† 福寿草 †
| †このお話は日本・江戸時代を舞台にしたD.Gray−manパラレルです† D.Gray−manの原作とは、ほとんど関係ありません。 |
「あれですか・・・」 「あれだっちょ・・・」 大通りに面した菓子屋の二階、看板の陰から外を窺っていた二人が、そっと囁き合った。 まだ幼い顔立ちながら、羽織袴をきちんと着こなした少年と、短い袖をたすき掛けにし、店の名が入った前掛けをした少女である。 二人が揃って見つめる先には、傾くにしても奇妙すぎる格好をした少年二人が、大声で喚きながら露店に並んだ品を蹴飛ばし、踏み潰してげらげらと笑っていた。 しかし、その場の人々は困り顔を並べるばかりで、喉の奥に絡んだ不満を吐き出すこともできずにいる。 それもそのはず、老中の一族である彼らに逆らえば時の権力者に逆らうこととなり、役人ですら見過ごすことしかできなかった。 だが、若き奉行所与力の彼は違う。 「現行犯逮捕です!」 言うや勾配の急な階段を駆け下り、店を出て暴れる二人の前に飛び出した。 「そこの二人! 器物損壊の現行犯です!そこのおじさん突き飛ばしたから、暴行も加わりますよ!」 真正面からビシィ!と指差してやると、二人は訝しげに首をかしげる。 「なんだこの白いの」 「ホコリみたいに吹き飛ばすぞ!ヒヒッ!!」 細い腕には意外な膂力で、二人から突き飛ばされた彼はたたらを踏んだものの踏みとどまり、にんまりと笑った。 「はい、公務執行妨害追加! 現行犯たーいほっ!!」 はしゃいだ声を上げて帯に挟んでいた荒縄を引き抜いた彼は、輪の部分を引き延ばして二人の首に掛ける。 「それ!縊り殺されたくなければキリキリ歩け!」 捕まるはずがないと高を括っていた二人は、突然の無体に悲鳴を上げた。 「こっ・・・このガキ!! 俺達が誰だかわかってんのか?!」 「千歳老中の一族だぞ!俺はジャスデロでこっちはデビットだぞっ! 泣く子もだま・・・ゲヒイイイイイイイイイ!!」 「知ってますよ、そんなこと」 なのに遠慮なく縄を引いて、彼は二人の声を塞ぐ。 「誰だよ、お前!身分は!」 首を絞める縄を両手で掴み、デビットが何とか声を出した。 と、彼はなぜか、嬉しげに笑う、 「ウォーカー。 北町奉行所与力、アレン・ウォーカーですよ!」 途端、周り中から喝采が湧き、アレンは舞台に立った役者のように誇らしげに笑った。 「ただ今戻りましたー♪」 ジャスデロとデビットの首に縄を巻いたまま、犬のように引きずって来たアレンを先輩与力達がぎょっとした顔で見つめた。 「ウォ・・・ウォーカー、それ・・・! いや!その方達・・・!」 引き攣った声を驚きだと思ったか、アレンは得意げに胸を張る。 「現行犯逮捕です!」 「・・・お前与力だろ! なんで同心みたいなことしてんだ!!」 真に言いたいことはそこではないが、月番の奉行所には人も多く、アレンへ喝采を送る町人達の前で滅多なことは言えなかった。 「えー。 だって最年少だし、このままだと同心になめられるから、現場で働いて来いって、お奉行が」 「そうだけどっ・・・!」 縄が喉に食い込んで、口を利くどころではない下手人・・・いや、貴人達を奉行所の役人達は気まずげに見やる。 「と・・・とにかく、首の縄は解いてやれ。 奉行所は拷問を認めていないんだから、これはやりすぎだ」 「はぁい!」 そこは素直に従ったものの、背中に回した手を拘束する縄は解かず、アレンは二人の背をぐいぐい押した。 「そーれ!キリキリ歩け!」 「コノヤロー!!」 「後で覚えてろっ!!!!」 騒ぎ出した二人の視界から、関わりを恐れた役人達がそそくさと隠れる。 「下手人を牢屋にぶち込むの、初めてだー 初手柄に大喜びしながら、アレンはもたもたする二人の尻を蹴りつけた。 「へぇ・・・本当にやっちまったのか」 城から戻った奉行が、報告を受けて面白そうに笑った。 「あのガキ、結構やるじゃないか」 「感心している場合ではありませんよ、ガルマー様! よりによって、千歳老中の一族の方達を・・・!」 真っ青になって声を震わせる筆頭与力に、奉行は鼻を鳴らす。 「バカ息子達だ。 いくら武士の権勢が強い江戸とはいえ、庶民に嫌われては道も歩けなくなるのが常識だっていうのに、田舎から出てきたガキがはしゃぎやがって。 この件は、明日にでも俺から老中にナシつけておくから心配するな」 「心配しますとも!!」 いくら庶民が強いと言っても相手は老中だと、震え上がる筆頭与力に奉行は肩をすくめた。 「奴らに関しては、俺より先に寺社奉行が抗議してたんだ。 まぁ、越権には違いないから苦情は来るだろうが、それも形ばかりだろうよ。 なんたって・・・」 にやりと、奉行は意地悪く笑う。 「庶民は若武者が大好きだ。 北町の株もあがって、南町を悔しがらせてやれるぞ」 「・・・・・・」 それはいいな、と、無言ながら表情で語る筆頭与力に、奉行も楽しげに笑い出した。 ―――― が、そう簡単に解決しないのがこの時代の身分制度と言うものだ。 千歳老中本人からは、さすがに苦情が入ることはなかったが、目付からの詮議が入った。 「奉行所与力の分際で、旗本のご子息達を捕らえるとは何事ですか!」 まだ若い目付は、アレンを見るなり目を吊り上げて怒号をあげる。 奉行所の一室で正座させられたアレンはしかし、怯みもせずに目付を見上げた。 「だって、あの人達にはみんな困ってたんです。 商品を盗んだり、物を壊したり。 僕の行きつけのお店じゃあ、看板娘のちょめ助さんがさらわれそうになったんですよ? 怖くてお店に出られないって相談されたんで、捕まえて牢にぶち込んだんですけど、何か問題でしたか?」 訝しげに問われて、目付はこめかみを引き攣らせる。 「君は与力のくせにやっていい事と悪い事の区別もつかないのですか! 越権行為ですよ!」 「じゃあ、お目付がさっさと捕縛すればよかったのに! こっちが越権行為なら、そっちは職務怠慢ですよ!」 「ともかく!」 口の減らないアレンに、目付はギリギリと目を吊り上げた。 「君には謹慎を申し付けます! 許しが出るまで蟄居してなさい!」 「えー」 「なんですか、その口の利き方は! ちゃんと返事なさい!」 「はぁい」 「伸ばさない!」 「はい」 アレンのふて腐れた顔を睨んだ目付は、きびすを返すや乱暴な足取りで出て行く。 するとすぐに、クスクスと笑いながら奉行が入って来た。 「怒られてたなぁ、ウォーカー。 お前のクソガキっぷりには、さすがの目付も手を焼いたか」 「クソガキってひどい! なんで僕が怒られなきゃなんないんですか、お奉行!」 ぱんぱんに頬を膨らませると、奉行は更に笑う。 「それが向こうの体面ってやつだからだ。 でもまぁ、俺はお前のこと、褒めてやる」 大きな手で乱暴に頭を撫でられたアレンは、くしゃくしゃになった髪の下で照れ笑いした。 「謹慎も、休暇をもらったと思っていろ。 蟄居だからおおっぴらに出歩いてもらっちゃ困るが、年の瀬だし、大掃除でもしてのんびり過ごせよ」 そしたら、と、奉行はにこりと笑う。 「元日は役宅へ来い。 俺とジェリーで、うまいお節食わせてやるよ」 「はいっ!!」 嬉しそうに頬を染めて、アレンは頷いた。 その頃、大通りに面した菓子屋、松福堂ののれんをくぐったラビは、看板娘にいきなり袖を掴まれた。 「いいとこにきたっちょ! 大変な事になったんだっちょ!」 「ど・・・どしたんさ・・・!」 驚くラビを、ちょめ助は涙目で見つめる。 「ラビがじいちゃんと一緒に都に行ってる間、おいら・・・あの乱暴な双子にさらわれそうになったんだっちょ!」 「あ・・・あぁ、それは聞いたさ。 だから今日は様子見に・・・」 「怖かったんだっちょ〜〜〜〜!!!!」 泣きじゃくるちょめ助の背を撫でてやりながら、ラビは店の奥に入った。 そこには休憩用の卓と椅子があって、ラビはちょめ助を座らせて温かい茶を入れてやる。 「これ飲んで落ち着くさ。 そいつらはなんでも、奉行所の役人が捕まえたらしいじゃん」 なのになぜ泣くのかと尋ねるラビに、ちょめ助は何度も頷いた。 「旗本の裁きは目付の仕事だっちょ? なのに、奉行所の与力が捕まえるなんて越権行為だって、おいらを助けてくれたアレンが蟄居謹慎になっちまったって・・・! おいら・・・おいら、あいつになんて詫びたらいいっちょ・・・! ラビはいなかったし、神田にも頼めなくて、うっかりあいつに助けを求めたおいらが全部悪いんだっちょよ!」 また泣き出したちょめ助の背を撫でてやりながら、ラビは宙を見つめる。 その沈黙があまりに長くて、ちょめ助は涙目をあげた。 「ラビ? どうし・・・」 「・・・っしゃ!年末商戦はウチの圧勝さ!」 突然の大声にちょめ助は目を丸くする。 「な・・・なにがだっちょ?!」 こぶしを握るラビを、ちょめ助が目を丸くして見つめると、彼は自信満々に頷いた。 「力で筆を曲げることはできねぇってこと! ウチの瓦版屋で、その与力のキャンペーン張ってやったら、そいつも助かるしウチの売り上げも伸びる! 一石二鳥さね!」 その言葉にちょめ助はつい、とらぬたぬきの皮算用という言葉を思い出したが、あえて指摘せずに頷く。 「頼むっちょ、ラビ! あいつ、助けて欲しいっちょ!」 「任せるさ!」 頼もしく笑って、ラビは手にしていた菓子箱を差し出す。 「なんだっちょ?」 「都土産の干菓子。 うまかったんさ」 「・・・江戸の菓子屋に都の菓子を持ってくるって、ラビらしいっちょ」 格の違いを思い知れってか、と、顔を引き攣らせながらもちょめ助は、土産の菓子を受けとった。 松福堂を出たラビは、その足で件の少年与力が住むという邸まで出かけた。 紙と筆さえあれば仕事ができる気安さに加え、ちょめ助が『お詫びに』と持たせてくれた大量のみたらし団子が功を奏して、彼はラビを快く迎えてくれた。 「えーっと、アレンだっけか? いくつ?俺より年下だよな?」 気安く話しかけるラビに、おいしい団子で口を塞がれたアレンはコクコクと頷く。 「15です。 年があけたら16ですね」 「そっか。 俺は今18で、年が明けたら19さ」 誕生日と言う概念がないこの時代、正月には皆が一斉に年を取る。 しかし、 「そっか・・・猪年か、お前。 生まれ月も猪なんか?」 にやにやと笑いながら言われて、アレンは気まずげに目を逸らした。 「・・・うん。 師走の25日」 「やっぱりさ!!」 ケラケラと笑うラビを、アレンはむっと睨みつける。 「なんだよ、きゃいきゃいはしゃいで! 申年のラビは申の月なの?!」 「うんにゃ、俺は葉月だから未だな!」 残念でした、と、笑いながら髪をかき回され、アレンは頬を膨らませた。 年が近い上に、二人とも身分を気にする性質ではないこともあり、すぐさま打ち解けて本題に入る。 「取材?僕に?」 なんで?と、首を傾げるアレンに、ラビはにんまりと笑った。 「そりゃあ、みんなお前に興味津々だからさ! 与力なのに、なんで同心と一緒に町を駆け回ってんのか、とか。 与力のくせに、旗本の馬鹿息子達牢にぶち込んじまって大丈夫なのか、とか。 今、目付に叱られて蟄居謹慎中なんだろ? これ以上重い処罰が下らないように、俺が筆の力で世論をお前の味方にしてみせる!っつってんさ そして、年末商戦はウチの店の一人勝ち、と、ラビが嬉しそうに笑う。 「うーん・・・。 でも、真相聞いちゃったらがっかりするかもよ?」 首をすくめるようにして、アレンはラビを上目遣いで見上げた。 「まずいことなら書かないでやるさ。 そこは俺の加減次第。 信じて欲しいさね!」 「それって都合よく筆を曲げてるってことじゃ・・・」 「プライバシー保護さね!」 得意げに断言されて、アレンは吹き出す。 「都合のいいことばっかり言ってる」 くすくすと笑って、アレンは座布団の上に座り直した。 温かいお茶を飲んで、吐息する。 「あのね・・・実は僕、千歳老中の一族なんです」 「は?! じゃあ・・・お役御免の覚悟をもって、とかじゃなく、乱暴狼藉の親戚にげんこつしたとか、その程度のことだったんさ?!」 本当にがっかりだと、あからさまに表情に出たラビにアレンは苦笑する。 「それはちょっと違う。 あの双子は、僕が一族だって、まだ知らないと思うし」 そう言ってアレンは、仏間を見遣った。 「僕の亡くなった父さんは、正真正銘千歳老中の息子の一人だったんだけど、身分の低い与力の娘と夫婦になるんだって聞かなくて、勘当されたんだって。 ご老中本人は僕の存在を知ってはいるし、父さんが亡くなった時にはお邸においで、って言ってくれたんだけど・・・」 高位顕職ばかりが並ぶ気位の高い一族の中に、今更入っていっても気苦労が多いだけだと、母方の与力を継ぐことにしたのだ。 「はー・・・。 まだ子供なのに、よくまぁそこまで・・・」 「今のお奉行・・・ガルマーさまにも相談したんですよ。 あの方なら、評定所の一員としてご老中の人となりや一族のこともご存知だから。 父さんが亡くなって、僕が与力を継ぐのか意思確認してくれた時に、思い切って相談したんです。 そしたら・・・」 ―――― やめとけやめとけ!千歳家は、城内を跳梁跋扈する魔物が住まう伏魔殿だぞ!お前なんか、すぐに取って食われる! 「ですって」 クスクスと笑うアレンに、ラビもつられて笑い出した。 「なので正式にお断りして、与力になりました。 このことを知っているのはご老中本人とガルマー様、そしてそのご令嬢のエミリアお嬢様だけだから、秘密にしておいてくださいね。 変に騒がれて、一族の争いに巻き込まれるのも面倒だし」 ちなみに、と、アレンは人差し指を立てる。 「与力なのに同心と一緒に走り回っているのは、僕が最年少なんで、ベテランさん達に舐められないようにって、お奉行のご配慮です。 僕も、奉行所にこもって書類仕事ばっかりするよりは、皆さんと外を駆け回ってた方が楽しいから、ありがたいお話です」 「ふぅん・・・。 じゃあ、千歳老中からクレームが来ないのはわかってたし、変わった奴ってわけでもなかったんさね」 やっぱりちょっとがっかりだと、顔を曇らせるラビにアレンは苦笑した。 「期待はずれでごめんね。 事情が事情だし、ガルマー様も評定所で話をつけてくれてるらしいから、謹慎も年内だけだよ。 ・・・当てが外れちゃった?」 上目遣いで見上げると、ラビは苦笑して首を振る。 「んにゃ。 勝手にイメージ作っちゃってたことを反省してただけさ。 瓦版屋失格さね」 改めて、と、ラビは紙と小さな筆を取り出した。 「千歳の一族だってことだけ省いて、少年与力の活躍をプッシュするキャンペーン張ってやるさ そうすりゃ、お前の罰が軽くなったのも、千歳老中のせいじゃなくて世論のおかげ、ってことになるだろ? そういうことにしておかねぇと・・・」 にんまりと、ラビは笑みを浮かべる。 「賄賂だ癒着だって、騒がれないとも限らないさ!」 「・・・こんな貧乏邸じゃ、賄賂も癒着も縁遠いですよ」 どこからそんな発想がと、アレンが呆れた。 「けど、与力って言えば二百石以上の高給取りだろ。 なんでこんなに貧乏なんさ」 ただ広いだけの邸には使用人の姿もなく、調度も古いものばかりで妙にうらぶれている。 「なんでも、放蕩の主が続いたそうですよ。 父さんも元々お坊ちゃん育ちだから、節約とか縁がなかったみたいで。 僕がもっとおっきくなれば、威儀とかなんとかで使用人を雇わなきゃなんでしょうけど、まだ見習いみたいなもんだし、このままでもいいや、って」 「それさ!!!!」 「なにがっ?!」 突然大声を出したラビに、アレンが飛び上がった。 「年末特集号のテーマさ! 若くして家を継いだ少年与力が、ベテラン同心の厳しい指導の下、貧しくても健気にお役目を果たしている姿を書いて、お涙頂戴風に仕上げてやるさ! 今回の件は、がんばりすぎて行き過ぎちゃった、ってことでさ! ちょめからも詳しい証言が採れるだろうし、それならお前と老中の関係も触らずに済むさね♪ 題名は、北町奉行所24時・・・うんにゃ、これはまだ、使わない方がいいさね。 そうさ、歳末特別警戒スペシャルとかどうかな! あ、特別が二つもついてら。 うーん・・・。 お前、なんか希望あるさ?!」 怒涛の勢いで詰め寄られ、アレンは目を丸くしたまま頷けもしない。 「とにかく、密着取材決定な! 俺のお布団は自分で干すさー♪」 「泊まるのっ?!」 「密着だからな!」 大掃除の手伝いするから!と、笑顔で迫られて、アレンは渋々頷いた。 「邪魔するぞ」 江戸で一番と称される瓦版屋の暖簾をくぐると、彼の顔を知る奉公人達はにこやかに出迎え、奥へと案内した。 「旦那様、おぶ・・・いえ、ガルマー様がお見えですよ」 彼の役職を言い控えた奉公人には茶を持ってくるように命じて、瓦版屋の主人は上座を譲る。 「奉行職は忙しいだろうに、まめなことだな」 身分は遥か上の奉行に対して気安く口を利く老人に、しかし、彼も気にせず頷いた。 「ウォーカーの元に孫を差し向けてくれて、ありがとうよ。 俺も、あれの処分を軽くする理由を考えあぐねてたんでな。 旗本を二人もぶち込んどいて、年内で謹慎を解くってのもなぁ。 けど、重い処分を下すのも都合が悪いってんで、目付も困ってたんだ」 評判の悪たれに手を焼いていたのは老中もだ。 自身の一族だけにうかうかと苦情も言えず、傍観するしかない彼と彼らを、一斉に救ってしまおうと言うのがこの、老人が放った一手だった。 「なぁに、私は・・・孫の幼馴染に都の土産を持って行けと言っただけだ。 菓子屋の看板娘でな、上方の菓子を見れば新商品のアイディアが浮かぶかも知れんぞ、とな。 まぁ、最近大変な目に遭ったそうだし、見舞ってやれとも言ったが」 「孫までも利用するのか」 にやにやと笑いながら、ガルマーは出された茶をすする。 「・・・で? 今、都の治安はどうなんだ? こっちにも影響ありそうなのかよ」 お茶請けに出された干菓子を摘んで、ガルマーは本題に入った。 「うむ、少々長くなるぞ」 頷いた瓦版屋も居住まいを正し、軽く目を伏せる。 「少々、高くもつくぞ?」 「あんたの情報だ、言い値で買うとも」 上客の答えに満足して、瓦版屋は詳細で有益な情報を語りだした。 ―――― 師走も大つごもりへと向かう頃、少年与力の朝は早い。 ・・・早い。 ・・・・・・早い・・・はず・・・。 ・・・・・・・・・早・・・・・・! 「早く起きるさ、寝ぼすけ少年!!!!」 筆の尻で乱暴に頬をつつかれたアレンは、不満げに目を開けた。 「・・・なんだよ、もー・・・・・・。 謹慎中なんだし、寝かせてよー・・・・・・」 寒いからお布団でたくないと、ワガママをぬかすアレンの肩を、ラビが乱暴に揺する。 「俺だって寝てたいけど! もう半時も前からスタンバってたんだぜ?! お前が起きなくてどーすんさ!!」 「そんなのラビの勝手じゃんー・・・!」 寝直す、と、布団にもぐりこんだアレンの頭をラビが、筆の尻でつついた。 「おーきーろー! 俺に取材させるさー!」 しつこくつつかれて、アレンはもそもそと布団から顔を出す。 「・・・取材って言うけど、謹慎中なんだから出かけないよ? なにするんだよ」 「あ・・・・・・」 しまった、と、蒼褪めるラビにアレンはため息をついてまた布団にもぐりこんだ。 「おやすみー・・・」 「あっ!まっ・・・!」 引き止めようと屈みこんだ瞬間、いきなりアレンが跳ね起きて、ラビはまともに頭突きを食らう。 「なにすんさ!!」 「お出迎えです!!」 「なんの・・・」 ラビの問いには答えず、アレンは素早く身支度を整えた。 「よし!」 鏡に向かって頷くと同時に、お勝手から華やかな声が響く。 「アレンちゃーん 朝ごはん持って来てあげたわよーん 「ジェリーさーん 声に向かって突進して行ったアレンが、筋骨隆々として逞しい・・・なのに、なぜか女の着物を着ている人物に、嬉々として抱きつく様をラビは唖然と見つめた。 「えーっと・・・どちらさん?」 おそるおそる問うと、彼・・・いや、彼女はアレンを抱きしめたまま、にこりと笑みを向ける。 「アタシはジェリー 北町奉行所でみんなの食事の世話をしているのよん アレンちゃん、一人暮らしなのに蟄居になっちゃったでしょぉ? お外に出ちゃダメ、って罰だし、このままじゃアタシの可愛いアレンちゃんが飢え死にしちゃう!って、お奉行にお願いして、ごはん持って来たげることにしたのよん アレンちゃん、昨日のお夕飯、おいしかったぁ?」 「はいっ! かぼちゃの煮っ転がし、最高でした ジェリーさぁん 「いいわよぉん シメたばかりのニワトリさんがあるから、今夜は筑前煮にしてあげるぅ 「・・・なんさ、この怪しい雰囲気」 べたべたとくっついて、甘い声で話す二人からラビは歩を下げた。 「なんだよ、ラビも昨日、食べたでしょ? おいしかったでしょ?」 口を尖らせるアレンには頷く。 「うまかったさ。 でも、作った人とこんなにラブラブとは知らなかったさね」 「アレンちゃんは、ウチで一番若い子だし、歴代でも最年少の与力なのよねん 色々大変だから、アタシもついついお世話が過ぎちゃってん でも!甘やかしてなんかないわよん! アレンちゃん、にんじん残しちゃメッよ!」 厳しい・・・と、本人は思っているらしい蕩け顔でジェリーが命じると、アレンは大きく頷いた。 「はい ジェリーさんのお料理なら、何も残しませんっ! だから・・・鴨の焼き物も食べたいなぁ・・・ 「ウフン 今日はお肉尽くしにしてあげるぅ ジェリーが盛大に頭を撫でる様に、ラビは苦笑する。 「甘やかしてるさ・・・!めっちゃ甘やかしてるさ・・・!」 でも、と、ラビは帳面と筆を取り出した。 「姐さん、俺、アレンの擁護記事書いてやろうって、取材中なんさ! 姐さんから見たアレンっての、取材させてくんね?!」 「アラッ!そうだったのん! だったら喜んで協力するわよん 奉行所にアレンちゃんがいないと寂しいものぉん 「僕も、ジェリーさんに会えないのは寂しいです・・・! あんまり寂しかったから今日も、ジェリーさんの料理の匂いがした途端に起きちゃいました 猫のようにくっついて、ジェリーに甘えるアレンの言葉にラビが目をむく。 「お前、どんな鼻してるんさ!」 全然気付かなかった、と驚くラビに、アレンは得意げに笑った。 「ジェリーさんの存在は唯一無二ですから!絶対にわかります!」 「特殊能力かよ・・・!」 呆れたラビは、しかし、『面白い奴だ』と笑い出す。 「じゃー、まずは軽く、アレンの生い立ちからさね! あ、オフレコんとこはうまく濁してやるから! そして、姐さんの知る奉行所でのアレン。 ここ、ちょっとお涙頂戴風にしたいから、姐さんがんばってさ!」 「が・・・がんばるって、なにを・・・?」 できるかしら、と、不安げなジェリーにラビはにんまりと笑った。 「アレンの初出仕の頃とか、出来るだけ詳しく話して欲しいさ! ちょっとドジった話とか、失敗のエピソードもいいさね。 ちっさいのに苦労してたんだ、って話があればなおオッケーさ! あ、お奉行とか先輩とかからの、心温まるエピソードってないさ?」 「そぉねぇ・・・。 アレンちゃん、今も可愛いけど、初めて来た時はそりゃあ可愛かったわぁん ちょっと怯えたカンジで、でも、根性ありそうね、って顔して まだ11歳だったのよねぇ・・・急いで元服しちゃったから、袴なんかまだ長くって 段差で躓いてたのが可愛かったわぁん 「ジェ・・・ジェリーさん、見てたのっ?!」 顔を真っ赤にしたアレンに、ジェリーは何度も頷く。 「だって、すごく可愛かったし、心配だったし。 ベテランにいじめられないか、見守ってたのよぉ。 変な意地悪しようとした子には、裏でメッ!したりね それが一体どんな仕置きだったのかはわからないが、少なくとも、アレンはイジメを受けた覚えはなかった。 「ジェリーさん・・・ますます好き 「ウフン また抱きついて来たアレンの頭を撫でてやると、ラビが先を促す。 「ウーン・・・そうね、お奉行もエミリアちゃんも、アレンちゃんのことは最初から気にかけてたわん。 なんたって最年少ですもんね。 うっかり極悪人に当たったりしないように、お仕事の割り振りには気を遣ってたわねん」 「そ・・・そうなんだ・・・!」 初めて聞く事実に、アレンも目を丸くした。 「あそこは奥方が、忙しいお奉行に愛想つかして実家に帰っちゃってるのよん。 それで今は、エミリアちゃん一人で弟を構ってるから、その延長線上ではあったのかもねん。 ほっとけなかったんだわ」 「なるほど、優しいご令嬢、っと。 この人、すごい有能だって有名な人だろ? 北町奉行所の処理能力が南町を遥かに上回ってるのは彼女のおかげだって、前に筆頭与力が言ってたさ」 「うん、判例なんか全部頭に入ってて、例繰方の出る幕がないんだ。 その時間短縮が大きいね」 「そりゃすげー!」 俺も出来そうだけど、と、余計なことを言って、ラビは質問を続ける。 その全てにジェリーは快く答え、アレンも補足を入れて、間もなくインタビューは帳面を埋め尽くした。 「よっし!こんだけあれば、瓦版に十分さ!」 満足げに頷いたラビが、閉じた帳面をはたく。 「今夜中にまとめて、朝に刷って・・・明日には、江戸中に評判が立つようにしてやるよ!」 「そんなことできるの?」 不思議そうなアレンにラビは自信満々に頷き、ジェリーも笑って頷いた。 「瓦版屋の跡取り息子、ラビは有名な読売よん ラビの手にかかれば、『隣のタマが子猫を生んだ』って話でも江戸っ子の耳目を集めると言われてるわねん 「なんさ、知ってたんさね!」 何も言われないから知らないと思った、と笑うラビに、ジェリーが頷く。 「インタビューされてる間に思い出したのん 屋号がそのまま『瓦版屋』の跡取り息子は確か、有名な読売だったわ、って クスクスと笑って、ジェリーは小首を傾げた。 「アレンちゃんのピンチ、救ってあげてねん 「任せるさー!」 得意げに言って、ラビは腰を上げる。 「アレン、明日には状況ががらりと変わるぜ! ある意味、覚悟してな!」 「う・・・うん・・・・・・」 その言葉に不安な気持ちにもなりながら、アレンはラビの背を見送った。 ―――― 翌朝、ラビが売り出した『歳末警戒特別号!北町奉行所・少年与力の活躍』は、彼の呼び込みで売れに売れた。 大量購入して店で配ってくれたちょめ助の協力もあって、その評判はあっという間に江戸中に広がり、今まで馬鹿息子達の悪行に泣き寝入りしていた町人達も、続々と奉行所へ被害を訴え出たのである。 「歳末特別キャンペーンキタわよー! さぁあんた達! 張り切って処理するわよ!!!!」 たすき掛けにはちまきを巻いて、討ち入りでもするのかと思わせるエミリアの姿に、与力達の気も引き締まった。 彼らは寄せられる訴えを驚愕の処理能力で次々に裁き、翌日には奉行が評定所へ持ち込めるまでにしてしまった。 「・・・いやぁ常々、俺の娘は大したもんだと思っていたが、ここまでとはなぁ。 世襲が許されるなら、次の奉行にはあいつを推薦するんだが」 評定所での雑談で呟いたガルマーに、千歳老中が深いため息をついた。 「そんなコト・・・一々言われなくてもわかってマスよ。 ウチの子達が少々ヤンチャだってことはネ」 少々ではないだろうと、先に訴えていた寺社奉行に睨まれた老中が肩をすくめる。 「今の若年寄はウチの子ですし・・・目付にも、話をつけまショウ。 今回のことは・・・少年与力に味方した世論を立てたってコトにしてあげまス」 あっさりと折れた老中に、その人となりを知るメンバー達は意外そうに顔を見合わせたが、事情を知るガルマーはにんまりと笑って頷いた。 「よかった。 あのガキ、ヤンチャだが根性はあるんで、使い勝手がいいんですよ。 これからもきっちり働いてもらいたいんで、目付にも妙なしがらみは残さないようにしていただきたいもんだ」 「プゥ・・・わかりました。 シェリルは優秀な子ですから、その辺りもちゃんと言い含めてくれますよ」 それでいいかと問われて、ガルマーは満足げに頷く。 その様に、何か裏取引でもあったのかと、彼らを知るメンバー達は後でそっと囁きあった。 25日の昼も過ぎた頃。 少年与力の姿を一目見ようと邸を囲んでいた人々を掻き分けて、目付とそのお付が中へと入っていった。 「・・・なんともみすぼらしい家ですね。 修繕くらいしてはどうですか」 眉根を寄せて嫌味を言う目付に、アレンは頬を膨らませた。 「ほっといてください! 今、大掃除中なんですぅ!」 放り出されたホウキとバケツを指したアレンに、目付は鼻を鳴らした。 「掃除もまともにできないくせに、使用人の一人も雇えないとは。 せいぜい励んで、給金を貯めることですね」 嫌味ったらしく言ってやったのに、アレンはにんまりと笑う。 「ってことは、謹慎終わりってコトですね! お咎めも減俸もなし?やったー!」 諸手を挙げて快哉を叫ぶアレンを、目付は忌々しげに睨んだ。 「・・・確かに、お咎めも減俸もありませんが、これはご老中やお奉行の特別なご配慮があってのことですよ! 一つ間違えば重い処罰が下ったでしょうに、なんですか、その態度は! 最初から大事にはならないと、高でもくくってましたか!」 事情は知らないはずだが、あっさりと見抜いた目付から、アレンはぎこちなく目を逸らす。 「そ・・・そういうわけじゃありませんけど・・・。 お奉行が、元は寺社奉行が苦情入れてた案件だし、ご老中もこの件には強く言えないはずだから任せろって請け負ってくれて・・・」 この理由ならいけるはず、と、アレンは改めて目付に向き直った。 「僕・・・お奉行を信じてました!」 きらめく瞳で訴えると、訝しげながらも信じてくれたようだ。 「では、再出仕の際にはお奉行によくよくお礼申し上げなさい」 「はいっ!」 ようやく解放だと、喜色満面のアレンにしかし、怖い顔の目付が迫った。 「あ・・・あの・・・まだなにか?」 「公的なお仕置きは免除されました。 が、越権行為をしておきながら、全くお咎めがないとでも?」 「へ・・・?」 なんで袖をまくるの?と、怯えるアレンの前で、目付がこぶしを握る。 「歯を食いしばっていなさい。舌を噛みますよ?」 「っぎゃん!!!!」 げんこつの音とアレンの悲鳴は邸の外まで響き渡り、囲んでいた人々をざわつかせた。 だが、 「痛いー!!酷いー!!!!」 と、すぐに続いたアレンの泣き声に、切腹させられたのではないとわかって、ほっとする。 「泣き止みなさい! こんなことをしておいて、げんこつ一つで済ませてやろうと言うのです! ありがたく思い、私に御礼を言いなさい!」 「うう・・・! こんなきついげんこつしておいて御礼を言えなんて・・・!」 なんて酷い人だと泣くアレンは、更に怖い顔で迫られてしゃくりあげた。 「え・・・えと・・・。 目付殿、お名前は・・・?」 「リンク。 ハワード・リンクですよ。覚えておきなさい」 いずれ上司になるかもしれないからと、恐ろしいことを言われてアレンは震え上がる。 「リ・・・リンク殿、げんこつ一つで許してくれて、ありがとうございました・・・! なるべくなら、北町奉行にはならないでください」 「一言余計ですよ!」 またかざされたこぶしから、アレンは正座のままずりずりと後退した。 涙目で見上げてくるアレンにまた鼻を鳴らし、リンクはようやくこぶしを下ろす。 「二度とこのようなことがないように! 次は、げんこつ一つでは済みませんよ!」 その言葉に怯えたアレンが、恐々と首をすくめた。 「げ・・・げんこつ二つ・・・とか?」 「・・・また何か言えば、今から二つ目をあげますが?」 「すみません・・・っ!」 深々と頭を下げたアレンに頷き、リンクは踵を返す。 「以後、気をつけるように!」 上から目線で言い置き、邸を出て行くリンクを見送ったアレンは、こっそりと舌を出した。 「・・・なんだよ、いばりんぼ!二度とくんな!」 塩を撒いてやろうかと思ったが、邸を囲む人間が多くて、断念する。 「えーっと・・・皆さん、ご心配かけました。 おかげさまで、お咎めなしです!」 アレンがぺこりとお辞儀すると、一斉に拍手が沸いた。 「よかったよかった! あ、これ松福堂の栗饅頭!よかったら食ってくれ!」 馬鹿息子達を追い払ってくれた礼だと、茶屋の主人が饅頭を差し出すと、 「俺も、ウチの野菜持って来た! あいつら、売り物を蹴鞠にしちゃゲラゲラ笑いやがって・・・! あいつらの頭を蹴鞠にしてやりたかったんだ! あんたがあいつらの首に縄かけて、犬みたいに引いてくれた時はすっきりしたぜ!」 と、八百屋の主人もたくさんの野菜をアレンに押し付ける。 「魚!魚食えるか?! 一人で食えそうになかったら、奉行所に持ってけ! こっちはお奉行にお礼だって、尾頭付き持ってけ!」 と、魚屋も立派な鯛を差し出し、 「家の修繕が必要なんだろ?! 俺らの仕事邪魔しくさったガキ共を退治してくれた礼に、タダで直してやんよ!畳屋も後から来るぜ!」 と、大工達がどやどやと乗り込んできた。 「えと・・・あの・・・なんで?」 さすがに驚くアレンに、 「だから!礼だっちょ!!」 と、大量のみたらし団子を重たげに抱えたちょめ助が、人混みを掻き分けて出てくる。 「お前のおかげで助かった連中が、お礼に来たんだっちょよ! あ、これ、賄賂とか付け届けには当たらないように、先にお奉行様とお嬢様に交渉してっから! 安心して受け取って欲しいっちょ!」 それはきっとラビの入れ知恵だろうと、アレンは笑い出した。 「じゃあ・・・ありがたくいただきます」 「どれ!あたしたちも、大掃除のお手伝いくらいはしようかね!」 「ぼうや一人で大変だったろう。もう大丈夫だよ!」 ちょめ助を押しのけたおかみさん連中もどやどやと入って来て、いつもしんとしていた邸が賑やかになる。 「なんだか・・・お祭りみたいですね」 与力になるとこんなこともあるのかと、アレンは嬉しそうに笑った。 夕刻を過ぎ、集まっていた人々もみんな帰ってしまった頃。 暢気な足取りで、ラビが邸にやって来た。 「やほーアレン♪ 今日はお疲れさん 「ラビ!」 出迎えたアレンは、早速彼を奥に通す。 「へぇ・・・! 随分きれいになったじゃんか。 新しい畳って、いい匂いだよな」 調度もほとんどなく、うらぶれていた家が今日一日できれいに修繕されて、擦り切れた畳もすっかり新しくなっていた。 「ラビが書いてくれた瓦版のおかげだよ! こんなことになるなんて思わなかったから、びっくりした! 本当にありがとうございました!」 目付への礼とは違う、心からの礼がアレンの口から出る。 「いやいやー! このくらい、俺の手にかかればなんてことないさ 謙遜しないラビに笑ったアレンは、押し寄せてきた人々からもらったお礼の数々を指した。 「いくら僕が大喰らいでも、こんなにはさすがに無理だから、持って帰んない? あ、鯛は明日、お奉行にお礼で持ってく用だからあげられないけど」 熨斗までかかった立派な鯛に、ラビも感心する。 「よっぽど困ってたんさね。 お前、うっかり真相を漏らさないようにしろよ」 「う・・・うん・・・!」 たちまち怯えた顔になったアレンが、恐々と辺りを見回した。 「けど、お前にはいい誕生日になったさね!」 笑って頭を撫でてやると、アレンはラビの手の下で、不思議そうな顔をする。 「たんじょうび、ってなに?」 「都に行った時、外国に詳しい商人から聞いたんさ。 西洋じゃ生まれた日に祝いをするんだと。 お前、今日なんだろ?」 「そうだけど・・・じゃあ、お正月に一斉に年を取るんじゃなくて、家族一人ひとりにお祝いするの?」 めんどくさい・・・と、眉根を寄せるアレンにしかし、ラビは首を振った。 「そんなことないさね。 きっと楽しいさ!それに!」 人差し指を立てて、ラビはにこりと笑う。 「日本で誕生日祝いを最初にやったんは、織田信長だし」 「そうなんだ・・・!」 そう言えば、信長公は南蛮びいきだったと、アレンは寺子屋で習った事を思い出した。 「じゃあ・・・お祝いもらったってコトにしておこうかな」 照れ笑いするアレンに、ラビも頷く。 「じゃ! ちょめのみたらし団子で宴会しよーぜ!」 「あ、松福堂のお菓子なら、他にもいっぱいあるんですよ! 栗饅頭は・・・もう食べちゃったな。最中食べる?」 「おう! じゃあ、茶を・・・」 と、ラビが腰を浮かせた時、お勝手から華やかな声が響いた。 「アーレンちゃーん! 食材いっぱいもらったって聞いて、お料理しに来てあげたわよーん 「ジェリーさんだ!!」 最高のお祝いが来てくれたと、アレンが駆け出す。 「アレンちゃん 修繕もしてもらって、よかったわねぇ 「はい! でも、ジェリーさんの方がいい匂い はしゃいだ声をあげて抱きつくアレンを、ラビが呆れ顔で見つめた。 「ラビも、瓦版読んだわよぉん アレンちゃん擁護してくれて、ありがとぉ 「あ、読んでくれたんさ?! そうそう、姐さんのインタビュー記事が一番お涙誘って評判よかったんさ!」 筆も乗ったというラビの頭を、ジェリーが撫でる。 「上手だったわよぉ アタシからも、お料理でお礼するわねん たすきを取り出して袖をからげるジェリーに、ラビは頬を染めて頷いた。 「な・・・なぁ、アレン」 仕事の邪魔にならないよう、ジェリーから離れたアレンの袖を、ラビが引く。 「姐さんに頭撫でられるの・・・なんかいいな」 本当にいい匂いがした、と言うラビを、アレンがふくれっ面でつついた。 「ジェリーさんは僕のだから!あげないから!」 「いや別に、欲しいなんて・・・いた!!つつくな!!」 きゃんきゃんと騒ぐ二人を肩越しに見遣り、ジェリーが笑い出す。 「すーぐできるから、お部屋で待っててぇん お菓子はごはん食べちゃうまで控えるのよん 「はぁい 普通なら不満を漏らすはずの子供がいい返事をしたことに、ラビは驚きながらも納得した。 「姐さんじゃなくて、母さんか」 「うんっ!」 大真面目に頷くアレンに、ラビは吹き出す。 「じゃ、俺は兄ちゃんになってやろうかな! またなんか困ったことがあれば、気軽に相談しろよ」 「・・・いいの?」 江戸で一番の瓦版屋の跡取りがそう言ってくれたことは、まだ若く、伝手のないアレンにとって、とてつもない幸運だ。 なにしろ、世界屈指の大都市で警察権を行使するためには、情報は何よりも大切なのだから。 「えっと・・・ありがと!」 持ちきれないほどの幸運を受け取って、アレンは嬉しげに頬を染めた。 Fin. |
| 2015年アレン君お誕生日SSでした。 少年与力と名物読売の出会い編でした★ ・・・ネタがないにもほどがある;;; そして・・・こじ付けにもほどがある・・・(遠い目) でもまぁ・・・短いし一作ですけど、できてよかったです・・・! 本当は三部作でやりたかったんですが、そこまで長いネタにならなかったんだ・・・。 タイトルの『福寿草』は、花言葉が『永久の幸福、思い出、幸福を招く、祝福』にもかかわらず、毒草って所がアレン君ぽいかと(笑) ラビとの出会いは確かにラッキーなんですけどね(笑) たまには幸せなアレン君をどうぞ(笑) |