† L’heure X †
「建築家を攻めるか!」 「やったああああ!!!!」 「そうこなくっちゃさ!!」 コムイの言葉にアレンとラビが歓声をあげた。 「どうやって?! どうやって攻めるんですか?!」 「やっぱあれさ?! リビングにみんなを集めて、犯人はお前だ!的な?!」 目をキラキラさせて詰め寄ってくる二人に、コムイは思わず笑い出す。 「なにそれ、密室サスペンスじゃないんだから」 クスクスと笑いながら書斎を出ようとする彼へ、ラビが声をかけた。 「これから殿下ンとこ帰るんさ? ここに泊まるんなら部屋用意してっけど」 「ホント?! じゃあここに泊まるよー♪」 「オッケー。部屋に案内すっから待って」 そう言ってラビは一旦厨房へ戻り、描き終えた2枚の地図を持って戻ってくる。 「ほい! 地下の地図もできたぜ!」 「へー!さすがー!」 「ふぅん・・・こんなになってるんだー・・・」 2枚を重ねて光に透かしたコムイの背後から、アレンも地図を覗き込んだ。 「あちゃ・・・! これ、殿下のお邸にも通じてるじゃないですか・・・! 早くお知らせした方がいいんじゃないですか?」 気遣わしげなアレンに、コムイは肩をすくめる。 「今から帰ったって、もうみんな寝てるでしょ。 起こすのは申し訳ないし、なにより、殿下のお邸に泊まるのって、堅苦しくって肩こりそうなんだよねー」 できるだけあの邸での宿泊は減らしたいと言うコムイに、ラビは口を尖らせた。 「だったら俺が代わりに行きたいくらいさ! いつもユウの奴が乱暴に追い出すもんだから、メイドまで俺には冷たくってさー」 「それは自業自得でしょ」 ぶつぶつとぼやきながら三階へと案内するラビに笑って、コムイは客用寝室に入る。 「あれ、家具がある」 床で寝る覚悟だったのに、と呟く彼に、ラビが笑った。 「客用のベッドは備え付けだから、個別に売れんかっただけさ。 なんか足りんもんがあったらゆって」 「はいよー」 軽く手を振って、コムイは出来上がったばかりの地図をベッドに広げる。 「なんとかして・・・邸の設計図は手に入れたいかなぁ・・・」 ぶつぶつと呟きながらコムイが計画を立てる間に、パリの夜は深まって行った。 翌朝、コムイは一人でクラウドの邸へと戻った。 「なんだ、呼べば馬車を向けてやったのに」 朝食の席にいたクラウドが呆れたように言うと、コムイは小脇に挟んだ地図を指して首を振る。 「馬車の通れない道を歩いてみたんですよ。 怪盗が馬車を使ったとは限りませんからね」 「それもそうだな」 クラウドに勧められて同じテーブルに着いたコムイは、部屋にリナリーがいないことに気づいて苦笑した。 「遠慮しているんですか?」 「あぁ。 朝食はミランダの部屋で一緒にとるそうだ」 それを聞いて、コムイはいつまでも侍女の振る舞いが抜けない妹にため息をつく。 「まぁいいや。 殿下、男爵邸の調査は終わりました。 素敵な隠し通路を発見しましたよ」 「なんと・・・!」 警察が念入りに捜査しても見つからなかったものを一晩で探し出したのかと、クラウドは感心した。 「さすがだな、探偵! やはり貴殿に頼んでよかった!」 「まぁ、さすがボクですけどね クラウドの賞賛を、コムイは素直に受け止める。 「後ほどガルマー警部に知らせて警察に詳しく捜査してもらいますが、おそらくあそこから怪盗を追うことは不可能でしょう。 さっきちょっと入ってみたんですけど、予想通り地下都市に繋がっていたので、一人じゃ無理です」 「地下都市・・・? なんだそれは」 驚く彼女にコムイは、かつてパリの街が改造されたこととローマ時代から連なる地下都市の話をした。 「つまりこの邸にもそのような隠し通路があって、地下都市に通じているかもしれないのか・・・・・・」 「えぇ、これをご覧ください。 ラビに描かせた地図なんですが、地上の地図と地下の地図を重ねると、こちらのお邸の下にも通路が通っていることがお分かりになるでしょう。 ですが殿下はそのようなものの存在をご存じなかったのですね?」 問われてクラウドは、深く頷く。 「この邸は亡命を受け入れてくれたフランス政府が用意してくれたものだ。 元は王家に連なる貴族の邸だったそうで、ここなら安全だと言われたが・・・案内してくれたのは若い官僚だったからな。 彼もそんなものの存在は知らなかったのかもしれない」 「厳重に秘されていたようですから、無理もありませんね」 ところで、と、コムイは小首を傾げた。 「本日はお尋ねしたいことがあって参りました」 「何でも聞くがいい」 手を払ったクラウドに、メイド達が一礼して下がるまで待ってから、コムイは口を開く。 「25日に招かれたという宝石商ですが、当然、いつも殿下がご利用になっている店の者達ですよね?」 「ああ、もちろんだ」 「ですが」 コムイは、クラウドへ大きく首を振った。 「ボクは、その宝石商達を疑っています」 「馬鹿な・・・」 眉根を寄せた彼女の前で、コムイはコーヒーカップを持ち上げる。 芳醇な香りで起き抜けの神経を刺激しながら、昨日から詰め込んだ情報を脳内でまとめた。 「ボクは・・・先般、パリで起こった宝くじの当選券に絡む誘拐事件と男爵殺人事件、そしてこちらでの盗難事件発生前に現れた金髪の少女は、同一人物ではないかと睨んでいます」 「確かに・・・新聞では、誘拐に関わった少女も男爵を殺したと目される少女も、11歳か12歳くらいの、小さな金髪の少女だと言っていたな。 宝石商の助手もそのような容姿の少女だった」 とは言いつつも、まだ信じがたい様子の彼女に、コムイが微笑む。 「殿下は未だに彼らを疑ってらっしゃらないけど、お邸から宝石が消えるトリックを仕掛けるとしたら、そりゃ宝石商が指輪の台を付け替えた時でしょうね。 ラウもご活躍だったみたいだし?」 にんまりと笑うと、テーブルで朝食のリンゴをかじっていた小猿が、コムイの言葉がわかったかのように歯を剥いて怒った。 「そうは言うが、宝石商は信頼の置ける者だぞ? なにしろ、かねてより宝石のメンテナンスや管理を任せている店の者達だからな。 今回は確かに、いつも来ている者が風邪を引いたとかで代わりの者達だったが、執事が店に確認をしているのだから、偽者ではないはずだ」 小猿を宥めつつ、クラウドが訝しげに言うと、コムイはこの部屋にも引いてある電話に目をやる。 「その確認は、電話で?」 「あぁ、私の目の前で」 亡命前には命を狙われていたこともあって、彼女の家臣達は誰もが用心深く、初めて見る宝石商とその助手の身分が確かなものと証明するまでは、クラウドに会わせる事もしなかった。 「それは大変結構ですけどね、電話の繋がった先がいつもの宝石店ではなく、怪盗の仲間の元だったとしたらどうでしょうね?」 「なに・・・?」 そんなことが出来るのかと、クラウドが目を見開く。 「では・・・あやつらが怪盗とその仲間だったかもしれないのか・・・!」 騙されたと気づき、悔しげに眉根を寄せるクラウドへコムイは苦笑した。 「こちらの執事殿が掛けた電話を、怪盗かその仲間が受け取る方法はいくらでもあります。 本当にその店の店員として、潜り込むことだってできるんですからね。 まぁ、ボクが仕入れた情報だけじゃ、確かだとは言えませんので・・・」 つい、と、コムイは電話機を指す。 「確認してくれませんかね、今、ここで」 言うや、傍に控えていた神田がすぐさま電話を掛け、馴染みの店主と直接話した。 結果、 「・・・宝石店の店主へ確認したところ、あの日は殿下からのご依頼を受けてもいなければ、そんな二人など知らないそうです。 念のため、身元の不確かな店員を雇わなかったか聞いたところ、そのような者は決していないが、26日付で退職した者ならばいると・・・」 神田の固い声に、コムイはため息をつく。 「どうやら怪盗は、身分詐称もお手の物らしいですね」 「おのれっ・・・!」 怒声と共にテーブルを叩いたクラウドが、コムイをきつく睨んだ。 「他に追う手立てはあるのだろうな?!」 「もちろん」 自信に満ちた目で頷き、コムイは軽く手を広げる。 「既に、手は打ってあります」 ご安心を、と微笑む彼に、クラウドは深く頷いた。 その頃、ようやく起き上がれるようになったミランダの寝室で共に朝食をとっていたリナリーは、兄に代わって26日昼の状況を聞いていた。 「・・・あの時は私、帰国のご挨拶に寄っただけだったから、ホールで失礼しようと思っていたのよ。 だけど殿下が、駅まで送るのでぜひお茶をと誘ってくださったの。 お断りするのも失礼でしょ?」 「そうだね。 殿下はお優しい方だけど、ちょっと気難しいところがあるから、お断りしたらご機嫌を損ねたかもね」 頷いて、リナリーはカフェオレボウルを持ち上げる。 「お・・・重い・・・! ねぇ、フランスの朝食ってこれが普通なの?」 カフェオレの他にはクロワッサンなどのパンとジャム、バターだけが並ぶ質素なテーブルに、既にイングリッシュ・ブレックファーストの豪華さに慣れてしまったリナリーが呆れた。 「殿下は『郷に入っては郷に従え』の方だから、現地の料理人に文句なんかおっしゃらないだろうけど・・・これは質素すぎないかなぁ」 せめて卵料理くらいはあってもいいはずだと、ぼやくリナリーにミランダがクスクスと笑い出した。 「ごめんなさい、私のせいなの。 昨日、リナリーちゃんがお見舞いに来てくれる前に、『明日の朝食は食べられそうですか』って、わざわざ聞きに来てくれて。 昼からほとんど寝たきりで、何も食べられなかったから心配してくれたんでしょうね。 軽いものだけ用意してくれたんだと思うわ。 もっと欲しいなら殿下と・・・」 「とんでもないよ!!」 リナリーが慌てて首を振る。 「殿下と朝食をご一緒するなんて、そんなもったいないこと!」 「・・・リナリーちゃんて、いつまでも侍女なのねぇ」 苦笑して、ミランダはコーヒーカップを取り上げた。 「ごめんなさい、話が逸れたわね。 えぇと・・・そう、殿下が、作り直した指輪を見せようって言って下さったの。 私が是非にとお願いしたら、殿下は大理石造りのマントルピースに歩いて行かれて、しばらくその上を探してらしたのだけど、指輪が見当たらないっておっしゃって・・・」 話しているうちに、ミランダの眉が曇っていく。 「メイドさん達を呼ばれて、神田君まで探し出したから、私も何かできないかしらって席を立ったの。 殿下が、『ラウがいたずらしたのだろうか』って、ラウちゃんを呼ばれたんだけど・・・ちょうどお菓子か何かを取って食べていたから、叱られると思ったのかしらね。 テーブルの下に逃げちゃって。 私が潜り込んで捕まえようとしたら、すんでで上に逃げてしまったの。 うっかりそのまま頭を上げてテーブルにぶつかって・・・・・・倒れた挙句に目を覚ましてもめまいが治まらなくって。 結局泊まることになってしまったのよ」 「はぁ・・・。 それ、バレたら絶対、リーバー先生に怒られるね」 呆れ顔のリナリーに、ミランダは苦笑して首を振った。 「あの人はこんなことじゃ怒りませんよ。 心配掛けたくなかったから、電話ではサチコちゃんの開店までいるってことにしましたけど、もうめまいも治まったし。 今日にでも帰って、正直に話すわ」 「だ・・・大丈夫かなぁ・・・! リーバー先生、怖いのに・・・!」 「怖くありませんってば」 苦笑しながらミランダは、完全に誤解されているらしい夫を庇う。 「それより、ダイヤは取り戻せそうなの?」 「兄さんなら大丈夫だよ!」 信頼に満ちた目で、リナリーは頷いた。 「きっと怪盗だって捕まえちゃうよ! 殿下がご依頼された、11月1日より早くね!」 「そうね。コムイさんなら安心ね」 こぶしを握るリナリーに、ミランダが優しく微笑む。 「うん! もっと早く、30日までに捕まえてくれたら・・・!」 ロンドンでハロウィンパーティだってできると、リナリーは目を輝かせた。 「アレン君が、おうちでパーティをしてくれるんだよ! 私が初めてだって言ったら、仮装の衣装も用意してくれるって! どんなのかなぁ・・・!」 「まぁ・・・!それは楽しみね」 だったら・・・と、ミランダが両手を組む。 「こないだはできないって言っちゃいましたけど、私、先にロンドンに戻って、ジェリーさんとたくさんお菓子を作ってますね 待ってますから、ちゃんと帰ってくるんですよ 「うん!!」 そうと決まればなんとしても解決してもらわなければと、リナリーは大きく頷いた。 一方、コムイに調査を命じられた少年探偵達は、建築家の邸の前に紅潮した顔を並べていた。 「い・・・いよいよ敵陣に乗り込むんですね・・・! 僕、緊張してきた・・・!」 かすかに震えるアレンの肩に、ラビがやはり震える手を置く。 「へ・・・平気さ! 俺らはクロウリー男爵家の紹介で、邸のリフォームを頼みに来た兄弟ってことになってんだから・・・! 奥方がちゃんと、電話入れてくれたし・・・!」 この日の朝、起き抜けでぼんやりしていた二人に、探偵は任務を与えた。 パリ滞在中のクロウリー男爵夫妻に会い、名刺をもらって建築家のミールに紹介してもらえと。 「・・・引きこもり体質のクロちゃんが、有名な建築家と知り合いとは思えねーけど?」 眠い目を擦りながら言うラビに、コムイは呆れ顔で肩をすくめた。 「顔洗っといで、ラビ! そんでしゃきっとしたら、ちゃんと頭働かせて! 男爵自身は引きこもりで人付き合い苦手でも、奥方はパーティ好きで社交的でしょ! 直接は知らなくても、連なる人は確実に知ってるよ!」 言うやラビの目がぱちりと開く。 「奥方 超絶美人の奥方に、今!会いに行きます!」 「だからちゃんと顔を洗ってってば!」 パジャマのまま飛び出していこうとするラビの襟首を、コムイが掴んで止めた。 「アレン君も! ホラ!床に転がってないで!起きなさい!!」 「うにゃ・・・・・・」 のろのろと起き上がったアレンは、ラビに腕を引かれてずるずるとバスルームに連れ込まれる。 「早く!美人のとこ行くさー!!」 「みぎゃあああああああああ!!!!」 冷たい水の中に頭を突っ込まれたアレンの悲鳴が、不吉な邸から早朝の街へと響き渡った。 ・・・その後、身支度を整えた二人はクロウリー男爵夫妻の滞在する別邸へ赴き、運よく直接の知り合いだった夫人に建築家宅へ連絡してもらい、こうして彼の家の前に立っていた。 「い・・・行きますよ・・・!」 アレンが震える手を伸ばす。 恐々と門脇のベルを押すと、すぐにメイドが現れて、二人を迎えてくれた。 案内されて入った家は、噂に聞いていた通りとても不可思議で、様々な城や邸宅のパーツを寄せ集めて作ったような、奇妙な姿をしている。 年代も様式も違う廊下を歩かされて混乱した二人は、奇妙に小さな扉をくぐって通された客間でまた唖然とした。 「ここ・・・パリだよね?」 「少なくとも・・・古代ローマじゃないはずさ・・・」 広い庭へ向う壁全体がガラス張りの部屋はとても明るく開放的な上、絶妙のバランスでイオニア式の柱が配置してある。 家具も低めのソファにテーブルがあるだけで、シーザーはきっとこんな宮殿に住んでいたに違いないと思わせる風格があった。 呆然とした二人が、席を勧められたことにも気づかずに庭を眺めていると、 「気に入ったぁ?」 と、からかうような口調の幼い声が掛けられる。 「ここに来たお客さんは、みんなそんな顔をするんだぁ。 僕は慣れちゃってるから、なにがそんなに不思議なのかわかんないんだけどねぇ」 振り向けば、たくさんのリボンやフリルで人形のように飾られた黒髪の少女が、にこりと笑って歩み寄って来た。 「電話でも言ったけど、パパは留守だよぉ。 今、面白い建築物がたくさんあるからって、アジアに遊びに行ってる。 僕は、学校があるからついて来ちゃダメって言われたんだぁ・・・」 拗ねたように口を尖らせる様がまた可愛くて、アレンは思わず笑顔になった。 「それは残念だったね。 えぇと僕はアレンで、こっちがお兄ちゃんのラビ。 君は?」 「ロード。 ここの娘だよ」 ちょこんと膝を折って挨拶する様がまた可愛い。 「ロード嬢、俺ら、邸のリフォームをしたくってさ」 ラビも笑顔になりながら、彼女へ歩み寄った。 「こちらのご主人がもう、現役を引退したってのは聞いてんだけど、会社は引き継がれてんだろ? だからクロウリー男爵に・・・」 「うん、奥さんから聞いた。 パパからも、ここは建築技術の展示場だから、会社のお客さんが来たら見せたげてって言われてる。 でも僕、案内はしないよ? これから学校なんだぁ」 つまんない、とぼやく少女に頷いて、二人は愛想よく笑った。 「いってらっしゃい。 見せていただいたら勝手に帰りますよ」 「おかまいなくさー 手を振る彼らに頷き、ロードは踵を返す。 「僕の部屋には入っちゃダメだよぉ?」 肩越し、いたずらっぽい口調で言う彼女に二人は思わず笑い出した。 「もちろん、レディの部屋に入ったりしません」 「安心してさ 「うん。じゃあねー 駆け出て行く彼女をにこやかに見送った二人は、その軽やかな足音さえも聞こえなくなると、笑みを消して顔を見合わせる。 「あのコじゃない?」 「俺も、そうじゃないかなーと思ったさ」 ひそひそと囁きあい、頷いた。 「11歳か12歳くらいの人形みたいな幼い顔立ちで、身長は150cmもない小さな子。 黒髪ってことを除けば、『金髪の少女』の容姿に合致するさ」 「あの金髪は偽物かもしれないんだし、なにより・・・」 アレンは、豪華な室内を見渡す。 「例の建築家の娘・・・。 邸の設計図を手に入れるのなんか簡単だよ」 「あぁ」 にんまりと笑い、ラビは鋭く扉を見遣った。 ・・・外から、ゆったりとした足音が近づいてくる。 ややして、小さな扉を開けて、きちんとスーツを着込んだ黒髪の青年が現れた。 その顔に・・・二人は愕然と目を見開く。 「ティ・・・?!」 「テメェ!こないだはよく・・・も・・・?」 身を引いたアレンとは逆に、詰め寄ったラビの勢いが止まった。 「あれ・・・?違う・・・さ?」 まじまじと見つめてくるラビに驚き、身を仰け反らせた彼が引き攣った笑みを浮かべる。 「あの・・・どこかで会ったかな・・・?」 小首を傾げた彼に、アレンは慌てて駆け寄り、詰め寄るラビを引き離した。 「ごめんなさい! すごく良く似た人を知ってたんで・・・勘違いです!」 目の前の彼は二人を・・・特にラビを酷い目に遭わせた犯罪者に良く似ていたが、彼よりも若く、雰囲気も違っている。 「あぁ、そう・・・。 えっと・・・俺は、ここの建築家の下で勉強させてもらってる、ネアって言います。 ミールみたいな建築家になるのが夢で、助手もやらせてもらってる。 例えば、この展示場に来たお客さんの案内とか」 「あ・・・そう・・・」 「それは・・・よろしくお願いします」 気まずげな顔で、二人はネアに自己紹介した。 「兄弟?似てないな」 「腹違いだから」 「ってか僕、養子だから」 まずはソファーでお茶をいただきながら、他愛のない話をして隙を窺う。 「リフォームって色々イメージはあるだろうけど、まず今はどんな家なの?」 「アメリカンカントリー」 「ジョージアン様式」 「・・・・・・2軒あんの?」 あまりにもかけ離れた様式を言ってくる二人にネアが呆れた。 「いや・・・えっと! 俺は離れの納屋をアメリカンカントリー風にしたいなって!」 「そうそう! 今の家はジョージアン様式なんです! だからきっと、こんな居間を作ってくれたら似合うだろうなって!!」 「イヤイヤ、俺はもっと現代風のがいいさ! そんで図書室はミールが母校に建てたって言う円形の、壁全部が本棚になってるやつがいい! 3階分くらいあったらいいなー・・・あ!そうさ!」 突然大声をあげて、ラビが立ち上がる。 「ここにもその図書室、あるんじゃね?! それに有名な建築家だもんさ、蔵書もさぞかし充実してるだろうさ!」 見せて欲しいと、目を輝かせて詰め寄るラビから、ネアは仰け反って逃げた。 「あ・・・うん・・・。 彼は建築関係の著書も出しているから、蔵書は充実しているよ。 それにこの家の図書室は君も言ったように、大学に建てたのと同じ様式で、壁が本棚になっている円形の設計だから、参考になると思う・・・」 「それはぜひ拝見したいさ!」 早速行こうと手を引かれて、ネアはアレンを振り返る。 「一緒に来るでしょ?」 「もひろん」 お茶菓子を口いっぱいに詰め込んで、アレンもついて来た。 しかし、図書室に入るや歓声をあげて本棚にへばりついたラビに、冷たく鼻を鳴らす。 「ラビってば本に目がないんですよ。 ほっとくと何時間も読み耽って出てこないから、当初の目的が台無しです。 ネア、すみませんけどこれはここに放置して、僕だけ建物内を案内してもらえませんか?」 「えっと・・・それは・・・」 気まずげに目をさまよわせる彼の腕を、アレンが引いた。 「大丈夫ですよ、ラビは本を粗末に扱ったりしませんから。 それよりも僕、せっかく来たのに何にも成果がない方がイヤです。 おじいちゃんに怒られるもん」 頬を膨らませるアレンに渋々頷き、ネアは彼と共に図書室を出て行く。 二人の足音が十分遠ざかってから、ラビは手にしていた本を棚へ戻した。 「設計図捜索、開始さ 「なんか豪華ー・・・この回廊はなんて言うんです?」 天井を見上げて歩くアレンが、ぽかんと口を開けた。 「ルネサンス様式だな。 でもここのスペースを抜けると古代ローマ様式。変なトコだろ?」 客は大抵混乱するんだと、笑うネアに屈託はない。 「イングランドには珍しいかもしれないけど、大陸は色んな時代の色んな様式がごっちゃになってる建物が多いんだ。 同じ教会なのに、半分はゴシックで半分はロココとか、笑えるのが結構あるよ」 「そっかぁ・・・。 イングランドにも、ローマに憧れてわざと廃墟を作ったり、妙なのがたくさんありますけどね」 「そりゃ新しく作った偽物だろ。 こっちは本当に時代が経ってるから、放置してると崩落の危険があってさ、修復も建築家の大事な役目なんだよな。 こないだもさー・・・」 と、ネアは古い修道院の修復を手がけた時のことを面白おかしく話してくれる。 「そっか・・・。修復もするんだ、この会社は・・・・・・」 ならばミールが建てたものでなくても、こっそりと抜け道を作ってしまうことは可能なのかと、アレンは心中に呟いた。 「どうかした?」 「ううん! 修復もしてくれるんなら、パリの別宅もお願いした方がいいのかなぁって思ったんだ!」 「へぇ・・・金持ちなんだな」 感心したように言うや、ネアはにんまりと笑って顔を寄せてくる。 「なぁ坊や?キミんちが持ってる物件で、修復とかリフォームが必要なのって何軒ある? よかったらウチの会社に全部任せてみない? 1軒なら値引きも難しいけど、何軒もあるなら材料費もまけられるから、お安くできるよ 「えぇとー・・・それはー・・・・・・」 困惑げなアレンに、ネアは大きく頷いた。 「そうだよな、兄ちゃんに聞かなきゃな!」 踵を返して図書室へ戻ろうとするネアを、アレンが慌てて引き止める。 「うん、そうだね!ぜひとも前向きに考えたいから、もっと色んなトコ見せて!」 「えぇー・・・でも、兄ちゃんにさ・・・」 「ラビはほっといていいから!! あ!そうだ! 庭見ていい?!庭!!」 強引にネアを引き止め、図書室から更に引き離そうとアレンが画策していた頃、ラビは建築家の蔵書をめくっていた。 自著の他には自作の古い設計図などが並ぶスペースで、真っ先に古びたファイルをめくってみたが、当然ながら怪盗が消えた邸の設計図は見当たらない。 「ここにないとすると・・・」 ラビは薄暗い部屋の中で、唯一日当たりのいい閲覧デスクに目をやった。 傍に人の気配がないことを確認して、デスクの中を物色する。 「ここも・・・あるのは拡大鏡とか筆記用具くらいのもんか。 やっぱ、仕事部屋を探んなきゃかねぇ・・・」 再び立ち上がったラビは、ふと違和感を覚えた。 「このデスクの広さに対して・・・足元の幕板が手前過ぎやしないかね?」 呟いてデスクの下に潜り込み、裏から幕板をなぞると思った通り、上部に指が入る程度の切込みがある。 そっと引っ張ると板が手前に倒れて、大きなファイルが何冊も隠してあるのが見えた。 「これさ!」 全て引っ張り出し、考えるより先に1ページずつめくってその図面を全て記憶する。 「おっけ ファイルは元通り、隠し場所へ戻したラビは、そ知らぬ顔で適当な本棚の前をぶらついた。 一方のアレンは、ネアを連れて庭の散策をしていた。 「フ・・・フランスって、すごいですよね! 庭園が迷路みたいになってて、僕、迷っちゃう・・・」 既に出口がわからなくなって、泣きそうなアレンにネアは肩をすくめる。 「だからこっちは上から見た方がいいって言ったのに。 図書室の3階辺りから見ればもっと・・・」 「あ!と・・・図書室はですね、その・・・!」 なんとか図書室からは引き離したいアレンが困っていると、 「アーレーンー!やほー!」 と、件の図書室から、ラビが手を振っていた。 「なんさ、迷ってんさー? 上から道案内してやろうかー?」 その態度でラビがもう、設計図を見つけたのだと察し、アレンは大きく頷く。 「助けてー!!」 「いや、俺がわかるから」 苦笑して、ネアはアレンの腕を引いた。 「こっち。 ロードとよく、ここでかくれんぼするから近道もわかるよ」 「あ・・・そう・・・ですか・・・」 気まずげに笑って、アレンはネアについて行く。 そのまま図書室前の庭まで行くと、中から出てきたラビが楽しげに笑っていた。 「弟の相手頼んですまんかったさ。 コイツ、迷子癖なのにこういうとこ行きたがってさー」 ケラケラと笑うラビをアレンが睨み、ネアが苦笑する。 「だったら庭にメイズはやめた方がいいな。 あんな入り口で固まったコ、初めて見たよ」 「ご・・・ごめんなさい・・・・・・」 顔を真っ赤にして俯いたアレンの頭を、ラビがわしゃわしゃと撫でた。 「なんかいい場所見っけたさ?」 「あ・・・うん! やっぱりあの客間! せっかくジョージアン様式なんだからさ、居間もあんな風にすればいいんじゃないかな!」 「いいけど、あんな一枚ガラスとか、たけーぞ?」 しかつめらしく腕を組んだラビに、ネアが笑顔で擦り寄る。 「それは坊ちゃん方、何軒も所有してるらしいからさ、いっそのこと、全部任せてくれたら材料費もうんとまけられるし、工賃もこれだけお安くしますよん?」 ネアがポケットから取り出したメモに数字を書き入れると、ラビが難しく眉根を寄せた。 「ううーん・・・。 でも、一気にやっちまうには予算が・・・」 「そこはそれ! ちゃんと分割払いも用意していますのでネ、こんなカンジで・・・」 「ちょっとこれ、金利手数料が掛かるからかえって割高じゃん! まけるってーんならもっとさー・・・!」 自分もペンを取り出して、メモに書きつけたラビにネアが大仰に驚いてみせる。 「おや坊ちゃん、厳しいね! じゃあここをさー・・・」 メモを挟んで丁々発止のやり取りを始めた二人を眺めていたアレンは、あまりにも長く続くためにとうとう痺れを切らした。 「ねーえー!それって今決めること?! ここで正式に頼んじゃうの?!」 不満げにラビの手を引くアレンに、ネアがはっとして頷く。 「では、今後は俺がお宅を訪ねて見積もりを!」 「あ・・・うん、それはまた今度ってことで・・・」 我に返ったラビが、ネアに案内の礼を言った。 「図書室には大満足したさ! ぜひジジィ・・・いや、当主に言って、ここの会社で検討するように伝えるさね!」 「お邪魔しました」 ぺこりと一礼したアレンに頷いて、ネアは手を差し出す。 「どうぞよろしく 持ち家全部任せる件も、ぜひ伝えてね 「あぁ」 二人はネアと握手して、玄関まで送ってもらった。 「ありがとうー!」 「こちらこそ」 にこやかに手を振り、ドアを閉めたネアは・・・踵を返すや駆け出し、図書室の閲覧デスクの下へ潜り込む。 しかし、幕板裏の隠し棚になんの変化もなく、念のため、取り出した秘密の設計図にもなんの異常もなかった。 「・・・気にしすぎかな」 あまりにタイミングよく英国人が訪ねて来たものだから疑ってしまったと、苦笑して立ち上がる。 「いや・・・」 窓に写った自身の姿を見つめ、ネアは目を見開いた。 「あのガキ・・・ティキって言おうとしたんじゃ・・・・・・!」 自分によく似た『兄弟』の名を呟き、ネアは舌打ちする。 「顔バレしてんじゃねーよ、あの馬鹿!」 忌々しげに吐き捨て、ネアは怒りに任せて床を蹴った。 ミール邸を出て馬車を拾ったラビは、アレンが乗り込むや声を潜めて囁いた。 「きっとあいつさ! ティキと似てるなんて、犯罪者以外のなにもんでないさね!」 彼によって酷い目に遭わされたラビの、恨みがましい声にしかし、アレンは首を捻る。 「ティキが犯罪者なのは認めるにしても、そう決め付けちゃうのは乱暴じゃないかなぁ・・・」 「おま・・・!」 「行き先言ってよ」 大声を出そうとするラビを遮って、アレンは馬車の天井をノックした。 怪盗の仲間につけられる可能性もあるので、直接クラウドの邸宅に帰ることはできない。 ため息をついて気を落ち着かせたラビは、繁華街へ行くよう、御者に伝えた。 馬車が動き出すと、アレンは背もたれにもたれかかって、手を組んだ。 「でも・・・ラビの言うことには賛成。 あの人、怪しい気がする」 「やっぱりそう思うさ?」 詰め寄ってくるラビを鬱陶しげに押し返しながら、アレンが頷く。 「確信はないよ。 だけど・・・雰囲気?」 アレンから情報を引き出そうとする反面、自分の情報は一切漏らさなかったと、眉根を寄せた。 「もちろんこっちも、本当のことなんか言わなかったけど・・・」 「やっぱあの顔は犯罪者さ! 俺は確信したさ! それに、あのロードって子・・・」 「うん・・・」 顔を見合わせ、頷きあう。 「金髪以外の特徴が、全て合致してたし」 「ミールの娘で、設計図だって手に入る」 「きっと・・・」 「あの子さ・・・・・・」 早く探偵に知らせようと、二人は大きく頷いた。 To be continued. |