† 烈日の頃 †
〜 Party for Bookman 〜





 18××年8月5日前夜。
 ソレはやって来た。


 「ラビー?います・・・かぁぁぁぁぁっ?!」
 教団本部内のラビの部屋を、なんの警戒もなしに開けたアレンは、頭上から雪崩れて来た物の直撃を受けて、埋もれてしまった。
 「あー?アレン、ダメさ、俺の部屋、無防備に開けちゃ。危ないぜ?」
 大量の本やガラクタに埋もれ、じたばたともがくアレンに、室内から暢気な声が掛けられる。
 「そ・・・そゆコトは、先に教えてくださいよっ!!なんの罠ですか、これ!?」
 クモの巣に絡まった昆虫のように、未だガラクタの中から出られないアレンの腕を引いて、ラビが彼を救出した。
 「罠じゃないさ。
 ちょっと、片付けんのサボってたら、物がたまっただけ」
 「ちょっと?!ちょっとでここまでになる?!」
 「だから、俺の部屋に入るのは、コツがいるんさ」
 激しく反駁するアレンの声を、さらりと聞き流して、ラビが笑う。
 「こーやって、ほそーくドアを開けて、するっと滑り込・・・」
 「そこまでして入りたくないよっ!!」
 既に閉まりきらないドアで、実演してみせるラビの言葉を遮り、アレンはガラクタの上に立ち上がった。
 「もう!なんなんですか、このガラクター!!」
 「あ、ひでぇ!
 俺が、世界各地からこつこつと集めた宝物なのに!」
 「宝物〜?」
 アレンは眉をひそめ、足元を見下ろしたが、そこには古い本や薄汚い人形が転がるばかりで、なにがそんなに大切なのか、微塵もわからない。
 「ラビ、人形なんか好きなんだ?」
 女の子じゃあるまいし、と、アレンが呟きつつ拾い上げた物に、ラビは悲鳴を上げた。
 「馬鹿アレンっ!!それ、貴重な赤ん坊のミイラだぞ!!乱暴に扱うと壊れるさ!!」
 「ひぃぃぃぃぃぃっ?!」
 ラビを上回る悲鳴を上げて、ミイラを投げ出したアレンに、更にラビの叱声が飛ぶ。
 「投げんな、ボケッ!!せっかく手に入れたのに・・・!!」
 「わざわざ輸入しないでよ、こんなもん――――!!!!」
 「輸入じゃないさ!密・・・っ」
 ぱた、と、両手を口に手を当てたラビに、アレンは目を眇める。
 「犯罪ですよ、ソレ・・・・・・」
 「・・・アレン君。俺の大事な、ダイオウイカの目ん玉のホルマリン漬けあげるから、黙ってて
 「いりませんよ、そんなもん!!」
 「そんなもんだなんて酷い!!
 じゃあ、なんだったら気に入るさ?!
 万里の長城の基礎に埋まってた、人柱の頭蓋骨か?!メイドイン首狩り族の首のミイラか??!!」
 「あんた、なんでそんな気色の悪いもんばっか集めてるんですか――――!!!」
 次々に押し付けられる奇怪な物々に、アレンが泣き叫ぶ。
 「だって、珍しい物を見ると、欲しくなるんさ」
 さらりと言う彼を、アレンは涙の浮いた目で睨みつける。
 「じゃあ、あれも珍しいものなの?」
 「アレ?」
 なんだっけ、と、問い返すラビに、アレンは伝票を差し出した。
 「船着場に、外国から荷物が届いたよ。とっても大きな木箱。ラビ宛だったから、報せに来たんだ、僕」
 「おーぅ!よかった!間に合ったさー!!」
 歓喜して伝票を受け取ったラビは、廊下にまで雪崩れたガラクタを踏み分けて、室外に転がり出る。
 「ねぇ、今度はなに?
 作りかけのモアイ像?コモドドラゴンの剥製?」
 駆け出したラビの後を追いながら、アレンが尋ねると、ラビは笑みほころんだ顔を振った。
 「んにゃ。珍獣」
 「へー珍獣・・・って!まさか、危険な動物じゃないですよね?!」
 「んー・・・多分大丈夫」
 「キミの『多分』くらい、信用できないものはないよっ!!」
 叫ぶや、きゅっ!と、急停止して踵を返したアレンのリボンタイに、すかさずラビの槌の先がかかった。
 「まぁまぁ、見てけよ。滅多に見れないもんだからさ」
 「やだー!!!生き餌にされる――――!!」
 「そういや、肉食だっけなぁ、アレ」
 意地悪く言いながら、ラビは、一本釣りの要領でアレンを吊り上げると、伸ばした槌の先に引っ掛け、運搬していく。
 「やーめーて――――!!!!」
 アレンは甲高い声を上げて泣き叫んだが、誰も助けてはくれなかった・・・。


 「えぐっ・・・ひぐっ・・・マナ・・・今から僕も・・・そっちに行きますぅ・・・っ!」
 狩りの獲物のように、ラビの槌の先に吊り下げられたまま、教団本部の船着場に連行されたアレンは、最早抵抗する気力もなく、しゃくりあげる。
 が、
 「大げささ、アレン。まだ喰われると決まったわけじゃないさ」
 陽気に笑うラビに、アレンはキッ、と、目を吊り上げた。
 「食わせる気満々の人が、気休めを言わないでくれますっ?!」
 「俺を信じるさ!」
 「信じられるか――――!!!」
 「ファインダー!ボックスオープン!!」
 「きゃ――――っ!!!!」
 生餌よろしく、槌の先に引っ掛けられたまま、吊り下げられたアレンの眼前で、箱のフタが開いた。
 「僕細くて貧弱でおいしくないから食べないで食べないで食べないで・・・・・・あれ?」
 両手を組み合わせ、早口で懇願していたアレンは、箱に収められていた檻の中で、もそもそと動くものに、目を丸くする。
 「かーわいいだろ?仔パンダだぞー♪」
 はしゃいだ声を上げて、ラビが槌から下ろしてやると、アレンは自ら檻の前に寄って、キラキラした目でパンダを見つめた。
 「うわぁ・・・!僕、パンダなんて、初めて見ました!」
 「うれしそーに笹食ってるさー。元気に到着して、よかったなぁー」
 ラビが、にこにこと笑いながらアレンの傍らにしゃがみこむと、アレンは、今まで泣かされていた事も忘れて、ラビに嬉しそうな顔を向ける。
 「名前!名前はなんですか?!」
 「まだないよ。ジジィに決めさせんだ」
 「ブックマンに?」
 「うん。コイツ、ジジィへの誕生日プレゼントだから。明日、ジジィの誕生日なんだ」
 「へぇー・・・!!」
 感嘆の声を上げるアレンに、ラビが驚いたように目を見開いた。
 「なんだよ・・・俺がジジィにプレゼントを用意するのが、そんなに意外か?」
 「違いますよ!師弟で、誕生日のお祝いとかするんだ、って思って」
 慌てて言い募ったアレンに、ラビは訝しげに眉をひそめる。
 「うーん・・・まぁ、それぞれの師弟で事情は異なるんだろうけど、俺達は誕生日近いから、なんとなく続いてんのかもなぁ」
 「近いんだ?」
 「あぁ。俺、10日だし・・・ってことは、お前んとこはやってなかったんさ?」
 ラビの問いに、アレンは『うん』と頷いた。
 「だって、僕は誕生日わからないし、師匠は訳のわかんないこと言うし」
 「訳のわかんないこと?」
 「13月32日生まれだって言い張るんだ」
 「・・・・・・なんだ、そりゃ」
 ラビの呆れ声に、アレンはクスクスと笑う。
 「だから、いつまでも年を取らないんだって」
 「そんな事言ってまで気にすんのが、おっさんになった証拠さ」
 さらりと言ったラビに、アレンが笑声を大きくした。
 「それ、師匠に言ったら殺されるよー」
 「あの・・・」
 いつまでも、檻の前から動かないエクソシスト達に、箱を搬入したファインダーが、遠慮がちに声をかける。
 「どちらまで運べばよろしいのでしょうか?」
 「あ、ワリワリ!
 んじゃー、庭の外れの、使ってない温室に運んでくれ。
 明日まで、そこに隠しておくから♪」
 と、ラビが指示すると、ファインダーはぺこりと一礼し、再び檻を木箱で覆って、ゴロゴロと荷台を押して行った。
 「使ってない温室?そんなのあったっけ?」
 ファインダーの背を、名残惜しく見守りながらアレンが問うと、
 「あるんさー。
 中になーんもなくて、だだっ広い空間になってんのが!」
 そう言って、ラビはにこにこと笑う。
 「去年はそこに、南極直輸入の氷壁を隠したんだけど、翌日には半分くらい溶けちまっててさ。
 あれは惜しかったなぁ・・・・・・」
 「いや・・・普通、そんなものを輸入はしないんじゃないかな・・・・・・」
 なんに使うんだ、と問うと、『酒盛り用』と、しれっと答える。
 「おもしろかったぜー♪
 半分は溶けちまったけど、食堂に立てた氷の壁を、みんなで削って酒に入れたり、ジェリー姐さんがかき氷作ってくれたり」
 「はぁ・・・・・・」
 「保温は完璧だったはずなのに、なにが悪かったんだろうなぁ・・・」
 段々常軌を逸して行く会話に、アレンの口数も減って行く。
 「ま、それはともあれ、パンダと遊ぼうぜー♪」
 「え?!ホント?!」
 途端に、歓声を上げたアレンに、ラビが頷いた。
 「笹の他に、なに食うんだろうな、あいつ?」
 「さわったら、フカフカしてるかなぁ?!」
 「さぁなー?触ってみようぜ!」
 「うんっ!!」
 話しながら、早い歩調で温室に向かっていた二人は、いつしか駆け出していた。


 「うわぁ――――――――・・・っ!!!」
 植物のない、広々とした温室に入ったアレンは、密やかに歓声を上げた。
 ドーム状の天井を持つ、巨大な鳥かごのような温室は一面ガラス張りで、ファインダーが置いていったランプで、中からほのかに照らされている。
 既に檻から放たれた仔パンダは、薄暗い温室の中で、のそのそと檻の周りを嗅いでまわったり、手近にある笹の葉を食べたり、のんびりと過ごしていた。
 「ラビラビラビラビ!!
 動いてるよ!食べてるよ!!寝転んでるよ――――っ!!!!」
 「おいおい、アレン。そんなにはしゃぐなよ・・・」
 「だって!可愛い!可愛い!!」
 呆れるラビに取り縋り、アレンが連呼する。
 「触っていい?!触っていい?!」
 今にも飛びついて行きそうな勢いのアレンを、しかし、ラビが引きとめた。
 「待つさ!
 パンダはああ見えても、元は肉食獣さ。
 鋭い爪にかかったら、大怪我すんぜ?」
 「えぇ?!あんなに可愛いのに、肉食なの?!」
 笹食べてるのに?!と、疑わしげに首を傾げるアレンを、ラビは更に諭す。
 「どんな動物だって、野生である以上は、ある程度は危険さ!
 おどかさないように、ゆっくり友達になるさ!」
 「そ・・・そうですね!
 猫だって、いきなり抱っこしたら、引っ掻きますもんね!」
 「ま・・・そんなカンジさ・・・・・・」
 苦笑しながら、ラビはポケットから、薄い冊子を取り出した。
 「なに?」
 「ん?パンダの飼育説明書。とりあえず、仲良くなる方法だけもらってきた」
 「わぁぁぁ!!!どうするの?!」
 期待に満ちた目に見つめられながら、ラビは、冊子を開く。
 「んっとー・・・まず、パンダと一緒に遊びましょう。
 パンダがこちらに向かってきたら鬼ごっこです」
 「パンダちゃーん!!!こっちにおいでー!!!」
 「早っ!!」
 ぱぱぱぱぱん!と、激しく手を打ち鳴らして呼ぶアレンに、興味を惹かれたパンダが、のそのそと寄ってきた。
 「で?!」
 撫でていいの?!と、輝く瞳で訴えるアレンに、ラビはまだまだ、と、首を振る。
 「こっちに向かってきたら、逃げるんだってさ」
 「えー!!」
 「えーじゃなくて、逃げるさ。鬼ごっこすんだから」
 不満げなアレンの腕を引き、ラビは一緒になって駆け出した。
 「ラビ!!正面に壁!壁!!」
 ぶつかる!!と、ブレーキをかけるアレンの腕を引いたまま、ラビは壁際まで駆け、パンダを振り返る。
 「んでー・・・追い詰められたら、パンダの頭のてっぺんを押す・・・」
 と、パンダはコロンと転がった。
 「ラッ・・・!!ラビラビラビラビ!!見た見た見た見た今の??!!ものっすごく可愛っ・・・!!!!!」
 「わかったから!いちいちはしゃぐんじゃないさ、ガキー!!」
 ラビの胸倉を掴み、がくがくと激しく揺さぶって訴えかけるアレンを、ラビはうるさげに突き放す。
 「・・・で、これを何回も繰り返して、仲良くなって行きましょう、だってさ」
 「次!!次は僕がやるから!!
 パンダちゃーん!!こっちこっちぃぃぃぃ!!!!」
 「・・・・・・ジジィより、アレンにやった方が良かったかなぁ、あれ・・・・・・」
 尋常ではないはしゃぎように、さすがのラビも呆れながら、楽しそうに仔パンダと鬼ごっこを続けるアレンを目で追っていた。
 と、何度も何度も追い詰めては転がされていたパンダの動きが、どんどん機敏になって行く。
 「ラビー?なんか、パンダちゃん本気っぽいんだけど・・・?」
 とうとう唸り始めたパンダから、逃げつつアレンが問いかけた。
 「ん?
 んー・・・と・・・。
 あぁ、ずっと続けていると、パンダが本気で追いかけてくるようになります、だって」
 淡々と飼育書を読み上げるラビに、アレンが汗ばんだ顔を向ける。
 「な・・・なんか、ちょっと怖い・・・・・・?」
 「えーっと・・・?
 パンダが本気になって追いかけてきた場合は・・・子供とは言え、元は肉食獣。人間に勝ち目はありません・・・本気で逃げてください――――?!」
 「きゃ――――――――――――――――っっ!!たすけてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!!」
 「伸!!」
 大絶叫して逃げ回るアレンを、ラビは伸ばした槌の柄に乗り、間一髪引っ張り上げた。
 「ガゥッ!!ガゥゥッ!!」
 天井近くまで逃げた二人の下を、パンダが唸りながらうろつき回る。
 「こっ・・・怖かった――――っ!!!」
 「やりすぎさ、お前!」
 えぐーっ!と、しゃくりあげるアレンに引きつった笑みを向けたラビだったが、すぐに深刻な事態に気づき、表情を改めた。
 「アレン・・・ヤバイぜ、俺達・・・・・・!」
 「え?なに?!」
 「いつまでこうしてりゃいいんだろ・・・?」
 「はぅ――――っ?!」
 植物が枯れ果て、がらんどうになった温室は、パンダを避けて降りる場所もない。
 その上、壁は一面ガラス張りで、逃げ道どころか足をかける場所すらなかった。
 ガラスを破ることは容易だが、そうすると、飛び散った破片が、彼らの真下にいるパンダを傷つけてしまう。
 「た・・・助けを・・・・・・!」
 「―――― 呼んだら、そいつが興奮したパンダに襲われること請け合いさ」
 「そ・・・そうか・・・!
 こんな所に、リナリーを呼ぶわけにも行かないし、万が一、神田なんかが来ちゃったら、パンダちゃんが殺されます!!」
 それはマズイ、と、困惑顔を見合わせる二人の身体が、大きく傾いだ。
 「うわわっ?!」
 「なにさ・・・っでぇぇぇぇ!!!ゴラ!!パンダ!!槌を揺さぶんじゃねぇぇぇっ!!!!」
 しなりのいい竹で遊ぶかのように、パンダは二人が乗った槌の柄にぶら下がり、全体重をかけて揺さぶっている。
 「落ちるっ!!ラビ!!落ちる――――っっ!!」
 ラビと違い、細い柄に乗り慣れていないアレンが、逆さづりになって悲鳴を上げた。
 「耐えろ、アレン!!落ちたら喰われっぞ!!」
 「やっぱり生餌じゃないか――――っ!!」
 細い柄に、必死に捕まっていた手が、激しい揺さぶりに耐えかね、とうとう外れた・・・!
 「きゃああああああああああああああっっっ!!!!」
 「アレン――――――――っっ!!!」
 真下には、彼らを見上げるパンダ!
 口を開けて、生餌を待ち構えている・・・と思いきや、地に放たれたアレンの鋭い悲鳴と、ラビの絶叫に、パンダは驚いて逃げ出した。
 「ぅわほっ!!」
 なんとか着地を決めたアレンの目に、一目散に逃げるパンダの尻尾が映る。
 「助かっ・・・たって・・・!!ラビ――――!!パンダちゃん脱走――――っっ!!」
 「なにぃぃぃっ?!」
 しゅる、と、すぐさま槌を戻し、地に降りたラビが、アレンの指す方向を見遣った。
 と、ガラス面の一部が、枠ごと外れている場所があり、パンダはそこから外に駆けていく。
 「おっ・・・追いかけるぞ、アレン!!笹持って来い!!」
 「え?!お酒?!」
 「商売繁盛とか言ってる状況かぃっ!!」
 カコーン!と、すばらしくいい音をさせて、ラビがアレンに槌を振り下ろす。
 「パンダの餌持ってついて来いって言ってるさ!!」
 「わぁぁぁんっ!!ラビがイノセンスでぶった――――!!」
 「弱者ぶりっ子してる暇があったら、さっさと追いかけるさ――――!!!!」
 大騒ぎしつつ、二人は両手に笹を抱え、パンダを追って駆け出した。
 「でもっ!これでっ!謎が解けたさっ!」
 「なんのっ?!」
 暴走パンダの足音を追って、庭木の間を駆け抜けながら、それでも嬉しそうに笑うラビに、アレンが眉をひそめる。
 「去年、氷が溶けた理由!」
 「ガラスが抜け落ちたのを、補修してなかったんだね!」
 「いくら保温してても、こんなに広い場所から夏の空気が入ってちゃ、溶けるのも無理ないさ!」
 「そのくらい、確認してから保温しなよっ!!」
 おかげでパンダが脱走したじゃないか、と、ぼやくアレンの傍らで、ぱた、と、ラビが足を止めた。
 「ラビ?!」
 「パンダ・・・どこ行った?」
 「え?!」
 パンダの逃げる足音を頼りに追いかけてきたが、走るのをやめたのか、いつしか気配は、夜闇の中に消えている。
 「ウソ?!見失っちゃった・・・?!」
 呟きながら、アレンは暗い木立の間を透かし見るが、子供とは言え、闇にまぎれた野生動物の気配を探ることは難しい。
 「ど・・・どうするの・・・?!」
 アレンは、困り果てた目で、傍らのラビを見た。
 「あの仔がここの人達に見つかったら・・・・・・!」
 「・・・襲うんだったらむしろオッケーさ。でも・・・・・・」
 「凶暴なのに見つかったら、一刀両断されちゃうよー!!」
 アレンの言う、『凶暴なの』が、神田を指していることは間違いない。
 「こうなったら、おびき出し作戦さ!厨房で、果物もらって来ようぜ!!」
 「うん!」
 二人は夜闇の中を、野生動物よりも早く駆け抜けた。


 「茶を所望したい」
 食堂のカウンターから、厨房に呼びかけたブックマンに、夜勤の料理長が破顔する。
 「あらー!いらっしゃい、ブックマンのおじいちゃん!ちょうど、アタシも用があったのよー」
 「なにかな?」
 ジェリーが、てきぱきと手を動かして、茶葉を入れたティーポットに湯を注ぐ様を眺めながら、ブックマンが問い返すと、彼女はお茶請けの菓子まで完璧に揃えたトレイを差し出しつつ、ブックマンに笑いかけた。
 「明日、おじいちゃんのお誕生日パーティするじゃなーい?
 でも、おじいちゃん、ケーキはあんまり好きじゃないでしょぉ?」
 「うむ・・・。
 しかしまぁ、縁起物だからな。せっかく祝ってくれるものを、むげにするのも・・・・・・」
 「あらまぁ!そんなコト言わないでよぉ。
 パーティの主役に遠慮されちゃあ、張り切る甲斐がないってもんでしょ」
 そう言いながら、厨房から出てきたジェリーは、逞しい腕に先ほど出したトレイを持って、ブックマンにテーブルに就くよう勧める。
 「毎年、アナタの弟子が張り切ってるのを見てると、こっちもなんだか、燃えてきちゃうのよね〜。どうぞ♪」
 ティーポットから、香りの良い緑茶を茶器に注いで、ジェリーはブックマンに勧めた。
 「うむ、すまんな」
 料理長が手ずから淹れてくれた茶をすすり、満足そうに吐息する老人に、ジェリーは笑みを深める。
 「でね、今年もちゃんと、ケーキは作るんだけど、おじいちゃん用に、お祝いのお菓子も作ろうと思ってんの」
 「別に、そこまでしてもらわなくとも・・・」
 「やらせてよ!アタシ、ちょーぅ張り切ってんのよぉ!」
 そう言って、腕を振るった彼女の二の腕に、力瘤が盛り上がる。
 「それで、教えて欲しいんだけど、中国に桃の形をしたお饅頭あったわよね?」
 「うむ、壽桃(ソウタオ)じゃな」
 「それそれ!
 よかったー!どーぅしても、名前が思い出せなくってぇ!
 おじいちゃん、お饅頭だったら大丈夫?」
 「うむ、好きじゃよ。特に、お前さんの作る饅頭はな」
 そう言って、ブックマンはお茶請けの饅頭を摘んだ。
 「あっらー!嬉しいことを言ってくれるわぁ」
 「ただの餡子ではなかろう?なにが入っておるのだ?」
 「それはね、砂糖の代わりに、熟柿を使って・・・」
 と、
 「ジェリーさぁぁぁぁぁんっっ!!」
 「姐さん!!助けて欲しいさ!!」
 嬉しげに語っていたジェリーの声を遮って、アレンとラビが、食堂に飛び込んできた。
 「なっ・・・ナニナニ、アンタ達?!どうしたの?!」
 彼女が厨房内にいると思っているらしく、カウンターに飛びついた二人に、ジェリーが驚いて声をかける。
 「あ!ジェリーさん!!」
 「姐さん、そこにいたんか・・・って!ジジィ?!」
 ブックマンの姿を見るや、凍ったように動きを止めた二人に、彼は訝しげに眉間を寄せた。
 「なんじゃ、小童ども。こんな夜更けに騒がしい」
 「あっ・・・あのっ・・・!」
 「しっ!」
 困り果て、焦るアレンの失言を恐れて、ラビが彼の口を塞ぐ。
 「ご・・・ゴメン、ジジィ!お茶してるとこ、邪魔して悪かったさ!
 姐さん、俺達腹減ったんで、なんか果物恵んで
 「はぁ?おなか空いたくらいで、なんでそんなに慌ててんのよ、アンタ達?」
 訝しげに首を傾げるジェリーの視線の先では、口だけではなく、鼻まで塞がれたアレンが、苦しげに悶えている。
 「は・・・腹へって、今にも死にそうだから!」
 無理矢理笑って、言い募るラビに、ジェリーは眉間の皺を深くした。
 「元気じゃない」
 「いーや!ほら!アレンが今にも死にそう
 ラビの腕の中では、酸欠のアレンが既に、白目を剥いている。
 「アンタが手を離せば済むことよ」
 「あ、そっかー!さすが姐さん!」
 ぱっ!と、ラビが手を離すと、アレンはその足元に、はかなく倒れ込んだ。
 「あら!あらあら、アレンちゃん!大丈夫?!」
 白目を剥いて、半死のアレンに、ジェリーが慌てて駆け寄り、介抱する。
 「誰か!医療班呼んで!!
 それとも食べ物を与えた方が早いかしらね?!」
 ジェリーはわたわたと厨房へ駆け込んで行き、ブックマンは弟子を睨み上げた。
 「小童・・・何をやらかした?」
 「え?!べつに・・・なーんもしてねーよ?」
 ブックマンの鋭い視線から、ラビは明らかに怪しい仕草で目を逸らす。
 「正直に言え。今ならまだ、被害は出ておらんのだろう?」
 「言った途端に、俺ががっかりするからダメさ!」
 「また我侭なことを・・・」
 「ワガママじゃないさ!」
 と、
 「きゃあああああああああああああああ!!!!」
 突如、厨房から沸き起こった、絹を裂くような悲鳴に、白目を剥いていたアレンまでもが驚いて飛び起きた。
 「ジェリーさん?!」
 「どうしたさ?!」
 厨房に駆け込んだ二人は、両手に肉切り包丁を構え、パンダと対峙するジェリーの姿に硬直する。
 「そこのパンダぁぁぁぁぁ!!食材を荒らすなんて、神が許してもアタシが許さないわっ!!」
 「ジェリーさん、やめてぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
 「姐さん!!コイツは悪くないんさぁ!!!」
 絶叫し、両腕に取りすがるエクソシスト達をものともせず、ジェリーは咆哮した。
 「お放しなさい、アレンちゃん!ラビ!!
 月に代わってお仕置きよ――――!!!」
 「グ――――っっ!!」
 投擲された肉切り包丁から、パンダは悲鳴を上げて逃げ惑う。
 「許して、姐さん!!コイツ、腹が減っただけなんさー!!」
 「パンダちゃん、逃げてぇぇぇぇぇ!!!」
 更に襲い掛かる刃を、二人がかりで阻止している間に、怯えたパンダは食堂へと逃げ出した。
 「おまちなさいっ!!」
 エクソシスト二人を引きずりつつ、なおもパンダを追うジェリーの前に、ブックマンが立ちはだかる。
 「待て、料理長。まだ子供だ」
 「子供でも許さないわ!
 アタシの厨房に忍び込んで、食材を荒らすようなやからは、最初にガツン!とやって、きっちりトラウマを植えつけてやるんだから!」
 「もう植えつけられておるわ・・・」
 そう呟くブックマンの背後で、パンダは、ぶるぶると激しく震え、縮こまっていた。
 「で?
 これが、お前たちの慌てていた理由か?」
 嘘を許さない、厳格な表情で問われ、ラビは、ぶら下がっていたジェリーの腕から、とん、と、飛び降りる。
 「ちぇーっ!驚かせてやろうと思ったのにさぁ・・・!」
 残念そうにぼやいて、そっぽを向いたラビに、ブックマンはとうとう堪えかねて、失笑した。
 「ふわ・・・」
 冷静で、厳格な顔しか知らないアレンが、驚いて思わず声を上げる。
 「お前と言う弟子は・・・今年もまた、驚かせてくれるわい」
 「でも、失敗さ。
 明日までは秘密にしておこうと思ってたのに・・・」
 と、その時、食堂の時計が、日付の変更を知らせる鐘を打った。
 ボーン・・・ボーン・・・と、ゆったりと響く鐘の音に、ラビは、苦笑してブックマンに向き直る。
 「ハッピーバースデー、じいちゃん」
 「あぁ・・・ありがとう」
 そう言って、ブックマンは傍らに侍るパンダを、ぽん、と、叩いた。
 「じいちゃんが名前、付けてくれよな」
 ニッ!と、明るく笑ったラビに、ブックマンもまた、和やかに笑って頷いた。


 翌日、盛大に催されたバースデーパーティで、主役よりもなお、得意げだったのは、パンダを連れたラビと、壽桃を出したジェリーだった。
 「すごいっ!!おっきい桃まん!」
 「ジェリー!これ、どうやって食べるの?!」
 二人がかりで運ばれてきた、巨大な桃饅頭に、アレンとリナリーが、興味津々と寄ってくる。
 「うふふー♪すごいでしょ!
 その中にはね、小さな桃饅頭をたくさん詰めているのよ〜!ブックマンに『おめでとう』を言ったら、外の皮を切ってもらって、中のお饅頭をもらいなさいね」
 「うん!!」
 キラキラと、期待に満ちた目で巨大桃饅頭を見つめた二人は、ブックマンに『おめでとう』を言うべく、仲良く駆け寄って行った。
 「ブックマン!ブックマン!!ジェリーがおっきな桃饅頭作ってくれたのよ!」
 「ブックマンに切ってもらいなさいって・・・あ!パンダちゃんの名前、決まったんですか?!」
 アレンが、ブックマンの傍らに、大人しく侍るパンダを見て言うと、彼は、いつも通りの厳格な表情で頷く。
 「周旦にしようと思う」
 「シュータン・・・?」
 アレンとリナリーは、揃ってオウム返しに言い、首を傾げた。
 「うむ。周王朝を支えた偉人だ」
 「イヤ、ジジィ・・・普通、パンダっつったら、リンリンとかランランとか・・・」
 苦笑するラビに、ブックマンは珍しく素直に頷く。
 「そうか。では、旦旦だな」
 「旦は譲れんのかいっ!」
 鋭く突っ込んだラビに、ブックマンは、ふ、と、笑みを漏らす。
 「明日、という意味だ。中々良かろう」
 「そっか・・・ジジィが気に入ったんなら、いんじゃね?」
 そう言って、愉快そうに笑うラビに、ブックマンも機嫌よく頷きを返した。


 ―――― あの8月の、烈日の元、この子供は生まれた。
 計り知れない才能を持ちながら、どこか浮ついたこの子供に対し、完璧な師であろうと、彼は自身に、冷静であること、厳格であることを科してきた。
 しかし、どれほど暗い事実を見ても、哀しい歴史を知っても、輝きを失わない太陽には、万年を過ごした氷壁ですら、溶けずにはいられない・・・。
 全てを受け入れながらも、屈託なく笑う少年に、いつしか、厳格な彼ですら、ほだされていた。
 互いに憎まれ口を叩きあいながらも、深まっていく信頼・・・それこそが、一番の贈り物――――。






 To be continued.

 










やったよ、パトラッシュ!(誰だよ)白アレンだ!!(そっちかヨ)
このお話は、
ブックマン&ラビお誕生会の前編でございますv
メインは、笑うジジイと白アレン。(ラビは・・・?)
笑って笑って、最後にちょっとしんみりしていただけると嬉しいです(笑)
時刻的にもリアルタイムで読んでもらえたら嬉しいなぁと、8月4日23:30にアップという手も使ってみました(笑)
パンダ情報は『WILD LIFE』(藤崎聖人・小学館)の3、4巻よりv
おかげでアレン君が、驚きの白さに!(漂白剤のCMか)












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