† The New Year’s Party
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―――― 既に日付も変わった深夜のこと。 「・・・おい、室長はもう出てったのか?」 執務室の異様な静けさが気になって、振り向いたリーバーにロブが首を振った。 「リナリーが入ってったから、おしゃべりでもしてるんじゃないですか? まぁ、補佐官が目を光らせているあの部屋じゃ、妙なロボも作れないでしょ」 クスクスと笑う彼に、リーバーも苦笑する。 「どうも気になってしまうな・・・大丈夫かな、本当に」 執務室のドアを見つめたまま、不安げな顔をするリーバーの背を、ジジが乱暴に叩いた。 「お前、あんま心配ばっかしてるとハゲちまうぞ! いいからリフレッシュして来い!」 「・・・半分仕事だけどな」 叩かれた衝撃で咳き込みながら、リーバーはまた苦笑する。 「久しぶりの実家だからな、休暇中はリフレッシュすることにする」 そして帰ったら仕事、と、呟いたリーバーに、キャッシュが激しく頷いた。 「リフレッシュしすぎて、帰るのヤダなんて言わないでね、班長! あたしらを見捨てないでね!!」 必死の形相で迫るキャッシュに、リーバーは笑い出した。 「大げさだな! 見捨てなんか・・・しないとも言えんか」 「そんなあああああああああああああああ!!!!」 一斉に縋りついて来た部下達に驚き、慌てて首を振る。 「じょ・・・冗談だろ! なにマジ泣きしてんだ、お前ら!」 「言っていい冗談と悪い冗談があるンすよおおおおおおおおおおお!!!!」 空気読めと叱られて、リーバーは困惑げに頭を掻いた。 「なんでお前らがそんなにナーバスになってんのか知らねぇが、ちゃんと帰ってくるからそんなに心配するなよ」 「本当ねっ?!嘘じゃないよねっ?! 帰還予定日になっても帰ってこなかったら、ミランダを迎えに出すから絶対帰ってきてねっ?!」 「そんな恥ずかしいことすんなっ!!」 泣き縋るキャッシュを無理矢理引き剥がして怒鳴ったリーバーが、憤然と踵を返す。 「じゃあな! 2月には戻る!」 「班長ー!!!!カムバアアアアアアアアアアアアアック!!!!」 「お前ホントになんなんだっ!!」 キャッシュの絶叫に見送られ、顔を真っ赤にして科学班を出て行ったリーバーの背を、ジョニーも寂しげに見送った。 「・・・やっぱ班長、オセアニア支部長に内定なのかなー・・・」 ぽつりと呟くと、ロブが肩越しにコムイの執務室を見遣る。 「あの人は室長のサポートがしたくてここにいるんだよ。 オセアニア支部長になるのが室長のためになるのならそれもありだろうけど、そうじゃないならきっと、断るんじゃないかな」 「もったいねぇなぁ・・・。 支部長になれば、班長なんかより断然権限も上がるのにな」 肩をすくめたジジに、ロブは苦笑した。 「今の支部長はほとんど教団の創始者や中央のお偉いさんの血縁者だからね。 そんな中に入っても、苦労するだけじゃないかな」 「そっかー・・・・・・」 どこか残念そうなジョニーの隣で、キャッシュは希望を見出したかのように目を輝かせる。 「じゃあ、室長にはがんばってもらわないと! 班長がいなけりゃここは治まらないんだってこと、お偉いさん達にもわかってもらわないとね!」 その言い様に、ジジは首を傾げた。 「室長ががんばって、ここがリーバーなしでも回るようになれば、あいつはこのままオセアニア支部に納まるんじゃねぇのか?」 不思議そうに問うた彼に、キャッシュはにんまりと笑う。 「だから・・・室長には、がんばって破壊活動してもらわないと!!」 「破防法!!」 ジジの強烈なチョップを頭頂に受けて、キャッシュが目を回した。 「キャッシュ!! なにすんの、ジジ!!」 キャッシュの巨体を必死に支えながら抗議するジョニーに、ジジは肩をすくめる。 「どうせリーバーが留守の隙にって、良からぬことを企んでんだよあの兄妹は! なのにその上、こいつが火に油を注いだら、本気でこの城が崩壊しかねねぇぞ!」 だから破防法だと、ジジは舌打ちした。 「よっく言い含めとけ!」 「あい・・・」 説得されてしまったジョニーが、恐々と執務室のドアを見つめる。 その中ではジジの指摘通り、兄妹が良からぬことを企んでいた。 ようやく補佐官が去った部屋の、火の消えかかった暖炉の前に仲良く並んだ二人は、何事かこそこそと囁きあっている。 その声は決して外に漏れないよう、互いに耳打ちするほどに静かだった。 「・・・サプライズは賛成だし、プレゼントも喜ぶと思うよ? だけど・・・後で怒られないかなぁ・・・?」 不安げな妹に、コムイはふるふると首を振る。 「大丈夫だよ! 効率的に敵を封じるには、最適のサプライズだと思わないかい?」 「そうだけど・・・」 困惑げに呟いて、リナリーはカーペットを指でなぞった。 暖炉の熱に暖められた毛を弄りながら考え込む頭を、コムイが優しく撫でる。 「リナリーも、盛大にやりたいでしょ?」 「うん・・・・・・」 「だけど、いっつも邪魔されちゃうよね?」 「うん・・・」 「じゃあ、邪魔者は消しちゃえ 無茶な三段論法と知りながら、リナリーは大きく頷いた。 「うん!」 覚悟を決めれば、行動が早いのが自慢だ。 「敵を追い出して、ここで盛大な春節! やっちゃおう!!」 こぶしを握って立ち上がった妹に、コムイは盛大な拍手を送った。 その頃、科学班が管理する方舟の間に、巨猿に抱えられてミランダが帰還した。 「怪我ですか?!」 そんな連絡はもらってないと、慌てて駆け寄って来たスタッフに、共に『扉』を出たクラウドが首を振る。 「過労だ。 三昼夜はイノセンスを発動させたままだったからな、無理もないんだが・・・」 眠ると言うよりは昏睡しているミランダを、クラウドは気遣わしげに見遣った。 「今回は精神的にも参ったんだろう、方舟の中で倒れてしまった。 ・・・ミランダのイノセンスは、他人の命に深く関わりすぎるな」 クラウドの言った言葉の意味を理解して、二人を囲んだ団員達が肩を落とす。 「・・・とにかく、彼女は病棟に運びます。 元帥もどうか・・・」 「あぁ、休ませてもらう。 さすがに今回は疲れた」 医療班が運んで来たストレッチャーにミランダを乗せると、クラウドは巨猿を小猿の姿に戻して部屋を出た。 「・・・情報が必要だったとは言え、瀕死の者を元に戻すとは、恐ろしいイノセンスもあったものだ」 暗い声音の主人を慰めるように、小猿は白い毛皮を彼女の頬に摺り寄せる。 「そうだな、ラウ。 あのイノセンスはミランダのように善良な者でなければ、使ってはいけないものだ。 クロスやソカロのような、邪悪な者の手に渡らなくて良かった」 うんうん、と、頷く彼女の目の前で、ソカロが片眉をあげた。 「俺がなんだって?」 「気にするな。邪悪だと言っただけだ」 「そう言うお前は性悪・・・」 声は途中で獣の口中に消える。 「うまいか?うまいかラウ? よく噛んでお食べ」 邪悪の名にふさわしい笑みを浮かべ、クラウドは楽しげに頷いた。 翌日、病棟の一室で目覚めたミランダは、だるい身体を起こすことも出来ず、なんとか寝返りを打った。 眠りが深かったせいか、ほとんど夢を見なかったことにほっとして、カーテンの隙間から漏れる日光に目を細める。 ・・・『彼』はもう、この光を見ることはないのだと思うと、涙がこぼれた。 しばらく声を殺して泣いていると、部屋に放たれた監視ゴーレムが情報を送ったのか、ナースがそっと入ってきて、嗚咽に震えるミランダの肩を優しく撫でてくれる。 余計なことは何も言わず、ただ慰めてくれる手に癒され、ようやく落ち着いたミランダは肩越しに彼女を見遣った。 「あの・・・今回の報告は・・・・・・?」 「クラウド元帥が、ミランダの分も報告書を書くから休んでいろって言ってらしたわよ。 普段厳しいけど、こういう時、元帥はお優しいのよね」 それともう一つ、と、ナースは人差し指を立てる。 「さっきリナリーが来て、話があるから起きられるようになったら自分の所に来てって。 室長から伝言なんだって。 悪いことじゃないから、安心してねって言ってたわ」 「リナリーちゃんが・・・」 呟いたミランダは、涙を拭ってよろよろと身を起こした。 「大丈夫なの?」 「はい・・・怪我をしたわけじゃないので」 無理に微笑んで頷くミランダを、ナースは気遣わしげに見つめつつ、介助する。 「辛かったら休み休み行きなさいね。 リナリーもお見舞いのついでに来ただけで、急いでる様子じゃなかったわよ」 「はい・・・」 こくりと頷き、壁伝いに病棟を出ると、時計の針はランチタイムを指していた。 「食堂かしら」 もしいなくても、ジェリーなら居場所を知っているだろうと食堂へ向かう。 と、探すまでもなくリナリーが、テーブルに座ったまま手を振ってきた。 「こっちだよー! もう起きて大丈夫なんだ?!」 呼ばれて歩み寄ると、立ち上がったアレンがさり気なく椅子を引いてくれる。 「ありがとう、アレン君。 リナリーちゃん、私に用事ってなに?」 悪いことじゃないらしいがと、小首を傾げるミランダに、リナリーがにこりと笑った。 「ミランダ、ここに来てまだ、休暇もらってないよね?」 「休暇・・・?」 そんな英語、ここに来てどころか、この国に来て初めて聞いたと言うミランダに、リナリーが頷く。 「ミランダが入団した時、ちょうどノアの元帥狩りが始まっちゃって、勤怠管理がなってなかったんだよ。 おかげでクロウリーも『休暇ってなんであるか?』なんて言う始末で。 兄さんが・・・と言うより中央庁が、それはさすがに組織としてどうなんだって言い出したのね」 困り顔のリナリーの正面で、アレンもコクコクと頷いた。 「休暇なんて僕だってもらったのに、ミランダさん達全然なんでしょ? 一番任務に行かされた人達が休んでないってどーゆーこと、って、僕も思います」 だから、と、二人の声が揃う。 「期間は短いけど、南半球の旅にいってらっしゃい 「前オセアニア支部長の別荘でゆっくりしていいそうですよ! 南半球は今、夏だから、こんな寒い国で震えてるより全然楽しいですよ!」 よかったね!と、目を輝かせる二人に、ミランダは困惑した。 「でもそんな・・・よくないわ。 戦争中なのに、私だけ休暇だなんて・・・・・・」 と首を振る彼女以上に二人が首を振る。 「クロウリーはもう、昨日のうちに南米支部の別荘地に行っちゃいました。 珍しい植物がたくさんあるって聞いてたらしくて、嬉しそうに旅立っていきましたよ」 「そ・・・そうなの・・・?」 驚く彼女に、リナリーがまたコクコクと頷く。 「遠慮なんかしなくていいんだよ! アレン君もだけど、私や神田だって何度も休暇もらってるんだ! ラビ達なんて団員じゃないから、自分勝手に休暇設定してるしね。 それに・・・今年のお誕生日は、なんだかんだでミランダに逃げられちゃったし」 せっかくニューイヤーパーティで盛大に祝ってやろうと思っていたのに、内気な彼女に固辞されてしまい、ルベリエの鶴の一声で中止になってしまった。 「だから遅れちゃったけど、バースデープレゼントだと思ってよ!」 そう言われて、ミランダは苦笑する。 せっかく準備してくれていたのに、自分が固辞したせいで彼らの努力を無にしてしまったことは、ずっと気にかかっていた。 「じゃあ・・・せっかくだから・・・」 「そうそう!兄さんの命令だし!」 「中央庁の命令でもありますからね!」 リフレッシュしてきて!と、笑う二人にミランダは、微笑んで頷く。 「ありがとう。 えぇと・・・いつから?」 「今日から2月の1週目が終わるまでいていいって!」 「移動が辛いなら、1日くらい休んでから行けばいいですよ」 アレンの言葉に一瞬、リナリーが困った顔を見せたが、すぐに消して微笑んだ。 「準備大変そうなら手伝うよ?」 「そうね・・・急なことだし、お願いできる?」 「任せて!」 早速立ち上がったリナリーを、さすがにアレンが制す。 「せっかく食堂に来たんですもん、ミランダさんも食事しますよね?」 「え・・・えぇ、そうね」 苦笑したミランダの前で、顔を赤らめたリナリーが再び腰を下ろした。 「あの・・・何か急いでるの?」 「そんっ・・・そんにゃことにゃっ・・・にゃいよっ?!」 ぷるぷると首を振るリナリーのあからさまな態度に、ミランダは笑って自室の鍵を差し出す。 「荷物を作っていてくれるなら・・・」 「いいよっ! 休暇を過ごすのに最適な服を選んで詰めといてあげる!」 ぴょこんっと立ち上がるや、素早く食堂を駆け出て行ったリナリーの背中を、ミランダは呆れ顔で見送った。 「な・・・なにを企んでいるの?」 「あー・・・やっぱり、そう思いますよねー・・・」 ミランダの問いに、アレンは気まずげに笑う。 「・・・聞かない方がいいと思います」 「・・・・・・そうね」 いつの間にか、教団での身の処し方を学んでいたミランダは、苦笑して頷いた。 ―――― その後、元々怪我もなかったミランダは自分でも呆れるほどあっさりと回復して、自室に戻った。 あんなことがあったばかりなのに、休暇に向かおうとする自身に屈託を感じていたが、部屋で待っていたリナリーの笑顔に少し癒された。 「急だったけど、せっかくの休暇なんだから仕事のことなんか忘れてね! あんまり溜め込んじゃうと身体にもよくないから、今回は思いっきりリフレッシュしてきてね!」 事情は知らないはずだが、その言葉にどきりとして、ミランダは硬い表情で頷く。 その様子に気付いただろうが、リナリーは追求せずにトランクを運び出した。 「前オセアニア支部長の別荘は英国風のお邸で、庭園が素敵なんだって! 向こうは今、夏だから暑いだろうけど、バルコニーの下を川が流れていて、涼しいらしいよ 住み込みのメイドがお世話してくれるそうだから、ゆっくり楽しんできてね!」 方舟の間までトランクを運んでくれたリナリーが、笑って手を振る。 追い立てられているような気になりながらも、ミランダは頷いて手を振り返した。 「行って来ます」 「いってらっしゃーい なぜか、方舟の間担当のスタッフ達にも笑顔で見送られ、ミランダは白い街並みの中へ入る。 『オセアニア支部』と書かれた矢印に導かれて開けた扉の先では、本部とは逆に薄着のスタッフが迎えてくれた。 「いらっしゃい、ミランダ・ロットー。 話は聞いています。 早速案内したいのですが、本部とここでは時差が10時間もあるので、今は真夜中なんですよ。 獣が多い土地では夜の移動は危険だ。 朝になったら馬車を用意します」 日焼けした顔に笑みを浮かべて導くスタッフに案内され、支部内の一室に入る。 「今日はここで。 方舟は便利ですが、時差ボケを解消するのが大変ですからね。 眠れないかもしれないが、どうぞゆっくりしててください」 宿舎なのか、必要なものが全て揃った室内を見渡したミランダが丁寧に礼を言うと、彼は驚いたように目を見開き、慌てて首を振った。 「そんな・・・エクソシストに礼を言われるようなことは何も・・・! あ・・・明日はもっと、いい場所にご案内できますから!」 途端にしどろもどろになった彼を不思議そうに見送ったミランダは、着替えてベッドに寝転ぶ。 昨日からずっと寝ていたのだから、眠れるはずはないと思っていたが、案外すんなりと眠ることが出来た。 翌日になって、再び現れたスタッフに案内されたミランダは、荷物と共に馬車に乗り込むと、そのまま前オセアニア支部長の別荘へと運ばれる。 リナリーが言った通り、そこはビクトリアン様式と言うのだったか、英国風の大きな邸で、奥の部屋から見渡せる庭は見事なものだった。 調度類も全て豪華で、まるで宮殿のような部屋の中で呆然としていると、メイドが何人も現れて荷物を受け取り、お茶を出してくれる。 「今回はフロイラインお一人ですから、ゆっくり過ごされてください」 中央庁の高官も利用すると言うここは、いつもなら何組かが共に休暇を過ごすそうだ。 別荘と言うよりは保養所と言うべき場所だとわかって、少し気が楽になる。 その上、薄暗く寒い英国とは真逆の青い空と夏の日差しに、凍えていた心もほぐれていく気がした。 「バルコニーの下に川が流れているって聞いたんですけど・・・」 メイドの一人に声をかけると、にこやかに頷く。 「涼しくていい場所ですよ。 珍しい鳥や動物が見られるって、人気の場所です。 ランチはそちらでなさいますか?」 「はい」 頷いたミランダに一礼して、メイド達は部屋を出て行った。 途端に静かになった室内は、庭に集う珍しい鳥のさえずりで満たされる。 ほっと吐息してソファに身を預けたミランダは、ぼんやりと庭を眺めた。 前支部長は貴族趣味だと聞いていたが、確かにこの邸は、開拓途中の国とは思えないほどに欧州の姿を模している。 「そういえば・・・ここは彼の故郷なんだわ・・・」 本部に帰還した際、昏倒していたために会えなかったことを今頃思い出した。 「ただいまも言わずに出てしまったわ・・・」 いつものように彼女が寝ている間に見舞いに来てくれたのだろうと思い、ため息をつく。 「一つの考えに囚われると、周りが見えなくなってしまう・・・ダメね・・・・・・」 だが、今の彼女の胸を占めるのは、今回の任務で死んでいったファインダーのことだった。 重要な情報を持ったまま死に行こうとしていた彼の命を3日もの間現世に留め、最後は苦しみながら命絶える様を看取ったのだ・・・。 アクマに撃たれ、助かる見込みはないとはわかっていたが、自分が彼と言う人間の命を弄んだように思えてならなかった。 あの三日間、彼はどのような気持ちで過ごしたのだろうと思うと、また胸がつかえる。 「こんな時に休暇だなんて・・・」 逆に、立て続けに任務を与えられた方が気も紛れたかも知れなかった。 どうにも落ち着かず、立ち上がったミランダは大きく開け放たれた窓から庭へ下りる。 青々とした芝生はきれいに刈り込まれ、足を柔らかく受け止めてくれた。 「いいお天気・・・」 雲ひとつない青空からは夏の日差しが降り注いで、目が眩みそうになる。 目的もなく庭の奥へと歩き出したミランダは、夏の花が咲き誇る散歩道に入った。 夏の日差しを遮る木陰に入ると涼しくて、湿った土と花の香りが交じり合う。 「素敵なところねぇ・・・」 ノアとの戦争なんかなくなって、こんな場所でのんびり過ごせたらどんなに素敵だろうと、ため息が漏れた。 「こんな戦争・・・早く終わればいいのに・・・・・・」 しかし、考えられないほどの時間を、教団はこの戦いに費やしているのだ。 ミランダが生きているうちに終わるのかもわからなかった。 「私は・・・いつまで生きていられるのかしら・・・」 死にたくない、と叫んで死んでいった彼の断末魔が耳に蘇り、涙が浮かぶ。 「戦場で死ぬのかしら・・・・・・」 そうしたら、最期に彼とは会えないままなのかと、暗い呟きを漏らしながら森へと足を踏み入れた。 手入れされた庭とは違い、ほとんど自然のままの森は奥へ行くほど鬱蒼として、空も見えなくなる。 だがミランダは構わず歩き続けた。 いつもの彼女なら、迷うことを恐れて早々に引き返しただろうが、今日はまるで自暴自棄のように歩を進め、奥へ奥へと進んで行く。 ふらふらと歩む様はまるで、森をさまよう亡霊のようだった。 やがて、川のせせらぎに我に返ったミランダは、苔むした岩を踏んで川辺に寄る。 森の中に現れた細い流れの上には古く小さな橋が架かっていて、天頂に差し掛かった太陽が水をきらきらと輝かせていた。 低い位置にある欄干にそっと腰掛けると、木陰の下で冷えてしまった身体が温まっていく。 「意外と深いのね」 呟いてミランダは、水面に映る自分の影の中を、魚が通り過ぎていく様を見つめた。 どのくらいそうしていたのだろう。 首筋に当たる日差しが痛いほどになってきたことに気付き、木陰に移ろうと立ち上がった瞬間、めまいがして欄干を越え、そのまま水の中へと落ちていった。 「♪〜」 鼻歌を口ずさみながら、足音もリズミカルに彼は森の中を進んだ。 長くかかると思っていた仕事が意外にもすんなりと片付き、この日午後から2月の第一週が終わるまでは休暇だ。 早速実家に戻り、釣り道具を担いで湖に向かった彼は、嬉しげに荷物を抱え直した。 「ばあちゃんには大物釣ってくるって言っちまったが、釣りなんて何年もやってないもんな・・・。 まだ魚いるのかね」 彼しか知らない穴場は森の奥にあって、この辺りに住んでいても存在すら知らない人間が多い。 「うっかり見つかってなきゃいいけどな」 更には自分の腕が錆びていないことを祈りながら、樹間に夏の日を弾く湖を見て目を細めた。 「よし、道は覚えてたっと。 魚いるかね、魚ー♪」 機嫌よく呟きながら苔むした岩を踏んで水辺に寄り、一際水の深い場所へ向けて竿を振る。 「大物来い、大物!」 珍しくはしゃいだ声をあげて待つことしばし、支流が流れ込む付近にゆらゆらと揺れる物を見た気がして目を向けた。 「お・・・大物!!」 人が流れて来た、と慌てた彼は、竿を放り出して水に入る。 深いとは言え、彼の胸辺りまでしかない水を掻いて近寄ると、上向いた女の顔を濡れた長い髪が覆って、生きているのか死んでいるのかさえ定かではなかった。 沈む前に抱えて岸に戻り、呼吸を確かめようと顔を覆う髪を掻き分けて唖然とする。 「ミ・・・ミランダ?! なんでこんな所に・・・!」 しかし、一瞬で我に返った彼は、急いで蘇生措置を施した。 それほど水は飲んでいなかったらしく、すぐに呼吸を取り戻したミランダが、彼の呼びかけに応じてうっすらと目を開ける。 「リーバーさん・・・?なんで・・・・・・」 「・・・それはこっちのセリフだ」 ほっとして、リーバーはミランダを抱きしめた。 団服を着ていないため、任務ではないのだろうとは察したが、ここに彼女がいる理由がわからない。 「ともかく、服をなんとかしよう。 夏だから風邪をひくことはないと思うが・・・」 言いかけて、リーバーはふと空を見上げた。 夏の日差しは、欧州のそれとは比べ物にならないほどに燦々と降り注いでいる。 「・・・そうか、熱中症か。 ミランダ、欧州の夏と同じと考えて、ずっと日に当たってたんだろ?」 苦笑して問うと、まだぼんやりとしたまま、ミランダは頷いた。 「わかった。 ばあちゃんちが近いから、休んで行けよ」 どういう事情かはまだわからないが、この辺りでエクソシストのミランダが滞在するとすれば前オセアニア支部長の別荘だろうと察して、リーバーは彼女を横抱きにする。 「・・・あ、ちょっと待ってな。 このまま釣り道具放置してたら、俺が水に落ちたと思われて、捜索されちまう」 一旦ミランダを下ろし、道具を素早くまとめたリーバーが、空のバケツは置いたまま再び彼女を抱き上げた。 「あの・・・」 「オーストラリアの夏をなめんなよ。 意識がはっきりするまで何も言わなくていい」 「はい・・・・・・」 力の入らない身体を彼に預け、頭を彼の胸に寄せると、心音が聞こえる。 その音にミランダは、安堵して目を閉じた。 「アラ! あんた大物釣ってくるって言ってたけど、ウンディーネを釣って来ちゃったの?」 リーバーがミランダを抱えて戻ると、家を囲む庇の下でくつろいでいた祖母が大声をあげた。 「ウンディーネはブロンドの髪だって言うけど、ダークブラウンの子もいるのねぇ」 「違うよ、ばあちゃん! 川に落ちたらしくて、流れて来たんだ」 祖母のからかい口調に大げさなため息をついたリーバーは、ぐったりとしたミランダを日陰に置いたデッキチェアに横たえる。 「ナンセン邸に滞在してる教団の団員だよ」 「まあ、じゃあ彼女も科学者なの?」 若いのに、と感心する祖母に、リーバーは苦笑して首を振った。 「いや、彼女はエクソシスト・・・戦闘員だよ・・・」 「まあまあ!若い女の子が・・・しかも、こんなか弱そうな子がねえ・・・!」 嘆かわしげに首を振った祖母は、不意に大真面目な顔でリーバーを見上げる。 「あんた、結婚して寿退団させてあげなさいよ」 「そうしたいのは山々だが、状況が許してくれないよ」 うっかり言ってしまった彼に、一瞬目を見開いた彼女は、すぐににんまりと笑った。 「アラ、ま そう言う関係 「え!?あ!!」 リーバーは慌てて口を押さえたがもう遅い。 「小さかったあんたが、お嫁さんを連れてくるようになったのねえ きゃっきゃとはしゃぐ祖母に彼はバタバタと手を振った。 「だ・・・だからそう言うわけじゃないし、そういう状況でも・・・!」 ない、と言って、はっとしたリーバーがミランダを指す。 「ばあちゃん、服を出してやってくれよ。 このままじゃ風邪を引くかもしれないから」 言い置いて、リーバーが屋内に入ろうとすると、祖母は困り顔で首を傾げた。 「そうね・・・でもこの子、大丈夫なの? 自分で立って歩けるの?」 いくら細い女性とは言え、祖母の力では人一人を運べはしない。 「もちろん、運ぶのは俺がやるから、服を用意してやって。 俺はナンセン邸に電話しておかないと、メイド達がランチに戻ってこないエクソシストを心配して、大捜索するかもしれないからさ」 そんな時に、もし川上でミランダの遺留品でも見つかれば大騒ぎになると、リーバーはやや焦った口調で言いながら屋内に入った。 「せっかちなんだから・・・もしもし?お嬢さん? 起きられるかしら? シャワー使いなさいよ、着替えはそれからでいいでしょう?」 ゆっくりと肩を揺すってやると、ミランダがぼんやりと目を開ける。 「・・・・・・・・・あの?」 「あたしはリーバーのおばあちゃんよ」 そう言ってやると、ミランダの意識も少しはっきりしたようだ。 慌てて起き上がろうとするのを宥め、彼女はにこりと微笑む。 「川に落ちちゃったのね。 夏だから大丈夫だとは思うけど・・・風邪引いちゃいけないから、シャワー浴びて着替えなさいな。 立てる?」 「は・・・はい・・・!」 生まれたての仔鹿のようによろよろと立ったミランダの手を取り、屋内に入れた。 「ナンセン邸には孫が連絡しているから、心配しなくていいわよ。 さ、どうぞどうぞ 気さくに話しかけてくる彼女におずおずと頷いたミランダは、バスルームを借りて乾いた服に着替える。 「まぁ 娘の昔の服が合って良かった!」 「お・・・お借りします・・・」 ミランダは少女が着るような服の裾を照れくさそうにつまんだ。 「さ、こっちいらっしゃい 手招かれて居間に入ると、待っていたリーバーが微笑む。 「それ、叔母さんが結婚前に着てた服だよな?」 「そうよ。 あの子には娘が生まれなかったから、ここに置きっぱなしだったの」 くすくすと笑いながら、ミランダに椅子を勧めた彼女は冷たいお茶を入れてくれた。 「お嫁さん連れてくるってわかってたら、もっといいもの用意してたのに なんで教えてくれなかったの!」 「・・・だから、そういう状況じゃないっつってんのに。 それに、ミランダが来るって知らなかったもんな。 任務じゃないよな?」 問われて、ミランダが頷く。 「突然、コムイさんからお休みをいただいたんです。 私も、リーバーさんは本部にいると思ってました」 「俺はこっちの支部で仕事だったんだ。 もう終わったけどな」 今は休暇、とリーバーが言った途端、祖母が目を輝かせた。 「んまぁ!いい上司ねぇ!」 「は?」 訝しげな二人に、彼女はニコニコと笑う。 「孫を里帰りさせてくれたついでに、お嫁さんの紹介もセッティングしてくれるなんて! 策士ねぇ 祖母の言葉に、リーバーは大きく頷いた。 「そっか・・・あの人ならやりかねないな」 「そ・・・そうなんですか?! わ・・・私、心の準備もしてないのに・・・!」 「それはお互い様ね まぁまぁ リーバー、あんた、せっかくだから両親にも紹介しなさいよ はしゃいだ声をあげる祖母に、しかし、リーバーは苦笑して首を振る。 「実家は・・・羊毛の刈り入れ時でそれどころじゃないだろ。 俺も、邪魔だからばあちゃんとこ行ってろって追い出されたし」 「あぁ・・・そうね。 あんたんちは今、大勢が集まってごちゃごちゃしてるものね」 がっかりと肩を落とした彼女は、ミランダに微笑みかけた。 「今度ゆっくり、結婚の報告に来てね 「は・・・えぇっ?!」 頷きかけたミランダが、真っ赤になる。 「次は心の準備してくるのよ ミランダの反応にクスクスと笑いながら見遣った孫は、真っ赤な顔をしてあらぬ方を見ていた。 「―――― そういうわけで、ぜひとも協力をお願いしたいんだよ!」 『確かにそれならこちらの得意な領分だから、協力するのにやぶさかではないが・・・しかし、いいのか? 後で大問題になるんじゃないか?』 電話の向こうで困惑する声に、コムイは『大丈夫』と請け負った。 「今、リーバー君はいないしなにより! フェイ補佐官が出張なんだ!! オセアニア支部の件で、ルベリエ長官に同行してねってお願いしたんだよー 『あぁ・・・いい加減、支部長不在ってワケにもいかんからな』 長官がオセアニア支部長の選定をするにあたり、教団本部の意向を反映するために室長補佐官が同行すると言うもっともらしい理由をつけたのだと、コムイは得意げに声を張り上げる。 「おかげで3日も! 3日も自由なんだよ!! ボカァもう、この日を指折り数えてだね、その第1日目が元日に来るよう、計画を巡らせたんだよ!!」 『そういう計画性だけは見事だな』 感心したと言うより、呆れ口調の彼にコムイは嬉しげに笑った。 「だからさ、蛇嫌いなキミも安心してこっちに来られるよ、バクちゃん 『ちゃんってゆーな!』 いつものやり取りに舌打ちして・・・バクは、にんまりと笑う。 『だったら、全責任はお前ってことでお邪魔しよう。 僕達の本気を見せてやる!』 「待ってるよー 受話器を置いたコムイは嬉しげに笑って、傍でわくわくと聞いていたリナリーとハイタッチした。 ―――― リーバーと偶然会ってからと言うもの、ミランダは朝も早いうちから滞在中の邸を出て、森の中の湖へと行くようになった。 初日と違い、邸の使用人達は彼女が本部の科学班班長と一緒にいることを知っているため、若いメイド達がはしゃぐ程度の騒ぎにしかなっていない。 湖で釣りをするリーバーと午前中を過ごして、ランチタイムには彼の祖母の家で昼食を頂き、お茶の時間は邸で過ごすのがこの頃の日課だった。 「・・・森の中って、落ち着きます」 今日も釣り糸を垂れるリーバーの隣に座って、ぼんやりと水面を眺めていたミランダが独り言のように呟く。 「私の故郷も、森の多い国だから・・・木の匂いって、好きなんです」 「そうだな」 魚を脅かさないようにか、静かな声で同意した彼に倣い、ミランダも声を潜めた。 「・・・リーバーさんはやっぱり、こんな時でも色々考えてしまうんですか?」 「色々って?」 問い返されてミランダは、隣に座る彼の肩に頭を乗せる。 「・・・色々です。 お仕事のこととか・・・自分のこととか・・・。 じっと水を見つめていると、悩んでしまいませんか?」 問いながら、実は自分のことを言っているミランダに、リーバーは苦笑して肩に乗った頭を撫でてやった。 「いいや。 俺は今、大物釣ってやろうってことしか考えてないな。 ここで仕事のことを悩んでも無駄だからな」 「無駄・・・でしょうか・・・」 ため息をつくミランダに、リーバーは頷く。 「無駄だし効率が悪い。 今はリフレッシュする事に集中だ。 そうしないと、せっかくの休暇が無駄になる。 いつまでも休める身分じゃないから、切り替えないと」 とは言いつつ、リーバーにミランダを突き放すことは出来なかった。 「なにがあったんだ?」 悩むことの多いミランダだが、こんなにも長く引きずることは滅多にない。 気遣わしげに問うと、彼女の目に浮かんだ涙が零れた。 「私・・・ファインダーの方を苦しめてしまいました・・・。 情報を得るために、私達が必要な時間だけ生き延びさせて・・・用が済んだら時計の発動を解いて・・・死なせました・・・。 死にたくないって言ってた・・・最期に、殺さないでって叫んで・・・!」 たまりかね、リーバーの胸に縋って泣き出したミランダを抱き留める。 「助けられるならもちろん・・・でも、私には無理なんです! 私に・・・そんな力ないもの! なのに、残酷に生き延びさせて、期待を持たせて・・・絶対に助からないって知ってたのに、3日もの間死が迫る恐怖を味わわせて・・・! きっとあの人は、私を恨んで死んでいったわ・・・! 殺したいほど恨んだに決まって・・・でも、そうされても仕方がないことを私は・・・!!」 号泣するミランダの背を撫でてやることしか、彼には出来なかった。 「・・・治療は不可能だったのか?」 その問いに、ミランダは何度も頷く。 「アクマの弾に撃たれて・・・ラウが彼を見つけた時はもう、半分以上身体が壊れて・・・!」 「じゃあ、生き長らえさせたのはクラウド元帥の命令か」 「命令がなくても多分・・・イノセンスの情報を持っていたのは彼だけでしたから・・・」 彼を撃ったアクマでさえも後悔したほどに、その情報は貴重だった。 「彼の情報のおかげで、イノセンスは無事に確保できました・・・でも・・・・・・」 三日三晩眠らず、イノセンスを発動させ続けていたミランダの意識も朦朧として来た頃。 彼は、死への恐怖に押し潰されてしまった。 「断末魔・・・でした・・・! 死にたくない・・・殺さないでって、何度も・・・! 私だって死なせたくは・・・!でも・・・・・・!!」 いつまでもイノセンスを発動させたままでいられるわけもなく、既に半分以上体組織が崩壊していては、クロウリーの能力でさえ毒を吸い取ることは出来ない。 どうすることも出来ず、うろたえていたミランダに発動の停止を命じたのはクラウドだった。 「楽にしてやれって・・・。 責任は自分が取るからって・・・・・・」 それでも迷うミランダからイノセンスを引き離し、無理矢理発動を止めたのも彼女だ。 「恨むなら自分を恨めと、元帥が・・・私は、自分の能力に責任を持つ勇気もない・・・・・・!」 死臭(ガス)をあげて彼の身体が崩れ去って行く様は、ラウの巨体に阻まれて見る事が出来なかった。 その後、なんとか方舟の中までは自力で移動したものの、あの白い街の陽光に目が眩んでからの記憶はない。 「・・・なぜ、私なんかがあのイノセンスに選ばれたの・・・! もっとふさわしい人がいたはずなのに・・・!! 私なんかより強い人が・・・! わ・・・私、もうこんなことやめ・・・」 「おい!!」 思わず怒鳴ったリーバーを、ミランダが驚いて見上げた。 「あ・・・悪い! だが、もしこの戦争から逃げるようなことを言えば、お前が咎落ちに・・・」 「それは・・・ないんです・・・」 ぽろぽろと涙を零しながら、ミランダは首を振る。 「私は・・・本部で初めてヘブラスカに会って、この戦争の意味を知らされた時からずっと、逃げたいと思い続けています・・・。 でもきっと、タイム・レコードは知っているんだわ・・・。 私には、逃げる勇気さえもないってことを・・・・・・」 泣きながら笑うミランダを、リーバーはたまらず抱きしめた。 「すまない・・・こんな時、俺はなんの力にもなってやれない・・・」 苦しげな声を漏らす彼の腕の中で、ミランダは微かに首を振る。 「あなたにはあなたの役目が・・・重い責任を、しっかりと果たしているじゃありませんか」 時には酷い非難に晒されながら、それでも戦場に赴く団員達のために必死に働く彼を・・・いや、彼らを責める資格は誰にもないと、ミランダは涙声で囁いた。 「あなたに比べて、私は何一つ自分で責任を取れない・・・自分の能力にさえも・・・」 また泣き出したミランダに、リーバーが首を振る。 「タイム・レコードが望んだのはきっと、強い人間でも冷酷になれる人間でもない。 弱くていつも不安で、その力を行使することをためらう人間だ。 善良な人間以外に、神の領域である時間を操る能力なんて、与えるわけがない」 誰よりもその能力を恐れるミランダだからこそ、イノセンスも強大すぎるその力を使うことを認めたのだ。 「だから・・・いくら逃げたいと思っていても、イノセンスはお前を咎落ちさせやしないんだろう。 そういう人間を選んだのはイノセンスの方だから。違うか?」 そう言ってやると、ミランダは随分と迷った後、わずかに頷く。 「だったら今回のことは・・・時間を操るエクソシストとして、当然行うべき任務だった。 任務を命じたのは室長で、現場で能力の行使を命じたのは元帥。 お前にはそれを拒否する権限はなかった。そうだろう?」 また、迷った末に頷いたミランダは、唇を引き結んでリーバーを見上げる。 「命を弄んだなんて、考えるな。 こんなことはおそらく・・・またあるんだろうが、逃げられないお前は命令を実行するしかない。 その戦いを強いるのは神の物質たるイノセンスで、戦略の責任者は中央庁と長官、戦闘の命令責任は室長、戦術の命令者は元帥や、時に俺ら同行の科学者だ。 自分の能力に責任を取れないって悩むなら、いっそ他人のせいにしてしまえ」 「そんな・・・!」 生真面目な彼女は慌てて首を振るが、リーバーはミランダの頬を両手で挟んで軽くキスした。 「俺ら非戦闘員は・・・いや、エクソシスト以外の団員は、いざとなれば退団が認められる。 だがお前達は・・・」 イノセンスに囚われ、教団に囚われ、戦場に赴くことを強要されている。 「こんな恐ろしい場所から逃げられないのは辛いだろう・・・。 だったら、自分が背負える以上のものを背負わなくていい。 それは室長や俺や・・・背負うべき人間が背負えばいいことだ。 ミランダのようにか弱い人間が戦場に留まるなんて、それだけでとても辛いことだが、この戦争が終わりさえすれば解放される」 その言葉に、ミランダは目を伏せた。 自分は戦場で死ぬのだろうか・・・その時は彼に会えないまま死ぬのだろうと・・・ずっと考えている。 だが、彼が言ったのは別のことだった。 「お前を初めて見た時、ばあちゃんが言ってたよ。 こんなにか弱そうな子が戦場に行くのは可哀想だから、結婚して寿退団させてやれって」 「・・・・・・は?」 あまりにも思っていたこととかけ離れたことを言われ、唖然として見つめたリーバーは、真っ赤な顔で慌てて言い募る。 「も・・・もちろん、今は状況が許さないけどな! でも・・・こんな戦争、早く終わらせたいってのは、皆が望んでいることだ」 だから希望は捨てないと、断言してくれた彼に、ミランダも頷いた。 「早く・・・終わって欲しいです・・・!」 そして次にこの国に来た時は・・・と、ミランダが頬を染める。 「ご・・・ご両親にも・・・紹介してくださいね・・・!」 「・・・あぁ!!」 大きく頷いて、顔を赤らめたリーバーは、真っ赤になったミランダに口付けた。 「あら、今日も大物は無理だったの?」 クスクスと笑って迎えてくれた祖母に、リーバーはため息をついた。 「・・・昔は大きな魚が何尾もいたんだがなぁ。 獲り尽くされちまったのかな」 肩を落とすリーバーの提げたバケツを覗き込んで、ミランダが首を傾げる。 「十分大きいと思いますけど・・・前はどれくらい大きかったんですか?」 問うと、リーバーは自身の両腕をいっぱいに広げて見せた。 「軽くこのくらいはあったな」 「まぁ・・・! あの湖、そんなに深くないと思ってましたけど・・・!」 広さは十分にあるため、深淵があるのだろうと感心するミランダの傍らで、リーバーの祖母が吹き出す。 「な・・・なんだよ、ばあちゃん!」 ケラケラと笑う祖母にムッとすると、彼女は笑いながら屋内に入り、アルバムを持って出て来た。 「あんたが言ってるのは、この大物かい?」 まだクスクスと笑いながら彼女が指した写真の中では、あどけない少年期のリーバーが、両腕をいっぱいに広げて魚を抱えている。 「・・・・・・あ」 記憶と合致したのだろう、気まずげな声をあげたリーバーに、彼女はまた笑い出した。 「この頃のあんたには、あの湖は大きくて深くて、大物がたくさんいたんだろうけどね。 よくご覧よ。 あんたが抱えてるのは、このバケツに入ってるのとあんまり変わらない大きさじゃないかい?」 そう言われて、少年と共に写った祖母の身体と比べてみれば、確かに今バケツに入っている魚と大差ないサイズだ。 「大物が減ったんじゃなくて、あんたが大きくなったのよ」 「そういやあの湖・・・深かったはずなのに、俺の胸の辺りまでしか水がなかったな・・・」 なぜ気付かなかったのだろうと、リーバーが気まずげに頭を掻く。 その様に、ミランダもとうとう笑い出した。 「この子、頭はいいのに妙なところで抜けてるのよ」 肩をすくめた祖母は、クスクスと笑いながらミランダの手を引き、居間でお茶を出してくれる。 「他にもあるわよ、この子の小さい頃の写真 「ば・・・ばあちゃん!!」 慌てるリーバーに、彼女は手を払った。 「せっかくの『大物』が傷む前に、貯蔵庫にしまっておいで。 ランチはキッチンにあるから、手を洗ったら持って来てね」 居間から孫を追い出した彼女が振り返ると、既にミランダはアルバムに夢中になっている。 「か・・・可愛い・・・! ちっちゃなリーバーさんが羊に乗ってます・・・!!」 頬を染め、はしゃいだ声をあげるミランダに、彼女は大きく頷いた。 「この羊は特別大きかったから、よく乗って遊んでたのよね。 振り落とされて蹴られもしたんだけど、懲りなくてねぇ・・・」 とうとう羊が根負けした、と笑い出す彼女につられて、ミランダも声をあげて笑う。 「こっちは馬ですね! 馬には落とされなかったんですか?」 「さすがにそれはなかったわね。頭でっかちのクセに、運動神経がよくって。 あたしの自慢の孫よ 冗談めかした口調に、しかし、ミランダは大真面目に頷いた。 「そうでしょうね! 彼は本部でも、とても頼りにされているんです。 今、教団はリーバーさんがいないと治まらないって言われてるくらいで」 「まぁ、そうなの!」 嬉しそうに、彼女は目を輝かせる。 「田舎者だって馬鹿にされてるんじゃないかと思っていたけど、ロンドンみたいな都会で孫がそんな風に言われるなんて嬉しいわ 「馬鹿にするだなんて!」 とんでもないことだと、彼女の言葉を真に受けたミランダが必死に首を振った。 「教団はちょっと変わった人が多い場所ですから・・・リーバーさんは本部最後の良心って呼ばれて、部下の方達からもとても慕われているんです。 部下の方達って、リーバーさんより年上の人も多いのに、ちゃんとまとめて尊敬されて・・・私も尊敬します」 「まぁ まぁまぁ 自慢の孫を誉める言葉が、ミランダの口から次々と出てくることが嬉しくて、ついついはしゃいだ声をあげる。 「あの子、手紙をくれるんだけどそういうことは書いてくれないから・・・! あなたから聞けて嬉しいわ 「彼は良識のある人ですから、自分で自分を誉めるようなことはしませんものね」 生真面目に頷くミランダの手を、彼女は両手で包み込んだ。 「ねぇ、あなた・・・! 私、あなたのおばあちゃんになりたいの!」 「はっ・・・?!えっと・・・その・・・!!」 真っ赤になってうろたえるミランダに、にこりと微笑む。 「だから、あなたもおばあちゃんにお手紙をくれないかしら? あの子が書いてくれない、あの子の近況とか!」 「・・・・・・はい」 頷いて、ミランダは彼女の手を握り返した。 「わ・・・私、がんばります!!」 「なにを?」 大声をあげたミランダに、ランチの大皿を運んで来たリーバーが声をかける。 「ばあちゃん、なんか余計なこと・・・」 「言ってないわよ?」 ふるふると首を振って、彼女はリーバーが運んで来た皿を受け取った。 「さぁさ、ランチにしましょ ロンドンって今、冬なんでしょ? せっかくだから、オーストラリアの夏の果物を召し上がれ おいしそうなフルーツを盛り付けた皿がテーブルに置かれる前に、ミランダは重ねられたアルバムを持ち上げる。 「これ、どこに片付けて・・・きゃ 「なんだよ・・・」 手を塞ぐ皿をテーブルに置き、アルバムを受け取ろうとしたリーバーがミランダの歓声に呆れた。 しかしミランダは構わず、偶然開いたページに頬を染める。 「ちっちゃいリーバさん、ほっぺぷにぷにで柔らかそう・・・ 「・・・そこ、変な所に興奮すんな」 返せ、と、リーバーが伸ばした手からアルバムを守りながら、ミランダはページをめくった。 「ちっちゃいリーバーさんって、当然おヒゲがないんですよね・・・! 触りたいわ、ふにふにほっぺ アルバム越しに、じっと見つめてくる目にリーバーが、ぶるりと震える。 「・・・帰ったら子供薬盛ってやろうって目で俺を見るな」 「なんでわかっちゃったんですか?!」 「わかるわ! いいからそれを渡して昼飯食え!!」 「いやですー!!」 アルバムを取り上げようとする手から逃げるミランダを、祖母の優しい目がニコニコと見守っていた。 「・・・なぜアジア支部長がこちらに?」 冷たく、鋭い目で見つめられたバクは、『仕事で』と声を詰まらせた。 「アジア支部長に来ていただくようなお仕事があったでしょうか?」 事務的な口調で言うや、スケジュール帳を開いたブリジットに、バクは額に浮いた汗を拭いもせず頷く。 「ア・・・アジア支部長と言っても、支部の科学班は僕の直轄だからな! 本部科学班に作成を依頼した諸々のチェックなどは僕自身で行いたいと、そう思って・・・!」 ブリジットの眼力の前で、しどろもどろになったバクのフォローにコムイが慌てて駆けつけた。 「待ってたよ、バクちゃん! 例のアレ、リーバー君が! リーバー君が完成させて、ボクに預けてったよ!」 この城で最もブリジットの信頼を勝ち得る人名を出したコムイは、わざとらしい笑みを浮かべてバクの手を引く。 「コッチダヨー! あ、ミス・フェイ! お仕事大変だろうけど、お願いしますね! キミにしか出来ないコトだからさ!」 お願いだから早く行って下さいと、必死の思いが透けないようにさり気なさを装うが、コムイの汗顔と引き攣った声が全てを台無しにしていた。 しかし、ブリジットはため息をついただけで何も言わず、踵を高く鳴らして踵を返す。 「では、私は3日ほど留守にします。 時差がありますので、本日から前乗りさせていただきますが・・・」 背を向けた彼女にホッとした途端、鋭い眼光が肩越しに投げられた。 「くれぐれも! お仕事サボらないように!」 「はい・・・!!!!」 蛇に睨まれたカエルのように、硬直して頷くこともできないコムイが細い声をあげると、彼女は鼻を鳴らして颯爽と歩み去る。 その背中が完全に見えなくなった途端、 「こ・・・怖かった・・・・・・!」 コムイはバクの手に縋ったまま、へなへなと座り込んだ。 「でも・・・でもこれで・・・」 「あぁ、わかっている」 締まりない笑みを浮かべるコムイに、バクが頷く。 「やるからには、派手にやってやろうじゃないか!」 「さすがだよ、バクちゃん!!」 バクの硬く握られたこぶしを両手で包み込み、コムイは何度も何度も頷いた。 「ってことで、やるよ春節!!!!」 こぶしを高く掲げたリナリーが大声をあげた途端、全てのトラウマがフラッシュバックしたアレンが、咀嚼し損ねたものを喉に詰まらせて白目を剥いた。 「アレン君!大丈夫?!」 「な・・・何か企んでると思ったら・・・春節だったんですか?!」 アジア支部でのみやるものと思い込んでいたアレンは、旧教団本部で受けた恐ろしい仕打ちの数々を思い出して震え上がる。 「てっきり、アジア支部に滞在するために敵を遠ざけてるもんだと・・・なんでここで?!怒られるよ、絶対!!」 断固反対だと絶叫するアレンを、リナリーはムッと睨みつけた。 「アレン君も追い出せばよかった!」 「そ・・・そんなぁ・・・!」 途端に萎れたアレンの頬を、リナリーが両手で挟む。 「兄さんが苦労して根回ししたんだよ? あの意地悪魔女はともかく、班長が本部にいないなんて、滅多にないチャンスなんだ・・・! 計画を実行するまでもなく、ミランダが向こうで合流してくれたみたいだし、突然帰ってくる可能性もなくなったんだよ・・・!」 「そ・・・それでミランダさんまで?! コムイさん、どんだけ策士!」 なぜもっとまともなところでその頭脳を使わないのかと、毒づきたくなった。 しかしリナリーはにんまりと笑って、大きく頷く。 「アジア支部のシェフ達、もう出張してきてるよ?」 「え?!」 リナリーの手を振り解いて厨房を見れば、見覚えのある顔がジェリーと共に働いていた。 「3日間、お正月料理食べ放題で嬉しいねぇ? ねぇ、アレン君?」 にこりと笑って、リナリーがアレンの肩を叩く。 「じゃ、協力しようか 「はい・・・」 もはや頷くことしかできず、アレンは期待と不安の混じった眉根を寄せた。 ―――― 翌朝、早くから教団本部の各所で鳴り響いた破裂音に、多くの団員が飛び起きた。 「襲撃か?!」 真っ先に動き出したのは鴉を始めとする中央庁の戦闘部隊と監査官達だ。 教団本部の治安維持を担うことを自身に任じる彼らは、激しい破裂音に釣られるように各所の『現場』へ駆けつけた。 暗闇の中に音は響くが、火花が散ることはほとんどなく、しかし火薬の臭いは充満している。 「一体・・・?!」 敵はどこだと戸惑う彼らの背後で、重い鉄扉が閉ざされる音と、鍵の掛かる音が響いた。 「閉じ込め完了しました・・・けど・・・・・・!」 巨大な南京錠から鍵を引き抜いた警備班の団員が、不安げにインカムを弄る。 「いいんですか、室長?! 俺、マジどうなっても知りませんからね?!」 「ダイジョーブダイジョーブ 絶叫に暢気な返事をして、コムイはゴーレムに笑いかけた。 「後でお正月料理差し入れるから、飢えて死ぬこともないヨー 『そういう問題じゃ・・・!』 ない、と言う声を聞く前に回線を切って、コムイはのんびりお茶をすするバクを振り返る。 「じゃ 始めよーか、春節!」 「あぁ」 にんまりと笑ったバクが、帽子の精霊石に血を注いだ。 「フォー、いいぞ」 「・・・お前ら、馬鹿だ馬鹿だと思ってたけど、本当に馬鹿だな」 バクの指に絆創膏を貼ってやるコムイを見ながら、フォーが心底馬鹿にした口調で言う。 「祭のために封神召還するか、普通?」 「なに言ってんの、祭だから神様お呼びするんでしょ? ちゃんとお供え物もするし、のんびりしてってよ そう言われると、祀られることが役目の神としては邪険にも出来なかった。 「ま・・・まぁ、異教の奴らがあたしを拝もうってのを、断る理由はないしな!」 そんなことは一言も言っていないが、神に機嫌よく仕事をしてもらうためにも指摘せずにおく。 「下準備はしておいたから、賑やかにいこーよ!」 コムイの言葉に大きく頷き、フォーはどこからか金色に輝く大きな玉を取り出した。 「龍はどこだ?!」 「李桂達が外で待機している!」 両のポケットから鳴り物を取り出したバクが、いそいそと立ち上がる。 「行くぞ!」 「おうよ!」 「ボクもー 部屋を出た途端、鳴り物を鳴らし始めたバクに応じて楽器がかき鳴らされ、巨大な龍が踊りだした。 「祭の開始だー!」 唖然とする団員達の間を、金の玉を掲げたフォーを先頭に、龍が波打ちながら抜けていく。 「来たさー! 俺も入ってい?!」 回廊で待ち構えていたラビが声をかけると、龍の腹を動かしていたアジア支部の団員が代わってくれた。 「すげーさ!生きてるみてー!!」 フォーが先頭で操る玉を追いかけるように、首をくねらせる龍の姿にラビが歓声をあげる。 「なんでここにいるんだよ」 通りかかった神田が声を掛けると、フォーは得意げに笑った。 「祭なんだから、神がいて当然だろ?」 つい先程、馬鹿にしていたことを忘れたような口調にコムイが笑い出す。 「神田君も参加しなよー 「爆竹鳴らしながら行列するの、楽しいよー 頭上からの声に顔をあげると、ちゃっかり龍の頭に座ったリナリーが、竿にかけた爆竹を派手に鳴らしていた。 「・・・重いだろ」 「いいやっ・・・!なんのこれしき・・・!」 「僕が手伝ってるから平気ですよ」 既に息の上がっている李桂の陰から、左腕を発動させて龍の顎を支えるアレンがひょっこりと顔を出す。 「コントロールは李桂に任せて、リナリーは僕が! 僕が支えてるから神田はどこにでも行っちゃってください!」 むしろあっち行け、と手を払うアレンは、コムイが振り向く前に李桂の陰に隠れた。 「・・・すごい図だな」 好意を持たれている事は知っているだろうに、その二人を文字通り尻に敷くリナリーを、神田は呆れ顔で見上げる。 しかし彼女は高い場所で爆竹が鳴らせるのが嬉しいのか、晴れ着も誇らしげにはしゃいでいた。 「誰も止める奴はいねぇのかよ」 「全員排除したらしいわよ 突然背中に抱きついて来たエミリアに、神田はうんざりとため息をつく。 「道理でリーバーがいないと思った」 「知らなかったの? リナリーがあちこちに根回ししてたから、てっきりあんたは真っ先に協力求められたと思ってたけど」 「俺が帰ってきたのはついさっきだ」 宿舎に戻ろうとしたところで行き合った、と言う彼に、エミリアは頷いた。 「そうなの、おかえりー 着替えたら、一緒にお祭見物しましょ 飾りつけはこっそりと、昨晩のうちに進行していたと言う彼女に、神田はまたため息をつく。 「全く、祭となるとやることが徹底してるな」 よくもまぁ、中央庁の連中の目を盗んだものだと、さすがの彼も感心した。 「アラ、もういいの? せっかくなんだから、龍が行っちゃうまで見ていればいいのに」 素っ気無く振り解かれたエミリアが、宿舎へと向かう神田の背に声をかける。 「どうせ3日間、騒がしいんだ。 今じゃなくても・・・」 「神田殿ー!新年好 呼びかけられ、振り向いた途端、神田の目の前が真っ暗になった。 「・・・なんだよ、ジジィ」 闇の中、眼前に迫った老人の顔を睨むと、ウォンは気まずげに神田の頭を咥えていた獅子の口を開く。 「え・・・縁起を担いでですなっ!」 舞獅だと、大きな獅子の頭を鳴らすウォンに神田は舌打ちした。 「ジジィが無理すんじゃねぇよ」 「無理など! 楽しんでおりますぞ!」 嬉々として獅子の頭を持ち上げたウォンの背後では、シィフが蒼い顔をして息を切らしている。 「ウォ・・・ウォンさん、急に走らないで・・・! 僕、酔っちゃった・・・!」 「情けないですぞ、シィフ! ホラ! もう龍が先に行ってしまいました! 追いかけねば!!」 それそれと、大きな獅子の頭を振りながら駆け去っていく老人を、神田は呆れ顔で見送った。 「・・・この分だと、食堂はもっとすげぇな」 近づくのはよそうかと、真顔で考える神田の背をエミリアが押す。 「早く行って、帰っておいでよ! 残ってた中央庁の人達、全員監禁してる間に本格的な飾り付けするんだって、みんな張り切ってんだから!」 手は多い方がいい、と、神田以上の真顔で言ったエミリアに、彼は思わず頭を抱えた。 神田が予想した通り、城内を一巡した龍と獅子の一行が食堂に入った時には、そこはアジア支部が引っ越してきたかのような騒ぎになっていた。 厨房でも、アジア支部のベテランシェフ達はジェリーの兄弟子達にあたるためか、本部のスタッフよりも手際よく正月料理を作っては、見習い達に指導までしている。 「素敵!! ずっとこうならいいのに!!」 夢のコラボレーションともいうべき光景に、アレンがキラキラと目を輝かせた。 「ウォーカー、アジア支部にいる時から『ここにジェリーさんがいてくれたらいいのに!』って言ってたもんなぁ!」 そう言って笑う李桂に、アレンはコクコクと頷く。 「ジェリーさんが加わることで、満漢全席を軽く超えてくれますよ!! 口うるさいリンクも閉じ込めちゃったし、僕はとっても幸せです 「・・・今、さらっととんでもないこと言わなかったさ?」 思わず声を引き攣らせたラビを、アレンは不思議そうに振り返った。 「せっかく企んだんですよ? 邪魔者は排除するに決まってるじゃん」 今頃は他の鴉と一緒に閉じ込められている、と笑うアレンの頭上で、ティムキャンピーも身体ごと頷く。 「あいつも仕事とは言え、大変さね」 と、口では同情しながら、口うるさい監査官が傍にいないことはラビにとっても歓迎すべきことだった。 「リナの機嫌がいいはずさ」 「なに?! リナリーちゃんって、その監査官嫌いなの?!」 突然食いついてきた李桂に、アレンが驚いて頷く。 「リンクも、リナリーとは仲悪いですよ。いっつもケンカしてるもん」 「そっかぁー・・・! 少なくとも、敵は一人減ったわけだな!」 なんであんなに可愛い子を嫌いなのかわからないけど、と、嬉しそうな李桂の足を、アレンは思いっきり踏んでやった。 「イッタ!! なにすんの、ウォーカー!!」 「あーごめんなさい。 でかい足に気付かなかった」 わざとらしく鼻を鳴らして、アレンは注文カウンターへと駆け寄る。 「ジェリーさぁん お勧めメニュー全部ください 思い切り甘えた声に、李桂がぎょっとした。 「なぁ・・・ウォーカーってあんな声出すのか?」 アジア支部では散々泣き言も聞いたが、あんなに蕩けた甘え声を聞いたのは初めてだと言う彼に、ラビは笑って頷く。 「ジェリー姐さんは特別さ。 アレンが大好きなママンだからな」 「へー。どんな美人・・・っ!!」 再びカウンターへ目をやった李桂は、現れたジェリーの姿にまたぎょっとした。 「あ・・・あの・・・あれ・・・!!」 「ジェリー姐さんは、心が乙女の人なんさ。 滅多なこと言うんじゃねぇよー」 実に有益なアドバイスをしてくれたラビに、李桂は無言で頷く。 「そうか・・・ウォーカーって、そっちの趣味だったのか・・・・・・。 蝋花、可哀想にな・・・」 それは誤解だと言ってやろうとしたラビは、こっちの方が面白そうだと思いとどまり、にんまりと笑った。 その頃、アジア支部の『扉』から方舟に乗り込んだ蝋花は、泣きながら白い街の中を走っていた。 「みんな置いてくなんて酷いですぅー!!!!」 バクからは『朝の6時着』と知らされていたが、てっきり中国時間での『明朝6時』だと思い込んでいたのだ。 支部の科学班から人が消えたことにも気付かず、いつも通りに仕事をしていた蝋花が、ようやく出来上がった資料を持って行った執務室に、バクの姿はなかった・・・。 既に彼らが出発したと、通信班のメンバーが苦笑まじりに教えてくれなければ、蝋花は今もバクを探して支部中を駆け回っていただろう。 慌てて晴れ着に着替え、精一杯のおしゃれをして、出かける準備ができた頃にはもう、龍舞は終わっていた。 「せっかくのお正月に・・・龍舞も見られなかったなんて・・・!」 ぜいぜいと息を荒くして、本部の方舟の間を出た蝋花は、案内してくれる監視ゴーレムについてみんなが集まっているという食堂へ向かう。 と、その途中、晴れ着を着て嬉しそうなリナリーを見つけた。 「あ!あの・・・!」 声をかけると、身体の大きな団員と話していたリナリーが振り返る。 「蝋花さん!遅かったね!」 もう龍舞は終わったよ、と、笑いかけてくるリナリーに、蝋花は残念そうに頷いた。 「私・・・支部長の指示を勘違いしてて・・・。 置いてけぼりにされちゃってたんです・・・」 「ありゃ。 そりゃ可哀想にね」 どすどすと歩み寄って来た彼女が、大きな手で蝋花の頭を撫でてくれる。 「蝋花って、アジア支部の見習いだよね? あたし、キャッシュ。 本部の科学班所属だよ」 「本部の・・・!」 憧れの本部科学班に所属する女性科学者を、蝋花は輝く目で見上げた。 「わっ・・・私もいつか・・・ううん! 近いうちに、本部の科学者になるって決めてます! その時はよろしくお願いします!!」 「うん、よろしくー」 気さくに頷いたキャッシュを嬉しげに見つめた蝋花が、はっとして手にした籠から瓶を取り出す。 「あの、これ良かったら!」 「お酒?」 陶器の瓶を揺らして、液体の音を聞き取ったキャッシュに、蝋花はにこりと笑った。 「アジア支部で、フォーさんが育てている桃の実を煮詰めて作ったシロップです! お水や炭酸で割って飲むとおいしいですよ! あ、今は寒いから、お茶に入れるとおいしいです!」 リナリーさんも、と、差し出された瓶を、リナリーは嬉しげに受け取る。 「ありがとう! 楽しみだなぁ 「あの! ところで室長はどちらですか? 賄賂・・・じゃない、ご挨拶に、特別なお酒を持って来たんですけど!」 「あぁ、室長は・・・って今、賄賂ってゆった?」 「言ってません!」 きりっと眉をあげて言い切った蝋花に苦笑しつつ、キャッシュは彼女達も向かっていた先を指した。 「多分、幹部用の食堂。 一般食堂の2階にあるんだけど、今日はバク支部長が来てるから、そっちでおもてなし中だと思うよ」 ね?と、聞かれたリナリーが頷く。 「今は入れてもらえないと思うよ。 でもバクさん、いつも『一般団員と親しく交わるのは幹部にとって必要なことだ』って、すぐに一般食堂に下りてくるんだ。 だから下で待ってれば、兄さんも下りて来るよ」 気さくな人だよね、と言うリナリーの誤解に、蝋花は複雑な笑みを浮かべた。 しかし、バクが一般食堂に下りて来たがるのは下心あってのことだとは、さすがに彼女の立場では言えない。 「わ・・・悪い人じゃないんですけど・・・ね・・・・・・」 なんとか当たり障りのないことを言って、蝋花は首をすくめた。 「あの・・・お二人も、食堂に行かれるんですか?」 「うん! 今日はアジア支部のシェフ達が出張してくれてるから、楽しみなんだ!」 目を輝かせるリナリーの傍らで、キャッシュが自身の白衣をつまんで笑う。 「晴れ着を着る日だって知らなかったから白衣のままだけど、いいよね?」 彼女にとって今日は、何の変哲もない平日だ。 無理もないことなのだが、リナリーは頬を膨らませて首を振る。 「せっかくだから着替えてって言ってるのに! キャッシュのおしゃれなカッコ、見たいもん!」 「だから、今はオナカすいてんだってば。 仕事もあるんだから、先に朝ごはん食べさせてよ」 うるさいリナリーをひょいと小脇に抱えて、キャッシュが歩き出した。 「いこ。 食堂に案内するよ」 「は・・・はい!」 キャッシュの歩幅に遅れながら、蝋花は小走りでついていく。 ややしてついた食堂は、大勢の団員で賑わっていた。 「うわぁ・・・! さすがに賑やかですねぇ・・・!」 広さも、アジア支部とは比べ物にならないと感心する蝋花に、リナリーを下ろしてやったキャッシュが笑う。 「旧本部はここまで広くなかったそうだけどね。 新しいっていいよね・・・って、あれ?」 振り返った先に蝋花の姿はなく、見回すと既に、注文カウンターに貼りついていたアレンに突撃していた。 「・・・すごいね、あの子」 「ふ・・・ふんっ! 負けないけどねっ!」 今日は元日だから譲ってやるんだと、器の大きいところを見せようとするリナリーの表情は硬い。 「ま、がんばれ」 笑って背中を叩いてやると、リナリーは大きく頷いた。 「あ、いらっしゃい、蝋花さん! 遅かったですね、お仕事ですか?」 気さくに声をかけてくれたアレンに頬を染めて、蝋花はコクコクと頷いた。 「支部長の指示を聞き間違えちゃって・・・うっかりいつもの仕事してました」 「お疲れ様でした」 にこりと笑った彼に惚れ惚れしていると、目の前のカウンターに次々と大皿が現れる。 「アレンちゃん、おまちどーん アラ?お友達ィ?」 筋骨隆々としたたくましい身体つきの料理長から出てくる声の意外さに、蝋花はびくっと震えた。 しかしアレンは全く気にせず、嬉しそうに大皿を抱えて頷く。 「アジア支部でお世話になった、科学班の人です」 「アラン アレンちゃんを助けてくれてありがとぉねぇん ねぇアンタ、なに食べるぅ? アレンちゃんを助けてくれたお礼に、なんでも作ったげるわよぉん 「えっと・・・あの・・・・・・」 なぜ、アレンを助けたお礼を彼女(?)がするのか、わけがわからずに固まった蝋花の袖を、李桂がそっと引いた。 「彼女・・・ウォーカーとラブラブらしいぞ」 「ひぇっ?!」 信じがたい情報に蝋花が白目を剥く。 「そ・・・・・・んな・・・まさかっ・・・!」 辛うじて意識を取りとめながら、縋った李桂はしかし、大真面目な顔で首を振った。 「俺もまさかと思ったが、ウォーカーは心底彼女に惚れてるらしい。 さっきから、あいつは彼女への愛の言葉しか口にしてないぞ」 その言葉を、こっそり聞いていたラビが肩を震わせて笑う。 アレンがジェリーに甘えまくり、『大好き』だの『もっと愛をください』だの、挙句の果てには『ジェリーさんなしでは生きていけない』だのと大騒ぎするのは、ここではいつもの光景なのだが、よそ者には奇異に写ったようだ。 すっかり誤解してしまった李桂の間違いを指摘もせず、様子を窺うラビの前で、アレンが更に言う。 「僕、ジェリーさんがいなかったら教団になんて帰ってこないですよ! アジア支部であんなにがんばったのも、絶対ここに帰ってジェリーさんに会うんだって! その一念だったんですから!」 「ンマァ だったらアタシ、ずぅーっとここにいなきゃだわねぇ 「ずっといてくださいー 僕、ジェリーさんが大好きです 暑苦しいほどの愛の応酬にあてられ、とうとう蝋花が白目を剥いた上に泡を吹いて意識を手放した。 「ぶふっ!!」 たまらず吹き出したラビが、溢れる涙を拭うことも出来ずにしゃがみこんで笑い出す。 必死に声を殺したおかげで、体調が悪いのかと勘違いした李桂が、蝋花を支えたままラビの上に屈みこんだ。 「だ・・・大丈夫か? えっと・・・とりあえず蝋花を寝かしときたいし、あんたも具合が悪いなら病棟に案内してくれると助かるんだが・・・」 「そっ・・・それなら、医療班を呼ぶといいさ・・・! 俺は大丈・・・ぶふっ!!」 全身を震わせて笑いながら、ラビは回線を開いたゴーレムを李桂に差し出す。 「あ、サンキュ。 あの、医療班ですか? 失神したのがいるので、ちょっと預かって欲しいんですが・・・」 遠慮がちに言った李桂に承諾の返事があり、数秒後に現れた医療班が、蝋花をストレッチャーに乗せて去っていった。 「・・・やっぱ本部ってすげーな」 「いや・・・あんたもすげーおもしれーさ!」 笑いすぎて息を切らしたラビが、楽しそうに李桂の肩を叩くが、当然彼には何のことかわからず・・・。 こんな騒ぎがあっても全く動じず、平然と談笑しながら食事をする本部の団員達に、ひたすら感心した。 「あれ?ライバルリタイヤ? つまんないの」 アジア支部のシェフが作ってくれた正月料理を頬張りながら、キャッシュは蝋花がストレッチャーに乗せられ、運ばれていく様を眺めた。 「あの子のことだから、もうちょっと粘ると思ったけどなぁ」 「ジェリーとアレン君は、本当に仲がいいからね。 初めて見るとショックなのかも」 気付かなかったけど、と、戦う前に散って行ったライバルに、リナリーがわざとらしく黙祷する。 「じゃ、献杯でもしようか!」 にこりと笑って、リナリーは蝋花からもらった桃のシロップを掲げた。 「コラコラ、死んでないでしょ!」 「違うよー。 お客様に献じるだけだよー」 挙動不審に目を逸らすリナリーに、キャッシュがため息をつく。 「あんた、意外と根暗だったのね」 「ひ・・・ひどいっ! 神田と同じこと言うなんて!」 「あぁ、やっぱりそうだったんだ」 人の本性を見抜くことにかけては右に出る者のない神田がそう言っているのなら事実なのだろうと、キャッシュは納得した。 「そんで? 今のうちに、ライバルを蹴落とす作戦でも実行すんの?」 その問いには意外にも、『ううん』と首を振る。 「もうすぐ兄さんが合流するから、危ないもん」 「あぁ・・・そりゃそうだ」 本部に来て日が浅いキャッシュでさえ、コムイの異常な兄妹愛は知っていた。 道理でリナリーがライバルの突撃を、指を咥えて見ていたはずだと納得する。 そう言うと、彼女はにんまりと笑った。 「ジェリーがいるんだよ? アレン君があそこで、ジェリー以外の人に見向きするわけないんだよ」 「・・・やっぱ根暗!」 しかもあざとい、と、キャッシュが呆れる。 「人聞きの悪いっ!」 ぷくっと膨れたリナリーは、蝋花がくれた瓶のコルクをあけ、紅茶のカップに注いだ。 「せめて策士って呼んで欲しーな!」 こくりと飲んで、瞬く。 「どうしたの?おいしくなかった?」 「ううん・・・おいしいんだけど、これ、桃かなぁ?」 不思議そうに呟きながら、リナリーはまた一口飲んだ。 「お砂糖加えずにシロップにしたのかな。 甘味が足りない気がするんだけど・・・」 「へぇ・・・どれどれ?」 と、キャッシュも自分がもらったシロップのコルクを開け、空になったマグカップに注いで、何も加えずに味見してみる。 「・・・なんだ、ちゃんと甘いじゃない。 香りも桃だよ?」 「えー?そう?」 まだ不思議そうなリナリーに、キャッシュは笑って空になった彼女の皿を指した。 「それ。 麻婆豆腐だっけ?すごく辛かったんじゃない?」 「あ、そっか」 もう熱くはない紅茶を飲んでもぴりぴりする舌を小さく出して、リナリーも笑う。 「鼻まで変になっちゃうって、さすが本場のは違うよね。 ジェリーは手加減してくれるから、いつも通りに食べたら涙が出ちゃったよ」 「泣きながら食べなくてもいいのに」 「でもおいしかったんだよー」 クスクスと笑う二人に、『なにが?』と、大皿を抱えたアレンが寄って来た。 「麻婆豆腐が、辛いけどおいしかったって話。 アレン君も注文した?」 「えぇと・・・はい、これですね」 よいしょ、と、テーブルに皿を並べたアレンが、ちゃっかりとリナリーの隣に座って麻婆豆腐の皿を引き寄せる。 「そんなに辛いんだ・・・リナリー、顔が赤くなってますよ」 「やっぱり? なんだか熱くなっちゃって」 パタパタと自分をあおぎながら笑うリナリーの対面に、ラビも座った。 「俺も、うまそーだったからつい注文しちったけど、そんなに辛いなら食えるかねぇ・・・」 「最初はあんまり辛く感じないから、いつも通りに食べてたら急に来たんだよ。 油断してたよ・・・!」 苦笑しつつ、リナリーは飲み干したカップに紅茶を注ぎ、また桃のシロップを入れる。 「あ、それ、蝋花さんがくれたやつですか?おいしい?」 僕ももらった、と、ポケットを軽く叩くアレンに、リナリーは苦笑して首をかしげた。 「それが・・・辛いもの食べた直後だったから、味も匂いもわかんなくて。 2杯目になったらさすがにわかるんじゃ・・・あぁ、まだ無理だ」 「そ・・・そんなにさ?! 俺、麻婆豆腐は後にするさ!」 「僕も・・・!」 二人は慌てて件の皿を遠ざけ、湯気を上げるおいしそうな皿を引き寄せる。 せっかくのご馳走なのに、味がわからなくなるのは惜しいことだった。 「まさかこんなに辛いなんてね。 ジェリーは手加減してくれてたんだね」 味がわからないからと、またシロップを追加して飲み干したリナリーが、真っ赤な顔でため息をつく。 「なんだか・・・ふらふらするぅ・・・」 「へ?! ちょっとあんた、熱があるんじゃないの?!」 キャッシュがリナリーの額に手を当てると、ほんのりと熱かった。 「高熱ってワケじゃないけど、体調悪いなら・・・って、あれ? もしかして?」 眉根を寄せたキャッシュが、リナリーの口元に鼻を近づける。 「・・・この子、お酒臭い」 「へ?!これ、お酒入ってたんですか?!」 「リキュールだったんかよ!」 蒼褪めて身を引いたアレンを押しのけ、手を伸ばしたラビがリナリーの前にある瓶を取り上げた。 ほとんど空になった瓶の口に鼻を近づけた彼は、思わず顔をしかめる。 「・・・シロップじゃないさ。 リキュールでもない・・・中国の白酒だな」 「白酒って・・・まさか、アニタさんのお店にあったあの、アルコール度数50度は下らないっていう・・・!」 「ん。 ジジィが飲んでご機嫌だったアレさ」 「火を近づけたら燃えたアレでしょおおおおおおおお?!」 アレンの絶叫に、キャッシュが顔を強張らせた。 「室長! 室長!リナリーが大変だよ!!」 キャッシュが上階に向けて声をあげると、コムイだけでなく、バクまでもが飛んでくる。 「こんなに真っ赤になって、どーしたの?! リナリー!お兄ちゃんだよ!わかるかい?!」 ぐったりと椅子にもたれかかり、目を閉じたリナリーを思わず揺さぶると、妹は苦しげな唸り声をあげた。 「やめたげて! この子、桃のシロップと間違えて、白酒飲んじゃったの! しかも、この量を短時間に!!」 「ご・・・500mlはあるよね、これ・・・!」 「しかもこのラベル・・・蝋花がどうしてもと言うから、僕が分けてやった最高級の白酒だぞ。 普通のと違って、アルコール度数は60度くらいあったはず・・・」 バクの言葉に、アレンが震え上がる。 「普通のだって火がつくお酒ですよ?! コムイさん、早く手当てしないとリナリーが死んじゃいますよ!!」 大真面目に言うアレンを、誰も笑わなかった。 「医療班!すぐ来て! リナリーが・・・!」 状況を伝えようとしたコムイは、不意に軽くなった腕に驚いて言葉を切る。 「やらぁ〜!まらココにいるぅ〜!」 意識を取り戻したリナリーが、呂律の回らない口調で言いながらよろよろと立ち上がった。 「危ないよ! 医療班が来るまで座ってなさい!」 慌てたコムイがやや強い口調で言うと、リナリーが赤く染まった眦を吊り上げる。 「やー!! みんなと一緒がいいのっ!!」 兄の手を振り解いた弾みによろけて、隣に座っていたアレンの上に倒れこんだ。 「リナリ・・・大丈夫ですか?!」 「らいじょーぶよー 抱きとめてくれたアレンににこりと笑ったリナリーが、彼に抱きつく。 「ありがとー 「え?!ちょ・・・リナ・・・!」 頬にお礼のキスをしてくれたことは嬉しいが、最悪なのは状況だ。 よりによってコムイの目の前で行われた行為に、アレンの全身から血の気が引く。 案の定、怒り狂った鶏のように奇声を上げるバクの隣で、コムイが淡々と破壊兵器の組立てを始めた。 「・・・オーケィ、アレン君。 覚悟はいいね?」 「よくありませんっ!!!!」 唸りを上げて迫るドリルの先端に怯えるが、逃げようにもリナリーに抱きつかれたままでは身動きが取れない。 「リナリ・・・お願い! 僕、コムイさんから逃げ・・・!」 「イイヨー 間近で、リナリーがにこりと笑った。 「アレン君を兄さんから逃がしてあげうー♪」 言うや、すっくと立ち上がったリナリーのイノセンスが、光を帯びる。 「キャッシュ!離れるさ!!」 呆然と状況を見つめていたキャッシュにラビが声をかけ、我に返った彼女が歩を引いた途端、リナリーとアレンの姿は爆風と共に消えた。 「あひゃひゃひゃひゃ どーぉ?逃げたよー アレンを抱えたまま、塔の屋根の上に着地したリナリーは、冬の海風を心地よげに浴びた。 「すすしーおー アレンふん、ひもひーねー おそらく、涼しいとか気持ちいいとか言っているのだろうと予測しながら、高Gを受けた直後のアレンは何も答えることが出来ない。 「あれー? アレンふんもよっぱらぃー?」 酔ったのは酒にではなくGにだが、今にもリバースしそうなアレンは真っ青な顔で、頷くことしかできなかった。 「あはははは たのしーねー 全然話の通じないリナリーに反駁を諦め、アレンは冬の海風にぶるりと震える。 「リ・・・リナリー、こんなとこにいると、今はよくてもすぐに凍えちゃいますよ。 戻りましょう?」 「えー?兄さんから逃げるんでしょお?」 「あ」 そうだった、と、アレンは頭を抱えた。 「どうしよう・・・! 理由が理由だけに、バクさんも助けてくれないだろうし・・・」 「あははははは!! アレンくん、しそめんかー!!!!」 どうやら『四面楚歌』と言いたいらしいリナリーの、けたたましい笑声にもう、乾いた笑いしかでない。 「神様タスケテー・・・」 アレンが、今まで助けてくれたことなんかない神に向かって呟くと、 「呼んだか?」 にょきっと、屋根を突き抜けてフォーが現れた。 「わっ!びっくりした!」 「なんだ、呼んでおいて生意気な!」 帰る、と、唇を尖らせて拗ねるフォーの腕を、アレンは慌てて掴む。 「ゴメンナサイ、まさか来てくれるなんて思わなかったから! フォー、事情は知ってるよね?! 助けてくださいー!」 泣いて縋ってくるアレンに、フォーは肩をすくめた。 「まぁ、そこまで言うなら・・・」 「先に助けたげたのはリナなのにィ!!!!」 突然の大声に、アレンだけでなくフォーまでもが目を丸くする。 「なんだおアレンくん、リナにお礼も言わないんらから! もう知らないおっ!」 「え?! あ、ごめんなさい!本当に助かりました!ありがとうござ・・・!」 「いいよ、もう!!!!」 完全に拗ねたリナリーが足を踏み鳴らした途端、屋根はおろか塔の最上階までもが崩れた。 「ひいっ?!」 地面へ向けて落下するアレンと共に落ちながら、リナリーは彼を睨みつける。 「叩きつけられる前に、神様に助けてもらうんらね!」 ふんっ!と鼻を鳴らしたリナリーは、猫のように空中で姿勢を変え、崩れ落ちていく石材を足がかりに空中を駆け去った。 「・・・すげーな、あの小娘。 人間のクセに、空を走ってったぞ」 思わず感心しながら、フォーは宙に止まってアレンの落下を止める。 「ところでさっき、食堂からお前らが逃げた時だけどさ」 よいしょ、と、アレンを地面に下ろしたフォーが、両手を腰に当てた。 「あの小娘、爆風を起こしやがって・・・食堂が半壊しちまったもんだから、ジェリーが激怒してるぞ」 「なんてことっ!!」 最愛のママンは無事かと、まず尋ねて来たアレンに、フォーは頷く。 「バクの傍にはあたしがいたからな。 怪我人はいないんだが、建物まで守ってやる余裕はなかった」 「そう・・・怪我人がいないだけでもよかった」 ホッとして礼を言うアレンに、フォーは苦笑した。 「でも、これからはわかんないぞ?」 「これから?」 何が?と問えば、フォーは呆れ顔でリナリーの消えた先を指す。 「更なる破壊活動が行われると思うぜ?」 言う間にも、城の敷地内から破壊音が響いた。 「なにやってんだてめぇは!!!!」 突然部屋の壁をぶち破って侵入してきたリナリーに、神田が怒号をあげた。 しかし、凄まじい怒鳴り声にもめげず、神田に抱きついたリナリーは、大声で泣きじゃくる。 「アレンくんがひどいんらおー!! リナ、助けたげたのに、お礼もないのー!!!!」 「そんなツマンネーことでテメェは俺の部屋をぶち壊すのか!!!!」 「ツマンネーことじゃないもんっ!大事なことだもんっ!!」 神田の胸倉を掴み、ぴぃぴぃと泣きじゃくるリナリーにため息をついた。 と、 「ダーリン、すごい破壊音が・・・なにやってんの、あんたー!!!!」 駆けつけたエミリアが、鬼の形相で神田に抱きつくリナリーにげんこつを落とす。 「ぎゃあん!!!!」 「離れなさいよっ!」 泣いても容赦せず、エミリアはリナリーの首根っこを掴んで神田から引き剥がした。 「あんたねっ! 妹みたいな立場だからって、なにやってもいいってわけじゃないのよ! わきまえなさいよ!!」 床に転がったリナリーを見下ろし、エミリアはびしぃっと指差す。 恐ろしい彼女を涙目で見上げたリナリーは、負けじと眉を吊り上げた。 「エ・・・エミリアなんて、後から来たくせにィ!!」 「生意気言うのはこの口か――――!!!!」 「ぎゃあああああんっ!!!!」 必死の抵抗も空しく、思いっきり両の頬を引き伸ばされて、リナリーが泣き声を上げる。 「うるせぇ!!」 女達の怒鳴り声にうんざりした神田が、憤然と部屋を出た。 「どこ行くのよ!」 「リナリーを置いてかないでぇ!」 背中にかけられた声に、神田は舌打ちする。 「こんなやかましいところにいられるか! テメェらに譲ってやっから、いつまでも怒鳴りあってろ!」 足早に部屋を離れると、逆に、破壊音を聞きつけて駆けつけてくる者もあった。 「神田君! 今の、リナリーかい?!」 真っ先に駆けつけてきたコムイに、神田は忌々しげに頷く。 「あの馬鹿、俺の部屋を破壊しやがった!」 「ゴ・・・ゴメンネ! あの子も悪気はないんだよ! ただ、ちょっと手違いで強いお酒を飲んじゃって・・・悪酔いしてるんだ」 「・・・ハァ?! どこの馬鹿だ、あいつにそんなもんやったのは!」 目を吊り上げた彼へ、コムイと共に駆けつけたバクが方を落とした。 「すまない・・・。 どうやら、うちの蝋花が間違えて渡したようなんだ・・・」 彼女も病棟で白目を剥いているため、確認は出来ないが、おそらくそうだろうと、バクがため息をつく。 「なにやってんだ、お前ら・・・」 「ボクへのお土産だったみたいなんだよね。 確かに、ボクなら平気だからさ」 幸いにも、と言うべきか、リナリーも下戸ではなかったようで、アルコール度数の強い酒を大量に飲んでも昏睡することはなかった。 しかし、 「あんなに暴れちゃ、脱水症状で倒れちゃうよ。 早く捕獲しないと!」 そして介抱、と呟くコムイの隣で、バクも何度も頷く。 「僕が責任を持って行おう!」 「余計なことはしなくていいから、キミは蝋花君の介抱でもしてなよ」 冷たく言って、コムイは破壊された神田の部屋へ向かった。 しかし、そこにはリナリーだけでなく、エミリアの姿もない。 「ど・・・どこに行っちゃったの?!」 破壊され、冷たい風の吹き込む壁から外を見れば、中庭を囲む向かいの棟がほぼ真ん中から両断されていた。 「げ・・・元帥の宿舎が・・・!」 よりによって、元帥他幹部達の宿舎が破壊された光景から、コムイの目が現実逃避する。 「・・・エ・・・エミリア君は無事かな?」 必死に破壊から目を逸らし、辺りを眺めるコムイの隣で、バクが中庭の噴水に立つエミリアを指した。 「・・・そこで喚いているのがそうじゃないのか?」 見れば、ずぶ濡れになったエミリアが、こぶしを握って破壊された棟へと怒鳴り声をあげている。 「エ・・・エミリアくーん・・・! 風邪引くよー・・・!」 目の前の破壊からぎこちなく目を逸らし、コムイは弱々しい声をあげた。 「・・・なんの音だ?」 早朝の祭には不参加を決めて、まだベッドの中にいたクラウドが、破壊音に目を覚ました。 戦場に慣れた者の常で、素早く身を起こし、窓辺に寄ると、隣室のバルコニーが消えている。 「どうし・・・?!」 自室のバルコニーに出て、隣を見ると・・・屋根から地面にかけて、真っ二つに分断されていた。 「こんなことやるのはユウか? まったく、おてんばな・・・」 「チガウチガウ。 ユー君じゃなくて、もう一人のおてんば。 リナリーだよーん」 破壊された部屋の向こうから、ティエドールが手を振る。 「うちのユー君は、こんな乱暴なことしないから!」 「あぁ・・・まぁ、それはそうかな」 下を見れば、ずぶ濡れのエミリアが、噴水の中でなにか怒鳴っていた。 「風邪を引いてしまえ、鬼嫁!」 べーっと、舌を出したクラウドに、ティエドールが笑い出す。 「ところでさ、クラウドー!」 再び声をかけられて、彼女はティエドールを見遣った。 「おてんば娘、捕まえてよ。 このままじゃ私達、元帥なのに吹きさらしの部屋で寝ることになるよ」 「それは冗談ではないな」 クラウドの部屋は辛うじて無事だったが、これ以上の被害を許しては元帥の名折れだ。 それにリナリーが暴れているのなら、捕獲出来るのはラウくらいだろうと、クラウドはあくびしながら愛猿を揺すり起こした。 「ラウ。 リナリーを探して、見つけたら連行しろ。 抵抗したら1、2発殴っていい」 「キ・・・ッ!」 せっかく寝ていたのに起こされて、不機嫌な小猿は、目をこすりつつ不満げに鳴く。 「ああ、不満だろうが行っておいで。 文句はリナリーに言っておやり」 憮然として主の命令に従ったラウは、バルコニーに出るや巨大化して、城の屋根を渡って行った。 「ギィィィィィィィィ!!!!」 見えない相手に対して危機を報せる咆哮を放つと、酔っ払っても戦闘員としての行動が染みついたリナリーが、あっさりと現れる。 「ラウ?! 緊急事態なの?!」 宙を蹴り、一瞬で傍に来たリナリーを、不機嫌なラウは鷲掴みにした。 「ギュアオ!!(お前がな!)」 と、叱声が聞こえた気がして、リナリーは鷲掴みにされたままじたじたと暴れる。 「なんでそんなに怒るんだよぉ!! はーなーせえええええ!!!!」 しかし主の命令だけでなく、自身も不機嫌なラウは、暴れるリナリーをぽかりと叩いて黙らせた。 「きゅうっ!」 ようやく静かになったリナリーをクラウドの元に運ぶと、既に身仕度を整えた彼女は苦笑して労ってくれる。 「ご苦労だったな」 リナリーを受け取ったクラウドが、小猿の姿に戻ったラウを懐に入れた。 「寝ていていいぞ。 さて・・・」 目を回したリナリーを小脇に抱えて、クラウドは部屋を出た。 「捕まえたぞ」 破壊活動後の処理に追われていたコムイを探し出して声をかけると、彼は号泣しつつ駆け寄って来た。 「リナリー!! しっかりしてえええ!!!!」 クラウドからリナリーを受け取り、抱きしめるが反応がない。 「げ・・・元帥! リナリーに何したんですか!何したんですか!!」 コムイの怒鳴り声をうるさげに聞いて、クラウドは首を振った。 「寝起きのラウがやったことだ。 ちょっと手荒だったかもな」 「そんなっ! あ!たんこぶできてる!たんこぶ!」 酷いと喚くコムイに、クラウドはムッと眉根を寄せる。 「そもそも破壊活動を行ったのはリナリーだろうが! 止めてやったのに、文句を言われる筋合いはないぞ!」 「う・・・」 そう言われると返す言葉もなく、コムイは無言でこうべを垂れた。 「ふんっ! さっさと片付けておけ!」 まずは元帥の宿舎を、と叱責する彼女に、コムイは更にこうべを垂れて頷く。 その様に、ラビを始め回りの団員達から拍手が沸いた。 「さすがさ、元帥! あのリナを捕まえた上に、コムイに反論させなかったさね!」 最強!と称える声に、大勢が賛同する。 「じゃあ、早速修復とお片づけですけど・・・これ、絶対怒られますよねぇ・・・!」 城内の屋根の半数近くが、酔っ払ったリナリーの足に踏みつけられて、無残に破壊されていた。 「ミス・フェイも恐いけど、リーバーさんが・・・!」 「そりゃあ、騙して本部を追い出した結果、こうなってりゃな」 困り顔のラビが、どうしたものかと腕を組んだ時。 城内の各所からいくつもの破壊音が上がった。 「・・・今の、リナリーじゃないですよね?」 「今のリナがどうやって破壊活動するんさ」 ラビの指した先では、医療班が運んで来たストレッチャーに乗ったリナリーが、コムイに付き添われている。 「あれ? じゃあもしかして、取っておいた爆竹に引火したとか?」 「確かにそんな音もしたけど、壁が崩壊するような音も一緒に・・・あ!」 と、ラビが声をあげた。 「なに?」 「鴉と中央庁の連中!」 「あ!」 言われてアレンも、すっかり忘れていた勢力のことを思い出す。 「お城のあちこちに閉じ込めてた鴉か・・・! 脱出するの、早かったですね」 「・・・ここは、やっぱさ?」 にやりと笑ったラビよりも先に、コムイは行動に移っていた。 「鴉が破壊活動しちゃったよー!!」 コムイの突然の大声に、一瞬驚いた団員達も、すぐに彼の意図を理解して、にんまりと笑う。 「鴉ひでー!」 「お城がめちゃくちゃですー」 今、この場に中央庁寄りの人間など一人もなく、共に祭を楽しんだ団員達は、コムイの策略に次々と同調した。 破壊音が響き渡ってから間もなく、真っ先にアレンの元に怒鳴り込んできたのはやはりリンクだった。 「一体なんのつもりですか、ウォーカー!! よくも私達を閉じ込めて・・・なんですか、この有り様は!!」 立ち込める火薬の臭いと、崩壊した城内の様子に気づいたリンクが唖然とする。 と、コムイが早速進み出て、館内放送と連動した回線を開いた。 「ボクらはただ、口うるさい中央庁の人達を隔離して、お祭を楽しみたかっただけなのに! いくら逃げるためって、破壊活動しなくていいじゃないかー! おかげで用意してた爆竹や花火に引火して、大惨事になっちゃったよー!」 城内各所に散らばった中央庁の面々に説明すると見せて、実は団員達との情報共有を図ったコムイに、全員が口裏を合わせる。 「そうだよ僕ら、お祭してただけですよ!」 「せっかくのお楽しみを邪魔して、酷いさー!」 そう言われては、城内各所にバラバラに閉じ込められていたため、全く連絡の取れなかった彼らは反論できなかった。 彼ら自身でさえ、閉じ込められている間に聞こえていた破壊音は、別の場所に監禁された仲間達が始めた抵抗戦術だろうと思っていたのだから。 しかし、それでも反駁を試みるのがリンクだった。 「そ・・・そもそもあなた達が、私達を監禁などしなければですね・・・!」 「ひどいさー! 元帥達幹部の宿舎まで壊しちまって、大問題になるに決まってっからな!」 「リーバーさんやミス・フェイが帰って来たら、すっごく怒られるんですからね!」 やいのやいのと攻め立てられて、さすがのリンクが声を失う。 彼だけでなく、城内各所で理不尽極まりない濡れ衣を着せられた中央庁の面々はしかし、誰も反論出来なかった。 しめしめと、浮かんで来る悪い笑みを必死にこらえて、不自然なほどにしかつめらしくなった団員達に、とうとう鴉達も折れる。 「・・・わかりました。 本部破壊の件は謝罪し、中央庁にもそう報告しましょう・・・!」 悔しげなリンクに快哉を挙げそうになったが、彼を囲む全員が必死にこらえた。 案の定、周囲の表情を窺っていたリンクが、ボロを出さなかった彼らへ不満げに眉根を寄せる。 「ただし!」 せめてもの反撃にと、彼は語気を強めた。 「私達を閉じ込めた罰は、しっかりと受けていただきますからね!」 じろりと睨まれて、コムイが歩を引く。 しかし、素早く彼の背後に回ったアレンとラビが、彼の逃亡を防いだ。 「ちょっとなにすんの!」 暴れようとするコムイの耳に、二人が囁く。 「お前が逃げたらリナの仕業だってバレるかもさ!」 「コムイさん、リナリーのためです! 潔く罰を受けてください!」 「そんな・・・っ!」 二人に逃亡を妨げられている間に、迫った鴉達がコムイの両腕を拘束した。 「ちょ・・・やめっ!! どこに連れて行く気だよ! ボクはリナリーの介抱をだね・・・ヤメテ!放して!!イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」 「せめてもの慈悲です。 内部に刃物のないアイアンメイデンに、一日閉じ込めるだけにしてあげましょう」 水責めのオプション付き、と、この真冬にとんでもないことを言い放ったリンクから、全員が歩を引く。 「やめてええええええ!!!! 狭いよー!!暗いよー!!!! つべだいよおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」 恐ろしい拷問を受けるコムイの絶叫は夜まで続いた・・・。 ―――― 2月最初の週が終わると、健康そうに日焼けしたミランダとリーバーが共に帰って来た。 ・・・この頃には既に、科学班及び全団員の全知全能を傾けた城は、破壊の跡をごまかせる程度には修復している。 1月最後の日に惨劇があったなど思いもせず、土産を配る二人にリナリーは跳ねるような足取りで近づいた。 「ミランダミランダ 休暇、どうだった?」 目をキラキラと輝かせて問うと、ミランダからも輝くような笑みが返る。 「とても楽しかったです! あんなに楽しかったのは初めてだわ 「オーストラリアでどんなことしてたの? コアラ抱っこした?!」 ミランダにしては珍しく明るい笑みに、リナリーの期待も高まった。 が、『コアラは見てもいない』と言う彼女に早速がっかりする。 「じゃあ・・・カンガルー?タスマニアンデビル? あ!ワニの生け捕りとか?!」 どうしても野生の王国体験がしたいらしいリナリーに、ミランダはクスクスと笑って首を振った。 「リーバーさんが釣りをするのを眺めてたり リーバーさんのお祖母さんにランチを作っていただいたり リーバーさんの小さい頃のアルバムを見せてもらったり 「・・・班長祭だね」 呆れ顔のリナリーに、ミランダはまた、輝くような笑みを浮かべる。 「楽しかったです 「・・・そりゃ良かった」 リーバーもさぞかし楽しかったろうと見遣ると、彼はなにやら真剣な顔で在庫表をチェックし、時折ミランダの方を見ては何かを警戒しているようだった。 「班長、なんであんな顔してるんだろう?」 「怯えてるんですよ 「なにに?」 不思議そうに尋ねるリナリーに、ミランダは小さく舌を出す。 「・・・私が、あの薬を使うんじゃないかって・・・ね 「薬??」 クスクスと笑ってそっとポケットを撫でたミランダを、リナリーはますます不思議そうな顔で見つめた。 Fin. |
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10年目ですよ、奥さん!!!!(誰) 旧正月シリーズは、D.グレ始めて何年目、のカウントSSなのですが、それがとうとう『]』になっちゃいましたよ!マァ! 星野様、早く復活してくださらないと! どんどんネタがなくなりますよ!(^^;) そんな今回のSSは、前半のややシリアスなラブと、後半のいつものギャグでお送りしています。 2本立てです。サ●エさん的な。>余計なこと言わんでいい。 リーバー班長は、おそらくオセアニア支部出身じゃないかと思うんですが、公式で『中東支部出身』って書いてるんで、公式に準じていますよ。 多分、班長とロブさんを間違えたんだと思うんだけどね。 他にも、せっかくのアジア支部メンバーがあんまり活躍しなかったのが惜しかったですが、まぁ、彼ら地元が舞台の時には散々やってますので、本部に来た時は緊張してちょっと大人しめなのが普通かなと思いましたよ。 ともあれ、お楽しみいただければ幸いです(^^) |