† New World U †
「・・・なんだこれ」 自室のベッドに寝転んで、テワクから借りた本をめくったリナリーは、『基本』のはずのレシピを睨みながら眉根を寄せた。 「マ・・・マ・・・マカロナージュ??何語??」 欧州の言語は一通り理解できるはずなのに、材料名や手順になにが書いてあるのか、さっぱりわからない。 「・・・うん、ジェリーに聞こう!」 自分で解決することを早々と諦めて、リナリーはまた食堂へ向かった。 クリスマス・イブを明日に控えた厨房は、料理の準備で戦争のように忙しそうだったが、リナリーはお構いなしにジェリーへと駆け寄り、彼女の袖を掴む。 「ねぇねぇ、ジェリー お願いがあるんだけど 「アラ、なぁに?」 猫なで声に振り向いたジェリーへ、リナリーはにんまりと笑った。 「あのね、あのね 25日に、アレン君にケーキを作ってあげたいんだ クリスマスケーキではなく、誕生日ケーキだと言うと、ジェリーにじっとりと睨まれる。 「それって口実でしょ。 アンタ、作ると決めたら何日も前から準備するものねぇ。 急にナニ企んでるのん?」 あっさりと見透かされて、リナリーはうろたえた。 「べっ・・・別に、企んでなんかないよ! ちょっと作りたい物があって・・・せっかくだから、アレン君にあげようかなって・・・それだけだよう!」 信じてくれと、縋るリナリーにジェリーは肩をすくめ、隅の作業台を指す。 「だったらあそこ使っていいわよん。 今はまだ食材が乗ってるけどん、煮込んじゃうものだからもうすぐ空くわん」 がんばれと、逃げられそうになったリナリーは慌ててジェリーの腕にしがみついた。 「ちょ・・・行かないでよぅ!」 「・・・アンタ、今日は忙しいんだから邪魔しないでよん!」 迷惑そうな顔をして、なおも逃げようとするジェリーをリナリーは必死に引き止める。 「あのねあのね!今、テワクさんに借りた本を読んでたんだけど・・・」 材料名も手順もわからないと言うリナリーに、ジェリーは呆れた。 「だったらもっと簡単なものを作ればいいじゃないのん! なんでマカロンなんて、アンタには難しいものを作ろうとするのん!」 「監査官の鼻も明かしてやりたいんだ!」 それが最大の目的だと白状すると、ジェリーは大きなため息をつく。 「だったら別の日にしなさいよん・・・。 アタシ、ホントに今日は忙し・・・」 「だから! どうせならアレン君のお誕生日用に作ってあげたいんだってば! ジェリー、お願いー!ちょっとだけ教えて!」 「・・・んもう!」 しつこいリナリーに呆れて、ジェリーは未だ作業中のサード・エクソシスト達を指した。 「だったらあの子達に聞けばいいじゃないん! あの子達のテキストなんでしょぉん?」 「それじゃあ借りた意味がないじゃないか・・・。 あの人達も一緒に驚かせてこそ、『勝った!』って堂々と言えるでしょ!」 お願い!と、強情なリナリーに、さすがのジェリーも根負けする。 「仕方ないわねぇん・・・」 「やった 喜んで跳ね回るリナリーを睨み、ジェリーは未だ食材が置かれている作業台へ連れて行った。 「忙しいから手っ取り早く済ませるわよん!」 「うん!」 早速大きなボウルに卵白を入れたジェリーの傍らで見ていると、彼女の手で泡立てられたそれはあっという間にメレンゲに変わる。 「これに砂糖とアーモンドプードルを入れて混ぜ合わせたら、泡を適度に潰して滑らかにするの。 それをマカロナージュって言うのよん」 「へぇー!!!!」 ジェリーがメレンゲにヘラを押し当てる度、生地が艶やかな光を帯び、滑らかなリボンのように伸びた。 「これでよし、と。 味は・・・そこにあるフルーツシロップ、適当に持ってらっしゃい」 「はいっ!」 リナリーはジェリーが指した棚へ走り、紅いクランベリーや紫のブルーベリーなど、鮮やかな色のシロップを持って戻る。 その間に、小さなボウルに生地を小分けにしていたジェリーが、受け取ったシロップで手早く味付けをして、天板に搾り出した。 「ハイ、これを焼いちゃえば出来上がり クリームを挟んだりガナッシュを挟んだり、後はアンタの好きになさい」 「はぁい!」 焼き上がりの時間をタイマーにセットしてもらって、リナリーはさっさと持ち場に戻ってしまったジェリーに礼を言う。 「さぁ! 見せてもらった通りにやってみよう!」 あっという間に出来てしまったのだから、簡単に違いないと勘違いして、リナリーは卵白をボウルに入れた。 が、泡立て器で懸命にかき回しても、ジェリーのように簡単には行かず、リナリーの笑顔が消えて行く。 「な・・・なんで・・・!」 息を荒くしながら、ようやくできたメレンゲにヘラを押し当てると、ただの卵白に戻って流れて行った。 「なんで!!」 きっと泡立て方が足りなかったのだと、ムキになって角が立つほどに硬くし、ヘラを押し当てるがまた、単なる卵白になってしまう。 「どうしてぇ!!」 思わず大声をあげると、近くにいたシェフが笑ってボウルを指した。 「メレンゲを潰してなにやってんのさ。 マカロナージュするのは砂糖とアーモンドプードルを入れて、生地を作ってからだろ?」 「・・・あぁ!」 道理で卵白に戻るはずだと照れ笑いして、リナリーは卵白に砂糖とアーモンドプードルを入れる。 「いざ!」 掲げ持ったヘラをぐいぐいと押し付け、どんどん泡を潰していくと・・・ジェリーが作ったものとは全然違う、どんよりした生地になってしまった。 「・・・全然艶がない」 なぜだ、と頭を抱えるリナリーに、通りかかったシェフ達が苦笑する。 「潰しすぎ」 「泡は適度に潰すんだぜ? そんな力任せに全部潰したら、どんよりするに決まってるだろ」 材料がもったいないから責任持って焼いて食え、とからかわれて、リナリーが頬を膨らませた。 「ま・・・負けるもんか!!」 最初はダメでも次は・・・! 次がダメでも三度目の正直で・・・!と、回を重ねてもちっとも上達しない腕に、シェフ達が苦笑した。 「お前が作った生地、焼いてやったから、料理長が作ったのと比べてみ?」 「分量は料理長が量ってくれてたんだから、味は問題ないはずだぜ?」 慰めるふりをして、その実、忙しい厨房から邪魔者を追い出そうと企むシェフ達に背を押され、リナリーはとぼとぼと食堂を出る。 肩を落とした彼女の、右手の袋には色とりどりの美しいマカロンが、左手の袋には平べったく潰れた煎餅のような何かがあった。 「く・・・比べようがないじゃないか・・・!」 病棟にいるアレンへのお見舞いにもならないと、うな垂れたリナリーは足元を見つめたまま裏庭を抜ける。 森の動物にでもあげてしまおうと、ジェリーのマカロンをかじりながら歩を進めていると、木陰に金色の長い尾がひらめいた。 「あれ?あの尻尾は・・・」 先端が炎のような形をした金色の尾を追いかけていくと、その先で真ん丸いゴーレムが木陰の間をぱたぱたと飛んで行く。 「ティム!ここでなにしてるの?」 随分と森の奥に来た辺りでようやく追いつき、声をかけると、金色のゴーレムは長い尾を翻してリナリーの元へ寄って来た。 「アレン君と一緒・・・じゃなかったよね。お散歩してたの?」 小首を傾げた彼女に、ティムキャンピーは器用にリンクとアレンの真似をする。 「えーっと、つまり? アレン君がリンク監査官にしごかれてたから、とばっちりを避けてお散歩してたってことかな?」 そうそう、と、丸い身体で頷くティムキャンピーに、リナリーは笑い出した。 「薄情だなぁ! アレン君、全身に火傷して入院してるのに!」 言った途端、気遣わしげにそわそわしだしたティムキャンピーに手を振る。 「あ、心配しなくても大丈夫だよ! 全身火傷って言っても軽いの。 でも、包帯でぐるぐる巻きにされちゃって、動けないんだよ」 クスクスと笑うリナリーにホッとしたティムキャンピーは、彼女の頭に乗って、手の中のマカロンをじっと見つめた。 「食べる? 私が作ったんだよ」 見る度に悲しくなる失敗作を差し出すと、恐る恐る咥えたティムキャンピーは、堅焼き煎餅のような歯ごたえのそれを噛み砕き、吐き捨てる。 「ちょ・・・いくらなんでもそれはないんじゃないかなぁ!!」 あまりにも酷い仕打ちに怒って、リナリーは自作のマカロンを咥えた。 「分量はジェリーが量ってくれたんだから、味に問題ない・・・んだけど、固くて歯ごたえも舌触りも最悪でごめんなさい・・・!」 しくしくと泣きながら、リナリーは自作のマカロン・・・と呼ぶには悲しすぎるそれを土に戻す。 「・・・蟻さんならきっとなんとかしてくれるよ、蟻さんならね・・・!」 もう袋ごとなかったことにしてやろうかと手元を見つめていたリナリーは、背後に草を踏み分ける音を聞いて振り返った。 「オヤ、可愛いお嬢さん 森の中を歩くにしては随分と仕立てのいいスーツを着た黒髪の紳士が、手にしたステッキでシルクハットの縁をわずかにあげ、にこりと笑いかける。 「アナタもお散歩ですか?」 人懐こい笑顔を、それでも警戒しつつ、リナリーは頷いた。 「あの・・・失礼ですが、ミスター?」 「我輩? あぁ、我輩は麓の町に住む商人ですよ つい先日までロンドンに住んでいたのですケド・・・アナタ、ご存知? 今のロンドンはそりゃあ、スモッグが酷くて。 おかげで胸を悪くしてしまいましたのでね、郊外に引っ越してきたんですよ。 森林浴が身体にいいと医者が言いますので、毎日森を散歩しているのですけど・・・こんなに遠くまで来たのは初めてですねぇ・・・」 帰れるかしら、と、背後を振り返った彼に、リナリーは微笑む。 「よかったらお送りしましょうか。 この先はもう、崖しかありませんから、危ないですよ」 「ンマァ!それは怖ろしい! アナタに会えてよかったですよ、お嬢さん この森を抜けた先に教団本部があることは、麓の人間のほとんどが知らないことだ。 早くこの紳士を遠ざけようと、リナリーはにこやかに歩を進める。 「さ、足元に気をつけて。 それにしても、随分奥まで来ましたね」 「えぇ。 なんだか変な生き物を見つけたので追いかけてたら、こんな所までねぇ。 あなたの頭に乗ってるそれですけどね」 「ティム・・・麓まで行ってたんだ」 紳士がステッキで指したティムキャンピーを上目遣いに見上げると、気まずげに身動ぎした。 「それ、なんて生き物ですか?」 紳士に問われて、リナリーは目を泳がせる。 「えーっと・・・イ・・・インコです!」 「ンマァ・・・! 不思議な姿をしていますねぇ」 あっさり信じてくれたらしい彼に愛想笑いして、リナリーは何度も頷いた。 「餌を欲しがるだけあげてたら、こんなに太っちゃって ぷに、とリナリーが柔らかいボディをつついてやると、怒ったティムキャンピーが尻尾で背中をバンバンと叩く。 「不思議ですねぇ。 言葉がわかるみたいです」 「えぇ、賢い生き物なんです 頭上のティムキャンピーを引き伸ばすリナリーに紳士が笑い出した。 「我輩も1羽欲しいものですねぇ ・・・あぁ、でも、我が家には猫がいますから、食べられてしまいますかね」 小首を傾げた紳士に、リナリーは苦笑して頷く。 「そうですね。 この子、何度も猫に食べられそうになったんで、やめた方がいいと思います」 「残念ですねぇ」 ため息をついたものの、興味津々とティムキャンピーについて問う紳士に当たり障りのない答えを返しているうちに、彼らは森を抜けた。 「あぁ、よかった! お嬢さんのおかげで帰りつけましたよ!」 両手を組んで感動する紳士に笑って頷き、踵を返そうとしたリナリーを彼が呼び止める。 「わざわざ送っていただいたのに、お茶も出さずに帰したと知られたら我輩、なんて恩知らずだと村八分にされてしまいますよ! どうぞ寄ってらしてくださいな ぜひにと請われて、リナリーは頷いた。 「じゃあ、ちょっとだけ・・・」 喜んで頷いた紳士が玄関のドアを開けると、中にいたきれいな黒猫が飛んで来て、彼の足に身体をこすり付ける。 「タダイマ イイ子にしてましたか?」 甘えるように鳴いて彼の身体をのぼった猫は、抱っこされて嬉しげに喉を鳴らした。 「可愛いですね 「えぇ 甘えんぼさんなんですよ どうぞ奥へ、と先に立った彼を出迎えたメイド達が、帽子やステッキ、コートを受け取って戻って行く。 「お茶は我輩が淹れましょう 上手なんですよ、我輩 リナリーに椅子を勧めた彼は、黒猫を肩にのぼらせて、いそいそとお茶の仕度を始めた。 その間に、一旦消えていたメイド達がお湯やお菓子を持って来てくれる。 「ドウゾドウゾ、召し上がって このお菓子は我輩が作ったのですよ 「いただきます ティーカップを受け取ったリナリーは、並べられた色とりどりのお菓子に目を輝かせ、その中でも艶やかな光沢を放つマカロンを摘んだ。 「・・・おいしい!!」 「アラ、嬉しい 「はい これもおいしいです 次々と差し出されるお菓子をどんどん口に運ぶリナリーに、紳士が嬉しげに頷く。 「そんなに食べてくれて、本当に嬉しいですよ うちはたくさん家族がいますのに、喜んで食べてくれるのは小さな娘とティーンの双子だけで・・・。 それも最近は、手作りよりもお店なんかで売っている、見た目がいいものばかり欲しがりましてねぇ。 これだけ作っても、食べてくれるのはほんの少しで・・・。 以前はいくらでも食べてくれる子がいましたけど、戦争で亡くしてしまったので、我輩、寂しかったのです」 「それは・・・お気の毒です。 こんなにおいしくてきれいなんだから、お子さん達もきっとすぐに、こっちの方がいいって気づきますよ」 お店で売っているものよりきれいだと誉めると、ため息をついていた紳士は嬉しげに頬を染めた。 「お嬢さんはイイ子ですねぇ きっと、お母様の躾がいいんですね 「そんなこと・・・。 いっつもお転婆だとか女の子らしくなさいって叱られてます・・・」 笑おうとして失敗し、ティーカップにため息を落としたリナリーに、紳士は小首を傾げる。 「もしかして、お母様に叱られて森に?」 「あ、いえ・・・そうじゃないんですけど・・・・・・」 しばらく目をさまよわせたリナリーは、ティムキャンピーの尻尾に預けていた二つの袋を取った。 「えっと・・・こっちのきれいな方が私の、母親代わりの料理長が作ったマカロンで、この無様なのが・・・一応、マカロンのつもりで私が作ったものです・・・」 何度やっても失敗し、落ち込んでいたことを話すと、彼はジェリーのマカロンとリナリーの得体の知れない焼き菓子を食べ比べる。 「・・・うん、料理長が作ったものは大変素晴らしいですね! そしてアナタのは、味は悪くないのだけど・・・」 製作過程に多大な問題があると言われてしまい、リナリーはうな垂れた。 「そうなんです・・・! 力任せにやるなって言われても・・・加減がわからなくて・・・・・・」 「よければ教えましょうか?」 彼の申し出に、リナリーは思わず椅子を蹴って立ち上がる。 「あ!ごめんなさい・・・ぜひ!ぜひお願いします!!」 勢い良く頭を下げたリナリーに頷いて、紳士は膝の上でくつろいでいた猫を床に下ろした。 「さ、お部屋で遊んでなさい。 キッチンに入ってきちゃダメですよ 言いつけられた猫は、残念そうに彼を見上げたのち、尻尾を振って居間を出て行く。 「では、やりましょうか 「はい!よろしくお願いします!」 大きく頷いたリナリーに微笑んだ紳士は、彼女を厨房へと案内した。 白いタイルの敷き詰められたそこは、大きな窓から陽射しが入ってとても明るく、気持ちがいい。 厨房のメイド達は主人の趣味を心得ているらしく、手早く仕事を片づけると恭しく一礼して出て行った。 「さぁさぁ、まずはメレンゲを作りましょうね お嬢さん、やってみてくださいな 「はいっ!」 両手にこぶしを握って頷いたリナリーは、緊張気味に卵を割り、卵白だけをボウルに入れる。 早速泡立てようとすると、 「アァ、待って待って!そのままじゃ大変でしょ と、氷水を入れたボウルを置いてくれた。 「冬とは言え、ここは暖かいですからね。 冷やしながらの方が手早くきれいに出来ますよ 「そうなんだ・・・!」 「ほんのちょっと、お塩かレモン汁を入れるのもいいですね でも、これは加減が必要ですから、お嬢さんは氷水の方がいいデショ 「はい・・・!」 入れすぎて、しょっぱすぎたり酸っぱすぎるメレンゲが出来かねないと、リナリーが苦笑する。 他にも、一つ一つの工程で『裏技』を教えてくれた彼のおかげで、今まで全然うまく行かなかったマカロナージュを成功させることが出来た。 「やったぁ!!」 生地が艶やかなリボンのようになって垂れる様に、リナリーが歓声をあげる。 が、紳士は笑って立てた人差し指を振った。 「感動するのはまだ早いですよ これは焼加減も難しいんですから お嬢さんのお宅では、どんなオーブンを使っているのですか?」 問われて、リナリーは小首を傾げる。 「たぶん・・・業務用って言うんじゃないでしょうか。 普通の家じゃなくて、共同生活してる場所だから、厨房も広いんです」 「アラ では、天板で温度調節しなくてもいいのですね だったら慣れるまでは、料理人に焼いてもらった方がいいデショ ウチではこうするけど、と、彼はオーブンの下の段にだけ生地を置いて、上には何も置かない天板を入れた。 「こうやって、直接火が当たるのを防ぐんですよ 焦げ目がついたら、せっかくのマカロンが台無しですからね 「へぇー 物知りな彼の手際に、リナリーは心底感心する。 「では次に、クリームを作りましょうね さ クリームをホイップしてくださいな 「はい!」 全てうまく行くことが嬉しくて、張り切ったリナリーは鼻歌を口ずさみながらクリームを混ぜる。 その途中で、彼がシロップやドライフルーツを入れてくれて、焼きあがったマカロンの粗熱が取れる頃には様々な味のクリームが出来上がっていた。 「大きめに作ったマカロンは、ケーキにしてしまいましょうね クリームの間にラズベリーを入れてご覧なさい、とてもおいしいから 「はいっ 一緒に作っている間に全面的な信頼を寄せるようになったリナリーは、彼の指示通りに作ったケーキの出来栄えに頬を染める。 「すごい!! こんなに可愛いのができちゃった!」 歓声をあげる彼女に、彼も惜しみない拍手を送った。 「上出来ですよ、お嬢さん さ、味見してみて 満足が行ったら、その治療中の彼に持ってってあげなさい 怪我をしたアレンや鼻を明かしてやりたいリンクのことも、わずかではあるが話していたリナリーは、彼に大きく頷く。 「じゃあ、おっきいのはアレン君にあげようっと そう言ってリナリーは、小ぶりで可愛いピンクのマカロンをつまんだ。 「〜〜〜〜おいしいいいい!!!!」 チェリーの香りがするマカロンは、滑らかなクリームの中で甘酸っぱいラズベリーの果汁が弾けて、自分で作ったとは思えないほどおいしい。 「ありがとうございます、ミスター!! おかげさまで、初めて上手にできました!」 「イエイエ、お役に立てて何より 両手で紳士の手を握り、激しく振るリナリーに、彼も楽しげに笑った。 「意地悪な彼の鼻も明かせそうですか?」 「えぇ、きっと!」 断言したリナリーに彼は、いたずらっぽくウィンクする。 「じゃあ、ダメ押しにこれも持っておいきなさい 「ケーキ・・・?」 冷蔵庫から出てきたケーキは、白いクリームでデコレーションされ、表面には半分にカットされた苺が渦状に並んで、きれいなバラ模様を描いていた。 「余った卵黄を使って、ケーキを作っていたのです これにアナタの作ったマカロンを飾ると、とても可愛いでしょ?」 「いつの間に・・・!」 自分の手元しか見えていなかったリナリーの隣で、彼は指導しながらこんなに素敵なケーキまで作っていたのかと驚く。 「ウフフ 言ったでしょ、我輩、上手なんですよ 「本当に・・・!」 感心して頷いたリナリーの目の前で、彼はケーキの側面にマカロンをきれいに飾って、ラッピングまでしてくれた。 「さ、日が暮れないうちに 「はい! 本当にお世話になりました!」 深々と一礼したリナリーに頷いた彼は、玄関の外まで見送ってくれる。 「またいらっしゃい 「ありがとうございましたー!」 大きく手を振って森の中へと帰って行くリナリーを、紳士はにこやかに見送った。 その背後に、小さな人形を咥えた黒猫が音もなく歩み寄ってくる。 「アラ、ルル お人形で遊んでいたんですか 振り返った彼が人形と一緒に猫を抱き上げると、喉を鳴らすその傍らで、人形が首を傾げた。 「なんでリナリーを帰しちゃったのぉ?」 人形がしゃべると言う奇異な現象に、しかし、彼は動じもせずに微笑む。 「もちろん、ただでなんか帰してませんよ クスクスといたずらっぽく笑いながら、彼はドアを閉めた。 「あのマカロン? なにを盛ったのさぁ〜?」 奥へと運ばれていきながら問うた人形に、彼は厨房のテーブルに置いた瓶を指す。 「単なる風味付けですよ 「お酒じゃんー!」 ケラケラと笑った人形は彼の腕から飛び出し、透明な液体の入った瓶へ歩み寄った。 「キルシュ・・・さくらんぼのお酒だよねぇ? アルコール度数は・・・40度! アレン、酔っ払っちゃうよぉ〜?」 ケラケラと笑う人形に、腕の中の猫を撫でながら彼は頷く。 「酒癖が悪かったですからねぇ、『彼』は アレン・ウォーカーがメモリーだけでなく、その体質も受け継いでいたら・・・ちょっと楽しいことになると思いませんか、ロード 呼びかけると、人形は軽い破裂音と共に人間の少女へと変わった。 「あいつらは大変だろうケド・・・ね、千年公 「あの酒癖に、彼らが愛想尽かししてくれたら嬉しいですねぇ その時は、と、彼は口の端を曲げる。 「堂々と迎えに行こうじゃありませんか、14番目の家族をね 「うん ロードと共に嬉しげな笑声をあげる千年伯爵の腕の中で、黒猫だけが不満げに長い尻尾を揺らしていた。 リナリーがノアの館だと知らずに滞在していた頃。 教団本部の城ではミランダが、大量の樅ノ木が運ばれて森のようになった部屋で、大きく息を吸った。 常緑の清々しい葉の香りで胸がいっぱいになり、満足げに吐息する。 「・・・さ!がんばりましょうか!」 大きく頷いて腕まくりした彼女の背後で、リーバーが吹き出した。 「なんですか?」 「なんですかもなにも・・・」 不思議そうな顔をするミランダに、リーバーはクスクスと笑い続ける。 「気合、入りまくってるな!」 「そうですか?」 首を傾げて、ミランダは自身の服を見下ろした。 科学班で借りたつなぎの作業着はとても動きやすくて、怪我をしないようにと被せられたヘルメットは軽く、葉が当たると危ないからとつけられたゴーグルも視界良好だ。 「何も問題ないと思いますけど?」 「あぁ、安全で何よりだ」 頷きつつも、リーバーは笑いを止められなかった。 たかが室内用ツリーを飾るのに、ここまで重装備するのは世界でミランダくらいのものだろう。 笑い続けていると、 「・・・そんなに変ですか?」 恥ずかしげに頬を染め、肩を落とした彼女に、リーバーは慌てて笑声を飲み込んだ。 「いや、悪い悪い! あんまり張り切ってんのが可愛くて、つい」 「か・・・可愛いだなんて・・・・・・!」 真っ赤になって俯いたミランダの、ヘルメットに覆われた頭を軽く叩く。 「それに、張り切ってんのは俺も同じだしな」 そう言ってリーバーは、小脇に挟んでいたクリップボードをミランダへ渡し、白衣のポケットからメジャーを取り出した。 「なにをしてるんですか?」 ツリーの高さを測るリーバーから受け取ったクリップボードには、なにやらよくわからない数式が書き込まれた紙が挟んである。 「えぇと・・・(√17/20)×・・・????」 「その後ろに、160って書いてくれ」 「は・・・はい・・・・・・」 言われた通り書くと、リーバーは隣の木の高さを測り始めた。 「こっちは180っと。 今から言っていく数字、どんどん書き込んでって」 「はい」 わけはわからないが、言われた通りにしようとミランダが書き込んでいると、手近の木を全て測り終わったリーバーが戻ってくる。 「・・・ん。 最初の木に必要なオーナメントの数は33個。頂点に飾る星の高さは16cmで、必要なモールの長さは8m17cm。電飾は5m3cmだな。 電飾を切るのは難しいだろうから、5mの電飾を使ってくれ」 言いながら、リーバーは数字を書き込んだメモを枝に結んだ。 「あの・・・なんですか、これ・・・?」 わけがわからず、困惑するミランダにリーバーが、にんまりと笑う。 「毎年、手近な木から闇雲に飾ってくから、オーナメントが足りなくなって慌てて買いに行くだろ? 今年はそんなことしなくていいように、クリスマスツリーを一番きれいに見せられるオーナメントの数とモールの長さを導く計算式を作ってみたんだ」 「そ・・・そんなことができるんですか?!」 「数学舐めんなよ♪」 驚くミランダに、リーバーは得意げに頷いた。 「試しにやってみるといい。 派手すぎず質素すぎず、バランスのいい飾りになるはずだぜ」 「はい・・・!」 言われた通り、ミランダは最初の木に8m17cmのモールと5mの電飾を巻きつけ、33個のオーナメントと16cmの星を飾る。 すると、決してセンスがいいとは言いがたい彼女でもきれいにツリーを飾ることができた。 「す・・・ごいです、リーバーさん!! モールの長さ、ぴったりでした!!」 「だろ?」 感動するミランダに、リーバーが得意顔でウィンクする。 「これなら無駄に迷うこともないぜ。 足りなくなっても、計算すれば後どれくらい必要かわかるから、買いに走ることもない」 メジャーを巻き取りながら、部屋中の木を見渡した彼に、ミランダが惜しみない拍手を送った。 「そんなことまでわかるなんて・・・リーバーさん、本当にすごいです!!」 「惚れ直した?」 「はいっ 冗談に大真面目に頷いたミランダが、感極まって抱きつく。 「いつもすごいと思ってますけど、今日は特に!」 「嬉しいね」 「・・・アホらしい」 仲良く抱き合う二人に、しかし、部屋の外から呆れ声が掛かった。 「か・・・神田君・・・!」 真っ赤になったミランダが、慌ててリーバーから離れる。 「そんなことに頭使うなら、もっと役に立つことに使えよ」 苛立たしげに眉根を寄せた神田に、しかし、リーバーはにんまりと笑った。 「頭は物質と違って、使わなきゃ性能が落ちるんだ。 こういう一見関係のないことも、新しい発明に役立つことだってあるんだから、あんま固く考えない方がいいぜ?」 「・・・ふん」 簡単に言いくるめられて面白くない神田が、鼻を鳴らして部屋に入ってくる。 「ジェリーからの届けもんだ。 足りなくなったらまた焼くってよ」 大量のジンジャークッキーやキャンディーケーンが入った箱を置くと、ミランダは嬉しげに駆け寄った。 「すごい! もう全部リボンがかかってるんですね!」 「・・・・・・大変だったぜ」 リナリーは途中で逃げるし、と、神田が忌々しげにぼやく。 「まだ全部じゃねぇから、溜まり次第持って来る」 「珍しく働いてるじゃないか」 任務でもないのに、と笑うリーバーに、神田は舌打ちした。 「・・・逃げ場を塞がれたんだよ」 食堂ではまだ、クラウドとエミリアとティエドールが『嫁姑舅戦争』ごっこをしている。 本心ではこのまま逃げたいが、そうはさせじとまた耳元で無線ゴーレムが鳴った。 『神田!まだか?!早く帰って来い!!』 食堂を出てからというもの、数秒ごとにマリの切羽詰った声が届く。 「必死だな」 「・・・怪獣が3匹も暴れてっからな」 苦笑したリーバーにため息をついて、神田が踵を返した。 「リナを見かけたら、すぐに食堂に戻るよう言ってくれ」 「了解した」 彼らしくもなく、とぼとぼと戻って行く神田の背中を、ミランダが気遣わしげに見送る。 「神田君・・・大丈夫かしら」 「大丈夫じゃないだろうな」 あの様子から、彼が逆らえない師と元帥、ついでにエミリアが関わっているのだろうと察して、リーバーは首を振った。 「モテ過ぎるってのも大変だ」 少しいい気味ではあるが、と言う言葉は飲み込んで、神田が運んで来てくれた箱を持ち上げる。 「じゃ、さっさとやろうぜ。 倉庫のオーナメントを取りに行った犬達も、そろそろ戻って来るだろ」 「はい 団員には冷酷な監査官達も、ミランダにだけは忠実な愛犬と化すことに、彼女自身はなんの違和感も持っていないようだった。 「あら、わんこと言えばハワードさんは・・・?」 「今日は見てないぞ」 ミランダを見つけては尻尾を振って駆け寄り、彼女の側にリーバーがいれば吠え掛かる監査官の姿がないことに、二人は首を傾げる。 「珍しいこともあったもんだな」 「本当に・・・アレン君に何かあったのかしら?」 監視対象であるアレンに何かあれば、監視役のリンクは離れることができなくなってしまうからと、ミランダが不安げな顔をした。 「ラビ君は今朝、神田君達とオーナメントを作っているのを見ましたから、まだ一緒かもしれませんけど、リナリーちゃんは逃げてしまったって言うし・・・」 「リナリーは単純にめんどくさくなっただけだと思うぞ」 彼女の性格をよく知るリーバーが断言する。 「もしくは、他にやりたいことができたんだろうな。 神田の逃げ道を塞いだのも、きっとリナリーだ」 そうでなければ、あの神田が窮地に立たされるわけがないと、リーバーは笑ってオーナメントを取りあげた。 「気にしなくていいから、とっととやってしまおう」 「はい・・・」 ほっと吐息して、ミランダもオーナメントを取り出した。 そのうちに彼女の愛犬達もやって来て、ツリーの飾りつけは例年に比べ、順調に進行した。 その後、日が沈む間際に戻ったリナリーは、そのまま病棟へ行き、アレンの病室に駆け込んだ。 「アレンくーん!お見舞いだよー 魅力的な言葉に、ベッドの上でつまらなそうにペンを走らせていたアレンの顔が輝く。 「お見舞い?!食べ物ですかっ?!」 「もちろん!」 リナリーが大きく頷くと、アレンはペンと本を放り出して歓声をあげた。 「わー・・・いって、どこ行ってたんだよ、ティム?」 朝から見かけなくなっていたゴーレムにアレンが目を丸くする。 「森の中にいたんだよ」 お散歩中だったんだよね、と言われて、リナリーの背に隠れていたティムキャンピーは気まずげに頷いた。 「・・・お前、僕がリンクにいじめられてるの見て、さっさと逃げたんだろ?そうだろ?」 尻尾を掴んで問うアレンの剣呑な目に、怯えたティムキャンピーが必死に羽ばたくが、あっけなく引き寄せられて引き伸ばされる。 「ま・・・まぁまぁ、アレン君・・・! 許してあげようよ!」 苦笑して取り成したリナリーが、室内を見渡して小首を傾げた。 「ラビと監査官は?」 問うと、アレンはドアの外を指す。 「リンクは他の監査官から、『ミランダさんとツリーの飾りつけするよー』って連絡受けた途端に飛び出していきました。 ラビは残りたがってたけど、きっと人手が足りないからって無理矢理連行されましたよ」 そしてアレンは課題と共に残されたと、頬を膨らませた。 「そうなんだ・・・」 リンクに見せ付けられないことを残念に思いながら、リナリーはアレンの膝の上にラッピングされた箱を置く。 「じゃあ、ひとまずは今日の成果ね! 練習だけど、うまく行ったんだよ 本番は25日にまた作ってあげるね!」 「ホント?!嬉しい 頬を染めて箱を開けたアレンだったが、ケーキを見下ろしたまま無言になってしまった。 「ど・・・どうしたの?!嫌いなものでもあった?!」 その表情に焦ってリナリーが問うと、彼は無言のまま首を振る。 ややして、 「これ・・・ケーキの側面をマカロンで飾るのって・・・長官のレシピですよね?」 暗い声で問われて、リナリーは気まずげに頷いた。 料理を教えてもらっている最中、紳士にはルベリエの本を見せて『こういうのが作りたい!』と言っていたので、きっと参考にしてくれたのだろう。 「あの・・・」 「すごくおいしそうで、本当は食べたかったんですよね」 リナリーの声を遮って、苦笑したアレンにティムキャンピーが身体をすり寄せて来た。 まるで慰めるような行動の意味がわからず、リナリーが困惑する。 何も言えずにアレンとティムキャンピーを見比べていると、ようやくマカロンを摘んでくれた。 「ごめんなさい。 実はこのケーキ、前の本部にいる間に長官から勧められたことがあったんですよ。 だけどあの時は・・・とても食べる気になんてなれなかったんです」 クロスが亡くなったとされる部屋で、彼の血痕を見つめながらケーキなんか勧めてきた彼のことは、今でも理解しがたい。 「長官にはすっごく頭に来て・・・なんて言いましたっけ、坊主憎けりゃ袈裟まで憎い?」 苦笑するアレンを。リナリーは気まずげな上目遣いで見つめた。 「それで・・・マカロンまで嫌いになっちゃった?」 せっかくがんばって作ったものだが、アレンの嫌な思い出に直結しているのなら、勧めるのもためらわれる。 「だったら別のを作るよ!」 アレンの膝の上に広げた箱を閉じて、リナリーはにこりと笑った。 「本番で嫌な思いをさせなくてよかった! 今からまたがんばるね!」 「待って!」 箱を持って出ようと踵を返したリナリーに、アレンが慌てて声を掛ける。 「レシピは長官のものでも、リナリーが作ってくれたんでしょ? だったらきっと・・・」 ショコラの色をしていたルベリエのマカロンとは違う、ピンクの可愛らしいそれをかじると、口いっぱいにチェリーの香りとラズベリーの甘酸っぱい果汁が弾けた。 「すごく、幸せな味です 「アレン君・・・!」 枕元に戻ったリナリーが、嬉しげに箱を開ける。 「もっと食べて! ケーキもおいしそうでしょ 私、ナースの姉さんにナイフとお皿借りてくるね 「はい 身体を寄せてねだるティムキャンピーにも一つ分けてやりながら、アレンはにこにことリナリーを見送った。 「おいしいね、ティム。 あれ以来、マカロンって食べてなかったけど・・・なんだかすごく懐かしい味がする」 ずっと以前・・・彼がエクソシストにもなっていない頃・・・いや、もっと幼い頃だろうか? 随分と昔に食べた気がする味と香りだった。 「なんだろう・・・これって標準的、ってことなのかな? どのお店でもこんな味がするんだろうか」 前にジェリーが作ってくれたものとは少し風味が違う気がするが、美味しいことには変わりない。 つい、次々と手が伸びて、飾りにつけられていたマカロンは大きいものを残して全て食べてしまっていた。 「色んな味があったけど、僕はチェリーのが一番好きだったな 嬉しげにクスクスと笑うアレンの元へ、リナリーが戻ってくる。 「あ、全部食べちゃったんだ!」 何気なく言った彼女に、アレンが首をすくめた。 「ご・・・ごめんなさい、残してなきゃいけなかったですよね・・・!」 気まずげに言うと、リナリーは笑って首を振る。 「いいよ、アレン君のお見舞いなんだし、ケーキは残しててくれたしね 言いながらふと見下ろした箱には、まだ一番大きなマカロンが残っていた。 「気に入ったなら、それも食べちゃっていいんだよ?」 「え?これも食べられるんですか?」 リナリーの掌ほどもある大きなそれを取り上げると、黄色い艶やかな光沢のマカロンの間には、クリームとフルーツがたっぷり挟んである。 「あんまりきれいに飾ってあるから、てっきり蝋細工だと思ってましたよ!」 バラ模様の苺ケーキの上にそっと置かれたマカロンの表面は白く砂糖が掛けられ、チョコレートで時計の文字盤が描かれていた。 「アリスの世界みたいだよね 料理上手な上にセンスがいいなんて、ホントに素敵なおじさまだったな 「おじさま? ジェリーさんに教えてもらったんじゃないんですか?」 意外そうに問うたアレンに、リナリーはぺろりと舌を出す。 「実はね・・・」 朝の失敗と挫折、逃げ込んだ森の中で出会った紳士に招待されて、お菓子作りを伝授してもらったことを話すと、アレンは人目を憚るように辺りを見回した。 「それは・・・鴉に見つからなくて良かったですね」 勝手に教団を出たことを頑迷な彼らに知られれば、逃亡を疑われかねない。 が、リナリーは平然と笑った。 「こんなの平気だよ 神田の森での修行に付き合ってたら、麓まで行っちゃうことなんてしょっちゅうだし」 「あぁ・・・神田と・・・・・・」 憮然として、アレンは懐中時計の形をしたマカロンに噛み付く。 途端、口の中に広がった香りと甘酸っぱさに、忌々しさなど霧散した。 「これ・・・特別に美味しい!!!!」 フレッシュフルーツだけでなく、ドライフルーツやナッツまでが入って、表面を飾るチョコレートまでもが完全に調和している。 「さすがだよ、公!」 アレンの口から出た歓声に、リナリーは不思議そうに首を傾げた。 「こう、って?」 「ん? 僕、こうなんて言いました?」 とぼけている様子もなく、あっさりと聞き返されて、リナリーは聞き間違いだったかと首を振る。 「ケーキも切っちゃおうか!」 「はい!」 上機嫌で手についたクリームまで舐め取ったアレンが大きく頷いた。 「はい、どうぞ 大きく切り分けてやると、大喜びで頬張る。 「さっきも不思議だったんですけど、これもなんだか懐かしい味がするんですよねぇ・・・なんでだろう?」 嬉しそうに笑うアレンの傍らで、リナリーもケーキを頬張って嬉しげに頬を染めた。 「おいしいー 懐かしいって言われて見れば、この時期に苺って・・・」 「すっごく・・・高価ですよね・・・・・・」 教団内ではジェリーはじめシェフ達が、方舟を使って世界中から食材を集めてくれるので、こんな冬の真っ只中でもフレッシュフルーツを食べることが出来るが、未だ交通網も限られた19世紀に、王族でもないのにフレッシュフルーツを惜しげもなく使うとは信じられない行為だ。 「お・・・お金持ち・・・なんですかね?」 「しょ・・・商人だとは言ってたけど・・・」 教団では大して珍しいものではないため、言われるまで気づかなかった。 蒼ざめたリナリーが、口の中の苺をごくりと飲み込む。 「ど・・・どうしよう・・・! 森で助けたお礼って言ったって、こんな高価なものをいただくなんて・・・! 私、お菓子作りを教えてもらったお礼しか言ってないよ・・・!」 とんだ無礼をしてしまったと、凍りついた彼女の肩に、アレンが手を載せた。 「改めて御礼に伺えばいいですよ。 僕も付き合いますから」 そうして少しでも神田との差を縮めようと言う思惑には気づかず、リナリーはホッと頷く。 「じゃあ・・・せっかくだから、食べちゃおうか」 「もう食べちゃってまふ」 切り分けてもらった分はとっくになく、勝手に取り分けたアレンがもふもふと頬張った。 「アレン君たら・・・!」 笑い出したリナリーに微笑んだアレンが、彼女の頬を指す。 「リナリー、クリームついちゃいましたよ」 「ありゃ」 拭き取ろうとした手を、アレンがそっと掴んで下ろした。 「アレン君?」 なぜ近づいて来るのだろうと、大きな目を丸くするリナリーの頬を、アレンがぺろりと舐める。 「んなっ・・・?!」 真っ赤になって固まった彼女に、アレンはいたずらっぽく笑った。 「美味し リナリーも美味しいの?」 「は?!」 どういう意味だと、問い返そうとした口は塞がれて、逃げようにも強い力で抱きすくめられる。 驚いたティムキャンピーが飛び上がってアレンの背を尻尾で叩くと、彼はうるさげにゴーレムを押しのけた。 その隙に、何とか彼の腕から逃げ出したリナリーが壁際まで後ずさる。 「な・・・なにするの、いきなり!!」 「なにって、味見」 怒る彼女に悪びれもせず、笑った彼の顔に・・・いや、雰囲気に、リナリーは違和感を覚えた。 「あなた・・・誰・・・?」 「誰って」 クスクスと笑って、アレンは動くのに邪魔な包帯を解いていく。 「アレンなんでしょ?」 「違うよ!」 ついさっきまでは間違いなくアレンだったのに、その表情はもっと大人っぽく、信じられないほど邪悪だった。 「もしかして・・・・・・!」 「それ以上言わないでくれるかな、リナリー?」 自分の名を呼ぶ彼に、リナリーは言い様のない嫌悪感を覚える。 「その顔で・・・私の名前を呼ばないで!!」 「おや、気に入らない? あんな子供より、随分と大人なんだけどなぁ?」 意地の悪い笑みを浮かべた『彼』は、ベッドを降りてリナリーに歩み寄った。 「きっと、俺の方が好きだよ?」 「そんなわけないでしょ!!」 壁に両手を突いてリナリーを腕の中に閉じ込めた彼は、反抗的なリナリーの目を覗き込む。 「気が強い子って好きだよ、俺。 敵わないってわかった途端、悔しくて泣いちゃったりしたらもっと可愛い 「なによ、それ・・・!」 意地の悪い言い様に、リナリーはムッとして彼を押しのけた。 「どいて、『14番目』! アレン君を返しなさい!」 「んー・・・それはちょっと無理かも」 腕を組んだ彼は、わざとらしく小首を傾げる。 「さっきのお菓子さ、マカロンもケーキも、苺にまですっごいアルコールが入ってたって、気づかなかった?」 「え・・・?!」 絶句した彼女に、彼はクスクスと笑い出した。 「キミは少ししか食べなかったから無理もないかな。 でも、あんなにたくさんのアルコール入り菓子をほとんど一人で食べちゃったお子様は今、俺の中で完全に潰れちゃってるよ」 だから代わって出てきたと、彼は楽しげに笑う。 「俺もいい気持ち♪ 酔っ払うとさ、女の子がいつも以上に可愛く見えるんだよね リナリーへ向かって歩を進めるや、踵を返した彼女の手を、14番目は強く掴んだ。 「アレンが寝てる間に・・・」 もう一度、と抱き寄せようとした彼のみぞおちに、リナリーは拳を叩き込む。 「セクハラしないで!!」 身を折ってうずくまった彼に吐き捨て、リナリーは放置された包帯で彼の手を後ろ手に縛り上げた。 「酔いが醒めるまでこうしてなさい!」 ベッドのヘッドボードに端をきつく結んだリナリーは、大きな音を立ててドアを閉め、通りかかったナースに外から鍵を掛けるよう頼む。 「誰か・・・神田かラビに言って・・・! ううん、兄さんかな・・・?!」 対処を考えてもらおうと、病棟を出たリナリーは、兄の執務室へ向かっていた足を止めた。 「ダメだ・・・! 何があったかバレたら、アレン君が殺されちゃう・・・!」 14番目は忌々しい存在だが、そのせいでアレン本人に害が及んでは困ると、リナリーは食堂へ足を向ける。 「神田を連れて、ラビの所に行けばいいや!」 それが一番の解決方法だと城を駆け巡ったリナリーが、二人を連れて病室に戻った時、そこにはアレンの・・・いや、14番目の姿はなかった。 To be continued. |
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2012年アレン君お誕生日SS第2弾です! これはリクエストNo.57『酔っぱらいアレン 』を使わせてもらってますよ 実は、酔ったアレン君は別のSSで既に書いているんですが、あの後色々情報も出てきたので、今回は14番目出現の方で。 騒動は第3弾に続きます! ちなみに、班長が言っていた『クリスマスツリーを美しく飾る計算式』は実在します。 こないだ会社の人に教えてもらったの(笑) 記事と自動計算式はここでどうぞ イギリスの数学者が考えたものだそうです。 |