† Witch Hunt U †
―――― この日! 毎年毎年、嫌な目にしか遭わない忌々しい日に、ティキはシェリルの邸を訪れた。 ・・・いや、連行されたと言うべきか。 今日は絶対に部屋から出ないと決意した彼の寝室の壁がぶち壊され、ベッドごと引きずり出されたのはほんの1時間前のことだった。 その10分後には千年公によって馬車に放り込まれ、くどくどと説教されながら着替えさせられて、今はここにいる。 不機嫌な頬に上機嫌なシェリルのキスを受けて、嫌々入ったパーティ会場のソファでは、この邸の愛娘が寝っ転がって分厚い本を読んでいた。 「・・・なんだ、夢中だな。 なに読んでんだ、ロード?」 彼女の関心が自分に向いていないことにほっとしつつも気になって問えば、彼女は本から顔をあげないまま、『ピーター・パン、大人になりたがらない少年』と、題名を呟く。 「面白いのか?」 「・・・まだ完成じゃないけどね」 面白い、と、また本の世界へと入り込んだらしい彼女は、もうそれ以上、ティキの質問に答えなかった。 邪魔をすればどんな残酷な仕打ちを受けるかわからないと、ティキは別のソファに座って、メイドが運んで来たお茶を受け取る。 「まだ完成じゃないって、なんだ?」 遅れて部屋に入って来たシェリルに問うと、彼は上流特有の鼻持ちならない笑みを浮かべた。 「有名な作家が子供向けに書いた劇の脚本なんだけどね、ちゃんと子供に面白がってもらえるか読んで欲しいって持って来たんだよ。 ロードのほかにも何人かの子供達に渡していたが、我が家の姫はことのほかお気に召した様子だ」 「ふぅん・・・子供向けなのに残酷物語なのか」 最近の子供は、と、年寄りじみたことを言うティキに、シェリルは笑って首を振る。 「そうじゃないよ。 いつまでも子供のまま、子供だけがいる島に住む少年の話さ」 「あぁ、いつまでも・・・か」 ロードの心情を察して、ティキは苦笑した。 と、ようやく本から顔をあげたロードが、傍に置いていた皿からお菓子をつまむ。 「何度も読んで、なにがいけないのかわかった。 悪役がつまんないんだよ」 「悪役?」 どんな?と問うティキに、ロードは本を渡した。 「海賊の船長。 ピーター・パンに切り落とされた片腕を、ワニに食べられちゃったんだ。 それで復讐に燃えてるんだけど・・・なーんか、ただ性格の悪い奴ってだけで、面白みがないんだよねぇ。 もっとさぁ・・・」 ぴょこん、とソファを下りたロードが、ティキに抱きつく。 「ティッキーみたくヘタレでいぢめられっこで、だけどがんばっちゃう根性のある悪役なら、見てる方もちょっとは応援してあげたくなると思うんだぁ 「・・・お前が俺をどう見ているのか、よくわかったよ」 涙を流さずにはいられないティキの肩を笑って叩いたシェリルが、ロードを抱き上げて膝に乗せた。 「じゃあ、パパなんかどうかな パパはすごいぞぉ 昼間はどんな脅迫にも屈しない外務大臣だけど、家ではロード一筋の子煩悩だよ 「うーん・・・それもいいんだけどぉ・・・・・・」 やっぱり、と、ロードはティキへ笑みを向ける。 「海賊の船長がちょっとヘタレ、って方が、子供にはウケるよ、きっと!」 「だから俺を見てゆーなっ!」 不満げに菓子を頬張るティキの手を、ロードが引いた。 「・・・なんだよ」 嫌な予感しかしない笑顔を見返せば、案の定、 「ってわけで、アレンとリナリーさらって来て と、無茶な『お願い 「やだよ! 少年やお嬢ちゃんを連れて来たら、また俺が酷い目に遭うだろうが!」 即座に断ると、ロードの笑顔が邪悪に歪んだ。 「ティッキィー・・・。 馬鹿のクセに、なにトラウマなんか持っちゃってんのぉ? さっさと忘れちゃいなよ、そんなものぉ」 にんまりと笑うロードの手を振り解き、ティキは憤然と立ち上がる。 「俺は学がないだけで馬鹿じゃねぇっての! トラウマくらい持つんだよ!!」 断言したティキに、シェリルも味方してくれた。 「そうだよ、ロード。 せっかくの家族水入らずに、あんな無礼な少年なんか招く必要はないよ。 お嬢さんはやれば出来る子だけど、そのおまけがいけないね。 僕の高価なコレクションを、下賎の輩が乱暴に扱うのは我慢できない!」 エクソシストへは深い恨みを持つシェリルの言葉に何度も頷き、同意して、ティキは人差し指を立てる。 「そーだ、招くのは眼帯君だけにしよう! あいつなら・・・」 「やだよぉ! あいつ、ティッキーと一緒に愚痴ばっかこぼして面白くないもん!」 思惑を悟られた挙句に断言されたティキが、ロードに詰め寄った。 「たまには愚痴らせてくれよ!」 「やだってば! なんなら神田ユウでもいいからさ! とにかく教団に行って、エクソシスト連れといでぇ!」 「俺こそやだって・・・ってぇ!! なんで足元に『扉』開けちまうんだよ!!」 落とし穴のように開いた『扉』からよじ登ろうと、床に這うティキの目の前で、ロードが軽くジャンプする。 「んなっ・・・!」 「いってらっしゃーい ロードの全体重が乗った厚底ブーツの蹴りを両手の甲に受けたティキは、たまらず穴の底へと落ちていった。 「へぶっ!!」 木の枝は難なく透過したものの、厚く積もった落ち葉のせいで地面との距離を見誤り、ティキは無様な格好で地にキスをした。 「ロードのやろう・・・!」 恨み言を呟く彼の頭上で、 「なっ・・・なに・・・?!」 と、女の声がする。 「あ・・・あのっ・・・! 木から落ちたんですか?!大丈夫ですか?!」 気遣わしげに声をかけながら歩み寄ってくる女へと素早く手を伸ばし、その足首を掴んだ。 「ひっ?! あ・・・あの・・・!!」 放してと、身を捩る彼女の足首を掴んだまま、ティキは落ち葉にまみれた顔をあげる。 「あー・・・あんた、貧弱な・・・」 「きっ・・・!!!!」 ティキの顔を見た途端、見覚えのある女エクソシストの顔が引き攣った。 「きゃああああああああああああああああ!!!!」 逃げようと身を捩る彼女の足首をしっかりと掴んでいると、あまり運動神経がよくないらしい彼女は普通の女のように地面に倒れこむ。 「あなたノアの・・・! やだっ!!放して!!」 彼女は手近にあった太い枯れ枝を拾い、ティキの頭に振り下ろすが、当然ながら受けてやる義理はなかった。 難なくティキの身体を透過したそれは、地面を打って跳ね返される。 ますます怯えて、何度も枝を振りかぶる彼女の足首を掴んだまま、ティキは身を起こした。 「あー・・・ごめん。 レディの足を掴むなんて、失礼も甚だしいってのは俺もわかってんだけど」 苦笑したティキは、髪に絡みついた落ち葉を払い落として彼女に詰め寄る。 「お嬢さん、今日一日、ウチのお客になんない?」 「なっ・・・?!」 敵のクセになにを言っているのかと、しどろもどろながら言う彼女にティキは何度も頷いた。 「言いたいことはわかる。 俺も、本当はヤだからさ。 でも、ウチのロードがさ・・・」 「ロ・・・ロロロ・・・ロード?!」 その名を口にした途端、彼女は自身の両手を握りこんで胸に押し付ける。 「・・・あ! そっか、お嬢さんか! ロードが苛め抜いたせいで覚醒しちまったってエクソシストは!」 確か、ミランダ・ロットーと言ったはずだ。 ロードには珍しい失敗談を思い出して、ティキはなんだか嬉しくなる。 しかし当のミランダは恐怖に震え上がり、声を出すどころではないようだ。 「だったらトラウマのロードになんか会いたくもないだろうケドさ! 教団のお客さん連れてこないと、ロードが俺をいぢめるんだ・・・!」 ティキは更に詰め寄り、ロードにも多少のトラウマを与えただろうミランダの、震える両手を片手で掴む。 「まぁ、ロードは少年か乱暴娘を所望なんだけど、あいつらが来ると絶対俺がいぢめられるし・・・! 俺としては、眼帯君と愚痴りあいたい気分なんだけど、それは辛気臭くなるからやだってロードが言うし・・・!」 しかし彼女なら、ちょっとした仕返しにもなるはずだと、嬉しげに目に涙を浮かべたティキは、ミランダの手を掴んだまま立ち上がった。 「だからお嬢さんには悪いけど、俺の心の平安のためにも一緒に来てよ。 ロードの要請は『エクソシスト連れて来い』だったから、あんたでもいいだろ」 「そんなっ・・・!」 嫌だと言っても聞いてやる義理はない。 「ノアのパーティへようこそ! 歓迎するぜ♪」 ティキはミランダを横抱きにすると、地面に現れた穴の中へ、彼女と共に落ちて行った。 「ただいま! お客さん連れてきたぞ!」 出かける前とは打って変わって晴れやかな顔をしたティキに、ロードは眉根を寄せた。 「眼帯君はいらないってあれほど・・・なんでこいつなんだよ!!」 大声で怒鳴るロードが指したミランダは、今にもショック死するのではないかと思うほど震えている。 「大人じゃんか! 今日は僕、アレンやリナリーとピーター・パンごっこがしたかったのに!! ネバーランドに大人はいらないんだよ!!」 返して来い、と命じても、ティキはニヤニヤするばかりで聞こうとしなかった。 「いいだろう? 知らない仲じゃないんだし、今日はあの時のことでも思い出しながら、お互いの近況でも報告すればいいだろ 今はロードの怒りが心地よく、ティキはミランダをテーブルの椅子に座らせる。 「ようこそ、セニョリータ まずはお茶とお菓子をどうぞ 片手を胸に当てて一礼したティキの、申し分ない礼儀作法を見たシェリルが軽く拍手をした。 「上手になったねぇ、ティキ。 猫でも被っていないよりはましだよ」 「・・・素直に誉めることが出来ないのかよ、あんたは」 「あいにく、素直さは持ち合わせがなくて・・・おや」 微かな羽音を聞いて、シェリルは辺りを見回す。 「もう大分寒くなったのに、虫がまだ・・・っ?!」 愕然と顎を落とした彼に驚き、ティキも羽音を目で追った。 ようやく見つけた、と思った瞬間、ティキもシェリルそっくりに顎を落とす。 「なっ・・・なんですか、これ・・・!」 怯えきったミランダが椅子を蹴って立ち、退こうとするが倒れた椅子の足に躓いて、無様に転んだ。 「い・・・いた・・・きゃああ!!」 自分に向かって飛んできたそれに悲鳴をあげ、ミランダは壁際にまで這って逃げる。 『・・・これは「可愛い」ものだと、ロードに言われたのですが』 困惑と不満をない交ぜにした声が、『それ』から発せられた。 『可愛くはないのですか?』 確認するようにシェリルへと寄っていくと、上向けた両掌をそっと差し出してくる。 ほんの小さな両足で着地し、見上げた彼は、両目を見開いてまじまじと見つめてきた。 「ル・・・ルル=ベルなのかい・・・?」 『他に誰がいるというのです』 ややムッとした声に答える者はなく、そっと歩み寄って来たティキまでもがじっと彼女を見つめる。 「すごい・・・英国の『妖精』って奴を、初めて見たぜ・・・!」 『なにをそんなに驚くのですか? 私が自由に姿を変えられるのは、知っているでしょう?』 訝しげに首を傾げるルル=ベルの身体は今、シェリルの両手に乗ってしまうほど小さく、マッチ棒のような細い足で跳ねるように彼の掌をつついていた。 薄く透ける生地が幾重にも重なった衣装を着たその背には、やはり薄く透ける羽根が4枚開いて、そよそよと揺れている。 「す・・・ごいな! お前、妖精にもなれるんだな!」 ティキが心底感心していると見て、ルル=ベルは彼女には珍しく、頬を染めて頷いた。 『主に喜んでいただくためです。可愛くなるのです』 「あぁ!とても可愛いよ! これなら千年公もお喜びだろう!」 シェリルに断言されて、ルル=ベルはほんの少し、嬉しげに笑う。 『ロード、どうですか?』 ふてくされた顔でお菓子を頬張っていたロードの元へ行くと、彼女はやや機嫌の持ち直した顔で頷いた。 「可愛いよ。 あーぁ!せっかくルルがティンカーベル役をやってくれるのに、ピーターもウェンディもいないなんて! ティッキーの役立たず!」 クッキーを投げると、軽々と受け止められる。 「もういいじゃんか。 彼女に遊んでもらえよ」 ティキが指差す方をルル=ベルが見やった途端、怯えたミランダは凄まじい悲鳴と共に部屋の隅に逃げ、四方をイノセンスの壁で覆った。 部屋の壁と少し離れているのは、壁を破っての捕獲を恐れるためだろう。 そんな周到さが、更にロードを苛立たせた。 「なんだよ、いっちょ前に戦闘慣れしてます、ってコト?!」 歩み寄り、透明な壁越しに睨んでやると、イノセンスを持つミランダの手が大きく震えた。 「・・・あれ? お前、もう手袋なんかしてんの? そんなに寒いっけか」 その問いに答えはなかったが、悲しそうな目と、唇をきつく噛む様にあの時のことを思い出す。 「あー!そっか! お前の両手、僕が貫いちゃったんだっけ。 あの時の傷、まだ残ってんだ!」 ケラケラと笑いながら更に歩み寄ったロードは、震えながらもイノセンスを発動させる手を見つめた。 「ちゃんと動いてるじゃん。 なら、別に謝らなくてもイイヨネー?」 ね?と、振り返ったロードに、ルル=ベルが首を傾げる。 「謝るつもりだったのですか?ロードが?」 ありえない、と、首を振る彼女に、ティキも同意した。 「最初からそんな気ないだろうに、意地悪だな」 「そんな小悪魔なところもかわいいよ、ロード ロードのやることは全て正しいと言ってはばからないシェリルが、蕩けた顔で彼女を抱き上げる。 「・・・しかし、これじゃあお嬢さんにお茶も差し上げられないね。 どうだろう、お嬢さん? 一旦、それを解除して出て来ては。 ハロウィンは我々も楽しみにしているイベントでね、エクソシストと戦争している場合じゃないんだよ。 だからこの日は毎年、我々の方から勝手に休戦しているんだ。 知らなかったかな?」 人を惹きつける声と穏やかな口調で語るシェリルに一瞬、ほだされそうになったが・・・ミランダは、懸命に首を振った。 「きゅ・・・休戦なのは・・・知っています・・・! ア・・・アレン君達が招待されたことがあるのも・・・。 で・・・ですが、私は・・・!」 それ以上は声が続かず、イノセンスに強く縋る。 アレン達と違い、自ら戦う術を持たないミランダは、彼らの気が変わった時のことを思うと恐ろしくて、イノセンスを解除することなど出来なかった。 言葉に出来ずとも、怯え続ける彼女の姿に誰もが察したのだろう。 諦め顔の並ぶ中、なにを思ったかロードがシェリルの腕から飛び寄り、歩み寄った。 「ねーぇ? もしお前が、手の傷のことで僕にこだわってるんだったらさぁ」 薄く笑いながら、ロードはミランダの作る壁へと手を伸ばす。 透明なそれに触れた途端、ロードの両手が砕け散った。 「きゃああ!!」 小さな指が床に散らばる様に、ミランダは悲鳴をあげたが、当然出るべき血は一滴も流れていない。 「ど・・・どうして・・・」 驚くミランダの目の前で、ティキがロードの指を拾い上げ、口に放り込んだ。 「今日のロードは飴か」 「えへへー ハロウィンだしね♪」 楽しそうに笑いながら、ロードはゆったりとした袖の中から艶々とした新しい両手を出し、広げて見せる。 「千年公に柔らかい飴の生地を作ってもらって、造形したんだぁ。 ねぇ?びっくりしたぁ?生身だとおもったぁ?」 クスクスと笑うロードに唖然とし、声も出ないミランダに代わって、シェリルが答えた。 「知っていたよ、もちろん。 甘くていい香りがしていたからねぇ 背後からロードを抱きしめたシェリルが、彼女の頬にキスする。 「おいしー 「えへへ くすぐったげに笑ったロードは、爪先をそっとミランダの壁へと伸ばした。 彼女が人である以上、いつまでもイノセンスを発動させたままでいられるはずがないと思ったが、案の定、動揺したことによって『壁』が薄くなっているようだ。 「お前も食べるぅ? 千年公のお菓子はおいしいよぉ 言うやロードは、指先を砕かれながら壁へ両手を伸ばし、無理矢理隙間を作った。 「お父様ぁ 「仰せのままに、姫 頷いたシェリルの操る糸が隙間から入り、ミランダを拘束する。 「とりあえず、その物騒なものの発動を解除してもらおうかな」 「い・・・いや・・・! やめて!!」 必死に抵抗するが、シェリルの糸に操られた手が、勝手に動いてイノセンスの発動を解除した。 「そんな・・・!」 ノアはこんなことも出来るのかと、更に怯えたミランダをティキが、背後から抱きしめる。 「つーかまえた 「きゃあああああああああああああああああああ!!!!」 間近での物凄い悲鳴に、ティキの耳がつんざかれた。 「ぅお・・・! ちょ・・・今のは・・・・・・!」 ノアに覚醒すれば、身体能力が上がる。 それはつまり、聴覚も人並み以上と言うことだ。 そんな耳元で、甲高い悲鳴をあげられてはたまったものではない。 耳を押さえてうずくまってしまったティキから出来るだけ離れたミランダは、再びイノセンスを発動させた。 が、未だシェリルの糸に操られた身体では壁を生み出すことが出来ない。 「う・・・動いて、私の手・・・!」 「あぁ・・・無理しないほうがいい、お嬢さん。 僕の糸は決して切れないからね。 キミの手も、ロードのように弾け飛んでしまうよ?」 しかも、ロードのように再生は出来ないと、苦笑するシェリルの言葉にミランダは唇を噛んだ。 と、妖精姿のルル=ベルが飛んできて、猫がじゃれつくようにミランダの手を拘束する糸を渡って遊びだす。 「あぁ、ルル・・・! キミは糸を見るといつもこれだ! 他にいいおもちゃを与えているじゃないか!」 『おもちゃよりもこっちが面白いのです』 透き通った羽根をはためかせながら糸の上に乗ったルル=ベルは、綱渡りのように歩いたり跳ねたりと、確かに楽しそうだ。 その様を見つめていたミランダははっとして、辛うじて指先に引っ掛けていたイノセンスを三度発動させる。 「キミ、懲りると言うことを・・・」 言いかけたシェリルは、自分の糸が消えていく様に唖然とした。 「キ・・・キミ!一体なにを・・・!」 「い・・・糸の場所がわかったので、拘束される前の時間に戻しただけです・・・!」 目に見えない間はその『物質』を認識できなかったため、その『物質』の時間だけを戻すことは出来なかったが、ルル=ベルのおかげで在り処を特定できたのだ。 そうなれば、見えなくても認識は出来る。 「糸が解けた・・・!」 自由になった両手でイノセンスを操り、時間の壁を作り上げたミランダに、シェリルがため息をついた。 「まったく呆れたものだ。 神にしか許されない、時間を操る能力をキミのような普通の女性が扱うとは。 修道者にあるまじき・・・あぁ、まるで魔女のようだね」 その言葉は、今のミランダの胸に深く突き刺さる。 蒼褪めた顔を強張らせ、息を詰めた彼女の様子に、気付かないシェリルではなかった。 「どうやら図星のようだね。 神に仕えるキミが神と同等の力を持つなど、不敬の極みだと思わないかい? そういう、神を蔑ろにする女を、昔から魔女と呼んだものだよ。 そうだろう?」 エデンの園でイブに囁く蛇のような陰湿な口調に、ミランダは激しく震える。 ここでも・・・神を否定する彼らにまでも『魔女』と呼ばれ、ミランダは絶叫した。 「違う! 違う!私は魔女なんかじゃない! 神を冒涜なんかしない!私は背信者じゃない!!」 それはまだたどたどしい英語ではなく、彼女の母国語での絶叫で、部屋中に低く硬く響く。 「魔女じゃない! 私の力は神に与えられたものです!魔女の力などでは決して!!」 違う、と叫び続けるミランダの涙が、回転するイノセンスの上に落ちて弾けた。 途端、それは膨大な光を発し、近くにあるものの時間を吸い取っていく。 ケーキやクッキーは砂糖と小麦粉に戻って床に散らばり、白く塗り替えられた上にバターと卵が盛り上がった。 古い家具は出来たばかりの頃の艶を取り戻し、新しい家具は木材どころか丸太にまで戻って床に転がる。 布地が単なる糸と化したため、シェリルの背後に隠れたルル=ベルは、憤然として彼女へと舌を出した。 『先に言ってくれなければ困るのです! シェリル!あの女、私を酷い目に・・・ティキも!』 飴の生地にまで戻ってしまったロードを唖然と見つめていたシェリルは、ルル=ベルの声で我に返る。 ティキの身体は彼の目の前で、どんどん小さく、幼くなっていった。 『シェリル。 私はティキが、いくつで覚醒したのか知りませんが、あんなに小さいのではもう、ノアではなくなっているのではありませんか?』 淡々とした声は不思議と通り、ミランダの耳に入る。 「覚醒・・・? あの・・・もしかしてあなた達は、普通の人間がノアに覚醒すると言うことですか?」 「・・・知らなかったのか」 しまったと、さすがのシェリルが気まずげな顔をした。 その表情に、ミランダは初めて勝利を確信する。 「だったら・・・今だけでも、私の時計であなた達を覚醒前に戻せば・・・!」 戦う術を見出したミランダの力の範囲から、シェリルが更に歩を引いた。 「危ういと見たら僕は逃げるけどね。 そこにうずくまったままのティキは可能かな」 「そのようですね」 ならば、と、ミランダは足元のティキを見下ろす。 「胎児まで戻せば・・・私でも踏み潰せるかしら」 「キミなに言ってんだい?!」 か弱いミランダが吐いた、意外なほど残酷な言葉に、シェリルが思わず大声をあげた。 「命をはぐくむ女性ともあろう者が、言っていいことじゃないだろう! 今すぐ!イノセンスを止めなさい!!」 「お断りします」 妙に落ち着いた声で、ミランダは首を振る。 「私は魔女だそうですから・・・胎児を悪魔に捧げます」 「んぎゃあああああああああ!!!!」 既に赤ん坊にまで身体を戻されてもティキとしての意識はあるのか、乳児にしては妙に年の行った悲鳴があがった。 「助けて!助けてシェリル!!」 歯がないせいか、妙に不明瞭な声の訴えにシェリルが糸を伸ばすが、ミランダの時間の壁に阻まれてしまう。 「す・・・すまない、ティキ・・・! これ以上、僕は・・・!」 『シェリルは覚醒が遅かったそうですから。 一瞬で普通の人間に戻って、踏み潰されるでしょう』 「ルル!余計なこと言っちゃいけません!」 慌てて叱ったが遅く、耳ざとく聞きつけたミランダは、もうこれ以上の邪魔は入らないと確信して、ティキを睨みつけた。 「私でも、ノアを倒せるんだわ・・・」 更に小さくなったティキの眼前にミランダの靴底が迫る。 「んぎゃああああああああああああああああああ!!!!」 「きゃっ?!」 断末魔の叫びの上で、妙に小さな悲鳴が上がった。 ティキがきつく閉じていた目をおそるおそる開けると、軸足の下に『扉』を開かれたミランダが、背中から穴へと落ちて行く。 「・・・間に合ったぁ」 ほっとした声を見遣れば、ドアの付近に新しい身体を手に入れたロードが立っていた。 「危なかったねぇ、ティッキー! でももう大丈夫だよ!」 珍しく思いやりに満ちた声をかけながら歩み寄って来たロードが、乳児にまで戻ったティキを抱き上げる。 「あいつが教団に帰れば、ほっとして発動を解くと思うけど・・・」 それまでは、と、ロードはティキの身体を放り上げた。 「僕が思いっきり遊んであげるぅ! ほーらティッキー たかいたかーい!!」 「ぎゃあ!ぎゃあ!んがあああああああああ!!!!」 ボール遊びでもするかのように、何度も何度も放り上げられるティキが悲鳴をあげる。 だがロードは構わずに、思いがけず手に入れたベビードールで遊び続けた。 ―――― その後。 「子供達ー 我輩のお菓子が出来上がりましたよー ここにいない子達も呼んで来て・・・オヤ? ティキぽんはどこに行っちゃいましたか?」 また逃げたのかと、呆れ顔の伯爵にロードは首を振り、レースとフリルで飾り立てた乳児を差し出した。 「これがティッキーだよぉ」 「アラマァ・・・」 驚きはしたものの動揺せず、伯爵はロードから受け取ったティキを大切に抱く。 「可哀想に、泡を吹いているじゃありませんか。 ロードは遊び方が乱暴なんですヨ」 クスクスと笑う伯爵に、ロードは肩をすくめた。 「遊ぶの飽きちゃったから、千年公にあげるー。 僕はお菓子がいいや♪」 無情にもお菓子に釣られて駆け去ったロードを見送った伯爵は、軽く吐息して腕の中の乳児を見下ろす。 「可愛いですねぇ ティキぽんにも、こんな時があったんですねぇ 覚醒した後の姿しか知らないため、ティキの乳児期は伯爵も見るのは初めてだった。 「起きて 我輩がパパですよー ベストのポケットから懐中時計を取り出し、目の前で振り子にしてやると、彼はいきなり暴れだす。 「時計イヤ!!時計コワイ!!!!」 「アラアラ! どうしたんですか、ティキぽん・・・!」 戸惑う伯爵の丸めた背中に、両手いっぱいにお菓子を抱えたロードが声をかけた。 「今日招待したエクソシストのせいだよぉ。 身体の時間を赤ちゃんにまで戻されて、踏み潰されそうになったから、時計に怯えてんのぉ」 「マァ・・・可哀想に」 大きな手でティキの小さな身体を撫で、落ち着かせようとする伯爵の背に、ロードがじゃれ付く。 「これでティッキーはフック船長のいいモデルになったよ! 大人になりたくない子供の敵は海賊で、その海賊の敵は時間! でも、ワニに片腕を食べられちゃった、ってのはわかりやすくていいから・・・そうだ! ワニは、フック船長の懐中時計も食べちゃったんだよ!」 伯爵がポケットにしまった懐中時計の金鎖を弄りながら、ロードは笑った。 「ワニが近づいてくると、お腹の中でチクタク音がするのが聞こえるんだ! そこで船長は・・・」 「時計イヤ!!時計コワイ!!!!」 「そう、それ!」 絶叫したティキに、ロードは楽しげに手を叩く。 「大人になっちゃう時間が怖いんだ。 中々いい寓意でしょ?」 にこりと笑ったロードを見下ろした伯爵は、苦笑していつまでも子供のままでいる彼女の頭を撫でてやった。 To be continued. |
![]() |
2014年ハロウィンSSその2でした ロードちゃん的に、いつかピーター・パンの話は書きたいなぁと思っていたのですが、この劇の初演は20世紀なんですよね。 ただ、作者はそれ以前から有名な作家だったので、『じゃあ、完成前に子供達に見せたってことにすればいいのか!』って思いつき、書いて見ました。 シェリル氏上流階級だし大臣だし、有名人を招いてのパーティは常連だろうから、こんな機会もあるかと。 今回でティッキーも十分不幸になったと思うので(笑)、苦情も来ないぞ!← 可哀想なティキぽん!!←白々しい。 |