† Something Blue †







 ―――― 突然の爆音に驚き、ミランダは飛び起きた。
 大きな穴の開いた壁ごし、未明の空を呆然と見つめる彼女の寝乱れた髪を、冬の冷たい風が撫でる。
 「・・・あ!
 しゅ・・・襲撃なのかしら!」
 出来うる限り急いで団服に着替え、イノセンスを持って部屋を出ると、女子宿舎の面々は既に自分の仕事をこなしていた。
 着替えもせずに被害者の検索に当たり、怪我人を保護し、避難誘導するナース達の機敏な動きに見惚れていると、ミランダの背後、穴が開いた自室の壁外から声がかかる。
 「ミランダ!早く兄さんの執務室に来て!」
 言うや宙を蹴って姿を消してしまったリナリーの指示に従い、ミランダは宿舎を出、コムイの執務室へ向かった。
 「お・・・遅くなりまし・・・」
 息を切らして飛び込んだ途端、土下座した頭を踏みつけられているコムイの姿にぎょっとする。
 「あ・・・あの・・・?!」
 おどおどと周りを伺うと、今、この城にいるエクソシスト達が全員振り返った。
 「トロいんだよ、テメェは!!」
 「ご・・・ごめんなさ・・・・!」
 コムイの頭を踏みつけたまま、怒鳴る神田にミランダが身を竦ませる。
 「黙れバ神田!」
 「そうです!無礼です!!」
 すかさず間に入ったアレンとリンクの背に隠れ、ミランダは困惑げにリナリーを見遣った。
 「・・・コムリンがまた暴走して、宿舎を破壊しちゃったの」
 苦笑したリナリーに、ミランダはほっとして笑う。
 「良かった・・・襲撃じゃなかったんですね」
 だったら死人は出ていないはず、と、胸を撫で下ろすミランダをブックマンが、興味深そうに見つめた。
 「全くおぬしは・・・どこまでも善良だの」
 感心と言うよりは、呆れたような師の口調に、傍らのラビが頷く。
 「ホンット優しいさね!
 寝てる間に自分の部屋爆破されたらフツー、ユウみたいに犯人踏みつけるもんさね」
 「俺が死人にならなかったのは、特異体質のおかげだからな!」
 ぐりぐりとコムイの頭を踏みつけながら、神田が忌々しげに吐き捨てた。
 「よくも俺の部屋を爆心地にしてくれたな!!」
 「ゾンビー!神田のゾンビ野郎ー・・・ぷぎゃっ!!」
 はやし立てたアレンが、六幻の鞘で鼻を突かれてうずくまる。
 「なにすんだよ乱暴者!!」
 「余計なことを言うからですよ」
 きゃんきゃんと泣き喚くアレンに、リンクが呆れ顔でため息をついた。
 と、彼らの下から、弱々しい声があがる。
 「あの・・・ボク、余計なこと言ってないからそろそろ足をどけてもらえると・・・!」
 「まだ詫びがたりねぇだろ!!」
 「ぎゅうううううううう!!!!」
 更に踏みつけられて悲鳴をあげるコムイをしかし、リナリーですら助けようとはしなかった。
 「そろそろ被害報告がまとまる頃かなー」
 兄の執務机に座ってぶらぶらと足を振っていた彼女は、タイミング良く鳴った電話の受話器を取り上げる。
 「はい、室長執務室です」
 『・・・室長はどうした』
 不機嫌な声に肩をすくめ、リナリーは『神田に踏まれてる』と笑った。
 『神田にそのまま踏んで逃がすなと伝えろ。
 そんで室長には、死者・重体者はなし。ただし宿舎は男女とも一部損壊と報告』
 「はーい」
 不機嫌なまま切られた電話の受話器を置き、リナリーは執務机から飛び降りた。
 「リーバー班長から伝言だよ。
 死者・重体者はなかったけど、宿舎は男女とも一部損壊したから神田はそのまま兄さん踏んで逃がすな、って」
 「おう」
 更に力を加えた神田の足下で、コムイがまた悲鳴をあげる。
 「ほんじゃ、コムイの逃亡阻止はユウちゃんに任せて、俺らは部屋の片付けでもすっか。
 溜まってた新聞紙、壁に開いた穴から蹴落としゃいいから楽さね♪」
 「ちゃんと安全確認をしてから落とすのですよ!
 決して二次被害を起こさないように!」
 目を吊り上げて迫るリンクに、ブックマンが舌打ちした。
 「やかましいのぅ・・・。
 おぬしの方がよっぽど老人のようだな」
 ブックマンの苦情に、アレンとリナリーが吹き出す。
 「小姑!」
 「若年寄!!」
 きゃっきゃと笑う二人をリンクが睨みつけた。
 「ウォーカー!
 私達の部屋は爆破を免れましたが、振動でクロス元帥の請求書が雪崩を起こしています。
 一枚一枚、紛失がないか確認しながら片付けなさい」
 「うぐっ・・・!」
 真っ青になったアレンは、リンクを涙目で睨み返す。
 「・・・この際、燃やしてくれればよかったのに!」
 「燃やしたって、督促はいつまでも来るもんさ。
 観念して返済しろよ、借金少年」
 笑ってアレンの頭をかき回したラビが、いち早く部屋を出て行った。
 きっと、この機会に自力ではどうしようもなくなった不要物を片付けるつもりなのだろう。
 「今なら清掃班が手伝ってくれるしのーぅ♪」
 決してチャンスを逃さないブックマンも軽やかな足取りで出て行くと、リナリーはミランダの袖を引いた。
 「私たちもいこっか。
 ミランダの部屋、壁に穴が開いちゃったでしょ?」
 「なんですって?!」
 リナリーの何気ない一言に、リンクが目を吊り上げる。
 「なんとおいたわしい・・・!
 ぜひお手伝いをさせていただきたい!!」
 自室はアレン一人に任せると言い切ったリンクを、リナリーがじっとりと睨んだ。
 「ダメに決まってるでしょ!
 女子宿舎は男子禁制だよ!」
 「そ・・・それはそうですが、壁が崩壊したのですよ?!男手が必要でしょう?!」
 負けずに迫る彼に、リナリーは首を振る。
 「キャッシュだけでなく、科学班所属の女子はたくさんいるもん!
 重機を入れれば、男手なんかなくったって平気だよ!」
 だから構うなと、冷淡に言ってリナリーはミランダの手を引いた。
 「いこ!」
 「え・・・えぇ・・・」
 未練がましく見送るリンクに苦笑して手を振り、ミランダはリナリーについて行く。
 と、先に行く彼女が眉根を寄せてミランダを返り見た。
 「ミランダの部屋は神田の部屋ほど酷くないけど、壁に穴が開いちゃったからね。
 大事な物が壊れたり、なくなったりしてなきゃいいけど・・・」
 申し訳なさそうな顔で言われて初めて、ミランダは自室の被害を思い出す。
 「時計!!
 私の時計は無事かしら!!」
 悲鳴じみた声をあげた彼女は、思わずリナリーの手を振り解いて駆け出した。
 かつてイノセンスが宿っていたホールクロックは今、ただの時計でしかなくなったが、未だミランダの心の支えであることには変わらない。
 大切な友と呼べる存在が無事か気が気ではなく、彼女は息を切らしながら部屋に駆け戻った。
 「あ・・・よかった・・・!」
 一見、無傷の時計に歩み寄り、飛んできた石片に傷つけられていないか、しつこいほどに確認する。
 「どうだった?」
 遅れてやって来たリナリーを振り返り、ミランダはほっと笑みを浮かべた。
 「大丈夫よ。
 ちゃんと動いているわ」
 リズミカルに時を刻む振り子に頷き、ミランダはガラス戸を開ける。
 「ここに仕舞っていた物も、なくなってないわね」
 「・・・そんなところに大事なもの隠してたんだ」
 自分が見てよかったのかと、そわそわし始めたリナリーにミランダは、笑って頷いた。
 「もし私がいない間に部屋が爆破されたら、せめてこれだけでも探してくれる?」
 そう言ってミランダが時計から取り出したのは、古いアクセサリー箱だ。
 「たいしたものは入っていないのだけど・・・母から受け継いだアクセサリーが入っているの。
 さすがにこれは失くしたくないわ」
 「そうだね・・・戦場にまで持って行くわけには行かないもんね」
 それこそ、異国の地で失いかねなかった。
 「指輪は宝石がついていなければ、はめて行ってもいいんでしょうけど・・・私、いつも手袋をしているから、石がついていると引っかかるのよね・・・」
 苦笑して見下ろしたミランダの手は、ロードによって負わされた治りようのない傷を隠すため、常に手袋で覆われている。
 「パーティの時はフィンガーレスの手袋を使うから、いくつかはめられるんだけどっ・・・?!」
 いきなりリナリーに手を握られ、ミランダは驚いた。
 「ど・・・どうしたの?」
 「傷なんて気にしなくていいよっ!!
 傷があったって、クラウド元帥は素敵じゃないか!ミランダだって素敵だよ!!」
 ぼろぼろと涙を零しながらしゃくりあげるリナリーに、ミランダはうろたえる。
 「え・・・っと・・・?
 な・・・なぜリナリーちゃんが泣くのかしら・・・?」
 「だっで・・・!
 私・・・ミランダをちゃんと守れなかったから・・・!!」
 リナリーが自分の傷に責任を感じていたのだと気付いて、ミランダは慌てた。
 「そんなっ!
 リナリーちゃんのせいじゃないでしょ、これは!
 私・・・そんなこと一度だって思ったことないわ!」
 慌てふためきながら宥めるが、リナリーの涙は止まらない。
 「リ・・・リナリーちゃん・・・!」
 「なに泣いてんの?」
 リナリーがあまりにも大きな声で泣くため、廊下で石片の撤去作業をしていたキャッシュや、掃除の手伝いをしていたエミリアが覗きに来た。
 「あーぁ!リナリーったら顔ぐしゃぐしゃ!」
 思わず笑ってしまったエミリアがタオルを渡すと、リナリーはそれに顔を埋めてしゃくりあげる。
 「なんだよ、なんか大事なものでも壊れた?」
 「リナリーの部屋は無事だったでしょ?
 昨晩のうちにお兄ちゃんがくれたバレンタインのプレゼントは、箱が廊下まで雪崩れてたけど」
 キャッシュの問いにエミリアが首を傾げると、リナリーはタオルに顔を埋めたまま、首を振った。
 「ちが・・・ミランダの傷・・・が・・・!」
 「怪我したの?!」
 揃って詰め寄るキャッシュとエミリアに、ミランダは慌てて首を振る。
 「ち・・・違うの、今日のじゃなくて・・・」
 と、ミランダは両手を覆う手袋を外し、二人の前に大きな傷を晒した。
 「これ・・・私がイノセンスに適合することになったきっかけの事件で負った傷なんです。
 私、そんなことちっとも思ってないのに、リナリーちゃんはこれが自分のせいだって・・・」
 「だっでほんどだもんー!!」
 タオルからあげたリナリーの顔が涙でぐしゃぐしゃになっていて、ミランダだけでなくキャッシュやエミリアも、思わず吹き出す。
 「ひっどい顔!
 男の子達には見せらんないね!」
 「リナリーちゃん、せっかく可愛いのに・・・っ!」
 「写真に撮って、ダーリンに見せちゃおうかしら!爆笑するわよ、きっと!」
 「な・・・なんだよみんな!酷いよ!!」
 顔を真っ赤にして怒るリナリーの頭を、ミランダが優しく撫でた。
 「ほら、もう泣かないで。
 悪いのは私にこんな傷を負わせたロード。そうでしょ?」
 クスクスと笑いながら宥められ、リナリーは恥ずかしそうに頷く。
 と、いきなり彼女を押しのけて、エミリアがミランダの左手を取った。
 「・・・ところでミランダ、いつの間に結婚したの?」
 「えぇっ?!」
 意外な言葉に、リナリーとキャッシュも驚いて詰め寄る。
 すると確かにミランダの左の薬指には、銀色に輝くシンプルな指輪がはめられていた。
 「結婚指輪は普通、金じゃないの・・・?」
 不思議そうなリナリーの隣で、キャッシュが眉根を寄せる。
 「ミランダ、こういうのは最初が肝心だよ!班長にガツンといってやんな!」
 「そうよ!
 ちゃんと宝石がついた指輪じゃないと受け取らないって言わなきゃ!!」
 ミランダの手を握って目を吊り上げるエミリアに、彼女は慌てて首を振った。
 「けっ・・・結婚指輪じゃありませんよ・・・っ!」
 「じゃあただのプレゼント?」
 「薬指にはめてるのは、願望ってコト?」
 更に詮索しようとするリナリーとキャッシュには、恥ずかしげに目を伏せる。
 「あの・・・これはその・・・彼の誕生日に・・・・・・」
 ちらりと目配せされたリナリーは、目を見開いて詰め寄っていた歩を下げた。
 「そっか!
 班長が倒れた時に、ミランダったら『目を覚ましたら婚約しよー!』って催眠暗示かけてたよね!」
 「・・・あんた意外と卑怯ね」
 「大人しい顔してそーゆー子だったんだ・・・」
 「え?!そんなっ!!」
 突然歩を下げ、3人固まって声を潜める彼女らに、ミランダは蒼褪める。
 「だ・・・だって、今は状況が悪いからっていつまでもはっきりしないから・・・!
 せ・・・せめてその・・・!」
 約束だけでも、と、消え入りそうな声で呟いた彼女に、キャッシュが苦笑した。
 「ごめんごめん!あんたが冗談通じないって、忘れてた!」
 今にも泣き出しそうなミランダの背を撫でてやりがなら言えば、エミリアもこぶしを握る。
 「そうよ!恋と戦は手段選ばずよ!」
 「・・・なんでエミリア、フランス人なのにそんな英国のことわざ知ってるの?」
 「これには賛同するからよ!」
 呆れ顔のリナリーをまっすぐに指差すと、いつも邪魔をしているという自覚はあるのか、忌々しげに鼻を鳴らした。
 と、
 「小姑がなにを言おうが関係ないわ!取ったもん勝ちよ!」
 エミリアはミランダに言う振りをして、リナリーの頬をぐりぐりと抉る。
 「じゃ・・・邪魔してやるもん!!
 そう簡単に、お兄ちゃんは渡さないんだもん!!」
 甲高い泣き声をあげるリナリーを押しのけ、キャッシュは改めてミランダの手を取った。
 「それにしてもシンプルすぎやしないかな?
 婚約指輪ったって、宝石くらいはさー」
 「あぁ、それなら・・・」
 と、指輪を外したミランダは、その裏側を指す。
 「石が手袋に引っかかって失くすのがイヤだって言ったから、ここに埋め込まれているんです」
 指輪の内側で光る宝石を、3対の目がまじまじと見つめた。
 「だからってこんな所に・・・」
 「しかもこれ、サファイア・・・?」
 「普通、ミランダの誕生石にするもんじゃないの?
 自分の誕生石って・・・どんだけ自分好きなんだよ、班長・・・」
 好意的ではない呆れ声に、ミランダはまた慌てる。
 「えっと・・・これは誕生石ってわけではなくて・・・その・・・!」
 顔を真っ赤にして、消え入りそうな声で囁くミランダに、3人が詰め寄った。
 「わ・・・私の誕生日に・・・くれたんですけど・・・その時に言われたのが・・・・・・」
 「うん」
 「なに?」
 「つまり?」
 先を急かす3人に囲まれ、真っ赤になったミランダは、ようやく口を開く。
 「・・・サ・・・Something Blue・・・!」
 「え?なにそれ?青い何かって、なに?」
 何か意味があるのかと、不思議そうなエミリアが、ミランダに負けず劣らず真っ赤になったリナリーとキャッシュを見遣った。
 「なに?
 知らないのあたしだけ?」
 ややムッとして言えば、『マザーグースだよ』と、リナリーが恥ずかしげに言う。
 「なにかひとつ古いもの、なにかひとつ新しいもの 、なにかひとつ借りたもの、なにかひとつ青いもの。そして靴の中には6ペンス銀貨を、って言う歌・・・。
 それを持って結婚した花嫁は、幸せになれるって歌・・・」
 「班長・・・意外にキザだったんだ・・・!」
 上司の思わぬ一面を垣間見てしまったキャッシュが、真っ赤になった顔を覆った。
 「どうしよう・・・!
 あたし、ちゃんと班長の顔見られるかな・・・!」
 「見なさいよ、あんたが婚約したわけじゃないんだし」
 あっさりとロマンスを打ち砕いて、エミリアが首を傾げる。
 「ミランダも知ってたの、この歌?」
 ドイツ人なのに、と、不思議そうな彼女に、ミランダは首を振った。
 「し・・・知りませんでした・・・!
 彼に教えてもらうまでは・・・・・・」
 「教えたんだ・・・」
 その情報にはさすがのエミリアも頬を染める。
 「キャッシュ、ゴメン。
 あたしも班長の顔、見られそうにないわ。
 リナリーも、班長見た途端に逃げそうね!」
 クスクスと笑いながら背を叩いてやると、リナリーは無言で頷いた。
 「あぁでも、それなら今年は素直に受け取れるでしょ、花束。
 夫婦でもないのにバレンタインに贈り物されるなんて、って、困ってたもんね、ミランダは」
 英国と違い、ドイツでは婚約者や夫婦でない限り、バレンタインデーに贈り物をされることはない。
 ために、もらって嬉しくないわけではなかったが、複雑な気持ちが混じっていたことも確かだ。
 しかし今年はエミリアの言うように、素直に受け取れそうだ。
 「た・・・楽しみでよかったね・・・!」
 顔を真っ赤にしたまま、リナリーは引き攣った声で呟いた。


 ・・・しかし後刻、
 「今年はバレンタイン中止である!!」
 憤然と腕を組んだクロウリーが言い放つや、バラ園がざわめいた。
 「な・・・なんでだよ!
 クロウリーのバラを期待して、街で買ってこなかったのに!」
 「今から行ったって、もう残ってないぞ!」
 詰め寄る団員達に、クロウリーは牙を剥く。
 「だったらなぜバラ園を守らなかったのであるか!
 私がいない間によくもここまで荒らしてくれたであるな!!」
 苛立たしげに足を踏み鳴らした彼が指したバラ園は、未だ燻るコムリンの残骸や破壊された壁の石片が散らばり、冬薔薇を無残に潰してた。
 「あぁ・・・!
 私がもう少し早く帰っていれば・・・!
 任地にいたアクマ共、よくも手間取らせおって!
 もう一度食い破ってやりたいである!!」
 未だ血の昂奮が醒めないのか、剣呑なことを言う彼に団員達が怯む。
 「そういうわけで!
 今からバラ園の片付けに入るであるよ!
 お前達、手伝うである!!」
 赤く血走った目で睨まれては嫌とも言えず、彼らはうなだれるように頷いた。


 一方で、なんとか破壊を免れた部屋の片づけをしていたアレンは、はっとして顔をあげた。
 「そうだ!チャンスだ!!」
 「逃亡のチャンスはありませんよ!」
 不機嫌な顔で掃除するリンクにじろりと睨まれて、アレンは舌を出す。
 「そうじゃないよ!バレンタインのチャンスだってこと!」
 そう言って彼は、嬉しげにこぶしを握った。
 「コムイさんは神田の監視下で逃げられないんだよ?!
 命令者はリーバーさんだから、ながーいお説教が終わるまで、絶対部屋から出られないでしょ?!
 二大お邪魔虫が一室に閉じこもってるなんて、こんなチャンス滅多にないよ!!」
 やるなら今のうちだと、早速部屋を出て行こうとするアレンの首根っこを、リンクがすかさず掴む。
 「小娘も、今は男子禁制の棟で掃除中ですが?」
 「よ・・・呼び出せばいいじゃん・・・!」
 すっかり忘れていたことを指摘されて、アレンが気まずげに目を泳がせた。
 しかし、
 「無線は傍受されていて当然でしょう、特に君のは」
 馬鹿にしたように鼻を鳴らされ、ムッとしたアレンはデスクに駆け寄って便箋にメッセージを書く。
 それを細く折りたたみ、既に用意していた花束から抜いたバラに結びつけた。
 「ティム!レッツゴー!」
 「っ!」
 バラを咥え、敬礼して窓から飛び立ったティムキャンピーの後姿に、アレンは大きく手を振る。
 「気をつけてねー!」
 よし!と、頬を染めたアレンは、床に雪崩れた請求書を猛然と拾い集めた。
 「10分で終わらせますよ、リンク!
 その後、10分だけ放置して!
 じゃないと、ミランダさんに覗き見された!って言いつける!」
 「なんと言う身勝手な条件をつけるのですか、君は!!」
 しかし、ミランダを引き合いに出されては否とも言えない。
 「・・・10分の制約は必ず守りなさい。
 さもなければ、何があろうと連行します」
 「りょーかいです!」
 大真面目に敬礼したアレンに舌打ちし、リンクは不承不承許可してやった。


 廊下や各部屋に散らばった石片をあらかた片付け終えた後、自室に戻っていたリナリーは、コンコン、と窓を叩く音に振り返った。
 「あれ、ティム!どうしたの?」
 破壊は免れたものの、振動で雪崩れてしまったプレゼントの箱や散らばった本、小物を拾い集めていた彼女は、腕に抱えていた物を一旦床に置いて歩み寄る。
 と、ティムキャンピーが『はい』と、バラを渡してくれた。
 「えぇっ?!ティムから?!
 うわぁ!ありがとう!!」
 ぎゅう、と抱きしめられて、女の子が大好きなティムキャンピーは嬉しげに尻尾を振る。
 が、それはそれと、小さな手でバラに結び付けられた便箋を指した。
 「あ、メッセージ?
 じゃあ・・・アレン君から?!」
 頬を染めたリナリーは、ティムキャンピーを抱いたまま、急いで便箋を開く。
 と、見慣れた筆跡で『これから10分後、8時に西棟の2階で待ってます。 A.W』と書いてあった。
 「西棟の二階って・・・あぁ、崖が見下ろせるところだね。
 あ・・・あんまり人気のない場所だよね・・・」
 まるで逢引みたいだと、胸を高鳴らせながらリナリーはデスクに駆け寄り、メッセージカードに『O.K!』と書いてティムキャンピーに渡す。
 「こ・・・これ、アレン君にね!
 ティムにもお駄賃ね!」
 そう言って大きなロリポップを差し出すと、ティムキャンピーは嬉しげに噛み付いた。
 「じゃ・・・じゃーねー!」
 窓から飛び立つティムキャンピーに手を振り、リナリーは姿見の前に立つ。
 「とりあえず、この埃だらけの服を着替えて・・・あぁ!髪!!
 もう!10分じゃ洗う暇もないよ!」
 飛び込んだバスルームでタオルを濡らし、急いで髪を拭いて顔を洗い、身支度を整えた。
 「あああ・・・あと何分?!
 服、どれがいいかな?!」
 せっかく片付けたクローゼットを荒らして再び姿見の前へ戻る。
 「これは!・・・夏服だった!!
 あぁ、こっちは可愛い過ぎるかな?!がんばりすぎって思われちゃうかな?!
 えーっとえーっと・・・!
 いつも通りだよ、ってカンジで、でも可愛いの・・・ってどれ?!」
 被災直後よりも部屋を荒らしながら、リナリーは昨夜のうちにコムイから贈られたプレゼントの箱を次々に開け、服を取り出しては放り出した。
 「・・・えぇい!
 アレン君にミニスカは不動なんだから、スカートはこのタータンチェックのミニで決まり!
 上は・・・西棟ならあったかいカッコじゃないと、暖房ないもんね・・・」
 ニットしか選択肢がないと、散らかした中からできるだけ可愛いデザインのものを選ぶ。
 「アクセントはマフラーだね!
 あ!
 確か兄さんからのプレゼントに、バラのコサージュがあったはず・・・」
 更に荒らし回って、小箱の中からスカートと同じタータンチェックの布で作ったコサージュを見つけた。
 「これっておそろいかな?
 ちょうどいいや!」
 着替えた服の上に軽くマフラーを巻き、コサージュで止めると、『がんばりすぎず可愛い』理想のスタイルが出来上がる。
 「よっし!これで・・・もう8時だ!!!!」
 慌てて窓を開け放ったリナリーは、ダーク・ブーツを発動した一瞬後に待ち合わせの場所へと到着した。
 「えっと・・・どの部屋かな?!」
 「あの・・・リナリー・・・!」
 苦しげな声にぎくりとしたリナリーは、恐る恐る足元を見下ろす。
 「ど・・・どいてもらえると・・・!」
 ・・・足下には、背中を踏まれたアレンが横たわっていた。
 「着いた瞬間に終わった!!」
 絶望の声をあげ、慌ててアレンの上から降りる。
 「ご・・・ゴメンね!
 もしかして、蹴飛ばしちゃった?!」
 抱き起こした彼は、ボロボロの顔を横に振った。
 「蹴飛ばされてたら、こんなもんじゃ済みませんよ。
 突然の風圧に転んじゃって、その上に着地されただけ・・・」
 「ごめんなさい!!」
 声まで真っ青にして、リナリーが謝る。
 音速を超えるイノセンスを使って室内に飛び込めば、それだけで部屋を破壊するほどの威力をもたらすことを忘れていた。
 「け・・・怪我させちゃったよね?!
 病棟に行こう!」
 「それは大丈夫です。
 僕、そこまで弱くないですよ?」
 にこりと笑って、アレンは持っていた花束を差し出す。
 それは、リナリーが起こした風圧でほとんど散ってしまっていたが、なんとか残っていたバラが数輪、未だ収まらない風に揺れていた。
 「・・・やっぱり弱いかな。
 コムイさんに邪魔されるのが怖くて、こんな所に呼び出した結果がこれですもんね」
 がっかりとうな垂れたアレンに首を振って、リナリーは花束を受け取る。
 「そんなことないよ!
 直接くれて・・・ありがとう」
 顔を真っ赤にして礼を言うと、半身を起こしたアレンは彼女の背後から手を回し、引き寄せてキスをした。
 「んなっ・・・!」
 突然の行為に驚き、リナリーが後ずさると、アレンはイタズラ成功とばかりに笑う。
 「これで不意打ちはおあいこですね!」
 「ふ・・・不意打ちしたわけじゃないのに・・・!」
 慌てふためくリナリーに、立ち上がったアレンが手を差し伸べた。
 「そうですね、口実です。
 だって待ち合わせまで10分しかなかったのに、わざわざおしゃれして来てくれるなんて、嬉しくて!」
 「なんでばれてるの?!」
 できるだけさり気なくしたつもりがアレンにはあっさりとばれてしまい、気まずいやら恥ずかしいやらでリナリーは混乱する。
 と、アレンはむしろ、不思議そうに首を傾げた。
 「だって、コムイさんの執務室にいた時は団服だったじゃないですか。
 その後はリナリーだって宿舎の片づけしてたんですから、そんなに可愛い服ではお掃除しないでしょ?
 全然汚れてもいないし・・・だから、わざわざ着替えてくれたんだなぁって!」
 そうでしょ?と小首を傾げる彼にごまかすことも出来ず、リナリーはがっくりと頷く。
 「その通りデス・・・」
 言われてみれば全く指摘通りで、リナリーが恥ずかしさのあまりあげられない顔を、アレンは両手で挟んであげさせた。
 「嬉しいデスv
 またも顔を寄せてくるアレンを、リナリーは大人しく受け入れる。
 ―――― 長いキスの途中、アレンが不意に身を放した。
 「え?どうし・・・」
 『もうとっくに10分経過しましたよ!!早く戻りなさい!!』
 離れていても聞こえるリンクの声に、リナリーが顔を引き攣らせる。
 「イヤーカフ、外しちゃったら?」
 「そうしたいんですけど・・・そんなことしたら、リンクがここに乗り込んできます・・・!」
 涙目で耳を押さえたアレンが、ため息をついた。
 「でも・・・今日は、直接渡せてよかったです。
 破壊にも巻き込まれなかったし、珍しくラッキーでしたv
 「わ・・・私が散らしちゃったけどね・・・」
 残念な姿になってしまった花束を抱えた彼女に笑ったアレンは、もう一度軽くキスして離れる。
 「じゃ、戻ります。
 ハッピー・バレンタイン♪」
 「う・・・うん!ありがと・・・」
 部屋を出て行くアレンへ振った手を、リナリーは熱くなった頬に当て、嬉しげに微笑んだ。
 「えへv
 花は散っちゃったけど、いい香り・・・」
 彼女の周りに散らばった花びらがあげる甘い芳香を吸い込み、ほっと吐息する。
 「アレン君もクロウリーのバラ園からもらって来てくれたんだね。
 私のと同じ香・・・りっ?!」
 声を引き攣らせたリナリーはアレンの去った方を見遣ったが、当然ながら既に彼の姿はない。
 「私っ・・・!
 せっかく用意してたのに、なんで持ってこないんだよ!!」
 突然呼び出され、おしゃれすることにばかり気が行って、アレンへのプレゼントをすっかり忘れていた。
 「いや!
 落ち着け、私!
 私は世界最速!だよ!!」
 と、再び発動したダークブーツが風を起こし、巻き上げた花びらの姿にまた、がっくりと肩を落とす。
 「・・・またアレン君を踏み潰すつもりなの、私!」
 さすがのアレンも、二度も踏まれては怒るに違いなかった。
 それ以前に、ダークブーツを発動したまま飛び込めば、せっかく被害を免れた自室が破壊されるだろう。
 「・・・うん。
 仕方ないから歩いて行こう」
 ダークブーツの発動を解いたリナリーは、ほとんど散ってしまった花束を大事そうに抱いて、とぼとぼと自室へ戻って行った。


 「そーれ!」
 最後の束を壁の外に蹴りだしたラビは、何か月かぶりに床が見えるようになった自室を見渡し、満足げに頷いた。
 「床が抜ける前に新聞の束を出せてよかったさー!
 床が抜けたら怒られるのは俺らだけど、今回はコムイが壊したかんね!
 怒られるのはコムイだし、片付けは清掃班がやってくれるしv
 日頃の行いがいいと、こういう時に助けてくれるんさね、カミサマはーv
 神に見放されそうなセリフを嬉しげに吐いて、ラビは軽やかに踵を返す。
 「ジジィジジィv
 壊れた壁は後で修繕に来てくれるらしいからさ、それまであったかい部屋に避難してるといいさ!
 こんなに冷たい風が入り込む部屋にいたら、風邪引いちまうさ♪」
 言うやラビは難を逃れた花束とチョコレートの箱を持って、早速部屋を出た。
 「元帥の所か?」
 「そうさーv
 日頃の行いがいいから、プレゼントは無事だったさーv
 既に入手した被害報告を見る限り、クラウドの部屋は被害に遭わなかったようだ。
 ために、これから帰還する彼女が慌てて部屋に戻ることはないだろうと予測して、ラビは方舟の間へ向かった。
 「全員の任務予定も把握してて良かったさv
 今頃クロちゃん、激怒だろうケドさ」
 丹精込めて育てたバラを潰されたクロウリーの悲嘆を思いつつも、とばっちりが恐いので今は近づかないことにする。
 「バラをもらっておきながら、非情なことだの」
 「元帥に渡した後なら、片付けの手伝いくらいしてやるさねー」
 それまでは自分の時間、と、大真面目に言う弟子にため息をつき、ブックマンは食堂へ続く廊下を曲がった。
 「せいぜいがんばるのだな」
 「あいーv
 師の背中に手を振ったラビは、スキップでもしそうな上機嫌で方舟の間に入る。
 「おーっす!
 ここは無事でよかったさね!
 元帥はもうすぐ帰還だろー?」
 陽気な声をあげるラビを、常駐のスタッフ達が振り返った。
 「んが!!
 なんでバラ入手できてんの?!バラ園は壊滅したんだろ?!」
 目を剥いて迫ってくる彼らに、ラビはむしろ不思議そうに首を傾げる。
 「だって俺、クロちゃんのダチだし。
 ここんトコロ任務続きで、バレンタインにクロちゃんがいないかも、って思ったからさ、花束用に切っていいバラ教えてもらってたんさ。
 だから俺もアレンもリナも、昨晩のうちに切ったバラをバケツに入れて、部屋に置いてたんさーv
 そう言って自慢げに大きな花束を見せびらかすラビに、悔しげな視線が集まった。
 「くそ・・・!
 俺だって残業じゃなきゃ、街に買いに行けたのに・・・!」
 「・・・俺は室長のせいでバラ園のをもらい損ねた。
 今、クロウリーが激怒しながらバラ園の片づけしてるよ」
 「だろうさねー」
 仕置き人が増えるな、と、ラビが意地悪く笑う。
 「それよりクラウド元帥は?
 もう、任地の教会にはいるんだろ?」
 「あぁ。
 もうあっちの『扉』は開いてるから、もうじき・・・」
 と、彼が言い終わる前に『扉』の向こうから靴音が響き、小さな弟子を従えたクラウドが軽やかにステップを降りて来た。
 「元帥ーvv
 お帰りさーvvvv
 目を星のように煌かせ、駆け寄ったラビが花束とプレゼントの箱を差し出す。
 「受け取って、俺の愛v
 「・・・待ち伏せしていたのか」
 うんざりと言いながらも悪い気はしないようで、クラウドはスタッフ達が驚くほどすんなりとラビからの贈り物を受け取った。
 「今日はバレンタインデーだが、お前からはないのか?」
 傍らの弟子をからかうように言えば、ティモシーは小首を傾げて少し考え込む。
 「・・・俺、師匠とは多分、ケッコンしないと思うんだ」
 「・・・子供なのに真面目に答えるなんて、フランス人の風上にも置けないさね」
 呆れ返ったラビは、しかし、すぐに笑顔になった。
 「ま、ライバルが減るのはいいことさv
 元帥v お礼はキスでv
 「見返りを要求するとは、不純な愛もあったものだな」
 笑ってラビを押しのけ、クラウドは自身の唇に当てた指を彼の頬に当てる。
 「これで我慢しろ」
 「嫌さー!!マウストゥマウスーvvv
 「うるっさい!ラウ!」
 彼女の肩に乗っていた小猿が巨大化し、ラビを掴んで放り投げた。
 「あーぁ・・・」
 「引き際をわきまえないから・・・」
 呆れ顔のスタッフ達が見守る中、壁に血の尾を引いて、ラビが床に倒れこむ。
 「おーい!医療班!これ運んでー」
 方舟の間に常駐している医療スタッフへ声をかけた彼は、足音も軽やかに部屋を出ようとするクラウドの背へ声をかけた。
 「元帥!
 今、宿舎は騒がしいですから、先に室長の執務室へ行って下さい!」
 「何かあったのか?」
 振り向いた彼女は、スタッフから事情を聞いて眉をひそめる。
 「まったくコムイの奴め!
 なぜよりによって宿舎なのだ!」
 「ししょー!
 俺の部屋無事か、見て来てもいい?」
 困惑げな弟子に頷いて、クラウドはコムイの執務室へと足を速めた。
 「おい、コムイ!!」
 「お・・・おかえりなさい、元帥・・・!」
 足元から沸いた声に驚き、クラウドは訝しげな目を下へ下ろす。
 と、未だ神田の足に踏まれて、コムイが床に額を擦り付けていた。
 「・・・これはなんのプレイだ?」
 「元帥がこちらへ向かわれていると聞いて、再び土下座を」
 冷淡な声を見遣れば、こめかみに血管を浮かび上がらせたリーバーが、腕を組んでコムイを見下ろしている。
 「このヤロウ、性懲りもなくコムリンを起動して暴走させた挙句、宿舎を破壊しやがりました!
 おかげで神田の部屋が神田もろとも大破、その周りと女子宿舎の一部が破壊され、危うくミランダが大怪我するところでしたよ!
 わかってんのか、このヤロウ!!
 ノアも一目置くミランダが戦線離脱することになったら、戦力に多大な影響を及ぼすんだぞゴラ!!」
 「・・・大破しても生き返る俺に全く触れないのはわざとか?」
 神田は苛立ちのままに、コムイの頭を踏みにじった。
 鬼の形相となった彼の足の下で、ぴぃぴぃと泣き声をあげるコムイの姿に、クラウドの鉄の心がほんの少し揺らぐ。
 「わ・・・私への侘びで土下座をしているのなら、もういいぞ」
 「いえ!躾けですから!」
 「もう二度とふざけた真似ができねぇよう、徹底的に!!」
 鬼神二人の怒りを受けて、コムイが捕食される前のウサギのようにぶるぶると震えた。
 その上、
 「おかえりなさいませ、元帥。
 そろそろ室長にはお仕事に戻っていただきますので、お気遣いなく」
 と、口調だけは丁寧ながら、妙に冷え冷えとした声でブリジットが声をかける。
 「さぁ、室長」
 神田の足下でびくりと震え、凍りついたコムイを、ブリジットの冷たい目が見下ろした。
 「石を抱かせてさしあげましょう」
 「それは拷問っ・・・!」
 声を引き攣らせたクラウドの目の前で、リーバーがホイッスルを咥え、部下が重機で運んで来た大きな石版を室内に導き入れる。
 「神田」
 「おう」
 「ふぎゃっ!!」
 リーバーの指示で足をどけた神田が、コムイの髪を掴んで上体を引き起こした。
 「ちょっ・・・神田君!イタイイタイ!!
 イタ――――――――!!!!」
 コムイが床に正座した瞬間を狙って、大きな石版が膝の上に乗せられる。
 「あしっ!!足潰れるっ!!
 ボクの長くて美しい脚がー!ぎゃー!!!!」
 絶叫するコムイの目の前に、かがみこんだブリジットの冷酷な目が迫った。
 「室長、ほんの500kg程度ですわ。
 そんなに重くはありませんでしょう?・・・私の部屋を破壊した、良心の重さに比べれば」
 「補佐官・・・」
 私怨か、と、苦笑するクラウドに、身を起こしたブリジットが首を振る。
 「お仕置きとお仕事を同時に行っているだけですわ」
 言うや、彼女は石版の上に重い書類を積み上げて、コムイに更なる悲鳴をあげさせた。
 「大げさな・・・まだ1tにも達していませんわよ?
 でも早く処理しなければ・・・わかっていらっしゃいますね?」
 ブリジットが、決して冗談を言っていないと脊髄反射で理解したコムイは、光の速さで頷く。
 「では、リーバー班長」
 「はい」
 既に二枚目の石版を壁に立て掛けたリーバーが、重機を撤退させつつブリジットを振り返った。
 「科学班で溜まっているお仕事も、全てこちらへお持ちください。
 室長が処理してくださいますわよ・・・ね?」
 否と言えば即刻死刑といわんばかりの目で睨まれては、コムイも頷くしかない。
 「じゃ、お言葉に甘えて。
 せっかくのバレンタインデーですから、仕事しなくていいのはありがたいっすv
 「鬼!!リーバー君の鬼いいいいいいいいい!!!!」
 肉体への攻撃に加え、精神攻撃まで受けて、コムイが吐血した。
 と、横合いから白いハンカチが差し出される。
 「室長、これを」
 「ミ・・・ミス・フェイ・・・!」
 「書類を血で汚さないでくださいませ」
 そのための石抱きだと、ブリジットの冷酷な声にコムイは、白いハンカチを血と涙の色に染め上げた。


 「少しは気が済んだか?」
 クラウドが、共にコムイの執務室を出た神田の頭を撫でてやると、彼はうるさげに彼女の手を払いのけた。
 「全くつれないな、お前は!
 もらい物だが、バラを分けてやるから少しは愛想よくしろ!」
 「いりませんよ!
 今年はバラ園が壊滅したおかげで、バラに埋もれずに済んだんだ!
 一輪だっているか!」
 「そうなのか。
 道理で、花束を持っている者が少ないと思った」
 回廊をすれ違う団員達の誰一人、花を持っていない理由をようやく理解して、彼女は肩をすくめる。
 「だったらなおさら、ママからの義理花を受け取るがいい!」
 「義理でほしかねぇよ!」
 憤然と言い返した途端、クラウドが困惑げに眉根を寄せた。
 「え・・・?
 本気のものが欲しいのか?
 いやそれはさすがに、母娘として倫理的にどうかと・・・」
 「あんたは母じゃねぇし、俺は娘じゃねぇって、いい加減理解しろよ!!」
 いつになったらわかってくれるのかと、神田は忌々しげに舌打ちする。
 「・・・ところでそれ、ラビからですか?」
 ふと思いついて問えば、クラウドはあっさりと頷いた。
 「真紅と濃いピンクでうまくグラデーションを作っているだろう?
 あいつ、センスだけはいいよな・・・!」
 どこか悔しげに唸ったクラウドに微かに頷いた神田は、突然足を速める。
 「ユウ!どこに・・・」
 「自室の片付けすんだからついてくんな!」
 肩越しに言われ、クラウドは不承不承足を止めた。
 以前の城では宿舎が分かれていなかったため、フロア内なら出入り自由だったが、今は男女で宿舎が分かれた上に中央庁の厳格な聖職者達が大勢来たせいで、宿舎は男子禁制と女人禁制になっている。
 「母娘ならいいじゃないか。
 むしろ、ユウが女子宿舎に入ればいいのだ!」
 無茶苦茶なことを言いながら、クラウドは憮然として自室ヘ戻って行った。


 「あ、起きた」
 ラビが病棟のベッドの上で目を覚ますと、目の前でアレンの白い髪が、昼近い日差しに煌いていた。
 「もー!なんで元帥にちょっかい出すかなぁ!
 君が戦力にならなかったせいで、僕がブックマンに呼び出されて、お手伝いさせられたんだからね!」
 ぷくっと頬を膨らませたアレンを見上げ、ラビは枕の上で首を傾げる。
 「なんでさ?
 部屋の掃除は終わったし、壁の修繕なんてまだかかるだろ?」
 「それ、僕もびっくりしたんだけど。
 レンガ組んで漆喰塗るだけだから簡単だって、清掃班の人達がさっさとやっちゃったんだよ。
 一番手間取りそうな神田の部屋は最後にして、すぐ済んじゃう所を優先したみたい。
 だからブックマンがさ、『漆喰が乾くまで何日もかかるのだから、もう本棚を設置したところで問題ないだろう』って。
 大きな本棚をいくつも運ばされて、床に積んであった本を並べてあげたよ!
 誉めろー!!!!」
 ヒステリックな声をあげて、ぐりぐりと押し付けてくる頭をラビは笑って撫でてやった。
 「さすがジジィ。
 もう本棚手配するなんて、早業さね」
 「図書室でいらなくなったのを運ばされたんですー!僕がー!」
 またぐりぐりと押し付けて来た頭を撫でてやると、ようやく気が済んだのか、アレンが顔をあげる。
 「でも、バイト代はずんでくれたんで、いいってことにします」
 「お前・・・!
 金もらっといて更に感謝を要求するとか、どんだけ強欲なんさ!」
 「いいじゃん!
 最初は善意だったもん!」
 きゃあきゃあとはしゃぎ声をあげた途端、ドアの向こうからナースに睨まれて、慌てて口を覆った。
 「・・・そんで?
 お前、わざわざ俺に誉めてもらうために見舞いに来たんじゃねぇだろ?」
 「うん」
 あっさりと頷いたアレンをはたきたい衝動と戦いながら、ラビは先を促す。
 「さっき・・・って言ってももう、大分前か。
 コムイさんが踏まれてるうちがチャンスだと思って、リナリーと待ち合わせたんだよね。
 おかげで僕は無事に・・・とも言えないけど、クロウリーからもらった花束を渡せたんだけど、急な呼び出しだったからリナリーからはもらえなくて。
 でもさっきリナリーから連絡が来て、ちゃんと渡したいからラビをダシにしてここで落ち合おうって・・・ぎゃんっ!!」
 いきなりはたかれて、アレンが悲鳴をあげた。
 「なにすんだよっ!」
 「人をダシにすんなっ!」
 「いいじゃん!
 コムイさんは今日一日部屋に缶詰決定だけど、どこで監視してるかわかんないし、リンクもラビのお見舞いに行くって言ったら解放してくれたし!
 あ、リンクが離れたのは、ミランダさんのおかげもあるかな。
 クロウリーがバラ園を潰されちゃって怒ってるから、片付け手伝ってあげて、って言ってくれたんだよ・・・・・・あれ、リーバーさんの策略だと思うんだけど、まんまと引っかかったよね、リンク」
 「ったく・・・。
 なんでこんな日に策謀巡らせてんさ、お前ら・・・」
 ラビが呆れ顔で半身を起こすと、なぜかアレンに額を押され、枕の上に戻される。
 「こんな日だからでしょ!
 お邪魔虫を出し抜かないと、プレゼントを渡すことも出来ないんだからさ!」
 だから、と、アレンが不気味に笑った。
 「もうしばらく寝ててよ、ラビも」
 「おまっ!!!!」
 ぎりぎりと頭を締め付けられたラビが、激痛に呻き声を上げた。
 「力ずくヤメロ・・・!
 どうせなら睡眠薬でも持ってくるさね!!」
 なんとかアレンの左手を引き剥がし、絶叫したラビに彼は口を尖らせる。
 「だって、僕が使うんだってもらおうとしたらドクターが、『子供に睡眠薬なんか処方しない!』って言うんだもん。
 だから仕方なく、こうやっていい夢見てもらおうかと・・・!」
 「頭割られそうなんに、いい夢なんか見られるかっ・・・!」
 迫るアレンの手をラビは必死に押し戻した。
 「ったく!!
 いつも言ってんさね!
 俺の優秀なおつむは世界の宝なんから、大事に扱えってさ!!」
 「どーせ狭い世界でしょ」
 ケッと、生意気に笑ったアレンの頬が、思いっきり引き伸ばされる。
 「んぎゃああああ!!いひゃいいひゃい!!!!」
 悲鳴をあげるアレンを、間近に迫ったラビが恐ろしい顔で睨んだ。
 「・・・お前も守銭奴なら、情報に莫大な金が詰まれることがあるってコトを知っとくさ!」
 「ぅひゃい・・・!」
 両の頬を真っ赤にして泣くアレンに、ラビが鼻を鳴らす。
 「リナと落ち合うなら、なにもこの部屋じゃなくったっていいさね。
 病棟には監視ゴーレムいねぇし。
 どっか適当な部屋でもらえば・・・」
 「ラビはコムイさんに敵視されたことがないからそんな暢気なことが言えるんですよ!!
 コムイさん、どこにスパイを仕込んでいるか・・・!」
 周り中敵だ!と、断言するアレンに、ラビは吐息して寝転び、背を向けた。
 「じゃー俺、寝たふりしといてやるから、適当にやるさ。
 ・・・俺に危害加えたら、俺がコムイのスパイになってやっかんな」
 「わ・・・わかってますよ・・・!」
 背後から襲おうとしていたアレンが、慌てて左手を背後に隠す。
 彼の思惑などとっくに見抜いて、ラビはこっそり舌を出した。
 「あ、そーだ。
 協力してやんだから、お前もちゃんと礼すんだぞ。
 部屋の片付けは終わったらしーから、今月いっぱい、溜まった新聞紙の片付けよろしくさー」
 「1日で物凄く溜まるじゃん、君達の部屋!!
 なんて重労働を・・・!」
 「あれ?
 ラビ起きてるの?」
 部屋に入って来たリナリーに声をかけられ、アレンは慌てて振り返る。
 「う・・・ううんっ!!
 まだ起きてませんよ!
 寝てる間に、ラビ達の部屋の片付け手伝わされた苦情を・・・!」
 「あぁ、そうなんだ。
 お掃除終わった?」
 ぎこちなく目を逸らして言うリナリーに、アレンは苦笑した。
 「えっと・・・さっきはごめんなさい。
 リンクが邪魔しなければよかっ・・・」
 「いいいいいいいいいいんだよそんなコト全然っ!!」
 真っ赤になって首を振るリナリーが、怒っているのではなく恥ずかしがっているのだと気付いて、アレンはほっとする。
 「わざわざ持って来てくれてありがとうv
 すごく嬉しいv
 笑顔で歩み寄ると、ようやく彼を見てくれたリナリーが花束とチョコレートの箱を渡してくれた。
 「これ・・・こないだ任務で、ウィーンに行ったから・・・」
 「デメルだ!」
 高級菓子店のパッケージに、アレンが歓声をあげる。
 「オレンジピールのチョコレートだ!
 前にこれ、ジェリーさんが・・・」
 と言いかけて、アレンは慌てて首を振った。
 「だ・・・大好きなんです、これ!」
 まずいタイミングでジェリーの名を出してしまったと、焦るアレンをリナリーがじっとりと睨む。
 「・・・ふぅん。もうジェリーにもらったの」
 「えっと・・・違うんですよ!
 バレンタインのプレゼントでもらったんじゃなくて、ジェリーさんが作ったのと、どっちがおいしいかって聞かれて・・・!
 ど・・・どっちもおいしかったんです・・・けどぉ・・・」
 額に汗の玉を浮かべ、ぷるぷると震えるアレンに、リナリーは頬を膨らませた。
 「どーっせ!
 ジェリーみたいにおいしいお菓子作れないよ!!
 買った物でゴメンネ!!」
 くるりと踵を返した彼女の背に、アレンが追いすがる。
 「そっ・・・そういう意味じゃ!!
 リナリィィィィィィィィ!!!!」
 手が届く寸前で病室を出て行ったリナリーを追いかけようとしたアレンは、前方のティムキャンピーと後方のラビに揃って止められた。
 「なにすんの!
 放せ放せ!!」
 暴れるアレンを羽交い絞めにし、ラビはため息をつく。
 「周り中敵だっつって、部屋の外に出られんかったのはお前だろうさ。
 コムイに仕返しされたいんなら、放してやっけど?」
 ラビの言葉にティムキャンピーも身体ごと頷き、体当たりでアレンを押し留めた。
 「・・・わかったよ」
 涙目のアレンは、抵抗をやめてうな垂れる。
 「せっかくもらったのにぃ・・・」
 「嬉しくてはしゃいじまったんだな」
 お子様め、と苦笑して、ラビは俯いたアレンの頭を撫でてやった。
 「でもま、さっさと話が終わって俺的には良かったさ。
 寝てんのも飽きたし、腹減ったからメシいこv
 「このタイミングで?!」
 今、ジェリーと一緒にいる所を見られれば、更にリナリーの機嫌を損ねるんじゃないかと焦るアレンにラビは意地悪く笑う。
 「お前が今日は昼抜きでいいってーんなら俺一人で行くけど?」
 「む・・・無理・・・です・・・」
 涙目で見上げてくるアレンの手を、ラビが取った。
 「おし!ほんじゃいこーぜ♪
 まぁ心配せんでも、姐さんには俺から事情を話して、今日はお前に過剰な愛情表現をしねーように言ってやるさ!」
 名案!と、親指を立てるラビにしかし、アレンは力なく首を振る。
 「それはそれでやだ・・・。
 ジェリーさんに愛してもらえないなら、ここにいる意味なんかないもん・・・」
 「欲張りさね!」
 苦笑したラビは、またうな垂れてしまったアレンの腕を引いて、食堂へと向かった。


 「なんだよ、アレン君ってば!
 そりゃあ、アレン君はお上品でちょっぴりのお菓子なんかより、ジェリーがたくさん作ってくれるお菓子の方がいいだろうけど!
 せっかくのバレンタインなんだから、おしゃれでいいと思ったのに!
 ナンダヨ!!」
 高級店に謝れ!と、憤りながらリナリーは宿舎へ戻った。
 まだ修理工事中のそこは、破壊されたレンガを積み直し、漆喰を塗る作業で騒がしい。
 作業を見上げたリナリーは、ミランダの部屋の壁がまだ手もつけられていないことに気づいて、通りかかった清掃班のスタッフを呼び止めた。
 「ねぇ、ミランダの部屋はまだ取り掛からないの?」
 問うと、彼は申し訳なさそうに頷く。
 「今回は破壊の範囲が広かったから、レンガも備品で足りるかどうか、微妙なんだ。
 だからまずは被害が少なかったところから修繕して、被害が大きいところはレンガが補充されてからやろうと思ってるんだよ。
 じゃなきゃ、いつまでも漆喰が塗れないだろう?」
 言われてみればそうかと、リナリーは肩を落とした。
 「・・・兄さんがごめんなさい」
 「・・・全くだね」
 気遣う余裕もないのか、あっさりと頷いた彼にもう一度詫びて、リナリーは宿舎内に入る。
 「ミランダ、いる?」
 ミランダの部屋を覗き込むと、冬の風が吹き寄せて寒い部屋には当然ながら誰もいなかった。
 「・・・壁が直るまで、別の部屋に泊まるしかないよね」
 せめて移動の手伝いくらいはしようとミランダの姿を探すが、このフロアにはいないようだ。
 「ねー?ミランダはどこ行っちゃったの?
 ランチ?」
 別の部屋で片付けの手伝いをしていたエミリアに声をかけると、振り返った彼女はにんまりと笑った。
 「年中無休のリーバー班長が、思わぬ休暇が取れたからって連れ出しちゃったわよ。
 今頃、ロンドンのサロンでランチデートじゃないの?」
 「ちぇー!いいなぁ!」
 思わず不満の声を漏らすと、エミリアが不思議そうに小首を傾げる。
 「あんただってアレンにお花とお菓子、渡してきたんでしょ?
 そのままロンドンにでも出かければよかったじゃない」
 「・・・そうは行かなかったんだよ」
 憮然として事情を話したリナリーに、エミリアは苦笑した。
 「あんたってばホント、嫉妬深くてワガママで根暗ねぇ!」
 「なんっ・・・!!」
 歯に衣着せぬ物言いをされて、リナリーが声を失う。
 「ママンが一番なのは、どこの国の男だって一緒でしょ!
 特に、本当のママンの愛情をもらえずに育った男の子が、甘えんぼになっちゃうのは当たり前よ。
 それはお日様が東から昇ることと同じなの」
 「そ・・・それはさすがに言いすぎじゃないかな・・・」
 いくら孤児院にいる子供達の事情に詳しいとは言え、一般常識ではないはずだと反駁するが、強情なエミリアは聞かなかった。
 「アレンは、ジェリー姐さんの料理はもちろん大好きだろうけど、オープンすぎる愛情表現も嬉しいのよ。
 あんたには出来ないもんね、怖いお兄さんがいるから」
 「あぁ・・・確かに・・・・・・」
 悔しいが、それは認めざるを得ない。
 「アレンがママンとあんたに求めるものは違うの。
 その証拠に、アレンはあんたにキスしても、ジェリーママンにはキスしないでしょ?」
 「へっ?!なんで知ってるのっ?!」
 顔を真っ赤にして飛びのいたリナリーを、エミリアは呆れ顔で見つめた。
 「・・・あんた、アレンを兄さんに殺されたくなかったら、こんなカマに引っかかっちゃダメよ」
 「カマかけたのっ?!」
 酷い!と詰め寄るリナリーに、エミリアは笑って手を振る。
 「引っかかる方が悪いのよv
 それより、こっちの片付け手伝って」
 手招かれて入った部屋は、床一面に本や書類が散らばっていた。
 「この部屋、壁は無事だったんだけど、振動で棚が倒れちゃったの。
 住んでる子は寝ていたところを棚の下敷きになっちゃって、今、病棟ですって。
 あんたの兄さんの仕業なんだから、責任持ってお片づけしなきゃね!」
 「う・・・はい・・・」
 奇特な兄を持ったせいで、リナリーまでもが非難の目で見られることは納得行かなかったが、ここで逆らえば立場はもっと悪くなる。
 「他にも怪我人いるんでしょ?」
 もう二度と倒れないよう、壁に固定された棚に本を詰めながら問うと、エミリアは少しの間宙を見つめた。
 「全部で7人かな、入院しているのは。
 女子宿舎だけの話だから、男子宿舎も合わせるともっとよね。
 ・・・ダーリンは直撃受けて死に掛けたそうだし」
 じろりと睨まれたリナリーは、慌てて目を棚に戻す。
 「じゃ・・・じゃあ、他にもお片づけしなきゃいけないんだね!」
 「ううん。
 他の部屋は手分けしてやってるし、入院してる子達も別に意識不明ってわけじゃないから。
 部屋にあるもの見られたくないから入らないでえええええ!って、絶叫してた子もいたわよ」
 「なにを隠してるのかな?!高級チョコレートとか?!」
 リナリーが興味津々と目を輝かせると、エミリアは意地悪く笑った。
 「きっと卑猥なものよ。あんたは見ない方がいいわ」
 「ひわ・・・?」
 なんだろう、と、首を傾げたリナリーに笑って、エミリアはクローゼットの扉を閉めた。
 「こっちは終わりよ。
 棚ももう、いいみたいね」
 「うん」
 最後の1冊を詰め終えたリナリーが、頷いて振り返る。
 「ミランダの部屋、レンガが補充されるまで修理できないって言ってたから、今日は別の部屋に泊まりだと思うんだ。
 壁の残骸や割れた食器の破片なんかはお掃除してくれてるけど、クローゼットの中はまだぐちゃぐちゃなんじゃないかな。
 移動の準備がてら、片付けておかない?」
 「いいわよ」
 あっさりと頷いて、エミリアはミランダの部屋へ移動した。
 女子会などで何度も入った部屋だけに、どこに何があるかは把握している。
 「とりあえず、トランクに衣類を詰めておけばいいかな。
 他に何か必要なものある?」
 入団する際にミランダ自身が持って来たトランクに、3日分ほどの衣類を詰めながらエミリアが振り返ると、リナリーは小物類の入った箪笥の引き出しを開けて、難しい顔をしていた。
 「どうしたの?」
 気になって歩み寄ると、リナリーは引き出しの中を指す。
 「手袋、どれがいいのかなぁ・・・。
 任務の時は、このかっちりして滑り止めがついたものを着けてるけど、普段はレースだよね?
 でも、この絹のレースはパーティ用だと思うんだ・・・。
 普段使いのってどれだろう・・・」
 そっと触っては感触を確かめるリナリーと並んで、エミリアも布地に手を這わせた。
 「普段使いなら綿か麻でしょ。
 冬に麻は寒いから、綿じゃない?ホラ、これ」
 生真面目なミランダらしく、きちんと畳まれた綿の手袋を取り出すと、リナリーはますます難しい顔をする。
 「ダメなの?」
 「ううん、ダメじゃなくてね・・・」
 手袋を広げたリナリーは、ほっそりとした指の部分を掌にのせた。
 「普段もフィンガーレスの手袋してればいいのに、って思ったんだよ」
 そうすれば、あの指輪の存在を皆が知ることになる。
 「・・・それ、いいアイディアね」
 にんまりと、エミリアが笑みを浮かべた。
 「リナリー!
 この手袋、全部回収よ!」
 「どうするの?」
 引き出しごと取り出したエミリアに目を丸くすると、彼女は既にドアへ向かいながら言う。
 「被服室へ行って、手袋をフィンガーレスに作り直してもらうの!
 ミランダ個人のものは勝手に弄るわけには行かないからどこかに隠しちゃうけど、教団支給のものは問題ないでしょ?」
 「そ・・・それはそうだけど・・・!」
 やることが大胆だと、驚くリナリーにエミリアは、楽しげに笑った。
 「あのミランダが、指輪をはめたままでいるか、ネックレスにでも通して隠しちゃうか、賭ける?!」
 キラキラと輝く目で見つめられて、リナリーは困惑げに首をすくめる。
 「ミランダは・・・恥ずかしがり屋だもん。
 指輪を外しちゃうと思うな」
 「じゃああたしはつけたままにする、に賭けるわ!
 あたしが勝ったらあんた、今後一切、あたしとダーリンの仲を邪魔するんじゃないわよ!」
 「なんだよそれ?!」
 驚いて詰め寄ると、エミリアは意地悪く鼻を鳴らした。
 「自信あるんでしょ?
 だったら今後一切・・・」
 「自信なんかないよ!
 ほかの物はともかく、あの指輪はミランダが暗示かけてまで欲しがったものでしょぉ?!」
 撤回だ!と騒ぐリナリーに、エミリアが舌を出す。
 「じゃあ、あんたははめたままの方に賭けるのね?
 あたしはどっちでもいいわよ?」
 「きょ・・・教団内で賭け事禁止だよ!
 ミランダがどうしたって邪魔するもん!してやるもん!!」
 きゃんきゃんと吠え立てるリナリーの鼻を、エミリアは指先で弾いてやった。
 「きゃんっ!!」
 「小姑禁止!」
 うずくまって泣き声をあげるリナリーを置いて、エミリアはどんどん進む。
 やがて、
 「お願いしまーす!」
 被服室のドアを開けると、教団内で唯一女性団員ばかりの部屋のさえずりがあふれ出した。
 「はぁいv
 なんのお願い事?」
 部屋の奥から返事をする責任者の下へ、エミリアはにこやかに歩み寄る。
 「実は・・・」
 事情を話すと、被服係の係長は楽しげな笑みを浮かべて頷いた。
 「あなた、運がいいわよぉv
 今日は私、今から退屈する予定だったのv
 うふふ・・・と、日当たりのいい窓を背に、彼女は楽しげに笑う。
 「聞いてよ、うちのお嬢さん達ったら!
 今日は張り切ってお仕事を終わらせちゃって、これから私を置いて遊びに行っちゃうのよぉ!」
 ねぇ?と、見回されたお針子達はくすぐったそうに笑いさざめいた。
 「だから私、料理長のお菓子でもいただきながら編み物でもしようかと思ってたのよねぇv
 今まさに行くところだったと、笑いながら彼女はエミリアから引き出しごと手袋を受け取る。
 「この程度の量なら、2時間もあれば大丈夫よv
 「ありがとう!
 ジェリーのティーセットはあたしが運んできますから、よろしくお願いします!」
 「それも嬉しいけど、一つ条件があるわv
 大きく一礼したエミリアの頭に向かって、係長が微笑んだ。
 「ユウに新しい髪飾り作ってあげたから、戦場でボロボロになっちゃう前に着けさせて、写真撮って来てv
 「任せて!」
 顔をあげたエミリアが力強く頷くと、彼女はいそいそと髪紐を取り出す。
 「かっこよく結ってあげてねv
 「もちろんよ!」
 係長から受け取った髪紐を握り締め、エミリアは意気揚々と被服室を出て行った。


 「あらダーリン!
 もうケンカしてるの?」
 被服係の係長へティーセットを運んだ後、エミリアは男子宿舎近くで見つけた神田に声をかける。
 と、彼は鬱陶しげに振り返った。
 「ダーリンでもケンカでもねぇ!」
 とは言いつつ、彼は暴れるアレンの首根っこを掴んで、床にねじ伏せている。
 「放せー!放せバ神田ー!!」
 神田の手の下でアレンがじたじたと暴れるが、さすがの彼も体術に優れた神田から逃れることは出来ない様子だった。
 「今朝は死に掛けたって言うのに、元気ねぇ。
 ダーリンは部屋の修理が終わるまでお片づけ無理でしょうけど、アレンは終わったの?
 あんたの部屋、請求書がたくさんなんでしょ?」
 悪気なく言った言葉で、エミリアはアレンに止めを刺す。
 「アラ?
 アレン、動かなくなったわね」
 「クロス元帥の請求書は、モヤシにとって致命傷だからな」
 目を回したアレンの背に、神田はどさりと座った。
 「なんか用か?」
 「うん。係長がこれ、あんたにって。
 バレンタインのプレゼントみたいね。嬉しい?」
 クスクスと笑いながら髪紐を差し出され、神田は訝しげに受け取る。
 「なんでお前経由なんだ?」
 「係長に頼み事したら、引き受ける代わりにこれ着けたあんたの写真を要求されたのよ。
 いいでしょ?」
 言うやエミリアは神田が着けていた髪紐を引き抜いた。
 「動かないでね!
 あたしが結ってあげるわv
 彼の背後に回ったエミリアは、ポケットから櫛を取り出す。
 「それで?なんでアレンとケンカしてたの?」
 「ケンカじゃねぇよ」
 エミリアの手で髪を梳られながら、神田は鼻を鳴らした。
 「コムイを補佐官に預けた後・・・気づいたんだ。
 あのタイミングはこいつにとって、絶好のチャンスだってな!」
 ごつんっと、神田はアレンの後頭部に拳骨を落とす。
 「部屋にいなかったから探しに出たら、丁度戻ってきやがった・・・花持ってな」
 「いいじゃないの、花くらい。
 あんたがそうやって構うから、あのワガママ様が増長してあたしの邪魔するのよ!」
 「いでっ!!」
 思いっきり髪を引かれ、神田が声を荒げた。
 「丁寧にやれよ!」
 「あーら、ごめんなさい」
 ちっとも悪びれない様子で、エミリアは鼻を鳴らす。
 「で?
 あんた、アレンが花持ってたくらいでシメちゃったの?」
 「さすがにそれだけじゃシメねぇよ。
 いかがわしいことしなかったか問いただしたら、思いっきり目を逸らして言い訳しようとしやがったから、犯行があったと確信した」
 「犯行って・・・あんたねぇ・・・・・・」
 呆れ顔で髪紐を結い終えたエミリアは、アレンの上に座る神田の背にもたれかかった。
 「キスくらい許してあげなよ」
 彼の頬に手を当て、振り向かせて軽くキスをする。
 「たいしたことないでしょ」
 「お前らにとってはな」
 しかし東洋人にとって、キスは挨拶じゃないと言い張る彼に、エミリアは苦笑した。
 「アタマ固いんだから!
 ねぇ、もうお仕置きは済んだでしょ?
 写真撮りに行こう!」
 言うや神田の腕を引いて強引に立たせる。
 「まだ済んじゃ・・・!」
 エミリアの、女とは思えない膂力で腕を引かれた神田がたたらを踏んだ。
 「気絶するまでげんこつしたんなら、済んでるわよ」
 「モヤシが気絶したのはお前のせい・・・おい!」
 神田が床に伸びたままのアレンを振り返るが、エミリアは構わず彼の腕を引く。
 「いいからおいで!」
 楽しげな声をあげ、エミリアが神田を連れ去った後、そっと目を開けたアレンはほっと吐息して身を起こした。
 「イテテ・・・!
 バ神田のヤロウ、思いっきりげんこつして!」
 床に座り込んだまま、後頭部に出来たたんこぶをそっと撫でる。
 「ジェリーさんに言いつけてやる!
 あ!いや・・・!」
 自分の言葉を否定するように、アレンは慌てて首を振った。
 ランチタイムには幸い見つからなかったものの、今度もそううまく行くとは限らない。
 リナリーを怒らせた原因であるジェリーに泣きついている所を見られては、また状況が悪くなるに違いなかった。
 「こーゆーのなんていうんだっけ・・・四面楚歌?」
 違っただろうかと、アレンは首を傾げる。
 「まぁ・・・仕方ないや。
 クロウリーのお手伝いにでも行こう」
 それなら誰にも怒られないはずだと、アレンは床に放り出された花束を拾い上げて部屋に戻った。


 しっかりと防寒して行ったバラ園では、既にコムリンの残骸や崩壊した壁の石片が片付けられていた。
 「あれ?遅かった?」
 潰されてしまったバラの木を掘り返していたクロウリーへ声をかけると、彼は大分落ち着いた顔をあげる。
 「ようやく瓦礫を片付けたところであるよ。
 折れてしまった木を養生してやらねばならんので、掘り起こしているのである。
 手伝ってくれるのなら、そこに藁を置いているであるから、根の部分を土ごと包んで欲しいである」
 「わかった」
 既に作業中の団員達にアレンも加わり、見よう見真似で手伝った。
 「それにしても災難でしたね、みんな。
 バラを期待してたんでしょ?」
 作業しつつ言えば、皆が大きく頷く。
 「室長のヤロウ!よくも!!」
 「さすがに事情は察してくれると思うけど・・・花束なしなんて、カッコつかないよな」
 憤り、ため息をつく面々に頷きつつ、アレンは自分がちゃっかりと花を確保していたことには口をつぐんだ。
 「よりによって、花が咲いてる木だけをなぎ倒すなんて、わざとっぽいなぁ・・・」
 でもまさかね、と笑うアレンの周りが、剣呑な空気に変わる。
 「室長・・・!まさかそれが狙いか?!」
 「やりかねん・・・!
 あの巻き毛変人、人の楽しみを奪うことに関しては努力を惜しまないからな!」
 「俺達の嘆きを見下ろして、笑ってやがるんだよあいつはよ!!」
 酷い言われようだが、これも日頃の行いと言うものだろうと、アレンはまたも口をつぐんだ。
 と、
 「復讐すんなら今がチャンスだぞ。
 あのヤロウ補佐官の部屋を壊しやがったから、執務室で石抱きの刑に処せられてる」
 楽しげに笑いながら、歩み寄って来たジジに言葉に作業中の面々が一斉に立ち上がる。
 「復讐するは我にあり!!!!」
 怒号と共に執務室へと駆け去った彼らを止める間などなかった。
 すっかり人のいなくなったバラ園で、クロウリーとアレンが悲鳴をあげる。
 「なんのつもりであるか!せっかくの作業員を!!」
 「僕一人でお手伝いとか無理ですよ!
 ジジが手伝ってくれるの?!」
 「いや、俺は今日一日リフレッシュ中v
 ウフフ・・・と笑う彼に、アレンが鼻をひくつかせた。
 「あれ、ジジってばいいにおい。
 お風呂入ってごはんとデザートまで食べたでしょ」
 バニラの匂いだ、と、寄って来たアレンの頭を彼はわしわしと撫でる。
 「あったりーv
 室長が全部引き受けてくれたおかげで、リゾート気分だぜぇv
 寒いけど、と笑いながら、彼は手にしたバスケットをクロウリーへ差し出した。
 「ジェリーからの差し入れだ。
 メシでも食って、ちょっと落ち着けってよ」
 「そんなヒマないであるよ!
 食事なら、思う存分アクマを食い尽くして・・・!」
 と、言う間に鳴った腹の虫に、アレンが吹き出す。
 「いらないなら僕がもらうけど?」
 「や・・・やらないであるよっ!!」
 慌てたクロウリーは、受け取ったバスケットをアレンから遠くへ引き離した。
 「全く、リンクも『昼食の時間は守る主義』だとか言って消えるであるし!
 みんな勝手であるよ!」
 「そうなんだ?
 僕も食堂にいたけど、リンクいたかなぁ・・・?」
 ぶつぶつとぼやくクロウリーに、アレンが首を傾げる。
 「じゃあリンクの代わりに、ラビを手伝いに呼びますよ。
 一緒にランチした後、懲りずにクラウド元帥を探しに行っちゃったけど・・・また病棟に再送されてなけりゃ、お手伝いできると思うんだ」
 と、アレンは無線でラビを呼び出した。
 『なんさ?』
 すぐに回線を開いた彼に、アレンは思わず笑い出す。
 「よかった、生きてるね。
 それとも今、病棟?」
 クスクスと笑うアレンに、『うんにゃ』と、不機嫌な声が返った。
 『元帥が男子禁制の宿舎にこもっちまったから、近づけんかった。
 いつもならともかく、今日は人目が多いからさー』
 突破できそうにない、と、ため息をつく彼にアレンはまた笑い出す。
 「じゃーさ、バラ園の手伝いに来てよ。
 クロウリーがランチまだなんだって」
 『あ、そうなん?いいぜー』
 あっさりと了承したラビの声を聞いて、ジジがにんまりと笑った。
 「ほんじゃ、俺はリフレッシュの続きーv
 サンルームで日向ぼっこしながら昼酒するんだよーんv
 「せっかくのバレンタインデーなのに、一人でお酒?
 師匠なら2〜30人は軽くはべらせますよ」
 「うるせー!ほっとけ!!」
 怒声を上げるジジに、アレンは笑って舌を出す。
 と、
 「なに怒ってんさ?」
 別棟から渡り廊下を通ってきたらしいラビが、2階の窓から顔を出した。
 「早いね、ラビ。近くにいたんですか?」
 「あぁ。
 ヒマになっちまったから、俺もクロちゃんの手伝いしようかと思ってさ」
 花もらったし、と、殊勝なことを言いつつ、窓を乗り越えたラビが彼らの傍に飛び降りる。
 「ジジ、なんかあったんさ?」
 小首を傾げる彼に、ジジが口を尖らせた。
 「ふんっ!別になんでもねーよ!」
 「バレンタインなのに一人酒なんだってー」
 「アレン!余計なこと言うな!!」
 ジジは生意気なアレンの頬を引き伸ばし、怖い顔で睨みつける。
 「そんなに言うなら、リナリーでも誘っちゃおうかなぁー!
 あいつ、ちっさい頃から俺に懐いてたし、神田も俺には文句いわねぇもんなー!」
 「えぇっ?!そんにゃ!!
 ダメダメダメッ!!」
 泣き声をあげてじたじたと暴れるアレンに、立ったままランチのサンドウィッチを食べるクロウリーが肩をすくめた。
 「ならばアレンが先に誘えばいいではないか。
 コムイは執務室に缶詰なのであろう?」
 「え・・・いや、それは・・・」
 気まずげに目を逸らし、ごにょごにょと口ごもるアレンからの情報収集を早々に諦めたクロウリーとジジが、ラビを見遣る。
 「実はこいつさー♪」
 簡潔に、そして的確にラビが話をまとめると、アレンは真っ赤になって言葉を失い、ジジは爆笑した。
 「馬鹿だな、お前ー!
 もう何回目だよ、その失敗!学習能力ないのか?」
 がしがしと力いっぱい頭を掻き回されたアレンが悲鳴をあげる。
 「わかってますよ言われなくったって!!
 でも・・・嘘つけないんだから仕方ないじゃん!」
 「うわー・・・。
 イカサマ少年がなんかゆってるさ!」
 「まぁ、アレンはリナリーに嘘はつかないであるな」
 ラビにはつくだろうが、と、温かいミルクティーを飲み干して、クロウリーはバスケットをジジへ返した。
 「すまないが、酒とつまみを取りに行くついでに、ジェリーへ返しておいて欲しいである」
 「おう。
 もっとゆっくり食えばいいのに」
 軽くなったバスケットを受け取ったジジに、クロウリーが首を振る。
 「私の可愛いバラ達が、こんな無残な姿にされたのである。長々とさらしてはおけないであるよ」
 言うや再びシャベルを手にしたクロウリーが、その先で棟を指した。
 「さすがに早いであるな」
 「へ?」
 アレンがくしゃくしゃになった髪を手ぐしで整えながら見遣った先に、リナリーがいる。
 「呼び出して悪かったであるな」
 「ク・・・クロウリーが呼んだの?!」
 思わず悲鳴じみた声をあげると、リナリーがムッとしてアレンを睨んだ。
 「なによ、私が来ちゃいけなかった?」
 「そうじゃないけど!!」
 「こいつがまた同じ理由でお前を怒らせたって聞いて、爆笑してたとこv
 「あぁ・・・」
 ジジの言葉にリナリーも気まずげに目を逸らす。
 「エミリアに言われたよ・・・。
 男の子がママン大好きなのはしょうがないんだって」
 「へー。
 エミリア、さすがに理解あるさね」
 既にシャベルを手にして作業に入っていたラビの肩を、クロウリーが軽く叩いて促した。
 「枯れ枝だけが折れた木はいいから、あちらの生木が折れた方を先にやってほしいである。
 全く、あちらの被害は甚大であるよ。
 あぁ、アレンとリナリーは、既に掘り出した木の根に藁を巻いて、防寒するである」
 クロウリーが気を利かせようとしていると察し、ジジも踵を返した。
 「じゃー俺、サンルームで昼酒だからーv
 お前らがんばってv
 さっさと散ってしまった彼らに取り残されて、二人は気まずいながらも作業に取り掛かる。
 「リ・・・リナリー・・・えっと・・・」
 困り顔のアレンが、土ごと木の根を藁で包みながら、ちらちらとリナリーの顔色を伺った。
 「あの・・・ごめんなさい。
 僕・・・」
 「だからもういいよ。
 ママンと私は違う、ってことでしょ?」
 ため息をついた後、苦笑したリナリーにアレンが何度も頷く。
 「そ・・・そうですそうです!!
 僕、ジェリーさんのことは大好きですけど、リナリーへの大好きとは違うってゆーか・・・!
 どっちも大好きですけど、違う大好きで・・・えーっと・・・!」
 「わかったわかった」
 しどろもどろになったアレンにクスクスと笑って、リナリーはマフラーを止めるバラの形のブローチを外した。
 それを、解けて土にまみれそうなアレンのマフラーに止めてやる。
 「私への大好きは、こ・・・恋人の・・・でいいのかな・・・?!」
 自分で言いながらも真っ赤になったリナリーに頷こうとしたアレンはまた、イヤーカフ型の無線機を押さえてうずくまった。
 「なに?!また監査官?!」
 どこからか監視しているのかと、辺りを見回すリナリーにアレンが首を振る。
 「違・・・!
 なにこれ、ハウリングみたい・・・な・・・?」
 自身の言葉に戦慄を覚え、アレンはリナリーがつけてくれたブローチを外した。
 布製の花弁の中心は固く蕾んで・・・まるで、機械のような固さだ。
 「ま・・・まさか・・・!」
 リナリーもその可能性に気付き、真っ青になってアレンから受け取ったブローチの中心を見つめた。
 「しゅ・・・集音・・・マイク・・・・・・?」
 リナリーが引き攣った声をあげた瞬間、アレンが声にならない悲鳴をあげる。
 このブローチにマイクが仕込まれていたということは、リナリーを人気のない場所へ呼び出して以降の会話が全て聞かれたということだ。
 「に・・・兄さん・・・!
 リアルタイムで聞いてたのかな・・・!」
 執務室で拷問されている兄にそんな余裕はないだろうという、微かな希望に今は賭けるしかない。
 「これがあるってことは、どこかに録音装置を隠しているはず・・・!
 今のうちにそれを消しちゃえば・・・!」
 「こ・・・殺されずに済みますか?!」
 声まで蒼白にして迫るアレンに、リナリーは頷いた。
 「多分・・・あるとすれば兄さんの自室か執務室だよ・・・!
 自室は私が探すから、アレン君は執務室に行って!」
 「ど・・・どうやって探すんですか?!」
 既に駆け出したリナリーの背に問えば、振り向いた彼女がブローチを掲げる。
 「これ!
 探してる間、マイクをずっと引っ掻いてるから!
 そういう雑音が聞こえる機械を探すんだよ!」
 「わ・・・わかりました!」
 頷いたアレンは、藁の束を放り出して科学班へ走った。
 珍しく人気のない部屋を駆け抜け、コムイの執務室に入ると、彼は大きな石版を膝の上に乗せられ、引き攣った泣き声を上げながら書類を捌いている。
 「何かご用ですか、ウォーカー?」
 厳しい顔のブリジットに怯みながらも、アレンは大きく頷いた。
 「昨日僕が提出した報告書!もうチェックしちゃいましたか?!
 すっごいミスしてたのに気づいて・・・!」
 訂正しに来たと言えば、よくあることだけに疑いもせず、ブリジットはワゴンに積まれた書類の塔を指す。
 「昨日の分でしたらまだあそこですよ。
 他の書類もありますから、あの順番を変えないように、あなたの報告書だけを探しなさい。
 崩すことは許しません」
 「は・・・はい、ありがとうございます・・・」
 コムイとは極力目を合わせないようにして部屋の奥へと入ったアレンは、ワゴンの後ろに隠れて床に伏せた。
 そのままブリジットの目を盗んでコムイのデスクまで忍び寄り、耳を澄ましながらそっと引き出しを開けて行く。
 と、デスクの天板の下、丁度引き出しの裏と幕板の間辺りから、がりがり、ごりごりとくぐもった音がした。
 「この引き出しだ・・・!」
 一番上の引き出しをそっと開け、奥に指を這わせると、固いものに触れる。
 そろそろと取り出した小さな機械には、『録音』と書かれたランプに赤い光が灯っていた。
 「消去消去・・・!」
 懸命にそれらしきボタンを探して今までの音声を消去した上、周波数をずらして他の音声が上書きされるように細工する。
 耳に当てなければ聞こえないほどの小さなスピーカーから聞こえる音が、ラジオの周波数を合わせる際に聞こえる雑音と同じだと確認してから、アレンはそれを元の場所へ戻した。
 デスクの影からブリジットを伺えば、コムイの膝を押さえつける石版に、更なる書類の重石を置いて厳しく叱り飛ばしている。
 「怖い怖い・・・!」
 コムイの泣き声に震え上がりながらワゴンの裏へ戻ったアレンは、自分が提出した報告書を探し出してからわざとらしくブリジットへ声を掛けた。
 「すみません、ペンを借りていいですか?
 僕の、インク切れしちゃった」
 「あれを」
 頷いた彼女のデスクに歩み寄り、ペンを借りて訂正を入れる。
 ・・・いつものことだが、見直すとかなり記載ミスが多く、本気で何ページも訂正することになってしまった。
 「・・・よかった。
 このままだと僕、ブラジルの街に行ったことになってました!
 ポルトガル語って難しいですね」
 苦笑したアレンは、訂正が終わった報告書を元のワゴンに戻す。
 「じゃあ失礼します。
 コムイさん、がんばって!」
 「だじゅげでくでないのおおおおおおおお?!」
 泣きすぎてすっかり声の変わったコムイに、アレンはしかつめらしく頷いた。
 「リナリーも、あちこちで叱られてましたよ。コムイさんのせいで」
 「あうっ・・・!」
 さすがに二の句が継げず、コムイはしおしおとうな垂れる。
 「リナリーにまで拷問されたくなかったら、お仕事片付けちゃってくださいねv
 目的を果たし、晴れやかな顔をしたアレンは、これでもかと清々しい笑みを残して執務室を後にした。


 「消去しましたよ!」
 回廊を駆け抜けながら、アレンは無線機へ向けて囁いた。
 『よかった・・・!』
 すぐにほっとした声が返って、バラ園へ戻るよう告げる。
 了解して駆け戻ったそこには、さすがの速さでリナリーが待っていた。
 「ちゃんと壊した?!」
 「ううん。
 壊しちゃったり持ってきちゃったら、逆に何かあったって疑われるかなぁと思ったんで」
 と、消去と上書きのことを話すと、リナリーは感心したような、呆れたような顔で笑う。
 「さすがだね。
 普通はそこまで気が回らないと思うけど」
 「コムイさんには何度も酷い目に遭わされてますから!」
 妙にしみじみと言うアレンに、リナリーが吹き出した。
 「そっちは学習してるのにね」
 まぁいいか、と、リナリーは気まずげな顔をしたアレンの手を引く。
 「さっさと作業終わらせちゃおう!
 私達まで逃げたと思われたら、クロウリーがまた怒っちゃうよ!」
 「また、って、リナリーもクロウリーに怒られたんですか?」
 あんな兄を持ったばかりに気の毒な、と、憐憫の目で見られたリナリーが苦笑した。
 「まあね・・・。
 それに、リンク監査官や団員のみんなが作業を放り出して逃げちゃったから、『何度も怒りすぎてまた発動しそうだ』とも言ってた。
 だから大急ぎで来たんだよ」
 「そうなんだ・・・。
 リンク、どこまでランチに行っちゃったんだろ」
 何気なく呟いた途端、リナリーが大声をあげる。
 「なっ・・・なんですか?!」
 びっくりした、と、声を引き攣らせるアレンにリナリーが迫った。
 「まさか監査官!
 班長とミランダをつけて行ったんじゃ!」
 「そんなまさか・・・」
 笑いかけて、アレンは首を振る。
 「彼ならやるかも」
 「〜〜〜〜っあのお邪魔虫!!!!」
 苦々しく吐き捨てたリナリーの予想通り、リンクはミランダ達の後をつけてロンドンにいた。
 ・・・いや、つけていたのは二人のランチが終わるまでのこと。
 その直後にさり気なく姿を見せた彼は、ミランダへはにこやかに、リーバーへは厳しく規則を提示し、帰還を命じた。
 「・・・なんでお前が馬車に同乗してんだよ」
 「同じ場所へ帰るのです。
 構わないでしょう?」
 不機嫌なリーバーへ鼻を鳴らしたリンクは、後半ミランダへ微笑む。
 「え・・・えぇ、それはもちろんですけど・・・」
 ミランダがそっと隣を伺えば、リーバーは今にも噛みつかんばかりの表情で対面のリンクを睨んでいた。
 「あ・・・あのぅ・・・。
 ここでけんかはやめてください・・・ね?」
 おどおどとした上目遣いで二人の顔色を伺う彼女に、リンクが大きく頷く。
 「私はそんなことしませんとも!」
 「俺は場合による」
 得意顔のリンクに歯噛みするリーバーに困り果て、ミランダは手にした花束を抱いた。
 甘いバラの香りに包まれると、険悪な空気が薄らぐ気がする。
 が、リンクは逆に、その花の香が異臭であるかのように眉をひそめた。
 「・・・信仰の薄い英国や、アジアかアフリカかもわからないど田舎の大陸ではどうか知りませんが」
 「なんだその、ピンポイントに蔑む発言は」
 こめかみに青筋を立てるリーバーに、リンクは鼻を鳴らす。
 「被害妄想ですね。
 そんなことより」
 と、ミランダが持つ花束を指した。
 「私達の国では、今日贈り物をするのは夫婦か婚約者など、神と法律と世間に認められた男女だけです。
 ただの同僚・・・いえ、エクソシストに一スタッフが渡していいものとは思えませんが」
 「てめ・・・!」
 「そっ・・・それは違いますよ、ハワードさん!」
 身を乗り出そうとしたリーバーを押し留め、花束を膝の上に置いたミランダは、うろうろと視線をさまよわせ、散々迷った後、恥ずかしげに左手の手袋を外す。
 「な・・・ナイショですよ?
 私達・・・あら?ハワードさん?!」
 薬指に光るリングを見た瞬間、白目を剥いて座席に倒れこんだリンクに、ミランダが慌てた。
 「ハワードさん!息!息してください!!しっかり!!」
 「ざまぁみろ」
 大騒ぎするミランダとは逆に、リーバーは落ち着き払って舌を出す。
 「リーバーさん!
 見捨てないで、蘇生処置を!!」
 「えー・・・」
 「えーじゃなくて!!」
 必死のミランダにせっつかれ、仕方なくリーバーはリンクの鼻をつまんだ。
 「さっさと自発呼吸しなきゃ、俺が処置することになるぞ」
 囁いた途端、リンクの呼吸が戻ったが、意識は戻らないままだ。
 「おし。
 このまま病棟に運んで、後は任せよう。
 呼吸はすぐに戻ったから、脳に異常は出ないだろうさ」
 「ほ・・・本当に?!」
 「あぁ」
 頷いたリーバーは、座席に倒れこんだリンクが床に落ちないようにと理由をつけて、彼の上に足を置いた。
 そんな屈辱の重石を置かれたことにも気付かず、教団に戻るやリンクは病棟へと運ばれていく。
 「チッ。
 せっかくのデートを邪魔しやがって」
 忌々しげにリンクを載せたストレッチャーを見送ったリーバーは、隣で気遣わしげなミランダを見下ろした。
 「戻っちまったからには、俺は科学班に行かなきゃなんだが・・・」
 「あ・・・そうですね・・・。
 私は・・・まだ壁は直ってないでしょうけど、部屋に戻ります。
 今日は別の部屋で寝ることになるでしょうから、荷物をまとめないと」
 既にエミリア達が用意しているとは知らず、ミランダが苦笑する。
 「良かったのか悪かったのか・・・」
 「邪魔が入らなきゃ、まぁ怪我もなくてよかっただろうな」
 同じく苦笑したリーバーが、軽いキスをしてミランダの背を叩いた。
 「じゃ、足元に気をつけてな。
 まだあちこちに瓦礫が転がってるだろうから、転ばないように」
 「は・・・はい!
 が・・・がんばります!!」
 気合十分に頷いたものの、何もない場所ですら転ぶミランダが、こんな状況で転ばないはずがない。
 案の定、気負いすぎて足をもつれさせた彼女をリーバーが笑って抱き止めた。
 「送っていこうか?」
 「大丈夫です!
 今のはちょっと・・・失敗しただけですから!」
 顔を真っ赤にして、再び歩きだしたミランダを後ろから見ていると、生まれたばかりの小鹿のようで不安しかない。
 「ミラ・・・」
 「大丈夫ですってば!
 一人で行けます!!」
 引き攣った声の答えにリーバーはこみ上げる笑いを必死に堪えた。
 「気・・・気をつけてな!」
 棟の中に彼女が消えるまで見送ってから、背を向けた彼は思いっきり吹き出す。
 「後で何回転んだか、聞くのが楽しみだな」
 生真面目な彼女はきっと数えているだろうと、彼はクスクスと笑いながら科学班へ戻って行った。


 「・・・6回も転んじゃったわ。
 しかも、何もないところで・・・!」
 最後は部屋の敷居だったと、ミランダは開きっぱなしのドアにしがみついて嘆いた。
 「でも・・・何とかお花は無事だったわ・・・!」
 ほっと吐息して立ち上がったミランダは、ベッドの上に大きな花束をそっと置く。
 白いシーツの上に赤いバラが映えて、とてもきれいだった。
 「・・・こんなに大きな花束だと、運ぶのも大変なのね。
 足元が見えないから、階段で4回も躓いてしまったわ・・・」
 その度に花束を庇ったせいで、日常使いの手袋はあっけなく破れてしまい、穴が開いている。
 「やっぱり団服用の布地って丈夫なのねぇ。
 転んだくらいじゃ破れないもの」
 手袋を脱ぎ、小物類を入れている箪笥へ歩み寄ったミランダは目を丸くした。
 「引き出しがないわ・・・」
 手袋を入れていた引き出しだけがなくなっている事態に唖然とつぶやく。
 「えっと・・・どうして?」
 他の引き出しは中身も含めてなくなったものはないのに、手袋だけが全て消えているということにかなりの時間考えこんで、ようやく結論に至った。
 「こ・・・これは・・・!
 指輪を自慢したと思われて、嫌がらせを?!」
 真っ青になったミランダは部屋を出、焼却炉へ向かう。
 きっと燃やされたのだろうと思ってのことだったが、瓦礫や不用品の処分をしていた清掃班の団員達は、ただ事ではない彼女の様子を興味津々と眺めながらも首を振った。
 「ここにずっといましたけど、エミリアさん達は来てませんよ」
 「あんな賑やかな人達、来ればすぐにわかるし・・・ねぇ?」
 「うん。
 特にリナリーは、あちこちで怒られてたから・・・あの子のせいじゃないのに」
 来てない、とまた首を振って、まじまじと見つめてくる彼らをミランダは見回す。
 「じゃ・・・じゃあ三人のうち、誰でもいいから今、どこにいるか知りませんか?!」
 更に詰め寄ると、一人が軽く手を上げた。
 「リナリーなら、バラ園でお手伝いしてるらしいよ。
 さっきラビが枝を持って来て、アレンとリナリーと三人でクロウリーの手伝いしてるって言ってたから」
 「ありがとうございます!!」
 大声で礼を言うや、踵を返してバラ園へ向かう。
 「リ・・・リナリーちゃん・・・!」
 息を切らして駆け込んできたミランダに、リナリーが一瞬、気まずげな顔をした。
 「やっぱりリナリーちゃんの仕業なのね・・・!
 私の手袋・・・どうしたの?!」
 ぜいぜいと苦しい息の下で問うミランダを上目遣いで見ながら、リナリーは首をすくめる。
 「エ・・・エミリアが、被服室に持ってっちゃった。
 係長に直してもらうって・・・」
 「・・・繕ってもらうものなんかなかったはずよ?」
 訝しげなミランダから、リナリーは目を逸らす。
 「う・・・うん、だから、その・・・」
 と、リナリーが指差したミランダの手には、手袋がなかった。
 「指輪がね、見えるように手袋をフィンガーレスにしちゃおうって・・・」
 指摘されてようやく、手袋を外していたことに気付いたミランダが、顔を真っ赤にする。
 「わっ・・・私、このまま・・・!」
 清掃班の団員達がまじまじと見ていた理由にも気付き、慌てて左手を背後に隠すが、既に遅かった。
 「ねぇ、ラビ・・・結婚指輪って金じゃないの?ドイツでは銀なの?」
 不思議そうな顔のアレンに袖を引かれて、ラビが首を振る。
 「ドイツでも金だろ。日本はなぜか銀色が主流って言ってたけど、普通は金さ」
 なぁ?と、同意を求められてクロウリーも頷いた。
 「もちろん我が国でも金である。
 ミランダ、こういうことは最初が肝心であるよ。
 まだ婚約の段階であろうとも、ちゃんと金の指輪を贈れと、リーバーに厳しく言うべきである!」
 本日二度目の忠告を、しかつめらしい顔でするクロウリーに、ミランダは真っ赤な顔で首を振る。
 「こ・・・これは私の希望なんです・・・!
 金だといかにもですけど、これならそんなに目立たないからと思って・・・!」
 「いや、しっかり目立ってたけどな」
 ラビがクスクスと笑って指輪を指した。
 「左の薬指が気恥ずかしいなら、今は右の薬指にしときゃいーじゃん。
 そこなら婚約じゃなくて、精神の安定を願う、だろ?」
 「そう言えば・・・」
 聞いたことがある気がすると、ミランダは指輪を付け替える。
 「別にいいと思いますけど?
 白目剥いて倒れるのはリンクくらいでしょ」
 何気ないアレンの言葉に、ミランダは肩を落とした。
 「ハワードさんが・・・一時心肺停止に・・・」
 「・・・不自然にいなくなったと思ったら、お前達をつけて行ったのであるか」
 クロウリーが呆れ顔で肩をすくめる。
 「ミランダの言いつけに背いた罰であるよ。
 ここで手伝いをしていたら、少なくとも今までは知らずにいられたである」
 とても恣意的な理由で残留を推奨したクロウリーを、アレンが呆れ顔で見上げた。
 「・・・いずれ知ったことには違いないでしょ」
 「そうでもねーんじゃね?
 あいつ、リーバーに治療されるほど屈辱的なことはないだろうし」
 またクスクスと笑って、ラビは小首を傾げる。
 「で?
 指輪の件は解決でオッケ?
 急いで手袋取りにいかんでいくなったなら、そこの軍手着けて、バラ園の手伝いしてくんね?」
 終わりそうにない、と苦笑するラビの隣で、リナリーも激しく頷いた。
 「こ・・・今夜のお泊りセットはもう、別のお部屋に運んでるから!」
 言い募った彼女に、ミランダは苦笑して頷く。
 「じゃあ・・・苦情は今夜の女子会でv
 来ないとは言わせない、と言わんばかりの笑みにリナリーは、また激しく頷いた。


 日が暮れる頃、バラ園ではようやく一通りの作業が終わった。
 しかし宿舎の方ではまだ、修復工事の音が賑やかに響いている。
 「さすがに夜にはやめると思うけど・・・レンガって結局、補充できたのかな」
 汚れた軍手から土を払いつつ、アレンが顔を向けた。
 「ユウの部屋なんか全壊だもんなぁ・・・。
 まぁ逆に言えば、ユウの部屋だったから死人が出ずに済んだんけどな」
 「・・・死んだって言ってたじゃないか。
 神田、結構根にもつんだよ・・・」
 今日一日で散々怒られたのに、神田にまで嫌味を言われるのかと、リナリーがため息をつく。
 「悪いのは兄さんで、私はなんにもしてないのにぃ・・・!」
 ぴすぴすと鼻を鳴らすリナリーの背を、クロウリーが軽く叩いてやった。
 「私は別に、リナリーを責めようとは思わないであるよ」
 「兄さんがやったことだから手伝いに来いって呼び出したの誰だよぅ!!」
 「・・・そんなコトは言ってないであるよ?」
 涙目で迫られたクロウリーが気まずげに目を泳がせる。
 「んにゃ、言ってたさーv
 ランチのサンドウィッチ食いながら確かに!」
 「ラ・・・ラビ!!」
 思わぬ場所からの裏切りに、クロウリーがうろたえた。
 「クロウリーったら!
 僕は味方ですよ、リナリー!」
 ここぞとばかりに好感度をあげようとするアレンにミランダが苦笑する。
 「とにかく、みんな早く着替えましょ。
 このまま食堂に行ったらジェリーさんに怒られてしまいますよ」
 「そうですね!
 早くジェリーさんのところ・・・じゃない、ごはん食べたいから着替えないと!」
 ころっと態度を変えたアレンに、リナリーがこめかみを引き攣らせた。
 「・・・ミランダ、今日は早めに女子会やらない?
 キャッシュも今日は、お仕事ないそうだし、みんなでお風呂入ってお部屋で夕食しよっ!」
 「えええええええええええ!!!!
 一緒にごはんしましょうよ!」
 「ヤダッ!」
 食堂に行くもんかと、リナリーは縋りつくアレンに舌を出す。
 「ホント、学習能力がないさねぇ・・・」
 「まったくであるな」
 ラビとクロウリーから背を叩かれながら、アレンはがっかりと肩を落とした。


 「・・・それで女子会招集?
 あんたホントに心狭いわね」
 ミランダの仮の部屋で、食堂から運んで来た夕食を食べながらキャッシュが呆れた。
 「招集したのはミランダだよ!
 エミリアが手袋をさ・・・」
 顔を赤くして反駁したリナリーが見遣った彼女は、クッションをいくつも重ねた居心地のいい場所に収まり、現像が出来たばかりの写真を眺めてにやついている。
 「いーじゃない。
 指輪、見えた方が素敵でしょ?
 堂々と左手にすればいいのに」
 「ほ・・・欲しいとは言いましたけど!
 言いふらすようなことじゃないもの!」
 なのに清掃班の団員達に見られたせいで、一瞬で話は広まってしまった。
 「右手にしてました、ってごまかそうとしても信じてもらえないし・・・だからって嘘はつきたくないし・・・!
 もう!
 本当に困ってるんですからね!」
 顔を真っ赤にして、珍しくもミランダが詰め寄る。
 が、彼女の必死の抗議を、エミリアは写真から顔をあげないまま聞き流した。
 「なに?そんなにいい写真なの?」
 エミリアがずっと眺めているそれに興味を引かれ、身を乗り出したキャッシュとは逆に、リナリーは眉根を寄せてそっぽを向く。
 「どーせまた、無理矢理いちゃいちゃシーン撮ったんでしょ!
 嫌がって仏頂面になっちゃうんだから、アート・オブ・神田でやればいいのに!
 あれはほとんど想像上の生き物だけど、笑顔であることには違いないよ」
 「想像上って・・・!
 そういうあんたが仏頂面じゃない」
 クスクスと笑ってエミリアが写真を差し出すと、ミランダも身を乗り出した。
 「あら、これって・・・結婚写真みたいですね」
 ミランダの声に引かれて思わず目をやったリナリーが、仲むつまじく寄り添うように見える写真にしかめっ面になる。
 「・・・・・・いちゃいちゃより悪い!」
 「そうね、ある意味ね」
 神田は意味を知らないだろうけど、と、笑い出したキャッシュの傍らで、ミランダが両手を握り合わせた。
 「私、今度はこれをお願いするわ!
 これならロケットに入れたりして、こっそり持ち歩けるもの!」
 「やめようよ。
 それ、死亡フラグだよ」
 ぷくっと頬を膨らませたリナリーの頬を、エミリアとキャッシュが両側から潰す。
 「縁起でもない!」
 「そうよ、素敵じゃない」
 ねぇ?と、楽しげに笑い合う彼女達とは逆に、今日一日散々な目に遭ったリナリーは、頬を潰す魔の手をかいくぐるや思いっきり舌を出してやった。




 Fin.




 











2015年バレンタインSSでした。
今回、神田さんとコムイさんが酷い役回りでごめんなさいねー。←どの口が。
実はこれ、前半まではミランダさんのお誕生日用に考えていたんですが、ミランダさん一人では行数が埋まらなかったんだ・・・。
ので、バレンタインにして他の子達も巻き込みました(笑)
ちなみにミランダさんがもらったリングは実在します。
学生の時、バイトしていた宝飾店にあったのですよ。
今でもあるようですから、興味のある方は『サムシングブルー』で調べてみてください。
ちなみに、結婚指輪がプラチナ(銀色)なのは日本式で、欧米は普通、金が主流です。
手袋の件は別に、意地悪でやったわけではないんですが(笑)、これ書いている途中、星野様がインスタにアップしていたミランダさんがフィンガーレスの手袋しているのを見て、エミリアに暴挙に出てもらいました!
一応、書き直そうとは思ったんですが、指輪見えてもそれはそれでいいか!って、ことで(笑)←
ともあれ、お楽しみいただければ幸いですv













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