† 葵抄〜あおいのしょう〜 †







 細い雨の降りしきる朝だった。
 毎朝のことだけに、ロンドンの街を行き交う人々は傘を開くこともしない。
 折り目も美しく巻かれた傘を杖代わりに石畳を叩くのは一部の紳士で、多くはすぐに止む雨などないもののように目を細め、足を速めていた。
 そんな日常の風景を裂くように、黒い馬車が疾走する。
 慌てて車輪を避けた人々の中には、車体に描かれた紋章を興味深げに見つめる者もいた。
 知る人ぞ知る・・・しかし、公の業務に携わる人々には知れ渡った銀の薔薇十字。
 ヴァチカンの下部組織に当たる教団の紋章だった。
 「何かあったのかな・・・」
 下級とはいえ、役人の末席に連なる若者が不安げに見送った馬車の中では、黒衣に身を包んだ女が眉根を寄せ、高熱に耐えている。
 いかなる強敵の前でも怯まない彼女は今、自身の熱に苛まれ、熱く吐息した。
 「も・・・もうすぐ着きますから、元帥・・・!
 教団に着いたら、すぐに治療してもらいますからね!!」
 リナリーの声に力なく頷き、クラウドは傍らの弟子に手を伸ばす。
 「し・・・師匠ぉ・・・!!」
 えぐえぐとしゃくりあげる弟子の頭を撫でた手は、力なく落ちた。
 「師匠ぉ!!
 しっかりしてよぉ!!!!」
 ティモシーがぎゅっと握り締めた師の手は冷たく、高熱に浮かされた人間とは思えない。
 「はやぐううううううう!!!!
 じじょうがじんじゃううううううううう!!!!」
 顔をぐしゃぐしゃにして泣き喚く小さなエクソシストの懇願に応じた御者が、馬に鞭を当てた。
 暴走寸前の疾走には行き交う人々だけでなく、他の馬車も慌てて道を空ける。
 その甲斐あって、間もなく彼らは『方舟』のゲートが設置された教会へ飛び込み、教団へ帰還することが出来た。


 「クラウド元帥が倒れた?!任地で?!」
 病棟からの報告に、執務室のコムイは思わず椅子を蹴って立ち上がった。
 「病状は?!」
 戦力不足の今、強力な戦闘員である彼女を失うことは非常に痛い。
 現場の司令官として早急に報告を求めたコムイは、ドクターが口にした病名に一瞬、呆気に取られ、倒した椅子を元の位置に戻して座り直した。
 「あー・・・そう。
 それはその・・・お大事にって伝えてください」
 気まずげに咳払いしたコムイは、開け放たれたままのドアを見遣ってため息をつく。
 「・・・ミス・フェイ。
 病棟に鴉を配置して」
 「既に」
 頼もしく頷いた補佐官の声に、コムイはほっと吐息した。


 「クラウドォ!!
 見舞いに来てやったぜぇ!!!!」
 両腕両脚に鴉を絡ませて、ソカロは無遠慮に病室のドアを開けた。
 「たまたまコムイの執務室にいてよかったぜぇ!
 じゃなきゃ、こいつらが人数増やして待ち構えてたろうからな!」
 ゲラゲラと笑いながらソカロは、ここまで引きずって来た鴉達を掴み、次々と部屋の外へ投げ捨てる。
 「病名聞いて笑っちまったぜ!
 いつも澄ました顔のお前がどんな顔して唸ってんのか・・・ぎゃはははははははは!!!!」
 無礼にもソカロは、ベッドの上で高熱に浮かされるクラウドを指差して爆笑した。
 「お前、まだやってなかったんだな、おたふく風邪!!!!」
 ぷっくりと腫れた耳下腺をつついてやると、呻き声が大きくなる。
 「こないだ、ガキ弟子がやってたもんなぁ!
 まんまと移されやがって、まぬけめ!!」
 言いたい放題のソカロにしかし、今ばかりは反撃どころか反論も出来ないクラウドは、抗議の代わりに唸るしかなかった。
 「お前が反撃できねぇなんざ、滅多にない機会だ!
 この隙に思う様日頃の恨みを・・・」
 「やめときなよ、ソカロ。
 後が怖いよーん」
 穏やかにたしなめる振りをして、やはり見物に来たティエドールが早速スケッチブックを取り出す。
 「滅多に見られないご面相だからね、記録に留めておかなくっちゃ!」
 「おぅ、フロワ!
 それ、俺にも一枚寄越せ。
 しばらくはそれでこいつをからかえそうだ♪」
 思いやりの欠片もない同僚達への復讐を、クラウドが固く誓った時、救いの女神・・・いや、鬼女が現れた。
 「元帥方ぁ?
 病室で騒がないでいただけるかしらぁ?」
 丁寧な物言いでありながら、その口調は辺りの風景を一瞬で地獄に変えるような恐ろしさがある。
 怖いもの知らずの元帥達が震え上がり、恐る恐る振り返った先には、般若のような形相の婦長がぎょろりと目を見開いて、彼らを睨んでいた。
 「ひゃっ・・・!!」
 ティエドールばかりか、ソカロまでもがその迫力に悲鳴をあげる。
 「見舞いをする気がないのなら、とっとと出ておいきなさい!!!!」
 婦長の怒号に、元帥ともあろう者達が怯えたウサギのように逃げて行った。
 「まったく!!」
 忌々しげに首を振った彼女は、ベッドの上で唸るクラウドに歩み寄り、解けた氷嚢を換えてやる。
 「おつらいでしょうけど、1週間もすれば元通りですよ。
 できるだけ見舞いは遠ざけますわ」
 その言葉にほっと頷いたクラウドは、不意にカッと目を見開き、
 「ユ・・・ユウの・・・っ!!!!」
 と大声を出そうとした途端、激痛に声を失い、ベッドの上で悶えることになった。


 「おたふく風邪ですか?クラウド元帥が?」
 「へー。まだやってなかったんさね」
 方舟の間に戻った途端、待ち構えていたリナリーによって情報をもたらされたアレンとラビが、気の毒そうに頷いた。
 「ティモシーにうつされたのでしょう。
 先月、顔をぱんぱんに腫らしていましたし」
 「あれは見ものだったのう」
 二人の後から方舟の間に下りて来たリンクとブックマンが、思い出し笑いを堪えるように唇を引き結ぶ。
 「僕、その時婦長に『おたふく風邪になった覚えはある?』って聞かれたんですけど・・・」
 アレンは困り顔で首を振った。
 「ちっさい頃の記憶なんかないもん・・・。
 でも、クラウド元帥が発症したのに僕は平気ってことは、子供の頃にやったんだろうなぁ・・・」
 全然覚えてないけど、と言うアレンにリナリーが苦笑する。
 「私は・・・覚えてるよ。
 兄さんに『こんな顔じゃお嫁にいけない』って泣きついたんだよね・・・」
 「よかったさね、腫れが引いてさ」
 リナリーの頬をつついて笑うラビを、アレンが押しのけた。
 「大丈夫、そんなこと僕は気にしな・・・ぎゃんっ!!!!」
 突然激痛が走って、アレンは頭を抱えてしゃがみこむ。
 「背後から襲うなんて卑怯ですよ!!」
 肩越し、涙目で睨んだ先には、般若のような顔の神田が仁王立ちしていた。
 「るっせぇクソガキが!
 モヤシの分際で色気づいてんじゃねぇ!!」
 鞘に入ったままとは言え、六幻でアレンの頭を強打した神田が、鬼のような形相で怒号をあげる。
 「おかえり、神田。
 あのね、クラウド元帥がね・・・」
 ラビにたんこぶをつつかれて泣き喚くアレンを放置して、リナリーが神田の傍に寄った。
 「それで、ソカロ元帥とティエドール元帥が散々からかったから、婦長がお見舞いシャットアウトしてるの」
 「えぇっ?!」
 興味なさげな神田の代わりに、ラビが悲鳴じみた声をあげる。
 「そんな!!
 張り切って見舞いに行こうと思ったんに、ダメなんさ?!」
 「うん。クラウド元帥も今は人に会いたくないらしいし」
 「・・・それはひどいですね」
 笑い出しそうになるのを必死に堪えて、リンクはなんとか同情的な声を出した。
 「ソカロ元帥とティエドール元帥が復讐されなければよいのですが」
 戦闘員を二人も減らされては困る、と、無理にしかつめらしい顔をする彼に、アレンが呆れる。
 「・・・なんだよ、リンク。
 今日は気持ち悪いくらい機嫌がいいね」
 一応堪えているとは言え、リンクがこんなにも笑うのは珍しかった。
 「気持ち悪いは余計ですよ。
 さぁ、ウォーカー!
 早く室長への帰還報告を済ませて、報告書を書いてしまいなさい!
 その間私は・・・」
 言いかけて、リンクは咳払いする。
 「いいから行きなさい!」
 「はぁい・・・」
 行こうか、と見上げたラビも、不思議そうな顔で頷いた。
 「なんさ、なんかいいことあったんか、あいつ?」
 「知らない。
 でも、あの鬱陶しい監視が無くなるのは嬉しいから、追求しないことにするよ」
 てくてくと歩きながら、アレンがこっそり囁く。
 と、いつの間にか傍らにいたブックマンが、くすりと笑った。
 「今回の任務に赴く前、ミランダがあやつに何か、頼みごとをしておったぞ。
 帰って来たら手伝って欲しいとかなんとか。
 さすがになんの手伝いかまでは聞こえんかったがの」
 「ジジィ、地獄耳だな!」
 いつも一言多いラビがブックマンに蹴飛ばされ、壁にぶつかって床に落ちるまでをアレンはぼんやりと見つめる。
 「ミランダさんがなんの頼みごとかなぁ?ねぇ?」
 「ちょっ・・・痛い!!つつくな!!」
 ついさっき、たんこぶをつつかれた恨みを早速晴らすアレンに、リナリーが跳ねるような足取りで寄って来た。
 「ねぇねぇ、見てv 可愛いでしょv
 「へ?」
 アレンが振り返ると、リナリーはしっかりと神田の腕を掴んで彼の髪を指している。
 「いっつも私からリボンとか髪飾り取っちゃうから、思いっきり可愛いのをプレゼントだよ、神田v
 誕生日おめでとうーv
 「あぁ、今日だっけ」
 忘れてた、と、お義理に拍手するアレンと楽しげに笑うリナリーに挟まれて、神田は忌々しげに舌打ちした。
 「なんでこんな派手なのにしたんだ。
 シンプルなのでいいっつったろ!」
 「もらっといて文句言うなんて生意気!」
 リナリーより先に憤るアレンを押しのけて、神田の傍らに立ったラビがまじまじとリボンを見つめる。
 「しっかしすげー派手なリボンさねー。暴れ熨斗(のし)かよ」
 やや幅の広い、張りのある生地は、さまざまな色と模様の物が幾層にも重なって厚みもあり、一見、髪を結うのは難しそうに見えた。
 「・・・って、リボンかと思ったら髪留めなんさね。
 髪を留めてんのは下の金具か」
 道理で何枚もの布がきれいに束ねてあると思った、と、ラビが感心する。
 「えへへーv
 帯用の布で作ったんだよ!兄さんが!」
 「コムイかよ!」
 いかにも自慢げな顔をするものだから、てっきり自作かと思いきや、リナリーは堂々と『布選びは私!』と胸を張った。
 「可愛いでしょーv
 これは絶対戦場には持ってかないでね!パーティの時に使ってねv
 普段用はねー・・・」
 と、軽やかに踵を返したリナリーは、方舟の間で働くスタッフ達が使うデスクの上に置いていた袋を取って戻ってくる。
 「組み紐ーv
 紫とか、ピンクとかオレンジとかーv
 好きなの選んでつけてってねv
 笑いながらリナリーは、細い組み紐を次々に神田の髪に結びつけた。
 「・・・なにやら、神社のみくじを結びつける神木のようになっておるな」
 リナリーにいいように飾られる神田を見上げて、ブックマンが呆れる。
 「リナ嬢、私の誕生日の時は・・・」
 「どんな髪飾りがいい?!」
 目をキラキラさせて振り返ったリナリーに、ブックマンがひそひそと耳打ちした。
 「いいよv
 兄さんに、仕入れお願いするね!」
 「頼んだぞいv
 「ナニ頼んだんさ・・・」
 うきうきと歩を弾ませる師をラビが、呆れ顔で見遣る。
 「どうせ毛生え薬の新作だろ。
 とっくに死んだ毛根に何をやっても無駄・・・っ!」
 ブックマンの鋭い蹴りはさすがの神田も避けかねて、あえなく吹っ飛ばされた。
 「あぁっ!!髪飾りは無事?!」
 「そっちの心配かいっ!!」
 思わず声をあげたリナリーに、ラビが突っ込む。
 が、それ以上に険しい形相で、方舟の間のスタッフ達が詰め寄って来た。
 「ちょっとあんたら!!
 こっちは忙しいんだから、いつまでも騒いでないで帰還報告行ったらどうですか!!」
 「ここの物壊したら、リーバー班長に言いつけますよ!!げんこつですよ!!」
 コムイに報告ならまだしも、リーバーに言いつけられては厳しいお叱りを免れない。
 「ご・・・ごめんなさいー!!」
 ラビはブックマンを抱え、リナリーはアレンと共に神田を引きずって、慌てて部屋を出て行った。


 ―――― その頃、一足先に方舟の間を出たリンクは、嬉しげな足取りで厨房へ入った。
 「料理長、マンマは・・・あぁ、もういらしていたのですねv
 いつも通り賑やかな厨房の片隅に、ミランダがぽつんと座ってマグカップを両手で持っている。
 その顔は妙に蒼褪めて、細い肩が小刻みに震えていた。
 「ど・・・どうされたのですか?!ご気分でも?!」
 驚いて駆け寄ったリンクに、ミランダについていたジェリーが苦笑して首を振る。
 「怖い夢を見ちゃったんですってぇ」
 「夢・・・ですか」
 ややほっとしながら、『どのような』と屈みこんだリンクを上目遣いで見上げたミランダは、気を落ち着かせるように甘いミルクティーを一口飲んだ。
 「とても怖い夢・・・です・・・!
 そんな夢を見てしまった原因はわかっているんですけど・・・・・・」
 きゅっと眉根を寄せる彼女に、リンクは頷く。
 「なにかありましたか」
 「えぇ・・・」
 こくりと頷いて、ミランダはまたミルクティーを飲んだ。
 「昨日・・・ヘブラスカの元へ行ったんです・・・。
 いつもの検査ですね・・・」
 特殊な能力を持つヘブラスカの元へは、全エクソシストがイノセンスとの適合率の検査などで定期的に赴く。
 「その時に私、自分の能力がもっと役に立たないか、相談したんです・・・。
 守備や補助だけでなく、攻撃も出来るような・・・」
 「攻撃・・・マンマがですか?」
 意外そうな顔をするリンクに、ミランダは頷いた。
 「何か方法はないか相談すると、彼女は『物理は専門ではないから確かとは言えないけれど』と前置きして、言ってくれたんです。
 同じ空間に時間の亀裂を作って・・・つまり、空間と時間は不可分のものだから、本来同時には存在しない過去と未来を同時に存在させれば空間も歪む。
 その狭間に敵を叩き込むことが出来れば、空間の歪みによって敵を引き裂く事ができるかもしれない。
 そしてその事象はイノセンスの力で引き起こされたものだから、魂の救済も可能である可能性は高い、って」
 宙を見つめながら、ヘブラスカの言葉をそのまま口にするミランダに、リンクは感心する。
 「専門ではないと言いながら、随分と面白い戦術を考えるものですね。
 マンマさえ可能であれば、試してもよいのでは?」
 リンクの提言にしかし、ミランダは震え上がった。
 「わ・・・私もそう思ったんです、昨夜までは・・・!」
 「昨夜・・・ですか」
 就寝前までだろうかと、リンクは小首を傾げる。
 「ヘ・・・ヘブラスカが専門ではないと言うので、詳しいことは科学班に相談してみようって・・・リーバーさんの所に行ったんです・・・」
 「はぁ・・・」
 嫌っている人間の名を出されて、リンクの顔が引きつった。
 「あのホーキ頭は一体、マンマにどんなことを?」
 彼の有能さは認めるものの、ミランダに思われていることは甚だ気に入らない。
 剣呑な声音になったリンクを上目遣いで見上げて、ミランダはため息をついた。
 「リーバーさんは、やっぱり専門家でしたよ」
 素人考えを笑わずに聞いてくれただけでも、誠実な人だと言う彼女に、リンクは不満げな顔をする。
 「昨夜、リーバーさんは・・・」
 期待に満ちた目で見つめながらヘブラスカの言葉を伝えた彼女に、彼は難しい顔で言った。
 『確かに殲滅できるかも知れないが、その時は同行した味方も巻き添えだぞ。
 その空間で無事なのは多分、イノセンスを操るミランダだけだ』
 その場の動植物だけでなく、広範囲の土地が爆撃でもされたかのように消え去る可能性がある、と。
 その言葉で、ミランダの期待に膨らんだ胸はたちまち萎み、冷水でも浴びせかけられたかのように震え上がってしまった。
 「わ・・・私、そこまで考えが及ばなくて・・・っ!!
 今までだって、私一人で任務に行ったことなんてないのに、同行者の身の安全を考えなかったなんて・・・!」
 「全くあのホーキ頭は、もっと言い様があるでしょうに!
 気遣いがないのですから!!」
 「・・・リーバーも、アンタに言われちゃ形無しねぇ」
 ジェリーの呆れ声は聞こえなかった振りをして、リンクはミランダの震える手を取る。
 「それでマンマ、あのホーキ頭の心無い言葉のせいで、恐ろしい夢を見てしまわれたのですね・・・!
 なんとむごたらしい!」
 「ちょっとぉ。アンタがソレ言う?」
 目的のためなら拷問すら辞さない鴉とは思えない言葉に、ジェリーが柳眉を吊り上げた。
 「料理長!
 少々お黙りいただけますか?!」
 思わず声を荒げた途端、
 「あー!リンクがジェリーさんに文句言ってる!!」
 食堂側から、アレンの甲高い声が響き渡る。
 「お前、ここにいる限り、絶対逆らっちゃいけねー人に逆らっちまったさ!」
 「餓死決定だね!」
 続いてラビやリナリーにまでカウンター越しに騒がれ、リンクは苛立った目を向けた。
 「お黙りなさい、小雀ども!!
 帰還報告と報告書作成はどうしたのです?!
 今、私は大切な話をしているのですから、邪魔をするんじゃありません!!」
 ヒステリックに怒鳴ると、アレンが生意気に舌を出す。
 「帰還報告はしましたよ、無線でだけど」
 「さすがに腹減ったもん。
 ジジィは先に風呂行っちまったけど、俺らはメシ食ってから報告書書いても遅くねーだろ」
 不満げに言うラビの隣で、リナリーも舌を出した。
 「私はとっくにやっちゃったもんv
 得意げに言って、意地の悪い目でリンクを見遣る。
 「神田は先に報告書書くって部屋に戻っちゃったけど、ここにいたらきっと、問答無用で殴られたよv
 神田、ジェリーのこと大好きだもんv
 「ジェリーさんへの愛は、僕の方が深いですよ!!」
 なぜか張り合うアレンが、懸命に手を振ってアピールした。
 「ジェリーさーん!!
 僕にごはんっ!ごはんっ!!」
 「ハイハイv
 アレンにねだられて、嬉しげに寄って行こうとするジェリーのエプロンの裾をミランダが慌てて捕まえる。
 「ジェ・・・ジェリーさんに行かれたら・・・っ!」
 「あぁん!そうだったわねん!
 ねぇちょっと誰か!
 アレンちゃんの注文聞いたげてぇん!」
 部下達に声をかけて、ミランダの元に留まるジェリーの背中をアレンが悲しげに見つめた。
 「それでぇ?」
 小首を傾げたジェリーにミランダが何か言おうとしたが、その前にリンクが割り込む。
 「まずはどのように恐ろしい夢をご覧になったのか・・・!
 場合によってはあのホーキ頭に厳重抗議を!
 場合によらずとも厳重抗議を!」
 意気込むリンクを、ジェリーの大きな手が押しのけた。
 「どっちにしろ抗議するなら、面倒だからやめちゃいなさいよん」
 「なぜそういうことに?!」
 「あの・・・」
 話が進まないことに困惑して、とうとう声をあげたミランダに、リンクは最敬礼でもするかのように姿勢を正す。
 「失礼しました。
 どうぞお話を」
 「え・・・えぇ・・・。
 その・・・とても怖い夢だった、と言うのが・・・」
 言葉を詰まらせ、俯いたミランダの姿に、注文を終えたアレン達も何事かと寄って来た。
 「私・・・戦場の時間と空間を歪めてしまって、敵だけでなく味方も・・・!」
 真っ青な顔で震えながら、ミランダはまだ温かいお茶を飲む。
 「で・・・でも、何もなくなってしまった場所で、私に近寄ってくる足音がして・・・。
 私、ちょっとほっとして振り返った・・・ら・・・!」
 ガタガタとミランダの震えが大きくなり、気を回したジェリーがマグカップを取り上げた途端、彼女は両手で顔を覆った。
 「自分の首を小脇に抱えた神田君が、『あぶねぇだろ、気をつけろ』って・・・・・・!」
 ミランダの話を聞いた面々は、一瞬の沈黙の後、盛大に吹き出す。
 「ありそぉおおおおおおおおお!!!!」
 「ちょ・・・笑い事じゃ・・・!」
 ゲラゲラと笑う一同を、顔をあげたミランダがおろおろと見回した。
 「わ・・・私、正夢になるんじゃないかって怖くって・・・!」
 「正夢になっても神田なら生きてるってことでしょ。
 いい夢じゃない」
 ねぇ?と同意を求めるリナリーに、アレンが笑いすぎて浮かんだ涙を拭いながら頷く。
 「僕はどうかな?さすがに死ぬかな?」
 「お前も大丈夫じゃね?しぶといし。
 俺は・・・無理そうだから、近づかないようにしよ」
 ラビが妙にしかつめらしい顔で言うと、また笑声が沸いた。
 「も・・・もう!
 私、本当に怖かったんですから・・・!」
 恐怖体験を笑い飛ばされたミランダが、顔を真っ赤にして抗議する。
 「ちょ・・・ちょうど、ハワードさんに協力をお願いしていた時だったから、それが頭に残っていて、あんな夢を見たのかもしれませんけど・・・!」
 「お願い?
 ミランダさん、リンクになんのお願いしたんです?
 多分そのせいで、リンクが気持ち悪いくらい機嫌よかったんですよ」
 「・・・ですから気持ち悪いは余計だと言っているでしょう、ウォーカー!」
 ムッとして睨むリンクを無視して、アレンは小首を傾げた。
 「ねぇ、どうして?」
 「それは・・・」
 秘密よ、と前置きして、ミランダはほんの少し笑う。
 「エミリアさんが、どうしても神田君がケーキを食べてくれないって愚痴っていたの。
 それで私、ジェリーさんとハワードさんが協力してくれたら、神田君でも食べられるケーキを作れるんじゃないかしらって、二人にお願いをしたんです・・・」
 それを聞いてリナリーが、ぱふんと手を叩いた。
 「神田の誕生日ケーキか!
 私はとっくに諦めて髪飾りをプレゼントしちゃったけど、エミリアはずっとケーキにこだわってたから!」
 若いのに頑固なエミリアは、いざとなったら神田を拘束してでも無理矢理食べさせるかもしれない。
 そう言ってリナリーはまた笑いだしたが、アレンは面白くなさそうに口を尖らせた。
 「どうせ文句しか言わないんですから、わざわざ作ってやる必要なんかないですよ!」
 「そ・・・そうかもしれないけど・・・・・・」
 珍しく、ミランダが反駁する。
 「エミリアさんの熱意を、どうせ無駄だからって否定するのも気の毒に思えて・・・」
 だから一番可能性のありそうな二人に頼んでみた、と言うミランダに、リンクが大きく頷く。
 「マンマのたってのお願いですので、私も協力を惜しまないと申し上げたのですよ!
 料理長のご協力もいただけるなら、決して不可能ではないと思いましたのでね!」
 「そりゃあ、澄ました顔して姐さん大好きのユウは、姐さんが作ってくれたもんを拒みゃしないだろうケドさ」
 にんまりと笑って、ラビがリンクを指した。
 「お前が作ったってわかれば、絶対毒入りだとか言って拒否すんじゃね?」
 「室長じゃあるまいし!!」
 忌々しげに言い放ったリンクはしかし、すぐに表情を改めてミランダに屈みこむ。
 「それでマンマ、どのようなケーキをお考えでしょうか?」
 「なにその態度豹変!」
 「差別だ差別だ!!」
 きゃんきゃんと喚くリナリーとアレンは無視して微笑むリンクに、ミランダもようやく落ち着いた。
 「あの・・・前にティエドール元帥が、お菓子で神田君の像も作ってたでしょう?
 あのイメージがあったから、こんな妙な夢を見たんだと思うんですけど・・・でも、あれほど素晴らしいものは無理でも、神田君の顔のケーキなんかいいんじゃないかって・・・」
 どうでしょう、と、上目遣いで見上げたジェリーが、楽しげに頷く。
 「あの子、自分の顔はキライじゃないものねぇ」
 が、リンクはやや眉根を寄せて、アレンを見遣った。
 「アイディアはよろしいと思いますが、喜ぶのはむしろ、ウォーカーでしょう。
 この子供はかなり性格が歪んでいますから、ここぞとばかりに神田の顔を潰し、見るも無残な姿にするでしょうね」
 と、性格の歪んだリンクが大真面目に言う。
 「アンタが言うと、妙に説得力あるわぁ」
 しみじみと呟くジェリーに、リンクがムッとした。
 「・・・どういう意味ですか、料理長」
 「そのままの意味よんv
 「ジェリーさぁん!
 性格の歪んだリンクに意地悪ゆわれたっ!」
 わざとらしく泣きついてきたアレンの頭をジェリーは、優しく撫でてやる。
 「ところで、言いだしっぺはどこ行っちゃってるのよん。
 まさか、ケーキはアタシ達に丸投げってことぉん?」
 肩をすくめた彼女に、リナリーが食堂の外を指した。
 「エミリアはティモシーとお勉強の時間だよ!
 ティモシーがクラウド元帥に泣き縋って大変だったけど、なんとか連れてったの」
 「まぁ・・・それが本来のお仕事ですもんねぇ」
 仕方ないかと、ジェリーはもう一度肩をすくめる。
 「じゃ、先に作ってましょうか。
 リナリー、アンタ、エミリアに早く来ないと出番ないわよん、って伝えたげてねぇんv
 「うんv
 くすくすと笑うリナリーに笑って、ジェリーはリンクを見遣った。
 「始めましょv
 「はい」
 リンクがミランダに向かって恭しく一礼すると、彼女も立ち上がる。
 「わ・・・私もお手伝いさせてください・・・!
 その・・・不器用だから、役になんて立たないでしょうけど・・・」
 「それは私が!!
 私が喜んでサポートいたしますから大丈夫ですよ!!」
 テンションを急上昇させたリンクはジェリーを急かし、嬉々としてケーキ作りに取り掛かった。


 一方でエミリアは、泣き喚いて勉強どころではない困った生徒に手を焼いていた。
 「・・・いい加減にしなよ、ティモシー。
 あんたが泣いたってしょうがないでしょ」
 呆れ顔のエミリアに、ティモシーはしゃくりあげる。
 「でもぉ・・・っ!
 俺がっ・・・おたふく風邪なっちゃったからっ・・・!」
 「ちっちゃい頃になってなきゃまずい病気なんだから、いいのよ。
 元帥にうつっちゃったのは想定外だったけど、ここの病棟のスタッフは優秀だから大丈夫だって。
 あんたはいつも通りにしてなさい。
 ただでさえ勉強遅れてんだから」
 「えう・・・っ」
 厳しい教師の前では、泣くことも許されなかった。
 「ホラ、英語の読み書きくらいは出来てないと、報告書も書けないでしょ。
 今は特別に代筆してあげてるけど、そろそろ本人のじゃないと報告書受け付けないって言ってたわよ。
 それが決まりなんだってさ」
 「じゃあフランス語でもいいじゃんっ・・・!」
 「話すのも英語で、だってさ」
 途端に言葉を英語に改めたエミリアが、指先でティモシーの額の玉をつつく。
 「あんたはまだ小さいからって、みんなフランス語でも対応してくれたけど、ここじゃあ英語が基本なんだから、早く日常会話くらいできるようになんなさい」
 「う・・・うん・・・」
 戦場では、厳しい師匠が英語でしか話してくれないため、短い会話ならもう、なんとかなっていた。
 「あのムカツク神田だって話してんだから、俺だって英語くらい・・・!」
 「ムカついて悪かったなクソガキ。
 テメェの方がムカつくんだよ」
 「ぴっ?!」
 いつの間に忍び寄ったのか、ティモシーは背後から手を伸ばした神田に頭を鷲づかみにされ、吊るされる。
 「片手で掴める程度のちっせぇ頭のクセに、生意気言ってんじゃねぇよ」
 「ぴえええええええ!!!!いだいいいいいいいいいいい!!!!」
 頭を握り潰さんばかりに力を加えた神田の手に縋り、ティモシーが泣き声をあげた。
 「ちょっとダーリン!
 ただでさえ悪い頭がこれ以上悪くなったら困るんだから!放してよ!」
 「エミリアひでっ・・・!」
 抗議の声を無視して、エミリアはティモシーを神田の手から引き剥がす。
 「それで、何か用?
 なんか用でもなけりゃ、あんたが勉強部屋になんか来ないでしょ」
 「あぁ、用があるに決まってる。
 その前に・・・無線切ってんじゃねぇよ、馬鹿ども!」
 苛立たしげに怒鳴られて、二人は慌ててポケットを探った。
 「アレ?!なんで切れちゃってんだ?!」
 「あー・・・あたしは今朝から入れるの忘れてたわ・・」
 ごめん、と素直に謝った二人に神田は鼻を鳴らす。
 「それより任務だ。
 元帥がぶっ倒れてっから、今回クソガキは俺と一緒だ」
 「は?!ティモシーは今朝帰ってきたばっかりじゃない!
 あんただってさっき帰ってきたんでしょ?!もう次の任務なの?!」
 責めるような口調になってしまったエミリアに、神田は頷いた。
 「俺はガキを呼びに来た分、遅れたくらいだ。
 モヤシ達はもう行っちまったぜ」
 「・・・こんな日くらい、敵もおとなしくすればいいのに」
 教科書を閉じて、エミリアがぼやく。
 「お誕生日なんでしょ、ダーリン?
 リナリーからはもう、髪飾りもらった?」
 「あぁ。
 やたらたくさんつけられたぜ」
 「色々あって、散々迷ってたわよ。
 結局全部買っちゃったのねv
 クスクスと笑いながら、エミリアは席を立った。
 「ティモシー、行けるの?
 今朝帰ってから、まだ十分休んでないんでしょ?」
 「・・・それでも行かなきゃなんだろ」
 椅子を降りたティモシーが、てけてけとドアに寄る。
 「早くしろよ、神田!おっせーぞ!!」
 「テメェが言うんじゃねぇよ」
 早足に歩み寄った神田が、ティモシーの身長では届きにくいドアノブを引いた。
 「・・・見送りさせて」
 気遣わしげな声をあげるエミリアもついて来て、共に方舟の間に入る。
 と、いつも忙しい方舟の間のスタッフが、いつも以上に騒然としていた。
 「どうした?」
 「科学班で爆発事故!!」
 神田の問いに短く答えて、スタッフが再びインカムを耳に当てる。
 「で、誰だったら行けるんです?!
 もう神田もティモシーも来ましたよ!」
 「被害者は同行者か」
 方舟導入以来、同行するようになった科学班の担当者が傷を負ったらしいと察して、神田は眉根を寄せた。
 「誰だ?」
 「ジジですよ!
 え?ジョニーもダメなんですか?!
 キャッシュはさっき行っちゃったし・・・じゃあ、第2班か3班から誰か・・・なんで全滅してんだあんたら!!!!」
 ヒステリックに怒鳴るスタッフにため息をつき、神田は彼の肩を掴む。
 「こうなったらしょうがねぇだろ。
 今回、科学班の同行はなしだ」
 「そうですね・・・」
 仕方ない、と頷きかけた彼の目が、神田の背後にいるエミリアを見つめた。
 「・・・今回は、ティモシーのデータを取ってくれるだけでいいんだけど」
 「じゃああたし、行きましょうか?」
 キャッシュと仲良くしているおかげで、門外漢ながらデータの取り方くらいは知っている。
 そう言うエミリアに、スタッフがほっとしてファイルを渡した。
 「ごめん!
 本当は非戦闘員を戦場に行かせちゃダメなんだけど・・・!」
 「大丈夫よ。
 病棟のお手伝いもしているから、もしかしたらそっちの方で手助け出来るかも」
 頼もしく請け負ったエミリアに、彼は何度も頷く。
 「助かるよ!!」
 「おい」
 本決まりしそうな状況に、神田が割って入った。
 「わかってるのか?戦場だぜ」
 厳しい目で見下ろしたエミリアは、こくりと頷く。
 「パリの孤児院で、あの時起こったような目にまた遭うかもしれないってことよね」
 覚悟はしている、と言う彼女に、神田は吐息した。
 「出来るだけ離れた所にいろ」
 「あら?
 守ってくれるんなら、俺の傍にいろ、じゃないの?」
 クスクスと笑って、エミリアが神田の腕に縋る。
 「エミリアー!!!!そいつから離れろっ!!」
 嫉妬に狂ったティモシーが絶叫するが、
 「やーよv
 エミリアは、これ見よがしに神田の腕を抱いた。
 「もしかしてこれ、あたしの初任務?
 がんばらなきゃv
 武器を、と差し出した彼女の手に、スタッフが銃の入ったアタッシェケースを渡す。
 「いってきまーすv
 ショッピングにでも行くような気軽さで、エミリアは方舟のゲートをくぐった。


 「今回の任地はどこなの?」
 方舟の白い街の中を歩きながらエミリアが問うと、神田ではなくお付のファインダーが黒いファイルを広げた。
 「今回はギリシャでございます。
 時差もほとんどありませんし、この季節なら寒いこともございませんので、そのままのお召し物で結構でございます。
 ただ、やはり防御には適しておりませんので、エミリア殿にはどうか、こちらのコートをお召しください」
 と、恭しく差し出されたコートにエミリアが袖を通す間、ファインダーは当然のようにアタッシェケースを持ってくれる。
 「・・・執事?」
 「トマでございます」
 そう言って、マスクをしたファインダーはにこりと笑った。
 「今回は、ティモシー殿の任務に元帥がご同行なさらず、神田殿だけではご不便だろうと言うことで、トマが同行することになりました。
 よろしくお願いいたします」
 「こ・・・こちらこそ」
 丁寧な挨拶を受けて、エミリアは頷く。
 「つい先程、方舟の間のスタッフから、エミリア殿のサポートも依頼されましたので、なんなりとおっしゃってください」
 トマが胸に手を当てて会釈すると、先に行く神田が振り返った。
 「トマは有能なファインダーだ。わからないことがあれば聞くといい」
 「恐れ入ります、神田殿」
 丁寧に礼を言ったトマを見つめて、エミリアはぽかんと口を開ける。
 「・・・本当に執事みたいねぇ」
 傲慢な態度の神田と一緒だと、まるで主人と執事のようだった。
 「でも、滅多に人を誉めないダーリンが誉めるなんて、よほどのことね!」
 「とんでもございません。
 トマは、自分の任務をこなしているだけでございます」
 その控えめな態度に深く感心したエミリアは、ティモシーの手を取って引き寄せる。
 「ティモシー、これよこれ。
 変人ばっかの教団で、あんたのお手本になれる人なんかいないと思ってたけど、トマから英語教えてもらいなさい。
 なんてきれいなクイーンズ・イングリッシュかしら!」
 「えー!
 俺、こんなまだるっこしいのヤダー!」
 不満げなティモシーの鼻を、エミリアは指で弾いてやった。
 「アレンもきれいな言葉遣いだけど、ダーリン達とケンカを始めたら、すぐに悪いこと言っちゃうからね。
 せっかく一緒にいるんだから、ちゃんとお手本として見ておくのよ。
 じゃなきゃ、また鼻ピンだからね!」
 指を構えたエミリアから顔をそむけて、ティモシーがコクコクと頷く。
 「じゃあよろしくね、トマ!
 あなたは普通に話してくれてるだけでいいから」
 「承知しました」
 丁寧に一礼するトマに、エミリアはほとほと感心した。


 方舟を出ると、開け放たれた教会の窓から風が潮の香を運んでくる。
 日差しは強いが、海風のせいか暑くはなかった。
 「こんなきれいな場所で戦うなんて・・・。
 遺跡が多い国だから、壊したら怒られるどころじゃ済まないわよ、きっと」
 「とっくに崩れたもんになんか、気を遣って戦えるか」
 エミリアを置いてさっさと部屋を出て行く神田の後に、ティモシーやトマも続く。
 「あ!あたしも!!」
 遅れてはいけないと、エミリアは足を速めた。
 小さいながら既にいくつかの戦場を経験しているティモシーは、当然エミリアよりも慣れた風で神田の後についていく。
 その様が気の毒に思えて、エミリアは思わず眉根を寄せた。
 と、
 「大丈夫でございますよ」
 教会を出たところでトマが、そっと声をかける。
 「現地のファインダーからの報告では、今回、レベル3以上の敵は確認されておりません。
 神田殿とティモシー殿の実力があれば、すんなり片付くと思われます」
 「そ・・・そう・・・」
 それで方舟のスタッフもエミリアを同行させたのかと、少し気は楽になったが、不安は拭えなかった。
 ―――― 覚悟してるって、言ったのに・・・。
 そうとは知らず巻き込まれた戦いとは違い、今回は自ら戦場に赴いている。
 さすがのエミリアも段々と緊張が増して、声も出なくなった。
 「そ・・・そうだわ、武器・・・!」
 いつでも取り出せるようにしておこうと、アタッシェケースを開けた途端、銃や弾ががしゃがしゃと雪崩れ落ちる。
 「なにしてんだ!」
 「ごめんなさい!!」
 神田に怒鳴られて、エミリアが竦みあがった。
 慌てて地面に落ちた弾を拾い上げていると、既にしゃがみこんでいたトマがもう、あらかた拾ってくれている。
 「ごめんなさい・・・!」
 「いえ。
 それより、銃は暴発しないように気をつけてくださいまし。
 アクマに銃は効きませんので、いざとなったらこちらの結界装置をお使いください」
 と、トマはアタッシェケースの中に、銃と共に入っていた結界装置を指した。
 「わ・・・わかった」
 コクコクと何度も頷いたエミリアは、彼女を待たずに先に行った神田を慌てて追う。
 「ご・・・ごめん、緊張してきたの・・・」
 「想定内だ」
 愛想なく言って、神田は肩越しにトマを見遣った。
 それだけで理解したトマは、無線機に向かって何事か言う。
 「案内の馬車がこちらに向かっております。
 アクマに支配された村は、ここから10kmほどでございますが、道が舗装されておりませんので、移動に少々お時間がかかるかと」
 「わかった」
 言う間に現地のファインダーが操る馬車が駆け寄って、一行の傍らに止まった。
 「・・・馬車が来るって知ってたら」
 あんなところで弾をぶちまけたりしなかったのにと、エミリアがうな垂れる。
 「いつものことだから、誰も言わなかっただけだ」
 「神田殿、エミリア殿は今回、初めてでいらっしゃるのですから」
 神田を穏やかにたしなめてくれるトマにほっとして、エミリアは馬車に乗り込んだ。
 「それで、あたしは傍にいればいいの?ちょっと離れたところでデータを取っていればいいの?」
 足手まといになりたくないと言う思いで、これからのことを尋ねると、トマは答えずに神田を見上げる。
 「馬車の中にいろ。
 戦地からは少し遠いところで待機になるから、危険だと判断すればすぐに逃げられる。
 双眼鏡があるから、データは取れるはずだ」
 「わかった・・・!
 や・・・やっぱり、アクマに支配されてるってことは、みんな死人なの・・・?」
 震え声で問うと、座席の上に足を投げ出していたティモシーが鼻を鳴らした。
 「そうそう、死人の皮をかぶった連中がうようよいんだよ。
 中からビリビリーって皮を破ってさ、あの奇妙なアクマに変わるんだ!」
 「うっ・・・!」
 真っ青になったエミリアは、震える手で銃のマガジンを確認する。
 「た・・・弾は入ってるわね・・・!
 アクマには効かなくても、いざとなったら注意を逸らすくらいは・・・!」
 「そうだな、そのくらいの使い道しかねぇな」
 怯えながらも『帰る』とは言わないエミリアに感心し、神田はほんの少し、微笑んだ。
 やがて馬車は荒れた道を走破し、件の村を見下ろす高台に止まる。
 「あからさまに雰囲気悪ィな。
 おい、クソガキ。
 テメェのイノセンスなら、なんかわかるんじゃねぇのか」
 神田に問われて、ティモシーは口を尖らせた。
 「俺のイノセンスはアレンの目みたく、障害物があっても見えるってもんじゃないんだ!
 うじゃうじゃいるなぁってのはカンジてるっぽいけど、それ以外はわかんねー」
 「ハンパだな」
 「なにおぅ?!」
 「まぁまぁ、お二人とも」
 怒って飛び掛ろうとするティモシーを背後から抱えて、トマが仲裁に入る。
 「現地のファインダーによれば、この村の人口は200人ほど。
 今やその全てがアクマと化しているそうでございます。
 ただし発見が早かったためにまだ、レベル2にまで進化している者は少なく、レベル1がほとんどでございます。
 お二人が協力すれば、たやすい任務かと存じます」
 そつなく話をまとめ、ケンカを収めてしまったトマにエミリアは心底感心した。
 「ダーリンが優秀だって誉めるわけだわ・・・」
 「恐れ入ります」
 本物の執事のように一礼したトマを、神田が呼ぶ。
 「行くぞ。
 お前が来ないと、子守がいねーだろ」
 「子守ってゆーな!!」
 「じゃあなんだってんだ、クソガキ!」
 またケンカを始めた二人の間にトマが入って仲裁した。
 「では」
 にこりと笑ってエクソシスト達の背を押し、村へ下りていくトマをエミリアは手を振って見送る。
 「じゃああたしも・・・見失わないようにしなきゃね」
 御者台に残ったファインダーに周囲の警戒を任せ、銃を膝の上に置いたエミリアは、双眼鏡で一行の姿を追った。


 「で?
 トロいガキでも憑けそうな間抜けは見つかったのか?」
 「誰もいねートコで見つかるわけないじゃん!
 馬鹿かよ、神田!」
 「とっとと見つけろよ無能ガ!」
 静まり返った村の中に、険悪なエクソシスト達の声が響いた。
 途端、キシキシ・・・カチカチ・・・と、金属の擦れあうような音が、各所から湧き出す。
 「報告の通りだな。
 このぎこちない機械音は、マリじゃなくてもわかる。レベル1だ」
 神田の呟きに、ティモシーは不満げに頬を膨らませた。
 「レベル1ぃ〜?
 そんなよわっちいのに憑いたって、大した能力もないじゃん。
 レベル2が出てくるまで俺、待機してるからぁ。
 がんばってくれたまえ、露払い君v
 「馬鹿のクセにどこでそんな言葉覚えやがった。
 あんまり生意気言ってっと、先にテメェから始末すんぞ」
 子供相手にも容赦しない神田に睨まれ、さすがに言い過ぎを悟ったティモシーが声を失う。
 そんな彼に鼻を鳴らすと、神田は六幻を抜き放った。
 「一瞬で片付けてやるよ。テメェの出番はないかもな」
 「あの、神田殿・・・それは少々困るかと。
 科学班より指示が出ておりますので」
 あくまで控えめに、トマが口を挟む。
 「少数でかまいませんので、ティモシー殿にも機会を与えてくださいまし。
 データが取れなければ、また任務に赴くことになりかねません」
 「ちっ!
 めんどくせぇな!」
 しかし今後の戦闘のためにも、科学班の指示はもっともだと理解した神田は、漂って来たレベル1アクマを数体残して薙ぎ払った。
 「出て来い、レベル2!
 お前らが出てこねぇと長引くだろうが!」
 身勝手な言い分をしかし、レベル2になったばかりの怖いもの知らずなアクマは受けて立つ。
 「わざわざ喰われに来るなんてさあああああああああああv
 土くれを撒き散らしながら地を裂いて現れたアクマに、思わず向けた刃を慎重に引いた。
 「おいガキ、食糧が来たぜ」
 「食糧ってゆーな!
 こんな・・・こんな・・・・・・」
 自分の身長の何倍・・・いや、何十倍とある巨大なムカデを前にして、ティモシーは真っ青になって震える。
 「食糧ってゆーなああああああああ!!!!」
 ぎゃあん!と泣き出したティモシーの額に埋まった玉が、青く光りだした。
 『まぁまぁ、マスターv あいつ喰うんは俺やv
 ちょっと待っといてくれやっしゃ♪』
 ツキカミの声が脳裏に響き、ティモシーにだけ見える姿がアクマを捕らえてバリバリと・・・。
 「うっぷ・・・!」
 その『食事風景』を見てしまったティモシーは、真っ青になってうずくまった。
 が、間もなくその小さな身体が蒼く光り、次の瞬間には糸の切れた人形のように、ことりと転がる。
 代わりに、今にも襲い掛かろうとしていたアクマの姿が、ティモシーのイノセンスへと変化した。
 「トマ、そのガキの抜け殻を頼んだぜ」
 「お任せを」
 憑神となったティモシーの本体を大事に抱え、トマは一旦戦場を離れる。
 その様子を、高台の上からエミリアはじっと見つめていた。
 「ティモシーの能力ってホント、変な能力よねぇ。
 自力で戦っているような、いないような・・・」
 双眼鏡は目に当てたまま、エミリアは科学班用のチェックシートに、ティモシーの発動開始時間を書き込む。
 「この能力って、敵がいなけりゃ発動出来ない技よねぇ。
 じゃあなに?
 あの子を攻略するには、最初にレベル1だけ差し向ければいいんじゃない。
 あの子自身はただの子供なんだから、レベル1にだって簡単にやられちゃうわ。
 それを避けるためには、あの子はレベル1に憑くしかない。
 でもその後にレベル3以上を差し向けて、憑神だけでなく本体も攻撃したら・・・」
 簡単にやられる、と、エミリアは息を呑んだ。
 「・・・じゃあ、今までティモシーの任務に、必ずクラウド元帥が同行していたのは・・・!」
 彼女がティモシーの師である上に、彼自身が幼いからだと思っていたが、違う。
 ティモシーの能力は、戦略的にとても弱いのだ。
 「そのとぉーりv
 賢いね、お嬢さぁん?」
 不意に頭上から降って来た声に、エミリアはぎくりと顔をあげる。
 その視線の先には、鋼のような硬質の、細いボディを持ったアクマが浮かんでいた。
 「レ・・・レベル3・・・!」
 「アラv
 見たところ非戦闘員なのに、レベルの違いがわかるんだね」
 兜を被ったかのような頭部の表情はわからないのに、その口調で嘲笑されていることはわかる。
 身の危険を感じた足が逃げようと震えるが、馬車のドアを閉めた途端に馬車ごと破壊されそうで、身動きもできなかった。
 それは御者台のファインダーも同じなのだろう。
 アクマを見つめたまま、呼吸すら止めているようだ。
 「ねぇねぇお嬢さぁん?
 さっきの予測に補足してあげようかv
 「な・・・なに・・・?」
 自力で何とかできない以上、神田達が来てくれる事を祈るしかない。
 なんとか時間稼ぎをしようと、答えた彼女の虚勢を見透かしたアクマは嘲笑した。
 「今、あの村にいるのはほとんどレベル1なんだ。
 まぁ、神田ユウがいる以上、一瞬で破壊されるけどね。
 でもその後、レベル2を出してやれば、馬鹿な子供は喜び勇んで取り憑くよねぇ?」
 「さっきの・・・!」
 地中から出てきたあれか、と、蒼褪めるエミリアに、アクマはクスクスと笑う。
 「アレねぇ・・・確かにレベルは2なんだけど、大した能力もない、すっごく弱っちい奴なんだv
 いたずらが成功した子供のように、アクマは嬉しげに手を叩いて笑った。
 「まんまと憑いたねぇ。
 今、あの子供の本体は抜け殻で、イノセンス化したアクマに大した能力はない。
 神田ユウ一人で、このレベル3まで手が回るかなぁ?」
 ギョロリと、笑みの形に歪んだ目が兜の上に現れた。
 「ところでお前・・・人質の価値ある?」
 「え・・・?」
 唐突な問いに、エミリアは目を見開く。
 「お前を盾にすることで、神田ユウの剣を鈍らせることが出来るのか、って聞いているよ」
 「盾・・・」
 目つきを厳しくして、エミリアは呟いた。
 きっと神田は、彼女が人質に取られたところで切っ先を鈍らせたりはしないだろう。
 しかしここで『NO』と答えれば、共にいるファインダーの命まで危うくしてしまう。
 エミリアは詰めていた息をわずかに吐いて、『えぇ』と頷いた。
 「あたしには、その価値があるわ。
 神田だけでなく、ティモシーにとってもね」
 「それは好都合v
 笑みに歪んだ目が彼女に向けられ、人間をたやすく引き裂く手が伸ばされる。
 「では一緒に・・・」
 「行くもんか!!」
 素早く取り上げた銃の引き金を引き、歪んだ目に向けて発砲した。
 弾は確かに命中したが、固い金属に跳ね返される音がして、アクマには傷ひとつない。
 「賢いって言ったのは取り消すよ、馬鹿女。
 アクマにそんなもの、効きはしないのに」
 呆れたような口調に構わず、エミリアは弾が尽きるまで撃った。
 そうするうちに、
 「てめぇ!!エミリアに何してやがるっ!!!!」
 銃声が届いたか、憑神に変身したティモシーがいち早く駆けつけ、レベル3に体当たりする。
 その隙に、御者台のファインダーが怯える馬を励まし、馬車を進めた。
 「エミリア殿!!」
 「トマ・・・ダーリン!!」
 ドアを開け放ったままの馬車から落ちないように身体を支えて、エミリアが声をあげる。
 「あのね、ティモシーが憑いたのは・・・!」
 「聞こえた」
 あっという間に馬車に追いついた神田が、エミリアの声を遮った。
 「お前がアクマと対峙している間、御者台のファインダーが会話を無線で流していた。
 よくがんばったな」
 ティモシーの身体を抱えたトマと共に、馬車の立ち台に上った神田に微笑まれ、ほっとしたエミリアは思わず涙ぐむ。
 「うん・・・!
 必死で神様に祈ったから・・・願いが届いたのね」
 まだ危機は去っていないものの、彼が傍にいることが心強く、涙を拭う彼女に神田は口の端を曲げた。
 「祈ったって、神は助けてくれやしねぇぜ」
 レベル3アクマから十分離れた場所で止まった馬車を降りながら、彼は皮肉げに言う。
 「教団では、誰もがそうだ。
 中央庁の枢機卿でさえも、神の名を利用はするが、加護を求めたりはしない。
 俺らが戦っている敵ってのは、そういうもんだ」
 事情を知った時点で、ティモシーには無理をするなと言ってあった。
 もうじき憑神を振り払ったレベル3が現れるだろう空を見上げる神田を、エミリアは見つめる。
 「・・・そうね、あたしが悪かったわ」
 とんだ考え違いをしていたと、エミリアは空になった弾倉に弾を込めた。
 「神は、自ら助けるものを助けるのよ!」
 「はっ!詭弁だな!」
 再び戦う意志を見せた彼女に笑った神田は、だが、と呟いて彼女を背に庇う。
 「お前らしくていいんじゃねぇか?」
 「あたしは、あんたのお荷物になりたくないだけよ」
 言うやあえて神田の背後から出たエミリアは、銃口を空へ向けた。
 「あのニヤケ野郎、絶対壊してよね!」
 「任せろ」
 力強く請け負った神田に微笑み、エミリアは宙に現れたアクマが憑神を鷲づかみする手に向けて発砲する。
 貫けないまでも、正確な射撃に指を弾かれたアクマが憑神を取り落とした。
 思わず気を取られた隙をついて、神田がアクマに襲い掛かる。
 「ティモシー!とりあえず戻んなさい!!」
 レベル3とは言え、一体なら既に神田の敵ではなかった。
 無様に地に落ちた憑神に声をかけると、そのボディが砂のように崩れ去る。
 「・・・ちぇっ!
 最初にエミリアを助けたのは俺だからな!」
 トマの腕の中で、不満げな顔をあげたティモシーに笑って、エミリアは膨らんだ頬をつついてやった。


 「・・・申し訳ございません。
 まさかアクマの罠であったとは・・・調査不足でございました」
 深々とこうべを垂れたトマとファインダーへ、神田が何か言う前にエミリアが口を挟んだ。
 「ファインダーの機転とダーリン達の大活躍で解決したんだし、良かったねってことにしましょ!」
 ね?と、笑うエミリアにため息をつき、神田が頷く。
 「ダーリンもいいってゆってるしーv
 さ、帰還しましょ!」
 なぜか仕切っているエミリアが、神田の腕とティモシーの手を引いて、なんとか無事だった馬車に乗った。
 「まさか襲われると思わなかったから、データが不完全なのよね。
 報告書って、あたしも出さなきゃよねぇ?」
 対面に座ったトマに問うと、彼はこくりと頷く。
 「きっと神田殿が教えてくださいます」
 見事に空気を読むトマに、エミリアがウィンクした。
 「だそうよ!
 教えてね、ダーリンv
 「あぁ、仕方ねぇ・・・」
 「だったら俺が教えるー!!!!」
 エミリアの手に縋って、ティモシーが喚く。
 「お前なんか用はねぇよっ!
 一人で寂しくバースデーケーキでも食ってろ、バーカ!」
 思いっきり舌を出すティモシーを、神田はうるさげに睨んだ。
 「食わねぇよ!
 俺は甘いものは・・・」
 「それを克服するバースデーケーキを作るりましょうって、ミランダが料理長とリンク監査官に『お願いv』してたわよ?
 言いだしっぺはあたしだから、当然参加するつもりだったんだけど・・・」
 ふぅ、と、ため息をついてエミリアは懐中時計を見る。
 「もうこんな時間・・・。
 戻った頃には出来ちゃってるわよねぇ・・・」
 残念そうに呟いたエミリアは、『でも』と、神田に笑いかけた。
 「料理長とミランダの合作なら、さすがのあんたも断れないわよね?
 教団でたった二人、逆らえない人達なんでしょ?」
 にんまりと笑うエミリアから、神田は不自然に目を逸らして窓の外を見る。
 彼女の言う通り、彼の胃袋を握るジェリーには決して逆らえないし、何気ない一言を一々気に病むミランダは扱いづらくて苦手だった。
 「二人とも・・・ううん、リンク監査官もいるから三人ね。
 きっとあんたの気に入るものを作ってくれてるから、早く帰ってあげようよ。
 またすぐ、任務に行かなきゃいけないかも知れないんでしょ?」
 「あぁ」
 教団側の戦闘力は減ったのに、ノアの動きは活発化して、戦闘員は休む暇もない。
 戦闘員だけでなく、非戦闘員も早急の増員が望まれるが、しばらくはこのままの体制で凌ぐしかなかった。
 「皆忙しくて大変だわ・・・。
 あんたの次の任務が終わってから、なんて悠長なこと言ってたら日が変わるかもしれないし、早めにやっておいた方がいいわね」
 「・・・めんどくせぇな」
 毎年毎年、なぜこうも祝いたがるのかとぼやく神田を、エミリアの膝に乗ったティモシーが睨みつける。
 「そんなん、皆がお前を好きだからに決まってんじゃんか!
 そんなこともわかんないなんて、やっぱりお前バーカ!」
 「は・・・?」
 予想もしていなかった答えに、神田が珍しくも呆気に取られた。
 「子供は正直ね」
 クスクスと笑いながらエミリアは、ティモシーの頭を撫でてやる。
 「そういうわけだからさ、つきあってあげなよ」
 神田は無言のまま、頷かなかったが、拒否もしなかった。
 それを肯定と受け取ったエミリアは、トマと笑みを交わす。
 「そうと決まったら急いで帰りましょ!」
 「既に本部とは連絡を取っておりますので、馬車が教会に着く頃にゲートが開く予定でございます」
 「本当にまぁ・・・」
 手際のいいトマに、エミリアはほとほと感心した。


 その後、順調に方舟に入り、白い街を抜けて教団本部に戻ると、既に帰還していたエクソシスト達や爆発事故から生還したらしい科学班のスタッフ達が、クラッカーを鳴らして迎えてくれた。
 「さすがトマ!
 神田君を短時間で帰してくれて、ありがとぉ!」
 諸手を挙げて絶賛するコムイの前で、トマは恥ずかしそうに顔を赤くして俯く。
 「ト・・・トマは、自分の任務を果たしただけでございますから・・・」
 「今日もいい仕事ぶりだった」
 追い越しざま、軽く肩を叩いた神田の背に、トマは恭しく一礼した。
 「恐れ入ります」
 「・・・どこの貴族の館よ、ここは」
 「いつものことだよー」
 呆れ顔のキャッシュに笑って、リナリーは駆け寄った神田に抱きつく。
 「おかえりーv
 そしてもう一回、おめでとーv
 「・・・また髪紐結びに来たのかよ」
 今度は何色だ、と呆れる彼にリナリーは首を振った。
 「欲しいならあげるけど、今は違うよ。
 ジェリーの命令で、逃げないように連れて来いって言われたの」
 「あぁ、それで・・・」
 しがみついているのかと納得した途端、物凄い形相でエミリアとコムイ、アレンが駆け寄り、二人を引き剥がす。
 「あたしのダーリンから離れなさいよっ!!」
 「リナリイイイイイイイイ!!!!くっついちゃダメエエエエエエエエエエエエ!」
 「そうですよ!!コイツ戦場から帰ったばっかりなんですから、服が汚れますよ!リナリーが穢れますよ!!」
 「ちょっと!!
 人の旦那を病原菌みたいに言わないで!!」
 凄まじい騒音に眉根を寄せた神田は、ふと気付いてエミリアを睨んだ。
 「勝手に俺を旦那にすんな」
 「いいじゃないの、今更!」
 悪びれないエミリアは、リナリーに代わって神田に抱きつく。
 「あたしが連行すればいいんでしょ?」
 「えー・・・」
 「その通りだよ、エミリア君!」
 「グッジョブです!!!!」
 ぐっと立てたコムイとアレンの親指を、神田は両手で握って捻ってやった。
 「ぐああああああああああ!!!!」
 「折れたああああああああ!!!!」
 「折れてねぇだろ」
 冷たく鼻を鳴らした神田は、大げさに騒ぐアレンの頭をはたく。
 「随分戻ってくんのが早ぇじゃねぇか。
 ちゃんと仕事したのか?」
 「しましたよ!」
 心外だと、アレンは頬を膨らませた。
 「今回は・・・むしろリンクの活躍ですけど」
 「あ?鴉野郎の?」
 訝しげな神田に、アレンは頷く。
 「リンク、せっかくミランダさんと楽しくケーキ作りしてたのに、急な任務が入って行かなきゃだったでしょ?
 そりゃもう怒っちゃって、任地でアクマを見つけた途端、物凄い罵詈雑言を・・・」
 聞いているだけでも胸をえぐられた、と、アレンは両手を胸に当てる。
 「はたで聞いてただけの僕だってそうなのに、それを向けられたアクマ達は本気で落ち込んじゃって・・・僕、言葉攻めで自爆しそうになったアクマなんて、初めて見ました」
 しみじみと言って、アレンはため息をついた。
 「自爆寸前で止めを刺したんで、たぶん救済されたと思いますけど・・・お気の毒に」
 しばらくリンクに逆らうのやめよう、と、肩を落とすアレンの背を、リナリーが苦笑して撫でる。
 「でも、おかげで早く帰ってこられたし。
 ねぇ、また任務が入っちゃうと困るから、今のうちに食堂に来てよ!」
 エミリアと同じことを言って、リナリーが神田の手を引いた。
 「ケーキに神田の顔が描いてあったら僕、転んだ振りして潰しちゃお」
 両手に花の神田を恨めしく睨みながら呟くアレンの手を、駆け寄って来たティモシーが握る。
 「アレン!俺も!俺もやるっ!!」
 「よーし!一緒に打倒!神田!」
 「打倒!神田!!」
 こぶしを振り上げて気炎を吐く二人を、神田の冷たい目が貫いた。
 「そん時ゃお前らの顔を潰してやる」
 「ぴっ・・・!」
 やりかねない、と、震え上がった二人を置いて、皆がぞろぞろと食堂へ向かう。
 そこでは既に、帰還報告を受けていたジェリーが準備万端整えていた。
 「おかえりぃんv
 そしてお誕生日おめでとぉんv
 大きな腕にぎゅう、と抱きしめられて、神田は憮然とする。
 「お前もか」
 「アラン?
 先越されちゃってたぁん?」
 クスクスと笑って神田を解放したジェリーは、食堂のテーブルに置いていた箱を取り上げた。
 「ハイ、コレv
 病棟のクラウドちゃんからよぉv
 動けないからせめて、プレゼントだけでもって」
 ジェリーの手から受け取った神田は、リボンを解いて中を見た途端、ため息をつく。
 「・・・こっちも髪飾りか。
 お前ら、事前に相談とかしないのかよ」
 「元帥とはしなかったなぁ」
 大輪の牡丹を飾った、派手なかんざしを手にして呆れる神田にリナリーが苦笑し、アレンが舌を出した。
 「もらっといて文句言うなんて生意気!」
 「ナマモヤシに言われる筋合いはねぇ」
 「誰が生モヤシだー!!!!」
 「アランv おいしそうねんv
 今にも神田に掴みかかりそうなアレンを、ジェリーが羽交い絞めにして止める。
 「ケーキもおいしくできたから、アンタ、一口くらいは食べなさいよ?」
 サングラス越しにじっとりと見つめられて、神田が思わず頷いた。
 「・・・甘いものは嫌いだからな」
 「甘さはアンタの許容範囲よ。
 そこはアタシが保証するわんv
 頼もしく断言したジェリーにもう一度頷いた神田は、見遣った厨房からリンクが運んできたそれに絶句する。
 「うわ・・・!」
 「気持ち悪っ!!」
 思わず歩を引いたエミリアの傍で、ジェリーに拘束されたままのアレンが無遠慮に言い放った。
 「・・・皿の上に載った生首って、なんかの絵画にあったよね」
 さすがのコムイも顔を引きつらせて、こちらを見つめてくる神田の生首に見入った。
 「それでリンク監査官、ミランダは?」
 じっと見つめてくる生首の視線に耐えかねて、目を逸らしたリナリーが問うと、リンクは困惑げに厨房を振り返る。
 「・・・作っていらっしゃる間は楽しげでしたが、私が出来上がった物をお見せした途端に卒倒してしまわれて。
 今は、シェフ達の休憩室で横になっておられます」
 「なんだそりゃ」
 ため息混じりに神田が呟いた。
 「・・・これ、食わなきゃいかんのか?」
 ジェリーに問うと、彼女も気まずげに目を逸らす。
 「・・・アタシ、材料の味付けまでしかチェックしてなかったからぁ・・・。
 てっきりホールケーキに絵でも描くのかと思ってたのよぉ・・・」
 立体で来るとは思わなかった、と、乾いた笑声を上げるジェリーにまたため息をつき、神田はテーブルの上のナイフを取った。
 「とりあえず粉々に・・・」
 「マンマと私の力作に無礼な!!」
 ナイフを突き立てようとする神田から皿を引き離して、リンクが怒鳴る。
 「そうだね。
 まだ帰ってきてないけど、話を聞いたらラビも見たがるだろうから、このまま置いておけば?
 そのあと僕が潰すから!」
 と胸を張ったアレンは、神田のすさまじいげんこつを受けて目を回した。
 「ありゃ、アレン君!
 大きなたんこぶv
 コムイがたんこぶを楽しげにつつく度に、アレンが泣き声をあげる。
 「・・・では、今食べるのはこちらではどうでしょう?」
 助けを求めるアレンから目を背け、生首をテーブルに置いたリンクは既に置いてあった大きな皿のカバーを取り去った。
 と、中からころころと、掌に収まるほどの丸いケーキがいくつも現れる。
 アイシングなのかマカロンなのか、滑らかな表面にはデフォルメされた顔が可愛らしく描いてあった。
 「・・・これも神田の顔なんだ」
 「でも、こっちは可愛いわねv
 ちょっとコケシみたいだけど」
 呆れるリナリーを押しのけて、エミリアが早速手にする。
 「はい、あーんv
 嫌がる神田の腕を取り、無理矢理口に押し込むと、一口かじり取った神田の表情が変わった。
 「・・・悪くないな」
 マカロンのように、表面はカリッと焼かれたケーキの中はふんわりとして、クリームの代わりにカボチャのペーストが入っている。
 甘みは自然のそれだけで、ジェリーの言う通り、神田の許容範囲だった。
 「砂糖を出来る限り控えましたのでね」
 得意げに言うリンクに鼻を鳴らし、神田はエミリアの手から受け取ったそれを完食する。
 「へぇ・・・神田が全部食べちゃうなんて、どんな味だろ」
 興味を引かれたリナリーが、早速手を伸ばした。
 「おいしーv
 ちょっとだけ甘いパンみたいなカンジだね!」
 歯ごたえすら楽しくて、またつい手が伸びてしまう。
 「ウン、これなら確かに、神田君でも平気だよねー」
 「おいひいでふ、ジェリーさんvv
 「作ったのはマンマと私・・・いえ、味は料理長が調えてくださったので、結構ですが」
 やや不満げに言いながら、リンクは別の皿のカバーも開けた。
 「ティモシーにはこちらの甘い方がいいでしょう。
 神田の顔ばかりでも面白くないので、動物シリーズです。
 中のクリームは味を変えてあります」
 「あんちゃんあんがとーvv
 目を輝かせたティモシーは、ウサギのケーキに仕込まれた、イチゴのクリームに顔を蕩かす。
 「神田、これだよこれ!
 ちったぁ見習えよ!」
 説教しようとする子供に、神田は忌々しげに舌打ちした。
 「鴉野郎に見習うことなんざねぇよ!」
 「じゃああたしもこっちもらっちゃおーv
 猫のケーキへ伸ばしたエミリアの手を、神田が引く。
 「それで?」
 「それで、って?」
 笑って小首を傾げるエミリアに、神田は舌打ちした。
 「散々俺の前をうろついておいて、とぼけんな」
 「うろついたかなぁ?
 まぁ、お見送りには自発的に行ったけど、その後は科学班の人に頼まれただけよねぇ?」
 ねぇ?と、意地悪く笑って、エミリアは神田を真下から見上げる。
 「あたしが何をとぼけてるって思うの?」
 にんまりと笑って見つめてくる彼女から、神田はやや目を逸らした。
 「・・・お前からは何もないのか?」
 「あら、欲しかった?」
 からかうような口調には首を振る。
 「そうじゃねぇが、はっきりしねぇのは気色悪い」
 言ってやると、エミリアは更に身を寄せてきた。
 「じゃあ、あたしからはキスv
 「んなっ?!
 俺様の前でゆるさーん!!!!」
 阻止しようと割り込んできたティモシーは、神田が無情に蹴り飛ばす。
 「いらん」
 「つれないこと言わないでよ!」
 「なんで俺蹴った?!
 いらねーならなんで俺蹴ったの?!」
 騒がしいティモシーに笑って、エミリアは踵を返した。
 「じゃあ、ちょっと待っててよ。
 部屋に置いてるから、取ってくるわ」
 「なんだろうね、エミリアの」
 「楽しみですね」
 食堂を出て行ったエミリアの背を、神田以上に期待に満ちた目でリナリーとアレンが見送る。
 しばらくして、エミリアは東洋の陶器の植木鉢に入った苗らしきものを持って戻って来た。
 「はい!
 日本の固有種だから、入手するのにすごい苦労したのよ!」
 「苗・・・?」
 両手で受け取った神田が、まじまじと緑の葉を見つめる。
 「見たことがあるような葉だが・・・」
 なんの苗だろうかと、考え込む神田の周りにジェリーやコムイも寄って来た。
 「あぁ、あれねん!」
 「エミリア君、よく手に入れたねぇ!」
 すぐになんの苗だかわかったらしい二人に、エミリアは豊かな胸を張る。
 「東インド会社の伝手を辿りまくって、ようやく入手した貴重なものよ!
 ありがたく受け取ってね!」
 「だからなんの苗だ?」
 誰も教えてくれないことに、やや苛立った神田が問うと、エミリアは得意げに人差し指を立てた。
 「わさび」
 「わ・・・・・・」
 唖然として声を失った神田に、エミリアは大きく頷く。
 「姐さんに、園芸が趣味だって聞いたから、じゃあ蕎麦の薬味も自分で作りたいかな、って思って」
 ね?と、同意を求められたジェリーが笑い出した。
 「アタシ、畑仕事までやってるなんて言ってないわよぅ」
 「あら!
 じゃあ、挑戦すればいいのよ!」
 なんてことないと笑うエミリアに、神田も思わず笑みを返す。
 「おもしれぇかもな」
 「でしょv
 その言葉を受けて、エミリアは嬉しげにこぶしを握った。
 「このままでも作れるらしいんだけど、水流のあるところじゃないと大きくするのは難しいそうよ。
 教団にそんな場所あるかどうかわからないけど、あんたなら気合と根性で水栽培しちゃえそうねv
 がんばって、と言おうとした口が、キスで塞がれる。
 「礼だ」
 「は・・・どう・・・いたしまして・・・・・・」
 平然と言った彼に、エミリアは真っ赤になって声を引き攣らせた。
 「び・・・びっくりした・・・!」
 彼の意外な行動に驚いたのはエミリアだけではなく、彼らを囲んでいた面々も一瞬、声を失う。
 注目を集めたことで、我に返った神田が気まずげな顔で踵を返した。
 「もらっとく」
 皆、主賓を引き止めることも忘れて、食堂を出る神田を呆然と見送る。
 やがて、
 「・・・・・・よっぽど嬉しかったんだね」
 リナリーが呟くと、傍らでアレンが首を傾げた。
 「・・・わさびが感動のツボって、やっぱ神田はよくわかんないや」
 ため息をつきながら、ティモシーを押しのけて最後のケーキを口に入れる。
 「あ、そうだ。
 あの生首ケーキ、どうするんです?」
 アレンがテーブルに載ったままの生首を指すと、うっかり見てしまったコムイが慌てて目を逸らした。
 「そうだね・・・早くなんとかしちゃいたいけど・・・」
 何も知らずに食堂に入って来た団員達がそれを見た途端、悲鳴をあげる様に、コムイがため息をつく。
 「神田君はともかく、ラビが帰ってくるまで待ってあげないと、うるさいだろうなぁ・・・」
 「じゃあ、それまで厨房の冷蔵庫に入れておくのん?
 やぁよ、冷蔵庫開ける度に心臓が止まりそうになるわん!」
 困り果てた顔のジェリーに、アレンが挙手した。
 「じゃあ僕が、こけた振りして神田の顔をぐっしゃぐしゃに!!」
 「私とマンマの力作を台無しにすることは許しません!」
 リンクにぽかりと殴られて、アレンは不満げに頭をさする。
 「じゃあどうするんだよ・・・。
 ラビ、いつ帰ってくるかわかんないよ?」
 問えば、リンクはなんてことないように皿を持ち上げた。
 「布でも被せて、冷暗所に置いておけばいいでしょう」
 「・・・本当に生首安置してるみたいだね。
 なんでミランダは、こんなの作らせたかなぁ」
 気味悪げに生首の行方を目で追うリナリーに、アレンが小首を傾げる。
 「例の夢のことがまだ、頭に残ってたんでしょうかね」
 神田が自分の首を抱えていたと言う夢の話を思い出し・・・皆、一斉に爆笑した。


 ―――― 翌日、昼も過ぎた頃。
 ようやく方舟の間に帰還したラビは、迎えに来てくれたリナリーに苦笑した。
 「がんばったんけど、ユウの誕生日のうちには帰ってこれんかったさ。
 ミランダがリンクに作らせたってケーキは、もうなくなっちまった?」
 見たかった、と、肩を落とすラビに、リナリーは首を振る。
 「誰も怖くて手を出せなかったの。
 リンク監査官が用意してた、別のケーキで満足しちゃったし、生首はそのまま冷蔵庫に入れてあるよ」
 「生・・・え?」
 「随分とたいそうな名前だの」
 驚くラビと、興味を惹かれたらしいブックマンににこりと笑って、リナリーは生首ケーキの詳しい話をしてやった。
 「いくら作ったのはリンクだっても・・・なんで製作中にミランダは気づかんかったんさ・・・」
 「まぁ・・・ミランダらしいといえばらしいの」
 くつくつと、ブックマンも笑い出す。
 「ぜひとも実物を見なければな」
 「アレンがぶっ潰す前に、俺らで食っちまおーぜ♪」
 わくわくと歩を速めるラビを、ブックマンがたしなめた。
 「神田のためにわざわざ作ったのだ、主賓を差し置いては問題があろう」
 「じゃ、ユウも誘おうぜー!
 あいつでも食べられる甘さなんだろ?」
 今どこにいるのかと問うラビに、リナリーは苦笑する。
 「・・・病棟」
 「む?怪我でもしたか?」
 戦力が減ることに対して危機感を覚えたブックマンの早口の問いに、リナリーは首を振る。
 「クラウド元帥と同じで・・・ティモシーの菌をもらっちゃってたみたいなの・・・」
 その言葉に、さすがのブックマンが思考停止した。
 「・・・神田がおたふく風邪・・・じゃと?!」
 「ユウって病気になるんさ・・・?!」
 声を引き攣らせた師弟に、リナリーは乾いた笑声をあげる。
 「なったってことは、なるんでしょ。
 ちなみにアレン君も顔をぱんぱんに腫らして、一緒に寝込んでるよ」
 うんうんと唸る彼の顔を思い出して、リナリーが吹き出した。
 「お前、笑うなよ。かわいそーだろ」
 「う・・・ごめん・・・でもっ・・・!」
 全く心のこもっていないラビにたしなめられても、止まるわけがない。
 顔を覆って笑い出したリナリーにつられて笑いながら、ラビは師を見下ろした。
 「あいつ、えらく潜伏期間が長かったさね!」
 「そうでもなかろう。
 ティモシーが罹ったのが先月20日のこと。
 潜伏期間は大体2週間なのだから、調度いい塩梅だ」
 ブックマンの説明に頷き、ラビは苦笑する。
 「あいつら、面白がってティモシーのほっぺたつつきまくるから」
 つつくたびに泣き声があがるのが面白いと、看病のエミリアやクラウドが怒り出すまでつついていた。
 「自業自得さ。
 んじゃ、ユウが食べらんなかったケーキでも食べてやっかなー♪」
 と、足取りも軽く厨房に入ったラビが、冷蔵庫の中から出てきた生首に悲鳴をあげた頃。
 病棟で顔をぱんぱんに腫らした神田は、熱に浮かされていた。
 「クラウド元帥・・・!
 このプレゼントはいらなかった・・・!」
 クラウドがこの場にいれば、ラビと同じく『自業自得だ』と言った事だろう。
 だが今、傍にいるのはエミリアで、滅多に見られない病床の彼を、嬉しげに見守っていた。


 Fin.


 










2014年神田さんお誕生日SSです!
リクエストNo.87『神田&エミリア&ティモシー合同任務』を使わせてもらっていますよv
こんな状況下で、エミ嬢が戦地にいける立場なのかは微妙ですけど(笑)
そして、神田さんはおたふく風邪になったりしないと思いますけど(笑)
あの人特殊体質ですから、体内に入った菌は一瞬で殺されそうですよね。
対アルマ戦では、人体模型状態になっても生き返りましたから、首落ちたくらいでは死なないと思います。>人としてどうよ。
ちなみにミランダさんの能力で攻撃できないか、から夢までの流れは漫画ネタとして考えていたんですが、私にそれを描くだけの画力がなかったので文で書きました!
・・・相対性理論の本、読もうかと思いましたよ、たったあれだけの文を書くのに;
ちなみに題名は、いくら考えても思いつかなかったので辞書サイトをうろうろしながら考えました。
山葵(わさび)と葵(蕎麦の女房言葉)と日常風景の抜粋(抄)ってことで『葵抄』
・・・駄洒落かい。
ともあれ、お楽しみいただければ幸いです(^^)













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