† L’heure X †







 「殿下にもう一度話を聞こうか」
 「へ?!なんでさ?!」
 「ここは『建築家の家に突撃ー!』じゃないんですか?!」
 早くダイヤを見つけなければ前夜祭までにロンドンへ帰れないと、焦る二人にコムイは肩をすくめた。
 「この邸からはもう、怪盗を追えないんだからしょうがないでしょ。
 情報は確実に集めていかないと、目の前で逃げられることになりかねないよ」
 「う・・・そうですけど・・・」
 がっかりと肩を落とすアレンの髪を、ラビが掻き回す。
 「ま、コムイがそう言うんならしょうがねーさ。
 明日は朝一番で殿下のお邸に行って、俺がモーニングコー・・・」
 「余計なことしてこじらせないでよ!!」
 自分の頭を掻き回すラビの手を取り、捻りあげたアレンがヒステリックな声をあげた。
 「なんだよ、やる気あんの?!
 そもそもラビは31日までにロンドンに帰る気あんのっ?!
 このままパリに残って、1日の殿下のお誕生日に参加しようって思ってんじゃないの?!」
 「まぁ・・・間に合わなかったらしょうがねーかなー・・・とは・・・」
 とうとう白状したラビの首に腕を回し、アレンは思いっきり締め上げる。
 「絶対!
 帰るってゆってんでしょー!!
 僕、今年のハロウィンはジェリーさんからおいしいお菓子もらって、リナリーとパーティするんだって決めて・・・」
 「ん?なに?なにゆった、アレン君?」
 背後からがしりと頭を鷲づかみにされて、アレンが凍りついた。
 「僕の妹に対して何か良からぬことを企んでいるんならキミ、ここで息の根を止めて地下通路に捨てるけど、いい?」
 「よ・・・よくないです・・・!
 何も企んでなんかいませんから・・・放して・・・・・・!!」
 文弱な見た目に反して握力の強い彼の魔の手から逃れようと、アレンがじたじたと暴れる。
 しかし、アレンの頭をぎりぎりと締め付ける手から力が抜ける様子はなかった。
 「ぎゃー!!助けてー!!」
 悲鳴をあげてもついさっきまで締め上げられていたラビは知らん顔で、部屋を出て行こうとする。
 「あ、コムイ。これから殿下ンとこ帰るんさ?
 ここに泊まるんなら部屋用意してっけど」
 「ここに泊まるよー♪」
 とうとう泡を吹いたアレンを床に放って、コムイはラビの後に続いた。
 「また馬車に来てもらうのも面倒だし、なにより、堅苦しい殿下のお邸に泊まったら肩こりそうだもん」
 できるだけあの邸での宿泊は減らしたいと言う彼に、ラビは口を尖らせる。
 「だったら俺が代わりに行きたいくらいさ!
 いつもユウの奴が乱暴に追い出すもんだから、メイドまで俺には冷たくってさー!」
 「それは自業自得でしょ」
 ぶつぶつとぼやくラビに笑って、コムイは三階の客用寝室に入った。
 「あれ、家具がある」
 床で寝る覚悟だったのに、と呟く彼に、ラビが笑う。
 「客用のベッドは備え付けだから、個別に売れんかっただけさ。
 なんか足りんもんがあったらゆって」
 「はいよー」
 ラビがドアを閉めた途端、階下でアレンが騒ぐ声が聞こえて、コムイは思わず吹き出した。


 翌朝、コムイは少年探偵達をお供に徒歩でクラウドの邸へと戻った。
 「なんだ、呼べば馬車を向けてやったのに」
 朝食の席にいたクラウドが呆れたように言うと、コムイは小脇に挟んだ地図を指して首を振る。
 「馬車の通れない道を歩いてみたんですよ。
 怪盗が馬車を使ったとは限りませんからね」
 「それもそうだな」
 クラウドに勧められて同じテーブルに着いたコムイは、部屋にリナリーがいないことに気づいて苦笑した。
 「遠慮しているんですか?」
 「あぁ。
 朝食はミランダの部屋で一緒にとるそうだ」
 それを聞いて、コムイはいつまでも侍女の振る舞いが抜けない妹にため息をつく。
 「まぁいいや。
 殿下、男爵邸の調査は終わりました。
 素敵な隠し通路を発見しましたよ」
 「なんと・・・!」
 警察が念入りに捜査しても見つからなかったものを一晩で探し出したのかと、クラウドは感心した。
 「さすがだな、探偵!
 やはり貴殿に頼んでよかった」
 「まぁ、さすがボクですけどねv
 クラウドの賞賛を素直に受け止めるコムイの隣で、ちゃっかり席に着いたアレンとラビも両手を挙げる。
 「ハイハイ!!
 俺も!俺も手伝ったさ、殿下ーv
 「僕も!
 僕も手伝ったんですよ!お役立ちですよ!」
 「うるせぇ!」
 背後から神田の強烈なげんこつが落ちて、二人はテーブルに突っ伏した。
 「続きを」
 神田の冷たい目で促され、コムイは苦笑して頷く。
 「えぇと・・・後ほどガルマー警部に知らせて警察に詳しく捜査してもらいますが、おそらくあそこから怪盗を追うことは不可能でしょう。
 さっきちょっと入ってみたんですけど、予想通り地下都市に繋がっていたので、一人じゃ無理です」
 「地下都市・・・?
 なんだそれは」
 驚く彼女にコムイは、かつてパリの街が改造されたこととローマ時代から連なる地下都市の話をした。
 「つまりこの邸にもそのような隠し通路があって、地下都市に通じているかもしれないのか・・・・・・」
 「確かに、とは言いがたいのですが、その可能性はあります。
 殿下はそのようなものの存在をご存じないのですね?」
 問われてクラウドは、深く頷く。
 「この邸は亡命を受け入れてくれたフランス政府が用意してくれたものだ。
 元は王家に連なる貴族の邸だったそうで、ここなら安全だと言われたが・・・案内してくれたのは若い官僚だったからな。
 彼もそんなものの存在は知らなかったのかもしれない」
 「厳重に秘されていたようですから、無理もありませんね」
 ところで、と、コムイはコーヒーカップを取り上げた。
 「本日はお尋ねしたいことがあって参りました」
 「何でも聞くがいい」
 手を払ったクラウドに、メイド達が一礼して下がるまで待ってから、コムイは口を開く。
 「25日に招かれたという宝石商ですが、当然、いつも殿下がご利用になっている店の者達ですよね?」
 「いや・・・」
 どこか気まずげに、クラウドは首を振った。
 「実は、初めて見る者達だった。
 店の名も、初めて聞くものだ」
 「なぜそのような者達をご信用に?」
 予想はしていたのだろう、驚いた様子のないコムイにクラウドは、声を低める。
 「・・・ミランダの紹介だった。
 私がオークションで指輪を手に入れた翌日、彼女から電話が掛かってきたのだ」
 ミランダはその夜、『そろそろロンドンに帰りますので、その前にご挨拶に伺ってもよろしいでしょうか』と、実に生真面目で律儀な彼女らしいことを言ってきた。
 クラウドに断る理由などあるはずはなく、むしろ喜んで、26日の昼前に来たいという要望を快諾した・・・その、ついでの話だ。
 当然の流れでダイヤの話題になり、ミランダは『あの指輪は私の手には随分大きかったのですが、殿下にはご不自由ありませんか』と聞いて来た。
 ちょうど手の中で滑り落ちそうな指輪を弄んでいたクラウドは、『私の手にも合わないのだが、作り直すには時間がない』『誕生日が終わってから、改めて作り直そうと考えている』と答えたそうだ。
 するとミランダは『でしたら』と、宝石商を紹介した。
 『クロウリー男爵家の夫人が利用している宝石商です。
 とてもセンスのいいアクセサリーを作ってくれるので、今、人気の宝石商だそうですよ。
 クロウリー男爵の名刺を持って行くように言っておきますから、ご覧になってはいかがでしょう。
 お気に召したものがあれば、その場でつけ換えることもできますよ』
 と。
 そこでクラウドは『明日ならば時間を空けよう』と、宝石商への取次ぎを依頼した。
 「そして彼らはミランダの言った通り、クロウリー男爵の名刺を持って現れた。
 彼の名刺なら私も持っているが、間違いなく本物だったぞ。
 あの夫妻は社交シーズンになるとパリに滞在して、あちこちのパーティに顔を出しているからな。
 もっとも、パーティ好きなのは奥方の方で、男爵はいつも部屋の隅でボーっとしているが」
 「えぇ、そうですよね。
 ボクも男爵のご依頼を受けたことがあるので、彼の名刺を持っていますが・・・」
 意味深に言葉を切ったコムイに、クラウドが顔を強張らせる。
 彼女も知るクロウリー男爵は人付き合いの苦手な男で、そう簡単に名刺を配るタイプではないが、逆に言えば、親しげに近づいてくる者には簡単に心を許してしまう無垢なところがあった。
 「怪盗は変装も得意だそうですよ。
 いかにも純粋な青年を装って、男爵に楽しい話の一つや二つ披露してやれば、人のいい彼は名刺くらいあげちゃうでしょうねぇ・・・」
 「彼から名刺をもらうことは、意外と簡単だと言うことか・・・」
 ミランダの紹介と言うこともあって、疑いもしなかったと、クラウドが苦々しく呟く。
 「しかし殿下」
 珍しく、神田が口を挟んだ。
 「ミランダは亡命を助けてくれた外交官の娘で、信用できる者です。
 彼女が殿下を欺くとは思えませんが」
 「えぇ、ボクも彼女を疑ったりはしませんが、操られた可能性はあります」
 「と言うと?」
 眉根を寄せたままクラウドが問うと、コムイはコーヒーカップをソーサーに戻して吐息する。
 「女性の会話って、結構連想ゲームみたいなものでしょ。
 ミランダさんがここに来たいと言った、殿下は歓迎するとおっしゃる。
 お二人はこの前日、同じオークション会場で会っているのだから、ミランダさんはあのダイヤはどうなったかなと気になるでしょうし、殿下はあのダイヤを見せてやりたいと思うでしょう。
 当然の流れで、と殿下もおっしゃったが、話題はダイヤに及んで、おそらく内覧会の時にでも身につけた彼女はアナタの指にあの指輪は合うのかと気にもなったでしょうね。
 結果、彼女自身は自分の考えで殿下にいいものを勧めたと思い込んでいるんでしょうが、この電話をする前に例えば、クロウリー男爵夫人を名乗る人物からミランダさんへ電話があったとすればどうでしょうね」
 「声色を真似ることができれば、ミランダを騙せるってことか」
 護衛官だけあって、神田の理解は早かった。
 「そ。
 パーティ好きの男爵夫人は、かなりのおしゃれ好きでもある。
 そんな彼女が今、パリ中で噂の青ダイヤのことを聞きたがらないわけはないから、事件や指輪の様子を興味津々と聞いたところでミランダさんは疑いもしないだろうね。
 そんな会話の所々で、男爵夫人は言うんだよ。
 自分だったら指輪をリフォームする。素敵なデザインの指輪を作ってくれる宝石商を知っている。紹介してもいいが、自分達は殿下とそう親しいわけでもないから今回は遠慮する。でも、希望するなら遠慮なく言って欲しい。彼は男爵の名刺を持っているから、それが証明になるだろう云々。
 こういうことを、上手に刷り込んでいったんだろうね。
 ミランダさんはどうも、他人の悪意に気づかない人だから、電話の相手が偽者だなんて思いもしないし、もし殿下がお困りなら紹介しようと思うだろうね。
 そんなこんなで彼らはまんまとこの邸に入り込んだ・・・かもしれない」
 確実にとは言えないけど、と、コムイは肩をすくめる。
 「それが本当だとしたら・・・」
 困惑げに、クラウドは眉根を寄せた。
 「とてもじゃないが、ミランダには聞かせられんぞ・・・。
 あれは生真面目で、責任感の強い女だ。
 知らなかったとは言え、自分が盗みの片棒を担いだとわかったら、どれほどショックを受けるか・・・」
 「言うのは・・・はばかられますよね・・・」
 傍若無人なコムイが、珍しく口を濁す。
 その時、
 「失礼します」
 声がして、リナリーが部屋に入って来た。
 「兄が参ったと聞きまして・・・おはよう、兄さん」
 にこやかに挨拶をする妹に、コムイは苦笑する。
 「おはよう・・・ミランダさんの具合はどう?
 まだ倒れたままなの?」
 「あ・・・ミランダなら・・・」
 一旦口を閉じたリナリーは、クラウドの傍に歩み寄り、一礼した。
 「執事殿からご伝言です、殿下。
 本日明け方、ミランダにロンドンの夫から電話があり、急ぎ戻らなければならなくなったそうです。
 自身の都合で殿下にお目覚めいただくのは憚られるため、ご朝食の後にでも帰国したことを伝えて欲しいと。
 大変なお心遣いをいただいたにもかかわらず、ご挨拶もできずに退出する失礼を詫びて欲しいと申していたそうです」
 「そうか・・・ミランダはもう、体調はよかったのか?
 めまいが治まらぬのに、船に乗ってもいいのだろうか・・・」
 気遣わしげなクラウドの対面で、コムイもきつく眉根を寄せる。
 「リーバー君、明け方に電話してくるなんて、なにがあったのかな。
 体調の悪い奥さんを迎えに来るならまだしも、一人で急いで帰って来いなんて、彼らしくないよね」
 「あぁ、先生はミランダの脳震盪のこと、知らないんだよ。
 ミランダが、患者さんがいるのに心配かけたくないから絶対に教えないでって、みんなに頼んだんだって」
 ね?と、問われた神田が頷く。
 「帰国が遅れることは自分で話すって、ふらふらしながら電話してたぜ」
 「―――― ちょっとそんな状態で船に乗っていいわけないでしょ!
 船って恐ろしい乗り物だよ?!ミランダさんが死んじゃうよ!!」
 あくまで自分を基準にして、真っ青になったコムイが部屋の隅にある電話機へ駆け寄った。
 「どこにかけるの?」
 「リーバー君ちに決まってるでしょ!
 今のミランダさんが船に乗ったら死んじゃうよ!って教えてあげないと!!」
 そしてまだ船に乗っていないならカレーで保護、乗ってしまっていたならドーバーで保護と、呆れる面々の中でただ一人真剣にダイヤルを回す。
 国際線の交換手にリーバーの医院の番号を告げると、呼び出し音が何度も鳴らないうちに先方が出た。
 「もしもし、リーバー君?!
 ボク、コムイだけどあのね・・・!」
 『あら、コムイさん?
 そんなに慌てて、どうかしたんですか?』
 受話器の向こうから聞こえてきた声に、コムイはしばし思考停止する。
 『もしもし?
 あら?電話が遠いのかしら・・・コムイさん?』
 「えと・・・ミランダさん・・・?」
 『えぇ、そうですよ』
 コムイの呼んだ名にクラウド達が目を見開き、彼の元へ駆け寄った。
 「ミランダだと?!なぜもうロンドンにいるんだ?!」
 「ドーバー海峡ってそんなに早く渡れないよ・・・ううん!
 カレーにだってまだ、着いていないはずだよ?!」
 クラウドとリナリーの大声に目を覚ましたアレンとラビが、ズキズキと痛む頭をさすりながら寄ってくる。
 「なに?どうしたの?」
 「ミランダがなんさ?」
 『あの・・・どうかしたんですか?』
 こちらのざわめきが聞こえたのか、ミランダが不安げな声で言った。
 我に返ったコムイは、受話器を握り直す。
 「・・・ミランダさん、変なこと聞くけど、家に着いたのはいつ?」
 彼の問いをいぶかしみながらも、ミランダは『27日です』と答えた。
 『26日の昼にパリを出て、ドーバーに着いたのは27日の朝でしたよ。
 コムイさん、港でリナリーちゃんと追いかけっこしてたでしょう?
 私、あの船で英国に着いたんです。
 声をかけようと思ったんですが、リナリーちゃんはあっという間に見えなくなったし、コムイさんも必死で追いかけていたから声をかけ損ねちゃって。
 男爵の亡くなった事件を調べてらっしゃるの?』
 そう、暢気に尋ねる声に、皆が顔を引き攣らせる。
 「あの・・・英国に帰る前、26日の昼なんだけど・・・殿下のお邸に来た?」
 その問いには『えぇ』と答えが返った。
 『帰国のご挨拶に伺おうと、門の近くまで行ったんですけどね、ちょうど外から帰ってらしたって言うメイドさんが、殿下はお留守ですから伝言を伺いますと言ってくれたので、ご挨拶をお願いしてそのまま帰りました。
 ・・・あ!
 無事にロンドンに着いたって、お電話を入れればよかったですね!
 ごめんなさい、船酔いで1日寝込んでしまって。
 さすがに一晩揺られていると、具合が悪くなってしまいますね・・・』
 ようやく平気になったところだと笑うミランダは、ダイヤが盗まれたことも知らないらしい。
 「そ・・・そう・・・・・・。
 うん、船酔いの辛さはボクにもよくわかるよ・・・。
 ところでさ、もう一つ変なこと聞くけど、25日の夜は殿下にお電話した?」
 『しようとはしたんですけど・・・』
 苦笑する気配が、受話器の向こうから伝わった。
 『帰国のご挨拶に伺っていいか、確認の電話をしたかったんですが、ずっと話中だったので、諦めたんです。
 だから26日も行き違いになってしまったんですよね。
 私、いつも間が悪くって・・・』
 うふふ・・・と、自嘲する彼女は確かに間が悪いと、コムイは思わず頭を抱える。
 「えっと・・・リーバー君に代わってくれるかな・・・」
 混乱しつつ、コムイはリーバーにも話を聞いて、ミランダの言ったことが嘘ではないと裏付けた。
 「・・・・・・どういうことだ?」
 「あの女・・・誰だったんだ?」
 受話器を置いたコムイに、クラウドと神田が呆然と問う。
 「誰と言われても・・・怪盗の仲間ってことじゃないですか・・・?」
 「嘘・・・!
 だって私、ミランダと話したのに・・・・・・」
 大きな目を見開いて呆然とするリナリーに、コムイが屈みこんだ。
 「ねぇ、よく思い出してみて。
 ミランダ・・・ううん、彼女に化けた女に、変なところはなかった?」
 「えっと・・・・・・」
 問われてリナリーは、必死に昨日のことを思い出す。
 「珍しくおしゃべりだな、とは思ったよ。
 でも、退屈してたって言ってたから、そんなに不思議とは思わなかった」
 「顔は?
 彼女に間違いなかったの?」
 更に問われて、リナリーは不安げな顔で兄を見上げた。
 「ミランダが寝ていた客間は、めまいがするって言ってたせいか、薄暗かったの。
 私が寄っていったら、恥ずかしそうに顔を半分隠しちゃったし・・・声も、苦しげで途切れ途切れだったから、いつもより低くてもしょうがないのかなって・・・」
 「そっか・・・。
 殿下と神田君は?
 昼間の明るい部屋で彼女を見て、話してたんでしょ?」
 聞き様によっては意地の悪い問いに、クラウドは眉根を寄せる。
 「妙だとは・・・思わなかった。
 ただ・・・帰国前に立ち寄っただけと言うので、帽子はつば広のものを脱がなかったな。
 駅まで送らせるので茶だけでもと引き止めて、その時にダイヤのことを思い出したのだ。
 まだ盗まれたなどと思っていなかったから、どこに置き忘れただろうかと探している間、ミランダ・・・いや、あの女は・・・・・・」
 「殿下」
 神田が、固い声音で呼びかけた。
 「それ以前です。
 殿下が居間にいらっしゃる前、あの女は部屋に一人でした」
 「あ・・・!」
 愕然と目を見開き、クラウドは顎を引く。
 「そうだ・・・確かに、短い時間ではあったがあの女は居間に一人だった」
 「その居間とは、昨日ボクも招かれた部屋でしょうか?」
 コムイの問いに、クラウドは苦々しく頷いた。
 「あぁ。
 客人は客間へ通すのだが、ミランダや貴殿は友人として招いたのでな、プライベートな居間へと通すよう命じた。
 そしてこれは、実にうかつだったと言うべきなのだが・・・」
 「宝石商も、居間へ通されたんですね?」
 「・・・そうだ」
 宝石や服飾の職人は客でない上にプライベートな用事で来るため、居間や寝室に通すのが通例になっている。
 それを聞いた途端、ラビが目を輝かせてこぶしを握った。
 「じゃあ俺、服飾デザイナーになるから殿下の寝室に・・・がふっ!!」
 「穢れたことを言うんじゃねぇ!」
 ラビを一瞬で血みどろの肉塊に変えて、神田が鼻を鳴らす。
 「棄てて来る」
 「どうぞご自由に」
 「マッテマッテ!」
 冷たい神田とアレンにコムイが、慌てて手を振った。
 「それまだ要るから!
 頭だけは必要だから!」
 「頭しか要らないんなら斬ればいいんじゃないの」
 リナリーまでが冷え冷えと睨むが、コムイに再度頼まれて、神田は仕方なくラビを床に転がす。
 「まったく・・・大事な話してるんだから邪魔しないでよ!
 アレン君、それ使うまで、猿轡でもしといて!」
 冷たく鼻を鳴らして、コムイはクラウドへ向き直った。
 「宝石商は、部屋の下見に来た可能性が高いですね。
 もちろん、こちらの方々は初めてやって来た彼らを部屋に置いたきりにはしなかったでしょうが」
 「それはそうだ。
 彼らの傍にはずっとメイドが控えていた。
 怪しい行動があればすぐに私に知らせている」
 「そっか・・・だとしたら・・・・・・」
 ふと、瞬いたコムイが踵を返す。
 「殿下、居間に行きましょう!一緒に来てください!!」
 早口に言うコムイに、クラウドは黙ってついて行った。
 食堂から出てホールを抜け、階段を上がって、プライベートな居間に入る。
 まっすぐに大理石造りのマントルピースに歩み寄ったコムイは、アクセサリーが乗った銀色の小物皿を指差した。
 「殿下、これ!
 この小物皿!!
 もしかしたらあの宝石商がくれたものじゃないですか?!」
 甲高い声をあげるコムイに呆気に取られながらも、クラウドは頷く。
 「その通りだが・・・?」
 「だったら、操られたのは殿下です!」
 「な・・・!」
 鋭い指摘に、クラウドが声を失くした。
 「どういうことだ?」
 神田が代わって問うと、コムイは小物皿を持って歩み寄る。
 「新規顧客を開拓しようって商人が、上客になりそうな人にプレゼントを持ってくるのは良くあることだよ。
 特に、殿下は有名な宝石をいくつも持ってらっしゃるから、この機会にぜひお近づきにとかなんとか言って、結構値の張るプレゼントを持って来られるのはよくあることなんじゃない?!」
 皿の上のアクセサリーを全てテーブルの上にひっくり返し、コムイは銀色のそれをじっくりと見つめた。
 純銀製の小物皿は貝殻を模して、真珠や金の象嵌で飾られている。
 その中央にはサテンの造花が花開いて、この邸の居間にあっても申し分のない華やかさだった。
 「この造花はリングピローになってるのかな・・・皿に固定されてるや!
 殿下、ダイヤの指輪を外した時は、ここに嵌め込んだんですよね?!」
 「そ・・・そうだ・・・。
 プライベートの時間にアクセサリーを外すことは良くあるから、こういうものがあれば意外と便利だと勧められて・・・あの夜、確かに指輪を置けるのは便利だと思った記憶がある」
 それに、薄紅色の花の中にダイヤが光る様はとてもきれいで、しばらく飾っておこうとも思ったのだ。
 「おのれ・・・!」
 悔しげに肩を震わせるクラウドを見もせずに、コムイは背後へ向けて手を出した。
 「誰か!ちょっと指輪貸して!」
 クラウドが自身の指から指輪を抜き取って渡すと、コムイはそれをリングピローの受け口に押し込む。
 すぐに外そうとして・・・
 「やっぱり!途中で引っかかって、簡単に抜けないようになってる!」
 コムイがかなりの力で引っ張っても、一度はめ込んだ指輪は外れそうになかった。
 「周りの布、剥がしちゃおう!」
 言うやコムイはポケットから工具一式を取り出し、銀の皿の中央に固定された、サテンの造花を引き剥がす。
 しかし受け口は溶接された銀の突起の中にあり、それまで外すのはさすがのコムイも手間が掛かった。
 「んっ・・・しょ!」
 ようやく外れた突起の中にはナス鐶が仕込んであって、一旦指輪を押し入れると外れないよう細工がしてある。
 「こんなものが・・・!」
 唖然として見つめる面々の中、コムイがようやく顔をあげた。
 「今回はたまたま殿下が翌日まで放って置かれたけど、すぐに気づけば宝石商を呼んで苦情の一つもおっしゃったでしょうし、取り外すよう命じもしたでしょう。
 その時に彼は『石』を摩り替えるか、盗むか企んだんでしょうね!」
 鼻息を荒くするコムイの手元を見つめたまま、アレンが『でも・・・』と首を傾げる。
 「・・・なんでわざわざ、そんな面倒なことをするんですか?
 宝石商が怪盗だったんなら、その場で摩り替えればいいじゃん」
 「それに、殿下がリングピローに差した指輪を、ミランダに化けた女?だよね?
 彼女はどうやって抜き取ったの?」
 その推理は違うんじゃないかと、リナリーも疑わしげに眉根を寄せた。
 するとコムイは、妹に疑われたことを大げさに悲しみ、肩を落とす。
 「・・・怪盗がその場で摩り替えなかった・・・ううん、そうできなかったのはきっと、神田君のせいだよ」
 「俺の?」
 小首を傾げた彼に、コムイは頷いた。
 「ミランダさんとクロウリー男爵の紹介があったとは言え、彼らは初めて殿下にお目見えする人達でしょ。
 ラウの大活躍で大騒ぎがあった時でさえ、神田君が彼らから目を離すわけがない。
 盗みをしようって人間・・・特に怪盗ともなれば、誰の目が自分に向いているか、そこに隙はあるか、勘を働かせるもんだよ。
 その彼が無理と判断したんだろう。
 だからその日は、仕掛けだけをして帰ったんだよ」
 「仕掛け、って?」
 「か弱い女の人でも、このピローから指輪が外せる仕掛けだね」
 そう言ってコムイは、ピンセットでナス鐶を覆っていた銀をつまみ上げ、リナリーの手に乗せる。
 「中、見てみて」
 「ん・・・なにか、金色の欠片がついてる。
 なにこれ?」
 リナリーから覆いを受け取ったコムイは、ピンセットを差し込んで中から金色の欠片を取り出した。
 テーブルの上に乗せたそれをピンセットの先で突くと、それは簡単に砕ける。
 「これ・・・飴細工?」
 とても見覚えのある砕け方をした欠片に、アレンが目を寄せた。
 「多分ね。
 さすが製菓技術の発達したフランス・・・ってか、一々『パリの地下都市』とか『ピエスモンテの指輪』とか使ってくる辺りが嫌味って言うか自慢げで鼻につくって言うか」
 思わず舌打ちしたコムイに、クラウドが目を吊り上げて詰め寄る。
 「あの者達はっ・・・私に飴細工の指輪を渡したというのか!」
 「それが一番、砕きやすいですからね」
 硬く作られた細工用の飴は、落としたくらいでは割れないし、そもそも大事な指輪を粗末に扱うわけがないのだから、クラウドの手の中で壊れる心配はまずなかった。
 体温で溶け出すようなことがないよう、金箔を貼るなどの工夫も凝らしていただろうし、何より・・・。
 「ダイヤを外した後の指輪は、ラウがおいしくいただいたでしょうから」
 「ラウ――――!!!!」
 テーブルの上で菓子をつまみ食いしていた小猿が、主人の絶叫に飛び上がった。
 「他人から餌をもらってはいけないと何度も言っているのにお前は!!」
 首根っこを掴んで叱りつけた小猿は、おどおどとクラウドの顔色を伺う。
 「妙なものを食べおって・・・早く医者に診せなくては!
 コムイ!
 ダイヤの行方は追えるのか?!」
 宝石商と、ミランダに化けていた女は・・・いや何よりも、ダイヤは戻ってくるのだろうかと問う彼女に、コムイはため息をついた。
 「何よりの手がかりになるはずだったミランダさんが偽者でしたからねぇ・・・彼女、誰なんだろ」
 宝石商の行方を追うのも難しそうだと呟いたコムイを、誰よりもアレンが泣きそうな目で見つめる。
 「僕は・・・僕は・・・・・・!」
 「・・・わかってんだろうな。
 ダイヤを取り返すまで、帰れると思うなよ」
 神田の恐ろしい声で脅されたアレンは、涙を飲んで頷いた。


 その頃、幾度も馬車を乗り換えて、ようやく『家』に戻った女は、自室でつば広の帽子と共にダークブラウンの髪をも脱ぎ捨てた。
 途端、流れ出た長い金髪が、窓から差し込む朝日を弾いて輝く。
 「・・・なぜ私がこんなことを」
 恨みがましく呟きながら、彼女は湯に浸したタオルを絞って顔を拭いた。
 「・・・ふぅ」
 しっかりと施したメイクを全て落としてしまうと、表情のない、しかし美しい顔が現れる。
 「もう二度と、あなたの助けなどしませんよ」
 背後に向けて言えば、彼は冷たい言葉など物ともせずに彼女へ抱きついた。
 「そんなこと言わないでよ、ルルv
 以前、お前を逮捕させた探偵にひと泡吹かせたんだ、キモチ良かったでしょ?」
 クスクスと笑いながらじゃれついてくる彼を邪険に振り払い、彼女・・・ルル=ベルは詰めていた襟をくつろげる。
 「私が協力したのは、父さまに命じられたからです。
 決してあなたのためじゃない」
 素っ気無く言って彼女は、ビスチェに覆われた胸の谷間から、青く輝くダイヤを取り出した。
 「ダイヤだ!」
 ルル=ベルの手から念願の宝石を受け取った彼は、嬉しげに頬ずりする。
 「ルルのぬくもりが残ってるーv
 「・・・・・・気色の悪いことを言わないで下さい」
 嫌悪感を隠しもせず、ルル=ベルは吐き捨てた。
 「今回は、運よくあの小物皿に置いてくれましたが、彼女が用心深い性格で、あのダイヤを金庫の奥深くにでも隠していたらどうするつもりだったのです?」
 いい加減な計画を責める口調で言えば、彼は飄々として笑う。
 「俺の計画に『運』はないよ、ルルv
 あの小物皿を使って、俺を呼び出すんなら今度こそあのキレーな兄さんの目を欺いたし、使わないんならそれでもいいんだ。
 あの女に化けたお前が適当な理由をつけてあの邸に泊まって、内側から抜け穴を開けてくれれば俺が探し出して盗んだんだからさ。
 今回は、途中まで小物皿が活躍して、後半はルルががんばってくれた、ってことv
 「・・・飴が硬すぎでしたよ。
 折るのに苦労しました」
 「ふふv
 でも、あの猿は喜んで食べたでしょ。
 俺があのサンプルを広げた時、動物にしかわからない程度の甘い匂いにすっごい興味津々だったし、こっそり餌付けもしたからさ。
 あの猿は、指輪が飴だって知ってたんだよ。
 だからお前の手からも素直に受け取って食べてくれたってワケv
 「・・・指輪を探す振りをして、砕いた飴を見せたらすぐに寄って来たのはそういう仕掛けですか」
 思わず感心して呟くと、彼は目を輝かせて擦り寄って来た。
 「見直した?
 俺、かなりやるんだよ!こっちじゃ有名なんだよ!
 ねーぇーv
 アホの兄貴達なんかと組んでないで、俺と組もうよぉーv ルルーv
 「うるさい」
 またも邪険に振り払い、ルル=ベルは彼を睨む。
 「兄達は私を見捨てたりしません」
 「俺だって見捨ててなんかないよっ!
 あのアホ警部、付き合いが長いせいか勘だけはいいから、『指輪がなくなった』って連絡をもらっただけで俺のせいって決め付けてさ!
 一瞬で部下を大勢連れて乗り込んでったもんだから、お前を助け出す機会がなかっただけなんだよ!」
 でも、と、彼は機嫌よく笑いながら懲りずにルル=ベルに抱きついた。
 「さすがルルだよ!
 抜け道で逃げるかと思ったら、堂々と玄関から出てくるなんて!
 やっぱりお前を貸してくれるよう、千年公に頼んでよかった!」
 「・・・あの探偵の妹が、よくしゃべってくれましたので」
 邸から警官が引き上げたと聞いて、今回の計画を思いついたのだ。
 「抜け道は今後のためにも使わない方がいいだろうと判断しました」
 「素敵!」
 豊満な胸に遠慮なく顔を埋めた彼を、ルル=ベルは舌打ちして突き飛ばした。
 「着替えます。
 出て行ってください」
 顎でドアを指した彼女に、懲りない彼はまた擦り寄ってくる。
 「手伝うv
 「殺す」
 「・・・・・・ゴメンナサイ」
 本気の殺意にこうべを落とし、彼はとぼとぼと部屋を出て行った。
 「ルルv ありがとうv 大好きv
 「死ね」
 乱暴にドアを閉めたルル=ベルは、厳重に鍵をかけて冷たく鼻を鳴らした。


 Fin.


 







ShortStorys