† Witch Hunt T †







 教団本部で最も高い塔の屋根に立つと、強い海風が吹き寄せた。
 しかし少女の細い身体は煽られることもなく、屋根の上にしっかりと立っている。
 彼女は強い風にほんの少しずれたとんがり帽子の位置を直すと、にっこりと笑って背筋を伸ばした。
 「うん、小さいのは不満だったけど、カチューシャにしてもらってよかった。
 これなら風で飛んでったりしないよ!」
 満足げに頷いた彼女は、手にしたホウキの柄でこつんと屋根を叩く。
 「えへへっv
 清掃班からこっそり借りてきちゃったーv
 怒られる前に返すし、見つかったって今日は大目に見てくれるはずだと、楽観的に笑った。
 「よーし!行くぞー!」
 しっかりと屋根を踏みつけた足を軽々と上げ、ホウキの柄に跨る。
 「ダーク・ブーツ、発動!」
 アンクレット型のイノセンスを発動させ、リナリーは屋根を蹴って飛び立った。
 「やったー!
 ホウキで空が飛べたよ!」
 実際はイノセンスの力だが、風を踏み、飛ぶことの出来る力を後方に送ると、傍からはまるでホウキに乗って飛んでいるように見える。
 「方向転換もいい感じ!」
 普段、空を舞う時よりは足さばきが不自由だが、飛ぶ分にはなんの問題もなかった。
 「ひゃっほーv
 楽しげな歓声をあげ、教団本部上空を駆けるリナリーを大勢の団員達が見上げる。
 その中で、
 「なにをやっているのですか、破廉恥な!!!!」
 と、突然上がった怒号に、暢気に拍手をしていたアレンが飛び上がった。
 「・・・いきなり大声出さないでよ、リンク。びっくりした」
 「破廉恥って、なんでさ?」
 同じくリナリーの空中ショーを見上げていたラビが首を傾げると、リンクは怒った牛のように鼻息を荒くする。
 「このカトリックの聖域において、魔女の格好で飛び回るとは!
 冒涜です!背徳です!実に嘆かわしい!!」
 その指摘でようやく理解した二人が、そっくりに肩をすくめた。
 「そんなこと、英国で言われてもー」
 「ソースの数より宗教の数が多いってくれーだし、魔女やオバケに寛容だもんな、この国は」
 な?と、同意を求めるラビに、アレンはあっさりと頷く。
 「魔女狩り?なにそれおいしい?だもんね」
 「正しい信仰を持たないなんて、地獄に落ちますよ!!」
 今にも拷問しそうな恐ろしい目で睨まれ、アレンは首をすくめた。
 その頭越しに、ラビがリンクへ声をかける。
 「まぁまぁ、ハロウィンくらい大目に見るさね。
 この祭はそもそも英国古来の信仰で・・・」
 「そうですか、異端審問ですね!」
 「・・・だから大目に見ろっつーの」
 呆れ顔を、アレンの頭の上に乗せたラビが、リンクを指した。
 「クリスマスツリーだって、そもそもドイツの古い信仰が元になってんだろ。
 お前はそれを理由にミランダを異端審問にかける気さ?」
 「私がそんなことをするはずがないでしょう!」
 すぐさま否定したリンクに、ラビがしかつめらしく頷く。
 「だったらハロウィンも大目に見なきゃな?
 カトリックの総本山たるもの、常に公平でなきゃいかんさね!」
 ラビの屁理屈にリンクは悔しげに黙りこみ、アレンは笑って拍手を送った。
 「それにしてもいいなぁ・・・。
 僕も、ホウキに乗って飛んでみたい」
 欄干に頬杖をついて、羨ましげに呟いたアレンの目の前にまで、リナリーが下りてくる。
 「乗せてあげたいけど・・・もうちょっと練習しないと、二人は無理みたい」
 ごめんね、と笑う彼女に、アレンは笑って頷いた。
 「そんな狭い場所でリナリーにくっついたら、コムイさんに命を狙われますから。
 せっかくだけど、ご遠慮します」
 冗談めかしてクスクスと笑うアレンに、リナリーも笑って頷く。
 「じゃあ、もうしばらく遊んでるよ!」
 欄干を軽く蹴って勢いをつけたリナリーが、ふと目線をラビへ向けた。
 「ねえラビ!
 もっと上に上がりたいんだ!」
 「あ?あぁ、オッケ」
 彼女の言う意味をすぐに理解したラビが、自身のイノセンスを取り出す。
 「火傷すんなよ」
 「ちっさいのでいいよう!」
 「なにすんの?」
 二人の会話の意味がわからず、首を傾げるアレンに離れるように言って、ラビは槌を壁に打ちつけた。
 「火判!」
 「うわっ!!」
 アレンの目の前を過ぎた炎の帯は、中庭を横切って進む。
 海からの強風は棟に囲まれた場所で温まり、上昇気流へと変わった。
 「わーぃv
 一気に上空へと舞い上がったリナリーは、歓声をあげて青空の中を飛び回る。
 すっかり小さくなってしまった姿を、アレンは羨ましげに見上げた。
 「いいなぁ・・・。
 火判も、火の魔法っぽいよね。
 僕も魔法使いっぽいことが出来るイノセンスだったらよかったのに」
 「お前のは魔法使いってより、妖怪だよな」
 何気なく言ったラビは次の瞬間、喉元に迫る冷たい刃の感触に息を詰まらせる。
 「・・・本当に口の減らないウサギですね。
 今ならリンクも、僕を見逃すと思うけど?」
 「存分にやりなさい、ウォーカー」
 「なんでいきなりタッグ組んでんさ?!」
 普段仲が悪いくせに、共通の敵を見出すや、すぐさま連携を組むのは神田とも同じだった。
 おかげで何度も酷い仕打ちを受けたことのあるラビが、諦め顔で降参する。
 「スミマセンデシタ」
 「心がこもってないよね」
 不満げに言いつつも、アレンは爪を収めた。
 すっかり元通りになった左手にほっとして、ラビはアレンを振り返る。
 「ケド、妖怪っつっても日本のは結構可愛いさ。
 猫の妖怪で猫又ってのがいるんけど、人を食う割りにおしゃれで三味線なんか弾いて、可愛いんさね」
 可愛い、を連発されて悪い気はしないアレンに、リンクが鼻を鳴らした。
 「ウォーカーも十分人を食ったクソガキですけどね」
 「お、うまいこと言うさ!」
 ケラケラと笑ったラビは、アレンの機嫌がまた悪くなりそうだと見るや、ご機嫌を取るように頭を撫でてやる。
 「なぁアレン、今日の仮装は吸血鬼ヤメて、猫又にしねぇ?
 衣装やメイクは、あるもんでなんとかなるはずさ」
 「いいよ。
 吸血鬼って、ここじゃクロウリーの方が本格的だから目立てないし。
 どうせなら目立って可愛いって言われたい!」
 「あぁ、可愛くしてやるさー♪」
 雌猫だし、と言う情報は隠して、ラビはやや意地の悪い思惑ににんまりと笑った。


 「あの子どこまで飛んでくんだろ」
 「随分上がりましたねぇ・・・」
 ホウキに乗って天高く舞い上がったリナリーを、キャッシュとミランダが並んで見上げた。
 中庭の中心にある噴水の際に腰掛け、見上げた空はロンドンには珍しく青い。
 「南米支部じゃ、ハロウィンはこんなに盛り上がってなかったもんな」
 「私も・・・街には興行でハロウィンの劇が来たりはしてましたけど、自分が参加するのはここに来てからですね」
 魔女の格好でビラ配りなどしていたが、あれは仕事であって参加ではないと思う、と言うミランダに、キャッシュも頷いた。
 「まぁ、楽しいのはいいんだけど・・・ってあの子、なんか失速してないかな」
 「え?!」
 言われてよく見てみると、上空のリナリーがホウキごとくるくる回って落ちてくる。
 「ど・・・どうやって着地を・・・!
 あ!そうだわ、私の時計で!!」
 発動したミランダのイノセンスが、地面に激突する寸前でリナリーの身体を受け止めた。
 「間・・・間に合いました・・・!」
 ほっと吐息したミランダに、中庭を囲む回廊から拍手が沸く。
 「さすがだね、ミランダ!」
 キャッシュの大きな手で背中を叩かれ、ミランダが咳き込みながら首を振った。
 「・・・私の出番はいらなかったみたいです」
 苦笑して発動を解除したミランダが指したリナリーの身体には、アレンの左腕から伸びた白い帯が幾重にも巻きつき、地面に触れる寸前で彼女の身体を受け止めている。
 「落ち方も少しゆっくりだったし・・・多分、ラビ君が風を操ったんだわ」
 だから発動が間に合ったと、ミランダは笑って、回廊から彼女らを見下ろす3人に手を振った。
 「いい連係プレーだったね。
 それにしても、なんで魔女っ子は落ちたかな」
 すっかり目を回しているリナリーを地面に下ろし、傍に屈みこんだキャッシュは、彼女の額にできた見事なたんこぶに吹き出す。
 「あんな空の上で何とぶつかったんだよ!」
 ぺちぺちと軽く頬を叩いてやると、目を覚ましたリナリーが思いっきり顔をしかめた。
 「トンビとぶつかったぁー!!」
 額を押さえて身を起こしたリナリーを、キャッシュが笑う。
 「なに、攻撃されちゃったの?
 避けられないなんて、リナリーらしくもない」
 魔女のミニハットがついたカチューシャを取って、他に傷がないか診てやっていると、リナリーは恥ずかしげに頬を膨らませた。
 「・・・ホウキが邪魔で、避けられなかったんだ。
 借り物だから、落としちゃ悪いと思って・・・」
 つい死守してしまったが、よく考えるとここまで必死になることはなかったのだ。
 案の定、ミランダが顔を真っ赤にして詰め寄って来た。
 「そ・・・それでリナリーちゃんが落ちちゃうなんて!
 無事だったからよかったものの・・・ほ・・・本当に驚いたんですからね!」
 恐ろしげに身震いするミランダに、リナリーはいたずらっぽく舌を出す。
 「その点は信じてたよ!
 私が落っこちても、きっとアレン君やラビが助けてくれるし、二人が間に合わなくてもミランダがいれば大丈夫だって!」
 「あ・・・あら・・・」
 そんなに信頼されていたのかと、ミランダは嬉しげに頬を染めた。
 「だって、ミランダは本物の魔法使いだもんね!
 偉大な魔女だよ!」
 リナリーが称賛のつもりで言った言葉に、ミランダの笑みが凍りつく。
 「そ・・・そんなわけないでしょう?
 私は魔女なんかじゃ・・・」
 「魔女だよ!
 時間を操っちゃうなんて、誰にも出来ないもん!」
 ね?と、同意を求められたキャッシュは頷かず、呆れ顔でリナリーを見下ろした。
 「あれ?どうかした?」
 何かまずいことを言ったかもしれないと、空気の悪さを読み取ったリナリーが不安げな顔をする。
 と、ミランダが妙に無表情のまま、立ち上がった。
 「・・・医療班の皆さんが来てくれましたよ。
 治療してもらってください」
 「え?う・・・うん・・・。
 あの・・・ミランダ?」
 「お大事に」
 いつも自制しすぎるミランダの、初めて見せる不快げな表情に、リナリーが慌てる。
 「わ・・・私、なんかダメなこと言った?!」
 棟の中へと去って行くミランダの背を見つめながら、リナリーが小声で問うと、キャッシュは深くため息をついた。
 「・・・敬虔なクリスチャンに対して、魔女はないだろ。
 ガチで魔女狩りやってた国の住人だよ、ミランダは」
 「ひゃあ・・・・・・」
 うっかり大変なことを言ってしまったと、蒼褪めるリナリーをストレッチャーに乗せてやったキャッシュは、隣を歩きながら彼女を見下ろす。
 「ちっさい頃からこの教団にいたんなら、アンタも当然、敬虔なクリスチャンのはずだけどね?
 どこで道を間違ったのさ」
 「道を間違ったってわけじゃ・・・ただ、兄さんがね」
 声を潜めたリナリーの傍に、キャッシュは耳を寄せた。
 「信仰なんて、面従腹背で十分だって」
 「・・・室長らしいや」
 目的のために手段を選ばない彼は、おそらく改宗してこの教団に入ったのだろうが、はなから信仰心など持っていないらしい。
 「・・・バレたら追い出されるな、きっと」
 「黙っててよね」
 コムイの部下達は皆、そのことを知っているか察しているだろうが、あえて誰も指摘したりはしなかった。
 そんなことをすれば、教団創設者の子孫であり、今も有力な名家であるチャン家が真っ先に潰れる。
 なんと言っても彼らは、カトリックの神以外の神を使役しているのだから。
 「・・・ま、本音と建前を使い分けるのが、古い組織ってもんだよね」
 「うん、だからうっかりしてた」
 ミランダのように、真に信仰心を持つ者に対して迂闊なことを言ってしまったと、リナリーは眉尻を下げた。
 「今まで特に何も言わずに参加してたから、オッケーだと思ってたんだけど・・・遊びに参加するのと、魔女って言われることには大きな隔たりがあるんだね」
 失敗した、と、しょんぼりするリナリーの手を、キャッシュの大きな手が包んでくれる。
 「ま、気付いただけでも良しとしようや。
 後でちゃんと謝るんだよ」
 「うん、わかった」
 許してくれるまで謝る、と、リナリーは不自由な姿勢のまま頷いた。


 「リナリー?大丈夫でした?」
 診察室を出ると、見舞いに来てくれたらしいアレンが声をかけてくれた。
 「うん、たんこぶできちゃったけど。
 それより、ミランダどこ行ったか知らない?」
 謝らなきゃ、と言う彼女に、アレンの傍にいたリンクが目を吊り上げる。
 「一体どんな無礼を働いたのです?!」
 「・・・監査官には関係ないでしょ」
 気まずげにそっぽを向くと、興味津々と輝くラビの目と目が合ってしまった。
 「なんさ?!なんでミランダに謝るんさ?!」
 何があったんだと、しつこく聞いてくるラビにさすがのリナリーも根気負けする。
 「ミ・・・ミランダを・・・本気で怒らせちゃったみたいなの」
 呟くように言うと、ラビは驚くと言うよりむしろ、不思議そうな顔をした。
 「ミランダを本気で怒らせるって・・・できるんさ、そんなコト?」
 「まぁ・・・リーバーさんはよく怒られてますけどね。
 ちゃんと休めとか、ごはん食べろとか・・・あ、そうか!」
 ぽふん、と、アレンが手を叩く。
 「危ないことしちゃダメ、って?
 叱られても、聞くリナリーじゃありませんもんね。
 それで怒らせちゃったんだ」
 非常に好意的に解釈してくれたアレンから目線をそらしつつ、リナリーはぼそぼそと事情を話した。
 途端、
 「この無礼者!!
 よりによって、清らかなるマンマに対して魔女などと!
 火あぶりにしますよ!!」
 案の定、凄まじい勢いで怒鳴りつけてきたリンクに、リナリーは口を尖らせる。
 「誉めたつもりだったんだよ!
 だけど、ミランダは敬虔なクリスチャンだから・・・誉め言葉には聞こえなかったみたい」
 「言われたのがアレンなら、大喜びだったろうさ」
 な?と、ラビに頭を撫でられながら、アレンはこくりと頷いた。
 「さっきも、魔法使いいいなぁって言ってたもんね、僕」
 しかし、ミランダに対して『魔女』は禁句だろうと、そのくらいはわかる。
 「うかつでしたね」
 「そうなんだよぅ・・・!」
 頷いて、リナリーが頭を抱えた。
 「だから早く見つけて、一所懸命謝らなきゃなんだ!」
 「探すの、手伝いますよ」
 にこりと笑ったアレンの手を、リナリーが両手で握る。
 「ありがとぉ!」
 感涙するリナリーに、ラビが何度も頷いた。
 「うんうん、急いだ方がいいさ。
 今頃、リーバーに泣きついてっかもしれんし」
 「ひっ・・・!」
 頭にもう一つたんこぶが出来るかもしれない恐怖に、リナリーが蒼褪める。
 「わ・・・私、先に科学班行ってみる!!」
 「見つけたら無線で連絡してくださいね。
 僕はジェリーさんv の所でも見てきます」
 できるだけしかつめらしく言ったつもりだったが、ジェリーの名を呼ぶ声が弾んでしまった。
 「アレン君・・・ジェリーの所に行きたいだけなんじゃないの?」
 今日はさぞかし甘い匂いを漂わせているだろうからと、じっとりと睨んでくるリナリーから、アレンは不自然に目をそらす。
 「いやあの・・・ミランダさんが相談しに行くならジェリーさんv
 あ!えっと・・・ジェ・・・ジェリーさんv かなぁって!!」
 何度呼んでも彼女の名前だけ声が弾んでしまい、アレンは気まずげに俯いた。
 「・・・アレン君、科学班に行ってくれるかな?
 私がジェリーのトコ行ってみるから」
 「えぇっ?!」
 アレンの悲しげな顔と悲鳴じみた声に、リナリーの機嫌がますます悪くなる。
 「探してくれるなら、場所は科学班でもいいよね?!
 リナリー、班長にげんこつされたくないもん!」
 ね?!と、畳み掛けられてアレンが、しょんぼりと頷いた。
 「・・・リーバーさんの所に行ってきます」
 とぼとぼと科学班に向かうアレンの背を、リナリーは眉根を寄せて見つめる。
 「・・・言い過ぎちゃったな」
 好意で手伝ってくれるアレンに対して厳しすぎたと、リナリーは今日二度目の失言に肩を落とした。


 「はぐぅっ!!」
 食堂に入った途端、カウンター越しにお玉で殴られたリナリーは、頭に二つ目のたんこぶをぷっくりと作られて悲鳴をあげた。
 「なにするんだよっ!!」
 涙声の抗議に、お玉を持ったジェリーは鼻を鳴らす。
 「キャッシュちゃんに聞いたわよん!
 アンタったら、ミランダを怒らせちゃったそうじゃないん!
 もう17なのに、なんでそんなひどいこと言っちゃうのん!」
 「ひ・・・ひどいこと言ったつもりなんかなかったんだよ!
 誉め言葉のつもりだったのにぃ・・・!」
 ぴぃぴぃと泣き声をあげるリナリーに、ジェリーは額を押さえて俯いた。
 「一所懸命育てたのに、なんでこんな気の利かない子になっちゃったのかしらん・・・!
 やっぱり男が書いた育児書なんて読まないで、アタシの感覚で育てるべきだったわん!」
 「・・・どうせ気の利かない子だもん」
 新しく出来たたんこぶをさすりながら、リナリーはぶつぶつと文句を言う。
 「開き直らないのん!
 アジア支部みたいに閉鎖された場所ならともかく、この本部には世界中から人が集まるんだからねぇん!
 ちょっとは気を遣いなさい!」
 「はい・・・」
 唇を尖らせ、頷いたリナリーはため息をつくジェリーを上目遣いに見上げた。
 「ミランダ、どこに行ったか知らない?」
 「キャッシュちゃんとランチに来た後のことは知らないわん。
 だってアンタが怒らせちゃって、どっか行ったんでしょぉん?
 リーバーのところじゃないのん?」
 「う・・・やっぱりそっちかぁ・・・!
 やだなぁ・・・またげんこつされるのかなぁ・・・・・・」
 ミランダに謝ること自体は、自分が悪いのだから仕方ないが、その周りから次々にげんこつをもらうのはさすがに嫌だ。
 「今日はげんこつよりお菓子が欲しいのにぃ・・・。
 班長は絶対に避けて、ミランダ見っけなきゃ!」
 「おとなしくげんこつもらえばいいわよん」
 たんこぶ三つ目、と笑うジェリーに、リナリーは必死に首を振った。
 しかし、件の科学班にもミランダの姿はない。
 「来てないんだ」
 意外そうなアレンに、リーバーは訝しげに眉根を寄せた。
 「なんかあったのか?」
 「え?ううん!別に・・・」
 必死に首を振るアレンの隣から、リンクが口を出す。
 「リナリー・リーが非常に無礼なことを言いまして。
 マンマが本気で怒ってしまわれたのです」
 「なんで余計なこと言うかなあ!!」
 慌てるアレンを押しのけて、リーバーはリンクを見つめた。
 「詳しく」
 「いいでしょう」
 普段、仲が悪いくせにこういう時だけタッグを組むのは卑怯だと、アレンがラビの言っていたことをそのままぼやくのを無視して、リンクはリーバーに事実を伝える。
 「そっか。
 キャッシュ!」
 呼ぶと、キャッシュが作業を止めて、大きな身体を揺すりながら寄って来た。
 「なんですか、班長」
 「お前、ミランダとランチに行ってただろ。
 その後、あいつどこ行ったんだ?」
 「あぁ、ミランダは・・・」
 と、苦笑したキャッシュはより詳しく、あの時の事情を話す。
 「―――― ってワケでミランダは本気で怒っちゃって。
 一人でスタスタとどっか行っちゃったんですよ。
 あの方向は宿舎だから、部屋に戻ったんじゃないかな。
 あの子自身も怒ることには慣れてないだろうから、他人に当たったり感情的なこと口走らないように、気を遣ったのかも」
 「そっか。
 だったら落ち着いたら出てくるだろ」
 言うやさっさと仕事に戻ったリーバーに不満げなアレンの傍らで、リンクも大きく頷いた。
 「普段、怒ったりなさらないマンマですから、ご自身のお怒りに困惑しておられるのかもしれませんね。
 ならば、不用意に構ってはご迷惑でしょう。
 しばらく様子を見るのが得策でしょうね」
 「・・・・・・そういうもんかな」
 納得は出来なかったが、この二人が言うのならそうかもしれないと、アレンも頷く。
 「普段怒らない人が怒っちゃった時って・・・色々大変なんだね」
 僕は絶対に怒らせないようにしようと、呟いたアレンの頭を、リーバーの大きな手が撫でてくれた。


 一方ラビは、リナリーやアレンとは別の場所を探そうと、修練場へ入った。
 ミランダが自主的に来る場所ではなかったが、ここにはいつも神田がいて、彼がいる場所にはエミリアもいる。
 怒り慣れないミランダが、いつも何かに怒っているエミリアに相談に来たかもしれないと思ってのことだったが、あいにくここには来ていないようだった。
 「ミランダが怒ったぁ?」
 「あいつ、怒れるのか?」
 驚くエミリアと意外そうな神田に、ラビは頷く。
 「リナの奴、言っちゃいけないことをさー・・・」
 と、苦笑したラビに事情を聞いて、エミリアも苦笑した。
 「それは・・・あたしでもちょっとムカッとするかな。
 ミランダって真面目だもんねぇ」
 「そういうもんか」
 不思議そうに呟いた神田に、エミリアは大きく頷く。
 「あんた達、ちっさい頃から教団にいたって言う割には染まってないのね。
 普通はわかるもんでしょ」
 「全然」
 言えば面倒なことになるから言わないだけで、神田もリナリーも、この教団が・・・いや、ヴァチカンが崇める神へは不信感を持っている。
 そしてそのことに対し、不敬だの背徳だのと思ったことすらなかった。
 そんな神田の心情を察したラビが、笑って手を振る。
 「修練の邪魔して悪かったさ。
 まだ連絡がないってことは、食堂にも科学班にもいないってことだろうけど、あいつがここを出てくなんてことはねぇし・・・ま、そのうち見つかるさね」
 今は部屋にでもこもっているのだろうと、暢気に言うラビに二人も頷いた。
 「後で声かけてみるわ。
 甘いお茶でも飲んだら落ち着くわよ」
 任せろと、豊かな胸を叩くエミリアを神田が見下ろす。
 「そうだな・・・猫みたいに毛を逆立てて怒ってる間は、なにを言っても無駄だからな」
 「・・・ちょっとダーリン、なんであたしを見ながら言うわけ?」
 ムッとしたエミリアに、神田は鼻を鳴らした。
 「お前で慣れたからに決まってんだろ」
 「あんたがいつも怒らせるからでしょぉ!!!!」
 「あー・・・ハイハイ、夫婦喧嘩はやめるさ」
 呆れ顔のラビが仲裁に入るが、
 「夫婦じゃ・・・!」
 「そーなの!ウチの旦那ってばいつもあたしを怒らせてばっかりで困っちゃう!」
 と、否定する神田をエミリアが無理矢理遮る。
 「でもね、ケンカするほど仲がいいって言うしーv
 「よくねぇだろ!」
 腕に絡み付いてくるエミリアに怒鳴りながらも、神田が彼女を振り払う様子はなかった。
 「・・・ユウちゃん。
 見せ付けられてお苛立ちの衆が、手合わせ希望してるみたいさ」
 ラビもこめかみを引き攣らせながら背後を指すと、殺気に満ちた男達が彼らを睨んでいる。
 「・・・まぁ、こいつのおかげで相手に困らねぇのは事実だな」
 少しは歯ごたえが出る、と、嬉しげに闘技場へと向かう神田の背を、エミリアの声援が追いかけた。


 その頃、皆が探していたミランダは、教団を囲む森の中を一人、乱暴な足取りで歩いていた。
 気を落ち着かせようと入ったものの、木の香りも木陰の涼気も全く彼女の心を鎮めてはくれない。
 このままの気持ちでは、リナリーだけでなく、無関係の仲間達にまで当たってしまいそうだった。
 「早く・・・落ち着かなきゃ・・・」
 呟いた息が荒く、熱い。
 それは森の中で深呼吸しても変わらなかった。
 ―――― ミランダは普段、全く怒らないわけではないし、実はリーバーとなら結構ケンカもしている。
 だが、こんなに不愉快な気持ちになったのは初めてだった。
 自身が魔女と呼ばれた事がこんなに不愉快なわけでは・・・おそらく、ない。
 確かに不愉快だが、ここまで怒るほどのことではなかった。
 事実、あまりに血行のよくない彼女の顔を、口の悪い者が『魔女のような』と言ったこともある。
 その時だって、健康になりたいとは思ったものの、怒りはしなかった。
 だが、今回は違う。
 よりによってリナリーは、神から授けられたイノセンスの力を『魔女のような』と言ったのだ。
 それはミランダ自身へと言うより、彼女が信仰する神への侮辱であり、冒涜だ。
 ようやく自分の存在を認めてくれた力であり、絶望していた彼女を救ってくれた神の恩恵を汚された気がして、とても不愉快だった。
 冗談でも言っていいことと悪いことがある、と言うのはまさにこれだ。
 「魔女なんかじゃない・・・この力は、絶対に・・・!」
 ようやく足を止め、ミランダはすっかり上がってしまった息を整えた。
 背後を見ると、随分遠くまで来てしまったようで、教団の最も高い塔の先さえ見えない。
 「いやだわ、戻らないと・・・」
 あまり遠くへ行くと、迷子癖のある彼女は戻る道を見失いかねなかった。
 ようやく我に返ったミランダは、不安げに肩を落とす。
 「森に来ても落ち着かなかったし・・・部屋に引きこもってた方がいいわね」
 最初からそうすればよかったと、踵を返したミランダの背後で突然、どさりと重い物が落ちる音がした。
 「なっ・・・なに・・・?!」
 驚いて振り向くと、落ち葉の上に男が、うつ伏せになって伸びている。
 「あ・・・あのっ・・・!
 木から落ちたんですか?!大丈夫ですか?!」
 修練中の鴉かファインダーだろうかと、気遣わしげに歩み寄ったミランダの足首がいきなり掴まれた。
 「ひっ?!
 あ・・・あの・・・!!」
 放してと、身を捩るミランダの足首を掴んだまま、彼は落ち葉にまみれた顔をあげる。
 「あー・・・あんた、貧弱な・・・」
 「きっ・・・!!!!」
 彼の顔を見た途端、ミランダの顔が引き攣った。
 「きゃああああああああああああああああ!!!!」
 逃げようと身を離すが、足首はしっかりと掴まれたまま動けず、ミランダは地面に倒れこむ。
 「あなたノアの・・・!
 やだっ!!放して!!」
 手近にあった太い枯れ枝を拾い、彼の頭に振り下ろすが、身体を透過したそれは地面を打って跳ね返された。
 「あー・・・ごめん。
 レディの足を掴むなんて、失礼も甚だしいってのは俺もわかってんだけど」
 ミランダが振り回す枝をことごとくすり抜け、身を起こした彼―――― ティキは、髪に絡みついた落ち葉を払い落として彼女に詰め寄る。
 「お嬢さん、今日一日、ウチのお客になんない?」
 「なっ・・・?!」
 敵のクセになにを言っているのかと、声を詰まらせるミランダにティキは何度も頷いた。
 「言いたいことはわかる。
 俺も、本当はヤだからさ。
 でも、ウチのロードがさ・・・」
 「ロ・・・ロロロ・・・ロード?!」
 その名に怯えたミランダは、両手を握りこんで胸に押し付ける。
 「・・・あ!
 そっか、お嬢さんか!
 ロードが苛め抜いたせいで覚醒しちまったってエクソシストは!」
 その認識はどうかと、一瞬思ったものの、今のミランダは恐怖に震え上がって、声を出すどころではなかった。
 「だったらトラウマのロードになんか会いたくもないだろうケドさ!
 教団のお客さん連れてこないと、ロードが俺をいぢめるんだ・・・!」
 更に詰め寄ったティキが、ミランダの震える両手を片手で掴む。
 「まぁ、ロードは少年か乱暴娘を所望なんだけど、あいつらが来ると絶対俺がいぢめられるし・・・!
 俺としては、眼帯君と愚痴りあいたい気分なんだけど、それは辛気臭くなるからやだってロードが言うし・・・!」
 目に涙を浮かべたティキは、ミランダの手を掴んだまま立ち上がった。
 「だからお嬢さんには悪いけど、俺の心の平安のためにも一緒に来てよ。
 ロードの要請は『エクソシスト連れて来い』だったから、あんたでもいいだろ」
 「そんなっ・・・!」
 嫌だと言っても聞くわけがなく、ティキはミランダを引き寄せ、横抱きにする。
 「ノアのパーティへようこそ!
 歓迎するぜ♪」
 突如地面に現れた穴の中へ、ミランダはティキと共に落ちて行った。
 その姿を見た者は誰もなく・・・。
 森はいつも通りの静けさで、この事態をひっそりと覆い隠した。


 To be continued.


 










2014年ハロウィンSSその1ですv
いつもティーンズばっかりお邪魔しているので、今回はミランダさんをご招待してもらいましたよ(笑)
この後、因縁の対決!
・・・になるかもしれない(笑)
どれも短いので、3つに分ける必要あったのかとは思うのですが、毎年恒例ってことでひとつ、ご理解ください。
では、お楽しみいただければ幸いです(^^)













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