† The New Year’s Party
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手の上を滑る艶やかな絹の感触に、彼の厳しく吊り上っていた目も和んだ。 「どれも最高級だな」 「もちろんですわ。 チャン家の御当主をたばかれば、後々の不利益ですもの」 ふっくらと微笑んだ女将に頷き、バクは肩越しに付き人を見遣る。 「ウォン、言い値で払ってやれ。 それに3割ほど追加すれば、女将の出張費と手代の酒代くらいにはなるかな?」 「十分でございます」 気前のいい若当主に満足げに頷いた女将は、手代に目配せして持参の長持を開けさせた。 「出張費としては頂きすぎましたから、こちらも置いて参りますわ。 佩玉(はいぎょく)など古臭いと仰せかもしれませんが、こちらは良質の翡翠の珠で、花の彫刻も見事でございます。 これならば若様からの贈りものとしてふさわしいかと」 「僕からの贈り物?」 意味深な女将の笑みに首を傾げたバクを、背後から突然フォーが押しのける。 「素晴らしい心配りだ! ありがとう、ぜひいただく!! 女将の店に福が来ることを、あたしが保証するぜ!!」 「フォ・・・フォー・・・! 俺様の上からどかんか・・・!」 背の上で嬉しげに飛び跳ねるフォーへ忌々しげに呟き、バクは磨き上げられた床の上に血反吐を吐いた。 「・・・それで、なんなんだ佩玉の意味とは?」 女将達がそそくさと帰った後、ウォンに手厚く看護されるバクがフォーを睨みつけた。 と、彼女はうっとりと翡翠の珠を見つめて、嬉しそうに笑う。 「佩玉に限ったことじゃないけど、男から女へ玉を贈るのは結婚の申し込みだ。 バクお前、誰でもいいから早くこの珠を贈ってケッコンして、子供作ってくれ! じゃないとあたしはお前が死んだ時点で消えちまうんだぞ!」 必死の形相で掴みかかって来たフォーから、バクは真っ赤になった顔を逸らした。 「そっ・・・そんなこと今言われてもっ!!」 「衣装用意したんだろうが!! 一緒にこれ着けてくれ、って言うだけでいいだろ! いやむしろ、チャン家の権力でもなんでも使って決定しちまえばいいんだそうしよう!」 手配を!と、鋭く命じられたウォンが、反射的に敬礼する。 「着付けの侍女・・・いえ、今はスタッフと言うのでしたか。 彼女達には口止めをしておきましょう」 「騙まし討ちするなっ!!」 早速出て行こうとするウォンの服の裾を掴み、バクは悲鳴じみた声をあげた。 「こっ・・・こういうことは正々堂々とだな・・・!」 「んなこと言ってたらいつまでも進まねぇだろ、このヘタレ!」 がごんっ!と、首がへし折れそうな勢いで殴られ、バクが目を回す。 「そんなに正々堂々にこだわるならあたしが・・・いや、俺様がやってやる!」 バクの姿を模したフォーを、ウォンが不安げに見つめた。 「フォー、そのようなことを勝手に行っては・・・」 「黙れ! あたしが消えるかどうかって瀬戸際なんだ! こっちも必死なんだよ!」 チャン家の血を途絶えさせてなるものかと迫られては、お家大事のウォンも頷くしかない。 「じゃ! おっぱじめようぜぇ!」 意識のないバクの手を高々と上げ、フォーは大声をあげた。 「任務じゃないのに清に行くの?どうして?」 カフェオレボウルを両手で抱え、不思議そうに首を傾げたミランダに、リナリーは『わからない』と首を振った。 「アジア支部ならまだわかるんだけど、清の上海だって。 なんでだろうなぁ・・・?」 頬杖をついて朝食のスクランブルエッグをかき回していると、厨房のジェリーから『お行儀が悪い!』と叱声が飛んでくる。 慌てて姿勢を正したリナリーは、そっとジェリーを伺いながら急いで皿の上を空にした。 「バクさんは『きっと楽しいぞ!』って言ってたんだけど・・・あれ、バクさんに化けたフォーだと思うんだよねぇ。バクさんはあんな風に言わないし」 「あらまぁ・・・」 苦笑したミランダは、食堂に騒々しく入って来たアレンとリンクへ目をやる。 「アレン君も呼ばれているのかしら?」 「さぁ? 昨日の夜、通信班経由で連絡を受けた時は私一人だったし・・・。 兄さんにはこれから『行っていいのかな?』って聞くつもり」 「そう。 まぁバクさんのことだから、そういう根回しは済んでいるんでしょうけど」 バク自身と言うよりは、彼の付き人であるウォンの気配りが素晴らしいことは周知の事実だった。 「そうなんだよねぇ・・・。 でも、任務でもない、アジア支部に行くでもないって・・・戸惑っちゃうんだよ。 今までお仕事しかしたことないから、なにをするのか見当がつかないんだ」 「きっと楽しい、って言われたんなら、楽しいんじゃないかしら」 クスクスと笑うミランダの笑声に引かれて、大量のスイーツを抱えた犬が寄って来る。 「なにか良いことでもあられましたか?」 尻尾でも振っていそうに嬉しげな顔のリンクに、リナリーが眉根を寄せた。 「レディの話に割って入るなんて、躾がなってないわんこだね」 「レディ? 確かにマンマはレディですが、もう一匹は山猿ですね」 「誰が山猿だってぇ?!」 椅子を蹴って立ち上がったリナリーの怒声に驚いて、まだ注文カウンターに懐いていたアレンが寄って来る。 「どうしたんですか? いくら犬猿の仲っても、顔合わせて一瞬でケンカって・・・」 「誰が猿だよ!!」 「私は犬でいいですよ、別に」 「むきゃー!!!!」 「ちょ・・・ちょっと待って?!余計なこと言ってごめんなさい!!」 リンクに掴みかかろうとするリナリーをアレンが慌てて止めた。 「もう! どうせリンクが余計なこと言ったんでしょ!!」 「いいえ? 仕掛けて来たのは山猿の方ですとも」 「だから誰が山・・・!」 「すいません僕が余計なこと言いましたってことでここは収めて! じゃなきゃジェリーさんに被害が!!」 と、今にもイノセンスを発動しそうなリナリーに懇願する。 アレンが誰よりもジェリーを一番に思うことは不満だったが、リナリー自身も彼女の怒りを買うことが恐ろしく、ようやく大人しくなった。 「・・・一体、どうしちゃったんですか?」 倒れた椅子を戻し、リナリーを座らせたアレンが困惑げに問う。 と、リナリーは恥ずかしげに頬を染めてアレンを見上げた。 「アレン君はバクさんかフォーから、なにか招待された?」 問いに問いで返す彼女へ、アレンはあっさりと頷く。 「招待されたんじゃなくて、非番の日を合わせるから行っていい?って、僕から頼んだんですけどね」 「え?! なんのイベントか知ってるの?!」 驚くリナリーに、アレンはまたあっさりと頷いた。 「リナリーだって知ってるでしょ。 今年は2月19日がアジアのお正月ですよ」 「・・・・・・あ!!」 言われてようやく思い出したリナリーが、ぽかんと口を開ける。 「え?!でも!アジア支部じゃなくて上海においで、って言われたよ?!」 「そうですよ」 更に頷いて、アレンはにこりと笑った。 「支部内じゃ爆竹できないから、上海にお店を予約してあげるって言われたんです。 上海なら外国人の居留地も多いから、僕らも目立たないよって!」 そう言ってアレンはわくわくと目を輝かせる。 「清で西洋人がうろうろすると、追い出されるんでしょ? だから以前の中国行きの時も隠れて移動してたんだし。 そういう事情も考えて、ウォンさんがお店選んでくれてるんですって! 楽しみだなぁ 嬉しげなはしゃぎ声をあげるアレンに、ようやく納得したリナリーも大きく頷いた。 「そっかぁ・・・!爆竹できるんだぁ!」 嬉しそうに指先を合わせるリナリーとは逆に、ミランダは怯えたように首をすくめる。 「私は・・・あの音、あんまり好きじゃないわ。 耳に刺さるというか・・・びっくりするし・・・」 「えぇもちろんそうでしょうとも! 繊細なレディのお耳には障って当然です! どこぞの山猿と違って!」 「なんっ・・・!」 爆竹よりも耳に障るリンクの口調にリナリーがまた椅子を蹴った。 が、 「リンク!ケンカやめて!!」 アレンの甲高い声の制止だけでなく、ミランダにそっと袖を引かれてリンクは頷く。 「失礼。 朝食がまだですので」 「謝れ暴言わんこ!!」 「リ・・・リナリー、落ち着いて? た・・・楽しいこと考えましょうよ、せっかくなんだから!」 必死に宥めつつ、アレンはまた倒れてしまったリナリーの椅子を戻し、隣に座った。 「ね? 清のお正月って、賑やかなんですよね! アジア支部の中だけでもあんなに華やかなんだもん、街はもっとすごいでしょうね!」 「そ・・・そうだね、上海は都会だし。 色んな国の人達がいるから、とっても賑やかだろうね」 少しだけ気分の浮上したリナリーは、笑ってミランダへ目を向ける。 「ねぇ、ミランダも行こうよ! 任務なら、呼び出されれば帰るよ、って言っておけば、ちょっとだけならなんとかなるよ!」 「あら、でも・・・ご招待もされていないのに、お邪魔するなんて図々しいわ。 アジア支部ならともかく、お店を取っていらっしゃるなら人数の都合もあるでしょうし。 私はお土産話でも待ってます」 にこりと笑ったミランダへ、少し不思議そうな顔で頷いたリナリーは宙を見つめてうっとりと頬を染めた。 「楽しみだなぁ・・・ 「僕も きっとご馳走がたくさん出てくるのだろうと、アレンもうっとりと頬を染める。 「あら、でも・・・リナリーちゃんがご招待なら当然、コムイさんも参加ですよね?」 「・・・・・・・・・・・・そーですね」 バクからの招待ならば、リナリーとアレンだけと言うことは絶対にないと気付かされて、彼は宙に魂を吐いた。 同じ頃、ブリジット・フェイ補佐官は、きれいに描いた眉をきりりとあげて、室長執務室の前に立った。 このドアを開けて、もしもまたあの男がいなければ、今日こそは・・・! と、忌々しげに歪んだ顔を努めて平静に戻した。 「失礼します」 一息ついて、落ち着いた声をかけてからドアを開ける。 「室長。 ・・・・・・・・・・・・おはようございます」 一瞬、呆気に取られた事をごまかせなかった。 驚きに目を見開いたブリジットは、自分がまだ夢の中にいるのではないかと疑ったほどだ。 彼女の視線の先に、コムイがいた。 ・・・いや、いるのは当然だ、ここは彼の執務室なのだから。 しかし逃走癖のある上司はこの時間、この部屋にいたためしがなかった。 ために毎日の仕事は、逃げた上司を捕まえることから始まる。 そんな朝を何度も迎え、今日こそはと決意した矢先に肩透かしを食らわされては、呆気に取られるなと言う方が無理だった。 が、そんな彼女の気持ちなどコムイが解するわけもなく、いつまでも固まったままのブリジットを彼は、不思議そうに見遣る。 「おはよう、補佐官。どうかした?」 「どうか・・・? い・・・いえ、別に」 咳払いして平常心を取り戻した彼女は、歩を進めて部屋に入るや、また唖然とした。 「部屋が・・・片付いている・・・ですって・・・?」 「うん、お掃除したんだよー 気付いてくれたことが嬉しいとばかり、コムイはにこにこと笑う。 「補佐官がいつも完璧に分類してくれてるおかげだよ! ボクでも捨てていいものと捨てちゃいけないものがすぐにわかったから、効率よくお片づけできたんだー」 「ま・・・まぁ、それは・・・」 誉めて!と言わんばかりのコムイから歩を引きながら、ブリジットは動揺を鎮めようと言葉を探した。 「お・・・お役に立てて嬉しいですわ・・・。 室長の手際も素晴らしいと・・・思います・・・」 なにがなんだかわからないが、今後もこの状況が続いてくれるようにとの願いを込めて、当たり障りないことを口にする。 しかし、普段厳しい彼女から出た誉め言葉が嬉しいのか、コムイは照れくさそうに笑って作業を進めた。 「溜まっていた書類は全部処理したから、チェックしてね 今日の分のお仕事はたくさんあるかなぁ?」 「全っ?! ・・・あぁ、はい!ただ今確認いたしますわ!」 驚きのあまり、裏返った声を慌てて咳払いでごまかす。 動揺のあまり震える指で手帳をめくり、今日の予定を読み上げた。 「・・・うん、なんとか終わるかな」 「あの・・・!」 真面目に仕事をする気らしいと、ようやく認識したブリジットが引き攣った声をあげる。 「い・・・一体、どうされたんですの?! し・・・室長が朝から・・・その、ちゃんと執務室にいらっしゃるなんて・・・!」 余計なこととは重々承知の上で、それでもブリジットは聞かずにはいられなかった。 と、そんな彼女の心情にはさすがに気付いたか、コムイはしまりなく笑う。 「今日は12月31日なんだよーん」 「・・・・・・・・・は?」 2月にもなってなにを寝ぼけているのかと、ブリジットの声が険を帯びた。 しかしコムイは構わず、壁にかかったカレンダーを指す。 「これ、バクちゃんからもらった清国のカレンダー。 西暦の表示もあるから便利でしょ ブリジットは、かねてより『なぜ去年のままなのか』と思っていたカレンダーに歩み寄った。 よくよく見れば確かに、12月の日付を並べる数字の下に、2月の日付が書いてある。 それによると、12月最後の日には2月18日と書いてあった。 「本当はね、大掃除は12月29日までに終わらせておくべきなんだよ。 だけど溜まっていたお仕事が多くて・・・とうとう今日になっちゃった。でも!」 嬉しげにこぶしを振り上げたコムイから、ブリジットが驚いて歩を引く。 「今日で終わらせちゃうから! だから補佐官、バクちゃんのご招待に与ってイイヨネー? そのためにボク、こんなにがんばったんだからさー ネ?ネ?と迫られたブリジットは、記憶を辿って瞬いた。 「アジア支部長の・・・えぇ、その件でしたら、室長だけでなく各支部長と中央庁の幹部もご招待されていますので、ご参加は当然かと」 「・・・中央庁からも来るんだ。 長官も?」 途端に眉根を寄せたコムイに、彼女は首を振る。 「長官はご多忙のため、今回はご辞退を」 「そう!よかった!!」 歯に衣着せない彼にため息をつき、ブリジットは自分のデスクに歩み寄った。 「なんにせよ、室長がお仕事に励んでくださるのは喜ばしいことです。 今のうちに終わらせましょう」 早速書類の束をチェックし始めたブリジットに、コムイが満面の笑みを浮かべる。 「うん! サポートよろしく!」 そして明日はお正月!と、彼ははしゃぎ声をあげた。 翌日、午前中の仕事が全て終った13時過ぎに方舟の間へ入ったコムイは、そこにアレンとリンクの姿を見て首を傾げた。 「あれぇ? アレン君は今日、非番じゃなかったかな? 緊急の任務でも入った?」 それならば自分の耳に入らないわけがないが、と、不思議そうなコムイにアレンは、ふるふると首を振る。 「任務じゃありません。 僕、フォーにご招待されたんです」 「あぁ・・・。 キミ、バクちゃんトコの土地神と仲がいいんだっけ」 そう言われて、アレンは照れたように笑った。 「仲がいいって言うか・・・とてもお世話になったんです。 それ以来良くしてくれるんですよ」 「それを仲良しって言うんじゃないかな」 ねぇ?と、傍らのリナリーを見下ろすと、可愛い妹は手にした大きな花束に顔を埋めるようにして、こくりと頷く。 「見た目は逆だけど、お姉ちゃんと弟ってカンジだよね」 「お姉ちゃん・・・と言うより、おばあちゃんってあんなカンジかなぁ・・・?」 大真面目に言うアレンの傍らで、リンクがため息をついた。 「それは思っていても言わない方がいいと思いますよ? 外見は少女だそうですから、非常に怒ることでしょう」 「ボクも同感だねー。 とばっちり食いたくないから、ボクらの傍から離れててね 「えー・・・」 悲しげな顔をしたアレンの背に、準備完了の声がかかる。 「室長はともかく、なんでエクソシストが二人も・・・」 「だってご招待してくれたんだもん 不満げなスタッフに舌を出したアレンは、真っ先に『扉』へのステップを上がった。 「ご招待って・・・自分で言ったんじゃなかった?」 クスクスと笑うリナリーに、リンクが鼻を鳴らす。 「ぜひ遊びに行きたいと、何ヶ月も前から頼んでいましたよ」 「ちょっと二人とも・・・しー!!」 アレンは慌てて口に指を当てた。 「この日のためにがんばってきたんだから、楽しい気分でいさせてください!」 ぷくっと膨らんだアレンの頬を、コムイが笑って潰す。 「各支部長や中央庁のお偉いさんもいるのに、楽しい気分でいられるかなー?」 「えぇっ?!そうなの?!」 驚いてリンクを見遣れば、彼はあっさりと頷いた。 「補佐官からそのように聞いています。 君が幹部に対して無礼を働かないよう、くれぐれも注意するようにとも言い付かってますよ」 「それは・・・嘘だね」 しかつめらしく言うリンクを睨んで、アレンは首を振る。 「僕、ブリジットさんの前ではいつもイイ子だもん。 ブリジットさんがそんなこと言うわけない!」 嫌に自信満々に言うアレンを、リナリーが不満げに睨んだ。 「いつの間に意地悪魔女に取り入ったの、アレン君?」 「と・・・取り入ってなんかいませんよ! 礼儀正しくしていただけです!」 コムイさんと違って、と話を振れば、彼は慌てて目を逸らす。 「き・・・昨日はボクだって・・・」 「たった一日がんばったくらいで、補佐官が許してくださいますかね」 「う・・・今は・・・楽しい気分でいたいなぁ・・・」 お正月なんだし、と、リンクから目を逸らしたままコムイは呟いた。 「それさっき僕が言った!」 「お黙りよアレン君、室長権限で追い返しちゃうよ?」 「やですっ!!」 じろりと睨まれて慌てたアレンが駆け出す。 「今日はご馳走に埋もれるんですー!」 アジアのお正月万歳!と扉を駆け出たアレンは、自分より小さな物にぶつかって弾き返され、無様に転んだ。 「ご・・・ごめんなさい、フォー!」 「おう。 お前こそ大丈夫かよ、ウォーカー? 相変わらず弱っちぃな、お前」 アレンより大分小さな身体でありながら、堂々とエクソシストを弾き返したフォーが、転んだままのアレンに手を差し伸べる。 その手を取りながらアレンは苦笑した。 「弱っちいって言うけど・・・フォーにぶつかるのは、この土地の山や大岩にぶつかるようなもんだって言ってたでしょ。 いくらなんでも弾き返されて当然だよ」 「そりゃそうだ」 クスクスと笑って、フォーはアレンの後から扉を出て来た本部の面々を見上げる。 「いらっしゃい!歓迎するぜ!」 両手を広げた彼女に、リナリーが歩み寄った。 「フォー! 今日はお招きありがとう! これ、ミランダがお正月の飾りにでも、って」 と、差し出された大きな花束にフォーは訝しげな顔をする。 「ミランダは来ないのか?来ればよかったのに」 「やっぱりそうだよねぇ!」 我が意を得たりと、リナリーは手を打った。 「私も誘ったんだけど、ミランダは『アジア支部ならともかく、お店を取ってくれてるんだから、お邪魔するなんて図々しいことは出来ない』って遠慮しちゃった」 「へぇー・・・西洋人ってのは、そういうこと考えるのか」 変なの、と、フォーが呟く。 「正月の迷い客は福を呼ぶ。 招待されてない客が来てくれた方が嬉しかったのに」 「奥ゆかしい方ですから」 さり気なくフォローを入れたリンクに肩をすくめ、フォーは客達の背後を指した。 「じゃあ、お客人を案内するぞ! ここから上海は遠くないが、お偉いのがわんさか馬車で出かけると目立つからさ、方舟を使うぞ!」 「ありゃ、逆戻り」 クスクスと笑いながら、コムイは方舟の中に入ったフォーの後に従う。 「なんだかハーメルンの笛吹きみたいだね。 フォー、キミ、楽器はやらないのかい?」 問われて肩越しにコムイを見遣ったフォーは、にこりと笑った。 「あたしの楽器はお前らとスケールが違う。 山や岩、林を吹き抜ける風が奏で、鳥が歌う。 それがあたしの楽器さ」 「ホントだ! 全然スケールが違うね!」 楽しそうなリナリーの背後で、リンクが眉根を寄せた。 その様にいち早く気付いたアレンが、リンクの耳を引っ張って引き寄せる。 「っなにをするのですか!」 「こんな所で異教の神ガー!とか余計なこと言わないでよ? いわなくったって、思ってるのもダメだからね!」 さもないと、と、アレンが更に声を低くした。 「相手は君を殴ることも出来る、実在の神様だよ」 人が敵うと思うなと、釘をさされたリンクは不満げながらも頷いた。 「よし! ねぇフォー? 今回はなんでお店でやるんですか?」 アレンが先を行く小さな背に問いかけると、彼女は振り向かないまま、得意げに胸を張る。 「それは行ってからのお楽しみさー 今回は趣向を凝らしてっから、絶対楽しいぞー♪」 「へぇ リナリーもわくわくと目を輝かせ、足を速めてフォーに並んだ。 途端、ふと気付いて彼女を見下ろす。 「ねぇ・・・フォーって土地神なんだよね? 支配地を出ちゃっていいの?それとも、上海も支配下なの?」 だとしたらとても強大な神なのではないかと、声を上ずらせるリナリーにフォーはあっさりと首を振った。 「あたしの守る土地はアジア支部のある土地だけさ。 でも、ウォーカーを拾いに行った時とか、北米支部に出張した時みたいに、土地を離れる方法はいくらでもある」 「あぁ、そっか・・・。 僕、アジア支部の近所で殺されかけたわけじゃないですもんね」 北米支部の時はともかく、バクが近くにいなくても出歩く方法はあるらしいと納得して、アレンはフォーが示す扉を開ける。 そこは清国内にいくらでもある霊廟の一つらしく、咳き込むほどに濃い香の煙が立ち込めていた。 「な・・・なにが燃えているのですか・・・?!」 ハンカチで鼻を覆ったリンクのくぐもった声に、フォーが眉根を寄せる。 「香だよ。 教会だって焚くだろうが。 西洋と成分が違うだけで、なんも変わりねーよ」 偏屈者が!と、80歳以上も年上の少女に言われ、リンクが唖然とした。 「大体お前さ、この程度でびびってたら、外になんか出られねーぞ?」 「誰がびびってるですって?!」 アレンが止めるのも聞かず、リンクはフォーに迫る。 「いくらアジア支部の守り神といえども聞き捨てなりませんよ!」 「そーかよ」 顔を真っ赤にして怒るリンクをどこか楽しげに見上げたフォーは、時差があるため、既に暮れた夜闇の中でも赤く目立つ大きな門を指した。 「じゃああれ、開けてみな♪」 「ただの門ではありませんか!」 コムイとリナリーが、微妙な笑みを浮かべていることにも気付かないのか、リンクはのしのしと門へ歩み寄る。 「とても重いとでも?!」 かんぬきを外し、手を当てた木製の門はあっさりと開いた。 途端、耳をつんざく破裂音が間近で上がり、大きく飛びのく。 「敵襲ですか?!」 「んにゃ、爆竹 にやにやと笑うフォーの手には、たくさんの赤い筒が連なった爆竹がぶら下がっていた。 「この国の正月には欠かせないのさー♪」 フォーは火をつけたそれを塀越しに放り出す。 赤いランタンで真っ赤に照らされた道に落ちるや、また破裂音を上げて生き物のように飛び跳ねる爆竹にリンクは耳を塞いだ。 「やめ・・・っ!」 「いやぁ、いい怯えっぷりだったよ、監査官ー! たかが爆竹鳴らしたくらいであんなに飛び跳ねてくれたの、アレン君以来じゃないかなぁ 「・・・・・・嫌なこと思い出させないでください」 入団して間もない頃、コムイに散々いじめられたことを思い出して、アレンが蒼褪める。 「今はいい加減慣れましたけどね」 好きなわけじゃない、と、ため息をつくアレンの背を、リナリーが笑って叩いた。 「本部でも支部でも、爆竹禁止だったもんね! でも、ここじゃみんなやってるんだねぇ・・・!」 門の外へ駆け出たリナリーは、門前の細い道の向こうから聞こえる破裂音に目を輝かせる。 「フォー! あっち?あっち行く?!」 リナリーが指差す方向へ顔を向けたフォーが頷いた。 「馬車も用意できるけど、歩いて行きたいってぇんなら・・・」 「もちろん歩いていくよ!!」 甲高いはしゃぎ声をあげたリナリーに笑って、フォーは手を差し出す。 「じゃあ、服を変えるからちょっと待て」 「着替えるの? うん、待ってるよ」 とは言いつつ、早く早くと急かすリナリーの目の前で、フォーがくるりと宙返りした。 「おっし」 「え?!」 地に下りた瞬間には、普通の少女のような姿になっている彼女に、皆が目を丸くする。 「なに?!どうしたの、これ?!」 頬を染めて迫るアレンにフォーは、得意げに笑った。 「お前達の国で言う、魔法かな! まぁ、こっちでは仙術って言うけど。 神のあたしにとって、お前らから見える姿を変えることなんか朝飯前だ♪」 言われてみれば、服どころか姿形まで変えてしまう彼女だ。 このくらい当然だと言われれば、納得するしかなかった。 「見ろ見ろ、ウォーカー! これが纏足(てんそく)ってやつだぞ。こえーだろ!」 靴を脱いで、布を巻いた異常に小さな足を見せるフォーからアレンが後ずさる。 「それ・・・小さな女の子の足を砕いて締め付けるってやつでしょ・・・?! 見てるだけで痛い!!」 悲鳴をあげて逃げるアレンに笑って、フォーは靴を履きなおした。 「でも、これやってない女は変な目で見られるんだぜ。 リナリーは欧州じゃ普通だろうけど、この国じゃ大足女って呼ばれて、嫁の貰い手はないだろうな」 「えぇー・・・」 さすがにショックを隠せないリナリーを、コムイが引き寄せる。 「こんな痛い思いするくらいなら、お嫁になんか行かなくていいよ! リナリーはずっとボクと一緒だよねぇ 「・・・それはそれでどうかな」 うんざりとした顔でコムイから離れたリナリーは、ふくれっ面でフォーを睨んだ。 「そんなことはいいから早く行こうよ!」 「そうだな!」 クスクスと笑って、フォーが門の外に出る。 塀の上に並べられたランタンの明かりが、彼女の纏う、白絹の服を桃色に染めた。 「こっちこっち!」 広い袖を振って手招く彼女の傍に、皆が早足に寄って行く。 「この道を抜けると広場なんだ! そこでは・・・」 と、思わせぶりに口をつぐんだ彼女の言葉の続きが気になって、皆が足早に道を抜けた。 途端、広場全体に飾られた大小様々な形のランタンの光が溢れ、思わず歓声が上がる。 「すっごい・・・! あれ、龍?!龍の張りぼて?!」 リナリーが指した龍は、中の明かりで内側から光り、生きているかのように長い首を揺らしていた。 「上から吊ってるから、風で揺れてたんだ・・・びっくりした」 本当に生きているのかと思ったと、目を丸くしながらアレンは広場を見渡す。 と、あちこちにトラや獅子、鮮やかな紅いヒレを揺らめかせる金魚まで、めでたいとされる動物や花をかたどったランタンが輝きを放っていた。 行き交う人々は皆、楽しげに笑いさざめき、時折各所で爆竹の破裂音が上がる。 「お前らに見せてやりたかったんだ! 清の正月は何も、爆竹だけじゃないんだぞ!」 きれいだろう!と、得意げな彼女に皆、大きく頷いた。 「ボクは久しぶりだから、懐かしいなぁ・・・。 あ、あそこ、お香をあげてるよ!ボク達も参拝・・・」 しよう、と言い掛けたコムイは、リンクに睨まれて目を逸らす。 「室長、もう皆さんお待ちなのでは?」 厳格な聖職者らしく、異教への信仰を認めないリンクへフォーが鼻を鳴らした。 「堅苦しい奴。 コムイにとっちゃ墓参りみたいなもんだろうが。 それとも何か、お前は異国に引っ越したら親の墓にも参らない口か?」 親不孝者め!となじられて、リンクは忌々しげに舌打ちする。 「室長!さっさと済ませてください!」 「お参りって、そんなにテキパキするものじゃないと思うけど・・・」 ぶつぶつ言いながらも供物台に歩み寄ったコムイは、細長い香を買ってリナリーやアレンにも渡した。 「うわー長い!30cmはありますよね!」 歓声をあげるアレンにリナリーも頷く。 「こんなに長いのがいくつも立ってるんだから、霊廟が煙たかったのも無理ないね」 「フォーは自分が神様だからいらないか。 監査官は・・・」 「全力でご遠慮します!!」 融通の利かない彼に肩をすくめ、コムイは妹とアレンに参拝のやり方を教えた。 「はい、じゃーやってみて!」 コムイの号令に従い、火をつけた香を掲げてぺこぺこと何度も頭を下げる三人の背を、リンクが面白くもなさそうに見つめる。 「ま・・・」 「間抜けなんつったらランタンの中に押し込めて火ィつけっぞバカホクロ」 にこっと笑うフォーからぎこちなく目を逸らしたリンクは、そっと舌打ちした。 「んじゃ、いい加減行くか!」 その後もしばらく広場を散策した一行の前に、フォーが立った。 「1時間くらいいたかなぁ・・・時間を無駄にしちゃった?!」 焦るリナリーにフォーは、ふるふると首を振る。 「バクから言われてたんだ。 コムイは懐かしがるだろうし、リナリーやウォーカーは本物の春節見るのは初めてだろうから、ゆっくり案内してやってくれって。 お偉いさん達も、先に街の春節を楽しんでもらってるからな。 今からゆっくり歩いて店に行ったら、丁度合流できるくらいじゃないかな」 「そうなんだ・・・! さすがバクさん、行き届いてますね!」 むしろウォンの功績ではないかとは思ったが、そこは指摘しないように気をつけた。 そんなアレンの気遣いをあっさりと見抜いて、フォーは殊更賑やかな通りを選んで店へ向かう。 春節の飾りと賑やかさに溢れた街はものめずらしく、歩いているだけで楽しかった。 きょろきょろと周りを見ていたリナリーはしかし、ふと、見覚えのある風景を見た気がして小首を傾げる。 「ねぇ・・・アレン君。 この道、前にも来たよね?」 袖を引いて声をかけると、アレンは悲しげな、情けない顔で彼女を見つめた。 「それ・・・僕に聞きます?」 絶望的な迷子癖を持つ彼に空間認識能力が備わっているはずもない。 「あぁ・・・そうか、ごめんね。 でも・・・」 と、フォーの後ろに従って歩を進めた彼女はやがて、やっぱりと頷いた。 「アレン君、ホラ!」 リナリーが指した楼閣の看板を見上げ、アレンも目を見開く。 「天青楼・・・!」 かつて、アニタが女主人として君臨した見世は、今も変わらず華やかな装いでそこにあった。 「フォー、もしかして・・・!」 「ここは教団御用達の見世なのさ。 主人は代わったが、まだ多くの協力者がここにいる」 前と変わらずに、と言い添えた彼女にアレンとリナリーが頷く。 「ちなみに、今の所有者はチャン家だから、オーナーはバクなんだな。 だから店の予約が云々なんてつまんない理由で遠慮しなくて良かったんだよ、ミランダは。 来たいって奴はみんな連れてくりゃ良かったのに。 ・・・こういうの、先に言っとかなきゃわかんないもんなのか?」 訝しげな顔をしたフォーが問うと、アレンは大きく頷いた。 「お招きしてもらってないのに行くなんて、図々しいと考える人が多いでしょうね。 特に、ミランダさんみたいに真面目な人は」 「そっかぁ・・・。 迷い客を期待して、あえて言わなかったのが仇になったな。 東西の違いってむつかしいな・・・」 苦笑したフォーは、恭しく迎える門番に頷いて中へ入る。 「じゃあウォーカー! お前、余った料理は全部食っちまえ!」 「喜んで!!」 可聴音域ギリギリの甲高い歓声をあげて、アレンは真っ先に宴会場へと走って行った。 「アレン君たら・・・」 続こうとしたリナリーをしかし、フォーが止める。 「コムイ、古代衣装で着飾った、すっごく可愛い妹を見たくないか?」 「見たいに決まってるじゃないか写真は拡大して部屋の壁一面を覆うよ!」 一息に言ったコムイに苦笑して、フォーはリナリーの手を引いた。 「じゃ、最高級の絹で作った衣装を着せてやるよ。 天女みたいにしてやるぜ 「天女?!やるっ!!」 フォーの手を握り返したリナリーは、コムイへ手を振る。 「行ってくるね、兄さん! 先に行って待ってて!」 「ウン! 最高に可愛くなって戻っておいでー きゃっきゃとはしゃいだ声をあげてリナリーとフォーを見送ったコムイは、自分が一人きりになっていることに気付いて呆気にとられた。 「監査官・・・いくらアレン君の監視が仕事だからって、ボクを置いてくかなぁ・・・。 一応幹部だよ、ボクも・・・」 ぶつぶつとぼやいていると、不意に背後が賑やかになる。 「あぁ、お着きですね」 声をかけると、バクが率いる『お偉いさん』ご一行が一斉にコムイを見遣った。 「おや室長、お出迎えしてくれるのかね?」 「フェルミ支部長、お元気そうで何よりです」 小柄な老人に腰を屈めて挨拶をしたコムイは、目の端にそわそわと落ち着かないバクを捕えて一足に歩み寄る。 「ヤァバクちゃ・・・バク支部長、今日はお招きありがとう! アレン君は早速宴会場に飛び込んじゃったけど、大丈夫かなぁ?」 当たり障りない言葉をかけると、一瞬びくりと怯えたバクが、気まずげに咳払いして頷いた。 「心配無用だ。 ウォーカーを招いたからには、十分な量の料理を用意している!」 「へー!さっすがバクちゃ・・・バク支部長! 抜かりないなぁ!」 にこやかに拍手するコムイに頷いたバクは、またそわそわと辺りを見回す。 「コ・・・コムイ、その・・・! しょっ・・・招待した時・・・もしかしたらリナリーさんも来たいのではないかと思ってな・・・! その・・・兄も来ることだし、よければリナリーさんも来ませんかと・・・しょっ・・・招待したのだが、今・・・」 言いながらも盛んに四方を見回すバクにこめかみを引き攣らせつつ、コムイがホールの奥を指した。 「リナリーなら、フォーが連れてっちゃったよ。 なんでも、可愛い服を着せてもらえるんだってさ!」 「そっ・・・そうか!!」 真っ赤になった顔に、バクは満面の笑みを浮かべる。 「そ・・・それは楽しみだな!」 「言っとくけど! ボクの可愛い妹にして稀少なエクソシストにお酌なんかさせないからね! リナリーには小さい頃から、酌をさせるような親父は蹴飛ばしてオッケ!って教えてるからね!」 「お茶汲みはいいのかね?」 いつもやってるだろう、と、口を挟んで来たフェルミにもコムイは激しく首を振った。 「今日はダメです!!酔っ払いには近づけさせません!」 酔っ払った聖職者が一番危ないと、断言したコムイにバクだけでなく、多くの参加者が舌打ちする。 しかし自覚はあるらしく、誰も否定はしなかった。 「だったらお前は宴会でも素面でいることだな! 皆さん、こんなのはほっといて、存分に楽しんでください! 今日の酒は最高の紹興酒を用意しています!」 嫌味ったらしく言ってやったバクは、一行の先に立って宴会場へ入る。 そこでは既に、空になった皿を幾枚も重ねて満足げなアレンが、頬袋でもあるのかと思うほどに顔を膨らませていた。 「ふぁ!ふぉんあんあー!」 「ウォーカー! 口の中のものを飲み込んで、顔を拭いて、ちゃんとごあいさつなさい!」 すかさず叱りつけたリンクが、一行に歩み寄って恭しく一礼する。 「無礼な子供が失礼をいたしました」 「いや・・・ちょっとゆっくりしすぎたかな」 苦笑したバクは客達に席を勧めてから、アレンへ歩み寄った。 「街はどうだった?」 「すごくきれいでした! 本格的な春節って、アジア支部でやってたのくらいしか見た事ないから、あんなに華やかだなんて知りませんでしたよ!」 目をキラキラと輝かせるアレンに頷いて、バクも席に着く。 「楽しかったようでなによりだ。 その・・・リ・・・リナリーさんも楽しんでくれただろうか?!」 顔を真っ赤にして、声を上ずらせるバクにアレンは大きく頷いた。 「もちろん、リナリーも喜んでましたよ! ・・・あれ? なんで来ないんだろ」 部屋を見渡しても彼女の姿がないことに、今更気付いたアレンが首を傾げる。 「フォーが、可愛くしてあげるって連れてっちゃったよ」 と、コムイに声をかけられて、彼は何度も頷いた。 「レニーさん、北米支部がまだ大変で来てませんもんねぇ」 「・・・どういう意味だ」 見透かしたようなことを言うアレンを、バクが睨む。 「別に。 場が華やかになるのはいいことだなぁと思っただけです」 だとすればやはりミランダを連れてきた方がよかったかと、アレンが小首を傾げた。 「・・・さすがのウォンさんも、東西の違いには足をすくわれちゃいましたね。 次は僕、ちゃんとお誘いしてきます」 「あぁ、そうしてくれ。 ・・・本当に招待客以外誰も来なくてな、部屋が広くてしょうがない」 苦笑してバクは、空間の目立つ部屋を見回す。 招待客一人につき4〜5人の随伴を予想していたのだろうと、容易に想像できる広さだった。 「さすがのお前でも、今回は食べきれないかもしれないな」 「そんなことありませんとも! 今日はこのためにランチを控えめにしたんですからぁ!! 僕、がんばります さぁどんどん持って来い!と、張り切ってこぶしを掲げるアレンに客達が笑い出す。 ここへ来るまでにバクから説明でもあったのか、既に各々が酒肴に手を伸ばしていた。 「ではより楽しんでもらえるように、広い部屋を埋めることにしよう」 バクが軽く手を叩くと大勢の楽人や舞手が現れ、広間はあっという間に賑やかになる。 天井が高いためか、龍舞まで入ってきて、室内とは思えない大きな動きで珠を追いかけた。 「すごいね、バクちゃん! リナリー、見たかったろうなぁ・・・」 拍手喝采するコムイには、大丈夫だと背後を指す。 「こちらからは決して見えないが、衣裳部屋からはこちらがよく見えるんだ。 今頃きっと、あちらでも歓声が上がってるはずだ」 言われて振り向いた背後の壁には、中華の細やかな紋様が組み込まれた格子が嵌め込んであった。 その奥には簾でもかかっているのか、バクの言う通り、全く向こうが見透かせない。 しかし、件の衣裳部屋からは明るい広間がよく見えていた。 「あ! 兄さん、こっち向いたよ! でも本当に私のこと、見えてないんだね」 うろうろと視線をさまよわせた挙句、諦めて前を向いてしまったコムイの背に、リナリーはクスクスと笑う。 「龍舞見られて嬉しかったなぁ ありがとう、フォー!」 「いんや。 せっかく来たんだから、楽しんでもらわないとな!」 そう言って格子から離れたフォーは、両手を広げて立つリナリーをまじまじと見つめた。 「・・・うん!上出来だ!」 上質の絹でしつらえた清以前の民族衣装が、漢民族のリナリーにはよく似合っている。 まだ短い髪にはかもじを足して艶やかに結い上げ、控えめながらも化粧を施して美々しく飾り立てた。 「裙(スカート)で爪先まで隠れてるし、これなら大足女でも嫁にもらってやろうって奴も出てくるさ!」 「なんか・・・大足女って傷つくなぁ・・・・・・」 西洋ではごく標準サイズなのに、特殊な風習のある国ではそれだけで否定されてしまう。 だからといって、今更こんな恐ろしい風習を受け入れたくはなかった。 「・・・まぁ、漢人との結婚は諦めるよ」 「早まらなくったって、アジア支部には西洋留学した奴らがかなりいるぞ。 大足ってくらいで嫌な顔したりしないから、まだ諦めんなよ♪」 「・・・言ってること、随分違うけど」 じっとりと睨んでくるリナリーに笑って、フォーは団扇を渡す。 「これで出来るだけ顔を隠しておきな」 「それは・・・あんまりキレイじゃないからってこと?」 実に西洋風の解釈をしたリナリーに、フォーは首を振った。 「美人ははっきり見えない方が、想像を掻き立ててよりキレイに見えるってことさ。 西洋はそういう神秘性とかないのかね」 無粋なもんだと、呆れられたリナリーは頬を染めて団扇で半面を覆う。 「そうそう、それでちょっとは大人っぽくなったぜ んじゃ、宴席に乗り込むぜー!」 こぶしを振り上げたフォーに続いて、リナリーも張り切って歩を踏み出した。 ・・・いや、踏み出そうとした・・・が・・・・・・。 「・・・なにコケてんだお前は」 「ス・・・スカートが足に絡んで・・・・・・!」 すぐさま立ち上がろうとしたが、ふわふわと柔らかいスカートの襞はリナリーの爪先を超えて床にまで長く流れ、容赦なく足に絡み付いてきた。 「床!床どこー!!」 足下に踏みしめた途端、絹独特の滑らかさで足が滑る。 「・・・何のために沓(くつ)の先が曲がってると思ってんだ。 ちゃんとさばけよ」 それに、と、リナリーを立たせてやったフォーは、ほんの少しスカートをたくし上げた。 「下にはズボンもはいてるだろ。 歩幅を小さくすれば足に絡みつくはずがないんだから、楚々と歩けよ、楚々と!」 大足以前の問題だと叱られて、リナリーは真っ赤な顔で頷く。 「が・・・がんばる・・・!」 慎重に歩を踏み出し、ゆっくりと歩くリナリーにフォーが大きく頷く。 「そうそう、早足じゃなく、ゆっくりな。 今日はお前、天女なんだから優雅じゃないと」 「わ・・・わかった・・・!」 顔を引き締め、頷いたリナリーは天女の優雅さとは程遠かったが、時間をかけて懸命に歩き、なんとか宴の間に辿り着いた。 「は・・・はやく座って休みたい・・・!」 たったこれだけの距離で1日分歩いた気がすると、息を切らすリナリーをフォーが呆れ顔で見上げる。 「やれやれ・・・優雅に歩くにはもっと練習が必要だな」 彼女が部屋の前で合図すると、心得た衣装係のスタッフが寄って来て、リナリーの汗を拭き、崩れかけた化粧を整えた。 「あ・・・ありがとうございます・・・!」 「天女光臨だ。 気合入れろよ!」 にんまりと笑ったフォーが手を引き、広間に導きいれる。 途端、笑いさざめいていた声がぴたりと止まり、感嘆の吐息が漏れた。 「っリナリー!! かっっっっっっわいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!」 一瞬の沈黙の後、恥ずかしげもなく妹を褒め称えるコムイの声に、我に返った面々も口々にリナリーを褒めそやす。 「あ・・・ありがとうございます・・・・・・!」 誉められすぎて恥ずかしくなった彼女は、真っ赤になった顔を団扇で覆い、か細い声で礼を言った。 その仕草にまた感嘆が漏れる。 「リナリー!本当に可愛いですよ! こういうのって、こっちでなんていうんですっけ?」 料理そっちのけで駆け寄ったアレンがフォーへ問うと、彼女は『天女!』と得意げに胸を張った。 「そうそう、天女! 衣装もきれいですねぇ! 髪も髪飾りの花も、豪華ですごく素敵です! バクさんの家には優秀なスタッフが揃っているんですね! リナリーがいつも以上に素敵ですぎょっ!!」 「そこまでにしとこうか、アレン君 バクやスタッフまでそつなく誉めるアレンの首を、コムイが背後から締め上げる。 「キミは色気より食い気の健全少年だよね? よもやボクの前で可愛い妹をナンパしようなんて、不埒なことを考えたりしてないよねこのクロスの弟子ガ!!」 「ぎゅー!!ぎゅうううううううう!!!!」 絞められる鶏のような鳴き声をあげるアレンを、うっかり眺めていたリンクが慌ててコムイから引き離した。 「いい気味だと思って、ついほくそ笑んでいましたが・・・室長、彼を殺してもらっては私の任務が遂行できませんのでご容赦ください」 「小気味いいくらい冷静だね、キミは!」 ビッと親指を立てて頷いたコムイは、冷たい目でアレンを見下ろす。 「さっさと席に戻って、ご馳走の続きでも食べてなさいよ、キミは! さーぁリナリー お兄ちゃんの隣においでぇ アレンとは声色まで変わって、顔を蕩けさせたコムイがリナリーの手を引いた。 「兄さん、その前に」 やんわりと兄の手を解いたリナリーは、着付けのスタッフに教わったとおり、居並ぶ面々へ向けて優雅に中華風の一礼をする。 「このたびはご招待ありがとうございます。 その上、素敵な趣向を凝らしていただいて、嬉しく存じます」 丁寧な礼を述べるリナリーに、正面から笑みを向けられたバクが一瞬で茹で上がった。 「よっ・・・喜んでいただけてなによりですっ! リッ・・・リナリーさんのために選んだ衣装ですが、よくお似合いでしゅっ!」 「噛むなよ・・・」 緊張のあまり、当主らしからぬ醜態を晒すバクの脇腹を、フォーが乱暴に小突く。 「ぐはっ!! こ・・・今夜は他に趣向もありますから、楽しんでくださいっ・・・!」 フォーを睨みながら言うバクに構わず、コムイが両手でリナリーの手を握った。 「さ こっちにおいで、リナリー あぁ、団扇はそのまま、顔を隠しておいてね! ご馳走はお兄ちゃんが食べさせてあげゆぅ それが作法だよ!と、断言した兄の言葉を信じかけてしまったが、 「んなわけあるか! テキトーなこと言ってんじゃねぇ!」 と、フォーの的確な突込みが入る。 「せっかくのご馳走だ。 今は団扇置いといていいから、好きに食べな」 「うん」 きっぱりと言い放ったフォーと、目論見が外れてがっかりするコムイの姿にリナリーはクスクスと笑った。 「でも・・・すごい量だね。 アレン君がいるにしたって、さすがに・・・」 広大な円卓の上に乗った大皿の数々にリナリーは呆気に取られたが、フォーは得意げな顔で鼻を鳴らす。 「チャン家を甘く見てもらっちゃ困る! このテーブルに載った皿くらい、とっくにウォーカーが平らげてるよ! これでもう、数十品は出ちまったはずだけど、まだまだ来るからな! さぁたんと食え!どんどん食え!」 フォーが広い袖を振って煽り立てると、参加者達は改めて箸を取った。 「ウォーカーも起きろ! 皿が片づかねーと次がこねーぞ!」 まだ目を回したままのアレンをゆさゆさと揺さぶると、その声でぱちりと目を覚ます。 「まだ食べるっ!!」 「おう!そうこなくちゃな!」 いい心がけだと、何度も頷くフォーにアレンも煽られ、次々と皿が空になっていった。 その間にも、楽人や舞手による演目が場を賑わし、耳目を楽しませる。 「アジアのお正月って素敵・・・ 感動のあまり涙を浮かべるアレンの傍らで、呆れ顔のリンクがそっとため息をついた。 ―――― 宴もたけなわを過ぎて。 コムイの強引な勧めで、強い酒を何度もあおらされた幹部達がへべれけになった頃、ガタガタと椅子を鳴らしてバクが立ち上がった。 酔っていないはずの彼だが、なぜかふらつきながらリナリーの傍へ歩み寄る。 「リ・・・リナリーさんっ・・・!」 「はい?」 箸を咥えたままの彼女は決して行儀がいいとは言えない姿だったが、それすらも可愛く見えた。 「あのっ・・・じ・・・実はですね、今・・・!」 声を上ずらせるバクを、コムイが剣呑な目で睨む。 リナリーに対してよからぬことを言った瞬間に殺す、とばかりの目にしかし、バクは気付きもしなかった。 目はリナリーに吸い寄せられたまま、周りの有象無象など音さえも消えている。 その中で、自分の声だけが水中にいるかのように膨張して聞こえた。 「い・・・今、この国では0時になったんですょ・・・」 「はぁ・・・」 時差のことだろうかと、バクの言わんとするところを図りかねたリナリーが、戸惑いつつ頷く。 と、 「たたたたたたたたっ誕生日おめでとうごじゃいましゅっ!!」 早口の上に噛みまくってよく聞き取れなかったが、どうやら自分の誕生日を祝ってくれたらしいということは理解した。 「ありがとうございます まさか、バクさんが私の誕生日を知ってるなんて思わなかったから、びっくりしました!」 すらりと席を立ったリナリーは、嬉しげに微笑んで礼を言う。 そう、彼女は・・・知らなった。 バクが、リナリーのストーカーと言っても過言ではないことを。 しかしまさかここで、『誕生日以外のこともたくさん知っている』などと言えるわけがなかった。 バクは『エクソシストのデータを見た時に偶然知って』などと、口の中でもごもごと言い訳する。 「・・・信じちゃうの、その言い訳?」 呆れ顔のアレンの呟きは、口いっぱいに詰め込んだ料理のせいでリナリーやバクには届かなかった。 いや、もっと明瞭な呟きだったとしても、今のバクには聞こえなかっただろう。 彼は緊張のあまり震える手で、厳かなほどに立派な木製の箱を差し出した。 「ど・・・どうぞ、贈り物です・・・!」 「私に?!」 目を輝かせたリナリーは、喜んで受け取った箱の蓋を開ける。 「なんだろう 興味津々と寄って来たアレンも共に、黄色い絹に包まれた緑の珠を見つめた。 「うわぁ・・・!きれい・・・・・・!」 球形の翡翠は、その表面に花の彫刻が施され、見ているだけでうっとりとしてしまう。 「気・・・気に入っていただけましたか?!」 「はい!すごく素敵です!!」 大きく頷いたリナリーはしかし、困惑げに小首を傾げた。 「でも・・・こんなに高価そうなもの、私がもらっていいんでしょうか・・・」 ねぇ?と、振り返った兄も、あまり好意的な顔ではない。 やはり自分にはふさわしくないだろうかと、蓋を閉めて返そうとするリナリーの手を、フォーが止めた。 「これはチャン家の当主が贈ったものだぞ! 返すなんて無作法は、あたしが許さない!」 殊更にしかつめらしい顔をするフォーに、ますます困ってしまう。 と、バクが両手をリナリーが持つ箱に添え、彼女の方へ押し戻した。 「こ・・・これは、佩玉・・・といいます・・・! その・・・リナリーさん!」 「はいっ!」 突然の大声に、リナリーだけでなくアレンも目を丸くする。 「こっ・・・この国では、佩玉を贈るのは・・・その・・・!」 「これからもよろしくね、ってことだよね、バクちゃーん?」 それ以上でも以下でもない!と、恐ろしい顔をしたコムイが二人の間に割って入った。 「これはバクちゃんが、今までがんばってきたリナリーにこれからもがんばってね、ってことで渡すんだよん 全くバクちゃんてば、賞状授与程度のことで緊張しちゃってぇ そんな馬鹿な、と、ある程度のことは察したアレンはコムイの言葉を疑ったが、閉鎖された教団の中で育ち、世間ずれしていないリナリーはあっさりと信じてしまう。 「そっかぁ・・・! それでご招待されたんですね! 偶然誕生日だったからって、こんなサプライズしてくれるなんて! バクさん、ありがとうございます!」 満面の笑みで礼を言うリナリーに、フォーが目を吊り上げた。 「イヤ、違うだろ! 男が女に佩玉を贈るってのは・・・っ?!」 言いかけたフォーに、コムイは中身が半分ほど空になってしまった酒の大樽を頭から被せる。 おかげで小さな彼女は足まですっかり隠れてしまった。 「コムイさん・・・後が怖いですよ!」 「後のことは後で考えるよ!」 黙ってて!と、アレンを叱りつけたコムイは、呆然とするバクを突き飛ばしてリナリーに向き直る。 「よかったね、リナリー それ、帯につける飾りだから、今着けちゃったらどうだい?」 「うん!」 嬉しげに頷いて、リナリーは帯に佩玉を結びつけた。 「わぁ・・・ 可愛い・・・ 「リナリーの方が可愛いよぉ うっとりするリナリーにうっとりしたコムイが、彼女を抱き寄せて頬ずりする。 「コムイさん・・・今日は素面なのに・・・・・・」 呆れたアレンは、コムイが被せてしまった酒樽をよいしょっと持ち上げた。 「フォー、大丈・・・夫?! バクさん!バクさん!!!!」 大声で呼ぶが、プロポーズ失敗・・・と言うより自沈したバクは未だに呆然としている。 「ちょ・・・バクさんてば!! 来て下さいよ!フォーが!!」 バクの腕を引いて、アレンは酒樽の前にうずくまる物を指した。 「フォーがぐにゃぐにゃになってる!! お酒のせい?!お酒のせいですか?!」 大騒ぎするアレンにしかし、バクは力なく首を振る。 「心配しなくていい・・・フォーはアジア支部の開かずの間にいる。 これは、あいつがここで動き回れるように作ったヒトガタ・・・わかりやすく言えば、ぬいぐるみだ。 酒に濡れて、動けなくなっただけ・・・・・・」 「そ・・・そっかぁ・・・! びっくりした・・・・・・!」 支部を出る方法はいくらでもあると言っていたのはこのことかと、アレンは安堵した。 が、代わりにバクが、無様に倒れこむ。 「バクさん?! バクさ・・・ああっ!蕁麻疹が!! ウォンさーん!ウォンさーん!! バクさんが大変ですよおおおおおおおおお!!!!」 アレンの大声に呼ばれたウォンが泣き叫ぶ声を聞きながら・・・失意のバクは、そのまま意識を失ってしまった。 ・・・・・・後刻。 散々もてなされて酔いつぶれた幹部達は天青楼の部屋で休み、素面のコムイ達はすっかり満腹になって眠るアレンをワゴンに乗せて帰って行った。 そしてバクはと言うと、アジア支部の静かな自室で全身に浮かぶ蕁麻疹に悶えている。 「プロポーズは失敗してしまいましたか・・・。 バク様には、少々ハードルが高かったようでございますなぁ・・・」 ため息をついたウォンに、フォーは鼻を鳴らした。 「せっかくあたしが、この際エクソシストでもいいからってお膳立てしてやったのに・・・! 本当は、チャン家に適合者の血を入れるなんてイヤだったんだ! 家が絶えかねないからな!」 その気持ちがつい出てしまい、リナリーに大足女だなんて意地悪を言ってしまったと、フォーは気まずげな顔をする。 「それなのに・・・このヘタレめ!」 忌々しげに吐き捨てたフォーは、未だ蕁麻疹が治まらず呻くバクの頭をぽかりと殴ってやった。 「ただいまー!」 上機嫌の声に、方舟の間のスタッフ達がリナリーを見遣った。 「わぁ!可愛いじゃん! それ、清の服?」 今夜の方舟当番らしいキャッシュが、どすどすと地響きを立てて寄って来る。 「ううん、清・・・じゃなくて、なんだっけ?」 背後の兄を見上げると、彼はにこりと笑ってリナリーが纏う衣装の柔らかな袖を取った。 「清は騎馬民族が興した国だから袖は筒状なんだけど、それ以前はこんな風に長かったんだよ。 神田君がたまに着ている着物のルーツだね。 まぁ、あれは男性用だからそんなに長くないんだけど、女性用の着物は笑っちゃうほど袖が長いんだって。 で、今リナリーが着ているのは5世紀くらいにあった唐って時代の衣装だね」 「ふぅん・・・。 まぁ、その当時にこんなシルクはなかっただろうけどね」 形はいい、と頷くキャッシュにコムイがムッと眉根を寄せる。 「・・・キャッシュ君、キミ、科学には強いけど歴史はさっぱりのようだね。 絹の発祥の地はチャイナさ。 唐より随分前の漢の時代に作られた絹製品が地方高官の墓から見つかったけど、今でも朽ちずに残っているくらい、素晴らしい織りの技術だったんだよ。 光沢出すのに必死な欧州の粗悪な絹と一緒にしないでもらえるかな! 唯一見られるのは、トルコに支配されていた頃の技術が継承された地域くらいのもので・・・」 「・・・ごめんなさいあたしが悪かったらお説教は勘弁してください、室長」 ため息混じりに話を遮ったキャッシュは、続いて出てこない二人をいぶかしんで、扉を見遣った。 「アレンと監査官は? 戻ってくるんじゃないっけ?」 扉を開ける前の連絡では4人だったのに、と、いつまでも出てこない二人を待つキャッシュに、リナリーが苦笑する。 「アレン君が・・・ちょっとね・・・」 「アレン?どうかしたの?」 「あのコもキミと同じく、チャイナの歴史を舐めたんだよ」 「・・・・・・なにがあったの?」 コムイの意地悪な口調に不吉なものを感じて、キャッシュは震え上がった。 と、ようやく現れたリンクが、息を切らして扉の向こうを指す。 「も・・・申し訳ありませんが、ウォーカーを下ろす手伝いを・・・! 私一人ではとても運べませんで・・・!」 「自分で歩けないの?!」 何か悪いものでも食べて腹を壊したんじゃ、と、キャッシュはステップを駆け上がった。 「アレ・・・なにこのカエル」 ストレッチャー代わりか、料理の代わりにワゴンに乗せられたアレンの、大きく膨らんだ腹を見てキャッシュが呆れ声をあげる。 「具合が悪いわけじゃないんだね?」 「むしろ、絶好調に貪り食ったせいでこのカエル腹ですよ!」 キャッシュの問いに、リンクは忌々しげに舌打ちした。 「際限なく来る料理を片っ端から詰め込むものですから、とうとう消化が間に合わずこんな状態に。 幸せそうに寝ているのがまた、腹が立ちます」 イラついた目で睨んだアレンはいい夢でも見ているのか、嬉しそうな笑みを浮かべて何事か呟いている。 「・・・いっそこのまま永眠させてやったら幸せでしょうか」 「思うだけで実行しないでよね」 手を払ってリンクをアレンの傍から追い払ったキャッシュは、方舟の間のスタッフ達に声をかけて、数人がかりでアレンを方舟から抱き下ろした。 「いちお、ストレッチャーに乗せたけど、自室?病棟?」 「こんな暴食坊主の自業自得のために、忙しい病棟の皆さんにご迷惑をかけては申し訳ない。 部屋に連行します」 なんだかんだで面倒見のいいリンクに笑って、キャッシュはリナリー達の元へ戻る。 「なにを食べたらあんなになっちゃうの?」 親指で背後を指す彼女に、兄妹は『満漢全席!』と声を揃えた。 「ま・・・?なに?」 聞き慣れない言葉を発音できず、キャッシュは首を傾げる。 と、今日はチャイナの歴史と文化に対して饒舌なコムイが誇らしげに胸を張った。 「今のチャイナを支配している満州族の料理と、漢民族の料理を百種類以上並べて賞味しようって、壮大な宴会料理だよ! 全部食べるのに何日もかかるってゆーのにあの子ったら・・・無茶しちゃってさぁ」 詰め込めるだけ詰め込んだ後、食べ疲れて眠ってしまったと、コムイが笑い出す。 しかし、キャッシュが感心したのはアレンの大食ではなかった。 「さすがチャン家、お偉いさん呼んだからには手を抜かなかったんだね。 やることが違うや・・・」 財産持ちはいいなぁと、しみじみ呟く彼女の腕をリナリーが取る。 「おいしかったよ! 私はさすがに全部なんて無理だから、色んな種類をちょっとずつだったけど、前菜からデザートまで全部おいしくて キャッシュも来ればよかったのに!」 「仕事だっつーの」 はしゃいだ声をあげるリナリーに苦笑して、キャッシュは彼女の手を振り解いた。 リナリー達にとっては正月だろうが、キャッシュにとっては平日だ。 「ごめん、これからまた扉開けなきゃなんだ。 その服、ジェリー姐さんやミランダにも見せといでよ」 「そうする!!」 言うやリナリーは、足に絡む柔らかい裙(スカート)をからげて、パタパタと駆け出した。 「コラ!リナリー! お行儀悪いよ!」 コムイの叱声が飛ぶと、しばらくはしずしずと歩いていたが、それも段々早くなり、結局駆け出す。 「まったくもう! せっかく可愛くしてもらったのに・・・」 追いかけようとしたコムイを、キャッシュが呼び止めた。 「なんだい、キャッシュ! ボクは・・・」 「イヤ、いい時間に帰還させたんだから、室長も協力してください」 にんまりと笑うキャッシュの意図を察して、コムイも笑みを浮かべる。 「なーに企んでるの?」 きっとイイコトに違いないと確信して、コムイはキャッシュが小声で囁く作戦に耳を傾けた。 「ジェリー!ミランダもいるー?!」 食堂へ駆け込んだリナリーが大声をあげると、その場にいた団員達は何事かと見遣った。 途端、彼女の愛らしい姿に相好を崩す。 「唐の公主(こうしゅ)みたいじゃんか、リナ!」 真っ先に声をかけてきたラビの前でひらりと回り、リナリーは嬉しげに笑った。 「バクさんにもらっちゃった! バースデープレゼントだって、この珠ももらったんだよ!」 素敵でしょ!と、腰に巻いた佩玉を見せると、彼は微妙な笑みを浮かべる。 「・・・これもらう時、なんか言われたさ?」 「うん! お誕生日おめでとう、って! 清とは8時間時差があるから、あっちの0時ちょうどにお祝いしてくれたの! 偉い人達はもう、ほとんど酔い潰れてたから、ワケもわかんないまま拍手してくれたけど」 くすくすと笑って嬉しそうなリナリーに、ラビは苦笑した。 「他になんか、様子変じゃなかったさ?」 「あぁ・・・バクさんが賞状授与式くらいで緊張してる、って、兄さんが笑ってたけど・・・違うんだ。 どうも、体調が悪かったみたいなんだよ。 それとも、強いお酒飲んじゃったのかなぁ? 私に珠をくれた直後に倒れちゃって。 紹興酒のせいかな、やっぱり。あれ、すごく強いもんねぇ」 会場には樽ごと置いてあった、と言う彼女にラビは説明を諦めて頷く。 「お偉いさん達もさぞかし満足したろうさ。 アレンは?」 「偉い人達以上に満足したせいで、カエルみたいにお腹がぱんぱんになって、幸せそうに寝ちゃった」 「へぇ・・・おもしろそうさ。 ちょっと見物に行ってこよ♪」 お先、と、食堂を出て行くラビに手を振って、リナリーは注文カウンターへ駆け寄った。 「ジェリー と、声をかけるが珍しいことに、厨房に彼女の姿がない。 「ねぇねぇ!ジェリーはぁ?」 中で働くシェフ達に声を掛けると、『倉庫!』と返事が返った。 「今、明日の朝食分の材料補充に行ってるところだから、しばらく待ってろよ」 「うん、わかった! ミランダはー?ここにいるの?」 夜中の食堂に人は少ないが、旧本部より広く、各所に柱があるせいで見通しが悪い室内を見回していると、『多分あの辺』と、部屋の隅を指す。 「寝る前に安眠のお茶を飲むのが彼女の習慣だからね」 「え?!もうそんな時間?!」 壁にかかった大きな時計を見上げると、間もなく0時だった。 「わぁ・・・! 随分向こうにいたんだなぁ・・・」 呆れたような、しかし悔いのない表情を浮かべたリナリーは、周囲の視線を集めながら教えてもらった方へ歩を進める。 「・・・あ!いた、ミランダ!」 声を掛けると、ミランダが手にしたティーカップを置いて微笑んだ。 「おかえりなさい、リナリーちゃん。 まぁ・・・可愛いわねぇ・・・!」 「ホント?!」 うっとりと見てくれるミランダの前で、リナリーはくるりと回る。 「バクさんにもらったの! ひらひらして、可愛いでしょ!」 「えぇ、とっても素敵ですよ。ちょうちょみたいね パーティは楽しかった?」 「うんっ!!!!」 頬を高潮させ、大きくうなずいた。 「フォーに案内してもらった街がすごくきれいで!! 天青楼・・・あ、アニタさんのお店、今はバクさんがオーナーなんだって」 「あら・・・じゃあ、行ってみたかったわ・・・。 私、結局お店には行かなかったもの・・・」 残念そうに言うミランダに、リナリーがまたうなずく。 「来てよかったんだって。 バクさんだけでなく、フォーも言ってたんだけど、招待客がたくさん随行を連れてくることを期待してたんだって。 清以前から、チャイナのお正月に迷い客・・・呼ばれざるお客さんのことなんだけど、そういう人が来てくれるのは福を呼ぶことで縁起がいいんだって。 だからあえて呼ばなかったのに、みんな本当に招待した人しか来なくって、ちょっと困ってたよ。 おかげでアレン君が、満漢全席を一人で引き受けることになっちゃったんだけど、さすがに食べ切れなくて食べ疲れして、倒れちゃった!」 「まぁ・・・! アレン君が負けちゃうなんて、すごいわねぇ・・・!」 そんな宴があるのかと、ミランダは目を丸くした。 「だったら行けばよかったわ・・・。 アレン君が負けちゃうほどのお料理って・・・ちょっと興味があるもの」 「来年は呼ばれなくてもいこーね!!」 それが作法なんだと、リナリーがはしゃぎ声を上げる。 「それでね、それでね! 偉い人達は酔い潰れて、バクさんも具合悪くなって倒れちゃったからお開きになったんだけど、お店を出た後も兄さんが街をお散歩させてくれたの! あっちはとっくに真夜中なのに、すごく賑やかだったんだよ! ランタンの灯りで周り中紅くて! 夜店もたくさん出ててね、ずっとずーっと見てたかったのに・・・監査官が、アレン君を運ぶの疲れたとかめんどくさいとか早く帰還しろとかうるさくて! ミランダが来てくれてたら黙らせたのに!」 来年は絶対一緒に行こう!と、リナリーに詰め寄られたミランダは苦笑してうなずいた。 「本当に楽しそうね・・・それで帰還が、こんなに遅くなっちゃったのね」 もう0時前だと言うミランダに、リナリーが苦笑する。 「楽しかったからつい・・・。 でも! 保護者同伴だから不良じゃないよ!」 ね?!と、同意を求めて厨房へ目をやった途端、食堂の全ての明かりが消えた。 「なっ・・・なに?!」 襲撃か?!と身構えるリナリーの視界に、揺れる炎が写る。 厨房の誰かがロウソクに火をつけたのだろうと見れば、灯りの中にジェリーがいた。 「ジェリー!どうしたの、これ!停電?!」 慌てているのはしかし、この場でリナリーだけだ。 真夜中で人が少ないとは言え、妙に静かな室内を不安げに見回す彼女の頬に、ジェリーが軽くキスした。 「へ?」 まるでママンのような彼女にリナリーは目を丸くする。 「ど・・・どうしたの?」 小さな頃はよく、キスをねだってはしてもらっていたが、10代になってからは恥ずかしさもあってすっかりご無沙汰になっていた。 「アタシの可愛い娘が、アタシより先におばあちゃんからお祝いされたって聞いて、ちょっと悔しかっただけよん そう言ってウィンクした彼女は、整然と並び、揺らめく炎を指す。 「ハッピーバースデー 大きなケーキの上に立てられたロウソクの数に、リナリーは頬を紅潮させた。 「ありがとう、すごく嬉しい・・・! こんな短時間に二度もお祝いしてもらえるなんて、思っても見なかったよ!!」 「キャッシュが企んでくれたんだってさー ロウソクの明かりが届かない場所からコムイの陽気な声がして、背後から抱きしめられる。 「今日は方舟当番だったからボクらの帰還時間を調整して、このタイミングにしてくれたんだって びっくりしたよねー 「うん!」 兄の胸に背を預け、きょろきょろと辺りを見回すが、暗すぎて彼女の顔は見えなかった。 「ホラホラァ! キャッシュちゃんを探すのは後でいいからん お願い事して、火を吹き消しなさい 「お願い事かぁ・・・じゃぁ・・・・・・!」 目をつむったリナリーは、炎の起こす微かな風に睫を震わせながら脳裏に願い事を思い浮かべる。 ―――― 来年も再来年も・・・ずーっとずーっと、みんなと一緒にお祝いできますように! 一気に吹き消した瞬間、電灯がつき、一斉にクラッカーが鳴らされた。 「お誕生日おめでとー!」 眩しさと破裂音に驚き、目をきつくつむったリナリーがそろそろと開けると、来た時には閑散としていた食堂が人で埋まっている。 「えぇっ?!」 早速願いが叶ってしまったのかと、驚く彼女をコムイが抱き上げた。 背の高い兄の頭の上から見回した食堂には、仲間達の笑顔がある。 中でも、 「アレン君・・・寝ちゃったんじゃ・・・」 呆れるリナリーの眼前で、未だカエル腹の縮まないアレンが無駄にきりりと表情を改めた。 「ケーキは別腹です!」 「どう見ても空きなんかねぇだろ・・・」 呆れるラビの突っ込みに、リナリーが笑い出す。 「みんな、来年も再来年も・・・お祝いしてね!絶対だよ!」 願い事を口にした彼女へ、暖かい拍手が春の雨のように降り注いだ。 Fin. |
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11年目になっちゃいましたよ!!!! 今年はリナリーお誕生日SSと一緒にしたので、今年は春節(2/19)より一日遅い2/20にアップです。 んが、いつアップしようと春節シリーズはD.グレ始めて何年目、のカウントSSですの 11年かぁ・・・よく続いたもんだ・・・。 いや、まだがんばりますけどね(笑) 星野様も早く復活していただきたいものです。 かなりネタがなくなってですね・・・; 最近、いくつかのイベントを合同でやんないと、1キャラでは間が持たないくらいの短さになってしまうんですよ;; あぁ、激しくネタ募集中ですよ!! ちなみに、正月の迷い客の話は、台湾人の老師に教えてもらいました。 なんでも老師が、友達のうちに遊びに行ったら肝心の友達がいなくて家族がものすごくもてなしてくれて。 ご馳走攻めにあって、『もう食べられない!彼はまだですか?』って聞いたら、隣の家から友達が来て、『お前なんで隣家でメシ食ってんの!まんまと迷い客になってwww』って笑われたらしい(笑) そんな風に、春節の時は間違えてやってきた客をご馳走でもてなすといいことがある、って風習があるそうですよ(^^) |