† New World V †
とっぷりと日の暮れた空から、ちらちらと雪が舞い降りてくる。 冷えきった石の上に落ちたそれは、溶けずに音もなく降り積もっていった。 「うわぁ・・・寒い!」 風はないものの、徐々に密度を増していく雪の幕は回廊まで伸び、欄干を白く覆っていく。 「ティム、早くあったかいとこに案内して!」 城内に不慣れな『主』の命令に頷いて、ティムキャンピーは羽ばたきを強めた。 パジャマにカーディガンを羽織っただけの彼は、両手で身体を抱き、足早にティムキャンピーの後に続く。 回廊を渡りきり、宿舎のドアを閉めると、暖かい空気が彼を包んでくれた。 「ぅあー!さぶかった!!」 髪の上で露に変わった雪をふるい落とした彼は、宿舎の奥へと歩を進める。 「早く『僕』の部屋に案内して!」 震えながら命じると、こくりと頷いたティムキャンピーが長い尾を振りながら奥へ進んだ。 まだ本城で働いているのだろう、廊下に人気はなく、彼は誰にも会うことなく部屋へ至る。 「服服!」 できるだけ暖かい物をとクローゼットを探っていた彼は、ハンガーを手繰る手を止めた。 「・・・今って、あれから30年以上経ってるんだよなぁ? なのに、あんま変わってないんだな、服」 父の若い頃の服なんかは、見るからにダサイと思っていたが、今目の前にある服は、自分が着ていたものとそう変わらない気がする。 「・・・やっぱ、大陸じゃ『英国人、ダッセ!』って言われてんのかなぁ」 言われてるんだろうな、と苦笑した彼は、パジャマを脱いでシャツを着ると、その上から暖かそうなVネックのセーターを被った。 「ネクタイ・・・しなきゃだよな、やっぱ」 姿見越しに壁のカレンダーを見ると、12月22日まで×印で消してある。 ならば今日は23日なのだろうと推測して、彼はクローゼットの中に掛けてあったネクタイハンガーから、季節に合った華やかなネクタイを取った。 「どう?」 問われたティムキャンピーは、コクコクと頷く。 「赤の地に柊の葉と金色のベル模様なんて、クリスマスでもなきゃしないもんなぁ。 ・・・うんわ、白いセーターに似あわねぇー! かといって、まだイブでもないのに紺色は固すぎるし、黒はもっと似合わないし、ブラウンはどこのじーさんだよ・・・23日なら、もうちょっとカジュアルでいいんだけどな」 英国人のクローゼットにはろくなもんが入っていない、とぼやきながら、彼はがさがさとクローゼットを探った。 やがて、ようやく青に近いグレーのセーターを取り出す。 「うーん・・・この辺が妥協点かなぁ・・・。 ったく、若いんだからもうちょっとカッコいい服入れとけよ、少年!」 鏡に舌を出して、着替えた彼は乱れた髪も整えてから部屋を出た。 「女の子ナンパしよーっと♪ ティム、どこにいんの、女の子?」 まだ酔いが覚めていないのか、はしゃいだ声をあげる彼の足が、わずかにふらついている。 ティムキャンピーは呆れたように吐息すると、パタパタと彼の前を飛んだ。 本城に入り、クリスマスの雰囲気に浮かれた団員達とすれ違いながら誰からも見咎められることもなく、彼はティムキャンピーが長い尾で指したドアを開ける。 途端、廊下ではほとんど出会わなかった女性達の声が、華やかに囀っていた。 「うわー 可愛い子いっぱい 思わず大声をあげると、被服室のお針子達が一斉に彼を見遣る。 その中で、 「あら、アレン 衣装選びに来たの?」 歩み寄って来た中年女性に、彼は頷いた。 「クローゼットの中見ても、ロクなもんが入ってないんだ」 もっとかっこいいのが欲しい、と言った彼に、彼女は不思議そうに小首を傾げる。 「たとえば・・・どんなのがいいの?」 彼の背を押して衣装室へ案内すると、彼は目を輝かせて服を手繰った。 「これ、カッコイイ!」 最初に取り出したものはラビの依頼で作ったカットソーで、黒地に銀の蜘蛛の巣と、囚われの蝶が描かれている。 「・・・でも、今の時期には着れないよな。カジュアルすぎるし」 残念そうに言ってハンガーに戻すと、次にシャツとジレを組み合わせた服を取った。 「このシャツカッコイイ! 黒に、小さな金の水玉模様?かな? 同色の長いベストが無地だから、あんまり派手すぎずに、それでもカジュアルでいい感じ!」 今日着るにはふさわしい、と言った彼に、被服係の係長が微笑む。 「それは神田用に作ったものよ。 ・・・私、あなたならその隣のアーガイル柄を選ぶと思っていたわ」 グレーと白の地に赤のクロスアーガイルを描いたパーカーを見て、彼は小首を傾げた。 「なーんか、ガキっぽいし好きじゃない」 言った途端、頬を両手で挟まれて、彼は真正面から係長に睨まれる。 「あなた、誰?」 「へっ?!」 目を丸くした彼に、彼女は眉を吊り上げた。 「あのアーガイルのパーカーは、アレンが作って欲しいって言ってきたものよ。 アレンは髪の色を気にしているから・・・いつもパーカーを頼むの。 それをガキっぽいし好きじゃない、ですって? アレンなら絶対にそんなこと言わないわ!」 ただならぬ声に、様子を見に来たお針子達へ彼女が頷く。 「警報を!」 その一言で、危機に敏感なお針子達は警報を鳴らすや手に手に得物を取って押し寄せた。 「ちょ・・・待って待って?!なんで?! 俺、アレンだよ?!」 「嘘おっしゃい! 女の勘を舐めるんじゃないわよ!!」 きっぱりと言った係長の背後で、お針子達も一斉に頷く。 「今、『俺』って言った!」 「絶対アレンじゃないわ、あれ!」 「またノアなの?」 「きっとあの性悪女よ!」 「だったら遠慮いらないよね!!」 口々に囀りながら、じりじりと近づいてくる女達から、彼はじりじりと後退するが、係長がしっかりと手を掴んでいて逃げることができなかった。 「あなた達! 少しでも妙な動きをしたらやっちゃいなさい!」 フェミニスト揃いで女に手加減する男達と違い、彼女達には遠慮する理由などない。 一斉に頷いた彼女らに怯えた彼が、こくりと喉を鳴らした。 と、ティムキャンピーがいきなり係長に体当たりし、押し寄せていたお針子達の隙間をバタバタと羽ばたいて主を囲む輪を広げる。 その隙に、彼は係長の手を振り解いて逃げ出した。 「あ!待ちなさい!!」 そんなことを言われて待つわけがなく、部屋を飛び出した彼は警報の鳴り響く中、城内を駆け巡る。 「ティ・・・ティム・・・! どっか隠れられるとこ・・・走ったら酔いが回って・・・気持ち悪・・・・・・!」 真っ青になった主に身体ごと頷き、ティムキャンピーは騒然とした城内を飛び回った。 「警報?!」 「あいつのことがバレたんだろ」 病棟付近にいたラビと神田が、響き渡る不快な音にきつく眉根を寄せた。 「か・・・鴉に見つかっちゃったらアレン君、なにをされるか・・・!」 蒼褪めたリナリーに、しかし、神田は冷たく鼻を鳴らす。 「そりゃ自業自得・・・」 「神田ったら!!」 怒ったリナリーが、神田の頬を両手で叩いた。 「これってアレン君のせいじゃないでしょ!」 「ま・・・まぁまぁ、ユウとアレンの仲の悪さは今に始まったことじゃないんから・・・!」 慌てて二人の間に入ったラビが、必死に取り成す。 「それより、誰より先に俺らがアレン見つけんと!」 「う・・・うん・・・!」 頷いたリナリーが、不安げな目を城内へ巡らせた時・・・三人の無線ゴーレムが、けたたましく鳴った。 食堂で作業をしていた元帥達とマリは、警報に続いて鳴り響いた無線に表情を厳しくした。 『城内にノアが侵入した模様! 敵はアレン・ウォーカーに化け、逃走したとのこと。現在はどのような姿をしているかは不明。 元帥及びエクソシストは城内の探索に当たれ!』 その命令を聞きながら、出口に向かっていたマリは、後続がないことに気づいて振り向く。 「師匠!クラウド元帥! 命令が聞こえなかったのですか?!」 早く、と急かす彼に、しかし、二人はテーブルに向かったまま固まっていた。 「いや・・・聞こえていたんだけどね、マーくん・・・・・・」 「今・・・ここを離れると勝負にだな・・・!」 苦渋に満ちた声をあげる二人に、警報を圧する笑声が降り注ぐ。 「早く行ってらして、元帥方 お二人のことですもの、ノアなんかさっさとぶちのめして、すーぐ帰ってくれば、きっと間に合いますよ 既に勝ち誇った声をあげるエミリアを、二人は悔しげに睨み、一斉に立ち上がった。 「あぁ!すぐにぶちのめし、お前にも勝つからな!!」 「ユーくんの感謝は私がもらうんだから!パパンの権利なんだから!」 涙目の二人へ、エミリアは笑って手を振る。 「せいぜいがんばってくださいねー 「ちっ!!!!」 壮絶な舌打ちをしてクラウドが駆け出すと、ティエドールも慌てて続いた。 「あーやれやれ。 今のうちに、数稼いでおこうっと♪」 楽しげに笑って、エミリアはジンジャークッキーにリボンを掛ける手を早める。 「いいところに来てくれたわ、ノア ダーリンのキスはあたしのものよー♪」 探索のため、団員達の消えた食堂で、エミリアだけがマイペースに作業を続けた。 その頃、執務室にいたコムイは、警報に続いて発せられた通信に表情を引き締めた。 「元帥・・・!」 「あぁ!」 部屋を飛び出して行ったソカロを見送り、ブリジットを振り返る。 「鴉には・・・」 「出動要請、完了しましたわ」 「サード・エクソシスト達も出動させた」 部屋に駆け込んできたルベリエに頷き、コムイは城内に放たれた監視ゴーレムが送ってくる画像を見つめた。 「アレン君本人はどこに行っちゃったのかな・・・!」 いくつもの画面の中にアレンを探すコムイの背後で、ブリジットが踵を鳴らす。 「室長、ただ今病棟から連絡が入りましたわ。 アレン・ウォーカーはつい先程まで病室にいたそうですが、既に姿がないそうです。 おそらく、探索に加わったのではないかとドクターが」 「紛らわしいことを! すぐにウォーカーに連絡を取り、おとなしくしているように言いたまえ!」 ブリジットの声を遮り、苛立たしげに言うルベリエにコムイは頷いた。 「アレン君!アレン君返事しなさい! 今、どこにいるんだい?!」 呼びかけると、アレンではなく病棟のナースが応える。 『あの子、病室に無線機を忘れていってしまいました!』 「なにやってんのさ・・・!」 ため息をついて、コムイはリンクへ回線を繋げた。 「監査官、悪いんだけど、キミはアレン君を探してくれるかな? 間違えられて、あの子が捕まっても可哀想だからさ」 『了解しました』 ため息まじりの声が応えて、コムイは一旦無線を置く。 「・・・あーぁ。せっかく準備中だったのに」 床に散らばった小さな木の棒を見つめ、肩を落としたコムイをルベリエが訝った。 「なんだね、この枝は?」 ひとつ拾い上げてよくよく見つめるが、なんの変哲もない枝にしか見えない。 と、ブリジットが眉根を寄せて肩をすくめた。 「・・・マタタビの蔓を乾燥させたものですわ。 室長とソカロ元帥が、城内で放し飼いにしている猫達にクリスマス・プレゼントをするのだと、朝からせっせと・・・」 「マタタビ・・・」 呆れ声のルベリエにじっとりと睨まれて、コムイはばたばたと画面を指す。 「いっ・・・今はそんなことどうでもいいじゃないですか! それよりも敵を・・・敵を見つけないと!ね?! どーこだー?!」 わざとらしく騒ぎ立てたコムイは画面を睨みつけた。 が、今日は団員のほとんどが団服を着ておらず、騒然とした城内にアレンの姿を探すのは難しい。 「〜〜〜〜ダメだ! リンク監査官に任せて、ボクは全体の指揮を執りますよ!」 「あぁ!ぜひそうしてくれたまえ!」 「あぃ・・・!」 嫌味な声に首をすくめて、コムイはインカムを装着した。 「警報・・・! ハワードさん?!」 飛び出して行った監査官達の中で一人、残って無線で話しているリンクへ、ミランダは不安げな目を向けた。 作業着に着替えた時に、うっかり無線機を忘れて来てしまったため、彼女は情報を聞けずにいる。 何があったのかと聞く前に、彼は頷いて部屋を飛び出て行った。 「あ・・・!」 追いかけようと歩を踏み出した時。 「きゃあ!」 何かに躓いて、派手に転んでしまった。 「いったぁ・・・! なにに躓いたのかしら・・・?」 オーナメントを入れていた箱だろうかと、ぶつけて紅くなった鼻をさすりながら見ると、樅の木の間にアレンがうずくまっている。 「アレン君!どうしたの?!」 ツリーの鉢に縋るようにしてうずくまっている彼を抱き起こすと、真っ赤な顔をして眠っていた。 「一体・・・あら、ティムちゃん」 ぱたぱたと寄って来たティムキャンピーを見上げると、心配ないといわんばかりに身体を振る。 「寝てるだけなの?なんで・・・あら」 抱え直した時、随分ときつい酒の匂いがして、ミランダは苦笑した。 「酔っ払っちゃってるのね。 なんでお酒なんか飲んじゃったのかしら。 苦手だって言ってたから、自分じゃ飲まないはずだけど・・・」 首を傾げた彼女に、ティムキャンピーがツリーに下がったお菓子のオーナメントを指す。 「・・・あぁ、お菓子に入っていたのね。 誰かしらね、そんなお菓子をあげちゃったのは」 肩をすくめて、ミランダが彼の頭を撫でてやると、その目がうっすらと開いた。 「あぁ、気分はどう、アレン君? 目が回る?お水持って来てあげましょうか?」 未だに警報は鳴り続けていたが、すっかり忘れて微笑んだミランダに、彼は朦朧としたまま抱きつく。 「ア・・・アレンくん?!ちょっと・・・!」 「おねーさんの胸、きもちいー それに、お菓子のいい匂いがするー 「アレン君!やめて・・・こらぁっ!!」 胸に顔をうずめられたミランダが、真っ赤になって悲鳴をあげた。 と、背後でがさがさと葉を掻き分ける音がする。 「どうし・・・」 「リ・・・リーバーさぁんっ!!」 真っ赤になったミランダに涙目で見上げられたリーバーが、彼女に縋りつく彼を引き剥がしてげんこつを落とした。 「なにやってんだ、クソガキ!!!!」 「いったぁ!! なんなの、突然・・・せっかく気持ちよかったのにぃ・・・!」 なおも擦り寄ろうと手を伸ばす彼から、ミランダが慌てて後ずさる。 「やめろっつーんだ!!」 またも強烈なげんこつをされて、彼は頭を抱えてうずくまった。 「うう・・・! 乱暴者ぉ・・・!」 「お前が悪いんだろ!!」 反省の見えない彼に更にげんこつしてやろうとこぶしを振り上げたリーバーを、ミランダが止める。 「あのっ! アレン君、酔っ払ってるみたいで・・・誰かがお酒入りのお菓子を食べさせちゃったそうなんです!」 ね?!とティムキャンピーを見遣ると、丸い身体で懸命に頷いた。 「さっきまでそこで伸びてたんですよ。 だからきっと・・・わざとじゃないんだわ・・・」 真っ赤になった顔で彼を庇うミランダに、リーバーもため息をついて頷く。 しかし忌々しいことに変わりはなく、リーバーは彼の首根っこを掴んで窓辺に寄った。 「外で酔い醒ましてろ、ガキンチョ!」 「きゃんっ!!」 外へ放り出された彼は、雪の降りしきる庭に転がって唖然とする。 「え?!なんで・・・!」 目の前で窓が冷たく閉ざされ、カーテンまで閉められて、視界は完全に遮断された。 「えっと・・・さ・・・寒っ!! ティム!!ティム!!」 呼ぶと、リーバーが窓を開けると同時に外へ出てきたらしいティムキャンピーが寄って来る。 「あったかいとこ! あったかいとこ連れてって!早く!!」 そしてもちろん安全な場所へ、と付け加えられて、ティムキャンピーはこくりと頷いた。 「なかなか止まないわねぇ」 鳴り続ける警報に顔をあげたエミリアは、吐息してジンジャークッキーをかごに入れた。 「・・・うん! これであたしの勝利は間違いないわね! でも、ダメ押ししとこ ウサギと亀の例もあるし、と、エミリアは未だリボンのかかっていないクッキーの山を引き寄せる。 「それにしても、面倒なことするわねぇ、英国人って! ハロウィンもバカ騒ぎするし、ちゃんと行ってるのかしら、お墓参り?」 誰もいない食堂でぶつぶつと呟いていると、その声に引かれてテーブルの下をかさこそと何かが寄って来た。 そうとは知らず、足を組み替えたエミリアの膝に誰かが抱きつく。 「ひっ?!」 驚いて椅子を引いたエミリアが倒れる寸前、膝に絡み付いていた彼が彼女を抱きかかえてくれた。 「驚かせてごめんなさい、寒かったんで暖を取りたかっただけなんだ・・・」 と、ごく当たり前のように言って、彼はエミリアの豊かな胸に顔をうずめる。 「さっきのお姉さんも気持ちよかったけど、お姉さんが最高〜 「こンのクソガキャアアアアアアアアアアアアア!!!!」 「ぐふっ!!」 みぞおちに強烈な膝蹴りを食らい、仰け反った弾みでテーブルに頭を打ち付けた彼が目を回した。 「なんっなの、アレンまで! ・・・あ! まぁたティモシーに憑かれたのね、あんた! どんだけ隙だらけなのよ!!」 目を回したからにはティモシーは離れたはず、と、エミリアは彼の襟首をむんずと掴む。 そのままずりずりと引きずりながら食堂を横切り、テラスへ続く大窓を開けて、彼を雪の中へ放り出した。 「さっさと目を覚まして、任務遂行しなさい!」 言うや乱暴に窓を閉め、憤然とテーブルへ戻る。 「ダーリンだって触ってくんないのに、なんでクソガキ共は・・・! あぁむしゃくしゃする! 絶対!ダーリンにキスさせないと、気が治まらないんだから!!」 そのためには、と、エミリアは任務中の亀達を引き離すべく、猛烈な勢いでオーナメントを作っていった。 「うぅ・・!なんなの、あの姉さん・・・! いい乳してるのに、すっごい乱暴・・・!」 地に這ったまま、彼がぼやいていると、降りしきる雪と共に軽やかな笑声が降り注いできた。 「う・・・?」 顔をあげると、間近の木の上で、懐かしい顔が笑っている。 「ネア、ひっさしぶりぃ〜 妙にのんびりした声は、鳴り響く警報よりもなお、彼を緊張させた。 そんな彼に、木の上の少女は意地悪く笑う。 「ふふ そんな顔しないでよぉ〜 お前、追われてるんでしょぉ?助けて欲しいぃ?」 チェシャ猫のようにニヤニヤと笑う彼女を、立ち上がった彼はまっすぐに見つめた。 「なんで『俺』が出てきたって知ってんだ、ロード? アクマを通じて伯爵に知らせたわけでもないのに」 問うと、彼女はぺろりと舌を出す。 「どうだったぁ?久しぶりの、千年公のお菓子はさぁ?」 「あぁ・・・やっぱりあいつのだったんだ」 どうにも懐かしい味がしたと思ったらそういうわけかと、彼・・・ネアは苦笑した。 「酒を盛れば、このお子様が潰れて俺が出てくると思ったのか?」 「その通りになったでしょぉ?」 目の前にひらりと舞い降りた少女は、嬉しげに彼を見上げる。 「ねぇ、帰っておいでよぉ、ネア! 僕らはお前のこと、今でも家族だと思ってるんだよぉ?」 細い腕で抱きついて来た彼女を見下ろし、ネアは苦笑した。 「俺は、伯爵を殺そうとしてるのにか?」 「それでも構わないって、千年公は言ってるよ・・・」 少し悲しげな顔をして、ロードは小首を傾げる。 「ね? こんな所にいたって、辛いだけだよ。 僕らと一緒に楽しく暮らそうよ」 それはとても魅力的な誘いではあったが、彼は首を振った。 「なんで・・・!」 「俺には別の目的があるから」 そっと・・・優しく引き離したロードの頭を、ネアは愛しげに撫でる。 「嫌いじゃないよ、決してね。 だけど・・・わかるよな?」 幼い妹へ対するように、優しく言い聞かせた彼の姿が涙で滲んだ。 「ネア・・・!」 「さよなら、ロード」 懇願の言葉を、優しい声で阻む。 「こんなこと言うのも変だけど・・・元気でな。 いいクリスマスを」 もう一度優しく頭を撫でた手を振って、背を向けたネアの姿が消えるまで、ロードは雪の中に立ち竦んでいた。 その一方で、黒猫の姿になって城内に忍び込んでいたルル=ベルは、いい匂いに引かれるように奥へ奥へと進んでいった。 慌しく行き交う人間達に踏まれないよう、廊下の隅を駆け抜けて部屋に入ると、厳しい顔をした男に睨まれる。 「また猫か! ドアを閉めてはどうかね、室長?!」 大声で怒鳴られて、ムッとしつつもルル=ベルは彼の足元に散らばる木に歩み寄った。 既に数頭の猫達が機嫌よく鳴きながら、かじりついたりその上を転がったりしている。 ルル=ベルもその中に加わると、頭上で苛立たしげな声がした。 「次々に報告が入るんですから、ドアを閉めてると不便でしょ! 長官、そんなに猫がお嫌いでしたらそのマタタビ拾い集めて、密閉しててくださいよ!」 なかなか侵入者発見の報告を得られないコムイが早口に言うと、ルベリエは憮然としてブリジットと共に木切れを拾い出す。 「あぁもう! 引っかくんじゃありませんよ、猫共! 全く躾けのなっていない・・・コラ!離れなさい!!」 マタタビを取られまいと、爪を立てて抵抗する猫達を邪険に振り払う彼の手が、一際強くルル=ベルに当たった。 「にゃ・・・!」 怒ったルル=ベルが毛を逆立て、ルベリエに噛み付く。 「こらっ!痛・・・いいいいいいいいい?!」 引き剥がそうとした彼は、みるみる巨大化して豹のようになった猫に絶叫した。 「長官!!」 ブリジットの悲鳴じみた声に振り返ったコムイが、無線に向かって声をあげる。 「執務室だ! ノアは猫に化けて侵入! すぐに来ておくれ!!」 その命令が終わる前に外から窓が割られ、巨大な猿が飛び込んできた。 「この性悪女が!! お前のせいで、鬼嫁に我が子を取られるかも知れないのだぞ!!」 巨猿の背で、激昂したクラウドが怒号をあげ、鞭を振りかざす。 「死ね!今すぐ死んで詫びろ!!!!」 黒豹を鷲掴みにした巨猿が咆哮をあげ、その口内から光が溢れた。 「ちょ・・・クラウド元帥!落ち着いて!!」 「私達まで殺す気かね?!元帥!!」 悲鳴をあげて逃げ惑うコムイとルベリエ、ブリジットには目もくれず、クラウドは鋭く鞭を振り下ろす。 「待ちなさいってえええええ!!!!」 「クラウド!!」 ルル=ベルと共に散ろうとしたコムイ達は、寸前でティエドールの人形に救われた。 割れた窓から手を差し入れた人形が、クラウドごと猿を外へ引きずり出し、殺人光線は空へ向けて放たれる。 「フロワ!なぜ止める!!」 「止めるよ、そりゃ! コムイ達まで殺しちゃダメだよ!!」 ティエドールの反駁に、部屋の中でコムイ達ががくがくと頷いた。 が、そんな彼らにクラウドは、忌々しげに舌打ちする。 「長官は常々おっしゃっているではないか、ノアを倒すためならいかなる犠牲も払うと。 我ら兵には命を棄てることを強要しながら、自身は命が惜しいのか?」 「ぐ・・・!それは・・・・・・!」 言葉に詰まったルベリエの隣で、コムイがこっそりほくそ笑んだ。 が、 「わかったろう、フロワ? 彼らも命を投げ打つ覚悟だ、早く私達を放せ」 もう一発行く、と、本気の目で睨まれて、全員が一斉に逃げ出した。 「ノアを逃がすな!!」 クラウドの声に応じて、ティエドールが人形の手を伸ばす。 しかし、巨猿も鷲掴む大きな手では、子猫と化してちょろちょろと逃げ回るルル=ベルを捕らえる事は難しく、手間取っている間に床から大きな扉が現れた。 「ルル!」 開いた扉の向こうから呼ばれて、猫は素早く中へ駆け込む。 「べーっだ!」 扉の向こうの少女が、呆然とする大人達へ思いっきり舌を出した。 「覚えておくんだね、僕らはいつだってお前らの城に入れるってことをさ!」 悔しげに顔を歪ませたルベリエへ鼻を鳴らし、少女は猫を抱いて扉を閉める。 「ばいばーい!よいクリスマスを!」 嫌味な声を残して、扉はあっという間に消えてしまった。 「おのれ・・・!」 床を叩いて悔しがるルベリエが、怨念にまみれた声を振り絞る。 「あんな子供を捕らえられないなんて、エクソシスト共はなにを・・・」 と、批判を言いかけて、彼は慌てて言葉を飲み込んだ。 恐る恐る窓の外を見遣ると、クラウドがまっすぐに彼を睨んでいる。 「う・・・元帥・・・・・・!」 額に汗を浮かべ、彼女の顔色を伺うルベリエに、クラウドはまたも舌打ちした。 「だから私に任せればよかったのだ! 止めなければ、貴様らを巻き込んででもノアを殺してやったものを! それを邪魔しおって・・・役立たずが!!」 苛烈な叱責に反駁もできず、ルベリエは肩を落とす。 「はっ! ノアには逃げられたことだし、私は戻るぞ! この上、あの娘に我が子を取られたのでは、悔しくてよいクリスマスなど過ごせそうにないからな!」 苛立たしげに言ったクラウドは、巨猿をいつもの小猿に戻し、人形の手を伝って地に下りた。 憤然として食堂へ戻る彼女を、ティエドールも慌てて追いかける。 「とりあえず・・・警報、切りましょうか・・・・・・」 気遣わしげに言ったコムイに、ルベリエは悄然と頷いた。 「警報、止んだよ?!」 「見つかっちまったのかな・・・!」 リナリーとラビが、不安げに顔を見合わせる。 と、無線ゴーレムがコムイの声を伝えた。 『本部へ侵入したノア、固体名ルル=ベルとロードは城外へ逃亡した。 扉を使っての逃亡のため、追跡は不可能だ。 ・・・みんなお疲れ様。 探索を終えていいよ』 その命令に、リナリーとラビはもう一度顔を見合わせる。 「・・・なんで? 本当にルル=ベル達もいたの?」 「ロードも・・・いたみたいさ。 最初の命令は、あのアレンをルルの変装だって勘違いしたんだろって思ってたけど・・・」 目を丸くした二人に、神田が鼻を鳴らした。 「好都合だ。 あいつを探しやすくなったじゃねぇか」 「そう・・・だね・・・!」 その言葉に、リナリーは大きく頷いた。 「よし! 張り切って探そう!!」 「おう!」 こぶしを振り上げたリナリーに、ラビが唱和する。 「だが、どこをだ?」 神田の冷静な問いに、リナリーもラビも口ごもった。 そんな二人に白くため息をついて、神田は畳み掛ける。 「俺たちだけでなく、モヤシのことは団員全員が散々探したんだろうが。 なのに見つからないってことは、もしかしたら・・・」 夜闇に深く沈んだ森を見遣った神田に、ラビも頷いた。 「あそこなら、ちょっとやそっとじゃみつからねぇもんなぁ」 面倒そうだ、とぼやいたラビの隣で、リナリーがダーク・ブーツを発動させる。 「ちょっと上から見てみるよ!」 その言葉を残し、一瞬で空へ駆け上がったリナリーは、雪と共に舞い落ちながら城内を俯瞰した。 「アレン君・・・!どこ・・・?!」 警戒中だった城内は各所に明かりが灯り、夜でも上空からは人の行き来がよく見える。 「アレンく・・・!」 屋根にまで近づいた時、金色の羽根を目の端に捉えたリナリーは、身体を捻って着地した。 「リナ・・・!」 「いた!ティムと一緒だった!!」 こっち、と駆け出したリナリーに振り切られないよう、神田とラビが必死に続く。 「早く早く! 絶対!私達が捕まえるんだから!!」 彼女から見れば足の遅い二人を急かしつつ、リナリーは逃げる『彼』を追い詰めていった。 「・・・終わりましたか」 警報が止み、コムイの終了宣言を聞いて、リンクはほっと吐息した。 ノアを捕らえられなかったことは残念だが、せっかくのクリスマスを戦いで過ごしたくはない。 「まったく、人騒がせな連中です」 忌々しげに呟いて城内に戻ろうとした彼は、目の端に金色の羽根と人影を捉えて足を止めた。 「ウォーカー!もう出歩いて大丈夫なのですか?」 警報を聞いて飛び出したのだろうと思ったリンクの声に、棘はない。 が、彼がびくりと飛び上がり、恐る恐る見遣ってきたのはきっと、リンクに怯えたからだろうと察して吐息した。 「ノアが君に化けていたそうで、室長から探すように命じられたのですよ。 探索中に君が二人もいては、紛らわしいですからね」 歩み寄りながらリンクは、びくびくとした目で見つめてくる彼に、眉根を寄せる。 「そんなに怯えなくても、病室を出たことを咎めはしませんよ。 緊急事態だったのですから」 「あ・・・うん・・・・・・」 曖昧に頷いた彼に、リンクは少し考えて・・・頷いた。 「今日の課題は免除しましょう。 探索、お疲れ様でした。 私はツリーの飾り付けに戻りますが、君も来ますか?」 「いや・・・えっと・・・・・・」 ぴちぴちと目を泳がせる彼に、リンクは肩をすくめる。 「あの我が侭娘の依頼ですね。 昼にJr.が呼びに来ていましたからね」 「あぁ・・・うん・・・」 こくこくと頷く彼に、リンクも頷いた。 「では、がんばってください。 私もツリーの飾り付けをがんばりますので」 「うん・・・がんばって・・・」 引き攣った笑みを浮かべて手を振る彼を訝しげに見たリンクは、もう一度頷いて踵を返す。 「まったく・・・今回は何を企んでいるのやら」 どうせ探索中にラビやリナリーと合流して、くだらない遊びを持ちかけられたのだろうと、リンクは首を振った。 「悪ガキ共には困ったものですよ」 やれやれと、年寄り臭いことを言いながら、城内へ入って行くリンクの背を、彼は無言で見送る。 ややしてその姿が完全に見えなくなるや、ほっと吐息した。 「あぁー・・・びっくりした! あいつ、容赦なさそうだもんなぁ・・・!」 バレなくて良かったと、胸を撫で下ろした彼は、頭上のティムキャンピーを見上げる。 「ティム、あったかくて安全なとこ、ほかにない?」 そんな場所をことごとく追い出されておきながらまだ言うかと、ティムキャンピーは自業自得の主に歯をむいた。 「これで最後にするよ・・・。 いい乳したオンナノコ見ても、無闇に抱きついたりしないからさぁ・・・」 「そんなことしてたんだ・・・!」 「へっ?!」 剣呑な声に振り返ると、いつの間にかリナリーが背後にいる。 「誰に抱きついたんだよっ!!」 「ひゃああっ!!!!」 逃げる間もなく腕で首を締め上げられ、彼は悲鳴を上げた。 「ぐふっ!リ・・・リナ・・・! 死ぬ・・・!!アレンが死ぬ・・・・・・!!」 身体はアレンのものなのだと、彼女の理性に訴えようとしたが、腕の力が緩む気配はない。 どころか、 「さっさとアレン君の中から出て行きなさいよっ!!」 首が折れんばかりに力を加えられて、本気で逝きそうになった。 ―――― 我が人生に・・・悔いありぃっ!! 昇天しそうな魂をなんとか地上に引きとめようと、必死に努力する彼にその時、救いの手が差し伸べられる。 「リナ!アレンが死んじまう!!」 男の声が天使のさえずりに聞こえるなんて、滅多にあることではなかった。 彼は朦朧とする意識の中、深い感謝を捧げようとして・・・いつの間にか拘束された自身に呆然とする。 「ディ・・・ディム・・・・・・!」 自分を拘束するのが忠実なゴーレムの尾だと気づいた彼は、唖然として潰されかけた喉でティムキャンピーを呼んだ。 と、 「ロープと違って、これならちぎる事もできねぇだろ」 背後で冷ややかな声がして、彼の膝の上にティムキャンピーが転がされる。 申し訳なさそうに、力なく羽ばたく羽根の根元は紐でひと括りにされていて、ティムキャンピーも逃げられないのだと悟った。 「ひ・・・卑怯だぞ、お前ら!」 「どこがだ」 「女の子にセクハラするような人は死刑でいいんだよ!!」 黒髪の二人に恐ろしい顔で迫られ、彼は思わず口ごもる。 再びの助けを求めてもう一人を見ると、いきなり小脇に抱えられた。 「じゃ、運ぶか」 「おう」 逃げられないようにか、足も抱えられて、彼は人気のない場所を暗い部屋へと連行される。 「こ・・・ここは・・・・・・?!」 「食糧貯蔵庫」 雪の降りしきる外よりもなお冷えきった部屋で、息は白く凍った。 「ここなら密閉されてて外に声は漏れないし、必要な食材はもう厨房に運ばれてるから、しばらくは誰も来ないよ!」 彼を見下ろすリナリーの声も、冷え冷えと凍っている。 「じゃ、やるか」 つい先ほどは天使のそれに聞こえた声が、彼の両足をロープで縛ってフックをかけた。 「なにすん・・・ぎゃっ!!」 天井から精肉のように逆さ吊りにされ、たちまち頭に血が上る。 まだ酔いが残っていることもあり、目を回しかけた彼の前にラビがしゃがみこんだ。 「あのさ、14番目? ものは相談なんけど、このままおとなしく消えてくんね? 俺ら、あんたのことは歓迎してねぇんさ」 じっとりと睨まれた彼は、逆さ吊りにされたまま、訝しげに寄せていた眉をふと開く。 「お前・・・ブックマンの一族の奴だろ? その暑っ苦しい赤毛と緑の目はあの時のあいつと・・・ぎゃふっ!!」 話の途中で思いっきり鼻をつままれ、彼は涙目になった。 「なにすんっ・・・!」 抗議は、冷たい目に睨まれて途中で萎む。 「えっと・・・?」 「・・・余計なこと言ってっと、もっと痛い目に遭うぜ?」 ひそひそと囁かれた声は、もはや天使でもなんでもなかった。 と、最初から天使などではない悪魔がラビを押しのけ、すらりと刀を抜いて、冷たい刃を彼の首筋に当てる。 「面倒だ。 出ていかねぇなら殺す、でいいだろ」 「神田! アレン君を殺しちゃダメだよ!」 さすがにリナリーが止めに入ったが、神田は聞かず、彼の喉元に切っ先を押し当てた。 「いいや、これはあいつにも言ってあることだ。 モヤシが14番目に飲まれたら・・・俺が殺すってな」 冗談ではない目に睨まれ、背筋を冷たいものが走る。 同じく囚われたティムキャンピーが、必死に身体を振って主を守ろうとするものの、不自由な身では何の役にも立たなかった。 「あ・・・あのさ、それってこいつも納得してのことかな? それとも、一方的な通告・・・」 彼が凍り付いて回りにくい舌をなんとか動かすと、神田の目線が不自然に流れる。 「・・・もちろん、あいつも納得していることだ」 「嘘だ!! この人今、嘘言いました!!」 逆さ吊りにされたまま、ティムキャンピーと共にびちびち跳ねて抗議すると、忌々しげに舌打ちされた。 「嘘だろうがてめぇにゃ関係ねぇだろ!」 「ありますー! 今まさに殺されそうな俺には抗議する権利が有り余ってますー!!」 ティムキャンピーも丸い身体ごと懸命に頷いて、神田を思いとどまらせようとするが、刃を引いてくれそうにない。 ならばと彼は、リナリーへ涙目を向けた。 「ねぇ!アレンを殺したくないでしょぉ?! このままだとアレンごと殺されちゃうよ?! アレンを助けてやりたいって思ったから、こんなことしてるんじゃないのか?!」 情に訴えかけると、案の定、リナリーの表情が揺れる。 もう一押し、と口を開きかけた彼の前に、再びラビがしゃがみこんだ。 「ユウ、俺にいい考えがあるからさ、ちょっと刀引いてて にんまりと、彼にだけ見えるラビの笑顔が邪悪だ。 「さぁて、14番目? おとなしく、その身体をアレンに返すさ。 さもないと・・・」 ラビが、食料棚から持ち出した瓶の蓋を開けた。 「な・・・なんだよ、それ・・・・・・!」 怯える彼に、ラビはにこりと笑う。 「なんの変哲もない牛乳さ ただし・・・」 サディスティックな笑みを浮かべ、ラビは瓶を傾けた。 「鼻で飲んだらすげー苦しいよな 「びゅはっ!!!!」 大量の牛乳を鼻孔に流し込まれ、彼はたまらずむせ返る。 「おい・・・ラビ!」 「飛び散ったじゃない!ばっちいな!!」 鼻から牛乳を垂らしながら、激しくむせ返る彼を神田とリナリーが遠巻きにした。 「なんさ、本番はこれからなんに」 楽しげに笑って、ラビは小首を傾げる。 「なぁ、14番目 俺さ、アレンにはまぁ・・・いぢめるとリナリーや姐さんが怒るし、後の仕返しが面倒だったりでこんなことできんのだけど、お前になら遠慮なくできるんさ もう一杯、と、楽しげに笑いながら、ラビは逆さ吊りの彼の鼻孔にまたも牛乳を注いだ。 「あーぁ 可愛い顔が台無しさねぇ 鼻から牛乳吹いちまって、情けねぇったら 「ぎざまっ・・・!よぐもっ・・・!!」 むせ返った声は、くぐもってよく聞こえない。 「なんさ?もっと欲しいって?」 「でめっ・・・!!」 必死に身を捩って逃げようとする彼を楽しげに笑って見下ろし、ラビは牛乳瓶を床に置いた。 「さぁて、これからが本番さ、14番目 どこまで耐えられるかなー?」 「なん・・・っ?!」 遠巻きにする二人も目が離せない中、ラビは両手に2本の瓶を掲げる。 「酢とタバスコ どっちが苦しいかね?」 クスクスと笑うラビの姿が、涙にかすんだ。 「お?泣いちゃう?泣いちゃうさ?」 感情的な涙であったかもしれないが、まだ生理的な要素が大きい。 「じゃ、号泣させてやろっかなー♪」 親指で酢のコルクを弾き飛ばしたラビが、瓶の口を彼の鼻に寄せた。 ツンとくる匂いだけで、また涙が溢れそうになる。 「ほっほっほっ 14番目ったら、アレンにさっさと身体を返してれば、痛い目に遭わなくて済んだのにさー 自業自得だと、邪悪に笑いながらラビは彼の鼻孔に酢を流し込んだ。 「ぶべっ!!」 「あひゃひゃ ノアの14番目ともあろう者が、無様な泣き声さねー さ 爆笑して揺れるラビの背中に、リナリーは眉をひそめる。 「・・・・・・完全に楽しんでるね」 「日頃の溜飲を下げてんだろ」 気持ちはわかる、と、神田が肩をすくめた。 「おい、いい加減にカタつけろよ。 俺らまで凍るぜ」 アレンの捜索に出る際に団服のコートを羽織って来たものの、貯蔵庫の冷気は徐々に彼らの体温を奪っていく。 「オーケー。 じゃ、最後の仕上げに・・・」 笑みを消したラビがタバスコの瓶から蓋を取り去った。 嗅覚の鈍った鼻では匂いを感知できなかったが、涙が零れて鮮明になった視界に、毒々しい紅い液体が迫る。 「死ね 「わがっら!!わがっらがら!!待っで!!」 凄まじい拷問に耐え切れず、彼は涙を流して懇願した。 「返ず!身体・・・アレンに返ずがらっ!」 「最初から素直にそういやぁいいんさ」 意地悪く舌を出して、ラビは彼を冷たい床に下ろしてやる。 「うっ・・・げほっ!!げほっ!!」 苦しげにむせながら、彼は涙でかすむ面々を見上げた。 「次に・・・目覚めた時は、アレンになってるから・・・」 それだけ言い残して、がくりと意識を失くす。 「・・・本当かなぁ」 疑わしげなリナリーに、ラビはにんまりと笑って彼の耳に口を寄せた。 「嘘だったら、今度はタバスコな その言葉に彼の身体がびくっと跳ね、それっきり動かなくなる。 「完了さー 「じゃ、部屋に運んで証拠隠滅するか」 空になった牛乳瓶と酢の瓶を拾い上げて、神田もにやりと笑った。 翌日、イブの朝は清々しく晴れ渡って、夜のうちに降り積もった雪を白く輝かせていた。 カーテンを開けたリンクは満足げに頷いて、まだ寝ているアレンを振り返る。 「ウォーカー、朝ですよ! 早く起きなさい!」 いつもながら寝汚い彼に眉根を寄せ、リンクは憤然とベッドに歩み寄った。 「ウォーカー! イブの日くらい、まともに・・・ウォーカー?」 布団をめくると、アレンは真っ赤な顔で苦しげに眉根を寄せている。 わずかに汗ばんだ額に手を当てると、思った以上に熱かった。 「やれやれ・・・こんな日に、しょうがない子供ですね」 ため息をついて布団を着せ掛けてやると、洗顔用の水差しでタオルを濡らして額に乗せてやる。 「ティム、ちゃんと見てなさい」 枕元に転がったゴーレムをつついて起こし、額のタオルがずれないよう、重石代わりにした。 「氷をもらって来ましょう。 戻ってくるまでにウォーカーが目を覚ますようでしたら、体温計を咥えさせなさい」 こくりと頷いたティムキャンピーに頷き返して、リンクは部屋を出る。 食堂に降りてジェリーに氷を頼むと、彼女は注文の品だけでなく、温かいスープやホットミルクも揃えて保温ボックスに入れてくれた。 「病棟に連れて行かなくて大丈夫ぅ? アレンちゃん、昨日も大怪我してたし・・・せっかくのイブなのに、可哀想にねぇん・・・」 母親のように気遣わしげな彼女に、リンクは肩をすくめる。 「昨夜、雪が降る中を薄着で歩いていましたからね。 ノアの探索に狩り出されたのだから仕方がないとは言え、熱を出してしまったことには同情します。 単なる風邪だとは思いますが、悪化するようなら病棟へ連れて行きますよ」 「そうねん リンクちゃんがついててくれるんなら安心だわん 目を覚ましたら言ってちょうだい、お粥作ってあげるからん 「はい」 こくりと頷き、氷と保温ボックスを持ってリンクが食堂を出て行くや、近くのテーブルで凍り付いていた3人が息を吹き返した。 「な・・・なんでアレン君、発熱・・・? 貯蔵庫、寒かったからかな・・・?」 俯いたまま、引き攣った声で問うリナリーに、神田が眉根を寄せる。 「それもあるだろうが、散々拷問されてたからな・・・粘膜やられたんじゃねぇか?」 「うーん・・・酢はいかんかったか、やっぱ」 気まずげに舌を出して、ラビは今朝も忙しい厨房を見遣った。 「せっかくのご馳走が食べられないなんて、残念なこった」 苦笑する彼の前で、リナリーが頭を抱える。 「アレン君には危害が及ばないようにしたかったのに・・・14番目め!」 「だが、あれくらいしねぇと出て行かなかったのも確かだろうな」 リナリーと違い、ラビのやり方に全面賛同する神田が、意地悪くほくそ笑んだ。 グッジョブ、と、声にならない賛辞を受けて、ラビがにんまりと笑う。 「リナ、そんな落ち込まんで。 可哀想なアレンに、ホントに作ってやりゃいいじゃん、誕生日ケーキ」 言われて、リナリーは顔をあげた。 「ケーキ・・・か・・・」 「張り切ってたんだろ? リンクはもう、見返せたんか?」 その問いに、リナリーは残念そうに首を振る。 「テワクさんが本を貸してくれた上に、親切に教えてくれる人がいて、すごく・・・上手に出来たんだけどね。 あのレシピ、たくさんお酒を使うものだったみたいで、アレン君が酔っ払っちゃって・・・」 それで14番目が出て来てしまった、と、リナリーは肩を落とした。 「材料くらい、ちゃんと見とくさ・・・」 「だって、難しかったんだよぅ!!」 テワクから借りたままの本を取り出したリナリーは、しおりを挟んだページを二人へ広げて見せる。 「なんて書いてあるか、わかるっ?!」 細かい字を見つめた二人は、揃って眉根を寄せた。 「アーモンドプードル・・・?犬か?」 「いや、ユウ。 そりゃ材料名だから、いくらなんでも犬じゃないさ。 ・・・手順も、見たことのない単語ばっかさね」 「ほぉら!!」 神田はともかく、ラビにまで『見たことない』と言わしめて、リナリーは得意げに鼻を鳴らす。 が、すぐに眉尻を下げて、材料の一つを指した。 「でもね、このクリームの材料・・・キルシュってあるでしょ? これが、すごく強いお酒だったみたいなの。 私に作り方を教えてくれた人は、それをケーキにもたっぷり入れちゃったみたいで・・・。 私はちょっとしか・・・ううん、普通の大きさしか食べなかったから、すごく美味しかったし、平気だったんだけど・・・」 「はっ!あのモヤシのことだ。 普通じゃ食わねぇような量を一人で食っちまったんだろ」 「そのケーキ作ってくれた人も、まさかお子様が一人で食い尽くすなんて思わんかったろうさ」 「だよねぇ・・・・・・」 三人が三人とも、『彼』は悪くないと認定して、ため息をつく。 「まぁ、結果的には良かったんじゃねぇか? 作ってやろうったって、今日は使えねぇだろ、あそこ」 神田が指した厨房は、昨日以上の忙しさで、シェフ達は口を利く余裕もないようだった。 「今はあそこに入ろうとしただけで、フライの材料にされるさ」 「そ・・・そうだね・・・・・・!」 ジェリーを本気で怒らせたくはないと、リナリーが顔を引きつらせる。 「じゃあ、イブのパーティが終わって・・・落ち着いた頃に頼んでみるよ。 明日の朝なら、きっと使わせてもらえると思うし」 「姐さんの助けも借りれるしな クスクスと笑うラビを、リナリーは悔しげに睨んだ。 と、神田が呆れ顔で吐息する。 「自力でやれよ。 人の手を借りやがって、卑怯な・・・」 「うるっさいな!! あの陰険監査官の鼻を明かすためなら私は、悪魔に魂だって売ってやるんだよ!!」 拳を握って絶叫したリナリーに口を塞がれ、神田はまた、ため息をついた。 「・・・まったく、せっかくのイブを君の看病とは。 なんでこんな我が侭で反抗的な子供の監視なんかしているんでしょうね、私は」 ぶつぶつと枕元でぼやいてやるが、アレンは一向に目を覚ます様子がない。 保温していたスープもホットミルクもすっかり冷めて、リンクは本へ目を戻した。 ルベリエのサイン入り製菓本は、いつもなら見ているだけで気分が落ち着くものだが、今はページをめくるごとに焦りが募る。 「これが・・・テワクが作っていたものの元になったレシピですね。 こっちがマダラオ・・・。 ・・・彼らまた、腕を上げていましたね。 私がこんな所で子供の世話なんかしている間に、差がついてしまっては困るのですが」 深々とため息をついた彼の無線が、微かな呼び出し音を上げた。 「はい?」 『アレンちゃんの具合、どーぉ?』 ジェリーの気遣わしげな声を受けて、リンクは未だ目を覚まさないアレンをちらりと見遣る。 「まだ目を覚ましませんね。 料理長のスープも冷めてしまって・・・そろそろまた、氷を取りに伺います」 立ち上がった彼を、回線の向こうのジェリーが制した。 『長官からの伝言よん。 アナタは側近なのだから、アレンちゃんは病棟に預けて、パーティに参加しなさいって』 「長官が・・・」 嬉しげに頬を染めたリンクに、ジェリーが言い募る。 『医療班を迎えに行かせるから、アレンちゃんを預けたら来てねん 「はい・・・!」 心浮き立たせながら頷いたリンクが、いそいそと正装に着替え始めた。 「・・・なんですか、ティムキャンピー。 恨みがましそうに見ないでください」 アレンの枕元に寄り添ったままのゴーレムに睨まれている気がして話し掛けると、ティムキャンピーは拗ねたようにそっぽを向いて、アレンに擦り寄る。 「看病なら、プロの医療班がやってくれますから・・・こら! 体温計をかじるんじゃありません!」 腹いせに体温計を噛み砕こうとしたティムキャンピーから取り上げて、リンクは舌打ちした。 「ゴーレムまで反抗的とは、本当に似たもの同士ですね! 医療班が来るまでおとなしく転がってなさい!」 叱られたティムキャンピーは、ふてくされてリンクに背を向ける。 が、時折、ちらちらと様子を伺う様に、リンクのこめかみが引き攣った。 「なんですか、看病を続けろと言うのですか!イブなのに!」 ぶにぶにと乱暴に突かれて、ティムキャンピーはのたのたと枕の上を逃げ回る。 「私は監視以外にも仕事があるのです! そんなに心配なら・・・」 唐突に怒声を治めたリンクを、ティムキャンピーは恐々と見上げた。 と、リンクの手のひらが、丸い身体を優しく撫でる。 「君がしっかり、ウォーカーを見ていてあげなさい。 目を覚ました時に、誰もいなければ寂しいでしょうからね」 こくん、と頷いたティムキャンピーに頷きを返した時、ドアがノックされて、医療班が入って来た。 「では、よろしくお願いします」 ストレッチャーに乗せられたアレンの枕元で、ティムキャンピーが任せろとばかりに頷く。 「・・・単純なのも、似たもの同士ですね」 ストレッチャーが廊下の先に消えるや、呟いたリンクは意地悪く笑った。 「ア・・・アレン君が・・・入院・・・・・・!」 クリスマス・ミサへ向かう回廊で、通りかかったナースが教えてくれて、リナリーは声を引き攣らせた。 「やっべぇ・・・! マジやりすぎた・・・・・・!」 ナースの姿が見えなくなった途端、頭を抱えたラビに、神田が肩をすくめる。 「そんなに気になるんなら、看病にでも行けよ。 俺とリナはミサに参加する義務があるが、お前はねぇだろ」 言われて、ラビは大きく頷いた。 「姐さんに料理分けてもらって行って来るさ。 お前らも、ミサの後のパーティ抜けられるようなら抜けて来いよ!」 「うん!」 「いかねぇよ」 大きく頷いたリナリーの隣で、神田が舌を出す。 「なんで!」 「そりゃこっちの台詞だ。 なんで俺が、モヤシの見舞いになんか・・・」 「ダーリーン 回廊の向こうから響き渡った声に、神田がぎくりと顔を強張らせた。 「さ エスコートしてぇん 「エミリア・・・!」 一瞬で駆け寄り、神田の腕にしがみついた彼女に、神田が声を引き攣らせる。 「うふふ 昨日あたし、ほとんど一人でオーナメント作っちゃったんだから、当然の感謝よね リナリーも、文句ないわよね?」 元は彼女からの依頼だったのだからと、得意げに笑うエミリアに、リナリーは渋々頷いた。 「よしっ! さぁ行こう、ダーリン! パーティの間もずーっと一緒だからね! ママンとパパンに見せ付けてやりましょー 「面倒なことを・・・!」 波乱の予感しかしないパーティに、今からぐったりとした神田は、エミリアに腕を引かれるままついて行く。 その背を見送りながら、ラビは詰めていた息を吐いた。 「あのユウが反抗もできんって、すげーな、エミリア。 アクマより断然こえぇよ」 しかし、と、ラビは腕を組む。 「俺には残念だけど、あの様子じゃまた、鬼嫁vs鬼姑の戦争勃発で、パーティは大荒れだと思うさ。 抜け出すのは簡単だと思うぜ?」 「そうだね・・・。 じゃあ後で」 ミサ後の合流を約束してリナリーと別れたラビは、パーティ準備で忙しいジェリーに頼んで料理を分けてもらい、病棟へ入った。 病室のアレンは真っ赤な顔で熱に浮かされている。 「・・・ごめんな」 苦笑して頭を撫でてやると、怒ったティムキャンピーの尾でバンバンと背中を叩かれた。 「ちょ・・・ごめん!ごめんってさ、ティム! 俺は別に、アレンが憎くてやったわけじゃなくて・・・ホントだって!うわっ!!」 ティムキャンピーの攻撃を避けようとして体勢を崩したラビが、アレンの上にダイブする。 「ぎゃふんっ!!」 思わぬ攻撃を受けたアレンが、驚いて目を開けた。 「なっ・・・なに?! げふっ!ごほごほっ!!ぎゃふんっ!!」 起き上がった弾みで咳き込み、くしゃみしたアレンが、じんじんと痛む鼻を押さえて涙を浮かべる。 「ごふっ・・・ねぇ・・・!ペーパーとって・・・!」 ティムキャンピーとラビが恭しく差し出したペーパーで鼻を噛んだアレンは、自分が相変わらず病室にいることに気づいてため息をついた。 「今、何時? 僕、火傷で入院したはずなのになんで風邪まで・・・おなか出して寝ちゃってたのかなぁ?」 またリンクに嫌味を言われる、と、ため息をついたアレンの頭からは、ネアに支配されていた間の記憶が抜けている。 てっきり23日の夜だと思っていた彼は、ラビが指す時計とカレンダーを見比べて、目を丸くした。 「僕、丸1日寝てたの?!イブのパーティは?!」 「それは今からなんけどね」 そう言って視線を彷徨わせたラビは、ティムキャンピーと顔を見合わせる。 「あー・・・ごほん。 お前、記憶がないみたいだから教えてやるさ。 23日の・・・夕方くらいなんかな? リナが、何かは知らねーけど、お菓子を持って来たのは覚えてるさ?」 「あぁ・・・うん。 マカロンとケーキでした。 とっても美味しかったですよ!」 「それがさ・・・」 ラビはティムキャンピーを見遣り、この会話を記録するようにと目配せした。 「これはリナリーも知らなかったそうなんけど、あのお菓子を作るのを手伝ってくれた人が、結構な量の酒を使ってたらしいんさ。 キルシュって言う、アルコール度数40度もあるやつな」 「ひっ・・・!」 酒を大の苦手とするアレンが、その度数を聞いて蒼ざめる。 「じゃあ僕・・・なんか変なことしちゃったんじゃ・・・!」 「いや、そこまで変じゃないさ!」 慌てて言い添えて、ラビは視線を巡らせた。 「ただ・・・その直後に、教団内にノアが侵入してさ。 お前は酔っ払ってたから・・・きっと身体が火照ってたんだろうさ。 雪が降ってる中に薄着で飛び出しちまって、そのままノアが逃げちまうまでうろうろした挙句・・・俺らが見つけるまで、雪の中で寝てたんさ」 「そうなのっ?!」 ならば風邪を引くはずだと、アレンは枕に顔をうずめる。 「どうしよう・・・! ノアを逃がした上に、暢気に寝てたなんて・・・絶対リンクに怒られるよねェ・・・・・・」 顔を合わせたくない、と嘆くアレンの頭を、ラビは優しく撫でてやった。 「大丈夫さ、それはきっと、知らんから」 「・・・そうなの?」 ラビへと顔を向けたアレンに、彼は笑って頷く。 「侵入したノアってのがルル=ベルでさ、お前に化けてたらしくて・・・リンクはルル=ベルじゃなく、紛らわしいからってお前を探してたらしいんけど、ちょうど警報が鳴り止んだ時点で合流してたかんね。 病室を出たことを咎めもしなけりゃ課題も免除だって、奴にしては寛容なこと言ってたさ」 ネアを捕らえる際に、こっそりと聞いていたリンクとの会話をも盛り込んで、ラビはうまく話を纏めた。 「その後、病室か部屋に帰ろうとして・・・」 「雪の上に倒れちゃったのか・・・。 アルコール度数40度だもんねぇ・・・よく動けたな、僕」 ため息をついたアレンが、作り話を信じてくれたことを確信して、ラビは膝の上でこっそり拳を握る。 「ユウはともかく、リナリーが心配してたぜ。 ミサは参加義務があるから抜けらんねぇけど、パーティはなんとか抜け出して見舞いに来るってさ」 「そうなんだ・・・!」 嬉しげに頬を染めたアレンに頷き、ラビはティムキャンピーをつついた。 「ってわけでティム、リナリーと、一応ユウにも知らせてやれよ、アレンが起きたってさ そして今の会話を見せて、口裏を合わせられるようにしろと、無言の命令を送る。 心得たティムキャンピーが出て行くと、ラビはジェリーが分けてくれた料理のワゴンをベッド脇に寄せた。 「食えそうなら・・・」 「食べるっ!!」 病人とは思えない勢いで起き上がり、アレンはわくわくと目を輝かせる。 「ありがとう、ラビ いい奴だね、君 「はは・・・そうだろ・・・?」 疑いのない目で見つめられたラビは、胸の辺りにちくちくと痛みを感じながら、乾いた笑声をあげた。 翌日、まだ熱があるからと病室で寝ていたアレンの元に、ジェリーからの溢れんばかりの愛が届いた。 輝くばかりに美しいお菓子を始め、昨夜のパーティに出られなかったアレンのために、クリスマスの料理が所狭しと並べられる。 「アレンちゃん、可哀想にねぇん! アタシも昨日は忙しくて構ってあげられなかったからん、お詫びに今日は、いーっぱい構ってあげるわん 料理長を一日独占できると言う、アレンにとっては何よりも嬉しいクリスマスプレゼントに、甲高い歓声が上がった。 「ジェリーさん大好きっ アレンの凄まじい喜びぶりに反して、リナリーの機嫌は地を這うほどに悪くなる。 「な・・・なんだよなんだよ! 私だって今日はすっごく早起きして、がんばって作ってあげたのに・・・!」 今日はジェリーにも手伝ってもらい、何種類ものマカロンを作って三角錐に重ね、彩り鮮やかなツリーを作っていた。 なのにアレンは、ジェリーの素晴らしい料理に埋もれたそれに気づく様子もない。 「・・・アレン君っ!!」 憤然と声を掛けたリナリーは、目を丸くするアレンの膝に、大きなマカロンのツリーを置いた。 「これ、食べて! 昨日みたいに・・・お酒は入ってないから」 「は・・・はい・・・」 リナリーの勢いに気圧されて、アレンはジェリーの料理に手をつける前にツリーからマカロンをちぎる。 「・・・・・・どう?」 恐る恐る顔色を伺うリナリーに、アレンは大きな笑みを浮かべて頷いた。 「美味しいです! すごく・・・おいひい!!」 次々に口に入れるアレンにリナリーは嬉しげに笑い、病室の隅に控えるリンクを振り返る。 「監査官もいかがですか? きっと上手に出来てますよ!」 挑戦的に笑った彼女に鼻を鳴らし、歩み寄ったリンクがマカロンを摘んで口に入れた。 「・・・まぁまぁですね」 手放しの賛辞を得られるとは思っていなかったが、顔色も変えない彼にリナリーはムッと眉根を寄せる。 「素直に美味しいって言ってもいいんですよ!」 「私からの賛辞が欲しいのなら、リナリー・リー」 厨房から運ばれてきた巨大なワゴンの隅に、そっと置かれたチョコレートケーキの皿を、リンクは取り上げた。 「このくらい、作ってから言うのですね。 どうぞ、ウォーカー」 差し出された小ぶりのチョコレートケーキには、見覚えのあるバラが咲いている。 「こ・・・これ・・・」 「テワクからです」 顔を引き攣らせたアレンを、リンクが冷たく見下ろした。 「上の装飾だけでなく、きちんと全て味わってから感想を言えと、怒っていましたよ」 にんまりと笑ったリンクから、アレンは震える手でケーキを受け取る。 滅多なことは言えないと、慎重に口に運んで・・・目を輝かせた。 「すごく・・・美味しいです!」 「でしょうとも」 どうだ、と、勝ち誇った目で見られて、リナリーが頬を膨らませる。 「次は・・・ぎゃふんって言わせてやる!」 「出来るものでしたらね」 炎をあげんばかりに険悪な二人の間で身を縮めたアレンの背を、ジェリーが優しく撫でた。 「ホラホラ、アンタ達! 病棟でケンカはおやめなさい! アレンちゃんが怯えてるでしょぉん!」 決して逆らえない彼女に叱られて、二人は憮然と黙り込む。 「誰が一番かなんて、どうでもいいのよん。 アレンちゃんが元気になればいいの。ねっ?」 愛に溢れた目で見つめられ、アレンは嬉しげに頷いた。 「ジェリーさんを独り占めに出来るんなら、僕、風邪なんか治んなくていいや 「アラマァ 仲睦まじい二人に、蚊帳の外に追いやられたリナリーが頬を膨らませ、リンクが肩をすくめる。 「君が真に倒すべきは、私ではないのではありませんか?」 心の奥底ではとっくにわかっていたことを指摘され、リナリーはリンクへ思いっきり舌を出した。 Fin. |
![]() |
2012年アレン君お誕生日SS第3弾です! なんかもう、ラビが酷くてすみません(^^;) 『アレン』にはなんだかんだで敵わないラビだから、身体は同じでも中身は別の14番目に対して容赦がないんですよ(笑) ちなみに、あんな拷問すると肺水腫になる恐れがありますから、決してやらないように!>やらねぇよ!! ・・・私やったことないからね!ホントだよ!(^^;) |