† THE HAUNTED MANSION †






 夏の日差しが燦々と降り注ぐテラスで、老人は静かに茶を喫していた。
 「英国でも、この季節は過ごしやすいな」
 「グー」
 彼の言葉に、傍らにうずくまるものが応じる。
 白い毛皮に、耳と四肢、目の周りと尾だけが黒い―――― 老人の誕生日プレゼントに、と、弟子が贈ったパンダだ。
 夏とはいえ、暑すぎない気候は、毛皮を纏った身にもそう苦痛ではないのか、彼の前に盛られた氷塊は、減る気配を見せない。
 「旦旦(タンタン)、せっかく料理長が、お前のために作ってくれたのだぞ」
 「グー」
 苦笑する老人に、パンダは素直に首を伸ばし、色とりどりの氷塊に噛み付いた。
 「料理長も、色々と手を尽くすものだな・・・氷塊を作るにも、ここまでこだわるとは」
 果汁のシロップを固めた氷塊は、甘いものが好きなパンダのため、特別にジェリーが作ってくれたものだ。
 聞けば、虫歯にならないよう、砂糖を用いない工夫もしていると言う。
 「料理は思いやりと心意気か―――― このブックマン、感服したぞ」
 ぽんぽん、と、旦旦の頭を叩いてやると、彼は、嬉しそうに鳴いた。


 ―――― 闇の中に、4つの炎が灯った。
 「ほ・・・本当にやるの・・・・・・?」
 少女の声が、炎の一つを震わせる。
 閉め切った部屋には風もなく、ただ、そこに集まった者達の吐息だけが、炎を揺らした。
 「もちろん!」
 「嫌なら出てけよ」
 陽気な声と冷淡な声が、同時に少女に向かい、微かな灯りが、むっとした表情を映す。
 「や・・・やるわよ!」
 気丈に言い返したが、テーブルの上に置かれた手は、微かに震えていた。
 「でも、リナリー。苦手なんだったら・・・」
 「いいの!やるの!!」
 気遣わしげな声に、リナリーはムキになって高い声を上げる。
 「んじゃ、誰から行くさ?」
 わくわくと、楽しそうに弾んだ声とともに、蝋燭の炎がかざされた―――― 闇の中に浮かび上がる、4つの顔・・・。
 小さなテーブルを囲むのは、アレン、リナリー、ラビ、そして、神田だ。
 「じゃあ、僕から」
 不安げなリナリーの隣で、アレンが挙手した。
 「これは・・・僕が、師匠のお供で、イタリアに行った時の話です・・・・・・」
 手にした蝋燭の炎が揺らめいて、仮面のように表情の消えたアレンの顔に、淡い陰影をもたらす。
 「みなさん・・・少年十字軍って、知っていますか・・・・・・?」
 「1212年、神の声を聞いたというフランスの牧童・エティエンヌの元に数千人の少年少女が集まり、聖地解放を目指したって話だろ」
 「でも、船が難破したり、奴隷として売られたりして、誰も聖地には行けなかったのよね・・・」
 ラビとリナリーの答えに、アレンが深く頷いた。
 「そう、そして、彼らを乗せた船が難破したと言われるのが、地中海のサルデーニャ島・・・昔から、貿易船の停泊地として、有名な場所です。
 僕達がそこを訪れようとしていたのは、月もなく・・・暗雲に星さえも隠された、闇の中でした」
 ―――― 真の闇の中、島から届く、灯台のはかない光のみを道標に進む船・・・。
 聞こえるものは波音と風音だけ・・・。
 乗員すら、息を潜めるように沈黙する様を、訝しく思って問うた・・・どうして、こんなに静かなのか、と・・・。
 「すると、年老いた船員が教えてくれました・・・。
 こんな、月もなく、星も見えない夜は、海から彼らが上がって来るんだと・・・・・・」
 「か・・・彼ら?!」
 リナリーが、悲鳴じみた声を上げて身を竦める。
 「聖地に行くんだと・・・・・・船に乗せてくれと・・・・・・何百年も前に死んだ少年たちが、海の底から浮かび上がり、船員達に呼びかけるんだそうです・・・・・・!」
 「ひぇ・・・」
 アレンの巧みな語りに、ラビですら引きつった声を上げた。
 「もし・・・彼らの呼び声に返事をすると、無念のうちに海に呑まれた少年たちの小さな手が、次々と船べりにかかり、船を転覆させ・・・海に落ちた人を、次々と水底へ引き込んでいくんだそうです・・・!」
 ゆらり・・・と、揺れる炎が、アレンの白い右手を、冥府から現れた異形の生き物であるかのように映し出す。
 「―――― そして、ひときわ大きくうねった波に、船が揺らいだ時でした・・・!」
 「やぁぁ!!まだ続きがあるのぉっ?!」
 「うるせぇよ」
 耳を塞いで泣き声を上げたリナリーに、神田の冷淡な声が飛ぶ。
 「嫌なら出て行けと、最初に言ったはずだが?」
 「ぅわっ・・・わかってるわよっ・・・!」
 「え・・・っと・・・?」
 涙声のリナリーに、炎に照らされたアレンの顔が、困惑げに苦笑する。
 と、
 「ダイジョブダイジョブ!
 ほれ、リナ!この子を抱いて、縋ってるといいさ!」
 「あ・・・ありがと、ラビ・・・きゃああああああああ!!!!」
 炎に照らされ、より不気味さを増したコモドドラゴンの剥製を渡されて、リナリーが凄まじい悲鳴を上げた。
 「うるせぇ!お前、もう出て行け!」
 「なっ・・・なによ!!神田の意地悪!!」
 「まぁまぁ・・・。
 ユウもそんな、ピリピリしねぇで・・・な?
 せっかくの、若手エクソシスト親睦怪談大会なんだからさ、仲良くやろうぜぇ?」
 「・・・そんな名前の集まりだったんだ、これ?」
 苦笑するアレンに、『今考えた!』と、ラビが笑う。
 「さぁさぁ、リナも泣かないで。アレン、続きー♪」
 顔を覆ってしゃくりあげるリナリーの背を撫でつつ言うラビに、アレンは『いいのかな・・・』と、困惑しながらも続けた。
 「―――― 初めはみんな、風の音だと思っていたんです・・・」
 細く、高く、笛の音のような響きが、切れ切れに聞こえた。
 それが時折、言葉のように聞こえる・・・そう思ったのは、アレンだけではなかった。
 「師匠・・・何か、言っているように聞こえませんか?」
 蒼い顔をして、尋ねたアレンに、耳を澄ましていたクロス元帥は、平然と答えた。
 「Svp・・・endroit・・・か?フランス語のようだな。乗せろと言っている」
 「まさかそれ・・・・・・!」
 聞いたばかりの怪談を思い出し、額に汗を浮かべた弟子を無視して、彼は、波間に呼びかけた。
 「乗りたければ、乗ればいいだろう」
 「師匠――――!!!あんた、なんてこと言うんですか――――!!」
 絶叫したアレンの背後で、ぴしゃり・・・と、濡れた音がした。
 「え・・・?!」
 ぎょっとして振り向いたアレンの、視線の先には、白く・・・濡れた・・・子供の手・・・・・・!
 闇の中、それは光を纏ったかのように、はっきりと目に写った。
 「し・・・師匠・・・!!手がっ!!」
 言う間にも、ぴしゃり・・・ぴしゃり・・・と、水音を弾かせながら、白い手が次々と船べりにかかる。
 「ほぅ・・・。怪談は本物だったか」
 「何落ちついてんですか!!幽霊ですよっ!!」
 「うむ。アクマではないかと思って試してみたが、本物の幽霊だったようだな。アレン、お前、始末しておけ」
 「できるか――――――――!!!」
 闇に響く、甲高い悲鳴に呼応するかのように、ぐらりと船が傾ぐ。
 「うわっ?!」
 傾いだ方向に目をやると、黒い波間に、いくつも浮かぶ、子供の頭・・・!
 光る目を向け、おいでおいでと・・・白い手を揺らめかせ、誘っている・・・。
 「・・・・・・その後間もなく、船は転覆し、乗員は全員、海に投げ出されました・・・・・・」
 しん・・・と静まり返った室内に、アレンの、忌々しげな声が響く。
 「幸い、転覆する前に船長さんが、島に近い場所まで、必死に逃げてくれていましたから、みんな無事に、岸まで泳ぎ着きましたが・・・あの時の恐怖は忘れられません・・・・・・」
 語り終えたアレンが、ふっ・・・と、手にした蝋燭の炎を吹き消し、室内に、闇の領域が増した。


 「・・・ナ・・・ナイス恐怖体験さ、アレン・・・!!」
 乏しくなった明かりの中で、ラビが引きつった声を出す。
 「・・・さすがはクロス元帥・・・。幽霊よりも怖いな、あの人は・・・」
 さすがの神田も、眉をひそめると、アレンが激しく詰め寄った。
 「そうですよね!酷いんですよ、あの人!!
 しかももっと酷いのは、船が難破した時、あの人、とっとと巨大ティムに引っ張らせて、安全なお空の上に行っちゃって、濡れもせずに岸に上がったってことですよ!!
 殺しても死なないって、あの人のことです!いや、あの人のためにある言葉なんです!!」
 「・・・わかったから、迫んなよ、てめェは・・・」
 うるさげにアレンを押しのけて、神田が炎に照らされた顔を見回す。
 「で?次は誰だ?」
 「・・・じゃあ・・・私・・・・・・」
 目じりに浮いた涙を、炎にきらめかせながら、リナリーが挙手した。
 「だ・・・大丈夫ですか、リナリー?」
 気遣わしげに、俯いた顔を覗き込むアレンに、リナリーはこくりと頷く。
 「だ・・・だって、これ以上聞いたら、お話しできそうにないもん・・・っ!」
 そう言うと、リナリーは涙を拭いて、蝋燭を掲げた。
 「これは、中国に伝わる話なの・・・。
 昔々、元の時代、喬生(きょうせい)という男の人が、あるお祭の日、美しい女の人に出会ったの・・・」


 「あぁーら、ブックマンのおじいちゃん!今日も旦旦ちゃんと仲良しねーェ!」
 「おぉ、料理長」
 「グ・・・グア・・・・・・」
 旦旦の背に乗って、食堂の前を通りかかったブックマンは、たまたま出てきたジェリーの声に振り向き、パンダの頭を軽く叩いて、止まるよう命じた。
 「先ほどは、うまいお茶をありがとう。
 これ、お前も礼を言わんか」
 「グア」
 かつて、食材を荒らしたことのある彼を、容赦なく三枚におろそうとした料理長に、パンダが怯えきって頭を下げる。
 「あらまー!ちゃんと、お礼も言えるようになったなんて、さすがの調教ね、ブックマンのおじいちゃん!」
 「いや・・・わしと言うより、料理長の教育の賜物かと・・・・・・」
 「なーに言ってんのよーぅ!おじいちゃんのパンダじゃない、その子!」
 すっかりブックマンの乗り物と化したパンダの頭に、ジェリーがその大きな手を伸ばすと、彼は、竦んだように硬直して、ガシガシと撫でられるままになっていた。
 「ところで料理長、わしの弟子を知らんか?」
 「ラビだったら今、自分のお部屋で、みんなと遊んでるわよ」
 「みな?」
 「えぇ。
 夏だから怪談するんだって、蝋燭をもらいに来たもの。
 アレンちゃんとリナリーと、神田まで誘ってたわ」
 「蝋燭・・・?」
 「全員が語り終えたら、幽霊が出てくるんですって?
 今、流行ってるわよねぇ、交霊術!ホントに霊が呼び出せるかは、怪しいもんだと思うけどぉ」
 けらけらと笑うジェリーに、しかし、ブックマンは首を振った。
 「素人ならば、そう簡単に呼べるものではない・・・しかし、あの者達であれば・・・・・・」
 「・・・あー・・・そう言えば、エクソシストよね、あの子達・・・・・・」
 ジェリーから見れば、普通の子供たちでしかない彼らだが、その能力は実は、尋常ではない。
 「えー・・・?ホントに呼べちゃうの・・・?」
 やだわぁ・・・と、眉を曇らせたジェリーに、ブックマンは厳しい顔をして頷いた。
 「あり得ぬ事ではない・・・いや、それ以前に、聖職者たるものが霊を弄ぶなど、許されぬ事だ。
 旦旦、行くぞ」
 ぽんぽん、と、頭を叩かれて、ジェリーの前にうずくまっていた旦旦が立ち上がり、踵を返す。
 「えっと・・・おじいちゃん。お手柔らかに・・・ね?」
 子供達を庇う母親のように、微苦笑するジェリーを肩越しに振り返りブックマンは表情を厳しくした。
 「場合による」
 とっとっと・・・と、ブックマンを乗せて駆け出したパンダを見送り、ジェリーはたくましい腕を腰に当てる。
 「・・・・・・何事も、起こりませんように」
 無理かしらね、という呟きは、暗雲に覆われた夜空に吸い込まれていった。


 「開けて・・・この扉を開けてください・・・・・・!
 愛しい人の、悲痛な声に、喬生はとうとう堪えかねて、扉を開けてしまったの・・・。
 闇の中には、牡丹燈篭の灯りに照らされて、愛しい麗卿(れいけい)の姿が・・・!
 喬生は、そのまま彼女に導かれ、彼女の骸が眠る棺の中に、共に入って行ったの・・・。
 その後しばらくして、喬生が家に帰らない事を不審に思った隣の住人が、思い至って、麗卿の眠る寺を尋ねると、その棺の中では喬生が、眠っているかのように美しい顔をした麗卿の骸と、折り重なって死んでいたんですって・・・・・・」
 語り終えたリナリーが、炎を吹き消すと、また、闇の領域が増した。
 「怖い・・・と言うより、かわいそうだなぁ、その麗卿さん」
 「そうかー?男の方がかわいそうじゃないか?幽霊に目ぇつけられちまってさー」
 闇の中で交わされる、アレンとラビの会話に、神田が鼻を鳴らす。
 「女々しい野郎だ」
 「なによ!どうせ、神田みたいにデリカシーのない人には、わからない話よ!」
 「ま・・・まぁまぁ!ユウもリナも、仲良くするさ!な?!」
 「・・・親睦会じゃなくなってる気がするけど」
 「じゃー、俺のとっておきさ!英国は怪談の宝庫だからな!」
 アレンの口を封じるように、ラビが自身の前に置かれた燭台を取り上げた。
 「1603年・・・亡くなったエリザベス女王の後を継いだジェームズ1世は、悪魔学の著者としても知られる。
 そのきっかけとなったのは、彼がまだ、スコットランド王であった時代、臣下だったボスウェル伯によって行われた、暗殺未遂事件さ・・・・・・」


 「なーんかさ、蒸し暑くない?」
 パタパタと団扇で扇ぎながら、襟元を緩めたコムイに、山と詰まれた書類を、コムイの机に下ろしたリーバーも、頷いてネクタイを緩めた。
 「珍しいっすね、こんな日も。普通、夜になったら肌寒いくらいなんすけど」
 「やだねー。夏の夜で、生ぬるい空気なんて言ったら、もう、後は出るものが決まってるじゃないー?」
 「決まってる?スイカすか?」
 「・・・どこの東洋人ですか、キミは。
 違うでしょ、幽霊でしょ、こんな夜は!」
 呆れて、机上をバンバンと叩くコムイに、しかし、リーバーは首を傾げる。
 「そうなんすか?幽霊って、季節を問わず出るもんじゃないんすかね?」
 少なくとも、西洋はそうだと言って、リーバーは暗雲に覆われた空を示した。
 「こーんな風に、月も星も見えなくて、霧に覆われたりしてたら完璧っすね。夏でも冬でも」
 「これだからやだねー・・・季節感のない人間は!
 暑い夏はひんやり過ごすために、幽霊においで願うのが正しい夏の夜の過ごし方でしょ!」
 「何言ってんすか。夏は、妖精が祭をする季節っすよ。
 それより、知ってます?この国じゃ、幽霊が出るって物件は、普通の家よりも高値で売れるそうっすよ?」
 「あーもーヤダヤダ。
 これだから、西洋人は情緒がなくてヤダヤダヤダヤダ・・・・・・」
 ぼやきながら、机にうつぶせたコムイが、不意に顔を上げる。
 「ところで、リナリーは?日が暮れた途端にいなくなっちゃったけど・・・・・・」
 「あぁ・・・なんかラビに、若手エクソシストの親睦会だって誘われてたっす。神田とアレンが、未だに仲悪ぃから・・・あ」
 失言に気づいたリーバーが、慌てて口を押さえたが、遅かった。
 「リーバーくぅーん・・・・・・?キミは・・・ボクの可愛いリナリーを・・・狼どもの巣に・・・行かせたって言うのかぁぁぁぁぁい・・・・・・・・・・・・?」
 「ひぃっ!!すっ・・・すんませ・・・・・・!!」
 ゆらりと、幽鬼のように立ち上がったコムイに胸倉をつかまれ、青筋の浮いた顔で迫られたリーバーが、恐れおののいて悲鳴を上げる。
 「あの子に何かあったら・・・覚悟しておくんだよ・・・・・・?」
 遥か上方から見下ろされ、リーバーは壊れた人形のようにがくがくと頷いた。


 「・・・1590年、ジェームズ1世がデンマークに行った折り、この船を難破させるべく、魔女達が悪魔に祈ったという。
 この事を知った彼は、魔女たちを火あぶりにし、魔女たちに呪いと、ジェームズの死を予言させたとされるボスウェル伯を捕らえ、裁判で自白を強要し、幽閉したんさ。
 だが、ボスウェル伯は間もなく幽閉場所から逃げ出した。
 それがきっかけとなったか、ジェームズ1世は、悪魔学を著し、徹底的に悪魔や魔女を排撃して、妖術を行使した者は死刑にした。
 1612年になると、ランカシャーにおいて、大きな魔女騒動が起こった。
 この事件では、10人以上の人間が、魔女とみなされ、処刑されて――――」
 突然、ガタンッ!と、大きな音がして、燭台が倒れ、炎が消えた。
 「え?なにさ?!まだ俺の話、終わってねぇのに・・・!」
 幽霊か?!と、残った蝋燭を手にし、立ち上がったラビの掲げた灯火の元、アレンと神田が、ぐっすりと寝込んでいた。
 「大っっっ無礼者――――――――!!!」
 激怒の声に、二人がはっと目を覚ます。
 「・・・あ?終わったか?」
 「むー・・・もうちょっと寝かせてー・・・・・・」
 「寝かせてじゃねぇだろ、アレン!!ちったぁ怖がるさ!!」
 「冗長すぎんだよ、てめぇの話は。年号ばっかりで、全然怖くねぇ」
 「バッカ、ユウ!!これから話は、魔女の呪いになって・・・!」
 「そこに行くまでが、長いんだもん。私だって怖くなかったわ」
 寝てはいなかったものの、話に飽きていたらしいリナリーが、人形遊びをしながら言う。
 「蝋燭消えちゃったし、次行きましょ、次」
 「うんわー!!ムカツク!!すんげームカツク!!
 ユウ!お前の話が怖くなかったら、グーグー寝てやるから、俺!!
 俺の味わった屈辱を、お前も味わうがいいさ!!」
 悔しさのあまり、大絶叫するラビに、しかし、神田は、
 「俺の話を聞いて、寝られるもんなら寝てみろ」
 ふっと、自信ありげに笑う。
 そして、リナリーが遊んでいた、長い黒髪の日本人形を取り上げた。
 「あん・・・!」
 不満げな声を上げるリナリーを無視して、神田は、テーブルの中央にそれを乗せる。
 「ラビ、俺がお前にやったこの人形の、由来を聞かせてやるよ・・・」
 「え・・・?」
 たった一つになった、淡い光の中で、神田の口元が、妖しくほころんだ。
 ―――― 怖っ!この人、笑うだけで邪悪!!
 びく、と、怯えたアレンに、同じ事を思ったか、リナリーも縋りつく。
 「ユウ・・・もしかして、この人形の呪いって、本物?!」
 「なんだ・・・信じてなかったのか?
 日に日に髪が伸びて、時には泣いたり、歩いたりしただろう?」
 「まだなんもしてないさ、この子は!」
 「ふん・・・まだ、英国に慣れていないのか、お菊は」
 「誰――――?!」
 「お・・・お菊ちゃんって言うの、この子・・・?!」
 「あぁ。ちゃんと、手紙に書いていたろう?」
 甲高い声を上げるアレンとリナリーに頷き、神田がラビを見遣ると、彼は、うんうんと、何度も頷く。
 「姫の名は、お美事なお手蹟で書いてございました、ユウちん」
 まだふてくされたまま、そっぽを向いたラビに、神田の笑みが深まる。
 「へぇ・・・姫だって事は書いてなかったが、さすがだな」
 「え?お姫さんなの、これ?」
 「そう言えば、高価そうなキモノを着ているものねぇ」
 淡い灯りに照らされ、薄い笑みを浮かべる人形を示すラビとリナリーに、神田がゆっくりと頷いた。
 「これは、日本では有名な武家の、姫の写し身・・・ヒトガタと言うな」
 「ヒトガタ?」
 「Dollと、どう違うの?」
 アレンとリナリーの問いに、神田は人形に視線を落とし、答える。
 「ヒトガタは、持ち主の穢れや病を代わりに受けるものだ。
 菊姫は、幼い頃より病がちで、案じた父母は、姫のヒトガタにするため、生き人形職人に、彼女そっくりの人形を作らせた・・・それが、この人形だ」
 「生き人形・・・?」
 アレンが首を傾げると、神田は顎に手を当て、頷いた。
 「昔は見世物の一つでな、人間そっくりに作った人形・・・こちらで言う、蝋人形のようなものか」
 「へぇー。じゃあこの人形は、そのお菊ちゃんにそっくりなんだ?」
 「だったら、よほどきれいな子だったのね・・・」
 感心したように、ラビとリナリーが、人形を見つめる。
 「ヒトガタは、本人に似ていれば似ているほど、その厄を写し易いと思ったのだろう。父母は、ほとんど寝たきりの姫に、この人形を添わせていた。
 だが、両親の願いも虚しく、姫は、間もなく帰らぬ人となった―――― それからだ、この人形が、奇怪を起こすようになったのは・・・・・・」
 姫を葬った後も、この人形は、姫の寝所に残された。
 母は、姫にそっくりな人形を、毎日眺め、髪を梳(くしけず)り・・・そのうち、人形の髪が、伸びている事に気づいた。
 「ひっ・・・!」
 悲鳴を上げて、身を竦ませたリナリーを、しかし、神田は鼻で笑った。
 「これは、実は不思議なことじゃねぇ。
 人形の髪は人毛を使っているから、放っておいてもわずかなら伸びるし、梳っていれば、縮れが取れて更に伸びる」
 「な・・・なんだ・・・・・・」
 リナリーが、ほっとしたのも束の間、『しかし』と、神田の顔が、にやりと歪む。
 「人形の髪は、そんな常識では考えられないくらい、長く伸びた・・・お前ら、この人形の髪、元は肩までしかなかったそうだぜ?」
 神田が示し、みなの視線が一斉に集った人形の髪は、立たせればその膝裏にまで届こうか、と言うほどに長い。
 「あ・・・あり得ないさ!!」
 「い・・・いくらなんでも、ここまで伸びないわよ!!」
 ラビとリナリーは絶叫し、アレンは、人形の前で凍っている。
 「それだけじゃねぇ・・・。
 ある日、いつものように人形の髪を梳っていた母の膝に、雫が落ちた・・・驚いて人形の顔を見ると、その双眸から、とめどなく涙が溢れている・・・。
 驚いた母は、姫を葬った寺の僧侶に相談し、祈祷してもらう事にした。
 僧侶は、人形を供養するため、護摩壇を築き、人形を据えようとしたが―――― 母がしっかりと抱いていた箱に収められていたはずの人形は、その中から煙のように消えていた」
 「だ・・・大脱出・・・・・・!」
 「モヤシ!斬られたくなかったら、その無駄口を閉じておけ」
 「ハイ・・・・・・」
 淡い炎で下から照らされ、より迫力を増した目で睨まれたアレンは、びくりと身を竦ませた。
 「それからだ・・・夜になると、邸の中を、人形が徘徊する様が見られるようになったのは・・・・・・。
 中には、すすり泣く声を聞いた腰元もいたらしい。
 さては、若くして亡くなった姫の霊かと、気味悪がった者達が次々と暇をもらい、広大な邸も、閑散となった。
 しかし両親は・・・霊とはいえ、愛しい我が子。
 特に祟りをなすわけでもないからと、最早僧侶に祈祷を願う事もせず、生きている内は巡る事もできなかった邸内を巡るがいいと、放置したらしい」
 「・・・剛腹!」
 「愛でしょ!愛!!」
 ラビの感想に、リナリーは激しく首を振って、両手を組み合わせた。
 「ところが・・・祟りは間もなく、、ある男の上に降りかかった。
 この夫婦には、姫の他には子がなくてな、彼女が亡くなったために、家督は主である父親の、弟が継ぐことに決まっていた。
 そんなある夜―――― 邸に泊まった弟が、夜半、狂ったように泣き喚きはじめた。
 驚いた主が、家臣に命じ、取り押さえさせたものの、弟は錯乱状態のまま、叫びつづけたそうだ―――― 姫を殺したのは自分だと」
 「げ・・・」
 「それって・・・家督を狙って?」
 アレンの問いに、神田はゆっくりと頷いた。
 「弟は・・・姫さえ死ねば、この名家の家督が転がり込んでくると企み、病がちだった姫に、渡来の薬だと偽って、毒を飲ませていたんだ」
 「酷い・・・!」
 ぎゅ、と、組み合わせた両手を握ったリナリーに、しかし、神田は微笑った。
 「錯乱状態のまま、弟が語ったところによると、彼は、姫の顔をした人形に襲われ、殺されそうになったのだそうだ・・・。
 人形は、姫の声で『恨めしい・・・呪わしい・・・』と囁きながら歩み寄り・・・長い髪と白い小さな手で、寝ていた彼の首を締めたそうだ・・・!」
 炎に照らされた神田の顔が、にやりと笑みを深める。
 「その後・・・座敷牢に閉じ込められた彼は、毎晩襲い来る姫の亡霊に発狂し・・・自ら抜いた刀で、自分の首を切り落として死んだそうだ・・・。
 ・・・・・・牢に閉じ込められていた彼に、誰が刀を差し入れたのかは・・・誰も知らない・・・・・・」
 静かに語り終えた神田が、最後の炎を吹き消した・・・。
 真の闇が訪れた室内で、誰もが身じろぎもせず、息を潜めている。
 が、しばらくして、
 「じゃ・・・じゃあ、やるさ」
 ラビの声が、闇の中に響いた。
 「え・・・ホントにやるの?!」
 リナリーの、怯えた声がそれに応じる。
 「語り終えるごとに火を消して・・・最後に人数を数えたら一人増える、ってんだろ?
 それが見たくて、俺もつきあったんだぜ?」
 「わ・・・わかってるわよ!」
 神田の皮肉な声に、リナリーがむきになるが・・・手は、しっかりと傍らのアレンの腕を掴んでいた。
 「じゃあ、僕から行きますよ。
 いーち!」
 「にー!」
 「さ・・・さん・・・」
 「よん」
 『ご』
 「・・・・・・・・・・・・・・・」
 5番目の声に、沈黙が深まった。
 「だ・・・誰よ、意地悪するの・・・!」
 リナリーの震える声に、三人の少年たちは、異口同音に『自分じゃない』と言う。
 「じゃ、もう一回行くさ!今度は、自分の名前言えよ?!
 ラビ・いち!」
 「アレン・にー!」
 「リ・・・リナリー・・・さんっ・・・!!」
 「神田、よん」
 『ご』
 「きゃあああああああ!!!誰誰誰誰?!なんで意地悪するのぉぉぉ?!」
 「ちょっと待つさ!今の、男の声じゃねぇよ?!」
 「リナリー、お前じゃないのか?」
 「なんで私がそんなことするのよぉぉっ!!」
 「そうですよ!リナリーはこんなに怖がってるじゃないですか!」
 怯えきったリナリーは、痛いほどにアレンの腕を掴んで、縋っている。
 「と・・・とにかく、灯りつけようぜ!!」
 ラビの声と共に、マッチを擦る音がして、一旦は消された蝋燭に、灯りが灯る。
 「ラビ・いちっ!」
 「ア・・・アレン・にー」
 「リ・・リ・・・リナリー・・・さんっ!」
 「神田・よん」
 蝋燭の明かりの中、声を上げた4人以外に、人はいない。
 「誰?!ラビでしょ!!」
 「俺じゃねぇさ!!アレンだろ?!」
 「なんで僕が、リナリーを怖がらせるようなことするんですか!神田じゃないんですか?!」
 「俺の声じゃあり得ねぇだろ、あんな高い声」
 『ご』
 「そう、こんな・・・声・・・・・・?」
 4人の視線が、斉しくテーブルの上に落ちた―――― 髪の長い、日本人形に。
 「しゃ・・・しゃべっ・・・・・・!!」
 「しゃべったぁぁぁぁぁぁ!!!!」
 絶叫して抱き合うアレンとリナリーに反し、神田は冷静に頷いた。
 「おぅ。ようやくしゃべったか、お菊」
 「落ち着いてんじゃねぇさ、ユウぅぅぅぅっ!!!」
 絶叫しながら、壁際まで後退したラビを見遣って、テーブルについたままの神田は、どこか得意げに笑う。
 「せっかくお前のためにもらってやったのに、未だ怪奇を起こしていないと聞いて、悔しかったんだ」
 「なんでそんなとこで意地張るさ!!」
 『とのご』
 「きゃあああ!!またしゃべったぁぁぁぁぁ・・・っ!!」
 「それ!!なんとかしてください、神田――――!!!」
 絶叫しつつ、リナリーとアレンはもつれ合い、転がるようにドアへと逃げていった。
 が、ドアは、打ち付けられたようにびくともしない。
 「ま・・・まさか!これもお菊さんの仕業ですか?!」
 「いやぁぁぁぁぁ!!!開けてェェェェェェ!!!」
 エクソシストが二人がかりでもびくともしないドアに、リナリーが泣き叫ぶが、人形の贈り主は、あくまで冷静だった。
 「そんなに怖がるようなことか?」
 「怖いわよっ!!」
 「これが怖くないって、神田、感受性障害じゃないんですか?!」
 ドアに懐きながら絶叫する二人の目の前で、神田はむっと、眉をひそめる。
 「お菊に対してやましいことがないなら、祟るわけがないだろ」
 なぁ、と、語りかけながら人形を抱き上げた神田に、人形は、ぴとりと抱きついた。
 『美しい殿御。姫の婿になってたも』
 途端、目を点にして硬直した神田に、アレンとリナリーは、訝しげに首を傾げる。
 「ねぇ・・・?今、なんて言ったの?」
 日本語を理解しないリナリーが、神田が硬直すると同時に撃沈したラビに問うた。
 と、
 「ユ・・・ユウ・・・。
 俺のヒアリングが間違いじゃなかったら・・・今、お菊ちゃんにプロポーズされた・・・?」
 衝撃的情報に、アレンとリナリーが、またもや絶叫する。
 「なんて命知ら・・・いえ、無謀なの!!」
 「これがホントの災厄招来?!」
 「うるせぇ!!
 おい、お菊!俺は人形を嫁にするような、あぶねぇ趣味はねぇよ!」
 厳しい言葉を、容赦なく投げつけた神田に、人形が祟ると知ったばかりのラビが、真っ青になって仲裁に入った。
 「ユ・・・ユウちゃん・・・?
 お断りするにしても、もうちょっと丁重なやり方があるだろ?
 お菊ちゃんも、若くして亡くなって、色々と思い残したことがあるんさ・・・なぁ?」
 ラビが人形に、引きつった笑みを向けると、人形は、その双眸から、滂沱と涙を流す。
 「あ!お菊さん泣かした!」
 「なんだかわからないけど、神田が悪いのね?」
 「なんだかわからねぇなら口を挟むな!」
 いつでも逃げられるように、ドアを背にした二人を、苛立った神田が怒鳴りつけた。
 「大体!エクソシストのクセに、なんでそんなに逃げ腰なんだ、てめぇら!」
 「う・・・うるさいわね!アクマは壊せても、幽霊は壊せないんだから、しょうがないでしょう?!」
 「それに、神田が祟りを引き受けてくれるとわかった以上、もうすぐドアも開くかもしれませんし」
 「・・・さすがアレン!自分達だけ逃げようって算段か!」
 なぜだか、ドアの反対側に逃げてしまった自分を忌々しく思いつつラビが言うと、
 「だって、ラビは仲裁に残るんでしょ?」
 と、当たり前のように言われて、彼もまた、滂沱と涙を流す。
 「あぁ・・・その通りさ、コンチクショー・・・・・・!」
 「そう言う訳で、お菊さんにドアを開けるように交渉してください、神田」
 「誰がするかよ!!
 おぅ、お菊!てめぇもとっとと泣き止んで、俺から離れろ!」
 「だからユウちゃん!!そゆこと言っちゃダメさー!!!」
 抱きついたまま、ぼろぼろと泣き続ける人形を、無理矢理引き剥がそうとする神田を、ラビが必死になだめる。
 「な・・・なんて言ってるのかはわかんないけど、ひどい事を言ってることはわかる・・・!」
 「神田、女の子の気持ちを、むげにするものじゃないわ!」
 祟りがあっても、神田が一身に引き受けるだろうと見たリナリーが、やや強気に言うと、くるり、と、人形の顔が彼女に向き直った。
 『人形ではいやじゃと言うのなら・・・そこなおなご、姫には劣るが、中々の美形じゃ。我が依り代となれ』
 「なっ・・・!!」
 「お菊ちゃん!早まるんじゃないさ!!」
 瞠目する神田とラビを、きょとん、と、見るリナリーに、人形が飛び掛かる。
 「リナリー!」
 危険を感じ、リナリーを背にかばったアレンが、人形のドロップキックをまともにくらい、吹っ飛ばされた。
 「わぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」
 ラビの怪奇コレクションが納められた棚にぶつかったアレンは、倒れてきたミイラや骸骨に懐かれて、悲鳴をあげる。
 「すげぇ破壊力さ、お菊キック!略して、おキック!」
 「略しすぎだ!!」
 鋭く突っ込んだ神田が、その冷酷な目を人形に向けた。
 「おい、お菊!
 お前も武家の娘なら、仇を討った以上、未練がましく留まってねェで、とっとと成仏しやがれ!」
 むしろ、幽霊が憑いているからこそ価値を見出した人形であるのに、酷い言い様である。
 が、唯我独尊の神田は、自身の言動に矛盾を感じていないらしく、すらりと抜刀した。
 「ユウ?!」
 「依り代があるから、いつまでも現世に留まってるってぇんなら、俺が引導渡してやるよ!」
 鋭く振り下ろされた刃が人形に触れる寸前、ぱぁんっ!と、高い音がして止められる。
 「し・・・真剣白刃取り?!」
 「えぇっ?!リナリー、なんでっ?!」
 刃を止められた神田より先に、ラビとアレンが驚愕の声を上げた。
 「・・・てめぇ。リナリーに、憑きやがったか!」
 神田の怒声に、白刃の煌きを受けた目が、笑みの容に細まる。
 『人形が嫌なら、これならいかがじゃ?』
 「リ・・・リナリーが異国語話してます!」
 「ほ・・・本当にあるんだな、憑依って・・・・・・!」
 信じ難い物を目の当たりにした少年達は、更に信じ難い場面を目にして、凍りついた。
 『これで、姫を嫁御にしてくれるかや?』
 お菊が、リナリーの顔でにっこりと笑うと、ぴとりと神田に抱きついたのだ。
 「リ・・・リナリィィィィィ!!こんなのに抱きついたら、穢れますぅぅぅぅぅ!!!」
 「わぁぁぁぁぁぁぁっ!!ユウ!!今すぐ離れるさ!!コムイに殺されるぅぅぅぅ!!」
 アレンとラビが号泣した、ちょうどその時。
 「ラビ!!今すぐこのドアを開けて、リナリーを解放しなさい!!」
 ダダダダダンッ!!!と、激しくラビの部屋のドアを打ち鳴らしたコムイの声に、部屋の中の少年達は、一気に血の気が引いた。
 「どどどどど・・・どうしよう!!コムイさんに、幽霊がリナリーに憑いたなんてばれたら・・・!!」
 「お・・・俺達まで殺されるさ!!」
 真っ青な顔を見合わせるアレンとラビに、しかし、刃を引いた神田は傲然と言い放つ。
 「じゃあ、さっさと除霊すればいい事だろ!」
 「どうやって?!僕、エクソシストって言っても、幽霊退治なんてやったことないよ?!」
 「この際、見よう見まねでもやるしかないさ!!」
 ラビが絶叫し、アレンの埋もれていたガラクタの中から、聖書を引っ張り出した。
 「誰か、十字架持ってねぇ?!」
 「あるか!」
 「僕も・・・手に埋まってるの以外は・・・」
 「こんだけ聖職者がいて、なんで誰も十字架持ってないさ!?」
 部屋の外にいるコムイに聞かれないよう、できるだけ声を押さえたラビに、
 「そもそも俺は、カトリックじゃねぇ!!」
 と、無遠慮に神田が言い放つ。
 「教団に所属する以上は、改宗しとくさ!!」
 「それより、聖水は?!」
 「それならどっかに、聖地巡礼記念の土産があったはずさ!!」
 再び、ガラクタをあさり出したラビが、水の入った瓶をいくつも掘り出した。
 「聖水って、お土産なの?!」
 「ヴァチカンとエルサレムと、どっちの水が効果的だと思う?!」
 「とりあえずエルサレムにしましょう!聖地だし!」
 「え・・・もったいな・・・」
 「もったいないとか言ってる場合ですか!!」
 アレンは絶叫して、ラビの手から『Jerusalem(エルサレム)』とラベルの貼られた瓶を取り上げ、コルクを抜いて、リナリーに振りかける。
 「リナリー!ごめんなさい!」
 頭から水をかけられたリナリー・・・いや、お菊に、きつい目で睨まれたアレンは、思わず謝りながらも、ラビから聖書を取り上げた。
 「天にまします我らが父よ!
 ねがわくは神、我らを憐み、我らをさきわいて、その御顔を我らの上に照らしたまわんことを!」
 「あ!アレン!!十字架めっけたぞ!」
 ラビが、ガラクタの中から見つけ出した十字架を受け取り、アレンが聖書の言葉を読み上げる。
 「御国をきたらせたまえ、御心の天になるごとく地にもなさしめたまえ―――― 父と子と聖霊の御名において、悪魔よ、去れ!」
 しん・・・と、沈黙が降りた。
 真剣な少年達の視線の中心で、しかし、リナリーは、きょとん、としている。
 「えっと・・・祓えましたか・・・?」
 長い沈黙に耐えかねて、アレンが問うと、リナリーは訝しげに眉をひそめ、アレンの手にした十字架を見つめた。
 「え・・・?もしかして、十字架がわかんない・・・って、ラビ――――!!これ、わら人形じゃないですか!!」
 べしっ!と、忌まわしい呪い人形をラビに叩きつけ、アレンが絶叫すると、リナリーは更に眉をひそめ、首を傾げる。
 『殿御・・・この異人は、なんと言っておるのかえ?』
 「やばいっ!それ以前に言葉通じてねぇさ!!」
 「そもそもお菊はカトリックじゃねぇだろ!!」
 ぴったりと自分に抱きついたままのリナリーを、ぐいぐいと押しのけながら、神田が忌々しげに睨みつけた。
 「いい加減っ・・・離れやがれ、お菊!俺はお前なんか嫌いだ!!」
 『なぜ・・・お前様が人形は好かぬと言うから、人間のおなごに・・・』
 「人形だろうと人間だろうと関係ねぇ!!!俺は、てめぇの都合とてめぇの了見を押し付けてくるヤツは、大っ嫌いだ!」
 彼の無情な言葉に、リナリーがボロボロと涙を流す。
 「ユウちゃん・・・女の敵・・・・・・!」
 「いや、神田はフレンドリーな人種全員の敵ですよ」
 ひどい事をさらりと言って、アレンは、リナリーに抱きつかれたままの神田を睨みつけた。
 「聖書が効果ないとしたら、神田がお菊さんの宗教で祓ってあげて下さい!
 早く祓わないと・・・リナリーが穢れます!!」
 「・・・お前、なんか、言うことがコムイに似てきたさ・・・?」
 それとも、ユウが大嫌いなだけだろうか・・・と、本来の目的を達成できなかった懇親会主催者は、がっくりと肩を落とした。


 「室長!何してんすか!!」
 ラビの部屋のドアに向かい、『砲撃用ー意!』などと、お茶目とは言えない事をやっている上司を、リーバーは慌てて背後から羽交い絞めにした。
 「放しなさい、リーバー君!!だって今、リナリーの泣き声が聞こえたんだよ!?」
 こと、妹の声に関しては、どんなセンサーよりも高感度を発揮するコムイが、じたばたともがいて、導線に火を点けようとする。
 その時、
 「やめておけ、室長。
 そんなことをしては、リナ嬢まで怪我をしかねん」
 「ブックマン・・・!」
 彼らに掛けられた冷静な声に、奇しくも、リーバーとコムイが、違う口調で同じ名を口にした。
 「助かりました、ブックマン!」
 「だって、リナリーの泣き声が聞こえたんですよ、ブックマン〜〜〜〜〜〜!!!」
 二人には、パンダに乗った老人が、まるで聖獣に乗った神か仏のように見えたのだろう。
 地位ある男二人が、恥も外聞も持ち合わせちゃいないとばかり、老人に泣きついた。
 「この狂科学者止めてください!!これ以上この人のご乱行に付き合ったら、俺、マジで胃に穴が開くっす!!」
 「あなたの弟子が、ボクの可愛い妹をオオカミの巣に連れ込んで泣かしてるんですぅー!!お願いですから、殺させて下さいぃぃぃぃぃ!!」
 「その前に・・・」
 と、老人は思案するように顎に手を当てた。
 「アレンの、『悪魔よ、去れ』と言う声が聞こえた・・・」
 「・・・って、悪魔祓い?」
 「なにやってんだい、あの子達?!リナリーは、お化けが大嫌いなんだよ!!」
 今度はリーバーも踵を返し、コムイと一緒になって、ドアを激しく叩く。
 「ゴラ――――!!お前ら、なにやってんだ!!」
 「リナリー!リナリー!!お兄ちゃんだよ!!そんなトコにいないで、早く出ておいで!!」


 激しくドアを打ち鳴らす音に、ラビがぎょっと目を剥いた。
 「やっべ!!リーバーまで来ちまったさ!!」
 「わぁぁっ!!お菊さん!!お願いですから、リナリーからは離れてください!!―――― って、どっちか訳して!」
 「おい、お菊。あのモヤシが、リナリーから離れろと言っているぞ。てめぇが迷惑だと・・・」
 「じゃなくて、お願いしてるさ、お菊ちゃん!」
 暴言を吐く神田の口を塞いで、ラビが必死に懇願する。
 「せめて、元の人形に戻ってくれないかなぁ?!なんなら、ユウに取り憑いてもいいからさ!」
 「なっ・・・!てめぇ!余計な事を言うんじゃねぇ!!」
 「それか、ユウのイノセンスに憑いてみないか?!ユウも、それならいいだろ?!災厄招来のパワーアップさ!!主に女難の!!」
 「パワーアップ・・・・・・」
 その言葉にぐらりと来た神田に、ラビの目が光る。
 「そうそう!
 ユウちん、いっつも六幻に話しかけてっだろ?でも、お返事なくっちゃ、やっぱ寂しいだろうし、見てるこっちも寒々しいさ!」
 「うっ・・・うるさい!!」
 ラビの言葉に、思いっきり赤面して、神田が怒鳴りつけた。
 『殿御・・・そんなに寂しいなら姫が・・・』
 「てめぇも!わけのわかんねぇ同情してんじゃねぇよ!!」
 ぎり、と、凄まじい目で睨んで、神田は左手の数珠を外す。
 「とっとと成仏しやがれ―――― 観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空 度一切苦厄 舎利子 色不異空 空不異色 色即是空!!」
 神田の読み上げた経に、リナリーがびくっと震え、彼から離れた。
 「グッジョブ、神田!!」
 「一気に除霊さ、ユウ!!」
 大きな声援を送る少年達の目の前で、しかし、リナリーはくるりと踵を返し、ドアを蹴破る勢いで開けた。


 「リーバー君、何か聞こえる?!」
 「リナリーはもう泣き止んだみたいっすね」
 ドアに聴診器を押し付け、室内の怒鳴り声に鼓動を早くしていた二人は、一向に見えない状況に、苛立った声を上げる。
 「ブックマン〜〜〜〜!!早く何とかしてくださいー!!」
 とうとう、泣き声を上げて老人に縋りついたコムイに、しかし、彼は首を振るばかりだ。
 「このドアは、何か人外の力で閉ざされている。
 その者が開けようとせぬ限りは・・・」
 「そんな・・・!あなたの神出鬼没な特殊能力を持ってしてもだめなんですか?!」
 泣き声を上げたコムイは、途端、はっと目を見開いた。
 「特殊能力と言えば、リーバー君!」
 「へ?!俺、なんも持ってないっすよ?!」
 驚いて目を剥いたリーバーに、コムイは激しく首を振る。
 「いーや!君ならできる!あのパンダを使って、このドアを破壊しておくれ!!」
 「できるか!!」
 ブックマンの乗り物を示したコムイを、リーバーが怒鳴りつけた。
 「やってよ!教団の猛獣使いでしょ、君!!」
 「なんすか、それ?!」
 「コアラとユーカリの木を巡って戦い、カンガルーと決闘して友情を育んだって聞いたよ!!」
 「デマだ――――!!」
 「つべこべ言わずにやりなさい!!オーストラリア人は大自然とお友達なんだろう?!」
 「どんな偏見ですか!!
 第一、パンダっつったら中国の珍獣でしょ!!中国人のアンタがやってください!!」
 「ボクにそんなスキルはないよ!」
 「大丈夫です!中国人に不可能はない!!」
 「どんな偏見だいっ!!」
 「それは俺のセリフだ!!」
 言い争う二人の間に、ブックマンを乗せたパンダが、のそのそと割って入る。
 「あぁっ!!やっぱり、珍獣はリーバー君がお好き!さぁ、命令を!」
 「じゃなくて、アンタに寄ってきたんですって!自分でやってください!」
 「グー」
 「静かにしろ、二人共」
 大人気ない二人を厳しく叱りつけた老人は、しばしドアの方へ耳を澄ましていたが、
 「避けろ!」
 一言、厳しく発して、パンダごと飛びのいた。
 途端、烈しい音を立てて、ドアが内から開く。
 「どぇぇぇぇぇぇっ?!」
 インテリ二人組は、凄まじい勢いで吹っ飛んできたドアを避け損ね、重い板の下敷きとなって潰された。
 「リナ嬢・・・!」
 兄とリーバーを押しつぶしたドアの上に立ち、ブックマンを見たリナリーは、ぎくりと顔をこわばらせる。
 『まだ・・・行きたくはない・・・!』
 「なに?」
 ブックマンが、リナリーの異変を感じた時には、既に、彼女の姿は、消えていた。
 「リ・・・リナリーが!!」
 「ちっくしょー!!逃げられたさ!!」
 絶叫し、こけつまろびつ、団子になって部屋から出てきたアレンとラビの前に、厳格な顔をしたブックマンが立ちはだかる。
 「小童ども!一体、何をやらかしおったのだ!!」
 「ジジィッ!!」
 ブックマンは、真っ青になって硬直したラビと、アレンの首根っこをつかむと、未だ部屋に留まったままの神田を睨みつけた。
 「おぬしら!!聖職にある者が、霊を弄ぶとは何事か!!」
 師の叱声に、しかし、猫のように首根っこをつかまれ、吊り下げられたラビが反駁する。
 「夏ったら納涼だろ!納涼っつったら怪談だろ!!
 産業革命も終わった19世紀にもなって、職業差別するんじゃないさ、ジジィ!!」
 「なにが職業差別か!いっぱしの口をたたきおって!!
 自身らの持つ能力は、正しく使えといっておるのだ、この馬鹿弟子!!」
 「の・・・能力・・・?」
 ラビと同じく、首根っこをブックマンに捕らわれたアレンが、引きつった声で尋ねると、彼は、ギロリと目を尖らせた。
 「おぬしらのように、尋常ではない能力を持つ者達が、遊び半分で交霊術などを行えば、とんでもない物を呼び出すこともありうるということだ!」
 「とんでもない・・・?」
 と、呟いた神田が、ぴくりと、眉を上げる。
 「遅かったか・・・」
 ブックマンが呟き、ラビとアレンも、心臓を掴まれたような冷気に、びくりと身を震わせた。
 石造りの、硬く冷たい廊下―――― 石壁に掛けられた灯りと灯りの間にわだかまる闇・・・その中に、いくつもの異形が蠢いている。
 「室長!班長!!」
 ブックマンの呼びかけに、しかし、ドアに押しつぶされた二人は返事をしない。
 「小童ども、室長達を連れて・・・?!」
 言いかけて、ブックマンは瞠目した。
 いや、彼だけでなく、少年たちも、ゆっくりと厚いドアを押し上げたコムイの、不気味に光る目に息を呑んだ。
 「コムイも取り憑かれやがった・・・?!」
 「やべぇ!!よりによって、最強兄妹さ!!」
 「リーバーさんはっ?!」
 見れば、リーバーはコムイの傍らで、白目を剥いて倒れている。
 「旦旦、班長を連れて逃げよ!」
 「グー!」
 パンダはブックマンの命に応じて、コムイの手をかいくぐり、リーバーの襟元を咥えて逃げていった。
 「さぁ、おぬしら!責任とって、全部きちんと浄霊せいよ!」
 「えぇ?!僕も?!」
 失敗したんですけど!と、激白するアレンを、ブックマンは叱りつける。
 「ならん!参加した者全員で処置せい!」
 そう言って、ブックマンは若いエクソシストたちを見渡した。
 「さぁ!おぬしらの力を見せてみろ!」


 「わぁぁぁんっ!!」
 闇の中を追いかけてくる、異形の存在に泣き叫びながら、アレンは暗い廊下を逃げ、教団内の礼拝堂に駆け込んで、祭壇の上の十字架に飛びついた。
 「あなたが人の罪を許せば、あなたも罪を許される!父と子と聖霊の御名において、あなたが神の御国に迎えられんことを!アーメン!!」
 十字架を掲げ、聖書を読み上げると、信じがたいことに、アレンを追いかけてきたゴースト達は、霧のように消えた。
 「うそ・・・・・・!
 神様、ありがとうございます!!」
 信じがたい思いで、アレンは十字架を抱きしめ、目に浮かんだ涙を拭う。
 「キリスト教徒のゴーストなら祓えるとわかった以上―――― 負けませんよ!!」
 毅然と顔を上げ、アレンは、礼拝堂を飛び出して行った。


 「ちっくしょー!!お前ら、なんでカトリックに改宗しとかなかったんさー!!」
 アレンがゴースト退治に成功したのと同じ頃、全く別の方角に逃げていたラビは、聖水も聖書も効かないゴースト達に、苛立った声を上げていた。
 「これだから英国は大嫌いさ!宗教混在地め!!」
 ローマ帝国の軍人らしき、大勢のゴースト達に追いかけられていたラビは、振り下ろされた長剣を間一髪で避け、教団で飼っている番犬の犬舎の檻を、蹴り開ける。
 「俺に召喚なんてできるか、わかんねぇけどっ!」
 言いつつ、ラビは大昔に死んだ軍人達を振り向き、口の端を曲げた。
 「やってみなきゃわかんねぇさ!!」
 実体のないゴースト達に、犬舎から放たれた犬たちが、一斉に吠え掛かる。
 「冥府の女神、ヘカーテ!願わくは、この迷える魂達を、地の国へ迎え入れかし!!」
 ラビが呼びかけると、女神の僕である犬達に吠え掛かられ、動きを止めた軍人達の足元の地面がばっくりと割れた。
 突如穿たれた地獄の穴に、ゴースト達は次々と飲み込まれて行く。
 「よっしゃぁ!!グラッチェ、女神様!!」
 大活躍をした犬達を盛大に撫でてやりながら、ラビは歓声をあげた。
 「おーっし!どんどん行こうか!ついて来るさ、お前ら!!」
 尻尾を振ってじゃれてくる犬達を率い、ラビは、教団の棟へと駆け戻っていった。


 「臨兵闘者皆陳烈前行!」
 ブックマンの声に、奇声を上げて廊下中を跳ね回っていたコムイは、緊縛されたように動きを止めた。
 「鬼魅降伏、陰陽和合、急急如律令!!」
 強い声に、コムイに憑いていた物は、強風に吹き飛ばされるように彼から離れ、積尸気(せきしき)の闇の中へと吸い込まれていく。
 ぽて、と、糸の切れた人形のように床に落ちたコムイを、小柄な身体にしては意外な力で抱え、ブックマンは空いている部屋に放り込んだ。
 「兄妹して霊媒体質か。厄介なものだな」
 再び霊に利用されないよう、コムイの額に墨で印を描き、閉ざしたドアに結界の札を貼る。
 「さて・・・小童どもはどうしたか」
 闇に意識を向けるが、蠢く物達の気配は、ずいぶんと減っている。
 「がんばっておるようだの・・・」
 ふと笑みを浮かべ、ブックマンは、最も強い気配を放つ方角へと移動した。


 「・・・っやっと・・・追いついたぜ・・・このヤロウ・・・・・・!!」
 苦しげに息を切らしながらも、彼女を追い詰めた神田に、リナリーは、困惑げに眉をひそめる。
 「ちょろちょろと逃げやがって・・・!観念しろ!!」
 神田が、数珠を掲げた途端、
 「元はといえば、悪いのはお前だ!!」
 突如、横合いから強烈な蹴りを喰らって、神田が吹っ飛んだ。
 「ジ・・・ジジィ――――!!いきなり蹴り食らわすんじゃねぇ!!」
 神田の絶叫に、老人は、それを凌ぐ叱声を放つ。
 「黙れ、この未熟者が!そのような態度では、浮かばれる者も浮かばれんわ!!」
 「じゃあ、どうしろってぇんだ!!」
 神田の苛立った声に、ブックマンはくるりと、リナリーに向き直った。
 「おぬし」
 びくっ、と、身を震わせた少女に、しかし、ブックマンは目元を和らげる。
 「名は?」
 『・・・・・・菊』
 「ふむ、高貴な姫に相応しい名じゃの」
 対峙したまま、それ以上は近づこうとしない彼に、彼女はやや、緊張を緩めたようだった。
 「ところで、菊姫や。
 その身体は、おぬしのものではない。それは、わかっておるな?」
 叱るわけではなく、淡々と尋ねたブックマンに、少女はぎこちなく・・・だが、ゆっくりと頷いた。
 「おぬしは若くして亡くなったそうじゃな・・・。
 さぞかし、思い残すことが多かったことだろうとは思う。特に――――・・・」
 「ジジィ!!援護に来たぜ――――!!」
 「ブックマン!カトリック系ゴースト、ほとんど消しました――――!!!!」
 「・・・こんな、賑やかな小童どもを見ては、未練も残ろう」
 大声で喚きながら、駆け寄ってきた少年達に、ブックマンが苦笑を向ける。
 と、ぼろぼろと、リナリーの大きな目から、涙がこぼれた。
 『ずっと、一人であった・・・。
 友など一人もおらず、あの者達のように、仲良く語らうことなど、一度もなかったのじゃ・・・・・・』
 「あれが仲良く見えたのかよ、お菊・・・・・・」
 「少なくとも、他人から見れば微笑ましかったんさ、きっと!」
 神田の、疑わしげな声に、懇親会主催者のラビが拳を握る。
 『姫も・・・あの中に入り、語らいたかったのじゃ・・・。
 そんなに、いけないことかえ・・・?』
 しゃくりあげる彼女に、言葉のわからないアレンですら、憐れみを覚えずにはいられない。
 「ブックマン・・・お菊さんのこと、何とかしてあげられませんか?
 無理やりあの世に送ってしまうなんて、かわいそうですよ」
 「けど、このままリナリーに憑いたまんま、ってわけにも行かないさ」
 困惑げに言うラビには、アレンもあっさりと頷く。
 「それはもちろんです。リナリーからは出てもらって、代わりに神田に憑けばいいんですよ。
 神田、男らしく、責任を取ってください」
 「なんの責任だ!!」
 「あなたが連れてきたんでしょ。
 お人形をお嫁にもらうなり、六幻に憑いてもらってパワーアップするなり、とにかく男として、責任を取ってください!」
 「俺には、人形遊びをする趣味はねぇ!!」
 「あなたが奇行に走ったところで、今更、誰もなんとも思いやしませんよっ!!」
 「うわ・・・反論できねぇ・・・!嫌な組織さ・・・!」
 そして、一時とはいえ、何でこんなとこに所属してんだろう、俺・・・と、ラビは、果てしなく暗い気分に陥った。
 「・・・まぁ、責任はともあれ」
 険悪な少年達の間に割り込み、ブックマンは、改めて彼女に向かう。
 「おぬし、人形の身であっても、歩くに不自由はないのだろう?」
 ブックマンの問いに、彼女は、こくりと頷いた。
 「では、元の通り人形に戻り、この城で過ごせばよかろう」
 「はいぃっ?!」
 師の意外な言葉に、ラビが目を剥く。
 「まさか、ジジィ?!お菊ちゃん、俺んとこにずっといんのか?!」
 「お前にやったもんだからな、お前が持っていればいいだろ。俺は絶対嫌だからな」
 「そんなっ!ユウちゃん!!せめて交代にして欲しいさ!!」
 無情な言葉を吐く神田に、ラビがすがりつく。
 と、
 「いや、お菊殿は、賓客として迎える。室長にはからって、一室用意してもらおう。
 それでよかろう、姫?」
 ブックマンの申し出に、彼女は潤んだ目を見開き、ゆっくりと頷いた。
 「生きている間には、見られなかったものを見、聞けなかったことを聞き・・・満足した後に、旅立つがよい―――― ラビ」
 呼びかけられて、ほっと気の抜けた顔をした弟子は、師を見遣る。
 「お菊殿の依り代をここへ。
 リナ嬢から出ていただく」
 「う・・・うん・・・・・・」
 「リナリー・・・元に戻るんですね!!」
 よかった・・・と、深く吐息したアレンに、しかし、ブックマンの視線は、未だ厳しかった。
 「まだ、おぬしらを許すとは言うておらん。
 神田とラビだけでなく、アレンと、意識が戻った後はリナ嬢も、私の所へ来い」
 よいな、と念を押された少年達は、その厳しい面立ちに逆らうこともできず、ただ素直に頷いた。


 「さて、おぬしら」
 厳しい目で見据えられて、ブックマンの前に並んで正座した、4人の若いエクソシスト達は、一様にびくりと身を震わせた。
 「聖職者の身でありながら・・・いや、それ以前に、イノセンスに適合した、神の使徒でありながら、霊を弄ぶとは、とんでもないことじゃ!」
 ブックマンの怒声に、リナリーは涙を浮かべてしまう。
 「罰として、おぬしらが呼び出した霊は全て、自身らで浄霊せい!」
 「はい・・・・・・」
 うなだれた頭を更に下げて、4人が呟くように返事をした。
 「英国のゴーストは宗教も多様じゃ。
 各々、協力し合って浄霊せいよ!」
 「はい・・・・・・」
 再び、彼らが頷いた時、
 「ブックマン――――――――!!!!」
 大絶叫と共に、パンダを駆って、リーバーが飛び込んできた。
 「かかかかかっ・・・科学班が!!ってか、室長が大変です!!」
 「兄さんが?!班長、兄さんがどうしたの?!」
 悲鳴を上げ、リーバーに詰め寄ったリナリーに、彼は、深刻な顔で語った―――― コムイが、再び憑依された、と。


 「ウケケケケケケケケケッ!!!」
 「兄さん!!」
 リーバーを先頭に、彼らが科学班に来た時、コムイは蜘蛛のように天井近くの壁にへばりつき、甲高い笑声を上げていた。
 「私が書いた、魔除けの印を、消してしまったようだの」
 ブックマンの呟きに、見れば、うつ伏せで寝込んだ時に擦ってしまったのか、コムイの額に印はなく、黒い墨跡が残るばかりだ。
 「・・・普段とあんまかわんねぇ気がするさ」
 「酷いわ、ラビ!いつもより、ちょっとだけ変よ!!」
 暴言を吐いたラビに、微妙な反駁をして、リナリーが憑依されたコムイに向き直る。
 「兄さんから出て行きなさい、悪魔!!」
 「リナリー!これ使って!」
 アレンが、とっさに投げた水鉄砲を掴み、コムイに向けて発射すると、彼は、殺虫剤を浴びた虫の様に、無様に壁から落ち、床の上でもがく。
 「ア・・・アレン君、なにこれ?」
 「聖水です!」
 驚いて目を剥いたリナリーに言いつつ、アレンは素早く、手にした聖書をめくる。
 「はじめに言(ことば)があった 言は神であった この言は初めに神とともにあった――――!」
 アレンが読み上げる言葉に、コムイが苦しげにもがく―――― その姿に、アレンが薄く口元を吊り上げたのは、絶対に見間違いじゃないと、ラビも神田も確信したが、生憎、一番その顔を見て欲しいリナリーは、兄を案じてアレンの顔を見るどころではないようだ。
 「―――― 父と子と聖霊の御名において・・・悪魔よ、去れ!アーメン!!」
 途端、コムイが凄まじい悲鳴を上げ―――― 間もなく、動かなくなった。
 「兄さん!!兄さん、しっかりして!!」
 リナリーが、コムイを抱き起こし、必死に呼びかけると、間もなく彼は、午睡から醒めた者のように、あっさりと意識を取り戻す。
 「アレ?どうしたの、リナリー?みんなも・・・」
 「し・・・室長ぅ――――!!」
 「よかった!!アンタがこれ以上変になったら、俺達神経衰弱で死ぬとこでしたぁぁぁ!!!」
 「え?!ナニナニ?!どうしたの?!」
 科学班メンバー達に、泣きながら抱きつかれ、コムイは、訳のわからないまま、部屋中に魔よけの札が貼られた執務室に連行された。
 「さぁ!猶予はないぞ!行け!」
 ブックマンに命じられ、エクソシスト達は、それぞれ通信ゴーレムを連れて、城中に散って行った。


 「―――― こちらラビ!東棟3階に、宗教戦争被害者発見!アレン、聖水汲んでこっちに来るさ!!」
 「リナリーよ!北の塔に、インド人従者の霊を見つけたわ!マントラ唱えられるの、ラビでしょ?!そっちはアレン君に任せて、こっちに来て!!」
 「アレンです!!礼拝堂に、お菊さんの仲間っぽい人たちがたくさんいて、入れません!!神田!!至急、般若心経唱えに来てください!!」
 「じゃあ、リナリーはバラ園に行け!清の苦力(クーリー)らしき連中がいやがるぜ!呪言いけっだろ?!」
 教団中を、通信と4人のエクソシスト達が飛び交う―――― そんな状況を見つめながら、老人は、パンダを座椅子代わりに、のんびりと茶を喫していた。
 「ねぇ・・・おじいちゃん、手伝ってあげないの?」
 老人に、茶菓子を運んできた料理長は、城のあちこちで響く破壊音に、柳眉をひそめて問うた。
 が、ブックマンは、それに対してゆったりと首を振る。
 「己がやったことの始末は、己でつける。それが、私の訓えだ」
 静かに呟いて、彼は、傍らに座る日本人形を見遣った。
 「間違えて調伏されぬよう、しばしここにおられよ、お菊殿」
 こくりと頷いた人形に、ジェリーも苦笑を浮かべる。
 「今まで、ここには色んな子が来たけど、幽霊の憑いた人形は初めてだわぁ。
 アンタ、なんかお供えして欲しかったら、お団子でも干菓子でも作ってあげるわよ」
 『では・・・落雁(らくがん)を・・・』
 ひっそりと呟いた人形の頭を、ジェリーは、がしがしと撫でた。
 「ハイハイ。菊型に抜いてあげるわね」
 幽霊相手にも気遣いを忘れない料理長は、陽気に笑いながら、自身の職場へと帰っていった。
 その時、また、破壊音と悲鳴が響いたが、老人は動じもせず、茶をすする。
 「全てこの世は・・・こともなし」
 雲の晴れた夜空は、星影も清かに、涼やかな風を運んできた。


 ―――― 後日、教団の城に入り込んだ、全ての霊を祓い終えたエクソシスト達は、かなり長い間、その頭の中から、聖書や経の文言を、振り払うことができなかったという。







Fin.

 










このお話は、間抜けな管理人が自分で3万HITを踏んだため、リクを受け付けた所、hさんより『ブックマンの魅力を最大限に引き出すギャグSS』というリクエストを賜り、書いたものですv(・・・引き出せてますか?;;)
暑い日が続いている事もあって、急激に怪談を懐かしんだワタクシ。
アレン君の十字軍話は、歴史は本当、怪談は創作。リナリーの話は中国オリジナル+日本版『牡丹燈篭』で、ラビの話は本当の歴史、神田の話は創作です。
ので、地中海に子供の霊は出ませんし、お菊人形は祟りませんから!(笑)>いや、いるかもだけど。
怪談は好きですが、ホラーはあまり詳しくありませんので、色々間違えているとは思いますが、生ぬるい目で見守ってやってください;(マントラってー・・・インドでいいのかー・・・?)
悪霊払いの言葉は、主に『ゴーストハント』(漫画)『十二国記』を参照です。
『コンスタンティン』はあまり役に立ちませんでした・・・。












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