† FairyTale †






 ロンドン―――― 黒の教団本部。
 夏の頃に比べ、随分と和らぎを増した陽光の中を、ラビは大判の紙の束を小脇に抱え、早足に歩いていた。
 「やっほー♪みんな、ひっさしー♪」
 たくさんの光を取り込めるよう、大きな窓を設えた部屋に、庭から入っていくと、いくつもの視線が彼に集中する。
 「ラビ!」
 「おかえり――――!!」
 甲高い歓声が沸き、子供達の小さな身体が、はしゃいだ犬のようにわらわらと彼に群がった。
 「ちょっ・・・登るんじゃないさ、ジャリどもー!!」
 きゃあきゃあと歓声を上げつつ、飛びついてくる子供達に、たまらずラビが転倒する。
 と、下敷きになりそうになった子供達は素早く避け、ラビ一人が床にキスする事になった。
 「ちょ・・・っ!どくさ、ジャリども!!窒息死すんだろうが!!」
 倒れても、次々に上に乗ってくる子供達を、掴んでは投げ、掴んでは投げて、広い部屋の各所に散らばらせる。
 「遊んでやんねーぞ?!」
 放り投げられた最後の一人が、上手に着地すると同時に宣言すると、彼らはようやくおとなしくなった―――― ここにいる子供達は、『適合の素質あり』として、世界中から集められた子供達だ。
 かつて、同じ目的で集められた子供達は、過酷な実験の犠牲となって、その顔から表情を失くしていたものだが、現在は、子供達の心身に悪影響を与える実験や訓練は厳禁とされ、定められた期日内に適正の認められなかった子供は、親元に帰されることになっている。
 ために、『エクソシスト候補生』とはいえ、彼らは普通の子供達と、そう変わってはいなかった。
 「ごめんね、ラビ」
 「もういじめないから、遊んでー」
 「なに持ってきてくれたの?!」
 再び、わらわらと群がってきた子供達の中心に座り、ラビは苦笑した。
 ―――― ここでもいじめられっこかよ、俺・・・・・・。
 立場弱ぇ・・・と、乾いた声で呟き、ラビは、持ってきた大判の紙の束を取り上げた。
 「俺が作った紙芝居さー♪」
 「えぇー・・・・・・」
 途端、不満げな声が沸き、ラビのプライドは著しく傷つけられる。
 「えぇー・・・って?!俺の紙芝居ってそんなに人気なし?!」
 ラビの、悲しみに満ちた声に、少女の一人が、気遣わしげな上目遣いで見た。
 「絵は・・・上手だよ?」
 「でも、年号ばっかりでむずかしいんだもん!」
 少女のフォローに、少年の一人がそばかすの浮いた鼻に皺をよせ、断言した。
 「数字ばっかって、つまんないよねー」
 「使ってる言葉もむずかしいよー」
 わいわいと、次々に不満の声が上がり、ラビは果てしなく落ち込む。
 「俺の話は面白くないんかよー・・・」
 次代のブックマンなのに、と、肩を落としたラビは、気づいていなかった。
 ブックマンの後継者であるがゆえに、彼の話が面白くないのだと言うことを。
 ブックマンの収集する『歴史』は、厳密な『情報』に他ならない。
 決して主観を交えず、あるがままを記録する事が義務だと教えられてきた彼にとって、『演出』は情報の捏造以外の、何物でもなかった。
 「・・・ところで、今日はなんのお話だったの?」
 ラビの、あまりの落ち込みように、気遣わしげに問うた子供に、ラビは、自作の紙芝居を差し出した。
 「十字軍遠征時における商人達の陰謀」
 「・・・・・・わかんないよ」
 ずらずらと並んだ年号と、精密に描かれた当時の欧州の勢力図に、子供達は、げんなりとした視線を落とした。
 「他の遊び・・・しよ?」
 遠慮がちにラビの袖を引いた子供に、彼は、暗い顔をして頷いた。


 「―――― というわけで、俺は、リベンジを固く誓ったんさ!」
 「ぐー・・・」
 「起きろっつってんだろ、アレン!!」
 胸倉を掴まれ、がくがくと揺さぶられたアレンは、重く垂れた瞼を、薄く開けた。
 「・・・勘弁してくださいよ、ラビ。
 僕、今日の明け方に任務から帰ってきたんですよ・・・?」
 寝かせて・・・と、再び目をつぶったアレンの上に馬乗りになり、ラビは更に乱暴に揺さぶる。
 「寝るのはいつでもできっだろ?!超緊急事態なんさ!!」
 「―――― 今、緊急なのは僕の睡眠だ!!」
 怒声と共に、発動した手でラビをガシッと掴むと、アレンは無情にも自室の窓から彼を放り投げた。
 「ぎゃー!!!アレンの鬼畜――――!!」
 窓の外から聞こえる長い悲鳴に、アレンはうるさげに眉をひそめると、頭から毛布を被って、また夢の中へと落ちて行った。
 一方、窓から放り捨てられたラビは、中庭に立つ樹の高枝にマフラーを引っかけてしまい、じたばたともがく。
 「アレン・・・!お前にもリベンジ・・・っ!」
 硬く拳を握ると、ちょうど談話室の窓辺に寄ったリナリーが、真正面にぶら下がるラビに、大きな目を丸くした。
 「ラビ・・・なにやってるの?」
 「アレンに窓から捨てられたさー!!」
 「また、余計なことをしたのね?」
 「・・・・・・・・・・・・」
 アレンの非情さを知らないリナリーの断定口調に、ラビはもがく気力すら失って、とめどない涙で頬を濡らした。


 「ふぅん・・・紙芝居ねぇ」
 窓から談話室へと引き入れられたラビに、事情を聞いたリナリーは、そう呟いて、件の紙芝居をめくった。
 「・・・これの、どこが紙芝居?」
 子供向けの、可愛らしい絵を予想していたリナリーは、第1ページ目に現れた欧州の地図に、呆れた声を上げる。
 精密な地図には、当時各国を治めていた国王だけでなく、その重臣達の名も書かれ、どの国がどのように勢力を及ぼしていたか、正確に辿れた。
 最高学府の学者達であれば、感心の唸りを上げたであろう図は、しかし、子供達には難しすぎる。
 「なんで普通に、おとぎ話とか描かないの?」
 「だって、みんなが知ってる話をしたって、面白くないさ。俺が」
 「・・・語り部が面白がる必要はないでしょ」
 問題は、聞き手が喜ぶかどうかよ、と、吐息するリナリーに、しかし、ラビは頬を膨らませた。
 「えぇー?面白くねェかなぁ?
 十字軍遠征時における商人達の陰謀なんて、ゲームみたいですんげー面白いのに」
 「そうね。歴史学者達には受けるかもね」
 でも、と、リナリーは、紙の束をラビに突き返した。
 「聞き手は子供よ。
 あの子達は、王様達と商人達の権力闘争より、王子様とお姫様のラブロマンスの方が好きだわ、きっと」
 「えー!そんな、オンナノコ限定の話なんかしたら、男子がつまんねェだろ!」
 「じゃあ、お姫様が悪者にさらわれるとか、それを王子様が助け出すとか、わくわくさせるような展開を入れればいいじゃない」
 「わくわく・・・?」
 訝しげな顔をするラビに、リナリーは苦笑した。
 「まぁ・・・ラビは、王様達と商人達の権力闘争の方がわくわくするんでしょうけど」
 「うん。めでたしめでたしよりも、王冠を被った次の日は処刑台って話の方がわくわくするさ」
 と言うラビに、リナリーは乾いた笑声を上げた。
 「ラビって多芸だけど、お話作りの才能はないみたいね・・・。
 童話でも読み返して、お話作りの勉強をしてみたら?」
 「話作りの勉強かぁ・・・・・・」
 「ブックマンにとって、史実の脚色がタブーなら、最初から創作すればいいじゃない」
 それなら、話をより面白く粉飾したところで、タブーに触れることはないだろう、と言うと、ラビは、うんうん、と頷く。
 「いい事聞いたさ、リナリー!サンキュー♪」
 「どういたしまして」
 にっこりと笑って、リナリーは、談話室を出て行ったラビを見送った。
 ・・・この時、彼女はまだ気づいていなかった。
 ラビが『勉強する』と言った以上、中途半端な形で終わるわけがないということを。


 「ねぇ、リナリー?最近、ラビを見ませんけど、任務ですか?」
 アレンが、ジェリー特製・特盛カレーライスを頬張りながら問うと、正面の席でロールキャベツをつついていたリナリーは、苦笑して首を振った。
 「ううん。ずっと図書館にこもっているの」
 「へぇ・・・。ちゃんと、勉強もしてるんですね」
 さすがはブックマンの後継者、と、感心したアレンに、しかし、リナリーは再び首を振る。
 「そうじゃないの。私が、余計な事を言っちゃって・・・」
 そう言って、ラビが、図書館にこもってしまった理由を話すと、アレンは、完食したカレーの皿を脇にどけて、ピロシキに噛み付いた。
 「そう言えば、リベンジがどうのとか言ってた気が・・・・・・」
 寝ぼけてて、あんまり覚えてないけど、と言いつつ、アレンはジェリーが運んできた巨大パフェに目を輝かせる。
 「あの子、夢中になると、寝食を忘れちゃうからねぇ・・・大丈夫かしら?」
 気遣わしげに眉根を寄せたジェリーは、自分の身長よりも高いパフェに取り掛かるため、椅子の上に立ったアレンを見上げて、目を和ませた。
 「アレンちゃん、後で、ラビに食事を持って行ってくれない?」
 「いいですよ。1分で食べちゃいますから、コレ」
 「スゴイ・・・」
 瞬く間に、半分ほどにまで減ってしまったパフェに、リナリーは乾いた笑声を上げた。


 「ラビみっけ」
 アレンは、図書館の一角に、本の砦を築いていたラビを見つけて呼び掛けた。
 「んー・・・?なんか用か・・・?」
 四方を積み上げた本の壁で囲んだラビは、本から顔を上げようともせず、抑揚のない声で呟く。
 「ハイ、ジェリーから差し入れよ」
 本の壁越しに、リナリーがバスケットを差し出すと、『そこに置いといて』と、また抑揚のない声が返ってきた。
 寝食を忘れる、と言うのは誇張でもなんでもないな、と、呆れながら、アレンは、積み上げられた本の題名を見る。
 と、砦の壁を構成するのは、世界中の民話や神話、戯曲などだ。
 多くは娯楽のための物語であるはずだが、眉根を寄せ、厳しい目つきで紙面を睨むラビに、アレンは訝しく首を傾げた。
 「面白い?」
 「まぁな」
 「そうは見えないけど・・・」
 苦笑するアレンが頬杖をついていた本の上に、ラビが手にしていた本が、新たなレンガのように積み上げられた。
 「面白いさ。
 これだけ読んだら、場を盛り上げるパターンも見えてくるしな」
 「・・・いや、それ、普通の楽しみ方じゃないよ?」
 「語り部が楽しむ必要はない、って、リナには言われたぜ?」
 なぁ?と、二人が持ってきたバスケットを引き寄せ、おいしそうなサンドイッチに噛み付きながら言うラビに、リナリーは苦笑して首を振った。
 「それは、お話の選択のことでしょ。語り部が楽しんじゃいけないなんて言ってないわ」
 「けどなぁ・・・」
 サンドイッチを頬張りながら、ラビは、首を傾げた。
 「民話も神話もシェークスピアも、どれも読んでると、『これってあの事件を題材にしてんだな』なんて、余計な事を考えちまうんさ。
 そうすっと、俺の頭が脚色を拒否すんのさ。歴史を曲げるんじゃねぇって」
 「厄介な頭ですねぇ・・・」
 悩ましげなラビに、アレンが苦笑する。
 「じゃあ、いっそ妖精とか精霊とか、歴史とは関係ないものを題材にすればいいじゃないですか」
 「・・・妖精や精霊、悪魔も、元は土着の宗教の神々が、キリスト教によって貶められたもんさ。
 歴史としては、紀元前の・・・」
 「うわぁ、うざったい」
 ラビの話を問答無用で遮って、アレンが呆れる。
 「ラビに言わせたら、赤ちゃんはキャベツ畑で拾ってくるんだっていう、微笑ましい迷信まで解決されそうですね」
 と、アレンははっきりと、皮肉のつもりで言ったのだが、ラビは、真面目な顔で頷いた。
 「キャベツに含まれる成分は、女性ホルモンにいい影響を及ぼすから、妊婦の健康を保つのに重要な役割をはたすんさ―――― リナが最近、キャベツにはまってんのも、貧乳解決のためだろ?」
 さらりと続いた衝撃の言葉に、リナリーの顔色が変わる。
 「なんてこと言うの!」
 怒声と共に、本の壁が蹴り崩され、ラビは部屋の端まで吹き飛ばされた。
 恐怖に凍りついたアレンの前を、リナリーはかかとを鳴らして足早に過ぎると、ラビの胸倉を掴み、冷酷な目で彼を見据えた。
 「・・・言っていい事と、悪いことがあるわよね、ラビ?」
 「ゴ・・・ゴメンナサイ」
 リナリーの声音に、明らかな殺意を汲み取って、ラビが震え声を出す。
 「・・・二度目はないと思いなさいね」
 「ハイ・・・・・・・・・」
 壊れた人形のように、ガクガクと首を振るラビに、ようやく凍った時間の中から抜け出したアレンが、恐る恐る歩み寄った。
 「えっとね、ラビ・・・歴史に脚色はタブーでしょうけど、お話は受け狙いですから。
 お客さんの反応を見ながら、その場で脚色するには、自分も楽しんでないと難しいですよ」
 「なにっ?!じゃあ、どんな展開に持っていけば受けるか、心理学方面も固めとかなきゃまずいさ!!」
 言うや、リナリーの手を振りほどいて、心理学書の本棚に走って行ったラビに、アレンとリナリーは呆れ顔を見合わせた。
 「僕・・・紙芝居にあそこまで精魂傾ける人を、初めて見ました・・・」
 「私も、まさかあそこまでやるとは思ってなかったわ・・・」
 話作りの才能がない、と言われたことが、よほど彼のプライドを傷つけたのか・・・。
 「ラビには、なんでも軽い気持ちで言っちゃダメね・・・」
 心理学書の本棚の前に、新たな砦を築き始めたラビを眺めて、リナリーは深く吐息した。


 数日後、ラビは、再び紙の束を抱えて、子供達の集う部屋へと現れた。
 「今度は絶対面白いって!」
 紙芝居と聞いて、不満げな表情を浮かべる子供達を、自信に満ちた笑みで見渡し、ラビは、一枚目の紙をめくる。
 「―――― 昔々、あるところに、アレン姫と言う、かわいいお姫様が住んでいました」
 可愛らしくデフォルメされてはいたが・・・明らかに、既知のエクソシストの容姿と名前に、子供達は目を丸くして画面に見入った。
 「アレン姫って・・・アレン?!」
 「えー?!アレンって、お姫様だったの?!」
 子供達の反応に、『掴みはオッケー!』と、ラビがほくそえむ。
 「アレン姫は、お隣の国の王子様、リナリー王子が大好きで、いつも、お付のティムキャンピーを使って、王子様にお手紙やプレゼントを届けていました」
 「リ・・・リナリーお姉ちゃんって・・・王子様だったの・・・?!」
 ショックを隠せない、と言わんばかりに蒼ざめる少年達に、『でも・・・』と、少女達が気遣わしげに眉を寄せる。
 「男の子がリナリーにお手紙とか、プレゼントをあげたら、しつちょーが怒るよ・・・・・・?」
 「うん・・・あたし、アジア支部の人が、しつちょーに機関銃で追いかけられてるの、見たことあるもん・・・・・・」
 こちらも蒼ざめつつ、『アレン、大丈夫かな・・・』と、ドキドキしながら、真剣な目を紙芝居に向ける。
 子供達の様子に、ラビは、満足げに頷いて紙をめくった。
 「そう、リナリー王子には、悪魔のような兄がいたのです!
 リナリー王子を可愛がるあまり、アレン姫に対して、烈しく嫉妬したリナリー王子の兄は、アレン姫をさらって、高い塔の上に閉じ込めてしまいました!」
 「えぇっ?!アレン、閉じ込められちゃったの?!」
 「あ・・・あたし、しつちょーに許してあげてって、言ってくる!!」
 「・・・って、おいおい、アンジー!お話だぜ?」
 ラビが慌てて呼び止めると、決然と立ち上がった少女は、顔を赤らめて座りなおす。
 「アンジーはアレンが好きなのよね?」
 「なっ・・・なによ!ベスだって、アレンの前で真っ赤になってたくせに!!」
 「なってないもん!」
 「はは・・・続き読んでいいか、二人とも?」
 ラビが、天然ナンパ少年の魔力に捕らわれているらしい少女達に苦笑すると、二人は、顔を真っ赤にしてぶんぶんと頷いた。
 「アレン姫の国では、お付のティムキャンピーが、行方不明になったアレン姫を、一所懸命探していました・・・・・・」


 「ラビー・・・って、アレ?」
 「砦がなくなってるわ」
 今日も今日とて、ジェリー特製のお弁当を届けに来たアレンとリナリーは、キョロキョロと図書室を見渡した顔を見合わせ、首を傾げる。
 「どうしたんだろ・・・あ、司書さーん!」
 と、アレンは、不機嫌な顔をして、本棚に本を並べていた司書に声を掛けた。
 「ラビ、どこに行っちゃったんですか?」
 「知りませんよ!部屋に帰ったんじゃないですか?!」
 アレンの問いに、彼は、ふんまんやるかたないと言わんばかりに、憤然とした声を上げる。
 「あの人ときたら、貴重な本をレンガみたいに積み上げるし、図書館内で飲食はするし、泊り込むし、出て行ってくれて清々してますよ!」
 ようやく本が片付けられる、と、ワゴンに積まれた、膨大な量の本を差す彼に苦笑して、二人は食料の入ったバスケットを、背後に隠した。
 食料を運んでいたのが自分達だと知れたら、どんな苦情を言われるかわからない。
 「・・・ありがとう。失礼します」
 にこやかに礼を言って、二人は、そそくさと図書館を後にした。
 「部屋に帰ったのかなぁ・・・?」
 「そうね・・・今頃、紙芝居作成中かもね」
 「あれだけ精魂を傾けて作った紙芝居って、すごく興味がありませんか、リナリー?」
 「もちろん!ぜひ、拝見したいわね」
 アレンの言葉に、リナリーが大きく頷く――――・・・この時の二人は、自身らをモデルにした物語が既に上演中だとは、露ほども想像していなかった。


 「・・・ようやく、アレン姫を見つけ出したティムキャンピーは、リナリー王子に助けを求めました。
 『アレン姫が大変なんですっ!!』
 と、ティムキャンピーは、どこにも扉のない、高い塔の上を指差します。
 『姫があそこに、閉じ込められているんです!!』
 リナリー王子は、ティムキャンピーが示す窓を、目を凝らして見ました。
 『お願いです、リナリー王子!!アレン姫を助けて!!』
 リナリー王子は、大きく頷くと、地を蹴って飛び立ちました」


 「ラビー?いますかー?」
 アレンはラビの部屋の外から、大声で呼ばわった。
 「ラビー?いないのー?」
 同じくリナリーも、ドアから数歩離れた所から声をかける。
 ラビの部屋は、ドアノブに触れた途端、部屋中に積み上げられた収集物が雪崩れてくる恐れがあるので、用心を怠ることができない。
 ドアの正面の壁に、ほとんど背をつけるほどに離れた二人は、もう一度、声を合わせて呼ばわった。
 「ラービー!!」
 「やっかましいっ!!」
 途端、数室先のドアが開いて、廊下中に響き渡る声で怒鳴られる。
 「甲高い声でわめいてんじゃねぇ!!」
 「あ、神田!ごめんなさい、寝てた?」
 珍しく、団服姿ではない彼にリナリーが言うと、アレンが、ぱたぱたと彼に駆け寄った。
 「お帰りなさい、神田。ラビ知りませんか?」
 アレンに続いて、リナリーも駆け寄る。
 「任務ご苦労様。ラビ、来たでしょ?」
 「ラビのことだから、無理矢理起こされたんじゃないですか?
 あ、もしかして、君の部屋で死んでる?」
 「えぇー!ダメよ、仲間を殺しちゃ!」
 遠慮なくわらわらと押し寄せ、口々に勝手な事を言う二人に苛立って、神田のこめかみに青筋が浮いた。
 「俺は3日前から一睡もしてねぇんだよ!!いい加減にしねェと、斬るぞ、キサマら!!」
 絶叫した神田に、しかし、怯むことなくアレンが迫る。
 「だから、ラビの居所を吐いたら寝かせてあげますよ」
 「お礼に子守唄歌ってあげましょうか?」
 早く楽になりたければラビの居所を吐け、と、迫る二人に、普段の神田であれば、なにが何でも抵抗したことだろうが―――― 今回ばかりは、自身の睡眠欲に完敗してしまった。
 「・・・あの野郎なら、リベンジがどうのとか言って、寝ている俺の耳元でごちゃごちゃ話してたぜ。
 お前たちが何とか言ってた気がするが・・・」
 「僕たち?」
 「リベンジってことは、もう出来上がったのかしら?」
 「神田、お話聞かせてもらったんですか?」
 「いいなー!ねぇねぇ、どんなお話だった?」
 再び、わらわらとたかってきた二人に、いつも以上に沸点の低い神田の怒りが爆発した。
 「ぃい加減にしろ、てめェら!!」
 ぢゃき!と、怒りと共に黒い刃を向けられた二人は、甲高い悲鳴を上げて、蜘蛛の子を散らすように逃げて行く。
 「ちっ!」
 烈しく舌打ちすると、神田は、激怒状態で踵を返し、蹴破る勢いで自室のドアを開けた。
 「次に俺の睡眠を邪魔するヤツは・・・誰であろうと・・・・・・!」
 瘴気のようにどす黒い声を吐く神田の背に、しかし、
 「ユーゥ!!」
 と、南国の太陽のように陽気な声がかかった。
 「あぁ、我が可愛い弟子よ!
 相変わらずのオリエンタル・ビューティだねぇ!
 いや、しばらく会わないうちに、一層磨きがかかったかな?
 ともあれ、また会えて非常に嬉しいよ!
 さぁ、絵のモデルになっておくれ!」
 危険に満ちた空気を全く読まないティエドール元帥が、ハリケーンのようにまくし立てながら、嬉しげに駆け寄って来る。
 が、
 「・・・抜刀!」
 低い声を受け、銀の光を発した六幻に、元帥は急停止した。
 「ユ・・・ユウ?
 あの・・・疲れているなら寝ていてもいいから、絵のモデルに・・・・・・」
 真冬の南極大陸のように、容赦のない殺気を全身に受けながら、それでも言い募った元帥を、神田はゆっくりと振り返る。
 「界蟲 一幻!!」
 「わぁぁぁぁぁ!!落ち着いておくれ、ユウ――――――――ッ!!」
 問答無用で発せられた大技に、ティエドール元帥は、必死に逃げ回った。


 「なんか今、爆音がしませんでした?」
 足を止め、振り向いたアレンに、同じく足を止めたリナリーが微笑んだ。
 「いつものことよ」
 科学班にしろその他部署にしろ、この施設内では、爆発を起こすのはよくあることだ。
 「そうですね」
 非日常的なことを、気にするまでもない、と言い切る日常に、アレンもだいぶ感化されたようで、リナリーの言葉に違和感を持ちもせず、あっさりと頷いた。
 「科学班かな?警備班かな?・・・まさか、厨房じゃないですよね?」
 ジェリー達、優秀な料理人達に怪我をされては困る、と、蒼ざめたアレンに、リナリーが首を振る。
 「厨房の方角じゃなかったわ。私達の背後だった・・・し・・・?」
 言いつつ、まさか、と、リナリーが眉をひそめると、アレンも思い至って、暗い目を逸らす。
 「死人・・・出ちゃったかな・・・・・・?」
 「みね討ちで済ます理性が・・・今の神田にあるとは思えないわ・・・」
 暗い声音を交わしつつ、二人は、背後にいる者から、逃げるように足を早めた。


 「襲い来る化け物達を、次々と倒し、リナリー王子は、とうとうアレン姫の元へたどり着きました。
 しかし、アレン姫は、最強の悪魔、コムリンに捕らわれていたのです!」
 食い入るように紙芝居に見入る子供達を、満足そうに見渡して、ラビは、紙をめくった。
 「コムリンの前には、更に、リナリー王子を愛する、兄の姿が・・・。
 彼は、アレン姫を助けようとするリナリー王子に言いました。
 『姫はマッチョに改造して、より強く成長させるんだ!邪魔をしちゃいけないよ、リナリー!』
 そして、アレン姫を捕らえたコムリンも、『暴れるな!お前は俺のものだ!』と、放そうとしません」
 「しつちょーひどぉーい!!」
 「でも、強くなるんだったらいいじゃん。僕、強い方がいい」
 「嫌よ!お姫様は可愛いだけでいいの!!」
 わいわいと声を上げる子供達に、ラビは、更に満足げに笑って、先を続ける。
 「兄とコムリンの態度に、リナリー王子の目の色が変わりました。
 『コムリン!お前にくれてやるくらいなら、姫は私がもらうっ!』
 王子はそう宣言すると、兄と共に、コムリンを一刀両断にしました」
 「リナリー王子、かっこいい!!」
 歓声を上げる子供達に、得意満面のラビが、最後の紙をめくった。
 「悪を倒したリナリー王子は、アレン姫を助け起こしました。
 『お助けに参りましたよ、アレン姫!』
 『ありがとうございます、リナリー王子!』
 そうして二人は、末永く幸せに暮らしましたとさ。おしまい」
 最後の言葉と共に、子供達の拍手と歓声が上がる。
 得意げに立ち上がり、気取って一礼したラビだったが、一瞬、金色の光に包まれたかと思うと、その姿は子供達の目の前から消えてしまった。
 「あれ・・・?ラビ・・・?」
 「どこ行っちゃったの・・・?」
 不思議そうに、きょろきょろと辺りを見回す子供達の中で、一人、少年が、引きつった声を上げた。
 「今の光・・・アレンの爪じゃなかった・・・・・・?」
 その声に、一瞬前まで賑やかだった部屋は、水を打ったように静まり返った。


 「ア・・・アレン・・・!リナ・・・・・・!!」
 アレンの左手に捕らわれ、刃のような爪を頚動脈に当てられたラビが、引きつった声を出す。
 「誰が姫?」
 「リナリー王子って、カッコイイのねェ・・・?」
 普段、温厚な(?)二人の目が、完全に据わり、ラビを壁際に追い詰めた。
 「努力の甲斐あって、随分ウケてたみたいじゃないですか?」
 「アレン姫、かわいいものねぇ・・・って、誰が王子?」
 「いや・・・あの・・・普通にやっても、あんま面白くねェかなぁって・・・・・・」
 言いながらも、ラビは亀のように懸命に首を伸ばし、アレンの爪から逃れようとするが、それを許す彼ではない。
 「僕は全っ然、面白くなかったですよ。リナリーは?」
 にこりと、凄絶な笑みを浮かべるアレンの問いに、リナリーも、青筋の浮いた顔でにっこりと笑う。
 「私も、ぜーんぜん、面白くなかったわ」
 どうせ貧相よ、と、耳元に囁かれた、殺意に満ちた声に、ラビが震える。
 「王子と姫を間違えるなんて、ラビはきっと、本の読みすぎで、頭に熱がこもっちゃったんですね」
 ちらりと、アレンの視線が動いた場所に、リナリーが彼の意図を察して移動した。
 「きっとそうね!頭、冷やした方がいいんじゃない?」
 言いながら、廊下の明り取りのため、石壁に穿たれた窓のガラス戸を、リナリーが全開にする。
 「え?!アレン・・・?リナ――――?!」
 窓辺で、リナリーがにっこりと微笑んだのが合図だった。
 「逝ってらっしゃい、気をつけて!」
 ぶんっ!と、勢いよく放り投げられた先は、教団本部を囲む崖・・・・・・。
 「鬼畜――――――――――――――――!!!!」
 長い長い悲鳴の後に届いた、かすかな水音を確認して、二人は、ラビの形見を取り上げた。
 「絵はうまいわね」
 「さっさと燃やしましょう、ソレ」
 王子姿のリナリーはともかく、ドレスを着た自身の絵を憮然と見遣ったアレンは、それを忌々しげに引き裂いた。


 ―――― こうして、子供達に好評を博した『アレン姫とリナリー王子』は、第一作と共に、作者までもが闇に葬られたため、幻の名作として、彼らの記憶にのみ、留められることとなった。
 続編は、作者行方不明の現在、絶望視されている。







Fin.

 










・・・イヤ、ラビは死んでませんから!(笑)
『闇に葬られた』とか『作者行方不明』とか断言していますが(をい)、崖下の堀(きっと、地下水路に繋がっている)に落ちた所を、ゴンドラに乗ったファインダーに拾われて、そのまま任務に連れて行かれただけですから(笑)
ちなみに、時間枠は勝手に『日本から無事に帰国した後』に設定。(マァ!)
生き残りエクソシストは全員無事に帰還して、アレン君は新任務から更に無事帰還。神田も元気に帰還だと思ってください。
―――― そのくらいの希望は持ってたっていいじゃないか!と、絶叫したくなる現在第65夜時点。
アレン君に続き、リナまで黒風味なのはなんでだろう・・・。












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