† L’heure Z †







 「出かける前に、少し眠らせてもらっていいですか?」
 一晩中、どこへ行っていたのか、憔悴した様子のコムイにクラウドは頷いた。
 「客室を使え。
 お前が寝ている間に、私は数学教師と下男に連絡をつけておこう。
 他になにか欲しいものがあれば遠慮なく言うがいい」
 「お心遣いありがとうございます。
 でも、他の証人への連絡はご不要。
 殿下には相手の目を眩ますお役目がありますので出向いていただきますが、彼らはせっかくの土曜日です。
 ゆっくり過ごさせてあげてくださいよ」
 あくびまじりに言うコムイを、メイドが驚きと非難の混じった目で睨みながら部屋へ案内する。
 「10時に起こしてくれる?
 コーヒーと軽食を用意してくれると嬉しい」
 一礼したメイドがドアを閉めるや、コムイはベッドの上に倒れこんだ。


 その一方で、昨日からずっと寝ていたラビがようやく目を覚ました。
 「腹減ったー・・・」
 空腹で起きた彼は、眠そうに目を擦りながら呼び鈴を鳴らす。
 「おはよー。
 やっと起きたね」
 メイドより先に入って来たアレンが、はい、と着替えの入ったバッグを放った。
 「コムイさんからの命令だよ。
 またミール邸に行って、ロード嬢をちょめ助さんのお店に連れて来いって。
 いよいよ怪盗を捕まえるんだってさ!」
 キラキラと目を輝かせて、ベッドにダイブしたアレンがぽんぽんと跳ねる。
 「わくわくするねぇ!
 僕達、本当に探偵みたいだなぁ!!
 ねぇ、聞いてる?!」
 のろのろとバスルームに入ったまま、なにも言ってくれないラビに、アレンは頬を膨らませた。
 「聞いてるさー・・・」
 とは言いつつ、テンションの上がらないラビの声にアレンは口を尖らせる。
 「ロードがキレーな年上のお姉さんじゃないから気乗りしないんでしょ!
 それより殿下と一緒の方がいいのにーなんて思ってんでしょ!
 怪盗がなんかフッツーの人っぽかったら興味なくなっちゃったんでしょ!!」
 きゃんきゃんと喚くと、ラビがようやくバスルームから出てきた。
 「わかってんならリナと代わってやろうか?
 お前も、俺と行くよりリナと一緒の方がいいだろ?」
 冷めた口調の彼に、アレンは憮然として足をばたつかせる。
 「リナリーはミランダさんのお見送りに行っちゃったよ!
 ちょめ助さんのお店に寄ってから駅に行くって。
 コムイさんから昨日、怪盗にはもう絶対に関わるなって、すごく怒られてたし・・・来ないんじゃないかな」
 「へぇ・・・なんかあったん?」
 問われてアレンは、昨夜の冒険を話して聞かせた。
 「怒りすぎさ、コムイ。
 別にリナには危険なこと、なかったんだろ?」
 「うん・・・でも確かに、女の子を危ない場所に連れてっちゃいけないよね。
 コムイさんに、男の子としてダメだって言われちゃった・・・」
 「そりゃ気の毒に」
 苦笑して、ラビはベッドに突っ伏すアレンの頭を撫でてやる。
 「そんでお前は、汚名返上を狙って張り切ってるわけかい」
 「うん。
 連れて来るだけだから、そんなにお役立ちってワケじゃないかもだけど、やらないよりマシでしょ?」
 「まぁな。
 そんで?
 ちょめの店じゃ、殿下も一緒なんさ?」
 「面通しするって言ってるんだもん。
 当然、いらっしゃるんじゃない?」
 それを聞いた途端にラビの機嫌がよくなった。
 「じゃ!
 急いでロード嬢を迎えに行って、殿下と合流さねv
 「あからさまだなぁ・・・」
 うきうきと出かける準備をするラビに、アレンが呆れる。
 「それと出かける前に、メシ食う時間あるさ?
 糖分くれ、糖分」
 大真面目に言った彼に、アレンは呆れ顔で肩をすくめた。


 朝食を終えたラビがアレンと出かけた後、メイドに起こされるまでもなく、コムイは目を覚ました。
 呼び鈴を鳴らすと、すぐにコーヒーとブランチが運ばれてくる。
 「アレン君達はもう出かけたかな?」
 「1時間ほど前に」
 堅苦しく答えたメイドが一礼して下がると、コムイはコーヒーカップにため息を落とした。
 「・・・だからボク、ここに泊まるのやだったんだよ」
 早く出て行こう、と、呟きを漏らす。
 「アレン君達、うまくやっておくれよ・・・」
 ぼやきながらもブランチと身支度を終えたコムイが居間へ降りていくと、すぐさまクラウドが立ち上がった。
 「行くのか?!」
 戦にでも赴くのかと思う気合の入った表情に、コムイは苦笑して頷く。
 「くれぐれもお願いしますが、暴力行為は控えてくださいよ。
 そんなことしたら捕まるのはこっちですからね」
 あくまでも、ダイヤを取り返す交渉に集中と、繰り返すコムイに神田が舌打ちした。
 「めんどくせぇ」
 「めんどくさくても、暴力はダメだからね!」
 一番危険な彼に更に念押しし、無理矢理頷かせる。
 「じゃあ行きましょうか。
 できるだけ目立つ馬車でv
 何か企んでいる目を細め、コムイはにんまりと笑った。


 その日、ボアシー・ダングラー通りに開店した日本茶館の店頭は、試飲を勧める店員と興味を惹かれた客で賑わっていた。
 そんな店の真ん前に王族御用達の豪華な馬車を止めてやると、好奇心旺盛なパリっ子達が、また興味津々と店に寄ってくる。
 「これも店の宣伝になるんじゃないですか?」
 金持ちも寄る店だとわかれば、入店に躊躇していた人々も入ってくるだろうと、コムイは愉快そうに笑った。
 「特に殿下は今、怪盗のご活躍と共に有名人の仲間入りをされましたからね。
 新聞でお姿を拝見した連中が寄ってくるかもしれませんよ」
 「好きで有名になったわけでもないのにな」
 憮然としたクラウドの意を受けて、馬車道側のドアから出た神田が早速集まって来た野次馬を散らす。
 「神田君、ありがとー」
 人が離れて、ようやく開けられるようになった歩道側のドアを開けると、目の前にリナリーがいた。
 「兄さん・・・!」
 恨みがましく睨むリナリーに、コムイは思わず苦笑する。
 「なんだ、まだいたの。
 あんなにお別れの挨拶をしたのに、また会うなんてちょっと気まずいね」
 そう言うと、リナリーの傍らにいたミランダも頷いた。
 「本当に。
 殿下、ごきげんよう」
 「え?あ・・・あぁ・・・」
 神田に手を取られ、コムイに続いて降りて来たクラウドが驚いた後に笑い出す。
 「着くのが早すぎたか。
 アレン達はまだ来てないのだろう?」
 「はい。
 喫茶室は誰もおりません」
 丁寧に一礼したリナリーに頷き、クラウドはミランダと握手した。
 「では改めて、よい旅を」
 「はい、ありがとうございます」
 ミランダに促されて歩を進めたリナリーを、コムイがじっと見つめていると、振り返った彼女が思いっきり舌を出す。
 怒った妹の背が見えなくなるまで見送ってから、コムイは店に入った。
 「あの子達、随分長居してたんだね」
 売店で忙しそうなちょめ助を見つけて声をかけると、彼女は笑って首を振る。
 「いいや?1時間くらいだっちょよ。
 二人はここが10時開店だって知ってたから、それまで観光してたそうだっちょ。
 せっかくパリに来たのに忙しくって、何も見てないって言ってたっちょよ」
 「あ・・・そういえば、どこにも連れてってなかったな」
 気まずげに呟いたコムイに、ちょめ助はクスクスと笑い出した。
 「忙しかったんだから、しょうがないっちょ。
 ミランダも、こっちに来てからはずっと葬式とかオークションの手伝いでどこにも行ってなかったっちょから、ようやくエッフェル塔に登れたって、すごく喜んでたっちょ」
 「そっか・・・」
 だったら少しは気が済んだだろうかと、コムイは苦笑する。
 「じゃあちょめ君、昨夜の打ち合わせ通りにお願いできるかい?
 殿下には喫茶室にいていただいて、店員に扮した警官達でお守りしておくれ。
 時々、窓から外を見ていただいてね。
 きっと通りには怪盗の仲間がいて、僕たちの出入りを見張っているから、油断なくね。
 ボクは連絡が来たら神田君と移動するけど・・・」
 くすりと、コムイはイタズラっぽく笑った。
 「ボクらがいない間にリナリーがこっそり戻って来たら、殿下のお傍に置いて離れさせないで」
 「りょーかいだっちょv
 大きく頷いて、ちょめ助が敬礼の真似をする。
 「がんばってv
 それから連絡が来るまでの間、コムイは日本茶館で時間を潰してから、神田と共に客で賑わう店を後にした。


 ―――― シャルグラン通りはクラウドの邸近くにある、大きな道がいくつも交差する場所だ。
 そこは『地下都市』においても、あらゆる方角へ長い道が続く、いわゆる『要衝』だった。
 今、その通りにあるアパートメントでは、賑やかに引越しの作業が行われている。
 5階のワンフロアを全て借りていたのはまだ若い紳士で、本人は周りに実業家だと話していた。
 事業の都合で引っ越しを余儀なくされた彼は、その気さくで気前のいい人柄を愛す隣人達に惜しまれつつ、もう荷物も無くなった我が家へ足を踏み入れる。
 部屋に備え付けの電話に歩み寄り、ダイヤルを回すと程なくして、さっき別れたばかりの少女が出た。
 「どう?
 なにも変わったことはないか?」
 気遣わしげに問うと、彼女は『気にしすぎだ』と笑う。
 『僕は大丈夫だよぉ。
 だってネアが、あいつらを強制送還してくれたしぃv
 楽しそうに笑う彼女にネアは苦笑した。
 「油断しないで。
 ミールの家は引き払うように手配したから、しばらくはそこでじっとしているんだよ・・・ミミ」
 『はぁいv
 ネアにミミって呼ばれるの、なんかくすぐったい』
 クスクスと笑う少女にもう一度注意を促して、彼は受話器を置く。
 「さて・・・」
 マントルピースに歩み寄った彼は、そこに掛けていたステッキを取り、重さを確かめるように軽く振った。
 「欲しいものは全部手に入ったし、そろそろ・・・」
 「行くのはケーサツと、ケーサツより怖い殿下の邸と、どっちがいい?」
 突然背後から声を掛けられて、ネアが振り向く。
 「あんた・・・は・・・?」
 「はじめまして、と言うべきだよね。
 ボクはコムイ。
 あの子供達を使っていた探偵だよ」
 「あんたが・・・」
 英国で有名な探偵かと、ネアが呟いた。
 彼が初めて見た探偵は、東洋人と聞いていたが意外なほど背が高い。
 しかし腕力にはそう、自信がありそうには見えなかった。
 早速飛び掛ろうとしたネアの前で、コムイは笑って両手を振る。
 「やめてよー。
 ボク、腕力勝負とか全然ダメなんだからさ。
 丸腰の紳士を痛めつけても、キミの名前に瑕がつくだけだよ?」
 それに、と、彼は開け放したままのドアの向こうを見遣った。
 「ガルマー警部とは昨夜、しっかり打ち合わせをして、このアパートの周りだけでなく、地下道の中にまで警官を配置してもらってるんだよ。
 あの人、自分には大勢部下がいるんだ!って威張ってたけど、嘘じゃなかったんだねぇ。
 ホントにわらわら来ちゃってボク、余った人数をどこに配置しようか困っちゃったからさぁ・・・」
 にんまりと笑って、コムイは小首を傾げる。
 「この上の階にいた双子の犯罪者、ついでに捕まえてフロアに警官配置しちゃったぁv
 ロンドンで一旦捕まえたのに逃げられちゃった銀行強盗犯だったからさ、見つかってラッキーだよぉv
 なんでこの上の階に住んでたのかは、知らないけどぉ?」
 「あんた・・・わざとらしいな・・・!」
 苛立たしげにネアが吐き捨てた。
 「どこまでわかってんだよ!」
 怒鳴りつけた途端、コムイの顔から笑みが消える。
 「キミが、ティキ達犯罪者の兄弟で、その黒幕・・・『伯爵』こと千年公が、建築家のミールだってことかな」
 「っ!!」
 悔しげに顔を歪めるネアを、コムイは無表情に見つめた。
 「殿下・・・依頼人の邸で初めて建築家の名前を見た時、変な名前だと思ったんだよ。
 Mille・・・年号の下に書くには妙な単語だってね」
 Milleとは、英語で言えばthousand・・・『千』のことだ。
 「ボクは長年彼を追っていて、『千』と言う文字には過敏になっていた。
 でもさすがに今回は偶然だろうと思ったよ。
 彼はこの国では有名な建築家だって言うし、いくらなんでも神経過敏になりすぎだってね。
 でも調べていくうちに、やっぱりと思った。
 本当の黒幕は、彼だったんだね・・・!」
 何も言い返せないネアに、コムイは詰めていた息を吐いた。
 「さすがだよ、犯罪界の帝王は・・・!
 まさか、怪盗まで彼の手中だったなんてね」
 その言葉にはネアが、ムッと眉根を寄せる。
 「違う・・・!
 俺は確かにあの人の一族だ!
 場合によってはあの人に協力を求め、協力もする・・・だけど、決して言いなりになんかなってない!
 俺は、俺の好きなようにやっているだけだ!
 だから俺は絶対に、人を殺しはしない!そんなものは面白くないからだ!
 俺は盗んで楽しむ・・・盗んで楽しませる!
 この作られた街で、金持ちに虐げられて鬱屈している市民が手を叩いて喜ぶような、そんな小気味いいショーを演じているだけだ!
 絶対に!あの人とは違う!」
 「でもね、今回キミが立案した計画は見事に失敗して、死ななくていい人が死に、小さな子を殺人者にしてしまったんだよ。
 これのどこが小気味のいいショーだって言うんだい?
 自己満足もいい加減におしよ」
 反駁を封じられ、黙り込んだネアに、コムイは手を差し出した。
 「さ、ダイヤを返して」
 「・・・・・・イヤだ」
 きかん気な子供のように、ネアは首を振る。
 「あんたの言う通り、計画は失敗したんだ・・・。
 だったらせめて、成果だけは持って行く!」
 「わからない子だね」
 コムイは、呆れたように肩をすくめた。
 「キミが強情を張るなら、ボクはキミを困らせる手を打たなきゃならない。
 それはつまりね、キミが可愛がっているあの子を、警察の手に引き渡すってことだよ」
 その言葉に、ネアが笑みを浮かべる。
 「英国の名探偵って言うからどれほどのものかと思ってたのに、案外抜けてるんだね、あんた。
 こんな奴に捕まるなんて、あの兄弟は間抜けもいいトコだよ」
 クスクスと笑うネアに、コムイはにんまりと意地悪く笑った。
 「あの子は安全な場所にいると思ってる?
 例えば・・・そう、あの子がミミと呼ばれて暮らしている、あのアパートメントとか?」
 ぎくりと、ネアの顔が引き攣る。
 「ねぇ、怪盗?
 ボクにはガルマー警部のような大勢の部下はいないけど、心強い協力者はいるんだ。
 今回は、彼らにはとても助けてもらったんだよ。
 なんたってここは、ボクにとってはアウェーだもん」
 「なにをしたんだよ・・・!」
 きつく睨んでくるネアの前で、コムイは両手を広げた。
 「昨日、アレン君はクラペイロン通りのアパートメントを偶然見つけたんじゃない。
 ロード嬢が学校を出た瞬間から後をつけて、ミミとして暮らしているアパートメントを突き止め、その後、隣のアパートメントから出てくる彼女を確認し、何度も辻馬車を乗り換える彼女をがんばって追いかけて、クラペイロン通りの隠れ家を発見したんだ。
 いいかい?
 ボクはこの時既に、ミール氏の図書室からラビが持ち出した設計図を全て入手していたんだよ。
 おかげでどの建物のどこに彼特有の仕掛けがあって、キミやロード嬢が神出鬼没になり得たかを確認することができた。
 だからもちろん、ミミのアパートメントの部屋と、隣のアパートメントの部屋が繋がっていることも知っているんだよん♪」
 「馬鹿を言うな・・・!」
 さすがにそれば大ボラだと、ネアは冷笑する。
 「あいつらが帰った後、俺はまず図書室の隠し棚を調べて、設計図に異常がないことを確かめたんだ!
 あんたがあれを入手しているはずがない!」
 「それができるんだよ」
 あっさりと、コムイは言ってのけた。
 「こんなこと本人に言うと、すーぐ自惚れるから言ったことはないんだけどね・・・ラビは、記憶力にかけては本物の天才だよ。
 見たものをそのまま記憶し、描き出す類まれな才能を生まれながらに持っている。
 その彼が、図書室で見た設計図の全てを覚えて持ち帰り、ボクが用意した紙に描き出してくれたってワケ。
 ま、こんなこと信じられないだろうから、信じなくてもいいよ。
 ただ、そのせいでキミが追い詰められているのは事実だ」
 「じゃあまさか・・・」
 笑うしかないとばかり、ネアの表情が歪む。
 「ここも、その特殊能力でつきとめられたとでも?
 あんたはヘボ警部の誇る人海戦術を駆使して、ミールが設計した十数軒の家の全てを張ってたってこと?」
 「うーん・・・それはちょっと違うかな」
 首を捻って、コムイは床を指した。
 「昨夜ボクがやったのは、日本茶館の開店準備でこき使われていたガルマー警部に頼んで、部下のおまわりさん達に隠し通路のある建物全てを巡回してもらったことだね。
 真夜中に地下から近づいたおまわりさん達は通路の入り口に板を渡して、とんてんかんてん大工仕事をしてくれたんだよ。
 みんなが寝静まっている間の作業だから、住民に気付かれないようにできるだけ静かに釘を打ったんだけど、これって結構難しいね!
 ボク、音のしない釘とトンカチを作る必要性にかられたよ!」
 おどけた口調のコムイの話で地下への逃げ道を塞がれたことを知り、ネアは苛立たしげに床を蹴る。
 「じゃあなんでここがわかったんだよ!
 俺はこの住処を偽名で借りていたのに・・・」
 「それもラビに聞いたんだよ」
 「どうやってだ!
 あいつは今、海の上だぞ!」
 でたらめを言うなと、怒鳴るネアにコムイは余裕の笑みを浮かべたままだった。
 「言ったでしょ、ボクには心強い協力者がいるんだって。
 キミがどうやってあの子達を船に乗せて、海に放り出したのかは知らないけど、彼らはしたたかだよ。
 どんなピンチでも、思いつきと勇気で切り抜けてしまう。
 キミの兄弟が逮捕された時も、あの二人は侮れない活躍をしたもんだよ。
 ・・・なーんて言ったら、すぐ調子に乗るから絶対に言わないけどね」
 クスクスと笑って、コムイはネアを更にイラつかせる。
 「まぁ、そんな彼らがだ。
 短時間のことかもしれないけど、船の無線を奪うまでは活躍したらしいね。
 ラビが港に知らせたのは、ロード嬢が君に助けを求めた時にかけた電話番号と、ここの住所だ。
 ねぇキミ、設計図には一緒に、建設地の住所と依頼人への連絡先もファイルされているよね?
 ボクが照合するまでもなく、ラビはそれを港の通信士に伝え、通信士は今日オープンしたばかりの日本茶館へ電話してくれた。
 あぁ、ついでに警察に連絡して、誘拐犯が乗った船の拿捕も依頼してくれたらしいよ。
 留置場で、再会の握手でもするといい」
 にこりと笑って、再び手を差し出したコムイを、ネアは挑戦的に睨みつけ、腕を組んだ。
 「俺は捕まらないよ。
 それに、このダイヤはずっと狙ってたものだし、こんな屈辱的なゲームの記念品にもなってしまったんだ。
 もう一生、手放さないって決めた」
 「だからそれは困るんだって」
 苦笑して、コムイは小首を傾げる。
 「言ったよね、ボクはあの子がどこにいるのか知っている。
 そしてあの場所には今、警察より怖い、殿下の護衛官がいるんだ。
 キミの兄弟を何人も留置場に送り込んだ男だよ。
 殿下の命令には絶対服従で、実に冷酷な人物だ。
 殿下からは『なんとしてもダイヤを取り戻せ』って命令を受けているから、ダイヤの在り処を吐かせるために、普通だったら手心を加えるべき小さな女の子に対しても、容赦なく乱暴するだろうね。
 ねぇキミ?
 小さくて可愛いキミのロード嬢がさ、冷酷な護衛官に痛めつけられて泣く姿なんて見たくないでしょ。
 その上、殺人者として警察に引き渡され、犯罪界の帝王の娘として非難された上に、感情的な法廷で裁かれる姿なんて、見たくないよねぇ?」
 「おまえ・・・!」
 声を詰まらせ、血走った目で睨みつけるネアの前で、コムイは悠々と懐中時計を取り出した。
 「随分と長話をしたけどね、怪盗。
 実はもう、あまり時間がないんだ。
 ガルマー警部には、僕が入って10分後に突入してね、ってお願いしている。
 それまでにキミがダイヤを差し出さなかったら、ロード嬢をここへ連れてきて、警部に引き渡そうと思う。
 ・・・あと10秒だよ」
 「・・・!」
 「7秒」
 「6秒」
 「5・・・」
 「わかった」
 ネアの声に、微笑んだコムイがパチンと懐中時計を閉じる。
 「賢明な判断だ」
 唇を噛んだネアは、握り締めていたステッキをコムイに差し出した。
 「・・・・・・その握りの中に仕込んでいるよ」
 忌々しげに言ったネアに頷き、コムイはステッキの握り部分を回す。
 空洞になった中には柔らかいパテが詰まっていて、そこにダイヤが薄青い光を放って埋もれていた。
 「確かに。
 早速神田君に連絡して、殿下の下に戻ってもらおう。
 これでロード嬢は自由の身だ・・・けど」
 握りを元に戻して、コムイはステッキをくるりと回す。
 「またこのダイヤを狙ったなら、今度はボクも、冷酷にならざるを得ないね」
 「わかってるよ・・・!」
 悔しげに唸る怪盗の耳に、どやどやと乱雑に走ってくる大勢の足音が響いた。
 「・・・ねぇ、ネア。
 キミが人を殺さない、ってのは、ガルマー警部が断言していたよ。
 だから男爵殺しはキミの仕業じゃないって、誰よりも確信を持って信じているのが警察の人間だなんて皮肉だね」
 「なにそれ、気休め?」
 これから逮捕されようって人間になにを言うのかと、ネアが苦笑する。
 「いいや。
 ただ、『伯爵』の一味にしては、キミは異色だ・・・」
 願わくはそのままで・・・とは、口が裂けても言えないが、彼のことを嫌いになれないことも確かだった。
 「こんなことを言うのも変だけど・・・元気でね」
 「・・・・・・ふんっ!」
 部屋に雪崩れ込んだガルマーとその部下達に囲まれ、怪盗は忌々しげに鼻を鳴らす。
 その、傲慢にして不屈の姿にコムイは微笑み、黙ってその場を後にした。


 ―――― 翌朝、クラウド自らの見送りを受けて邸を出たコムイとリナリーの兄妹は、北駅まで王族専用の馬車で送ってもらうという栄誉に与った。
 素晴らしい乗り心地に名残を惜しみながらも馬車を降りると、すかさずポーターが駆け寄って、荷物を持ってくれる。
 「す・・・すごいね、リナリー・・・!
 豪華な馬車に乗ってると、降りても扱いが違うんだね・・・!」
 生まれてこの方、王族の暮らしとは無縁だったコムイがいつもとの違いにややうろたえた。
 しかしリナリーは王族の侍女だっただけあって、『こんなの、当然だよ』と、堂々としている。
 コムイは王女に仕える侍従になった気分で、妹に従った。
 「ロンドンでは、なんの仮装するか聞いたのかい?」
 人混みをさくさくと進む彼女に置いて行かれまいと急ぎながらコムイが問うと、リナリーは頬を紅潮させて頷く。
 「お姫様だって!
 私が前に、アレン君ちで読んだ童話のお姫様のドレス・・・!
 どんなのかなぁ・・・私、似合うかなぁ・・・v
 「きっと似合うよv
 汽車のドアを開けたコムイは、リナリーの手を取って先に乗せた。
 座席はクラウドの執事が手配してくれたため、一等車両の広々としたコンパートメントだ。
 「船も、いいお部屋を取ってくれたって。
 そこなら船酔いも少しはマシなんじゃない?」
 「・・・言わないでよ。今から憂鬱になるよ」
 大きくため息をついて座席に座ったコムイの傍らに、ポーターが荷物を置いた。
 「あぁ、ありがと・・・」
 コムイがチップを渡すと、ポーターはにんまり笑う。
 「キミ・・・!」
 「お忘れ物はありませんよね、名探偵?」
 言うや彼は腰を浮かしたコムイの手が届かない場所へ、一瞬で退いた。
 「なぜ・・・逮捕されたんじゃ・・・!」
 「あんな間抜けにこの俺が捕まるもんか」
 クスクスと笑いながらコンパートメントのドアを閉めた彼は、軽やかな足取りでホームへ降りる。
 動き出した汽車の中で目を丸くする兄妹へ、ネアはにこやかに手を振った。
 「どうぞお元気で、名探偵。マドモアゼルも。
 A tout a l’heure!(じゃあまたね!)」
 車窓の向こうの声は聞こえない。
 だがきっと、彼らは自分の幸運を願ってくれたことだろうと勝手に解釈して、ネアは愉快そうに笑った。


 Fin.


 











ご覧いただきありがとうございます。
トゥルーエンドはこちらになります!(笑)
2013年ハロウィンSSでした!
これは、リクエストNo.84『少年探偵(ルパン対ホームズ)』を使わせてもらってますよ。
題名はラルクの曲名で、『時間』という意味のフランス語です。
ラストのセリフ、『A tout a l’heure.(じゃあまたね!)』ってのが使いたくてつけましたよ(笑)
この話を書くために、『ルパン対ホームズ』を違う訳者で2冊読みましたが、訳が古いので中々苦労しました;
原作者は『これ!ホームズじゃないです!ショメルズですっ(キリィッ)』と言っているそうですが、日本では堂々『ホームズ』と訳して空気読めないっぷりを発揮しまくった作品だそうです。
読んでて最初はイラァってしてましたが、慣れると『まぁいいか』と許容できるようになる、不思議な作品でした(笑)
筋だけもらって色んなところを変更しているので、ほとんど別物になっています。
そして、余計なことに分岐なんかやったもんだから、頭がごっちゃになるはめに;
非常に大変でした;
分岐・本筋一緒に日付別に並べると、以下のようになります。

18日 殺人事件発生
20日 アレン達パリに到着
21日 葬式
22日 内覧会
23日 オークション
25日 宝石商がクラウド邸へ
26日 昼・窃盗発覚/夜・コムイへ依頼
27日 夜・コムイ到着/ちょめ助尋問&解放/コムイら男爵邸捜査&抜け道発見
28日 朝・テワクら逮捕/アレンら建築家邸へ/昼・ロード追跡/夜・ミランダの偽者が逃げる
29日 朝・ミランダ帰国/アレンら拉致されるor船で帰国/日本茶館開店/ダイヤ発見・怪盗逮捕/夜・港でリーバーに助け出される
30日 帰国の途へ

このスケジュール表なかったら更に混乱するところでした;
バッドエンドは、一つくらい後味の悪いもん入れとこうと思って書いたら予想以上に後味悪かったです(^^;)
日本茶館は原作にも出てくるので、どんなものか調べたんですが、資料はありませんでした。ちょっと気になるところですね(笑)
ともあれ、お楽しみいただければ幸いです
v













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