† Witch Hunt V †







 ロンドンには珍しい青空から、冷たい風が吹き寄せてくる。
 断崖に面した窓は全て閉め切られ、日光だけを享受したい団員達が椅子を並べて、のんびりとくつろいでいた。
 街がハロウィン一色になるこの時期、なぜかノアが勝手に休戦する、と言うのは近年の常識だ。
 ために教団側もなにやらのんびりとして、中央庁の頭の固い連中の目を尖らせていた。
 が、いつも気を張り詰めていたのでは身が持たない、と言うコムイの意見が通り、今ではお目こぼし状態となっている。
 そんな暢気な雰囲気の中を、アレンはずるずると長い裾を引きずりながら歩いていた。
 肩から三味線をかけて、時折シャンシャンと鳴らしていると、突然の雑音に顔をしかめられる。
 「・・・そんな顔しなくったって。
 ようやくコードを覚えたんだからさ」
 ねぇ?と、頭の上に乗ったティムキャンピーに話しかけると、付け耳をかじっていたゴーレムがこくこくと頷いた。
 「練習なら外でやれよ、キトゥン」
 うるさげに手を払われたアレンは、頬を膨らませて窓を開ける。
 途端、吹き寄せた冷たい海風に、まどろんでいた人々が悲鳴をあげた。
 「早く閉めろ!!」
 怒鳴られたアレンは、外から窓越しに舌を出す。
 「なんだよなんだよ!
 みんな意地悪なんだから、ナンダヨ!」
 長い裾をからげ、帯に挟んだアレンは、ぽてぽてと歩きながらまた、シャンシャンと三味線を鳴らした。
 「うん、弾き方はなんとなくわかったから、なにか曲を・・・・・・」
 と、思い浮かべた歌に、アレンは慌てて首を振る。
 「危ない危ない!!
 方舟の扉が開いちゃう・・・ひぃっ?!」
 頭上にぽっかり開いた穴に、アレンは悲鳴をあげた。
 「ごめんなさい!わざとじゃないんだけ・・・ど・・・?!」
 見上げた闇の奥から声が聞こえる。
 悲鳴らしきそれはどんどん大きくなって、一瞬でアレンの目前まで迫った。
 「ティム!!」
 アレンの頭上から飛び立ったティムキャンピーが巨大化して、柔らかいボディで落ちて来たものを受け止める。
 「きゃあ!!」
 ティムキャンピーの上で一旦跳ねた彼女は、再び柔らかいボディの上に落ち、呆然と空を見上げた。
 「わ・・・私・・・・・・!」
 生きてる、と、声を引き攣らせた眼前に、付け耳をしたアレンが現れる。
 「ミランダさん、大丈夫ですか?
 どこ行ってたの?」
 尋ねたアレンの奇妙な姿に、ミランダは状況も忘れて・・・と言うより、現実逃避気味に眉根を寄せた。
 「アレン君、それはなんの動物なの・・・?」
 「猫又って言う、日本の猫のお化けだって。
 可愛いですか?」
 にゃんvと、猫の手を作るアレンに思わず微笑む。
 「メイクは三毛猫なの?
 三毛猫って、メスしかいないと思ってたけど」
 アレンの手を借りてティムキャンピーの上から起き上がりながら言えば、彼も不満げに頷いた。
 「やっぱりそうですよね!
 ラビにメイクしてもらう時、最初は真っ白に塗られちゃったから白猫なのかと思ったら、髪や尻尾にまで茶色と灰色入れられちゃって。
 雌猫じゃん!ってゆったら、これでいいんだ!って・・・!」
 騙された!と怒るアレンにミランダは首を振る。
 「可愛いわよ。
 赤いキモノも華やかで素敵ね」
 「うん・・・首の辺りが寒いけど」
 随分と衿を開け、ほとんど肩まで出ているために、吹き寄せる海風が寒かった。
 「ねぇ、中に戻りましょ?
 冷えちゃうよ」
 ぶるっと震えたアレンにミランダは頷き、小さくなったティムキャンピーを頭に載せて棟内に入る。
 アレンがわざとらしく窓を全開にしたせいで、あちこちから悲鳴と罵声が沸いたが、彼は気にせず裾を下ろして、またずるずると引きずりながら三味線をかき鳴らした。
 「それ・・・なんて楽器?」
 「シャミセンっていうんだって。
 なんとなくコードを覚えたから、スコットランドの民謡でも弾いたら盛り上がるかなーって」
 日本の曲は知らないし、と言うアレンにミランダも笑う。
 「楽しそうね」
 「うん。
 で、ミランダさんは今までどこ行ってたの?」
 音が響き渡る回廊で三味線を鳴らしながら、他人には聞こえないように小声で問うたアレンに、ミランダは肩を落とした。
 「ノアに・・・さらわれてたの」
 「あいつら!!」
 大声をあげたアレンが、目を吊り上げてミランダに詰め寄る。
 「どんな嫌がらせされたんですか?!
 怪我は?!」
 その問いには首を振った。
 「怪我はしてないし、彼らも・・・その・・・嫌がらせなんかはしてこなかったわ・・・」
 ただ自分が怯えていただけだと、今、冷静になって振り返る。
 「ただ逃げたくて、夢中でいたからよく覚えてないのだけど、私、とても酷いことをしたような・・・・・・」
 悪いことをしただろうかと、敵にまで気を遣うミランダにアレンは首を振った。
 「気にしなくていいですよ!
 あっちはいつもとんでもないことしてくるんですから、酷いことやったってお釣りがくるくらいです!」
 ぷくっと、いつも酷い目に遭わされているアレンが頬を膨らませる。
 「でも、そんなことになってたんなら報告はしなきゃ。
 リーバーさんは『落ち着いたら出てくるだろ』なんて言ってましたけど、さらわれたなんて知ったら大騒ぎですよ、きっと。
 ミランダさん、消毒液に浸けられちゃうかも」
 クスクスと笑うアレンからは深刻さが感じられず、ミランダは奇妙な気分になった。
 敵にさらわれたなどと言えば、尋問されるのが当たり前ではないのか。
 敵にどんな情報を与えたのか、どうやって逃げ出したのか、逃亡を条件にスパイにされたのではないかなど、厳しく追求されるものだと思っていた。
 そう言うと、アレンはぽかんと口を開ける。
 「え、そうなんだ・・・。
 僕、何度も誘拐されちゃって、リンクには何度か尋問されたけど、それだけでしたよ?
 まぁ、僕の場合、普段からスパイの疑惑持たれてるんで、今更ってことかもしれないけど」
 「・・・それはそれでどうなの」
 妙なことに慣れてしまったアレンの、平然とした様子にミランダは呆れた。
 しかし、
 「リナリーや・・・ラビと神田も、一緒に『ご招待』されたことありましたけど、尋問されたなんて話は聞いてませんよ?
 「そ・・・そうなの・・・?」
 アレンだけでなく、他のエクソシスト達もそうだと聞いて、ミランダはややほっとした表情で吐息する。
 「でも、どうして・・・?
 ここって一応、ノアと戦う軍隊のはずだけど・・・」
 ならば規律は厳しいはずではないのかと、ミランダは首を傾げた。
 するとアレンが笑い出し、また三味線をかき鳴らし始める。
 「中央庁は多分、尋問とかしたいんですよ。
 だけど今のところ、ノアと戦う力を持つのはエクソシストだけだし。
 なのに圧倒的に戦力不足でしょ。
 あんまり酷いことして、へそを曲げたエクソシストにボイコットされたり寝返られたりしたら困る、ってのが本音みたい。
 僕らの前ではすっごい威張ってますけど、内心びくびくしてるんだって、ラビが言ってました」
 ラビやブックマンは教団の人間ではないため、それこそ味方でいてもらうために色々と便宜を図ってくれるそうだ。
 「だから安心していいですよ。
 起こったことをそのまま報告しても、ミランダさんをいじめようなんて人はいませんから」
 にこりと笑ったアレンに、ミランダも安堵して頷く。
 「そもそも、信奉者の多いミランダさんを問い詰めようなんて人、いるはずもないし」
 「信奉者だなんて・・・そんな・・・・・・」
 「忠実な愛犬がいっぱいいるじゃないですかv
 クスクスと笑って、アレンは三味線を弾く手を止めた。
 「付き合いますから、科学班に行きましょ。
 あぁ、あと、リナリーが謝りたいって言ってました。
 気の利かないこと言っちゃってごめんなさい、って」
 アレンがそっとミランダの顔色を伺うと、彼女は笑みを消し、表情を固くしている。
 「えっと・・・禁句でしたよね。
 ごめんなさい、英国ってそういうこと、無頓着で・・・」
 と、国風のせいにするアレンに、はっとしたミランダは首を振った。
 「い・・・いえ、許していないわけじゃないの。
 リナリーちゃんに悪気はなかったって・・・えぇ、それはわかっているの・・・。
 ただ、ノアにも同じことを言われてしまって、それで・・・」
 それで彼女の逆鱗に触れたわけかと、アレンは酷い目に遭っただろうノア達の姿を想像してほくそ笑む。
 「敵の言うことなんか気にしなくていいですよ♪
 むしろそのせいでミランダさんにお仕置きされたんなら、自業自得ですv
 いやに楽しそうなアレンに苦笑したミランダは、いつの間にか目の前にあった科学班のドアの前で吐息した。
 「ほ・・・本当に大丈夫かしら・・・!
 リーバーさんに怒られるんじゃ・・・!」
 「イヤ、怒らないでしょ。心配はするでしょうけど」
 そのくらいは察してくれるはずだと勇気付けて、アレンはミランダの背を押す。
 たたらを踏みつつ科学班に入ったミランダは、目の前を覆う黒いローブに唖然とした。
 カラスものだろうか、裾を黒い羽根で飾ったローブを纏った背には、漆黒の長い髪が流れている。
 その手には、鋭く光を放つ大きな鎌が・・・!
 「ひっ?!」
 思わず声を引き攣らせた彼女を、青白い顔が肩越しに睨んだ。
 「なんだ、ようやく出てきたのか」
 「か・・・かん・・・だ・・・くん・・・?!」
 ガタガタと震えながら問いかけると、振り返った彼は蒼い影のある顔で頷く。
 「今日の仮装は死神だそうだ。
 めんどくせぇが、断ったら更にめんどくせぇからな」
 諦め顔の彼がいつもより親しみやすく、ミランダは思わず笑ってしまった。
 「なんだよ」
 「ご・・・ごめんなさい・・・!」
 睨まれたミランダが怯えて謝るが、神田は別に、怒ってはいないようだ。
 「リーバーに用なら、今、コムイのとこにいるぜ。
 ・・・俺は、修練場破壊しちまった、って報告に来たら、説教されてこの格好にされた」
 「バーカバーカ!」
 ゲラゲラと笑うアレンを睨みつけ、神田は彼の露わな首筋に鎌の刃を当てた。
 「言っとくが、刃は本物だぜ」
 「僕の爪だって本物だい!」
 一瞬で巨大化した爪で鎌を握るや、ばきんっと砕いてしまったアレンが生意気に笑う。
 「どーだ・・・ひゃあ!!」
 鎌の柄に仕込んでいたらしい六幻を突きつけられ、アレンは慌てて飛びすさった。
 が、長い裾が足に絡み、無様にひっくり返る。
 「馬鹿はどっちだクソモヤシ!
 このまま冥土に送ってやんよ!」
 「そうはさせるか・・・って!なにこの衣装!めっちゃ動きにくい!!」
 滑らかな生地は払ってもまたすぐに足に絡んで、アレンの動きを封じた。
 「いいぞ、日本伝統の品!」
 「やっぱ日本は鬼門だ!!」
 きぃきぃと喚きながら掴み合う二人を仲裁しかねて、ミランダがおろおろしていると、不意に背後から押しのけられる。
 「いい加減にしろ、お前ら!」
 怒声と共に分厚いファイルの打撃を受けた二人は、頭を抱えてうずくまった。
 「いってぇな、リーバー!!」
 「なにすんですかー!」
 抗議には鼻を鳴らして腕を組む。
 「ここで暴れるな!
 特に神田!
 お前、修練場に続いてここまで破壊したら、わかってんだろうな・・・?」
 恐ろしい目のリーバーに詰め寄られ、ノアにも怯えない神田が絶句した。
 「やーい!怒られてんのー!」
 「お前も煽るな!」
 揶揄した途端、鼻をつままれてアレンが泣き声をあげる。
 目の前で展開する『いつもの風景』を見ていたミランダの中で、何かがぷつりと切れた。
 いきなりリーバーの背に縋って泣き始めた彼女に、驚いて振り返る。
 「おい、どうした・・・落ち着いたから出てきたんじゃなかったのか?」
 それとも更に酷いことでも言われたのかと、困惑するリーバーにミランダは必死に首を振った。
 「わ・・私・・・!ノアに・・・・・・!」
 ミランダの引き攣った声に、リーバーが眉根を寄せる。
 ロードの『扉』に落とされての脱出とアレンのミスによる『救出』という幸運な偶然の後、ミランダは猫の妖怪や死神などの非日常な姿を見過ぎて、長い間現実逃避していた。
 しかし、いつも通りの彼に接して、改めて恐怖が蘇ってくる。
 「森にいたらノアが現れてさらわれて・・・!」
 彼女の話は支離滅裂で判りにくくはあったが、リーバーは全て理解した。
 「・・・ミランダは今すぐ病棟へ行って、全身消毒と精密検査。
 アレン、ちょっとティキ・ミックのとこ行って、死ぬほど殴って来い。ってか殺せ」
 「リーバーさんたらなに無茶言ってんの?!」
 驚いたアレンが、悲鳴じみた声をあげる。
 「僕は行った事がある場所じゃないと『扉』を開けないし・・・そもそも、方舟の製作者は伯爵で、ロードは僕以上の奏者ですよ?!
 あの人達の居場所に『扉』を開けるわけないじゃん!」
 たとえ居場所を特定できたとしても、ロードによって空間を歪められるに決まっていた。
 そう言うと、リーバーは忌々しげに舌打ちする。
 「なにその、役立たず!って顔!
 そんなことできたらとっくにやってますよ!」
 猛抗議するアレンに不満げに頷き、リーバーはミランダの背を押した。
 「付き添うか?」
 「お・・・お願いします・・・」
 震える手でリーバーの白衣を掴んだまま、消え入りそうな声で呟いたミランダに彼が頷く。
 「報告は戻ったら俺がやるから、お前らは余計なことしゃべるなよ」
 「言わねーよ!」
 鼻を鳴らして言った神田が、アレンを睨んだ。
 「おい、役立たず!」
 「言いがかりだ!!」
 すかさず反駁したアレンの、付け耳ではない本物の耳を、神田が乱暴に引っ張る。
 「リナに、ミランダは病棟だって連絡しとけ」
 「自分でや・・・いいよ」
 また反駁しようとしたアレンが、リナリーの名に頷いた。
 「いつもは引き離そうとするくせに。
 なんの思惑ですか?」
 「疑い深い野郎だな」
 勘繰るアレンに舌打ちし、神田は目をそらす。
 「・・・清掃班に、破壊した修練場の片付けやれって言われてんだ」
 「バーカバーカバーカ!!」
 指を差して笑うアレンに神田がこめかみを引き攣らせ、取っ組み合いの第2ラウンドが始まった。


 一方、ジェリーにお茶の配達を頼まれたラビは、ワゴンを押してヘブラスカの間に入った。
 「あれ?!
 ラビが持って来てくれたんだ!」
 頓狂なリナリーの声に彼は苦笑する。
 「姐さんが、『パーティの準備で忙しい時に、出前なんて出来るわけないでしょ!』って怒ってたさ。
 次に会ったらたんこぶ何個目だろうな?」
 クスクスと笑ってやると、リナリーは眉根を寄せて頭をさすった。
 「もぉ・・・!
 リナリーの頭、たんこぶだらけになっちゃうよ・・・!」
 「自業自得でしょ!」
 げんこつする振りをして、エミリアが笑う。
 「エミリア、なんでここにいるんさ?
 ミランダとお茶するんじゃなかったんかよ」
 それとも、今は席を外しているだけで、ミランダもいるのだろうかと首を傾げたラビに、エミリアは首を振った。
 「彼女、部屋にいなかったのよ。
 だから、もしかしたらここかなーと思って来て見たんだけど・・・」
 「リナも、通信班の監視カメラでさえ見つけられなかったから、もしかして避けられてるのかなーって、ヘブラスカにミランダのイノセンスの気配を探してもらおうと思ったんだけど・・・」
 ねぇ?と、二人は顔を見合わせて首を傾げる。
 「城内のどこにもいないって、ヘブラスカが」
 「見つからないのはしょうがないから、ここで女子会してるの!」
 ね?と、リナリーとエミリアは、揃って頭上のヘブラスカを見上げた。
 「じょ・・・女子会・・・?」
 ラビが訝しげに見上げたヘブラスカは、コクコクと頷いている。
 『何か問題か?』
 「・・・いんや、なんも?」
 愛想笑いを浮かべたラビは、リナリー達が持って来たらしいティーテーブルの前の椅子に座って、お茶を淹れた。
 「ヘブ君って、お茶するんさ?」
 飲食するのだとしたら、階層3階分はありそうな巨躯を維持するのにどれだけの食料がいるのだろうかと、ラビが目を輝かせる。
 が、ヘブラスカはあっさりと首を振った。
 『イノセンス化した私に、食事は要らない・・・ただ、お茶の香りは好きなんだ』
 だから、リナリー達が飲むのを眺めている、と言う彼女の前にラビは、お茶を置いてやる。
 「じゃ、これヘブ君の分な。
 ところでさっき、ミランダのイノセンスの気配が城内にないって言ってたよな?
 それって森に入っちまったってコトさ?」
 『森に入っても・・・この城の敷地内程度なら感じ取れるはずなのだが・・・』
 しかしミランダのこと、無断で敷地内から出るはずもないと、困惑するヘブラスカに、エミリアが苦笑した。
 「彼女は無断で出るつもりはなくても、森の中で迷って出ちゃったかもしれないわね。
 まぁ、崖から落ちてなきゃそのうち帰ってくるわよ。
 もし帰れなくなってても、日が暮れてきたら心配性の愛犬達が総出で探しに行くわ」
 だから心配なんかしなくていい、と断言するエミリアに、リナリーも頷く。
 「じゃあそれまでに、なんて謝るか考えとかないと・・・。
 魔女なんて言ってゴメンナサイ、だけじゃ許してくれそうにないよねぇ・・・」
 困り顔でお茶を飲むリナリーに、エミリアが眉根を寄せた。
 「・・・アンタ、なにがミランダを怒らせたのか、ちゃんとわかってないでしょ」
 言われてリナリーは、きょとんと目を見開く。
 「えっと・・・魔女って普通は悪口だってことじゃないの?」
 自分やアレンにとっては憧れの存在だが、敬虔なカトリック信者には禁句だったのだろうと、その程度の認識だった。
 が、エミリアは呆れ顔で首を振る。
 「確かに悪口には聞えるでしょうね。
 だけどミランダが怒ったのは多分、そうじゃないわ」
 「へ?そうなん?」
 「あんたもか!!」
 同じく目を丸くしたラビに、エミリアが舌打ちした。
 「もしかして・・・ヘブラスカもそう思ってる?」
 この教団は、ヴァチカン傘下とは名ばかりの不信心集団かと苛立ちながら問えば、彼女は苦笑して小首を傾げる。
 『お前達から話を聞いただけだが・・・ミランダはおそらく、自分ではなく自分に与えられたイノセンスの力を汚されたと思ったのではないか・・・。
 彼女は心から神を敬い、自身に与えられたイノセンスを神の力だと信じているのだから・・・。
 それを魔術だと言われればおそらく、怒るだろうな・・・』
 「それよ!
 そう言うの、わかってた?!」
 ヘブラスカに我が意を得たりと頷いたエミリアの前で、二人は間抜け顔を並べていた。
 「え・・・だって、イノセンスはイノセンスだろ?
 特別な力があるのは認めるけど、それが信仰に結びつくって、なんでさ?」
 「私にとって、イノセンスなんて重いばかりの枷だよ。
 もし神様の力だとしても、リナリーに意地悪ばっかりする神様なんて大嫌いだし。
 なのに信仰の対象?使役してるだけでしょ?」
 全然話の噛み合わない二人に説明するのが面倒で、エミリアはまたヘブラスカを見上げる。
 「よろしく」
 任されたものの、適切な説明が思いつかずにヘブラスカは長い時間考え込んだ。
 やがて、
 『・・・信仰を持たないラビや、不信心のリナリーにはわかりにくいと思うが・・・』
 と、前置きする。
 『ミランダは初めて私の所へ来た時、あの時計はこの世界で唯一自分を認めてくれた存在だと言っていた。
 あれを神の力だと信じ、自分は神の意志によって奇跡を行っている、と思うのは、不可思議な力を手にした信者が、理解しがたい現象を目にした際に自然に思うことではないだろうか。
 なにしろ、イノセンスを集めているのはヴァチカンの下部組織なのだからな。
 イノセンスの力はすなわち神の力であって、その力の行使をヴァチカンが認めている、と言うことは、敬虔な信者であるミランダにとっては、自分が神に認められたのだと歓喜したことだろう。
 なのに・・・神聖と信じていた力を、あろうことか、汚らわしいと思っている魔術だと貶められれば・・・信者としては、ここは激怒しなければいけない場面だろうな』
 慈雨のような天上の力を泥水のごとく穢れた物だと言われれば、それはとんでもない誹謗と思われるだろうと言えば、二人はようやく納得した様子で頷いた。
 「どうしよう!とんでもないこと言っちゃった!!」
 「とりあえず謝るさ!
 なにがなんでも謝れば、きっと許してくれるさ!」
 大慌てでまくし立てる二人を苦笑しつつ眺めていたヘブラスカが、ふと、顔をあげる。
 『ミランダのイノセンスの気配だ・・・城内にいるぞ』
 「戻って来たんだね!!」
 じゃあ早速謝らなきゃと、駆け出そうとしたリナリーを、ヘブラスカが止めた。
 『戻ってはいるが・・・とても動揺した気配がする。
 先に病棟に行くかもしれないから、今は連絡をお待ち』
 「う・・・うん・・・・・・」
 うずうずしながら、再び椅子に座ったリナリーのティーカップに、エミリアが温かいお茶を注ぐ。
 「お茶をもう1杯飲んでる間に、連絡が来るわよ」
 アレンだけでなく彼女の愛犬達も、ミランダを見つければすぐにリナリーへ『謝れ!』の連絡を寄越すだろう。
 「アレン君はともかく・・・わんこたちに言われるのは腹が立つな」
 特にリンクには、と、リナリーはティーカップにため息を落とした。


 その頃、病棟の一室では、ベッドに身を起こしたミランダの傍で、リーバーが訝しげに彼女の手元を見つめていた。
 「イノセンスが発動したまま止まらないって、なんでだ?」
 震える手の中で回り続けるタイムレコードに目を落としたまま、ミランダは首を振った。
 「わ・・・わかりません・・・!
 さっきから止めようとしているのだけど、言うことを聞いてくれなくて・・・!」
 自分が感情のままに操ったから、イノセンスが壊れてしまったのではないかと・・・もしかしたらもう主人とは認めてくれないのではないかと、不安に苛まれるミランダの肩を、リーバーが軽く叩く。
 「イノセンスは必ずしも適合者の意のままになるものじゃないから、不具合はよく起こる。
 ただ、ずっと発動し続けるのは、ミランダの体力が・・・」
 装備型とは言え、ミランダの生命力を著しく吸うイノセンスが発動し続ければ、彼女の身に危険が及びかねなかった。
 「・・・おそらく、1人で4人ものノアと対峙したせいで、恐怖が原因の興奮状態になっているんだろう。
 ミランダはそもそも、一人で戦えるタイプじゃないからな」
 援護が主な任務である彼女は、戦場では必ず戦闘員と行動を共にしている。
 一人で敵と・・・それも、ノアと対峙するのはこれが初めての経験だった。
 「とりあえず、寝れば止まると思うんだ。
 鎮静剤を打つから、しばらく寝ているといい」
 「は・・・はい・・・」
 頷いたミランダの腕を取り、鎮静剤を打ってしばらく様子を見ていたが、眠る彼女の傍で、イノセンスは相変わらず発動している。
 「・・・どういうことだ、こりゃ」
 エクソシストの意識がなくても発動するのはどういう仕組みだろうかと、リーバーは科学者らしい好奇心でもって、タイムレコードを観察した。
 が、適合者でない彼は発動状態のそれに触れることはできない。
 「起きるまで待つしかないか。
 ま、どうしても無理だったら、ヘブラスカに止めてもらえばいいさ」
 だから何も心配せずに寝ていろと、彼は眠るミランダの髪を、優しく撫でてやった。


 ―――― しかし、心配でたまらないのは実は、ミランダだけではなかった。
 「あの貧弱お嬢さん、いつまで発動してんだ?!
 いつの間に体力つけたんだよ、こんちくしょー!!!!」
 ロンドン郊外にあるシェリルの邸で、未だ乳児のままのティキが、歯のない口から不明瞭な絶叫を発する。
 その声を聞きつけて、最悪の双子が駆け寄って来た。
 「ギャハハハハ!なんだよ、これー!」
 「ヒッ!しゃべる赤ちゃん!!キモイッ!!」
 大笑いしながら、乳児でキャッチボールを始めた残酷な双子の間でティキが絶叫する。
 「俺をおもちゃにすんじゃねー!!!!」
 何度も二人の間を往復するうちに、まだ未発達な内臓が揺さぶられた。
 「ぐはっ・・・!」
 今にも死にそうな顔色になったティキを、ロードが横からキャッチする。
 「もーらい!!」
 長子の意向にはさすがの双子も逆らえず、不満げに口を尖らせた。
 「もっと遊ばせろ!」
 「デロ達よりちっさいティキ!今のうち!ヒヒッ!」
 迫り来る双子に背を向けて、ロードはティキを抱きしめる。
 「今日はアレンを連れてこようと思ってたけど、ここにいたんだね、僕のピーター!」
 力いっぱい締め付けられて、内臓を吐きそうになりながらティキはロードの腕の中でもがいた。
 「ピーターって言うな!
 だから俺、今日は部屋にこもってるって言ったのに!
 なんで連れて来たんだよおおおおおおおおおお!!!!」
 泣き叫ぶと、丸太に戻ったテーブルの上で、せっせと離乳食を作っていた伯爵が微笑む。
 「オナカ空いたんですね、ティキぽんv
 もうすぐおいしいのができあがりますからねーv
 「話聞いてくれええええええええええええええ!!!!」
 家族との間に決定的な溝を感じつつ、ティキは体力の続く限り泣き続けた。


 ―――― その後、11月2日。
 結局、ミランダは眠り続けたまま翌日となり、前夜祭のパーティはとっくに終わって他国とあまり変わらない万聖節を迎えた。
 リナリーの心からの謝罪は受け入れて、もうわだかまりもない・・・そんな、祭の後の更に翌朝。
 日常に戻った食堂に下りて来たミランダは、朝食のトレイを置いたテーブルに、置き忘れられた三流ゴシップ紙を見つけた。
 聖職者の集う場所には甚だふさわしくない物ではあるが、読む者がいることは確かだ。
 「今日の占いは・・・」
 なんとなく紙面を裏返したミランダは、占いコーナーの上に大きく書かれた見出しに目を引かれた。
 そこには、
 『社交界の貴公子、まさかの赤ちゃんプレイ?!』
 と、わけのわからないことが書いてある。
 なんとなく目で追うと、記事には冗談のようなことが書かれていた。
 曰く、
 『社交界でも指折りの美形貴公子が昨日、奇妙な姿で目撃された!
 とある高名な伯爵とケンジントン・ガーデンズを散策していた彼は、なんとフリルとレースで飾られたベビー服を着用していたのだ!
 その上、ベビー帽やよだれかけまで・・・傍らの伯爵令嬢は、ガラガラで楽しげに彼をあやしていたと言う。
 秋の散策を楽しんでいた人々はその姿に戦慄し、今や社交場ではその噂で持ちきりである。
 一体どうしてしまったのか!
 この狂気に満ちた行動について、彼や伯爵に取材を試みたが、『個人的なこと』として明確な回答を得られなかった。
 我が国の重臣とも血縁関係のある彼の今後の動向を、注視するものである』
 その記事になにか、引っかかるものがあったが、ミランダは笑って首を振った。
 「まさか・・・ね・・・」
 ゴシップ紙をテーブルに戻し、甘いお茶を飲む。
 海風に揺れる森を窓越しに眺めながら、ミランダはほっと吐息した。


 Fin.


 










2014年ハロウィンSSその3でしたv
最後まで可哀想なティキぽん!!←白々しいにもほどがある。
赤ちゃんプレイとか、それをすっぱ抜かれるとか、酷いこと考えますね!>どの口が。
普通ならこれで引きこもり決定ですが、ティッキーは雑草のように強い子ですから!
きっと負けません!
おかげでロードちゃんのイタズラもエスカレートすることでしょうv
負けるなティッキー!>どの口が!













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