† 美辞麗句U †






 それは、うららかなある昼下がりのこと。
 花盛りのバラ達、一本一本に異常はないか、愛情を込めて診ながら水をやっていたクロウリーは、サイレンのように悲鳴を上げて逃げる少年と、それを追う少年の姿を見て、訝しげに首を傾げた。
 「これ、アレンにラビ。どうしたであるか?」
 由緒正しい貴族の出らしく、おっとりと問うた彼に、アレンは泣きながら方向転換&突進し、ラビは追尾式ミサイルのようにアレンを追って来る。
 「こっ・・・これ!!」
 その凄まじい勢いに、クロウリーが留めようとするが、必死な二人は聞いていなかった。
 「うわ―――ん!!!クロウリーさぁぁぁぁんっ!!!」
 「待てコラ―――――――!!!」
 「危な・・・・・・っ!!」
 絶叫して逃げようにも、少年達の方が早い。
 泣きながら飛びついて来たアレンを受け止め損ねたクロウリーは、追ってきたラビと共に団子になって、バラの樹の中に突っ込んでしまった。
 「きゃ――――――――!!!」
 「いってぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
 「はっ・・・早くどくである・・・っ!!」
 鋭いバラの棘で体中をざっくりと切られ、血みどろになった三人が、バラの樹の間から身を起す。
 明るい日の下で、そこだけが血みどろの惨劇となった。
 「あぁっ!!バラ達が!!」
 少年達の下敷きとなったバラの、無残な姿に、クロウリーは嘆きつつも二人を睨み据える。
 「一体、何をしているであるか!
 私をひき潰すだけならまだしも、罪のないバラを傷めるとは、どういうことであるか!」
 「ご・・・ごめんなさい、クロウリーさん・・・・・・」
 「で・・・でも、俺ら、バラよりも被害甚大さ・・・・・・!」
 噴水のごとく大出血しながら、ラビが異議を申し立てる。
 「全く・・・手当てしてやるであるから、ついて来るであるよ」
 深く吐息して、クロウリーはバラ園の側にある小屋へ二人を案内した。
 「へぇー・・・こんなとこ、あったんだぁ・・・・・・」
 温室のように、ガラス張りの小屋を、アレンが物珍しそうに見る。
 「バラは、肥料食いであるからな。常に大量の肥料を与えねばならぬので、ここに常備してあるのだ。
 少しだが、医療キットも置いている。切り傷の手当てくらいはできるであるよ」
 そう言って、先に入って行ったクロウリーの後を、二人は大人しく付いていった。
 「それで?今日はなんで、ケンカしていたのであるか?」
 アレンの頭に包帯を巻いてやりながら、クロウリーは苦笑した。
 故郷(くに)を出て以来、ずっとこの二人と一緒にいたが、彼らは毎日必ず、些細な事でケンカをする。
 当初は、驚いて止めに入ったものだが、今ではそれが、彼らなりのコミュニケーションだとわかって、余程のことがない限りは放置していた。
 どうせ、今日もそんな、微笑ましいじゃれあいだろうと思っていたクロウリーは、本気で怒っているラビに鼻じろんだ。
 「アレンの食人花が、俺のペットを食っちまったんさ!!
 俺のヤックンが・・・!!
 つぶらな瞳の、可愛い毒ガエルだったのに・・・・・・!!」
 「食人花?古代花が、もう花をつけたのであるか?!」
 ラビの言葉に、クロウリーが瞠目し、涙目のアレンが頷く。
 「そうなんです・・・あげてから、まだそんなに日もたってないし、あれって中々育たないって聞いていたから、そのうち教えてあげようと思ってたのに・・・・・・」
 「育たないどころか・・・」
 クロウリーは、感歎の目でラビを見た。
 「アレンが渡したのは、種であろう?
 それを苗木にまで育てて、花をつけさせたのであるか?」
 初めてなのに、と、感心するクロウリーに、しかし、ラビは、なんでもないことであるかのように、あっさりと頷く。
 「苗木までは、割と簡単だったさ。しばらく水につけてから植えて。
 普通、何ヶ月かかかるって書いてあったけど、あいつはすぐに発芽したから、日当たりと風通しのいいとこに置いて、水と肥料をたっぷりやってたら、勝手に花がついたんさ」
 「肥料は?」
 「骨粉、油粕、化成肥料、乾燥牛ふん、堆肥」
 すらすらと答えたラビに、クロウリーは拍手した。
 「初めてにしてあの花を咲かせるとは、驚異的である。
 ラビは育種家としても有能であるな」
 「けど!その育った花が、俺のヤックンを食っちまったんさ!!」
 言いつつ、みょーん、と、ラビがアレンの両頬を引っ張る。
 「ひょひぇんひゃひゃひ――――!!!(ごめんなさい)」
 「ま・・・まぁまぁ、ラビ。
 とりあえず、その古代花を私に見せるである。もしかしたら、ヤックンはまだ、生きているかも知れぬし・・・」
 クロウリーの言葉に、ラビが目を輝かせた。
 「クロちゃん、それ本当さ?!」
 「うむ。
 あの花は、蕾をつけて間もない頃は肉食ではない。普通のバラと同じく、肥料だけで育つのである」
 「つまり、動物の赤ちゃんが母乳で育つみたいに、ちっさい頃は、根から摂取する栄養で育つってことさ?!」
 興奮しつつも、的確な問いを発するラビに、クロウリーが頷く。
 「そういうことである。
 じゃれて噛み付いたはいいが、まだ獲物を溶かすだけの酸は出せないであろう。
 私が花を散らさないように、ヤックンを出してやるであるから、早く持ってくるがいい」
 「ありがとさ、クロちゃん!!」
 叫ぶや、踵を返して小屋を駆け出して行ったラビを見送って、アレンは深々と吐息した。
 「クロウリーさん、助かりましたぁぁぁ・・・」
 深い吐息と共にこうべを垂れたアレンに、クロウリーが苦笑する。
 「アレンも、うっかりしていたであるな」
 「・・・というか、ラビをなめてました。
 まさか、園芸の知識まであったなんて・・・・・・!」
 さすがはブックマンの後継者・・・と、アレンが感心していると、
 「ただいま!」
 「こんにちは!」
 古代花の鉢を持ったラビを抱えたリナリーが、小屋に飛び込んできた。
 「早っ!!」
 目を丸くするアレンに、リナリーが苦笑する。
 「なんだかよくわからないけど、ラビに捕まっちゃって、問答無用でダークブーツ発動させられて、運搬を強要されたの」
 「・・・レディになんてことさせるんですか、ラビ」
 が、アレンの苦言などきれいに無視して、ラビがクロウリーに鉢を差し出す。
 「クロちゃん!!早く早く!!」
 「う・・・うむ・・・」
 急かされて、クロウリーは医療キットから取り出したピンセットにコットンを巻きつけ、猫じゃらしのようにして蕾の前で揺らした。
 と、ゆらゆらとコットンを追っていた蕾の花弁が、うずうずと震え出し、がぱっ!と花開いて、コットンに噛み付く。
 「きゃあ!!」
 初めて古代花を見たリナリーが、サメのようにずらりと並んだ牙を見て、悲鳴を上げた。
 「こ・・・これ、ホントに花なの?!」
 「はぁ・・・多分・・・・・・」
 そう言われると自信がないな・・・と、アレンが曖昧に笑う。
 その間にも、ヤックン救出作戦は展開され、コットンを巻いたピンセットで、花弁を傷つけないよう、押し開いたクロウリーを手伝い、ラビが、もう一本のピンセットで、蕾の奥に飲み込まれていたヤドクガエルを引っ張り出した。
 「ヤックン!!ヤックン、生きてるさ?!」
 肥料調合用のテーブルの上に乗せられたヤドクガエルは、しばらくじっとしていたが、ややして、大きくつぶらな瞳を開けると、ぴょん、と、テーブルから跳び降りた。
 「ヤックン!!よかったさぁぁぁ――――!!」
 「きゃあああああああああ!!!!!」
 感激の声を上げるラビに反して、猛毒ガエルに飛び掛られそうになったアレンとリナリーが、凄まじい悲鳴を上げて逃げ惑う。
 「ラッ・・・ラビ――――!!!早く捕まえてっ!!」
 「ヤダ――――!!!こっち来ないでェェェェっ!!!」
 「大げさである」
 真っ青になって抱き合うアレンとリナリーに、ぽつりと呟いて、クロウリーが皮手袋をはめた手で、あっさりとヤドクガエルを捕まえ、瓶に入れた。
 「ク・・・クロウリーさん?!」
 「手・・・手で捕まえちゃって、平気なの?!」
 甲高い悲鳴を上げる二人に、クロウリーは平然と頷いた。
 「このヤドクガエルは、もうほとんど毒はないであろうよ」
 「え・・・?そうなの・・・?」
 二人が瞠目し、答えを求めるようにラビを見ると、彼も笑って頷く。
 「ヤドクガエルってのは、自分で毒を作んじゃなくて、餌から毒を取り込んで分泌する生き物なんさ。
 だから、俺が無毒なコウロギとかハエをやってるうちに、どんどん毒がなくなって、今じゃあ、人を殺せるような毒は持ってねーよー」
 「それでも、手が痺れるくらいは毒が残っているであろうからな。皮の手袋をして捕まえたのである」
 「な・・・なんだぁ・・・」
 ほーっと、吐息する二人に、ラビがにやりと口の端を曲げた。
 「ところでお二人さん、いつまで抱き合ってんさ?
 そんなトコ見られたら、コムイに殺されっぜ、アレン?」
 「え・・・あ!」
 「ご・・・ゴメンね、アレン君!!」
 赤面し、ぱっと離れた二人を見て、ラビが更に笑みを深める。
 「アレン、コムイにチクられたくなかったら、この花引き取るさ」
 「えー?!喜ぶだろうと思ったのにー!!」
 「アホか!!常識で考えろ!!
 自分が食われかけた、イヤーな思い出のある花を、どこのどいつが喜んで育てるさ?!」
 「常識の通じない、奇怪好みの君だったら、絶対に喜ぶと思ったんです!!
 これでも、一所懸命考えたんですよ?!ねぇ、クロウリーさん?!」
 「うむ。アレンは、お前の誕生日プレゼントに、非常に悩んでいたであるよ、ラビ。
 私の城から、燃え残っていた物を送ってもらって選んでいたのであるが、その中ではこれが最も奇怪であったし」
 奇怪好みの祖父も、それを一番大切にしていた、と、しみじみ呟いたクロウリーを見て、リナリーが深く頷いた。
 「じゃあ、ラビ。それは、あなたが育てるべきだわ」
 「はぁっ?!なんでさ?!」
 目を剥いて驚愕するラビを、リナリーはまっすぐに見据える。
 「だって、アレン君が悩みぬいて、クロウリーも協力してくれて、ようやく選んでくれたものでしょう?」
 「そうです。思い出の品です」
 リナリーの弁護に、すかさずアレンが頷く。
 「ヤックンも無事救出したことだし、これからは食べられないように気をつけて、一緒に飼えばいいじゃない」
 「あのなっ!!喰われかけた経験は、思い出とは言わないさっ!!むしろトラウマさ!!そんなもんと俺が、なんで同じ部屋で寝なきゃいけないさっ!!」
 「あら?でも、クロウリーは飼ってたんでしょ?」
 「まぁ・・・栽培していたであるな」
 既に、古代花を植物とはみなしていないリナリーに、苦笑しながらクロウリーが言うと、
 「僕もお世話してました!」
 と、アレンも挙手する。
 「あら、二人も飼育経験者がいるなら、心強いじゃない。
 寝ている間に噛み付かれない方法だって、きっとあるわよ」
 ね?と、可愛らしく小首を傾げるリナリーを、しかし、ラビは忌々しげに見下ろす。
 「噛み付かれなくったって、コイツが側にあるってだけで俺は・・・」
 「ラビ」
 冷ややかに名前を呼ばれて、ラビは口を封じられた。
 「あなたのお誕生日プレゼントを選ぶことが、どれほど大変か、ちょっと考えてみてもいいんじゃない?」
 「・・・・・・・・・・・・ハイ」
 「ありがたく受け取るわよね?」
 にこ、と、笑って小首を傾げたリナリーから、不自然に目を逸らしつつ、ラビはぎこちなく頷いた。
 「さすがリナリー!女神様のようです!」
 目を輝かせるアレンの傍らで、クロウリーは同意も反論もできず、黙って佇むしかなかった。


 「さぁ、早く飼育法を教えるさ」
 「・・・それ、教わる態度ですか?」
 古代花の鉢を持って、ラビの部屋を訪れたアレンは、椅子にふんぞり返ったラビの態度に、目を眇めた。
 「そーもそも、だーれが仕掛けた罠かなぁ、アレンくぅーん?」
 言いながら、ラビは両手で鉢をささげ持つアレンの両頬を、みょーんと伸ばす。
 「わ・・・罠じゃないですぅっっ!!」
 泣きながら逃れるアレンの手の中で、古代花がゆらゆらと揺れた。
 「あ、土が乾いてらっしゃるみたいです。お水を差し上げてください」
 「差し上げてって・・・花だろ」
 言葉遣いがなってねぇさ、と、呆れるラビに、アレンは必死に首を振る。
 「だ・・・ダメですよ!レディなんですからっ!」
 「何がレディさ。花には『水をやる』『肥料をやる』が正しい・・・」
 途端、
 がぶ。
 と、異形の蔓を伸ばした花が、ラビの鼻に喰いついて、彼に大出血を強いた。
 「ぎゃ――――――――!!!!」
 「ラビ――――!!だから言ったのに!!」
 「なんなんさ、この花っ!!」
 「あんた、学習能力がないんですか!!愛情をもって接してください、って、あの時何度も・・・!!」
 「花に美辞麗句なんて、あほらしくて言えるかっ!!」
 がぶ。
 「ぎゃ――――!!禿げるっ!!」
 「禿げろ、バカ――――!!!!」
 今度は頭に食いつかれて、悲鳴を上げるラビから、花を引き剥がしつつ、アレンも絶叫する。
 「なに意地張ってんですか!!ちゃんと育てる気あるんですかっ!!」
 頭部を血みどろにしつつも、意地で美辞麗句を吐こうとしないラビに、アレンが怒鳴ったが、
 「あるか、ヴォケー!!!」
 と、彼は不屈の精神で反抗する。
 「俺が美辞麗句を連ねるのは、フォクシーなお姐さんだけさ!なんで花なんかに!あほらしい!!」
 「ほほーぅ・・・・・・」
 ラビの暴言に、アレンの目が吊り上った。
 「では、ロザンヌ様のお世話をするため、美辞麗句を連ねた僕の3年間を、全否定してくれるわけですか、君は?」
 「へ・・・・・・?」
 「ラビ・・・あなたがそのつもりなら、僕が先に彼女を手なづけて、毎晩あなたに噛み付くよう、調教してもいいんですよ・・・?」
 「ア・・・アレン・・・?目が本気さ?!」
 「僕、つまらない冗談は言わない主義ですから」
 ニヤリ、と、邪悪な容に口の端を曲げた、アレンの笑顔が迫る。
 「さぁ・・・!
 彼女に寝込みを襲われたくなければ、僕の言うことを聞いてください」
 「そんな・・・!!」
 「イヤなら寝込みを・・・」
 「わ・・・わかった!!ゴメン、アレン様!!アレン先生!!よろしくお願いします!!」
 「よろしい」
 にこ、と、満面の笑みを浮かべて、アレンはテーブルの上に鉢を置いた。
 「じゃあ、まず、お花様にお名前をつけて差し上げてください」
 「名前ぇぇー?」
 非常に嫌そうな顔をしたラビに、アレンはあっさりと頷く。
 「愛情表現の第一歩は、愛情込めてお名前をお呼びすることですから!」
 さぁ!と、迫り来るアレンを避けつつ、ラビはぼそぼそと呟いた。
 「マリー・アルベルティーヌ・ヴィクトワール・ジェルトリュド」
 「・・・もう一回、言えるもんなら言ってみやがれ」
 「だーかーらー!マリー・アルベルティーヌ・ヴィクトワール・ジェルトリュド・フロランス」
 「増えてんじゃないですか!」
 「いいじゃん、テケトーで」
 「・・・死にたいみたいですよ、マリー・アルベルティーヌ・ヴィクトワール・ジェルトリュド・フロランス様」
 がぶ。
 「っでぇぇぇぇぇぇぇっっ!!」
 「・・・何度も痛い目に遭いたいだなんて、ラビは変わった人ですねぇ」
 「やかましい!!俺の花なら、これっくらいの名前覚えるさ!!」
 「じゃあ、マリー・アルベルティーヌ・ヴィクトワール・ジェルトリュド・フロランス様を通常、なんてお呼びするんですか?」
 「花」
 がぶ。
 「ぎゃーすっ!!」
 「あぁ、お許しください、マリー・アルベルティーヌ・ヴィクトワール・ジェルトリュド・フロランス様!
 彼は、古代花のお世話をするのは、初めてなんですから!」
 ラビの頭に噛み付く牙に、ぐいぐいと力を込める古代花を、アレンが必死になだめる。
 「って、その名前で確定なんかっ!!」
 「あんたがつけたんでしょーよ、もー・・・」
 呆れつつ、アレンはラビが床に放置していたジョウロを取り上げた。
 「水汲んできてあげますから、その間にマリー・アルベルティーヌ・ヴィクトワール・ジェルトリュド・フロランス様と、ちょっとは仲良くなっていてください」
 「えぇっ?!アレン君、水汲みは俺がっ!!」
 「逃がしませんよ。そこにいてください」
 冷ややかに一瞥され、ラビが固まる。
 「では、僕は少し、席を外させていただきます、マリー・アルベルティーヌ・ヴィクトワール・ジェルトリュド・フロランス様。
 すぐに、新鮮なお水をお持ちしますので」
 にっこりと、レディ向けの爽やかな笑みを振りまいて一礼すると、アレンはすたすたと部屋を出て行った。
 「ア・・・アレンー・・・・・・!」
 引きつった声を上げるラビの目前で、ドアは無情に閉ざされる。
 と、アレンを見送っていた古代花がくるりと振り向いた。
 「ひっ・・・!」
 びくっと震え、ラビは手近にあった、コモドドラゴンの剥製に取り縋る。
 「ド・・・ドラちゃん・・・!アレン君が帰ってくるまで、一緒にいてね・・・!」
 シャー!と、蛇のような威嚇音を上げる古代花と、ラビは、仲良くなれそうにはなかった。


 「ったく、強情なんだから・・・」
 ブツブツと呟きながら、アレンは、ジョウロを持って、テクテクと庭を歩いて行った。
 目的地のバラ園では、彼と同じく、ブツブツとぼやきながら、クロウリーが、アレン達に押し潰されたバラ達の後始末をしている。
 「クロウリーさーん!お水と肥料を分けてくださーい!」
 と、アレンの声に、折れた枝を剪定していたクロウリーが、バラの樹の間から、ひょい、と顔を覗かせた。
 「アレン、ラビとはもう、仲直りしたであるか?」
 「してませんよっ!」
 ぷん、と、頬を膨らませるアレンに、クロウリーが困惑げに眉を寄せる。
 「だって、ラビってば、全然真面目じゃないんですから!
 お花様に、マリー・アルベルティーヌ・ヴィクトワール・ジェルトリュド・フロランスなんて、長い名前をつけるし!」
 「・・・『聖母』の『高貴さ』と『勝利の女神』の『槍』が『花盛り』・・・?
 意味を考えると、すごい名づけ方であるな・・・・・・」
 しかも全てフランス読み、と、呆れるクロウリーに、アレンもジョウロを渡しつつ、頷いた。
 「素直に、ロザリーにでもしておけばいいのに!」
 「それもまた・・・適当な気もするであるが・・・・・・」
 「いいじゃないですか。『適当』の本来の意味は、『うまくあてはまっていること』でしょ?」
 ふてくされ、語調をきつくするアレンに、クロウリーが肥料を整えながら、また苦笑する。
 「アレン・・・ラビのような屁理屈を言うようになったであるな・・・」
 「えぇっ!?そんな!!」
 ショックを隠せない、と言わんばかりの声に、クロウリーが笑声を上げた。
 「ケンカができるほど仲が良いのは、良いことだ。
 だが、あんまりケンカばかりしていると、本当に心が離れてしまうであるよ」
 ぽす、と、手袋を脱いだ手をアレンの頭に乗せて、クロウリーは笑う。
 「だって・・・ラビが・・・・・・」
 「ラビは、あの年の少年にしては、器の大きい人間であるな。
 何を言っても、何をしても、笑って許してくれるから、つい、甘えてしまうのであろう?」
 「あ・・・甘えてなんかいませんよっ!」
 「そうか?
 ラビなら許してくれる、と確信しているから、憎まれ口を叩いたり、意地の悪いこともできるのだろうに」
 冗談の通じぬ者には、怖くてとてもできぬであろう、と指摘され、はっきりと、ある日本人の顔を思い浮かべたアレンは、額に汗を浮かべた。
 「初めて得た、年の近い、心開ける友なのではないか?
 お前は優しい子なのだから、思いやりを忘れてはいけないであるよ」
 ほら、と、微笑みながら肥料と水をくれたクロウリーに、アレンは、黙って頷く。
 「・・・クロウリーさんって、やっぱり、本物の貴族なんですね」
 「ん?どう言う意味であるか?」
 軽く首を傾げる彼に、アレンが笑った。
 「なんか・・・自然に正しい事を言っちゃうところが。
 学ぶまでもなく、紳士的な言動が身についているって言うか」
 「・・・何を言われているのだか、よくわからないである」
 本気で首を傾げたクロウリーに、アレンは明るい笑声を上げた。
 「僕は、ロザンヌ様・・・師匠が育てていた古代花をガヴァネス(女家庭教師)代わりに躾けられたんです。
 だから、レディ以外にはつい、思いやりを忘れてしまうこともあるんですよね」
 特に、ラビに対しては・・・と、アレンは乾いた笑声を上げる。
 「初めて会った時に、一緒に雪遊びなんかしたからかな。
 気兼ねなんかすっかり忘れちゃって・・・。
 でも、クロウリーさんはそんなことないんだろうなって」
 「いや・・・私はそもそも、友達がいなかったであるし・・・・・・」
 顔を真っ赤にして、首を振るクロウリーを、アレンはふと見上げた。
 「クロウリーさんはなんで、いつもバラ園にいるんですか?」
 まだ、人付き合いが苦手なのだろうか、と、気にかかって問うと、彼は、はにかんだ笑みを浮かべる。
 「新種のバラを・・・作ろうと思っているのである」
 「へぇ・・・!どんなのを作るんですか?!」
 期待に満ちた目を向けるアレンに、クロウリーは、どこか遠い目をして、脳裏に花の姿を描いた。
 「棘が長く、鋭い、大輪のバラ・・・色は暗めの深紅で、花弁は両端が反って、尖っている。だが、花香は甘く優しい・・・」
 クロウリーの言葉とともに、その花の姿を思い描いていたアレンは、ふと浮かんだイメージに、瞬いた。
 「クロウリーさん、もしかして、その花の名前・・・エリアーデですか?」
 問うと、彼は柔らかな笑みを浮かべて、頷く。
 「古代花に、美辞麗句を連ねてきた私であるが、この花には・・・口先だけではない、愛情を注げそうであるよ」
 優しい声音で語るクロウリーに、アレンもまた、優しい笑みを浮かべた。
 「ここの人達はきっと、クロウリーさんのことが好きですよ」
 「そうだと良いのであるが・・・」
 首まで赤くして、消え入りそうな声で呟く彼に、アレンは、年上の彼に対して悪いと思いつつも、『可愛いなぁ』と思ってしまう。
 ―――― 血統書付きの仔犬みたい・・・って言ったら、怒られるかな、やっぱり。
 思わず、和んだ笑みを浮かべてしまったアレンを、クロウリーが不思議そうに見返した。
 「早く行ってやった方がいいのではないか?」
 「え?どこに?」
 きょとん、と、目を丸くしたアレンに、クロウリーが呆れる。
 「・・・今頃、ラビが泣いているのではないか?」
 「あ、そっか・・・」
 「仲直りをして、またここへおいで」
 くすり、と、笑みを漏らし、クロウリーは、アレンの背を軽く叩いた。
 「はい・・・」
 はにかんだ笑みを浮かべ、頷いたアレンを、クロウリーは、バラの中で見送った。


 「ラビ?まだ生きてますか?」
 「なんとかな!」
 アレンが呼び掛けると、部屋の片隅にまで移動した、コモドドラゴンの巨大な剥製の陰から、ラビが顔をのぞかせた。
 「ドラちゃんが喰われかけてるけど・・・!」
 「あ・・・」
 見れば、食人花は蔓を伸ばし、鋭い歯でコモドドラゴンの尻尾に噛み付いている。
 「マリー・アルベルティーヌ・ヴィクトワール・ジェルトリュド・フロランス様に、何を申し上げたんですか?」
 非常に攻撃的になっている花の様子を訝しく思い、アレンが尋ねると、ラビは気まずげに視線を逸らし、黙り込んだ。
 「・・・白状してください」
 「・・・・・・寄るな、気色悪い」
 「なんて学習能力のない・・・・・・」
 アレンは呆れ果て、深々と吐息する。
 「お花様に対しては、意地は捨てた方がいいよ―――― 食べられたいなら別だけど」
 「食われたくはねぇけど、俺好みの美人以外に美辞麗句を言うのも嫌さ!」
 「じゃあ、君好みの美人さんの名前をつけて、その人だと思って育ててみれば?」
 「え・・・?」
 クロウリーの言葉を思い出し、言ったアレンに、ラビが目を丸くした。
 「いるでしょ、好きな人くらい?」
 にっこりと笑って、アレンは、たっぷりと水の入ったジョウロをラビに渡した。
 「たくさんの女の人より、ずっと好きな・・・ラビが美辞麗句を重ねたい人は誰ですか?」
 キラキラと、期待に満ちた目で見つめられ、ラビは、ぎこちなく視線をそらす。
 「・・・・・・
元帥
 「え?誰?」
 微かに呟かれた名前を聞き取ることができず、アレンが問い返すと、ラビは、切なげにコモドドラゴンを抱きしめた。
 「元帥の一人だよ!
 すごい美人で、カッコよくて、ちっさい頃から何度もプロポーズしては断られてるんさ!」
 「へぇ・・・ちっちゃい頃って、いくつの時?」
 興味を引かれ、問うたアレンに、ラビは堂々と断言した。
 「8歳!」
 「それ・・・どこまでホント?」
 「俺は、嘘なんかつかないさ!」
 「じゃあ・・・10年も一途に想ってるんだ・・・・・・」
 アレンは、ラビの意外な一面を見た気がして、乾いた笑声を上げる。
 「だったら、このお花様をその元帥だと思って、育ててみてくださいよ!」
 「イヤ・・・それって、イタくねぇ?」
 「イタくなんかありませんよ!むしろ、元帥がこのことを知ったら、そこまで思ってくれていたなんてって、ほだされるかもしれないし!」
 拳を握り、力説するアレンに、頑なだったラビも、ようやく心動かされた。
 「えー・・・じゃあ、やってみっかなぁ・・・・・・」
 「ヤックンを可愛がるように、マリー・アルベルティーヌ・ヴィクトワール・ジェルトリュド・フロランス様も愛おしんで上げてくださいね!」
 にこ、と、輝くような笑みを浮かべたアレンは、ようやく厄介事を片付けた喜びに、握った拳を硬くした。


 ―――― 後日。
 「クロちゃんっ!」
 明るい声を上げて、古代花の鉢植えを抱えたラビが、バラ園にこもる彼の元を訪れた。
 「教えて欲しいことがあるさ!」
 いつの間にか、古代花とすっかり仲良くなったらしく、多少鉢を揺らされても、彼女がラビに敵意を向けることはない。
 その様子に、かなりのところ感心しつつ、クロウリーが「なんであるか?」と、尋ねると、彼は、いたずらっぽい笑みを浮かべて、古代花の鉢を差し出した。
 「この子を、株分けしたいんさ!」
 「株・・・今の時期にであるか?」
 訝しげに眉をひそめた彼に、ラビはパタパタと手を振る。
 「あ、もちろん、今すぐじゃないさ。
 来春、効率よく株分けするために、今、必要なことをやっておこうと思って!」
 「・・・・・・増やしてどうするつもりであるか?」
 嫌な予感が頭を掠めたが、あえて問うたクロウリーに、ラビは、輝くような笑みを浮かべた。
 「アレンに、思い出のおすそ分けさ!」
 「やっぱり・・・・・・」
 似た者同士か、と呟いた彼の笑声は、秋めいてきた空気に似て、酷く乾いていた。







Fin.

 










このお話は、3万ヒット記念にリクを受け付けた所、かいんさんに『アレン&クロウリーSS』とのお題を頂いて書いたものです
エリアーデを育種するクロちゃんを書くついでに、『烈日の頃』ラビ編のヤドクガエルを助けてやりたいなぁ・・・なんて思ったのが運の尽き。
めっちゃラビが出張ってます・・・。
大人の余裕に満ちたクロちゃんを書きたいばっかりに、ラビが不幸になっているのは良しとしても(いいのか)、目立ちすぎだねぇ、ラビ・・・;
ところで、今更言うまでもありませんが、『ラビは女元帥ラブ』なんて設定、私の捏造ですからー・・・;












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