† Gourmet †
早朝の菜園は、細い糸のように降り続く雨に覆われて、白く煙っていた。 初夏とは言え、北方に位置するロンドン郊外の気温は未だ低い。 ぶるりと震え、コートの襟を合わせたジェリーは、畑の中で困惑げにきょろきょろと菜園を見回す白い頭へ向けて、声をかけた。 「アレンちゃーん! そこはインゲンの畑だから、まだ何もないわん キュウリは温室よん 「はーい!!」 背に担いだ籠を揺すりながら、温室へ駆けて行くアレンをジェリーは、微笑ましく見守る。 「こんなに早くからお手伝いしてくれるなんて、アレンちゃんてばホントにイイ子 バイト代、はずんであげなきゃねん 師の借金を背負う気の毒な少年は、本業がオフの日も食堂でのアルバイトに勤しんでいた。 と、ジェリーの肩に乗って雨を避けていたティムキャンピーが、アレンの後を追うように飛び立つ。 「アララ! ティムちゃん、濡れるのヤなんじゃないのん?」 呼びかけられてティムキャンピーは、ジェリーの差す、鮮やかな赤い傘を名残惜しげに振り返ったが、自分の役目だとばかり、アレンを追って行った。 「仲良しねぇん ・・・あら?」 てっきり、アレンと共に温室へ入ると思っていたティムキャンピーが、不意に方向転換して雨に濡れる葉の周りをうろうろする。 「なぁに?どうかしたぁ?」 近づいてみると、葉の上にカタツムリが何匹も乗っていた。 「え・・・これ、ヒメリンゴマイマイよねぇ・・・? こんな寒い所にいるなんて、珍しいわねぇ・・・!」 フランス以南の暖かい場所にいるものだと思っていたと、ジェリーはその繁殖力に感心する。 「でもこれ、葉っぱを食べちゃう害虫なのよねぇん・・・可哀想だけど駆除しちゃわないと」 駆除の言葉に反応したティムキャンピーが、あんっと口を開けてぞろりと並んだ歯を剥き出しにした。 「あぁんティムちゃん! ダメよ、食べちゃあ!」 パタパタと手を振ったジェリーは、めっとティムキャンピーをつつく。 「ちゃんと下ごしらえしてから!ね?」 にこりと笑ったジェリーに、ティムキャンピーはコクコクと頷いた。 「ジェリーさーん!キュウリ、このくらいでいいですか?」 背負った籠いっぱいにキュウリを入れて温室から出て来たアレンは、ジェリーとティムキャンピーが大きなザルにせっせと入れている物を見て、思わず歩を引いた。 「カタツムリって・・・たくさんいると気持ち悪いですね・・・!」 苦手なわけではないが、積極的に好きでもない。 そんな存在である生き物がたくさん入ったザルに、アレンは恐る恐る近づいた。 「駆除ですか?」 「そぉよん。 葉っぱを食べちゃうからねん」 特にヒメリンゴマイマイの繁殖力は危険だと、ジェリーは真剣な顔でカタツムリを摘んではザルに入れる。 「でもねぇ、ちょっとラッキーだったのは、これが食べられるカタツムリだってことよね 「・・・・・・あぁ! フランスじゃ食べますよね」 初めて見た時は驚いたものだが、あの美食家の師が平然と食べているのを見て、安全だと確信したものだ。 「このまま煮ちゃうんですか?」 「ウウン。 これは、先に下ごしらえしなきゃいけないのん・・・一週間はかかるわね。 でも、おいしく食べるには必要なのよねん」 「へぇ・・・!」 一週間後、と言う言葉をついさっき聞いた気がして、アレンは首を捻る。 「・・・あぁ、あいつか」 ジェリーと菜園へ出る前、彼女が嬉しげに『お誕生日の料理はなににしようかしらぁ と、アレンは不意に、にんまりと笑う。 「ねぇねぇジェリーさぁん 一週間後なら、神田のお誕生日ですよね 未知の食材を堪能させてやればいいんじゃないかな!!」 食べ終わった後に原材料を見せてやろうと、意地悪く笑うアレンにジェリーは苦笑した。 「食べるかしら。 あの子、お野菜は食べるんだけど、生き物はあんまり食べたがらないのよねぇ・・・」 「きっと食べますよ! だって、ジェリーさんの料理は世界一ですもん! 神田だって喜んで食べますとも!!」 そして自分が何を食べたかを知って蒼褪めるがいいと、アレンは悪魔の笑みを浮かべる。 「・・・アレンちゃん、企みが見え透いてるわん」 呆れるジェリーの隣で、ティムキャンピーもコクコクと頷いた。 「あら、エスカルゴだわ」 厨房の勝手口を開けた途端、中にいたエミリアが嬉しげにザルの中を見た。 「姐さん、急いでザルを取りに来たと思ったら・・・害虫駆除やってたんですか」 「そんなの、言ってくれれば俺達が行ったのに」 忙しく働いていたシェフ達が声をかけるが、ジェリーは笑って首を振る。 「いいのよん とりあえず、おいしそうなのだけ選んできたのん。 エミリア、アンタ、下ごしらえできるぅ?」 問われてエミリアは、自信満々に頷いた。 「もちろんよ! あたしが茹でたエスカルゴは、神だって舌を巻くわ!」 「それを言うなら舌鼓を打つ、よん」 まだ英語が不自由な彼女の言い間違いを優しく訂正して、ジェリーはとぼとぼとついて来たアレンを振り返る。 「アレンちゃん、元気ないわねぇん・・・そんなにヤだった?」 問われてアレンは、弱々しく頷いた。 確かに、ザルいっぱいに入ったカタツムリは見ていて気持ちいいものではなかったが、それでこんなにも消沈しているのではない。 「一週間も・・・餌をあげないなんて・・・!」 野生のカタツムリはなにを餌としているかわからないため、下準備として一週間は餌を与えず、それまでに食べた物を全て排出させる、と言うジェリーの話が、彼の頭の中で頭痛のように巡っていた。 同じ死ぬにしても、飢え死にだけは嫌だと常々思っているアレンにとって、その下準備は残酷すぎる。 「僕・・・カタツムリに生まれなくてよかった・・・・・・」 とうとう涙を滲ませたアレンの頭を、ジェリーが優しく撫でた。 「アレンちゃんは食べちゃいたいくらい可愛いけど、本当に食べちゃったりしないから大丈夫よぉん ね?と、俯いたアレンを覗き込んできたジェリーの笑顔に、ほっと吐息する。 「そうそうそれに、確実に毒入りのお前なんか、どんな動物だって食べやしないさね」 安心しろと、すかさず突っ込んで来たラビを、アレンはじっとりと睨んだ。 「・・・黙ってジャガイモの皮剥きなよ。 ラビが割った食堂の窓、大きいからガラス代めっちゃ高いんだって、コムイさんがケトルみたいに煙を吹いて怒ってたよ」 「いくら高くったって、ガラス3枚だろ。 お前の借金に比べれば、完済なんてあっという間さね」 「僕の借金じゃないよっ!!」 あっさりと切り替えされて、アレンまでもがケトルのように甲高い声で怒鳴る。 「師匠がいなくなってこれ幸いと債権者さん達に死亡通知送ったのに、誰も信じてくれないんだ!! どころか、『何回葬式挙げりゃあ気が済むんだ!香典返せ!』って、更に借金が増えたよ!! 馬鹿師匠、のこのこ帰って来たら今度こそ僕が殺す!!」 物騒なことを言うアレンに、事情をよく知らないエミリアが怪訝な顔をした。 「なんでそんな人の弟子をやってんのよ。 さっさと見限ればいいじゃない」 「それが出来たらとっくにやってますよ・・・・・・」 魂でも吐きそうにげんなりとした顔で、アレンはため息をつく。 「僕も、クラウド元帥の弟子に鞍替えしたいなぁ・・・。 少なくとも、借金からは解放されるし・・・」 「俺も、教団の人間なら迷わずクラウド元帥だな♪」 しかしそれは、エミリアにとって甚だ気に入らない意見だった。 「あんな鬼姑やめときなさいよ! そりゃもう、性悪なんだから!」 神田を巡って常にクラウドとバトル状態にある彼女ならではの意見だが、二人は賛同しかねるとばかり、首を振る。 「うちの師匠とは比べ物にならないくらい優しいですよ!」 「ちょっとくらい厳しい方が素敵さね!」 むしろ歓迎!と、嬉しげに頬を染めるラビから、エミリアは歩を下げた。 「・・・あんたら変わってるわね。 蓼食う虫も好き好き、だったかしら?」 合ってる?と、小首を傾げた彼女に、二人だけでなくジェリーも頷く。 「でもそれって、エミリアさんもですよ。 あんな顔だけ男のどこがいいんだか」 「顔がいいところよ!」 忌々しげに言うアレンに笑顔で返して、エミリアはジェリーがバケツに移したカタツムリに目をやった。 「・・・そうだ。 ちょうど下ごしらえは間に合いそうだし、ダーリンのお誕生日に出してあげようかしら、これ」 「ッナイスアイディアですよ、エミリアさん!!!!」 自分が言い出さずともエミリアの方から言ってくれたことにアレンは、全力で乗っかる。 「あいつ偏食だから、原材料名言っちゃうと絶対に食べないと思うんですよ!だから!」 「あぁ、最初から言うつもりなんてないわよ。 さすがに、外国人がこの料理に理解がないことくらい知ってるわ」 この国ではエミリアの方が外国人なのだが、そう思わないところが彼女らしい。 「がんばってください!僕、応援しています!」 「アレンちゃん・・・思惑が見え透いているわ・・・」 呆れるジェリーには満面の笑みを向けてこぶしを握る。 「神田の食わず嫌い矯正作戦ですね!」 「・・・そうねん」 この難関をクリアすれば、他の食材にも手を出しやすくなるかもしれないと頷いたジェリーにアレンは快哉をあげ、今後起こりうる騒動を想像してしまったラビは、諦め顔で肩をすくめた。 一方、自分の未来に起こりうる事など全く知らず神田は、今日も平和に団員達をいたぶっていた。 「けっ。訓練にもなりゃしねぇ」 修練場に怪我人の山を築き上げた上での発言に、被害者達がいきり立つ。 「ちくしょー!!鬼ー!!」 「ちったぁ手加減しろ、この悪魔!!!!」 ぎゃあぎゃあと喚き立てる団員達はしかし、次の瞬間、背後から蹴散らされた。 悲鳴をあげる彼らへ鼻を鳴らし、巨漢は大きな手をボキボキと鳴らす。 「お前らは戦場でも同じことが言えるのかよ。 アクマ共に、『手加減してください』ってか?」 地鳴りのような声と威圧感に震え上がり、声も出ない彼らを無視して、彼は神田を見遣った。 「ヒマなんだ。ちょっとシメられろや」 「ソカロ元帥にお相手いただくとは、光栄だ」 にやりと笑って挑みかかる神田に、ソカロは満足げに頷く。 「クラウドが怒るからな、顔は免除してやんよ」 「頼んでねぇよ!」 怒鳴るや飛び掛って来た神田の首を、ソカロは無造作に掴んだ。 急所を的確に締め上げる技量と膂力はさすが元帥と言うべきか。 常人なら一瞬で意識不明になるところだが、あいにく神田は常人ではなかった。 「陳腐じゃねぇか?」 締め上げられながらも口の端を曲げた神田は、ソカロの腕を掴むや床を蹴り、彼の首に足を絡める。 「絞められんのはどっちだよ!」 さすがに倒れないソカロの首をギリギリと締め上げた。 しかし、 「おいおい、ツマンネー根競べだな。 これじゃあ観客が退屈するぜ」 こめかみに青筋を浮かべながら、ソカロもにやりと笑う。 「やっぱ、ケンカは派手じゃねぇとな!」 言うや神田の足を両手で掴み、引き剥がして床に叩きつけた。 「・・っのやろ!!」 「へっ!軽い軽い♪」 神田の足を掴んだままのソカロは、楽しげに笑いながら彼を振り回し、壁へと投げつける。 が、一方的にやられはしない神田は、身体を捻って体勢を変え、壁を蹴ってソカロへ反撃した。 「っらぁ!!」 「おらよ!」 神田渾身の蹴りをソカロはあっさりと受け止め、また床に叩きつける。 「へっ! 体術じゃリナリーの方が、まだ面白い攻撃してくるぜぇ?」 「ちくしょ・・・!」 飛び起きる間もなく大きな足で胸を踏まれ、身動きを封じられた。 「降参しな、クソガキ? じゃねぇと肋骨踏み砕くぜぇ?」 ニヤニヤと笑いながら見下ろしてくるソカロを、神田は忌々しげに睨む。 彼らの周りで、神田に倒された団員達が拍手喝采していることも忌々しかった。 「誰が降参なんか!」 肋骨くらい、砕かれてもすぐに再生するという自信もあり、反駁した彼の目の前にソカロの大きなこぶしが迫る。 「そうかい」 激痛を感じる間もなく、神田の意識は闇に沈んだ。 「・・・ちっくしょ」 強烈なこぶしを受け、まだ腫れの引かない頬に手を当てた神田は、不機嫌な顔で器の中の蕎麦をかき回した。 「・・・まだ折れた奥歯が再生しねぇから、蕎麦が伸びちまった」 忌々しげに言う彼に、エミリアが唖然とする。 「歯が再生って・・・すごいわね、ダーリン。 普通、しないわよ」 さすがは特異体質、と、暢気に感心する彼女に神田は舌打ちした。 「なによ、ソカロ元帥に全く敵わなかったからって、八つ当たりしないでよねー」 「してねぇだろ!」 ただ、傍で色々言われることが煩わしいだけだ。 しかしそれを口に出せばまた面倒なことになると、さすがの彼も学習していた。 代わりに、意識が戻って以来、ずっと考えていたことを呟く。 「・・・体重だな。 ソカロ元帥並に体重が増えねぇことには、あの重量に勝てねぇ」 体重さえ増えれば、あんなに軽々と投げ飛ばされることもないだろうと言う彼に、エミリアは必死で首を振った。 「嫌よ、やめてよ! すごくきれいなのに、なにを好き好んであんな筋肉の塊になりたがるのよ!」 元帥に対して酷い言い様だが、エミリアは譲らない。 「大体、クラウド元帥はいつもソカロ元帥に勝ってるじゃない!」 「口とラウでな」 腕力で勝っているわけじゃないと、むくれる神田に苦笑した。 「元帥には勝てなくても、アクマには勝ってるんだからいいじゃない。 とにかく、ダーリンがゴツくなるなんて嫌よ!」 「だからダーリンって言うなって・・・」 「あ!そうだ!!」 神田の言葉を遮って、エミリアは厨房のジェリーへ手を振る。 「なぁに?追加?」 神田が珍しい、と寄って来たジェリーに、エミリアは首を振った。 「ダーリンが体重増やしたいなんていってるんだけど、あたしは彼が太るのも筋肉ダルマになるのも嫌なのよ! だから姐さん・・・!」 「あぁ!食事管理ね!」 さすがに察しのいいジェリーが、手を打って頷く。 「アタシも、この子の偏食はどうにかしたかったのよねぇ 神田、アンタ体重増やしたいってことは、偏食治すことと同義だってわかってて言ったのよねん?」 にんまりと笑うジェリーから、神田はふいっと顔を逸らした。 「く・・・食いもん以外で・・・」 「食事以外でどうやって体重コントロールするのよ。 減量ならともかく、増量したいんでしょ?」 エミリアに詰め寄られて、さすがの神田が反論できない。 「とりあえず1週間、出されたものを文句言わずに食べなさい クスクスと笑うジェリーをちらりと見遣って、神田はため息をついた。 「じゃあ、明日から・・・」 「なに言ってんの、今日からよ」 彼らしくもなく弱気な態度にエミリアが畳み掛けると、ジェリーが安心させるようににこりと笑う。 「そんなに心配しなくったってだぁいじょうぶよぉん アタシは最初から、ハードなメニュー出さないからぁ それもそうかと思い直し、神田は渋々頷いた。 「よぉし! じゃあ、今からお肉料理出してあげるからぁ!全部食べるのよん!」 「今からかよ!!」 思わず腰を浮かした神田の肩を、すかさず掴んだ二人が無理矢理に座らせる。 「歯が痛くても、よく噛んで食べるのよ?」 「今日は柔らかいお肉料理を出してあげるわねぇ 楽しげな二人に挟まれて、逃げ場を失った神田は不承不承頷いた。 「なんだあいつ、美人二人に囲まれてるくせに、不満そうに!」 厨房の手伝いをしながら食堂の神田を見遣ったアレンが、口を尖らせた。 「僕が採って来たキュウリ残したら殴ってやる!」 「へ? 蕎麦にキュウリなんて・・・あぁ、漬けもんの方か。 今は歯が痛くて噛めねぇんだろ」 ソカロに思いっきり殴られたのだから無理もないと、ラビが震え上がる。 「俺なら、ソカロ元帥となんてぜってーやりたくないけど、ユウってば勇気あるさ」 「不死身だからできるんですよ、あんなこと。 僕、歯なんて再生しないもん!」 ごく当然のことだが、それを理由にソカロを避けては神田に馬鹿にされそうで、大声では言えなかった。 悔しげに頬を膨らませるアレンの頭を撫で、ラビも頷く。 「至極まっとうな判断さね。 でもあいつ、そゆこと慮らずに馬鹿にしてくるもんな」 「無神経だからね!」 忌々しげに鼻を鳴らしたアレンはしかし、いきなりくすくすと笑い出した。 「おい、悪い顔になってんさ」 これから起こるだろう騒動には、とっくに覚悟を決めたつもりだったが、悪魔のような笑声を間近で聞いてはとても落ち着いていられない。 「ねーぇ? ラビもここで1週間、バイトしなよぉ 悪魔の笑声も嫌だが、猫なで声にはもっと危機感を煽られた。 「・・・お断る。 俺はイイコだから、バイトよりも任務優先さ!」 「もちろん、任務は優先していいよ。 だけど、ココにいる間はさーぁ ぐいっと衿を掴まれ、引き寄せられたラビが、心底嫌そうな顔をアレンに寄せる。 「・・・なにやらせようってんさ」 「僕らも、神田にお料理出してあげようよー 「・・・っ嫌さ! お前、姐さんの料理に毒を盛るなんて、教団最大の禁忌さね!!」 「っそんなこと一言も言ってないよ!!」 そんな馬鹿な真似はするもんかと、アレンは慌てて否定した。 「そうじゃなくて! 僕らがいっしょけんめいつくったおいしいおりょうりをかんだにたべさせてあげようってことだよーおたんじょうびおめでとー 深い闇を宿した笑みを浮かべ、抑揚なく吐かれたセリフにラビは耳を塞ぐ。 「・・・悪いが俺、邪悪語は聞き取れん耳になってっから」 「邪悪語ってなんだよ、僕のは真っ当なクイーンズ・イングリッシュだよ」 「内容が邪悪だってんさ! 俺は関わりたくねぇ!」 一人でやれ!と、断言したラビにアレンは頬を膨らませた。 「じゃあいいよ! その代わり、次の任務で一緒になっても、レベル3は自分でやっつけてね!」 「へ?!ちょっ・・・それ無理・・・! だって俺、お前らみたいな強力な武器持ってねぇし!」 「そんなの知らないもんね!」 べーっと、意地悪く舌を出すアレンの前で、ラビの表情がくるくると変わる。 やがて、 「・・・・・・わかったさ」 ため息と共に、彼は呟いた。 「協力する・・・」 「やったー 諸手を挙げて、アレンは快哉をあげる。 「じゃあ早速、舌が溶けるくらい甘いの作りましょう! あいつ、辛いのは平気だけど、甘いのは嫌がるしー 「・・・せめて、食えるもん作れよ」 アレンが毒を盛らないように見張っていようと、ラビはせめてもの抵抗を試みた。 「・・・初めて自主的に私を呼んだと思えば、そういうことですか」 アレンに呼ばれて厨房に降りて来たリンクは、深々とため息をついた。 「まだ、書類仕事が終わっていないのですが」 「いいじゃん! どうせ僕や教団の悪口しか書いてないんでしょ! そんなつまんないことに心血注いでないで、もっと面白いことやりましょう!」 リンクの仕事を全否定した上、自身の邪悪な企みに引き込もうとするアレンに、彼はこめかみを引き攣らせる。 「面白いとか面白くないとか・・・私は君と違って子供ではないのですから、大人にふさわしい責任をはたさなけれ・・・なんですかこれは」 調理台の上へアレンが並べた物に、リンクは眉根を寄せた。 「高級チョコレートに王室御用達製菓料のドライフルーツにナッツ。 クリームは絞りたてのミルクをここの料理人さん達が泡立ててくれたものです。 ジェリーさんが、『リンクちゃんが作るんなら、このくらい用意してあげるわぁ 「料理長が・・・」 それは、世界最高峰とも言うべき名料理人の彼女に認められたということだろうかと、リンクの頬が紅潮する。 「し・・・仕方ありませんね。 料理長のご好意を無下にしては、申し訳ありませんから・・・!」 「これで、神田の舌が溶けそうなくらい甘いのって作れますか? あいつが吐き気を堪えて飲み込む姿を見てやりたい 「・・・この材料を前に、なんて無礼な子供でしょうか、君は」 アレンの邪悪な思惑に、リンクが深いため息を漏らした。 「この材料ならば、ケーキと言うのも無粋な選択でしょう。 ドライフルーツとナッツ入りのショコラを美しく作り上げようじゃありませんか!」 すっかり乗り気になったリンクが早速腕まくりする。 「ウォーカー、大理石の台を用意しなさい。 Jr.、ヒマならナッツを刻んでください。 あまり細かくなりすぎないように」 このサイズで、と、リンクが刻んだ大きさに、ラビが頷いた。 「らくしょー」 言うやナイフを取り上げたラビは、驚くほど正確に、ナッツを同じ大きさに刻む。 「・・・ブックマンの血族には、そんな特技もあるのですね」 「特技ってほどのもんでもないけどさ♪」 まんざらではない様子で、ラビは刻んだナッツを皿に移した。 「他には?」 「では、ドライフルーツも同じ大きさに」 「おっけ♪」 「僕は?僕も何かやる!」 はいはい!と挙手するアレンには、冷たい目を向ける。 「つまみ食いしないよう、外に出ていなさい。 それが一番のお手伝いですよ」 「えー!!!!」 嫌だ何かやる!と、騒ぎ立てるアレンに、リンクは猫でも追い払うように手を払った。 「神田の頬が落ちるようなおいしいショコラを作ってあげますから、おとなしく待っていなさい」 「ほっぺが落ちてどうするんだよ!吐き気を催すような・・・聞いてっ!!」 首根っこを掴まれ、厨房の外へと放り捨てられたアレンが、ぱんぱんに頬を膨らませる。 「なんだよリンクのわからずや!僕の目的を邪魔しないでよね!」 きゃんきゃんと喚きながら厨房に戻ろうとするがその度に追い払われ、とうとう他のシェフ達からも仕事の邪魔だと追い出されてしまった。 「なんだよバーカ!! 僕のお楽しみを奪うなんて・・・!」 振り返れば神田が、未だにエミリアとジェリーの二人から構われていて、忌々しいことこの上ない。 「なんとか嫌がらせを・・・!」 黒いオーラを振りまくアレンの頭上で、ティムキャンピーが身動ぎした。 彼の頭を飛び立ち、眼前にホバリングしたティムキャンピーは、柔らかい身体でリナリーの顔真似をする。 「・・・あ! そうだ、リナリーが帰ってくるんだっけ!」 壁の時計を見ると、もうじき1時になるところだ。 「欧州のどっかだったよね、今回の任務。 じゃあ、時差ボケもないだろうから、誘っちゃおうっと!」 リナリーを確保すれば、再び厨房に入ることも可能なはずと、アレンの顔が再び邪悪に歪む。 「ティムいこっ! 絶対に神田をいたぶって・・・ううん、感涙させてやるんだ♪」 楽しげな笑声をあげながら駆け出したアレンの後を、ティムキャンピーもわくわくとついて行った。 方舟の間に入ると、まだリナリーは帰還していなかった。 代わりに迎えに来ていたコムイが、飛び込んで来たアレンを振り返る。 「どうしたの、アレン君?なにかあった?」 緊急事態でも起こって呼びに来たのかと、表情を改めたコムイにアレンは首を振った。 「違うんですよ! 緊急事態とかじゃなくって・・・」 どう話せばいいか迷っていると、方舟の間に常駐するスタッフが慌しく動き始める。 「あ、ご帰還だよ!」 緊急事態ではないとわかって頬を緩めたコムイの隣で、アレンも彼女が出てくるのを待った。 と、 「あれ?アレン君も迎えに来てくれたの?」 扉を出てきたリナリーが、嬉しげに笑ってステップを降りてくる。 「兄さーん 「おかえりー 熱く抱擁する兄妹の傍らでぼんやりするアレンを、リナリーに続いて降りて来たクラウドがつついた。 「お前が迎えに来るなんて珍しいな。なにかあったのか?」 自分に用だと思ったのか、話しかけて来たクラウドに、抜け目ないアレンは大きく頷く。 「今、食堂で神田が、エミリアさんとジェリーさんに構い倒されてますよ!」 ご注進に来た、と言うアレンに、クラウドが首を傾げた。 「それがどうしたんだ? 鬼嫁の図々しさは忌々しいが、いつものことだろうに」 わざわざ注進することだろうかと不思議そうな彼女だけでなく、アレンはリナリーにも聞こえるように声を大きくする。 「今朝あいつ、ソカロ元帥に挑んで完敗したんですけど、それがかなり頭に来たみたいで。 ソカロ元帥みたいに大きくなって体重増やしたいとか言ったもんだから、エミリアさんはヤダって大騒ぎするし、ジェリーさんは偏食を治すいい機会だって張り切るし」 「ソカロの奴・・・ユウの美貌を台無しにする気か!」 忌々しげに舌打ちしたクラウドに、アレンは不満げに眉根を寄せた。 「僕はあいつの美貌なんか知ったこっちゃないですけどね!」 心の中で、ソカロの更なる躍進を願いつつ、アレンは言い募る。 「神田ってば、他の誰の言うことも聞かないのに、ジェリーさんの言うことは聞くでしょ。 今、一週間はなんでも食べるって神田に約束させて、ご馳走攻めにしてるんですよ。 だから今なら、クラウド元帥の手作りアップルパイ・・・元帥ったら!!」 一瞬で食堂へ駆け去ってしまったクラウドの、既に見えない背にアレンは口を尖らせた。 「ってわけでリナリー。 今ならすごく甘いチョコレートケーキも食べると思うけど・・・」 「おもしろそう!私もやる!」 早速厨房へ行こうとするリナリーをしかし、コムイが笑って止める。 「神田君の体型変えるのに、食事で何とかなるはずないでしょ。 セカンドエクソシストだよ、彼」 人工的に作られた身体が、食事くらいで調整できるなら苦労しないと笑っていたコムイの笑声が、段々不気味なものに変わっていった。 「ウフフフフフ・・・! とうとう、ボクが開発した強力筋肉増強剤を使う時が来たようだね・・・!」 「ドーピング禁止!!」 「ぐふっ!!」 みぞおちにリナリーの強烈な頭突きを食らって、コムイがうずくまる。 「えーおもしろそうなのにー」 その手があったかと、乗り気なアレンに眉根を寄せ、リナリーは彼の手を引いた。 「行くよ! ジェリーはともかく、元帥やエミリアに先を越されるなんて悔しいもん!」 「えー・・・。 神田なんてどうでもいいじゃないですか。 彼の望みならきっと、コムイさんが叶えてくれるし!」 自分から仕掛けておきながら、リナリーが乗り気になった途端、不満を漏らすアレンに頭上のティムキャンピーが呆れ顔で羽根を竦める。 しかし、 「それだけは絶対阻止するからね!」 リナリーに真顔で言われて、アレンは渋々頷いた。 それでも、未練がましくコムイを見遣る彼の手を、リナリーが強引に引く。 「ケーキも食べるだなんて、嬉しいなぁ! ぜひ、私のガトーショコラを食べてもらわなきゃ!」 頬を紅潮させたリナリーが、わくわくと厨房へ駆け込んだ途端、リンクの冷たい目に睨まれた。 「神田に毒を盛る気ですか、小娘。 こんな切迫した戦況下で、貴重な戦力を減らすことは利敵行為に当たりますよ」 「んなっ・・・!どー言う意味よ!!」 「そのままの意味ですが、理解できないとは全く頭の悪い」 「ふぬー!!!!」 会った瞬間にケンカを始めた二人の間に、アレンは慌てて割って入る。 「落ち着いて、リナリー! リンク!会った瞬間に嫌味言うのやめてくださいってば!」 ジェリーのためにも、そして何よりも自分のために、厨房を死守する構えのアレンに、リンクは鼻を鳴らした。 「いいでしょう。 ここは料理長の顔を立てて、ワガママ娘の入室を許可しましょう」 リンクが遥か上から目線で言うや、リナリーのこめかみが引き攣る。 「いつからそんな許可が出来る立場になったんだよ! ここの責任者はジェリーでしょぉ!! 私はジェリーの言うこと以外聞かないから!!」 「じゃあアタシの言うこと聞いて、大人しくしなさいよ、アンタ」 背後から大きな手で頭を掴まれたリナリーが、びくりと飛び上がった。 「ジェリー・・・! 神田に構ってたんじゃないの?」 「エミリアとクラウドちゃんに取られちゃったのぉ。 クラウドちゃんたら、自分のレシピでアップルパイ作って持って来いなんて、ホントワガママなんだからぁ」 「え?!クラウド元帥が戻ってんさ?!」 彼女の名に反応したラビが、カウンターに寄って食堂を覗く。 「あー・・・なんか、すげー嫁姑戦争が勃発してるさ」 苦笑するラビの声に引かれて寄って見ると、確かに神田を挟んで、二人が激しい言い争いをしていた。 「ユウもあれじゃあ、食欲なくなるだろうぜ」 「アラァ! でも今日は、かなり色んなもの食べてくれたわよぉ クラウドのレシピに沿って、鍋に大量の砂糖を投入したジェリーが、手早くリンゴを煮る。 「今日は歯が痛いから、柔らかいものばっかりだけどねん。 明日になったらもう治ってるでしょ」 「歯がどうかしたの?」 虫歯?と、首を傾げるリナリーに、皆が苦笑した。 「ソカロ元帥にぶん殴られて、まだ歯が再生しないんだとさ」 「再生するだけでもすごいことなのですが」 どこか呆れ口調のラビとリンクの言葉に、しばらく宙を見つめていたリナリーが大きく頷く。 「じゃあ今日は、スフレを焼いてあげるよ! あれなら歯が痛くても大丈夫だよね!」 「・・・・・・焼けるのん?」 とても疑わしげなジェリーに頬を膨らませ、リナリーは踵を返した。 「できるもん! お手伝いしてもらわなくったって大丈夫だもん!」 張り切って調理台に向かったリナリーから、ジェリーがそっと高級チョコレートを隠す様を皆が目で追う。 「リ・・・リナリー。 チョコレートはそこに、製菓用の小さい粒になってるのがあるから、それ使いなさい。 それなら・・・別にもったいなくないから」 ジェリーが口元を覆ったせいで、後半の呟きは聞こえなかったのだろう、リナリーはすぐに機嫌を直して製菓用のチョコレートを鍋に入れた。 「えへへー!おいしいの作ってあげるよ!」 それをいきなり火にかけた彼女に、周りから大きなため息が漏れる。 「・・・お手伝いしなくていいって言ったんだから、自分でやんなさいよん」 「わ・・・わかってるよ・・・!」 ため息の渦に囲まれたことを気にしながらも、リナリーは我流でスフレ作りに取り掛かった。 「高級チョコレートだともったいないという、料理長のお言葉も当然ですね」 製菓において、あまりにも暴挙とも言うべきリナリーの手順に呆れたリンクは、出来上がったばかりの自信作に笑みを浮かべる。 「材料がいいのですから、おいしくないわけがありません。 ウォーカー、Jr.、一つまでなら試食を許します」 「やたー!」 「待ってたさ!!」 早速手を伸ばした二人は、やや大きめの粒を頬張った。 高級チョコレートの香りが鼻腔を抜け、続いてドライフルーツの甘い香りが口の中に広がる。 噛み締めると、ナッツの歯ごたえが心地よく、チョコレートの中からとろりと溢れ出たクリームにはほんのりと塩気も含まれて、すべてが見事に調和していた。 ただし・・・。 「おいしいんけど・・・すごくおいしいんけどさ・・・・・・!」 「甘すぎて口の中がむずむずする・・・!」 リンクの作る菓子はいつも異常なほど砂糖が投入されて甘いが、これは更に上を行っていた。 「でも・・・っこれなら神田も大満足ですよ、きっと!」 歯が浮くような甘さに頭痛を堪えながら、アレンが笑う。 「早速! 持ってってあげてください、ジェリーさん 「アタシィ?」 クラウドのレシピ通りに焼き上げたアップルパイをオーブンから出しつつ、ジェリーが首を傾げた。 「リンクちゃんが作ったんだから、リンクちゃんが持ってけばいいじゃなぁい」 ごく当然の返事にしかし、アレンは首を振る。 「リンクからだって言えば、鴉大嫌いの神田は絶対食べないし、僕やラビが持ってってもなんやかんや文句言って食べませんよ、きっと! でも、ジェリーさんなら!!」 いつもなら匂いだけで敬遠するだろう神田も、ジェリーに対して今週はなんでも食べると約束した以上、違えることは許されなかった。 「アップルパイと一緒にお願いします 「まぁ・・・いいけどぉ・・・」 アップルパイの皿と一緒にリンク渾身のチョコレートがいくつも乗った皿を持ったジェリーは、危なげない足取りで修羅場に向かう。 「クラウドちゃん、言いつけ通りに焼いてきたわよん。 あとこれ、パティシエから」 「余計なもん持ってきやがって・・・!」 漂ってくる甘い香りに神田が顔を歪めるが、ジェリーからアップルパイを受け取ったクラウドは構わず彼の前に切り分けたそれを置いた。 「さ ママの愛情たっぷりアップルパイをお食べ お袋の味と言ったらやっぱりこれだろう!」 挑むように睨んだエミリアは、生意気に鼻を鳴らす。 「はんっ! 味オンチ大国の人はやっぱり、この程度のレシピしかないのねぇ! これだって、ジェリー姐さんが焼いてくれたからおいしそうに見えるけど、元帥が焼いていたらどうだったかしら!」 「なに?!」 目を吊り上げたクラウドが、 切り口から湯気を上げるアップルパイをフォークで突き刺し、神田へ突きつけた。 「素朴で優しいママの味が、嬉しくないわけがないよな、ユウ! さぁ、お食べ!!」 素朴でも優しくもない鬼の形相で迫り来るクラウドから、神田が仰け反って逃げる。 「匂いが既に無理だ!」 温かいアップルパイは湯気と共に甘い芳香を放って、甘味に『ベツバラ』などない神田に吐き気を催させた。 「そぉよねーえ! ダーリンは既に、ジェリー姐さんとあたしの料理で満腹だし 帰ってくるのが遅かったんですよ、元帥 高笑いするエミリアを睨むクラウドが、悔しげに唇を噛み締める。 「ねぇあれ・・・やばいんじゃ・・・」 最初は面白そうに様子を伺っていたアレンが、クラウドの怒りの形相を見て声を引き攣らせた。 「いや・・・でも元帥は、変人揃いのここじゃあ常識人の範疇さ。 ジェリー姐さんの聖域でイノセンス発動するなんて真似ぅわぁ?!」 突如現れた巨猿にラビが頓狂な声をあげる。 「母性愛の前に常識って、脆いんですね・・・」 乾いた声を漏らすアレンの隣を、リナリーがするりとすり抜けて食堂へ出る。 「かーんだー 巨猿に羽交い絞めにされ、こじ開けられた口にアップルパイを詰め込まれて窒息寸前の神田の傍へ、リナリーが空気も読まずに駆け寄った。 「これ、私が作ったスフレだよ! 歯が痛くても、これなら大丈夫だよ!」 と、差し出したそれはスフレ独特のふんわり感がまるでなく、石のように硬く黒いものがココット皿の中にごろりと転がっている。 「・・・リナリー、丸薬でも作ったの?」 「スフレだよ!!!!」 酷いことを言うエミリアを睨みつけたリナリーがテーブルの上に皿を置こうとした時、暴れる神田をもてあました巨猿が不意に体勢を変え、彼女の手にあったココット皿を落とした。 ガゴンッ!! およそ、スフレとは思えない音を立ててテーブルを叩き、固い物特有の鈍い音を立てて転がったそれは床に落ちて巨猿の足に踏み砕かれた。 「あぁー!!ラウ!!」 リナリーの怒号に驚いた巨猿は、自身が踏みつけたものに気付いて肩を落とす。 ごめんなさい、と、頭を下げる猿にしかし、アップルパイを飲み込んだ神田が首を振った。 「それについては謝ることはねぇぞ、ラウ。グッジョブだ!」 「なんでっ!!」 「なんでって、こっちがなんでだ! あんな危険物俺に食わせようってか!!」 「危険物じゃないよ!スフレだよ!!」 「危険物じゃなきゃ劇物だ!殺す気か!!」 「まぁまぁアンタ達、落ち着いて」 激しく言い争う二人の間に、ジェリーが入る。 「リナリーは別に、神田を殺そうとしたんじゃないわよぉ。 出来上がったのが劇物だったってだけだわん。ねぇ?」 「・・・・・・劇物って言わないでよ」 ジェリーの大きな手に撫でられながら、リナリーは頬を膨らませた。 「クラウドちゃんも、とりあえず一切れは食べさせたんだから、許してあげなさいよぉ。 期限は1週間もあるんだしぃ、無理強いしなくったって」 「あぁ・・・そうだな」 忌々しげにエミリアを睨みながら、クラウドも頷く。 「じゃあ、お口直し 最高級の材料を使ってるから、おいしいわよん と、ジェリーがリンクのチョコレートを差し出すと、争っていた女達の手が伸びた。 「おいしっ!!けど・・・うん・・・・・・」 頭痛がするほどの甘さに、エミリアの口数がいきなり減る。 「これは・・・お茶が欲しいな」 「私はコーヒーがいいな・・・」 クラウドとリナリーの気勢もそがれて、ジェリーの合図でラビが運んで来たお茶とコーヒーを一気に飲み干した。 「ユウもどうさ? お茶?コーヒー?」 「・・・・・・渋い煎茶がいい」 痛みに耐えているかのように眉根を寄せる神田に、ラビが笑って頷く。 「おけ、ちょっと待ってるさ!」 厨房に駆け戻り、ぬるめに煎茶を入れるラビの袖を、アレンが引いた。 「あのチョコ、食べさせてよ」 アレンですら頭痛に襲われた甘さをぜひ体験させたいという彼に、ラビが苦笑する。 「それならもう姐さんが勧めてるさ」 「さすがジェリーさん ラビが指した方向を見れば、チョコレートを口に入れた神田が、真っ青な顔で目を見開いていた。 「ティム!あの顔、ちゃんと撮っておくんだよ!」 ラジャ!と、小さな手で敬礼したティムキャンピーは、軽く飛んで神田の眼前にホバリングする。 途端、 「・・・っなに見てんだてめぇ!」 物凄い形相で怒鳴られたティムキャンピーは、怯えてアレンの元へ逃げ帰った。 「ティム、もっとがんばっておいで!」 行け!と再び命じるが、ティムキャンピーはイヤイヤと身体を振ってアレンの頭上からどこうとしない。 「・・・しょうがないなぁ」 「しょうがないのはお前さ、どっちかってーと」 ため息をついたラビはアレンに睨まれて、慌ててあらぬ方向を見遣った。 翌朝早く、菜園へ出かけてしまったアレンを見送ったティムキャンピーは、パタパタと食糧貯蔵室へ入った。 肉類を冷凍している貯蔵庫と違い、ここには魚介類を保存する生簀が主に置いてある。 その片隅に、昨日菜園で捕まえたカタツムリを入れたザルがあった。 大きなザルの上には木製の重い蓋が置かれ、カタツムリが逃げ出さないようにしてある。 ティムキャンピーは長い尻尾の先で重い蓋を何とか押し上げると、持参のレタスを細く開けた隙間から入れた。 カタツムリ達がレタスに寄って来る様を嬉しげに見ていると、その背に影が差す。 「あれ、エスカルゴって言うからリンゴマイマイのことかと思ったら、小さなヒメリンゴマイマイじゃないか。 こんなの食べ応えないでしょ」 不吉な人物の登場に、ティムキャンピーはあからさまに嫌な顔をした。 しかし、そんなことをコムイが頓着するわけがなく、ティムキャンピーをわしづかみにして宙に放り投げる。 「早く言ってくれたらいいのにねー ニコニコと笑ってコムイがポケットから取り出したアンプルに、危機を感じたティムキャンピーは彼に飛びついた。 「おっと! 邪魔しないでおくれよ、ティム! ボクは、みんなに喜んでもらおうとしてるだけなんだからさ!」 ね?と、笑った顔は悪巧みをしているようにしか見えない。 案の定、 「神田君に直接使えないなら、食材を経由すればいいじゃなーい などと、不吉なことを呟きだした。 慌ててご注進に走ろうとしたティムキャンピーはしかし、尻尾を掴まれて引き寄せられる。 「ねぇティム? ジェリぽんに告げ口したら、キミのこと分解して海に沈めちゃうよ? いくら再生できるって言っても、重石をつけて沖に捨てれば、浮いてこれないよねぇキミ?」 悪魔の笑みを向けられたティムキャンピーは、恐怖のあまり飛ぶ気力すら失って、ひょろりと床に転がった。 「うん、イイコだねー じゃあ早速成長薬を混入しよう!」 ティムキャンピーがザルの中へ入れたレタスに、コムイが怪しい薬を垂らす。 「大きくなるんだよ、カタツムリー 神田君も!と、クスクス笑い出したコムイの声が聞こえないように、ティムキャンピーは羽根でしっかりと耳を塞いだ。 「・・・カタツムリが大きくなってるわん」 数日後、貯蔵室に食材を取りに来たジェリーは、不思議そうにカタツムリを入れたザルを見下ろした。 「ヒメリンゴマイマイだと思ってたけどん・・・リンゴマイマイの子供だったのかしら」 見たところ、成長速度も同じだし、きっとそうだろうと、ジェリーは一人頷く。 「だったら本格的なエスカルゴに出来るわねん あの子も気に入ってくれればいいけどーん 嬉しげに笑いながら生簀へ上ったジェリーは、のんびりと泳いでいたブリの尾を掴み、片手で引き上げた。 ビチビチと勢い良く跳ねる大魚をものともせず、軽やかに梯子を降りた彼女はスキップでもしそうな足取りで貯蔵室を出る。 「今日はお刺身焼き物煮付け汁物のブリ尽くしよーん お正月みたいでおめでたいわねー 彼女の声と足音が遠ざかってしまうと、生簀の陰に隠れていたコムイがこっそりと出て来た。 「ジェリぽんにバレなくてよかったー さぁカタツムリ君たち、今日は筋肉増強剤だよーん がんばってマッチョになろう!」 差し入れたレタスに寄って来る大きなカタツムリ達にコムイは、嬉しげに語りかける。 「・・・そうだこれ、アレン君やラビも食べないかなぁ。 特にアレン君は、大きくなりたがってたし・・・きっと食べるよね、きっと!」 じゃあ、と、コムイは更にアンプルを取り出した。 「成長薬、更に増量!大きくおなりー レタスをかじった瞬間、むくりと一回り大きくなったカタツムリを、コムイは満足げに見つめる。 「・・・あぁでも! リナリーには食べないように、釘をさしておかないと! ・・・ううん、いっそ、任務入れてここから出しちゃうか」 戦場よりも本部の方が危険だと認識することに矛盾すら感じず、大きく頷いたコムイは、更に成長薬を振りかけた。 ・・・そして迎えた神田の誕生日当日。 彼の前には朝から物凄い量の料理が置かれていた。 「・・・・・・あっさりしたものが食いたい」 一週間前、我ながら馬鹿な約束をしてしまったため、食堂では毎日のようにエミリアとクラウドの嫁姑戦争が勃発し、その間を縫ってジェリーが偏った食生活を調整する料理を出し・・・神田は胃の重たい日々を送っていた。 「くそ・・・! 明日からはしばらく、蕎麦以外食わねぇ・・・!!」 「なに贅沢言ってんだか、バ神田! あんな幸せな日々、そうそうないですよ!!」 一週間もジェリーの愛を注がれておきながら生意気だと、厨房でアルバイト中のアレンが頬を膨らませる。 「ジェリーさんは僕のものなのに! 僕が一番ジェリーさんを愛してるのに、神田のやろう・・・!」 「へー・・・そうなの・・・。 アレン君は私より、ジェリーの方が好きなんだね・・・・・・!」 背に冷え冷えとした声がかかって、アレンはぎくりとした。 「リ・・・リナリ・・・!任務に行ったんじゃ!!」 驚いて振り返ると、ラビがにやにやと笑っている。 「って、言ったと思うさ、リナがいたら 「ふぬっ!!」 たかが声真似にまんまと騙されたアレンが、怒りに任せてラビの足を踏みにじった。 「なにすんさっ!」 「脅かすなバカラビ!!」 涙目で抗議するアレンに、ラビは足の痛みも忘れて吹き出す。 「油断してっと、ホントに帰ってくるかもしんねーぞ? ユウの誕生日を祝えないなんてヤだって、散々ごねてたもん、あいつ。 きっと、音速で任務クリアして帰ってくるさね」 「う・・・そうだね・・・!」 本当に油断できないと、アレンは恐々頷いた。 と、食堂からジェリーが手招きしているのが見える。 「ジェリーさぁん 「おま・・・言ったそばから!」 はしゃぐ子犬のように駆け出ていったアレンに呆れつつ、ラビも続いた。 「せっかくだから、アンタ達もご相伴にあずかればいいわん エミリアもクラウドちゃんも、もちろんアタシもがんばったんだけど、さすがに神田一人で食べちゃうのは無理だもんねぇ」 その点、アレンがいれば安心だと、絶大な信頼を寄せられて、アレンは嬉しげに頷く。 「神田の貧弱な胃腸じゃとても消費できない量ですもんね!任せてください!」 「その前に、おめでとうでしょ!」 ムッとした神田の代わりに言ったエミリアが、アレンの頬をつついた。 「誕生日おめでとーさ、ユウ♪ 後で、ジジィが処方した良く効く胃腸薬プレゼントするさね!」 意地でも『おめでとう』と言わないアレンの代わりに言ってやったラビの頬を、横からクラウドがつねる。 「私の料理がユウの健康を損ねるわけがないだろう! ・・・鬼嫁のものならありうるがな」 「それはそっちでしょ! なんなの、一昨日の分厚いステーキ! 塩コショウで肉を焼いただけなのに料理だなんて、さすがアメリカ人は大雑把ですよね!」 ぎゃあぎゃあと喚き合う二人の間で、神田は渋々箸を取った。 ジェリーの料理から手をつけたのはせめてもの抵抗だろうか。 「ユウも、気を遣って大変さね」 苦笑するラビを睨み、無言で料理を口に運ぶ神田の顔を、ジェリーが覗き込んだ。 「どーぉ? 高タンパク質は筋肉を作るのにいいのよん その中でも鶏のささ身は脂肪も少ないし、バンバンジーならさっぱりしておいしいでしょ 「あぁ・・・」 神田が素直に頷いた途端、エミリアとクラウドの目の色が変わる。 「姐さんの料理はおいしいだろうけど!あたしだって珍味を用意しているわよ!!」 「はっ!私だって元帥の権限を利用して、最高級のステーキ肉を用意したぞ! 一般団員のお前は切れ端でもかじって悔し涙を飲むがいい!!」 「・・・怖すぎてさすがの僕も食欲がなくなりそう」 こっそりと呟いたアレンの背を、ジェリーが優しく撫でてくれた。 「気にしない気にしない 明日になったら二人とも落ち着くわよん 「そう願うぜ・・・」 取って置きを出すべく厨房へ駆け去った二人の背に、神田がため息を漏らす。 「元帥に構ってもらいながら、贅沢さ!」 誕生日にクラウドの手料理を味わったことなどないと、ラビが膨れた。 「作ってもらえばいいじゃねぇか。おまえ、肉好きだろ」 「あぁ、大好きさね! つーわけでこの元帥のローストビーフ、もらってい?」 「もちろんだ」 「じゃあ僕、ジェリーさんのエビチリとエミリアさんのガレットもーらった!」 エミリアに見つかれば叱られるだろうからと、アレンはほとんど一口でガレットを口に詰め込む。 「お前・・・頬袋持ってんだな」 「人間業じゃないさ・・・」 呆れる二人には見向きもせず、アレンは次々に料理を口に運んだ。 するとややして、ガーリックバターの香ばしい匂いが近づいてくる。 「あ、この匂いはエスカルゴさ!」 ラビが声をあげると、テーブルの対面で神田が小首を傾げた。 「エスカルゴって、フランスの・・・」 「そう、カタ・・・ごふっ!!」 言いかけたラビは、アレンの強烈なこぶしをみぞおちに食らって、テーブルに突っ伏す。 「なんだ?!」 驚く神田を見遣るアレンの、血走った目にさすがの彼もびくりと肩を震わせた。 「片栗粉?あぁ違う違う、肩ロースだ。オイシイヨ?」 クスクスと笑う顔がまた、怪しすぎる。 「・・・なんの企みだ?」 危機に対して勘のいい神田に察せられては困るため、アレンは軽く首を振る。 「別に? エスカルゴはフランスの郷土料理だよ。エミリアさんが作ったんだね、きっと」 「あれ、一週間もかけて下ごしらえしたのよぉ おいしくないはずないわん 下処理をしたのはアタシだから、安心して食べていいわよん ジェリーにそう言われては、神田も深く追求するまでには行かなかった。 「はーぃ、ダーリン 今日のためにずっと準備してたのよ と、エミリアが彼の前に置いた皿は、分厚く丸い中にいくつも小さな穴が開いていて・・・少し、彼が生まれた場所を思い出させる。 「違う具が入ってんのか?」 「ううん、同じよ。 貝の殻を剥いて入れてあるの。おいしいわよ?」 カタツムリ、とは言わなかったエミリアの機転に、アレンはテーブルの下でこぶしを握った。 ―――― エミリアさん、ナイスフォロー!!!! 絶賛したい気持ちを抑えて、アレンは神田がフォークを取る様をじっと見つめる。 「・・・なんだモヤシ、欲しいのか?」 「へ?!い・・・いや、後で同じものいただくから食べちゃっていいよ!」 慌てて首を振ったアレンは、そっぽを向きつつも目はちらちらと神田を伺った。 「・・・・・・なんだよ」 アレンの目線が気になるのか、料理に手をつけようとしない神田にまた首を振る。 「お・・・おいしそうな匂いだって思っただけ! エミリアさん、まだこの料理あるんですよね?!」 必死にごまかそうとするアレンに、エミリアは背後の厨房を指した。 「今、オーブンの中よ。 先にダーリンの分を出したげたんだから、早く食べて 「あぁ・・・」 そういうことかと、信じてしまった神田が、皿に手を伸ばす。 ―――― っしゃあ!! そのまま行け!食え!!と、心中に騒々しく思いながらアレンが見つめる先で、とうとう神田がフォークを入れた。 途端、 「・・・爆発する料理なのか?新しいな」 破裂した具が、ソースを辺りに飛び散らせる。 「な・・・どういうこと?!」 ありえないことだと驚くエミリアは、突如起こった爆発音に飛び上がった。 「なんなの?!」 振り返れば、エスカルゴを入れていたオーブンの扉が吹っ飛び、飛び散った熱い油と炎にシェフ達が慌てている。 「そんな馬鹿な・・・!」 愕然とするエミリアには何も言わず、すぐさま厨房へ駆けつけて消火の指示をするジェリーが、首を傾げた。 「変ねぇ・・・。 エスカルゴを焼いたくらいでこんな爆発が起こるなんて、ありえないんだけどん・・・」 あの程度の油で爆発するなら、今までも爆発騒ぎがあってもいいはずだ。 「何か混入されたのかしらん」 まず、そこを疑うのが教団の人間の性だった。 と、なぜか元気のない様子でふらふらと寄って来たティムキャンピーが、散々迷った挙句にジェリーの掌に下り、脅されたことも含めてコムイの企みの一部始終を見せる。 「コムたんったら・・・!!」 自身の聖域でとんでもないことをしてくれた彼に、ジェリーの怒りも爆発した。 「ちょっとアタシ、コムたんを料理してくるわん!!」 怒号をあげて出て行ったジェリーの背を、神田が驚いて見送る。 「・・・・・・・・・・・・それで?」 無表情で視線を戻した神田は、目を逸らしたままのアレンに声をかけた。 「てめぇの仕業か!」 「爆発は僕じゃないよ!!」 それだけは決して、と言うアレンに、神田が迫る。 「じゃあなにを企んだ?!言えこのバカモヤシ!!」 胸倉を掴まれたアレンはしかし、観念するどころか神田を睨み返した。 「馬鹿に馬鹿って言われたくない!! 僕が企んだのは、神田にカタツムリ食べさせてやろうってことだよ!! どーだ、キモチ悪いか!!」 開き直るアレンに、神田が舌打ちする。 「俺の師匠がフランス人だって忘れたか、この間抜け! んなもん、とっくに食ったことあんだよ! 前に食った時は殻の中に入ってたから、すぐにわかったぜ!」 「そんな!!」 めでたい日に恐怖を味わわせてやろうという思惑が外れ、アレンは愕然とした。 「だったら僕の一週間の苦労はなんだったんだ・・・! 神田に嫌がらせするためだけに一所懸命やったのに!責任取れ、バ神田!!」 「なんでだ!!もう一回、なんでだ!!!!」 椅子を蹴って立ち上がった神田はアレンの頭に思いっきりげんこつを落とす。 「しばらく寝てろ、クソガキ!!」 ラビの隣で動かなくなったアレンを冷たく見下ろし、神田は厨房に向かった。 ジェリーは不在でも、彼女に指導されたシェフ達は最初の混乱を乗り越え、今は冷静に消火に当たっている。 「手伝うか?」 「ありがと! 消火剤そこだから!!」 シンクの下のスペースに、整然と並んだ消火器を取った神田は、火を消しながら奥へ向かい、クラウドの傍へ寄った。 「無事ですか」 「もちろんだ。 犯人はコムイだそうだぞ」 「だろうとも」 普通に起こる事故でないのなら、犯人はコムイに決まっている。 「なにを盛ろうとしたか、聞きましたか?」 「ジェリーにご注進に来たティムキャンピーによると、成長薬と筋肉増強剤らしいな。 ・・・薬に頼るなよ」 少し考える表情になった神田に、クラウドは釘を刺した。 「けど、一週間やって、食事じゃ無理だってわかりましたので」 もうやらない、と呟く神田を、クラウドが悲しそうに見つめる。 「お前が手料理を食べてくれるのが嬉しかったのに・・・。 いつもはジェリーが占有している楽しみを分けてもらえて、とても嬉しかったのに・・・・・・」 「う・・・」 いつも厳しい彼女の泣き落としを受けて、神田が目をさまよわせた。 「に・・・肉はあんまり好きじゃねぇから、他のなら」 「アップルパイは?!ママのアップルパイはどうだった?!」 いきなり詰め寄られた神田は消火器を取り落としそうになる。 「あ・・・甘いもんは嫌いだっていつも・・・!」 「じゃあパンケーキとか!!これなら甘くないのだって作れるぞ!」 「そ・・・そうだな、けどできればあっさりしたもんを・・・・・・」 「だったら私も、蕎麦を茹でられるようになってみせる! ジェリーに猛特訓してもらうぞ!!」 だったらどうだと、輝く目で迫られて神田は頷いた。 「よし! いいか、ユウ! この件は、私だけの特権だぞ! 元帥権限で、お前の蕎麦を茹でる権利は私とジェリーのみとしてやる! 嫁には!あの鬼嫁には絶対にこの権利をくれてやらんから、そのつもりでな!!!!」 エミリアが炎の中に入って来られないことをいいことに、クラウドはとんでもない約束をさせる。 「お前達も!! あの鬼嫁には絶対!ユウの蕎麦を触らせるなよ!!!!」 元帥命令だ!と、鬼の形相で宣言する彼女に逆らえる者など、この場にいなかった。 「では早速今日から特訓を始めるから!! 明日の朝食は任せろ 「あ・・・あぁ・・・」 新参のエミリアに散々圧されて悔しい思いをしていたクラウドが、ようやく晴れやかな顔になる。 「では、さっさと厨房を片付けて、デザートを用意しよう 今日はチェリーパイを作ったんだぞ そろそろ焼ける頃だと、クラウドは被害に遭わなかったオーブンを見遣った。 「そうだな・・・今日までは・・・」 我慢だ、と言う言葉を神田はなんとか飲み込む。 ボリュームのある食事と大量の甘味から解放される明日が、心底楽しみだった。 一方、あろうことか教団最大の禁域である厨房を爆破してしまったコムイは、影の最大権力者であるジェリーの逆鱗に触れ、簀巻きにされた挙句、牛や豚と共に貯蔵庫で逆さ吊りにされていた。 「ジェリぽんっ・・・!凍る・・・凍るヨ・・・!」 白い息も絶え絶えに、助けを求める彼をジェリーは冷たく睨む。 「コムたん・・・! アンタ、病棟と厨房には決して手を出さないって、約束したわよねん? それを違えたってことは、殺されても文句は言えないってことよん!! 食材と一緒に凍っちゃいなさい!!」 「そんなっ・・・!タスケテー・・・!!」 全身の血が下がって朦朧とする意識の中、コムイはジェリーが手に光るものを持って近づく様を見つめた。 「ジェ・・・ジェリぽんっ・・・! まさかボクの血抜きを・・・・・・!!」 本当に食材にされてはたまらないと、海老のようにビチビチ跳ねるコムイにジェリーは鼻を鳴らす。 「そんなわけないでしょ!」 縛り上げた彼の耳に、ジェリーは科学班から借りた体温と心拍数を測る機器を取り付けた。 「死ぬ前に助けてあげるわん。 それまではここで反省してなさい!」 「死ぬほどここにいろってことー?! いやああああああああ!!!!助けてジェリぽんんんんんんんんん!! リナリイイイイイイイイイイイイ!!!!」 しかし、リナリーはコムイの企みによって本部を出たままだ。 「しっかり反省してねん!」 重い音を立てて閉ざされた扉へ向かい、コムイは悲鳴をあげ続けた。 Fin. |
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2015年神田さんお誕生日SSでした! これはリクエストNo.82『ティムとカタツムリ』を使わせてもらっていますよ! きっと、リクエストしたニコさんは、ティムとカタツムリが戯れるほのぼのストーリーを期待していただろうから、斜め上に行ってみました 神田さんのSSはなんだかんだで偏食矯正ばっかりになってしまって、今回もそうなるのがワンパターンだな、とは思ったんですが、欧州でもカタツムリの旬は6月からだって言うので(採取解禁は7月らしいが、6月のほうが柔らかくておいしいらしい)、この時期にお誕生日の神田さん用に使わせてもらいました! そしてまさかのコムイさんオチ。 いや、中国のスイカが爆発したり、上海蟹がやばかったりなニュース見ていたんで、コムイさんならやってくれるだろうと。>どんな偏見だ。 コムイさんなら爆発の火力もパネェさ!>なんの自慢だ。 ちなみに、ブリ=お正月は博多の慣習です。 年末はブリが飛び交うよ! |