを睨みつけた。
 「この衣装、元々はルルに作ってあげたんだぁ。
 あいつ、猫にばっかなりたがるから、たまにはウサギもいいよねーって。
 ね?すっごく可愛いでしょぉ?
 ブラのストラップはお花のレースにしてあげてるし、ウサギ尻尾つきのパンツもちゃんとレースにしてあげてるのぉv
 ブーツもウサギの足みたいにふかふかしてるんだよぉv
 「ちょ・・・やめてよぉ!!」
 リナリーに後ろを向かせて、細かく解説するロードに泣き声をあげるが、ロードは頑迷に首を振ってこぶしを握る。
 「恥ずかしがってちゃだめだよ!!
 この衣装はお尻がポイントなんだから、ちゃんと見せたげないと!!」
 「ナイス解説!
 あ、イヤ・・・・・・」
 ロードの力説につい拍手してしまったラビが、気まずげに目を逸らした。
 「あー・・・そろそろ、なんか羽織った方がいいと思うさね・・・」
 とは言いながらも、ラビは赤い顔でちらちらとリナリーを見る。
 「ラビのえっち!!」
 真っ赤な顔で彼を睨んだリナリーは、ロードからカーテンを取り上げた。
 「着せるんならもっと露出の少ないのにしてよ!」
 せっかく着せてやった衣装に文句を言われ、ロードはムッと口を尖らせる。
 「いいのぉ?
 お前、おっきくなった胸を神田ユウに見せるんだって、張り切ってたじゃんー!」
 「なんで神田に!!なんで神田なんかに見せたがるのっ?!」
 聞き捨てならないと悲鳴じみた声をあげたアレンから、リナリーは気まずげに目を逸らした。
 「えーっと・・・それはね・・・・・・」
 「いつも貧乳とか発育不全とか言うから、見返してやりたいんだってぇ」
 「なんでばらすかなぁ!!!!」
 慌ててロードの口を塞いだリナリーが、気まずげな目でちらりと神田を見遣る。
 と、彼は小さな鼻を生意気に鳴らした。
 「本物じゃない胸で見返したなんて言うな」
 「ふんぬ――――!!!!」
 床を蹴って襲い掛かったリナリーが、神田を踏みつけた・・・ように見えたが、それは間一髪避けられる。
 「・・・は?」
 そのことに一番驚いたのは神田自身で、彼はまじまじとリナリーを見上げた。
 「動き、鈍くなってんぞ?」
 「う・・・・・・!!」
 容赦なく指摘された事実から、リナリーは気まずげに目を逸らす。
 その様に事情を察した神田が、ため息をついてロードに歩み寄った。
 「この馬鹿、元に戻してくれ」
 「わざわざ戻さなくても、一度寝ちゃえば元に戻るよぉ。
 だって、これは夢だもん」
 呆れ顔で肩をすくめた彼女に頷き、神田はリナリーの手を取る。
 「帰るぞ、馬鹿」
 「そんなのダメだよぉ!!」
 「あんたなに勝手に決めてんの?!」
 ロードとアレンの甲高い声に、神田が舌打ちした。
 「攫っといて、ダメも何もねぇだろ!
 それにモヤシ!帰るのに反対だってぇんならテメェはいつまでもここにいろ!」
 「イヤ、帰るのは賛成なんけど、どうやってさ?!」
 声を失ったアレンの代わりにラビが問うと、神田はさも馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
 「モヤシの方舟があんだろ」
 「言ってること矛盾してるよねぇ?!」
 奇しくも声を揃えたロードとアレンに、今の今まで無言でいたティキが吹き出した。
 「ホントに面白いね、お前ら。
 シェリルは早く出てけって顔してるけど、ロードと少年はお嬢ちゃんをここに置いときたいみたいだ」
 「んなっ?!
 なに曲解してんですか!
 僕はそんなこと一言も・・・!」
 「そか?
 少年てば、姫を救い出しに来たナイトにしては、あんま働いてなかったよな?」
 だからてっきり、ここにいたいのかと思ったと言う彼の首に繋げたベルトを引いて、アレンが舌打ちする。
 「こんなにでかい捕虜連れて回ってたんですよ?
 僕が自由に動いてたらあんた今頃、縊り殺されてましたけど?」
 「あ、そっか」
 ぽふん、と手を打ったティキが、にんまりと笑った。
 「じゃあ、働いてないのは眼帯君だけだな♪」
 「うぐっ・・・!」
 痛い所を突かれてしまい、ラビが気まずげに目をさまよわせる。
 「お・・・俺だって、いざと言う時はお役立ち・・・」
 「いざという時ほど役に立ちませんよね、いつも」
 「んぎっ・・・!」
 アレンの指摘に声を失ったラビを、神田が見遣った。
 「そいつが役に立つかどうかなんてどうでもいい。
 今は、さっさと出てけば済むことだ」
 「そーだそーだ!
 さっさと出て行きたまえー!!」
 「えぇー!!ダメだよぉ!!」
 しっしっと手を払うシェリルに、ロードが不満の声をあげる。
 「僕がご招待するってゆったでしょぉ!!!!
 リナリー、行っちゃだめぇ!
 まだ遊ぶのぉ!!!!」
 神田とは反対の手を引き、全身で彼女を引きとめようとしたロードの力は意外に強く、リナリーはたたらを踏んでしまった。
 「きゃ・・・!」
 「危ない!!」
 割れた食器の破片が散らばる床へ、倒れそうになったリナリーをアレンが間一髪受け止める。
 「だいじょう・・・ぶふっ?!」
 とっさに彼女を抱きしめたアレンの繊細な粘膜が、目の前に迫った谷間と掌に感じる柔らかさに耐えかねた。
 神田とロードに両手を取られたリナリーが纏っていたカーテンはすっかりはだけ、扇情的な姿があらわになっている。
 俯いて鼻を押さえるアレンに、ロードがとことこと歩み寄って来た。
 「アレンー・・・これで鼻血吹いてぇ」
 「う・・・うん、ありがと・・・・・・」
 ロードが差し出したハンカチをたちまち赤く染めて、アレンはリナリーから顔を背ける。
 「ご・・・ごめんなさい、リナリー・・・その・・・早く羽織ってもらえますか・・・?」
 「う・・・うん・・・・・・」
 破片を避けて立ったリナリーは、はだけたカーテンを引き上げて、胸元にぎゅっと結びつけた。
 「あーぁ。
 せっかくセクシーだったのにぃ・・・」
 不満げに呟いて、ロードは散々破壊された部屋を眺め回す。
 「一番高い像は免れたみたいだね」
 「ボクが一所懸命守ったからね!!」
 意地悪く笑うロードに、シェリルが必死の形相で頷いた。
 「ロードが招待しろって言うから・・・この家でも上位ランクの部屋に通してあげたんだよ!
 なのに礼儀を知らないエクソシストどもが、散々破壊してくれてぇっ!!」
 えぐえぐとしゃくりあげながら大事な像を撫で回すシェリルに、ロードが苦笑する。
 「まぁ・・・テーブルの上に落としちゃったのは僕だからぁ・・・。
 ぜーんぶこいつらが悪いわけじゃないけどねぇ」
 「あれ、わかってるじゃないさ」
 「そりゃわかってるよぉ」
 意外そうなラビに、ロードが肩をすくめた。
 「本当はもうちょっとソファ側にずらして、お前らの上に落とそうとしてたんだけど、神田ユウもリナリーも、落ちてく間に体勢の調整しちゃって、ちゃんと足から着地するんだもんー。
 猫みたいだよね」
 だから、と、ロードは小首を傾げる。
 「どさくさまぎれにティッキーを救出するって作戦、失敗しちゃったぁ。
 ゴメンネv
 「あ・・・・・・」
 言われてようやくティキの存在を思い出したアレンが、恐る恐るベルトの先を見遣った。
 と、嫌な予感は的中して、縊死寸前のティキがソファの下に、泡を吹いて転がっている。
 「・・・ごめん。
 リナリーを受け止めようとして、うっかり引っ張っちゃった」
 「アレンてば、うっかりで殺しちゃうのぉ?」
 早く解いて、と急かされて、思わず従いそうになったアレンの手を、ラビが掴んで止めた。
 「なに言うこと聞いてんさ!
 これは交渉材料なんから、解放しちゃダメさね!」
 「あ、そうか」
 つい・・・と気まずげなアレンに、ロードと神田がまったく別の意味で舌打ちする。
 「引っかからなかったかぁ」
 「うっかりしすぎだ、テメェは!」
 不満げなロードと神田の怒声に、アレンが首をすくめた。
 と、
 「しょうがねぇなぁ・・・」
 アレンの手を放したラビが、とことことシェリルに歩み寄る。
 「なぁなぁ、物は相談なんけど」
 床に座り込んで像を抱きしめるシェリルの耳に、背伸びしたラビが何事か囁きかけると、彼は大きく頷いた。
 「次はお嬢さんなー」
 とことこと戻って来たラビが、訝しげなロードの耳に何事か囁きかけると、彼女は始めのうちこそ嫌がっていたものの、やがて渋々と頷く。
 「オケ。
 ってことでみんな、帰るさねー」
 「は?!」
 驚くエクソシスト達の中で、ラビはアレンに歩み寄り、しゃがむように手招いた。
 「な・・・なんですか・・・?」
 ひそひそとラビが囁いたことに、アレンは不思議そうな顔で頷く。
 「いいけど・・・それ、大丈夫なの?」
 「もうナシはついてんさ!」
 な?!と、にこやかに振り返ると、シェリルはこくこくと何度も頷き、ロードは憮然と自分の爪先を見つめたまま頷いた。
 「さ、わかったらアレン!
 さっさと『扉』を開くさね!」
 「はぁ・・・」
 シェリルはともかく、ロードがあっさりと解放してくれることを意外に思いつつ、アレンが方舟への『扉』を開く。
 その時、
 「ロード、私の衣装をどこにやったのですか?
 部屋には空箱しか・・・」
 ドアが開いて、長い黒髪を後ろで束ねたルル=ベルが入って来た。
 「お前達・・・・・・!」
 「やばっ・・・!」
 目を見開いたルル=ベルは次の瞬間、巨大な黒豹へと姿を変え、4人に襲い掛かる。
 「はっ・・・早く入るさっ!!」
 慌てて扉の中に押し込もうとするラビを振り払い、リナリーと神田が臨戦態勢になった。
 「え?どうかした・・・のっ?!」
 既に扉の内側にいたアレンが顔を出した瞬間、鼻先を巨大な牙がかすめ通る。
 「んにゃー?!血ぎゃっ?!」
 衝撃の軽さに対して意外な攻撃力に驚いたアレンが鼻を押さえて悶えていると、小さな手がぴるぴると震える頭をはたいた。
 「そりゃさっきの鼻血の跡さ!
 大した怪我してねぇんから、リナとユウを引っ張り込むの、手伝うさ!」
 「あ・・・はい!」
 慌てて起き上がったアレンは、ルル=ベルの爪を避けて後ずさったリナリーの腕を、背後から掴む。
 「入って!神田も!!」
 リナリーを引きずり込みながら神田にも呼びかけると、小さな彼はルル=ベルの背を踏み台に、扉の中へ飛び込んで来た。
 しかし、そんなことをされてルル=ベルが黙っているはずもなく、扉の中まで追いかけようとする彼女をロードが止める。
 「ルル!ダメ!」
 小さな手には意外な膂力でルル=ベルの尻尾を掴んだロードが、厳しく命じた。
 「ロード!でも・・・」
 「いいから!やめて!」
 再度命じられて、ルル=ベルは仕方なく攻撃をやめる。
 「・・・約束だからねぇ」
 閉まりつつある『扉』をロードが憮然と見上げると、中からラビが、彼女達へ向けてちんまりと一礼した。
 「どうもお邪魔しました」
 「なんのおもてなしもしませんで!」
 物凄い形相で睨みつつも、礼儀は忘れないシェリルの声に送られて、ラビはにんまりと笑う。
 ややして、
 「・・・ってことでアレン!」
 やれ!と、小さな指での指示に、アレンは頷いた。
 『扉』が完全に閉まる直前、アレンはティキに繋がるベルトを切り落す。
 「・・・ねぇ、ラビ?
 ロード達とどんな交渉したの?」
 不思議そうな顔のアレンに、神田が眉根を寄せた。
 「お前も聞いてねぇのか?」
 「うん・・・僕は、ロード達が見逃してくれるから、『扉』を開けて方舟の中に入ったら、閉まる直前にベルトを切れって言われただけ」
 「それだけ?
 じゃあ、ロードとシェリルにはなんて言ったの?」
 大きな目を丸くしてリナリーが問うと、ラビは小さな胸を得意げに張る。
 「まずあのおっさんには、『せっかくの部屋を壊してごめんなさいさ。そろそろお暇したいけど、お宅のお嬢さんに引き止められちゃってるから、いざとなったら彼女を止めて欲しい。出来るだけ、あんたが嫌われないような交渉をする』って言ったんさ。
 その後ロードには、『このままベルトに繋がれた状態でいれば、ティキは確実に死んでしまう。一刻も早く解放しなきゃだけど、俺らが安全に方舟に乗るまでアレンはベルトを切らない。早く帰さないと取り返しのつかないことになるぞ』っつったんさv
 ちょうど、転がってたティキにチアノーゼ出てたかんねv
 さすがのロードも、あの顔色はマズイと思ったみてーさ♪」
 誉めろ!と、鼻を高くするラビに、リナリーと神田が唖然とした。
 「それだけ?」
 「あのクソガキさえ納得させりゃよかったんなら、あのオヤジやモヤシにまで耳打ちすることねぇだろ」
 堂々と言っても、なんら差し支えはなかったはずだと言う神田に、ラビはムッと口を尖らせる。
 「言っとくけどこれ、計算に基づいた心理作戦だかんね!」
 「どこが?
 あ!ううん、なんでも・・・」
 つい大声で言ってしまったリナリーが慌てて否定するが、ますます不機嫌になったラビはくるりと背を向けた。
 「えぇー・・・そんなに怒らなくたって!」
 悪気はなかったのに、と言い訳しながら追いかけてくるリナリーを、ラビが肩越し、憮然と見遣る。
 「そーでなくて!
 早く帰んないと元帥が心配するだろうから、歩きながら話すさ!」
 「あ・・・うん」
 サーカスのテントに残してしまったクラウドの事をようやく思い出して、顔を赤らめるリナリーの後にアレンと神田も続いた。
 と、てくてくと歩きながらラビが、小さな指を振る。
 「リナを抱えたアレンが鼻血を吹いた時さー・・・」
 「ごっ・・・誤解を招く省略の仕方は・・・!」
 「黙ってろ、モヤシ」
 神田に冷たく遮られ、口を噤んだアレンにラビが、クスクスと笑った。
 「あン時、アレンてばティキの首に繋いでたベルトを思いっきり引っ張っちまって、窒息させたろ?
 それはみんな・・・もちろんロードも見てたんさ」
 「うん、だから・・・アレン君に早く解くように言ったんだよね?」
 「危うく騙される所でした・・・」
 「バカモヤシ!」
 思いっきり舌打ちした神田に、振り下ろしそうな拳を必死に耐える。
 「・・・んでっ?!
 それがどしたの?!」
 根性で耐え切ったアレンに頷き、ラビはてくてくと先を歩いた。
 「あン時、ティキはチアノーゼが出てる上にぴくぴく痙攣してた。
 これって実は、かなりやばい状態だったんさ」
 「・・・あぁ、訓練で絞め過ぎた時、マリが止めに来るタイミングだな」
 医学知識ではなく、経験で知っている神田が納得して頷くと、ラビがうんざりと肩を落とす。
 「・・・死ぬから。
 それマジで死ぬから手加減してさ」
 大きくため息をついたラビはまた、てくてくと歩き出した。
 「そんで俺は、あえてそれを無視しておっさんに囁いて、続いてロードに囁いたんけど、その頃にはティキってば、ひゅいひゅいって短い呼吸してたんさ」
 「・・・あ!
 終末呼吸か!」
 大きく頷いたリナリーは、あの騒がしかった部屋でよく呼吸音なんかが聞こえたものだと感心する。
 「じゃあ・・・ロードが焦ったはずだね。
 早く解いてあげないと、ティキが窒息死しちゃうもん」
 「そv
 肩越しににんまりと笑って、ラビは辿り着いた扉のノブへ背伸びした。
 「なのに俺が、回りくどーく根回しする振りなんかしたもんだから、あいつは物凄く焦ってきたんさ。
 目の前じゃティキがどんどんやばくなってんのに、アレンはうだうだしてるし、ルル=ベルは襲ってくるし」
 「うだうだって・・・」
 ラビが回せないでいるドアノブを代わって回したアレンが『扉』を開けると、その先は教団の一室に繋がっている。
 「さすが・・・すごい記憶力ですね・・・」
 「役目なもんで」
 得意げに笑って、ラビは真っ先に方舟から降りた。
 「ってことで、敵を味方につけて帰還成功ってさ♪」
 「・・・ふん」
 一番役に立ちそうにないラビに助けられてしまい、神田が不満げに鼻を鳴らす。
 「で?
 元帥はどうすんだよ」
 「そりゃ今から連絡するさー♪」
 彼女と話せることが嬉しいのか、キラキラと目を輝かせて無線機を取り出したラビが、いそいそと回線を繋いだ。
 「元帥v
 元帥、俺さーv ちゃんと帰ってきたさーv
 きゃっきゃとはしゃいだ声で状況報告をするラビに苦笑して、リナリーはつい、羽織ったまま持って来てしまったカーテンを気まずげに摘む。
 「これ・・・高いんだって言ってたよねぇ。
 どうしよう・・・」
 小首を傾げるリナリーを、神田が見上げた。
 「返す当てはないんだ。適当に処分しとけ」
 ごく当然のように言った彼に、アレンが呆れる。
 「すっごく・・・高いって言ってたよ?」
 「知るか」
 心底馬鹿にした口調で言って、神田はアレンを押しのけた。
 「おい、リナ!
 とっとと着替えろよ」
 「あ・・・うん」
 頷いたリナリーは、頭につけたままだったウサギ耳のカチューシャを外し、神田にはめてやる。
 「じゃ、消えるね!」
 「あぁ」
 「人を轢かないようにー」
 軽く手をあげた神田とアレンの前から、ダーク・ブーツを発動したリナリーの姿が掻き消えた。
 「あれ、もういないさ」
 通信を終えて振り返ったラビが、呆れて肩をすくめる。
 「お礼くらい言えって」
 苦笑しながら向き直ったラビは、アレンと神田にクラウドからの連絡を伝えた。
 「11月2日までサーカスにいるって・・・ことは」
 「きっと師匠達が準備してる誕生日イベントを避けるつもりだな」
 苦笑したアレンの隣で、神田が大きく頷く。
 「さぞかしがっかりすることだろうな」
 呟いた神田は、師らの消沈振りを想像してにんまりと笑った。


 一足先に部屋に戻ったリナリーは、姿見の前で恐る恐る羽織っていたカーテンを脱いだ。
 「・・・ロードの奴ぅ〜〜〜〜!!!!」
 神田の言った通り、下着姿以外のなにものでもないはしたない格好をアレンやラビに見られたと思うだけで、今更ながら赤くなってしまう。
 しかし、
 「・・・この谷間はグッジョブだよ!
 Gは・・・あるかな!」
 ぷにぷにと心地よい弾力を返してくれる胸を嬉しげに触って、リナリーはクローゼットを開けた。
 「さっさと着がえて、エミリアにお願いした衣装を取りに行こーっと♪
 ・・・って」
 クローゼットの中を探っていたリナリーの手が、寂しく止まる。
 「・・・・・・この胸が入りそうな服がありません・・・」
 彼女のクローゼットの中にあるのは当然、彼女本来の体型にあったものばかりで、突然成長した身体に合う物などなかった。
 「し・・・仕方ないっ!」
 衣装はこのまま下着代わりに使わせてもらうことにして、ガウンを羽織ったリナリーは、そっと部屋のドアを開けた。
 女性専用宿舎の廊下には誰の姿もなく、リナリーはホッとしてそろそろと足を忍ばせる。
 「エ・・・エミリア!いる?!」
 少し離れた部屋のドアをノックするが、彼女はまだ、部屋に戻ってはいないようだった。
 「う・・・!
 そうだ、ミランダは・・・!」
 服だけでも貸してもらおうと、ミランダの部屋のドアをノックする。
 「はぁい?」
 あっさりと開いたドアの隙間からミランダを押しのけて無理矢理入ったリナリーは、ドアを閉めるや鍵をかけ、目を丸くする彼女へ迫った。
 「お願い!!服貸して!!」
 「は・・・はぁ。
 いいけど・・・」
 どうしたの?と、首を傾げるミランダに、リナリーは手早く事情を説明する。
 「まぁ・・・それは・・・・・・」
 大変だったわね、と言うべきか、良かったわね、と言うべきかを迷うミランダに、リナリーが詰め寄った。
 「だから、服!!」
 「あぁ、はいはい」
 我に返ったミランダが、クローゼットを開けようとして振り返る。
 「そうだわ!せっかくだから!」
 早足で壁際に積み上げられた箱に歩み寄り、一つを抜き出した。
 「これっ!
 キャッシュさんにって買って来たのよv
 ちょっと着てみてvv
 「キャ・・・キャッシュに・・・?」
 だとすれば、確かに胸には余裕があるだろうが、その他の場所も余裕がありすぎる気がする。
 しかし、目を輝かせたミランダの迫力に逆らえず、リナリーは差し出されたシーツのようなものを頭から被って姿身の前に立った。
 「・・・・・・オ○Q?」
 「エリザベスよv
 ジ○ンプ的に、とミランダが訂正する。
 「可愛いでしょv
 「可愛い・・・かな・・・・・・?」
 白いシーツらしきものの上にある、真ん丸く見開かれた目は、あまりチャームポイントには見えないし、黄色いくちばし状の穴からしか見えない視界は狭すぎた。
 「こ・・・転びそうだよ・・・」
 「まぁ!ダメよ、リナリーちゃん!」
 「え?」
 大声で叱られて、リナリーは狭い視界の中に捉えようと、身体ごと振り向く。
 と、ミランダに持ち手のついた看板とペンを渡された。
 「エリザベスは声を出しちゃいけないの。
 これに書いて会話してねv
 『め・・・めんどうだよ・・・』
 服を借りに来ただけなのに、なんでこんな目に遭うのかと、リナリーが泣き声をあげる。
 が、看板越しに感情は伝わらなかった。
 「これならみんな、リナリーちゃんだってわからないわv
 イタズラし放題よv
 『う・・・うん・・・・・・』
 見えにくい視界で何とか看板に書いたリナリーは、『ありがとう』と書き残して部屋を出る。
 「早く・・・エミリアを探さなきゃ・・・・・・」
 とぼとぼと歩きながら、リナリーはエミリアの姿を探した。


 「ジェリーさーんv  ただいまーv
 「アランv
 アレンちゃん、おかえりぃv
 着替えて真っ先に向かった食堂で声をかけると、ジェリーがすぐにカウンターまで出て来てくれた。
 「今夜は遅くなると思ったのに、早かったのねんv
 食堂の時計を見ると、まだ6時を過ぎたばかりだ。
 「ハイ・ティーの時間だわんv
 お茶にする?お夕飯にするぅ?」
 「もちろん夕飯で!」
 「俺はお茶でいいさー」
 カウンターの下から声がして、ジェリーは身を乗り出して覗き込んだ。
 「アラマ。
 またお子ちゃまにされちゃったの。
 アラアラ、神田までv
 カウンターの下に並ぶ子供達に、ジェリーの顔がほころぶ。
 「かんわいいわねぇんvv
 神田、今日はあったいのにするぅ?」
 「あぁ」
 可愛いと言われたことに憮然としながらも、ジェリーには逆らわない神田にアレンがムッとした。
 「ジェリーさん、ジェリーさん!
 僕ね、サーカスで大ウケだったんですよv
 なんとかジェリーの関心を呼び戻そうと、アレンが割って入る。
 「あぁ、ピエロやって来たのよねんv アタシも見たかったわぁ!」
 「楽しかったですよ!ラビがおいしそうに焼けちゃったりv
 「俺を焼くのはやりすぎさ!!」
 ジェリーの関心を取り戻して、嬉しげにはしゃぐアレンをラビが、小さなこぶしでぽかぽかと叩いた。
 そんな賑やかなカウンターに視線が集まり、中にいた監査官の一人がリンクへ連絡する。
 ややして、
 「帰ったなら帰ったと、報告しなさい!!」
 駆けつけたリンクが、豚の丸焼きに噛み付いていたアレンの襟首を掴んだ。
 「んぐー!!!!」
 首を絞められても肉から離れようとしないアレンに呆れ、リンクは辺りを見回す。
 「ティムキャンピーはどうしたのです?」
 「・・・・・・・・・んあっ!」
 執念深く噛み付いてた肉を落としたアレンが愕然と大口を開けた頃、
 「・・・よしよし。
 すっかり忘れられてたからって、そんなに泣くんじゃない」
 サーカスの楽屋でクラウドに撫でられながら、ティムキャンピーは大粒の涙を零していた。


 「明々後日まで帰ってこないってええええええ?!」
 「う・・・うん・・・・・・」
 クラウドとの通信を切るや、怖い顔の大人達に詰め寄られて、ティモシーは縮こまった。
 「どうせ元帥達が悪巧みしてるだろうから、気楽な昔の仲間達と遊んでることにするって・・・」
 「私達は仲間じゃないってーのかいっ?!」
 「こんなに苦労して作ったのによぉう!」
 「材料運ぶの重かったんだからねぇ!」
 「は・・・運んだのは私じゃないですかぁ!」
 口々に文句を垂れながら、しかし、4人は手早く対処する。
 「とにかく、完成させてしまった後は乾燥剤をたっぷり仕込んで、ビニールで覆っておこう!」
 「せっかくのクッキーが、しけっちゃ不味いもんな」
 「ねぇ!
 余ったお菓子は、明日のイベント用にもらっていいかしら?」
 「あんまり残ってませんよぉ?私達で食べちゃった方が早いですぅ」
 わいわいと賑やかな大人達から放置されたティモシーは、邪魔にならないよう部屋の隅に座って、昨日もらったばかりのゲームを始めた。
 しばらくして、
 「うっしゃ!
 エミリアゲットー♪」
 こぶしを握って歓声をあげたティモシーを、エミリアが振り返る。
 「なにしてんの?
 それ昨日、科学班がくれたものでしょ?」
 「うん。
 教団のねーちゃん達とデートするゲーム」
 面白かったら商品化して、科学班の資金源にするんだと、スタッフ達が言っていた。
 「へぇ・・・どんなことするんですかぁ?」
 ティモシーの上に屈みこんで、蝋花が小さな画面を覗き込む。
 「攻略キャラクターには蝋花姉ちゃんもいるぜ。
 アレンを主人公にしておくと、一瞬で落ちるお手軽な・・・」
 「なんですってーっ?!」
 一瞬で茹で上がった蝋花が、ティモシーからゲーム機を取り上げた。
 「どっ・・・どっ・・・どうやればいいんですかっ?!」
 「あ・・・うん、このボタンで『主人公』を選んでー・・・」
 「もちろんウォーカーさんですよっ!!!!」
 震える指でボタンを押し、アレンを選択した蝋花はしかし、すぐに眉根を寄せる。
 「・・・画面上にウォーカーさんが出てきません」
 「そりゃそうさ。
 女の子攻略すんのに、『自分』が表示されてどうすんだよ」
 ティモシーに呆れ顔で言われ、そういうものかと頷いた。
 「そんで、攻略対象を選んでー」
 「もちろん私ですぅっ!!!!」
 自分の名前を選ぶと、画面にデフォルメされた自分の姿が現れる。
 「やだっv 可愛いですvv
 「自分で言うのね・・・」
 はしゃぐ蝋花に呆れるエミリアを、ティエドールとソカロが『手伝え』と呼び寄せた。
 「ハイハイ。
 あたしだって見たいのに、もー!」
 後でティモシーから取り上げようと決めたエミリアが手伝いに行ってしまうと、蝋花はもう、遠慮なく座り込む。
 「えーっと・・・あぁ、これは私の台詞なんですねぇ!
 なになに?『ロンドンって初めてなんですぅ!案内してくださぁいv』・・・って、あれ?
 これ、私が今朝言ったことですよぉ?」
 「へぇー!そりゃすげーな!
 作った奴らの中にジジもいたから、言いそうな台詞が被ったんじゃねーの?」
 「あぁー!そうなんだぁー!」
 すごい・・・と笑いながら、蝋花はゲームを進めた。
 そのうちに、顔を真っ赤にして画面から目を離す。
 「こ・・・こんなゲーム・・・もしかしてウォーカーさんもやってるんですか?!」
 「うん。
 ハワードあんちゃんと神田は興味ねぇからいらないって言ったし、マリのおっちゃんは目が見えないから無理っつってたけど、俺とラビとアレンはもらったぜ。
 「ウォ・・・ウォーカーさんは誰を攻略したんでしょう?!」
 蝋花が指差した画面では、溢れ出る花を背景に、蝋花とアレンが手を取り合っている。
 「こっ・・・こんなに見つめ合って・・・!きゃあああああああああああああvvvv
 「・・・蝋花ねーちゃんは手を取り合って見つめ合うだけでいいんだ・・・」
 純情だな、と呆れ顔の子供の肩を、蝋花は乱暴に揺さぶった。
 「ちょっ・・・ちょっとちょっとティモシー君!!
 ウォーカーさんに会ったら、ぜひぜひ誰を攻略したのか聞いて・・・」
 「自分で聞けばいいじゃんー!」
 がくがくと揺さぶられたティモシーが、うんざりと言う。
 「もう帰ってきてるらしいから、きっと食堂に・・・あれ?」
 「おい!あの小娘、どこ行ったぁん?!」
 一瞬で目の前から消えた蝋花の姿に、元帥達までもが唖然とした。


 食堂に駆け込むと、なぜか消沈したアレンが監査官の前でうな垂れていた。
 「ウォーカーさん!!!!」
 「んなっ?!なんですか、君は!!」
 突然押しのけられ、説教を邪魔されたリンクが怒鳴りつけるが、蝋花は完全に無視してアレンに詰め寄る。
 「ウォーカーさん、私ぃ・・・!
 ティモシー君に女の子攻略のゲームを見せてもらったんですけどぉ!」
 唖然としていたアレンの顔が、ぎくりと強張った。
 が、蝋花は気づかないのか、更に彼へ詰め寄る。
 「ウォーカーさんが・・・さ・・・最初に攻略したのは・・・誰ですか?!」
 嘘を許さない目で詰問されたアレンは、食堂を見回してリナリーがいないことを確かめてから、改めて蝋花を見た。
 「ジェリーさんですけど?」
 肩越し、厨房で働くジェリーを示すと、蝋花の顔が強張る。
 「おっ・・・女の子ではなくて・・・ですか?!」
 そんな馬鹿な、と訂正を求められるが、アレンはきっぱりと首を振った。
 「ジェリーさんに愛されない教団なんて、いる意味ありませんから!」
 「そんなっ!!」
 悲鳴じみた声をあげる蝋花にため息をつき、リンクは座ったままのアレンを見下ろす。
 「そう言うことは思っても言わないように」
 「へ?なんで?」
 心底不思議そうな顔をするアレンの隣で、ラビがクスクスと笑い出した。
 「せめて建前上は、世のため人のためって言っとくさ」
 「ラビなんて、自分の好奇心のためって公言してるじゃん」
 ムッとしてぷにぷにの頬をつつくが、ラビは床に届かない足をぶらぶらさせて笑う。
 「俺はいいんさ、教団の人間じゃないんから」
 「ちぇっ」
 不満げに頬を膨らませたアレンの頭を、厨房にいたはずのジェリーが撫でてくれた。
 「アレンちゃん、お説教終わったぁ?
 リンクちゃんも、パイ食べなさいよんパイv
 これで仲直りねんv
 「はいっvvvv
 「いただきます、料理長」
 アレンだけでなく、リンクまでもが素直に従う様に、蝋花は悔しげにこぶしを震わせる。
 「わ・・・私・・・!
 負けませんからぁっ!!!!」
 号泣しながら食堂を駆け出て行った蝋花を、皆が唖然として見送った。
 その、直後。
 『女の子攻略のゲームってなに?』
 やたら大きな被り物をゆさゆさと揺らしながら寄って来た『それ』が掲げた看板に、ラビは目を丸くした。
 「エ・・・エリザベス?!」
 「エリザベス?女の子なんですか?」
 誰が入っているんだろうと、首を傾げるアレンにそれは、また同じ看板を掲げる。
 「んーっと・・・科学班からもらったゲームなんですけど・・・あの、中身誰ですか?」
 訝しげなアレンには答えず、それはくるりと背を向けて食堂を出て行った。
 「な・・・なんだ、あれ・・・?」
 前夜祭は明日なのに、もう仮装している『あれ』にアレンが唖然とする。
 と、
 「知らねぇの、エリザベス?」
 ラビがむぐむぐとサンドウィッチを頬張りながら言った。
 「いわゆるひとつの宇宙人さ。中身はおっさんらしい」
 「へぇー・・・オ○Qかと思った」
 まだ温かいパイを頬張りながら、アレンがその中身を想像していた一方で、おっさんとは程遠い正体を持つエリザベスは、てくてくと科学班へ向かう。
 『班長ー!』
 背後からいきなり、ごんごんと看板で叩かれたリーバーが、こめかみを引き攣らせた。
 「なにすんだ、リナ!」
 『あれ?なんでわかったの?』
 「喋れよ!!」
 まだるっこしい、と怒られて、リナリーはくちばしの中からリーバーを覗き見る。
 「なんで?」
 「悪びれもせず俺を看板で殴るような奴は、この教団にお前しかいない」
 「そっかぁ・・・」
 神田はあぁ見えて、一般人に無闇に暴力を振るったりはしないタイプだ。
 「他の人にはしないよ。班長だけだよ」
 「だから、お前だってわかったっつってんだろ。
 なんだそのカッコ、自慢しに来たのか?」
 大きな被り物ごとのしかかられて、迷惑そうなリーバーにリナリーは首を振る。
 「これはミランダに着せられたの。
 でもこれを見せに来たんじゃなくて、アレン君達がもらったって言うゲームを見せてもらいに来たの」
 「ゲーム?」
 しばらく考えたリーバーは、手を打って頷いた。
 「ジジが監修してた奴か。
 それなら俺じゃなくて、ジジに言いな。
 まだ完成じゃないとは言ってたが、アレン達に配って感想を聞くつもりみたいだから、欲しいならくれるんじゃないか?」
 「そうなんだー・・・じゃあ、もらってくる!」
 「あ!おい!!」
 ゆさゆさと揺れる大きな被り物が、デスクの上の書類や実験器具を倒して行く。
 「それ脱いでけよ!危ないだろ!」
 声をかけると、リナリーが本を倒しながら振り返り、くちばしの中からじっと彼を見た。
 「・・・えっち」
 「お前の被り物の下になんか興味ねええええええ!!!!」
 聞きようによっては甚だ失礼な絶叫を上げたリーバーに口を尖らせ、リナリーは彼を手招く。
 「ホラ」
 「そのまま着とけ」
 「うん」
 一瞬捲り上げた裾から、下着姿にしか見えない衣装を見てしまったリーバーが、大真面目に命じた。
 怖いものがなくなって、がしょがしょと実験器具を倒しつつ奥へ行くリナリーに悲鳴や怒号が沸くが、気にしない。
 ようやくジジの元に至った時には、背後に無残な獣道ができていた。
 「・・・なんだぁ?」
 誰だこれはと、目を丸くするジジの白衣の裾を、ちょいちょいと引く。
 「あぁ、リナリーか。なんか用か?」
 あっさりと正体を見破った彼に、くちばしの奥からリナリーが笑いかけた。
 「アレン君たちにあげたゲーム、リナリーにもちょうだいv
 「ダメ」
 あっさりと言われて、リナリーはムッと眉根を寄せる。
 「くれないとイタズラしちゃうぞ!」
 「それは明日言えよ」
 「いいじゃないかー!ちょうだいー!」
 大きな被り物でごんごんと体当たりすると、うるさげに押しのけられた。
 「もう在庫ないから無理ってこと!」
 「えぇー!作ってよー!!」
 「ありゃ試作品だから、限られた数しか作ってねぇの。
 欲しけりゃ、完成版ができた時にやるよ」
 「今欲しいのにぃー!」
 駄々をこねるリナリーにため息をつき、ジジはドアの外を指す。
 「そんなにやりたきゃ、アレンやラビに借りろよ。
 ラビならもう、クリアしてんじゃねぇか?」
 「そっか!」
 ようやく身を離し、獣道を戻っていくリナリーに、ジジが舌打ちした。
 「着替えろよ!邪魔だろ!」
 「着替えがないんだもーん・・・って、そうだ!エミリアを探してたんだよ!」
 大きな動きで振り返ったリナリーの被り物にぶつかって、煙をあげていたフラスコやビーカーが割れる。
 「あ」
 「出てけてめぇは!!!!」
 さもなくば解体する、と言わんばかりの形相で怒鳴られて、リナリーは慌てて走り出した。
 時折、背後に爆発音を聞きながら科学班を出たリナリーは、頭上を飛んでいた監視ゴーレムを一体、素早く掴む。
 「エミリアの所に案内して!」
 至急!と、リナリーの声で命じられた通信班は、ディスプレイ越しに呆れながら彼女をエミリアが作業する部屋へ導いた。


 ドアを開けた途端、お菓子の甘い匂いが溢れ出て、リナリーは目を丸くした。
 「すごいことになってるねぇ・・・!」
 思わず声をあげると、こちらを見た全員が目を丸くする。
 「その声は・・・リナリーかな?」
 「なんだその格好は?」
 ティエドールとソカロの呆れ顔に、リナリーは被り物の下で首をすくめた。
 「ミランダに着せられちゃって・・・」
 「もう仮装してるなんて、気が早いわねぇ!」
 クスクスと笑う声に身体ごと向き直り、狭い視界の中にようやくエミリアを捉える。
 「エミリア・・・頼んでいた衣装、買ってきてくれたんだよね?」
 ゆさゆさと被り物を揺らして、リナリーは彼女へ歩み寄った。
 「メモに書いてたお店の、天使の衣装・・・!
 あれならチューブトップだから、大きさにも余裕があるもん!
 仮装には1日早いけど、トップだけなら今日も着てたって・・・」
 早口にまくし立てていたリナリーは、エミリアの気まずげな顔に気づいて声を萎ませる。
 「買って来て・・・くれたよね?」
 「・・・ごめん!忘れてた!!」
 「えええええええええええ!!」
 両手を合わせて謝る彼女へ、リナリーが大声をあげた。
 「なんでええええええええええええ!!!!」
 「だって・・・お菓子だけですごい荷物だったのよ・・・。
 お店の商品をほとんど買い占めちゃったら、もう馬車にも乗らなくて・・・。
 時間も迫ってて、すっごく焦ってたもんだから、あたしも蝋花もすっかり・・・」
 ごめん、と、もう一度謝るエミリアの前で、リナリーが見るからにうな垂れる。
 「どうしよう・・・着る物がないよう・・・・・・」
 あの天使がよかったのにと、泣きべそをかくリナリーの落ちた肩を、エミリアが焦って撫でた。
 「そ・・・そうだ!被服係!
 係長に作ってもらえばいいわよ!
 きっと、商品より素敵な衣装を作ってくれるわ!」
 実にいいことを思い出したと、表情を明るくするエミリアをちらりと見て、リナリーは首を振る。
 「無理だよぅ・・・!
 この時期、被服係はホントに忙しいんだもん・・・!」
 「聞いてみるだけでも!ね?!」
 いざとなったら自分の服を貸すからと、エミリアはリナリーの腕を引いた。
 「あ、でも、あたしのじゃ胸が余っちゃうかしらv
 自慢げに胸を張る彼女ににんまりと笑い、リナリーはエミリアを手招いて囁く。
 「・・・あら、そうなんだ。
 じゃあ、あたしのでも合うかもしれないわね。
 好きなの選ぶといいわよv
 ひそひそと囁き返して、エミリアはリナリーと共に部屋を出た。
 「・・・あ!逃げられたんじゃねぇか?!」
 ソカロの指摘にティエドールが振り返った時には、もう二人の姿はない。
 「エミリア君たら・・・!」
 うっかり見過ごしてしまった元帥達は、まんまと逃げ出したエミリアに舌打ちし、残った作業を渋々進めた。


 被服室のドアを開けると、そこは相変わらず、別世界のように華やかな色と華やかなおしゃべりに彩られていた。
 「マザー?いる?」
 お針子達の囀りに気圧されながらこの部屋の責任者を探す二人の前に、ドレスのカーテンを掻き分けて、中年の女性が現れる。
 「アラ、いらっしゃい。
 エミリアにはもう、ドレスを届けたはずだけど・・・どこか不具合でもあった?」
 にこりと笑った彼女に、エミリアは首を振ってリナリーを指した。
 「違うの、この子がね・・・」
 「まぁv オ○Qv
 「・・・違うよ、エリザベスだよ」
 ジ○ンプ的に、と訂正した声に、被服係の係長は笑い出す。
 「なぁに、リナリー?
 もう仮装しちゃって、張り切ってるわねぇ」
 「それも違うんだよ。事情があって・・・」
 と、簡単に話をまとめると、彼女は頬に手を当てて小首を傾げた。
 「それで衣装が必要なのねぇ・・・」
 「で・・・できるわよね、マザーなら!」
 自分の責任問題でもあるため、エミリアが必死に詰め寄る。
 が、彼女は困惑げに首を振った。
 「なんで?!」
 「うん・・・やってはあげたいんだけど、材料がねぇ・・・」
 団服に使う素材は科学班が開発する上に、最優先で調達されるため、枯渇することはまずないが、こんな祭り用の仕入れは資金も数も限られていて、突然の要求を満たすには足りないのだ。
 「せめて、必要な量の布があれば、後はデザインで工夫するんだけど・・・」
 ごめんなさいね、と苦笑する係長の前で、リナリーはがっかりとうな垂れた。
 が、
 「・・・あ!
 白いレースならあるよ!すごく高価なのが!」
 不意に思い出して、くるりと踵を返す。
 ゆさゆさと被り物を揺らしながらも、さすがの脚力で部屋を往復したリナリーは、係長にノアから奪ったカーテンを差し出した。
 「まぁ!フランドルの最高級品じゃない!
 あなたこれ、どうしたの?!」
 「せ・・・戦利品?」
 深くは聞かないで欲しい、と呟いたリナリーに、彼女は笑い出す。
 「わかったわ、作ったげる。
 さ、おいで!
 採寸しましょ!」
 「わぁい!!」
 被り物を着たまま、ぼよんぼよんと跳ねる様はあまりにもシュールで、珍しがったお針子達が競って写真を撮りに集まってきた。


 「えへへーv 衣装ゲットーvv
 夜遅く、出来上がった衣装を持って部屋に戻ったリナリーは、ついでに借りた大きなサイズのパジャマ越しに、ぷにぷにとした胸を触った。
 「うれしーvvv
 これでリナリーも、ナイスバディの仲間入りだーvv
 はしゃいだ声をあげ、ベッドの上で跳ねたリナリーは、明日に備えて寝よう転がった途端、飛び起きる。
 「寝ちゃダメじゃん!!!!」
 この身体はロードの能力による一時的なもので、『起きている間のみ有効』であることを思い出した。
 「あ・・・危ない危ない!
 うっかり元に戻る所だったよ!」
 ぶるぶると首を振って眠気を覚まし、リナリーはうろうろと部屋中を歩き回る。
 「えぇと、まずはコーヒー取ってきて・・・そうだ、科学班にいれば、みんな起きてるから寝なくて済むよね!」
 パジャマの上にガウンを羽織り、ばたばたと部屋を出た。
 「せめて・・・せめて明日のパーティが終わるまでは寝るもんか!」
 気合を入れてこぶしを握ったリナリーは、全く聞いていなかった・・・『起きている間のみ有効』という制約の対象が、彼女ではなくロードだと言うことを。


 ―――― 翌日は朝から、お菓子をねだる声が城中に溢れていた。
 「お菓子くれなきゃいたずらしちゃいますよっ!」
 真っ直ぐに厨房に駆け込んできたチェシャ猫とキューピッドに、ジェリーが笑い出す。
 「アランv アレンちゃん、可愛いニャンコねぇんv
 ラビはまだ子供のままなのねんv
 歩み寄ってお菓子を渡そうとしたジェリーは、アレンの頭に噛み付いたティムキャンピーの姿にぎょっとした。
 「ど・・・どしたのん、ティムちゃん?なんでアレンちゃんに怒ってるのん?」
 「あは・・・。
 昨日、ティムのことすっかり忘れて置いてっちゃって・・・。
 帰ってきてからずっと噛み付かれてるんです・・・」
 「アラアラ・・・もう許したげなさいよ、ティムちゃんv
 ホラ、と、ジェリーが差し出した大きなクッキーにティムキャンピーが噛み付き、ようやく放してくれる。
 「助かりました、ジェリーさん・・・!」
 「ウフンv
 アレンちゃんにもお菓子ねぇんv ハイ、ラビもv
 「ありがとーさーv
 ジェリーからもらったお菓子だけで、既に大きな籠をいっぱいにした二人が、満面の笑みを浮かべた。
 「リンクちゃんは?一緒じゃないのん?」
 きょろきょろと辺りを見回すが、常にアレンの傍にいる監査官の姿はない。
 「リンクは、ミランダさんがキャッシュさんのために買って来た衣装を着せるんだって、追いかけっこしてます。
 すごいんですよ、キャッシュさん!
 もう2時間もあのリンクから逃げてます!」
 「ふぅん・・・。
 いいダイエットかもねん」
 苦笑して、ジェリーはまたもきょろきょろと辺りを見回した。
 「神田はこんなお祭り興味ないでしょうけどん・・・リナリーをまだ見てないのよねぇん?
 あの子、どこ行っちゃった?」
 不思議そうなジェリーに、アレンとラビは、気まずげに顔を見合わせる。
 「それが・・・」
 「がんばって徹夜したのに、せっかくのナイスバディが夢と消えたっつって今、灰になってるさ・・・」
 「灰に・・・・・・」
 一体なにが起こったのだろうと、ジェリーは気遣わしげな顔になったが、すぐに笑顔に戻った。
 「ま、あの子のことは後でケアするからんv
 アンタ達、お菓子をもらってらっしゃいよんv
 「あいさっ!」
 「病棟に行ってきまーす!」
 ナース達からもらうのだと、駆けて行く二人の背に、ジェリーが手を振る。
 「科学班には気をつけるのよーん!」
 「はーい!!」
 二人が出て行った後は――――・・・アヒルひよこのティモシーを先導に、暴れる小鬼神田を抱っこした女神のエミリアがやって来たり、ゾンビのコムイが仕事を抜け出してきたり、彼を追いかけてブリジット女王がトランプの軍を率いてやって来たりと、食堂はいつにも増して、賑やかな日を過ごした。


 ―――― そんな祭の喧騒も落ち着いた頃。
 「久しぶりだな」
 と、カウンター越しに声をかけてきたクラウドに、ジェリーは苦笑した。
 「随分と長く雲隠れしてたわねぇん」
 ハイ、と、手渡された小さな包みに、クラウドは顔をほころばせる。
 「あいつらも、こんな風にささやかに祝ってくれるんなら嬉しいんだが」
 指先でリボンを解くと、小さな箱には銀のピアスが入っていた。
 「ありがとう!」
 「どういたしましてv
 にこりと笑ったジェリーに、クラウドは身を乗り出す。
 「ジェリーはなにか、欲しいものはないか?
 特にないのなら、街にいる間に素敵な・・・」
 「素敵なプレゼントを用意して待ってたのにぃ!!」
 「つれねぇなぁ、クラウドォv
 不意に涌いて出た元帥達の大音声に、クラウドは顔を引き攣らせた。
 「お前ら・・・!」
 振り返ると、ティエドールの巨大人形が、両手になにか大きな物を捧げ持って来る。
 「とても嫌な予感がするから、その覆い布は取らなくていいぞ」
 「そんなこと言わずによぉ!」
 「私達の力作を見たまえよっ!!」
 ソカロと二人して覆い布を引き下げると、綿菓子で作った雲上の神殿に、巨猿に乗った女神のクラウドと天使のティモシー、青年神の神田が配置してあった。
 その全てがお菓子で出来ていて、甘い匂いに目を引き寄せられた団員達が、驚嘆の声をあげる。
 「んまぁ!すごいわねぇん!!」
 厨房から出てきたジェリーも感嘆し、クラウドの鉄の心も溶けかかった時・・・ピシッと鈍い音がして、チョコレートの像を覆う白い糖がひび割れた。
 しかもよりによって、クラウドの顔にだけ・・・。
 「・・・・・・っ嫌味か!!!!」
 大声で吼えた彼女に、ティエドールとソカロが慌てて首を振った。
 「ちっ・・・違うよ!!」
 「乾燥剤のせいだ、きっと!!」
 「じゃあなぜ、他の像に被害はないんだ?!」
 「なぜだろう・・・・・・」
 言われて首をひねった二人へ、クラウドの鞭が迫る。
 「余計なことばかりしおって!!!!」
 「わっ・・・悪気はないんだよぅ!!」
 「そうだ!ちょっとした嫌がらせだ!あ!!」
 うっかり言ってしまったソカロは鞭打たれた上、巨大化したラウに頭からかぶりつかれてぐったりと床に伸びた。
 「落ち着いて、クラウド・・・あぁっ!!私の作品が!!」
 無残に打ち砕かれた像は、遺跡のように崩れ落ちる。
 「ラウ。
 チョコレート以外は食べていいぞ」
 「キッv
 ポリポリと小気味いい音を立ててクッキーをかじるラウに、ティエドールが口を尖らせた。
 「そんなに怒らなくてもー!」
 「嫌がらせ目的の祝いなんかいるかっ!」
 しかし、と、クラウドはきれいに残った神田とティモシーの像に手をかける。
 「これはちょっと・・・嬉しいからもらっておくv
 「・・・だったら壊さなくてもさぁ!」
 唖然とするティエドールににこりと笑い、クラウドは砕かれたチョコレートの欠片をおいしそうに頬張った。



Fin.


 










2012年ハロウィンSSラストはリクエストNo.30『リナリーの危機とアレン&チビ兄さんsの協力攻撃』でした!
協力と言うには、目的は一緒でもそれぞれ勝手なことやってるだけって感じですが(笑)
まぁ・・・彼ららしいですよね(笑)
今年も不幸なティッキーをお楽しみいただければ幸いですv>ティッキーの不幸はデフォ。












ShortStorys