† Fantoccini †
ベッドに横たわった彼は、高熱に浮かされ、寝返りを打つことも出来ずに熱く吐息した。 激しい頭痛は常に彼を苛んで、きつく閉じた目を開くことさえ出来ない。 眠れば少なくともこの苦痛からは逃れられるだろうが、昨日からベッドの住人となっている彼に安らぎの眠りは訪れず、ただ耐えるしかなかった。 そんな彼の頬を、無遠慮につつく悪魔がいる。 抵抗できないでいると暴虐は更に増し、きゃっきゃと楽しげに笑いながら腫れあがったように痛む全身を揺さぶってきた。 「ラービー! ラビラビ!起きてるんでしょぉ? あーそーぼー!」 彼が起き上がれないどころか、目も開けられないことを知っていながら悪魔はラビを揺さぶる。 「ねぇねぇ 普段『俺のおつむは世界の財産』とか言ってるくせに、雪だまりにはまって動けなくなって、僕が見つけるまで冷凍されてた挙句に大風邪引いてみんなから馬鹿にされている今、どんなキモチ? ねぇねぇ、どんなキモチ?」 きゃっきゃと笑いながらしつこく揺さぶる悪魔の背後でわざとらしいため息が聞こえた。 「見つけたのは偶然でしょう、ウォーカー。 Jr.とはぐれて遭難しかけた君が、ファインダーに付き添われて泣きながら下山している最中、埋もれた彼につまずいただけでしょうが」 「ぐ・・・偶然でも、見つけたのは僕だもん・・・! 勝手に遭難したエクソシストなんか知るもんかって、ロッジの暖炉の前でぬくぬくしてたリンクに言われたくないもん!!」 「監視対象の癖に、私の目を盗んで雪遊びに行った挙句、遭難しかけた子供のことなんぞ知りませんよ! 既に任務を終えて帰るばかりだったとは言え、自覚が足りないと言わざるを得ませんね!」 枕元で騒々しく吼えあう彼らに呻き声で抗議するが、聞く二人ではない。 「ア・・レン・・・!」 苦しい息の元、呼びかけたアレンが寄って来た。 「ミ・・・ミランダを・・・呼んでくれ・・・・・・!」 「時計使ってもらうの?無駄じゃないかな、それ」 ミランダのイノセンスを使えば一時的に回復はするだろうが、発動が解かれれば元通り、もしくは病状が悪化している恐れがある。 「やめなよ、そんな一時しのぎ」 「そうです。 か弱いマンマに風邪が移っては大変です」 病人の願いをあっさりと退けた二人に、ラビは首を振ろうとして諦めた。 「い・・・から・・・!呼んで・・・!」 呟くや、気力が尽きたと言わんばかりに動かなくなったラビを、アレンが不安げに見下ろす。 「ラビ・・・揺さぶってゴメンね? 苦しい?ねぇ、苦しい?」 問いにはもう、答えがなかった。 困惑げに眉根を寄せたアレンは、無線を開いてミランダを呼び出す。 「・・・ミランダさん、ナースステーションに寄って感染対策してからラビの病室に来てくれますか? なにか、頼みがあるみたい」 「まったく・・・! マンマに風邪を移したら、承知しませんからね!」 とは言いつつも、リンクも強くは止めなかった。 ラビの体調を思いやったというよりは、感染対策をするのなら来ても大丈夫という、冷静な判断からだろう。 やがて病室にやってきたミランダは、マスクの上の目を不安げに揺らめかせて、ラビを見下ろした。 「あ・・・あの、どうしたの・・・? 時計が必要なの・・・?」 こういう状況では使わない方が・・・と、口を濁すミランダの声に、ラビはようやく目を開ける。 「頼みを・・・聞いてくれ・・・・・・!」 その前に、と、ラビは何とか動く腕を、力なく振った。 「枕元で騒ぐ奴らは出てけ・・・!」 ぱたりと、引力に負けて落ちた腕をミランダは慌ててベッドの中へ仕舞いこみ、はだけた毛布を直してやる。 「アレン君、ハワードさん、出て行ってあげてください」 「しかしマンマ・・・!」 「病人の枕元で騒ぐなんて、いけません」 ぴしりと反駁を封じられたリンクは、気まずげに口をつぐんで一礼した。 アレンも、騒いでいた自覚はあるのか、大人しく退散する。 「ラビ君、二人とも出て行きましたよ。 時計以外のことで、私に用ってなんですか?」 彼の上に屈みこんで問いかけると、ラビは苦しげに呻きながらまた腕を出した。 「ラビ君、肩が冷えちゃうわ・・・」 また熱が上がると、気遣わしげなミランダの制止を聞かず、ラビはベッドサイドのチェストを指す。 「引き出し・・・開けて・・・・・・!」 「え・・・えぇ・・・! あの・・・封筒が何通か、入っているだけなのだけど・・・?」 何の変哲もない白い封筒には、番号や指示らしきことが書いてあった。 「リナリーがごねたらこれを開け、って・・・なに?」 取り出した封筒の表面に書かれた一文を、ミランダは不思議そうに読み上げる。 と、ラビは目を閉じたまま『イースター』と呻いた。 「明日・・・絶対にやりたいんさ・・・!」 「え・・・でも、ラビ君こんな状態で・・・」 無理に決まっている、と首を振るミランダに、ラビは強情に首を振る。 それだけの動きで、もう身動きできなくなった彼をミランダは気遣わしげに見下ろした。 「俺は参加・・・出来なくてもいいんさ・・・でも・・・・・・!」 準備だけは抜かりなくやりたいと言うラビに、元々敬虔なクリスチャンであるミランダは目頭を熱くする。 「ラビ君・・・! こんな状態なのに復活をお祝いしたいだなんて・・・! 無宗教だなんて言ってたけれど、本当は信仰を持っているのね!」 そしてそれは当然ながら、この正しい教えに違いないと確信したミランダは、ラビの返事を待たずに彼の手を両手で握った。 「私に出来ることなら・・・!」 「ありがと・・・・・・」 ようやくほっと吐息したラビが、目だけミランダへ向ける。 「まずはリーバーに、城内でエッグハントが出来るように頼んでくれ・・・。 あぁだけど、あいつは忙しいから・・・。 無理強いはしなくていい・・・」 「そ・・・そうね。 彼はいつも忙しいから、私もあんまり煩わせたくはないわ・・・」 でも、と、ミランダは首を傾げた。 「なぜ私なの? 準備なら、リナリーちゃんの方がてきぱき出来るでしょう?アレン君だっているし・・・」 不思議そうなミランダに、ラビは微かに首を振る。 「リーバーはあれで疑り深い・・・。 リナが動けば、必ず背後にコムイの影を見て、使用許可を出さないかもしれないさ・・・。 アレンは他のことならともかく、いつもイースターの準備を嫌がる・・・。 だからアレンにはこのこと、絶対秘密で動いてくれ・・・」 いいな?と念押しされて、ミランダは苦笑しつつ頷いた。 「じゃあ最初は1番の封筒を・・・! イースターの手順が書いてある・・・!」 そう言ってラビは、ミランダが持つ封筒を指す。 「引き出しにある封筒は全部持ってってくれ・・・。 そして文が書いてあるもんは、困った時に開けるんさ・・・!」 リナリーの他にも、『ユウが絡んで来た時』や『アレンにばれそうになった時』など、いくつも指示用の封筒があった。 「頼む・・・!」 「ラビ君!!」 それきり、昏倒してしまったラビに慌てたミランダがドクターを呼ぶ。 しかし駆けつけた彼は『寝てるだけだよ。大丈夫』と笑って、せわしなく別の病室へと行ってしまった。 残されたミランダは、ラビに託された封筒を抱きしめ、決然と頷く。 「ラビ君! 私・・・がんばります!」 任されたのだという、喜びと興奮に頬を染めて、ミランダは足早に病棟を出て行った。 病棟を出てすぐに『1』と書かれた封筒を開けたミランダは、最初に書かれた『極秘で行うこと!読んだ後は焼却処分!』の文言に大きく頷き、短い文章を何度も読み込んだ。 「1番目・・・リーバーさんに建物内の使用許可を取ること! 後でトラブルにならないための手順だけど、彼は忙しいから・・・ダメだって言われたら無理強いはしない・・・のよね?」 もう一度文言を確認してから焼却炉に向かったミランダは、周りに人がいないことを確認するや炉を開け、1番目の封筒を放り込む。 封筒が炎の中に消え去る様を見届けると、少し離れた場所にあった備品のマッチ箱を一つ、ポケットに入れた。 くるりと踵を返し、科学班へ向かった彼女は、足音すら忍ばせてリーバーのデスクへ向かう。 相変わらず忙しい彼は彼女に背を向けたまま、ペンを握る手を高速で動かしていた。 「あ・・・あの・・・!」 遠慮がちに声を掛けると、ぴたりと動きが止まって彼が振り返る。 「どうした?」 返事があった、と言うことは、話をしていいタイミングだと判断して、ミランダは彼に歩み寄った。 ・・・もしこれが本当に手が放せない状況なら、彼は返事をするどころか、手を止めもしないだろう。 そのくらいの状況判断は出来るようになったことがなんだか嬉しくて、ミランダは笑顔で彼の前にしゃがみこんだ。 「あの・・・お願いがあるんです・・・」 上目遣いで見上げられ、リーバーがほんの少し、頬を染める。 「な・・・なんだよ、改まって・・・」 何か欲しいものでもあるのか、いや彼女はそこまで物欲の強い方じゃないから別の何かか、まさかはっきりしない状況に業を煮やして逆プロポーズでもされるのかと、中々用件を言おうとしないミランダの前で、リーバーの脳裏を様々な予想が駆け抜けた。 「あの・・・こんな状況下だし、無理にとは言わないのですけど・・・できたら・・・その・・・・・・。 あぁでも、リーバーさんは忙しいから困らせてしまうかも・・・無理なら断ってもらっても・・・・・・」 ―――― 本当に逆プロポーズか?!それはまずいだろう、こんな所で!それにこういうことは男からじゃないと!! 目を泳がせながら囁くミランダに、想像力たくましい彼が蒼褪めたり赤くなったりする様をしかし、肝心の彼女は見もしない。 「ごめんなさい、忙しいのに、こんなことで時間をとらせちゃ・・・あの!」 意を決してリーバーをまっすぐ見つめるや、彼はぎくりと顔を強張らせた。 「明日・・・お城でエッグハントしてもいいですか?!」 「エッ・・・グ・・・・・・?」 目を点にして、声を引き攣らせる彼にミランダは大きく頷く。 「明日、イースターでしょう? だから今日のうちに準備して、お城中使ってエッグハントをしたいんですけど・・・ダメ?」 やはり、こんな戦時下で暢気なことをやっていては士気に関わるだろうかと、不安げなミランダの前でリーバーは肺が空になるほど大きくため息をついた。 「・・・なんだそんなことか!」 こんな状況下で、と言われた時には本気で焦ったと、リーバーは未だ動悸の激しい胸を押さえる。 「いいぜ。 こういう大きなイベントがある時は、なぜかノアの動きも鈍いからな。 1日くらい、城を使って遊んでもいいだろ。 ただし、危険物の使用は禁止だ」 念のために釘をさして、リーバーは了承した。 「ありがとうございます! もちろん、危険物なんて使いません!」 嬉しげに笑って、ミランダは立ち上がる。 「じゃあ早速準備に取り掛からないと! ・・・あ! このこと、秘密にしててくださいね? 特にアレン君には」 「あぁ。 あいつ、このイベントだけは準備手伝うの嫌がるもんな」 頷いたリーバーは、手を振って駆け去ったミランダに手を振り返して、もう一度大きなため息をついた。 ―――― 第一の準備はリーバーを取り込むこと。 リナリーを使えばコムイだけでなく、俺の思惑にも勘付かれる可能性があるため、ミランダを使う。 彼女が『遠慮がちに』頼めば、奴の警戒のハードルは格段に下がる。 城内でエッグハントができることは、確実になる。 「よかったわ、お願い聞いてもらえて! これで準備が進められるわ 次は・・・」 科学班を出たミランダは『2』の封筒を開けた。 「ジェリーさんに卵の殻をもらう・・・そうね、当然だわ。 これはすんなり聞いてもらえそう」 にこりと笑って中庭に出たミランダは、隅で封筒を燃やしてしまってから食堂へ向かう。 と、思った通り、ジェリーは『お願い』するまでもなく、既にたくさんの卵の殻を用意してくれていた。 「明日はイースターですもんねぇ きっとイースターエッグ作るんじゃないかと思ってぇ 作業用のテーブルも空けてあるから、リナリーと神田を呼ぶわねん アレンちゃんは来るかしらぁ 無理かしら、と笑うジェリーにお礼を言って、ミランダは再び中庭へ出る。 『3』の封筒を開くと、今度は少し、難しそうな指示があった。 「・・・お菓子を籠に入れて、『HappyEaster!ご自由にどうぞ』のカードを添える。 それを出来るだけたくさん、人通りの多い廊下に置いておく・・・。 なのに『決して見つからないようにやること』って言われても・・・」 読み上げたミランダはまず、どうやってお菓子や籠を調達しようかと困惑する。 と、人目につかない場所にいたはずの彼女の肩が、不意に叩かれた。 「ひっ?!」 驚いて声をあげてしまった彼女が振り返ると、申し訳なさそうな顔をしたファインダーが慎ましやかに一礼する。 「驚かせてしまって申し訳ありません、ロットー殿。 ブックマンJr.の指示で、隠密に動けとのことでしたので・・・」 「ト・・トマさん・・・! トマさんもラビ君に頼まれたんですか・・・?」 自分だけではなかったのかと、少し残念な気持ちになりながら言うと、彼はやんわりと否定した。 「トマは、ロットー殿のお手伝いをするように言われただけでございます。 カードとお菓子の入った籠をたくさん用意し、ロットー殿がご指示下さった場所に置いて来るようにと」 「ラビ君・・・!」 ではやはり、自分が頼まれたのだと嬉しくなって、ミランダはトマの手を両手で握る。 「ありがとうございます、トマさん・・・! 私には、たくさんの籠を誰にも見つからないように置いてくるなんて無理そうだったから・・・手伝ってもらえて嬉しいです!」 「い・・・いえ・・・! トマは、隠密行動が得意でございますから・・・!」 マスクに隠れていない半面を赤くして、トマが首を振った。 「じゃあ、人通りの多い廊下にそれを・・・。 やっぱり、宿舎と本城を結ぶ回廊とか、本城と研究棟、病棟を結ぶ回廊ですよね。 花瓶を置くためのスペースもあるから、そこに置いておけば目を引くんじゃないかしら」 「さようでございますね。 では、ご指示通り行ってまいります」 素早く踵を返したトマは、あっという間にミランダの視界から消える。 「お手伝いまで用意してくれるなんて・・・ラビ君、本当に手際がいいのねぇ・・・」 自分とは大違いだと苦笑したミランダは『4』の封筒を開けた。 ―――― 依頼ごとでは無敵のミランダだが、一人で罠を準備することは難しい。 特に、最も隠密行動が要求される『3』の指示は一人では無理だ。 ここはトマに依頼するが、彼女に気分良く動いてもらうためにも、あくまでこれを限りの『手伝い』に徹底してもらう。 そうすれば・・・最後まで彼女は、全力で動いてくれるに違いない。 ミランダが城内を駆け回っていた頃。 ラビからの無線を受けたアレンは、面倒そうに眉根を寄せた。 「なんで僕がー! ブックマンがいるじゃんー!」 『ジジィが俺の着替えなんか持ってくるわけねーさ』 「そうだろうけど! 僕、君達の部屋に入るのヤダよー・・・! ドア開けた途端に新聞が雪崩れてくるんだもん!」 口を尖らせて抵抗するアレンにしかし、ラビは呻き声まじりの不明瞭な声で反駁する。 『この時間はお前、修練場だろが! どうせ着替えに戻んだから、ついでに俺の部屋に寄って、着替え持ってくるさね! 見舞いとか言って、高熱に浮かされてる俺を揺さぶるためだけにくんじゃねー!!』 意外と元気そうな声で怒鳴るや、一方的に無線を切ったラビにアレンは頬を膨らませた。 「寝込んでる時くらい、人のスケジュールまで把握すんのやめればいいのに。 団員一人ひとりの行動時間知ってるなんて、気持ち悪すぎでしょ!」 「同じく団員達のスケジュールを把握している料理長には君、美辞麗句しか並べないではありませんか。 Jr.に対しては厳しいのですね」 リンクが意地悪く言ってやるが、アレンは悪びれずに頷く。 「愛があるかないかの違いですよ! リンクだって、ミランダさんと他の団員達とじゃ、全然態度違うじゃん!」 それと一緒!と断言されて、リンクも頷いた。 「もう! なんで僕がラビの使いっぱなんかー!」 ぶつぶつと言いながらも、ちょうど訓練を終えて着替えに戻る所だったアレンはタオルを首にかけて宿舎へ戻る。 「まったく、こんなことなら早めに切り上げて食堂にでも行ってればよかった!」 しつこくぼやきながら着替えたアレンは、ラビの部屋へ向かった。 しかし回廊のあちこちに、これ見よがしに置かれたお菓子の籠には見向きもしない彼へ、付き添うリンクが不思議そうな顔をする。 「この籠・・・本城にもありましたが、君が見向きもしないなんて珍しいこともあるのですね」 『HappyEaster!ご自由にどうぞ』のカードが添えられた籠には、おいしそうなお菓子があふれているが、アレンだけでなく傍を飛ぶティムキャンピーでさえも、ちらりと見遣っただけで鼻を鳴らした。 「食べたきゃリンクが食べれば? 角や耳が生えても知らないケドね」 「なるほど・・・科学班の罠の可能性がありますか。 ここは危険地帯ですからね」 アレン達が手を出さない理由を理解して、リンクも深く頷く。 「このお城で安全なのは、ジェリーさんと彼女のスタッフ達が作ったものだけだよ。 市販の物なんて、絶対何かを仕込むために買って来たに決まってる! それにお菓子なら、こんな危険なものに手を出さなくったって・・・」 と、慎重にラビの部屋のドアを開けたアレンは、案の定、廊下の外にまで雪崩れて来た新聞紙の川を踏みつけて室内に入った。 「きっとここにありますよ いつもポケットにお菓子を入れているラビのことだ、部屋にだってたくさんあるだろうと予想して、アレンは着替えを取るついでに物色する。 すると案の定、ベッドの下にお菓子を入れた箱があった。 「隠してたお菓子発見〜!」 歓声をあげて蓋を開けると、思ったとおり、キャンディーやクッキーがわんさかと入っている。 「わーい!いただきます 「コラッ!人のものを勝手に!」 早速手を出すアレンとティムキャンピーをリンクが止めようとするが、小脇に箱を抱えた彼は散らかった部屋の中を掻き分けながら逃げた。 「お駄賃だもー・・・・・・ん゛?!」 クッキーを頬張ったアレンが、奇妙な声をあげて顔をしかめる。 なんだか変な味がする、と思った瞬間、 誰かに頭を撫でられた時のように、髪が揺れる感触がした。 その感じに思い当たることがあって、アレンは壁にかけられた鏡の前へと、新聞紙の山を踏み分けつつ移動する。 途端、 「ん゛ん゛ん゛ん゛!!!!」 クッキーを頬張ったまま、アレンとティムキャンピーが声にならない悲鳴をあげた。 「・・・見事にウサギ耳が生えましたね」 どういう構造か、ティムキャンピーの頭にまでウサギの耳が生えている様を見遣って、リンクは自業自得だと言わんばかりに意地の悪い笑みを浮かべる。 「ラビのやつー!!!!」 よくも罠を!と、憤ったアレンは足音も荒く部屋を出た。 「あいつにもウサ耳生やしてやる!!」 薬入り菓子だけでなく、ちゃんと着替えも持って行くアレンの律儀さに、リンクは意外そうな顔をする。 「きっと口実でしょうに、着替えも持って行くのですね」 「どうせ着ないだろうから、思いっきりダサい服選んだんですよっ」 頭の上でぴこぴこと揺れる長い耳と、その間に居座って泣きじゃくるティムキャンピーを見上げながら、アレンは忌々しげに吐き捨てた。 「ラビはおしゃれ大好きだから、パジャマでさえ本当はおしゃれでいたいんだよ。 僕のこと、散々『田舎臭い上品さ』とか、『世界に冠たるダサさ』なんていっつも馬鹿にするクセに、なんで頼むんだろ、って思ったら案の定だったからさ!」 にんまりと笑って、アレンは手にした服を広げる。 「ブックマンの古いパジャマー お菓子を探してる時に、ゴミ箱から溢れて、新聞紙の下敷きになってるのを見つけたんだ 「悪趣味な嫌がらせですね」 確かに着るわけがないと、リンクは肩をすくめた。 「これを無理矢理着せてやるんだー♪」 パジャマを旗のように振り回すアレンの周りで、ティムキャンピーも小さなこぶしをあげる。 「復讐よりも科学班に行って、解毒薬をもらうのが先では? そんな間抜けな格好をしたエクソシストが戦場に行っては、ノアの失笑を買うだけでなく、味方の士気も下がりますよ」 「そうだけど・・・」 ねぇ?と、アレンとティムキャンピーは顔を見合わせた。 「仕返しが先だよね!」 「っ!」 こぶしとこぶしを付き合わせ、二人が大きく頷きあう。 「やれやれ、似たもの同士ですか」 呆れ顔のリンクは、駆け出したアレンに渋々ながらついて行った。 アレン達と入れ替わりで修練場に入ったミランダは、騒がしい場内をうろうろと歩き回って、ようやく神田とリナリーを見つけた。 「神田君!リナリーちゃん!」 声をかけると、一緒にいた二人が振り返る。 「お前、訓練はどうした! そんなんだからいつまでも貧弱なんだろうが!!」 いきなり怒鳴られて、ミランダは首をすくめた。 「ごっ・・・ごめんなさい・・・!」 エクソシストではあるが戦闘員ではないミランダが、他のエクソシスト達と対等に戦うことは出来ない。 ゆえに高度な戦闘訓練は免除されているが、戦場で生き抜くだけの体力はつけろと、特に神田には常々言われていた。 「た・・・頼まれたことが終わったら、すぐにやりますから・・・!」 「頼まれごと?なに?」 怯えきったミランダへ助け舟を出すようにリナリーが声をかけると、彼女はややほっとした顔を上げる。 「明日、イースターでしょう? だからその準備をして欲しいって、ラビ君に頼まれたの」 「ミランダにお願いしたの?!ラビが?!」 不満げに大声をあげるリナリーに、ミランダは驚いて頷いた。 「え・・・えぇ・・・。 今、病棟で寝込んでいるのだけど、そこに呼ばれて・・・とても苦しそうでしたよ」 だから引き受けた、と言うミランダの前で、リナリーが頬を膨らませる。 「なんだよラビ! 今まで散々協力してあげたのに、いざって時はミランダを頼むんだ?!」 自分に依頼されなかったことが不満だと、怒るリナリーの隣で神田が肩をすくめた。 「今までお前がなにを協力したんだ。 いつも、お前のワガママをあいつが解決させられてたんだろうが」 鋭い指摘に一瞬、声を失ったものの、リナリーは気を取り直して両手を腰に当てる。 「もうラビのことなんか知らないもん! お手伝いなんかするもんか!!」 「そんな・・・」 拗ねてしまったリナリーに困ってしまったミランダの指が、ポケットの中の封書に触れた。 「あ!」 リナリーがごねた時の対処、という封書があったはずだと、ミランダはもたもたとポケットから取り出す。 「リ・・・リナリーちゃん、ラビ君がこれを・・・」 おどおどと差し出された封筒を、リナリーは乱暴な手つきで受け取った。 「なんだよ、この表書き! 私は怒ってるんであって、ごねてなんか・・・」 早口でまくし立てつつ、取り出したカードにはラビの字で『あのことをばらすぜ?』と書いてある。 その一言で、リナリーの怒りは更にあおられた。 「なに言ってんだよ!リナリーは清廉潔白だよ! ばらされて困ることなんかないも・・・ん・・・・・・」 激しかった語調が徐々に衰え、大きな目が不安げに泳ぐ。 ややして、 「・・・びょうきのらびのためにりなりーがひとはだぬいであげるよ」 妙に平坦な口調で呟いたリナリーを、神田が呆れ顔で見下ろした。 「・・・どんな弱み握られてんだ、お前は」 「心当たりはないけど、なんか握られてる気がするんだ・・・!」 ラビだもん、と、不安げな顔をするリナリーに神田が鼻を鳴らす。 「それで? 俺にも何か、脅しの材料があるのか?」 ミランダがリナリーへ封筒を渡す前、もたもたと探していた中に自分の名を見つけていた神田が手を差し出した。 「な・・・中身は読んでいないから、脅しかどうかは・・・」 神田の名が書かれた封書を恐々と差し出すミランダから奪うように取り上げた彼は、中のカードを見て微かに笑う。 「手伝ってやっていいぞ」 「えぇっ?!」 「神田!なんの弱み握られてたの?!」 驚いて詰め寄ってくるミランダとリナリーに笑みを深め、神田は受け取ったカードを広げて見せた。 『今日はティエドール元帥とクラウド元帥がいない。存分に楽しめるぜ』 「あら・・・」 「あぁー・・・」 その文言を見た途端、納得した二人が頷く。 「・・・そうだね、神田ってば、細かい仕事は嫌いじゃないもんね」 「元帥方は・・・応援が激しいですからね。 神田君、今日は静かに作業できますね」 「戦闘訓練の後の集中力強化に役立ちそうだな」 珍しく乗り気な彼の機嫌を損ねないようにしようと、ミランダはそれ以上なにも言わずに頷いた。 「じゃあ・・・リナリーちゃんもお願いね。 もうジェリーさんが、食堂に道具を用意してくれてますから」 「わかったよ・・・まぁ、嫌いな作業じゃないし」 脅されたことは許しがたいが、元々ラビが企画しなくても、イースターの準備はやりたかった作業だ。 「びっくりするくらい可愛いの作ってやるんだ!」 乗り気になってくれたリナリーにほっとして、ミランダは修練場を出て行く二人を見送った。 「ラビー!!コノヤロー!!」 ラビの病室に怒鳴り込んだアレンは、誰もいないベッドを見つめたまま固まってしまった。 「・・・逃げた!!」 きっと、無線で連絡してきた時にはもう、ここにはいなかったのだろう。 乱雑に毛布のめくれ上がったマットはとっくに冷え切っていた。 「僕をこんな目に遭わせておきながら、なんて酷い奴なんだ!!」 「高熱に浮かされるJr.をこれでもかと揺さぶった君も、結構酷い奴ですよ」 だから仕返しされたのだと、冷静な判断を下すリンクには無言になる。 頬を膨らませるアレンに、同じく被害をこうむったティムキャンピーがカードを咥えて寄って来た。 「ラビから? どこにあったの?」 受け取ったアレンの問いに、ティムキャンピーはベッドサイドのチェストを指す。 「ちぇっ!なんだよ・・・」 開くとラビの字で、『ざまぁみろ!解毒薬が欲しけりゃ、食堂に行ってイースターの準備手伝え!』と書いてあった・・・。 「・・・信じらんない!! そんなコトのために、ここまで罠張る?!」 「イースターの準備だけは、毎年ごねますからね、君は」 それにしてもここまでやるのかと、リンクまでもが感心する。 「・・・もしや、Jr.がマンマを呼び出したのも・・・・・・」 「ミランダさんが協力者なの?!」 この教団で信用の置ける数少ない人間に裏切られたと、愕然としたアレンはしかし、すぐに首を振った。 「・・・ミランダさんが僕を陥れるわけないか。 きっと、彼女は他の事を頼まれたんだよ」 「他の事、とは?」 小首を傾げるリンクに、アレンはカードを差し出す。 「僕に隠れて食堂にイースターの準備所を設けることと、多分、これ見よがしに置かれたお菓子の籠も」 「・・・あぁ、なるほど!」 科学班の仕業に見せかけて、アレンを誘導する道具だったのかと、リンクは納得した。 「アレがなければ君は、Jr.の部屋で菓子を探そうとは思わなかったかもしれませんね」 あれほど大量の菓子が行く先々に置いてあったからこそ、ラビの部屋に着いた時には我慢の限界が来ていたのだ。 「見事に操られてウサギにまでなってしまって。 本当に君は単純な子供ですねぇ」 「う・・・うるさいっ!!」 白い髪の上でぴこぴこと揺れる耳をつままれ、アレンが顔を紅くした。 「もうっ!! ラビってばどこに行ったんだよ!!」 絶対仕返しする!と言う、アレンの声が聞こえたわけでもないが、自室のベッドに潜り込んだラビはぶるりと震える。 「あー・・・やっぱまだ、寒気がするさ」 『解熱剤は出来るだけ処方しない』と言うドクターをなんとか説得し、入手した薬のおかげで大分熱は下がったものの、まだ本調子ではなかった。 しかしそんな状態でも、怒りに我を忘れた人間の行動を読むことなど、彼にとっては簡単なことだ。 長い間観察してきたアレンならば、その精度は更に上がる。 頭に血が上った子供が目的地へ行くのに寄り道などするはずがなく、まっすぐに最短距離を駆ける事など容易に想像できた。 アレンが選択しない道を選んで帰れば、たとえ数m先ですれ違った所で彼は気付きもしないだろう。 「明日までウサギのままでいるといいさ、悪魔め」 にんまりと笑ったラビは、暖かい毛布に包まって、安らかな眠りに就いた。 「あれ! アレン君、ウサギになったんだ!」 大きな目を見開いて笑うリナリーに、アレンはふくれっ面のまま頷いた。 「・・・ラビにはめられました」 「はめられた? 買収された、じゃなくてか?」 卵に絵付けをしていた神田が、両手いっぱいに菓子を抱えたアレンの姿に呆れる。 「すごい量のお菓子だねぇ・・・。 これ、回廊とかに置いてあったのでしょ? やっぱり、科学班の罠だったの?」 それを食べてウサギ耳が生えてしまったのかと、リナリーも科学班の罠を疑った。 しかし、アレンは忌々しげに首を振り、『ラビの罠だ』と繰り返す。 「多分、仕込んじゃったのはミランダさんなんだけど・・・ミランダさんはここに来てないんですか?」 「修練場だろ。 今日のトレーニングが終わったら来るだろうぜ」 「あぁ、体力づくりの。 ミランダさん、一般人だったのにこんな戦争に巻き込まれちゃって、大変だなぁ・・・」 アレンが未だに身体能力が低いミランダのことを慮っていると、不意に彼の隣からリンクが消えた。 「あれ? リンクまでどこ行っちゃったのかな」 常に監視されるのは面倒だが、いなくなると気になるようになってしまったアレンに、リナリーが不満顔で厨房を指す。 「きっと、『がんばったマンマのためにおいしいケーキとお茶を』用意しに行ったんだよ」 「・・・僕にもあれくらいの気遣いして欲しいんだけど」 「口ン中いっぱいにしてなに言ってやがんだこいつ」 もっしゃもっしゃと大量のお菓子を頬張るアレンを、神田が呆れ顔で見遣った。 「とっとと口の周りと手を拭いて手伝いやがれ! 壊滅的な美的センスでも、もらってやってもいいぜって奇人がいるかもしんねぇだろ」 「壊滅的で悪かったな! だからイースターの準備なんてイヤなんだ!!」 目の前に並ぶ、神田作の美術工芸品を睨みながら、アレンが呻く。 「まぁまぁ、神田は職人だから。 こっちはこっちで素人作品作ろ?」 と、可愛らしく塗られた卵を見せるリナリーに、アレンが口を尖らせた。 「リナリーだって上手じゃないですか。 僕、そんなに可愛くできないもん・・・!」 だからやりたくない、と、未だにごねるアレンへ、ティムキャンピーがラビからのカードを差し出す。 自分のためにもがんばってくれと、泣きながら縋ってくるティムキャンピーに舌打ちし、アレンは渋々席に着いた。 目の前に用意された筆を取り上げ、卵に色を塗ろうとして・・・ 「あっ!」 殻を破って突き抜けてしまった筆に、眉根を寄せる。 「・・・やっぱ僕・・・・・・」 「だ・・・大丈夫大丈夫! まだたくさんあるからね!」 はい、と、リナリーが渡してくれた卵の殻を見つめて、アレンは深いため息をついた。 「どうしてもやらなきゃダメ?」 「やらなきゃ、解毒剤もらえないんでしょ?」 リナリーが筆の先で指したカードを見遣って、アレンは不満げに頷く。 「ラビめ・・・! 覚えてろー・・・!」 自分がやったことへの仕返しだということをすっかり忘れて、アレンは目の前の卵に集中した。 息すら止めて筆を動かすが、色使いといい、デザインといい、どうにも混沌としてしまう。 「・・・緑と黄色が混じってドブ色になっちゃうんだけど」 がっかりと肩を落とすアレンのテンションは、どこまでも下がって行った。 「アレン君、せっかちだから。 乾くまで待とうよ・・・」 苦笑するリナリーに返事をする元気もなくなって、アレンはテーブルの上に突っ伏す。 「もうやだ・・・このままウサギでもいい・・・・・・」 絶望的な呟きを漏らす彼に、神田が鼻を鳴らした。 「ラビと同種だな」 「・・・っやっぱりやだ!」 よりによって、自分を陥れた彼と同種など御免こうむると、アレンが顔をあげる。 と、ようやくトレーニングを終えたらしいミランダが戻って来た。 「ご・・・ごめんなさいね、みんな・・・! 私が作業をお願いしたのに、すっかり任せてしまって・・・!」 急いで来たのだろう、息を切らす彼女に神田が首を振る。 「トレーニングは義務だ。 そっちを優先するのは当然だろ」 出来上がった卵をエッグスタンドに置き、やや遠くから眺めた彼は満足げに頷いた。 「だいぶ出来たぞ」 「まぁ・・・素敵ねぇ・・・!」 彼の前に並んだイースターエッグは、どれも商品として出しても恥ずかしくない出来だ。 西洋のデザインとは違う、東洋的な意匠ではあったが、そこがまた魅力的だった。 「さすが、ティエドール元帥のお弟子さんだけのことはあるわ・・・。 手際もいいし、神田君は強くてきれいなだけじゃないのねぇ・・・」 心底感心するミランダの、直球の誉め言葉にさすがの神田も照れたようだ。 「・・・さっさと全部終わらせるぞ。 お前も早く座れよ」 「そうね、がんばらないと!」 神田に促され、席に着いたミランダの傍に、いつの間にかリンクが現れた。 「マンマ、トレーニングお疲れ様でした。 今日は準備にも走り回られて、お疲れでしょう。 どうぞ、私の作ったスイーツとお茶を召し上がれ 焼きたてのパウンドケーキが甘い芳香を放ち、ティーポットの注ぎ口から暖かな湯気があがる。 その様に目を輝かせたのはミランダだけでなく、物欲しそうな顔のアレンも、キラキラと輝く目でリンクを見つめた。 「当然僕のも・・・!」 「あるわよーん 腰を浮かせたアレンの背後から、愛しいママンの声があがる。 「アタシの可愛いウサギちゃんに、ご褒美のスイーツよん ちょっと休憩して、元気になったら続きをやりましょうねぇん アレンちゃんの卵、アタシがもらっていいでしょぉん?」 その言葉に、奈落の底にまで下がっていたアレンのテンションが急上昇した。 「ジェリーさんに上げるんだったら、僕、がんばって作りますよ!!」 「なにぃ?!」 鋭く反応したリナリーにも気付かず、アレンは両手にケーキスタンドを提げるジェリーに擦り寄る。 「ジェリーさん、何色が好きですか? お花は何が好き? 動物は?」 ジェリーに抱きつき、矢継ぎ早に聞くアレンに彼女はクスクスと笑った。 「そぉねぇん パステルカラーも好きだしぃ、紫なんかも高貴で好きだわぁん お花は、この時期だとスミレかしらん 動物は、わんこもにゃんこも好きだけどん、今はウサちゃーん 「僕もー ぎゅっと抱きしめられて、アレンが歓声をあげる。 その様に、リナリーは目を吊り上げた。 「なんだよなんだよナンダヨ!! アレン君、私には不満しか言わなかったくせに! 私の好きな色も花も動物も聞かなかった!!」 ぶつぶつと不満を漏らすリナリーに、ミランダが苦笑する。 「ま・・・まぁまぁ、アレン君がジェリーさんを大好きなのは、今に始まったことじゃないし・・・」 「母に感謝と愛情を持つことは、ごく自然なことですから」 生真面目に断言して、リンクはティーポットから温かいお茶をカップに注いだ。 「どうぞ。 今日は天気が良いので、爽やかな気分になれるよう、アールグレイをご用意しました。 パウンドケーキにもオレンジピールを入れていますので、お茶に合うかと」 「ありがとう、ハワードさん 嬉しげにティーカップを受け取るミランダに口を尖らせ、リナリーはジェリーの持つケーキスタンドから一番大きなケーキを掴み取った。 「あぁっ!!僕の・・・!」 「なにっ?!」 もっふもっふとケーキをかじるリナリーに睨まれ、アレンは『なんでもないです・・・』と首を振る。 「そんなにしょげなくても、また持ってくるわよん リナリーもそれ、仲良く分けるのよん あっさりと仲裁されてしまって気まずくなったリナリーは、ケーキを半分ちぎりとってアレンへ差し出した。 「うれしいです ふわふわのスポンジに粉砂糖がかかっただけのシンプルなケーキだが、だからこそジェリーの腕が遺憾なく発揮されている。 お茶だけをもらった神田を置いて、すっかりティータイムになったテーブルで、アレンはミランダを見遣った。 「ねぇ、ミランダさん。 僕、どうにもラビの罠にはまったっぽいんですけど・・・」 と、疑わしい動きを元に推理したことを話すと、彼女は驚いて目を丸くする。 「アレン君、よくわかったわねぇ・・・! 私、自分が何をしているのかわからずに動いていたのに!」 「やっぱり!孔明の罠か!!」 忌々しげに唸ったアレンの隣で、リナリーが苦笑した。 「アレン君、なんで諸葛孔明なんて知ってるの?」 「あぁ・・・死せる孔明、生ける仲達を走らす、ですっけ? こないだラビが、実際は大した事ないのに大げさに語られてる例だって教えてくれたんです」 死んでないケド、と笑うアレンにリナリーが乾いた笑みを浮かべる。 「・・・失礼な話だよ、全く」 ラビにかかれば中国の英雄譚も面白みがなくなると、呆れるリナリーにミランダは首を振った。 「こんなに手際よくみんなを動かしてしまうなんて、ラビ君は本当にすごいわ・・・」 でも・・・と、小首を傾げる。 「こんなに予測できるのに、なぜ普段は空気読めないとか言われるのかしら?」 悪気のないミランダの一言に、アレンやリナリーだけでなく、リンクまでもが吹き出し、神田は彼らしくもなくむせ返った。 翌日、昼近くになってようやく目を覚ましたラビは、すっかり熱も下がって動けるようになった身体を思いっきり伸ばした。 「うー・・・まだだるいけど、動けるようにはなったさー・・・!」 やっぱり解熱剤を処方してもらってよかったと、発熱の影響でまだ痛む関節をほぐしながらベッドを下りる。 「イースターの準備終わったかねー? 多分、うまく運んだとは思うんケドさー」 ちょっと本気で先読みをしてしまったと、笑いながら身支度を整え、部屋を出た。 と、扉の前に忠実な召使よろしく、トマが居住まいを正して立っている。 「お、トマ! 昨日はちゃんと働いてくれたさ?」 結果を見られなかったのは残念だったと言うラビに、トマは慎ましやかに頷いた。 「ウォーカー殿は可愛らしいウサギ耳を生やして、料理長に可愛がられていらっしゃいます。 おかげで、ご本人もそれほど悪い気はされていないように見受けられます」 「へー! 嫌がらせして、解毒剤を餌に手伝わせる作戦だったんケド。 失敗しちまったかな」 苦笑すると、トマはにこりと笑って首を振る。 「料理長のために、ウォーカー殿は張り切って準備をしてらっしゃいました。 神田殿やリナリー殿、もちろんロットー殿も乗り気でやってらっしゃいましたので、昨日のうちに準備は整ってございます。 後はJr.が起きるのを待とうと、皆様食堂に集まってらっしゃいますよ」 「よっしゃー!!エッグハントさ!!」 こぶしを掲げ、意気揚々と歩を進めた彼の前に、トマが再び立ち塞がった。 「ん?どしたんさ?」 「ご出陣の前に」 にこりと笑ったトマが、両手で紙片を差し出す。 「ウォーカー殿を誘い出すために使った、お菓子の請求書でございます」 「こんなにっ?!」 予想よりも桁が二つほど多い請求書に、ラビは愕然とした。 「はい。 何しろ、城中の至る所に置いていたわけでございますから。 このくらいは当然かかるかと」 肝心の先読みをし損ねていたことに気付いて、ラビは吐血する。 「ご・・・ごくろうさま・・・だったさ・・・・・・」 まだ4月も始まったばかりだというのに、既に数か月分の小遣いをつぎ込んでしまった事実にラビは震えあがった。 しかしクロスではあるまいし、トマ相手に借金を踏み倒すわけにも行かない。 「後で・・・必ず払いマス・・・!」 滂沱と涙を流しながら、ラビは震える手で請求書を受け取った。 Fin. |
| 2015年、イースターSSです 題名は『人形劇』の意味ですよ。 これは、エイプリルフールに序盤だけアップしていたSSの続きになります。 こんなお話でした(笑) 副題は『死せる孔明生ける仲達を走らす』です(笑) ラビはやろうと思えばこのくらい出来るんでしょうが、おそらく原作ではやらせてもらえないでしょうね(笑) おそらく、企んだ時点でブックマンに止められるでしょう。 過大評価でないことを祈る(笑) |