† Troublesome Present V †







 ―――― 突然、黒の教団本部本城の床に開いた穴に落ちたラビは、長い時間をかけて暗闇の中を落下していた。
 遠いためか暗いためか、着地点が全く見えず、両腕を一杯に伸ばしても、指先にすら何も触れない。
 猫には及ばないまでも、なんとか体勢を変えて頭を上にした彼は、高確率で直面する死の可能性に固唾を呑んだ。
 「くっそ・・・!」
 恐怖もあるが、まずは悔しさが勝る。
 「こんな所で死ねねぇのに・・・!」
 「死にまセンよv
 不意に耳に届いた声に、ラビの肌が粟立った。
 「は・・・伯爵・・・!」
 聞き間違いようのない、特徴的な声と口調に戦慄する。
 が、相手はまるで、ラビの隣を漂っているような暢気さで、クスクスと笑い出した。
 「チョットお願いがアッテお呼びシまシタv
 声は、ラビの右から聞こえるかと思えば一瞬で左へ、または背後へと移動し、まるで跳弾のようにあちこちから反響して聞こえる。
 「マァ、ココじゃ話も弾みませんカラ、お部屋へドウゾv
 言うや突然目の前が明るくなり、ラビはクッションの詰まれたソファの上へ軟着陸した。
 「ど・・・どういうつもりさ・・・!」
 警戒し、身を硬くする彼の目の前に降り立った伯爵は、悠然と一礼する。
 「マ、お茶でもドウゾv
 伯爵はテーブルに置かれたティーポットを取り上げ、白いカップに紅茶を注いだ。
 「我輩ノ手作りお菓子も召し上がっテくだサイねv
 にこやかに勧めてくる伯爵に、しかし、ラビは警戒を解けない。
 茶菓子どころか、ティーカップにすら手を伸ばそうともしない彼に肩をすくめ、伯爵は本題に入ることにした。
 「ネェ、ブックマンJr.
 アナタ、アレン・ウォーカーのトモダチですヨネェ?」
 その言葉に、ラビは眉根を寄せる。
 同じノアの・・・ティキに言われた言葉は、彼がブックマンの血族でなかったとしても、到底忘れられるものではなかった。
 しかし、伯爵はラビの心情など頓着せずに話を進める。
 「ブックマンJr.・・・アナタ、今は教団の味方デスけど、かつては我輩ノ味方デあったデショv
 その誼(よしみ)デ、我輩ノお願いヲ聞いてくれナいカシラ?」
 「お願い・・・?
 教団を騙して、アレンの心臓でも持って来いってか?」
 せいぜい嫌味ったらしく言ってやると、伯爵は大仰に首を振った。
 「マサカ!
 クリスマスは休戦デスともv
 その言葉に今度は、昨日の双子との対戦を思い出し、忌々しげに顔を歪める。
 何を言ってもラビを怒らせるらしいと察した伯爵は、回りくどい話をやめにして、彼に笑いかけた。
 「実ハネ、さっき『アレン・ウォーカーをクリスマスパーティに招きマショv』と言ったノですケド、家族がドウしてモ嫌だと言うモノですカラ、アナタ、我輩ノプレゼントを彼ニ届ケテくださいナv
 「プレゼントだぁ・・・?」
 疑わしげな彼に、伯爵は頷く。
 「そうデスv
 アノ子に渡しテ欲しいのデスv
 「何をさ!
 アクマとかレベル4の卵とか、絶対やだぜ!
 俺らはまだ教団に潜入してたいんから、だまし討ちとか無理さ!
 せっかく入り込んだのに、おいしい情報いただく前に追い出されちまう!」
 「ンマァ・・・!
 我輩、そんなコト思いモしまセンでシたヨv
 「じゃあなんだよ・・・!」
 疑い深いブックマンJr.に、伯爵はクスクスと笑い出した。
 「アナタにサンタ役をヤッテ欲しイのデスv
 「は・・・?」
 さすがのラビも、その要請に唖然とする。
 「サンタ・・・って、サンタクロース?
 英国の、ファーザー・クリスマスのことさ?
 ドイツのクリスト・キント?
 フランスのペール・ノエル?
 フィンランドのヨールプッキ?!」
 「・・・さすが、詳しく確認シテ来まスネェ・・・。
 そうデスヨ、子供達にクリスマス・プレゼントを配る人のコトですヨ」
 やや呆れながら、伯爵はどこからかプレゼントの包みを取り出した。
 「コレv
 我輩ノ手編みのセーターv
 コッチは手編みノ帽子ト手袋v
 マフラーも編んだノですヨv
 セッカクですかラ、全部揃えテあげタくテv
 嬉しそうにプレゼントの包みを積み上げながら、伯爵は頬を染める。
 「アァ、もちろン!
 これだけデはサンタの役割的に寂しイでしょうカラ、我輩手作りノお菓子ヲ他ノ子供達にモ分けテあげテくださいナv
 黄色いリボンがクッキー、赤いリボンはチョコレート、青いリボンはトフィーv
 他にモ色々ありますカラ、好きソウなのヲ配っテあげテくだサイv
 ただしメインはあくまでアレンだと、伯爵はいたずらを企む子供のような無邪気さで笑った。
 「ま・・・まぁ、危険なものじゃないなら別にイイケド・・・」
 下手に断ればここから帰してもらえないかも知れないと、警戒するラビが呟く。
 途端、伯爵は大仰にはしゃいで、軽やかにステップを踏んだ。
 「嬉しイですネェ嬉しイですネェvv
 ロードv
 ブックマンJr.が引き受けテくれルそうですヨv
 伯爵がドアへ向かって声をあげると、ロードが跳ねるような足取りで飛び込んでくる。
 「やったぁv
 ありがとぉ、Jr.ぁv
 勢いを落とさず飛びつかれたラビが、クッションに埋まった。
 「ジャ、ロードv
 サンタにふさわしクしテあげなサイv
 「はぁいv
 「ふさわしくってなんさ?!」
 嫌な予感がして、とっさにロードを押しのけたラビを見下ろし、彼女はにんまりと笑う。
 「もちろん、サンタのスタイルは守らなきゃでしょぉ?
 まさか、団服でプレゼント配ったりしないよねぇ?」
 「そ・・・そりゃそうだけど・・・」
 気まずげに、ラビは自分の髪をつまんだ。
 「いくらサンタのカッコしてたって、この髪は目立つと思うさ」
 「そーんなこと!」
 笑い飛ばして、ロードはラビに毛糸の目出し帽を被せる。
 「これなら髪も顔もばっちり隠れるよぉ!」
 「見つかった瞬間に射殺されるさああああああ!!!!」
 白い毛糸で編んだ目出し帽は、目の周りだけ赤く囲ってあり、それ以外は首まですっぽりと隠せたが、怪しさと言う点ではこれ以上の物はなかった。
 「お前らが気軽に入って来るせいで、教団のセキュリティはガッチガチなんさ!
 そんな中をこんなカッコでウロウロしてたら、冗談じゃなく瞬殺されるさ!!」
 ノアが休戦した今、本部には元帥達も全員滞在している。
 ラビの予想は、決して大げさなものではなかった。
 「気に入ラないナンテ・・・」
 残念そうに、伯爵が呟く。
 「我輩・・・一所懸命作っテ・・・・・・」
 しょんぼりと肩を落としたかと思いきや、
 「デモ、ダイジョーブv
 突然明るい声をあげて、真っ赤なセーターと帽子をラビに渡した。
 「今日ハ教団だっテお祭デショv
 だったラ、サンタの格好をしたアナタがうろついテいテも、怪しまれマセンヨv
 ダッテ、素敵なプレゼントを配るノだモノv
 真っ赤なセーターを頭から被せられ、仕方なく着たラビは、ロードが指した鏡に向かって絶叫する。
 「ダッサ!!!!」
 大き目の赤いセーターには、クリスマスツリーやサンタクロース、スノーマンの柄がうるさく編みこまれ、袖には嫌がらせのようにツリーが並んでいる。
 「なんさこれ!
 せめて、サンタクロース的な衣装はないんさ?!」
 ファッションについては黙っていられないラビのクレームに、伯爵は今度こそ肩を落とした。
 「可愛いト・・・思ったんデスけど・・・・・・」
 「ううん、千年公ぉー!
 これは僕もヤダ」
 遠慮なく止めを刺したロードが、タクトのようなものを取り出す。
 「サンタになーれ♪」
 「へっ?!」
 ロードが言った途端、セーターから柄が消え、首周りや前身ごろの中心に白い毛皮が巻きついて、よくあるサンタクロースの衣装に変わった。
 「・・・すげーな。さすが、夢の羊」
 思わず感心したラビに、ロードは嬉しげに笑う。
 「これ、貸してあげるよぉ。
 今みたいに、やりたいことを言えば、叶う魔法の杖だよぉv
 彼女から渡されたそれは一見、木製の握りがついた指揮者のタクトのようだが、先端に星の飾りがついていた。
 「それが光っているうちは、Jr.でも魔法が使えるよぉv
 ・・・僕が『夢を見ている』間だけだけどねv
 「そっか・・・『夢』の中では王様ってか」
 感心したラビが、魔法の杖を一振りする。
 「キレーなおねーさん!キレーなおねーさん!!」
 張り切って振ると、頭上に黒い穴が開き、ルル=ベルが落ちて来た。
 「何か用ですか?」
 落下も気に留めない冷静さでロードを見下ろしたルル=ベルは、床に届く前に黒猫へ姿を変え、ゆったりと着地する。
 「あぁ・・・近くにいた美人が呼ばれるだけなんさね・・・・・・」
 アラビアン・ナイトのジンニーのように、何でも言うことを聞いてくれる美人が来ると期待していたラビが、ややがっかりして呟いた。
 「ま、城ではクラウド元帥を呼べばいっか」
 すぐに立ち直ったラビは、伯爵が用意したプレゼントをロードが差し出す袋に詰める。
 「じゃあ、そろそろ帰して」
 「その前に!」
 しょげ返っていた伯爵が突然元気になって、ラビに詰め寄った。
 「サンタにはトナカイが必要デショ!
 デモ、お城でソリを引くのハ難しイでしょうカラ、乗れるヨウに鞍ヲ置いテあげマシタよ!」
 「ト・・・トナカイに乗れるんか・・・!」
 それはちょっと楽しそうだと、頬を染めたラビの目の前に、伯爵がトナカイを引き出してくる。
 「サv ドウゾv
 人を乗せるためにか、通常より大きな身体と角を持ったトナカイは、既に鞍を置かれ、8本の脚で獰猛に床を掻いていた。
 「スレイプニル――――!!!!」
 絶叫したラビに、伯爵は嬉しげに頷く。
 「ウフv
 Jr.ナらわかっテくれるト思いマシタよv
 オーディンの愛馬を模して作ったというトナカイを、伯爵は満足げに見つめた。
 「可愛いデショv
 キット、大活躍しマスよv
 「う・・・まぁ・・・そうだろうけど・・・・・・」
 なんでもっと目立たないものにしなかったんだろうと、ラビが呆れる。
 「サv 乗っテ乗っテv
 急かされたラビが近づくと、ぶるりと震えたトナカイが突然大口を開けて、ぞろりと並ぶ尖った歯で噛み付こうとした。
 「ぎゃっ!」
 慌てて避けなければ、今頃ラビの首はトナカイの口の中だったろう。
 目出し帽の中で蒼褪める彼に、伯爵は気まずげに笑った。
 「アノ・・・チョット気性が荒イ子ですケド、悪イ子じゃありまセンよ?
 不要ナ人間を2〜30人食べさセテあげレバ、お腹一杯にナッテ落ち着きますカラv
 「不要な人間は20人もいねーよ!!」
 何を当然のように言っているのかと、怒号をあげるラビに、伯爵はため息をつく。
 「プゥ・・・仕方ナイですネェ・・・。
 モシモシ、レベル2ハ何体か、コッチに来てくだサイv
 電話の受話器に向かって伯爵が言った直後、ぞろぞろとアクマがやって来た。
 「っ!!」
 危機的状況に顔を引き攣らせるラビを尻目に、伯爵はアクマ達をトナカイの前に立たせる。
 途端、トナカイは大きく口を開け、次々にアクマを貪りだした。
 「ギャー!!!!アクマじゃんか!!!!」
 日本で見た、アクマ同士が共食いする様を思い出し、ラビが絶叫する。
 「そりゃア我輩、アクマ製造者ですケド、他ノ生き物だっテ作れマスよv
 だって今回はアレン・ウォーカーに届けるのですモノ、アクマだとバレちゃいマスv
 だからこれは違うのだと、当たり前のように言って、伯爵は満腹になったトナカイを撫でてやった。
 「サv 行ってらっしゃイv
 サンタさんのお手伝いヲするンですヨv
 伯爵の命令には素直なトナカイが、彼に鼻先を摺り寄せる。
 「離れなさい!」
 嫉妬深い黒猫の叱声に怯え、歩を下げたトナカイは、渋々ラビの傍までやって来た。
 「ジャv がんばっテv
 「いや、だからさ・・・!」
 危険な生き物はまずいと、トナカイの同伴を断ろうとするラビの襟首が、鋭い歯に捉われる。
 「ぎゃふっ!」
 乱暴に鞍の上に放られたラビが、逃げる間もなくトナカイは宙に浮いた。
 「ヨロシクお願いしまスネ、サンタさんv
 ハンカチを振る伯爵の隣で、ロードも手を振る。
 「アレンによろしくねーv
 「ひゃあああああああ!!!!」
 彼らの声も耳に届かず、鞍にしがみついたラビは、トナカイと共に再び暗い穴の中へと入って行った。


 教団本部、科学班第一班で、ファイル整理の手伝いをしていたミランダは、最初のうちこそリーバーの様子を伺いながら、声をかけるタイミングを計っていたものの、元々器用ではない彼女が2つのことを一度にできるはずがなく、間もなく手伝いにのみ集中することになった。
 大事な書類を科学班のありとあらゆる危険から守るため、と言う名目で、タイム・レコードのバリアを張ったデスク周りでは、室内の音もあまり響いてこない。
 いつしか集中してファイル整理をしていたミランダは、バンバンと厚いガラスを叩くような音に顔をあげた。
 「きゃ?!」
 透明なバリアの外は火の海で、怪しい薬品に燃え移っては爆音を上げている。
 真っ青になった科学者達が、ミランダのバリアの中に避難しようと、懸命に透明な壁を叩いていた。
 「ま・・・任せてください!」
 一瞬、発動を解除したミランダは、再び時計を回して火が出る前にまで時間を戻す。
 「い・・・今のうちに、火元を確認してください!
 ゆっくり時間を戻しますから、小火のうちに消してください!」
 細い声を懸命に張り上げると、防護服を着たスタッフが、親指を立てて了解のサインを出した。
 こっち、と手招かれたミランダが、火元とされる場所の近くまで歩み寄る。
 「じゃ・・・じゃあ、行きますよ?
 火が出た瞬間に消してくださいね?
 そしたら・・・多分、時計を解除しても火は消えてます。
 ただし・・・焼けてしまったものは元に戻りませんけど」
 がっくりと肩を落とし、頷くスタッフに頷き返し、ミランダは発動を解除した。
 「今です!」
 ミランダの声を合図に、消火剤が振りまかれる。
 大きな爆発が起こる前に消火剤を浴びせられたそれは、細い煙を上げて勢いを失った。
 消火剤を撒きながら、しばらく様子を窺っていたが、既に発動を解除しているにもかかわらず、火は起こらない。
 「消えましたね・・・」
 「あぁ、よかった・・・!」
 「・・・書類は燃えちゃったけどね」
 「せっかく取ったデータがああああああああ!!!!」
 安堵と絶望が入り混じる中、ミランダはリーバーの姿を探した。
 「あの・・・リーバーさんは?」
 近くにいたキャッシュにそっと尋ねると、彼女は分厚い肩をすくめた。
 「科学班の班長会議に行った。
 もう誰かが連絡してるだろうから・・・戻って来たら、激怒されるんだろうな」
 消し炭になった書類を手に、キャッシュがため息をつく。
 「ごめんなさい・・・!
 私がもっと、早く気付いていれば・・・・・・」
 「え?!そんなっ!!
 ミランダがいてくれたから、この程度の被害で済んだんだよ?!
 ミランダのおかげだよ!!」
 慌てるキャッシュに、しかし、ミランダは俯いたまま首を振った。
 「だって・・・私がもっと、周りを見ていたら・・・火が広がる前に止められたのに・・・。
 被害は最小限で抑えられたのに・・・・・・」
 「いや、そんな・・・!」
 なんと言えばいいのか、キャッシュが困り果てていると、
 「いつも言っているだろうが。
 全部背負い込むな」
 不意に声がして、ミランダの俯いた頭を大きな手が撫でる。
 「班長!」
 「リーバーさん・・・」
 キャッシュのホッとした声に、ミランダも顔をあげた。
 「お前は神から時間を操る能力を与えられたが、神じゃない。
 神に取って代わろうって野望を持っているんなら止めないが、そうじゃないなら全部を自分のせいにするな」
 そう言ってやると、経験なクリスチャンであるミランダは、慌てて頷く。
 「よし」
 頷き返したリーバーの、笑顔はしかし、そこまでだった。
 「おい・・・誰が火事なんか起こしやがった?!」
 怒鳴り声をあげた彼に、班内の全員がすくみ上がる。
 「す・・・すみません、俺らのグループっす・・・」
 「薬品を加熱しすぎたみたいで・・・!」
 深々と頭を下げる彼らを見下ろし、リーバーは頷いた。
 「至急原状回復!
 消失したデータと書類の復元も手伝えよ!
 今やってる実験が吹っ飛んだんだから、時間あるだろ!」
 「は・・・」
 「はい・・・・・・!」
 原状回復はともかく、データ復元のための仕事量を思って、失神しそうになる。
 「じゃあ早速・・・」
 やれ、と命じようとしたリーバーの鼻先を掠って、床から何かが飛び出して来た。
 「なん・・・?!」
 目を丸くして見上げると、宙に8本脚の馬・・・いや、トナカイが浮いて、その背に真っ赤な衣装のサンタクロースらしき人物がいる。
 「誰だ?!」
 あまりの怪しさに声を荒げると、彼はびくりと震えた。
 「ほ・・・ほほ・・・ほ・・・HO−HO−HO・・・!
 サ・・・サンタクロースだよー・・・!
 よ・・・よい子の皆にぷ・・・プレゼントだよー!」
 やたら声を詰まらせながら言った彼は、肩に担いだ袋の中から箱を取り出す。
 「えぇと・・・黄色のリボンがクッキー、赤がチョコレート、青がトフィー・・・で、ピンクはなんだ?
 まぁいいか」
 いい加減なことを言いながら、彼は適当に箱を放り投げた。
 「これもー!」
 黒いリボンの箱を放り投げた時、うっかり65に当ててしまって、実験台の上に落ちる。
 「あ!薬品の上に落ちるなよ!」
 ショックで爆発しかねない、と焦る彼の願いが届き、箱はテーブル上に落ちたが、
 「ぎゃあ!!!!」
 天板に触れた途端、箱は爆発して辺りを再び火の海にした。
 「どっちにしても爆発するんかいー!!」
 「皆さん、逃げて!!」
 逃げ惑う科学者達の間を抜け、火元へ近づこうとしたミランダが、先の火災で焼け落ちた実験器具に足を取られて派手に転ぶ。
 「ミランダ!!」
 慌てて駆け寄ったリーバーが助け起こしたミランダは、頭を打って目を回していた。
 「おい!消火しろ!
 てめぇも下りてきて火を消せ!!」
 リーバーに怒鳴られ、慌てたサンタクロースがなぜか、杖を取り出す。
 「部屋に雨降れー!豪雨降れー!」
 水で消火してしまおうと唱えた次の瞬間、室内に雨が降り注いだ。
 が、火は消えるどころか、水よりも比重の軽い薬品の上に漂って、更に延焼の範囲を広げていく。
 「なにしてくれんだ、てめぇ!!!!
 消火剤が基本だろうが!!!!」
 また怒鳴られて慌てたサンタクロースが再び杖を構えると、ワガママなトナカイが熱い室内を飛び出した。
 「あぁっ!
 逃げんなゴルァッ!!!!」
 悪鬼のようなリーバーの怒号には獰猛な肉食トナカイさえも怯えて、一目散に逃げて行く。
 「必ず正体暴いて吊るしてやる!!」
 気炎を上げながらもリーバーは部下達に消火を命じ、医療班に出動を要請した。


 ようやくランチタイムになり、リンク指導による報告書作成から一時解放されたアレンは、意気揚々と食堂へ向かっていた。
 その途中、通りかかった科学班のドアから熱風と共に煙が噴出し、怪我人を乗せたストレッチャーが次々に駆け出していく。
 「・・・いつも大変そうだなぁ」
 こんな恐ろしい光景を、すっかり見慣れてしまったアレンが呟くと、その隣でリンクが、びくりと身動ぎした。
 「どうしたの?」
 と、問う間もなく、リンクは科学班から出て来たストレッチャーを追いかけていく。
 「なになに?」
 アレンもつい、追いかけていくと、その一つにミランダが横たわっていた。
 「巻き込まれちゃったんですか?」
 「マンマ・・・おいたわしい!!!!」
 アレンとリンクの温度差に呆れながら、ナースが頷く。
 「転んで頭打ったみたい。
 軽い脳震盪だと思うけど、検査して・・・」
 「精密検査を!!
 少しでも異常があってはいけません!!
 完全で完璧な治療をお願いします!!!!」
 暑苦しく迫ってくる番犬に、ナースが舌打ちした。
 「言われなくったって、希少なエクソシストをぞんざいになんか扱わないわよ!」
 「それはそうでしょうが、マンマは他のエクソシストとは違って特別なのです!!
 なんとおいたわしい・・・ぜひとも付き添わせていただきます!!」
 「あぁうるさい!」
 ナースに鬱陶しがられながらもついて行ったリンクの背を、アレンはにんまりと見送る。
 「自由だー♪」
 隙を見逃さないアレンは、嬉しげに食堂へ向かった。


 クリスマス・イブの食堂は、今夜のパーティへ向けての準備で騒がしかった。
 それでもランチは開店中だ。
 アレンは尻尾を振る子犬のようにカウンターへ駆け寄った。
 「ジェリーさーん!ごはんくださーい!」
 大声で呼ばわると、パーティ料理の準備で忙しいはずの料理長が、嬉しげに寄って来る。
 「アラアラv
 アレンちゃん、もっと早く来るかと思ってたのにぃーv
 「そうしたかったんですけど、リンクが報告書書けってうるさくて・・・。
 今日のランチタイムは短いのに・・・!」
 夜のパーティへ向けて、一旦食堂を閉めるという情報は、アレンにとって報告書よりも大事な情報だった。
 「ゴメンネェ。
 アレンちゃん、あと2時間でいっぱい食べてってねんv
 「はいvvv
 嬉しげな子犬のように擦り寄ってくるアレンに、ジェリーも嬉しげに笑う。
 「あぁ、でもん・・・!
 パーティ用の料理は今仕込み中だからん。
 まだ手を出しちゃいやよん?
 完成したのをパーティの時に食べてねん?」
 それまでのお楽しみ、と、期待を持たされたアレンはわくわくと頷いた。
 「楽しみだなぁ・・・パーティ料理!」
 今日はヴァチカンからも偉い人達が来るせいで、ミサの説教やらパーティ開始前の挨拶が長くなるのはうんざりするが、ジェリーが遺憾なく腕を発揮した料理を堪能できるのはとても嬉しい。
 「どんなのが出て来るのかなぁ・・・v
 空になった皿を積み上げながら、頬を染めて夢想するアレンの耳に、リナリーの悲鳴が刺さった。
 「もう終わり?!
 リナリー、ごはん食べてないのにぃー!!」
 可哀想な泣き声に立ち上がったアレンが、リナリーを手招く。
 「僕のでよかったら」
 「ビーフシチューだ!!」
 キラキラと目を輝かせ、リナリーは何度も礼を言った。
 「せっかくパリまで行ったのに、何も食べてこなかったんですか?」
 嬉しそうにビーフシチューを頬張るリナリーに問うと、彼女は何度も頷く。
 「エミリアと一緒に作ったのは、子供達用のパーティ料理だったんだよ。
 子供の食事の世話って、大変だねぇ・・・。
 結局、私は一口も食べる暇がなくって。
 エミリアも、急いで帰りたがってたしね」
 「なんで?」
 ごく自然の流れで問うと、リナリーは無言でパンを頬張り、回答を避けた。
 「ねぇ、なんでそんなに早く帰ってきたかったの、エミリアさん?
 ティモシーは孤児院に遊びに行ってるし、泊まって来ればよかったじゃん」
 更に問うと、リナリーは肩越しにそっと、食堂の隅を見遣る。
 その視線の先には、大笑するソカロとテーブルに突っ伏すクラウドが座っていた。
 「クラウド元帥、どうしたの?」
 「・・・・・・鬼嫁にいびられた」
 「えぇっ?!」
 リナリーの小声に、アレンが目を剥く。
 「なんで・・・いつも勝ってたのに!」
 「孤児院の院長にね・・・ちょっと・・・」
 目を泳がせるリナリーの呼んだ名に、アレンは唐突に納得した。
 「院長先生なら、嫁姑戦争もあっさり収めそうですね」
 「それでクラウド元帥が初敗北だよ」
 恐ろしげに首をすくめたリナリーの真似をするように、アレンも首をすくめる。
 「そんで神田は?
 いつもの見ぬふり?」
 「いつもの蚊帳の外」
 微妙に表現を変えて、リナリーは苦笑した。
 「触らぬ神に祟りなしだよ。
 ちょっとあそこはほっとこう」
 言われて、アレンも頷く。
 「嫁姑戦争なんて、頼まれたって関わりたくは・・・」
 ない、と続けようとしたアレンの頭上が、不意に陰った。
 「へ?」
 見上げると、トナカイに似た大きな8本脚の動物が宙に浮いている。
 しかもその背には、サンタクロースの格好をした人間が乗っていた。
 「さ・・・サンタ?!」
 みなが唖然と見つめる中、彼はやけっぱちのように笑声をあげる。
 「おいしいお菓子のプレゼントだよー」
 妙に棒読みだった彼は、何事かと顔をあげたクラウドを見た途端、トナカイを駆って突進する。
 「美人発見ー!!!!」
 「ラウ」
 「キッ!」
 クラウドの声に応じ、一瞬で巨大化したサルが、トナカイを鷲づかみにする。
 「何者だ、きさま」
 「サ・・・サンタだよっ・・・!
 英国で言う、ファーザー・クリスマスだよ!
 ドイツのクリスト・キントだよ!
 フランスのペール・ノエルだよ!
 フィンランドのヨールプッキだよっ!!」
 クラウドに睨まれながら、トナカイごと巨猿の手に掴まれた彼は懸命に説明した。
 「プレゼントをあげるから、この手を放してさー!」
 彼がタクトのようなものを振ると、ラウが途端におとなしくなり、じたじたと暴れていたトナカイを放す。
 「ラウ?!」
 驚いたクラウドの胸の中へ、サンタクロースを名乗る不審人物が飛び込んで来た。
 「北極から愛を込めてーv
 「凍死しろ」
 赤い衣装をより赤く塗り替えられたサンタクロースが、床の上でぴくぴくと痙攣する。
 「・・・今、何があったの?」
 「パンチと蹴りが、的確に入ったんだよ。何発もね」
 唖然とするアレンに、リナリーがこともなげに言った。
 「・・・なんだ、ラビか」
 「あのトナカイ・・・!!」
 リナリーの呟きが聞こえなかったのか、謎のサンタクロースに夢中のアレンが宙に浮いたトナカイを指す。
 「ティムみたいな歯を持ってる!!」
 「え?」
 よく見れば、草食動物にはありえない尖った歯が、サメのようにずらりと並んでいた。
 「脚も8本だし・・・サンタが乗るトナカイって、やっぱり普通じゃないんだぁ・・・!」
 うっとりと頬を染めて歩み寄ろうとするアレンから、ふいっと顔を背けたトナカイは、床に這ったサンタクロースの首根っこに噛み付き、宙を駆けて逃げる。
 「待って!!」
 追いかけるが、食堂を出るともう、その姿は煙のように消えていた。
 「あー・・・行っちゃった・・・・・・」
 プレゼントをもらい損ねたと、アレンがしょんぼりする。
 「元気出して、アレン君!」
 リナリーが、アレンの落ちた肩を叩いた。
 「ちょっと早いけど・・・先にあげちゃうからv
 「な・・・なにを?」
 プレゼント?!と、頬を染めるアレンに、ここで待っているよう言い置いて、リナリーは部屋に駆けて行く。
 「えへv
 喜んでくれるかなー・・・!」
 ドキドキしながら駆け戻ったリナリーを、アレンもドキドキしながら待っていた。
 「これ!
 「気に入ってくれるといいけど・・・一部手編みだよ!」
 「一部・・・?」
 手渡された包みにかかるリボンを解くと、緑色のセーターが現れる。
 「リナリー、あの話聞いてたの?!」
 「どの話?」
 目を丸くしたアレンに、リナリーはきょとんと首を傾げた。
 「あ・・・あのね、僕とラビ、手編みのセーターをもらえる人が羨ましいな、って話してたんだ・・・!
 だから・・・!」
 まさか本当にもらえるとは思っても見なかったと、アレンは頬を染めてセーターを広げる。
 「ティムだ!
 ティム!お前が編みこんであるよ!」
 歓声をあげると、アレンの頭の上で暢気に寝ていたティムキャンピーが目を覚まし、嬉しげに飛び上がった。
 「早速着ちゃうね!
 えへへー!ダブルティム!!」
 頭と胸にティムキャンピーを乗せて喜ぶアレンに、リナリーもクスクスと笑う。
 「実は、左の袖にも・・・」
 「あ!!」
 左の袖にはワッペンのようにティムキャンピーの姿が編みこまれていた。
 「リナリー!ありがとう!!
 忙しかったのに・・・大変だったでしょう?」
 申し訳なさそうに言いながらも、にこにこと笑みの止まらないアレンに、リナリーは首を振る。
 「手編みは一部なんだよ。
 前身ごろのティムは一所懸命編んだんだけど、さすがにその他まで編む時間がなくて・・・。
 ちょうど、被服室が新しい織機を入れたから、使わせてもらっちゃったv
 それでも、アレンのためにわざわざ編んでくれたことが嬉しかった。
 「ありがとうv
 大切にしますvv
 すっかり気に入ったアレンは、何度もセーターを見下ろしては、ティムキャンピーの柄を撫でて笑う。
 「そんなに気に入ってくれたんなら、また来年も編んじゃおうかなぁ・・・v
 今度は全部手編みで!」
 「ホントに?!」
 アレンだけでなく、ティムキャンピーまでがリナリーに詰め寄った。
 「嬉しい!
 嬉しい嬉しい!!
 ありがとう、リナリーv
 思いっきり抱きしめられて、リナリーが真っ赤になる。
 「が・・・がんばる・・・よ・・・!」
 次は絶対手編みにしようと、リナリーはそっとアレンの背に手を回した。


 ―――― 方舟の中に逃げ込んだトナカイは、ラビを地面に放り捨てると、彼が握ったままのタクトを咥えて振ってやる。
 「・・・あー。死んだかと思った」
 死ぬわけには行かない、と言ったのはどの口か、美人を前にしては後先考えないラビに、トナカイが不満げに鼻を鳴らした。
 「お前、グッジョブさ!
 意外といい奴だな!」
 その意見には不服を唱えるように歯を剥く。
 「さて、次はどうすっかねー・・・。
 俺の欲望優先させて、プレゼント配るの忘れちまった」
 言うと、トナカイは呆れたように鼻を鳴らした。
 「ともかく、爆弾は処理しとこうぜ。
 危なくてしょうがねぇさ」
 ぶつぶつと言いながらラビは、黒いリボンの箱を取り出して地面に並べる。
 「伯爵の奴、なんで爆弾なんか!
 せめて花火だったら・・・ってもしかして、花火・・・だったんか?」
 科学班ではすぐに揮発性のガスに引火して、花火らしくなる前に火事になったが、そうとも解釈できた。
 「千年伯爵・・・だもんな。
 じゃあこれは後で確認するとして・・・まだあるな、お菓子。
 とりあえず配るか」
 黒いリボンの箱はそのままに、よいせ、と、ラビはトナカイの背にのぼる。
 「ほんじゃ、もうひとがんばりいこーぜ!」
 ふわりと宙に浮いたトナカイの背で、ラビはプレゼントのたくさん詰まった袋を抱えなおした。


 「マンマ・・・!お目覚めですか?!」
 ミランダが目を開けると、傍に気遣わしげなリンクの顔があった。
 「ハワードさん・・・私・・・?」
 なぜ寝ているのだろうかと、記憶を辿ったミランダは、目を見開いて起き上がる。
 「火事!
 火事はどうなりました?!」
 詰め寄ってくるミランダに、リンクは首を振った。
 「科学班のですよね?
 私は見ていませんが、特に警報も出ていませんから、鎮火したのでしょう」
 破壊の限りを尽くす科学班・・・特に第1班の悪行の数々は許しがたいが、すっかり慣れてしまった今では、そこが爆破されようが焼失しようがなんとも思わない。
 既にヴァチカンですら説教を諦めて、全棟崩壊や延焼で全焼だけは避けて欲しいと、見て見ぬ振りをすることになってしまった。
 しかし、
 「ど・・・どうしましょう・・・!
 私、あの部屋に大事なものを・・・!」
 おろおろして、ベッドを下りようとするミランダを、リンクが慌てて留める。
 「脳震盪を起こしてらしたんですよ!
 安静になさって・・・!」
 「でも、私・・・そうだわ、キャッシュさんなら!」
 わたわたと通信ゴーレムを起こしたミランダは、キャッシュの個人回線へ無線を繋げた。
 「あ・・・あの、火はどうなりましたか?!」
 問えば、『もう大丈夫』と、いつも通りの声が返る。
 『水の上を流れてたから、あちこちに広がったように見えたけど、すぐに消火剤で消えたよ。
 でもね・・・』
 気まずげに、キャッシュが声を潜めた。
 『ミランダが隠してたプレゼント・・・焼失しちゃったよ・・・』
 最初の火事では、ミランダの張ったバリアの中にあったために無事だったが、次の混乱と火事で、逃げ惑うスタッフ達に払い落とされ、踏み潰され、迫る炎に飲み込まれて消し炭になった後の姿を発見したと、キャッシュはありのままを語る。
 『あたしも・・・気付かなくてごめんね。
 あそこに置いてたの、知ってたのに・・・』
 申し訳なさそうに謝るキャッシュに、ミランダは慌てて首を振り、めまいを起こしてベッドに倒れこんだ。
 「し・・・仕方ない・・・です・・・。
 リーバーさんには私から・・・」
 「なにを?」
 悔しげなリンクの声と、ちょうどドアを開けて入って来たリーバーの声が重なる。
 「え?!
 あ・・・ごめんなさい、キャッシュさん!また後で!」
 慌てて回線を切ったミランダが、顔を真っ赤にしてリーバーを見上げた。
 「あ・・・あの・・・・・・!」
 「ん?見舞いに来たんだが・・・具合どうだ?」
 「よくありませんよ!
 少なくとも、あなたが来てから良くなくなりました!」
 それはお前の機嫌だろうと、リンクを睨むリーバーに、ミランダが頭を下げる。
 「ごめんなさい・・・。
 がんばって作ったクリスマスプレゼントが、渡す前に灰になっちゃいました・・・!」
 「え?!」
 驚きと残念さが混じった顔をしたリーバーは、こっそりと笑ったリンクの足を踏みつけた。
 「そっか・・・。
 忙しいのに、わざわざ作ってくれたんだな」
 俯いた頭を撫でてやると、こくりと頷く。
 「あの・・・ネクタイ・・・・・・」
 「これ?」
 自分がしているネクタイのことかと思い、リーバーがにこりと笑った。
 「これ、ばあちゃんが作ってくれたんだ。
 お守り入りなんだよな」
 「そ・・・そうなんですか?!」
 その話は知らなかったと言う彼女に、リーバーは頷く。
 「俺が国を出る時に作ってくれたんだ。
 でも・・・それがどうかしたか?」
 不思議に思って問うと、ミランダは苦笑して首を振った。
 「・・・じゃあ、私のは灰になってしまってよかったです。
 ずっと手伝ってくれた係長には申し訳ないけど、そんな大事なものを外させるわけにはいかないもの」
 「そんな!マンマ!!」
 リーバーに踏みつけられた足の痛みに悶えながら、リンクが声を荒げる。
 「わざわざこんなホーキのために、お手を煩わせたなんて!」
 「手?!
 い・・・いえ!手は平気ですよ?!平気ですったら!!」
 慌てて引き寄せ、懸命に首を振るミランダに察して、リーバーは彼女の手を取った。
 「・・・傷だらけだな」
 手袋を外すと、包帯に包まれた痛々しい手が現れる。
 「マンマ・・・!」
 我がことのように真っ青になって、今にも失神しそうなリンクの背後に、トナカイに乗ったサンタクロースがにゅっと現れた。
 「うんわー!痛そうさ!」
 「お前!!」
 研究室を火の海にしたサンタクロースに掴み掛かろうとしたリーバーを、トナカイが威嚇して止める。
 「まぁまぁ、ちょっと役に立ってみるからさー」
 そう言って魔法の杖を取り出した彼は、ミランダの傷だらけの手にそれを向けた。
 「傷よー治れ!
 ど?」
 行けただろうかと、首を傾げる彼の前で、ミランダは軽く手を握り締める。
 と、今まではそれだけのことで走っていた痛みを、全く感じなくなっていた。
 「まさか・・・」
 包帯を解いてみると、血が滲んでいた傷がすっかり良くなっている。
 「すごいわ!!」
 「これは・・・!」
 歓声をあげたミランダの傍で、リーバーも感心した。
 「どうやったんだ?
 お前、ラ・・・」
 「じゃ!サンタさんはこれにてー!!!!」
 名を呼ばれそうになった彼は、慌ててトナカイの首を叩く。
 合図で再び宙に浮いたトナカイは、方舟の中に逃げていった。
 ・・・後に、踏み潰されたリンクを残して。


 「サンタ狩りじゃーい!!!!」
 陽気な怒号に、部屋の空気がびりびりと震えた。
 「科学班にゃ恩も義理もねぇし、ミランダが負傷したって別にどうでもいいが!」
 こんなに尽くしているのに・・・と、黒焦げになった部屋で、科学者達がしょんぼりと肩を落とす。
 そんな悲しげな視線を集めて、ソカロは大きなこぶしを振り上げた。
 「楽しそうだからサンタ狩るぞ!!!!」
 「おう!」
 返事をしたのは、まだサンタに遭遇していない神田だ。
 「モヤシが何も言わなかったってぇことはアクマじゃねぇんだろうが、侵入者には容赦しねぇ」
 ちきっと、鍔を鳴らした神田を、ソカロがにんまりと笑って見下ろした。
 「そうこなくっちゃだぜ、クソガキ!
 あのヤロウ、どうも方舟を使っているらしいからな!!」
 「アクマじゃなきゃノアだ。
 全員ブッた斬る!」
 神田の気迫に満足げに頷いたソカロが、イノセンスを発動して臨戦態勢を取る。
 「出て来いやああああああ!!!!」
 城中に響き渡った咆哮に、扉から出たばかりのトナカイが怯えて立ち竦んだ。
 「お・・・おい?!
 どしたんさ、動けよ!」
 宙に留まったまま、落ち着きなく首を振り、恐々と後ずさろうとするトナカイを、彼は懸命に宥める。
 が、彼がトナカイを歩ませる前に、発見情報を得た悪鬼達が到着した。
 「いやがったなぁオイ!
 殴りこみたぁいい度胸だ!
 今度こそミンチにしてやんぜぇ?」
 恐ろしいソカロの姿に、トナカイは怯えきって背を向ける。
 止まっていた足を懸命に動かし、宙を駆けて逃げた。
 「待ちァがれい!!!!」
 恐ろしい形相で迫られて、待つ者などいるわけがない。
 彼は振り落とされそうになりながら、なんとかトナカイの背にしがみついて耐えた。
 しかし、
 「行かせねぇぞ」
 ソカロの凄まじい殺気に紛れて、気配を消していた神田が目の前に立ち塞がる。
 「うぜぇんだよ、テメェ!
 勝手に入ってきてうろちょろしやがって!
 黙って斬られろぃ!!」
 「死ぬ!!」
 悲鳴をあげて、彼もトナカイを急かした。
 「に・・・逃げるさ、トナカイ!!
 とりあえず中に!!」
 しかし、今は教団が管理する方舟と違い、彼らが使っているのは伯爵の方舟だ。
 そこでラビだとばれて、立場が悪くなるのは避けたかった。
 「なんとか二人の目をくらまして、その隙に・・・!」
 とは思うが、頬をソカロの刃が掠め、トナカイの足下に神田が迫る今、暢気なことを言っている場合ではない。
 「ごめんさ!!」
 試してみようと、一つだけ持っていた黒いリボンの箱を、ソカロの刃へ向かって投げつけた。
 と、あっさり切り裂かれたそれは、凄まじい摩擦で火が灯り、弾けて7色の花火に変わる。
 「・・・やっぱ、花火だったんさ」
 狭い回廊内に放ったため、炎と光は壁や天井、床にまで跳ねて、視力のいい二人の視界を効果的に塞いだ。
 「今のうちさ!」
 狩られる前に逃げようと、彼はトナカイに乗って扉の中へ飛び込む。
 「・・・怖かったさー」
 よりによってあの二人がタッグを組むなんて、と、怯えきったラビは、獰猛な獣達の爪牙から逃れたことに心底幸せを感じた。
 「ともかく、お前はもう帰んな。
 サンタとトナカイが敵認識された以上、留まるのは無理さ!」
 アクマではないとは言え、こんな尋常ではない獣を渡しておいて、平和にサンタ業務がこなせると思う方が間違いだ。
 しかし・・・
 「・・・まさか、わざとじゃねぇよな?俺を取り込むための・・・」
 ラビがじっとりとトナカイを睨むと、彼は鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。
 「・・・まぁいいさ。
 帰ってご主人様に伝えな。
 セーターはアレンの部屋に置いとくってさ」
 ぶるりと、不満げに鼻を鳴らしたトナカイは、渋々踵を返して戻って行く。
 「ありがとなー。
 空飛ぶの、楽しかったさー!」
 礼を言ったラビをちらりと見遣り、トナカイは伯爵の元へと帰って行った。


 「・・・誰もいねぇかな?」
 ロードにもらった魔法のタクトで伯爵の方舟の『扉』を開けたラビは、暗い部屋を見回した。
 時刻は既に夜の7時近く、クリスチャンのメンバーは、聖堂でキャンドルサービスの時間だ。
 本当はこの時間にアレンの部屋に忍び込んで、プレゼントを仕込もうと思っていたが、他にもやることが・・・というより、やりたいことが出来てしまった。
 「まずはミランダに・・・怪我させちゃってゴメンさ」
 伯爵手製のお菓子を小さなテーブルに積み上げ、そっと手を合わせる。
 「大人女子の部屋、探ってみたくもあるけど・・・我慢我慢」
 ぐいぐいと引っ張られる後ろ髪を引き戻して、ラビは再び方舟に入った。
 「次は・・・ユウは大丈夫かな。
 まだ、元帥と一緒にサンタ狩りしてっか」
 彼らの体力なら、一晩中でも走り回ることだろう。
 血まみれの聖夜にならなければいいが、と震えつつ、ラビは自分が用意していたプレゼントを彼のデスクに置いた。
 「怒られっかなー・・・。
 でも最近、ユウは鍵閉めんから、フツーに『ドア開けて入った』っていやぁ問題ないか」
 蕎麦栽培キットは喜んでくれるはずだと、ラビは自分のチョイスに自信満々だ。
 「リナは・・・部屋に入ると、コムイに殺されるから直接渡すとして・・・」
 そっと、ラビは次のドアを開けた。
 アレンとリンクの部屋は暗く、ひんやりしている。
 「アレンには、伯爵のプレゼント一式とお菓子。
 リンクにも伯爵のお菓子な。
 んで、俺からアレンにマジックセット。
 あいつならマジックも覚えられるさね。
 リンクには・・・」
 くふっと、意地の悪い笑みが漏れた。
 「眉毛マスクっ・・・!
 いやぁ、ヒゲ用のマスクはあるけど、眉毛用は探すの苦労したさ・・・!」
 爆笑しそうになるのを懸命に堪え、ラビは部屋を出る。
 その後も、ジェリーやコムイ、リーバーや科学班の面々など、次々に部屋を回ってはプレゼントを置いていった。
 「ジジィは・・・育毛剤だよな。
 効かねぇって言ってんのに、聞かねぇもんなぁ・・・」
 ため息をついて、ブックマンの枕元に育毛剤の箱を置く。
 「じゃ、サンタ業務完了!
 仕上げってコトでー・・・」
 方舟に戻ったラビは、ミサを終えて団員達が聖堂を出てくる時間を待った。
 ロードがくれた魔法の杖はとても便利で、方舟の中にいながら外の様子が窺える。
 やはり魔法の杖で出したホットワインを飲みながら待っていると、楽しそうな面々が聖堂から出てきた。
 「やっとかい。
 えらく長い説教だったんさね」
 呆れながらラビは地面に扉を開け、空から城を俯瞰する。
 「さぁて・・・メリークリスマース♪
 アーンドv ハッピーバースデーv
 扉から落とした花火の箱は空中で弾け、ラビが操る魔法の杖に従って、弾ける炎がMerryChristmasとHappyBirthdayの文字をつづった。
 足下で歓声が上がるさまを楽しげに眺めて、ラビはホットワインのカップを掲げる。
 「カンパーイ♪」
 その声に、帰ったはずの相棒も寄って来て、皆よりも少し早いパーティが始まった。


 「すごかったねぇ、さっきの花火!
 誰が仕掛けたんだろ!コムイさん?!」
 アレンがはしゃいだ声をあげると、コムイは苦笑して首を振った。
 「ボクは無理だよぉ・・・リナリーのプレゼントにかかりきりだったから」
 と、笑って彼は、リナリーに大きな包みを差し出す。
 「ホントーにさっきまで編んでたんだよ!
 間に合わないかと思っちゃった!」
 「あぁ・・・何か、席の陰でこそこそしてると思ったら・・・」
 苦笑したリナリーが、プレゼントを受け取った。
 「なにかなーv
 開けてみると、白いふわふわのニットだ。
 「わーいv うれ・・・・・・・・・しくない」
 「えぇっ?!」
 広げた途端、目を暗くして呟いたリナリーに、コムイが絶叫した。
 「なんで?!
 お兄ちゃんすごくがんばったのに、何が気に入らないの?!」
 泣き縋るコムイに、リナリーは口を尖らせる。
 「だって・・・」
 コムイを同情の目で見る団員達へ向かって、リナリーはセーター・・・と言うよりは、ニットワンピースと言うべき長い服を広げた。
 「一面に兄さんのドヤ顔って!!なにこれ!!」
 「うわ・・・これは嬉しくない・・・!」
 早速拒否反応を示すアレンを、コムイがきっと睨む。
 「すごく大変だったんだよ!!
 いつも忙しいボクとリナリーが、離れ離れにならないようにって願いを込めて・・・!」
 「呪いにしか見えないよ、室長」
 キャッシュの遠慮ない感想が、コムイの胸に刺さった。
 「なんで!!
 ボクはね、こわーい補佐官に睨まれながら一所懸命編んで、それでも間に合わなかったからミサの退屈な説教なんか聞き流して編みに編んでついさっき完成したんだよ?!
 がんばったんだよ、リナリイイイイイイイイイイイ!!!!」
 「でも嬉しくない」
 容赦ない妹の感想に胸を抉られ、灰になったコムイの両肩に、違う手が乗る。
 「室長・・・わたくしは十分な時間を差し上げましたが?」
 「高位聖職者の説教を聞き流すとは、聞き捨てならないね」
 ブリジットとルベリエ、二人の恐ろしい顔に挟まれて、コムイが凍りついた。
 「弁明は、室長?」
 「じっくり話を聞かせてもらおうか。
 その後・・・」
 ぎろりと、悪鬼達の目が光る。
 「罰則を与えましょう」
 「ひぃっ!!」
 引き攣った悲鳴を上げて、コムイは白目を剥いてしまった。
 おかげで、室長不在のクリスマスパーティになってしまったが、アレンにはむしろ、ラッキーだ。
 神田がまだ、ソカロとサンタ狩りに興じていることもあり、リナリーと一緒にいても、誰も邪魔しないことが嬉しかった。
 「ラビまでいないなんて、どうしたんだろ?」
 ミサには来なくても、パーティには必ず参加する彼の姿が見えないことを不思議に思って言うと、リナリーがクスクスと笑い出す。
 「どうしたの?」
 「気付いてなかったんだ!
 あのサンタ・・・ラ」
 「なんさ、寂しがっちまって!
 俺はさっきからここにいるさー!!!!」
 リナリーの声を大声で阻んだラビが、肩で息をしながら駆け寄って来た。
 「なんか、城の中でサンタが大暴れしたらしいさね!
 俺、大英図書館に行っちまってて、せっかくのサンタを見逃したさ!どんな奴だった?!」
 荒く息をつきながら、一息に言ったラビが、リナリーを睨む。
 「あは・・・ゴメン」
 アレンは、なぜリナリーが謝るのかと不思議に思いながら、小首を傾げた。
 「クラウド元帥に血まみれにされてました。
 ラビみたいだったよ」
 「あ・・・そう・・・・・・」
 ぴちぴちと目を泳がせる彼を見上げ、アレンはにこりと笑う。
 「でも、きっとあの花火はサンタの仕業だよね!
 コムイさんも知らないって言ってたくらいだし!」
 「あーあの花火!
 俺も見たさ!すごかったな!」
 特に文字が、と、わざとらしく言ったラビにアレンは大きく頷いた。
 「きっとそうだよ!
 メリークリスマスはともかく、ハッピーバースデーって・・・僕のことかな・・・?」
 自信なげに言った彼に、ラビは小首を傾げて笑う。
 「きっとそうさね。
 あのサンタは、多分今日限定の魔法しか使えんから・・・今日のうちに祝ってくれたんじゃね?」
 本当は、日付を超えてから祝ってやりたかったが、ロードの『夢』がいつまでも続くとは思えなかった。
 ならば魔法が使えるうちにと、随分早く祝ってしまったラビは、クスクスと笑う。
 「びっくりさせたかったんさ、きっと。
 そして出来れば、みんなに知らせてこのパーティで祝ってやれよってことじゃね?」
 「そっか・・・!」
 嬉しげに頬を染めたアレンの頭を、ラビがくしゃくしゃと撫でた。
 「おーいみんなー!
 さっきの花火、どうやらこのパーティでアレンを祝ってやって、って、サンタのプレゼントらしーさ!
 祝ってやろーぜー!」
 ラビが声をかけると、高位聖職者の説教にうんざりしていた面々が杯を上げる。
 「みんな乗り気さ!」
 「うん!」
 嬉しげに頷き、祝いに来た仲間達に囲まれるアレンを眺めていると、リナリーがラビの袖を引いた。
 「ねぇ・・・まだ、魔法使えるよね?」
 「もちろんさv
 隠し持っていたタクトを振ると、リナリーが広げたニットワンピースから、コムイの顔が消える。
 「コレなら普通に着られるよ」
 「お前も意地悪だな」
 くすくすと笑ったラビは、その後も『夢』が続く限り、こっそりと小さな魔法をかけ続けた。


 「今日はすごかったね、ティム!!」
 とうに日付を超えた頃、はしゃいだ声をあげて部屋に戻ったアレンは、パーティで起こった様々な不思議にまだ興奮してた。
 「紙ふぶきが吹き出し続けるクラッカーとかv
 お説教を邪魔するスノーマンの大群とかv
 いくら食べても減らないケーキとかv
 食べても食べても次々出てくる料理とか!!」
 幸せいっぱいでベッドに飛び込んだアレンは、毛布ではないがさがさした感触に驚いて起き上がる。
 「ティム、明かりつけて!」
 ティムキャンピーが長い尻尾で電灯のスイッチを押すと、ベッドの上に所狭しと乗せられたプレゼントの数々が、明かりを弾いて輝いた。
 「なんだろ・・・」
 どきどきと頬を染めて開けてみると、ふわふわのセーターが現れる。
 「手編みだ・・・!こっちは?!」
 次々と開けると、アレンが欲しかった手編みの帽子やマフラーや手袋が出てきた。
 「うわぁ・・・!」
 誰が編んでくれたんだろう、なんて思わない。
 「サンタって・・・本当にいるんだ・・・!」
 何も知らないアレンは、愛情のこもったそれを嬉しげに抱きしめた。


 Fin.


 










2013年アレン君お誕生会ラストです!
大幅に遅れちゃってごめんなさい;
お話ではイブの日ですが、アップしたのは26日0時過ぎでした;;;
今回は、アレン君本人より、彼をお祝いしようと頑張るラビサンタや、そのラビにプレゼントを託す伯爵様vがメインでした!
むしろ、伯爵様vが主人公でした!!!!>おい。
遅れてしまいましたが、楽しんでいただければ嬉しいです(^^)













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