† Troublesome Present T †
冷え切った空の中で凍える星が、雪の代わりに落ちてきそうな夜。 白く曇った窓の内側で、赤々と燃える暖炉の傍の安楽椅子がゆっくりと揺れていた。 ふくよかな身体を背もたれに預け、丸い指で器用に編み棒を操る彼の上を、柔らかいニットがふんわりと覆っていく。 「ウフ やハり13人分ともなレば、編みごたえガありますネ ニットを広げた彼は、室内ではあるが被ったままのシルクハットの上に乗せていた毛糸玉を取り上げた。 途端、帽子の淵に乗って毛糸玉で遊んでいた黒猫が、悲しそうな声をあげる。 「アラ ゴメンなサいネ、ルル まだ遊びマスか?」 再び毛糸玉を乗せてやると、黒猫は嬉しげに鳴いて、ころころと転がるそれをつつきだした。 「ルルにもちゃあんト編みまシたからネ、セーター 気に入ってくれるト嬉しイですネ 「にゃあ 彼の肩に飛び降りた黒猫が、甘えるように身体を彼の顔にこすりつける。 「ウフ ちゃあんと着るのデスよ? モッタイナイって、ガラスケースに飾るのはイケマセンよ?」 「にゃ クスクスと笑う彼に答えて、黒猫は彼の頬をぺろぺろとなめた。 同じ頃、ロンドン郊外にある黒の教団本部では、ここで一番偉いはずの室長が、おどおどと補佐官の顔色を伺っていた。 「・・・よろしいでしょう」 その言葉と共に彼女がペンを置いた途端、コムイは詰めていた息を吐き出す。 「チェックありがとう、ミス・フェイ! じゃあボク、早速休憩に入るから!!」 言うや彼はデスクの引き出しを開けて、完成間近のセーターを取り出した。 「リナリー、去年よりちょっと背が伸びたんだよー やっぱり血筋かなぁ・・・ママはそんなに背が高くなかったけど、パパはボクと同じくらいだったからねー 器用に編み棒を操りながら、嬉しげに妹の話をする上司に軽く頷き、ブリジットは手早くまとめた書類を小脇に抱える。 「では、私は中央庁へ報告の時間ですので、失礼します。 そのまま休憩に入りますので、戻るのは2時間後ですが・・・」 じろりと、刃のような眼光でコムイを睨んだ。 「もし、逃げたりしたら、室長が1ヶ月前から心を込めて編んでらっしゃったその手編みのセーターを毛糸に戻します」 「絶対に逃げません!!!!」 絶叫して、コムイはセーターを抱きしめる。 「よろしい」 冷酷な目で縮こまるコムイを見下ろしたブリジットは、厳格な教師のように頷いた。 「では、2時間後に。 もし、私がこの部屋のドアを開けた瞬間、室長の姿が見えない時は・・・」 「ここから出ませんからぁっ!!!!」 毛糸に戻すのだけは勘弁してと、泣き叫ぶコムイに微笑し、ブリジットは部屋を出る。 重い音と共にドアが閉まった途端、コムイは大きく吐息した。 「ひ・・・ひどいよ、ミス・フェイ・・・! ボクがどんなにがんばってたか、ずっと見てたのに・・・!」 リナリーの肌によく映えるだろう白いセーターは、襟や袖口をフリルにして、襟元にはサテンのリボンを渡してある。 ただひたすらリナリーの喜ぶ顔を見たいと、忙しい仕事の合間にせっせと編んできたのに、完成直前になって毛糸に戻されるなんて、たまったものではなかった。 「・・・は!もしかして!」 今の今まで、コムイの編み物になんのコメントもしなかったのは、完成直前の今になって『毛糸に戻す』と言う脅しをかけるためだったのかと思い至り、彼は蒼褪める。 「ミス・フェイ・・・!怖ろしい人!」 出向当初はコムイの逃亡癖に振り回されていたものの、近頃はすっかり彼の扱いを心得て、逃げる前に逃げ道を塞がれていた。 「リーバー君より怖い・・・!」 コムイのことだけに構っていられない科学班班長の目を盗むことは出来ても、彼一人の補佐官であるブリジットの目を盗むことは非常に難しい。 ぶるりと震え上がったコムイは、 「・・・こっそり開けてもらってよかった」 と、可動式本棚の裏に隠した方舟への扉を見遣った。 「2時間で出来なかったら・・・これを持って逃げる!」 真面目に仕事をしようなんて思いもしない。 サボるためなら後先考えないコムイは、決然とこぶしを握った。 コムイが見つめる向こう側―――― 方舟に広がる白い街の中ではその頃、戦闘でボロボロになったエクソシスト達がホームへと向かっていた。 「あいつらマジなめまくり! クリスマスの準備があるから帰るってなんさ?! 戦争より遊びが大事って、余裕綽々じゃんか!!!!」 珍しくも激怒したラビの大声を聞きつけ、別の道筋からアレンが顔を出す。 「ラビが本気で怒ってる! めっずらしー!」 笑って駆け寄って来たアレンを、ラビはムッと睨んだ。 「お前、今回は誰と対戦だったんさ?」 不機嫌な声に、アレンは首を振る。 「ノアはいなかったよ。 その代わり、アクマがわんさかいたから、クロウリーがお腹一杯で動けなくなっちゃって。 リンクがおんぶして後から来てます」 「蚊か!腹ごなしなら歩きゃいいんさ!」 酷くイラついているラビに小首を傾げ、アレンは傍らのブックマンを見遣った。 「何があったんですか?」 問うと、彼は不機嫌な弟子を鼻で笑う。 「ノアの双子にまた、馬鹿にされたのだ」 「またってゆーな、ジジィ!!」 声を荒げるラビを見遣り、ブックマンは肩をすくめた。 「まただろうが。 事実は真摯に受け止めろ」 冷静に言われて、頬を膨らませたラビをアレンが不思議そうに見上げる。 常に冷静とは言えないものの、滅多に怒ることのないラビが、因縁の相手とは言え、ここまで怒るのは珍しいことだった。 「また頭踏まれたの?」 「だからまたって・・・!」 「踏まれてはおらんがな」 苦笑して、ブックマンは弟子の言葉を遮る。 「千年公にクリスマスの準備しろって言われてるからもう帰ると、双子が一方的に戦闘を切り上げおったのだ。 こちらが有利な状況であったなら逃げたと思えただろうが、逆にかなり不利な状況でのことでな。 おかげでこやつが余計に憤ったのだ」 「あぁ・・・それは頭に来ますね」 戦争中とは思えないほどふざけた敵は、その行動も一々癪に障った。 「きっと、帰り際にもムカつくことも言ったんでしょ。 人の神経逆なですることにかけちゃ天才ですからね、あの双子」 「そうなんさ!! アレン、よっくわかってるさ!!」 何度も頷いて、ラビはアレンの頭を撫でてやる。 「今度は絶対、ユウちゃんも一緒に来てもらうんさ! あいつらを口で負かせるのはユウちゃんくらいのもんさ!」 こぶしを握って力説する弟子の他力本願振りに呆れるブックマンとは逆に、アレンも同意した。 「あいつらが天才なら、神田は暴言の神ですからね。 地獄の底で亡者をいたぶる悪鬼ですら、生まれて来てごめんなさいと泣かすくらいの悪魔ですからね!」 珍しく誉めるのかと思いきや、しっかり神田を貶めるアレンに、ラビが呆れる。 「・・・その暴言神にたてつくお前はなんさ。暴言天使か」 「え?戦う天使って素敵 悪魔を踏み潰すんだ 「・・・誰が悪魔で踏み潰すだと? 今ここでお前の頭を握りつぶしてやろうか?」 「ぎゃあああああああ!!!!いだいいだいいだいー!!!!」 ぎりぎりと頭を締め付けられ、悶絶するアレンを神田は、冷たく見下ろす。 「死にやがれ、堕天使が」 「ふぎゃああああああああああああ!!!!」 「ユウ!ちょっとユウちゃん! 潰れるさ!マジ頭潰れるさ!」 ラビが慌てて止めに入るが、容赦する神田ではなかった。 「るっせぇよ! そんなに悪魔を踏みたきゃ、テメェが地獄に堕ちて、存分に踏みゃーがれぃ!!」 とうとう白目を剥いたアレンの頭を締め付ける手にますます力を込め、今にも頭蓋骨を潰そうとした時、 「!」 鋭く飛んで来た札を、間一髪避ける。 「ちっ!鴉野郎が・・・!」 もう少しで潰せたのに、と舌打ちする神田の下へ、遅れて飛んで来たティムキャンピーが、抗議するように羽根をばたつかせた。 「うっせぇな!お前も潰すぞ!」 あっさりとティムキャンピーを捕まえた神田が、柔らかいボディを引き伸ばす。 じたじたと暴れてなんとか神田の手を振り解いたティムキャンピーは、白目を剥いたまま動かないアレンを懸命に羽根であおいでやった。 「心配せずとも、そのうち目を覚ますだろう」 「そう願いたいものですね!」 棘のある声にブックマンが振り向くと、クロウリーを背に負い、息を切らしたリンクがよろよろと歩み寄ってくる。 「私はクロウリーだけで手一杯なんですよ! なのにまた荷物を増やすとは、どういう了見ですか、神田!」 声を荒げるリンクに、ティムキャンピーがコクコクと頷いた。 「責任を持って、ウォーカーを教団まで運びなさい!!」 「やなこった」 冷たく言い放って、神田はアレンをラビの方へと蹴飛ばす。 「運ぶならお前が運べよ」 「えぇっ?!なんで俺に押し付けるんさ!」 「では、ウォーカーをお願いします、Jr.! 私はもう手一杯ですので!」 既に行ってしまった神田の背を睨みながら、リンクはクロウリーを重たげに背負い直した。 「それとも、代わりますか?」 じっとりと睨まれて、ラビは吐息する。 「わかったさ、もー・・・。 クロちゃんよか、アレンの方が軽いしな」 よいしょ、と、アレンを背負ったラビの頭に、なぜかティムキャンピーまでが載った。 「・・・余計な体重かけるんじゃないさ、このでぶっちょ! 俺の優秀な頭が潰れたら、人類の損失さね!」 デブじゃない!と、懸命な抗議を無視してラビはティムキャンピーを頭から振り落とし、歩を進める。 「監査官も大変さね。 監視対象だけでなく、でぶっちょゴーレムや同行者の世話までするなんてさ」 まだ不機嫌なラビに、リンクがいつも通りの不機嫌な顔で鼻を鳴らした。 「今回はまだマシですよ。 あなたやリナリー・リーが同行者だった場合は、高確率でどこかへ消えますからね」 じろりと睨まれたラビが、慌てて目をそらす。 「ま・・・まぁ、今回も無事で何よりさ! せっかくのクリスマスに、湿っぽくなるのもヤだしさ!」 「あなた達はクリスチャンではないと聞いていますがね」 必死で取り繕ったのに、あっさりと封じられてしまったラビは目を泳がせた。 「未熟だの」 師の呆れ声にも言い返せない。 「え・・・っと、確かに俺は違うけどさ、他の奴らは・・・特にミランダはすっげー楽しみにしてるし?! お手伝いはするさね!」 「そう・・・ですね。 手はあるにこしたことはありませんから」 ミランダの名を出した途端、声の和らいだリンクにホッとして、ラビはアレンを背負い直した。 「あれ?! 二人とも負傷?!」 そんな連絡受けてないけど、と、方舟の間で待ち構えていたジョニーが、扉から出てきたエクソシスト達を気遣わしげに見上げた。 「うんにゃ。 クロちゃんは食い過ぎで、アレンは方舟ン中でユウに倒された・・・んけど」 階段を降り掛けたラビは、笑顔を引き攣らせる。 「いい加減、狸寝入りやめるさ! 俺はお前の運搬係じゃねー!!」 抱える手を離して振り落とそうとするが、アレンはラビにぶら下がったままだった。 「やだー お部屋まで運んで、おにーたん 「こんな時だけ甘えんなー!!」 「ちょ・・・ちょっと二人とも! そんな所で暴れると危ないよ!」 止めに入ろうと階段を駆け上ったジョニーが、躓いてラビの服に縋る。 途端、 「あ!」 「へ?!」 「ひゃあああああ!!!!」 アレンを振り落とそうとしていたラビがバランスを崩し、3人が団子になって床まで転げ落ちた。 「おい!大丈夫か?!」 「怪我は?!」 駆け寄って来た科学班のスタッフ達がしゃがみこむと、真っ先にラビが顔をあげる。 「いでええええ!!!! アレン、どけええええ!!!!」 「ごめんなさい・・・」 気まずげに謝ったアレンは、ラビの腕を取って立たせた。 「僕らは平気だけど・・・ジョニーが下敷きになっちゃった?」 「完全に目を回していますね」 クロウリーを医療班が用意したストレッチャーに乗せてから、リンクも歩み寄ってくる。 「まったく、あんな危険な場所で暴れたりして! 落ちるなら二人で落ちなさい!」 隙あらば説教するリンクに不満を持ちながらも、反論できない二人がジョニーに紅白の頭を下げた。 「ごめんなさい」 「イヤ、今回はこいつがコケたのが悪いんだよ」 呆れ声を見遣ると、キャッシュが足早に寄って来て、ジョニーを背負う。 「ったく、なんであたしがいつも・・・ストレッチャー不足ってなんだよ・・・」 ぶつぶつと文句を言いながら、キャッシュはジョニーを病棟へ運んで行った。 「・・・じゃ、ジョニーは後で見舞いにでも行くとして」 「いっだ!!」 突然はたかれて、アレンがラビを見上げる。 「なにすんだよ!」 「ジョニーがコケた原因のお前にお仕置き」 「うー・・・!」 ラビにまで言い返すことが出来ず、アレンは悔しげに唸った。 「さぁ二人とも! 早く報告書にかかりなさい! ブックマンはもう行ってしまわれましたよ!」 パンパン!と手を鳴らして急かすリンクに、二人は舌を出す。 「先に風呂とメシ!」 「がんばったんだから、ご飯が先でしかるべきです!」 「がんばったのはクロウリーの方・・・こら!待ちなさい、ウォーカー!!」 方舟の間を駆け出て行った二人を、リンクが慌てて追った。 「・・・相変わらず騒がしいな、あの紅白コンビ。 今回は一緒の任務じゃなかったはずだろ?」 アレン達と入れ違いに入って来たリーバーが眉根を寄せると、部下達が苦笑する。 「同じ時間に任地の扉を開けたんで、途中で会ったんでしょ。 ホント、仲いいですよね」 「仲がいいって・・・まぁ、そうかな」 笑ってリーバーが、エクソシストやファインダー達が赴いた任地のリストを渡した。 「横に書き加えたのが、次に扉を開ける時間だ。 クラウド元帥とティモシー、ソカロ元帥とリナも戻ってくる。 ノアが遊びを優先してくれたおかげだな」 複雑なリーバーの表情を真似るように、部下達の顔も渋くなった。 「なんだか・・・戦力差を見せ付けられてるカンジっすね」 「余裕綽々でムカつくな・・・!」 方舟の中でラビが言ったことと同じようなことを呟き、眉根を寄せてしまった部下達に、リーバーが苦笑する。 「こちらの戦力を削られなくて、良かったと言うべきなのかな。 お礼にクリスマスプレゼントでも贈るか・・・おばあちゃんがくれるようなものを」 「そりゃ厄介だ」 リーバーの冗談に思わず吹き出した部下が、笑ってリストを受け取った。 一方、ラビとリンクによって浴場へと追いやられていたアレンは、ほかほかと湯気をあげながら駆け込んだ食堂で聞こえた言葉に首をかしげた。 「おばあちゃんの厄介なプレゼントってなに?」 問うと、一緒に注文カウンターに並んだラビが苦笑する。 「ばあちゃんや母ちゃんが編んでくれる、クリスマスプレゼントのセーターのことさ」 「なんで厄介なの?嬉しくないの?」 不思議そうにまた首を傾げると、ラビは笑い出した。 「こういうのって大体、自分の名前入りだったりクリスマス限定のサンタ柄やらリース模様でダッサイんさ! あんま着たくないけど、せっかく編んでくれたのに着ないわけにはいかねーし、でも着たらダサくなるのわかりきってるし。 欲しくもないのに押し付けられちまう、厄介もののプレゼントってコト 「ふーん・・・贅沢もの」 呟いて舌を出したアレンを、ラビが興味深げに見下ろす。 「欲しいンか?」 さすが英国人の趣味の悪さは世界一だと、呆れるラビにアレンはムッと眉根を寄せた。 「・・・フォーマルで伝統的だと言って欲しいですね! おしゃれじゃなくても、清潔感があってきちんとした服を着ていれば、上流のレディ達にモテモテだったもん! けど今はそうじゃなくてさ!」 口を尖らせたアレンが、カウンターに顎を乗せる。 「プレゼントをわざわざ編んでくれる人がいるなんて、羨ましいなって・・・」 生まれてこの方、手編みのセーターなんかもらったことがないと言うアレンの頭を、ラビがくしゃくしゃと撫でた。 「そーゆーことは早めに言っておくもんさ。 明日がイブって日に言われても、編んでやれんさね」 「へ?ラビが編んでくれんの?」 それはいらない、と生意気を言うアレンの額を弾いてやる。 「なんで俺がお前に編んでやんなきゃなんないんさ。 そゆコトは編んでくれそーな人に言っとけ、ってコト。 そしたらお前、25日にはあったかいセーターでもこもこになってたろうにさ」 「そっかぁ・・・でも・・・」 注文カウンターに並ぶ列が短くなった分、進んだアレンが肩をすくめた。 「ジェリーさんに言っても困らせちゃうよ。 だって、料理は魔法使いでも、編み物はどうなんだろ?」 「・・・・・・お前が『おねだり』する対象はあくまでジェリー姐さんなんさな」 呆れ顔のラビに、アレンははっとして手を叩く。 「被服係の係長!」 「うん、そうするといいさ・・・」 来年は頼むといい、と苦笑したラビに、アレンは大きく頷いて・・・すぐに肩を落とした。 「どした?」 「係長は、『ダサいセーター』なんか作らないよね・・・」 欲しいのはプロの手になる『カッコいいセーター』ではなく、素人が編んだ『愛のこもったセーター』だ。 「やっぱり贅沢もの!」 「そうさな」 とうとうラビも同意して、『厄介なプレゼント』と話していた団員達に舌を出した。 その頃、話題の被服係では、小鳥の群れのように騒がしくも楽しげなお針子達の中で一人、ミランダが鬼気迫る表情で手元を見つめていた。 全ての指に何層も絆創膏を貼り付け、手甲のようになった手に握った針は、またも滑って先端に赤い血を塗りつける。 「あぁっ!またやっちゃった!」 自分が刺されたかのように大仰な悲鳴をあげて、この部屋のトップが絆創膏を取り出した。 「絆創膏を貼ってる所に刺せばまだマシなのに、なんでピンポイントで避けて刺しちゃうの?」 「ご・・・ごめんなさいっ・・・!」 涙目で謝るミランダに、被服係の係長は笑って首を振る。 「いいから、落ち着いておやりなさいよ。 まずね、針の持ち方を直して、肩の力をもっと抜いて。 布が硬いから、力がこもっちゃうのは仕方ないけど、だったらひと針ずつ刺していけばいいのよ。 うまくやらなくていいから、丁寧にやってごらんなさいよ」 「はい・・・ごめんなさい、私がこんなに硬く織っちゃったから・・・!」 なにを言っても謝るミランダに、彼女は笑い出した。 「ネクタイ用の生地なんだから、硬く織っていいの。 そもそもあれ、自分の力で織るんじゃなくて、機械が織ってくれるんだから、ミランダは設定しただけでしょ? エクソシストの団服用の生地を織ってる織機だから、性能はいいのよ」 「はい・・・! 私でもちゃんと使えました・・・!」 膝の上に置いた生地は光沢のある紺の絹で、とても丈夫な上に・・・ミランダの流した血が染み付いても目立たない色合いだ。 あとはネクタイの裏地を縫い付けるだけなのだが、それに苦労していた。 「色のチョイスは本当によかったわ・・・。 クリスマスプレゼントに血染めのネクタイなんて、怖いものね」 「ご・・・ごめんなさい・・・!」 ミランダの涙までが染み込む前に、係長が布地を取り上げる。 「絹は濡らしたら縮んじゃうの。 これ以上の血も涙も厳禁よ!」 「は・・・はい!」 慌てて涙を拭って、ミランダは頷いた。 「がんばります!!」 「じゃあ、まずは力を抜いて。 この針は絹地用でとても細いから、あんまり力入れると折れちゃうわ。 深呼吸深呼吸♪」 「はい・・・!」 大きく息を吸って吐いたミランダが、いざと針を持ち直す。 「痛っ!!」 「あーぁ・・・」 またも指を突いたミランダに苦笑して、係長はまたも絆創膏を取り出した。 ―――― 翌朝、病棟のベッドで目を覚ましたジョニーは、壁にかかった時計を見た瞬間、蒼褪めて起き上がった。 「10時?!そんな馬鹿なっ!! 俺なんで寝てんの?!」 ジョニーの大声を聞きつけ、つかつかと歩み寄って来た婦長が彼の耳をつまむ。 「ここは病棟よ!静かにおし!」 厳しく命じられてコクコクと頷いたジョニーは、おどおどと婦長を見上げた。 「あ・・・あの、俺、なんでここで寝てたんですっけ・・・?」 何か事故に巻き込まれただろうかと、寝起きで頭の働かない彼に婦長が吐息する。 「方舟の間で、アレンとラビもろとも階段から転がり落ちて、下敷きになったんですよ。 幸い、大した怪我はなかったけど、寝不足のせいで熟睡していたから、起こさずにいたの。 あなた、いい加減お仕事を制限して・・・」 「じゃあ俺、もう寝てなくていいんすね?! お邪魔しました!!」 ベッド脇に置いてあった白衣を掴むや、大慌てで病室を駆け出ようとするジョニーの襟首を、婦長はすかさず掴んだ。 「病棟で走らない!」 「はい・・・!」 恐ろしい目で睨まれ、竦みあがったジョニーが声を引き攣らせる。 「か・・・帰りまーす・・・!」 そろそろと足音すら忍ばせて病棟を出たジョニーは、残りの道のりを全速力で科学班まで駆け抜けた。 「ぶっ倒れてすんませんっ!」 仕事を放り出してしまったと、泣き声をあげて戻って来たジョニーに、徹夜明けらしい生気のない視線が集まる。 「・・・急ぎのは代わってやったから、俺のやっとけ」 「俺のもね・・・あと72時間は元気だろ・・・?」 中でも一際生気のないジジとロブが、ジョニーに膨大な書類を渡し、よろよろと科学班を出て行った。 「あれ?もう出てくの、ロブ? あと1時間で100時間連続稼働なのにもったいない」 キャッシュのからかい口調に、首を振ったロブが頭の重みに引きずられて倒れそうになる。 「・・・これ以上は効率が上がらない」 記録より休息、と、部屋へ戻ろうとする彼らを回廊に立つ警備班が苦笑して見送った。 「じゃ、あんた代わりにやんなよ。 ジジのがこっちでロブのがこっちね」 渡された以上の書類が、彼らのデスクに積みあがっているのを見て、ジョニーは固唾を呑む。 しかし、 「い・・・いきなり倒れちゃった俺の仕事を代わってくれたんだから・・・これくらいは・・・!」 がんばらないと、と頷き、手にした白衣を羽織った。 途端、 「あれ?」 袖に違和感を覚えて、着かけたそれを一旦脱ぐ。 「・・・なんで裏地に」 慌てていたので気づかなかったが、白衣の裏にはセーターが服の形に添って縫い付けてあった。 襟と肩口、そして袖先の数箇所を躾け糸で留めているだけなので、すぐに外れたそれを広げてみると、ブラウンの地にえんじのアームライン、胸に同色のトナカイが並ぶ可愛いデザインだ。 「誰がこんなこと・・・」 驚くジョニーから、キャッシュが不自然に視線を外した。 「キャ・・・キャッシュ! もしかしてこれ、編んでくれたの?!」 「手編みじゃないよ!機械編みだよ! あ・・・新しい織機の調子を試したくって・・・それだけだよ!!」 と、顔を真っ赤にして言うが、トナカイはどう見ても、一般的なデザインではない。 ある意味おいしそうに丸々と太ったトナカイが森に遊ぶ様はきっと、キャッシュのデザインだと確信して、ジョニーは嬉しげにセーターを抱きしめた。 「ありがと!早速着るね!」 シャツの上に重ねて、手触りを確かめる。 「もしかしてこの毛糸、カシミヤ? えへへ 自分のためにわざわざ編んでくれたのだと言って欲しくて、詰め寄るジョニーをキャッシュがうるさげに押しやった。 「エクソシストの団服を作る織機なんだ、高級素材を使うに決まってる!」 強情にも認めようとしない彼女に、ジョニーは笑み緩んだ顔で抱きつく。 「それでも、真っ先に俺にあげようって思ってくれたんだ! でも・・・なんでこんなトコに隠してたの?」 不思議そうなジョニーの物分りの悪さに、キャッシュは呆れたように鼻を鳴らした。 「そりゃあ、部屋に置いてても戻るのはクリスマス過ぎだろうから・・・あ!」 確実に渡そうとしたのだと言う真意をうっかり言ってしまったキャッシュが、慌てて口を覆う。 「せ・・・せっかくの高級素材を、こんな危ない場所に置きっぱなしにしてたら、いつ燃やされるかわかんないからね!」 「うん!そうだね!」 締まりなく笑いながら、ジョニーはめくりあげたセーターに頬ずりした。 「嬉しいー 「そ・・・そう・・・」 真っ赤な顔のまま、キャッシュが踵を返す。 「じゃ、ぶっ倒れてるジジとロブの枕元にも置いてこようかな」 「えぇっ?!」 自分だけじゃないのかと、慌てるジョニーにキャッシュは意地悪く笑った。 「言ったろ、新しい機械の調子を試したんだって! 色んな素材で作ったんだ・・・一番でかいジジはウールで、ロブはアルパカ。 あんたがカシミヤだったのは、小さいから材料が少なくて済んだってだけ。それだけ!だから!」 「そ・・・かぁ・・・・・・」 あからさまにがっかりと肩を落としたジョニーに、キャッシュが慌てる。 「は・・・班長と室長にもカシミヤあげたけど、ベストだから!セーターじゃないから! い・・・いつも世話になってるし、上司だし・・・それだけだからな!」 「そうかぁ・・・班長と室長もカシミヤかぁ・・・」 ジョニーの反応に取り繕い損ねたことに気付き、キャッシュは更に慌てた。 「ベ・・・ベストだよ?!袖ないんだよ?! カシミヤだけど、袖ないんだよ?!」 「は?う・・・うん・・・」 なにが言いたいのかと、訝しげなジョニーにキャッシュが苛立つ。 「だ・・・だから! あんたのが一番・・・その・・・手とか?材料費がかかっててだな・・・あぁもう!!」 突然大声をあげたキャッシュが、真っ赤な顔でがりがりと頭を掻いた。 「そうだよ! あんたにわざわざ編んでやったんだ! 他の連中は照れ隠・・・ついで!!わかったか!」 「キャッシュー!!!!」 感激のあまり泣き出したジョニーが、キャッシュのふくよかな腹に抱きつく。 「嬉しいよー!! 俺!大事にするよー!!!!」 「うるさいっ!泣くな!!」 大声をあげてジョニーを引き剥がそうとするが、既に周りは暖かい拍手に囲まれていた。 「四面楚歌!!」 顔を赤くしたり蒼くしたり忙しいキャッシュに、リーバーが苦笑する。 「いやそれ、使い方おかしいだろ。せめて異体同心とか・・・」 「よっ!情意投合!」 「相思相愛!」 「琴瑟相和!」 「くだらないこと言うなあああああああああ!!!!」 生暖かく見守ろうとする同僚達を、キャッシュは大声で怒鳴りつけた。 「・・・今の声、なに?」 ちょうどコーヒーのワゴンを運んで来たリナリーが、大声に驚いて科学班のドアをそっと開けた。 「あ・・・キャッシュか。 あのセーター、ジョニーにあげたんだね クスクスと笑って、リナリーは輪の中心で叫ぶキャッシュを見つめる。 彼女は最初からジョニーのためにセーターを編んでいたのに、妙に意地を張ってジジやロブ、リーバーやコムイの分まで作っていた。 しかも義理堅い彼女のこと、リーバーに渡す前にちゃんとミランダへも断りを入れている。 おかげで、ミランダまでが手作りの何かをあげたいと言い出して、しばらく前から指が無残なことになっていた。 普段から手袋をしている彼女の傷に、リーバーはまだ気付いていないようだが、それも時間の問題だろう。 「・・・せっかくのクリスマスにケンカなんかしないで欲しいなぁ」 つい、物事を悪く考えるクセが出てしまって、リナリーは慌てて口を覆った。 「・・・助けに入ってやるか」 からかわれっぱなしのキャッシュをそろそろ助けてやろうと、リナリーは何も知らない素振りで科学班へ入る。 「コーヒー持って来たよー 声をかけると、キャッシュがホッとした顔でリナリーを振り返った。 「あ! あたしコーヒーちょうだい!」 ジョニーを振り解き、同僚達を掻き分けて寄って来たキャッシュに笑いながら、リナリーはカップを渡す。 「ちゃんと渡せたみたいだね 「・・・こんなことなら、クリスマスに間に合わなくても部屋においときゃよかった」 憮然とするキャッシュに笑うと、頬をつつかれた。 「そう言うあんたはどうなのよ。順調?」 問われて、リナリーはこっそりと頷く。 「お料理は苦手でもね、こういうのは得意なんだよ! なんたって、兄さんの妹だもん 自慢げに言うリナリーに、キャッシュは納得した。 「確かに・・・室長、すごく上手だもんね。 あのワンピース一面を覆う室長の顔刺繍を見た時は、あまりの力作に震え上がったよ。 ・・・・・・着たいとは思わないけど」 「それは・・・同意見だよ・・・」 せっかくの技術を無駄に使う兄に、リナリーはため息をつく。 「時間がなかったから、前身ごろ以外は機械編みにしちゃったけど・・・喜んでくれるかな?」 「文句言ったら蹴っちまえ」 にんまりと笑ったキャッシュに頷いたリナリーは、コーヒーを求めるリーバーの元へと、ワゴンを押して行った。 「・・・サテ、出来タ 最後の毛糸をハサミで切った伯爵は、広い膝の上に編みあがったばかりのセーターを広げた。 「マァ・・・可愛い 丈を長めに編んだ紺地のセーターには、白の毛糸でノルディック柄が編みこんである。 「気に入っテくれルかしラ 安楽椅子から立ちあがった伯爵は、軽やかな足取りで広いテーブルに歩み寄り、たたんだセーターを可愛い柄の包装紙に包んだ。 「リボンはー・・・やっパり、赤がイイですヨネ サテンの高級リボンを惜しげもなく使って、包装紙の上にリボンの花を咲かせる。 「ウフフ 喜んデくれルかしラ と、また呟きながら伯爵は、『彼』の喜ぶ顔をわくわくと思い浮かべた。 To be continued. |
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2013年アレン君お誕生会第1弾です いつも通りのカップルに、ジョニー&キャッシュが割り込んでいます(笑) なぜならこれは、リクエストNo.92『キャッシュ&ジョニー』を使っているからですよー!ですよー!ですよー!(こだま) ジョニーが旅立ってしまう時も、びみょーなカンジの二人だったので、ここでもまだビミョーなカンジでお送りしています(笑) ちなみに主人公は伯爵様 アレン君お誕生会だけど、伯爵様 |