† 楽 園 †
満天の星空のもと、海を渡る風は昼の暑さを拭い去り、彼の髪を心地よく撫でていった。 南の島に建つ高級ホテルのデッキチェアは実に寝心地が良く、少しの間涼むつもりだった彼を眠りへと誘う。 誰にも何にも煩わされることなく、穏やかな気持ちのまま、彼は安らかな寝息を立てて夢の国へと向かった。 静かに打ち寄せる波音に誘われた身体は、水底へ沈んでいくように力を失い・・・。 眠りの底へと、深く深く沈んで行った・・・。 ・・・『扉』を抜けると、天国だった。 そんな一文を思い浮かべたラビは、目の前に広がる光景に目を輝かせた。 「なんさなんさ?! 一体どうしたことさ、このハーレムは?!」 教団として特殊ではあるが、ローマ教皇庁の下部組織であるはずのここ、黒の教団本部・方舟の間に幾人ものセクシーな女性達が集っている。 一見しただけで春をひさぐ職業とわかる彼女達がどうしてこんなお堅い場所にいるのか、不思議でならないラビの肩を、アレンが背後から掴んだ。 「ねえ!早くステップ降りなよ! ブックマンを病棟に連れてかなきゃなんないんでしょ!」 はっとしたラビは慌ててステップを降り、背負っていた師を駆けつけた医療班のストレッチャーに乗せる。 「症状は?!」 強い口調で尋ねる医療班のスタッフに、ラビは肩をすくめた。 「鬼の霍乱さ。 ジジィが自分の年も考えず、日向をひょこひょこ歩いてたもんだから、あっとゆー間に熱中症さね。 年を取ったら体調の変化に気付きにくくなるんから、気ィつけろっつったんに」 呆れるラビを、続いて降りて来たリーバーが軽く小突く。 「熱中症で死ぬこともあるんだ。軽く考えるんじゃない。 応急処置は俺がやったから、後の処置を頼む」 「はい」 リーバーが処置したと聞いて、あからさまにほっとした医療班のスタッフが、ブックマンを病棟へ運び去った。 その様を手を振って見送ったラビは、改めて部屋を見回す。 「そんでそんで?!このスバラシイ光景は一体なんなんさ?!」 ここにいる女性達はみな、深く襟ぐりの開いた、胸を強調する派手なドレスを着て、色っぽく、あだっぽく、ややしどけなく、腰をくねらせながら歩き回っていた。 その様を、リンクなどは嫌悪を浮かべた顔ごと逸らして見ないようにしていたが、香水のきつい香りを放つドレスの向こうから駆けて来たモノクロのミランダに、きつく寄せていた眉根を開く。 「マンマ お迎えに来てくださったんですか 尻尾を振らんばかりに喜色を浮かべたリンクに、ミランダは切れた息を整えて頷いた。 「おかえりなさい! 私・・・この状況を説明しなきゃと思って・・・!」 帰ってくるのを待っていたと、まっすぐに見つめられたリーバーが、小首を傾げる。 「もしかして彼女らは、ミランダが呼んだのか?」 ミランダと関係があるとは思えない職業の女性たちに見えるが、偏見だったろうかと気まずげなリーバーに、彼女は頷いた。 「あなた達が任務に行ってしまった直後、私も神田君と任務だったんですけど・・・その・・・・・・」 口ごもってしまったミランダの肩を、近くにいた女性が抱き寄せ、化粧の濃い顔を彼女の頬に寄せる。 「あたしらの娼館で働かせてくれって、この子が頼みに来たのよ 「そうそう、生活がかかっているからどうしても、って、必死にねぇ」 にんまりと笑って、また一人がミランダの腕を抱いた。 愕然として声もないリーバーとリンクの間にアレンが割って入る。 「ミランダさん、お金に困ってたんなら僕、いい女衒(ぜげん)を知ってましたよ!」 「なに言ってんだ、お前は!!」 「子供のくせに女衒なんて言葉を使うんじゃありません!!」 リーバーとリンクの二人からげんこつをもらったアレンの頭に、クマの耳のようなたんこぶが出来た。 「二人とも酷いー! 僕は親切で言ったのに!!」 金に汚いよりは、少しでもいい娼館を紹介してくれる方がいいじゃないかと、ぶつぶつ言うアレンの頭を、ラビが撫でてやる。 「そんで、姉さん達はなんで娼館を出て、こんなカタッ苦しいとこに来てくれたんさ? 俺はすっげー嬉しいけど 素直なラビに、女達は色っぽく笑った。 「それは、この子とあの色男に娼館のマダムを壊されちゃったから 「マダムが普通じゃないってのはなんとなくわかってたけどぉ・・・まさか、人間じゃなかったなんてねぇ・・・」 怖い怖いと、二人は顔を見合わせて苦笑する。 「・・・それで?」 きつく眉根を寄せたリーバーが歩を進め、真上からミランダを見下ろした。 「娼館に潜入するために、お前は娼婦の振りをしたのか?」 「そんなこと・・・!! マンマは決して、そんなことなさいませんよね?!」 動揺を押し隠そうとするあまり、怒っているようにしか見えないリーバーと、泣きじゃくりながら縋ってくるリンクの前で、ミランダは困惑げに黙り込む。 なんと説明すればいいのか、困り果てて言葉の出てこない彼女の両脇で、女達は苦笑を交わした。 「ゴメンゴメン。アンタ、噂の旦那でしょ? 安心してよ、この子はアタシらと同じ商売はしてないよ」 「小間使いさ。 さすがのマダムも、腹のでかい女に客を取らせようとはしなかったよ」 「腹のでかい・・・?」 やや冷静さを取り戻したリーバーが更に問おうとしたところで、地響きを轟かせてキャッシュが駆けつける。 「待っ・・・てっ・・・! あたし・・・説明・・・すっ・・・から・・・!!」 ぜいぜいと息を切らしたキャッシュは、かなりの時間をかけて息を整えると、汗だくの顔でミランダを睨みつけた。 「あんた、どうせ説明できないんだから先に行かないで、って言ったじゃん! あたしも一緒に行くから待ってて、って言ったじゃん!!」 「ご・・・ごめんなさい・・・」 彼らが帰って来たと聞いて、気が急いてしまったと、ミランダは頭を下げる。 「じゃあ・・・キャッシュさんからお願いします・・・」 「おう! 班長!監査官も! ミランダは娼館の商売はしてない、小間使いとして館に潜入しただけだよ! 万が一にも客を取らされたりしないように、あたしが作った精巧な詰め物で妊婦に変装してたから大丈夫!」 びしぃっ!と、親指を立てたキャッシュに、女達が何度も頷いた。 「・・・変装だなんて、夢にも思わなかったわよ」 「胎動までしてたもの。なんでそこまでこだわるのか、逆に驚いたわよ・・・」 「へぇ・・・! それにしても、よく小間使いとして潜入できたもんさね。 あぁいう所には、見習いも含めて何人も小間使いがいるんじゃねぇの?」 どうやったんだと、興味津々のラビに、キャッシュはにんまりと笑う。 「そこはそれ、あたしの作戦だよ! お使いなんかであの館から出て来た小間使い達にね、お小遣いと一緒に情報を渡したのさ。 この娼館は客の行方不明事件で警察に目をつけられてる。あたしは見張りを任されてる警官だ。 ここにはもうじき大勢の警官がなだれ込んで、マダムも娼婦達も逮捕されてしまう。 お前も捕まりたくなかったら、この金を持ってお逃げ。家に帰る運賃にはなるだろう?ってね」 そんなことを言えば幼い、あるいは年を取った小間使い達は恐れおののき、もう館に戻ってくることはなかった。 小間使い達がみんな逃げてしまったと気付いたマダムは怒り狂うと同時に困り果て、動きの鈍い妊婦でもいないよりはマシだと、あっさりミランダを雇ってくれたのだと言う。 「キャッシュさんの作ったお腹が本当にリアルで、私、胎動で何度もお腹を蹴られてうずくまったりしたんですよ」 おかげで真実味が増して、誰一人ミランダを疑わなかった。 「潜入なんて初めてでしたけど・・・キャッシュさんのおかげで誰にも怪しまれずに館の裏方を調べられたんです。 神田君はお客さんとして表から。 彼が『お姉さん』たちだけでなく、マダムの目まで引きつけてくれたから、意外なほどあっさりと『製造工場』を潰せたんですよ」 「あー・・・なるほど。 アクマを作ったり、アクマの餌を確保するのに、娼館ほど便利な場所はないさね。 大抵の客は自分の行き先を告げないだろうから行方不明になっても探しようがないし、お忍びで来た高位顕職をアクマにして、成り代わることもできるもんな」 感心したラビは、しまりのない笑顔を『お姉さん』達へと向ける。 「それでそれで? なんでおねーさん達は、ココに来てくれたんさ? 娼館壊されたからって、ココに来る理由にはならんさね」 「それは私が・・・」 遠慮がちに、ミランダが話に入って来た。 「小間使いとして働いている間・・・私、皆さんのお世話をしていました。 その・・・お仕事のせいで酷い病気にかかってしまって、ベッドから起き上がれない人とか・・・。 マダムがいなくなれば、そういう人達はもう、助かる見込みがなくなりますし、他の皆さんも好きであのお仕事をやっているわけではないと聞いたので、だったら一旦、こちらに入れてもらえないかとヒゲ・・・いえ、マルコムさんにお願いしてみたんです」 「マルコムさん・・・?」 誰だろう、と首を傾げたアレンは、それがルベリエ長官のファーストネームだと思い出して苦笑する。 「・・・ミランダさんってば、どこに行ってもミランダさんなんですね。 長官まで説得しちゃうなんて、さすがです」 「この子がどんな子かなんてよく知らないけど、おかげであたしらは路頭に迷わずに済んだよ」 「好きであの商売やってたわけじゃないし。 病人を引き取ってくれただけでなく、職業訓練まで世話してくれるなんて、本当に感謝してる」 両脇から頬にキスされたミランダが、恥ずかしそうに首をすくめた。 「それで・・・ここにこんなに」 ほっと吐息したリーバーに、キャッシュが何度も頷く。 「彼女達の中で、字が読める人達にはデータを取るを作業お願いしてます! 他にも、料理を教わりたい子は厨房で料理長が面倒見てくれてるし、お針子修行したい子は被服室のマザーが世話してくれてます。 体力ある子は病棟で婦長が。 みんな、手に職があれば元の仕事に戻らなくていいでしょ?」 「そうだな」 納得してくれたリーバーに、キャッシュとミランダがほっとした顔を見合わせた。 そして黙り込んでいたリンクも。 「・・・これは、長官がお認めになったことなんですね?」 低い声で確認した彼に、キャッシュが頷いた。 「任務に関しては事後承諾だけどね。 娼館への潜入を命じたのは室長だったから、その件ですっごい量の仕事を押し付けられて今、泣きながらお仕事してるけど」 「当然です!! わざわざ潜入しなくても、神田一人で十分でしょう!」 突然大声をあげたリンクに驚きもせず、女達はあっさりと手を振る。 「それは無理よ」 「彼、あんまりイイ男だったからみんなが寄ってたかっちゃって、館を探る隙なんか全くなかったもの」 彼女達の証言に、キャッシュは何度も頷いた。 「今も、食堂に行っちゃあそこにいる子達に囲まれて、被服室でも囲まれて、病棟でだって囲まれて、エミリアがすごいことになってるよ」 「なんてこったユウめ!! 羨ましいこと山の如しさ!!」 こぶしを握って悔しがるラビが、はっと目を見開く。 「こうしちゃいられないさ! 俺、ジジィの見舞いに行かなきゃー 「は?!なんで?!」 ついさっき病棟に運ばれたばかりのブックマンを、ラビが見舞う理由がわからずアレンが声をあげた。 情が薄いとは思わないが、重病でもない師を彼がこんなにも気にかけるはずもない。 と、アレンの頭の上に乗っていたティムキャンピーが、長い尻尾の先でひょい、と女達を指した。 「あぁ・・・病棟にもいるんだよね」 「よく考えたら俺、転んで膝を擦りむいてっから!行って来るさー 「見舞いはどうした」 ため息混じりに呟いたリーバーが、出口へと向かう。 「あ・・・あの・・・!」 やっぱり怒っているだろうかと、不安げなミランダにはすれ違いざま苦笑して、軽く手を振った。 「今回の報告書あげたら、お前の報告書検証するから。 もし危ないことやってたら、みっちり説教してやるからそのつもりで」 「は・・・はい・・・!」 顔色を赤くしたり蒼くしたり慌しいミランダを、両脇から女達が見つめる。 「ねぇ、あの人でしょ、あんたの旦那? ってか、妻子を残して死んだ旦那役の人」 「優しいって聞いたけど、かなり厳しそうじゃない?」 「いや、今回ばかりは怒るってか、戸惑うでしょ。だって娼館ですよ?」 物怖じしないアレンが口を出すと、二人は大きく頷いた。 「そっか、逆にか」 「さすがに穏やかじゃいられないわね」 納得した、と言う彼女達とは逆に、リンクは顔を真っ赤にして詰め寄る。 「私は納得できません! なぜよりによってあのホーキ頭なんですか!!」 「え・・・だって、お腹の子の父親はどんな人かって聞かれて、すぐにイメージできたのがリーバーさんで・・・」 顔を真っ赤にして、しどろもどろになるミランダの前で、リンクが泣き崩れた。 「私も、室長には厳重に抗議します!! もう二度とこんなことが起こらないように、心身ともに後悔させてやりますとも!!」 「・・・ヤダなにこの子、怖い」 「思い込みの激しい、面倒な客みたいね」 二人がミランダごと歩を下げると、リンクが更に激しく泣き喚く。 「あーうるさいうるさい。もうほっとこ」 しばらく立ち直れそうにないリンクを放置して、アレンも方舟の間を出た。 向かうのはもちろん、愛しいママンのいる食堂だ。 「リンクもいないし、報告書は食堂で書いちゃえばいいよね!」 リンクがいれば、報告書に食べ零しするなとうるさくて、食堂での書類作成を許してくれないが、今日は監視の目が外れた。 「こんなチャンス滅多にないよー 筆記用具と紙、食堂に置かせてもらっててよかったー はしゃぎ声をあげて食堂へ飛び込んだアレンは、カウンターに懐いて猫なで声をあげる。 「ジェリーさぁん 「あらん 知らない声に驚いて顔をあげると、エプロンをつけてさえ豊満な胸の目立つ色っぽい女性が、アレンを見下ろしていた。 「あ・・・あれ?ジェリーさんは?!」 困惑げにカウンターの奥を覗き込む彼を、彼女は不満げに睨む。 「なーによぅ!お姉さんには興味なしなのん?」 これだから子供は、とぼやきながら、彼女は奥へと声をかけた。 「マダーム! この子供、あたしよりマダムがいいってさ!」 言うや、奥にいたジェリーが飛んでくる。 「アラ!アレンちゃん、もうこっちに来てくれたのねん 先に報告書を書きにお部屋へ戻るんだと思ってたわん 「そ・・・そうなんですけど、今日はリンクが取り込んでるから・・・」 未だ睨み続ける女を恐々と見ながら、アレンは厨房から出てきてくれたジェリーに抱きついた。 「ジェリーさぁん!!」 「ハイハイ、大丈夫よーん ちょっとメアリ!アレンちゃん睨んじゃダメよん!」 とは言いながら、アレンに懐かれたジェリーはとても機嫌がいい。 「さぁさ 元気に帰ってきたご褒美に、ママンのお料理をたんと召し上がれ なにが食べたいー?それとも、アタシのスペシャルにするぅー?」 「スペシャルで!! ジェリーさんのお料理を堪能したいです!!」 そう言った途端、またカウンターの向こうから睨まれた気がして、アレンがびくりと震えた。 「ホラホラァ じゃあアレンちゃん、ちょーっと待っててねん すぐにテーブルに持ってってあげるぅ 抱きしめた背中をぽんぽんと叩いて、ジェリーが離れると、アレンはメアリの目を避けられるテーブルを探す。 と、食堂を見回す彼の目が、なにやら騒いでいるリナリーの姿を捉えた。 「リナリー!どうしたんですか?」 セクシーな女性達三人を前に、なにやら騒々しいリナリーへ駆け寄ると、振り向いた彼女は一瞬身を固くし、目をさまよわせてからぎこちない笑顔を作る。 「お帰り、アレンくぅん 「へ?」 リナリーらしからぬ甘えた声に、アレンは目を丸くした。 そんな彼の反応に、リナリーは困って女達を振り返る。 「あ・・・あれ?違ったかな・・・えーっと・・・」 再びアレンに向き直ったリナリーはなぜか口を尖らせ、恨みがましい三白眼でアレンを睨みつけた。 「ひっ・・・! な・・・なんですか?!僕、何か気に障ることでも?!」 たった今、カウンターにいたメアリにも睨まれて怯えたアレンが、困り果てて歩を下げる。 「えっと・・・わかんないけどごめんなさい!でもどうしたんですか?!」 どんな無礼があればこんなに睨まれるのかと、怯えるアレンの姿に女達が吹き出した。 「その顔怖いわよ、リナリー!」 「全然ダメ!色気ナシ!!」 「その子怯えちゃってるじゃない!かわいそー!」 大声で笑われて、顔を真っ赤にしたリナリーが俯く。 「あ・・・あの・・・?」 わけがわからず、困惑するアレンの頬を、一人がなまめかしく撫でてくれた。 「驚かせちゃったわねん、坊や リナリーが、色っぽい仕草を教えてっていうからぁ」 と、アレンの前で胸を強調するように屈みこんだ彼女は、甘えるような上目遣いで彼を見上げる。 「こーんな風にしてみたら?って言ったんだけどぉ 「うまくいかなかったのぉ 「こわかったぁん?」 三人それぞれ色っぽ過ぎる仕草で詰め寄られて、さすがのアレンも顔を赤くした。 「ホラ、これよこれ」 「こんな風にするのよ、リナリー」 「あんた、修行以前の問題よ」 「しゅ・・・修行・・・?」 なんとなく状況を理解したアレンが、あっさり離れてくれた彼女らにほっとしていると、背後から近づいて来たいい匂いが更に彼を助けてくれる。 「コラコラ、子供をからかわないで、アンタ達ぃ! アレンちゃんはアタシのイイ子なんだから!」 仕事しなさい、とたしなめられた彼女達は、笑って食堂へ散って行った。 「あ・・・あの・・・」 「お・・・お姉さん達に教われば、私も色気のある仕草が出来るかなと思ったんだけど・・・」 失敗した、と、真っ赤な顔をあげられないリナリーに、アレンが苦笑する。 「いいじゃないですか。 リナリーがあのお姉さん達みたいだったら僕、気軽に近づけませんよ」 ラビなら喜ぶだろうけど、と笑うアレンに、リナリーも思わず笑って顔をあげた。 「やっぱり私、向かないやー。 あの潜入任務も、最初は私と神田で、って来たんだけど、兄さんが猛反対しちゃって、ミランダに行ってもらうことになったんだよ。 でも、行かなくてよかった。私だったら大失敗だったな」 小間使いでも雇ってもらえたかどうかと、乾いた声で笑うリナリーの頭を、ジェリーが優しく撫でる。 「失敗以前に、コムたんはアンタに、ああいう場所を見せたくなかったのよん。 裏側はそりゃあ・・・残酷なものだから」 ミランダにもショックだったろうが、リナリーよりも年が上な分、ダメージは少なかった。 それに彼女が行ったからこそ、娼館の女達も救われたのだ。 とは言え、教皇庁の下部組織であるこの場所に、いつまでもいてもらうわけには行かなかった。 ここで技術を得た者には職を斡旋して、早々に去ってもらうというのが、ルベリエが彼女らを受け入れた条件だという。 「安全な場所じゃありませんから、僕もそれがいいと思います」 いつまたノアの襲撃に遭うかわからない場所に、一般人がいてはいけないだろうと言うアレンに、リナリーも頷いた。 「だから、お姉さん達がいる間に修行したいんだけど・・・それ以前の問題だって言われたー!」 才能がないんだと、頭を抱えるリナリーにアレンが笑い出す。 「そのままがいいってことですよ、リナリーは! それより、今日は任務ないんですよね? だったら僕の夕食に付き合ってください 夕食にはまだ少し早いが、と言う彼に、リナリーは苦笑して頷いた。 一方、病棟に駆け込んだラビは、いつものドクターとナース達が施してくれた治療が終わるのをもどかしく待った後、ブックマンの病室へ駆け込んだ。 「ジジィ!見舞いに来てやったさー!!」 「なんじゃ、邪魔するでない!!」 ベッドの上で両手に花を楽しんでいたブックマンが、突如飛び込んできた弟子に叱声をあげる。 「いやぁん!びっくりしたぁ!」 「なぁに?おじいちゃんのお孫ちゃん?」 ベッドに腰掛け、ブックマンの世話を焼いていた女達が声をあげると、彼はやに下がった顔で二人の手を取った。 「おぉ、すまんの 「ジジィ!両手に花で、いいこったな!」 俺も俺もと割り込んできたラビに、ブックマンのこめかみが引き攣る。 「熱中症で危険な状態の老人にドクターがすばらしい薬をくれたのだ!邪魔するなと言うに!!」 「危険な状態の老人は鼻の下伸ばしておねーさんの手を握ったりせんさね! とっとと退院して俺と代わるさ! おねーさん!俺、擦りむいたお膝が痛いんさー 撫でて撫でてと擦り寄ってくる彼を、面倒な客に慣れた女達は笑って撫でてやった。 「やぁん 「かぁわいいー 「お姉さんたちもかぁわいいさー 嬉しそうにはしゃぐラビを、ブックマンが忌々しげに蹴りつける。 「うっさいわ!!お前はとっとと出てけ!」 「あなたも静かになさい!!」 ブックマンの怒声を圧する怒号をあげて、婦長が病室に怒鳴り込んできた。 「ジェシー、リズ、ここはもういいわ! 技術指導をしてあげるから、ついてらっしゃい!」 「ええええええええ!!!!婦長、そりゃないさあああああああああ!!!!」 絶叫するラビに、ブックマンも激しく頷く。 「重病に苦しみ、老い先短い年寄りをこんな病室に放置していいのか! 私が死ねば世界の損失!いや、危機じゃぞ!!」 枕を叩いて抗議するブックマンを、婦長が鬼の形相で睨みつける。 「重病に苦しむ老い先短い老人は、そんなに激しく頭を振ったり怒鳴ったり、ましてやティーンの男の子を蹴り飛ばしたり出来ませんわ!! とっとと退院するか、でなければ大人しく寝ていらっしゃい!!」 「ぐぬっ・・・!」 世界の頭脳を言い負かした婦長は、鼻を鳴らして踵を返した。 「早くいらっしゃい!!」 「はいぃっ!!」 唖然としていた女達は思わず背筋を伸ばし、精鋭兵もかくやと言う機敏な動きで婦長の後へ続く。 「あぁー・・・行っちゃったさ・・・!」 閉ざされたドアを残念そうに見つめたラビは、ため息をついて立ち上がった。 「ジジィの顔見ててもしょーがねぇから、メシでも食いに行くさー」 「思いやりの欠片もない弟子じゃの!!」 「今更さね」 ほふ、と吐息して、ラビはブックマンへ手を振る。 「じゃーなー。大人しく寝てるさね、ジジー」 「薄情者め!!」 師のぼやきに苦笑しながら、ラビは病室を出た。 今日の病棟は、ひっきりなしに怪我人が運ばれてくるいつもの風景とは程遠い。 意外なほど静かで、スタッフも妙に落ち着いて穏やかだった。 だからこそ婦長自ら技術指導など出来るのだろう。 「束の間だろうけど、平和でいいことさ」 思わぬプレゼントもあったことだし、と、ラビは食堂へ向かう足を速めた。 「食堂にも絶対、セクシーなお姉さん達がいるさー 食堂へ飛び込んだラビは、期待に輝く目で中を見渡す。 と、思った通り、華やかなドレス姿のウェイトレスが食堂のあちらこちらで配膳をしていた。 「きゃっほー 注文カウンターにも寄らず、真っ直ぐにウェイトレスの傍へ走って行こうとしたラビが、急停止する。 「あ、おかえり、ラビー」 「あえ?ブックマンの看病はもういいんですか?」 既に大量の皿を積み上げているアレンの隣で、おいしそうにケーキを食べるリナリーを見つめ、ラビは皺が寄るほどに眉根を寄せた。 「リナ・・・更にえらいことになってんぞ」 「へ?なにが?」 丸い目できょとん、とするリナリーに、ラビが大きなため息をつく。 「お前・・・いくら成長途中とは言え、育ちすぎさ!主に横に!!」 忌々しげな声をあげて、ラビは無線ゴーレムを取り出した。 「ユウ、今部屋に籠もってんさ?食堂こねーの?」 問うと、回線の向こうで不機嫌な声が答える。 『女共が消えねぇうちは無理だ!食事どころじゃねぇ!!』 エミリアも騒々しいから、ジェリーや厨房のスタッフに出前を頼んでいる、と言う彼にラビはまた、ため息をついた。 「・・・お前が引きこもってなんもいわねーから、リナの体型がまんまるになってんさ!」 「ま・・・まんまるってナンダヨ!!」 「まんまるよ」 「まんまるね」 「まぁ・・・ふっくらしましたよね」 通りすがりのウェイトレス達だけでなく、アレンにまで言われたリナリーが絶句する。 「嘘・・・そんなに?!」 愕然として頬に両手を当てると、確かに以前より・・・頬や掌の厚みが増している気がした。 「キャッシュ2号じゃんか・・・! なんでこんなになるまでほっといたんさ、ユウ!!」 『俺のせいかよ!!リナの不摂生のせいだろうが!!』 回線越しの怒号にリナリーは真っ青になり、アレンはムッとして眉根を寄せる。 「いいじゃないですか! ふっくらしているリナリーも魅力的ですよ!」 「アレン君・・・!!」 頬を染め、輝く潤んだ目でリナリーはアレンを見つめた。 しかし、 「イヤ!惚れ直す気持ちはわかるけど!」 『そこは抵抗しろ!女として!』 と、外野がやかましい。 「大体、生物学的『メス』はみんな美女だと思ってるアレンに聞いても無駄さ! お前は一般的評価ってもんを考えるさね!!」 「生物学的メスって!!」 「失礼ですね!僕は、女性はみんな美しいって思ってるだけですよ!!」 ・・・リナリーへフォローを入れたつもりだろうが、アレンの発言はむしろ、ラビの主張をフォローするものだった。 「アレン君は生物学的メスならなんでもいいんだー!!!!」 「そ・・・そんなこと言ってませんよ?!」 号泣するリナリーの前でうろたえるアレンの頭を、その時、背後から撫でる手がある。 驚いて振り返ると、カウンターにいたメアリが、苦笑して立っていた。 「そのセリフで思い出した。 あんた、クロス神父が連れていた子供だろ」 「え・・・?師匠のお知り合い・・・ですか?」 声を引き攣らせるアレンに、彼女は小首を傾げる。 「知り合いって言うか・・・まぁ、客だよね」 子供の前ではさすがに言いにくいのか、メアリは口を濁した。 「前に働いていた店の、樽みたいな体型のアル中マダムにも同じこと言ってたからさ、あの生臭坊主。 あんな店に来るのにちっちゃい子供連れてて・・・なんだこいつ、って思ったもんだよ。 ・・・大きくなったね」 優しい目で見つめられて、アレンはこくりと頷く。 「ま、そんな奴に育てられたんだもの、感覚が正常なはずないや。 ってわけでリナリー、あんた、ダイエットしなきゃ」 「そうさ!この姉さんの言う通りさ!!」 『今すぐ!修練場に来い!!!!』 神田にまで畳み掛けられて、リナリーは思いっきり頬を膨らませた。 「ダイエットは明日から!!」 『お約束のセリフ吐くな!!!!』 ラビと神田のセリフが、見事にシンクロする。 『さっさと来い!!』 更に怒鳴られて、リナリーは渋々フォークを置いた。 リナリーだけでなく、ラビや心配したアレンも修練場へ行くと、そこには既に、殺気だった神田がいた。 「・・・ちょっと見ない間に、まんまるになりやがって!」 忌々しげに言われて、リナリーがムッとする。 「そんなに言われるほどじゃないもん!ちょっと・・・成長しただけだもん!!」 我ながら苦しい言い訳だと思いつつ言えば、案の定、神田は鼻を鳴らして心底馬鹿にした顔でリナリーを見下ろした。 「じゃあ今、団服着てみろよ。2ヶ月前のを」 「・・・・・・・・・・・・」 物も言えずに目線をさまよわせるリナリーに、神田が再び鼻を鳴らす。 「動けるんだろうな?」 「ば・・・馬鹿にしないでよ!!」 と、仕掛けた先制攻撃はあっさりとかわされ、すれ違いざま首根っこを掴まれて床に押し付けられた。 「この脂肪、早く脱げよ!」 「う・・・うるさいうるさいうるさい!!!!」 脱げるものならとっくに脱いでいる、と、手足をばたつかせて暴れるリナリーを神田は、呆れ顔で解放する。 「なんでそんなに肥えたんだ」 「そうさ、たった2ヶ月でこれはないさね」 ふっくらしすぎた頬を無遠慮につつくラビの手を払いのけ、リナリーは床に座り込んだ。 「・・・だって、ノアが全然動かなくなって・・・暇になっちゃって・・・・・・」 「あぁ、それは確かに。 もう2ヶ月以上ですよね。どうしたんだろ」 リナリーとの目線を合わせようと、座り込んだアレンも小首を傾げる。 「このまま滅んでくれたら一番いいんですけど・・・何かの思惑かな?」 ねぇ?と、見上げたラビも、頷いてしゃがみこんだ。 「俺らも、今回の任務が1ヶ月ぶりの任務らしい任務だったもんな。 でもアクマもノアも関係なしで、ただファインダーじゃ発動中のイノセンスに近づけんから、って理由で行って来たもんだし。 ユウも・・・」 「あの娼館のマダムは、何年も前からあの場所で人間を捕獲してやがったんだ。 2ヶ月前からのノアの異変とは違うな」 頷いたラビが、目線をリナリーに戻す。 「で? 任務もなくて暇だから、食っちゃ寝の生活にどっぷりはまって、こんなまんまるになったんか」 「たるんでんだよ!!」 神田の怒声に返す言葉もなくて、リナリーはただうな垂れた。 そんな彼女の頭を、アレンは慰めるように撫でる。 「異常体質の神田や、寄生型のイノセンスに栄養取られてる僕とは違うんですから、そんなに落ち込まなくていいですよ。 成長期なんだし、いつも通り訓練すれば、すぐに元通りです!」 「そ・・・そうかな・・・・・・」 「そうですよ!」 顔をあげたリナリーに、アレンは大きく頷いた。 「きっと大丈・・・」 「グダグダ言ってねぇですぐ始めっぞ」 アレンのセリフを遮って、神田がリナリーの首根っこを掴んで立たせる。 「こうなったからには容赦しねぇ。元に戻るまで俺の訓練に付き合え」 「う・・・!」 真っ青になったリナリーが、助けを求めてアレンを見つめるが、彼は困惑げに眉根を寄せるばかりだった。 「・・・あんまり、酷くしないであげてください」 「止めないのっ?!」 ようやく言った彼に、リナリーが絶叫する。 「止めないさ。しっかり訓練してもらえ」 「鬼なの?!」 ラビにも悲鳴をあげるが、彼は呆れ顔で肩をくすめた。 「ここでユウに絞られんのと、戦場でアクマに蜂の巣にされんの、どっちがい?」 その体型じゃ逃げられない、と断言されて、リナリーは肩を落とす。 「・・・・・・神田に絞られマス」 「よく言った!覚悟しやがれ!!」 「が・・・がんばってくださいね!」 せめて応援をと、声をかけたアレンにリナリーは、力なく頷いた。 「リナ、ダイエット成功するかねぇ」 クスクスと笑いながら、夕食のローストビーフを頬張るラビに、アレンは首をすくめた。 「笑い者にしちゃかわいそうですよ。 リナリーだって好きで太ったわけじゃないでしょうし、戦場では危険でも、普通の生活をしてるだけなら十分可愛いです」 「フツーの生活が出来ないからお前もユウを止めんかったんだろ?」 指摘されて、アレンが黙り込む。 「ここ2ヶ月、あいつらが全く動いてないってーのは気になるけど、だからって消えたと決め付けんのは早計さ。 リナの身の安全のためにも、がんばってダイエッ・・・ぷくく!!」 「だから! 笑い者にするのはやめなよ!」 テーブルに突っ伏して笑うラビに抗議の声をあげたアレンは、何か言ってもらおうと注文カウンターを見遣った。 しかし、今日のジェリーは厨房の奥で仕事をしているようで、カウンターにはメアリの姿があるだけだ。 「あの姉さんを見て、がっかりする男はお前くらいのもんだからな」 「・・・そうだろうけど」 魅惑的な女性より、魅惑的な料理を作ってくれるジェリーの方がいいと、アレンは呟いた。 「ちっさい頃・・・ってか、元帥と一緒だったんなら、2〜3年前に会ってんだろ? 覚えてねーの?」 「師匠の『お相手』なんて、一々覚えてたら頭が破裂しますよ。とっくにキャパシティオーバーです」 と、請求書の額と店の名前は正確に覚えているアレンの言葉に、ラビは苦笑する。 「お前の記憶力って、金に特化されてんのな」 「ラビみたいに、なんでもかんでも入れてないだけだよ! シャーロック・ホームズだって、情報は整理して脳内にしまっておくもんだ、って言ってるじゃん!」 アレンが英国の有名な探偵に言及すると、ラビもあっさりと乗って来た。 「天文の知識は全くない、って設定には笑ったさ!作者も面白いコト考えるもんさね。 そいやこないだのストランド誌もう読んださ?」 「ボヘミアの醜聞でしょ。ホームズに初めて勝ったのが女の人、ってのがすごいね。 今月は『赤毛同盟』ってタイトルなんでしょ?ラビみたいな鬱陶しいのがたくさん出るのかな」 「鬱陶しいは余計さ! でも、気になるタイトルさね、赤毛としては」 「赤毛って言えば、あんたの師匠もすごい赤毛だったよね」 「ひっ?!」 いつの間にか背後にいたメアリを、アレンが恐々振り返る。 「なんでそんなに怯えてんの? あたしってそんなに怖い?」 苦笑する彼女に、アレンに代わってラビが首を振った。 「こいつ、弟子のくせに師匠のクロス元帥をめっちゃ怖がっててさ! 元帥の名前を聞くだけでこうなっちまうの」 「そうなんだ・・・」 真っ青になって、ガタガタと震えるアレンに笑い、彼女は料理の皿をテーブルに置く。 「料理長から、追加だってさ。 男の子がよく食べるのは、いいことだよね」 「姉さんがそうやって甘やかしたから、リナがあんなに丸々したんじゃね?」 ラビがクスクス笑うと、彼女は大真面目に首を振った。 「あたしがここに来た時には、もう丸々してたよ。 だからあれが普通だと思ってた。 あたしらをここに連れてきてくれた子とはえらい違いだって思ったもん」 「・・・あれ? そいやミランダ、夕飯時にここにいねぇのは珍しいさね」 時間には正確なのにと食堂を見渡すが、彼女の姿はない。 「リンクもいませんねぇ・・・まさか、リーバーさんと一緒にミランダさんにお説教してるんじゃ!」 「まさか」 アレンの予想を、ラビは杞憂だと笑い飛ばした。 「リーバーの説教中かもだけど、リンクは一緒じゃねーだろ。 そんなコトになったら天変地異が起こるさ!」 ・・・と、ラビは今までに得た情報から導き出した予想を口にしたが、現実は小説より奇なり、だ。 犬猿の仲であるリーバーとリンクが一緒になって、ミランダを説教中だった。 しかも、教団の共用語である英語ではなく、ミランダの母国語であるドイツ語で。 英語だと、ミランダが細かいニュアンスを理解できないかもしれないと思ってのことだったが、ドイツ人のリンクはともかく、オーストラリア人のリーバーにまで流暢なドイツ語で説教されたミランダのダメージは計り知れなかった。 『―――― だから今後は絶対に、こんな任務は断るように!』 『そうですよ!!室長には、中央庁から正式に抗議の文書をおくりますから、くれぐれも軽率な行いは慎んでください!!』 二人から固く重苦しい口調で言われ、俯いていたミランダは涙目を上げる。 『そんなの・・・わかってますけど!任務だったんだからしょうがないじゃない!!』 大声をあげたミランダは、椅子を蹴って立ち上がった。 『なんなの二人して!!私だって、好きで行ったんじゃないわ!! すごく苦労して・・・見たくないものを見て、それでも我慢して任務をこなしたのに、行ってもない人達からそんなことを言われる筋合いないでしょ!!』 英語であれば、言葉を探してゆっくりとした丁寧語になるが、母国語ならいくらでもまくし立てられる。 『そんなに言うんだったら、次にこんな任務がある時には、あなた達が行けばいいんだわ!! 私よりうまくこなせるんでしょ! 娼館の小間使いでも下僕でもやればいい!!』 ヒステリックに喚き立て、ドアを叩きつけて出て行ったミランダを、二人は呆然と見送った。 「・・・・・・言い過ぎたのか?」 「・・・言い過ぎてはいませんが・・・お気には障ったようです」 非を認めない彼らは、唖然とするばかりで追いかけもしない。 そのことが更にミランダの気に障った。 「ジェリーさん!」 こういう時の相談相手に選んだジェリーはしかし、食材の調達にでも行ってしまったのか、厨房に姿がない。 代わりにミランダが呼んだ女達が、泣く彼女の周りに集まって来た。 「どうしたの?大丈夫?」 「何があったの?」 「ちょっと座ろうか・・・」 女達に囲まれて椅子に座ったミランダが、事情を聞かれて早口に説教されたことを話す。 「だから・・・そんなに言うんならあなた達が行けばいいって言ってやったんです!! なによ、事情も知らずに勝手なことばかり・・・! そういうことは、一度でも女になってから言えばいいんだわ!! みんな女になってしまえばいい!!!」 ミランダが絶叫した瞬間、遠くから様子を伺っていたアレンのポケットが、強い光を放った。 「アレン、それ・・・!」 指差したラビの顔が、光を受けて蒼褪める。 「やばっ!まだヘブラスカのとこに持ってってなかった・・・!!」 回収したばかりのイノセンスをポケットに入れたままだったことを思い出し、アレンも蒼褪めた。 「みんな逃げろ!!このイノセンス・・・!」 声まで蒼褪めたラビの絶叫が食堂に響く。 「生き物を変化(へんげ)させるんさ!!」 彼の言葉の意味を理解する前に立ち上がった団員達は次の瞬間、自身の身体の変化に絶叫した。 「なんっじゃこりゃあああああああ!!!!」 「むっ・・・むねっ・・・!!胸が生えたっ!!」 「科学班がなんか盛りやがったのか?!」 「・・・だから、イノセンスのせいだってばさ」 重たく膨らんだ自身の胸を抱いて、ラビがため息をつく。 「アレンー!なんでそんなの持ち歩いてたんさ! 俺はてっきり、ヘブ君とこに持ってってるもんと・・・」 「だ・・・だって!! せっかくリンクが離れたし、お腹すいたし、ジェリーさんに会いたかったし・・・・・・」 そのどれもが理解を得る言い訳ではないと気付いたアレンの声が、小さくなっていった。 「また・・・可愛いかっこさせられるんですか・・・? そして今度は、娼館に売られちゃうんですか?!」 ぴぃぴぃと泣き出したアレンの声で、異変に気付いたミランダが、周囲の混乱に蒼褪める。 「な・・・なんですか、これ?!どういうこと?!」 事情がわからず、唖然とする女達に囲まれたまま立ち上がった彼女に、ラビが肩をすくめた。 「今回の任務で俺らが回収して来たイノセンスは、サバンナの真ん中でキメラを生み出してたもんなんさ。 どうも・・・天敵に襲われた動物が、逃げる手段とか敵の更に天敵に変化してたみたいで、足だけがキリンのヌーとか、上半身が象のシマウマとか・・・餌取を有利にしたいらしい、身体がチーターのワニとか、とんでもないもんがたくさんいたんさ。 おかげで、赤道直下を全速力で逃げ回る羽目になって、ようやく回収した時にはもう、へろへろで。 ジジィは熱中症になるわ、アレンは腹減ったって騒ぐわ、大変だっただった」 そして今も大変な目に、と、ため息をつく。 「・・・そんで? お前の望みは、まだ他にもあるかもしれない、ノアの娼館潜入さ? アレン売っちゃう?」 「ヤダッ!!売られちゃうのヤダー!!」 何かトラウマを刺激されたのか、泣き喚くアレンの頭を女達が撫でてくれた。 「そんなに泣かなくても大丈夫よ。あんたなんか、売れやしないから」 「売れても安いわよぉ。顔に傷があるのは致命的だわ」 「眼帯の子もね。 まぁ、そういうのを好む客もいるけど、絶対変態よ」 「・・・・・・慰めるならちゃんと慰めてくれませんか」 酷い現実を見せられた気がして、アレンが肩を落とす。 「ご・・・ごめんなさい・・・! 私・・・こんなことになるなんて!!」 おろおろと目線をさまよわせるミランダに、ラビは乾いた笑声をあげた。 「そりゃ思わんかったろうケドさ」 ミランダの強い願いが引き金になったことは間違いない。 「しかも、よりによってリーバーとリンクがここにいねぇってのが腹立つな。 よし、このイノセンス持って、あいつらんとこ行ってくるか」 今食堂に入って来た団員達の無事な姿を見て、被害がこの食堂内だけだと察したラビが、アレンへ手を差し出した。 「イノセンス寄越しな。 俺、行って来るさ」 「えぇっ?!本当に?!」 「そうさ。仕返ししてぇんだろ?」 あっさりと言われて、ミランダは気まずげに目をさまよわせる。 「仕返しだなんて・・・私、そんなことちっとも・・・」 まさか現実になるとは思わず、迂闊なことを言ってしまったと悔やむ彼女にラビは苦笑した。 「だろうともさ。 んじゃ、あいつらはお咎めなしでいいんか?」 「それは・・・」 どうしよう、と、困惑するミランダの周りで、甲高い喚声があがる。 「ダメだ!!俺らをこんな目に遭わせて、当人だけが無事とか納得いかねぇ!!」 「ボコってやれ!!めっちゃボコってやれ!!」 「中央庁なんざ知るか!!塔から逆さ吊りにしてやれ!!」 いきり立った元男達の絶叫に支配された食堂が、異様な熱気で満たされた。 「ラビがいかねぇんなら俺が行く!!」 「ミランダの仇は俺がとる!!」 義憤に見せて、どう見ても私怨なことを絶叫しつつ、多くの手がアレンへ伸びる。 「俺に寄越せ! 俺の恨みパワーであいつら断罪してやる!!」 「俺だ!!目に物見せてやる!!」 「いいや俺だね!!女の姿なんて生ぬるい!! アザラシに変えて、手も足も出ないまま殴る蹴るの刑にしてやる!!」 「そっ・・・それはやめようよ!!」 いくらなんでも可哀想だと、慌てたアレンがイノセンスを両手で包み込み、伸びてくる手から逃げた。 「逃げんなゴルァ!!」 「イノセンス寄越しやがれ!!」 「きゃー!!!!」 襲い来る手をかいくぐり、食堂を出たアレンは身を隠しつつ回廊を走って逃げる。 「かっ・・・隠れなきゃ!!」 でもどこに、と、壁に挟まれた狭い回廊をひた走るアレンの目の前で轟音が上がった。 「ひっ?!」 壁を突き破り、転がり出てきた物からアレンは思わず歩を引く。 「な・・・なに・・・?!リナリー?!」 床に転がった丸い物がリナリーだと気付いて、アレンは恐る恐る近づいた。 「あ・・・あの、大丈夫ですか?怪我は・・・」 「いっっったぁああああああい!!!!」 ごろん、と起き上がった彼女の絶叫に、アレンがまた歩を引く。 「酷いよ、神田の乱暴者!!ちょっとは手加減したらどうなんだよ!!」 「るっせぇ!! いつもなら余裕で避ける早さだろうが!!たるんでんじゃねぇ!!」 穴の開いた壁越しに怒鳴り合う二人の間で、アレンが困惑げに身動ぎした。 「・・・あれ? アレン君、どうしたの?なんだか・・・」 よいせ、と立ち上がり、歩み寄ったリナリーがアレンの身体をまじまじと見つめる。 「・・・また盛られちゃったの、女の子薬?」 呆れ声のリナリーに、アレンは首を振った。 「今回は、イノセンスのせいです・・・」 「どういうこった」 壁に開いた穴から出て来た神田にも怪訝そうに問われ、アレンは事情を話す。 「それで追われてんのか」 呆れ顔の神田とは逆に、リナリーの目が輝いた。 「強い願いで変身できるってことは!!!!」 アレンが握り締めるイノセンスを彼の手ごと握り締めたリナリーが大声をあげる。 「元の体型に戻して!!」 切実で強力な願いに反応したイノセンスが光を放ち、まんまるだったリナリーの体型が見る見る引き締まっていった。 「やったー!」 両手を挙げて喜ぶリナリーの頭を、神田が背後からはたく。 「なにするんだよ!!」 「馬鹿か! イノセンスの効果なんざ、一時的なもんだろうが! モヤシ達が元に戻るタイミングでお前も元通りだぞ!」 「う・・・そうか・・・!」 やっぱりダイエットか、と、うな垂れたリナリー以上にアレンがうな垂れた。 「それが・・・元に戻るかどうか、良くわかんないんですよねぇ・・・・・・」 「は?!」 声を揃えた二人の前で、アレンはため息をつく。 「このイノセンスで変化しちゃった動物は結局、元に戻りませんでした。 このまま繁殖して、変な遺伝子が残っちゃまずいからってことで、全部捕獲して現地のサポーターに預けてるんですけど、どうやったらこれがやっちゃった変化が解けるのか、まだ謎なんです・・・。 ヘブラスカだったらもしかしたら・・・解除できるかもしれませんけど、下手すれば適合者が見つかるまで、僕らこのままです・・・・・・」 「そんな・・・!」 「だったらさっさとヘブラスカの間に行けばいいだろ。 とっとと解除してもらえ」 危険なイノセンスを持ち歩く方が悪い、と言う神田に返す言葉もなかった。 とぼとぼと歩いてヘブラスカの間へ向かうアレンに、リナリーが付き添う。 「私も行くよ。 私が元に戻っちゃうのは残念だけど・・・仕方ないしね」 「元の体型に戻ったらすぐ戻って来いよ。訓練の続きだ」 背後からの神田のプレッシャーに顔を引き攣らせ、リナリーはアレンの背を押した。 「いこ! ・・・神田め、ホント手加減しないんだから!」 忌々しげにぼやきつつ、リナリーが足を速める。 「女になっちゃったみんなから逃げてるんなら、早く行った方がいいよね。 よいしょ 「え?」 背後から抱えられて、目を丸くしたアレンの視界が、いきなり白くなった。 「空から屋根伝いに行っちゃお ダーク・ブーツを発動し、一瞬で空へ駆け上がったリナリーが、更に加速する。 「ひぃぃぃ!!!!」 悲鳴は音速に掻き消されて、気付いた時にはヘブラスカの目の前にいた。 「結局リナに頼ったんか」 アレンが来ることを予測して、既にヘブラスカの間にいたラビが笑う。 「で、リナは早速お願いしたと。 こんなんに頼ってダイエットしたって無駄さね」 「う・・・うるさいなぁ! アレン君を助けてあげたんだからいいでしょ!」 戻るのも覚悟の上だと、リナリーはぐったりしたアレンをヘブラスカへ差し出した。 「このイノセンスの力、解除出来る?」 「・・・やってみよう」 ふらふらしているアレンからイノセンスを受け取ったヘブラスカが、長い手でイノセンスを探る。 「・・・もう・・・発動は止まっている・・・・・・」 「へ?!じゃあなんで元に戻んないんさ?!」 ヘブラスカの周りに巡らされた柵越しに詰め寄ったラビへ、彼女は首を振った。 「わからない・・・。 解決法が・・・あるとすれば・・・キメラになった動物達・・・。 キメラのままか・・・元に戻るのか・・・観察を続ければ・・・・・・あるいは・・・・・・」 「それっていつですか!!」 声を裏返らせて、アレンも詰め寄る。 だがその問いにも、ヘブラスカは首を振るだけだった。 「しかし・・・強い願いでその姿になったのなら・・・・・・」 と、ヘブラスカはラビへ、イノセンスを差し出す。 「元に戻して欲しいと・・・願えばいいのでは・・・ないか・・・・・・?」 「それさ!!」 混乱していたせいか、こんな簡単なことさえ思いつかなかった。 『元に戻れ!!!!』 声を合わせ、イノセンスへ向けて絶叫した二人の前でしかし、イノセンスは沈黙したままだ。 「だめか・・・!」 「でも!!ミランダさんならどうですか?! この願いをしたのはミランダさんなんだから、もしかしたら・・・!」 「そっか!!!!」 大きく頷いたラビは、イノセンスを握り締めたままヘブラスカの間を駆け出た。 そのすぐ後に続いたアレンを、リナリーはなんとなく見送ってしまう。 そんな彼女に、ヘブラスカは小首を傾げた。 「リナリー・・・」 「ん?」 暢気な顔でヘブラスカを見上げると、表情の出にくい彼女が、明らかに呆れ顔をしている。 「太っていた期間が長くて・・・動きが鈍くなったんじゃないか・・・。 おまえが・・・ついて行かないなんて・・・・・・」 「・・・あ!!」 身体だけでなく心にも脂肪がついていたかと、リナリーは真っ青になって声を失った。 「ミランダ!!!!」 食堂に飛び込んだラビは、ミランダの姿を探して食堂中を見回した。 「ミランダはどこさ?!」 ジェリーに代わってカウンターにいるメアリに問うと、彼女は食堂の外を指す。 「ここのボス・・・室長?だっけ? 彼に呼ばれて行っちゃったわよ。 なんか仕事・・・任務?って言うんだっけ? それが入ったって、急いで行っちゃった」 「なんて間の悪い!!」 「姉さん、あんがと! とりあえず執務室さ!!」 踵を返し、執務室に向かった二人は、コムイではなく彼の補佐官に迎えられて、愕然とした顔を揃えた。 「あ・・・あの、コムイさんはどこですか?!」 「それより、ミランダはどこさ?!」 不躾に飛び込んで来た上、まくし立てる二人を不快げに見比べた補佐官は、手にしたペンで外を指す。 「室長は方舟の間でミランダ・ロットーと合流するそうです。 今任地にいらっしゃるクラウド元帥が、ミランダ・ロットーの能力を必要とされていると連絡が入りましたので、急いで向かうそうですわ」 「なんでこんな時に!!」 飛び込んで来た理由も言わず、踵を返したアレンの甲高い声に、ブリジットは眉根を寄せた。 「躾のなっていない子供ですね。 まずは仕事の邪魔をした詫びでも言ったらどうですか」 「ご・・・ごめんなさいさ、補佐官! でも俺ら、めっちゃ急いでるから!!」 そう言ったラビの声までも高いことに、ブリジットは訝しげに小首を傾げる。 「・・・二人して風邪でも引いたのでしょうか」 それにしては女のような声だった、と、不思議に思いつつも彼女は自分の仕事に戻った。 「ミランダさん!行かないで!!」 「ちょっとだけ待ってさ!!」 大声をあげて飛び込んで来た二人に、方舟の間にいたスタッフ達が目を丸くする。 「・・・どーしたのさ、二人とも。 ミランダがどうかしたのかい?」 呆れ声のコムイの問いには答えず、二人は彼に詰め寄った。 「ミランダさんは?!」 「もう行っちゃったんさ?!」 『扉』を指して喚く二人の変化に気付いたコムイが、訝しげに小首を傾げる。 「ボク・・・今日は何もしてないよねぇ?」 自信なげに呟く彼に苛立ち、二人は勝手に方舟へ乗り込もうとした。 「コラ! なにしてんの!ダメでしょ!!」 さすがに警備班の衛兵も止めに入り、軽々と抱えられた二人はコムイの前に引き出される。 「・・・ねぇ、どーしたの、そのカッコ。 なんで二人とも女の子になっちゃったのさ?」 「え?!女の子?!」 「道理で軽いと思った・・・」 驚いた衛兵達が、二人を拘束する手を慌てて離した。 「で?どうしたんだよ」 泣いてしまったアレンに苦笑しつつコムイが問うと、ラビが深いため息をつく。 「アレンが・・・回収したイノセンスをポケットに入れたまんま食堂でメシ食ってて・・・。 そこにリーバーに説教されて逆ギレしたミランダが飛び込んできて、『みんな女になればいい!』なんて絶叫したもんだからイノセンスが発動しちまって・・・。 その場にいた男、全員女になっちまった・・・・・・」 「マジかよ・・・!」 「俺、メシ食べ損ねて助かった・・・!」 周りのスタッフが蒼褪める中で、楽しそうに笑い転げるコムイをアレンが涙目で睨んだ。 「すぐ!ミランダさんを呼び戻してください!! ヘブラスカでも解けなかった効果ですけど、ミランダさんが『元に戻れ!』って言ってくれたら戻るかもしれないんです!!」 必死に縋りつくが、 「やーだよ!」 と、コムイは取り付く島もない。 「なんでさ!!」 「だーって。 クラウド元帥に逆らったら、後でどんな酷い折檻されるかわかんないもんー。 キミ達の不具合より、自分の身の安全を優先するよ、ボクは」 ・・・酷い言い様だが、納得せざるを得ない言い分だった。 何より、任地にいるクラウドを危険にさらすことは、教団の戦力をそぐことにもなりかねない。 エクソシストとして、それは納得しなければいけないことだ。 「じゃあ・・・ミランダさんはいつ頃帰ってくる予定ですか?」 暗い声で問うと、コムイは笑ってアレンの頭を撫でる。 「そんなに心配しなくったって、何日かすれば戻るよ。 クラウド元帥の任地ってのが活火山でさ。 小規模だけど噴火を繰り返している山で、イノセンスは見える位置にあるのに近づけないんだって。 ちょっと無理すればラウが行けそうなんだけど、噴火に巻き込まれたらさすがのラウも無事じゃすまないから、ミランダにその場所の時間を止めてほしいんだってさ」 「そっか・・・じゃあ、うまく行けば今日中に帰ってこれんじゃ・・・!」 「火山灰で汚れたし、女同士温泉入ってのんびりしてくるってゆってたよー 「クラウド元帥いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!」 血を吐くような絶叫に、またもコムイは笑い転げた。 「笑いごっちゃないさ!! ミランダが帰ってこなかったら俺・・・このカッコのまま明日、誕生日じゃんか!!」 豊かな胸に触れると幸せな感触がしたが、全然嬉しくない。 そう言うとコムイは目尻に浮いた涙を拭いながらラビの頭を撫でた。 「いーじゃない、滅多にできない経験だよ? 一生忘れられない誕生日になるよ!」 「冗談じゃないさね!! セクシーな姉さんだらけなんて滅多にないチャンスなんに!! せっかくの天国でこれはないさ!!」 「ぎゃはははは!!ざーんねーん!!!!」 指差して笑うコムイに舌打ちし、ラビは泣きじゃくるアレンの背を叩く。 「こうなったら・・・!」 「なにか・・・いい考えがあるの・・・?」 しゃくりあげるアレンの前で、ラビはこぶしを握った。 「めっちゃおしゃれする!!」 「・・・・・・・・・は?」 なに言ってんだと、目を丸くするアレンをラビは、真顔で見下ろす。 「逆に考えるんさ・・・これはチャンスだって! 男のまま姉さん達の花園に飛び込めば、中央庁のアタマの固い連中に四の五の言われて一発処分決定だけど、女同士なら問題ねぇんだろ?! 今日はジジィも様子見で入院だから邪魔されねぇし! こんなチャンス、滅多にないって考えるんさ! ようこそ俺の、おっぱいパラダイ・・・ッ!!」 「死ね」 冷酷な声と共に、巨大化したアレンの左こぶしがラビを打ち据えた。 「なに真顔で語ってんですか、気色悪い」 「なに興味ないって顔してんのさ、むっつり少年」 コムイの大きな手で、がしりと頭を掴まれたアレンがぎくりと身を強張らせる。 「万が一だけど・・・今はオンナノコ同士だからイイヨネー 冗談などではない殺人予告に、アレンは激しく頷いた。 「わかったら、そのウサギ連れて出ておいき。 病棟にでも放って来たら、天国で目を覚ましたと思うんじゃないかな」 クスクスと笑うコムイから逃げるように、アレンは巨大化した左手でラビを鷲づかみにし、病棟へ走る。 「急患です!!」 まるで自分が加害者ではないような顔で、アレンは病棟入り口にあるストレッチャーにラビを乗せた。 「・・・また室長のイタズラ?」 迎えに出てきたナースの呆れ顔に、アレンは首を振る。 「今回はイノセンスのせいです・・・って、他の人たちから聞いてませんか?」 アレンの問いに彼女は、首を振って応えた。 「イノセンスの被害なら、あたし達の管轄じゃないわ。ヘブラスカの間へ行きなさいよ」 「いえ・・・それはとっくに・・・・・・」 食堂で被害に遭った連中はここへ来なかったのかと、アレンは非常時にあっても妙に冷静な判断をする団員達に感心する。 「僕がこっちに来たのは、ラビが頭を打って目を回したからです」 まるで自分の仕業ではないような言い回しで、アレンはラビを彼女へ受け渡した。 「コムイさんが、病棟に連れて行けばラビは、天国の中で目を覚ますだろうって」 「・・・・・・・・・あぁ」 アレンの言葉に一瞬、ナースの顔が忌々しげに歪む。 彼女のように『正しい』生き方をしてきた人間にとっては今、教団内をうろついている女達は敬遠したい存在なのだと、十分察せられる態度だった。 「あの・・・お願いします」 「え・・・えぇ、もちろんよ」 表情を読まれたことに気付いたのか、彼女は慌てて笑顔を作る。 「そうね・・・お師匠様と同じ部屋に放り込んでおけば、天国を満喫できると思うわよ」 苦笑するナースの言わんとするところを察して、アレンは乾いた笑声をあげた。 ―――― カツカツと、記憶にある音が耳に響いた。 黒板をチョークが叩く音だ。 それを包み込むように、クスクスと何人もの笑声が沸いていた。 寝ている自分をはばかっているつもりだろうが、時々抑えきれずに笑声が高くなる。 どっと沸いた嬌声にラビは、うっすらと目を開けた。 と、寝ぼけてかすむ視界はドレスの華やかな色合いに染められる。 サテンを模した、安く派手な色合いの生地は、まともな地位の婦人がドレスに用いるものではなかった。 ではここに集まっているのは・・・。 未だベッドの上に寝転んだまま目を開けたラビは、華やかな女達に囲まれてご満悦の師の姿に呆れて声もなかった。 「おぅ、小童が起きおった。 ならばもう、遠慮することはないの!さぁ次は『K』でゆくぞ! よいな、10秒以内に答えられなければ、私にキスするのぢゃ 「やぁん だったらわざと間違えちゃうぅん 「Kで始まる単語ぉ?そりゃあ・・・KISS 頬に音を立ててキスされたブックマンが、ベッドの上で嬉しげに笑う。 「ほっほっほ さぁ、どんどん行くぞ! KISSの次はなんだ?」 「えーっと・・・キッチン? K・・・i・・・t・・・h・・・?」 カツカツと音を立てながら、黒板にたどたどしい文字をつづる女を、ブックマンはやに下がった目で見つめた。 「マーガレット、キッチンはKitchenだ。cが抜けておるぞー と、彼女の白い手を取ったブックマンが、tの後ろにcをつづる。 「うぅーん・・・難しい 「なにやってんさ・・・・・・」 またキスをされ、顔中を口紅跡だらけにして喜んでいる師に、ラビは呆れた。 「病室で宴会ゲームとかジジィ、色ボケも大概にするさ」 「色ボケとは失礼じゃぞ! 私は、この娘達に文字を教えておるのだ! まともな職業に就くのに、読み書きは大切だろうと思ってだな・・・」 「だったらなんで宴会ゲームさ!普通にやればいいだろ!」 苛立たしげに言えば、集まった女達がわざとらしいほどに肩を落とす。 「だってあたし達ぃ・・・覚えがよくないしぃ・・・」 「今まで文字なんか書いた事がないって言ったら、お師匠様が楽しく覚えられるゲームをしようって言ってくれてぇ」 「そしたら本当に楽しくってぇ・・・宴会ゲームなら、あたし達慣れてるしぃ」 「お師匠様のおかげで、薄い本くらいなら読める程度の文字を覚えられたのよぉ?」 「だから、怒らないでぇ ね?と、色っぽい上目遣いで迫られたラビは、頬を染めた。 「だ・・・だったら仕方ないさね! 俺も混ぜて!」 「混ぜるか、ボケェ!!」 ベッドから弾みをつけて宙に舞い上がったブックマンが、ラビへ華麗な蹴りを決める。 「なっ・・・なんでさ!!」 「小童でも十分邪魔だが、お前のような小娘はお呼びでないわ! この娘達は今、私だけの教え子じゃ!誰にも渡しはせんぞ!!」 「ジ・・・ジジィ・・・!!」 忌々しげに睨むが、事情を知らない女達はブックマンに賛同した。 「加わっちゃダメってわけじゃないけど・・・あんた、もう読み書きできるんでしょ? いてもしょうがないじゃない」 「そうよ。 女の子なんだから、あたしらにキスされたって嬉しくないでしょうし」 「まぁ、色気を勉強したいって言うんなら・・・教えてあげられるけどぉ?」 「あぁー・・・そうさね・・・・・・・・・」 魂を吐き出しそうなラビの声に、ブックマンは鼻を鳴らす。 「そら、起きたのであればとっとと出て行け。授業の邪魔じゃ!」 「これのどこが授ぎょ・・・!」 ベッドから蹴り出され、反駁を封じられたラビは不満げに頬を膨らませて乱暴に病室のドアを閉めた。 「色ボケジジィめ!! せっかくのチャンスが台無しさ!!」 あの師にしてこの弟子あり、を体現しているなどと夢にも思わず、ラビは病棟を出る。 「ちぇっ! とりあえず服の調達に行くか・・・!」 いつもの団服は妙に肩が余り、胸が窮屈で、着心地が悪かった。 「せっかくだから、オンナノコのおしゃれでも楽しむさね!」 非常事態でも好奇心を忘れないことは、彼の血族にとって大事なことだ。 ブックマンの正統な後継者らしく、ラビはこの身体さえも楽しむことにした。 一方、アレンはヘブラスカの間で、むっつりとした顔を柵に預けていた。 「部屋に・・・戻らなくていいのか・・・?」 苦笑したように見える彼女を上目遣いで見たアレンは、こくりと頷く。 「戻ったらどーっせ!リンクがくどくど説教するんですよ。 ホンットしつこいんだ、あいつ。 もう終わったことをねちねちねちねち、いつまでもねちねちねちねちねちねちねちねち・・・・・・」 すぐに見つかるから食堂にも行けないと、ぼやくアレンの頭に、彼女の指先が乗った。 優しく撫でてくれる彼女を、アレンはまた上目遣いで見上げる。 「役に・・・立てなくてすまない・・・・・・」 「え?!いや、ヘブラスカのせいじゃないし!!」 慌てて顔をあげたアレンが首を振った。 「僕がさっさとイノセンスを持って来なかったから・・・! ここで保管してもらっていれば、少なくとも被害はなかったわけですし・・・」 自業自得だったと、アレンはため息をつく。 「僕・・・元に戻れますよねぇ・・・・・・?!」 ミランダが戻ってくれば、本当にこの呪いは解除されるのだろうかと、今は不安しかなかった。 「このままなんて、やだなぁ・・・!」 リナリーにたかる虫が減ると、コムイは大喜びだろうが、アレンは全く嬉しくない。 ざまぁみろと思っているに違いないコムイを、元の姿に戻って悔しがらせたかった。 「私は元に戻りたくないけどなぁ」 背後からかけられた声に振り向けば、リナリーがワゴンを押して寄って来る。 「はい、お待たせ。 ジェリーからこっそりもらって来たよ」 リンクを避けたいアレンに代わって、夜食を運んで来てくれたリナリーへ彼は何度もお礼を言った。 「夕食の途中で席を立っちゃったから、お腹すいたんです!! もう・・・赤道直下で怖い動物に追いかけられてへとへとだったのに、こんな目にまで遭っちゃうなんて・・・」 我が身の不幸を嘆きながら夜食に食いつくアレンを、リナリーは笑って眺める。 「ミランダが帰ってくればきっと、元に戻れるよ。 せっかくだから今は、おしゃれすればよかったのに」 「ヤですよ! こんなカッコでも、僕は男の子だもん」 ぷくっと頬を膨らませたアレンは、女の身体になってもいつものスーツ姿だった。 「2〜3年前の服のサイズが今の身体にちょうど良かったんでラッキーでした」 それだけ成長したんだと、言外に言うアレンにリナリーも頷く。 「教団に入ってから、随分たくましくなったもんね、アレン君」 「そ・・・そうですよ!がんばったんです、僕!」 頬を赤らめながら言った彼の無線が、ぷるりと震えた。 「はい?」 『アレーナ!今どこにいるんさ? 部屋にも食堂にもいねーんだもん。 もしかして風呂?女風呂さ?!』 「違うよ!!!!」 回線の向こうでまくし立てる聞き慣れない声・・・しかし、すぐにラビだとわかる口調にアレンは怒鳴り返す。 「ってか、アレーナって呼ぶな! こんなカッコになっても男の子だもん、僕!!」 『へいへい、アレン。 いいから今どこさ?』 「・・・・・・リンクにはばれないようにしてよ?」 憮然と言ってから、アレンはヘブラスカの間にいることを伝えた。 『オッケ!すぐ行くさ!』 「来なくていいのに!」 一方的に切られた無線にぼやいて、アレンはマドレーヌを口に放り込む。 「ラビも食べるなら、追加で持って来ようか」 そろそろなくなりそうなワゴンの上の料理にリナリーが首を傾げるが、アレンは眉根を寄せて首を振った。 「いいですよ! 欲しけりゃ自分で持ってくればいいんです!」 「えぇー・・・でも・・・」 と、リナリーはポケットから取り出した懐中時計を開いてアレンへ見せる。 「ね?」 「・・・・・・仕方ないなぁ。 また、お願いできますか?」 申し訳なさそうなアレンに笑顔で頷いて、リナリーは早速踵を返した。 「あれ? リナ、部屋に戻るんさ?」 入れ替わりにやって来たラビが問うと、彼女は笑って首を振る。 「ラビの分のお夜食持って来てあげるんだよ!食べるでしょ?」 「そう・・・さな。 そいや、夕メシ途中だったっけか」 それどころではなくなった今日の夕飯を思って、ラビは肩をすくめた。 「じゃ、すまんけど」 「いいよー 軽く手を振って出て行ったリナリーがなにも言わなかったことにやや気を落としつつ、ラビはアレンに歩み寄る。 「なぁアレー・・・アレン、これ、にあわねぇ?」 アレンの女性形を言おうとして睨まれたラビが、慌てて言い直した。 「リナ、なんも言わんかったし・・・けっこ、自信のチョイスだったんけど」 そう言ってラビは、豊満な胸を覆う衣装を指先で撫でる。 ベトナムの民族衣装、アオザイに似たそれは、淡いグリーンのシルクで、左肩から胸にかけてと、腹部から長い裾にかけて、精緻な刺繍で花と鳥が描かれていた。 身体のラインをくっきりと際立たせる衣装は、腰の辺りから大きくスリットが開いて、白絹のゆったりとしたズボンを覗かせている。 それはとても悔しいが、背が高くスタイルのいいラビにはよく似合っていた。 「俺のオレンジの髪にはこの色が一番いいと思ったんけど・・・上品にまとめすぎたかな。 印象に残らん感じになっちまったかな」 着替えてこようかと、そわそわしだしたラビにアレンは、ため息をつく。 「似合いすぎて違和感がなかった、ってことでしょ。 あっさりと受け入れられるって、ブックマンの一族じゃ重要なスキルだって言ってたじゃん」 「あー・・・まぁ、そういう考えも出来るけどさ・・・・・・」 それでも何かコメントが欲しかったとぼやくラビは、軽く手を叩いて無線ゴーレムを取り出した。 「ユウ! ちょっと、ヘブラスカの間に来ねぇ?! 聞きたいことがあるんさ!」 「はぁ?! あいつ呼んで、なにを聞くんだよ!朴念仁だよ?!」 眉根を寄せて、アレンが吐き捨てる。 「それに、あいつがこんなことでわざわざ来るわけないじゃん!ねぇ?!」 同意を求めて見上げたヘブラスカは、しかし、頷かなかった。 「それは・・・どうだろう・・・。 最近神田は・・・この部屋へ良く来る・・・・・・」 「なんで?!」 神田がヘブラスカになんの用があるのかと詰め寄るアレンへ、彼女は小首を傾げる。 「女達から・・・逃げてくるのだ・・・・・・。 城のあちこちに・・・女達がいるし・・・そんな彼女たちを警戒して・・・エミリアが部屋の前に陣取っているらしい・・・。 居場所がなくなって・・・ここへ来るように・・・・・・。 ここは・・・私がいるから・・・・・・彼女達は近づかない・・・・・・・・・」 「なんて贅沢な!!」 悔しげに唸るラビに、ヘブラスカがほんの少し、笑った気がした。 「賑やかで・・・嬉しい・・・・・・」 自分はここから動けないからと、開くドアを見遣ったヘブラスカが笑みを深める。 「・・・なんてカッコしてやがんだ」 ラビを見るや、呆れ声をあげた神田に彼・・・いや、今は彼女は頬を膨らませた。 「せっかくナイスバディをゲットしたんから、おしゃれしよーと思ったンさ! ど?セクシー?」 身体をくねらせて豊満な胸を強調したラビに、神田は鼻を鳴らす。 「まさか、そんなことを聞くために呼び出したんじゃねぇだろうな?」 「感想も聞きたかったけど、ま、別のことさね」 「え?!感想聞きたかったんじゃないんだ」 あっさり言ったラビに、アレンが驚いた。 「てっきり、女としての魅力がどーのって、どうでもいいこと聞くと思ったのに!」 「いや、だからそれも気になるところだけど、それ以上に気になるのがさ」 と、ラビはアレンが持ち込んだテーブルセットの椅子に腰を下ろす。 「リーバーとリンクがどんな説教したら、ミランダがあんだけキレるんさ? リーバーはもう仕事に戻っちまって聞けねーし、リンクは鬼の形相でアレンを探し回ってるから聞くどころじゃねーし」 「あー・・・やっぱり探されてるんだ、僕」 見つかったら一晩中説教されそうだと、アレンは更なる逃亡を決意した。 と、神田はアレンへ鼻を鳴らし、柵にもたれかかる。 「俺の報告書を読んだんだろ。 ミランダの主観しか書いてない報告書には載ってない事が、俺のには書いてあるから。 ・・・できれば、リーバーやリンクみたいに感情が入る奴らより先に、コムイに読んでもらって注意をして欲しかったんだがな。 ヒゲ野郎がキレてコムイを仕事漬けにしちまったから、俺の報告書はコムイが読む前にリーバーの手に渡った。 ミランダには最悪の展開だ」 「・・・何があったんですか?」 さすがに気になったアレンが問うと、彼は軽くため息をつく。 「ミランダは多分、気付いてない。 女達もミランダに気を遣って、言わないように口裏を合わせてんだろう。 けどあいつは娼館でかなりヤバイことになりかけてた」 「つまり・・・お客を取らされそうになってたってことですね」 一番年少のアレンがあっさりと察したことに、ヘブラスカがぎょっとして身動ぎした。 「変態ってどこにでもいるしなぁ・・・」 いくら妊婦の変装をしたからと言って、危険がないわけがないと思っていただけに、ラビの声も落ち着いている。 「今回の件で資金は十分渡されてたし、どうせ店を潰して回収するからかまわねぇだろって、その客の倍以上の金払って、一度は俺が買ったんだが、それでマダムが味をしめてな。 大々的に売り出そうってした矢先、何とか証拠を掴んであの女郎蜘蛛を破壊した。 ・・・結構、ギリギリだったんだ。 あいつは何も知らずに客の部屋へ行くところだった」 「それは・・・お説教確実ですね」 気付かないのは一番たちが悪いとアレンが呆れ、ラビも頷いた。 「それで、コムイに注意してもらおうと思ったンか。 妥当さね」 「あぁ。 あぁいう場所で油断するなと、コムイから言ってもらえばそれで済む話だったんだが・・・あの犬猿の仲二人がタッグを組むほど激昂して、事細かにネチネチ説教垂れたんじゃ、ミランダも反省通り越してキレるだろうな」 「ミランダさんは知らなかったんですもんねぇ・・・」 「自分らでは冷静に論理的に説教したと思ってんだろうけど、絶対感情的になってるだろうからな」 難しいもんだと、ラビは苦笑する。 「けど、それなら先に、ユウが言ってやりゃよかったじゃんか。 なんでこんな回りくどいことしたんさ?お前らしくもない」 ラビの指摘に、神田は忌々しげに眉根を寄せた。 「俺に言えってか? お前を一晩買って、助けてやったんだぞ、って。 それこそダメージ半端ねぇだろ!」 「言えませんね。ミランダさんのことだから、ショックで立ち直れませんね」 さすがにそこは、リーバー達も伏せただろうことは想像できる。 「そこんところ伏せて説教したんなら・・・ミランダも納得しがたいだろうさ。 クラウド元帥と合流して、相談してっといいなぁ・・・。 元帥ならミランダをうまく宥めてくれそうさ」 「・・・そして一刻も早く帰って来て、僕達を元に戻して欲しいですね」 大きなため息をついて、アレンはヘブラスカを見上げた。 「その時はまた、あのイノセンス貸して下さいね」 「あぁ・・・。 これに懲りたら・・・今後はすぐに持ってくるのだぞ・・・・・・」 「はぁい」 アレンがぷくっと膨らませた頬をテーブルに載せた時、部屋の外からからからとワゴンの車輪の音がする。 「お待たせ・・・んぎゃ!!神田!!」 戻って来たリナリーが、いるとは思っていなかった神田の姿に飛び上がった。 「なんだ、隠れデブ。 いい加減、現実を受け止めて身体絞れよ」 冷酷な言葉にリナリーの目が吊り上がる。 「か・・・隠れデブってゆーな!! そ・・・そりゃ、ちょっとごまかしてはいるけど・・・!」 「ちょっとじゃねぇだろ! 明日の訓練の時は、デブのまま来いよ! じゃねぇといつまでも効果が見えねぇからな!」 「いや・・・もう、今日だな・・・・・・」 やんわりと口を挟んだヘブラスカが、壁の時計を指した。 「ラビ・・・ラビ・・・・・・」 呼ばれて見上げたヘブラスカは、はっきりと微笑んでいる。 「お誕生日・・・おめでとう・・・・・・。 いつも・・・参加できないから・・・・・・・。 今年は一番に言えて・・・嬉しい・・・・・・・・・」 その言葉にラビは、思わず頬を赤らめた。 「あ・・・ありがとうさ、ヘブくん・・・! イヤ俺も・・・さすがにびっくりしたけど嬉しいさ!!」 「確かに、オンナノコの身体で誕生日なんて、滅多にない経験ですよね。 嬉しがるといいよ、おめでと」 ぱちぱちと拍手するアレンに笑って、リナリーも拍手する。 「ジェリーにお願いして、ケーキも作ってもらってたんだよ! パーティは後で盛大にやるとして、ここでもお祝いしよ!」 「そしてまた太るのかよ、お前は」 神田の冷静な指摘に、リナリーは顔を引き攣らせた。 「ま・・・まぁ・・・! こんな誕生日も一生に一度くらいはいいさね」 苦笑したラビが二人の間に割って入り、ワゴンの上のケーキを取り上げる。 「あんがと セクシー天国にはまみれ損ねたけど、十分嬉しいさ 「僕はあんまり嬉しくないけどね」 本当に元に戻るのかと、不安に苛まれながらアレンは、深々とため息をついた。 ―――― その後。 数日経って、ようやくクラウドと共に帰還したミランダは、温泉でほっこりと癒されたのか、すっかり機嫌も直って、被害を受けた皆を無事、元の姿へ戻してくれた。 職業訓練を受けた女達も、教団や中央庁の紹介でそれぞれ、まともな職に就き、自立した人生を歩み始めている。 ただ、やはりまともな職業に向かない女達もいて、そんな彼女らはメアリがサポーターとして引き継いだ娼館で働くことになっていた。 「伯爵側も関わってくるかもしれない、危険な場所だけど頼むね」 送り出すコムイへ艶やかに頷いた彼女は、見送りに来たアレンを手招きする。 「いつでも遊びにおいで 豊満な胸に抱きしめられ、顔を赤くするアレンを、ようやく体重の戻り始めたリナリーが頬を膨らませて睨んだ。 ・・・そんな、滅多にない平和の中に教団がいた頃。 「へーっくしょんっ!!はっっ・・・しょいっ!!っしょん!!」 「ちょっとぉ・・・! ワイズリー、うるさぁい!!」 ロードに忌々しく言われたワイズリーは、鼻をかみながら彼女を見遣った。 「そうは言ってもだの・・・っしょい!!!!」 止まらないくしゃみのせいで普段使わない腹筋が痛み出す。 「つつ・・・! このままだと私も、咳のし過ぎで肋骨を折ってしまったシェリルの二の舞だ。 良い薬はないものかの、千年公・・・・・・公や、聞こえておるかの?」 ベッドの上でぐったりしたまま動けない千年伯爵へ声をかけるが、全く答える気配もなかった。 「千年公をここまで弱らせるとは、全く夏風邪とは恐ろしいものだのう・・・!」 寒気がして、震え上がるワイズリーを、額に置いた濡れタオルの隙間からロードが見遣る。 「ワイズリィー・・・」 「なんじゃ。リンゴでも剥くか?」 千年伯爵の隣でぐったりと寝そべる長子に声をかけるが、彼女は力なく首を振ってドアの外を指した。 「ティッキー・・・あの馬鹿にトドメ刺して来てぇ・・・!」 まだ初夏のうちに海辺の別荘へ遊びに行き、冷え込む夜に無防備にもデッキチェアで寝入り、見事に夏風邪をひいて一族全員に蔓延させたあの馬鹿を始末しろと、怒りの指令が下る。 「ま・・・まぁ・・・落ち着け、ロード! 奴も悪気があったわけでは・・・」 「悪気があったんなら、すんなり死なせてなんかやらないよ! 頭痛いお腹痛い気分悪い動けない・・・!」 ティッキーの死体でも見なきゃ気が治まらないと言う彼女に、ワイズリーは苦笑した。 「そうさの、そのうちにの・・・」 未だ高熱に浮かされ、別棟に隔離されているティキの様子を思い、彼は肩をすくめる。 「とは言えもう、2ヶ月だ。 そろそろ皆、回ふ・・・ぁっっっくしょん!!!!」 ワイズリーの大きなくしゃみに驚いた伯爵がびくりと身を震わせたものの、それだけだった。 ノアの受難は続き、世界はもう少しだけ、静かなままであるようだった。 Fin. |
| 2015年ラビお誕生日SSでした! なんか・・・まとまりのないカンジですみません(^^;) セルフィで遊郭アイテムゲットしたことがきっかけで、なんとなく書き始めた娼館ネタでした。 お誕生会できなかったジジィにちょっといい思いさせようかと思ったのが間違いでした(^^;) あと、漫画に描こうと思って結局使えなかったリナリー太りネタも再利用できてよかったよかった ちなみにストランド誌の8月号に赤毛連盟が載るのは1891年。 D.グレの舞台は多分、1898〜9年くらいだと思いますので、この辺は深く考えない方がいいと思いますよ!>お前は考えろ!! |