† cats and dogs †







 夏の盛りのある日。
 談話室の前を通りかかったラビは、夜も更けてようやく涼しい風の吹き寄せるようになった窓辺に弾ける笑声に足を止めた。
 「なんさ?」
 興味を引かれて入って行くと、何かの雑誌を挟んでリナリーとミランダが頬を染めている。
 「ラビ!見て見て!!かっわいいの!!」
 「わんこもいいですけど、仔猫ってこんなに可愛いんですねぇ・・・v
 リナリーが差し出した雑誌をめくったラビも、笑みを浮かべて頷いた。
 「キャットショーの上位入賞猫かぁ・・・美人揃いのはずさねv
 「この!優勝したブリティッシュショートヘアって、イングランドの猫なんでしょ?
 なんだかアレン君みたいだねぇv
 白いし、と、写真を差したリナリーに、ラビは小首を傾げる。
 モノクロの写真は、白と黒以外の色の判別が難しかったが、詳細説明の欄には確かに、毛色が白と書いてあった。
 「ふぅん・・・。
 ここ数年の優勝猫は、ブリティッシュショートヘアでも毛色がブルーの子が多かったンけど、今年は白なんさね」
 よほど毛艶がよかったのかと、不思議そうなラビにミランダが感心する。
 「キャットショーの優勝猫まで覚えているなんて、さすがラビ君ねぇ・・・」
 「ま、猫は嫌いじゃねーし?」
 クスクスと笑って、雑誌を一通り見終わったラビはそれをリナリーへ返した。
 「ブリティッシュショートヘアがイングランドの猫ってのは間違いじゃねぇけど、アレンみたいってのはどうかねぇ。
 この猫は、頭がいい上に温厚でのんびりやさ。
 あの気性が荒いアレンにそっくりってのは・・・まぁ、甘えん坊ってのは当たってっかな?」
 「・・・誰が・・・気性が荒い甘えん坊ですって?」
 「ひっ?!」
 突然背後に湧き上がった声に、ラビが顔を引き攣らせる。
 「ア・・・アレンさん、いたのね・・・!」
 「なんか話してるのが聞こえたんで!」
 聞きつけて入ってきたと言うアレンは、ラビの首に回した腕で締め上げつつ、リナリーに小首を傾げた。
 「僕はブリティッシュショートヘアって言うより、ミックスだと思いますよ。
 逞しくてしぶといもん」
 「じ・・・自分で言うのね・・・」
 苦笑するミランダに、アレンはにこりと笑う。
 「ラビは?
 やっぱりミックス?」
 問われてミランダは、雑誌をめくった。
 「ラビ君は・・・メインクーンかしら?
 赤毛だし、身体大きいし」
 「おぉv ジェントルジャイアントv
 賢くて遊び好きな子に例えてくれるなんて、さすがミランダはセンスがいいさーv
 肩越し、にんまりと笑いかけてくるラビにムッとしたアレンは、更にぎゅうぎゅうと締め上げる。
 「ラビなんてミックスで十分だよっ!」
 「そりゃ俺、混血だけど・・・っておい!絞めすぎ!いい加減放すさ!!」
 ぎゃあぎゃあと喚きあう二人の背後から、ちらちらとミランダを窺う目があった。
 その、もの言いたげな視線に気づいて、ミランダはにこりと笑いかける。
 「ハワードさんは、猫というより犬ですよねぇ。
 器用で忠実できれいな・・・ゴールデンレトリバーかしらv
 「こっ・・・光栄です・・・!」
 頬を紅潮させて喜ぶ様が、まさに尻尾を振る犬のようで、アレンとラビは同時に舌打ちした。
 「レトリバーって、大型犬ですよねぇ?
 僕より背が低いのに大型犬?」
 「チワワで十分さね」
 「よく吠えるしね!」
 「あなた達は・・・っ!」
 リナリーまで加わっての暴言に、リンクが拳を震わせる。
 だが、
 「チワワはむしろ、私かも・・・。
 いつも怯えてて、ごめんなさい・・・!」
 ミランダに飛び火した途端、三人は慌てて首を振った。
 「ラビが失礼なことを、ミランダさんっ!」
 「えぇっ?!俺さ?!」
 「そんなつもりはなかったんだよ!!」
 「お・・・俺だってそんなつもりはなかったさ!」
 必死に取り繕おうとする彼らへ、リンクが冷たく鼻を鳴らす。
 「余計なことを言うからですよ。
 マンマはそう・・・優雅で気品溢れるボルゾイなど・・・」
 「あーあれ、ヤギにしか見えないよね!
 ボク、あれを初めて見た時、なんで家の中でヤギ飼ってるんだろうと思ったよ!」
 にょきっと、いきなり背後から顔を出したコムイに驚き、リンクが飛び退った。
 「し・・・室長!
 なぜここに?!」
 「なぜって・・・リナリー達が、猫の本があったら貸してってさっき、連絡して来たからさー。
 休憩ついでにボクが届けに来たんだよ!」
 言いつつも、ぴちぴちと目を泳がせるコムイが執務室から逃げてきたことは明らかだ。
 案の定、呆れ顔のリナリーが肩をすくめて首を振った。
 「私、猫の本を持ってたら貸して欲しいから用意してて、とは言ったけど、持って来てなんて言ってないよ?」
 「アレー?そうなのー?
 でもホラ、可愛いリナリーが『貸してv』なんて言ったら、お兄ちゃんとしては届けてあげたい気持ちがさーv
 と、サボりたい気持ちでいっぱいのコムイが、すりすりとリナリーに擦り寄る。
 「それより何の話?ヤギがどうしたの?」
 何か言おうとするリナリーを遮って、コムイが雑誌を覗き込んだ。
 「いえ・・・ヤギだなんて一言も言ってませんよ」
 「ボルゾイは犬ですし・・・」
 リンクとミランダの二人からじっとりと睨まれて、コムイはわざとらしく雑誌をめくる。
 「猫の品評会かーv
 今ってあれでしょ?
 絶賛大英帝国バンザイ中だから、国産ブリティッシュショートヘアしか入賞しないんでしょ?
 あからさまだよねー」
 言いにくいことをはっきりと言うコムイから、アレンが気まずげに目をそらした。
 「イヤその・・・確かにナショナリズム真っ最中ですけど、猫までそんな・・・」
 ことはない、と言おうとしたアレンを、ラビが遮る。
 「イヤイヤ、ここ数年、ブリティッシュショートヘアばっか入賞してんのはそういうことさね。
 でも、ずっとブルーが入賞してたのに今年は白だし・・・2位はアメリカのメインクーンだもんな。
 ちょっとは薄らいだんかな、って見てたトコ」
 「そんな見方してたんだ・・・」
 ラビの穿った見方にリナリーが呆れた。
 「可愛いなって見てただけなんだけど・・・なんか、そういうこと言われちゃうと・・・ねぇ?」
 「えぇ・・・途端に悲しくなってしまいましたね・・・」
 リナリーに水を向けられたミランダも肩を落として、コムイの持つ雑誌からも本からも目を逸らす。
 「・・・ちょっとは空気読みましょうよ、コムイさん」
 「えー・・・ボクのせい?」
 アレンの非難めいた囁きにコムイが肩をすくめ、リナリーとミランダに苦笑した。
 「みんな知ってることだと思ってたからさー・・・ゴメンネ?」
 改めて二人の間に本を置き、コムイはひょいっとアレンの首根っこを掴む。
 「お詫びに、可愛いにゃんこをプレゼントするからさv
 ちょっと待っててよv
 「は?!コムイさん、何すんのっ?!」
 慌てたアレンがじたじたと暴れるが、コムイはお構いなしに彼を小脇に抱えた。
 「明日を楽しみにしててねーンv
 「イヤアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
 一瞬で駆け去ったコムイに抱えられたアレンの悲鳴が長く尾を引く。
 「・・・なにが・・・起こるんさ・・・?」
 うっかり見送ってしまったラビの問いに、答えられる者は誰もなかった。


 ―――― 翌朝。
 やや遅い目覚めの後に身支度を整え、あくびしながらドアを開けたラビは、子供らしき小さな生き物を弾き飛ばしてしまって慌てた。
 「あ!悪ィ!ティモシーさ?!」
 廊下に転がった子供に声をかけて・・・怒りと共に飛び起きた彼に、唖然とする。
 「なん・・・っさこりゃ?」
 ラビに掴みかかり、にゃーにゃーと猫のような声をあげながら懸命に怒っている彼はいつもより背丈も縮んで子供のようだった。
 しかも、
 「猫耳・・・は、付け耳か。あーびっくりした」
 ふかふかの耳は引っ張ると簡単に外れて、ラビはほんの少し、冷静さを取り戻す。
 「どしたんさ、アレン?
 コムイになにされたんさ?」
 にゃーにゃーとしか言わない彼の前にしゃがみこみ、目線を合わせるが、アレンは人語を忘れてしまったかのように鳴くだけだった。
 「にゃーにゃー言われてもわからんさね。
 なにが・・・って、あぁ。あん時の薬盛られちまったんか?」
 旧教団本部から引っ越す際に、ブックマンとリナリーが浴びてしまった怪しい薬のことを思い出して問うと、アレンは彼の言葉を理解できたのか、コクコクと頷く。
 「そっか。だったらちょっと待ってるさ」
 そう言って、部屋に戻ったラビがイヤーマフ付の猫耳を装着して戻って来た。
 「コレ、ジジィが中々人語話せるようにならんかったから、意思疎通用に作ってもらった翻訳機さ。
 夏にイヤーマフは暑いんけどね」
 それで、と、ラビは小さくなったアレンを見下ろす。
 「なんて言ってんさ?」
 耳を傾けると、アレンは癇癪を起こしたようにラビを揺さぶりながらまた鳴きだした。
 『ラビのバーカ!アーホ!!
 早く解毒剤持って来いってゆってるでしょぉ!!
 下僕は下僕らしく言うこと聞きなさい!!』
 「誰が下僕さ!」
 あまりの無礼に思わずポカッと叩くと、小さなアレンは頭を抱えてうずくまる。
 「あ!わり!
 ついいつもの調子でやっちまったさ・・・!」
 気遣わしげにアレンの頭上にしゃがみこんだ途端、
 「にゃあ!!」
 「ぎゃふっ!!」
 弾け飛んだアレンの頭突きをまともに受けて、ラビは背後に転がった。
 「て・・・てんめぇ・・・!!」
 ぴょこんと起き上がり、アレンの頬を思いっきり引き伸ばす。
 「なにすんさー!!!!」
 「にゃああああああああああああああああ!!!!」
 「うっさいわい!!!!」
 怒号一閃、もみ合う二人は強烈な蹴りを受けて廊下に転がり出た。
 「なんじゃさっきからぎゃあぎゃあと!
 老人の心地よい眠りを邪魔するでないわ!!」
 寝起きで機嫌の悪いブックマンの怒号を再び受けて、二人は反射的に正座し、うな垂れる。
 「だ・・・だってジジィ、アレンがさー・・・」
 「にゃあ!にゃあにゃあにゃ!!」
 人語を話せないために、懸命に身振りで説明しようとするアレンに、ブックマンの冷静な視線が刺さった。
 「にゃあ・・・」
 アレンの声が怯えたようにすぼまり、上目遣いにブックマンの顔色を窺う。
 と、彼は一つ息をついて部屋に戻り、ラビと同じくイヤーマフ付の猫耳を装着して戻って来た。
 「いい機会だ。
 この翻訳機がなくとも猫語を解するようにでもなってみようかの」
 「どこで役に立つんさ、そんなの・・・」
 呆れ顔のラビは次の瞬間、廊下の端にまで蹴飛ばされる。
 「馬鹿者!!
 ブックマンたるもの、全ての経験が糧となるのだ!
 この生において無駄なことなど一つもない!!」
 その、あまりに深い言葉にアレンは思わず拍手した。
 『さすがです、ブックマン!勉強になります!』
 「ほう・・・」
 率直な誉め言葉を受けて、ブックマンは感心したように頷く。
 『おぬしの方が、我が弟子より見所があるな』
 その言葉・・・にゃあにゃあと猫のような鳴き声で発せられた言葉に、アレンは瞬いて耳を掻いた。
 聞き間違いかと思ったが、
 『私とてあの時、無為に過ごしていたわけではない。
 多少は学んでおる』
 再びにゃあにゃあと発せられた言葉に唖然とし、アレンはまたぱちぱちと拍手する。
 『やっぱり、ブックマンは普通の人とは違いますね・・・!』
 ピンチをもチャンスに変えてしまうバイタリティは、とても常人のものとは思えなかった。
 ひたすら感心するアレンにちらりと笑い、ブックマンは廊下の端に転がる弟子の姿に軽く吐息する。
 『ところで・・・』
 声を潜めたブックマンに、アレンが耳を寄せた。
 『おぬしから見て、正直、私の弟子はどうなのかの?』
 『ラビですか?』
 ブックマンが人に・・・それも、自分に意見を求めることが意外で、アレンは瞬く。
 と、やや気まずげにブックマンは首をすくめた。
 『私はあれを・・・厳しく躾けておるつもりだが、やはり血族だ。
 どうにも甘く見ておるのではないのかと、最近気になってな。
 やはり甘やかしすぎであろうか』
 ・・・ブックマンの苛烈極まりない教育の様を見て、『甘やかしすぎ』などと思えるわけがない。
 思わず無言になってしまったアレンは、廊下の端で伸びるラビをそっと窺った後、ブックマンに視線を戻して小首を傾げた。
 『甘やかしてはいない、と思います。
 でも・・・』
 苦笑するアレンにブックマンがやや、身を乗り出す。
 その様に、アレンは決然と頷いた。
 『とんだ間抜けですね!
 本当にあんなのが後継者でいいんですか?
 このままじゃせっかくのブックマンの系譜が途絶えま・・・にゃんっ!!』
 一瞬で迫ったラビのげんこつで、アレンの口は無理矢理封じられる。
 『にゃにふんのっ!舌かんりゃった!!』
 にゃあにゃあと抗議するアレンにラビは、鼻を鳴らした。
 「勝手なこと言ってんじゃないさ!
 俺だって・・・がんばってるっつーの!」
 気まずげに目を逸らし、声を詰まらせながらではいまいちしまらない。
 『やれやれだの・・・』
 もっと厳しくすべきかと、ブックマンは深々とため息をついた。


 「そんで?解毒剤?
 どっかに隠されてるんか?」
 回廊を科学班へ向かいながら、傍らを小走りについてくるアレンに問うと、彼はあいまいに首を傾げる。
 「なんさ?」
 『たぶん・・・あるはずなんですけど、コムイさんのことだから全部廃棄してるかも・・・』
 「・・・あり得るさね」
 いざとなれば製薬のレシピなど、あの優秀な頭脳からいくらでも引き出せるのだ。
 現物は処分して、アレンの手に渡すことはしないだろう。
 「ヤレヤレ・・・思い付きでよくもまぁ、こんな嫌がらせしてくれるもんさ」
 そしてそのとばっちりを受けるのが高確率で自分だということに納得がいかなかった。
 「・・・そうさ、犠牲の山羊は俺の他にもいるじゃないさ。
 リンクはどしたん?」
 『リンクは・・・』
 口を濁したアレンは、いつもより時間をかけてようやく到着した科学班のドアの端から、そっと中を窺う。
 『まだあそこにいるよ』
 「・・・・・・なにしてんさ、あいつ?」
 アレンの指した先を目でたどると、書類でいっぱいの仮眠用ソファの上に、やはり子供のように縮んでしまったリンクがころんと寝転がっていた。
 『起きないんだよね・・・一緒にこのカッコになっちゃってから』
 さすがのアレンが、気遣わしげに小首を傾げる。
 「本当に寝子になっちまったってワケかい」
 呆れてラビが、アレンを見下ろした。
 「他に被害者は?」
 『僕らだけだよ。
 コムイさんの実験室に連れ込まれた僕の後について来たリンクが、巻き添え食っちゃったんだ』
 「仕事とは言え、気の毒なこった」
 肩をすくめたラビは、科学班の奥の扉を見遣る。
 「コムイは中さ?」
 『うん・・・ブリジットさんが、僕たちで遊んでたコムイさんの首根っこ引っつかんで、引きずってったんだ。
 それから出て来なくて・・・』
 おかげで科学班内で解毒剤を探すことは出来たものの、遠慮なく引っ掻き回しすぎて放り出されたと、アレンはうな垂れた。
 「そんで俺んトコに来たってワケかい」
 その上、こんな隅で中の様子を恐々と窺うことしかできないのだろう。
 「そんなん、リーバーにでも事情を説明すれば・・・って、そか。
 言葉通じないんか」
 そのことに思い至って、ラビは科学班の中にリーバーの姿を探した。
 が、彼はうずたかく積まれた書類の壁に囲まれて、とても話を聞いてくれそうにはない。
 何度か声をかけても壁に弾き返され、完全に無視されたラビは他を探した。
 と、ちょうど朝食から戻ったメンバー達の中で、ジジがラビを指差して笑う。
 「なにやってんだ、その耳!
 流行ってんのか?」
 「ジジ!」
 からかうように言った彼に駆け寄り、ラビはアレンも手招いた。
 「こいつ、コムイに猫にされちまったんさね!
 解毒剤くれ!」
 「あ?ねこ?」
 訝しげに言って、ジジはラビが抱き上げたアレンの猫耳を引っ張る。
 「つけ耳じゃねぇか」
 「いや、それじゃなくてさ・・・」
 「にゃあにゃあにゃあ!!」
 ラビの話を補足するようにアレンが鳴き声を上げると、ジジは訝しげに首を傾げた。
 「なんなんだお前。
 さっきもずっと猫の真似しながら部屋中を引っ掻き回すから放り出したのに、まだやってんのか」
 流行ってるのか?と、また言う彼に、ラビは苦笑して首を振る。
 「だから、猫になっちまったんだって。
 ジジはあん時まだいなかったから知んねーだろうけど、引越しの時に妙な薬浴びたウチのジジィとリナが猫の鳴き声しか出せなくなっちまったことがあんだよな。
 多分その薬をコムイが面白がって盛ったんだろうケド、解毒剤は見つからねーし、コムイは缶詰だし。
 なんとかしてくんね?」
 その説明でようやく納得が行ったジジが笑って肩をすくめた。
 「困った時に頼るのは兄ちゃんってワケか。
 普段生意気ばっか言ってるくせにな!」
 ぐりぐりとアレンの頭をかき回してやると、彼は不満げに頬を膨らませたものの、反論はない。
 ・・・もっとも、反論のしようもないのだが。
 「監査官も、子供になったと思ったらひたすら寝てるしな。
 あれも寝子ってワケかい」
 ラビと同じことを言って笑ったジジが、アレンの頭を撫でた。
 「すぐには無理だけどよ、暇を見つけて作ってやるよ、解毒剤。
 せっかくの戦力を無駄にするわけにもいかんしな」
 「そうさ・・・。
 いたずらで戦力殺ぐなんて、無茶にも程があるさね、コムイのヤツ」
 改めてそのことに気づき、ラビがため息を漏らす。
 「よろしくさー・・・」
 「あぁ。
 じゃあアレン、お前が盛られたって薬はどこにあるんだ?
 まずはその成分を調べないとな」
 「にゃあ!にゃあにゃあ!!」
 「あ?何言ってんだ?」
 大きく頷き、懸命に訴えるものの、その声は猫の鳴き声にしか聞こえず、ジジは困惑した。
 と、
 「地下の実験室、コムイがいつもこっそり使ってる所でやられたってさ」
 ラビの通訳に、ジジは目を丸くする。
 「もしかして・・・その耳か?」
 「そ。
 これが翻訳機」
 イヤーマフを指して、ラビが頷いた。
 「猫耳は余計な飾りだと思うけどさ」
 「へー・・・」
 感心したジジが、アレンから取り上げた猫耳をつける。
 「おい、なんかゆってみ」
 『だから!
 あの実験室にまだ残ってるはずですから!
 早く解毒剤〜〜〜〜!!!!』
 にゃあにゃあと激しく鳴くアレンの声が見事に翻訳されて、ジジは嬉しげに笑った。
 「おもしれーv
 アレン、お前しばらくこのまま・・・」
 『戦力が減るってゆったのジジじゃん!!!!』
 至極当然のことを指摘されて、ジジは気まずげに目を逸らす。
 「ヘイヘイ・・・じゃ、実験室行ってくっか」
 『早くー!!!!』
 ラビの腕の中でじたじたと暴れるアレンの頭をもう一度撫でてジジは、たった今帰って来たばかりの科学班をまた出て行った。
 「あれ?!ジジどこ行ったの?!」
 「あいつ、実験結果の報告今日までだって吼えてたのに!」
 彼の不在にいち早く気づいたキャッシュとジョニーにラビが、簡単に事情を説明すると、二人は呆れ顔で肩をすくめる。
 「なんでこの忙しい時に仕事増やすかなぁ、室長・・・」
 「まぁ・・・おかげで今、お仕置き中みたいだけどね」
 昨夜から出て来ない、と、二人は執務室のドアを見遣った。
 「室長の仕事が片付いてる証拠に、班長の仕事が半分くらいに減ってるしね。いいことだよ」
 「あれで・・・半分に減ったんか・・・」
 キャッシュの視線の先を追って、ラビは声を詰まらせる。
 リーバーを囲む壁はなお厚く、尋常の仕事量ではないように見えた。
 「相変わらず、ハードワークさね」
 「だから、あれでも減ったんだってば」
 「ミス・フェイ様様だよ」
 執務室へ向かって大仰に祈るジョニーにラビが笑い出す。
 「確かに、おかげであいつのくだらねぇいたずらも減って平和さね。
 たまーに、こんな被害が出てっけど」
 しかし主な被害はアレンが引き受けてくれるため、彼が直接迷惑をこうむることも少なくなった。
 「平和って素敵さv
 『僕も平和にして欲しい!!』
 にゃあにゃあと鳴くアレンに、キャッシュが眉根を寄せる。
 「ほんとに猫の鳴き声しかできないの?
 あたしらの言うことはわかるワケ?」
 興味津々のキャッシュに、ジョニーが苦笑した。
 「アレン、可哀想にな。
 引越しした時の猫薬って・・・リナリーが浴びちゃったから室長が激怒して処分したはずなんだけど、取ってたんだね」
 あの人らしいと、ジョニーが肩をすくめる。
 「まぁ、もうじきジジが解毒薬作ってくれるよ」
 それまでは我慢しろと言われて、アレンは頬を膨らませた。


 その頃、アレンの期待を一身に受けてコムイの実験室に入ったジジは、分厚い手袋に覆われた手で、床に転がった薬瓶を取り上げた。
 「これだろうな、多分」
 お楽しみの最中をブリジットに見つかり、強制連行されたというから、片付ける間もなかったらしい。
 「ガスマスクしててよかったぜ」
 気化した薬品が部屋中に漂っているかもしれないという用心からだったが、どうやら当たっていたようだ。
 「誰かがうかつに入ってこないように、消毒終わるまで封鎖しとくか」
 「何かあったの?」
 「のわっ?!」
 突然声をかけられて、実は不法侵入以外の何ものでもないジジが飛び上がる。
 「なんでおま・・・リナ・・・!」
 大慌てするジジにリナリーは、にんまりと笑った。
 「ジジがすごいカッコして兄さんの実験室に入って行くのが見えたから、来て見たの。
 何かあったんでしょ?」
 そうでなければジジがコムイの実験室になんか入るはずがないと、妙に確信を持って指摘され、彼は更に慌てる。
 「べっ・・・別になんでもないぞ?!俺はただ・・・!」
 頼まれて、と、口の中でもごもごと言った言葉はガスマスクに阻まれて外には出て行かなかった。
 それをどう受け取ったのか、ジジの背中越しにリナリーは部屋の中を窺う。
 「兄さんが昨日、アレン君を攫って行っちゃったんだけど・・・今、どこにいるのかな?
 アレン君が任務のない朝に、食堂にいないなんて初めてだよ」
 「あ・・・朝飯どころじゃなかったんじゃねぇかな」
 これ以上部屋に入るなと、大きな身体を張るジジに、リナリーが頬を膨らませた。
 「なに隠してんのっ!」
 「なんも隠して・・・おい!!!!」
 行く手を阻む腕をすり抜け、リナリーが実験室に入る。
 争った後か、器具が散乱している部屋は妙な臭いがして・・・
 「にゃふんっ!!」
 くしゃみしたリナリーは、ジジを振り返った。
 「にゃあ。にゃあにゃあ」
 「・・・・・・・・・お前、なんでそんなに無茶なんだ」
 本当にエクソシストかと、ジジはリナリーの危機管理能力のなさに頭を抱える。
 「にゃ?にゃんっ!!」
 「ようやく気づいたか」
 自分が人語を話していないことに気づいたリナリーが、慌ててジジの持つ薬瓶を見た。
 「にゃああ・・・!」
 「お前な・・・一度目は災難でも、二度目は自業自得だぞ。
 俺は止めたからな」
 「にゃあ・・・・・・」
 しょんぼりと肩を落としたリナリーは、縋るような上目遣いでジジを見上げる。
 「・・・わかってるよ。
 アレンにも、解毒剤作ってくれって頼まれてんだ。
 お前の分も用意してやる」
 「にゃああああああvvvv
 すりすりと摺り寄せてくるリナリーの頭を撫でてやったジジは、それがいつもより低い場所にあることに気づいて呆れた。
 「なんてこった、縮みもするのか、コレ」
 「にゃあ・・・」
 そんなオプションはかつて、なかったはずだ。
 兄が再開発したのだろうと、リナリーは肩を落とした。
 「解毒剤作るには、時間が掛かるかもな」
 「にゃあ・・・」
 またも自業自得と言われ、リナリーはしょんぼりと頷く。
 「まぁ・・・お前が浴びちまった以上、いざとなったら室長が作ってくれるだろうからさ、そう悲観せずに待ってろよ」
 「にゃ!」
 その言葉に希望を見出したリナリーは、大きく頷いた。


 部屋で着替えた後、ジジの情報に従って科学班にアレンを探しに来たリナリーは、ラビの操る猫じゃらしにじゃれついているアレンに駆け寄った。
 「にゃv
 「んげ。
 お前まで猫になっちまったんかよ・・・!」
 顔を引き攣らせるラビに頷き、リナリーは彼の手の中でパタパタと動く猫じゃらしを目で追う。
 はむっとアレンが捕まえても、するんっと指の間から出てくるふかふかの毛の動きが妙に魅力的で、リナリーは目をキラキラさせた。
 「お前も遊びたいんか?」
 「にゃっにゃあv
 ひょい、と猫じゃらしを向けると、リナリーが両手で掴む。
 「おぉ。さすが素早いさね」
 リナリーの手から抜き取った猫じゃらしをひょいひょいと振り続けていると、再びアレンも加わった。
 「・・・なにやってんだかな、俺」
 楽しそうな二人を前に、苦笑したラビが遠くジジの背中を見遣る。
 「解毒剤ができるまで、遊んでやらんといかんのかね」
 そろそろリンクみたいに寝てくれないものかと、ラビは猫じゃらしでアレンの鼻先をくすぐった。
 「にゃふんっ!!」
 「アレン〜。
 そろそろ眠くなったろ?眠れー眠れー♪」
 目の前でくるくると猫じゃらしを回すが、横からリナリーの邪魔が入った上に、アレンの瞼も落ちそうにない。
 「あーもー・・・そうさ!
 メシ行こう、メシ!
 食ったら眠くなるさね、きっと!」
 ラビが立ち上がると、アレンが嬉しそうについて来た。
 「にゃあ!」
 置いて行かれそうになったリナリーが不満げな声をあげてラビの背に飛び掛る。
 「ハイハイ・・・置いてかんから、背中引っかくのやめなサイ」
 リナリーをおんぶし、アレンを小脇に抱えたラビが食堂へ入ると、思惑通り、ジェリーが頬を染めてカウンターの中から出てきた。
 「ンマァvvvv
 アレンにゃんvv かんわいいーvvvv
 ラビから受け取ったアレンを抱っこして、ジェリーは頬を摺り寄せる。
 「ねぇねぇんvv
 ごはんはやっぱり、キャットフードがいいのん?」
 「イヤ・・・さすがにそこは、普通のメシでいいんじゃないさ?」
 「えー?猫ちゃんになったんじゃ・・・アラ、付け耳なのねん、コレ」
 あっさり取れた猫耳にがっかりするジェリーへ、ラビは苦笑して自分の猫耳を指した。
 「アレンとリナのはただの付け耳だけど、俺のは翻訳機な」
 「色んなもの作るわねぇん・・・」
 呆れ顔になったものの、すぐにジェリーは腕の中のアレンに微笑む。
 「じゃ、アタシも色んなもの作ってあげるわんv 何食べるぅ?」
 「にゃあ!にゃあにゃあにゃあ!にゃっにゃあにゃあ!!」
 ひたすら鳴いてメニューを並べているらしいアレンの言葉をしかし、ジェリーは理解できなかった。
 「えぇと・・・?
 字は書けるのん?」
 その手が!と、アレンは手を打つ。
 「ハイ、メモとペンv
 渡されたペンを握り、意気揚々と紙に書き付けた字は、見事にのたくっていた。
 「・・・・・・いつもはもっときれいに書けるのにねv
 がっくりとうな垂れるアレンを慰めるように言って、ジェリーはラビを見遣る。
 「翻訳してちょうだい」
 「あい・・・」
 字もだめだったのかと初めて知って、ラビは苦笑した。


 「それにしても・・・可愛いさね」
 フォークは握れるらしいアレンが一所懸命食べている様を見ていると、なんだか微笑ましくなってくる。
 「リナは、お茶だけでいいんか?」
 「にゃ」
 蜂蜜とミルクで甘くしたチャイを嬉しそうに飲むリナリーの頭を撫でて、ラビはテーブルに頬杖をついた。
 「なーんかいいさね、お前ら。楽しそうで」
 その言葉にアレンが不満げな顔を上げたものの、リナリーの顔を見るやこくりと頷く。
 「すぐに解毒剤も出来るだろうから、俺も猫になっちまおうかなー」
 そうしたらリンクみたいにずっと寝ていられると、呟いたラビが瞬いた。
 「そーだ。
 あいつまだ寝てんのかね?
 大丈夫なんか?」
 腰を浮かそうとする彼を、アレンが止める。
 『いいんですよ。
 リンク、ここ数日ずっと徹夜でたまった書類仕事片付けてたんです。
 そこだけは、コムイさんグッジョブでした』
 こんなハプニングでもなければ寝なかっただろうからと言うアレンに、リナリーが眉根を寄せた。
 『随分思いやりがあるんだね』
 『これでもイイコなんですよ、僕』
 クスクスと笑って、アレンはそれ以上の非難を防ぐ。
 『それより、仲間になりたいんならなっちゃえば、ラビ?
 不便だけど、ブックマンの弟子としてはいい経験なんじゃないですか?』
 ブックマンはこの苦境にあって猫の言葉を学習したくらいだからと言うアレンに、リナリーが目を丸くした。
 『もしかして、引越しのあの時?
 ブックマン、お勉強してたの?』
 あのパニック状況でそんなことができたのかと、唖然とするリナリーにアレンが頷く。
 『さすがですよねぇ。
 どっかの残念な弟子とは大違いですよ』
 「誰が残念な弟子さ誰が!」
 ぎゅむっとアレンの頬をつねったラビはしかし、すぐに手を離した。
 「ま、確かにコレつけたまんまだと、学習は難しいさね」
 と、猫耳型翻訳機を指す彼に、リナリーが目を丸くする。
 『本気?!』
 『冗談を真に受けるなんて、ホントに君、残念な弟子ですねぇ・・・』
 アレンもつねられた頬をさすりながら呆れるが、ラビは決然と席を立った。
 「ちょっとコムイんとこ行って来るさ!」
 『えぇー・・・』
 駆け去っていく背中を、リナリーが不安げに見送る。
 が、
 『大丈夫でしょ。
 ジジがもうすぐ、解毒剤作ってくれるんだし』
 リナリーよりもだいぶ暢気なアレンは、そう言っておいしいランチを頬張った。


 「コムイー!あのさー・・・っと、こんにちはさ、ミス・フェイ」
 執務室に入った途端、ブリジットにじろりと睨まれたラビは、厳格な補佐官へ慌てて会釈した。
 「ブックマンJr.、なにか有益な情報でもお持ちになったのですか?」
 そうでなければ出て行けと、口調の端々に滲ませるブリジットに、ラビは得意の愛想笑いをする。
 「仕事の邪魔なんかしないし、すぐ退散するさ!」
 両手をパタパタと振りながら素早くコムイのデスクに歩み寄り、リーバーのものよりも高い書類の壁に囲まれたコムイの肩を叩いた。
 「なんだよー・・・・・」
 くっきりとクマの浮いた目で睨まれたラビは、にこりと笑って手を差し出す。
 「昨日、アレン達に使った薬、俺にもちょーだいさv
 「は・・・?
 ナニ言ってんの、キミ?暑さで脳が溶けたの?」
 さすがに驚いた風のコムイに、ラビは首を振った。
 「アレンとリンクが暢気そうなの見てさー、俺も一緒に猫やっちゃおうかなってv
 敢えてリナリーのことは言わないラビの背に、刃のようなブリジットの視線が刺さる。
 「つまり・・・Jr.?
 あなたは自ら戦力を失すると、そういうことですか?
 そうなればここでのあなたの存在意義は格段に落ちる上に、利敵行為として処罰の対象になるのですが」
 「り・・・利敵行為?!
 イヤ俺、そんなつもりはないんけど・・・!」
 大慌てで否定するラビを、ブリジットは冷たく睨んだ。
 「ならば今、認識なさい。
 そして馬鹿な行いはしないことです」
 「あ・・・あい・・・・・・!」
 ブリジットの迫力に気圧され、頷いたラビはそそくさと執務室を出る。
 そのまま科学班をも出て回廊を渡り、人気のない中庭の木陰に隠れてポケットを探った。
 執務室に入る前にはなかった硬いガラス瓶に触れ、取り出してにんまりと笑う。
 「さすがはコムイ。
 話のわかる男さね」
 どんよりと曇ったロンドンの雲の下でそれは、黒っぽい表面にラビの顔を写していた。
 小さな薬瓶は、彼がブリジットに責められている間、コムイがそっと入れてくれたものだ。
 手書きのラベルを見ると、『変身薬・飲用』と書いてあった。
 「え?飲むんか?
 アレンもリナも、気化したガスで変わったっつってたけど・・・飲んでいいんさ、本当に?」
 疑わしげに呟きながら蓋を開けたラビは、瓶の口をあおいで臭いをかいで見る。
 が、一向に気化する様子はないそれは、ほとんど臭いもしなかった。
 「・・・本当にコレでいいんかねぇ?」
 疑わしげに言いつつも、やめようとは思わない。
 「・・・・・・やってみるしかねっか」
 意を決して瓶の口を傾けたラビの頭上で、予兆のように遠雷が響いた。


 「・・・こっちは雨だったんだな」
 方舟の間を出た神田は、雷雨に支配された窓外を見て呟いた。
 「まぁ、砂漠に雨が降るはずはないな」
 砂まみれのコートを脱いだマリが、襟をくつろげる。
 「涼しくていいな、ここは。
 砂漠に比べれば、だが」
 「あぁ」
 並んで宿舎へ向かった二人は、途中の渡り廊下で犬の鳴き声に足を止めた。
 「こんな所に迷い犬か?」
 「まさか。
 誰かが飼っているんだろう」
 訝しげな神田が辺りを探す隣で、マリが耳を澄ます。
 「中庭の方だ。
 木陰で震えているらしい」
 その心音すら聴き取ったマリの指す方へ目を向けると、赤茶けた毛並みの犬が震えていた。
 「なんでそんな所にいるんだ。
 濡れない場所に入ればいいだろうが」
 中庭と渡り廊下の間には欄干があるだけだ。
 そんなに大きくもない犬なら庭へ出る数段のステップを登るまでもなく、入ってこられるはずだった。
 しかし、犬がこちらに来る様子はない。
 「暑いから濡れてたいのか?」
 「いや、そうではないだろうな・・・」
 マリの言葉を遮るように、雷鳴が轟いた。
 「・・・っ今の音は私の耳にも厳しかった。
 怯えるのも無理はない」
 「あぁ・・・そういうことか」
 呟いた神田は、『めんどくせぇ』とぼやきながらも雨の降りしきる中庭に出る。
 「オラ。おとなしくしてろ」
 犬を小脇に抱えて戻って来た彼に、マリがそっと微笑んだ。
 「一緒に洗ってやったらどうだ?
 どうせこちらも砂だらけだ」
 「けっ。めんどくせっつってんだろ」
 とは言いつつ、放り出そうとはしない神田に思わず笑ってしまう。
 「・・・なんだよ」
 「別に。
 お前、いい奴だなって思っただけだ」
 その言葉に神田は、訝しげな顔をした。
 「俺はただ、知りたいだけなんだが」
 それがいい奴と判断されるものだろうかと呟く彼に、マリは首を傾げる。
 「なんだ?犬種か?そんなにいい犬なのか?」
 目が見えないために、どのような毛並みかはわからないマリが問うと、神田はふるりと首を振った。
 「街のどこにでもいるような普通の、赤茶けた毛並みの犬なんだが・・・赤犬はうまいって本当なんだろうか」
 その問いが出た途端、神田の腕の中で犬が暴れだす。
 まるで人語がわかったかのような反応に驚く神田から、マリは犬を取り上げた。
 「誰から聞いたんだ、そんなとんでもないこと!」
 やや叱る口調になった兄弟子に、神田は肩をすくめる。
 「アジア支部で、ズゥのジジィが言ってたぞ。
 犬は食材で、赤・黒・白の順にうまいって」
 「老師が・・・・・・」
 元教団幹部の名に、マリががくりと肩を落とした。
 「・・・犬は人間の友達なんだ、食わないでやってくれ」
 すっかり怯えた様子の犬の背を撫でてやりながら、マリがため息をつく。
 「そもそもお前、あんまり肉が好きじゃないだろう」
 「まぁな。
 食うまでもねぇか」
 あっさりと頷いた彼にホッとして、マリはまた犬を撫でた。
 「お前、首輪を着けてないんだな。
 このまま食堂に行って、万が一にも食材と間違われたら大変だ」
 洗ったら首輪をつけてやる、と、微笑んだマリに犬は鼻をこすりつける。
 きゅんきゅんと鳴く声がまるで、礼を言っているように聞こえて、マリは嬉しげに微笑んだ。


 濡れていた犬をきれいに洗ってやった後、首輪の代用としてリボンを結んでやったマリは、どこか嬉しげに犬を抱き上げた。
 「誰の犬だろうな。
 飼い主が見つからなかったら、私が飼ってもいいだろうか」
 「しらねーよ。
 俺じゃなくてコムイにでも聞けよ」
 これから報告書提出だと、神田はため息をつく。
 「・・・砂漠まで行って無駄足とか、ねぇだろ。
 報告書出すのはもう慣れたけどよ、無駄足の結果報告なんざかったるくてやってらんねぇぜ」
 「まぁ・・・そうだな・・・」
 気持ちはわかると、マリが苦笑した。
 「特に私と行くと、お前に・・・」
 「迷惑だなんて言ってねぇだろ」
 マリの言葉を遮って、神田は不機嫌に鼻を鳴らす。
 「めんどくせぇことはさっさと済ませ・・・あ?なんだ?」
 アラームをあげて飛んできた無線ゴーレムに声をかけると、ブリジットの冷静な声が執務室への出頭を命じた。
 「・・・まだ報告書書いてないんだがな」
 何かやらかしただろうかと、記憶を探りつつ執務室へ向かう神田の後を、犬を連れたマリもついてくる。
 「お前は呼ばれてねぇだろ」
 「帰還報告ついでにこの犬のことを・・・な」
 あぁ、と頷いた神田は早足に回廊を本城へ戻り、執務室へ入った。
 「なんだよ、まだ報告書は・・・」
 「ごっめぇん神田君!!
 今回の報告書は後でいいから、別件に行ってぇ!」
 「・・・あ?」
 両手を合わせて悲鳴じみた声をあげるコムイを、神田が睨む。
 「モヤシやリナも、出払っちまったのか?」
 自分が出かける前には、ラビやブックマン達もいたはずだが、一晩で全員出払ったのかとため息をつきそうになった彼よりも先に、ブリジットが深々とため息をついた。
 「室長のいたずらで、アレン・ウォーカーとリナリー・リーは戦闘の役に立たなくなってしまいました。
 ブックマンJr.とも先ほどから連絡が取れず・・・」
 「きゃんっ!」
 マリの抱いた犬が突然鳴いて、ブリジットは不快げに眉根を寄せる。
 「ノイズ・マリ。
 なぜここに犬を?」
 「あ・・・いや、この子は・・・」
 気まずげに口を濁し、マリはコムイへ向き直った。
 「城内で迷っていたんだ。
 誰かの飼い犬だと思うのだが、飼い主が見当たらなくて。
 もし・・・見つからなければ私が・・・」
 「捨ててらっしゃい」
 「は?!」
 あまりにも当然のように放たれた冷酷な言葉に、マリが思わず大声をあげる。
 「・・・あぁ、失礼。
 いや、しかし補佐官・・・!」
 「世話できないのでしたらここで飼う事はできません」
 「世話ならちゃんと・・・!」
 「出来もしないことを言うものではありません」
 ぴしりと言って、彼女はマリの手から犬を取り上げた。
 「任務続きで常に戦場にいるあなたが、どうやって面倒を見るというのです。
 生き物を飼うということは、そう簡単なことではありませんよ」
 「オカンかよ・・・」
 正論の前にうな垂れたマリの隣で、神田が肩をすくめる。
 と、ブリジットは冷酷な目で彼を見遣り、頷いた。
 「どうせ、ここにいない間は非戦闘員の団員に世話を頼むことになるのでしょうが、こちらも手があまっているわけではありません。
 聞き分けなさい」
 「・・・俺は別に、飼いたいなんて一言も言ってねぇよ」
 なぜ自分まで一緒に叱られているのかと、戸惑う彼にブリジットは犬を押し付けた。
 「出かけるついでです。
 捨ててらっしゃい」
 「・・・さすがにそれは、街の人間を怒らせるんじゃないか?」
 これからどこに行くかはまだ聞いていないが、捨て犬を歓迎する街はないだろうと思って言えば、ブリジットは少し考えて頷く。
 「では、任地で適当な飼い主を見つけて押し付けていらっしゃい」
 「仕事増やすんじゃねぇよ!」
 補佐官の無茶な要求に、神田が眉根を寄せた。
 「元々ここにいたんだ、飼い主が見つかるまでほっときゃいいだろ」
 「それは私がお断りします。
 どうせ・・・私に世話が回ってくるんですから・・・!」
 物凄い眼光で睨まれて、さすがの神田が怯む。
 「いや、なんであんたに・・・」
 「中央庁でも・・・!
 長官がご自慢げに連れて来られた犬の世話はいつも私が・・・!
 長官には絶対服従のくせに私には反抗的な犬が何匹も!
 私は!!
 ここに来てまで犬の世話なんぞしたいとは思わないのですよ!
 室長の躾だけで手一杯なのですから!!!!」
 いつも冷静な彼女には珍しく、ヒステリックに叫んだブリジットに三人が三人とも首をすくめた。
 「・・・ですから神田。
 あなたが捨ててらっしゃい」
 マリだとこっそり連れ帰る恐れがあるからと、厳命された神田が思わず頷く。
 「任地は国内ですから。
 検疫にも問題はないでしょう」
 行け、と任務ファイルを渡された神田は、犬を連れて渋々方舟の間へ戻って行った。


 「・・・ったく、なんで俺が」
 ブツブツとぼやきながらファイルに目を通す神田のすぐ後を、マリがついてくる。
 「なぁ、本当に捨ててくるのか?
 そんなことしないよな?」
 気遣わしげな声で言いながら、背後霊のように離れない彼に神田が舌打ちした。
 察しのいいマリは神田の機嫌を損ねては大変と、更に下手に出る。
 「もし・・・その、連れて帰るのがダメでも、せめて優しい飼い主に渡してやってくれ!」
 「・・・うっせぇな。
 そんな暇があるかよ」
 『扉』を出たところで放り出す、と断言した神田が小脇に抱えた犬が、きゃんきゃんと鳴きながら暴れだした。
 「お前もうっせえよ!
 おとなしくしねぇとシメんぞ」
 「そういう乱暴なこと言っちゃだめだろうー!!」
 やっぱり任せられないと、犬を取り上げようとした手は軽々と交わされる。
 「あのやかましい女を怒らせるとめんどくせぇから、『扉』の外には捨ててくる。
 ・・・けど、こいつが勝手に方舟の中に戻って、街のどっかに住み着くのは自由だと思ってる」
 「神田・・・!」
 声を詰まらせたマリが、犬ごと神田を抱きしめた。
 「なにすんだてめっ・・・!」
 「お前、いい奴だなぁ!!
 お前も、よかったなぁ!
 方舟の中の『街』には私も餌を持ってってやるから、元気でいるんだぞv
 ふかふかの毛並みを撫でてやると、心拍数のだいぶ落ち着いた犬はきゅんきゅんと鳴く。
 「・・・不思議だな。
 犬とは思えない心音をしている」
 「わんっ!」
 マリが呟いた途端、返事をするように鳴いた犬に彼が訝しげな顔をするが、神田は構わず歩を進めた。
 「とっとと行ってくらぁ」
 『扉』へのステップを登ろうとすると、神田が犬を抱えていることに気づいたロブが彼を呼び止める。
 「なんだ?」
 「その犬、飼うのか?」
 マリとの会話を聞いていなかったのか、もしくは端々を聞いて勘違いしたのか、ニコニコと寄って来る彼に首を振った。
 「なんだー・・・せっかく、面白いものを見つけたのにな」
 手にした小型の機械を、再びポケットにしまおうとする彼に、神田は首を傾げる。
 「なんだよ、また怪しいモンか?」
 「怪しくないよ。
 これはウチで作ったものじゃなくて、市販のものだから」
 だいぶ安全だと、妙に自信たっぷりに言うロブにマリまでも興味を引かれた。
 「なんだ?
 その・・・発信機だとか、餌の時間に呼び寄せるのに便利なものなら、私が欲しいのだが」
 「残念ながら、そういうものじゃないんだけどねぇ・・・」
 と、ロブは手にした機械の一つを犬のリボンに結び付け、もう一つをマリに渡す。
 「バウ○ンガルって言ってね、犬の言葉が分かる機械だよ」
 「それは画期的だな!」
 と、渡された機械を撫でるマリは、首を傾げた。
 「・・・スピーカがないようだが?」
 「・・・悪かった。
 それは、画面表示しかしないんだったよ」
 深々と頭を下げたロブは、マリから受け取った受信機を神田に渡す。
 「面白いから、やってみなよ」
 「ふん・・・おい、なんか鳴いてみろよ」
 つまらなそうに電源を入れ、犬種の設定をした神田が催促するように犬を揺さぶった。
 と、
 『ユウ!
 ユウ、俺さ!
 俺の言ってること分かってさー!』
 激しく鳴いた犬の声を受信して、画面に文字が現れる。
 「腹減った?
 犬ってなに食うんだ?」
 『通じてねええええええ!!!!』
 絶望のあまり長い鳴き声をあげる犬に、神田は眉根を寄せた。
 「うっせえな。とっとと捨ててくる」
 「ちゃんと!
 ちゃんと街の中に置いて来るんだぞ!
 危ない所に連れて行くんじゃないぞ!!」
 マリの声にもうるさげに鼻を鳴らして、神田は方舟の中に入る。
 「おら。
 どこにでも行っちまえ」
 方舟の白い街の中へ放り出し、自身は任地へ繋がる『扉』へ行こうとする神田の後を、犬がついて来た。
 「・・・おい。
 『扉』を出ちまったら戦場かも知れないんだぜ。
 ついてくるなよ」
 鬱陶しげに言う彼にしかし、犬は一所懸命追いすがる。
 『ユウ!
 俺、コムイの変な薬飲んじゃって、こんなカッコになっちまったんさ!
 気づいてくれー!!!!』
 「・・・遊べ?
 ふざけんな。一人で遊んでろ馬鹿犬」
 『んなこと言ってぬええええええええ!!!!』
 団服の裾を噛んで一所懸命引きとめようとしても、神田はその程度の障害などないもののように歩を進めた。
 「おい。
 蹴飛ばされたくなけりゃとっとと放せ」
 『う・・・わかったさ』
 本当に蹴られかねないと、やや離れたラビはふと瞬く。
 『ユウ、お前、犬には優しいんか?
 いつもの俺やアレンがこんなことしたら、問答無用でぶん殴るじゃん。
 なぁ?マリに言われたからさ?
 お前、マリの言うことは聞くもんなぁ』
 「・・・お前、腹減った腹減ったうるせぇんだよ。モヤシか」
 『・・・だから、言ってねぇっつの!』
 一際大きく吼えると、神田はうるさげに眉根を寄せ、『扉』を開けた。
 「食いモンなんか持って来てねぇんだよ。
 外で適当に食え」
 野鳥でも捕って、と、外に蹴り出される。
 『犬には優しいんだと油断してた俺が馬鹿でしたさ!』
 『出口』となっている教会の床に思いっきり頭をぶつけたラビが、抗議の声をあげるが当然、分かってもらえなかった。
 ラビを放置して部屋を出て行った神田の後に遅れてついて行くと、任務に対して真面目な彼は、事情をよく知る教区の神父から詳しい話を聞いている。
 今回はファインダーを介さず、教団の下位組織である教会から直接入った情報だけに、緊急性が高いようだった。
 いわく、ある村で死人が相次ぎ、村ごと消滅したはずが・・・死んだはずの人間が生き返って、以前のように生活しているのだという。
 「・・・ついさっきのことだ。
 様子が気になって寄った廃村で、私が埋葬したはずの男がにこやかに『こんにちは』と挨拶してきた時は震えたよ。
 馬車を飛ばして何とか振り切ったけどね、今夜にでも彼らが事情を知る私を殺しに来るのではないかと・・・!」
 幸い、教団の下部組織としてアクマへの対策は知っていたため、教会は結界装置で守ることが出来たが、このままでは外出もままならないし、街に被害が及ぶかもしれないと、早々に教団への保護を求めたのだ。
 「正しい判断だな。
 村には何人くらいいるんだ?」
 「通りかかっただけだから、詳しくは・・・。
 しかし、ちらりと見た限りでは、10人ほどが畑に出ていた。
 屋内にもいて、元の住人が全員『生き返った』のだとしたら・・・老人や子供も含めて、50人程度はいるだろうな」
 ちなみに、と、神父は言い募る。
 「あの村が廃村になったのは、つい先週のことだ。
 アクマと言うのは人を殺してレベルアップするのだろう?
 この付近で、不審な死人や行方不明者があったとは聞いていない。それは、他の教区の神父達にも聞いて確かだ。
 なのでまだ、レベル1のままじゃないだろうか」
 希望的観測ではあるが、と言い添えた彼に神田は頷いた。
 「ファインダーより優秀かもな、神父」
 滅多に人を誉めない神田が口の端で笑う。
 「結界装置がいつ切れるか分からない以上、ここも安全とは言えねぇ。
 あんたは教団へ避難しろ。
 下部組織の神父を見捨てるほど非情じゃねぇだろ、教団も」
 彼らのような協力者が必要である以上、教団は彼らの安全を保証する義務があった。
 「俺も、増援を頼んで任地へ向かう。
 先に行きな」
 「あ・・・あぁ、よろしく頼む。
 村へは、ここの馬車を使ってくれてかまわないから。
 街には・・・私の教区には、くれぐれも被害が及ばないようにお願いする」
 「分かっている」
 愛想なく言って、神田はゴーレムの通信を開き、コムイに状況を説明しながら教会の外へ出る。
 「レベル1が50体程度なら俺一人でも可能だが、取りこぼせば面倒だからな。
 奴らを逃がさないよう、網を張るようにここに駐留してる奴らに言ってくれ」
 『了解だよー。
 別の教区担当だけど、ちょうど近くにファインダー達がいるから、向かわせるよー。
 現地で合流しておくれ』
 「あぁ」
 頷いて通信を切った神田は、足元に犬がついて来るのに気づいて手を払った。
 「おい、あぶねぇぞ。
 神父と一緒に教団へ行けよ」
 『イヤ、でもさ!
 いくらユウでも大変じゃね?!
 敵の正確な数もわかんねぇんだろ?』
 「・・・だから、あそばねぇっつってんだろ。
 こっちは仕事なんだ」
 『言葉が通じねぇって哀しいさね、おいいいいいい!!!!』
 そして真夏真昼間の石畳は肉球に辛いと、ラビは飛び跳ねるように走る。
 「ナニはしゃいでやがんだ、駄犬。
 散歩じゃねぇよ」
 『焼けた石畳があっついんさぁァァァ!!
 靴ー!!わんこにも靴寄越すさああああ!!』
 大声で訴えるが、神田は馬鹿にしたように鼻を鳴らすだけだった。
 「散歩が嬉しいってか。
 どこまでもうぜぇ駄犬だな」
 『どこまでも俺の言うことわかんねぇ奴だなお前!!
 厩舎まで抱っこするさ抱っこ!!』
 前足で神田の足にもたれかかるが、冷たく振り払われる。
 「遊ぶんならよそでやれ。
 俺は仕事だ」
 『心配してやってんのに気づきもしねぇとわ!!』
 なんと言う鈍感さだと、ラビが唸った。
 『マリに来てもらった方がよくねぇ?!
 ウチのジジィでもいいし、戦闘力があった方がいいさ!』
 「もう一人?
 マリのことか?」
 馬車に馬を繋ぎながら受信機の画面を見た神田が、意外そうに言う。
 『おぉ!!通じたんか!!
 よっし!もういっちょ!!』
 後ろ足に力を込め、ラビは更に大きな声で吼えた。
 『マリが来るまで待つさ!
 まだ方舟の間にいるんなら、すぐ追いつくだろ!
 ちょっとここで待ってるさ!』
 「あぁ・・そうだな」
 頷いた神田にラビは嬉しくなり、きゃんきゃんと声をあげる。
 『ユウ!
 お前、ようやく俺の言葉・・・!』
 「ここが気に入ったんならどこにでも消えちまえ、駄犬」
 『通じてねええええええええええ!!!!』
 脱力のあまり、うっかり焼けた石畳に転がったラビが、その熱さに慌てて起き上がった。
 『と・・・とにかくこの、灼熱地獄を出たいさ・・・!
 街を出れば土の道だろ。
 ちったぁ俺に優しいはずさ・・・』
 神田よりも先に馬車に飛び乗ったラビに、彼は舌打ちする。
 「村はあぶねぇっつってんのに、頭の悪い駄犬だな」
 『こっちの言うこと理解しないお前に言われたくないんさぁぁぁぁぁぁ!!!!』
 大声で抗議するも通じるはずがなく、ラビは揺れる馬車の中で深々とため息をついた。


 村は城壁で囲まれた街の外、そう遠くない場所にあった。
 青い麦の実った畑が広がる、のどかな風景の中で、平凡な村人達が野良仕事に精を出す、ありきたりな光景だ。
 だがここにマリがいれば、彼らの誰一人として心音を持たないことに気づいただろう。
 「あれが全部死人かよ」
 馬車を止めた神田の呟きに、農夫の一人が振り返った。
 ―――― 常人であれば、到底聞き取れるはずのない距離だ。
 しかし彼は、にやりと笑って馬車に歩み寄って来た。
 その歩みの早さも尋常ではなかったが、神田はただ彼が近づいてくる様を見つめる。
 「人聞・・・きの・・・悪イ・・・。
 オレたチが・・・死人・・・ダッテ?」
 笑顔のまま、首が異様に捩れていった。
 「こんナニ・・・フツー・・・!」
 「人間は首が一回転なんかしねぇんだよ。
 フクロウか、てめぇ」
 驚く様子もなく、冷静に指摘した神田の前で、彼の笑顔がしぼむ。
 「キレイ・・・ダカラ・・・仲間ニ・・・」
 「やなこった」
 「仲間にしてヤ・・・アレ」
 首を落とされた農夫の、最後の呼気が不思議そうな声を吐いた。
 「おい、駄犬。
 死にたくなきゃ、そのままそこにいろ」
 抜き身の六幻を振りかざし、肩越しに言った神田を困惑げに見つめる。
 『援護してぇけど・・・出来ねぇもんなぁ・・・』
 せめて生き残らなければと、ため息をついた瞬間に馬車の幌が裂かれた。
 「キャンッ?!」
 驚いて飛びのいたまさにその場所が斧の一撃で断ち割られる。
 『俺はただの犬ですよー!
 俺を殺してもアクマにゃなんの得もないさ!!』
 一所懸命訴えるが、もちろん聞いてくれるわけがなく、続く斧の斬撃から必死で逃げた。
 『す・・・少なくともユウの邪魔になっちゃいかんさ!』
 彼が犬を助けるために身命を投げ出すとは到底思えなかったが、万が一・・・ないとも言い切れない。
 『俺としては助けて欲しいけど、高望みすると絶望が深いさね』
 期待してはいけないと、自分に言い聞かせてひたすら逃げた。
 と、犬一匹殺してもレベルは上がらないと判断してくれたのか、アクマ達は神田のいる方へと集まっていく。
 『あぁー・・・!
 だから待てっつったのにさ!
 せめてマリは待てたはずさ!』
 隠れた木の陰から様子を窺いつつ、ラビはそわそわと辺りを気にした。
 いつもよりよく聞こえる耳をそばだて、いつもよりよく利く鼻をひくつかせて気配を探る。
 『ファインダー、近くにいるっつっても、どこから来てるんさ?!
 早く網を張らないと、逃げちゃうかもさー・・・!』
 それとも既に、網を張っている最中だろうかと見えにくい目を凝らした。
 しかし、アクマ達の蠢く様は見えるものの、その先となるとまったく見えない。
 『犬の近視ってメンドクセー!!!!』
 なぜ目のいい猟犬にしてくれなかったのかと、ラビはここにはいないコムイに不満を漏らした。
 『イヤイヤ!
 なに適応してるんさ、俺!
 まずは元に戻りたい、だろ!』
 自身の適応力は誇っているが、ここまで適応しなくていいからと、一人ツッコミしてしまう。
 『けどまずは、ユウちゃんが無事で帰還してほしいさ!
 コムイ、状況は話してんだから、ちゃんと応援寄越すさね!!』
 とは焦るものの、神田の元に攻め寄せたアクマは確実にその数を減らしていた。
 思わぬ苦戦に、1匹2匹と、戦場を離脱しようとするものが見える。
 『やばっ!逃げられちゃうさ!
 街に逃げ込んだら・・・!』
 網はまだなのかと、焦れながら木陰から出たラビは、もと来た道へと走り出した。
 『マリが来るんなら大丈夫だと思うけど・・・他の奴は迷ってるかもさ!』
 せめて道案内をと、走るラビの目の前に漂ってきたボール型のアクマが一体、空中で目に見えない何かに囚われ、弾かれたように戻る。
 『結界装置・・・!』
 既に張られていたかと、ラビはホッとした。
 『よかったさ!
 これならユウ一人でも・・・』
 背後を見遣れば、逃げ道を塞がれたアクマ達が自棄のように神田に攻めかかっては、撃破されている。
 吹き上がる毒霧を難なく交わして、最後の一体を切り伏せた神田は、六幻を払って鞘に収めた。
 「帰ったらまた風呂だ」
 ぼやいて道に戻った神田は、破壊された馬車を見て肩をすくめる。
 「・・・ま、馬車を守れとは言われなかったからな」
 破壊には当たらないはず、と、どこか言い訳がましく呟いて、とっくに逃げていた馬を口笛で呼び戻した。
 手綱を取って落ち着かせながら、無線ゴーレムの通信を開き、結界装置で網を張ったファインダー達に戦闘終了を告げる。
 「じゃあ帰るか・・・って、お前まだついてくるのかよ」
 馬の足元に犬の姿を見て、神田が呆れた。
 「野に帰れよ」
 『イヤさ!』
 一声吼えると、それは正しく音声認識できたらしい。
 「嫌って言われても・・・あの女には捨てて来いって言われてんだがな」
 ため息をついて、乗馬した神田の後にちょこちょことついて行った。
 四足歩行は意外と楽で、街までの距離もそう辛くはない。
 が、
 『灼熱ううう!!
 ユウ!ユウちゃん!!
 俺を抱っこして!!抱っこしてさ!!』
 焼けた石畳でピョコピョコと飛び跳ねるラビに、ようやくはしゃいでいるのではないと気づいた神田が馬の背にあげてくれた。
 『助かったさ、ユウちゃん!
 俺の可愛い肉球が焼け焦げるところだったさ!』
 「さっきから『熱い』としか表示されねぇな。
 石畳ってそんなに熱いのか」
 夏だしな、と、感心したように神田が呟く。
 夏でも日によってはセーターを着込みたくなるほど気温の安定しない英国だが、今日は南国のように暑かった。
 「・・・あの馬鹿が、誕生日だからってはしゃいでるせいじゃねぇよな」
 太陽を見上げる神田の腕の中で、ラビが萎れる。
 『はしゃいでるどころか、沈みまくってるさ』
 実に馬鹿なことをしてしまったと、後悔しかなかった。
 『ジジィに知られたらどんな仕置きされるか・・・!
 何とか戻る方法ないもんかねぇ・・・』
 ぐったりとうな垂れるラビを見下ろし、神田が肩をすくめる。
 「犬って、そんなに暑さに弱かったのか。
 だらしねぇな」
 『・・・・・・あぁ、もういいさそういうことで』
 反駁する気力も失くしてラビがますます萎れた。
 と、
 「こんなとこで死なれちゃ目覚めが悪ィんだよ」
 教会の厩舎に馬を戻した神田が、ラビを抱えて建物の中に入る。
 「その辺で涼んでろ」
 ここにいれば神父がなんとか取り計らってくれるだろうと、彼を置いてこの教会の方舟の間に戻ろうとする神田に慌てて追いすがった。
 『待ってさ!俺も!!
 せめて、方舟ン中で待機させてくれ!』
 ここの『扉』が次にいつ開くかわからないからと、必死に訴えるラビを無視して神田は本部に通信を入れる。
 と、回線の向こうのコムイは、さすがに驚いた声をあげた。
 『もう終わっちゃったの?!
 マリが追いかけて行ったのに・・・途中で会わなかった?!』
 「いや?
 帰りには誰にも会わなかったぜ?」
 『えぇー・・・。
 じゃあさ、マリと連絡を取って・・・あぁ!彼、無線落としてってる!
 よっぽど慌てて追いかけたんだねー』
 「なにやってんだ、らしくねぇな」
 軽く吐息して、神田は教会の外を見遣る。
 「この辺軽く探して見る。
 村に行ったとしても、戻るまで1時間もかからねぇだろ。
 念のためにここに書置きしておくから、お前はファインダーにマリのこと知らせて、1時間後にここの『扉』を開ける手はずを整えてくれ」
 『おっけー!
 よろしくね、神田くぅん!』
 頷いて通信を切った神田は、深々とため息をついた。
 「・・・マリまで師匠みたいになってどうすんだよ。
 鬱陶しいのが増えるのは勘弁だぜ」
 こういう危機的状況では、むしろ愛情過多な師の方が冷静なくらいだ。
 「戦場か教団か、少なくともどっちかでは心安らかでいたいもんだぜ」
 その言い様に、ラビは思わず吹きだした。
 『戦場で心安らかって、ねーさ!』
 かと言って、教団が心安らぐ場所かといえば、そうでないことを今のラビが証明している。
 『あぁ・・・うん・・・。
 心安らかでいたいよな』
 魂を吐きそうになりながら鳴くラビを、神田が不思議そうに見下ろした。
 「変な犬だな。
 俺の言うことがわかってるみてぇだ」
 『わかるさ!わかってるさ!!』
 尻尾を振って返事をするが、神田は『そんなわけないか』とすげない。
 「くだんねぇこと言ってねぇで、マリ探すか」
 教会を出て行く神田に駆け寄り、ラビはその背に飛び掛った。
 『俺も行くさー!
 でも、石畳は熱いから抱っこしてさー!』
 「・・・っウゼェ犬だな!
 道が熱いんならここにいろよ!」
 『イヤさー!行くさー!』
 そんな単純な言葉だと正確に翻訳できるのか、受信画面を見た神田は憮然としつつもラビを小脇に抱え、街に出る。
 彼のおかげでなんの被害もなく守られた街だが、当然誰もそんなことは知るはずもなく、田舎には珍しい東洋人を興味津々と見つめた。
 と、彼の美貌に引き寄せられたか、商店の店員達が店先に出ては、呼び込みついでに話しかけてくる。
 「さっき、教会に入ってった人だろ?神父さまの客かい?」
 「馬に乗って城門から入ってきたよねぇ?
 どこから来たのさ?」
 「その犬、あんたの?
 首輪してないけど、うちのでよかったらどうだい?」
 次々に声をかけられて鬱陶しげだった神田だが、首輪を並べて見せた店員の前では足を止めた。
 「こいつが道を熱がって、歩こうとしないんだ。
 なのについてきたがって面倒だ。
 犬に履かせるもんってなんかあるのか?」
 「あるよ。
 まぁ普通の犬は、こんな日中は日陰で寝てて、動こうとしないから履かないけどね」
 そう言って彼は、金持ちの飼い犬が肉球を保護するために履くと言う犬用の靴を持ってくる。
 「サイズは大丈夫そうだなぁ。
 履かせてやるよ」
 ついでに首輪も買って行けと勧められて、神田は仕方なく首輪もつけてやった。
 「なんで俺が・・・飼い犬でもねぇのに」
 ついでにリードも持って行けと、散歩グッズを一式押し付けられた神田は、不満顔でラビのリードを引く。
 「とっととマリを見つけて帰るぞ」
 アクマに支配されていた廃村へ続く道へと向かえば、途中で行き会うだろうと神田は、辺りを見回しながら街の中を行った。
 と、犬の散歩をしているようにしか見えない彼の姿は住人達の警戒心を解いてしまったようで、いつもならその冷厳さに声をかけかねる婦女子らが引き寄せられてくる。
 「可愛い犬ーv
 「この子、あなたの?」
 「触っていいかしら?」
 犬をダシに、見事彼に声をかけ、足を止めさせたその度胸にラビは感心した。
 中には犬を介さず、直接神田に話しかける猛者もいて、さすがの神田が声を詰まらせている。
 『ユウちゃんって声掛けづらいから、意外とナンパされる経験少ないもんなー』
 うまくあしらうことが出来ないでいる神田を眺めながら、ラビはちゃっかりと婦女子の柔らかい胸に擦り寄った。
 『幸せさーv
 俺、もうしばらく犬でいいさーvvv
 教団に帰ったらクラウド元帥の胸に飛び込もうと、妄想を膨らませるラビの首輪が引かれ、夢のような感触から引き剥がされる。
 「悪いが、急いでいるんだ」
 「えぇっ?!」
 「お茶くらいいいじゃないー」
 尚も縋ろうとする彼女らを冷たく振り切って、神田は城門へ向かった。
 「マリの奴、どこにいんだよ!」
 会った途端に殴られそうなマリの身を案じながら、リードを引かれたラビは早足の彼に懸命について行く。
 靴のおかげで熱さを感じなくなった足は順調に動いて、慣れると二本足より断然楽だった。
 「そうだ」
 突然足を止めた神田にリードを引かれ、機嫌よく歩いていたラビは不満げに振り返る。
 と、神田がラビの上にかがみこんだ。
 「お前、マリのにおいを辿れよ」
 『・・・あ、そっか!
 今の俺にはそれが出来るんだっけ!』
 そのことに思い至ったラビが、こくりと頷く。
 『んーっと・・・うん、教会から城門に向かってるのは確かさね。
 このままさっきの廃村に向かえば会えると思うさ』
 鼻をひくつかせながら鳴いたラビは、そのまま歩を進めようとして、ふと思い留まった。
 教会に書置きを残しているし、1時間後には『扉』が開くことも決まっている。
 ならばそれまで、街を散策してもかまわないだろうと、ミスリードを企んだ。
 「わんっ」
 できるだけ愛想よく吼えて、ラビは先に立つ。
 『まずは腹ごしらえさねー♪
 アレン達と教団の食堂で食ったけど、ここはここでなんかあるはずだよなーv
 ぴこぴこと鼻を蠢かせると、肉の焼けるいい臭いがした。
 『こっちさーv
 駆け出したラビに引かれ、神田がついて来る。
 『さっきとは逆さねv
 えぇと・・・あ!こっちこっち!
 おじさん、チキン骨なしでくださいさv
 店先で愛想よく吼える犬に、屋台の主人が微笑んだ。
 「まいどーv
 舌打ちしつつ買ってやった神田に尻尾を振り、ラビは焼きたてのチキンをはふはふと頬張る。
 「ずっと腹減ったっつってたからな。
 食ったらマリを探せよ」
 「わんっv
 実は『腹減った』なんて今までに一言も言っていないが、ここで誤解を訂正しようとは思わなかった。
 『次はー・・・あ、そうさ!
 ここって、古書店ないんかねー?
 犬に靴履かせる金持ちがいる街なら、古書店も期待できると思うンさねー♪』
 ぴょこぴょこと跳ねるような足取りで先に行くラビに導かれ、古書店の前に立った神田は、舌打ちしてリードを引く。
 「マリがこんなとこにいるわけねぇだろ」
 忌々しげに言われて、ラビは残念そうにその場を離れた。
 『んじゃぁ・・・面白そうなとこで、マリもいそうなとこっつったらー・・・』
 音楽のあるところだと、閃いたラビは耳をそばだてる。
 日が高いうちから飲んだくれている人間は多くないものの、パブはとっくに開いていた。
 昼食にエールを楽しんだ男達が陽気に歌っている店に寄って行くと、神田もこの店ならと思ったのか、店に入って中を見渡す。
 「・・・ま、いるわけねぇか」
 音楽好きだが真面目なマリが、昼日中からパブにいるはずもなかった。
 「この適当な駄犬が。
 役にたたねぇ鼻ならもぐぞゴラ」
 『ご・・・ごめんさ・・・。
 暑いからちょっと飲もうかなーって思っただけさー・・・』
 気まずげに尻尾を垂らし、ラビはうな垂れる。
 『でもせっかくだからさ、もうちょっと街の中を・・・そーだv
 ユウちゃん、今日が俺の誕生日だって知ってたよな?
 俺にプレゼント買うさーv
 再び尻尾を振りながら先に立ったラビにリードを引かれ、神田は憮然としながらもついて行った。
 首輪を買った店も並ぶ道に戻り、わくわくとショーウインドーの中を覗き込む。
 『うーん・・・なにがいっかなー・・・v
 アクセサリーもいいよなーv
 あ!これこれ!
 ユウちゃん、このペンダント、俺に似合うと思わん?イヤ、似合うさね!
 今年のプレゼントはこれにしてさv
 きゃんきゃんと鳴く犬が指すペンダントをちらりと見やって、神田は鼻を鳴らした。
 「お前にはもう、首輪買ってやったろ。
 それより早く、マリを探せよ」
 『〜〜〜〜そんな急がんでも教会で合流できるさぁ!
 俺のプレゼントぉー!!!!』
 ころころと地面を転がりながら駄々をこねる犬の腹を、神田の足が踏みつける。
 「うぜぇんだよ、駄犬」
 『・・・・・・ごめんなさい』
 逆光で見る神田の顔が鬼のように怖ろしく、ラビは慌てて起き上がった。
 『うぅ・・・真面目に探すさぁ・・・!
 マリなら、ユウより俺の言うことわかってくれるかもしんないしさー・・・』
 鼻をひくつかせると、廃村へ向かう道の向こうから、マリのにおいが風に乗って近づいてくる。
 『こっちさー』
 早く合流してしまおうと、足を速めるラビに神田も早足になった。
 「やっぱり城門を出るんじゃねぇか。
 回り道させやがって、駄犬が!」
 また蹴られそうな気配を背に感じて、ラビは必死に足を速める。
 『マリッ!
 マリー!!
 ユウちゃんが俺をいぢめるさー!!』
 きゃんきゃんと鳴きながら道を行くと、その声が聞こえたのだろうか、道の向こうからマリが駆け寄って来た。
 「神田・・・随分早く終わったんだな」
 援護が間に合わなかったと、苦笑するマリに神田が頷く。
 「大した数じゃなかった。
 取りこぼしがないように、ファインダーに結界を頼んだだけだ」
 「あぁ、それは後処理に残っていたファインダーから聞いた。
 ともかく無事でよかった。その子もな」
 かがみこんで撫でてくれる大きな手に、ラビは嬉しげに喉を鳴らす。
 『ついさっきピンチだったんけど、マリと合流できてよかったさー!』
 これで助かったと、ラビは尻尾を振った。
 「方舟の『扉』が開くまでもう少し時間があるが、もう戻ってていいだろう。
 神父も今夜は枕を高くして眠れるだろうよ」
 「あぁ。
 時間があるなら、どこか寄らないか?」
 「なぜ」
 訝しげな神田に、マリは肩をすくめる。
 「今日はラビの誕生日だろう?
 なんか買ってってやってもいいんじゃないか?」
 「わんっv
 嬉しげに鳴いたラビに、マリが微笑んだ。
 「ほら、こいつもそうしろと言っている」
 「嘘つけ」
 『ウソじゃないさ!
 さすがにマリはわかってるさ!』
 きゃんきゃんと鳴きながら、ラビは来た道を商店へ戻る。
 『あのペンダントv
 あれがいいんさーv
 犬のくせに、スキップでも踏むように軽やかな足音を聞いて、マリが笑い出した。
 「まるでこいつがラビみたいだな。
 プレゼントの話をした途端、喜んで」
 『イヤ、まさにその通りなんけどね!』
 振り返ったラビは、大きく頷く。
 「さすがにマリは鋭いさ!
 そうさ、俺がラ・・・!」
 鳴き声をあげている途中、いきなり首を絞められたような苦しみがラビを襲った。
 「ぐはぁっ!!!!
 首っ・・・!首が絞まる・・・さ!!!」
 呼吸の出来ない首を掻き毟る指が、硬い革に触れる。
 「うぐっ・・・そうか、首輪・・・っっがふー!死ぬかと思ったさー!」
 急いで首輪を外し、ラビは大きく深呼吸した。
 一息ついて、ようやく自身の手を見る余裕が出来たラビは、不自由なく動く両手を見つめてホッとする。
 「あー・・・戻れてよかったさー!
 解毒剤なくても、時間で薬の効果が切れちまったんさねー!」
 唖然とする神田とマリの前で、ラビはひたすら『よかったよかった』とはしゃいだ。
 「これならもう、捨てられることもないさねv
 両手で自分の頬を包み、嬉しげに笑うラビの顔を、神田が呆れ顔で指す。
 「眼帯・・・しなくていいのか?」
 「イヤンv 見ないでさv
 前髪で右目を隠すラビに、神田は深々とため息をついて眉根を寄せた。
 「右目より先に隠すとこあるだろ。
 お前、そのカッコで街に入ったら警官に捕まるぜ」
 「へ?きゃっ!」
 素っ裸のラビは、慌ててうずくまる。
 「マリー!
 暑いだろうからその団服貸してさ!
 ユウのじゃちいせぇからさ!」
 「・・・ケンカ売ってんのかテメェ」
 同い年だが、身長で負けていることにこっそりコンプレックスを感じていた神田のこめかみが引きつった。
 「ま・・・まぁ、そう怒るな、神田」
 目が見えないために、どういう変化が起こったのか正確にはわからずにいるマリがコートを脱ぎ、ラビに渡す。
 「そうだな、とりあえず・・・今年の誕生日プレゼントは服にしておこうか」
 冗談めかしたその言葉にラビは思わず吹き出し、笑いながら頷いた。



Fin.


 










2013年ラビお誕生日SSでした!
これは、リクエストNo.86『神田とラビの散策』を使ってますよv
散策ってどんなんかなぁと考えてて・・・なんでこうなったよ(笑)>あんたが書いたんです。
ちなみに本っっっ当ーっにネタがなかったので、エイプリルフール漫画のその後的な話になりました。
題名は『大雨』って意味ですが、あんまり意味はないです(笑)
ラビ(Lavi)を辞書で調べると、コレだけでは載ってなくて『lavish(贅沢な)』って意味になるんですが、元々の意味は『土砂降り』って意味だそうなので、なんとなく。
まぁ、最大の理由は、猫と犬が出てきたってだけです。>いい加減ね!
教団本部に放置された猫たちはその後、ジジが解毒剤を作って元に戻してくれましたとさ(笑)>本編にちゃんと書いときなさいよw












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