† Sweetie †







 初夏とは思えない暑さの中、彼女はひたすら走っていた。
 立ち止まれば冷涼な風が心地よく吹き付けるのだろうが、逃亡中の身とあってはそうも行かない。
 ・・・長時間の疾走に、さすがに彼女の息も上がってきた。
 以前なら城内であろうと、遠慮なくダーク・ブーツを発動して逃げ切っただろうが、破壊力が増した上に監査官の大勢いる今では自分勝手に発動する事もできない。
 自力での疾走は、いかな彼女とて長続きはしなかった。
 「い・・・いい加減、撒けたかな・・・?」
 そっと背後を窺った途端、曲がったばかりの角から追っ手が飛び出してきて、リナリーは悲鳴をあげながら足を速める。
 「も・・・許してよぅ!!」
 「許すかボケェ!!!!」
 怒号を背に受けて、リナリーは泣き出した。
 「怖いいいいいいい!!!!」
 絶叫して飛び込んだ科学班で、リナリーは積み上げられた本や書類を足がかりに高く天井まで駆け上がり、本棚の上に身を潜める。
 「どこ行きやがった!!!!」
 続いて飛び込んできた彼の、獰猛な狼のような視線を、うんざりとした顔の科学者達が指で導いた。
 「そこか!!」
 「う・・・裏切り者おおおおおおおおおおおお!!!!」
 逃げ出そうと身じろいだ一瞬後には、彼の恐ろしい顔が目前にある。
 「おとなしくしろぃ!!!!」
 「ごめっ・・・ごめんなさい、神田!
 もうしないからぁぁぁぁ!!!!」
 襟首を掴まれ、捕獲されたリナリーがじたじたと暴れるが、本棚の上と言う狭い空間にありながら彼は、効率的に彼女の動きを封じた。
 「もうしねぇって、何年言い続けてんだこのガキャ!!
 何度も俺のメシ横取りしやがって、今日という今日は許さねえ!」
 「・・・そんなことでこのケンカなの」
 頭上の捕り物を呆れ顔で見上げたキャッシュに、ロブが苦笑する。
 「リナリーはじゃれてるだけなんだろうけどねぇ。
 神田はそういうところ、融通利かなくてさ・・・まぁ、こんな日に取る方が悪いよね」
 「こんな日・・・?」
 その言葉に、キャッシュが首を傾げた。
 「・・・あぁ、今日は6日か。
 誕生日なんだっけね」
 ぽふんと手を叩いたキャッシュは、背後から押しのけられて道を譲る。
 「おーい!外でやれ!」
 仕事を邪魔されて苛立たしげなリーバーに声をかけられ、神田がリナリーを引き摺り下ろそうとした。
 途端、
 「ヤダー!!!!」
 暴れたリナリーが本棚を揺らし、最上段の本を落とす。
 「てめっ・・・!!」
 もう一方の手を天板に掛けていた神田は、落ちた本の後ろに隠されていた瓶に目を見開いた。
 彼へと転がってくる間に蓋が開き、得体の知れない毒霧があがる。
 「ぅわ・・・!」
 「神田?!」
 リナリーが見開いた目の前で・・・神田の姿は変わっていった。


 「危ないっ!!」
 天井近くに湧いた毒霧の中から落ちて来た神田を、浮遊していた65が受け止める。
 柔らかい身体の上でぽふぽふと跳ねる彼をそっと床に下ろすと、周りの科学者達からため息が漏れた。
 「・・・なんでわざわざ隠し場所で暴れるかな」
 「し・・・知らなかったんだよぅ・・・!!」
 自力で降りて来たリナリーは、リーバーから強烈なげんこつをもらって泣き声を上げる。
 「何度も子供にされて、気の毒にな。
 そろそろなんか弊害でも出るんじゃないか?」
 床の上で目を回す神田を、気遣わしげに寄って来たジジが抱き上げると、ぱちりと目を開けた。
 「おう、目ェ・・・」
 「・・・なんでいきなり老けたんだ、ジジィ?
 ウラシマって奴か?」
 「・・・・・・は?」
 不思議そうな顔の子供にジジの方こそ、不思議そうな顔になる。
 「・・・なんで俺、こんなにぶかぶかの服着てんだ?」
 動きにくい、と言う彼にジョニーがティモシー用に作っていた服を持って来た。
 「とりあえずこれを着てなよ」
 「・・・・・・新人か?」
 子供らしくもなく眉間にしわを刻んで、服を受け取った神田が辺りを見回す。
 「・・・ロブまで老けてる」
 「・・・へ?」
 突然水を向けられて、ロブがあんぐりと口を開けた。
 「どうしたんだ、お前・・・?」
 リーバーも歩み寄ると、彼はムッと顔をしかめた。
 「誰だお前」
 「誰って・・・」
 「リナリーは?!
 リナリーはわかるよね?!」
 唖然としたリーバーを押しのけて身を乗り出したリナリーに、神田は鼻を鳴らす。
 「お前がリナリーなわけあるか。あいつは俺より小さいんだから」
 その答えに呆然としたのも一瞬、危機管理能力に長けた彼らは一斉に動き出した。


 「身体と一緒に記憶が退行しちゃった?んなことあるの?」
 その報告を受けたコムイは、ブリジットと共に執務室を出て、科学班の仮眠用ソファにちんまりと座る神田の前にしゃがみこんだ。
 「か・・・神田君、ボクのこと、わかるかい?」
 「・・・髪、いつの間に切ったんだ?」
 訝しげに問い返した神田は、コムイの背後に控えるブリジットを見た途端、一瞬身じろぐ。
 「どうかしましたか?」
 冷たい声の問いに、彼ははっとして首を振った。
 その仕草にコムイがわずか、目を細める。
 「・・・リーバー君、元帥呼んでくれる?」
 「もう呼んでます。
 間もなく・・・」
 「ユーくぅーん!!!!」
 駆けつけて来たティエドールは科学者達を掻き分け、神田の前に飛び出した。
 「かっ・・・わいいいいいいいいいvvvv
 手を伸ばしてくる師の迫力に思わず身を引いた神田の身体が不意に消え、ティエドールはソファに倒れこむ。
 「ゆっ・・・ユー君?!」
 ずれたメガネをかけ直し、辺りを見回すといつの間にか現れた巨猿の上で、クラウドが幼い神田を抱きしめていた。
 「可愛いいいいいいvvvv
 やっぱり、この頃の娘が一番可愛かったなvvvv
 「あ!クラウド!!ユー君を返しなさい!!」
 ティエドールが抗議するもクラウドが聞くはずはなく、室内をのし歩く巨猿の前に皆が慌てて道を譲る。
 「・・・私も」
 何か言おうとした兄を制してリナリーが巨猿の背に飛び乗った。
 「じゃ、二人に任せようかな」
 「なんで?!
 私がパパンなのに、なんで?!」
 ティエドールの涙の抗議は笑って聞き流し、おとなしく執務室へ戻るコムイの背を、ブリジットの冷たい視線が追う。
 「・・・リーバー班長、これはどういう・・・?」
 「ママと幼馴染に対処させようってことでしょう。
 ティエドール元帥、せっかくお呼びしたのに、無駄足になってすみません」
 「なんでクラウドまで呼んじゃったんだよぅ!
 私だけ呼べばよかったのに・・・バカァ!!!!」
 泣きながら巨猿の後を追っていったティエドールを呆れ顔で見送り、ブリジットはため息をついて執務室へ戻った。


 「・・・とりあえず、ごまかせたかな」
 科学班を出たクラウドは、ブリジットの視線が外れた途端、ほっと吐息して腕の中の神田の頭を撫でてやった。
 「補佐官の徽章を見て怯えたんだろう?」
 苦笑して見下ろした神田は、恥ずかしげに頬を染めて首を振る。
 「べっ・・・別に、怯えてなんか・・・!
 ただ、バレちゃまずいって思っただけだ!」
 「そうか。
 だがな・・・」
 言いにくそうなクラウドの背後から、リナリーがにょきっと顔を出した。
 「もうみんな知ってるよ。
 神田がセカンドだって!」
 「なっ・・・?!」
 唖然とした彼の頭をもう一度撫でた手で、クラウドはリナリーの鼻を弾く。
 「にゃにふんでふかっ!」
 鼻をさすりながら抗議するリナリーを肩越し、クラウドが睨んだ。
 「おしゃべり娘め。
 もうちょっと気遣ってやろうとは思わんのか」
 「神田にそんなのいらないよ!ねぇ?!」
 そんなことで同意を求められても返答に困る。
 黙りこんでしまった神田を、クラウドが抱きしめた。
 「心配しなくても、ここにレニーはいない。
 彼女は今、北米支部長になってアメリカ大陸だからな」
 「そう・・・か・・・」
 ほっとして力を抜いた神田は、いつまでも放してくれないクラウドに口を尖らせる。
 「いい加減、放せよ」
 「嫌だーv
 このふにふにほっぺ、誰にも渡すもんかーv
 「ヤメ・・・!」
 「ユー君返しなさい、クラウドッ!!!!」
 嬉しげに頬ずりするクラウドの耳を、完全に裏返ったティエドールの声が貫いた。
 「・・・っうるさいな、フロワ!
 中年男のヒステリーは見苦しいぞ」
 「誘拐犯がいけ図々しいったらありゃしない!
 ホラッ!早く返して!!
 ユー君!ユー君こっちおいでー!!」
 「・・・・・・」
 クラウドに猫可愛がりされるのも嫌だが、ティエドールのところに行くのもなんだか嫌だと、神田が沈黙する。
 と、
 「・・・じゃあ、私が預かりましょうか。
 元帥達はじゃんけんでもなんでも、勝負をつけてから来るといいですよ」
 クラウドから神田を取り上げたリナリーが、彼を抱えて巨猿から飛び降りた。
 「リナッ・・・!」
 「待ちなさいクラウド!!勝負をつけようじゃないか!!」
 リナリーを追おうとしたクラウドの前に、ティエドールが立ちふさがる。
 「・・・君とは一度、ユー君の親権について勝負をつけなきゃいけないって思ってたんだ!」
 光るメガネの奥から睨まれたクラウドが鼻を鳴らした。
 「母と父では、母に優先権があるのが世界の常識だ!」
 「君はその前に、師匠でも何でもないでしょーがっ!!
 人んちの子、勝手に攫ってんじゃないよ!!」
 びしぃっと指差されて、クラウドは不満げに口を尖らせる。
 「じゃあいっそのこと、ユウには私の弟子に・・・」
 「君にはティモシーがいるでしょうがっ!!
 育児放棄するんじゃないよ!!」
 地団太を踏んで抗議するティエドールに舌打ちし、クラウドは鞭を握った。
 「・・・よかろう!
 ユウの親権を賭けて・・・!」
 「真剣勝負だよ!!!!」
 くだらない駄洒落の先制攻撃に、クラウドが巨猿から落ちそうになる。
 「・・・死ぬほど突っ込み入れてくれるわ!」
 「え?!なんでそんな・・・わあああああああああああ!!!!」
 初っ端から大技を繰り出そうと大口を開けた巨猿から、ティエドールが脱兎の勢いで逃げ出した。


 背後に爆音と崩壊音を聞いたリナリーは、首をすくめて足を速めた。
 「おい、どこにいくんだ?」
 腕の中の神田に問われ、彼女はくすりと笑う。
 「ジェリーのところだよ!」
 「・・・あぁ!」
 彼女の名を聞いた途端、嬉しげに頬を染めた神田を見下ろして、リナリーがクスクスと笑った。
 「神田も、ジェリーのことが大好きなんだねv
 「そ・・・そりゃあ・・・な・・・!」
 いつもの神田と比べ、随分と素直で感情の読みやすい幼い彼に、リナリーの笑いが止まらない。
 「な・・・なんだよ!」
 「いやぁ・・・可愛いなぁって思って!」
 彼に初めて会った時はリナリーも幼くて、可愛いだなんて思いもしなかったが、今はクラウドが母性本能を激しく刺激される気持ちがわかる気がした。
 「あのクラウド元帥が夢中になるんだもん、そんじょそこらの可愛さじゃないよねv
 「う・・・うるせぇよ!!」
 真っ赤になって暴れる彼を、リナリーは小脇に抱え直す。
 「ホラホラ、おとなしくしないとジェリーのところに連れてってあげないよ?
 監査官や補佐官のいる所に放り出しちゃうよ?」
 軽く脅すと、途端におとなしくなった。
 「・・・アラ、意外」
 「・・・中央の奴らは、嫌いだ」
 吐き捨てた声が子供らしくない暗さを帯びていて、リナリーは気まずげに口を引き結ぶ。
 ややして、
 「・・・ゴメン。
 中央の人達には会わせないよ。
 できるだけ・・・ね」
 詫びた彼女に神田はこくりと頷いた。
 「そんなにたくさんいるんなら、ジェリーのとこにもいんだろ」
 「う・・・うん・・・」
 さすがにわかるかと、リナリーは足を止める。
 「行くの・・・やめる?」
 遠慮がちに問えば、彼は大きく首を振った。
 「かまわねぇよ。
 ジェリーには会いたいしな」
 「そ・・・だよね!」
 頷いて、再び歩を踏み出す。
 「食堂に行けば、ラビやアレン君もいるよ!
 誰だかわかんないだろうけど・・・神田のお友達だよ!」
 「トモダチ・・・だぁ?」
 思いっきり不審げな目で見上げられ、リナリーは思わず目を泳がせてしまった。
 「嘘つけ」
 「・・・さすが、勘はいいなぁ」
 でも、と、ため息混じりに苦笑する。
 「仲間であることは確かだよ」
 「ふぅん・・・」
 未だ不審げではあったが、頷いた彼に笑ってリナリーは食堂へ入った。
 ジェリーに声をかけると、彼女は笑ってカウンターに寄って来る。
 「なぁに?まぁた子供にされちゃったの、アンタ?」
 頭を撫でてやると、神田を抱えたリナリーが苦笑した。
 「それがね、ジェリー。
 記憶まで・・・この頃に戻っちゃったみたいなの」
 「記憶・・・」
 一瞬、顔を強張らせたジェリーだが、すぐにいつもの笑顔に戻って神田の柔らかい頬を撫でてやる。
 「じゃ、おいしいお蕎麦を出してあげなきゃねぇv
 お薬はもう、飲まなくていいからねんv
 「・・・あぁ」
 嬉しげに頬を染めた神田にジェリーは頷き、背後のリナリーを軽く睨んだ。
 「アンタはどうすんの?」
 「私は・・・」
 言いかけて、自分がなぜ神田から逃げ回っていたのかを思い出す。
 「・・・今日はもう、結構です」
 「そうでしょうとも!
 こんな日に神田のお昼ごはん取っちゃうなんて、酷い子ね!」
 めっ!と叱られ、首を竦めたリナリーを不思議そうに見上げて、神田は小さな手にトレイを受け取った。


 「おう、鬼ごっこ終わったんさ?」
 「一瞬で見えなくなって・・・どこに行ったのかと思いましたよ」
 神田に追いかけられて出て行ったリナリーを笑って迎えたラビとアレンは、彼女の後ろでトレイを抱える神田を見やって苦笑した。
 「えーっと・・・リーバーから、無線で話は聞いたさ」
 「うーんと・・・まぁ、よろしくです、神田」
 対応に困って口ごもる二人をちらりと見上げて、神田は無言で頷く。
 そのままトレイをテーブルに置き、椅子にちんまりと座って小さな手で食事を始めた彼を、二人はまじまじと見つめてしまった。
 「なんかこー・・・人形みたいさね」
 可愛い、と呟いたラビを神田がムッと睨む。
 「あ、イヤなんだ、可愛いって言われるの。
 ま、そういうお年頃だよね」
 ティモシーもそうだし、自分もそうだったと言うアレンに、神田が舌打ちした。
 「ケンカよわそーなモヤシに言われたくねぇ」
 「は?!」
 いつもの彼にだけでなく、こんなに小さな神田にまでモヤシ呼ばわりされて、アレンの顔が引き攣る。
 「誰が!
 誰がモヤシ?!
 少なくとも今の君よりは強いよ!!」
 席を蹴って絶叫するアレンをラビが慌てて制した。
 「まぁまぁアレン、ちっさい子相手にさー・・・」
 「ケッ!ヘタレウサギッ!」
 「んがっ・・・!」
 この年にして既に完成されている毒舌に声を失ったラビを押しのけて、アレンが神田の頬をつねる。
 「可愛くないっ!!!!」
 「ちょ・・・アレン君、落ち着いてー!」
 いつもと違う姿なのに、いつもと変わらずケンカする二人の間にリナリーが割って入った。
 「相手は子供!子供なんだから!!」
 「子供でも神田じゃん!!」
 「う・・・そうだけど・・・ね・・・」 
 珍しくリナリーに向かって反駁したアレンが、彼女の隙をついて神田へ手を伸ばし、これでもかと頬を引き伸ばす。
 「ひゃなへモヤヒッ!」
 「まだ言うかー!!!!」
 反抗的に蹴りを入れてくる神田から思わず手を放したアレンが、再び伸ばした手に噛み付かれて悲鳴をあげた。
 「よくも右手に!!
 噛み付くんなら左手にしなよ!」
 「うっせバーカ!!」
 「バカンダに馬鹿って言われた!!」
 ぎゃあぎゃあと喚き合いながら揉みあっていると、二人とも背後から襟首を掴まれて猫の仔のようにぶら下げられる。
 「メシは静かに食え!!」
 雷鳴のような声で怒鳴られ、二人して竦みあがった。
 途端に大人しくなって、椅子に座り直した彼らにリナリーがほっと吐息する。
 「ソカロ元帥、あのね・・・!」
 二人を大人しくさせた元帥にそっと声をかけると、彼は笑って頷いた。
 「頭ン中まで戻っちまったらしいなぁ、神田ァ?」
 大きな手でぐりぐりと頭を撫でられても、クラウドの時のように反発はしない。
 「あれ、大人しい?」
 叱られたばかりだからだろうかと、不思議そうなリナリーにソカロが首を振った。
 「コイツは昔っから、わかりやすく強い奴が好きだったからなぁ。
 後で訓練に付き合ってやろうかぁ?あぁ?」
 にんまりと笑った顔は獰猛な肉食獣のようだったが、神田は怯える様子も見せず、嬉しげに目を輝かせて何度も頷く。
 「へぇ・・・つまり、全然強そうには見えねーけど実は強いクラウド元帥やティエドール元帥より、一見して強そうなソカロ元帥に懐いてたってことかね?
 リナ、覚えてなかったんか?」
 幼馴染なのに、とからかわれて、リナリーはムッと口を尖らせた。
 「そんなに前のこと、覚えてるわけないじゃないか!
 ラビじゃあるまいし・・・」
 「あんなに遊んでやったのに覚えてねぇってか。
 薄情だな、お前!」
 大きな手でがしりと頭を掴まれて、リナリーが凍りつく。
 「ぜ・・・全然覚えてないわけじゃないですョ?
 ただホラ、記憶って上書きされるものだからー・・・イタタ!!痛いですって!!」
 必死に言い訳するが聞いてくれず、今にも頭を握り潰されそうになったリナリーが泣き声を上げた。
 と、
 「元帥、食い終わったから行こう!!」
 箸を放り出した神田が妙に浮かれた声で、ソカロの手を引く。
 「俺がまだ食ってねぇんだよ」
 「じゃあ早く!!」
 「メシくらいのんびり食わせろィ!」
 ソカロが指先で神田の額を弾くと、小さな身体はあっけなく吹っ飛んだ。
 「ぴっ?!」
 「え?!ユウちゃんが吹っ飛んだ?!」
 子供とはいえ、普通の大人なんかよりは全然強い神田をあっさりと吹っ飛ばしたソカロに、アレンは怯えた猫のように縮こまり、ラビも震え上がる。
 「体重が軽いと、あぁなっちゃうんだよねぇ・・・」
 自分も何度もやられたと、リナリーが頭をさすりながらぼやいた。
 「もうちょっと手加減してくれてもいいのに!」
 「手加減してるだろ。
 マジでやったら頭吹っ飛んでるぜ?」
 にんまりと笑ったソカロの顔が恐ろしく、アレンとラビは手を取り合って怯える。
 「ほらぁ、アレン君たち怯えちゃってる。
 神田は目を回したままかな?」
 振り返ると、いつの間にか現れたクラウドに抱きしめられて、じたじたと暴れていた。
 「クラウド元帥が勝ったんですね」
 「あぁいう勝負は、後先を考えたら勝てないからな!」
 得意げに鼻を鳴らした彼女の、頭上に座る小猿の手が血濡れている。
 「・・・ティエドール元帥がどうなったのかは、聞かないでおきます」
 正しい判断をしたリナリーに満足げに頷き、クラウドは神田に頬ずりした。
 「さv
 ママとお着替えしてあそぼーなv
 「い・・・イヤだ!!
 俺はソカロ元帥と・・・!」
 「・・・あぁ?」
 途端にクラウドの目が険を帯び、ソカロを睨みつける。
 「横から掻っ攫うとはいい度胸だな、ソカロ」
 「俺が攫ったんじゃねぇ。
 神田が俺と遊びたいんだとよ」
 意地悪く笑う彼に舌打ちし、クラウドは暴れる神田を抱え直した。
 「じゃ、ソカロが食事を終えるまでならママと遊ぶよな?
 ・・・ソカロ、今日は一日中食事してるがいいぞ」
 「ウォーカーじゃあるめぇし」
 苦笑するソカロに舌を出し、早速踵を返そうとしたクラウドの腕の中で、神田が必死に首を振る。
 「だったら俺も、まだ食べる!!」
 「え?!」
 思わず声をあげた彼女を、神田が驚いて見上げた。
 「・・・なんでそんなに驚くんだ?」
 「いや、だって・・・お前、普段そんなに食べないじゃないか」
 食が細いわけではないが、大食と言うほどでもない。
 幼い頃から好き嫌いが多くて食事を喜ばなかったことを知るだけに、彼の言葉は意外すぎた。
 が、
 「そう・・・か!
 お前がそう言うのなら・・・!」
 嬉しげに頬を染めて、クラウドは神田を抱いたままカウンターへ駆け寄る。
 「ジェリーv
 娘の偏食を治すいい機会だ!
 食育セットを頼む!!」
 「は?!」
 娘じゃないし食育なんぞ頼んだ覚えはないと、蒼褪める神田の下へ、物凄い勢いでジェリーが寄って来た。
 「でかしたわ、クラウドちゃん!!
 アタシ、なんでこの子が初めて来た時にやんなかったのかしらって、ずっと後悔してたのよん!
 さぁvv
 ママン達と一緒にごはんしましょうねぇvv
 唖然とする神田を挟んで、きゃあきゃあとはしゃぎ声をあげる二人をアレンがじっとりと見つめる。
 「・・・なんなの?
 僕があのくらいの頃って、残酷な師匠に虐げられてたのに、なんであいつはあんなに可愛がられてんの?」
 憮然と口を尖らせると、カウンターを眺めていたリナリーがくすくすと笑った。
 「だってあんなに可愛いんだもん!
 私だって構いたいよv
 だからママ達にしてみれば無理もないと言うリナリーに、アレンの機嫌はますます悪くなる。
 「不公平だ!
 僕がいぢめてやるっ!」
 「アレンさん、そーゆーこと言っちゃダメさ。
 もっとオオラカなキモチになって・・・」
 たしなめようとしたラビは、食堂に飛び込んで来たエミリアがクラウドごと神田を抱きしめ、頬ずりする様を見てあっさりと前言撤回した。
 「羨ましすぎるから意地悪賛成さ」
 「コラ!ラビまで!」
 呆れたリナリーが、制止役を求めて食堂を見回すが、珍しいことにリンクの姿がない。
 「どこ行っちゃったの、監査わんこ?」
 彼女が神田と鬼ごっこを始めるまでは確かにいたはずだと、不思議そうな彼女の視線をラビが、厨房へと導いた。
 「あっちでケーキ作ってるさ。
 昼時は姐さん忙しくて、あいつのケーキにばっか構ってられんからねー」
 「きっと、1年後には糖分の過剰摂取で死んでますよ、あのひと」
 ふん、と鼻を鳴らしたアレンにリナリーが笑い出す。
 と、
 「そうだ!」
 いきなり立ち上がって、カウンターへ駆け寄った。
 「ジェリー!元帥!
 神田に、バースデーケーキ食べさせようよーvv
 その提案に、ジェリーが目を輝かせる。
 「この子・・・!
 甘いものキライだって、今まで一度も食べてくれたことがなかったのよねぇ・・・!」
 思わず声を詰まらせたジェリーに、クラウドも嬉しげに頷いた。
 「いい提案だ、リナリー!
 では私が・・・!」
 「あたしが!
 あたしが作ってあげるわ、おいしいケーキv
 ダーリンは舌が肥えてるんだから、アメリカなんかのまずくてどぎついケーキなんて、食べられないわよねぇv
 「小娘・・・っ!!」
 怒りに声を震わせるクラウドに生意気に舌を出し、エミリアが神田を取り上げる。
 「ダーリンが初めて食べるケーキがあたしのだなんてv
 うれしーv
 「そうはさせるか!
 私の方が家庭の味だ!!」
 すかさず神田を取り戻し、歯をむいたクラウドからジェリーが彼を取り上げた。
 「あぁら!
 ちょっとアンタ達、ここの食を預かってるのはアタシよん?!
 アタシのケーキが一番おいしいに決まってるでしょぉん!」
 ネ?と、微笑んだジェリーへ、リナリーが挙手する。
 「リナリーもやるー!
 神田、がんばるからねv
 「・・・・・・・・・」
 4人に寄ってたかって迫られ、困惑する彼を、アレンとラビが嫉妬にまみれた目で睨んだ。


 「はぁ・・・まぁ、そういうことでしたら、場所をお譲りしますが・・・」
 物凄い勢いで厨房に飛び込んで来た女達が口々にまくし立てる事情を、なんとか脳内でまとめて理解したリンクが、目を丸くしたまま頷く。
 「あの・・・とりあえず、仕上げをしても?」
 オーブンから出し、冷めるのを待っていたスポンジを指す彼に、大きく頷いたジェリーが神田をクラウドに渡した。
 「じゃあアタシは先に、食育用のお子様ランチでも作ってあげましょv
 クラウドちゃん、神田に全部食べさせてねんv
 「あぁ!任せておけ!」
 「あたしも!あたしもやるー!!」
 きゃあきゃあとはしゃぎながら食堂へ行く二人を、リナリーがぼんやりと見送る。
 「アンタは行かないの?」
 「・・・あ!出遅れた!!」
 はっと我に返ったリナリーに、お子様ランチを盛り付けながらジェリーがクスクスと笑った。
 「アンタ、育児経験はないもんねぇ」
 「・・・おかしいな、元帥もエミリアも、産んではないはずなのに」
 なんであんなに素早いんだと、不思議そうなリナリーの肩を、ジェリーが軽く叩く。
 「クラウドちゃんは弟子を何人も育ててるし、エミリアは孤児院で子供達の世話をしてたんだから、フットワークが軽くて当然なのよ。
 アンタは慣れてないから、気が利かないのね」
 「ちょっ・・・気が利かないって言わないでよぉ・・・!
 慣れてないだけだもん!」
 不満げに口を尖らせるリナリーに、ケーキの仕上げをしながらリンクが鼻を鳴らした。
 「君が慣れているのは戦闘とつまみ食いでしょう。
 膳ごと昼食を奪われたのでは、神田が怒るのも当然ですよ」
 「う・・・うるさいなぁ!
 さっさと仕上げて出てったらいいじゃない!」
 横から口を出すなと、顔を真っ赤にして抗議するリナリーにまた鼻を鳴らし、リンクは出来上がったケーキを皿に乗せる。
 「お邪魔しました、料理長。
 勝利を願っていますよ」
 「あらぁんv
 ありがと、リンクちゃんv
 一礼して出て行くリンクに振った手で、ジェリーは彼に向かって舌を出すリナリーの頭をはたいた。
 「いだいっ!!」
 「ホラ、アンタもこれ持って、神田のとこに行きなさいよ。
 食べさせる間に材料揃えとくわん」
 可愛らしく盛り付けられたお子様ランチを手渡されて、リナリーはむくれ顔のまま頷く。
 「リナリーでも作れるケーキにしてね!」
 「ハイハイ・・・って、アンタまさか、ノープラン?!」
 いつの間にか一人でもケーキが作れるようになったのだと思っていたら、最初からジェリーに頼るつもりだったようだ。
 「他力本願も戦い方の一つだよね?」
 「アンタって子は・・・」
 呆れ顔で、ジェリーは肩をすくめる。
 「わかったから、早く持ってって上げなさい」
 「はぁいv
 嬉しげに頷いて踵を返したリナリーは、お子様ランチを神田の元へ・・・と言うより、彼を挟んでいがみ合うクラウドとエミリアの元へ運んだ。
 「こちらへ寄越せ、リナリー!」
 「あぁら!
 じゃあ、ユウたんはあたしのお膝においでv
 クラウドが手を伸ばした隙に、彼女の膝から神田を抱えあげ、自分の膝に乗せてしまったエミリアに、リナリーが頬を膨らませる。
 「なんだよなんだよ!
 リナリーに給仕させて、二人ばっかり可愛がって!
 私も神田に構いたい!!」
 クラウドに皿を渡すや、リナリーはエミリアの手から神田を奪うべく、腕をぐいぐいと引いた。
 「なにすんのっ!
 あんた出遅れたんだから、順番を待ちなさいよ!」
 負けるもんかとエミリアが、神田を潰さんばかりに抱きしめる。
 「お前達!
 ユウが苦しがって・・・おい!放してやれ!」
 クラウドが慌てて止めに入るが、容赦のない二人は彼を2つに裂かんばかりに引き合った。
 その間で、泡を吹いて白目を剥いていた神田が一瞬意識を取り戻す。
 「い・・・加減に・・・ひろっ!」
 「ぎゃっ!!」
 「いたぁ!!」
 次々に手を噛まれたエミリアとリナリーが、驚いて彼を放り出した。
 「もう俺に構うな!!」
 過干渉の女達を怒鳴りつけ、憤然と踵を返した神田はまっすぐにソカロの元へ向かう。
 「元帥、まだ終わんねぇのか?!」
 「うっせぇ。
 メシくらいゆっくり食わせろや」
 ひょい、と神田の襟首を掴んだソカロは、彼を再び飢えた女狼の群れへと放り込んだ。
 「んぎゃあああああああ!!!!」
 またも奪い合いの的にされた神田の、甲高い悲鳴があがる。
 が、周りの男性団員達からは、一切の同情も憐憫も寄せられなかった。
 「はんっ!羨ましいこって!」
 「見せ付けやがって、引き裂かれちまえばいいんだ」
 「食われろ食われろ、骨も残さずになー」
 嫉妬と羨望の混じった声に、アレンとラビが盛大な拍手を送る。
 「全くもって同感ですよ」
 「おなじくさー」
 「浅ましいことですね」
 自作のケーキを満足げに食べながら、リンクは肩をすくめた。
 「神田はリナリー・リーに昼食の膳を奪われた挙句、子供にされて記憶まで退行したのでしょう?
 その上、あのような苦痛まで味わわされて・・・気の毒だと思いませんかね」
 もう一度『浅ましい』とため息をつかれて、アレンはムッと目を眇める。
 「浅ましくていいもん。
 浅ましいついでに横取りしてやる」
 「俺も」
 「コラッ!私のケーキを奪うんじゃありません!!」
 横から伸びてくる手からケーキを必死に守るリンクに、ソカロが笑い出した。
 「昔から、荒ぶる神は生贄を捧げて鎮めたもんだ。
 今ここで同じことが起こってるだけだろ」
 笑いながら大きな肉の塊をばくりと食らうソカロの方が、よほど荒ぶる神にふさわしい見た目ではあったが、女狼達の咆哮を隣に聞いていると、妙に納得させられる。
 「さわらぬ神に祟りなしですか」
 「触ったが最後、頭から食われるさね」
 座ったまま椅子を遠ざけながら、アレンとラビは、生贄にされた神田の受難をにやにやと眺めた。


 「はいv あーんv
 クラウドが差し出したスプーンを、神田は渋々咥えた。
 途端、頬が紅潮して目が輝きだす。
 「おいしかったのか?おいしかったのだろう?
 ジェリーがお前のために作ってくれたんだぞv
 にこにこと迫られた神田はしかし、意地を張ってそっぽを向いた。
 「ホラ、がんばって食べて!
 おっきくなれないよ?」
 傍らのリナリーに応援されて、彼は不安げに彼女を見上げる。
 「俺・・・おっきくなれないのか?」
 問われたリナリーが、小首を傾げてソカロ達を指した。
 「アレン君よりはおっきくて、ラビよりは小さい。
 ソカロ元帥よりは断然小さいね」
 「たべるっ!!」
 慌ててクラウドからスプーンを取り上げようとするが、彼女がそうはさせない。
 「だから、私が食べさせてやるって」
 「自分でできる!」
 「そんなのわかってるけど、あたし達が構いたいの!」
 笑ってエミリアが、膝の上で暴れる神田を押さえつけた。
 「さぁv 次はお肉だぞv
 よく噛んでお食べv
 「きゃあv ユウたんおいちいよかったねーv
 「こっ・・・子供扱いすんなっ!!」
 真っ赤になってクラウドとエミリアに挟まれる神田の傍らで、リナリーも頬を紅潮させた。
 「もー!!リナリーにもやらせてってばぁ!!」
 だむだむと地団太を踏んで怒る彼女にクラウドは、舌打ちして厨房を指す。
 「隣でやかましい!
 お前は先に、ケーキ作りでもしていろ!」
 「そーよ!
 どうせあんた、一番手が遅いんだから!
 そのくらいのハンデはあげるわよ!」
 クラウドとエミリアに二人がかりで攻められ、リナリーは悔しげに唇を噛んだ。
 「傲慢なウサギどもー!
 絶対ぎゃふんって言わせてやるー!!」
 泣きながら厨房に駆け込んだリナリーは、既に出来上がったジェリーの美しいケーキに顎を落とす。
 「も・・・もうできてたなんて・・・!」
 「アランv
 こんなのヨユーよぉv
 得意げに笑って、ジェリーはカウンターから食堂の様子を窺った。
 「でも、あの子にお腹の余裕はないでしょうねぇん。
 先にお蕎麦食べてたもんねぇ」
 だから、と、彼女は嬉しげに笑う。
 「これは、夜に出したげましょv
 きっと係長があの子着飾るだろうから、見てるだけで幸せな気分になれるわぁv
 「あー・・・係長・・・・・・。
 そうだね、きっと今頃、嬉々としてパーティ衣装作ってるね」
 苦笑するリナリーの頭を撫でて、ジェリーは厨房の奥へ行く。
 「ホラ、簡単なの作るんでしょ?
 早く来なさい」
 さっさと終わらせて神田を構いに行くのだと言う彼女に、リナリーは深いため息をついた。


 ひたすら美女をはべらせる神田が、男性団員達の嫉妬の炎に焼かれてこんがりと焦げ目もついた頃、ようやく満足したソカロが席を立った。
 「行くぞクソガキィ!」
 「おう!!」
 ようやく声をかけてもらえて嬉しげな神田が、クラウドの手をかいくぐり、エミリアの膝を飛び降りる。
 「あっ!こら!!」
 「んもう!あたしよりソカロ元帥の方がいいっての?!」
 不満げな彼女達にあっさりと頷き、神田はソカロについて食堂を駆け出て行った。
 「なによー!
 もう構ってあげないわよ、神田ったら!!」
 腹立ち紛れに怒鳴ると、食器を片付けていたクラウドが舌を出す。
 「おう、そうしろそうしろ。
 娘がつまらん女に付きまとわれずに済む」
 彼女の肩の小猿までもが舌を出して、エミリアは頬を膨らませた。
 「娘じゃないっつってんでしょ!
 いい加減、現実を見たらどうですか、元帥!
 そして今のあなたの弟子はティモシーでしょ!
 そっち構いなさいよ、そっちを!」
 「それを言うならお前は、ティモシーの家庭教師としてここにいるんだろうが!
 遊んでないで仕事しろ仕事!」
 大声で喚き合う荒ぶる二人から、団員達が更に離れていく。
 その中で、ラビが音も立てずにそっと席を立った。
 「アレン・・・俺らも修練場いかね?
 さすがの俺も、あんなに怒ってる元帥に突撃したくねーさ」
 「嫁姑戦争に横槍入れると殺されますからね」
 頷いて、アレンも席を立つ。
 「リンク、先行ってるよ」
 「あ!こら!勝手に行ってはいけません!!」
 慌ててついて来るリンクに舌打ちしたアレンは、修練場に入った途端、吹っ飛んできた子供の身体をとっさに受け止めた。
 「え?!神田、もうボロボロ?!」
 「うわ・・・子供でも手加減なしかよ・・・!」
 凄まじい訓練の様子に、ラビも目を丸くする。
 が、当の本人は嬉しげに目を輝かせ、アレンを振り払って床に飛び降りると、再びソカロへ向かって行った。
 「はっ!軽い軽い!」
 神田渾身の蹴りを片手で受け止めたソカロの、もう一方の手がこぶしを握る。
 「うらっ!」
 「んぎゃ!!」
 軽い身体がボールのように弾んで足元に転がってくると、ラビはため息混じりにしゃがみこんだ。
 「そんな闇雲に突っ込んでってもダメさ。
 相手はお前より全然でけぇんだから、ちったぁ頭使って戦わんと、勝てるもんも勝てんさね」
 抱き起こしながら言ってやると、背後でアレンが鼻を鳴らす。
 「ラビに使う頭なんかあったの?」
 「記憶に関しては優れていると認めますが、応用はできないのでは?」
 「・・・お前達、ちったぁ歯に衣着せようって思わないさ?」
 思わない、と声を揃えた二人にラビが舌打ちした。
 「まだがんばるんか?」
 「もちろんだ!」
 きっぱりと言った神田に思わず笑い出す。
 「んじゃ、がんばってくるさv
 「おう!」
 さっきよりは少しだけ長く戦えている神田を、ラビが微笑ましく眺めた。
 「なーんか、クラウド元帥達が構いたがるのもわかる気がするさーv
 ホント可愛いさ、ちっちゃいユウちゃんv
 「どこが?
 どこが可愛いの、あんなくそ生意気なちび。
 あーんな小さい頃から乱暴者だし目つきも悪いし、元帥達の気が知れませんね、僕は!」
 「ウォーカー、嫉妬が駄々漏れです」
 みっともない、と制されて、アレンは憮然と口を噤む。
 と、またも神田の軽い身体がアレンの元へ飛んできた。
 「打ち落と・・・」
 「やめなさいって!」
 バレーボールのアタックでもしそうなアレンの体勢に、ラビが慌てて割って入る。
 「ったく・・・普段敵わないからって、こんな時にいじめるのよくないさ!」
 神田を受け止めたラビに説教されてしまって、アレンはますます憮然とした。
 「大丈夫さ、ユウ?
 ちょっと休んで作戦でも練っちゃどうさ?」
 何度も放られてくるくると目を回す神田に言ってやると、彼は頑固に頭を振って向かっていこうとする。
 が、
 「弱すぎて飽きた。
 もうちっとがんばれるようになってからまた来いや」
 ソカロに鼻で笑われてしまい、悔しげに床を蹴った。
 「ちくしょう・・・!
 支部じゃ負けたことなかったのに、なんで・・・!」
 「そりゃ、ここが本部で相手が元帥だからでしょ。
 大人って言っても、一般人相手じゃ勝って当然だっての」
 意地悪く舌を出したアレンを、神田はムッと睨みつける。
 「・・・けど、おっきくなった俺は、お前より強いんだろ?
 さっき、こいつが『普段敵わない』っつってたもんな!」
 「はは!そうさね!
 俺と同い年のユウちゃんは、アレンよかずっと強いさ!」
 「くっ・・・ラビめ、余計なことを・・・!」
 悔しげなアレンにぎろりと睨まれて、ラビが首を竦めた。
 と、神田は考え込むように小首を傾げて腕を組む。
 「・・・じゃあ、みんなに可愛いって言われてる俺がお前と同じ年になったらきっと、カッコいいんだろうな。
 じゃなきゃ、あんなに女が寄ってくるわけないもんな」
 「んなっ・・・なにさこの子!生意気!!」
 思わず大声をあげたラビに鼻を鳴らした神田が、いかにも上から目線でアレンを見遣った。
 「お前なんかより全然カッコいいんだろ、このファニーフェイス」
 この年にして既に毒舌の語彙は豊富な神田にアレンは悔しげに唇を噛む。
 「くっ・・・!
 反論したい!反論したいのに出来ない自分の貧相な語彙が恨めしい!!!!」
 「毒舌の語彙なんかなくていいんですよ」
 これ以上手に負えなくなっては困ると、リンクが肩をすくめた。
 「ところで神田、しばらくはやることもないでしょうから、少し私の質問に・・・」
 「あ、ユウちゃん、被服室行こうさ!
 それ、ティモシーのだから、これ以上ボロボロにするとあいつが泣き喚くさ!」
 「そうですよね!
 そろそろ係長が、神田に素敵な服を作ってくれてますよ!」
 リンクを阻んで割り入ってきたラビとアレンを神田は、意外そうな目で見上げたが、すぐに頷く。
 「中央庁の奴と遊んでる暇はないな」
 生意気に鼻を鳴らす神田にリンクはまた肩をすくめた。
 「・・・いいでしょう。
 任務として課せられているわけではありませんから」
 セカンド・エクソシストの詳しい情報があればルベリエの役に立つかと思ったが、神田から聞きだせるようなことは既に彼の知るところだろう。
 あっさりと引き下がったリンクにそっと吐息して、アレンは神田を促した。
 「行きましょ」
 「あぁ・・・」
 なぜ自分と仲の悪そうなアレンが助け舟を出してくれるのかと不思議に思いつつ、神田は彼の後について行く。
 その後をラビが、守るように従った。


 「きゃあんv ユウ、かっわいいーv
 被服室に入るや待ち構えていた係長に抱きつかれて、神田はうんざりと吐息した。
 「ここでもかよ」
 「モテモテで羨ましいこった」
 ラビが憮然と唇を尖らせる。
 「マザー、神田の服って、もうできてます?」
 苦笑したアレンの問いに、彼女は大きく頷いた。
 「もちろんよ!
 室長から連絡もらって、すぐに取り掛かったのv
 可愛い子には可愛い服を着せないとね!
 せっかくだからレースとかリボンとか、たっくさんつけたのよ!」
 言うや小鳥のように軽やかに踵を返し、係長は子供用のスーツを持ってくる。
 「ユウちゃんはママが作ったお洋服を気に入ってくれるかしら?」
 「・・・俺には何人『ママ』がいるんだ?」
 クラウドやジェリーにも言われたと、呆れ顔の神田の頬を係長が優しく撫でた。
 「何人いてもいいじゃないv
 アラアラ、こんなに汗かいちゃって、先にお風呂に行かなきゃね!」
 できたばかりの服を部下に預けて、係長は神田を抱き上げる。
 「ママと一緒にお風呂入りましょーかv
 「か・・・係長!」
 「それはやめたげてさ!
 元に戻った途端、ユウちゃん死にたくなっちゃうさ!!」
 アレンとラビの悲鳴じみた声に、彼女は口を尖らせた。
 「そんなことないわよー!
 このくらいの時は一緒に入ってたもんねー!
 ね、ユウ?」
 「嘘つけ!」
 「あぁら!
 覚えてないだけよーv
 笑顔で言い張る彼女の腕から、神田は慌てて逃げ出す。
 「絶対!やだ!!」
 壁際まで逃げた彼に係長はクスクスと笑い出した。
 「仕方ないわねぇ。
 じゃあ、お兄ちゃん達とでいいからお風呂入ってらっしゃいよ。
 その服、ティモシーのだから・・・」
 「返さないと泣き喚くっつーんだろ。
 誰だそのガキ」
 「うん、君が言うなガキンチョ」
 すかさずアレンが突っ込むと、リンクが呆れ顔で首を振る。
 「隙を見つけた途端、嬉しそうにするのはやめなさい。
 品性を疑われますよ」
 「すみませんね、性悪で」
 生意気に舌を出したアレンは、ラビを見遣った。
 「連れてってあげたら?」
 「ハイハイ。
 ユウ、兄ちゃんと風呂いこーぜ」
 「あ、じゃあ、お風呂上がりにはとりあえず、これ着せてあげて。
 可愛いと思うのーv
 「甚平・・・」
 可愛いだけでなく、今、神田が元の姿に戻ったとしても大丈夫そうな、伸縮性に富んだものを渡されて、感心したラビは何度も頷く。
 「さすがマザーさね♪
 ほんじゃユウ、行こうぜー」
 「おう」
 仲良く連れ立って行った二人を見送ってから、アレンは係長を返り見た。
 「ねぇ、マザー?
 当然、これだけじゃないですよね?」
 さっき彼女が取り出したスーツを指すと、案の定、係長はにっこりと笑う。
 「着せ替え、しましょーねv
 お針子達が一斉に取り出した色とりどりの衣装に、アレンはにんまりとほくそ笑んだ。


 「ほんじゃ、風呂入ったら被服室に戻ってくるんだぜ?」
 案内だけして放置のラビに頷き、さっさと汗を流して浴場を出た神田は、被服室へ戻る途中で見知らぬ子供に道を塞がれた。
 「誰だテメェ」
 無愛想な彼に負けずむくれた子供が、つかつかと詰め寄ってくる。
 「お前こそなんだよ!
 ちっちゃくなっただけでみんなにちやほやされやがって!
 俺なんて、師匠やエミリアからいつも怒られてんのに!」
 「師匠?誰のことだ?!」
 瞬いた神田の胸倉を、子供が乱暴に掴んだ。
 「クラウド元帥だよ!
 お前、散々甘やかされてたじゃん!」
 「あぁ・・・別に、いつものこったろ」
 放せ、と、軽く振り払っただけで子供は面白いように吹っ飛ぶ。
 「・・・よわっちいな、お前」
 呆れた神田の目の前で、子供はころんと起き上がった。
 「うるさい!
 ちくしょう、馬鹿にしやがって!!」
 「馬鹿になんかしてねぇよ。
 馬鹿なガキだとは思ってっけど」
 「ふんぬー!!!」
 再び飛び掛って来た彼をあっさり交わして、壁と抱擁させる。
 「ホントに弱いな、ガキンチョ」
 「ガキンチョ言うな!ティモシーだ!!」
 ようやく名乗った子供に彼は冷たく鼻を鳴らした。
 「お前が着てるの・・・それ、団服か?
 なんでお前みたいによわっちいガキンチョがエクソシストの団服着てるんだ?」
 「エクソシスト様だからだよ!」
 「嘘つけ」
 歩み寄った神田が思いっきりげんこつを落として、ティモシーの頭に大きなたんこぶを作る。
 「なにすんだ乱暴者!!
 大体!俺はお前に無理矢理連れて来られたんだろーがぁ!!」
 「しらねーよ」
 「この無責任っ!!」
 凝りもせず向かって来るティモシーにやや感心しつつ、またも突き飛ばして転ばせた。
 「ぴぎゃー!!!!」
 甲高い泣き声に耳を塞ぎ、神田は冷たく鼻を鳴らす。
 「元帥は、お前がよわっちいから怒るんだろ。
 お前も、ソカロ元帥に鍛えてもらったらどうだ?」
 「ソ・・・?!」
 その名に涙も止まったティモシーの恐怖心をどう誤解したのか、神田はあっさりと頷いてティモシーの手を引いた。
 「来い」
 「え?!ちょ・・・まっ・・・ひいいいいいい?!」
 反論する間もなく、神田はティモシーを修練場まで連行する。
 そこでファインダー達の屍の山を築いていたソカロに声をかけると、恐怖に震えてものも言えないティモシーを引き渡した。
 「こいつが、元帥に鍛えて欲しいって」
 「ティモシーが?そうなのか?ァン?」
 訝しげなソカロの顔が間近に迫って、ティモシーは蛇に睨まれたカエルのように竦み上がる。
 「きっと、元帥に鍛えてもらえば強くなる」
 妙に確信を持って言う神田にソカロは楽しそうに唇を歪ませ、ティモシーを摘み上げた。
 「じゃあ、ちょっと捻ってやろうか」
 「ぴっ!!!!」
 泣くこともできないティモシーににんまりと笑い、修練場の中心へと連れて行くソカロの背に、神田は満足げに頷く。
 「いいことしたな」
 大真面目に呟いて、彼は修練場を出て行った。


 「あらーv ようやく戻って来たのねv
 大丈夫?茹で上がっちゃったんじゃない?」
 「平気だ」
 被服室に入った途端、駆け寄って来た係長に神田は、ふるりと首を振った。
 「じゃ、早速お着替えしようねv
 待ってたんだよーvv
 衣装を持って嬉しげに寄ってきたリナリーにはしかし、眉根を寄せる。
 「なんでお前までいるんだよ」 
 「なによ、いちゃいけない?」
 もうケーキは作ったもん!と、リナリーは胸を張った。
 「後でおいしいの食べさせてあげるから、先にお着替えしよv
 にこやかに衣装を差し出したリナリーの手から、係長が一つを選ぶ。
 「まずはこれ!これ着てお写真撮りましょう!!」
 目をキラキラさせた彼女が持つものはしかし、どう見ても女の子用のドレスだった。
 「なんでだ!!」
 レースとリボンとフリルがふんだんに使われた明るい色のドレスを押しのけた神田に、係長はなんてことのないように笑う。
 「あら、男の子がちっちゃい内は、元気に長生きするように、女の子の服を着せるのが日本の風習だって聞いたわよ!」
 「え・・・そうなのか?」
 思わず目を泳がせた彼に、彼女は大きく頷いた。
 「そうよ!大きくなったあなたが言ったのよ!
 だからこの可愛いドレスを着て、可愛いお写真撮って、あなたが元気で長生きできるようにお祈りしましょうねv
 自信満々に言い切って押しつけてくる彼女を、神田は拒むことができない。
 と、渋々ドレスに袖を通した彼の様子を試着室の陰から窺っていたラビが、クスクスと笑い出した。
 「嘘もあそこまで堂々と言われると、納得しないわけにゃ行かないさ」
 「え?!嘘なんだ?!」
 同じく隠れていたアレンが驚いて問うと、ラビは笑って頷く。
 「仮にそんな風習があったとしても、ユウが知ってるはずも言うはずもないさね」
 「そ・・・そりゃそうですよね・・・!」
 言われてアレンは、こくこくと頷いた。
 神田のDNAは日本人かもしれないが、彼には日本での生活経験がない。
 ラビの言う通り、そんな風習があったとしても知るはずがなかった。
 「・・・でも、ま」
 にんまりと、アレンが笑う。
 「面白そうだからいいじゃんv
 「悪い顔になっていますよ、ウォーカー」
 なんの因果か彼らと共に隠れていたリンクが、ため息をついた。
 その視線の先では、まんまと騙された神田がかしましくさえずる女達に飾り立てられている。
 女の子用のドレスを着せられた彼は、髪も可愛らしく整えられ、撮影用に用意されたアンティークの椅子にちんまりと座って写真を撮られていた。
 「きゃあんv ユウ、可愛いわーvv
 「神田!神田こっち向いてーvv
 係長やお針子達だけでなく、リナリーまでもが加わって、神田をちやほやと祭り上げる。
 その様に、アレンが悔しげに歯噛みした。
 「・・・やっぱり面白くない!」
 「どっちさ!」
 ついさっきまで機嫌がよかったアレンの豹変に、ラビが呆れる。
 「ちやほやされやがって神田め!意地悪してやる!」
 「やめなさい、みっともないですよ」
 リンクが諌めるが、聞くアレンではなかった。
 「神田ーv
 ラビが止める間もなく試着室を飛び出したアレンが、神田に駆け寄っていく。
 「子供だって、ちょっとはくびれが欲しいよねーv
 「え?!」
 「くびれって・・・ちょっとアレン、なにするの!」
 驚くリナリーや係長達を掻き分けて神田の背後に立ったアレンは、背中のリボンを一旦解いて、力いっぱい締め上げた。
 「ぎゃふっ!!」
 アレンの怪力に締め上げられては不死身の神田もたまったものではなく、苦しげな悲鳴をあげる。
 「なにすん・・・放せよっ・・・!!」
 息も絶え絶えの声にアレンは楽しそうに頷き、一旦手を放した。
 「・・・っは!てめっ・・・!」
 ほっと息をついた一瞬を狙って、アレンが再び締め上げる。
 「きゅう!」
 「ふははっ!苦しむがいいよ、お嬢ちゃん!」
 「こらっ!アレン君!!」
 邪悪に笑うアレンをリナリーが引き離し、係長は泡を吹いて白目を剥いた神田を抱きとめて、小さな身体を締め付けるリボンを解いてやった。
 「ユウ!大丈夫?!」
 ぺちぺちと頬を叩くと、丈夫な彼はあっさりと息を吹き返す。
 「こんのー!!」
 「あぁ、待って待って!」
 早速飛び掛ろうとする神田を抱きしめて止めた係長が、珍しく厳しい顔でアレンを睨んだ。
 「ちっさい子いじめちゃダメでしょ、アレン!
 またこんなことやるなら・・・!」
 「・・・やるなら?」
 緊張気味に見つめてくるアレンに、彼女は口を尖らせる。
 「今後アレンの服は全部、ユウとお揃いにしちゃうわよ!」
 「ヤダ――――――――!!!!」
 絶叫したアレンに驚き、リナリーが思わず拘束の手を放した。
 「そ・・・そんなに嫌がらなくったって・・・」
 たしなめようとする彼女にしかし、アレンは頑として首を振る。
 「団服だって同じデザインは絶対やだってお願いしてるのに、私服でお揃いだなんて・・・!
 万が一にも『仲良しだね』なんて言われようもんなら、その場で舌を噛みたくなります!!」
 「ちょ・・・そこまで言わんくても・・・」
 ヒステリックに泣き喚くアレンをラビがなだめようとするが、
 「その言葉、のしつけて返すぜ!!」
 と、神田までヒートアップしてぎゃあぎゃあとののしり合いだした。
 そんな彼らの間で、
 「ストーップ!!
 悪い言葉使っちゃいけません!」
 係長が声をあげるや、二人は途端に黙り込む。
 「そうそう。
 ケンカなんかしたら、みんなから『仲良しねーv』って言われるようなお揃いの服作っちゃうからねv
 にっこりと笑って二人を従えた係長が、改めて神田を抱き上げた。
 「じゃ、続きやりましょ、ユウv
 今度はお着物着ましょうねぇv
 きっと可愛いわーvv
 「その後はチャイナ服ね!
 絶対可愛いよーvv
 はしゃぎ声をあげる係長にリナリーもついていく。
 意地悪を失敗した上に取り残されたアレンが、ふてくされた顔でくるりとラビに向き直った。
 「・・・・・・ちぇー!!」
 「ハイハイ、泣くな泣くな」
 泣き縋ってきたアレンの背中を、ラビは苦笑しながら軽く叩いてやる。
 「今は無視されても、パーティじゃきっと張り切った元帥達のケーキが食べられるさv
 ユウちゃん、お前みたいな大食漢じゃないから、きっとご相伴に与れるぜ?」
 実は密かに狙っていたと、笑い出したラビにアレンは、未だ憮然としつつも頷いた。


 ―――― その後、被服室の面々が着せ替えと写真撮影に満足した頃には、とっぷりと日が暮れていた。
 「〜〜〜〜何時間やらせんだ!!
 着たり脱いだり、消耗しすぎて寿命が縮んだぜ!!」
 疲れ果ててすっかり不機嫌になった神田がよろよろと歩く後ろを、リナリーが上機嫌でついてくる。
 「私はすっごく楽しい時間だったよ!
 みんなが作ってくれた服を次々に着せて、アクセサリーも色々変えて、髪形もいじったりして・・・またやろうね、神田vvv
 「ぜってーヤダ!!!!」
 リナリーへ思いっきり舌を出して、神田は食堂へ入った。
 「訓練よりも断然疲れ・・・」
 「ダーリーンvvv
 ぼやく彼の目前に、エミリアが怒涛の勢いで迫ってくる。
 「待ってたわ・・・ぎゃふっ!!」
 抱きつこうとした瞬間、巨猿の手に鷲づかみにされ、握り潰されそうになった。
 「なに・・・すんの・・・元帥・・・っ!
 放・・・せええええ!!!!」
 顔を真っ赤にして声を絞り出すエミリアに、クラウドが冷たく鼻を鳴らす。
 「下がっていろ鬼嫁!
 さーぁユウv
 ママの所へおいでv
 猫なで声をかけながら歩み寄ったクラウドが両手を広げてしゃがみこんだ。
 途端、
 「クラウドちゃん!
 ラウちゃんを元に戻しなさいっ!!」
 後頭部に強烈なお玉の一撃を受けて、彼女は笑顔のまま倒れこむ。
 「んもうっ!
 アタシの聖域でラウちゃん暴れさせないでって、いっつも言ってるのにわからない子ねっ!」
 「げ・・・元帥ー!!!!」
 金髪を紅く染めて動かなくなったクラウドに、ラビが駆け寄った。
 「大変さ、意識がないさね!
 ここは俺の人工呼吸で蘇生・・・!」
 「すんっ・・・なっ・・・!!」
 寸前で意識を取り戻したクラウドが、血まみれの手でラビの顔を鷲づかみにする。
 「ゴ・・・ゴメンナサイ元帥、イタイですヤメテヤメテ!!」
 女とは思えない握力で頭蓋骨を握りつぶされそうになったラビが、必死に謝った。
 騒々しい二人にあっさりと背を向け、ジェリーが神田の前にしゃがみこむ。
 「さ、神田!
 オナカ空いたでしょv
 今日はアンタのお誕生日だから、ご馳走いっぱい作ったのよぉv
 「誕生日・・・?今日が?」
 不思議そうな彼に、ジェリーは笑って頷いた。
 「そう。
 6月6日、アンタが生まれた日よんv
 そう言って手を差し伸べ、頭を撫でてくれたジェリーに、神田は困惑げに瞬く。
 「誕生日って・・・言うのか・・・?」
 今の記憶にして2年前の今日、彼は『起こされた』。
 『彼』の声によって・・・――――。
 「っ・・・!」
 あの声が耳に蘇り、神田は慌てて首を振った。
 「ど・・・どうしたの?!」
 驚くリナリーには答えず、神田は困惑げな目でジェリーを見つめる。
 「あの・・・」
 声を詰まらせた彼に身を寄せると、そっと耳元に囁いてきた。
 「ま・・・まよねーずって、うまい・・・のか?」
 「えぇ、大好きな子はたくさんいるわよv
 「そう・・・なのか・・・?」
 『彼』が栄養剤の食事にたっぷりとかけて食べていたが、全くおいしそうには見えなかったと、ぼそぼそと呟く神田をジェリーが抱き上げる。
 「それは、アンタ達が食べてたのがちゃんとした『ごはん』じゃなかったからよんv
 アタシのごはんはおいしいからダイジョーブv
 早速試してみろと、ジェリーはカウンター近くの席に神田を座らせた。
 「あれ?
 今日はパーティ形式じゃないんですか?」
 なんの装飾もない、いつも通りの食堂の様子にアレンが意外そうな・・・そして少し残念そうな顔をすると、神田の前に料理を並べてやりながらジェリーが肩をすくめた。
 「この子がいつもの状態じゃないからねぇん。
 アレでしょ?今のこの子は、トップシークレットなんでしょ?」
 じろりと睨まれて、リンクが苦笑する。
 「彼が知っている程度の情報でしたら、既に長官はご存知と思いますが・・・」
 「それでも」
 ラビを倒して立ち上がったクラウドが、そっと彼に囁いた。
 「あまり、おおっぴらにはしたくない情報だ」
 一般の団員達には『また科学班の薬害』だと思わせていた方がいい。
 そう言うクラウドに、リンクは納得顔で頷いた。
 「係長達が彼を長時間拘束したのは、そういうことでしたか」
 この状態の神田には、あまり城内をうろついて欲しくないという思惑だったのだと、ようやく気づいた。
 「係長には、室長から直接ご連絡が行ったのでしたね。うかつでした」
 苦笑するリンクに、リナリーがちろりと舌を出す。
 「まぁ・・・単に楽しかったんだけどね」
 「可愛い子を構いたがるのは女の本能みたいなものだからな」
 だから、と、クラウドは嬉々として神田に食べさせているジェリーを睨んだ。
 「盗るな!横から盗るな、私の娘を!!」
 ヒステリックに喚く彼女に、ジェリーは大げさに肩をすくめる。
 「アランv
 アタシは給仕してるだけで、神田は自分でちゃんと食べてるわよぉv
 ネ?
 自分でできるものねぇん?」
 「あぁ。
 だからあんまり構うな」
 めんどくさい、と、冷たく言われてクラウドは、愕然と凍りついた。
 「ちょ・・・元帥?
 元帥、大丈夫ですか?」
 驚くアレンの声も聞こえないのか、クラウドは細かく震えている。
 「こ・・・これが反抗期と言うものか?!
 こんなに小さいうちから反抗期なのか?!」
 「イヤ、それを言うなら万年反抗期ですよね、神田って」
 いつもはクラウドが無理矢理従わせているだけで、神田が彼女の過干渉を素直に受け入れたことなど一度もないと指摘するアレンの声は、完全に無視された。
 その上、クラウドの記憶は自分勝手に改竄されているらしい。
 気遣わしげに寄ってきた小猿を抱きしめて、大げさに嘆きだした。
 「なさぬ仲とは言え、こんなにも可愛がってきた私をめんどくさいだなんて・・・!
 ユウはいつの間にそんな冷たいことを言うようになったのだ・・・!」
 「え?!いつもじゃないですっけ・・・って、聞いてます?聞いてませんね?」
 きれいに無視されて、アレンの方こそ嘆きたくなる。
 と、
 「その・・・ごめんなさい」
 小さな声の詫びに、アレンが凍りついた。
 「・・・今、なんか聞こえた?」
 油の切れた鉄人形のような動きで視線を巡らせると、同じく凍りついたリナリーが凝然と神田を見つめている。
 「い・・・今の、神田が言ったのか・・・な・・・?」
 まさか、と、笑いそうになった彼女の笑みが、中途半端に止まった。
 「か・・・神田、それ、おいしい・・・?」
 「ん」
 リナリーにこくりと頷いた彼は、マヨネーズをたっぷりとつけたセロリのスティックをぽりぽりとかじっている。
 「匂いがやだって、絶対食べなかったのに・・・!」
 「ネギやワサビは平気なくせに、セロリがダメだってのが変なのよん。
 単なる食わず嫌いだったのねんv
 クスクスと笑って、ジェリーは小皿に少しずつ分けた料理を渡した。
 「これはどぉ?チーズ、食べられそう?」
 ほんわりと湯気を上げるグラタンを一口食べて、神田はこくりと頷く。
 「そv よかったv
 じゃあ、こっちは?
 唐辛子は控えめにしてるから、見た目ほど辛くはないのよんv
 そう言って彼女が差し出した麻婆茄子は、普段の彼なら『脂っこいものは嫌だ』とか、『せっかくの茄子の味が台無しだ』とか文句を言って近づけようともしなかったが、今は素直に口にした。
 「おいし?」
 「あぁ」
 頷いた途端、ジェリーが嬉しげな声をあげる。
 「ウフンv
 嬉しいわぁ、神田vv
 ようやく食わず嫌いを治すチャンスがきたわねぇんv
 きゃあきゃあと歓声を上げながら、次々に皿を出しては神田に構うジェリーを、クラウドだけでなくアレンまでもが不満げに見つめた。
 「なんだなんだ!
 ジェリーばっかりユウに構って!」
 「僕にも構ってください、僕にも!!」
 利害の一致した二人は無理矢理神田とジェリーの間に入り、引き離す。
 「さv
 続きはママがやるからなv
 クラウドは嬉しげにジェリーの手から皿を取り上げ、神田へ渡した。
 「後でママが焼いたアップルパイを出すから、ごはんはほどほどになv
 彼がこくりと頷くや、ジェリーが慌てる。
 「コラ!
 クラウドちゃんたら、せっかくアタシが改善しようとしてんのに・・・!」
 「いいじゃないですか!
 あんなワガママほっといて、イイコの僕に構ってくださいぃぃ!!」
 神田へ手を伸ばそうとするジェリーに抱きつき、アレンが泣き声を上げた。
 「うん・・・まぁ、アレンちゃんも構ってあげたんだけど、今は神田の食生活を改善するチャンスなのよねぇ・・・!」
 困惑するジェリーへ、クラウドが意地の悪い笑みを向ける。
 「その点は心配するな!
 このテーブルにある料理を少しずつ食べさせればいいのだろう?
 だったら私にもできる!」
 自信満々に言って、彼女は笑みを深めた。
 「だから、ジェリーはウォーカーにでも構っていろ」
 「そうです!構ってくださいー!!」
 リナリーの呆れ顔にも構わず、アレンはジェリーに抱きつく。
 「・・・しょうがないわねぇん。
 これじゃあ足りないでしょうから、アレンちゃんの分を作ってくるわねん。
 その間、ラビの介抱してあげて」
 「はぁい!」
 クラウドに倒されたまま、意識不明のラビに駆け寄るアレンへ、ついて行こうとしたリンクが呼び止められた。
 「監査官!
 そンな所にボーっと突っ立ってないで、私が作ったアップルパイを厨房から持って来い!」
 「は?!私は・・・!」
 反駁は、元帥のひと睨みで封じられる。
 「いいか、私が作ったものだぞ!
 他の料理人が作ったものじゃないぞ!」
 念を押されて、リンクはため息と共に頷いた。
 「私は・・・」
 ラビの介抱を手伝うか、自作のケーキを取りに行くか迷ったリナリーは、結局厨房に向かうリンクの後ろについて行く。
 「さぁ、ユウはママのアップルパイを気に入るだろうかv
 リナリーのよりはおいしいと思うのだがv
 「ひどっ!」
 クラウドの言葉にぷくっと頬を膨らませて、リナリーはアップルパイの隣に自作のパウンドケーキを置いた。
 「そりゃ・・・元帥のに比べて見た目は・・・いまいちかもだけど、おいしいもん!」
 ぶつぶつとぼやいたリナリーは、神田が用意された何種類もの料理をそろそろ食べ終わりそうだと見て、ティーポットに茶葉を入れる。
 「お茶入れるね」
 「気が利くじゃないか」
 くすりと笑ったクラウドは、既にアレンのもとでラビの介抱を手伝っている・・・と言うよりは、介抱に飽きたアレンに放り出されたラビの保護をしているリンクを見遣った。
 「お茶も入れてくれればいいのに!」
 聞こえよがしに言ってやると、彼はきりっと振り返る。
 「私は元帥の執事ではありません!」
 「お前みたいな物騒な執事などいるか。給仕だ給仕!」
 意地悪く言い返したクラウドは、神田に向き直るや途端に顔を蕩かせた。
 「もういいのか?
 ほかに食べたいものはないのか?」
 一通り食べ終わってフォークを置いた神田の顔を覗き込むと、彼はこくりと頷く。
 「どれもうまかったけど・・・もういい。
 元帥のとリナリーのが食べられなくなるから」
 「ユウ・・・!」
 「神田・・・!」
 可愛い子供の気遣いに、クラウドだけでなくリナリーまでもがほだされた。
 「じゃあまずは私の!
 私のパイをお食べ、ユウv
 リナリーよりも先に我に返ったクラウドが、切り分けたパイを皿に載せる。
 「あんまり甘くならないように、だけどおいしくとろとろになるように、随分煮込んだんだぞv
 さくりと音を立ててフォークに突き刺したパイを、クラウドは嬉しげに差し出した。
 「はい、あーんv
 「あむっ」
 素直に口にした彼が、さくさくと音を立てて食べるさまを、クラウドはわくわくと見つめる。
 「どうだ?おいしいか?」
 やや不安げに問うと、彼はこくりと頷いた。
 「そうかv
 もっとお食べv
 「あぁー!次はリナリーだよぉ!!」
 クラウドと同じく切り分けたパウンドケーキをフォークに刺したリナリーが、神田へ差し出す。
 「はい、あーんしてv
 「あんっ」
 普段なら絶対にやってくれないことをほとんど疑問にも思わずやってくれる神田が可愛くて、リナリーの頬が紅潮した。
 「おいしい?!
 ジェリーに教わったから、味は問題ないと思うんだけど・・・どうかな?!」
 ドキドキと鼓動を跳ねさせながら問うと、神田はこくりと頷く。
 「美味いと思う」
 「やったーvvvv
 リナリーの歓声に、何事かと食堂中の目が集まった。
 「元帥!
 これ楽しいvv 楽しいですねvv
 ようやくクラウドの気持ちがわかったと言うリナリーに頷き、彼女は神田を抱き寄せる。
 「ユウは私の娘だからな!」
 「だから娘じゃないっつってん・・・!」
 「さぁv
 もっとママのパイをお食べv
 問答無用で口を塞ぎ、もくもくと動く頬に頬を摺り寄せた。
 「可愛いなぁ、ユウvv
 「あー!元帥、ずるい!
 リナリーもぉ!!」
 目撃したアレンが悲鳴をあげても構わず、リナリーは神田の頬に頬を摺り寄せる。
 「うふふv
 ねぇ、次はリナリーの食べてv
 どっちがおいしい?」
 「どっちって・・・」
 どちらを選んでも揉めそうだと、警戒する神田が子供らしくもなく言葉を濁した。
 その時、
 「あ・・・んた・・・たちぃ・・・・・・!!!!」
 地獄の底から湧きあがって来たような、呪わしい声があがる。
 「よく・・・も・・・・・・あたしを差し置いてぇっ!!」
 ラウに潰されかけて意識を失っていたエミリアが、とうとう目を覚ました。
 「ちっ!まだ寝ててよかったんだぞ!」
 「あんな大声で騒がれて、寝てられるわけないでしょっ!!」
 バンバンとテーブルを叩きながら怒鳴るエミリアに舌打ちしたクラウドは、じっとりとリナリーを睨む。
 「お・・・大声をあげたのは私だけじゃない・・・よ・・・?」
 ねぇ?と、同意を求めて見遣ったアレンは、ぱんぱんに頬を膨らませていた。
 「・・・私のせいでした」
 ごめんなさい、と謝るリナリーを押しのけ、エミリアが神田に迫る。
 「あたしの!
 あたしのケーキが一番おいしいわよ!
 ぜひ食べてみて!ね!」
 凄まじい形相で迫られて、驚いた神田が気を飲まれて頷いた。
 「よしv
 じゃあ早速・・・!」
 と、自作のケーキを取りに行こうとしたエミリアは、ここを離れれば神田をクラウドに攫われるかもしれないと気づいて凍りつく。
 「どうした?さっさと取りに行け」
 意地悪く言うクラウドが、まさに攫う気満々の顔で笑った。
 「く・・・!」
 身動きが取れなくなったエミリアは、辺りを睥睨した目をリンクの背で留める。
 「監査官!
 厨房からあたしのケーキ持って来て!
 間違えちゃダメよ!あたしのよ!!」
 またも使い走りを命じられたリンクが、うんざりとした顔で振り返った。
 「私はあなたの執事では・・・」
 「持・っ・て・き・て!」
 「はい・・・!」
 反駁を許さない迫力で命じられて、リンクが思わず頷く。
 「ちっ!
 断ればいいのに気を飲まれおって・・・根性なしが!」
 酷い言われようだがクラウドにも反駁することができず、リンクは悲しげに肩をすくめて手にしたプティフールの皿をテーブルに置いた。
 「これで・・・」
 「えぇ!あたしが作ったプティフールよ、ありがと!」
 もう行っていい、と、ぞんざいに手を振られてムッとしたものの、何も言えずにリンクはその場を離れる。
 その騒ぎに紛れて、アレンもリナリーの手を引き、その場から離れた。
 「ちょっとアレン君・・・!」
 「嫁姑戦争の傍になんかいたら危ないですって!
 どんな目に遭うか、わかったもんじゃないですよ!」
 不満げなリナリーを無理矢理説得して、やや離れたテーブルから様子を窺っていると、アレンへの料理を持ってジェリーも戻ってくる。
 「あの子、起きたのねぇ・・・」
 危ないから近寄るのはよそうと、苦笑した彼女にアレンの機嫌もよくなった。
 ―――― そんな彼らの目の前で、熾烈な嫁姑戦争は繰り広げられている。
 「はい、あーんv
 「あんっ!」
 美しくデコレーションされたプティフールを食べた神田に、エミリアの顔がとろとろと蕩けた。
 「どう?おいしい?」
 わくわくと問うと、神田はこくりと頷く。
 「・・・色んな味があるんだな」
 一口サイズのケーキは、クリームの種類も乗っているフルーツも様々で、彩りも味も申し分なかった。
 「いいでしょ、これv
 プティフールって言って、フランスのお菓子なのよv
 アメリカの大味なパイや、素人のパウンドケーキなんかより全然手が込んでるんだから!」
 「この・・・っ!」
 「なんか言った!!」
 こぶしを握ったクラウドの背後でリナリーが声をあげるが、アレンとジェリーから止められる。
 「今のエミリアさんに逆らっちゃいけません」
 「いくらアンタでも、怪我するわよぉ」
 「それに、素人のケーキだという評価は本当ではありませんか」
 リンクにまで口を出されて、リナリーはぱんぱんに頬を膨らませた。
 それでも何か一言言ってやりたいと、睨みつける目の前でエミリアはタルトのプティフールを差し出す。
 「はい、もう一つどうぞv あーんv
 サクッとしたタルト生地をかじると、二層になったカスタードクリームと生クリームが交じり合ってなんとも・・・
 「マズッ!」
 声をあげ、神田は顔をくしゃくしゃにして吐き出した。
 「えぇっ?!なんで?!」
 「ほほほv ざまぁみろv
 高笑いしてエミリアを押しのけたクラウドが、シナモンの香りを振りまきつつアップルパイを差し出す。
 「さv
 口直しをおし、ユウv
 「いらねぇ!」
 ついさっきまでおいしそうに食べていたそれを乱暴に押しのけた神田は、自分で濃い緑茶を淹れて、こくこくと飲み干した。
 「・・・まだ口の中が甘い。気持ち悪ぃ」
 ぶつぶつと言いながら椅子を降りた彼の手を、クラウドとエミリアがそれぞれに掴む。
 「どうしたんだ、ユウ!
 さっきまでおいしそうに食べていたじゃないか!」
 「あたしのだって、タルトより甘いチョコレートのプティフールを先に食べてたでしょう?!」
 まずいはずはないと、焦る彼女達をうるさげに振り払った彼の手は、もう小さくはなかった。
 「・・・頭がぼーっとする。
 お前ら、俺の意識がない間になにしてくれたんだ?」
 「ユ・・・!」
 「ダーリン・・・!」
 薬の効力が失せ、いつもの姿に戻った神田が、長い髪をふるりと振る。
 「おい、リナ!髪紐!」
 「命令しないでよ!」
 とは言いつつもリナリーは、ポケットからリボンを取り出した。
 「これしかないよ?」
 意地悪く笑って、幅広のリボンを渡すと、彼は見事なレースをものともせずに無造作にねじり、紐状にして髪を留める。
 「ちょっとー!!!!
 乙女の憧れリボンになんてことすんのー!!」
 「あ?
 文句言うんだったら最初から、紐よこせよ」
 「うきゃー!!なにその言いぐさー!!」
 きゃんきゃんと吠え立てるリナリーの声を呆然と聞いていたクラウドが、不意に光る目で食堂内の白衣を捉えた。
 その隣ではエミリアも、背後を通過しようとした白衣の裾を掴んでいる。
 誰も逆らえない二人に捕まった彼らは次の瞬間、食堂を飛び出し、手に薬瓶を持って戻って来た。
 「ユウ・・・!」
 「ダーリン・・・!」
 リナリーと騒いでいた神田の背に、女達の冷え冷えとした声がかかり、両肩をそれぞれの手でがしりと掴まれる。
 「・・・もう一度、子供になるがいいv
 そして続きを、と迫る彼女達に鼻をつままれ、顎を掴まれて・・・彼の喉に、その薬が流し込まれた。


Fin.


 










2013年神田さんお誕生日SSでした!
これは、リクエストNo.91『体と記憶が退行した神田』を使ってますよv
公式情報によると神田さんご幼少のみぎり、ジェリーに初めて食べさせてもらった蕎麦が気に入ってそれ以来蕎麦ばっかり、って話だったんで、姐さん的には『食育間違えた・・・』って後悔している面もあるんじゃないかと思って書いて見ました(笑)
なので、まだ何でも食べられる時期ってことで、これでもかとスイーツを(笑)
TOP絵のお菓子まみれはこういうネタでしたよっと。
そして、ラストのリボンのシーンは、以前りえるさんが書いてたのを参照させてもらいました(笑)
乙女の憧れも、神田さんにかかると台無しである。












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