† ANEMONE †
†このお話はルパン対ホームズを元にしたパラレルです† 舞台は19世紀ですが、D.Gray−manの原作とは、ほとんど関係ありません。 頭を空っぽにして読んで下さいね ※死人が出ますので、苦手な方はご注意ください。 |
19世紀ロンドン―――― 女王陛下のしろしめす大英帝国の首都として、世界有数の大都市となった地には、繁栄と退廃が同居している。 華やかな街の裏側では不可思議な事件も多く・・・ゆえに、『諮問探偵』を趣味とする彼を楽しませる依頼の、絶えることはなかった。 そう、その日の朝も――――・・・。 電話のベルが、ひたすらに鳴り続けている。 リナリーはうるさげに眉根を寄せて、毛布を頭の上まで引き上げた。 だが一度気になりだすと、毛布越しにもベルは耳に響いて、リナリーは仕方なくベッドに起き上がる。 「もー・・・なんで誰も出ないんだよぅ・・・・・・!」 壁掛け時計を見上げると、7時になる直前だ。 「ジェリーは・・・朝のお買い物に行っちゃったのか・・・・・・」 近頃、港から直接新鮮な魚を売りに来る店が出来たとかで、大家のジェリーは毎朝のように通っている。 料理自慢の彼女が認める店はあっという間に人気店になってしまい、漁港から帰ったばかりの早朝でないと、いい魚が買えなくなったそうだ。 おかげで毎日、おいしい魚料理が食べられるのは嬉しいが、彼女の留守の間は誰も電話に出てくれないので、こんな事態になっている。 「兄さんは・・・帰って来てないのかな・・・」 科学者という本業がありながら、ロンドン一有名な探偵でもある兄には様々な依頼が引きも切らず、何日も家に帰ってこないことなど珍しくなかった。 ため息をついてベッドを出たリナリーは、ガウンなんかではしのげない寒さに震えつつ階段を下り、2階の居間に入る。 途端、 「・・・兄さんっ!!」 暖炉の前の椅子にだらしなく四肢を放り出して眠る兄に目を吊り上げた。 「なんだよっ! いるんなら電話に出ればいいじゃないか!!」 燠火を火掻き棒でかき回し、薪を足しながら兄をつつくと、彼はむにゃむにゃと不明瞭なことを呟いてまた寝てしまう。 「兄さん! 兄さ・・・もう!うるさいっ!」 未だ鳴り続ける電話にドスドスと歩み寄り、一息ついて受話器を取り上げた。 「はい、こちらコムイ・リーの・・・」 『探偵はっ!!コムイ殿はご在宅であるかっ?!』 耳をつんざく大声を受け、リナリーがうずくまったまま動けずにいると、受話器の向こうの彼は最後の望みが消えることを恐れるかのように、何度も何度も呼びかける。 「ちょ・・・っと落ち着いていただけますか・・・? 耳が・・・!」 出来るだけ受話器を遠くにして呼びかけると、彼は回線の向こうでえぐえぐと泣き出した。 「・・・すぐに代わりますから、お待ちいただけますか?」 自分じゃ話にならないと早々に諦めて、リナリーは電話ごと兄の元へ運ぶ。 「兄さん! にーさん!! 私との結婚を許して欲しいって今、電話がねー」 「許すはずないでしょあのガキンチョ――――!!」 一瞬で飛び起きたコムイが、リナリーの持つ受話器を奪い取った。 「もしもしっ?! おにーちゃんは絶対・・・」 『探偵であるかっ?!私である!クロウリーである!!』 自身が発した以上の大声が返って来て、コムイは一瞬、呆気に取られる。 「え・・・?アレイスター卿・・・? うちの妹はあげませんよ、アナタ既婚者でしょ」 『私はそんなこと一言も言ってないであるよ!我が妻は生涯に一人だけである! 寝ぼけてないで、話を聞くであるよ!!』 「へ? ボク、寝ぼけてたの?」 リナリーを振り返ると、彼女は何度も頷いた。 「あー・・・えっと、ご依頼ですか?」 気まずげに問うと、『もちろん!』と返る。 『我が家の危機とも言うべき大事である!ぜひともパリまで来て欲しいのである!!』 「・・・海を渡るのは・・・ヤダナァ・・・・・・」 お船嫌い、とぼやく彼に、クロウリーは高額報酬のほか、様々なオプションを提示してコムイの気を引いた。 中でも、 「お・・・おじいさまの毒薬コレクションですって?!それはぜひ、お譲りいただきたいですね!! いつかアレン君を殺すために!」 「コラッ! 兄さん、コラッ!!」 邪悪なものに食いついたコムイを、リナリーがスリッパで叩く。 しかしコムイは気にも留めず、パリ行きを快く了承した。 「コムたーん!朝ごはんと今日の郵便・・・アラン?お出かけ?」 買い物から戻ったジェリーが、朝食と郵便物を持って入った2階の居間では、コムイとリナリーがトランクを挟んで大喧嘩の真っ最中だった。 「今度は来なくていいって言ってるでしょ! なんで来るの!なんの用があるの、リナリーに!!」 「行ったっていいじゃない!! 私だってアレイスター卿のことは知ってるし、パリには殿下もおいでだし、なにより、ちょめちゃんがまだパリにいるんだもん! 一緒にクリスマス市に行くったら行くー!!!!」 「ちょめ君だけじゃないでしょ! 今、あそこにはラビとアレン君もいるでしょ!! ただでさえ事件で危ないってのに、ボクの留守の間にはアレン君達と遊んでようってんでしょ! 全然安心できないじゃないか!」 だから来ないで、と、大声をあげるコムイが開けたトランクの上にリナリーが乗り、無理矢理閉める。 「リナリーを連れてくって言うまで、荷物の準備なんかさせないもんっ!!」 「お仕事なんだから邪魔しないでー!」 「ねぇん、ちょっとちょっと、アンタ達ぃ!」 騒がしい兄妹にすっかり無視されたジェリーが、コンコン、とテーブルを叩いた。 「今すぐ出かけるんじゃないんなら、先に朝ごはん食べちゃいなさい」 テーブルの上に並べられたイングリッシュ・ブレック・ファーストのかぐわしさに、二人の戦闘意欲は急速に殺がれる。 「はい、コムたんにコーヒーと、リナリーにミルクティー。 今日はタラがおいしそうだったから買って来たのん アンタ達、お昼までいるぅ? いるならクリーム煮にしちゃうけどん、すぐに出るんならフライにしてお弁当にするわよん?」 「・・・朝ごはんを食べたらすぐに出るよ。 パリに滞在中の、クロウリー男爵からご依頼だからね」 「アラン・・・」 ジェリーは不思議そうな顔をして、壁にかかったカレンダーを見遣った。 「確か・・・ご夫妻は毎年、12月1日の男爵のお誕生日に間に合うように領地に帰るんじゃなかったん? もう、11月29日よん? 今からじゃあコムたんがパリに着くのは早くて今夜、カレーから出るパリ行きの最終汽車に間に合わなければ明日の朝よねん? それから事件を解決して帰るって・・・いくらなんでも慌しいんじゃなくって?」 「・・・あ、ホントだ」 ついさっき起きたばかりで頭が働いてなかったと、コムイが目を丸くする。 「今年は領地に帰らないつもりかな?」 それとも帰れない事情でも出来たのかと、コムイは電話で詳しく話を聞かなかったことを早速後悔した。 と、無言で朝食を詰め込んでいたリナリーがいきなり席を立ち、自室へと駆け上がる。 「あ!リナリー!!」 続いて席を立とうとしたコムイを、ジェリーがやんわりと押し留めた。 「連れて行きたくないのねん?」 「もちろんだよ! まだどんな事件か詳しくは聞いてないけど、ボクは可愛い妹を危険に巻き込みたくないし、なにより・・・」 さすがにはばかって、コムイは声を潜める。 「今後はもう、あまり殿下と関わってほしくない。 つい、この間の事件の時もそうだったよ。 あの子は殿下の傍に行くと、すぐに昔の侍女に戻ってしまうんだ。 ボクはね、あの子には普通の女の子になってほしいんだよ」 そのために女学校へ入れたかったが、東洋人の上に特殊な育ち方をしてしまった彼女が馴染めるような学校が、ロンドンには中々見つからなかった。 「単なる王族や貴族なら、東洋だって関係なく入学できるけどん、侍女だものねぇん・・・。 同級生に召使扱いなんかされちゃったら、リナリーがかわいそうだわん・・・」 コムイの心情を代弁してくれたジェリーが、ため息をついた。 「いっそのこと、清に帰ろうかとも思ったんだけど・・・」 「それこそ居場所がないでしょ」 あっさりと言った彼女自身も、既に故郷に居場所がない人間だ。 無言になってしまったコムイに、ジェリーはにこりと笑った。 「リナリーはもう、アンタが遠ざけたい殿下から十分な教育をしていただいているし、今も最先端科学の研究者であるアンタやリーバーに色々教わっているんだから、今更学校にいかなくったってお勉強に困ることはないのよねん。 ただ、年の近いお友達がアレンちゃんとラビ、サチコちゃんの3人だけってのもねぇ・・・。 ミランダも、辛うじて引っかかるかもだけど、既婚者だしぃ・・・」 なにが言いたいのかと、訝しげなコムイにジェリーが頷く。 「いきなり大勢がいる学校に行って困るよりも、親しいお友達を少しずつ増やしていく方があの子には向いていると思うのん。 だから、アンタの助手としてパリくらいなら連れてってあげてもいいんじゃないのん?」 「はぁ?!」 止めてくれると思ったジェリーにいきなり裏切られて、コムイは思わず大声をあげた。 「だから危険だって・・・!」 「だから事件に近づけなきゃいいじゃないのん。 リナリーはパリにいるサチコちゃんやアレンちゃんやラビと、勝手に遊んでるわよん。 あと、幼馴染の神田ともねん 「うぐ・・・!」 一番引き離したいのはアレンなのに、その点はわざと無視しているようだ。 「ジェリぽんはアレン君びいきだから・・・!」 「そうよん あの子はイイ子だものん 「いい子なもんかいっ!あの子はね・・・!」 アレンへの悪口雑言を喚こうとした口をスコーンで塞いで、ジェリーはトレイの上に乗せたままの郵便物を指した。 「ホラ、出かけるんなら先に確認しちゃいなさいよん。 アタシはタラをフライにしなきゃ くるりと踵を返したジェリーの背中を恨めしげに見つめたコムイは、スコーンを噛み砕きながら封筒を開ける。 「こないだの事件の報酬と、ヤードからのお礼状と・・・別に急ぎの用件じゃないな。 あ、リンク君もパリに出張なんだ。 じゃ、なんかあったらリンク君に頼むのもありだね・・・って、なんだこれ?」 郵便受けに直接投函されたのか、宛名はコムイの名前だけ、切手も差出人のサインもない封書に首を傾げた。 「ご近所のパブが何周年、とかかな?」 ペーパーナイフで切った封筒は随分と品質のよい紙で、便箋も王族が使っていそうな上質の紙に透かし模様が入っている。 「この模様は・・・」 Nを意匠化したものに、嫌な予感がした。 拒否する目を無理矢理下ろしてつづられた文章を読んだコムイは、口元に薄く笑みを浮かべて手紙をびりびりに破り捨てる。 「・・・あのクソガキ」 笑みを浮かべるこめかみに、青筋が浮いた。 「下手に出てやりゃいい気になってくれちゃって・・・今度は泣かしちゃうぞ 暖炉に放り投げた紙くずが、小さな炎となって煙突の奥へ消えていく。 「来るなってーんなら行ってやろーじゃん! 今のボクは、生意気な小僧を許せる精神状態じゃないんだよ! 泣いてゴメンナサイするまでいじめてあげるよ!!」 トランクを蹴飛ばして開けたコムイは、怒号をあげながら猛然と荷物を詰め込んだ。 ジェリーに見送られ、乗り込んだドーバー行きの汽車の中で、リナリーはずっと不機嫌な顔をしているコムイに眉根を寄せた。 「ねぇ・・・なんでそんなに怒ってるの? 無理矢理着いて来ちゃったのは・・・まぁ、悪かったけど、許してくれたじゃない。 事件にだって関わらないって約束したし・・・こないだみたいに勝手に出てったりしないよ」 前科があるために強くは出られないリナリーが兄の機嫌を伺うように言うと、彼はずっと寄せていた眉根を開いて苦笑する。 「ごめん、キミに怒ってたんじゃないんだ。 あの忌々しい怪盗から手紙が来てね。 あんまりムカついたもんだから、どうやっていじめてやろうかって考えていたところ」 「手紙?」 穏やかならぬ様子で笑う兄に首をすくめると、彼は頷いて座席に背を預けた。 「なんだかベラベラとどーでもいいおしゃべりを書いてたけどさ、要約すると、この事件に関わるな。関わればボクが恥をかくことになって、一生後悔するよ、ってさ。 あんまり頭に来たからさ、あの子捕まえて、どの面下げて言ってんだって、説教してやるんだ!」 気炎を上げる兄に、リナリーは黙って頷く。 兄に限らず、機嫌の悪い人間には何を言っても無駄だと、王宮で学んでいた。 ためにリナリーは、兄が話しかけて来た時以外はおとなしくして、ドーバーまでの道のりをやり過ごした。 ―――― その後、カレー行きの船に乗るや船室で寝込んでしまった兄の分までジェリーのおいしいお弁当をいただきながら甲板を散歩していると、見たくもない顔を見つけてしまい、慌てて隠れた。 その彼女の傍らを、部下らしき巡査を従えて、リンクが通り過ぎていく。 「・・・で、彼らをパリ市警に引き渡す手はずになっていますから、それまで油断しないように。 あちらも、特別にカレーまで警官を寄越してくださるそうなので、犯罪者の引渡し自体は難しくありませんが、その後の書類作成で、私はしばらくパリに滞在します。 パリ市警側から引き渡される犯罪者の連行は任せますから、警官達と先に帰国してください。 くれぐれも、乗客の皆さんにご迷惑がかからないようにするんですよ」 相変わらずの生真面目な口調で命じるリンクに、巡査も一々生真面目に頷いていた。 「久しぶりの、大規模な犯罪者交換になりますから、警備も厳重にお願いします」 「・・・へー。 あの人、そんなこともやるんだ」 彼女には気付かずに行ってしまったリンクの背を見送ってから、リナリーは彼の逆方向へと歩き出す。 「なんだか・・・みんなちゃんとお仕事してるんだねぇ・・・」 そう思うと、侍女でなくなってしまった自分がぶらぶらと遊んでいるように思えて、軽く肩を落とした。 「全寮制の女子校ってのはやだけど・・・私も学校くらい入った方がいいのかなぁ?」 しかし何か学ぶことがあるだろうかと、考えつつフライをかじる。 「・・・お行儀学校?」 必要かもしれない、と、リナリーは船窓に映った自分の姿に苦笑した。 風の具合がよかったのか、英仏海峡を渡る船はすんなりとカレーに着き、パリ行きの特急も二人を待っていてくれたようなタイミングで駅を出て、兄妹が北駅に着いたのはその日の夕方だった。 「段違いの速さだったねぇ。 風の具合がいいと、こんなに早いんだ」 なのになんで船酔いするんだろうと、リナリーは呆れながらぐったりとした兄を支え、馬車を探す。 と、二人の前に突然、一人の少女が立ち塞がった。 「え・・・?」 何か失礼なことでもしただろうかと、困り顔のリナリーが目をあげると、彼女はリナリー以上の困り顔を寄せてくる。 「あの・・・イギリスの探偵・・・ですよね? コムイ・リー・・・ですか?」 不安そうに尋ねて来る彼女の声に、俯いていたコムイも顔をあげた。 「そうですけど・・・どなた?」 金色の巻き毛を夕陽に染める少女の顔に見覚えはなく、何かを訴えかける青い瞳にも心当たりはない。 しかし彼女はコムイを知っているらしく、両手で彼の肩を押した。 「お願いです・・・! このまま、ロンドンへ帰ってください・・・! じゃないと・・・とても悪いことが起きてしまうんです!」 ぐいぐいと構内へ押し返そうとする少女にコムイは苦笑し、首を振る。 「それはできないよ・・・。 ただの依頼人だったなら、キミの事情如何によってこのまま帰ることもありえたかもしれないけど、アレイスター卿はボクの大切な友人だからね。 彼の頼みを断ることなんて出来ない」 「でも・・・!」 びくともしないコムイの長身に、押し返すことは諦めたものの、彼女は頑迷に首を振った。 「これは・・・男爵がお困りになることでもあるんです・・・! 私、止めなきゃ・・・!」 「悪いけど」 苦笑するばかりで手を出そうとしない兄に代わり、リナリーがぴしりと言う。 「私たち、男爵から直々にお招きいただいているの。 あなたがなんの権利あって私達を帰そうとしているのかは知らないけど、このまま帰ることなんて出来ないんだよ」 どいて、と、リナリーに押しのけられた少女がたたらを踏んだ。 「おっと」 転びそうになった彼女を支えた通りがかりの男が、呆れたようにリナリーを見遣る。 「・・・っ失礼!」 つんっと言い捨てたリナリーは、空の馬車を止めるや彼女に背を向けて、兄を中に押し込んだ。 荷物を運び終えたポーターが馬車のドアを閉め、動き出しても、少女はじっと立ったまま見つめている。 「・・・なんなの」 リナリーは訝しげに眉を寄せて、真っ青な顔で座席に寝転ぶ兄の背を撫でてやった。 ムリヨ街にあるクロウリー男爵家の邸は、別宅とは思えないほどの豪華さだった。 広々とした前庭にはいかにもフランス風に、生垣で左右対称のメイズを作り、中央の噴水は涼やかな音を立てて残照を弾いている。 本館の両脇には、やはり左右対称に別棟が作られ、かつての王宮のお手本とも言うべき建造物だった。 「・・・18世紀には建ってたのかな、ここも」 クラウドの邸も豪華だったが、こちらには『歴史』と言う重みが加わっているように見える。 コムイを支えながらホールに入ったリナリーは、中の豪華さにも唖然とした。 ロココ式・・・と言うのだったか、白い壁には金の装飾が施されている。 「ベルサイユ宮殿みたいだね・・・」 驚きのあまり、少しは気分を持ち直したらしいコムイも、呆れ顔で呟いた。 と、 「お待ちしておりました。 お部屋へご案内します」 奥から現れ、一礼した少女に、二人は目を丸くする。 「キミ・・・!」 「私達より先に着いたの?!」 思わず大声をあげたリナリーを、驚いて見つめた少女が、『あぁ』と頷いた。 「ゾ・・・いえ、ソフィーにお会いになったんですね。 私は双子の妹で、アンジェラです」 にこりと笑ったアンジェラは、名前の通り、天使のようだ。 「どうぞこちらへ」 二階へと導く彼女に従い、兄妹は無言で案内された部屋へ入った。 そこは大きな窓から広々とした庭を見渡せる居間で、庭の向こうには更に広々とした公園がオレンジ色の夕陽に照らされている。 「いい景色だね・・・」 感心したリナリーに、コムイも頷いた。 「奥方の趣味かな。 とても素敵だね」 クラウドの邸でもそうだったように、ここは普段客を入れる場所ではなく、夫妻のプライベートな居間なのだろう。 その証拠に、大きな鏡を挟んで置かれたガラス張りのケースには、パーティ好きな奥方がドレスに合わせて選べるように、高価な宝飾品がずらりと並んでいた。 「うわー・・・どれもすごい宝石。 お金持ちだとは思ってたけど、こんなにあるなんてすごいなぁ・・・・・・」 「珍しいの? 殿下はもっとすごい宝石をこれ以上お持ちなのに?」 コムイが意外そうに問うと、振り返ったリナリーが首を振る。 「殿下は王族でいらっしゃるんだから別格だよ。 普通の貴族にしてはすごいなぁって言ったの」 「普通と貴族って、並び立つ単語だっけ・・・?」 「並び立つよ。 大貴族と小貴族と普通の貴族!」 王宮にはランクがあるんだと強調するリナリーにコムイが苦笑していると、続き部屋のドアが開いて、困り顔のアレイスターが入って来た。 「アレイスター卿、この度は・・・」 「来てくれて嬉しいである! エリアーデは今、具合を悪くして休んでいるので挨拶できないのであるが・・・その、本当に困っているのである・・・! 助けて欲しいのである!」 両手を組み合わせて懇願する彼に何度も頷き、コムイは客でありながらこの邸の主へ座るように促す。 「ボクを呼ばれたのは、夫人に何かあったためですか?」 問うと、アレイスターはぶるぶると首を振った。 「エリアーデは事件のショックで寝込んでいるだけである。 その前から風邪を引いたらしく、具合が悪くて動けないからと帰国を見合わせていたのであるが、今回のことで起き上がれなくなってしまって・・・。 妻のためにも、早く解決して欲しいのである!」 詰め寄ってくるアレイスターに頷き、コムイは説明を求めた。 「今朝のことである・・・貴殿の家に電話する、まさにその直前のことであるよ。 この部屋の・・・そのケースの中から、大切なキメラの像が盗まれたのである!」 そう言ってアレイスターは、たくさんの宝石を美しく配置したガラスケースの一つを指す。 その中心には確かに、不自然な空白があった。 「キメラ・・・って、ギリシャ神話に出てくる化け物のことですよね? あの隙間の上下左右にもすごい宝石が並んでいるのに、それだけ?」 アレイスターの慌てぶりとは逆に、冷静に問い返したリナリーに、コムイも頷く。 「それはこの宝石よりも希少で価値のあるものだったんですか?」 「もちろんである!」 蒼褪めた顔に脂汗を浮かべ、アレイスターは何度も頷いた。 「今ここにある宝石はエリアーデのために揃えたもので、新しいものばかりである。 中には代々伝わる宝石を作り替えた物もあるので、完全に新しいかと言えばそうでもないかもしれないが、歴史的価値はないものだ。 しかし、盗まれたキメラ像は・・・!」 何かを恐れるように、アレイスターはぶるりと震える。 「お・・・大きさは片手に乗るくらいの、小さな像である。 しかし、純金の像はライオンとヤギ、蛇のそれぞれの目にルビーを嵌め込み、ヤギの角はダイヤ、蛇の模様はエメラルドで象嵌された非常に貴重なものなのだ。 このように豪華になったのは後のことだそうだが、元々の像は我がクロウリー城が建てられた際に、城の守り神として作られたもので、城主は戦に赴く際も常に持ち歩くよう、定められたものなのである! あれを奪われるのは、城を奪われるも同じなのだ! 盗まれたとわかれば、貪欲な親戚達が黙ってはいないである! 最悪の場合、私は城を追われ、領地を奪われるかもしれないのであるよ!」 「それは・・・大変だ」 全く同じことを呟いた兄妹に、アレイスターは何度も頷いた。 「エリアーデが先に倒れてしまったのでタイミングを逃してしまったが、私の方こそ今にも気を失いそうなのである・・・! 貴殿を待っている間、割れた窓は修繕させてしまったが、ガラスは破片も含めて取ってあるゆえ、存分に調べて欲しいである!」 「へぇ・・・! アレイスター卿、ボクのファンだってのは知ってましたけど、そんなことまでお勉強なさったんですねぇ!」 思わず感心したコムイが、嬉しげに笑う。 「そうとなったらぜひお任せを。 必ず解決して見せますよ」 「頼んだである・・・!!」 切実な声で叫んだアレイスターは再び両手を組み、祈るようにこうべを垂れた。 捜査用にあてがわれた広い部屋に運ばれて来たガラス片は、割れたのではなく切り取られたものだった。 「・・・この犯人は、頭はいいけど犯罪には慣れていないようだね。 ガラスを切る道具があるってことを知って、それを手に入れる努力や音を立てずに窓ガラスを切り取る方法を思いついたけど、やったのはこれが初めてなんだろう。 あらかじめ吸盤をつけておくことで、切ったガラスを手元に引き寄せ、室内で割れたりしないように気をつけたのは、素人にしてはすごい計画性だと思うけど、切り口はガタガタだし、何度も傷をつけて道具自体をダメにしちゃった痕跡もあるね。 最後はほとんど力ずくで引き抜いたかな。 ・・・つまり、あいつは技術を教えたけど、技術指導までは出来なかった、ってことか」 一人で呟きながら頷いたコムイは、窓辺に寄って庭を眺める。 「もう暗くなっちゃったな・・・アレイスター卿、ランプかなにか、持ち運べる明かりをもらえます? それと、今この家には使用人も含めて、何人いるんですか?」 早速呼び鈴を押したアレイスターが、指を折って数えた。 「私とエリアーデとトマと・・・料理人が1人、メイドが4人、そして先月から雇ったエリアーデ付の看護師が2人で、あわせて10人であるな。 看護師は双子の少女なのであるが、まぁ・・・普段エリアーデは病気がちと言うわけでもないので、実際はほとんど仕事がないのである。 ただ、今はエリアーデが臥せっているし、何よりあの姉妹を気に入っているので、置くようになったのである」 「あぁ、あの子達か・・・」 頷いたコムイは、呼ばれてやって来たトマに明かりを持ってくるよう頼んで、アレイスターに向き直る。 「彼女達の出自は? 名前を聞いた時、アンジェラは姉のことを『ゾフィー』って言おうとしたみたいだから、ドイツ人か、ドイツ語圏の子達らしいですけど。 どうやって奥方に気に入られたんですか?」 問うと、アレイスターは記憶を辿るように宙を見つめた。 「・・・今月1日のことであるな。 クラウド殿下の誕生会に招かれて、パリの邸宅に行った時であるよ。 いつも通り楽しそうにしていたエリアーデが、しばらくして具合が悪いと言い出して。 最初はコルセットを締めすぎたかも、と冗談を言っていたのであるが、急に顔色も悪くなったので早々に失礼したのである。 だが、馬車に乗っている途中で揺れにも耐えられないと言い出して、しばらく馬車を止めて休んでいたら、通りかかったあの双子が、自宅で休んでいくようにと言ってくれたのである。 もう、夜が冷え込む時期だったので、私は早く帰らせたいと思ったのだが、エリアーデが馬車で揺られるとまた苦しくなると言うので、申し出を受けたのであるよ。 二人暮らしの小さな部屋ではあったが、ありったけの薪をたいて部屋を暖かくしてくれて、それは献身的に尽くしてくれたのである。 なんでも、薬剤師や看護師になるための勉強をしているそうで、両親が亡くなったことをきっかけに、パリに出て学校に通うことにしたのだとか。 二人とも、昼は働いて夜は学校に行っているというので、事情を聞いたエリアーデが同情して、ならば昼は我が家で働き、学校に通うがいいと。 家も引き払って、我が家に居を移せばいいと言うので、私も賛成したのである」 「初めて会った子達に?いきなり?」 信じられない、と、侍女時代は王族の身を守るために常に神経を尖らせていたリナリーが呆れる。 が、気まずげに目をさまよわせたアレイスターは、ややして再び口を開いた。 「貴殿らは・・・エリアーデの出自を知っているであろう?」 辺りをはばかるような声に、コムイは苦笑して頷く。 「リナリーも知っていますよ」 ね?と兄につつかれて、リナリーも頷いた。 「ならば話は早い。 エリアーデは生まれた村で、魔女の家系だと虐げられ、家族を殺されてしまったのだが・・・あの双子も、同じような境遇だったのである」 「・・・彼女達も家族を殺されたんですか?」 欧州は恐ろしい所だと、リナリーが愕然とする。 しかしそれには、アレイスターは首を振った。 「ちょっと違うであるな・・・あの子らの村は、魔女の家系が存在するのではなく、魔女が村人の中から選ばれるそうな。 両親を亡くし、孤児となった二人のどちらかを魔女にと迫られて、逃げ出してきたそうであるよ。 最初はあの子らも、そんな事情で村を出たとは言いにくかったそうであるが、パリは都会であるからな。 昼間の仕事先で村を出た事情を聞かれ、勇気を出して言ってみた所が笑い飛ばされて、気が楽になったそうな。 なので、私達にも笑い話のようにそのことを話してくれたのだが、エリアーデは出自のこともあって、同情せずにはいられなかったのであろうな」 「それでいきなり大抜擢、ってことか」 苦学していたところに金持ちの夫人が援助してくれるようになったのだから、恩を感じて彼女の不利益になるようなことは阻みたいと思うのも当然だろう。 だが、コムイが来ることによって・・・または、コムイが怪盗と争って盗品を取り戻すことによって、エリアーデが不利益をこうむることになるとは思えなかった。 それはリナリーも思ったのだろう、不思議そうな顔をして、しかし何も言わずに、戻って来たトマからランプを受け取る。 「兄さん、外から調べるの?」 「いや、まずは中からかな。 卿、一緒に来て、状況を説明してもらえますか?」 コムイが声をかけると、アレイスターは大きく頷いて先に立った。 「・・・この部屋の隣は寝室なのである。 エリアーデがまだ臥せっているので、静かに頼むであるよ」 居間のドアを開ける前に、アレイスターが小声で囁く。 兄妹が頷くのを確認して、そっと開けた居間には電灯が灯っていた。 「あのドアの向こうが寝室なのであるが・・・」 と、アレイスターは兄妹を迎えた時に出てきた続き部屋へのドアを指す。 「今朝、いつも通りエリアーデより先に目を覚ました私が、ドアを開けたら窓辺のカーテンが揺れていたのである。 この部屋の窓はいつも、メイドではなく私が閉めるのに・・・昨夜も間違いなく閉めたのに、おかしいと思って近づくと、ガラスが切り取られて掛け金が外され、窓が開いていたのであるよ・・・!」 そう言ってアレイスターが開けた窓は、既に新しいガラスが入れてあった。 「今、貴殿らが入って来たドアも、寝る前に私が鍵をかけるので、トマでさえ入っては来られないのである。 ゆえに泥棒は、この窓から入ってきたに違いないのであるよ」 外側へ向かって開け放たれた窓の先は石造りのバルコニーになっていて、アレイスターが指した欄干にはかすかな傷がついていた。 「この傷は・・・」 「おそらく、梯子をかけた時についたのであろう。 犯人は公園側の鉄柵に梯子をかけて乗り越え、ここに再び梯子をかけて忍び込んだのであろうな。 実は・・・」 と、アレイスターはわずかに頬を染める。 「キメラを盗まれたことに気付いて貴殿に電話をかけた後・・・ふと思い立って、貴殿の真似をしてみたのである・・・! か・・・拡大鏡であちこち見てみて、この欄干の傷を見つけ、バルコニーの下の土や鉄柵の両側の地面に、梯子らしき二本の脚が残した穴を見つけたのである・・・! そっ・・・その穴は誰かが踏んで消さないよう、木箱を置いて保存しているのだが、良かったであろうか・・・?」 顔色を伺うような上目遣いに、コムイは満足げに笑った。 「お見事ですよ、卿! 少年探偵達よりも随分お役立ちだ! なんならボクの弟子になりますか?」 「ほ・・・本当であるか?!」 尊敬する人物から何よりの言葉をもらったとばかり、アレイスターが喜色を浮かべる。 しかし、そんな場合ではないと思い出して、慌てて表情を改めた。 「や・・・役に立てて嬉しいである・・・! 何しろ、事が事だけに、警察にも新聞にも知られては困るのであるよ・・・! 地獄耳の親戚にでも知られたら、我が家がどうなるか・・・ゆえに、探偵・・・!」 「えぇ、わかってますよ」 にこりと、コムイは微笑む。 「早急に、そして内密に、この家の宝物を取り戻しましょう」 「ぜひに・・・!!」 懇願するアレイスターの隣でトマも深々とこうべを垂れた。 バルコニーを調べ終えたコムイは、リナリーと共にランプを持って外へ出た。 地面に伏せてあった空の木箱をどけてみると、アレイスターの言った通り、梯子のものらしき四角い穴が二つ並んでいる。 リナリーにランプで照らしてもらいながらその幅を計ったコムイは、続いて公園に接した鉄柵へと歩いて行った。 やはり伏せられた木箱を目印に、花壇の柔らかい土の上に開いた穴と、公園側の地面に開いた穴も幅や大きさを測り、苦笑する。 「戻ろうか」 ずっと兄の手元を見つめていたリナリーが、顔をしかめて頷いた。 彼女も、コムイの立場なら苦笑していたかもしれない。 二人してアレイスターの待つ捜査用の部屋に戻ると、そっくりに肩をすくめた。 「終わっちゃいました」 コムイより先に口を開いたリナリーに、アレイスターが唖然とする。 「終わった・・・と言うと?」 困惑げな目をコムイに向けると、彼も苦笑して頷いた。 「・・・犯人は、公園から梯子をかけて邸へ侵入し、またバルコニーに梯子をかけて2階へ上り、ガラスを切って部屋に侵入した後、まっしぐらにお目当ての像だけを盗んで消えた、なんてことありませんよ」 「は?! し・・・しかし・・・!」 トマと困り顔を見合わせ、アレイスターは両手を握り締める。 「痕跡はどう見ても・・・それに、実際にキメラ像はなくなっているのである・・・! 昨夜までは確かにあったのだ! あれはいつも、もっとも目立つ場所に置いてあるのだから、私が気付かないはずはないであるし・・・」 「でもね」 と、コムイは広いデスクの上に置かれたガラス片を指した。 「どう見たって素人の手しか持たない人間が、こうもすんなりと事を運べるはずがないんですよ。 ガラスを切るのだって、初めてならかなりの時間を要したでしょう。 ご夫婦が寝入った時間と言っても、いつ気まぐれに目を覚まされるかもしれないし、いつ使用人が気付くかわからない見晴らしのいい場所に、いつまでも梯子をかけておくだなんてそんな、暢気なこと出来ませんよ。 しかもそんな苦労をして、盗むのが小さな像一つって・・・そりゃ、ご親戚の方達にとっては、多くの宝石より欲しいものでしょうけど、本当に欲しけりゃ素人じゃなくてプロを雇いますよ。 様々な状況をかんがみて、この事件は無茶なんです」 「む・・・無茶とは・・・?」 つい先程、探偵に誉められた嬉しさも萎んでしまって、肩を落としたアレイスターに、リナリーが詰め寄る。 「あのですね、さっき外の梯子の跡らしき穴を調べたら、幅が違ったんです!」 「は・・・幅・・・」 唖然と口を開けた彼に、リナリーは大きく頷いた。 「バルコニーの下の穴は幅が23センチだけど、鉄柵の下の花壇では28センチに広がってたの。 その上、バルコニー下と花壇の穴は四角がきちんと平行に並んでいたけど、鉄柵の公園側は多分、人目を気にして急いでつけたんでしょうね、ちょっとずれてました。 だからあの穴は、適当に削った1本の木材の端を打ち込んで作ったんですよ。 その証拠に、穴の大きさは同じなのに深さは違っていたもの!」 コムイの言おうとしたことをコムイよりもはっきりと残酷に伝えた妹の頭を、彼は笑って軽くはたく。 「すみません、気の遣い方がいまいちの子で・・・」 「いや・・・気にしないで・・・いいである・・・よ・・・」 言葉の刃に深く傷つきながらも言ったアレイスターに、リナリーが首をすくめた。 「・・・ごめんなさい」 小声で言ったリナリーの頭を撫でてやりながら、コムイは『つまり』と続ける。 「ここで最初に言ったように、犯人はプロ・・・おそらく怪盗から指導を受けたんでしょう。 その証拠に、怪盗はわざわざロンドンのボクの下宿に、『この事件に関わるな』って手紙を寄越してきたんですからね」 「なんと・・・! 怪盗とは、あの怪盗であるか・・・!」 震え上がったアレイスターに頷いたコムイは、自信満々に笑って見せた。 「そう、まんまとボクに捕まり、泣いて青ダイヤを差し出した、あの怪盗です。 どうやらパリ市警は、彼を取り逃がしてしまったようですが、ボクが彼を圧倒し、二度と青ダイヤに手を出さないと誓わせたことは事実ですよ」 意地悪く言ったコムイを、アレイスターが尊敬のまなざしで見つめる。 「・・・しかし、指導はプロに頼んでも、犯人は素人なので仕込みにもたついたんでしょう。 このバルコニーへは隣の部屋からも侵入できるでしょうから、ガラスを切って部屋へ侵入し、キメラ像を盗んでから自室へ戻ったのは、明け方近かったんじゃないかな」 「・・・部屋に戻ったとは、どういうことであるか。 まさか貴殿は・・・我が家の者が盗んだというのであるか・・・?」 声を詰まらせるアレイスターに、コムイはあっさりと頷いた。 「梯子を使って進入したんじゃない以上、この部屋に・・・というか、バルコニーに侵入できるのは隣の部屋くらいでしょ。 居間のドアに鍵を掛けていても、その隣・・・つまり今、ボク達がいるこの部屋には、出入り自由でしょ?」 そう言ってコムイは、書斎として使われているらしい部屋を見渡す。 別宅だけに貴重な本は特になく、調度品もそれなりに高価だが宝石ほど価値のあるものは置いていない部屋のドアは、鍵も内側にある掛け金だけだった。 「犯人はこの部屋に入ってバルコニーに出て・・・下を見るのはちょっと怖かったろうけどなんとか隣のバルコニーに移ってそっとガラスを切り、侵入して像を盗み、この部屋に戻って来たんですよ。 それ以外、侵入ルートはないもの」 「で・・・ですが・・・!」 常に慎み深いトマが、遠慮がちに口を開く。 「ここは確かに別宅ではございますが、使用人達は皆、本城の者達と同じく、長くお仕えしている信用の置ける者達でございます・・・! そのような不心得な者は決して・・・!」 「でも、ここに来てまだ1ヶ月にもならない子達がいるじゃない」 ついさっき反省したはずが、またもはっきりと言った妹に苦笑しつつ、コムイも頷いた。 「いや、しかし・・・エリアーデに良く尽くしてくれるあの子らが、まさか・・・」 そんなはずはない、と、純粋に信じるアレイスターの前で、兄妹は顔を見合わせる。 「・・・残念ですがアレイスター卿、信用を裏切る輩と言うのは、実際に存在するんですよ。 卿には信じがたいことでしょうが」 リナリーが何か言う前にと、コムイが柔らかい口調で言った。 「そう・・・であるか・・・・・・」 頷いたものの、まだ信じられない面持ちのアレイスターを、トマが気遣わしげに見上げる。 「あの・・・ご領主様。 まだ・・・その・・・」 コムイに遠慮してか、口を濁すトマの代わりにリナリーが進み出た。 「勝手なこと言っちゃってごめんなさい! まだ、彼女達が犯人だって証拠も何もないんだから、忘れてください!」 ・・・そんな風に言われて忘れられるかと、皆の目が口ほどに物を言う。 「と・・・とりあえず、証拠の検証をしたいので、ボクら部屋に引き取ってもいいかな? まだその・・・船酔いが残ってまして・・・」 そう、申し出たコムイにアレイスターとトマが、コクコクと頷いた。 「で・・・では私も、エリアーデの様子を見てくるである・・・! 妻は夕食にご一緒できぬであろうから・・・あらかじめ、非礼を詫びておくであるよ」 「お気遣いなく!」 顔に愛想笑いを貼り付けたコムイが、リナリーを引きずるようにして部屋を出る。 「兄さん、私、余計なこと言っちゃったね」 「そうだね、わかってくれて嬉しいな・・・」 あまり反省の色が見えない妹に、コムイは深々とため息をついた。 別宅とは言え、社交シーズンに多くのパーティが行われる邸の料理人は見事な腕前で、夕食には目にも舌にも嬉しい料理が並んだ。 ロンドンに住んでいても英国人ではない兄妹が、本場のフレンチを存分に味わっていると、トマが礼儀正しく一礼して、コムイ宛の電報を運んでくる。 せっかくの気分を台無しにされたコムイが嫌々開くと、思った通り、それは怪盗からの連絡だった。 『さっすが名探偵!まさかこんなに早く見破られちゃうなんてね! N』 ふざけた電報を握りつぶし、背後へ放り捨てたコムイにアレイスターが目を丸くする。 「ど・・・どうしたのであるか?今の電報は・・・?」 「怪盗からですよ。 像を盗んだ犯人が、早速ご注進したというわけです」 その言葉にアレイスターが、不安げにトマを見遣った。 「あの子らは・・・」 「夕食を終えて、夜間学校へ行っております」 「ふぅん・・・じゃあ、帰ってくる前に部屋を調べちゃおうか」 「手伝うよ!」 同時に席を立った二人は、それぞれに手を上げて困惑げに見つめてくるアレイスターを制す。 「卿はこちらでお待ちを」 「調査のためとは言っても、ご主人が女の子の部屋に入ったら奥方が気にするもの」 早口に言うや、二人はトマの背を押して1階にある彼女らの部屋へ案内させた。 「変なことはしないから、そこで監視してていいよ」 「後で証人になっておくれ!」 先に入ったリナリーに続き、コムイも部屋に入る。 姉妹は随分と優遇されているらしく、部屋は使用人部屋と言うより中流のアパートメントの一室のようだった。 クリーム色の壁紙の前には可愛らしいベッドが二つ、サイドテーブルを挟んで置いてある。 キャビネットは一つだが、デスクもちゃんと二つ並んでいて、薬学や看護学の本が積み上げてあった。 「熱心に勉強しているみたいだね」 パラパラと本をめくったコムイが、びっしりと書き込まれた字に微笑む。 「双子って、筆跡も似るのかな? ノートを見ても違いがわからないよ」 薬学と看護学のノートを並べたリナリーが、そっくりな字に眉根を寄せた。 「でも、用件を聞く時にメモを取る習慣を身につけるのは、看護師の方じゃないかなぁ」 と、コムイが本の間に落ちていたメモ帳を拾う。 「ねぇトマ、このメモ帳はアンジェラの物かな?」 問うと、部屋の外で落ちつかなげだったトマが、控えめに頷いた。 「ソフィーは奥方様のご用事を聞いて記憶しますが、アンジェラはメモを取ります。 そのようにしろと、授業で指導されるそうでございます」 「なるほど・・・」 頷いて、一枚一枚メモをめくったコムイは、切り取られたページを見つけて拡大鏡を取り出す。 「下の紙に、跡が残ってるな・・・」 呟いてポケットから鉛筆を取り出したコムイは、下の紙に芯を軽く這わせた。 「仕立屋・・・電話番号・・・これは違うな」 またメモをめくり、切り取られたページを見つけては、その下に写った跡を鉛筆で浮かび上がらせる。 やがて、 「これ・・・かな?」 コムイが見つけ出したページには、『repondez.ECHO−237』の文字が浮かび上がった。 「repondezは・・・返事、って意味だよね? ECHOはエコー?響くのがどうかしたのかな?」 返事が響く?と呟きながら首を傾げるリナリーに、コムイは首を振る。 「ECHOというのはきっと、この国の新聞・・・怪盗びいきのエコ・ド・フランス紙のことだよ。 237ってのは・・・欄かな?」 調べる価値がありそうだと、コムイは満足げに頷いて、証拠のメモ帳をポケットに入れた。 その夜、同じパリのアンリ・マルタン通りにある売り家では、アレンとラビの二人が厨房のテーブルに出来合いの料理を並べて夕食を摂っていた。 「ようやく・・・手続き完了ですねー。 もう、なんなんだよ・・・役所、ちゃんと開けててよ・・・」 疲れ果てた顔で、アレンがハムに噛み付く。 「この手続きするのにあっちの役所で許可証もらってーって、あちこちたらい回しされた挙句に当の役所が閉まったって、なんの冗談だよ・・・」 ぶつぶつとぼやくアレンに、ラビもコクコクと頷いた。 「売るのも市警がやってくれりゃいいのに・・・一応、管理元がウチになってっから、更にめんどくなっちまったさね・・・」 10月に不可解な事件が起こったこの家は早々に売りに出されたものの、一旦パリ市警の借家になったために、受け渡しの手続きが恐ろしく煩雑になっている。 こんなことなら賃貸ではなく売りつけてやればよかったと、ラビもぼやいた。 「すぐに閉まる役所のせいで、余分に泊まっちまった。 引渡し期限は余裕あるけど、清掃会社がイライラしてっから明日には連絡して期限内に入ってもらって・・・鍵は、こっちの不動産屋に預けとくか」 「もう、本人に渡しちゃっていいんじゃない? 介入業者を増やすとまた面倒になるよ」 「そうしたいけど、契約が・・・やっぱ、ちゃんと清掃とか修繕とか終わってんのかチェックする業者必要さね。 それとも、引渡し完了するまでここにいるさ? お前の誕生日、過ぎちまうぞ」 「う・・・」 それはいくらなんでもまずいと、アレンが口ごもる。 「・・・なんで僕の誕生日、クリスマスかなぁ。 みんな自分ちから出なかったり、おばあちゃんの家に行っちゃって、誰もお祝いしてくれない・・・」 アレンがため息をつくと、ラビは不満げに口を尖らせた。 「祝ってやってんじゃん、俺らが! 俺ら、クリスチャンじゃねーからフッツーにお前の誕生日だけ祝ってやってんじゃん!」 なにが不満だ、と言う彼に、アレンは眉尻を下げる。 「それは嬉しいよ・・・。 だけどさ、去年はリナリーも招待したのに、初めてのクリスマスだからお兄ちゃんと一緒がいいって、来てくれなかったじゃん。 今年はさー・・・」 「行かせるワケないでしょ、可愛い妹を危険な場所になんか!」 いきなり背後から首を絞められて、アレンが目を剥いた。 「コムイ?!なんでさ?!」 振り返ったラビも目を丸くすると、コムイはにこりと笑う。 「アレイスター卿のご依頼で、今日パリに着いたんだよ。 窃盗事件なんだけど、警察には絶対知らせないでって言われてるから、少年探偵達をこき使おうかなぁって やって来たら、悪巧みがなされていたと、コムイは更にアレンを締め上げた。 「きゅー!!きゅーきゅー!!」 「オヤ、子豚ちゃん ハムの仲間入りをしたいようだね その言葉に慌てたアレンが、必死にあがいてコムイの魔の手から逃げ出す。 「ひっ・・・酷いですよ、コムイさん・・・! 僕、まだなんにも・・・!」 「これから企もうってんだね!図々しい子豚メ!」 強烈な鼻ピンをされて、アレンがきゃふきゃふとくしゃみをした。 「ちょ・・・いじめてねーで、なんの用か聞きたいさっ!」 まだ攻撃しようとするコムイとアレンの間にラビが立つ。 と、コムイはまだ手をわきわきさせながらも頷いた。 「今朝、卿から電話があってさー・・・」 事情を話して聞かせると、少年探偵達は目を輝かせ、両手を握り締める。 「怪盗にリベンジ! あのニヤケ野郎、今度は殴るさー!」 「僕も! 縛られて船に転がされた恨み、忘れてません!!」 盛り上がる二人に、コムイは満足げに頷いた。 「じゃあ、早速少年探偵達に指令だよ! 今、夜学に行ってる双子の姉妹をね、監視して欲しいんだ。 きっと彼女ら・・・もしくはどちらかが、怪盗と繋がってるんだから」 「りょーかい!!」 張り切って敬礼し、出て行こうとした二人をコムイが呼び止める。 「出かける前にラビ、エコ・ド・フランスの広告欄に載ってた記事を書き出して」 そう言って紙とペンを取り出したコムイは、ラビがパリに来てから読んでいた新聞の、広告欄を全て書き出させた。 「おかえりなさい、兄さん。 どこ行ってたの?」 置いてけぼりにされたリナリーが不満げに言うと、コムイは胸ポケットから紙の束を取り出して笑った。 「アンリ・マルタン通りの例の家だよ。 ラビに、ここ数日のエコ・ド・フランスの記事を書き出してもらったんだ」 捜査協力のことは言わず、コムイはデスクの上に紙を広げる。 「呼び鈴押して、トマを呼んで」 じっくりと紙に目を落としていたコムイの指示に従ってリナリーが呼び鈴を押すと、すぐにこの家の忠実な召使が現れた。 「トマ、この日付のエコ・ド・フランス紙って、入手できるかな? こちらのお邸では大衆紙なんて読まないだろうけど」 リストを渡すと、トマはこくりと頷く。 「料理人が焚き付け用に取っていますので、もらってまいります。 他に御用は?」 「そうだね、姉妹は帰ってきたかな?」 「いいえ、まだでございますが・・・帰ればすぐに奥方様のお世話に来ると思います。 奥方様はどうも、風邪をこじらせてしまわれたようでして・・・ですが、医者にもやつれたお姿を見せたくないとおっしゃいますので、あの姉妹が身の回りをお世話しております」 「じょ・・・女性ってそういうものなの?」 驚いたコムイがリナリーに問うと、彼女は少し考えて頷いた。 「王宮の女性は男の医者に触れさせてもいけなかったから、脈を取るのも布越しだったよ」 「・・・一旦病気になったら見殺しじゃないか、それ」 女医を頼みなさいよ、と、コムイが呆れる。 「でもまぁ、アレイスター卿はあのおじいさまの孫なんだし、医療の知識は一通り持ってるんでしょ?」 だったら大丈夫、と言うコムイにトマは、控えめに首を振った。 「ご領主様は・・・植物に関する学問は熱心に学んでらっしゃいましたが、医療はあまり・・・。 血を好まれませんので・・・」 「ありゃ。 吸血鬼だなんだ言われてたのに、とんだ拍子抜けだね」 「・・・兄さんも言い過ぎてるよ」 失言を繰り返す兄妹に苦笑したトマが、一礼して部屋を出る。 「・・・リナリー、お仕事してくれる?」 ドアが閉まるや、そっと囁いた兄に、リナリーは目を輝かせて詰め寄った。 「なになに?」 「奥方の様子を見てきて。 体調不良がただの風邪で、泥棒に入られたショックが重なって起き上がれなくなっただけなら別にいいんだけど、もしかしたら別の理由があるのかも。 ボクは部屋に入れてもらえそうにないから、それとなーく事情を聞いて来てよ。 そして、明日になったら殿下のお邸に伺ってね、お誕生日のパーティで、どんな招待客が来たのか、奥方がどんな人と話していたか・・・覚えている限りでいいからさ、殿下や神田君・・・使用人のみんなにも聞いて来て」 「わかった!」 張り切ってこぶしを握ったリナリーが、大きく頷く。 「アレイスター卿は今、奥方が臥せってる部屋にいるから、兄さんが呼んでるよ、って言った方がいいかな?」 「あぁ、そうしておくれ」 卿には聞かせられない話かもしれないからと言う兄に頷き、リナリーは部屋を出た。 盗みの現場である居間を過ぎ、廊下側から夫妻の寝室のドアをノックする。 「なんであるか?」 すぐに出てきたアレイスターに、兄が帰って来たことと、彼を呼んでいることを告げた。 「姉妹が帰ってくるまで、奥方は私がお世話していますから」 にこりと笑ったリナリーは、アレイスターに代わって部屋に入る。 ドアの前で、ベッドに横たわったままのエリアーデに会釈すると、彼女は少し遠くに置かれた椅子を示した。 「・・・風邪がうつると申し訳ないから・・・」 そう呟いた彼女は本当に苦しそうで、リナリーは居心地悪げに腰を下ろす。 「あの・・・ごめんなさい、お辛い時に。 すぐに失礼を・・・」 「いいの」 ため息と共に、エリアーデが呟いた。 「探偵が来たと聞いて・・・事情は聞かれるだろうと思っていたから・・・。 でも・・・体調が悪いのは本当なの。 急に寒くなったからかしらね、風邪をこじらせてしまったのよ。 ずっと熱が下がらなくて起き上がるのも辛くて・・・身支度もままならないから、人に会うのもはばかられるわ・・・」 サイドテーブルのランプを消し、薄暗くした部屋の中で、エリアーデは病みやつれたと言う顔を見えにくくしている。 「本当は・・・主人にも入ってきて欲しくないの・・・。 こんな姿・・・一番見られたくないもの・・・」 喘ぐように言葉を切りながら、エリアーデは蝋のように白い手で顔を覆った。 「じゃあ、早くお医者さんに診てもらった方が・・・」 「絶対嫌! こんな姿を他人に晒すなんて・・・」 思わぬ強い口調で反駁され、驚いたリナリーが思わず頷く。 しかし、王宮では常識でもここでは違うはずだと思い直し、椅子に座ったまま身を乗り出した。 「卿が心配なさってましたよ? ちゃんとお薬を処方してもらったら、風邪なんてすぐに良くなるんですから、そんなこと言わずに・・・」 「あの子達がいるから大丈夫よ。 学校で私の症状を調べてくれたり、教師に相談して、世話をしてくれるから。 あの子達に任せるの」 「そう・・・ですか・・・」 エリアーデの頑固な言い様に説得を諦め、リナリーは椅子に座り直す。 「彼女達、随分熱心に勉強しているみたいですね。 奥方のためなんですか?」 それとなく聞いてみると、エリアーデがくすりと笑う気配がした。 「もう、聞いたんでしょう、あの子達のこと? 私と同じ目に遭いそうになったのよ」 「え・・・えっと・・・魔女にされそうになったって・・・・・・」 リナリーが気まずげに見つめる先で、エリアーデがため息をつく。 「私の生まれた村よりはよほど慈悲深いわね。 だけど・・・魔女にされてしまったら最後よ。 徹底的に貶められるの。 それが嫌で、あの子達は逃げ出して来た・・・そして、自分達で立派に生きていくんだって、働きながら勉強して・・・。 なんだか、逃げただけの私が出来なかったことを、代わりにやってくれているような気がしたから、私も援助をしてあげたいって思ったの。 あの子達が普通の女の子として、幸せに生きていけるようにね」 だから自分なんか関係ない、と、エリアーデは笑った。 「恩を感じてくれたみたいで、精一杯世話をしてくれるけど、実は私の方が・・・」 何と言うべきか、言葉を探そうとして、エリアーデは首を振る。 「ごめんなさい、無駄話ね」 「そんな!」 リナリーはぶんぶんと首を振り、乱れてしまった髪を慌てて直した。 こんな状況でさえ、美貌に気を遣うエリアーデとの違いに内心、ため息をつきながら小首を傾げる。 「あの・・・でも、そんなに献身的なお世話をされてても良くならないんですよね・・・? もしかして他に原因が・・・何か心にかかることでもあるんじゃないですか?」 用心深く持ち出した本題に、エリアーデは無反応だった。 「心にかかるといえば・・・今朝の盗難事件だわ。 クロウリー家の守り神を奪われた主人は真っ青になって、卒倒しそうだったのに、私の方が先に臥せってしまって・・・。 これ以上の心労を掛けたくなかったのに、私のせいで・・・・・・」 「そんなっ!奥方は悪くなんかないですよ!」 大慌てで手を振るが、エリアーデはため息をついて、毛布を深く被る。 「全然体調も良くならないし・・・きっともう、治らないんだわ・・・。 だったら醜くやつれ果てる前にいっそ・・・」 「思いつめないでええええええ!!!!」 ほとんど悲鳴をあげながら、リナリーは急いで話を変えようと考えを巡らせた。 「そっ・・・そうだ、奥方! 卿と一緒に、クラウド殿下のお誕生日パーティに行かれたんですよね?! 実は私、長い間殿下の侍女を務めていたんですけど、今はロンドンに住んでいるからお手伝いが出来なくて・・・! 侍女・・・いえ、メイド達に失礼はありませんでしたか?」 早口に問うと、先ほどは無反応だったエリアーデがびくりと震える。 「お・・・奥方・・・?」 「気分が悪いの・・・!」 毛布から出てきた白い手が、呼び鈴を鳴らした。 「・・・あの子達が・・・帰っているはず・・・・・・!」 呟きながら呼び鈴を何度も鳴らすエリアーデにリナリーが戸惑っていると、ドアが開いてそっくりな少女達が入ってくる。 「参りましたよ、奥方様」 「どうぞ、安静になさって」 すれ違いざま、睨まれたような気がしてリナリーは眉根を寄せた。 「あの・・・!」 「失礼ですけど」 ちっとも失礼とは思っていない口調で、双子の一人がリナリーに詰め寄る。 「奥方様はご体調が優れないんです。 出て行ってもらえますか?」 きっぱりとした口調が、駅で会った少女と同じだった。 「・・・あなたがゾフィー?」 あっさりと見分けられたことに驚いたのか、一瞬目を丸くした少女がきつく眉根を寄せる。 「ソフィー! フランスでは、フランス風に呼んでほしいわ!」 不機嫌な顔をしたソフィーに背を押され、リナリーはたたらを踏みつつ部屋から追い出された。 「・・・なんであんなに怒るんだよ」 エリアーデの様子も変だった、と、リナリーは腕を組む。 「兄さんに報告だ!」 くるりと踵を返して、リナリーは部屋へと戻って行った。 リナリーがドアを開けると、コムイとアレイスターが新聞を置いたデスクを挟んで、難しい顔を突き合わせていた。 「何かあったの?」 問うと、先に顔をあげたアレイスターが、困り顔を向ける。 「・・・エリアーデの様子はどうであった?」 「あ・・・えっと、姉妹が帰ってきたので、お世話を代わりました」 「そうであるか・・・」 俯くようにして、アレイスターは再び紙面に目を落とした。 「あの・・・?」 そっと歩み寄り、兄の袖を引くと、コムイは苦笑して肩をすくめる。 「後で教えてあげるよ。 ・・・で、どうしますか、卿? 確たる証拠ではないとおっしゃるけど、ボクとしては疑惑を深めるのには十分だと思いますけどね?」 「少し・・・考えさせて欲しいである」 深いため息をついたアレイスターに、コムイは頷いた。 「ボクも、性急に過ぎたことは認めます。 今日は朝からお疲れでしょうから、今夜はもうお休みになって、明日日が昇ってから他の証拠を探しましょう」 「あ・・・あぁ・・・」 随分と肩を落として出て行くアレイスターを、リナリーが会釈して送り出す。 「・・・で?何があったの?」 兄の傍に寄ってそっと囁くと、彼はデスクの上の新聞を指した。 「ペンで丸をつけた所を日付順に読んでごらん」 「うん、えっと・・・Nへ。婦人保護願う。返事は237欄へ。 返事は237欄?あれ?それって・・・」 瞬いたリナリーに頷き、コムイは新聞の隣に置いていた、例のメモ帳を顎で指す。 「姉妹の部屋から見つけたメモに書いてたものだね。 そして翌日の新聞に、返事が載ってる」 「詳しく。N。 ・・・このNって言うのが怪盗なの?」 「うん。 ネアって言う、子供っぽい目立ちたがりの虚言癖だよ」 この国の人々に比べて、兄の怪盗へ対する評価は厳しいようだと、リナリーは肩をすくめた。 「えぇと、そして続きは・・・過去に追われている。 過去・・・姉妹を魔女にし損ねた村の人が追って来たってことかな」 それは確かに怖いねと、リナリーが呟く。 「それに対して怪盗が、『調査する。住所は?』って聞いてから・・・4日も開いているんだね」 「うん、依頼主はここで迷ったんだろうな。 はたして知らせていいものかって・・・でも、切羽詰って4日後に『ムリヨ街』とだけ載せたんだよ」 「ふうん・・・それで怪盗は、街の中心にあるモンソー公園で会おうって載せたんだね。 3時に海戦場って・・・なに?公園にそんなものがあるの?」 「あるよ。 コリント式の円柱を並べて、ローマ時代の廃墟風にしてあるよ」 「・・・英国もだけど、わざわざ廃墟を作るなんて変なの」 リナリーは呆れ顔をまた紙面に伏せた。 「怪盗と依頼主は、公園で会ったのかな。 もう、新聞を使って連絡を取らなくなったんだね」 「うん。 直接手紙か、電報か、電話を使ったんだろう。 怪盗に教えを請い、警察を欺く痕跡を残して盗みを働いた。 ところが盗んだものが公にされては困るものだったから、アレイスター卿は警察ではなくボクに依頼し、あっさりと見抜かれてしまったってことだね。 でもキメラ像は・・・姉妹の部屋を調べても、どこからも出てこなかった」 「きっともう、追っ手に渡しちゃったんだよ。 これをあげるからもう追わないでって、買収したんだ」 「そう・・・かもしれないね」 口を濁したコムイに、リナリーが小首を傾げる。 「・・・さぁ、後はおにーちゃんに任せて、リナリーはもう寝なさい。 夜更かしはお肌に悪いぞーぅ 「え・・・でも・・・」 「いいからいいから 留まろうとするリナリーの背を押して部屋から出したコムイは、閉めたドアに背を預け、デスクに広げた新聞を眺めた。 ―――― 真夜中を当に過ぎた頃。 寝静まった邸内の、夫妻のプライベートな居間に侵入者があった。 極力音を抑えて切られたガラス窓の鍵が開けられ、夜空から差し込む月光を弾く宝石が次々に袋へ放られる。 易々と手に入れたことに気を良くしたのか、部屋を見回した彼はテーブルの上にある便箋にペンを走らせた。 「ご主人へ。 窓ガラスを厚く割れ難い物へ換える事をお勧めします。 施錠に気を遣われても、切られたり割られては無駄ですもんね ・・・ぷっ!」 自分で書いた文言に吹き出した彼は、クスクスと笑って便箋を姿見に貼り付ける。 「今頃ぐーすか寝ている探偵が、どんな顔するのか見たかったなぁ 宝石を入れた袋を背に担ぎ、バルコニーにかけた梯子をひょいひょいと降りた。 「よいしょっ」 梯子を脇に抱え、誰もいない庭を小走りに駆けて、公園側の鉄柵にまた梯子を掛ける。 「・・・あ。 庭に犬でも放しときなさいよって書くの、忘れちゃったな」 うっかりうっかり、と額を叩いて柵を乗り越えた。 「ま、いいや。 さすがに気付くだろ」 梯子はそのままに、彼は散歩でもするかのような暢気な足取りでてくてくと公園を抜けて、待たせていた馬車に乗り込む。 「いいよ!教会にやって」 屋根をノックすると、舌打ちの音がして馬車が走り出した。 「・・・機嫌悪いな、スキン。 俺のお手伝いは千年公の命令だろ? 文句言わずに働けよ」 言ってやると、また舌打ちの音がしたが彼は、鼻を鳴らして無視する。 「ちゃんとついといでよ、ボク達?」 クスクスと笑って、彼は追ってくる馬車を肩越しに見遣った。 ―――― 少し遡り、怪盗がクロウリー家の別邸へ侵入する前のこと。 双子の姉妹を夜間学校からつけて来たアレンとラビは、コムイによってこっそりと邸内に招かれていた。 二人は庭が見渡せる1階の部屋に潜み、夜更けの庭を監視している。 そのことを知らされたのは、コムイの他はトマ一人だった。 クロウリー家に忠実な彼は、外に明かりが漏れないように配慮しつつ部屋を暖めたり、夜食を差し入れてくれたりと、甲斐甲斐しく世話をしてくれる。 そんな彼の期待をも背負っては居眠りも出来ず、赤くなっていく目を擦りながら庭を見ていた二人の前を、特に忍ぶ様子もなく怪盗が歩み去った。 「・・・あいつが梯子を上ってる所を襲って、捕まえちゃダメなのかな」 ご馳走を前にお預けされている番犬のような目で、アレンが怪盗の影を睨む。 「ダメさ。 あいつがどこに宝石を運んでいくのか、ちゃんと見極めろってのが命令なんだからさ・・・盗まれた像を取り返すためにな」 コムイが彼らの泊まる邸へ尋ねてきた時、彼は姉妹の監視のほかにもいくつか彼らへ命令した。 その一つが、『盗みに入った怪盗の後をつけろ』と言うものだ。 コムイが散々『犯人は邸内にいる』と主張したことは既に怪盗の耳に入っており、その疑いをそらすためにも彼は近々、邸に盗みに入るだろうと言う予測は見事に当たった。 キメラ像が盗まれた際につけられた痕跡をなぞり、あれは確実に外部からの侵入による事件だったと印象付けるための工作だ。 一旦依頼主の願いを聞き入れた怪盗のこと、最後まで助けるだろうとは予測していたが、思った以上に行動は早かった。 「今夜で助かった、って思うさね。 何日も徹夜とか、やってらんねーし」 「昼も結構忙しいしね、僕ら」 早々に盗みを終えた怪盗が、梯子を抱えて庭を過ぎる様を再び目で追う。 「・・・顔も隠してないさ、あのやろー」 「ムカツク。 捕まえて泣かしてやりたい」 鉄柵に梯子を掛けたのを見て、二人はそっと部屋を出た。 勝手口から外に出ると、軽くて早い二輪馬車を準備してくれたトマが裏門を開けてくれる。 「お気をつけて」 そっと囁いた彼に頷き、柵ごしに公園内を透かし見ながら怪盗の影を追った。 「・・・やっぱり、道に馬車を待たせてたね」 公園を抜けた所に明かりもつけず、止まっている馬車がある。 怪盗が乗り込むと、それはすぐさま動き出した。 「できるだけ街灯を避けてついてくから、落ちないように気をつけるさ」 馬を駆けさせないよう、気を遣いながら手綱を握るラビにアレンが頷く。 「追跡開始!」 こぶしを振り上げたアレンが勢い余って転げ落ちそうになり、早速ラビから睨まれた。 翌朝、いつも通りの時間に目を覚まし、寝室を出たアレイスターは、この部屋にあった全ての宝石がなくなった上、怪盗からのメッセージをも受け取って、息を呑んだ。 しかし、昨日のように慌てはせずに呼び鈴を押し、トマを呼んでコムイにこのことを知らせるよう命じた。 すぐに来てくれた探偵に、彼は怪盗からのメッセージを差し出す。 「やはり・・・外部からの侵入だったのであるよ」 どこかホッとしたように言う彼に、コムイは苦笑した。 この主はどこまでも、家の者達を信じたいらしい。 美徳とも言うべきその心根を否定することははばかられて、コムイはあっさりと頷いた。 「実は、昨夜怪盗がこの邸に侵入したことは知ってました」 「なっ・・・?!」 ではなぜ見逃したのかと、驚くアレイスターにコムイは微笑む。 「彼の潜伏先を突き止めて、今回盗んだ宝石ごと、キメラ像を取り返すためですよ」 「いや、しかし・・・貴殿はここにいるのに、どうやって・・・」 「・・・あぁ!卿にはまだ言ってませんでしたね!」 わざとらしく、コムイが手を打った。 「今、アレン君とラビがパリにいるんですよ。 先月、売り損ねた家に買い手がついたんで、その手続きにしばらく前から来てたんです。 なので昨日、少年探偵達に任務を言い渡したってワケで」 「昨夜、突然いなくなったのはそういうわけであったのか・・・」 コムイの行動力に、アレイスターが感嘆する。 「幸いなことに、この街にも公衆電話は充実してますからね。 少年探偵達からの連絡手段には困らないわけで、早速怪盗が潜んだ場所を突き止めたと連絡があったわけですが・・・」 壁掛け時計を見ると、8時前だった。 「そろそろ出勤してるかなぁ、ガルマー警部。 早朝に電話したら、誰も出てくれなかったんですよね、ケーサツ」 そんなことで街の平和は守れるのかと、コムイが口を尖らせる。 「ともかく、潜伏先を少年探偵達が見張ってますから、警部に連絡して警官を寄越してもらいます」 「し・・・しかし、警察には・・・!」 キメラ像の盗難を公にして欲しくないアレイスターが止めようとすると、コムイは笑って首を振った。 「アレイスター卿、怪盗が盗んで行ったのは、奥方の宝石です。 キメラ像の盗難なんか、なかったんですよ」 その事件は、すべて闇に葬ろうとするコムイに、アレイスターは散々迷った後、頷く。 「では、卿は朝ごはんでも食べながら吉報を待って下さい」 「あ・・・あぁ・・・!」 自信満々に言ったコムイに押し切られるように、アレイスターはもう一度頷いた。 その後しばらくして目を覚ましたリナリーは、兄に置いて行かれた事を知り、憮然と朝食の席に着いた。 「あ・・・兄上からの伝言であるよ。 リナリーはクラウド殿下のお宅へ伺うのを忘れないようにと。 なにか命じられたのであるか?」 「いえ!事件のことじゃないんです!」 気を遣ってくれるアレイスターに、リナリーは慌てて首を振る。 「私・・・昔は殿下の侍女だったので、ご挨拶に伺うようにと。それだけです」 アレイスターに対してまさか、『奥方のことを探りに行く』と言うわけにも行かず、リナリーは愛想笑いを浮かべた。 「そうか、殿下の・・・。 では、国を出る際は苦労も多かったであろうな」 「えぇ、まぁ・・・でも、誰も欠けることなく亡命できましたので、幸いなことだと思っています」 気丈に笑ったリナリーに、アレイスターが感心する。 「貴殿ら兄妹は、どちらも強く賢く、羨ましい限りである。 私ももっと強ければ、悩まされることもなかったろうに・・・」 食事の手を止めてしまったアレイスターに、リナリーが小首を傾げた。 「キメラ像以外にも、何かお心にかかることが?」 「・・・心にかかることばかりであるよ。 近頃は、幸いにもブックマンと言うコンサルタントを得たために円滑に進むようにはなったが、この時勢に領地運営は難しいのである・・・。 何しろ、国ごとどうなるかわからない時代であるからなぁ・・・。 その上、うるさい親戚達との相続争いがあちこちで起こって、もう面倒で面倒で・・・」 ため息をついたアレイスターが、ナプキンをテーブルに置く。 「エリアーデも、本当は医者に見せたいのである。 何度も説得しているのであるが、絶対に嫌だと言い張って、最近はあの姉妹しか近づけない有様であるよ。 特にメイド頭と料理人・・・どちらも実に優秀なマダムで、たまに訪ねて来る子供らも礼儀正しく、申し分はないと言うのに、近頃は懸命に遠ざけようとするのである。 二人からは先日、奥方が気に入らないなら辞めようかとまで言われて、慌てて留め置いたのであるが・・・エリアーデは一体、どうしたのであろうなぁ・・・」 大きなため息をついたアレイスターに相槌を打っていたリナリーは、彼女達にも話を聞く必要がありそうだと考え、朝食を終えるや厨房を訪ねた。 「・・・奥方様ですか?」 料理人にしてはすっきりと痩せた中年女が、困り顔でメイド頭を見遣る。 彼女が頷いたのを見て、リナリーに向き直った。 「今月に入ってからですかねぇ、めっきり食欲が衰えなさって。 以前はね、あんなに細いのによく食べる方だったんですよ。 まぁ、脂肪分は控えろとか、砂糖とクリームを入れすぎるなとか、野菜をもっと増やせとかうるさい方ではあったけどね、オーストリア皇妃のダイエットメニューとか持って来て、こういうの作れるかって言ってきたりね。 あたしは昔ながらの料理人だから、砂糖やクリームをたっぷり入れてやればおいしくなると思ってたけど、奥方と一緒に勉強させてもらってね、美容や健康にいい料理もあるもんだって教えてもらったのさ。 おかげで前は、しばらく厨房に立ってると膝が痛くなるくらい太ってたのに、今じゃこんなにすっきりして・・・あぁ、あたしのことじゃないよね。 そう、そんなメニューを出してたんだから、今更食事でダイエットすることなんかないんだけど、風邪を引いてから全然食べ物を受け付けなくなっちまったんですよ。 果物は辛うじて食べられるっておっしゃるから、せめてコンポートにしてお出ししてるんですけどね、このままじゃあいつまでも治りませんよ、って、他に食べられそうなもんはないか聞きに行ったら・・・」 言い難そうに、料理人は言葉を切る。 「えっと・・・アレイスター卿が、なぜか遠ざけようとしている、って困ってらっしゃったけど・・・」 水を向けてやると、彼女は困惑げに頷いた。 「・・・嫌われるような心当たりなんかないんだけどねぇ。 部屋に入るなって、嫌にきつい口調で言われちゃって・・・」 ねぇ?と、見遣ったメイド頭も頷く。 「部屋に入るなと言われたのは、彼女とわたくしだけでございます。 長年仕えているとは言え、男性のトマですら入室を許されるのに、なぜか彼女とわたくしだけが遠ざけられました。 代わりに若いメイド達や双子の姉妹がお世話をしておりますが、ちゃんと行き届いているのか・・・。 旦那様は問題ないとおっしゃいますが、わたくし共がなにか、奥方様に対してご無礼があったのであれば、ここにはいられまいと思っているのでございます」 困惑げな顔を見合わせる二人の前で、リナリーも首を傾げた。 「お話をありがとう。 多分・・・なにか事情があってのことだと思います。 今回の事件と一緒に解決できればいいんだけど・・・」 さすがにこれは兄の専門外だろうかと、リナリーは口を濁す。 「きっと、盗品が戻ってくれば気分も変わるよ!」 「そう願っております」 にこりと笑ったリナリーに、二人は苦笑して頷いた。 「・・・ってことがあったんだよ! どう思う?!」 早口でまくし立てた直後に詰め寄られ、神田は身を仰け反らせた。 「俺が知るか。兄貴に聞けよ」 「だから置いてけぼりにされちゃったんだってばーぁ!!!!」 胸倉を掴んでがくがくと揺さぶるリナリーを、神田はうるさげに押しのける。 「いきなり来たかと思ったら勝手にしゃべった挙句に絡んできやがって、めんどくせぇんだよ! こちとら忙しいんだ! てめぇの兄貴が引き受けた事件のことなんざ知ったこっちゃ・・・!」 「でも怪盗なんだよ! 怪盗が絡んでるんだからきっと・・・!」 期待を込めて見つめるドアが、ゆっくりと開いた。 「・・・リナリー?」 朝食の席に意外な姿を見て、一瞬目を見開いたクラウドが笑みを浮かべる。 「来ていたのか」 「おはようございます、殿下! ラウも、おはよう」 会釈したリナリーに、クラウドの肩に乗ったサルが手を振った。 「今日はどうしたのだ?コムイも一緒か?」 席を勧めるが、リナリーは遠慮して、立ったまま詳しく事情を話す。 「・・・そこで、兄から殿下のパーティの際、何か変わったことがなかったか、お気づきのことはなかったか、伺ってくるようにと命じられました」 「そうか・・・」 背もたれに深く身を預けたクラウドは、顎をつまんでしばらく考え込んだ。 「あの日・・・いつもは遅くまでいてくれる夫妻が途中で帰ると言い出したので、妙だとは思ったのだ。 それとなく、何か無礼があっただろうかと尋ねたら、奥方が真っ青な顔で自分の事情だと、体調が優れないので失礼する、と言ったんだった。 本当に具合が悪そうだったので、挨拶もそこそこに見送らせたな。 間違いないか、ユウ?」 神田に尋ねると、彼もやはりしばらく考えた後、頷く。 「あの日、中座したのはクロウリー家だけでした。 殿下のお祝いであるのに無礼だと、侍女達が怒っておりましたので」 「そうだったな・・・。 客達も、美貌の奥方が消えたことに不満そうだった。 ・・・そういえば一人、妙にしつこく彼女のことを尋ねる者がいなかったか?」 調べろ、と命じられた神田は一旦退出し、執事からパーティの出席者達のリストをもらって戻って来た。 「おそらく、新しく赴任してきた司教ではないかと」 クラウドへリストを差し出すと、名前を確認して彼女も頷く。 「そうだ、以前赴任していた村で、彼女と似た者を見た気がするが、同じ女性だろうかと聞いて来たな。 私は奥方の出自を知らぬと言ったが、他の客にも聞いていたようだ。 まぁ・・・美貌の奥方に近づこうと、そんなつまらぬことを言ってくる輩は今までにもいたのだが、今回は聖職者だったので意外だったな」 だから覚えていたと、クラウドは苦笑した。 「こんな情報が役に立つのか? 確かに、聖職者のくせにあからさまではあったが、特に珍しいというわけでもないだろう」 「そう・・・ですよね・・・」 聖職者が全員、身辺清らかであるわけではない。 むしろ、制限が多いからこそ問題を起こす者もいると聞いていた。 「あぁそれと、奥方と言えば、以前のように飲まなくなったな。 随分な酒豪だったと記憶しているが、心を入れ替えたように・・・それこそ聖職者のように、飲食を控えていたぞ。 ダイエットと言うものかな」 クラウドが付け加えた話に、リナリーも頷く。 「はい、それは気にしているようだと、家人も言っておりました」 邸のマダム達の話といい、どうにも怪盗に結びつくような話だとは思えなかったが、そのまま兄の元へ持って行くことにした。 「お時間をいただきまして、ありがとうございました」 会釈したリナリーに、クラウドが身を乗り出す。 「もう行くのか? ゆっくりして行けばいいだろう」 引き止めようとする彼女に、リナリーは申し訳なさそうに一礼した。 「兄が怪盗を追っていますので」 「そうか・・・」 椅子に深く座り直して、クラウドは頷く。 「では、兄を助けるといい。 怪盗を捕まえたら私の元に引きずって来い。 警察に行くよりも辛い目に遭わせてくれる」 にやりと笑った貴人にリナリーは、笑って頷いた。 一方、ようやくガルマー警部を捕まえ、私服の部下達と共に同行してもらったコムイは、連絡のあった教会前で舟を漕ぐ少年探偵達に呆れ返った。 「起きなさい、二人とも!!」 人目につかない場所ではあったが、二人は道の脇の植え込みに突っ伏していた顔を慌ててあげる。 「怪盗はこの教会に入ってったさー!」 「それから誰も出てきてまふぇん・・・」 しぱしぱする目を擦りながら報告する二人を、ガルマーが疑わしげに睨んだ。 「入って行ったのは確かでも、出てきてないと言うのはあまり、信用できそうにないな」 「えぇ・・・本当にね」 リーバー君ならこんなことないのにと、コムイが昔の助手を懐かしく思う。 「とにかく、捜査に同行して貰えませんか、警部。 ここに入ったのは確かだそうですから」 ガルマーの言葉を反復してやると、彼は忌々しげにコムイを睨んで鼻を鳴らした。 「捜査なんて大げさな事せんでも、単に確認するだけなら入ればいい。 教会は、外国人だって拒みはしない・・・ん?なんでまだ開いとらんのだ?」 教会の門に手を掛けたガルマーは、訝しげに鉄柵を揺らす。 「ミサのない日でも、9時前には開いているもんだろう。寝坊か?」 爪先立ちになって門の内側を見ると、しっかりと南京錠がかかっていた。 「ここの神父・・・いや、司教は赴任したばかりじゃなかったか?」 部下達に問うと、彼らの幾人かが頷く。 「先月にこちらに来られたばかりですね。 ちょっと問題のある人らしくて、先日、酒癖の悪さを指摘した教会の神父達を全員追い出したって、噂になってました」 「神父だけならまだしも、長年雑役をするのに通っていた爺さんも、『あんな司教じゃこの教区は終わりだ』って怒って辞めたらしいですから、ちょっとどころじゃないですね。 パーティにもよく顔を出されているそうなので、二日酔いじゃありませんか?」 クスクスと笑う警官達を無視して、コムイは門を乗り越えた。 「おい! それはさすがに不法侵入だぞ!!」 「緊急事態かも知れないんですよ!」 怒鳴ったガルマーに言い返して、コムイはポーチを駆け上がる。 「鍵が掛かってるのは当然として・・・」 なんとか中が見られないだろうかと、傍の窓から覗き込んだ。 その先に・・・ 「おい、どうした?!」 立ち竦んだコムイの背に、ガルマーが声をかける。 無言のコムイに焦れて門を乗り越えた彼は、並んで中を覗きこんだ途端、部下に鍵を壊して入って来るよう命じた。 「ドアも破れ! 中に入って・・・捜査だ」 救護とは言わなかった上司の口調に、警官達が表情を引き締める。 彼らがドアの取り外しにかかっている間に、窓に駆け寄った少年探偵達も中を覗きこんだ。 「あれ・・・祭壇の下に倒れてるの・・・!」 「・・・床のはあれ、全部血さ? あれだけ出血してりゃ、もう・・・」 ガルマーが『救護』と言わなかった理由に納得して、二人は肩を落とす。 「・・・ごめんなさい、コムイさん」 「俺ら・・・ちゃんと見張ってれば・・・・・・」 「いや・・・」 「お前らが見張ってたからって、事故が防げたわけでもないだろう」 コムイの言葉を遮って、ガルマーがきっぱりと言った。 「詳しく調べりゃわかるだろうが、ここから見える限りでも、ありゃ事故だ。 おい、さっき言ってた雑役の爺さん、この近くに住んでいるのか? ひとっ走り呼んで来い」 ようやくドアを開けた警官に声をかけ、ガルマーは真っ先に教会へ入る。 「おい、お前ら。 素人が現場に入ってくるんじゃない」 ついて来るコムイと少年探偵達を肩越し、睨みつけるが、彼らはお構いなしに歩を進めた。 「ボク、素人じゃありませんもん」 「僕ら、見届ける責任があります!」 「なんか目撃情報提供できるかも知れんし!!」 舌打ちするガルマーを追い越し、死体に歩み寄ったコムイは、床に横たわる司教と彼の頭を直撃したシャンデリアを見比べる。 「随分古いタイプのシャンデリアだね。電球じゃなく、蝋燭を灯すタイプか。 鎖のちぎれた部分には錆が浮いているし・・・事故だなぁ」 言いつつコムイが天井を見ると、垂れ下がった太い鎖の先が、やはり赤く錆びていた。 と、 「警部! お爺さん来てもらいました!」 背後から声がかかって、警官に付き添われた老人が、しっかりとした足取りで歩み寄ってくる。 「あぁ!やっぱり落ちたか! だから早く交換しろと、あれほど言っておいたのに!!」 冷たくなった司教を見下ろして、憤然と言い放った老人にガルマーが肩をすくめた。 「あんたはこの鎖が錆びてたことを知っていたのか?」 「もちろんだ」 大きく頷いて、彼は胸を叩く。 「俺はもう、10年以上もここで奉仕してたんだ! このシャンデリアに明かりを灯すのも、俺の仕事だった。 毎日この鎖で上げ下ろししてたんだから、気付かないわけないだろう!」 きっぱりと言って、彼は天井から下がった鎖を指す。 「先月のことだ、屋根から雨漏りするようになったんで、前任の司教様が修繕させなさったんだが、どうもそれ以前に溜まった雨水が鎖に当たってたらしくて、急に錆びてったんだよ。 ちょうど交替の忙しい時期で、前任の司教様はそこまで手が回らなくてな。 信者に怪我をさせたらいけないから、次の司教が来たらすぐに鎖を交換するように言いなさい、とおおせつかってたんだ。 だから赴任してすぐに知らせたってぇのに、この・・・!」 悪態をなんとか飲み込んだ彼は、代わりに鼻を鳴らした。 「自分の飲み代にゃ金を使っても、修繕なんかにゃ使う気のない人さ。 この他にも、俺や神父様達が色々言ったのをうるさがって、追い出しやがった! いつか信者に怪我をさせるんじゃないかって思っていたが、自業自得で何よりなこった!」 「事故だな・・・」 腕を組んで聞いていたガルマーが、大きく頷く。 「朝からすまんかったね、爺さん。 次の司教様はきっと、あんたや神父様達を呼び戻してくれるだろうよ」 ぽんぽん、と背中を叩いてやると、老人は気が済んだのか、軽い足取りで教会を出て行った。 今日中にはこの教区内に、天罰を信じる人間が増えるのだろう。 「ところで」 老人を見送るガルマーに、コムイが声をかけた。 「ボクは、アレイスター卿に書いてもらった盗品のリストを持っているんですけど」 コートのポケットから取り出した紙を広げ、コムイは遺体越しに祭壇を指す。 「あそこに乗ってるの、信者さんの喜捨じゃないんなら盗品だと思うんですよねー」 「あぁっ?! お前ら、盗んだのは怪盗だっつーただろうがっ! だから俺がわざわざ・・・あぁ、でも盗品なら俺の仕事か。って、期待させやがってコノヤロー!」 ぶつぶつと文句を垂れながら、ガルマーは検視官を待つ間に盗品の検証をすることにした。 「さぁ、確認していいぞ」 警察が必要とする証拠を取り終わった宝石を、遺体から離れた席へ移す。 「クロウリー邸から盗まれたものなのか?」 ガルマーに監視されながらコムイは、無造作に積み上げられていた宝石を一つ一つ手に取った。 「エメラルドのネックレス、イヤリング、指輪のセット。 同じくサファイアのセットに、ルビーのセット。 真珠のティアラとイヤリング、金のチョーカーとブレスレット・・・あれ?ダイヤのセットがないな。 他には・・・」 最も見つけたいキメラ像がそこにはなく、コムイは内心、焦りだす。 が、そんな様子はおくびにも出さず、彼はガルマーに向き直った。 「これらは間違いなく、クロウリー邸から盗まれたものですが、いくつか足りないものがありますね。 もしかしたらこの教会のどこかに隠してあるのかもしれない」 「このガキ共が表で寝ている間に、飲み代にでも換えたんじゃないか?」 じろりと睨まれて、アレンとラビが首をすくめる。 「その可能性もなくはないですが、探して見ないことには」 苦笑してコムイは、二人に歩み寄った。 「最優先で像を探して」 「りょーかい!」 そっと囁くと、二人は張り切って聖堂を出て行く。 「待て!勝手にうろつくな!!」 二人へ向けて怒鳴ったガルマーの命令で、警官達も捜索に当たったが、ほかに盗品と思われるものは何一つ出てこなかった。 「・・・お前ら、本当に怪盗を見たんだろうな?! 泥棒はこの司教だったんじゃないのか?!」 またもガルマーに怒鳴られるが、少年探偵達は反駁も出来ない。 彼らだけでなく、キメラ像の盗難を隠したいコムイも、なぜこの手口を怪盗のものだと断定できたのか、話すことはできなかった。 ために、クロウリー邸での盗難事件は司教の仕業とされ、司教の死は事故死と判断が下されても、一言の文句も言えない。 「簡単な事件をどうもありがとうよ! その盗品はもう、持ち主に返してやっていいぞ」 どこか嬉しげに言ったガルマーに頷き、不満顔の3人は戻って来た宝石を抱えて、教会を出て行った。 「・・・司教館まで調べてどうだった、ラビ?」 空しい気持ちを抱えて帰る馬車の中でコムイが尋ねると、ラビはぎゅっと眉根を寄せた。 「青ダイヤ事件の時とおんなじさ。 多分あの教会の下には地下道が走ってて、どこかから下りられるようになってるはず。 一緒に捜索してた警官達には言ってあっから、怪しいトコを見つけたら床をぶち破って見るとは言ってたさね」 「そこから逃げられたんじゃ、表で見張ってても無駄だったなぁ・・・」 悔しそうなアレンに、コムイは苦笑する。 「ここまで追って来て、盗品を返してもらったのは無駄じゃなかったよ。 ただ、肝心のキメラ像が見つからなかったのは・・・」 困惑げに、コムイが考え込んだ。 「・・・そもそも、あの司教は怪盗となんの関係があったんだろう。 協力者だとして、怪盗の代わりに盗みに入った?」 「それは・・・あるかもしれません。 僕ら、暗い庭を歩く人影しか見てませんし、教会に入る時も、馬車の陰になって彼の姿は見えませんでしたから」 あの影は、怪盗の協力者である司教のものだったかもしれないと言うアレンに、ラビがきっぱりと首を振る。 「あの影は絶対に怪盗だったさ! 変装したって俺にはわかる。 あの身長、歩き方、身のこなし・・・見間違えるわけないさ!」 カメラ並みの記憶力を誇るラビの断定に、コムイはますます考え込んだ。 「じゃあ・・・なんで怪盗は、あの教会に盗品を持ち込んだまま、ダイヤのセット以外の宝石を盗まなかったんだろう?」 謎は他にもある。 新聞の広告欄に載せられた、見ず知らずの人間からの依頼を、なぜ彼は請け負ったのか・・・警察の罠かも知れないのに、今回の盗難事件はどこか楽しげにすら見えた。 そう呟くと、 「そんなん、決まってんじゃん!」 至極当然とばかり、ラビが言う。 「金髪碧眼の、人形みてーに可愛い双子の『お願い 両手に花状態で依頼されちゃあ、引き受けない方がどうかしてるさ!」 「は・・・? なに馬鹿なこと・・・」 「そうですよね。引き受けて当然です」 「アレン君も?!」 大真面目に頷く二人はやっぱり従兄弟同士だと、コムイが呆れた。 すると二人はコムイの方こそ異端だとばかり、肩をすくめる。 「ダイヤのセットはきっと、怪盗への謝礼だったんさ」 ラビに頷いたアレンが、指を二本立てた。 「キメラ像は1回目のお礼で、ダイヤは2回目ですね。 司教は多分・・・『過去の追っ手』なんですよ。 だって教会は魔女を断罪するものでしょ? だから双子は、司教を買収しようとしたんじゃないかなぁ」 「過去の追っ手か・・・」 アレンの言葉に、コムイがはっと目を見開く。 「大司教のいる教会ってどこかな?! あの司教が、前はどこの教会にいたのか調べてみよう!」 コムイの提案に頷いたラビが教会の場所を御者に伝え、馬車を急がせた。 ―――― それからしばらくの後。 クロウリー邸で連絡を受けたリナリーは兄に呼び出され、ちょめ助の経営する日本茶館へやって来た。 「いらっしゃいだっちょ こりゃまたご機嫌斜めだっちょねー」 既に事情を聞いたのか、クスクスと笑いながらちょめ助は、リナリーを3階の居住スペースへ連れて行く。 「特別に、おいらの部屋を提供してやるっちょよ! お茶菓子は置いてるから、お茶は自分で適当に淹れるっちょ」 ドアの前まで来て、ちょめ助は1階に戻って行った。 「兄さ・・・アレン君とラビまで来てたの?!リナリーは置いてったくせに!!」 ドアを開けた途端、大声で怒鳴られたアレンとラビが椅子から飛び上がる。 「だ・・・だって僕達、昨日の夜から怪盗を尾行してたし・・・」 「リナリーが置いてけぼりされたなんて知らんかったし・・・」 だから怒るならコムイだけを、と二人が声を揃えた。 「ちょっ・・・キミタチ!なにいきなり裏切ってんの?!」 「う・・・裏切ってないです!」 「ホントのこと言っただけさ!」 卑怯にもコムイの陰に隠れて彼の背を押す少年探偵達によって、激怒したリナリーの前に押し出される。 「リ・・・リナリー、あのね・・・?」 大きな身体を屈めて、おどおどと妹の顔色を伺うコムイに、リナリーは鼻を鳴らした。 「お仕事、したよ!」 「え?」 「だからお仕事! 奥方が遠ざけてたってマダム達に話を聞いて、殿下のお邸にも伺ったの! 役に立つかどうかはわからないけど、ちゃんと聞いて来たから! 教えて欲しかったら、次はリナリーを置いてけぼりにしちゃダメだよ!!」 「あー・・・うん」 次は、と言うことなら特に危険のない調査にでも同行させて、ほとぼりが冷めたらまた置いて行こうと、コムイは企む。 「わかったよ。 次は置いてけぼりになんかしないから、教えておくれ あっさりと同意した兄を怪しみながらも、リナリーは自分が聞いたことの全てをコムイに話した。 「なるほど・・・・・・」 細かくメモを取ったコムイが、頷いて電話に歩み寄る。 「国際線を。 ・・・ちょめ君には後で電話代渡すから、そんな顔しないでよ」 勝手に高額な電話代を使っていいのかと、責めるような三人の目にコムイは苦笑した。 ややして、 「あぁ、リーバー君? お仕事中にごめんね。ちょっと医療相談なんだけど」 そう前置きして、コムイはリナリーから聞いたエリアーデの症状を細かに伝える。 『直接診たわけじゃないんで、確かだとはいえませんけどね』 ロンドンにいるリーバーが、そう言っていくつかの病名を挙げた。 『俺としては、病気ではないことを願います』 「本当にね、ボクもそう思うよ。ありがと」 電話を切ると、コムイは期待に満ち満ちた目で見つめてくる三人を振り返る。 「さてキミ達。ここからは、クロウリー家の実にプライベートな問題だ」 「プライベートって・・・最初からそうじゃない」 訝しげに言ったリナリーに、コムイは首を振った。 「今までのは、アレイスター卿の問題だった。 だけど今後は、クロウリー家の問題になる。 そして、貴族の家はそういうプライベートな問題を、あまり広く知られてはいけないという・・・あぁ、つまりね? キミ達の口が固いことは知っているけど、そういう問題じゃないってこと!」 彼らが言おうとしたことを先に言って、コムイがまた首を振る。 「これから先は、子供が立ち入っていい問題じゃないから、ボクだけで行ってくる。 キミ達はシャンゼリゼのクリスマス市にでも行ってくるといい。 きっと楽しいよ?」 「そんなっ!」 「俺ら子供じゃないさ!」 「置いてけぼりにしないって、約束したじゃないか!!」 思った通り、きゃんきゃんと喚きたてる子供達を、コムイは珍しくも厳しい目で睨んだ。 「そうやって泣き喚けば思い通りになると思っている子供は邪魔なの! 依頼人であるアレイスター卿や、大事な宝石を盗まれた奥方の心境を思いやれないような子供は来ちゃいけません! さ!遊びに行っといで!」 そう言われてはもう反駁も出来ず、三人はコムイに追い立てられるように1階の店舗へ下りる。 「話は終わったっちょか?」 振り向いたちょめ助が、見事な仏頂面を並べた三人に吹き出した。 「なんだっちょ、リナリーの不機嫌が伝染したんだっちょか?」 クスクスと笑うちょめ助に、コムイが肩をすくめる。 「ちょめ君、上で国際電話使っちゃったから電話代置いとくね。 それと、この手のかかるお子様達に手の込んだアフタヌーンティーでも出してあげて、足止めしてておくれ。 ボクは先に依頼人の所に帰るから」 「あい コムイに頷いて、ちょめ助は三人を2階の喫茶室へ追いやった。 「あ、ところで探偵。 さっき、黒髪のちょっとイイ男が来て、これを置いてったっちょよ。 あんたが下りてきたら渡してくれって」 「黒髪のイイ男?」 ちょめ助から渡された箱を、コムイは不思議そうに見下ろす。 それは、きれいな包装紙とリボンで飾られた、掌より少し大きめの箱だった。 「なんだろ?」 カウンターを借りたコムイは、蓋を開けた途端、唖然と口を開ける。 彼の丸くなった目を見返してくるのは、ルビーで作られたキメラ像の目だった。 「あいつ・・・!」 人の目に触れないよう、そっと取り出した像の下に、メッセージカードが入っている。 開いてみると、見覚えのある気障ったらしい文字が並べてあった。 『間抜けな探偵へ 美人の奥方がお気の毒なので、この神出鬼没の怪盗紳士がキメラ像を取り戻してあげたよ! 俺が先に見つけたんだからね? N』 「キミは事情を知ってたんでしょー!!!!」 突然叫び声をあげた東洋人に、客達が飛び上がる。 「あのやろー!! ムカつくけど・・・・・・まぁ・・・・・・・・・この場合はグッジョブ」 忌々しげに舌打ちして、箱をポケットにしまったコムイは、店を出て辻馬車を拾った。 その日の昼過ぎ、クロウリー邸に1通の手紙が届いた。 差出人の住所や名前だけでなく、切手や消印も偽装されたものだったが、気付く者は誰もない。 ベッドの中でそれを受け取ったエリアーデは、便箋を抱いて泣き出した。 「奥方様・・・」 「エリアーデ様・・・」 そっくりな顔で気遣う姉妹に、エリアーデは手紙を差し出す。 「そうですか・・・」 「・・・・・・この度は」 揃ってこうべを垂れた二人に首を振り、エリアーデはやつれてしまった自分の頬に触れた。 「もう大丈夫・・・これでなんの心配事もないわ。 もうすぐ探偵が帰ってくるそうだから、身支度を整えるのを手伝ってちょうだい」 「はい」 ようやく生気を取り戻したエリアーデにホッとした姉妹は、彼女が今まで遠ざけていた料理人やメイド頭にも頼んで、エリアーデの身の回りを甲斐甲斐しく世話する。 「どうしたのであるか? エリアーデ、もう起きてもよいのであるか?」 突然、元気になった妻を、嬉しく思いながらも驚くアレイスターに、彼女はふわりと微笑んだ。 「心配をかけてしまってごめんなさい、アレイスター様。 もう大丈夫ですわ」 でも、と、髪を梳かせながらエリアーデは手を振る。 「探偵が帰って来るまでに、身支度を完璧にしなければいけませんの。 理由はのちほど、全てお話しますから、今は邪魔しないで下さる?」 「あ・・・あぁ・・・・・・」 強い口調で言われたアレイスターは、萎れるどころか嬉しそうに笑って部屋を出た。 「なぜだかわからぬが、ようやくエリアーデが元気になったであるよ。 これでキメラ像が戻ってくれば、全て解決なのであるが・・・」 きっと大丈夫だと、明るい未来を見つめるアレイスターに、トマも頷く。 「つい今しがた、コムイ殿からお電話がございまして、もうすぐ戻るそうでございます。 盗まれた宝石を取り戻した上、なにかわかったことがあったそうで」 「宝石・・・だけであるか?キメラ像は?」 やや不安げに問う主に、トマは肩をしぼませた。 「そのことについては何も。 ですが・・・きっと、良い知らせをお持ちでしょう」 せっかくの気分に水を差さないよう、トマが慎ましやかに言う。 「そう・・・であるな! どちらにも早く会いたいである そわそわと待っているアレイスターの元へ、先に戻って来たのはコムイだった。 「ただ今戻りましたよ、アレイスター卿。 奥方の具合はいかがですか?」 「それが嬉しいことに、すっかり元気になったのである!」 単なる社交辞令とは思ったものの、アレイスターは満面に喜色を浮かべる。 「これでキメラ像も戻ってくれば、これほど嬉しいことはないのであるが・・・」 遠慮がちなまなざしを受けて、にこりと笑ったコムイは、ポケットから箱を取り出した。 「どうぞ、アレイスター卿。 怪盗が取り返してくれましたよ」 「なんと・・・!」 歓喜に震える手で箱を受け取ったアレイスターは、それが間違いなく城の守り神であることを確認して、両手で握り締める。 「本当に・・・なんと言えばいいか・・・・・・!」 言葉も出てこないアレイスターに笑って、コムイはソファに腰を下ろした。 「奥方はこちらにいらっしゃいますよね?」 「あぁ! 貴殿が帰ってくるからと、今、身支度の最中なのであるよ! これを見ればエリアーデも喜ぶであろう!」 「では、今回の事件のご説明は、奥方がご同席されてからにしましょう。 あの姉妹も一緒にいて欲しいですね」 「双子であるか? 別に構わないであるが・・・」 不思議そうに小首を傾げたアレイスターが、しっかりと握り締めた黄金の像を見つめながら、コムイは考えをまとめる。 やがて、日が暮れる直前になって、ようやくエリアーデが寝室から出てきた。 「エリアーデ!」 久しぶりに見る妻の美しい姿に、一番の信奉者であるアレイスターが嬉しげに駆け寄る。 「あぁ、ようやく元気になって・・・! 本当に嬉しいであるよ・・・!」 感極まって泣き出しそうな彼ににこりと笑い、エリアーデはコムイに向かって会釈した。 「コムイ殿、この度は・・・」 「どうぞおかけを、奥方。 ずっと寝たきりで足が弱っておいででしょう。 立っていると危ないですよ」 真っ先にかけられた言葉に苦笑して、エリアーデはソファに深く座る。 その隣に掛けたアレイスターは、妻の手を握ったまま、キメラ像が返って来た事を嬉しげに話した。 「本当にコムイ殿には世話になったである! あの怪盗から像を取り戻してくれて・・・」 「いえ、アレイスター卿。 キメラ像を取り戻したのは怪盗で、ボクはそれを運んできただけです」 「は・・・?」 笑顔のまま思考停止してしまったアレイスターに、コムイが向き直る。 「今回の事件は実に奇妙でした。 ですが、ある事情があって、このような事態になったんです。 奥方、全て話してしまって構いませんか?」 落ち着いた声の問いに、エリアーデは静かに頷いた。 「もう全部お分かりなんでしょ? とうに、覚悟は決めていますわ」 微笑んだ彼女に頷き、コムイは背もたれに身体を預ける。 「では・・・今月初めのことからお話しましょう。 間違っているところは訂正を。不確実な部分には補足をお願いします」 「はい」 頷いたエリアーデを、アレイスターが不思議そうに見つめた。 その気をこちらへ向けるように、コムイは軽く咳払いをする。 「今月1日、ご夫妻はクラウド殿下の誕生日パーティへ行かれました。 奥方は風邪を引かれたそうで、あまり飲食が進まないようだったと聞いています。 そんなあなたを気遣うように・・・というのはおそらく、ポーズだと思いますが、明らかな下心を持った男が近づいたんですね」 「えぇ」 「なんと・・・!」 自分もいた場所でそんなことが、と、顔を引き攣らせるアレイスターの考え違いを訂正するように、コムイが手を上げた。 「下心と言っても、奥方がやましく思われるようなことではありません。 彼の下心は金銭です。 長い間、多くの金銭を引き出せる金蔵を見つけたと、彼は思ったのでしょう。 彼は、恐喝者でした」 「そうです。 あの男は・・・私を脅しました」 とは言え、あのパーティ会場では確信は持てなかったらしい。 参加者やクラウドにまでも、エリアーデの出自を聞いて回った彼は、確信を得て彼女に脅迫の手紙を出すようになった。 「一方で、すぐに彼のことを思い出した奥方は、一気に体調を崩してパーティを中座した。 馬車の揺れにも耐えられなくなって、双子の姉妹と出会うことになった・・・そうだね?」 寝室へ続くドアの前に立っていた姉妹を見遣ると、二人は顔を見合わせ、頷く。 「奥方は彼と再び会ってしまった直後だったために、『魔女』と言う言葉に酷く敏感になってしまったんだ。 出会ったことは偶然なんだろうけど、『魔女にされそうになって逃げ出した』キミ達の境遇は、奥方の胸に刺さっただろうね。 キミ達にとっては降ってわいた幸運だったろうけど、奥方は必死だったんだ・・・そのことはもう、聞いた?」 問われて姉妹は、また頷いた。 「奥方様の出自のことも伺いました・・・」 「だから私達、精一杯奥方様のために働こうと思って・・・」 「それが・・・やりすぎちゃったんだね」 ただ一人事情のわからないアレイスターが、うろうろと視線をさまよわせるのを見て、コムイは吐息する。 「アレイスター卿、思い出してください、奥方の出自を。 卿としてはもうとっくに終わったこととして、気にもしてないんでしょうが、奥方は忘れられなかったんですよ・・・自分が魔女だったことを」 その言葉に、アレイスターが思わず眉根を寄せる。 「エリアーデが代々魔女の家系として虐げられるようになったのは、大昔の人間が先祖の財産と美貌に嫉妬したためだと、貴殿が言ったのではないか! 今更そのような出自など、私は問題にするつもりもないである!」 「でも、問題にしたがる人はいるんですよ。 クロウリー家の財産を狙える位置にいる人達なんかね。 そのお手の中にあるキメラ像が盗まれたとわかれば、大いに騒ぎ立てるような人達がです」 その言葉に反駁を塞がれたアレイスターに、コムイが苦笑した。 「脅迫者はパリに来てから、色んなパーティに出ていたと聞いてますから、どこかでクロウリー家のキメラ像の情報を掴んだんでしょうね。 そこで、クロウリー家の奥方に納まった古い知人に手紙を書いたわけです。 お前がおぞましい魔女の末裔である事を公にされたくなければ、キメラ像を寄越せ、と」 その文言にエリアーデが息を飲む。 「・・・・・・さすがですのね、探偵。 まさか、一言一句違えずに当てるなんて」 諦めたような笑みを浮かべたエリアーデを、アレイスターが気遣わしげに見つめた。 「でも・・・私は拒みました。 あの像はクロウリー家の当主の証ですもの。 それを恐喝者に渡すくらいなら、アレイスター様とは離婚して、どこへなりと消えるつもりだと言ってやりました・・・いえ、そう書いた手紙は、ソフィーが握り潰してしまいました」 笑みを浮かべて見遣った少女は、金色の巻き毛に顔を埋めるようにして首をすくめる。 「返事が届かなかったために、あの男はまた、同じ手紙を送ってきました。 キメラ像を渡すまで、脅迫は続くと書いていました」 「いいえ、もっと恐ろしいことを・・・!」 「卑怯な男です・・・!」 手紙を見たという姉妹が、震え声をあげる。 曰く、 『他の親戚に奪われるより、ずっといいだろう?』 『なぁに、在り処はお前が知っているのだ。私が望む時に金を用立ててくれさえすれば、この像を他の親戚に渡したりはしない』 『質草のようなものだ、これでおまえ自身の安全を買うがいい』 そんな、なだめすかすようなことも書いてあったと、姉妹は怒りの声をあげた。 「い・・・一体誰なのであるか、その男とは!」 怒りのあまり、顔を蒼白にしたアレイスターへ、コムイは静かに声を掛ける。 「パリの教区に赴任してきた司教です。 今朝、教会の聖堂の中で、古いシャンデリアに頭を割られて死んでいるのを見つけました。 ボクも調べましたが、事故で間違いありません」 怒りの矛先をかわされて、アレイスターが思わず無言になる。 「評判の良くない司教でしたが、以前いた村で大功を立てたために司祭から司教へ出世し、辺境の村から大都市へ転勤になったそうですよ」 「大功とは、どのような・・・」 「っ私の家族を殺したことですわ!!」 エリアーデの声が、悲鳴のように響いた。 「私の生まれた村に病が流行り、次々と人が死んで行ったのに、私の家族は誰一人罹らなかった・・・それをあの男は、私の家族が魔術を行ったからだと! 村人を全員殺して、またこの土地を支配しようとしているのだと言って、家に火をかけたのです・・・!」 怒りに全身を震わせるエリアーデをアレイスターが抱きしめ、姉妹も気遣わしげに駆け寄る。 「なんて恐ろしい・・・無知もいいところです! 村から隔離されていた家族が病気に感染しないなんて、当たり前のことなのに!」 と、ソフィーが怒りに声を震わせた。 その隣で、アンジェラが目尻を赤くしてコムイを睨む。 「一通り感染してしまえば、流行が収まるのも当然のことです・・・! だけどそのタイミングがたまたま・・・いえ、もしかしたらあの男の企みで、ご家族が亡くなった直後と合ってしまったんだそうです・・・! あの男、それを得意げに・・・!」 『―――― あんな村で一生を終えるのかと思ったが、魔女の家系を絶やしたことであの教区の連中がひどく持ち上げてくれてね。 賄賂の資金の提供までしてくれたおかげで、今や司教だ』 そんな手紙を受け取ったエリアーデは、食事も喉を通らないほどに憔悴して、動けなくなってしまった。 「それで、怪盗に相談したの? なんでよりによって怪盗なんかに・・・」 浅はかさを責める口調になったコムイを、姉妹が揃って睨みつける。 「警察になんか、言えないもの!!」 それに探偵の存在すら知らなかったと、二人は声を揃えた。 「・・・学校の友達に聞いたの。 警察を出し抜いて、悪い金持ちから宝を盗む怪盗が、パリにはいるんだって」 「女性にはとても親切で、困っている人を何度も助けてるんだって・・・」 だから・・・と、姉妹は困惑げな顔を寄せ合う。 「きっと・・・助けてくれるって思ったの」 「新聞の広告欄で連絡を取ろうってのは、二人で考えたのかい?」 ため息をついたコムイに、姉妹は頷いた。 「これ・・・秘密だったんだけど、厨房のおばさんが怪盗のファンで、エコ・ド・フランスを買ってたの。 あの新聞は怪盗の機関紙みたいなもんだよ、って教えてくれたから、広告の出し方とか調べて・・・連絡を取ったの」 「・・・それならぜひ、ボクの活躍を扱った新聞を読んで欲しかったもんだね」 そしたらこんな大事にはしなかったのにと、今更言っても詮無いことだ。 「それで・・・キミ達は公園で怪盗と会い、彼を挟んで両側から『お願い 「・・・なんでわかったの?」 驚く姉妹には苦笑して、コムイは手を振った。 「篭絡された怪盗は、キミ達に外部から侵入した痕跡を残すよう、やり方を教えたんだね?」 「そう・・・。 彼は、俺がやるよって言ってくれたけど、恩のあるお邸に泥棒を引き入れたくなかったし・・・」 ね?と見遣ったアンジェラが頷く。 「私が庭に梯子の跡をつけている間、ソフィーが隣の部屋から居間のバルコニーに飛び移って、窓を開けたの」 「ガラスを切る道具だよって渡されたけど、初めてだったからうまく出来なくて、何度も傷をつけたら道具まで傷んじゃって・・・なんとか窓を開けて、キメラ像だけを盗んだの」 その後、二人で例の司教に会い、キメラ像を前にエリアーデへの脅迫をやめるよう説得したが無駄だった。 キメラ像を奪われた上、教会を追い出された姉妹が邸に戻ったのは、盗難事件に気付いたアレイスターが、彼女達が存在も知らなかった『探偵』に連絡した後だったという。 「それで慌てたキミ達は、とうとう起き上がれなくなった奥方のお世話をしながら対策を練り、無駄だと思いつつもボクがこの邸に来ないように言いに来たってこと?」 コムイの問いに、ソフィーが首を振った。 「あなたを止めに行ったのは、私の独断です。 アンジェラは旦那様があなたに連絡した直後に怪盗に連絡を取って、助けを求めていたの。 『任せておけ』って言われたそうなんだけど、不安が勝って・・・」 余計なことをしてしまったと、ソフィーがうな垂れる。 「キミの気持ちはわかるよ、ソフィー。 恩返しをしたかったのに、かえって迷惑をかけたって、焦ったんだよね?」 コムイに優しい声をかけられて、俯いたソフィーの目から涙がこぼれた。 「ちなみに奴・・・いや、彼は、郵便以上の早さでボクの元に『この事件に関わるな』って言ってきたよ。 ・・・電話でもすればいいのに、わざわざ手紙を寄越してくる辺りが本当にイラつく」 もっと論理的に、計画的に動こうとすれば出来るはずなのに、妙に芝居がかって物事を大げさにするのが怪盗のやり方だ。 そのやり方にコムイは、心底イライラさせられた。 「怪盗はね、ボクにわざわざ手紙で『この事件に関わるな』って言うことで、来ないかも知れないボクを確実に呼び寄せたんだよ。 以前、彼とはある宝石を巡って争った仲でね。 挑戦状を叩きつけてやれば絶対に出てくるってふんだんだ。 ・・・煙でいぶされた蜂って、こんな気分かな」 怒りのあまり、刺してやりたい気持ちをなんとか抑えようと、コムイは大きく吐息する。 「・・・失礼。 彼はまんまとやって来たボクが、キミ達のつけた痕跡を偽物だって見抜くのを待って、またわざわざ電報を送ってきたんだ。 見抜かれたよ、ってのは、またキミ達が知らせたんだろう?」 気まずげに頷いたアンジェラに、コムイは苦笑した。 「あの電報を見て、今度は彼が自分で侵入するだろうって思ったからさ、監視をつけていたんだよ。 なにしろこちらのご当主は、身内に犯人がいるなんて思いもしない方だ。 今度は本当に外から侵入して、宝石を洗いざらい盗んでやれば、やっぱり外部犯なんだって思いたがるでしょうからね」 そうして彼は監視役の少年探偵達を、脅迫者の元へ導いたのだ。 司教の死亡推定時刻がはっきりしないため、もしかしたらこの時、既に彼は死んでいたのかもしれないが、怪盗は盗んだばかりの宝石の大半を置いて、代わりに司教の持っていたキメラ像を持って行った。 「そしてわざわざボクに届けてくれたというワケです。 ・・・アノヤローが最初に送って来た手紙の通り、ボクは奴の掌の上で躍らされて、恥をかいちゃっただけのよーに見えるかもしれませんが、ボクは悔しくない!悔しくなんかないとも!」 明らかに無理をしている様子で顔を引き攣らせるコムイに、姉妹だけでなくアレイスターまでもが怯む。 「・・・こほん。 ところで奥方?」 わざとらしく咳払いして、コムイはアレイスターに寄り添うエリアーデを見つめた。 「今朝、アレイスター卿に、怪盗が盗んだと思われる宝石類のリストを作っていただいたんですよ。 そのほとんどは教会で見つかったんですが、一番高価な宝石が見つからないんです」 思わず息を呑んだエリアーデに、コムイが微笑む。 「ダイヤのネックレスとイヤリング、指輪のセット・・・惜しくありませんか?」 問いかけるコムイに、エリアーデは静かに首を振った。 「・・・あれは、ある友人へのお礼に差し上げたんです。 怪盗とやらが盗みに入るずっと以前に差し上げたものですから、ここにはなくて当然ですわ」 「エリアーデ・・・」 嘘だと知りながら、アレイスターは何も言わず、彼女を抱き寄せる。 「・・・いいでしょう。 だったらこの件は、これで終わりとしましょう」 苦笑したコムイが、乗り出していた身を、再び背もたれに沈めた。 「―――― ところで奥方、もうひとつお伺いしたいのですが・・・今着てらっしゃるドレス。 寝込んでらっしゃる間に仕立屋へ注文し、近頃届いたものですよね? よく似合ってらっしゃる」 意味深な言い様に、エリアーデは苦笑する。 「それは、探偵の領分ですの?」 逆に問われて、コムイは首を振った。 「違いますね、きっと」 「そうでしょうとも」 クスクスと笑い出したエリアーデの傍らで、姉妹が意味深に笑みを交わす。 「なんであるか・・・?」 まだなにか、と、怯えるアレイスターを、エリアーデが見上げた。 「取って置きの秘密がもう一つ・・・でもそれは、明日・・・あなたの特別な日に言いたい秘密です」 だからもう少し待って、と、エリアーデが微笑む。 「じゃ、ボクは一旦、退散しましょうかね。 妹が男の子達に悪い遊びを教わる前に、迎えに行かなきゃ」 よいせっと立ち上がり、部屋を出るコムイの背に、姉妹が笑って手を振った。 鋼鉄の門に『売却済み』の看板をかけたアンリ・マルタン通りの家に、明かりが灯った。 一時的な管理人を務める少年達は、クリスマス市で買った大荷物を抱えて厨房に入ると、広いテーブルにそっと下ろす。 「〜〜〜〜重かったさ!! お菓子だけっつったんに、なんでこんなに飾りモン買ってんさね!!」 「だってきれいだったんだもん!」 ラビに文句を言われても嬉しげに、リナリーが言い返した。 「持って帰って家中に飾るんだ ジェリーも喜ぶよ、きっと 「ジェリーさん、可愛い物好きですもんね 運び入れた荷物の中から早速お菓子を取り出したアレンが、嬉しげに噛み付く。 「やっぱりフランスのお菓子、サイコーですね! 英国のは微妙なのが多いから、嬉しい 大きなクッキーをポリポリとかじりながら、アレンは水を入れたヤカンを火にかけた。 「ラビ、暖炉早く!」 「わかってるさね、もー!」 アレンに急かされて火を入れたラビが、そのまま暖炉の前から動かなくなる。 「寒かったさー・・・! 12月にうろつくもんじゃないさー・・・!」 「ちょっと!でかい図体で占領しないでよっ!」 「私も寒いー!!」 アレンとリナリーも寄って来て、三人で暖炉の前に丸まった。 「ここでお菓子食べよっ」 「賛成ですっ!」 アレンが膝の前にクッキーの箱を置くと、次々に手が伸びてぽりぽりとかじりだす。 新種のげっ歯類かと思う格好を、しかし、誰も指摘しなかった。 「・・・あ、お湯沸いた。 お茶淹れて来ます」 一人人間に戻ったアレンの動きを目で追いながら、ラビが小首を傾げる。 「リナは、まっすぐ兄ちゃんとこに帰んなくて良かったんさ?」 言外に『帰れ』と言われた気がして、リナリーは不満顔で頷いた。 「次は連れてくって言ったのに、嘘ついたのは兄さんだもん。 謝るまで許してあげないもん! だから今日はここに泊めて!」 予想通りの言葉にラビは、肩をすくめる。 「女の子が男所帯に泊まるなんていかんさね。 襲われちゃうぞー?アレンに」 「ぼっ・・・僕はそんなことしませんよ!! しませんからね、リナリー!!」 運んで来た茶器を派手に鳴らして床に置いたアレンが、真っ赤になって詰め寄った瞬間、 「なにやってんの、エロガキ!」 背後から頭を掴まれ、凄まじい握力で締め上げられた。 「うがああああああああ!!いだいいいいいいいい!!!!」 デジャブな仕打ちに泣き叫ぶアレンを、長身にふさわしい膂力で軽々と掴みあげたコムイが、部屋の端まで放り捨てる。 「もおぉ!リナリィー! お兄ちゃんが悪かったから、こんな危ない場所に来ないでよおおおおお!!!!」 この中で最も危険な兄に泣き縋られ、リナリーはため息をついた。 「最初から泊まる気なんかなかったよ。 どうせ迎えに来るだろうって思ってたもん」 「そっかぁ さすがリナリー!イイ子!」 頬を摺り寄せてくる兄をうるさげに押しのけたリナリーは、その手にしたワインボトルが握られているのを見て、眉をひそめる。 「なぁに?おつまみなんか買って来てないよ?」 「ボクだって飲みに来たわけじゃないよ。 ここにはリナリーを迎えに来ただけだもん」 「じゃあ、クロウリー邸に帰ってから飲むの?」 どこで手に入れたかは知らないが、自分よりもワインの確保を優先したのかと不満げなリナリーに、コムイは首を振った。 「ボクが来た時、この家のポーチの欄干に置いてあったんだよ」 そう言ってちらりと見たラビは、案の定首を振る。 「俺らが帰ってきた時には、そんなもんなかったさ!」 予想通りの答えに、コムイは軽く吐息した。 「乾杯するのにちょうどいい、軽めのワインだよね。 ・・・こーんな気障なことするのはあいつだよ」 「あいつって・・・怪盗?!」 「ネア?!」 ラビの大声に、目を回していたアレンも飛び起きる。 「ここにいるんですか?!」 「さぁね。もう帰っちゃったかも」 興味なさそうに言って、コムイはコルクを開けた。 「グラスはー・・・まぁいっか、ティーカップで」 一人だけカップにワインを注いで、乾杯しようとするコムイを三人が止める。 「なんの乾杯さ?!」 「事件は解決したんですか?!」 「どうなったの?!」 三人がかりで詰め寄られ、ワインをお預けされたコムイは、クロウリー邸で行われた謎解きを詳しく話してやった。 「教会のおじいさんが、評判の悪い司教だとは言ってましたけど・・・!」 「あの美人の奥方を脅迫するなんて、許せないさ!!」 「天罰だね!!」 恐喝者へ憤った彼らは、ふと、小首を傾げる。 「じゃあ・・・コムイさん、今回は・・・」 今までに受けた数々の仕打ちを恐れて口をつぐんだアレンの代わりに、ラビが『道化じゃん!』と指摘した。 「兄さん・・・怒ってた手紙の通りになっちゃったね・・・」 気の毒そうに見つめてくる妹の視線が痛くて、コムイは顔を引き攣らせる。 「べっ・・・別に、悔しくないけどね! むしろ、あいつのやったこと見抜いてやったけどね!!」 しかしそれで誰が得をしたのかと言えば・・・怪盗が名を上げた以外の効果があるとは思えなかった。 「・・・いや!きっと、アレイスターさんは喜んでます!」 「そっか? 言ってくれりゃいいのに黙ってたなんて、ショックじゃね?」 肝心な時に全然空気を読んでくれないラビを、アレンが睨みつける。 と、同じくじっとりと睨んでいたコムイが、拗ねたように口を尖らせた。 「まーそれはショックだろうけどー。 明日は素敵なサプライズが待ってるから、一瞬で忘れるんじゃないのー?」 「サプライズ?なに?」 小首を傾げたリナリーに、コムイがにんまりと笑う。 「怪盗が関わらなかった、もう一つの謎だよ。 酒豪だったって言う奥方が一切飲まなくなり、微熱が続いて食欲も減ってしまった。 そんな彼女の世話をしていたのは、薬剤師見習いと看護師見習いの双子だ。 彼女達は奥方の症状を学校で調べ、教師達にも相談し、ある結論に辿り着いた。 それ以後奥方は料理人とメイド頭のマダム達を遠ざけるようになり、ずっと寝込んでいたのにも関わらず、仕立屋には新しい服を注文している。 こういう症状と状況ってなんなんだろうねーって、電話で相談したリーバー君は一発で解明してくれたよ。 つまり・・・」 ウィンクしたコムイが、ワインのカップを掲げた。 「オメデタ 「えええええええええええええ?!」 歓声をあげるリナリーとアレンの傍らで、ラビが死にそうにショックを受けている。 「俺の・・・未亡人ゲット作戦・・・!」 「そんな馬鹿なこと考えてたの?」 アレンが呆れ顔で、魂を吐くラビをつついた。 「そんなことより! 兄さん、教えてあげたの?!」 わくわくと頬を染めるリナリーに、コムイが苦笑する。 「さすがにボクも、そこまで朴念仁じゃないよ。 奥方が、明日アレイスター卿に伝えるって言うから、何か聞かれる前に逃げて来た」 敵前逃亡だな、と笑う彼に、アレンが首を傾げた。 「でも・・・なんでそこまでして秘密にしてたんですか?サプライズのため?」 そこまでするものかと、不思議そうなアレンにコムイが首を振る。 「奥方は最初、脅迫に屈するくらいならアレイスター卿と離婚して姿を消すとまで覚悟してたんだよ。 だけど、色々調べて奥方のお腹に子供がいるって知ったソフィーが、その返事を握りつぶしたんだ。 それでも奥方は、いざとなったら消えるつもりだったから、この件が解決するまで、なんとしても妊娠を隠したかったんだよ。 だって、自分一人なら探すのを諦めてくれるだろうケド、子供がいるってわかったら、一族総出でなんとしても探し出すでしょ!」 大事な跡取りだものと、言うコムイに皆が納得した。 「だから・・・お医者さんの診察を拒んだ上に、出産経験のあるマダム達を遠ざけたんだ・・・」 なにがきっかけでばれるかわからないと、恐れたのだろう。 「・・・じゃあ、仕立屋に頼んだのは、膨らんだ腹を隠せる服さね・・・・・・。 うう・・・!美人の奥方が・・・・・・!」 「だからなんでラビがショック受けるんだよ。 いい加減、未亡人サイコーとか言うのやめなよ」 うんざりと言ったアレンが、軽く吐息した。 「でも・・・無事解決して、安心して産めるようになったんですね、エリアーデさん」 よかった、と呟いた彼に、リナリーが何度も頷く。 「ね!乾杯しよ! 奥方のお祝いと、アレイスター卿のお誕生日!」 「お誕生日はちょっと早いけど・・・本人には明日、お祝いを言えばいいか」 笑ってコムイがカップを掲げると、ようやく起き上がったラビも、ティーカップを掲げた。 「クロウリー家の幸せに、乾杯 かちん、と、ティーカップが触れ合ったそのはるか頭上、屋根の上で。 「カンパーイ♪」 ワインを届けた怪盗が、月にグラスを掲げて唱和した。 Fin. |
| 遅れてすみません、2013年クロちゃんお誕生日SSです! これは、『ルパン対ホームズ』の2作目(正しくは3作目らしい)、『ユダヤランプ』を元にしています。 筋しか同じじゃありませんけど(^^;) そしてこのお話に出てくる双子の姉妹は、ノベルズ1巻『魔女の棲む村』に出てくる双子です。 私のオリジナルキャラではありませんよ(笑) なんだか『誕生日・・・?』ってお話ではありますけど、楽しんでいただけたら幸いです(^^) |