† Egg Hunt! †







†このお話はシャーロック・ホームズシリーズを元にしたパラレルです†

  舞台は19世紀ですが、D.Gray−manの原作とは、ほとんど関係ありません。
  頭を空っぽにして読んで下さいねv


 ―――― その夜、ロンドン。
 ヴィクトリア&アルバート博物館と改名されたばかりの元サウス・ケンジントン博物館は、多くの照明で昼のように明るく照らされていた。
 世界随一と評される英国産業の粋を集めた展示品には、現女王のコレクションも含まれる。
 欧州中の王族にその血を受け継がせた彼女のコレクションの中には、ロシアのロマノフ王家から送られたインペリアル・イースター・エッグもあった。
 数多くの宝石で飾られたそれは、ファベルジェ家独特の工夫もあり、ただの宝飾品に留まらない価値を有している。
 そんな二つとない宝を、生意気にも盗み出すと予告した輩がいた。
 ドーバー対岸のフランスで暗躍する怪盗が、とうとう海を越えてやって来たと聞いたスコットランドヤードは、世界一の警察と自他共に認める誇りをかけて、彼を迎え撃つ体勢を既に整えている。
 「来るなら来なさい!返り討ちにしてやりますよ!!」
 気勢を上げた途端、リンクの守る部屋の灯りが一斉に落ちた。
 あらかじめカンテラに火を入れていた警官達は慌てることなく周囲を照らし、侵入者の姿はないかと部屋中を睥睨した。
 しかし、カンテラが前方にしか明かりを送らない以上、どうしても頭上は暗くなる。
 自身らの目線の位置を明るくしすぎた結果、天井付近には濃い闇を作ってしまった。
 「マジックハーンドv
 笑みを含んだ声で囁くと、コウモリのようにシャンデリアにぶら下がった怪盗は、手元からキリキリと伸縮式の柄を伸ばす。
 カンテラの明かりが作る闇の隙間を突いて、インペリアル・イースター・エッグを覆うガラスのケースを割るや、鷲のように獲物を掴んで引き寄せた。
 「いただきーv
 「なんだと・・・!」
 唖然としたのも一瞬、すぐに気を取り直した警官達は、天井の格子を伝って逃げる怪盗を追う。
 が、天井近くにまで迫る大窓を割った怪盗は、難なく外へ逃げ出した。
 「きさまっ・・・!!
 貴重なステンドグラスを!!」
 「あーごめんごめん」
 でもまだそんなに歴史はないはずだと悪びれない怪盗は、そのまま屋根伝いに逃げて行く。
 広大な敷地に建つ全ての棟がほとんど同じ高さの屋根に覆われたここは、猫と同じ目線で走る彼にとって、都合のいい散歩道でしかなかった。
 「あーぁ。
 さすがのスコットランドヤードも、屋根の上にまでは警官を配置できなかったか」
 クスクスと笑いながらケンジントン・ガーデンズへ降りようとした彼は足を止める。
 広大な公園の中に入ってしまえば簡単に闇に紛れるだろうと思っていたが、女王の住居を守る衛兵達がそれを許すまじと明かりを焚いていた。
 「そっか・・・。
 女王は今、ケンジントン宮殿か」
 ご挨拶と行きたいところだが、いかつい衛兵達がそれを許してくれそうにない。
 怪盗は踵を返すと、街の方へと逃げ出した。
 諦めの悪い警官達が彼の足元で右往左往しているのを見下ろしながら、屋根伝いに博物館を後にし、アパートメントへと飛び移る。
 「よっ・・・と!
 人口の多い街はいいねv 逃げ場所がたくさんv
 足場の悪さをものともせず、駆ける彼の目の前で突然窓が開いた。
 警官達の声が近づいたせいか、様子を見ようと窓の外に身を乗り出した娘が、間近に立つ彼に唖然とする。
 「あ・・・!」
 大声をあげようとする彼女に、怪盗は魅惑の笑みを浮かべて人差し指を立てた。
 「しー!静かに、マドモアゼルv
 気障なフランス語訛りの英語で話しかけ、華麗にウィンクする。
 「ちょっとかくまっ・・・」
 「泥棒ー!!泥棒よ!おまわりさーん!こっちー!!
 外国人の泥棒よー!!」
 「くっ・・・!
 おのれ島国根性め・・・!
 ここまでアウェーとは思わなかったぜ・・・!」
 魅惑の笑みが通じなかったことに酷くプライドを傷つけられながら、彼は慌てて逃げ出した。


 その頃、すっかり『黒』薔薇館ではなくなってしまったアレンの家では、ジェリーがチョコレートで作った卵を籠にたくさん入れて、庭を歩き回っていた。
 「明日は雨が降らないって言うけど・・・ロンドンの天気は当てにならないものねぇ。
 袋に入れちゃうといまいちだけど、仕方ないわねん」
 ぶつぶつと呟きながら、彼女はチョコレートの卵を可愛らしい袋に入れ、リボンで飾ってから木の枝に吊るす。
 葉の陰になっているため、一見しただけでは見つけられない場所だった。
 「さぁて・・・お庭が広いのはいいけど、隠して回るのは大変そうだわん」
 でも・・・と、彼女はクスクス笑う。
 「あの子達が喜んでくれたら嬉しいわねぇんv
 がさがさと潅木を掻き分けると、既にこの屋敷のメイドが隠したらしい卵の袋があった。
 「アラアラ!
 急いで隠さないと、負けちゃうわん!」
 別の植え込みに袋を吊るし、他の場所へと駆けて行く。
 その足音が遠ざかるまで待ってから、彼は植え込みから頭を上げた。
 「・・・びっくりしたー!
 なんでこんな夜中に庭うろついてんの、って思ったらパーティの準備か!
 明日でもいいだろうに、張り切ってるなぁ!」
 呟きながら彼は、ジェリーが吊るしたばかりの袋を開け、中のチョコレートを頬張る。
 「・・・うまっ!
 これ、あのカノジョが作ったのか?!プロかよ!」
 感心した彼は、木の枝に吊るしてあった袋も取り上げ、中のチョコレートを取り出すと、代わりに盗んだばかりのインペリアル・イースター・エッグを入れて、木に登った。
 「ここならスコットランドヤードにも見つからないだろ」
 なんたって、一般人の屋敷の庭だ。
 万が一この袋を見つけても、大人はイースターのイベントだと思って子供から奪おうとは思わないだろうし、子供の身長ではここまで届かない。
 それでも虚に隠したそれを慎重に木切れで覆って幹に見せかけた彼は、警官達の吹く笛の音が遠ざかるまで邸の庭で時間を過ごした。
 隠してあったチョコレートをいくつか、夜食にいただきながら。


 19世紀ロンドン―――― 女王陛下のしろしめす大英帝国の首都として、世界有数の大都市となった地には、繁栄と退廃が同居している。
 華やかな街の裏側では不可思議な事件も多く・・・ゆえに、『諮問探偵』を趣味とする彼を楽しませる依頼の、絶えることはなかった。
 そう、その日の朝も――――・・・。


 「へ?怪盗?
 あぁ、来てたんだ。知らなかったよー」
 寝ぼけ眼をこすりながら言ったコムイの前で、姿勢を正したリンクがこくりと頷いた。
 「逮捕しましたが」
 「あいつ、意外とよく捕まるよねー」
 盗みは鮮やかだがつめが甘い、と呟くコムイに、リンクは再び頷く。
 「しかし、どうしても盗んだインペリアル・イースター・エッグの所在を吐きません。
 拷問してやりたいのですが、あいにく法で禁じられていますので」
 「特例でやればいいじゃんー」
 とんでもないことを平然と言いながら、コムイはジェリーが運んで来てくれたコーヒーを嬉しそうに飲んだ。
 「で?
 こんな朝早く、ボクの所に来た理由はそれ?」
 「はい。
 ご迷惑を承知でお邪魔しましたのは今回、訳あって、市民の目がある昼の間にヤードが表立って動けないからなのです。
 ゆえにこれは私の個人的依頼ですが、ぜひとも探偵に捜索をお願いしたい。
 そもそも失せ物探しは探偵の領分でしょう?」
 「・・・なんか棘のある言い方だよねぇ」
 苦笑したコムイは、リンクの手元を見て半眼を見開く。
 「もしもし?
 ボク・・・まだ寝ぼけてるのかなぁ?
 リンク君がコーヒーに大量の砂糖とクリームを投入しているように見え・・・」
 「投入しましたがなにか?」
 「コ・・・コーヒーの存在意義をなくすような行為を今すぐやめなさいっ!!」
 珍しいコムイの怒声に、驚いたリナリーが居間に飛び込んできた。
 「どうしたの、兄さん?!
 いばりんぼに何か言われたの?!」
 「センスのないあだ名ですね、リナリー・リー。
 まずは挨拶では?」
 冷淡に言われたリナリーが、こめかみを引きつらせる。
 「お・・・おはようございます、リンク刑事!
 ご機嫌・・・なに飲んでるの?ミルクにしては色が・・・」
 「コーヒーを!!
 ボクが厳選したコーヒー豆で淹れたすばらしいコーヒーをこんなにしちゃったんだよこの子は!!
 おいしく淹れてくれたジェリぽんとコーヒー農家の皆さんに謝れえええええええええええええ!!!!」
 ヒステリックに喚き立てるコムイの前で耳をふさいで、リンクは小首をかしげた。
 「ところで依頼は引き受けてもらえるのでしょうか?」
 コムイの怒りなどお構いなしに問うリンクに、歯噛みしたコムイは渋々頷く。
 「まぁ・・・あいつとは因縁がなくもないからね。
 嫌がらせしてやるためにも、キミに協力してやらなくもないよ」
 「それはよかった。
 くれぐれも極秘でお願いしますよ」
 耳をふさいでいた手を下ろして、リンクはかつてコーヒーだった何かを満足げに飲んだ。
 「うわ・・・」
 そっくりな渋面を並べる兄妹に鼻を鳴らし、すっきりと立ち上がる。
 「では、よろしくお願いします」
 礼儀だけは完璧に、しかし気に食わない彼は、分厚い報告書を置いて兄妹の下宿を出て行った。


 リンクが置いて行った報告書をぱらぱらとめくったリナリーは、興味なさげに放り出して、ぬるくなったコーヒーを飲み干した。
 「じゃあ私、今日はアレン君ちに遊びに行くから。
 兄さんはお仕事頑張って」
 「え?!なんで?!」
 さっさと席を立った妹に、コムイが目を見開く。
 と、リナリーは唇を尖らせて兄を見下ろした。
 「こっちこそなんでだよ。
 いつも着いてくるなって言うじゃない」
 「そっちじゃないよ!なんでアレン君ちなの!
 いい加減、年頃の女の子が男の子の家に入り浸るのはね・・・!」
 「今日はジェリーも一緒だもん!」
 リナリーはコムイの説教を遮った上、効果的に封じる。
 「今日はイースターでしょ?
 私、アレン君ちのパーティにお呼ばれされてるから、ジェリーと行って来るよ」
 「ボクは呼ばれてないけどっ?!」
 「・・・呼ばれるわけないじゃない」
 今までアレンに対して行ってきた数々の仕打ちを忘れたのかと、リナリーは呆れた。
 「兄さん、博物館に行くなら途中まで一緒だね。
 馬車、乗ってく?」
 「・・・乗ってく」
 妹の冷たい態度に泣きながら、コムイが頷く。
 「大げさなんだから、もう」
 過保護なのか心配性なのか、湿っぽい兄にため息をついたリナリーは、階下のジェリーに声を掛けた。


 「ジェリぽんと一緒に夕方には帰って来るんだよ!
 遅くなっちゃダメだからね!
 ジェリぽんも、ボクの夕ご飯忘れないでよね!!」
 馬車を降りながら、ヒステリックに喚くコムイへ二人は、うるさげに手を振った。
 「わかったわかった。そんなに遅くならないよ」
 「そんなにわめかなくったって、ちゃんとお夕飯作りに帰るわよぅ」
 「絶対だからね!!」
 閉められた馬車のドアにしがみついて絶叫するコムイを押しのけ、リナリーは御者を促す。
 「約束だからねー!!!!」
 「ほんっとウルサイ!」
 去り行く馬車へ向かい、街のど真ん中で大声を上げる兄から、リナリーはつんっと真っ赤になった顔を背けた。
 「マァマァ、アンタみたいにかわいい妹がいたら、心配性にもなるわよぉv
 コムたん、前はもっと冷静なコだったんだからぁv
 「冷静・・・?」
 そんな兄は見た覚えがない、と、疑わしげなリナリーにジェリーが笑い出す。
 「ワガママな変人だなんて、リーバーは言ってたけどねんv
 研究でもお仕事でも、一流なんだからぁコムたんはv
 「まぁ・・・それは確かに」
 今までに、数々の事件を解決してきたことはリナリーも知っているし、その実力を認めてもいた。
 しかし、
 「街のど真ん中で恥ずかしい声上げるのはヤダッ!」
 と、まだ赤い頬を膨らませる。
 「それはそうねん。
 あと、アレンちゃんをしつこくいぢめるのもねぇん」
 困ったものだと、ジェリーは頬に手を当てて眉根を寄せた。
 「マァ、保護者としてはコムたんの気持ちはわかるケドん、やりすぎは逆効果なのよねぇん。
 コムたん、子育ては初めてだから、加減がわかってないんだわん」
 「・・・私、兄さんに子育てされてるの?」
 そこまで幼くはないはずだと、抗議するリナリーにジェリーはクスクスと笑い出す。
 「コムたんにとっては、まだ小さい子供と一緒なんでしょぉんv
 せっかく取り戻した可愛い妹を、悪い子にさらわれてなるもんかって、がんばっちゃってるのねん」
 そう言われては、幼い頃に生き別れただけあって、認めざるを得なかった。
 「だからアンタも、これ見よがしにアレンちゃんのおうちに通うのはやめたげなさいよん。
 アンタが反抗して意地悪するから、コムたんもムキになっちゃうのよぉん」
 「うん・・・そうだね」
 ジェリーにはすっかりばれていたことを気まずく思いながら、リナリーは頷く。
 やがて馬車は、アレンの邸の前に止まった。
 「いらっしゃーいv
 開け放たれた門の向こうから、既に庭に出ていたアレンが手を振っている。
 「待ってましたよ!
 今日、お天気がいいから早く卵探ししないとチョコがとけちゃうって、ハラハラしてたんです!」
 駆け寄るや早口に言うアレンに、ジェリーが大きく頷いた。
 「そうねん!
 じゃあ、早速卵探しからはじめましょうかv
 ラビは?」
 バッグからベルを取り出したジェリーがきょろきょろと辺りを見回すと、アレンが邸を指す。
 「ラビはサンルームでのんびりしてます。
 ハンディくれるってゆーから、先に僕とリナリーだけで探しましょv
 「ハンディ?」
 小首を傾げた二人に、アレンは大きく頷いた。
 「ラビ、すごく記憶力がいいでしょ?
 だからこういう探し物はすぐに見つけちゃうんです。
 一緒に始めたら全部ラビに取られるから、15分間は僕とリナリーだけが探すって、ハンディキャップもらいました!」
 さぁ、と、アレンはジェリーとリナリーの手を取る。
 「行きましょ!
 昨晩、ジェリーさんが庭に、チョコの卵隠してくれたんですよねv
 アレンが頬を染めて見上げたジェリーが、いたずらっぽく笑って頷いた。
 「ぜーったい見つからないように隠したからねんv
 「じゃあ、がんばるよ!
 ジェリーのチョコ、楽しみv
 「うちのメイド達も、卵を隠してくれたんですよ!
 ぼ・・・僕が絵を描いた卵も一緒に・・・・・・」
 なぜかうな垂れたアレンを不思議に思いながら、リナリーは頷く。
 「じゃあ、探しがいがあるね!
 見つけたのはもらっていいんでしょ?」
 「もちろんですよ!」
 なぜか屈託は消せないままだったが、笑顔になったアレンが大きく頷いてまたジェリーを見上げた。
 「早く早くっ!!」
 キラキラと輝く目のおねだりに、ジェリーはベルを掲げる。
 「ハーィv
 天国から卵が落ちてきたわよーんv
 チリンチリン・・・と、華やかなベルの音が庭に響き―――― 風に乗って届いたそのベルの音に、サンルームにいたラビは懐中時計を取り出した。
 「ゲーム開始さね。
 15分後、俺もスタートさv
 それまではのんびりしていようと、カップに温かいお茶とミルクを注ぐ。
 「アランv
 アタシもいただいていーい?」
 庭からサンルームに入って来たジェリーに声をかけられ、ラビは愛想よく微笑んだ。
 「もちろんさ!
 昨日から姐さんが来てくれたおかげで、アレンがめっちゃはしゃいでんだぜ。
 あいつ、ホント姐さんのこと好きさねぇ」
 「マァ、ホントに?
 うれしいわぁんv
 ソファにかけたジェリーは、嬉しげに笑って差し出されたティーカップを受け取る。
 「実はね、昨日のうちに、キッチンを借りて色々仕込んでるのんv
 今日のランチは期待してねぇんv
 「道理でアレンがはしゃぎ狂ってたわけさ」
 吹きだしたラビは、親指で背後を指した。
 「あいつ、二人が着く30分も前からエントランスに立って、まだかまだかってうるさかったんさ」
 クスクスと笑って、ラビは庭を通り過ぎていく二人を目で追う。
 「今、スルーした潅木の枝の間に一個あったはずなんけどね」
 「・・・なんでわかるのよん」
 実はもう、とっくに探していたのではと疑うジェリーに、ラビは首を振った。
 「昨日の昼にはあそこの枝、折れてなかったさ。
 姐さんもメイド達も夜に隠してくれたから、裾なんかをちょっと引っ掛けたんだろうさ」
 「・・・ハンディキャップが必要ってのは、本当ねん」
 「へへっv
 得意げに笑ったラビの目の前で、アレンが木に登っている。
 「・・・さすがにあんなトコに隠すメイドはいねぇと思うけど」
 「そうねん・・・リスさんか鳥さんが、もってっちゃったかしらね」
 呆れ顔のジェリーが見つめる先で、アレンは太い枝の上に乗り、幹に空いた虚の中からひらひらと揺れるリボンを引っ張り出した。
 思った通り、それはジェリーがチョコレートの卵を入れた袋だ。
 「リスが隠したのかな」
 もう一度虚の辺りをよく見てみると、鳥かリスがエサを求めて掻いた跡があった。
 「リスっぽいなぁ・・・」
 何気なく呟いたアレンだったが、ここにお宝を隠した怪盗が見ていれば、『この国じゃ動物までアウェーの洗礼すんのか!』と嘆いたことだろう。
 「中身チョコなんだから、リスが齧ってなきゃいいけど」
 呟いたアレンの下から、リナリーが呼びかけた。
 「中にチョコレート入ってる?
 リスがチョコレート食べたら、病気になっちゃうよ!
 どこかでうずくまってない?!」
 言われてアレンは虚の中を覗きこんだが、リスも鳥もいない。
 それ以前に袋はずっしりと重くて、ちゃんと中身があることはわかっていた。
 「大丈夫みたいですよ」
 リナリーに答えながらアレンは袋を開ける。
 リスがかじった跡がないか確認しようとして・・・袋の中から転がり出てきた卵に目を見開いた。
 「これ・・・!」
 鶏卵よりは二周りほど小さいが、卵の形をしている。
 エメラルド色の七宝で作られたそれは表と裏に金と宝石で縁取られた額縁が描かれ、中には春の花と兎の絵が描かれていた。
 ペンダントトップにするためか、やはり宝石で飾られた金具がついていて、一目で高価なものだとわかる。
 「なんで・・・」
 「どうかしたー?」
 唖然としたアレンは、下からの声に慌てて首を振った。
 「えっと・・・袋の中身がなくなってますね!
 リスが食べちゃったのかも!
 庭で具合悪そうにしてるのがいたら、保護しなきゃ!」
 エメラルド色の卵をポケットに入れたアレンは、適当なことを言いながら木を降りて、空の袋をリナリーに渡す。
 「そっかぁ・・・。
 卵探しのついでに見つかるといいけど」
 「この辺りは庭の広い家が多いですからね。
 もう、とっくにご近所さんが保護してるかも」
 「そうだといいけど・・・」
 と呟きながら、リナリーは木の陰や枝の裏を覗き込んだ。
 「あ、卵見っけ」
 リナリーは拾い上げた卵に、小首を傾げる。
 「これは・・・芸術・・・なのかな?」
 卵にはカラフルな絵の具でなにか描かれているが、歪んだ線を集めたそれが何なのか、全くわからなかった。
 考えに考えて、もしかしたら・・・と眉根を寄せる。
 「・・・・・・・・・ブタ?」
 「ウサギです」
 「・・・・・・」
 「・・・・・・・・・ごめんなさい」
 眉根を寄せたままのリナリーにじっとりと見つめられたアレンが、しおしおとうな垂れた。
 「知ってる?
 ウサギって、耳が長いんだよ?」
 「もちろん知ってますけど!
 うっかり・・・描き忘れただけだもん・・・」
 「うっかり忘れるかなぁ!」
 ありえない!と、呆れるリナリーの肩を、背後からラビが叩く。
 「ありえねーけど、アレンはそれをやっちゃうんさねv
 「あれ?!もう15分経っちゃった?!」
 慌てるアレンに、ラビは頷いて提げていた籠を差し出した。
 「お前らが通り過ぎた所に、まだこーんなにあったさねv
 「う・・・くやしい・・・!」
 唇を噛む二人へラビは愉快げに笑う。
 「ホレ、先に行かなくていいんさ?
 全部取っちまうよん♪」
 「ダ・・・ダメ!!」
 「私たち先に行くけど、ラビ!
 チョコレート食べちゃって具合悪そうにしてる動物見つけたら保護してね!」
 「オケー」
 大慌てで駆け出した二人に手を振って、ラビは庭木の枝に下がったチョコレート入りの袋を取り上げた。


 その頃、ヴィクトリア&アルバート博物館の例の部屋へ入ったコムイは、そこから怪盗の足跡を辿って行った。
 割られたステンドグラスの破片を踏み、外へ出ようとしたが場所の高さにため息をつく。
 「ボク、頭脳派だから、こんな高いトコをぴょこぴょこ歩けやしないよ」
 早々に諦めて1階へ戻ると、怪盗が逃げた屋根の下をてくてくと歩いた。
 博物館を出、建物の並ぶ道を歩いて、あるアパートメントの前で足を止める。
 「・・・ここで住人に見つかって警察を呼ばれた、と。
 さすが島国、外国人には厳しいな」
 軽く首を振ったコムイは、リンクから渡された報告書に沿って、怪盗の行方を追って行った。
 するとある邸に突き当たる。
 「アレンくんちじゃん・・・」
 広い家が並ぶ地区の中でも、最も緑の多い家だ。
 夜に身を隠すには、この家の木々など都合が良かったことだろう。
 「この辺りで警察は、一旦怪盗を見失ったんだね。
 でも去ったと見せかけて、この地区全体に包囲網を張っていたリンク君が明け方に捕まえた、と。
 ・・・あれ?
 じゃあ彼、今日は徹夜だったんだ。
 コーヒーにクリーム入れすぎたのは、寝ぼけてたからかな」
 それでも許しがたい行為だと、コムイは唇を尖らせた。
 「味覚の壊れた人間ってヤダヤダ。
 生産者の皆さんへの敬意も持ってないんだからね。
 なのに市民の生活を守るなんて、どの口が言ってんだか」
 ぶつぶつとリンクへの悪口を呟きながら、コムイは家を囲む柵に取り付き、庭を覗き込む。
 春の新芽に覆われた木々を透かして邸内が見えるか試していると、不意に目の前の枝が掻き分けられ、視界が赤く染められた。
 「あ、不審者発見さ」
 「ラビ。
 まだ卵探しかい?」
 リナリー達と別れてもう、随分時間が経ったが、アレンはともかく、ラビがまだ卵探しをしていることを不思議に思う。
 と、彼は頷いて苦笑した。
 「それがさ、昨夜はちゃんと個数確認して庭に隠してもらったのに、どうしても5つばかし、姐さんのチョコレートが見つからないんさ。
 普通の鶏卵ならまぁ、放ってても別に良かったんけどね、リスや鳥がチョコを食っちまったらサイアク、死んじまうだろ?
 それでリナがめっちゃ心配して、全部見つけるか、食べちまった動物を保護するまでやめらんなくなっちまったんさ」
 「へぇ・・・そう」
 にこりと笑ったコムイは、ラビを手招く。
 「なに?」
 「ちょっと出てきてよ。
 怪盗が侵入した跡がないか、確認しておくれ」
 「侵入?!ここにさ?!」
 ちょっと待って、と言い置いたラビは、証拠を消さないために随分遠回りして裏門から出ると、コムイの元へ駆け寄った。
 「・・・ってか、怪盗来てたんかよ!」
 「来てたらしいよー。
 トップシークレットだったらしくて、ボクが知ったのも今朝のことだけどね」
 「トップシークレットでも俺らには・・・あ、いや」
 不自然に目を逸らすラビの胸倉を、コムイは笑顔で掴む。
 「あのさ、ボク、キミのおじいちゃんが世界各国の要人と繋がってる事は知ってるし、ロンドンに邸を構えている以上、女王様とも緊密な関係じゃないかなぁってのはとっくに察してるんだよね?」
 「イヤ・・・ウチのジジィはそんな偉くないさ・・・」
 放して、と、身をよじるラビの長身を、コムイは更に上から引き寄せた。
 「偉いともv
 そんなおじいちゃんがさ、今回ノータッチってことは、なんか裏があんの?」
 「し・・・しらねーさ、ホントに・・・!
 まぁ・・・盗まれたのが何かしらねーけど、大したもんじゃないからじゃね?」
 逃げようともがくラビを押さえつけ、腕をがしりと首に回して動けなくしたコムイは、彼の耳に囁く。
 「ロマノフ家から贈られた、インペリアル・イースター・エッグだけど?
 女王様お気に入りのお孫ちゃんが、ロシア皇后だったよねぇ?」
 「あー・・・そうさね・・・・・・」
 逃げられないと観念したか、脱力したラビにコムイは、更に囁きかけた。
 「今、ロシアの情勢はすっごく不安定v
 お気に入りのお孫ちゃんがそーんな場所に嫁いでって、キミタチのマァム(陛下)はすっごくご心痛なんじゃないかなぁ?
 ねぇラビ?
 こないだ、キミのおじいちゃんはアジアに行ってるとか言ってたけど・・・実はロシアに行ってんじゃないの?
 本当に危険になったらお孫ちゃんを助けてね、ってマァムからの依頼もらってる?
 そーんな時に空気読まないあのアホが、よりによってロマノフ家からの贈り物盗んで、新聞各社が一気にロシアに注目するのを警戒してる?
 だからスコットランド・ヤードはおおっぴらに動けずにいて、怪盗が来たことも、盗まれたのがインペリアル・イースター・エッグだってのも隠してるのかな?」
 コムイが一気に畳み掛けると、ラビは涙目になる。
 「・・・ゴメン!
 それ以上は許して!
 じゃねーと俺、ジジィに殺される・・・!」
 言外に肯定してしまった彼がさすがに気の毒になって、コムイはラビを放してやった。
 「よし!
 じゃあキミがおじいちゃんに殺されないためにも、さっさと見つけちゃおうか!
 さぁさぁ探知わんこ!あのアホが侵入した形跡を見つけるんだよ!」
 「犬じゃないさぁ!!」
 ぴすぴすと鼻を鳴らしながら歩を下げたラビは、涙を拭って柵に囲まれた木々を見渡す。
 「あそこ。
 細い枝が折れてるさ。
 昨日までは折れてなかったさね!」
 ラビが指した高い場所を、コムイも見つめた。
 「飛び移った時に折れちゃったんだね。
 太い枝を折らなかったのはさすがだけど。
 さぁ追跡するよ、探知わんこ!」
 「だから犬じゃねーって・・・あぁもう!」
 悔しげに唸りながらラビは、自身の記憶と一致しない木々の傷を辿って邸内に入り、庭を巡る。
 「あれ?兄さんも来たの?」
 「んげっ・・・!呼んでないのに・・・!」
 途中、合流したリナリーに微笑んだコムイは、天敵に遭って腰の引けるアレンの首に腕を回し、締め上げた。
 「招かれざる客の参上だよーんv
 「きゅー!!!!」
 逃げようとして失敗したアレンが、子豚のような鳴き声をあげる。
 「なにしてんの、兄さん!
 放してあげ・・・死んじゃうよ!!!!」
 みるみる赤黒くなっていくアレンの顔色に慌てて、リナリーが止めに入った。
 「なんで本気で締めちゃうの!」
 なんとかアレンを引き剥がすと、コムイは悪びれるどころか、きりっと顔を引き締める。
 「ボクはいつでも全力投球!」
 「嘘ばっかり!!
 面倒なお仕事はサボってるって、知ってるんだからね!!」
 あっさりと否定されて、コムイは唇を尖らせた。
 「可愛い妹に着く悪い虫を駆除するのはお兄ちゃんの大事なお仕事で、権利ですぅ!」
 「だからって殺人はダメ!
 常識だよ!」
 怒りながらリナリーは、白目を剥いたアレンの頬をべしべしと叩く。
 「アレンくん!息して息!!」
 「本当にそう思ってんなら暴行やめるさ!
 アレンの息の根止める気さ、乱暴娘?!」
 ラビに腕を掴まれてそれ以上の暴力行為を封じられたリナリーが、不満げに頬を膨らませた。
 「なんだよ、せっかく助けてあげたのに!」
 「本当に助けたいなら手加減してあげてさ!!
 アレンー!アレン、起きるさー!」
 殴られすぎてぱんぱんに腫れた顔のアレンに呼びかけると、ようやく目を開ける。
 「いだいぃー!!ひどいぃー!!」
 「ゴ・・・ゴメンナサイ・・・」
 耳を塞いだリナリーは、大泣きするアレンから目を逸らした。
 その隙に、コムイがアレンの前にしゃがみこむ。
 「ねぇアレンくん?
 昨夜、キミんちに女王様の大事なお宝を盗んだ怪盗が忍び込んだ形跡があるからさ、ボクに協力してお宝を隠してないか、調べなさいよ」
 「ぎゃふっぎゃふっぎゃふんっ!」
 いちいち鼻ピンしてくるコムイに返事をする間もなく、アレンは無理矢理泣き声を止められた。
 「がいどう・・・?
 ロンドンに来てたんですか?」
 鼻を押さえてひくひくとしゃくりあげるアレンに、コムイが頷く。
 「極秘だったらしくて、ボクが知らされたのも今朝になってからだけどね」
 その言葉にアレンは無言でラビを見上げた。
 しかし、彼は苦笑して首を振る。
 「そっか、マァムの・・・いやっ!なんでも?!」
 コムイの目に気付いて、アレンは慌てて首を振る。
 「あ・・・あのっ・・・!
 あいつが僕んちに侵入したのは確かなんですか?
 その・・・お宝を隠したのも?」
 「この邸内に隠したかどうかはまだわからないよ。
 だけど、ラビに外から確認してもらったところ、この家の庭木に何者かが侵入したらしい形跡があったんだよね。
 昨夜、この近辺に何人も泥棒が入ったんじゃなきゃ、怪盗が侵入したと思っていいでしょ。
 その証拠にジェリぽんのチョコ、食べられちゃったんでしょ?」
 「意地汚い奴!」
 悔しげに唸ったアレンに、ラビが吹き出した。
 「アレンに意地汚いって言われちゃ、あの怪盗も立つ瀬がないさね」
 「でもそれなら、リスなんかが食べたんじゃないってわかってよかったね」
 ホッとした様子でリナリーが頷く。
 「そ・・・そうですね」
 相槌を打ちながらもアレンは、どこかそわそわとしていた。
 この場から離れる機会を窺っていると察したラビが、手を打って皆の視線を集める。
 「もう一回エッグハントさ!
 今度はその、盗まれたお宝探しさね!
 コムイ、インペリアル・イースター・エッグって言うけど色々あるさね!
 盗まれたのは一体、どんなお宝なんさ?」
 「それがさー・・・・・・」
 忌々しげに舌打ちして、コムイは腕を組んだ。
 「リンク君、報告書にインペリアル・イースター・エッグが盗まれたとは書いてたんだけど、写真も絵ものっけてくれてないんだよね!
 卵形の装飾品なんて、そりゃああちこちに転がってるわけじゃないけどさ、どんな色かすら書いてないってのはわざとだよね!
 トップ・シークレットだってのはわかるけど、非協力的なんてもんじゃないよ!意地悪だよ!」
 「そうなの?
 でもそのインペリアル・イースター・エッグは博物館の展示品なんでしょ?
 だったら博物館のパンフレットでも見れば、載ってるんじゃない?」
 至極当然のリナリーに問いに、コムイとラビまでが首を振る。
 「インペリアル・イースター・エッグは、通常展示じゃないんさ」
 「そう。
 あれはサウス・ケンジントン博物館がヴィクトリア&アルバート博物館って名前を変えた記念に、イースターの日限定で特別展示される予定だったんだって。
 公開されるまでのお楽しみ、ってコンセプトだったから、展示されるのがインペリアル・イースター・エッグだったってのも知らされてなかったし、当然パンフレットにも載ってない。
 博物館に運び込まれたのだって、3日前のことなんだ。
 ちなみに報告書によると、あのアホの怪盗がどうやって展示品のことを嗅ぎ付けたのかは本人がどうしても言わないせいで、わかんないらしい。
 あいつが犯行予告をスコットランド・ヤードに送りつけたのは運び込まれた翌日、2日前だったから、職員に化けてたのかもしれないね。
 たった1日であのアホを捕まえるだけの包囲網を敷いちゃったリンク君はお見事だけど、肝心の卵を盗まれた上に隠し場所がわかんなくってこっそり依頼に来たんだよ」
 「なんでコムイさんに。
 依頼なら・・・ううん、なんでも」
 また慌てて言葉を飲み込んだアレンを、リナリーが不思議そうに見つめた。
 「・・・女王様のお宝を盗まれたなんて知れたら大騒ぎになるからね。
 イースターの特別公開には、女王様が戴冠式の時に使った王冠を持って来て、インペリアル・イースター・エッグの展示はそもそも予定すらしてなかったってことにしたみたい。
 こういうゴマカシはうまいよねー」
 どこか棘のある言い方をするコムイから、アレンは不自然に目を逸らす。
 ポケットに入れた手で、例の卵を握り締めた彼は、そっとラビを窺った。
 「・・・ここで話してても時間の無駄さ!
 エッグハント、始めよーぜ!」
 再び手を叩いた彼に、リナリーが真っ先に頷く。
 「じゃあ僕、うちの召使達にも知らせてきます!
 マァ・・・女王様のってことは伏せて、リナリーが殿下からいただいた卵形の宝飾品をなくしちゃった、ってことでいいですよね?」
 「それはいい言い訳だね!」
 声を揃えた兄妹に引き攣った笑顔で頷き、アレンは邸の中へ駆け込んだ。
 「なんで・・・よりによってここにマァムの卵を隠すんだよ・・・!」
 慌てて捕まえた執事に詳しい事情を話したアレンは、邸の中の適当な宝飾品で偽のインペリアル・イースター・エッグを用意するよう命じ、召使達には適当に探すふりをするよう命じて馬車を出す。
 コムイ達に気付かれないよう、庭から離れた門を出ると、中でごそごそと謁見用の服に着替えた。
 「情報止めてたの、誰?!
 どこの派閥か知らないけど、職務怠慢だよ!文句言ってやる!!」
 一人できゃんきゃんと喚く子犬のようなアレンを乗せて、馬車はケンジントン宮殿の裏門に入る。
 「女官長を呼んでください!
 大変なんです、女官長を!!」
 衛兵を押しのけて大声をあげ、奥へ進むアレンの前に、知らせを受けて大慌てで駆けつけた老女が息を切らしながら立ち止まった。
 「ようやくあなたに知らせが?!」
 なんの、とは言わずに問うた彼女に、アレンは大きく頷く。
 「部屋へ。
 誰も近づけてはいけませんよ!!」
 衛兵達に厳しく言って、女官長はアレンの背を押した。
 「マァムがアリックス殿下から贈られたインペリアル・イースター・エッグですね?」
 早口に囁いた女官長にまた頷いたアレンは、ハンカチに包んだ卵をポケットから取り出し、彼女へ差し出した。
 「はい。
 前に見せていただいたことがあったから、もしかしてって思ったんです。
 よりによって、とは思いましたけど、怪盗が僕の邸に隠してくれて幸いでした。
 あいつ、とんでもないことしましたね」
 ひそひそと囁くと、女官長は額を突きつけて、アレンの目を覗きこむ。
 「秘密ですよ?」
 「わかってます」
 真顔で答えた彼に、彼女はほっと吐息した。
 「ただし今回、僕達のところには全く情報が下りて来ませんでした。
 僕が卵を見つけたのは、本当に偶然で、すごく運が良かっただけなんです。
 ・・・今後一切このようなことのないように、マァムの周りに目を配ってくださいね。
 誰かが邪魔していることは確かなんですから」
 「えぇ、その通りですよ。
 近頃ではマァムのご威光を、ないがしろにする輩が増えていますからね。
 そもそもこのインペリアル・イースター・エッグも、マァムのご意向をかんがみない輩が、勝手に展示を決めたのです。
 殿下を無事にお救いするためにも、マァムは臣民の関心がロシアに向くことを望んでおられません」
 忌々しげに言った女官長は、不意に笑顔になり、アレンの頭を撫でる。
 「マァムの御ためにも、がんばってお父様の跡をお継ぎなさいね」
 「・・・っはい!」
 頬を赤く染めて頷いたアレンは、深々と一礼して宮殿を後にした。
 バッキンガム宮殿に比べ、小ぢんまりとしたレンガ造りの宮殿は、広く美しい数々の庭に囲まれている。
 「マァム・・・お元気で」
 春の花を見下ろしているだろう女王へ呟き、アレンはまた、馬車の中で元の服へと着替えた。


 「め・・・めっかった・・・?!」
 こっそりと邸内に入ったアレンは、わざとらしく息を切らしてリナリーに駆け寄った。
 「う・・・うちの庭、広くてごめんなさい!
 僕、中庭まで見てきたけど見つからなかったよ・・・!
 召使全員で探してもらってるけど、難しいでしょ・・・?」
 そろそろとリナリーの顔色を窺うと、彼女はアレンの言葉を全く疑わず、困り顔で頷く。
 「卵って言うから、多分鶏卵くらいの大きさなんだろうけど、隠したのは怪盗だもんなぁ・・・。
 ちょっとやそっとじゃ見つからない場所に隠してあるんだろうね」
 日が落ちるまでに見つかるだろうかと、疲れた顔のリナリーに頷き、アレンは遠くにいるラビへ手を振った。
 「ラービー!
 どぉー?!」
 「お前こそ、どうだったさー?!」
 問い返されて、アレンはラビへ駆け寄る。
 「中庭にはなかったよ!」
 言いながら、アレンはそっと目配せした。
 「・・・そっか。
 じゃあ」
 微かに笑って頷いたラビが、ポケットの中で執事から渡された卵をまさぐる。
 「コムイー!
 ここまでやって見つからないってことはあのやろ、木の虚を偽装してんじゃね?!」
 大声でコムイを呼んだラビが、間近の大木を指した。
 「この木、上の方に虚があったはずなんけど、今は見当たらないさ!」
 「そう言えば!
 一昨年だったかな、鳥が巣を作ってたはずですよね!」
 話を合わせたアレンの頭を、ラビがくしゃりと撫でる。
 「ちょっと俺、登ってみっから梯子持って来て!あとナイフも!」
 駆けつけて来た召使達に礼を言って木に登ったラビは、葉の茂る太い枝の上に立った。
 下からは手元が見えない場所にある虚の周りをナイフで削るふりをして、ラビはナイフと一緒にポケットから出していた卵型の宝飾品を掲げる。
 「見っけたさー!!!!」
 ラビの声に、下から歓声が上がった。
 「やっぱ、下からは幹にしか見えないように虚を塞いで、その中に隠してたさ!
 俺の記憶力舐めたあいつの失敗さね!」
 してやったりと、得意顔で木から降りてきたラビの頭をコムイが撫でてやる。
 「偉かったね、ラビ!
 そっか、これが例のインペリアル・イースター・エッグかぁ・・・」
 白い陶器で造られた卵の両面には金で縁取られたカメオが埋め込まれ、真ん中の切れ込みからそっと開けると、中のオルゴールが美しい音楽を奏でた。
 「こうなってるんだぁ・・・!可愛いv
 初めて見た、と嬉しげなリナリーの傍らで、コムイは苦笑するように唇を歪める。
 「なんだか、手元にあった宝飾品を適当に組み合わせて作ったカンジだけどね。
 隠してあったって言うんなら、そうなんだろうな」
 ぎくりとしたアレンとラビににこりと笑って、コムイは卵をハンカチで包んだ。
 「ご協力ありがとv
 早速リンク君に渡すよ」
 「ど・・・道中お気をつけて・・・!」
 「リンクによろしくさー・・・!」
 ぎこちなく手を振る二人をリナリーが不思議そうに見つめる。
 しかし、
 「ようやくエッグハントも終わったことだし、アタシが用意したランチをいかが、お子様たちぃ?」
 ジェリーが声をかけた途端、三人は歓声をあげて、邸の中へと駆けて行った。


 ―――― その後、ベーカー街のコムイの下宿を、渋面の刑事が訪れた。
 「・・・歩き疲れたから取りに来いとは、傲慢な探偵もいたものですね」
 「徹夜したからって捜索を探偵に丸投げする警官もどうかと思うけどー?」
 まぁ座って、と、コムイは手ずから入れたコーヒーをリンクの前に置く。
 「それに、偽物の卵なんて持ってっても無駄足じゃない。
 リンク君がヤードでは話せない裏事情を聞こうと思って呼び出したんだってことくらい、察しなよ」
 ぶつぶつと言いながらポケットから偽のインペリアル・イースター・エッグを取り出したコムイが、唇を尖らせた。
 「即席にしてはいい出来ですね」
 「アレンくんちの召使はインド人が多いからね、細工のうまい人もいるんでしょ。
 しかしラビはうかつだったよねぇ!
 ボクのメガネ、伊達だって気づかずに目の前で堂々と見つけた振りするんだもん!
 見えなかった振りするの、大変だったんだから」
 と、テーブルに肘をついて眉根を寄せたコムイに、リンクはため息をつく。
 「無駄足を踏ませてしまったことは、申し訳ないと思っていますよ」
 言いながら彼は、性懲りもなくコーヒーに大量のミルクと砂糖を投入した。
 「ですが私には、こうするしか彼らに捜索を依頼する方法がなかったのです。
 あなたなら気付いているかもしれないが、今の英国では、多くの議員がそろそろ女王陛下のくびきから逃れたいと願っている。
 しかし、多くの国民はいつまでも陛下の臣民であることを望んでいる。
 そんな狭間に立たされた私が、ウォーカー達の『家』に流せる情報は、これが最大限だったのです」
 リンクの淡々とした口調に、コムイが口の端を歪める。
 「・・・だからってボクをお使いにするなんて、生意気。
 いつか痛い目に遭わせちゃうよv
 「出来るものなら」
 くすりと笑ってコーヒーを飲んだ途端、リンクがむせ返った。
 「な・・・なにを・・・!」
 「キミ、どうにも生産者達への敬意が足りないからさぁ」
 そう言ってコムイは、ほとんど空になった砂糖壺を指す。
 「この中身、塩に替えちゃったv
 「よぐも・・・!」
 苦しげに呻くリンクを見下ろし、コムイは哄笑した。
 「言ったじゃない、痛い目に遭わせるって!
 生産者様に代わってお仕置きだよ!」
 「今はそんな・・・み・・・水・・・!!!!」
 テーブルクロスに爪を立てて悶えるリンクに、コムイが屈みこむ。
 「熱いコーヒーならあるけど?」
 「ご・・・ごのぉぉぉぉぉ・・・!!!!」
 嗄れた声の呻きを心地よく聞きながら、コムイはカップに熱いコーヒーを注いだ。
 「さぁ!
 地獄の熱さと苦味に屈して、心から懺悔するがいいよーv
 今朝からの鬱憤を晴らそうと、待ち構えていたコムイに容赦などあるはずがない。
 逃げようにも出口を塞がれ、拘束までされたリンクは、復讐を誓いながらその黒い液体を嚥下するほかなかった。


 Fin.


 










2014年イースターSSですv
なんだかんだでお気に入りの怪盗をまた出してみました(笑)
インペリアル・イースター・エッグが実際にロンドンの博物館にあるかどうかは知りません。>現代のアンティーク宝石店にはあるようですが。
でもあるとしたらヴィクトリア&アルバート博物館か、ロンドン塔じゃないかと思います。
ちなみに、ヴィクトリア&アルバート博物館が改名されたのは1857年、アリックスが皇太子と結婚したのは1894年。
37年も違うけどまぁいいよね!(・ω・)♪>よくねぇよw
ベルを鳴らして卵探しスタートするのはフランスだそうなので、イギリスじゃやんないのかもしれないけど、まぁ硬いことはいいじゃない(・ω・)♪←
適度に読み流すこと推奨です!←













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