† Troublesome Present U †
クリスマス・イブの朝を優雅に迎えたクラウドは、日当たりのいい窓際の席に陣取り、毛糸籠から編み棒を取り出した。 慣れた手つきで毛糸を編む彼女の前に、ティーポットと暖めたカップが置かれる。 「んまぁ!もうすぐ完成ね、クラウドちゃん 元帥なんてすごく忙しいのに、こんな短期間ですいすい編んじゃうなんて、さすがだわぁ・・・ 感心するジェリーを見上げ、クラウドは嬉しげにニットを広げた。 「可愛い娘のためだもの 冗談とも本気と持つかない口調で言って、クラウドは隣の椅子を指す。 そこには、既に包装されたプレゼントの包みがあった。 「ちゃんと、息子にも編んでやってるぞ」 「そうねん、一応優先順位は弟子よねん クスクスと笑って、ジェリーは肩越しに厨房を見遣る。 「エミリアは・・・お料理は得意なんだけど、こっちの方は苦手みたいねぇん。 孤児院の子達にあげるお料理は今、順調に出来上がってるんだけどん・・・」 苦笑して、ジェリーは小首を傾げた。 「セーターはまだ、ほとんど毛糸のままみたいよん 「そうか・・・!」 意地悪く笑って、クラウドが編み棒を操る手を早める。 「ならば今回の勝負は私の勝ちだ! あの鬼嫁、後から来ておきながら私の可愛い娘にちょっかいをだしおって・・・!」 「・・・娘なのに嫁なのん?」 クラウドの頭の中ではどういう構図になっているのだろうかと、ジェリーは混乱した。 しかしクラウドはお構いなしに毛糸を編み進める。 「こういう時の定番は、やはりクリスマス柄なんだろうが、ユウは洒落者だからな。 そんなものを作れば絶対に着てくれないだろうから、仕方なく一色で、編み模様だけなんだ・・・」 少し張り合いがない、とぼやいて、既に編みあがったセーターを袋から出した彼女に、ジェリーは笑って首を振った。 「素敵なセーターじゃない 縄模様の意味は、安全と幸福だったかしらん?」 「あぁ。 ユウには何よりの模様だろう?」 にこりと笑って、クラウドは二本の縄模様が入った前身ごろを広げる。 「色で模様をつけない分、すぐに編みあがってしまったんだ。 だから今は、揃いのマフラーを編んでやっているところ 厨房にまで聞こえるように言ってやると、中からエミリアが、物凄い目で睨んで来た。 「ふふふ 思う様差を見せ付けて、生意気な嫁に鉄槌を食らわせてくれる!」 意地悪く舌を出したクラウドに、ジェリーが苦笑する。 「ここでケンカしちゃやーよ? やるなら表に出てねん 止める気はないらしい彼女に、クラウドは大きく頷いた。 同じ頃、ノアの一族がクリスマスを過ごすカントリー・ハウスでは、暖炉の前で安楽椅子を揺らす主人が、満足そうに愛らしい姉妹を見つめていた。 「お揃イにシテ、よかっタ 二人とモ、お人形のヨウにカワイイですヨ 両手を組み合わせ、嬉しそうに笑う彼にルル=ベルが擦り寄る。 「嬉しいです、主 黒猫の模様・・・これは『カワイイ』のですか?」 白地のセーターに大きく、黒猫の後姿が編みこまれた絵柄にルル=ベルが頬を染めると、伯爵は大きく頷いた。 「トッテモカワイイですよ、ルル ロードも、気に入っテくれたカシラ?」 小首を傾げると、ルル=ベルの背後で自身が着たセーターを見下ろしていたロードは、不満げに頬を膨らませて首を振る。 「なんか・・・フツー」 「アラッ!」 悲しそうに肩を落とす伯爵を見て、ルル=ベルが肩越しにロードを睨んだ。 「失礼です!」 「僕はホントのコトを言っただけぇ!」 ルル=ベルとは色違いの、ピンクの地に黒猫の模様が編みこまれたセーターを掴んだロードが、憮然と鼻を鳴らす。 「ルルはいいよ! 変身する時は、ちゃんと脱いでからでしょお! でも今の僕がお前を抱っこしたら、すぐに黒い毛だらけになっちゃうじゃん! ソファに座っただけでお前の毛だらけになることだってあるんだからねぇ!」 怒鳴りながらロードは、ルル=ベルの髪を掴んだ。 「千年公! セーター作るなら、ルルの毛が目立たない色にしてよぉ!!」 「コレッ!ロード! 妹をイジメちゃいけまセンと、何度モ言ってルでしょ!!」 「だったらこの色変えてぇ!」 「どうしたんだい?!」 伯爵と大声で怒鳴りあうロードの声を聞きつけ、部屋のドアを開けたシェリルが、呆れ顔で歩み寄る。 「ロード、まずはルルの髪を放して上げて・・・痛がってるじゃないか」 敵には容赦なくとも、家族には優しいシェリルがロードの手を包み込んでルル=ベルの髪から外した。 「大丈夫かい、ルル? 変身して逃げればよかったのに・・・」 不思議そうに言うと、涙をためた彼女はふるりと首を振る。 「あ・・・主が・・・編んでくれたセーターを・・・汚したくない・・・」 しゃくりあげながら言う彼女に苦笑して頷き、シェリルは抱き上げたロードの頭を撫でた。 「ロードはセーターがお気に召さなかったのかい?」 部屋の外まで聞こえていた、と言う彼に、ロードは憮然と頷く。 「・・・この色じゃ、ルルの毛が目立つじゃん」 「おや、まぁ!」 大仰に声をあげて、シェリルはロードを抱っこしたまま、伯爵へ歩み寄った。 「千年公、ロードがルルをいじめてるだなんて、とんでもないですよ? ロードはルルを可愛がりたいし、公のセーターも汚したくないからこの色に不満だったのですよ。 そうだよね、ロード?」 甚だ好意的過ぎる解釈ではあったが、その通りなのでロードはシェリルに頷く。 「かといって、せっかく公がロードのために編んでくださったセーターを交換してくれと言うのも残念な話だ。 だからね、ロード ルルがいる間はお母様が編んでくれた、クリスマスカラーのセーターを着てはどうかな? あれならいろんな色や模様が入っているから、ルルの毛も目立たないよ ね?千年公。 妻の顔を立ててくださいますか?」 にこにこと交渉したシェリルに、伯爵は満足げに頷いた。 「さすがハ現役ノ外務大臣ですネ 素晴らしイ交渉でしタ しかし、満足げな面々の中で一人、ルル=ベルだけが不満げにむくれた顔を伯爵の膝に摺り寄せる。 「私は・・・ロードが着ているのだって、主が編んだものを汚そうなんて思いません・・・!」 「アァ・・・! そうデスよね、ルル! アナタがそんなコトをするハズがナイのデした!」 ごめんなさいね、と、謝りながら頭を撫でてくれる伯爵を見上げ、ルル=ベルはこくりと頷いた。 「・・・交渉失敗ですよ」 「認めよう」 ルル=ベルにじっとりと睨まれたシェリルが、思わず笑いだす。 「なんだ、謝っちゃうんだー」 ロードのからかい口調にも、シェリルは真面目ぶって頷いた。 「せっかくのクリスマスに、家族でケンカするなんてもったいないからね。 穏やかに過ごすための処世術だよ 「アラ と、伯爵は傍らのテーブルに置いたままの、まだリボンを解かれていない包みを撫でる。 「もう一人、招待しタイのですケド・・・ 「いいよ!」 「ダメ!絶対!」 即答したロードの声を押しつぶすように、シェリルとルル=ベルが声を合わせた。 「なんで!」 「もう一人って、あの無礼なクソガキのことでしょう、千年公?! ボクは可愛いロードを、あんな邪悪の塊のような少年の傍に寄らせたくないのですよ! 我が家の平和なクリスマスを守るためにも、ボクは断固として反対します!」 「私も・・・あいつには来て欲しくありません・・・! 主・・・お願いです・・・!」 シェリルとルル=ベルの二人から詰め寄られ、伯爵が悲しそうに肩を落とす。 「デモ・・・我輩、せっかク・・・」 「そのありがたいセーターはきっと、サイズの合う家族が喜んで着ますよ!」 「私が! 私が着ますから、主・・・!」 きっと、二人の目がつり上がった。 「絶対! アレン・ウォーカーの招待には反対します!!」 またも声を揃えての絶叫に、伯爵は痛くなった耳を撫でながら頷く。 「仕方・・・ありマせんネェ・・・」 「公・・・!」 「主・・・!」 感涙して伯爵に抱きつく二人を、ロードは不満げな目で睨みつけた。 「できたー!」 とうとう上がった歓声に、被服室のお針子達が、暖かい拍手を送った。 「あぁ、嬉しいわ! まさか、ネクタイの裏地をつけるだけで一晩かかるなんて思わなかったけど、これ以上の怪我もなく出来上がって本当によかった!」 我がことのように喜び、涙ぐむ係長に何度も頷いたミランダは、顔を覆って泣き出す。 「おかげさまで・・・私にもできました・・・!!」 完成したネクタイは、なぜか刺繍用の枠にはめられていた。 ミランダが余りに手を刺すため、彼女用に編み出された方法だ。 布を枠に固定し、縫う場所をずらしていけば、ミランダのように針を垂直にしか持てなくても裏地をつけられるはず、と言う考えは見事に当たった。 「じゃあミランダ、出来上がったネクタイは・・・染み込んだ血をクリーニングした後、ラッピングしてあげるから、あなたは病棟で手の治療してもらいなさいな。 小さな傷でも、それだけあれば大変だわ・・・。 お薬処方してもらいなさい」 「はい」 傷だらけの両手を見下ろし、ミランダは気まずげに手袋をはめる。 ロードにつけられた両手の傷を隠すため、いつもつけているそれは、新しい傷も難なく隠してくれた。 「ではあの・・・よろしくお願いします」 ぺこりと頭を下げたミランダは、部屋を出て病棟へ向かう。 その途中、 「・・・あ! クリスマス・ツリー、ちゃんと飾ってくれているかしら・・・!」 困惑げに、ミランダは辺りを見回した。 予定では、とっくにプレゼントを作り終わってツリーの飾り付けをしているはずなのに、もうイブを迎えている。 自分で飾りつけが出来ないのも残念だが、毎年大量に届くクリスマス・ツリーは無事にオーナメントをつけてもらえたのだろうかと、不安になった。 「ちょっとだけ・・・ちょっとだけ、確認するだけよ・・・!」 小声で自分に言い訳しつつ、ミランダは足早に『作業部屋』へと向かう。 そこには今年も樅ノ木の林が出来ていたが、もうあらかた城内の各所に置いてしまったのか、飾り付けの終わったツリーが隅の方に何本か、残っているだけだった。 「あぁ・・・終わっちゃったんだわ・・・・・・」 そう言えばこの部屋に来る間にも、豪華な飾りをされたツリーを何本も見たと、ミランダはやや肩を落とす。 「でも・・・とってもがんばってくれたんだから、ちゃんと誉めてあげないと!」 と、決意したミランダの元へ、クリスマス・ツリー運搬任務から戻って来た監査官達が駆け寄って来た。 「任務、ほぼ完了であります!」 「残りのツリーも、今回の運搬任務で全て片付く予定です!」 敬礼する彼らに微笑み、ミランダは大きく頷く。 「とっても偉かったですね! 今年もきっと、すごい量だったんでしょう?」 「はい、この部屋は余裕で埋まっていました・・・」 苦笑する監査官の頭を、ミランダは優しく撫でてやった。 「お疲れ様です。 がんばりましたね」 「光栄です!!!!」 順々に頭を撫でられた監査官達が、従順な愛犬のように嬉しげに背筋を伸ばす。 「では、もうひとがんばりしましょ 私も手伝いますよ!」 残ったツリーに駆け寄り、持ち上げようとするミランダを、監査官達が総出で止めた。 「とても重い物ですから!!」 「我々がっ!! 力仕事は我々にお任せください!!」 やんわりとミランダを押しのけた彼らは、ひょいひょいとツリーの鉢を担ぐ。 「では! 間もなく任務完了です!」 「はい、がんばってくださいね」 足音さえも規則正しく出て行った彼らを、ミランダは手を振って見送った。 ―――― そんな様子を、回廊の端から紅白の頭がこっそりと覗いている。 二人は威勢のいい監査官達が遠くへ行ってしまうまで、気配すら消して隠れていた。 「・・・もう大丈夫さね」 ホッとしたラビの声に、アレンも頷く。 「あんな重いツリー持って何往復もするなんて、正気の沙汰じゃないですよ」 手伝わされるのが嫌で隠れていた二人は、そろそろと足を忍ばせてミランダから・・・正しくは『ツリー部屋』から離れた。 「今年は何本か、星を飾った時点で満足しました、僕」 「俺も。 昨日、何本かオリジナルな飾りに挑戦して、満足したからもういいさ」 おいしいとこ取りで義務を果たさない二人は、ミランダに誉められて相好を崩していた監査官達の顔を思い出し、吹き出す。 「ミランダさん、さすがハウンド・マイスター! 犬の扱いでは右に出るものはいませんね!」 「猛獣ならなんたってクラウド元帥だけどさ、元帥は『最初から従順な獣を躾けるのは面白くない』って、見向きもしねぇもんな」 クスクスと笑っていたラビは、また吹き出して、アレンの頭を掻き回した。 「なに?!」 失礼な、と、ムッとするアレンにラビが笑い出す。 「ハウンド・マイスターでも猛獣使いでもなく、番犬に追っかけ回されてるお前は狡兎だなって思ってさ!」 「コウト?ってなに?」 乱れた髪を直しながらアレンが小首を傾げると、まだ笑いながらラビは彼を指差した。 「ずるいウサギ、って意味」 「ウサギにウサギって言われた!!」 不満げなアレンの頭をはたいて、ラビは肩をすくめる。 「チャイナの古い歴史書に書いてある言葉で、『狡兎(こうと)死して走狗(そうく)烹(に)らる』ってのがあるんさ。 小賢しく逃げ回ってたウサギが死んじまうと、それを追っかけてた猟犬もいらなくなるから、猟師に煮て食われちまうってコト。 生真面目なリンクのことさ。 お前がおとなしくなって仕事がなくなったらさぞかし手持ち無沙汰になるだろうから、せいぜい逃げてやんなさいよ」 名言を手前勝手に解釈して話したラビに、アレンは大真面目に頷いた。 「僕がリンクから逃げるのは、リンクのためでもあるんだね! 僕、彼の生き甲斐のためにも一所懸命自分勝手に生きるよ!」 それがリンクのためだと、こちらも手前勝手に解釈して、まるで崇高な志でも述べるかのようにこぶしを高く掲げる。 「ってことで僕は食堂に行ってジェリーさんのおいしいごはんをいただきます! 朝ごはん食べたけど! お昼にはまだ早いけど!」 「そうさね・・・姐さんは仕事を増やしまくるお前のこと、なぜか気に入ってっかんね」 「世界一敬愛するジェリーさんには、一番の生き甲斐を!!」 それが自分の役目だと自己陶酔するアレンに、ラビは早速自分の言葉を後悔した。 ・・・しかし、優秀な番犬は狡兎に対していつまでも無策であったわけではなかった。 任務もなく、教団の外に出られないのならば、多少の時間がかかったとしても、アレンが食堂に来ないわけがないのだ。 そこで張っていれば、狡兎は勝手に入ってくると知るリンクは、ジェリーの隣でケーキを作りながら、アレンを待ち構えた。 しかし、『孤児院の子供達にクリスマスディナーを!』と張り切るエミリアの大声や、その手伝いをさせられているリナリーの泣き声にはイライラさせられる。 とうとう、 「少しは静かに出来ないのですか!」 と声を荒げた途端、倍以上の速さと量で言い返された。 あまりにも早く、凄まじい情報量を一気に寄せられたため、大半は聞き逃したが、要約すれば『そっちこそ黙れ、一々嫌味を言うな』と言うことらしい。 情報処理に時間がかかり、固まってしまったリンクに鼻を鳴らしたエミリアが、大鍋を保温容器にそのまま入れた。 「よっし! これでスープは完成! お肉とパンは焼きあがったし、ブッシュ・ド・ノエルは昨日のうちに運んだし・・・他になんかあるっけ?!」 「お魚! お魚もちゃんと食べさせなさい。 アタシ、クリーム煮を作ってあげたから そう言って、ジェリーが差し出した容器には大きな魚のクリーム煮が、ほかほかと湯気を上げている。 「ありがと、ママン リナリー、まぁだキノコの石突取りやってんの?! 早くしないとソテーに出来ないでしょ!」 「量が多いんだよう!!」 小さなナイフで小さなキノコの石突を切り取りながら、リナリーが泣き声をあげた。 「なんでこんなにたくさん・・・!」 「人数が多いの!」 リンクの嫌味に続き、リナリーの泣き言も封じたエミリアは、出来上がった料理を保温容器に入れて、次々とワゴンに乗せる。 「ホラ! ソテー作っちゃったらもう、運ぶわよ! 今年はパーティには参加しないで、すぐにこっちに戻るんだから!」 「神田のプレゼント・・・出来そう?」 こっそりと囁くと、エミリアはぎりりと唇を噛んだ。 「あたしなんかより断然忙しい元帥が出来たのよ! きっと・・・できるわよ!」 最悪でも、明日中には完成させればいいのだと、エミリアは鼻を鳴らした。 「意地悪な姑みたいに、これ見よがしにやってくれちゃって!」 彼女から見える位置で、優雅に毛糸を編むクラウドが、にやりと笑みを浮かべる。 「負けるもんか!!」 こぶしを握り締めたエミリアは、ぎりりとクラウドを睨みつけた。 一方、自分が争いの種になっているとは思わない神田は、イブなど関係なくいつも通りのトレーニングメニューをこなしていた。 相手をするのは、これまたイブなど関係のないブックマン・・・と思いきや、老人はおもむろに手を差し出す。 「なんだよ」 「お前が今つけておる髪紐な、高値で売れるだろうからクリスマス・プレゼントに寄越せ」 単にクリスマス・プレゼントとしてならまだしも、転売目的を隠さない彼に、さすがの神田が声を失った。 「・・・ワケわかんねぇよ、ジジィ」 ようやく呟くと、彼は呆れたように肩をすくめる。 「お前の髪紐を教団内オクで売ってだな、その金を今、科学班が開発しておる毛根復活剤の研究費に当て、最終的には最高級育毛剤を手に入れるのだから、多少遠回りではあるがお前は私に育毛剤をプレゼントすることになる。 これも功徳ぞ」 物分りの悪い生徒に教え込むように、ゆっくりとした口調で言うブックマンに、神田がこめかみを引き攣らせた。 「なにが功徳だ、ボケジジィ!! テメェの死滅した毛根に毛が戻るわけねぇだろ!」 「馬鹿を申すな! 毛根さえも生き返らせる研究を科学班がやっておるのだ! その研究費用のために一肌脱がんか!!」 欲望と執念のこもった蹴りを避けられず、神田が吹っ飛ぶ。 「ジジィ・・・!!」 「ふはははは!! 寄越さぬというのならば奪うまでよ! 私にクリスマス・プレゼントを差し出さなかったこと、後悔するがよいぞ!」 「させてみやがれ!!」 体勢を立て直し、一瞬で間近に迫った神田のこぶしを、ブックマンはあっさりと避けた。 「遅いわ、小童!」 低い位置からの蹴りに足を取られ、つんのめった神田の首筋に手刀の一撃を浴びせる。 「ぐっ!!」 「捕ったぞい!!」 ブックマンが得意げに挙げた手には髪紐が握られ、床に這った神田は、辛うじて動く手で流れ落ちる髪をかきあげた。 「クッソジジィが!!」 「これを奪ったからには、もうお前に用はない。 風呂入ってメシ食って昼寝ぢゃ 悠々自適発言をして立ち去ろうとする彼を、追いかけようにも神田の服はブックマンの鍼で床に縫い止められ、動くことも出来ない。 「チックショ・・・!!」 不自由な体勢では、鍼を一本抜くのにも苦労した。 「ジジィの髪、抜いてやろうか!!」 恨みを込めて引き抜いた鍼を床に叩きつけ、次の鍼に手を掛ける。 と、修練場を出たブックマンに聞いたのか、アレンが嬉しそうに駆け寄って来た。 「ホントだー! 床に這ってやんの!やー・・・いやああああああああああ!!!」 飛んで来た鍼を間一髪で避ける。 「な・・・なにすんだよ!危ないじゃん!!」 「るっせぇ! 避けんなモヤシのくせに!!」 また飛んで来た鍼を避けたアレンが、踵を返して未だ動けない神田へ向かった。 「もー殴る!!」 「させっかよ!!」 服を引きちぎって立ち上がった神田が、向かってくるアレンのこぶしを掴み、その勢いのままに投げ飛ばす。 「ぎゃふんっ!!」 壁に叩きつけられたアレンは、悲鳴をあげて動かなくなった。 「はっ!ザマァミロ!」 鼻を鳴らして歩み寄り、無様に白目を剥いたアレンの腹を踏みつける。 「オラ! 組み手の相手、してやんぜ?」 「げふううううううううう!!!!」 内臓まで踏み潰さん勢いの神田の足を掴み、逃げようとするが、体技に優れた彼はそれを許さなかった。 「発・・・!」 「逝け」 アレンが左腕を発動させる前に、踏み潰して再び白目を剥かせる。 「はっ!他愛のねぇ」 アレンを蹴飛ばして修練場の隅に転がした神田が、次の対戦相手を求めて振り返る。 が、全員が彼とは目を合わせないように一斉に顔を背け、後ずさっていった。 「ちっ」 対戦相手がいなくなってしまった彼は、仕方なく修練場を出る。 「・・・まずは着替えるか」 ブックマンのせいでボロボロになってしまった服を見下ろし、吐息した彼が部屋に向かっていると、回廊の向こうから騒がしい声が溢れて来た。 「・・・めんどくせ」 ついさっき、修練場で彼と目を合わせたがらなかった団員達と同じ表情をして、神田は踵を返す。 が、隠れる前に目ざとい女達に見つかった。 「神田ー!今から孤児院に行くんだけど、一緒に来る?!」 「荷物持ちしなさいよ、荷物持ち!!」 大きな鍋や容器がいくつも乗ったワゴンを押しながら、リナリーとエミリアが追いかけて来る。 「いかねぇよ!! 俺は今から修練場に・・・!」 「そんなボロボロのカッコして、今からなわけないでしょ! 終わって部屋に帰るとこだったんでしょ?!」 リナリーに鋭く指摘され、思わず舌打ちが漏れた。 「だったらどうだってんだ! こんなカッコで行けってか!」 「んまぁ!開き直って!!」 エミリアに睨まれた神田は、さすがに気まずげに目を逸らす。 「服ならウチに寄って、パパのでも借りればいいわよ!」 「明らかに横が余るだろうが!」 「・・・・・・そうね」 言い返されて無念そうに唇を噛んだエミリアは、はっとしてポケットから時計を取り出した。 「こんな所で時間潰してらんないわ! ランチ前にはこの料理、運んじゃわないと!!」 「なんだ? ガキ共のディナーじゃねぇのかよ」 「あんたのために、夜には戻って来なきゃでしょ!」 ごく当然のように言い放って、エミリアは彼の隣をすり抜ける。 「ミサには一人で行くんじゃないわよ!」 神田に反論の隙を与えず、リナリーを急かして行ってしまったエミリアの迫力に、ただ唖然とした。 「・・・なんで俺のためなんだ?」 既に姿の見えない彼女達を呆然と見送っていると、背後から気配もなく近づいて来た両腕に、いきなり抱きしめられる。 「っ!!」 「捕まえたっ はしゃいだ声をあげて・・・しかし、効率的に彼の動きを封じるクラウドに、神田は舌打ちした。 「なんですか、いきなり!」 「いや、逃げられては面倒だからな。 先に捕獲しておこうと思って」 可愛く言ってみた 「・・・しっ・・・絞まっているんですが・・・!」 「おや、しまった。つい、愛情が行き過ぎてしまった いけしゃあしゃあと言って、クラウドは愛猿を呼んだ。 「さぁ!受け取るがいい!」 白い小猿が両手に掲げて持って来た包みを取り上げると、随分と軽い。 「なんですか?」 掌の上でぽんぽんと弾ませる神田に、クラウドはにこりと笑った。 「ママからのクリスマス・プレゼントだ 心を込めて編んでやった、セーターとマフラーだぞ! サイズはフロワにアート・オブ・神田を作らせて、正確に測ったのだからぴったりのはずだ!」 「あんたらなにやってんだ、勝手に!!」 包みを投げ返そうとする腕を軽々と掴み、ニコニコと笑いながら捻りあげる。 「受け取れ ちょうど服もボロボロになったことだし、着替えを取りに行く手間が省けるだろう?」 言われて見ればそれもそうかと包みを開ければ、シンプルな網目模様の白いセーターだった。 「今、明らかにホッとしただろう?」 ニヤニヤと笑うクラウドに見透かされて、神田が目をさまよわせる。 「私はフロワみたいに、奇抜な趣味なんか持ってないからな。 ちゃんと、お前が着てくれそうな物を編むとも」 クスクスと笑って、クラウドは神田の頭にセーターを被せた。 「サイズも大丈夫だな」 袖を通した彼を見て、満足げに頷く。 「いいか?それ、私の手編み!手編みだからな! 後で鬼嫁もセーターか何か持ってくるだろうが、あいつのはきっと、被服室の機械で編んだものだからな! 私のは手編みだぞ!愛情込めて編んだんだぞ!」 「・・・そう何度も言わなくったって、聞こえてますよ」 うんざりと眉根を寄せる神田に、クラウドは大きく頷いた。 「ついでにサイズ測る用に作ってもらったアート・オブ・神田、いるか?」 「壊してください」 真顔で言った神田に、クラウドはにこりと笑う。 「じゃああれは、フロワからのクリスマス・プレゼントってことにして、部屋に飾ろうっと♪」 「壊せえええええええええええええ!!!!」 絶叫は、回廊を伝って城中に響き渡った。 「・・・いつまでも食堂に来ないと思ったら、なにをしているのですか、君は!」 苛立った声と、ぷにぷにと頬をつつかれる感触に目を開ければ、リンクとラビがアレンを見下ろしていた。 「・・・神田にいぢめられたっ!」 まだ痛むお腹を抱えてうずくまったアレンの襟首を、リンクが乱暴に掴んで座らせる。 「なにがいじめられたですか! どうせ、余計なちょっかいを出して反撃されたのでしょう!」 「ち・・・ちがうもん・・・」 とは言うものの、ぴちぴちと泳ぐ目が全てを白状していた。 「お前、ジジィにユウのこと聞いた途端、走ってったもんな。 案の定、白目剥いて転がされて、懲りないこった」 クスクスと笑うラビを、アレンは上目遣いで睨む。 「・・・動けないってゆーから、チャンスだと思ったんだ!」 「まったく、呆れた子供ですね、君は! やるなら正々堂々とやりなさい!」 汚れ仕事もいとわないはずの鴉に言われてしまい、アレンは頬を膨らませた。 「では、食堂で待ち構えるまでもなく捕獲できましたので、部屋に連行しましょう」 「なんでー!! 僕まだ、お昼ご飯食べてないもん!!」 「ランチタイムにはまだ時間がありますので、先にお仕事しなさい。 昨日の報告書、まだ途中でしょう!」 「リンクが代わりに書けばいいじゃ・・・はーなーせええええええ!!!!」 連行されていくアレンを、ラビは手を振って見送った。 「昼までは確実に缶詰で・・・アレンの処理能力なら報告書書くのに1日仕事だろうけど、リンクがいるからクリスマス・ミサには間に合わせてくるか。 ミサにゃ俺は出ないからー・・・」 宙を見つめて考えていたラビが、にんまりと笑う。 「夜の9時までは余裕で時間があるってことさね!」 よし!と、こぶしを握った時だった。 不意に、彼の立つ床に穴が開いたのは。 「っ?!」 思わぬ落下に悲鳴もあげられぬまま、ラビは暗闇を下へ下へと落ちていった。 「今何時?!」 孤児院で、子供達の食事の世話を終えたエミリアに問われて、リナリーは懐中時計を取り出した。 「1時だね」 「わかったわ! 30分で片付けるわよ!!」 既に食器類を洗い始めたエミリアの隣に立ち、リナリーもお手伝いする。 「子供の世話って、大変だねぇ・・・。 私、将来子育てできるかな・・・」 不安げに言うリナリーに、エミリアがクスクスと笑った。 「慣れれば平気よ! ティモシーみたいなのだと大変だろうけど、あんたからあんな馬鹿なエロガキは生まれないわ」 「そ・・・そうだよね!」 ホッとしたリナリーが、食器を洗う手を早める。 「クリスマスの間だけでも、ティモシーがこっちに来てくれて嬉しいよ。 あのセクハラ、いい加減にして欲しいんだ!」 何度蹴っても懲りないと、愚痴るリナリーにエミリアも頷いた。 「あれさえなければねぇ・・・。 あんた、お兄さんに頼んで、あいつの性格をおとなしくさせる薬でも作ってもらいなさいよ」 「いいけど、兄さんのことだから、あの子の人生を終了させる薬を作っちゃうと思うよ」 さすがにそれはまずい、と、二人は思わず黙り込む。 「ま・・・まぁ、クラウド元帥が躾けてくれてるから、いい加減懲りると思うけど」 「元帥・・・!」 ピシリと、エミリアの握ったグラスにひびが入った。 「・・・あんの鬼姑!! ほんっとに意地悪で嫌味で邪魔ばかりして、あったまくるわ!! 今日もこれ見よがしに目の前でマフラーまで完成させちゃって・・・あたしがまだ、完成させてないって知っててやってんのよ!!」 激怒するエミリアから、リナリーは恐々と身を離す。 「げ・・・元帥は、いつもはあんなに意地悪じゃないんだよ・・・? 厳しいけど、優しくて頼りがいのあるエクソシストで、ちょっと・・・意地悪な時もあるけど、冗談もわかるいい人だよ?」 「じゃあ、あたしにだけは鬼なんだわ!!」 凄まじい勢いで次々と食器を洗うエミリアに、リナリーは皿が割れるのじゃないかと心配になった。 「ダーリンと一緒にいたら、すーぐ割り込んでくるし、あたしがなんかやれば『私ならもっとうまくできるぞーぅ あんの姑気質がネチネチとぉ!!!!」 元帥に対して遠慮のないエミリアが、炎を吐かんばかりに絶叫する。 と、さすがに厨房の外にも聞こえたのだろう、優しい顔の院長が顔を覗かせた。 「まぁ・・・どうしたの、エミリア? そんな大声をあげて」 悪口を言ってはいけません、と、たしなめられたエミリアが、気まずげに黙りこむ。 「クラウド元帥って、ティモシーの先生でいらっしゃるんでしょう? 共にティモシーを育てていくのですから、仲良くしなければ」 「で・・・でも・・・!」 ティモシーを挟んでは共同作業だが、神田を挟んでは嫁姑となる関係で、仲良くなどできそうになかった。 そう言うと、 「あなたが怒ったり意地悪をするから、あちらも怒ったり意地悪をするのですよ。 ティモシーを一緒に育てているように、その神田さんのことも、それぞれのやり方で愛せばいいじゃありませんか。 元帥は母親として、あなたは恋人として」 ね?と小首を傾げた院長に諭され、エミリアが真っ赤になる。 「こ・・・恋人・・・にはまだなってないっていうか・・・! ようやくこの妹を撃退した段階で・・・」 「いつリナリーが撃退されたんだよ!」 ぷくっと頬を膨らませたリナリーに、院長が笑い出した。 「ホラホラ。 そうやって、周り中を敵にしていたら、最後には神田さんまで敵にしちゃいますよ。 まずは落ち着いて。 あなたにはあなたのやり方があって、あなたを応援してくれる人もいるんだってことを思い出しなさい。 そしてできれば、応援してくれる人を増やすのですね」 穏やかな院長の言葉に同意できず、リナリーはぷいっとそっぽを向く。 「リナリーは応援なんかしてないよっ!」 「あんたまだ敵だったの!」 膨らんだ頬を潰され、鼻の頭に泡を乗せられて、リナリーが泣き声をあげた。 「あぁ・・・これこれ」 苦笑して院長が、おっとりと間に入る。 「まずは仲直りね」 リナリーとエミリアの、泡だらけの手を握手させて、院長はニコニコと頷いた。 病棟から被服室へ戻ったミランダは、血を落としてもらい、ようやく乾いたネクタイを嬉しげに見つめた。 「こんなにきれいに出来上がるなんて・・・本当にありがとうございました」 傍について教えてくれた係長のおかげだと、何度も礼を言うミランダに、彼女は笑って手を振る。 「怪我しながらでもがんばったミランダの努力が実ったのよ じゃ、ラッピングしちゃいましょうか はい、と、差し出された箱を受け取り、メッセージカードと共にネクタイを丁寧にたたんで入れた。 「次は包装紙ね。どれがいい?」 何種類も並べられた中から、ミランダは紺に小さな銀の水玉模様の包装紙を選ぶ。 「じゃあ、リボンは明るい黄色がいいわね。 可愛くラッピングしてあげるわ 言うや係長は、ミランダの見つめる前で箱を包み、リボンを掛けた。 「リボンがお花みたいでしょ ふわふわと何重にも重ねられたリボンの花弁にうっとりしながら、ミランダは何度も頷く。 「かわいい・・・ よ・・・喜んでくれるかしら・・・!」 かわいいラッピングを解いて、出てきたネクタイの無様さにがっかりされないだろうかと、ネガティブなことを言うミランダに、係長はわざとらしく頬を膨らませた。 「なぁに?私の指導が信用できない? 私は、完璧に作業させたわよ!」 「そっ・・・そうですよね!ごごご・・・ごめんなさい・・・!!」 うろたえるミランダに、係長が笑い出す。 「冗談よ でも、私の技術指導が完璧だったのは事実よ! 自信を持って、渡してらっしゃい ウィンクする彼女に、ミランダは何度も頷いた。 「あ・・・ありがとうございました!」 深々と一礼したミランダに、係長だけでなく室内のお針子達も笑って手を振る。 「がんばってー 黄色い声の声援を受けて、ミランダは部屋を出た。 クリスマスの挨拶をしてくる団員達に挨拶を返しながら、ミランダは足早に科学班へ向かう。 しかし、いざ扉の前に立つと、足が止まってしまった。 「い・・・今、忙しいかしら・・・。 後での方がいいかしら・・・・・・!」 長い間、扉の前でうろうろした挙句、いっそ部屋にとも思ったが、キャッシュがセーターを作りながら言っていたように、『クリスマスを過ぎてから発見される』のは残念な気がする。 「せっかく間に合ったんだもの・・・が・・・がんばったんだもの・・・! そ・・・それに、忙しいのはいつものことだわ・・・!」 科学班に暇な時間など、ミランダが知る限り、未だかつて一度もなかった。 「い・・・行っちゃえ!」 勇気を振り絞り、全力で開けた扉が何かにぶち当たり、くぐもった悲鳴が上がる。 「え?!やだ!!大丈夫ですか?!」 もろに顔面を強打され、扉の向こうにうずくまった彼の上に屈みこんだ。 「よりによってリーバーさんっ!!」 「・・・なんだ、なんか急ぎの用か?」 真っ赤になった顔を押さえる手の、指の間から赤く血が滴っている。 「きゃあ!!リーバーさん、血が!!」 「・・・そりゃ、鼻血くらい出るだろ」 ぶつけたんだからと、自分よりよほど慌てているミランダに苦笑して、リーバーは立ち上がった。 「で、なんか用だったんだろ? 報告書はもう上がってるし・・・あぁ、不備でもあったか?」 それなら慌てて修正に来たのもわかると、仕事の話しかしないリーバーの前で、ミランダが声を詰まらせる。 この状況で、個人的なプレゼントを渡しに来たとは言い出せなかった。 「ミランダ?」 「いえ、あの・・・人手がいるでしょうから、ファイル整理のお手伝いでもと思ったんですが・・・ご迷惑ですよね・・・」 怪我をさせてしまって、と、か細い声で言う彼女に、リーバーは首を振る。 「クリスマス・ミサには、ヴァチカンの偉い人が来るからな。 俺も班長として出席しなきゃなんで、手伝ってくれると助かる」 「は・・・はい・・・!」 プレゼントをこっそり背後に隠して、ミランダは頷いた。 「じゃ・・・じゃあ、早速・・・!」 「あぁ」 ミランダを伴ってリーバーがデスクに戻ると、部下達が目を丸くする。 「班長、ナニ興奮してんすか!」 「ミランダと鼻血出すようなことしたのか?!ヤラシーな、オイ!」 「ってジジ、鼻血出すようなことって何よ?どうやったら出るの?」 「黙れお前ら! ドアにぶつけただけだ!」 上司を上司とも思わない部下達を忌々しげに怒鳴って、リーバーはデスクの上を指した。 「ミランダ、ここに乗ってるのは処理済だから、ファイリングを頼む。 どんどん来るからがんばってくれ」 「は・・・はい!」 大きく頷き、デスクに乗った書類の整理を始めたミランダに、キャッシュがそっと囁いた。 「あれ、どうしたの?もう渡した?」 「・・・渡そうと思って来たんですけど、リーバーさんをドアではねちゃって・・・! 今は気まずくて、渡せそうにありません・・・!」 「ありゃ」 笑いを堪えながら、キャッシュはミランダの背を軽く叩く。 「ま、折を見て渡せばいいよ。 ただし気をつけてないと、この部屋じゃいつ消し炭になってもおかしくないよ?」 「そ・・・そうですよね・・・!」 守り通せるだろうかと、ミランダは不安げな顔をした。 「さすがに班長のデスクを爆破しないだろうとは思うけどさ、予想外のことが起こるのがここだからねぇ」 部屋ごと爆破されかねない、と、キャッシュがため息をつく。 「だったら・・・!」 ミランダは時計を発動して、デスクの周辺を囲った。 「これなら、周りの危険を防御できます!」 「さすが・・・」 感心して、キャッシュは頷く。 「チャンスを狙うんだね!」 「はい!」 大きく頷いて、ミランダはキャッシュの陰からリーバーの様子を伺った。 「今夜、ミサって何時から?!」 「6時からだよ。 キャンドルサービスは7時からだって」 方舟の白い街並みを走るエミリアと並んで、リナリーも走る。 「一緒に行っても、エクソシストと一般団員の席は離れてるから、キャンドルサービスから合流でもいいんじゃない?」 リナリーの提案に、敬虔なカトリックであるエミリアは首を振った。 「やれる所までやって、ちゃんと最初から参加するわ。 お説教聴きながら、椅子の陰で編んでいればいいのよ!」 息を切らしながら言うエミリアの隣を悠然と駆けながら、リナリーは小首を傾げる。 「ねぇ。 私と同じように、手で編むのは前身ごろだけにしちゃえば? 後は機械に任せておけば、早いし簡単だよ?」 「それじゃあ鬼姑に負けるじゃないのよ!!」 方舟の間への扉を蹴破るように開けて、エミリアが絶叫した。 「あっちは全て手編みで、愛情込めてるんだってこれ見よがしなのよ! そんな、最初から負けるような真似は・・・!」 「でも、もらう本人がそういうこと、全然気にしないよ? 神田はよほど変なものじゃない限り、着る物には頓着しないもん」 幼馴染の説得力に、エミリアが黙り込む。 その隙に、リナリーはにこりと微笑んだ。 「ね? 無理しないでいいよ。 今はお化粧でごまかしてるけど、これのせいでずっと寝てなくて、本当は顔色も体調もすごく悪いんでしょ? なのに孤児院の子供達のお世話までして・・・がんばりすぎだよ」 エミリアがなんでも出来ることは知っているが、今回はさすがに時間が足りない。 「前身ごろ以外は機械編みで作ることにしなよ。 院長先生だって・・・」 「あぁ、そうしろそうしろ! 愛情の多寡は目に見えて量れる方がいいからな!」 リナリーの説得を遮るように、待ち構えていたクラウドが嘲笑した。 「元帥・・・よりによって」 リナリーがため息をつくが、クラウドはお構いなしにエミリアへ歩み寄る。 「既に、私のプレゼントは渡したぞ。 とてもよく似合っていたし、ユウも気に入ってくれたようだ」 アート・オブ・神田のせいで本人の感想は聞きそびれたのだが、ここは話を盛っておくことにした。 「愛情のこもったプレゼントであることも強調しておいたからな。 お前の機械編みが、どれだけユウのお気に召すかな?」 意地悪な言い様に、エミリアが悔しげに唇を噛む。 しかし、 「ね、エミリア。 院長先生の言ったこと、思い出して?」 と、リナリーに囁かれ、キリリと噛んでいた唇から大きく吐息を漏らした。 「・・・・・・元帥」 「なんだ?」 いつもと様子が違うことを訝しく思うクラウドへ、エミリアは歩を進める。 階段を下りて彼女の目の前に立ち、大仰に微笑んでみせた。 「おっしゃる通りだわ、元帥・・・いえ、お義母様?」 「っ?!」 いつも冷静で気丈なクラウドが鳥肌を立てて退く様など、未だかつて誰も見たことがなかっただろう。 あまりの事態に方舟の間の全員が固唾を呑んで見守る中、エミリアは更に一歩進んだ。 「つい先程、孤児院の院長先生に諭されました。 母と恋人じゃあ、愛情の持ち方が違うんだから、それぞれのやり方で愛せばいいって。 元帥はお母様として、あたしは・・・恋人として」 にんまりと笑ったエミリアを、クラウドが睨む。 「み・・・認めんぞ、鬼嫁! 私は可愛い娘をお前なんぞに・・・!」 「・・・神田を娘だと思ってるのに、あたしを鬼嫁って呼ぶ構図がよくわからないんですけど」 言って、エミリアはクラウドの両手を掴んだ。 「鬼でも嫁とは認めているわけですよね! 恋人じゃなく、嫁だって! ありがとうございます、お義母さま!」 「ひっ・・・!」 周り中、全員が気付いていたことにようやく気付いたのか、クラウドは真っ青になって、弱々しく首を振る。 「み・・・認めてなどいないぞ、鬼嫁!あ!いや・・・!」 慌てふためくクラウドに、エミリアはわざとらしいほどにニコニコと笑って詰め寄った。 「いたらぬ嫁で申し訳ありません、お義母さま 不束者ではありますが、これからもご指導のほど、よろしくお願いしますお義母さま つきましては今回、準備が間に合わずにダーリン ね?お義母さまぁ 下手に出る振りをしながら、『お義母さま』を連呼してクラウドを追い詰めていくエミリアの笑みが、凄みを帯びて行く。 その場の誰もが目を放せない中、エミリアは硬直するクラウドに抱きついた。 「来年はきっとがんばりますからぁ そうだ、私に編み物を教えてくださいな、お義母さま ダーリン 「あ・・・元帥・・・!」 容赦ないエミリアによって止めを刺されたクラウドが、凍りついたまま意識を失う。 ぐったりともたれかかってきた彼女を抱きとめたエミリアは『勝った!』とこぶしを挙げ、自然と周りからは、ウィナーを称える拍手が沸いた。 ――――・・・その後。 朝の優雅な気分とは真逆の、奈落の底に落ちたような顔をして、クラウドは食堂の片隅に突っ伏していた。 「それで小娘に負けたのかよ。 元帥のクセに、みっともねぇ」 事情を聞いたソカロが、テーブルの上に広がる金髪へ向けて鼻を鳴らす。 「正論だ・・・あまりにも正論で・・・・・・反論できなかった・・・・・・」 「北風と太陽って奴か」 エミリアが強硬な態度のままでいれば、器用な上に地位も名誉も権力もあるクラウドは、難なく敵を撃退できただろうが、下手に出て擦り寄って来た相手を踏みつけることは、彼女の評判を落とすことにしかならなかった。 「その院長だったか? 元帥って立場もわかった上で小娘に入れ知恵したんなら、なかなかの狸だな」 くつくつと笑うソカロの足を、クラウドがテーブルの下で蹴りつける。 「私の可愛い娘をよくも・・・! 絶対に、取り返してみせる・・・!」 「あいつはそもそも、フロワの弟子だけどな」 娘以前にそこだろう、と指摘されて、クラウドは悔しげにこぶしを握った。 To be continued. |
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2013年アレン君お誕生会第2弾です これはリクエストNo.90『エミリアとクラウドの嫁姑戦争』を使わせてもらってますよ 嫁姑問題って、こじれるところは大抵そうらしいですけど、『夫』が立場をはっきりしないんだそうです。 なので、肝心の神田さんは蚊帳の外に置かれて、二人で吼えあっているカンジで書いてみました(笑) なんでアレン君お誕生会にこれ使った、ってネタですけどね(^^;) 次回は、最初からちらちら絡んでいらっしゃる伯爵様 |