† RUMBLE V †





†このお話はヴァンパイア・パラレルです†

  舞台は19世紀ですが、D.Gray−manの原作とは、ほとんど関係ありません。
  頭を空っぽにして読んで下さいねv



 夜更けの街を、オレンジ色の明かりがさざ波のようにたゆたっている。
 子供達が手にしたランタンは歩調と共に細かく揺れて、カブをくり抜いて作った笑みが声のない笑いで道を照らしていた。
 パレードのように統一された動きではなく、思い思いに街歩きする子供達の行列に紛れて、アレンは嬉しそうに笑う。
 「懐かしい!
 帰ってきたって感じがする!」
 その隣でラビも、レンガの壁に反射する光に包まれながら、小さなお化け達に手を振った。
 「せっかくだから、俺らも仮装してくりゃよかったな!」
 「そっかぁ!」
 しまったと、アレンが残念そうに肩を落とす。
 「次に来る時は準備して来ようぜ!」
 「次かぁ・・・!」
 その言葉に、妙に感慨深げなアレンを、ラビが不思議そうに見下ろした。
 「どした?」
 「あ・・・うん。
 次があるっていいよね!」
 「へ?」
 首を傾げてしまったラビに、アレンはクスクスと笑う。
 「この街に住んでた時は、来年のことなんか考える余裕がなかったんだよ」
 「お前、子供のくせにやたらジジくさいこと言うんさね」
 ヴァンパイアでなくとも、まだ十分将来があるはずの年齢の子供が口にするにはふさわしくない感慨にそれは思えた。
 「だーかーらー。
 いくら大都市ったって、君みたいに恵まれた子供ばっかじゃないっての。
 今日は・・・目につく辺りにはいないけど、行く場所もなくて道端に座り込んでる子供とか、結構いるよ」
 そう言って辺りを見回すアレンの傍らで、ラビが手を打つ。
 「なんで道端になんか座ってんだろ、と思ったらそういうことか!
 行く場所ないんなら、可愛い子は拾ってっていいんさね!」
 「ラビ・・・殴ってい?」
 なんてこと言うんだと、目を眇めたアレンにしかし、ラビは意外そうに目を丸くした。
 「え?ダメなん?
 ウチ、けっこ人手不足なんけど」
 「あぁ・・・そういうことか」
 ブックマンの家で使用人として暮らせるなら、こんな場所で野垂れ死にを待つよりはいいかもしれないと、かつて同じような立場だったアレンは思う。
 「だったら、本人の意思確認が先ですよ。
 リナリーみたいに、ずっと怒ってる子もいるし」
 「そうさなー。
 最初に雇用条件の提示は必須さね。
 後で労働条件が違うって、自治警に訴えられても困るし」
 「・・・自治警って、そんなお仕事もあるんだ」
 知らなかった、と言うアレンにラビが頷く。
 「お前の主人は自治警大ッ嫌いだから、なんも言わんかったんだろうさ、きっと。
 自治警は警察と裁判所と行政が一緒になってる感じだから、雇用主が雇用条件を守らなきゃ、人間の言う裁判所みたいなとこに訴えられるんさ。
 改善されない場合は眷族を外れることも・・・」
 「ぜひその手続き紹介してください!
 あの馬鹿師匠の眷族から抜け出したい!!」
 早口にまくしたてたアレンにラビは苦笑した。
 「あの旦那、それで次々に眷族無くしたらしいから、さすがにもう対策してると思うさ。
 ダメ元でやってみてもいいけど、すっげ時間かかるぜ?」
 「それでも希望があるのなら!!」
 こぶしを握って絶叫したアレンに、道行く子供達が飛び上がる。
 「あ・・・ごめんなさい、なんでもないよ!」
 怯えた目でアレンを窺う子供達に、彼は笑顔で手を振った。
 その時・・・。
 「アレン?!」
 行列の中から突然声があがり、アレンは笑みを凍りつかせた。
 ―――― 聞き覚えのある、少女の声。
 ぎこちなく視線を巡らせるまでもなく、行列から飛び出した少女がアレンに抱きついた。
 「ロ・・・ロード・・・!」
 「なんで?!
 お前、死んだんじゃなかったの?!」
 少女の大声に、周りの子供達がぎょっとしてアレンを見つめる。
 「そ・・・そーだよー!
 ハロウィンだから、戻ってきちゃった!」
 慌てて冗談にすると、『なーんだ』と笑って、子供達は人騒がせな彼らから離れて行った。
 しかし少女・・・ロードは彼に抱きついたままだ。
 「えーっと・・・知り合いさ?」
 事情のありそうなアレンに問うと、彼は気まずげな顔で頷いた。
 「・・・僕を助けてくれた子・・・かな。
 公と一緒なの、ロード?」
 苦笑するアレンにロードは、やや逡巡した後に頷く。
 「はぐれちゃったけど、すぐに追いついて来るよ。
 だからアレン・・・!」
 「一緒には帰らないよ」
 ロードの言葉を遮って、アレンは首を振った。
 「僕のことはもう、死んだと思って忘れて」
 「なんで?!」
 目を見開くロードをアレンは、優しく引き離す。
 「死んじゃったから。
 僕はとうに死人なんだよ。
 ハロウィンの雰囲気にあてられて、迷い出ただけ」
 アレンがロードの温かい頬に触れると、その冷たさに彼女の顔から血の気が引いて行った。
 「ね?わかったでしょ?」
 にこりと笑うアレンに何も言えず、ロードは小さな唇を震わせる。
 と、子供達の行列を掻き分け、乱暴な足取りで歩み寄って来る者がいた。
 「おい、お前!
 うちの子に何を・・・」
 アレンを突き飛ばそうとした手が、寸前で止まる。
 「少・・・年・・・・・・!」
 愕然とした青年に、アレンは小首を傾げた。
 「保護者登場だね」
 この青年はなぜ自分を見て驚いているのだろうと、不思議に思いながらアレンはロードへ目を戻す。
 「じゃあね。元気で」
 ふっくらとした頬を撫でた手を、彼はひらひらと振った。
 「行こ、ラビ」
 「あ・・・!」
 ロードが伸ばしてきた手を避け、ラビを促す。
 「・・・いいんか?」
 訳ありっぽいけど、と気遣わしげなラビにアレンは頷いた。
 「もう、住む世界が違うからね」
 なんの未練もない様子で言ったアレンにラビは吹き出す。
 「お前は長生きするさ」
 人間だった頃のしがらみに捕われ、生きることをやめてしまう眷族は多いが、アレンに関しては大丈夫だと、ラビは愉快げに笑いだした。


 一方、人混みに紛れていくアレンを見送ったロードは、ティキに呼びかけられ、はっと顔をあげた。
 「大丈夫か?
 さっきの奴、知り合いか?」
 ティキの声が妙に警戒していることを不思議に思いつつ、ロードは頷く。
 「昔、うちにいた子。
 僕が拾ったんだぁ・・・」
 「じゃあ、あいつも道端にいたのか・・・」
 そうとは思えない、上品ぶった見た目にティキは吹き出した。
 「猫をかぶるのがうまいな」
 「そうだね。
 器用な子だったんだ・・・マナの後について、なんでも真似してた。
 口調や仕草もね」
 懐かしげに目を細めるロードの傍らで、ティキが大きく手を打つ。
 「そうか・・・!
 じゃあ、あいつが公の言ってた・・・」
 「うん。
 でも、公は直接知らないと思うよ。
 うちに来る前にあの子、マナを失くして出て行っちゃったから」
 「出てった?
 死んだって聞いたぜ?」
 「でも生きてたじゃんか!
 きっと・・・助かったんだよ」
 「だよな」
 頷いたティキに、ロードは頷く振りをして俯いた。
 ―――― 死んだと言うのは冗談だ・・・手も、冷え切っていただけ・・・!きっとそれだけのこと・・・!
 自身に言い聞かせるように、心中に何度も呟く。
 「また会えるよね・・・」
 小さな声は、オレンジ色の明かりの中に満ちた笑い声に紛れた。


 ・・・が、人外の耳には正確に届き、リナリーはきつく眉根を寄せた。
 「なんなのあの子!アレン君も!」
 「何?!どうしたの?!」
 突然大声をあげた妹の傍で、コムイが飛び上がる。
 「アレン君・・・!
 私が知らない女の子と仲良くしてた!」
 あの子!と、リナリーが指した方角には子供達がたくさんいて、コムイには誰のことだかわからなかった。
 「あの白モヤシ、ヴァンパイアになる前はこの街に住んでたんだろ?
 こんな賑やかな場所なら、知り合いに会っても不思議はねぇだろ」
 冷静に指摘され、リナリーは神田を睨む。
 「アレン君も・・・知り合いに会ったら気まずいとは言ってたけど・・・!」
 でも、と、リナリーは激しく首を振った。
 「女の子だなんて聞いてない!!!!」
 「リ・・・リナリー!
 お兄ちゃんの前でアレン君にヤキモチとかやめてよ!」
 「や・・・ヤキモチなんかじゃないよ!
 これはきっと、眷族だから・・・・・・」
 とは言うが、この日はアレンの支配下を逃れ、たたきのめしたのも事実だ。
 「や・・・ヤキモチじゃないからね!」
 「う・・・うん・・・!」
 物凄い形相で迫られ、気をのまれたコムイは頷くしかなかった。


 「・・・それで?
 なんか用があって呼びに来たんでしょ?」
 ロードが見上げると、ティキは頷いて彼女の手を引いた。
 「カモがネギ背負って歩いてるんだ」
 ティキの意地の悪い言い様に、ロードはにんまりと笑う。
 「ふぅん・・・可愛い子?金持ち女?」
 「金持ち女だな。
 いかにも育ちがいい、世間や疑いを知らないカンジだ。
 可愛い女の子が馬車に乗っていれば、まさか自分が誘拐されたとは思わないだろうよ」
 「お嬢様って、馬鹿ばっかりだねぇ」
 そういう彼女も、見た目はいかにも名門の令嬢だ。
 しかし、名門は名門でも、犯罪の大家と言うべき一族の娘。
 今より幼い頃から、家族が引き起こす犯罪の手伝いをしてきた。
 そしてそれを、疑問にも思わない。
 「迷子になってた公は、保護して馬車に乗せてるから。
 俺は、そっちに同乗して帰るよ。
 今日は他にも4人、カワイイ子を邸に送ったから、ルルの店に新しい顔が増えるぜ」
 「ティッキーの好みって、庶民的な気さくっ子だからなぁ・・・。
 いちおう高級娼館なんだから、モノになりそうなの選んでよねぇ」
 子供の口から発せられたとは思えないセリフに、ティキは肩をすくめた。
 「金持ちの旦那だって、澄ました女より気さくで可愛い子が好きだと思うけどなぁ。
 澄ました女なんて、家に何人もいるだろ」
 「それもそうか」
 くすくすと笑いながら、ロードは父の馬車に乗り込む。
 「ここで待ってればいいのぉ?」
 「あぁ。
 俺らはルルの店に寄ってから帰るよ。がんばれ」
 「そんなの言われなくったって、だよぉv
 手を振って去っていくティキに手を振り返して、ロードはお菓子のたくさん入ったバスケットから大きなキャンディーを取り出した。
 と、外で父の声が聞こえる。
 「・・・まんまと引っかかってやんの」
 にんまりと笑って、ロードは馬車のドアを開けた。
 「お父様ぁ!早くぅ!」
 年相応の無邪気さを装って、ロードは小首を傾げる。
 「お父様の知り合いって、その人ぉ?」
 「お邪魔してごめんなさい。道に迷ってしまって・・・。
 送っていただくだけだから、すぐに失礼しますね」
 遠慮がちに言った彼女は、思っていたより若かった。
 てっきり金満家の中年女だと思っていたロードは、気を取り直して彼女の膝にじゃれつく。
 「うちでハロウィンのパーティやるんだぁ。
 だから、ちょっと遊んでっていいでしょぉ?
 電話しておけば、おうちの人も怒らないよぉ」
 「え・・・でも・・・・・・」
 困惑するミランダを上目遣いで見上げ、お願い、と甘えて見せた。
 と、シェリルも追い討ちのように彼女へ微笑む。
 「そうですよ、せっかくだから寄って行かれるといい。
 家族だけではパーティも盛り上がりませんからね。
 お客様が来てくれると、ロードも喜ぶ」
 「うん、ボク、喜んじゃうv
 抱きついた身体は妙に冷たくて驚いたが、無邪気に微笑んでみせた。
 「じゃあ・・・少しだけ」
 あっさりとほだされた彼女にロードは、大げさに喜んで見せる。
 「やったぁv
 ゆっくりしてってよ!」
 「良かったねぇ、ロードv いい子だv
 見事獲物を捕まえたご褒美に、父はロードの頭を優しく撫でてくれた。


 その頃、ようやくミランダの不在に気付いた二人は、慌てて辺りを見回した。
 「お前がきゃんきゃん喚いて絡んでくるから!
 ミランダが呆れてどっか行っちまっただろうが!!」
 「あなたのせいですよ!!
 あなたがよこしまな気持ちで姉上様を誘い出すから、こんな人混みに迷ってしまわれて・・・!
 姉上!どちらにいらっしゃいますか!!」
 大声をあげるハワードに、周りの目が集まる。
 「恥ずかしい奴だな・・・!
 ミランダはこんな時のために香水を・・・」
 呟いたリーバーの背後を、微かではあるが香水の香りが通り過ぎていった。
 「おい!そこの馬車!!」
 大声で呼ぶと、辻馬車はすんなりと止まる。
 「へい、どちらまで?」
 やたら機嫌のいい御者に歩み寄ったリーバーは、空の馬車を見て小首を傾げた。
 「婦人を知らないか?
 ダークブラウンの髪と目、今日のドレスはグリーンだが、暗い場所だから黒に見えたかもしれない。
 線が細くて、いかにも善良そうな・・・」
 「へ・・・へい、存じておりますが・・・」
 途端に落ち着かなくなった御者に、リーバーが詰め寄る。
 「なにかあったのか?!」
 「いえ!危険なことは一つも!!」
 ただ・・・と、彼はミランダが知り合いらしき紳士に送って行かれたことと、乗せてもいないのに高額な代金をもらったことを言いにくそうに話した。
 「あぁ・・・そうだったのか。家に・・・」
 ほっとして、リーバーはハワードを呼ぶ。
 「こちらの紳士が、ミランダの行方を知っていたぞ。
 バーデン・イン・バーデンで知り合った紳士に、家まで送ってもらっているそうだ。
 俺はこの馬車で家に戻ろうと思うが、お前はどうする?」
 問えば、ハワードは眉間に深くシワを寄せた。
 「・・・姉上様がいらっしゃらないのに、ここにいてもしょうがないでしょう。
 不本意ですが、同乗いたします」
 「それにしても・・・」
 馬車に乗り込んだ男達を御者は不思議そうに振り返る。
 「なんであたしが、あのご婦人と会ったとお分かりに?」
 訝しげな彼に、リーバーは微笑んだ。
 「あんたの手から、彼女の香水の香りがした。
 代金を受け取る時に、香りが移ったんだろう」
 「へぇ!随分と鼻がよろしいんですね!」
 自分の手に鼻を近づけても、香りを嗅ぎ取れない。
 それを、通り過ぎたあの一瞬で嗅ぎ当てたのだから、たいしたもんだと感心した。
 「だんなはもしかして、『鼻』の人ですかい?
 フランスで『鼻』って呼ばれる調香師は、どんな微かな香りも嗅ぎとって、すばらしい香水を作るんだって、こないだ乗せたフランス人が自慢げに言ってやしたよ」
 軽快に走り出した馬車の中で、話しかけられたリーバーは苦笑する。
 「そう・・・だな。
 医者も、匂いで患者の不調を感じ取る時があるから、似たようなものかな」
 「へい!お医者様で!」
 「見習いですけどね!!まだ!!」
 険悪な声で水を差したハワードは、不安げな顔で窓の外を窺った。
 「ご無事にお戻りでしょうか・・・。
 ちゃんと、邸の場所はおっしゃったでしょうか・・・」
 「あぁ、そのことなら!」
 と、御者はミランダとのやり取りを詳しく話す。
 「そんであたしが、警察に行きやしょうかと申し上げましたら例の紳士がいらして、送っていこうとおっしゃったんですよ。
 住所の見当もつかないあたしより、お知り合いの方が何かとご存知のこともありましょうから」
 「ミスター・・・!
 なんと親切な方でしょうか、あなたは!
 この国の人間は、外国人に冷たいことで有名なのに、実に人格者でいらっしゃる!」
 「へ・・・へい。
 そちらの姉上様もそうおっしゃって、御代を・・・」
 取り上げられるだろうかと、不安げな彼にハワードは首を振った。
 「それは姉上様からの、親切へのお礼です。
 私からもあなたの親切に報いたいと思いますよ!」
 「あ・・・ありがとうございやす!」
 気前のいい姉弟に感激して、彼は馬に鞭を入れる。
 「すぐにお送りいたしやす!」
 その言葉通り、馬車は間もなくクロウリー家の邸についた。
 「ありがとう、ミスター。
 人格者たるあなたの上に、幸多からんことを」
 ヴァンパイアが祈るのも奇妙な姿だと思いながら、ハワードに続いてリーバーもたっぷりとチップを渡す。
 たった一晩で一月分は儲けた御者は、機嫌よく帰って行った。


 競うようにしてアプローチを渡り、ドアを開けて飛び込んで来た二人に、雇ったばかりのメイド達が目を丸くした。
 「あ・・・あの・・・?
 どうかされましたか・・・?」
 何か粗相でもあっただろうかと、恐ろしい奥方の叱責にすっかり萎縮してしまった彼女達に、リーバーは笑って首を振る。
 「すまん、脅かすつもりはなかったんだ。
 ミランダはもう戻っているか?」
 問うと、メイド達は顔を見合わせ、首を振った。
 「そうですか・・・では、電話でもありませんでしたか?住所を尋ねるような」
 「でっ・・・電話っ・・・ですか?!」
 「あ・・・あんな恐ろしいもの・・・!
 トマさんがいれば、受けてくれるんでしょうけど・・・!」
 「で・・・でも、今日はまだ、ベルが鳴ってな・・・きゃあっ!!!!」
 言った途端に電話のベルがホール中に響き渡り、メイド達が飛び上がる。
 「あぁ、大丈夫。俺が出るから・・・」
 「私が出ますよ!!」
 リーバーを押しのけて電話に駆け寄ったハワードが、受話器を取った。
 「こちらクロウリー家です!」
 かなりの大声に驚いたらしい交換手の悲鳴が、回線の向こうから聞こえる。
 『キャ・・・キャメロット邸からお電話です・・・!』
 交換手の震え声に、ハワードは気まずげな咳払いをした。
 「どうぞ」
 交換手がそそくさと繋いだ回線の向こうから、妙に気障な声が届く。
 『お久しぶりです。
 バーデン・イン・バーデンのパーティでお会いした、キャメロットと申します』
 「キャメロット氏・・・確か、伯爵の一族でいらした方ですね。
 フラウ・バーンシュタインのパーティにいらしていたのは知っていますが、ご挨拶はしていませんでした。
 よくこちらがお分かりになりましたね」
 『これはこれは!
 よい記憶力をお持ちだ!』
 本心から感心した口調に、ハワードは少し気を良くした。
 「ところでキャメロット氏、本日はどんなご用で」
 ミランダのことだろうかと、内心で期待を持ちながら問えば、『令嬢のことで』と答えが返る。
 「あ・・・姉のことですね?!今、どちらに?!」
 『我が邸に』
 勢い込んだハワードに、笑みを含んだ声が答えた。
 『ご自宅の住所がわからないとおっしゃるので、ひとまず我が邸にお越しいただきました。
 電話番号は、クロウリー家を招待したことのある方に伺いましたよ。
 最近のパーティは、招待状を出さずに電話で気軽に誘うのですねぇ』
 回りくどい言い様にやや苛立ったハワードは、更に続こうとする話を遮る。
 「そちらのお宅を教えていただければ、こちらから迎えに参りますが!」
 『あぁそうですねぇ。ボクも、そう提案しようと思っていたのです』
 ようやく本題かとほっとしたのも束の間、彼の言葉にハワードは凍りついた。
 「い・・・今、なんと・・・?」
 『ですから』
 笑みを含んだ声が、癇に障る。
 『我が家でハロウィンパーティをご堪能中の令嬢を無事に帰して欲しければ、100ソヴリンはいただこうかと思いまして』
 息を呑み、言葉も出ないハワードから、リーバーが受話器を奪い取った。
 「それは、ミランダを誘拐したと理解していいのか?」
 『おや、あなたはどちらかな?』
 「ミランダの婚約者だ」
 ハワードが気死しそうに喉を引き攣らせたが、無視して相手の声に集中する。
 「キャメロット邸に、金を運んで受け渡し、と言う手順でいいのか?
 名のある家だろうに、そんなことをして・・・」
 『はて・・・言えますか、我が家を訪れたと?』
 空とぼけた言い様に、リーバーがこめかみを引き攣らせた。
 「どういうことだ?!」
 『我が家は殿方の間で有名なのですよ。
 必ず気に入るご婦人との仲を取り持つ、と言う意味で』
 「まさかパーティって・・・!!」
 焦るリーバーをからかうように、回線の向こうから笑声が届く。
 『ご心配なく。
 今日のパーティは家族だけのものですよ。
 私の娘がぜひにと願ったもので・・・しかし、他家からはそう思われないでしょうねぇ。
 ねぇミスター?
 ご婚約者の名誉を守るためなら、100ソヴリンは安い出費ではありませんか?
 なにしろ、欧州中に領地を持つ家のご令嬢だ。
 名誉はいかにも大事でしょうから』
 ねっとりと絡みつくような声での交渉に、リーバーは唇を噛んだ。
 「・・・あんたの言うことは理解した。
 だが、当主夫妻は今、出かけているんだ。
 彼らが帰って来てから相談をしなきゃならない。
 すぐに呼びにやるし、出来うる限り迅速に対応するから、ミランダの無事は確保してくれ」
 『ほぅ・・・。
 若いのに、中々交渉上手だ。
 いいでしょう。ただし、長くは待てませんよ』
 「わかっている」
 低い声で答え、受話器を置くやリーバーは、ハワードを振り返る。
 「すぐに夫妻を呼び戻してくれ」
 「もちろんそのつもりですよ!」
 リーバーが戻した受話器を取ったハワードが、兄達の参加するパーティ主催者の家へ電話した。
 「火急の用があり、ご連絡しました。
 兄・・・いえ、クロウリー夫人をお呼びいただけますか」
 こういうことに冷静に対処するのはエリアーデだろうと判断し、呼び出した義姉は予想通り、即時帰宅を告げる。
 「すぐに戻ってくるでしょう。
 ただ、こうなると兄上が・・・」
 やや、怯える風に首をすくめたハワードに、リーバーも顔を強張らせた。
 最近のアレイスターは、機嫌が悪い。
 ガルマー家が面と向かって反発し、それに呼応した家がエリアーデの排除を迫って以来、いつもの穏やかさや気弱さが消えてしまった。
 今回、エリアーデの提案で欧州を離れ、一族の少ないイングランドに来てからはやや持ち直したが、このタイミングで『家族』に被害が及んだとわかれば、どれだけ怒り狂うか・・・。
 穏やかに見えても、彼は間違いなく純血のヴァンパイアだった。
 「ハワード・・・・・・」
 「なんですか」
 リーバーの低い声に、ハワードも囁くような声で応える。
 「俺ら・・・朝日を見ることになるのかな」
 「義姉上なら・・・やりかねません・・・・・・」
 自業自得とは言え残念な最期だと、二人は深いため息をついた。


 その頃、自身が誘拐されたなどと全く気付いていないミランダは、初めての『ハロウィン・パーティ』を楽しんでいた。
 水に浮いたリンゴを口で取る、アップル・ボビンというゲームが中々難しい。
 イングランドのリンゴは小さくて柔らかく、歯を立てるのは容易だが、ロードの意向で蜂蜜が塗られ、わざと取りにくくしてあった。
 「あぁ!また失敗だわ!」
 遠くへ逃げて行ったリンゴに手を伸ばそうとすると、ロードに止められる。
 「手を使ったらお化けに捕まっちゃうんだよぉ」
 「そ・・・そうなの?!」
 怯えて辺りを見回すミランダに、ロードが吹き出した。
 「ミランダって、大人なのに子供みたいだねぇ!」
 信じちゃうんだ、と笑われて、ミランダは恥ずかしげに首をすくめる。
 「だって・・・私、黒い森の傍で育ったんですもの。
 お化けなんかたくさんいたんだから・・・」
 「へぇ!ほんとに?!見たことあるのぉ?!」
 興味津々と詰め寄ってくるロードに、ミランダは真面目な顔で頷いた。
 「欧州にはたくさんいるのよ、闇の眷属と呼ばれる人達が。
 普通の人間と同じ顔をして」
 自分もその一人だとは言わないが、その事実を知っているミランダの言葉には真実味があったようだ。
 「すごい・・・!
 僕もお父様達について、ドイツに行けばよかった!
 次に大陸に行く時は絶対ついてく!!」
 はしゃぎ声をあげるロードに、ミランダはふわりと微笑んだ。
 「ぜひ来てね。
 お姉さまがいつもパーティを開いているし、お出かけも多いからきっと会えるわ」
 「そぉだねぇv
 また会いたくなるかは別だけど、と、ロードは笑みを深める。
 と、
 「ミランダ嬢、ご家族にご連絡できましたよ」
 シェリルが声をかけてきた。
 「あいにくご当主夫妻は不在でいらしたが、婚約者の方が迎えにいらっしゃるそうで」
 「リーバーさんが・・・」
 途端、そわそわし始めたミランダに、ロードが小首を傾げた。
 「なぁに?嫌いなのぉ?
 セイリャクケッコンってやつぅ?」
 「ちっ・・違いますよ!
 違うんですけど・・・その・・・!
 私、彼とはぐれて迷子になったので・・・その・・・」
 「あぁ、怒られちゃうかも、ってぇ?」
 頷いたミランダは、怯えた上目遣いでシェリルを見上げる。
 「あ・・・あの・・・!
 怒って・・・ましたか・・・?」
 「いいえ」
 にこりと笑って、シェリルは首を振った。
 「とてもご心配なさっていたようで、我が家にお迎えしていると言ったら安心していらっしゃいましたよ」
 「そ・・・そうですか・・・」
 とは言われたものの、外面がいいリーバーのこと、保護してくれたシェリルには愛想がよくても、帰れば長い説教が待っているのではないかと想像して震えてしまう。
 「お・・・お姉さまにも叱られちゃうわ、きっと・・・」
 姉の怒りはきっと、ミランダを見失った二人にも向くだろうと思うと、今から気が重かった。
 「か・・・帰るのが怖いわ・・・・・・」
 ため息をついたミランダの手を、ロードが握る。
 「僕が一緒に謝ったげるよぉ!
 僕がパーティに誘ったんだってぇv
 「そ・・・そう?
 ありがとう・・・そうしてくれる?!」
 気弱げなミランダがおかしくて、ロードは楽しげな笑声をあげた。


 「この・・・役立たずども!!!!」
 ハワードとリーバーの姿を見つけた途端、エリアーデは鉄拳制裁を食らわせた。
 「二人もついていながらミランダを誘拐されるなんて、役に立たない目は抉り取ってやろうか!!!!」
 その凄まじい怒号と吹っ飛ばされて床に這う男達の姿に、怯えきったメイド達が部屋の隅に固まる。
 「こんなことになるなら、トマをつけてあげればよかった・・・!
 トマならこんな役立たずどもと違って、ミランダを迷わせるようなことはしなかったわ!」
 「恐れ入ります、奥方」
 ぺこりと一礼したトマは、これから『一族』の会話になると判断し、メイド達を部屋の外に出した。
 彼女達は恐ろしい奥方の傍から一歩でも遠くへと、駆け足で地下の厨房へと走って行く。
 「どうぞ続きを」
 足音が完全に聞こえなくなったと見てトマが促すと、アレイスターが口を開いた。
 「100ソヴリンか。
 ミランダのためなら惜しい金でもないが」
 エリアーデさえ聞いたこともない、恐ろしい声に部屋が凍りつく。
 「我が家に手を出した。
 そのことは、必ず後悔させねばならん」
 「・・・もちろんですわ」
 あの時と同じだ、と、エリアーデは頷いた。
 クロウリー家の先代が亡くなった時、この家は最大の危機に晒された。
 継承権を持つ親戚がいつ攻め込んでくるかと、怯える日が続いたが、先代の遺言が公にされてからはそれもなくなった。
 エリアーデを正妻とは認めず、アレイスターが純血の妻との間に子を設けない限りは、次の代は親戚の誰かに継がせるというものだ。
 途端、彼らの殺気は追従に変わり、安全は確保された。
 しかし、その時のアレイスターもやはり、『家族』を守るために神経を尖らせていたのだ。
 そのための準備も、念入りに整えていた。
 「本城でなら数万の大軍も退かせることができるが、今回は人間の一家である。
 1000程度で足りよう」
 「1000・・・ですか?!
 あの・・・・・・」
 蒼褪めたエリアーデの傍らに、トマがそっと進み出た。
 「旦那様、ここは市街地でございます。
 敵の一家はともかく、それではこの街全体が滅ぶこととなり、旦那様が長老会や自治警よりお叱りを受けてしまわれます。
 それに本日はハロウィンの前夜祭で、闇の気が満ちております。
 100でも多い方かと」
 「そうか・・・では、お前の裁量で始めるがいい」
 「承りました」
 一礼して部屋を出て行くトマの背を、ようやく立ち上がったリーバーとハワードが見送る。
 「あの・・・兄上、一体なにをなさるのでしょう?」
 代替わり後に眷族となったハワードも知らないことだ、新参のリーバーも訝しげな顔をした。
 「見ていればわかるわ」
 と、エリアーデが絨毯を引きはぎ、大理石の床を露出させる。
 「どうぞ、奥方」
 いつの間にか戻っていたトマが押して来たワゴンでは、首を切られたばかりの鶏が新鮮な血を滴らせていた。
 積み上げられた1羽を無造作に取ったエリアーデは、床に幾何学模様や古代の文字を書いていく。
 「えぇっと・・・ここはどうだったかしら・・・!
 巫女だったのに、召還するマジャルの古代語も思い出せないなんて情けない・・・!」
 こめかみを押さえてきゅっと目をつぶるエリアーデを、背後からアレイスターが優しく押しのけた。
 「どくである。
 特殊な陣など不要だ」
 言うや彼は、鋭い爪で自身の手首を掻き切る。
 溢れた血が床に落ち、鶏の血で書かれた陣に交じり合った。
 「この地を治める冥王よ、我が血であがなえるだけの闇の住人をお貸し願いたい」
 「だ・・・旦那様!
 純血の血を用いられては、大変な魔物が!!」
 蒼褪めたトマの絶叫に、さすがに状況を察したハワードとリーバーが歩を下げる。
 その瞬間、陣を突き破るようにして、巨大な犬の頭が3つも現れた。
 その頭だけで、長身のアレイスターすら見下ろす犬の、一つの胴体は未だ陣の中に沈んでいる。
 「ケ・・・ケルベロス・・・!」
 神話の中にしか存在しない、地獄の番犬の姿がそこにあった。
 「これはよい眷族をお貸しいただいた」
 アレイスターが手を伸ばすと、ケルベロスは従順な飼い犬のように3つの頭を垂れる。
 「では、攻め込むとしよう。
 我が家に敵対したことを、心から後悔するといい」
 振り返ったアレイスターは、血の色に染まった目を爛々と煌かせた。


 真夜中近くになっても、街は賑やかだった。
 さすがに子供達の姿はもうないが、代わりに浮かれた大人達が酒を片手にはしゃいでいる。
 「・・・そろそろ帰んなきゃかなぁ」
 いくら保護者つきとは言え、まだ少女のリナリーがうろつく様は、酔っ払いの目にも好奇の対象として映っていた。
 中には、聞こえるような大声で『子供をいつまでも夜歩きさせるもんじゃない』と言う者もいる。
 「そうだね、世間の目も冷たくなってきたし」
 と、コムイの冗談口にリナリーは笑い出した。
 「でも・・・帰るとなったらクロウリー家だなぁ・・・。
 兄さん達、遊びに来る?」
 「そうだね!
 ご当主達にはぜひともご挨拶しないと!」
 本来は狩る者と狩られる者の立場だが、これを機にこっそり交流するのも悪くないと、こぶしを握るコムイに神田は呆れる。
 「こんなこと、本家に嗅ぎつけられたら・・・」
 「古い一族を滅ぼすための、下調べだって言えばいいんだよー」
 ごまかすのは得意だと胸を張るコムイに、彼のことをよく知る神田は頷いた。
 「吸血鬼どもが俺達を歓迎するとは思えねぇけどな」
 「そんなのトーゼン・・・って、なに?!」
 突然周りから沸いた悲鳴に驚き、リナリーを引き寄せたコムイが視線を巡らせる。
 同じく、二人を背に庇うようにして辺りを窺った神田は、悲鳴の理由に気付いた途端、唖然と口を開けた。
 「・・・・・・百鬼夜行かよ」
 ハロウィン前夜に冥府の門が開いたか、人々の間をこの世ならざる者が蠢いている。
 宙を舞うゴーストなどは可愛い方で、目を歪めずにはいられない姿の化け物が、酒やつまみに手を出しては、けたたましい笑い声を上げていた。
 「兄さん・・・うちって、こういうのの始末も請け負ってたっけ?」
 掌ほどの大きさしかない小鬼が何匹も、テーブルの上で跳ね回る様を指すリナリーに、コムイは慌てて首を振る。
 「こんなの知らないよ!
 イングランドのハロウィンって、こんなのだっけ?!」
 もう何年も住んでいるが、こんなのは初めて見たと、コムイは飛びついてきた小鬼を払い落とした。
 「一体どういうことだ・・・」
 逃げ惑う人々からの衝突を避けながら、撤退の機会を窺っていた神田の上に、女の声が降り注ぐ。
 「ダーリン!こっちこっち!」
 見上げると、高級レストランの2階にあるベランダから、エミリアが身を乗り出していた。
 「裏口から入って!」
 騒ぎが起こった瞬間に正面の出入口を封鎖したレストランの中には、化け物も侵入できなかったようだ。
 「行くぞ!」
 リナリーとコムイを促した神田は、細い路地を抜けてレストランの裏口に回った。
 「こっちこっち!」
 細く開けたドアの隙間から、エミリアが手招きする。
 三人が室内に滑り込むやドアを閉めたエミリアは、先に立って二階の席へと案内した。
 「驚いたわねー!
 一体誰が呼び寄せたのかしら!」
 「そんなの、決まっているではないか」
 エミリアの言葉に、席についていた金髪の女が肩をすくめる。
 「ク・・・クラウド長官・・・!」
 かつて自分を拉致した女の姿に、リナリーが声を引き攣らせた。
 「久しぶりだな、ハンター達も。
 そんな所に立っていないで、座るといい」
 浅からぬ因縁のある女の招きに、コムイと神田は顔を強張らて席に着く。
 「硬くなる必要はない。
 今の私は休暇中だ」
 くすりと笑って、クラウドはワイングラスを手に地上を見下ろした。
 「今日は冥府の門が開く。
 その上で、冥王に闇の住人を借り受けた馬鹿者がいるのだ。
 これほどの召還ができるのは純血の血だが・・・今、こんな馬鹿をやるほど神経を尖らせているのは、エミリアの父親か、アレイスターしかいない」
 「パパンは今、フランスにいるからアレイスター様ねぇ。
 何があったのかしら」
 地上で大暴れする闇の住人達を見下ろし、エミリアがため息をつく。
 「よっぽど・・・逆鱗に触れたんだわ。
 今近づくのは危険だから、リナリー、今日はウチに泊まってく?」
 「ど・・・どうしよう・・・・・・」
 何があったかわからないクロウリー家に帰るのは危険だろうかと、リナリーは地上の様子を眺めながら頭を悩ませた。


 そして彼女達が眺める地上では、逃げ損ねたアレンとラビが、ピクシーの踊る輪の中に取り込まれていた。
 「なにこれ怖い!!僕も踊んなきゃダメ?!ダメなの?!」
 陽気に踊りながら無言の圧力をかけてくるピクシーに迫られ、アレンがラビに抱きつく。
 「と・・・とりあえず、害を加える気はなさそうさ・・・!
 空気読みながらフェードアウト作戦ってのはどうさ?!」
 「つまり踊れってこと・・・わかった!踊るから!ひぃ!!」
 さぁさぁと迫り来るピクシーの迫力に負けて、アレンは見よう見真似で踊り始めた。
 すると、陽気な彼らは機嫌をよくして、きゃっきゃとはしゃぎまわる。
 「これはこれで・・・楽しいかもな」
 真似するだけでなく、新しい動きを入れてみれば逆にピクシー達が真似をして、踊りの輪が大きく広がっていった。
 二人の他にも、取り込まれた人間達が踊りだし、あるいは酒を酌み交わして、一気に盛り上がる。
 その様にラビは心底感心した。
 「人間って、順応性高いんさねー」
 「いやもう・・・きっと夢だから楽しんじゃえ、って思ったんじゃないかな」
 酔っ払いだよ、と、アレンが呆れ声をあげる。
 「パニックになるより全然いいじゃん。
 これなら、抜け出すのも簡単そーだし、今は楽しんじまおうぜ!」
 「どっちが順応性高いんだか」
 酔っ払ってもいないのに、ハイテンションで踊り始めたラビの隣で、アレンもピクシーとの踊りに興じた。


 しかし、興じていられなくなったのはキャメロット邸だ。
 闇の住人に標的とされたことも知らず、仕事を終えて帰宅したティキは、無防備にパーティールームのドアを開けた。
 「ただいまー。
 オンナノコ達、ルルのとこに連れてったぞー・・・・・・って、え?」
 もふっと、身体ごと柔らかい毛皮に受け止められて、立ち止まる。
 「ロードのイタズラか?
 なんでこんな所に・・・いぬ」
 とは言ったが、その巨大さは通常の犬の何十倍・・・いや、何百倍もあった。
 2階分の高さはあるはずの天井に届く頭は3つあり、炎のように赤い6つの目が、ティキを見下ろしている。
 一つの体に生えた尻尾で床を叩くと、毛皮に覆われているはずのそれは圧倒的質量で大理石を粉々にした。
 「・・・キミタチの尻尾にぶつかって悪かった。
 謝るから・・・追いかけてくんなよ!!!!」
 持ちうる限りの冷静さを総動員して、回れ右をしたティキはエントランスへと走る。
 が、何者かに足を取られ、顔から床にダイブした。
 「なん・・・?!」
 半身を起こして足元を見ると、掌ほどの大きさの小鬼が何匹もティキの足にしがみつき、ケタケタと不快な笑声をあげている。
 「なんなんだこいつら!!」
 悲鳴をあげて小鬼達を払い落としたティキが床をはいずって逃げて行くと、吹き抜けのエントランスを見下ろす階上の柵の間から、ロードが彼を手招いた。
 「こっちこっち!」
 声を潜める彼女に頷き、ティキは急いで階段を上る。
 「一体なんなんだ?!」
 一番奥の部屋まで逃げたティキが問うと、先にいたシェリルが困惑げに眉根を寄せた。
 「お誘いした令嬢のご家族が連れて見えたんだよ・・・。
 ドアを開けたら突然、あの犬が飛び込んできてねぇ。
 ロードをつれて逃げたのだけど、階上に追い立てられては外に逃げることも出来なくなって、困っているんだよ。
 ねぇティキ、ここはひとつ、キミが囮になってくれないかな?
 キミがケルベロスのおやつになっている間、ボクはロードを安全な場所へ逃がそうと思うんだが」
 「・・・俺が餌になること前提の逃亡作戦は却下だ」
 それよりも、と、ティキは部屋を見回す。
 「その令嬢は?
 あの女を交渉に使えば、あの犬も帰ってくれるんじゃないのか?」
 「いや・・・それがねぇ・・・・・・」
 シェリルがロードを見下ろすと、彼女は幼い顔に似つかわしくない、大人びた仕草で肩をすくめた。
 「カボチャ探しゲームで邸中を駆け回ってた時でさぁ・・・。
 僕も、あの人がどこにいるのか知らないんだよね」
 「ってかなんなんだ、あいつら?!
 欧州の貴族って、あんなでかい番犬飼ってんの?!」
 「さすがにあのサイズはないんじゃないかなぁ・・・。
 首も3つあるしねぇ」
 あれは神話に出てくるケルベロスと言うものだと、状況も鑑みずに説明するシェリルにティキが苛立つ。
 「あんなのからどうやって逃げるんだよ!」
 「だからキミが餌に・・・」
 「却下だ!!!!」
 シェリルの言葉を即時却下したティキは、階下から響いてきた犬の唸り声に飛び上がった。
 「あいつら・・・エントランスにいるんじゃないか?!」
 あの反響はエントランス独特のものだと、怯えるティキにロードが頷く。
 「近づいて来てるんじゃないかな・・・僕らの居場所なんて、あの大きな鼻でとっくにわかって・・・っ?!」
 バリバリと木を砕くような破壊音に、ロードが目を丸くした。
 「・・・階段が踏み抜かれた音、かな」
 こんな状況でも妙に冷静なシェリルがため息をつく。
 「あのお嬢さんが出てきて、お迎えに来た家族に『パーティを楽しんでいた』とでも言ってくれないかなぁ。
 さもないと、この邸はあの犬に破壊されてしまうよ」
 「けど・・・あの人、こんな音がしてたら怯えて隠れそうだよねぇ」
 困った、と呟いたロードの予想通り、まさか家族の仕業とは知らないミランダは、大きな犬の唸り声と破壊音に怯え、使用人部屋の一つに隠れていた。
 「な・・・なんなの、この音・・・!
 なにが起こっているの?!」
 ロードにカボチャ探しゲームをしようと誘われ、邸内に隠してあるカボチャのオブジェを探している最中だった。
 使われていない使用人部屋でようやく一つを見つけ、一旦戻ろうとしたところで大きな音を聞いてしまい、そのまま隠れている。
 「も・・・もしかして、これもゲームなのかしら・・・?
 随分大きな音だけど、レコードなら・・・こんな音が出せるのかしら・・・」
 きっとそうに違いないと勇気を出して、ミランダはドアを細く開けた。
 邸の中でもこの辺りは使われていない部屋が並び、ミランダ以外の誰もいない。
 「と・・・とりあえず、エントランスに・・・」
 階段を上った途端、目の前に現れた巨大な犬にミランダは目を丸くした。
 「いぬ・・・・・・」
 巨大すぎるという点を除けば・・・いや、頭が3つあると言う点も除けば、普通の犬に見える獣を、ミランダは呆然と見上げる。
 と、炎のように赤い6つの目が、彼女に気付いて一斉に向き直った。
 その瞬間、
 「おすわり」
 反射的にミランダが放った言葉に、ケルベロスもまた、反射的に従う。
 その姿に安心したミランダは、更に手を伸ばした。
 「伏せ」
 地獄の番犬でも戸惑うことがあるのか、3つの頭が困惑げに顔を見合わせ、渋々と言ったていで身体を伏せる。
 「まぁいい子!
 毛並みもいいし、きっと可愛がられているんですねぇv
 ロードちゃんも早く紹介してくれればいいのに、私が怖がると思ったのかしら?」
 この家の飼い犬だと、なぜか勘違いしたミランダは、3つの頭を代わる代わる撫でた。
 「あなたたち、なんてお名前かしら?
 私はミランダですよ、よろしくねv
 まぁ・・・どの子も精悍でいい顔をしていますねぇ・・・。
 とっても素敵よv
 手放しに誉められていることは察したのか、ケルベロスは機嫌よく尻尾を床に叩きつける。
 その破壊音は、階上に逃げた者達を怯えさせたが、そんなこととは知らないミランダは楽しそうに笑った。
 「あらあら!
 さっきの音はあなた達がいる音だったんですねぇ。
 そうね、こんなおいたをするなら、家の中では飼えませんものねぇ。
 外へ行きましょうv
 あなたたち、ボール遊びは好きかしらv
 おそらく、冥王すら見たことがないだろう呆れ顔をケルベロス達にさせておきながら、ミランダは暢気に庭へ出る。
 「あら、でも・・・その身体で、どうやってドアを抜けるのかしら?」
 興味津々と外で待っていると、ケルベロスは石造りの壁をビスケットのようにあっさりと壊して出て来た。
 「ンぎゃあああああああああああああ!!!!」
 邸の二階まで至った破壊の割れ目から零れ落ちたティキは、巨大な犬の分厚い尻尾に受け止められて何とか即死を免れたが、それで運がいいとは言えない。
 尻尾を踏んだ無礼者を地獄の番犬が許すはずもなく、忌々しげに唸りながら左の頭がティキの足を咥え、吊り上げた。
 「ひぃ?!」
 逆さ吊りにされ、血の気を失った彼を前後左右に振り回した頭は、彼を放り投げて兄弟へパスする。
 見事キャッチした右の頭が、殺さない程度にティキの腹を咥えていると、真ん中の頭が自分もと、ティキの首を咥えて引っ張り出した。
 「ごぁああああああああああああああああ!!!!」
 「まぁ・・・!
 そうやってご主人と遊ぶんですね!
 イングランドって、犬との遊び方も進んでいるんですねぇ」
 全く酷い勘違いを口にするミランダに、しかし、ティキは反駁する気力もない。
 「あのー!
 その子たち、お名前はなんていうんですかー?」
 遥か頭上で犬達に遊ばれるティキへ声をかけるが、彼は悲鳴をあげるばかりで答えてくれなかった。
 「ロードちゃんに聞けばいいかしら」
 忙しそうだし、と、踵を返したミランダは、いつの間にか背後にいた者とぶつかって、慌てて謝る。
 「ご・・・ごめんなさい、ぶつかってしまっ・・・」
 いきなり抱きしめられて、驚いたミランダは顔をあげた。
 「リ・・・リーバーさん・・・」
 迎えが来てほっとする反面、叱られるのではないかと身を竦める。
 しかし、
 「無事でよかった・・・!」
 と、絞り出すような声に、ミランダは小首を傾げた。
 「あの・・・私、パーティに招待されて、遊んでいただけなんですけど・・・。
 あ!
 ニンニクとかネギとか、アレルゲンが入ってそうな物はいただきませんでしたよ!
 お茶とかお菓子とか、安全なものだけいただきましたから!中毒の心配はありませんからね!」
 斜め上のことを言うミランダが、心身ともに無事だったとわかって、リーバーはほっとする。
 「俺とハワードのせいで、お前を危険な目に遭わせてしまった・・・。
 本当にすまない」
 真剣な声で謝られて、ミランダは苦笑した。
 「ケンカはほどほどにしてください」
 「あぁ、気をつける」
 今回の件では本当に反省したと、また謝る彼にミランダは笑い出す。
 「馬車を待たせてある。帰るぞ」
 手を引かれて、ミランダはたたらを踏んだ。
 「あの!
 私、氏と娘さんにお別れのご挨拶をしたいのですけど!
 とてもお世話になったし、ロードちゃんには色んな遊びを教えてもらって・・・このまま帰るのは失礼だわ」
 「いや」
 頑として首を振るリーバーを、ミランダは訝しげに見上げる。
 「挨拶は、アレイスター卿と奥方が行っている。
 お前を見つけたらすぐに連れて帰るようにと、奥方に厳命されているんだ」
 「お姉さまに」
 呟いたミランダは、リーバーの頬が眷族にあるまじき怪我を負っていることに気づいて、首をすくめた。
 「お姉さまに・・・酷く叱られたんですね・・・・・・」
 「あぁ」
 鉄拳制裁を受けた頬は未だ腫れあがったままで、あざが消えるのも先のことになりそうだ。
 「俺はもう二度と、奥方に殴られたくないから、言うことを聞いてくれ」
 「はい・・・」
 苦笑して、ミランダはリーバーの後に従った。


 一方、二階の部屋に隠れていた親子は、美しく着飾った夫人の、驚くべき膂力で隠し部屋から引きずり出された。
 「ごきげんよう、キャメロット氏。ご令嬢」
 血のように赤い目をした男が、呆然とする二人を冷酷に見下ろす。
 「この度は、我が家の娘が世話になった。
 また、冥王よりお預かりした犬が邸に粗相をしてしまい、お詫び申し上げる」
 そう言った彼は、金貨の詰まった袋を床に放り投げた。
 「修理代だ、取っておくがいい。
 しかし」
 赤い目が、炎のように煌く。
 「再び我が家に仇なすなら、この程度では済まん。
 一族郎党、命をもって償ってもらう」
 その宣言に、百戦錬磨のシェリルが声もなく頷いた。
 「では」
 わざとらしいほどに優雅な会釈をした夫人が、踵を返した夫の後に従う。
 ・・・その衣擦れの音が遠ざかっていくのを、二人は呆然と聞いていた。


 「・・・なんじゃ、あれは」
 馬車の中から街の様子を見た老人に、御者が笑い出した。
 「今日はハロウィンの前夜祭なんでございますよ、旦那様。
 いつもは子供達がお化けのかっこして練り歩くもんですけど、子供達が帰った後に、祭の酒で浮かれた大人が騒いでるんでしょう」
 「ほう・・・楽しそうだの」
 輪になって歌い踊る人間達の様子に心引かれ、老人は馬車の天井をノックする。
 「止めてくれ。少し見て行こう」
 チップを多目に渡して待っているように言うと、御者はホクホク顔で頷いた。
 「どれどれ・・・?!」
 暢気に歩み寄った彼は、人間だけでなく、ピクシーが浮かれ騒ぐ様に目を剥く。
 「なんともはや・・・!
 この日はイングランドの冥府が開くとは聞いていたが、見るのは初めてだな・・・!」
 普段は人里離れた場所で暮らす妖精達や、小鬼の姿もあちこちにあって、彼はうきうきと視線を巡らせた。
 「これは楽しげだ!
 信仰心は薄いくせに、闇の住人は信じている、というのはまことだったか!
 妖精がここまで顕在化するとは、なんと貴重な土地であろう!」
 踊りの輪の中に加わると、ピクシー達が歌う未知の歌に自然と身体が動く。
 「これはこれは!
 私までも虜にするとは、なんとも愉快な妖精ではないか!
 誰か、私と会話してくれるものはおらんか?
 妖精のことを教えてくれるものはおらんかの?」
 近くにいるピクシーへ何度も声をかけるが、秘密主義の彼らは舌を出して首を振った。
 「なんとも残念な・・・!
 しかし、実在は確認できたのだ!
 是非に妖精の秘密を教えてもらいたいものだ!」
 若者のようにはしゃいだ老人は、誰か口の軽そうな者はいないかと、足元をうろつく妖精達に声をかけて行く。
 と、輪の中心に至った時、
 「ジジィ?!」
 聞き覚えのある声に顔をあげると、孫とその友人がいた。
 「なんじゃ、ラビ。アレンも。
 妖精の秘密を探っておったのか?」
 先を越されたかと、唇を引き結んだ彼に、アレンが首を振る。
 「ピクシーに物凄い勢いで迫られて、踊らされてるところです。
 ブックマンは妖精を見て寄って来たんですか?」
 問われて彼は、大きく頷いた。
 「見よ、この妖精達を!
 ここまで顕在化するのは、イングランドならではだ!
 妖精は秘密主義で、中々自分達の世界のことを話そうとはしない。
 ゆえに、これを機に話を聞こうと思うてな!
 先程から、口の軽そうなものを探しているのだが、これが中々手強い」
 とは言いながら、むしろ嬉しそうにブックマンは辺りを見回す。
 「妖精はビールが好きなのだったかな?
 なにを好んで食べるのか・・・なにを報酬として与えれば、口が軽くなるのかの?」
 露店にたかっている妖精はいないかと視線を巡らせるが、みな、踊りやいたずらに夢中で、酒や料理に手を出している者はいなかった。
 「あぁ・・・はよう見つけねば!
 そろそろ夜が明けてしまうぞい!!」
 夜が明ければ、自分達の身が危ない。
 焦るブックマンに、アレンは肩をすくめた。
 「ブックマンの一族って、長老からして無邪気なんですねぇ。
 そろそろ夜が明けるって言うんなら、もう帰りましょうよ」
 踊り疲れた、と、ごね始めたアレンに、ラビも頷く。
 「俺もいい加減眠いし、行こうぜ、ジジィ。
 どうせ馬車待たせてんだろ?
 御者が痺れを切らして帰っちまう前に、戻ってやろうぜ」
 言うと、ブックマンは子供のように頬を膨らませた。
 「なんじゃなんじゃ!せっかくの機会を無駄にしろと言うのか!
 それでもお前は、私の後継者か!!」
 「命を賭けることでもないと、ラビは言っているのですよ、長老」
 苦笑まじりの声に目を向けると、いつの間にか傍に、クラウドが立っている。
 「長官〜〜〜〜!!
 お久しぶりさ、結婚してくださいv
 「断る」
 再会の挨拶と共に迫ってきたラビを鉄拳で沈め、クラウドはブックマンへ一礼した。
 「この騒ぎの中心は、おそらくクロウリー家です。
 アレイスターが、冥王に闇の住人を借り受けたかと」
 「なんと」
 自然に現れたものではなく、血で呼ばれたものかと、ブックマンは眉根を寄せる。
 「このような形で人の世に関わることは感心せんな。
 アレイスターにはきっちりと説教をせねばいかん。
 ところで長官」
 クラウドを見上げたブックマンは、手の中でぴぃぴぃと悲鳴をあげるピクシーを差し出した。
 「これ、飼っていいであろうか?」
 「・・・返してらっしゃい」
 冥王に怒られる、と諭されて、ブックマンは渋々、捕まえた妖精を放してやった。


 アレンとラビが、ブックマンの待たせていた馬車に同乗してクロウリー家に戻ると、既に帰っていた一家がぎくりと顔を強張らせた。
 「ま・・・まぁ!長老!ようこそ!」
 貼り付けたような愛想笑いで迎えたエリアーデを、ブックマンは無表情で見上げる。
 「アレイスターはどこかの?」
 「しゅ・・・主人ですか?
 も・・・もう休んでおりますが、なにか・・・」
 「ほう?
 さっき、こそこそと部屋を出て行ったのはアレイスターではなかったかの?」
 必死にごまかそうとするエリアーデを睨んで、ブックマンは奥へと歩んだ。
 「ちょ・・・長老!
 最新の医学書を手に入れましたから、その話をしませんか?!」
 「うむ、リーバー。
 その話はとても興味があるが、後での」
 「長老!
 長旅でお疲れでしょう!
 部屋をご用意いたしますので、どうぞごゆっくり・・・!」
 「気遣いいたみいるな、ハワード。
 しかしまだ夜は明けておらん。年寄り扱いするでない」
 取りすがって何とか彼の歩を止めようとする二人を振り払い、ブックマンはその部屋のドアを明ける。
 途端、純血の血の匂いが溢れ出し、彼はきつく眉根を寄せた。
 「アレイスター!!!!」
 邸中に響き渡る怒号に、アレイスターは恐々と顔を出す。
 「よりによって闇の気配が満ちる日に、純血の血を捧げるとは何事か!!
 貴様の血で召還された闇の住人が、ロンドン中に溢れておるではないか!!」
 「も・・・もうしわけないである、長老・・・!
 ま・・・まさか、こんなにもたくさん出て来るとは、思わなかったのである・・・!」
 アレイスター自身は、ケルベロスを呼び出してそれで終わりだと思っていた。
 しかし、閉じられないまま放置された陣からは、純血の血に誘われた闇の住人達が次々と湧き出して、神田の言う百鬼夜行をロンドンに出現させてしまったのだ。
 「このような形で人間に関わるなど、あるまじきことだ!
 すぐさまこの陣を片付けよ!!」
 「そ・・・そうしたいのはやまやまであるが・・・!」
 血を洗い流して陣を崩しても純血の血の匂いは消えず、その香りに誘われた住人達が今なお湧き出していた。
 「馬鹿者が!!」
 舌打ちしたブックマンは、トマに命じて大量のハーブを運ばせる。
 「全く、後始末が大変だぞ!」
 肉の臭み抜きに使われるセージやローズマリーなどのハーブを刻ませ、敷き詰めると小鬼達が渋々戻って行った。
 「それで?
 ケルベロスはちゃんと返したのであろうな?」
 一番始末におえないものを出してくれたと、目を吊り上げるブックマンの前で、アレイスターが愕然と顎を落とす。
 「回収するのを・・・忘れたである・・・・・・!」
 「この・・・大馬鹿者が!!!!」
 怒号は邸中に響き渡ったが、キャメロット邸へ届くには至らなかった。
 ティキを使ったボール遊びに飽きたケルベロスは、動かなくなったおもちゃの上に顎を乗せ、冥府の門が閉じる夜明けをまどろみながら待っていた。



 Fin.




 










2015年ハロウィンSSラストです!
ギリギリですみません;
転送完了したのは、31日23:59のことでした・・・!(吐血)
1分前でも31日ですよね(こそっ)
・・・・・・・・・すみません(土下座)
今年も不幸なティッキーをお楽しみいただければ幸いです。
不幸が足りないんじゃないかと言われるかもしれませんが。
皆さん厳しくていらっしゃるから(笑)>お前もな!
ちなみに、金貨1枚(1ソヴリン)で、一般労働者の月収並だったそうです。
なので、ミランダさんの身代金は1500〜2000万くらいだと思ってください。
最後にアレイスター卿が投げた金貨は、きっと正しい金銭感覚を持つハワードさんやリーバーさんに言われて、10ソヴリンくらいにしていると思われます。
・・・150万で修繕できる被害かどうかはわかりません(笑)













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