† L’heure T †







†このお話はルパン対ホームズを元にしたパラレルです†

  舞台は19世紀ですが、D.Gray−manの原作とは、ほとんど関係ありません。
  頭を空っぽにして読んで下さいねv
  
※死人が出ますので、苦手な方はご注意ください。


 19世紀ロンドン―――― 女王陛下のしろしめす大英帝国の首都として、世界有数の大都市となった地には、繁栄と退廃が同居している。
 華やかな街の裏側では不可思議な事件も多く・・・ゆえに、『諮問探偵』を趣味とする彼を楽しませる依頼の、絶えることはなかった。
 そう、その日の朝も――――・・・。


 港へ向かう汽車のコンパートメントの中で、コムイは頭を抱えていた。
 「リナリー・・・!
 いい加減、聞き分けてよぅ・・・!」
 対面に座る妹を拝み倒し、情けない声を上げる彼に、頑固なリナリーはまたも首を振る。
 「殿下の危機に臣下が駆けつけないなんて、あり得ないんだもん!」
 きっぱりと言ってやると今度は、コムイが力なく首を振った。
 「もうキミは殿下の臣下じゃないでしょ。
 ボクの妹で・・・」
 「いつまでも私は殿下の臣下だよ!」
 こんなやり取りが昨夜からずっと続いて、いい加減、声も嗄れてくる。
 大きなため息をついたコムイは、到着を告げるベルを聞いて席を立った。
 「お見送りはここまででいいから、キミはこのままロンドンへお帰り。
 フランスにはボク一人で・・・」
 「いーやーだー!!!!
 行くったら行くううううう!!!!」
 コンパートメントの中に閉じ込めようとするコムイの腕をかいくぐり、素早く通路に出たリナリーは、逆に兄を室内へ突き飛ばしてホームへ降りる。
 「さ!船に乗り換えよう!」
 「もー!リナリー!!」
 突き飛ばされた拍子にぶつけた頭をさすりつつ、コムイもホームへ降りて来た。
 「ついて来なくていいってゆってるのに!
 第一キミ、あんなにハロウィンを楽しみにしてたじゃない!
 フランスじゃここみたいなお祭りしてくれないよ?!
 ジェリぽんと一緒にお祭り楽しんでなさいよ!」
 なんとか引き返させようとする兄に舌を出し、リナリーは出口へ向かう。
 「ハロウィンは楽しみにしてたよ、アレン君達から一緒にパーティしようって誘われてたからね!
 だけど、二人がおじさまのお葬式するのにフランスに行っちゃって、お菓子をもらおうと思ってたミランダも同じお葬式に行っちゃって、ちょめちゃんまでパリ支店の開店準備に行っちゃってるんだもん!
 その上、殿下がお困りで兄さんをお呼びなのに、私だけ留守番なんてあり得ないんだよ!!!!」
 まくし立てて兄の口を塞ぐや、リナリーは港へ向かって駆け出した。
 「えっ?!ちょ・・・速いって!!!!」
 あっという間に見えなくなった妹を、コムイは慌てて追いかける。
 が、足の速い彼女は人混みの中をすいすいと縫って逃げ、ようやくコムイが追いついたのはフランス行きの船の中だった。
 「ハイ、出航〜v
 クスクスと笑って抱きついてきた妹を、コムイはため息と共に見下ろす。
 「・・・殿下のお傍にいて、ボクの仕事には関わらないって約束してよ?」
 「それは・・・臨機応変って奴じゃないかなぁ」
 とぼけたことを言うリナリーにまたため息をつき、コムイは得意げな鼻先を弾いてやった。


 ―――― その後、コムイが船酔いとの長い戦いを終え、真っ青になって上陸したフランス側の港では、既にアレンとラビが待ち構えていた。
 「リナリー!来てくれたんですね!」
 「殿下がお待ちかねさ!」
 探偵を差し置いて、リナリーに寄ってくる小虫どもをコムイは忌々しげに払いのける。
 「キミタチ・・・!
 それが苦難を乗り越えてやって来た名探偵を歓迎する態度なのかい・・・?」
 コムイの恨めしげな声に、顔を見合わせた少年達は呆れて肩をすくめた。
 「苦難って、大げささ!ドーバー海峡渡っただけだろ?」
 「そんなに船に弱いなら、酔い止めでも飲んでたらいいのに!」
 「効かないんだよ!!
 船にだけは、ボクのあらゆる英知を込めた薬さえ効かないんだよ!!」
 ヒステリックに叫ぶコムイの背を、リナリーが宥めるように撫でる。
 「兄さん、とにかく殿下の所に行こうよ。
 事件のお話を聞けば、ちょっとは楽になるかもよ?」
 よろめく兄を支え、リナリーはアレン達と共にパリ行きの汽車へ乗りこんだ。
 「殿下はどちらでお待ちなの?ホテル?」
 小首を傾げるリナリーに、ラビが首を振る。
 「パリに邸宅を借りてるんさv
 俺が何度も通っては・・・」
 「血だるまにされて裏のゴミ捨て場に捨てられた、思い出の邸宅だそうです」
 アレンが呆れ顔で続け、ラビに辛い現実を思い出させた。
 無言になった彼にちらりと笑い、アレンはまだ青息吐息のコムイに小首を傾げる。
 「僕達の知ってることだけでもお話しましょうか?
 先に情報があった方がいいでしょ?」
 「そうだね・・・頭を使えばこの気持ち悪さも忘れられるかも・・・」
 ぐったりとしたコムイに頷き、アレンは話をまとめようとしばし宙を見つめた。
 「えーっとね、今月20日のことです。
 ラビのおじいちゃんから、自分の代理として遠縁の男爵のお葬式を出して来いって、命令されちゃったんです・・・」


 ―――― その連絡を受けた時、アレンは自宅をハロウィン用に飾り付けている最中だった。
 一抱えもあるカボチャを持ったまま、凍りついたアレンの襟首を掴んでラビが連行しようとすると、我に返った彼は激しく抵抗した。
 「やだやだやだっ!!
 ハロウィンすっごく楽しみにしてるのに、なんで前夜祭のないフランスになんか行かなきゃなんないんですかっ!
 ラビ一人で行けばいいじゃん!!」
 「ジジィに二人で行けって言われてんだから、仕方ねーさ!
 さっさと行って、ハロウィンまでに帰ってくりゃいいだろ!」
 ぐいぐいと引かれたアレンはカボチャを放り出して柱にしがみつく。
 「おじいちゃんの代理なんでしょ!
 だったら遺品の処分もして来いってことじゃん!
 そんなの、今月中に終わるわけないもんっ!!」
 泣き喚きながら断固拒否するアレンの襟首を、ラビが離した。
 「仕方ないさね・・・!」
 ため息まじりの声を肩越しに見遣ると、ラビが両手を広げて近づいてくる。
 「悪く思うなよv
 「ふぇっ?!ひゃはははっ!ひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!!」
 思いっきりくすぐられたアレンが、柱から手を離して床に転がった。
 その隙にラビが彼を小脇に抱える。
 「それ、行くさねー!
 泊まりの荷物はもう、こっちで作ってっから♪」
 ラビがこの家に自分の部屋を持っているように、アレンもラビの邸に自分の荷物を置いている。
 それを適当にまとめたと、当然のように言って、ラビはアレンを馬車に放り込んだ。
 「じゃ、行ってくれv
 御者に行き先を伝えたラビは、アレンの抵抗を封じて汽車に乗せ、船に詰め込んで手際よくフランスへと輸出する。
 「んじゃ、パリのアンリ・マルタン通りにやっとくれv
 「アンリ・マルタン?!」
 馬車の中でパリの高級住宅街の名を聞かされ、アレンが悲鳴をあげた。
 「ね・・・ねぇ、まさかと思うんだけどラビ、あの辺にあの変態のお兄さんが邸を持っていたよね・・・?!
 まさか・・・あの紳士的なおじさんが亡くなって、あの変態が参列するんじゃ・・・・・・!」
 座席の上でびくびくと震えるアレンの肩を、ラビが軽く叩いてやる。
 「お前があの変態に遭遇するのを怯えてんなら、それは問題ないさ、アレン。
 紳士的なおじさんはもう半年も前に亡くなって、今回葬式を出すのはその邸を相続したあの変態だからさ」
 「へ・・・?
 死ん・・・亡くなったの、あの変た・・・じゃない、ペック?」
 目を丸くしたアレンに、ラビは大きく頷いた。
 「ちっさかったお前を女の子と勘違いして、ありえないセクハラしてきたあのロリコンは、自宅で刺されて亡くなったそうさ。
 死亡推定時刻に、同じ邸にいたはずのメイドが消えたらしくってさー・・・警察は、その子が奴を殺したんじゃないかって、行方を追ってるらしい」
 棘のある口調で言ったラビの隣で、アレンは忌々しげに眉根を寄せる。
 「それ・・・絶対、正当防衛だよ。
 裁判起こしたら100%女の子の勝ちだよ。
 メイドとか言って、どうせ年端も行かない子供を傍に置いてたんでしょ、あの変態!
 そんでおぞましいセクハラしようとして刺されたに決まってる!
 僕、その子にお願いされたら証人になってもいいよ!」
 腹立たしげな口調のアレンにラビも頷き、大きなため息をついた。
 「そんな変態でもさ、一応は・・・元ベルリン駐在大使じゃん?
 あいつの不名誉な性癖が外にバレちゃまずいってんで、外務省の連中が青くなってジジィに証拠隠滅頼んで来たんだと。
 けどジジィは今、アジア方面の政変の処理で忙しいから、こんなちっさい仕事は俺らでやれってさ」
 「証拠隠滅って・・・まさか、あいつの盗撮コレクションに僕の子供の頃の写真とかないよね?!」
 ぶるりと震え上がったアレンに、ラビが意地悪く笑う。
 「撮られてるかもなー?
 ちっさい頃のお前って、よく女の子に間違えられるくらい可愛かったし、ハロウィンの仮装なんかしてると、誰も男の子だって気づかなかったくれーだからさv
 その時の写真があるに違いないと笑ってやると、アレンは悲鳴をあげて震える身体を抱いた。
 「気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!!!!
 なんとしても僕、不名誉な写真を撮られた子供達の名誉を守るよ!!」
 「そうしてやんな♪」
 まんまとアレンを丸め込んだラビは、満足げに頷く。
 「さっきも言ったけど、あいつは半年前に邸を相続したばっかだから、遺品もそんなに多くないらしいんさ。
 さっさと処分しちまって、ハロウィンまでにはロンドンに帰ろうぜーv
 「うん!!」
 そして楽しいハロウィンを過ごすのだと、アレンは大きく頷いた。


 ・・・しかし、事態とはそううまく行かないもので、相続人のいない遺品の処分はかなり手間取ることになった。
 邸も、事件のあった場所であるため、売れ行きが芳しくないことの覚悟はしていたが・・・なぜかその逆。
 買い手がつきすぎて、邸だけでなく全ての遺品がオークションにかけられることになってしまった。
 事情を知らないアレンは、
 「事件のあった邸を買いたいなんて、フランス人って変なの」
 と呆れたが、その事件が甚だ奇妙なものであったため、金と暇をもてあました好事家達が殺到したらしい。
 「なんなの?」
 と訝しげな彼に、ここ数ヶ月の地元紙を読んだラビが苦笑した。
 「こんな話を聞いちまったら、俺だって欲しくなるさ」
 「どんな?」
 首を傾げるアレンに、ラビはいくつかの地元紙を差し出す。
 「パリには怪盗がいるらしい」
 「なにそれ。泥棒とは違うの?」
 オークションに出品するため、布をかけられたソファにアレンがそっと座ると、やはり布をかけられたテーブルに遠慮なくティーカップを置いたラビが頷いた。
 「本人が言うには、その辺の泥棒と違って、自身の正義と騎士道に則った怪盗紳士なんだそうさ。
 ただ盗んで良しとするんじゃなく、時には困っている人・・・主にレディを助けるために行動するんだとさ」
 「へーぇ。
 ま、ロリコンよりはマシかな」
 ラビに渡された地元紙を開いて、アレンは怪盗の記事を目で追う。
 「・・・なにこれ。
 宝くじに当選した学校の先生から半額を奪うために、先生の娘さん誘拐したの?
 女の子を誘拐するとか、一番紳士的じゃない行為じゃん」
 どこが紳士だよ、と呟くアレンの口調は厳しかった。
 「確かにこの事件は紳士的とは言えんけどね・・・」
 もうちょっと先を読めと促されて、アレンは記事を最後まで読む。
 「警察が包囲している邸から消えたって・・・単に、別の部屋に隠れてたんじゃないの?
 何部屋あるか知らないけど、高級住宅地にある家の部屋数が4〜5部屋ってことはないでしょ?
 隙を見て窓から逃げたとかさー」
 怪盗に対し、あまり好意的でないアレンにラビが、他の新聞を指した。
 「俺も、その記事読んだ時はそう思ってたんけど、事件のあらましを全部読むと、ちょっと不思議さね。
 まず、その邸は有名な弁護士の家で、怪盗はなんと弁護士を介して現金受け渡しの書類をやり取りしてるんさ。
 現金をせしめると怪盗は自分の仲間を呼んで、誘拐されたはずのお嬢さんを連れて来させたんだと」
 「警官がいたんでしょ?どうやって?」
 窓から入ったとか?と呆れるアレンに、ラビは首を振る。
 「警官がひしめく道を通って、玄関から堂々とさ。
 悪びれもせずお嬢さんを連れて来た金髪の女の子と一緒に、怪盗はあっという間に消えちまったんだとさ。
 その後、刑事が何日も泊り込んで邸中を調べたのに、なんの痕跡もなく消えちまったって書いてある」
 「ふぅん、消え・・・え?」
 その言葉にはっとしたアレンは、窓に駆け寄ってこの邸の門を見つめた。
 それはいかめしく大きな鉄扉で、一度閉めると自動で鍵が掛かる仕組みになっている。
 うっかり鍵を持たずに出てしまうと、内側から開けてもらうか、鍵を壊すしか手がない難物だった。
 だがあの夜・・・この邸の主が殺された日、誰もいないはずの邸内では不思議なことが起こったのだ。
 「――――・・・不思議なこと?」
 その言葉に、真っ青な顔でコンパートメントの座席に寝転んでいたコムイが目を開けた。
 「そこのところ、正確に話して」
 よろよろと起き上がり、座席に深くもたれたコムイが大きく吐息する。
 「ちょっとは気分よくなったさ?」
 ラビのからかい口調に苦笑し、コムイは小首を傾げた。
 「アレン君の記憶じゃ曖昧なことがあるかも。
 ラビが話してよ」
 指名されたラビが、得意げに一礼する。
 「そんじゃ、話し手交代さ♪」
 不満げなアレンににんまりと笑って、ラビは宙を見つめた。
 「事件のあった日は料理人が休みの日で、邸には変態・・・じゃない、ペックとメイドの女の子のほかには、若い下男しかいなかったそうさ。
 その下男は・・・俺やアレンから言わせると、そういう無責任なことは絶対して欲しくなかったんけど、あの変た・・・いや、ペックの性癖を知らんかったらしくて、女の子をあいつの部屋に置いたまま、邸内の戸締りや火の確認して、とっとと寝ちまったんだとさ」
 「あの・・・さっきから二人して変態変態って、そんなに危ない人だったの?」
 リナリーの呆れ口調に、アレンが物凄い勢いで頷く。
 「リナリーが生きてるあの人に会わなくてよかったですよ!
 18歳以上は年増だから興味ないなんつって、17歳以下のお嬢さん達をいやらしい目で見るんです!
 僕があの変態に初めて会ったのは5歳くらいの時だったけど、可愛いねーとか抱っこしてあげるーとか寄って来て、やたらベタベタと・・・!」
 「うん、アレンは女の子みたいに可愛かったから、思いっきりセクハラされて号泣してたさ。
 俺は、一目で男の子だってわかるから無事だったけどな。
 あれからアレンはしばらく、すっごい人見知りになって・・・」
 「それはお気の毒だったね、続きをどうぞ」
 コムイにあっさりと話を遮られ、ラビは涙目のアレンの頭を撫でて続けた。
 「下男が自分の部屋で寝てたら、ペックの部屋の呼び鈴が鳴ったんだそうさ。
 あの邸にはもう電気が通ってっから、イングランドみたいな古めかしいベルじゃなく、使用人部屋が暗くてもどこの部屋で呼んでるかがわかるように、ベル音と一緒に部屋のランプが点くようになってんの。
 だから下男はすぐに奴の部屋に駆けつけられたんけど、部屋はしんとしてて、誰の気配もなかったそうさ。
 明かりも消えてたんで、まず部屋の電灯をつけたら・・・物凄い乱闘があったらしいってのが、一目でわかったそうさね。
 椅子やテーブルは全部ひっくり返ってるし、水晶の燭台は粉々になってあちこちに破片が飛び散ってたって。
 マントルピースの上にあった重い置時計も暖炉の傍でめちゃくちゃに壊れてて、飛び散ったぜんまいの上に、奴が倒れていたらしい。
 絨毯はもう血の海になってて、その上にナイフが転がってたそうなんけど、まだこの時は奴の息があったんさね。
 首筋から大量の血を流していた奴は、物凄い形相で痙攣した後、動かなくなったそうさ。
 泡を食った下男はすぐに部屋を飛びだしたんけど、メイドがいないことに気づいて、隣のメイド部屋に駆け込んだって。
 ・・・そりゃそうだな。
 すげー乱闘があったっぽい部屋の隣で、暢気に寝てられるわけないさ。
 彼女も殺されてんじゃないかって思ったらしいんけど、部屋には誰もいないし、寝た形跡もない。
 ってことは誘拐されたに違いないってんで、下男は警察を呼びに走ったんさ」
 「・・・そこ。
 アレン君の話じゃ、とっくにメイドが怪しいってことになってたけど、その時その下男君は、メイドが犯人だとは思わなかったの?」
 コムイの指摘に、ラビはこくりと頷く。
 「そのメイドの子は、まだ11歳か12歳くらいの、ちっさい子なんだとさ。
 身長もちっさくて、150cmもないだろうって。
 そんなちっさい子が、テーブルや椅子をひっくり返して暴れるなんて思えねぇし、ましてやでかくて重い水晶の燭台や、それ以上に重い置時計を粉々にしちまうのは無理だって思ったんだと」
 「それじゃあ・・・殺されたか、誘拐されたかもって思うのはしょうがないよね」
 とても犯人とは思えないと、リナリーが頷いた。
 しかしその対面で、アレンが思いっきり首を振る。
 「だからそれは、あの性癖を知らない人の言うことですって!!
 きっと奴は、料理人さんがお休みの日を狙って、下男さんが寝入るのを待ってたんですよ・・・!
 そしてあの夜、稚い女の子にいかがわしいことをしようとしたに決まっている!
 部屋が荒れていたのは他でもない、あの変態が女の子を部屋中追い掛け回した証拠です!!」
 いやに確信を持って言うアレンに気圧されて、リナリーが頷いた。
 「じゃ・・・じゃあ、追い詰められた女の子が、その人を刺しちゃったのかもしれないってことなんだね・・・」
 「凶器のナイフは元々テーブルの上にあったものだそうだかんな。
 そのメイドの子が、荷物を開封するのに使ってたらしいし、何より、殺されたあいつの固く握り締めた手には、引きちぎられた金髪が何本も握られてたそうさね」
 ラビが補足すると、すっかり顔色の良くなったコムイが考え込むように顎を引く。
 「・・・飛び散ったぜんまいの上に死体が乗っていたんなら、時計が床に落ちたのが先で、その後に彼が倒れたってことで間違いはないね。
 水晶の破片も散らばってたそうだから、足を取られでもしたかな。
 じゃなきゃ、身長150cmにも満たない女の子が、大の男の首筋なんか刺せないでしょ」
 「私の身長でも、兄さんの首を狙うとか無理だもんねぇ・・・」
 座ってない限り、と苦笑するリナリーは、女の子にしては身長のある方だ。
 その彼女でも、マントルピースの上にあったと言う重い置時計を持ち上げるのは無理だろう。
 「つまり、置時計を落としたのは被害者だね。
 この時期のパリはまだ、暖炉に火を入れるほど寒くはないから、彼が自分で落として彼女の気を引いたんじゃないかな。
 暖炉の中にまで散らばったぜんまいを拾って片付けるのは、当然メイドの仕事だろうからね」
 屈みこんで仕事をしていた少女は、不穏な気配を察してテーブルの下に逃げ込んだのだろうが、追いかけてきた主人から更に逃げ、椅子を倒して侵入を防いだ・・・。
 「女の子がテーブルの下から出て来ようとしなかったなら、彼も屈みこんで引きずり出そうとしたかもね・・・髪を掴んだりして。
 そうして暴れているうちにテーブルが倒れてナイフが傍に転がって・・・」
 正当防衛の不可抗力だな、と、リナリーが呟く。
 「かわいそうに・・・」
 すっかり被害者を悪者だと決め付けて、アレンがため息をつく。
 「で?その後起こったおかしなことって?
 それだけじゃ別に、不思議じゃないでしょ」
 コムイが先を促すと、ラビが頷いた。
 「うん、今俺が話した状況が、第一発見者の下男から直接聞いた、発見当時の現場の様子な。
 すごい状況見ちってパニックになった彼は、警察を呼びに行こうと邸を出た時、うっかり門を閉めちったんさ。
 あの家の門は鋼鉄製の自動閉門式で、一度門を閉めると勝手に錠前が降りて、施錠されるようになってんの。
 もちろん、内側からだったり、鍵を持ってれば開けられっけど、あまりのことに動揺しちまって、鍵を持って出るのを忘れたんさね。
 でも、門を出た瞬間にそのことに気づいた彼は、通りがかった馬車に警察を呼んでもらうように頼んで、自分は邸の周り中を駆け回ってどこか入れる場所はないか探したり、別の通りがかりに錠前屋を呼んでもらったりして・・・つまり、どこからも入れなきゃ出られもしないってことを確認したんさ。
 んで駆けつけてきた警官に事情を説明して、錠前屋にも散々苦労をかけてようやく門をこじ開けて、みんなして邸に入った・・・この間、1時間半程度のことだそうさ」
 「鍵を開けるのに時間がかかったんですって」
 程度、と言う言葉を補足するように、アレンが口を挟む。
 「―――― で、入ってみたら・・・さ!」
 ラビが両手を広げ、身を乗り出した。
 「しっちゃかめっちゃかだったはずの部屋がきれいに片付けられて、水晶の破片もぜんまいの一つも転がっちゃいない!
 血まみれのじゅうたんは引っぺがされて、きれいに磨かれた床の上にテーブルと椅子が、いつも通りの配置で並べられてたんだと!
 もちろん凶器のナイフも無くなってて、警官は下男が寝ぼけたんじゃないかって疑ったらしいんけど、奴の寝室に入ってみたら、血まみれの服を清潔な礼服に着替えさせられて、首の傷を隠すようにタイを巻かれた奴が穏やかな顔で眠るように死んでたんだそうさ・・・」
 「う・・・わぁ・・・・・・!」
 ラビの話に、リナリーが気味悪げに首をすくめる。
 「なんだか・・・異常者っぽいなぁ・・・!」
 「え?
 そこは死者への弔いの気持ちとかじゃ・・・」
 アレンが目を丸くすると、リナリーは『だって・・・』と眉をひそめた。
 「死なせちゃったのは・・・その・・・不可抗力かもしれないけど、その後証拠隠滅にしたって念入りにお掃除して、死体に服を着せ替えてって・・・。
 小さな女の子がやれるわけないから当然、協力者がやったんだろうけど、妙に偏執的って言うか・・・いつ警官が入ってくるかわからないのに、そんなに念入りにする必要なんてないよね?
 逃げる時間だって欲しいだろうに、そんな暢気に・・・あれ?どうやって逃げたの?」
 ぱちりと瞬いたリナリーにアレンが大きく頷く。
 「そこ!
 それがこの事件の変な所なんですよ!」
 「さっきも言ったけど、下男はなんとか邸の中に入れねーかって、周り中をうろうろしてたんさ!
 錠前屋は警官よりも早く着いて、早速門の解錠作業に入ってたから、とてもじゃねーけどこっそり出ることなんてできんのさね!」
 ラビは更に、この邸の立地条件を語った。
 「アンリ・マルタン通りはパリでも有名な高級住宅街で、シャトー・ドゥ・ラ・ミュエットがある場所なんさ」
 「シャトー・・・なに?」
 聞き慣れない言葉を聞き返したリナリーに、コムイが『ルイ16世が皇太子時代に新婚生活を送った邸だよ』と簡単に説明する。
 「そう、つまりそんだけ格式もある場所ってことさ!
 この辺りの住宅にはもう、全部電気が通ってて、街灯もガスじゃなくて電気だから、道はえらく明るいんさね。
 それに、当の邸は両隣の建物とぴったり接してて、建物の間は猫が通れる程度の隙間しかねぇ。
 そんな密集地だから、邸の見知った下男が大騒ぎで門を壊させてりゃ、何事かって人も集まってくるってもんさ。
 実際、向かって右隣のアパートメントの住人達が何人もベランダから顔を出してたそうだし、左側は空き家だけど、近所の住人達がやっぱり窓から顔を出してて、衆人環視の状況だった。
 なのに誰も、怪しい奴も見なきゃ、メイドの子が出てくるトコも見てないって言うんさ!
 下男は最初、呼び出しベルの音で目を覚まして部屋に駆けつけたんから、ベルが鳴ってた間は誰かが部屋にいたってことだろ?
 荒らされた部屋と死体に慌てふためいた彼が邸を出た時、メイドの子と協力者はどこかの部屋に隠れてたとしてもさ、その後どこにどうやって逃げたのかってことさね。
 門が壊されるまでの間、大勢の警官が集まって付近を固めたし、門が開いたら邸中の出入り口を固めて、死体が発見されたら大勢で邸中をくまなく探したんから!
 なのに、邸からは誰も見つからんかった。
 だからパリ中が思ったんさ、この手口はついこないだ、まんまと大金をせしめて逃げた怪盗の手口だと同じだって!
 だったらこの邸からいなくなったメイドは、例のお嬢さんを連れて来た金髪の少女に違いないって!
 そしてこの邸にはきっと抜け穴や隠し扉があるに違いないってんで、葬式の準備中から俺らには、『この邸が売りに出されるのはいつか』って問い合わせが殺到したってことさ」
 「それは大変だったね。
 お葬式ってだけでもやることは多いのに、遺品処分の準備も同時進行なんて」
 苦笑するコムイに、アレンが首を振る。
 「こんなに早く・・・それも大勢買い手がつくとは思ってませんでしたけど、元々僕らはおじいちゃんの命令で遺品整理に来たんで。
 二人で手分けして、お葬式の準備と遺品処分の準備をやってたんですよ。
 そしたら、たまたまパリ支店の開店準備中だったちょめ助さんとか、お父さんの知り合いだったからって、葬儀に来てくれたミランダさんも手伝ってくれて、意外とすんなり行ったと思います」
 「そう言えば・・・ミランダのお父さんは外交官なんだったね。
 じゃあもしかして、ちっさい頃のミランダも・・・!」
 蒼褪めたリナリーにアレンはまた首を振った。
 「それは僕も最初に聞きましたけど、幸い、ミランダさんがあいつに会ったのは二十歳過ぎの頃だそうです。
 お父さんも十分気をつけてくれてたんでしょうね。
 そのおかげでミランダさんは未だに、あの変態を有能な外交官だと信じてるみたいです」
 「ま、仕事はできたみてーだしな」
 そこは認める、と、ラビがため息をつく。
 「ともあれ、あいつに負けず優秀な俺らは葬式を済ませて、不名誉な遺品を処分しちまった後、邸見物を兼ねた内覧会とオークションを開いたわけさ。
 家具はできるだけ家ごと売っちまうのが手っ取り早いかんね」
 とにかく早く帰りたかったんだと、二人してため息をついた。
 「思った以上に客が来てくれて、家具や食器も売れに売れたんさ。
 ちょめなんか、店に置くからっていくつも家具を買ってくれたさね。
 そしてメインの・・・ペックの奴、フランス王家の王冠についてたって言う、すっげー青ダイヤをはめた指輪を持ってて、それがオークションに上ったんさ!
 怪盗はきっと、これを狙って女の子を潜入させたんろうけど、生憎この指輪は女の子の金髪を硬く握り締めた指にはまっててさ、死後硬直が解けた後に検視官が外してくれるまで、遺体と一緒にあったもんなんさ」
 「僕なんか気持ちわるっ!って思うけど、このオークションが一番盛り上がりましたねー。
 殿下がアメリカの富豪と最後まで争って、競り落とされたんですよ」
 ミランダから『素敵な宝石が出ますよ』と知らされたクラウドが、わざわざ邸まで来てくれたのだと言う。
 「だけどそれがね・・・」
 アレンの気まずげな目線に頷き、ラビが肩をすくめた。
 「怪盗に・・・盗られちってさー・・・・・・」
 「もう、殿下は激怒されるしミランダさんは倒れるし神田のアホは僕らを犯人呼ばわりするし!」
 「こうなったらいつもの探偵に頼もうさってことで!」 
 「・・・ボクがわざわざ荒波を乗り越えてきたと」
 納得したコムイに、二人は大きく頷く。
 「よろしくさ、名探偵!
 俺ら、なんとしても31日にはロンドンにいたいんさ!」
 「少年探偵もお手伝いしますから!
 一緒にロンドンに帰りましょーね!」
 詰め寄ってきた二人に、コムイは苦笑して頷いた。


 To be continued.


 







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