† L’heure V †







 「金髪の少女を見つけたぞ!」
 その声に室内はしんと静まり返った。
 「・・・ガルマー警部、その・・・貴殿を疑うわけではないが、それは本当か?」
 「イヤ殿下、その表情と言い方はものすごく疑ってますよ」
 言わなくていいことをわざわざ指摘するコムイのせいで、ガルマーの顔が悪魔のように歪む。
 「単独行動の探偵と違って俺は市警の警部でしてね!部下なんかいくらでもいるんですよ!」
 吼えかかられたコムイが首をすくめ、コクコクと頷いた。
 その様に鼻を鳴らしたガルマーは、室内の面々を見渡して続ける。
 「俺はかねてより、誘拐事件と男爵殺人事件、そしてこちらでの盗難事件発生前に現れた金髪の少女は、同一人物ではないかと睨んでいたんだが・・・」
 「あぁ、それはボクも賛成」
 話を聞いただけだけど、と、コムイも同意した。
 「殿下は宝石商とその助手を全く疑ってらっしゃらないけど、お邸から宝石が消えるトリックを仕掛けるとしたら、そりゃ宝石商が指輪の台を付け替えた時でしょうね。
 ラウもご活躍だったみたいだし?」
 にんまりと笑うと、小猿はコムイの言葉がわかったかのように歯を剥いて怒る。
 「しかし・・・宝石商は信頼の置けるものだぞ?
 なにしろ、かねてより宝石のメンテナンスや管理を任せている店の者達だからな。
 今回は、いつも来ている者が風邪を引いたとかで、代わりの者達だったが、執事が店に確認をしているのだから、偽者ではないはずだ」
 小猿を宥めつつ、クラウドが訝しげに言うと、コムイはこの部屋にも引いてある電話に目をやった。
 「その確認は、電話で?」
 「あぁ、私の目の前で」
 亡命前には命を狙われていたこともあって、彼女の家臣達は誰もが用心深い。
 初めて見る宝石商とその助手の身分が確かなものと証明するまでは、クラウドに会わせる事もしなかった。
 「それは大変結構ですけどね、電話の繋がった先が、いつもの宝石店ではなく、怪盗の仲間の元だったとしたら、どうでしょうね?」
 「なに・・・?」
 そんなことが出来るのかと、クラウドが目を見開く。
 「では・・・あやつらが怪盗とその仲間だったかもしれないのか・・・!」
 騙されたと気づき、悔しげに眉根を寄せるクラウドへ、コムイは苦笑してガルマーを見遣った。
 「こちらの執事殿が掛けた電話を、怪盗かその仲間が受け取る方法はいくらでもあります。
 本当にその店の店員として、潜り込むことだってできるんですからね。
 まぁ、ボクが仕入れた情報だけじゃ、まだ確かだとは言えませんけど・・・警部は確信を持ってらっしゃるようだ。
 きっとボクなんかより、決定的な証拠を持ってんでしょ?」
 コムイが持ち上げてやると、ガルマーは得意げに胸を張る。
 「その探偵が言っていることはおおむね事実ですぞ、殿下!
 昨日、殿下のおっしゃる宝石店へ真っ先に確認したところ、店主は殿下からのご依頼を受けてもいなければ、そんな二人なんぞ知らんと言いました。
 そこで部下達は殿下のおっしゃる、人形のように可愛らしい容姿の金髪の少女を探して、パリ中を駆け回ったのですよ。
 殿下が満足される指輪を作れるくらいですから、ある程度の技術はあるだろうと考え、宝石商の助手で、そのような少女はいないか片っ端から探したのだ!
 そうしたら・・・」
 「まぁ・・・ただの商売人ならともかく、上流相手の宝石商は信用第一だからそんなに多くはないし、女の子の助手なんて更に少ない。
 怖い顔したお巡りさんが何十人も走り回れば、すぐに見つかるよね」
 コムイの差し出口にガルマーは不快げな顔で頷いた。
 「・・・そう、俺の優秀な部下はあっという間にその少女を見つけ出したとも。
 宝石商の妹で、人形のような顔立ちの、見事な金髪の少女だそうだ。
 そこで殿下にはご協力いただきたく・・・」
 「面通しか?構わんぞ」
 あっさりと頷いた彼女にガルマーは大きく頷く。
 「・・・しかし、少々問題がありましてな。
 既に盗難事件が公になっている以上、彼女にここに来いと命じれば、犯行がバレたと思って逃げ出すかもしれません。
 警察署に呼び出すのは更に難しく、どこか目立たない場所で、殿下だけでなく事件関係者全員が彼女を見られる場所はないものかと思案していて・・・」
 「それならさ!!」
 突然大声をあげたラビを、ガルマーは忌々しげに睨んだ。
 「なんだ?」
 「いい所知ってるさ!俺の友達の店!」
 「そっか!」
 ラビの言葉に、アレンも手を打つ。
 「ちょめ助さんの店、まだ開店準備中でお客さんいないんですよ!
 日本茶館だから、事件関係者の皆さんが全員集まったって広さには問題ないし、そこで待ち合わせしたらどうですか?!」
 ガルマーは怖い顔で提案者達に歩み寄ると、大きな両手で彼らの頭を撫でてやった。
 「おあつらえ向きだ!
 では、すぐにでもその宝石商と少女を呼び出そう!
 きっと宝石商は怪盗の、世を忍ぶ仮の姿に違いない!」
 ガルマーの言葉に少年探偵達がキラキラと目を輝かせる。
 「怪盗!とうとう見られるんさね、怪盗!!」
 「僕、怪盗って初めて見るよ!どんなんだろー!!」
 期待に輝く目で見つめられたガルマーは、自尊心を思う様くすぐられ、二人の同行を快く許可した。


 ―――― 翌日、朝一番に連絡して、一行はちょめ助の日本茶館を訪れた。
 開店を2日後に控えたそこは、日本茶の爽やかな香りが漂っている。
 荷を開ける店員達が忙しく行き交う中、なんとか時間を空けてくれたちょめ助に、ラビが手早く事情を説明した。
 「はぁ・・・それでおいらの店に来てくれたっちょか。
 別にいいけど」
 頷いたちょめ助は、大勢の客達を2階の喫茶室へ案内する。
 そこは大通りに面して窓を広く取った、見晴らしのいい場所で、室内でありながらテラスにいるかのようだった。
 「初めて来たけど、いいお店ですね、ちょめ助さん!」
 アレンの誉め言葉に、ちょめ助は嬉しげに微笑む。
 「もうすぐ万博だっちょ?
 以前もパリじゃ、それのおかげで大儲けさせてもらったんだっちょv
 だから今回は『えきぞちく』な茶店を作ったら、また繁盛するだろうって、狙ってんだっちょv
 「エキゾチック、な、ちょめ」
 ちょめ助の言い間違いを軽く訂正して、ラビは緋毛氈が敷かれた縁台に腰を下ろした。
 「なぁここ、ちょっと弄ってもお前の邪魔になんねぇかな?」
 一応の気を遣うと、ちょめ助はあっさりと頷く。
 「ここはもう、これで完成なんだっちょ。
 長い縁台が、テーブルの代わりにもなるんだっちょよ」
 だからテーブルを置く必要がないのだと、彼女はクスクスと笑った。
 「殿下にはぜひ、傘の下に入って欲しいっちょv
 紅い陰が白い肌に映るのが、とてもきれいなんだっちょよv
 この仕掛けで芸術家とモデルと貴婦人をどんどこ呼び込むのだと、ちょめ助の気勢が勇ましい。
 「おいらはまだ、1階の売店とキッチンの片付けが終わってねぇから、お茶も出せないんだけど・・・」
 彼女がすまなそうな顔をすると、ガルマーがにこやかに首を振った。
 「お気遣いは無用だ、可愛いマドモアゼル!
 俺たちは仕事で来ているのだから、あなたも自分の仕事に精を出してくれていればいい。
 開店したらぜひ、私もこの店の常連に・・・!」
 「うるせぇよ、フランス人ガ」
 神田に刀の鞘で盆の窪をしたたか突かれ、ガルマーは白目を剥きそうになる。
 「〜〜〜〜っなにをするかこの野蛮人が!!」
 掴み掛かった腕を取られ、捻りあげられて悲鳴をあげるガルマーを神田が忌々しげに見下ろした。
 「勤務時間になにナンパしてやがんだ、エロ親父が!仕事しろ仕事!!」
 「男がえっちぃくなかったら、人類が栄えんだろうが!」
 「勤務時間に仕事しねぇ奴はとっとと滅びろ!!!!」
 大声で怒鳴りあう二人の間に、苦笑したラビが割って入る。
 「おっさんの意見には賛同すっけど、今は犯罪者ひっ捕らえようってんだろ?
 ちったぁ静かにしねぇと、逃げられちまうんじゃね?」
 そう言ってやると、神田も渋々ガルマーの腕を放した。
 「そろそろ事件の関係者さん達も来るんじゃないかなぁ・・・あ、噂をすればマシュー君が来たよ」
 窓に貼りついて外を見ていたアレンが言うと、コムイが小首を傾げる。
 「マシュー君・・・ってのはもしかして、男爵家の下男君?」
 「そ。
 あいつの性癖を知らずに有能な主人だと信じていた、気の毒なコさね。
 あいつの邸は売っぱらうことにしたから、他の働き口紹介して、今は別の邸で働いてるさ」
 「ふぅん・・・じゃあ、あの紳士はもしかして、娘さんを誘拐された人?」
 クラウドの傍にぴったりと寄り添って立つリナリーが、目だけを窓の外にやって聞いた。
 道の向こうで馬車が途切れるのを待っている男はきちんとした身なりの紳士で、やや気難しそうに見える。
 「高校で数学を教えている先生だそうですよ。
 とんだ難儀でしたよね」
 ようやく窓から離れたアレンは、きょろきょろと部屋を見渡して、クラウドが座る縁台から離れた場所に座布団を置き直した。
 「殿下と同席ってワケには行かないでしょうから、二人にはこっちに座ってもらいましょ」
 「じゃ、宝石商の兄妹は入り口からできるだけ離して・・・殿下のお傍でも大丈夫さ?」
 護衛官の神田に問うと、彼は無言でクラウドの傍に立ち、軽く頷く。
 「じゃ、ユウちゃんの手前ってことで。
 コムイと俺らは入り口固めて、警部は案内な。
 部下の警官は外を張ってるんさ?」
 なぜか仕切っているラビを不快げに睨みつつも、ガルマーは頷いた。
 「宝石商の兄妹には、関係者達へ知らせた時間より、30分遅く来るように伝えてある。
 なんなら近くのカフェに、飲み物でも注文しようか?」
 既に1階へ戻ってしまったちょめ助には聞こえない程度の声で言った彼に、リナリーが首を振った。
 「お湯だけもらえれば大丈夫」
 言うや持参の大きなトランクを縁台の一つへ乗せ、茶器だけでなく茶菓子まで広げて見せる。
 驚き、どよめく一堂の前で、リナリーは得意げに胸を張った。
 「王宮の侍女たるもの、この程度の用意がなくてどうしますか」
 次々と上がって来た客達にも愛想よく会釈して、階下のちょめ助にお湯をもらいに行ったリナリーが、すぐにガルマーの名を呼ぶ。
 「なんだ?」
 「来っ・・・お客様がいらっしゃいました」
 来た、と言おうとして慌てて言い改めた彼女に頷き、ガルマーができるだけ落ち着いた足取りで階段を降りて行った。
 「随分お早いお着きですな。
 ご紹介したいお客様は既にいらっしゃってますが、まだもてなしの準備が整ってませんでな。
 商談中にカフェの一杯も用意できませんが、よろしいかな?」
 宝石を求めている客を紹介したい、と言う口実で呼び出したというガルマーが、気さくに話しながら2階へと上がって来る。
 緊張の面持ちで迎える面々は、入って来た二人を見るや、全員が眉根を寄せた。
 中でも最もきつく眉根を寄せたクラウドの傍から離れた神田が、つかつかと二人へ歩み寄る。
 「てめぇら・・・!」
 恐ろしい形相にはっとして、踵を返そうとした時には少女の腕が掴まれていた。
 悲鳴をあげた少女に気を取られながらも、アレンとラビはすぐさま入り口を塞ぎ、宝石商の男が逃げないように彼の両腕を掴む。
 「えーっと・・・すみません、なんかとっさに捕まえちゃったけど・・・この人怪盗ですか?」
 アレンの間の抜けた問いかけに、証言者の誰もが目を見開き、しばらく考えて首を振った。
 「俺は・・・怪盗を見たが、この人じゃない。
 まぁ奴は変装の名人だと言うから、確かにとは言えないが・・・少なくとも彼女は、例の金髪の少女ではないな」
 数学教師の証言に、ガルマーが目を剥く。
 「そんなはずはない!
 よく見てくださいよ!!」
 神田に腕を捕まれたままの少女の顔を無理やり上げさせるが、数学教師はやはり首を振り、男爵家の下男も首を振った。
 「男爵家のメイドもそれは可愛かったけど・・・この子じゃないのは確かですよ。
 あの子はまだ12歳だって言ってましたし、身長も150cmあるかないかです。
 このお嬢さんは15歳?くらいかな?
 あの子よりだいぶ大きいし、お人形のような顔立ちといっても、このお嬢さんみたいなちょっと冷たい感じではなくて、もっと幼い顔つきでした」
 「で・・・では・・・!!」
 最後の望みと、ガルマーは縁台に座ったままのクラウドを見つめる。
 「殿下・・・!
 この二人は、例の宝石商なのですよね・・・?!」
 だから神田が少女を捕らえているのだろうと問うが、クラウドはため息と共に首を振った。
 「違う。
 あの時の宝石商ではない」
 「なっ・・・?!
 ならばなぜ・・・!」
 声を詰まらせるガルマーに、クラウドはもう一度ため息をつく。
 「こやつらは・・・ヴァチカンの手先として働く女の飼い犬だ。
 今回の件には全く関係ないが、犯罪者であることは確かだ。
 逮捕したいならすればいい」
 「理不尽な!」
 思わず叫んだ兄妹を、アレンとラビがまじまじと見つめた。
 「そっか、この人達がブリジット・・・さんの」
 「ヴァチカンのスパイかー・・・ってことは、今もなんかの活動中なんさ?
 ってか、あの捕り物の時はリナもいたのに、なんでさっきなんも言わんかったんさ?」
 ラビの遠慮ない質問に兄妹は顔を背け、クラウドは気まずげに声を潜める。
 「あの時・・・暗かったので、リナリーには二人の顔が見えなかったのだろう。
 彼らを明るい場所へ引きずり出したのは、神田と警官達だったからな」
 それ以上は聞くなと、態度で示すクラウドを、ガルマーは未だ縋るような目で見つめた。
 「よ・・・よくご覧になってください、殿下・・・!
 きっと彼らは今回の・・・」
 「何度でも言ってやるが、今回の宝石商とは全く違う者達だ」
 きっぱりと言ったクラウドに、数学教師と男爵家の下男も大きく頷く。
 「まさかそんな・・・!」
 すっかり当てが外れたガルマーが、がっくりと膝を突いた。
 そんな彼に、宝石商を放り出したアレンとラビが屈みこむ。
 「あの・・・まさかとは思いますけど、これで捜査が行き詰ったわけじゃないですよね?
 他にも色んな証拠があるんですよね?」
 「ゆ・・・優秀な警部なんだろ?
 きっと他にも当てがあるに決まってるさ・・・そうだろ?!」
 そうだと言ってくれと、縋りつく二人にしかし、ガルマーは力なく首を振る。
 「そんなっ・・・!」
 引き攣った声をあげたアレンは、ぎりぎりとぎこちない動きで顔を上げ、クラウドを見つめた。
 同じく視線を上げたラビは、彼女の冷酷な目と目が合って思わず顔を背ける。
 「あの・・・殿下・・・・・・!」
 「僕達ですね、その・・・31日までにはロンドンに・・・・・・」
 帰りたい、と言う言葉は喉から出る前に捻り潰された。
 「テメェら、わかってんだろうな?!あぁ?!」
 少女を放り出した神田に鬼の形相で締め上げられ、二人して泡を吹く。
 「なんとしても私の誕生日までに、指輪を探し出せ!
 それまでは、帰国することまかりならん!」
 クラウドの厳命に逆らえるはずもなく、二人が一縷の望みをかけて見つめた先で、コムイは指を折って数えていた。
 「殿下、今日はもう28日ですよ?
 11月1日の夜会までにはなんとか間に合わせたいものですが・・・それ以前にって言われても、難しいでしょうね」
 3日しかないもん、と、コムイは苦笑する。
 「君達、前夜祭は諦めなさい」
 死刑宣告にも等しい言葉に絶望した二人は、白目を剥いて気を失った。


 Fin.


 







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